『勇者で寝取られ』

 

 

 

 

 魔王が復活し、世界に破滅の危機が訪れた。

 預言者によれば、伝説の剣を引き抜いた者が勇者となって魔王を倒し世界を救うだろうとのことであった。

 伝説の剣が突き刺さった岩に連日人が押し寄せた。

 そして、ついに引き抜いた者が現れた。

 モンスター退治を生業としている孤児院出身の若い青年だった。

 彼は勇者としての力に目覚め、王様に魔王を倒すよう命じられると、仕事仲間である戦士と女僧侶と共に旅立っていった。

 

 三人は同じ孤児院で育った。

 手の付けられない腕白坊主であった戦士が孤児院の子供達を引き連れ回して毎日遊んでいた。

 勇者と女僧侶もその中にいて、年も一緒なために三人は特に仲が良かった。

 成人近くなると、危険だが金になる魔物退治の仕事をしよう、と、戦士は勇者に持ちかけ、意気投合して握手を交わした。

 そこに教会で修業した女僧侶も加わり、三人はパーティーを組んだのだった。

 その頃になると、素直で明るく、また平民にしておくのは惜しいほど美しく成長した女僧侶に、男二人は仄かな恋心を抱いていた。

 だが、お互い抜け駆けはまだ無しと勇者と戦士は約束を結んで、三人で日々の冒険を楽しんでいた。

 

 彼らの存在を嗅ぎ付けた魔物どもを返り討ちにしていきながら旅は進んだ。

 途中、魔王の玉座に近づくには四天王が持つ宝玉が必要と知り、苦心して四天王を倒しながら宝玉を集めていった。

 魔王直属の四天王とその配下のモンスター達は手強く、三人は何度も危機に陥ったが、息のあったコンビネーションで乗り越えてゆき、一歩、また一歩と着実に魔王に近づいていった。

 だが、ついには戦士が深い傷を負ってしまった。

 何とかモンスターのいない場所にある小屋まで逃げ込めたが、いつ死んでもおかしくない怪我の具合であった。

 女僧侶の懸命の治癒呪文で、辛くも戦士は一命を取り留めた。しかし、いつまた悪化するか予断を許さず、完全に癒えるには何ヶ月も必要という状態であった。

 勇者は決断し、戦士と看病の女僧侶を残して一人で出発した。

 

 独りの戦いは過酷を極めた。伝説のアイテムと勇者の力で何とか前進した。回復アイテムを大量に買い漁って惜しみなく使いまくり、剣技や魔法を磨きに磨いて凶悪なレベルのモ ンスターでも楽に倒せるほどになると、単身魔王の城へ乗り込んだ。

 そして、城中をモンスターの返り血で染めながら、ついに魔王と対峙した。

 魔王はたった一人で来た勇者を嘲笑い、仲間を欠いたお前が我に勝てる道理はない、ここで死ぬ運命だとのたまいながら襲いかかってきた。

 城が崩壊するほどの死闘の末、勇者はついに魔王を打ち破った。

 世界に光が戻った瞬間であった。

 しかし、息絶える直前、魔王は最後に言った。

「我を倒した喜びを仲間と分かち合えなくて残念だったな、勇者よ……行ってみるといいぞ、戦友の元へ……」

 

 

