19550719・22回衆 - 本会議(戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議)

○議長(益谷秀次君)
 (前略)
 戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議案を議題といたします。提出者の趣旨弁明を許します。永山忠則君。
    〔永山忠則君登壇〕

○永山忠則君
 ただいま議題になりました、各派共同提案でございまする戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議案の趣旨弁明をいたします。
 まず、決議案を朗読いたします。
   戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議案
  戦いを終えて満十年今なお巣鴨刑務所には五百八十二名の同胞が、いわゆる戦争犯罪人の名のもとに残されている。講和条約が発効してすでに三年、その間本院においてこれら戦争受刑者の全面釈放に関して決議すること三度に及ぶにもかかわらず、いまだに、その根本的解決を見るに至らないことは、われらのもっとも遺憾とするところである。
  ひるがえつて世論の動向を見るに、戦争裁判に対するわが国民感情は、もはやこれ以上の拘禁継統をとうてい容認しえない限度に達している。
  時あたかも日ソ交渉において在ソ抑留同胞の全員送還の実現を要求している現状にかんがみ、政府は、これら戦争受刑者並びに留守家族の悲願と、国民の期待にこたえるべく、ただちに関係諸国に対し全員の即時釈放を強く要請し、きたる八月十五日を期して戦犯問題を全面的に解決するため、誠意をもって速かに具体的措置を断行せられんことを要望する。
 右決議する。
    〔拍手〕
 本論に入るに先だち、日本戦犯の全部をすでに釈放せる中華民国、フィリピン、フランスの三国の好意に対し、衆議院はここに重ねて深く感謝の意を表するものであります。(拍手)
 平和と信頼の講和条約が発効してより早くも三年有余となり、終戦後満十年を迎えんとする今日、なお五百八十二名の戦争受刑者が巣鴨に拘禁されているのであります。遠く海外にもまた未帰還同胞のあるはまことに遺憾しごくでありまして、われらは、ここに国民とともに、その即時全面釈放を世界の良心に訴えんとするものでございます。
 いわゆる戦争裁判が行われたのは、戦争直後の報復感情の熾烈なる時期でありまして、わが国は、敗戦国民として遠慮すべき立場と、世界平和の回復を一日も早く招来せんことを念願いたし、また平和のいしずえとしての意義を認めまして、忍ぶべからざるを忍び、涙をのんで戦争裁判の結論に服したのであります。従って、わが国の立場とすれば、この裁判の結果を誹諦するがごときは慎しむべきであると存じますが、今次大戦における戦争裁判は、パール判事の無罪論によっても明らかなように、世界史的観点に立って見るときは幾多の疑問を抱くものでございます。
 近代国家における裁判は、不変の真理をもって貫く正義が判断の基礎となってこそ、その権威を保持できるのであります。従って、その正義は戦争の勝敗を越えて厳然として存在すべきものでありまして、いやしくも戦勝国のみが正義の行使を独占することは不合理であると言わねばなりません。敗戦国もまたその正義を行使する権利があってしかるべきものであると存じます。原爆の使用のごとき、たまたまそれが戦勝国によってなされたといえども。世界の世論は明らかにこれを人道に対する反逆として問題とするに至っておるのでありまして、今や諸国民の感情は平静を取り戻し、戦勝国の一方的な戦争裁判なるものが果して国際法理論上正当なものであるか疑問とされているのでございます。(拍手)現に、その後における朝鮮動乱の終息、仏領インドシナ動乱の結果に際して、関係国が戦争裁判を再び持ち出すことができ得ないことは、戦争裁判の合理的根拠のいかに薄弱なものであるかを暴露しておるものであると言わなくてはなりません。(拍手)
 当時、戦争裁判は、一般に占領軍の軍司令官の定むる軍事裁判条例によって行われ、無罪より死刑まで裁判官の意のままに課せられて、実際には、死刑、終身刑、何十年という極刑または長期刑が、ただ一審のみで決定されたのであります。文明諸国の、三審制度により、事実の認定、法律の適用を公正にして、人権を不当に侵害せざる裁判の公平の原理にも反し、かつまた、戦勝国のみから裁判官が選任され、また、法律知識の専門でない軍人、しかも昨日まで戦場にてまみえたる軍人も裁判官となりまして、裁判の中立性、公平性を疑わざるを得ないものがあるのであります。
 戦争裁判は、侵略、すなわち平和に対する罪とか人道に対する罪とかといたしまして極刑に処せられたのでありますが、当時国際法上準拠すべきものは何ものもないのでありまして、これは文明国の厳に禁じている刑事法上の遡及、すなわち事後法でありまして、専横なる独裁者の報復手段に似たものであり、文明国の罪刑法定主義による裁判の神聖と人権の尊重の精神より見て、まことに遺憾にたえないのでございます。
