☆このページでは、霧雨の野望における溝尾茂朝について詳細に解説しています。
史実での溝尾茂朝について詳しく知りたい方はwikipediaなどの溝尾茂朝を調べてください

溝尾茂朝(みぞおしげとも)(天文7年(1538年)-)

姉小路家家臣。


☆出生・家族構成



☆官位・役職


☆参加合戦




革新能力
統率33 武勇66 知略36 政治11 義理83
足軽C 騎馬D 弓D 鉄砲D 計略B
兵器D 水軍D 築城D 内政D
戦法:槍衾
(Act71現在)

うp主解説
庄兵衛。明智光秀が若い頃から常に傍に在り行動を共にした側近中の側近。
山崎での敗戦後は光秀の介錯を務め、その首級を葬ると自らも主君に殉じた。
本動画での不遇度が妙に高い人。1回目の仕官を蹴られたのみならず、常に光秀に従う立場もリグルに奪われ。革新での数値も泣けてくるほどに低い。

緑の人解説
COM大名の能力の低い武将を解雇するシステムの為、殆どのシナリオで浪人する事になる悲しき武将。
武勇が中途半端に高い為、全能力が低く給料が安い一条兼定や尼子義久、斎藤龍興より使い勝手が劣る。
明智家では重臣中の重臣で、本能寺の変でも利三、秀満らリグル組と共に起請文を出すほどの漢なのだが…。

確かに義理は高い・・・が、この数字の半分でも他の能力に回してくれれば、と思うことしきり。
なのだけれども、実際問題としてどの能力を評価するよ、と訊かれると困ってしまうのも事実。南無。

東方風武将解説
「光秀の介錯をする程度の人物」
「忠誠心くらいしか評価してもらえない程度の能力」


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最終更新:2008年03月29日 06:54