 魔王に言われずとも勇者がまず向かったのは、戦士と女僧侶を置いてきた小屋であった。

 二人ともどれだけ喜んでくれるだろうか。

 戦士と酒を酌み交わそう。女僧侶が嬉し泣きしたらその雫を拭って頭を撫でてやろう。

 万感胸に迫りながら勇者は扉を開けた。

「やったぞ、ついに魔王を……」

 そこには、病床の上で肌を重ねている二人の姿があった。

 ベッドに横たわる戦士にまたがりながら腰を振り、甘く震える声で喘いでいた女僧侶は、後ろを振り返ると驚愕に目を見開いてバッと戦士から離れ、ベッドの隅に縮こまった。

 毛布でからだを隠す直前に見えたその陰部は、戦士が放った精でぬらぬらと白くまみれていた。

「……なにしてるの……?」

「ゆ、勇者……こ、これはその……」

 まだ動けないらしい戦士が、わずかに上体を起こしてしどろもどろに言い訳しようとする。

「……いつから? もしかして前から……?」

「い、いや……」

「え、なに、二人きりになってからなの?」

 気まずい沈黙。

「へえ……ボクが独りで出て行った後、君達はボクのことなんか忘れて、こうして楽しくセックスしていたんだ」

「違うわ勇者、戦士がここまで快復したのはつい最近のことで……」

 叫ぶように反論する女僧侶。

「快復したからセックス始めたんだ」

 勇者の声はあくまでも冷たかった。

「ち、違うの……」

「どう違うの? 何が違うんだい?」

「わ、私……必死に看病しているうちに、彼が好きになっちゃって……彼も私が好きだって…………だから…………」

「あー、ありそうな話だね。ボクたちは危ない橋を渡ってきた仲だもんね。

 でもさ、一人で魔王を倒す旅がどれだけ大変だったか分かる?」

 凍りつく空気。

「地獄の苦行みたいだったよ。何度も死にかけた。いや、勇者の力と伝説のアイテムがなけりゃとっくに死んでたかな。

 一人だから無茶苦茶強くならないといけないって、無茶苦茶モンスター殺しまくったよ。どっちが化け物かわからないぐらいね。

 体力を回復するために無茶苦茶薬草食べまくった。限界でも無理に薬草を喉に詰め込んで、

 でもその上でまたさらに食べないといけない、またさらに……。もう薬草は二度と見たくないし、思い出しただけで吐き気がするよ。

 魔王もさ、山のようなドラゴンに変身してさ。自分の城をぶち壊すほど暴れまくって。奴の攻撃より瓦礫の下敷きになって死ぬかと思った。

 死力を尽くしたよ。四天王の最後の一人も単独じゃ辛かった。あの半分影野郎ほとんど剣の攻撃が効かなくて倒すのに半日以上かかった。

 いつ敵の増援が来るかと不安を抱えながらヘトヘトになって何とかやっつけたよ。

 ああ、どれだけ君達の助けが欲しかったことか。くそっ、泣いてなんかないぞ」

「すまない、勇者……本当にすまない…………」

 絞り出すように戦士は言った。

「だが分かってくれ……俺は本当に動けなかったし、何とかなるようになっても、

 こいつひとりだけでお前の後を追わせるわけにはいかなかったんだ……」

「でもセックスしてたんだよね?」

 戦士と女僧侶は痛恨の一撃を受けたように言葉に詰まり、力なく顔を伏せた。

 勇者は視線を合わさない幼馴染み二人の頭部を交互に見やると、それ以上何も言わず勢いよく外に出た。

 少し離れた所で立ちつくしていたが、やがてまた足早に戻ってきた。

「戦士、ボクとの約束は嘘だったのか? ボクとの友情は幻だったのか?」

「……すまん……こいつとずっと一緒に過ごしてるうちに、もう自分の気持ちを抑えられなかったんだ……。

 く、言い訳だな……俺には謝ることしかできない…………」

「潔く謝りさえすればそれで済むのか!」

 勇者はまた外に飛び出し、小屋の前をうろうろ回っていたが、再び戻ってきた。

 彼は二人に指を突きつけた。

「よし、ならもう、これきりにしよう。今までありがとう。

 長い付き合いだったけど、ここで終わりだ。

 ボクはもう、君達を仲間とは思わない。君達にその資格はない。

 ボクはこれから王様のところへ戻って魔王を倒したことを報告するよ。

 ボクの功績は後世に語り継がれるぐらいになるだろうね。

 地位も名誉も財産も想像できないほど与えられるよ、きっと。

 もしかしたら次の王様にだってなれるかも。

 でも、君達はここで終わりだ。君達にはもう何もない。

 ボクを裏切って将来より目先のものに飛びついたんだから、当然だよね。

 これでお別れだ。くそっ、最後に元気な姿が見られて良かったよ。

 今まで本当にありがとう。そしてさようならだ」

 涙を流してうなだれる二人を残し、勇者は荒々しく扉を閉めて小屋を後にした。

 