 しかし、戦争裁判を占領政策の一環であると言うならば、それはそれとしての存在の理由がありますが、講和条約の締結されている今日においては、そうした理由はすでに解消しておると言わねばなりません。いな、今や、講和条約の精神により、一切の戦争による恩讐を越えて、ともに相携えて世界の平和に寄与せんとする現時に、なお巣鴨に拘禁するがごときは全く意味がないのであります。しかるに、戦犯の釈放の状況を見まするに、独立後今日に至る満三カ年余の間に二百九十人を釈放したるにすぎないのであります。これは講和条約発効前の六カ月間に釈放されました四百六十七人に比してきわめて少数であり、かくのごとく戦犯釈放が今なお遅々として進まざることは、まことに遺憾しごくに存じておる次第であります。これに引きかえて、ドイツ戦犯の釈放状況を見ますと、米国、英国、フランスの管理に属している戦犯は、本年五月五日現在わずかに百二十二人という状態で、わが国巣鴨在所者に比して非常に少数なのであります。
 もとより、日本政府は、講和条約第十一条により戦犯の釈放勧告を行なっており、吉田前首相も、欧米出張に際して、対日平和条約第一条の悲劇的義務解消を念願して関係国政府にその旨を要請し、また現内閣もあらゆる角度より戦犯釈放について不断の努力をいたしておるのでありますが、今なお釈放、仮出所はきわめて少数であります。米国は、これに関し、去る五月十六日、大統領命令により、仮出所、減刑についての手続簡素化を行うことになったのであります。われわれはこれに対して感謝の念を禁じ得ないのでありますが、従来の個人審査方式をもってしてはとうてい抜本的解決はできないのではないかと不安を持っているものであります。
 戦犯に対する釈放が遅々として進まざる結果は、若き戦犯者は、青年期を社会と絶縁され、学識や技術を身につけて世に立ち家族を扶養すべきその準備時代を完全に抹殺され、壮年期にあった人々は今日老境に入り、中にはよわい七十をこえる受刑者もあって、人道上まことに許しがたいものがあるのであります。また、受刑者の家族の精神的、経済的苦痛は言語に絶するものがあります。人権を尊重する民主主義の精神から言いましても、はたまた、その不平不満を悪用せんとする分子の暗躍等を考慮いたしますれば、戦犯の全面的釈放こそ一刻もおろそかにすべきものではございません。ソ連関係のいわゆる戦犯と称せられる抑留者釈放送還につきましては、すでに本院において議決をもって強く要望いたし、一方、政府もまた、目下ロンドンの日・ソ会談において松本全権をして強硬にソ連抑留拘禁者の釈放送還を要求し、国民世論もまた強くこれを支持しておるのであります。われわれは、世界の人道に訴えて、断じて全員釈放送還の実現を深く期待してやまぬものであります。
 今や、西欧においては、旧来の怨恨を忘却して、一切の行きがかりを捨てて、世界の新しい平和への道を開かんとしておる現時、十年前の戦犯問題が未解決であるがごときは、世界平和ヘの進展をはばむものであるとさえ言わざるを得ないのであります。戦犯に対する同情は日本全国民に行き渡っておるのでありまして、その釈放のため数十の団体が結成され、釈放嘆願書に署名したる者は三千余万人に及んでおるのであります。
 われわれは、終戦満十年の八月十五日を迎えるに当り、この事実を世界の良心に訴えるとともに、政府は、全力を尽して、この機会に巣鴨拘禁の廃絶を期し、戦犯即時全面釈放の有効適切なる措置を断行せらるべきであります。
 なお、第三国人戦犯の釈放に関しましては、関係国はすでに考慮中の趣きであると仄聞いたしておりますが、これが全面釈放のすみやかならんことを要望することをあわせて付言いたし、以上をもって本決議案の趣旨弁明といたす次第であります。(拍手)

○議長(益谷秀次君)
 採決いたします。本案を可決するに御異議ありませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

○議長(益谷秀次君)
 御異議なしと認めます。よって本案は可決いたしました。
 この際外務大臣から発言を求められております。これを許します。外務大臣重光葵君。
    〔国務大臣重光葵君登壇〕

○国務大臣(重光葵君)
 戦争受刑者の釈放問題につきましては、政府におきまして、これまで関係諸国に対し熱心にその要請をなし来たったのでありまして、関係国の態度は漸次好転して参りましたものの、今なお多くの末釈放者があることは、戦争終結後十年の今日、まことに遺憾にたえません。政府は、ただいまの御決議の趣旨を体して、いわゆる戦犯釈放具現方につき今後とも全力を尽し、その実現を期する所存でありますことをここに申し上げます。以上。(拍手)

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最終更新:2010年03月17日 01:20
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