 勇者が都に凱旋し、魔王を倒したことが人々にはっきりと知れ渡ると、世界中が喜びに沸いた。

 勇者には最高の爵位や広大な土地、金銀財宝などが与えられ、貴族の仲間入りをし、軍を任せられては様々な武勲をたてた。

 波乱に満ちた冒険の旅の後は、順風満帆の人生がどこまでも広がっていた。

 十数年後には、病に倒れた王様に代わり、若くしてその後継者となる。

 魔王を倒した救世主による統治は諸国万民の諸手を挙げて迎えられ、そこから永きに渡る治世が始まった。

 

 だが、途中まで彼と共に旅をした仲間の存在は、勇者の叙事詩が作られても初めから無かったようになっていた。

 

 

 

 

 

 勇者と別れた後、戦士と女僧侶は結婚して慎ましく暮らし始めたが、いつからか勇者を裏切った者達という噂をされるようになった。

 土地を移り職を変えても、その噂は消えることがなく、初めは親切に接していた人々も、次第に彼らを忌避するように遠ざかっていくのだ。戦士はそんな空気の下、どんな仕事を してもさっぱり上手くいかず長続きしなかった。

 生活は悪くなる一方で、やがて戦士は昼間から酒に溺れるようになり、まともに働かなくなった。

 女僧侶が内職したわずかな金を毟り取っては酒やギャンブルに注ぎ込み、妻や子供達に暴力を振るった。

 借金に追われ、戦士は帰らなくなる日が多くなり、家に残された女僧侶と子供はその日の食事にも困る有り様になった。

 そしてある時ついに、戦士は他に作った女と逐電した。

 孤児育ちである女僧侶に身寄りがあるわけもなく、細腕で働いても子供を養い借金を返済しながら生きていくだけの稼ぎは得られない。

 絶望に暮れ、いっそ子供達と一緒に入水しようかしらと考えているところへ、勇者の家来が近況を訊ねる便りを携えて訪問してきた。

 懐かしい勇者の文面を読みながら、女僧侶は痩せこけた頬に涙を流した。

「まだ気にかけてくれてたんだ……。

 ……勇者様に謝って、事情を話して、助けて貰いましょう」

 その頃の勇者はまだ王座には就いていなかったが、もう既に押しも押されぬ一国の重鎮となっていた。

 王女を妃に迎えて広い城に住まい、多くの家来を抱え、豪勢な暮らしをしていると風の噂に聞いていた。

 女僧侶は藁にもすがる思いで勇者へ会いに行った。

 勇者の住まう城の周りは、彼の名望を慕う人々が集まって大きな街が出来上がり、王都以上に繁栄していた。

 女僧侶が案内されたのは、街外れにある大きな屋敷と広い庭園を備えた別荘だった。

 応接間に通された時、あまりに見事な調度品の数々に女僧侶は目を奪われた。

 別荘でこれなら、城は一体どれほどなのだろう……。

 同時に自分のあまりのみすぼらしい姿に、消えてしまいたい、と恥じ入った。服は汚れとつぎはぎとだらけ、蜂蜜を流したようと評された髪はぼさぼさで、肌は青白くほとんど生 気がなかった。

(でも、もしかしたら、私もこの栄華を得られたのかも知れないのよね……)

 だがそれは取り返しのつかない過去のことであり、今となっては虚しく、考えてもみじめさが増すだけだった。

 やがて勇者が来た。

 女僧侶はハッと息を呑んだ。勇者は王家の衣装を身にまとい、以前にも増して凛々しく立派な姿になっていた。

 その堂々とした佇まいには威厳すら感じられた。

「ふむ……」

 勇者は女僧侶をジロジロと上から下まで眺め渡した。女僧侶は萎縮し、恥ずかしさに真っ赤になって俯いた。

「会談の前に、まずはさっぱりして着替えてきなさい」

 と、勇者は侍女を呼んで女僧侶を任せると、再び引っ込んだ。

 女僧侶は浴室に通され、湯を浴び躰を洗った。上がると貴族の娘が着るような服が用意されていた。

 そうして応接間に戻ると、勇者が先に待っていた。

「やあ、みちがえたね」と、笑みをこぼす勇者。「昔の美しさはまだ失ってないね」

「あ、ありがとうございます……」

「あれ? いつのまに敬語を使うようになったんだい?」

「だって……もう昔とは違うから……」

「ふむ……ま、それもそうか」

と、勇者は女僧侶にソファに座るよう勧めた。

 二人はしばらく昔話に花を咲かせた。話題は尽きなかった。

 勇者は砕けた態度で、過去の事などもう覚えてないといった感じであった。

 頃合いを見て、女僧侶は今の自分の窮状を告白し始めた。戦士が自分と子供を捨てて逃げたこと、彼が作った借金で首が回らず生活できないことなどを正直に吐露し、過去の事を 謝り、どうか援助をして貰えるよう懇願した。

 勇者は何度も頷き、女僧侶の手に己の手を重ねた。

 歴戦を刻んだ厚くて大きい掌。

 熱いほどに温かかった。

 勇者は何も言わず、ただそうして、女僧侶の瞳を見つめた。

 何かが煮えたぎるように潤んだ眼差しであった。

 夕食は狭い部屋に案内されたが、それは無闇に広い食堂では固くなって食事が喉を通らないだろうという勇者の計らいだった。

 勇者と女僧侶と子供のみで小さなテーブルを囲み、だが次々と運ばれてくる食事はどれも食べたこともない豪勢なものであった。

 目を輝かせて喜ぶ子供達に、女僧侶の表情にも微笑みが浮かんだ。ここ数年なかった、安堵に満たされた時間。

 その夜、勇者が女僧侶のベッドに忍び込んできた。

 

 子供と別々の寝所をあてがわれた時から薄々予想していた。女僧侶は抗わずに勇者に唇を許し、抱かれた。

 暗澹たる困苦をずっと味わってきた反動だろうか。それともかつては心を触れ合わせ、苦楽を共にした仲だからだろうか。

 久しく忘れていた情熱に彼女の秘肉は潤いを取り戻し、勇者の逞しい男根を迎えると、抑えきれずに声を上げてしまった。

 自分でも驚くほど花園が濡れ、勇者の深く激しい突き入れに夢中になっていってしまう。

 勇者に求められれば求められるほど安心感が広がるようで、いつしか無意識のうちに自分から手足を絡めて密着していた。

 長く続いた貧窮の中で、こんな感覚はどこかに置き忘れてしまっていた。

 勇者は女僧侶の中で立て続けに五回も放つと、ようやく満足したように身を離した。

「なんだ、君もまんざらじゃないじゃないか」

と、後ろに手を回しながら言う。女僧侶が彼の背中を引っ掻きまくったのだ。両脇腹にも脚で締められた赤い跡がついていた。

「……言わないで…………」

 女僧侶は肉欲に緩んだ表情ながらも、その目はどこか遠くを見つめているようであった。

 勇者は明くる日からも女僧侶を求めた。一昼夜ベッドから出ない日もあった。まるで生娘のような締まり具合だ、と、勇者は何度も感嘆した。

 勇者の肉棒も世界を救った英雄に恥じぬ逸物で、女僧侶は数え切れないほどの絶頂を堪能してしまった。

 王侯貴族の暮らし。働くことなく、食べる物にも着る物にもまったく困らない夢のような生活。

 幼馴染みであり、どれほど気を許して支えてきたかわからない存在であり、一人で世界を救った勇者という男。

 子供には健康と笑顔が戻り、女僧侶も生活疲れが日に日に消えてかつての美貌を取り戻し、肉付きも良くなっていった。

 ある夜、溶け合ってしまうような一戦を終えた後、勇者は女僧侶に言った。

「このままずっとここにいろ。オレのものになれ」

 勇者の腕の中で、女僧侶は素直に頷いた。妾扱いだったが、文句があるはずもなかった。

 その日から様々な奉仕や貴族でしか味わえない快楽を覚えてゆき、開発調教され、女僧侶は身も心も淫らに変わっていった。

 

 女僧侶はやがて勇者の子供を産み、そろそろ次の子を孕んでもおかしくないという頃、かつての夫であった戦士から手紙が届いた。

『俺が悪かった、許してくれ。まだ愛している、昔のように手を取り合ってやり直そう』

 悩んだ末、勇者にこのことを打ち明けた。

 勇者はニヤリと笑うと、その場で女僧侶を裸に剥いた。

 理性を奪うほど激しく抱き、奉仕させ、辱めを与え、何度も昇天させながら、勇者は彼女の耳元で囁いた。

「会ってこいよ。判断はお前に任せる」

「わ、わかりましたぁ……♥」

 女僧侶はアヘ顔で答えた。

 

 

 都の郊外にある森の空き小屋で対面した時、互いにアッと声を出して驚くほど両者は変わっていた。

 戦士はかつての筋肉の鎧は見る影もなく、贅肉だらけのだらしない体型になっていた。

 上背は相変わらずだが、でっぷりと突き出た腹、アルコールが染み込んだ赤ら顔。

 逃げ出した時より粗末な服装をしており、人の機嫌を窺うような落ち着きない目つきであった。

 一方、女僧侶はどこを取っても女盛りに磨かれて艶めき、髪はよく手入れされて流行の形と帽子を被り、

 並の富豪では手も届かない婦人服と日傘、宝石のちりばめられた装飾品などを身に付けていた。

 どちらも元の職業など到底想像できなかった。

 最初、二人は気まずそうにそわそわしていたが、やがて戦士から切り出した。

「子供達はどうしてる? 元気か?」

「え、ええ。勇者様が教師までつけて教育してくださってるわ」

「そうか、それは凄いな──ん、勇者様だと?」

「今はそう呼んでるの。もう身分が違うしね……」

「そうか……お前はどうなんだ?」

「見てのとおりよ」

「なるほどな、麗しくて眩しいぐらいだ。あいつに養われてるのか」

「そうよ。路頭に迷う寸前、彼が救いの手を差し伸べてくれたの」

「フン、調子がいいな。お別れだと言っておきながら、女は拾ったわけか」

「あなたにそんなこと言う資格があるの?」

 戦士は顔を逸らした。

「う……す、すまなかった……いきなり居なくなって悪かった。謝るよ……。

 あの頃は何もかも上手くいかなくて、俺ぁどうにかしてたんだ。どこへ行っても悪い噂を立てられて、俺は、俺は……」

「あなた……」

 その苦しみは女僧侶にも痛いほどわかった。彼女もまた、近所の目が常に冷たいものだったからだ。

「た、確かにあいつの気持ちを裏切ったかもしれねえがよ。途中までは文句なく仲間だったよな、俺ら。

 別に魔王に荷担してあいつを殺そうとしたとかいうワケじゃねえんだ。

 それなのに、なんでここまでの目に遭うかわからねえよ……。

 くそ、ヤッてる最中にさえあいつが帰って来なければ……」

 戦士は視線を落とし粘ついた声でぶちぶちと言葉を連ねていたが、やがて女僧侶の半眼に気付いたように、一旦止めてフウと息を吐き、肩をゆすった。

「──今は何とか食いつないでるよ。酒の飲み過ぎで躰を壊しちまってご覧の有り様だが、

 こんなオレにも仕事を斡旋してくれる親切なヤツがいてな。その紹介で、最近コッチに越してきたんだ。

 ここの街はアイツのおかげで人が集まって仕事にあぶれなくていい。貧民街だがちゃんと屋根のある家に住んでる。

 荷運びや教会の雑用をしたりしてるよ。俺達が育ったような下町の寂れた教会だぜ、ハハ……。

 ──それに、ささやかだが貯金もできてきたんだ」

「そう……お酒は?」

「あ、ああ、前ほどは飲んでない。……やめようとは思ったんだが、やっぱり躰がやめさせてくれなくてね。

 だが今じゃもう嗜む程度さ、支障はない。さっきも言ったろ、貯金ができてるって。

 だ、だから、その……な? やり直さないか? 昔のことは悪かった。謝るよ。俺にはお前が必要なんだ」

「……一緒に逃げた女(ひと)は?」

「あんなアバズレとはとっくに別れたさ。今は独りだ。

なあ、ここでなら俺達はまたやり直せる。まっとうな生活が送れる。

 俺とお前と子供達で、小さくても幸せな家庭を作ろう」

 戦士はそれきり黙って、女僧侶の返事を待った。

 女僧侶の唇や瞼が時折ピクピクと動き、何かを発しようとはしている。だが、なかなか開く気配はなかった。

 戦士はおそるおそる言った。

「……お、お前さ、もしかしたら、ひょっとして──」

「そうよ」女僧侶は顔を背けた。「私はもう、勇者様のものなの」

「!!──あいつに抱かれたのか……!」

「……ええ」

「ど、どれぐらいだ」

「もう数え切れないぐらいよ……」

「どうし──いや、言うまでもねえか」

 戦士は首を振った。

「あいつもお前のこと好きだったからな……そりゃそうだよな、ハハ……。

 ……どうせお前もあいつの気持ちには気付いてたんだろ?」

 女僧侶は答えなかった。

「ち、ちなみによ……どんな風に抱かれてるんだ。どんな体位が好きなんだあいつは?」

 女僧侶は顔を戻し、蔑むような視線を戦士に送った。

 好色そうな表情。

「……そんなこと聞きたいの?」

「あ、ああ、気になるじゃねえかよ。お偉くなったお方の下半身はよ。

 アッチも勇者様気取りなのか? ウハハ」

「あなたとなんか比べものにならないわよ」

と、女僧侶は思わず言い返した。

「もう凄いんだから……いつも五、六回は求めてくるわ。死んじゃうって叫んじゃうぐらい愛してくれるの」

 下卑た笑みが消え、ぐうと詰まる戦士。

「そ、そんなの俺の時だって言ってたじゃねえかよう」

「レベルが違うのよ」

 女僧侶はさらに畳み掛けるように言った。

「アッチも歴戦よ。魔王をたった一人で倒した勇者様よ。並の男なんてまるで勝負にならないわ。

 彼の逞しいチンポでおまんこズポズポされると、もうすっごく気持ちよくて泣いちゃうぐらい蕩けてしまうの。

 おまんこだけじゃない。お口も、後ろの穴も、おっぱいも、何もかも。どこもあの人用に開発されちゃってるわ。

 それにね、その気になれば一日中私を抱くの。知ってる? 本当に起きてから寝るまでセックスだけするのよ。

 子供の面倒は召使いがみてくれるし、食事も運んできてくれるから、何も気にすることがないのよ。

 朝から晩まで裸のまま、欲望の赴くままにお互いを求め合うの。私も勇者様もケダモノみたいになって、

 もう一日中オマンコのことしか考えられなくなって、でも大抵先にへばるのは私で、泣いて許しを乞うんだから。

 それでもやめてくれなくて、狂っちゃうほど全身オマンコ漬けになるのよ。

 でもやっぱり一番は勇者様と愛し合いながら中出しセックス! あなたの雑な愛撫とは比べものにならないわ。

 私を大事にしてくれて、知り尽くして、本当に愛してくれてるから。私もいっぱい愛し返すの。

 あの人にメロメロにされて、メロメロにして、熱い精液を子宮に浴びたら溶けちゃうぐらい気持ちいいの、それだけでまた逝っちゃうの」

「も、もうやめてくれ。俺が悪かった」

 戦士は耳を塞いで身悶えた。

 女僧侶は騰がった呼吸を整えると、ため息をついた。

「……ハァ、なんであなたなんかと結婚しちゃったのかしら……。

 初めから彼を選んでおけば、そうすれば私は今頃……」

 これには戦士はカッとなって女僧侶を睨め付けた。

「おい、何を言ってやがる。元はと言えば、お前から誘って来たんだぞ。物欲しそうな目をしてよ。

 キスを済ませた数日後にはもうその口で俺のチンポをしゃぶってたじゃねえか。

 そうか、あの頃からとんだ淫乱女だったんだな。僧侶が聞いて呆れるぜ」

「なによ! あなたが私を好きだって言うから、愛してるって言うから、あなたの性処理を手伝ってあげたのよ!?

 躰が動かなせないから、下の面倒から何から何まで全部私がやって!

 それなのに私と子供を捨てて逃げたのはあなたでしょ!?」

「お前の濡れっぷり乱れっぷりは他の女の比じゃなかったぜ。情が深いと言や聞こえはいいが、娼婦も顔負けの男狂いだ。さっきの話しぶりもそうだ、この雌豚女!」

「なによこのクズ、粗チン! あなたが聞きたいって言うから事実を教えてあげたのよ!

 子供の頃からなんにも変わってないわ、悪い悪いって言ってるけど上辺だけ!

 本当に自分が悪いとは考えてない! あなたは肝心な時には逃げる人! 自分が一番かわいいのよ!

 もし本物の責任感があったら、せめて約束ぐらいは守るでしょ!? 親友の約束は守るでしょ!?

 なんで私を抱いたのよ!?

 なんで、私を捨てたのよ……!

 なんで、なんで、どこまでも一緒に連れてってくれなかったのよ……!」

「い、いいように好き放題言ってるがな、お前も同罪なんだぞ」

 脂汗を額に浮かべながら戦士は苦しそうに言った。

「お、俺だけが悪いわけじゃないのは確かだろ……。

 抱いた? まるでお前は俺の意志に従っただけみたいな言い草だな。

 お前は同意したんだ。拒まなかったんだ。俺を選んだんだ。

 どう言い繕おうとも、その事実から逃れられはしないぞ」

「だからそれが気の迷いだったのよっ!」

「なんだとっ!」

 戦士は拳を振り上げて女僧侶に迫った。

 女僧侶は怯えたようにその場にしゃがみ込み、腕でかばった。「やめて!」

 戦士はハッとして立ち止まった。

「す、すまん…………こんなことをするつもりじゃ…………」

 戦士はがっくりと肩を落とした。

 今度は彼が溜め息をついた。

「……なんとなくそうだとは思ってたよ……まあ、そうだろうな…………」

 再び沈黙が降りた。

 興奮した空気が再び冷えていく。

「……ねえ、彼に頼んでもっとマシな給金が貰える職に就かない? 私からも彼にお願いするわ」

 戦士は首を振った。

「俺も男だ。こんな姿であいつと会いたくはねえ。

 ……もう、あいつとは終わってんだよ…………」

「…………」

「……どうして……こうなっちまったんだろうなあ……」

 戦士は遠い目をした。

「私にもわからないわ…………」

「もうあの頃には……戻れないのか」

「……それは三人で冒険していた頃? それとも、結婚したばかりの頃?」

 戦士はクッと頬を歪ませたが、すぐにその笑みは消えた。

「どっちも戻りてえな……でも一番戻りたいとすれば……三人で遊んでいたあの頃かな…………」

 いつしか二人の頬に熱いものが伝っていた。

「おまえ、あいつのところに帰るのか」

「……ごめんなさい……もう……あなたのところには戻れそうにないわ」

「……そうか。

 ……子供達が俺のことを訊ねたら、無事でやってるとだけ伝えてくれ」

「ええ、あなた……いえ、戦士さんもお元気でね……」

「……おまえもな……」

「さっきは酷いこと言ってごめんなさい……」

「ああ……」

 涙を流しながらそう話し合うと、後は交わす言葉もなく、無言で別々に空き小屋を後にした。

 その後、もう二度と会うことはなかった。

 

 

 二人の様子を探りに行かせていた召使いの報告を聞くと、勇者はご苦労と労って下がらせた。

 窓辺に立ちながら美酒を注いだ杯を揺らし、独りごちた。

「仕組ませてもらったよ。お前達のあらぬ噂を流して追い詰めたのも、女僧侶が十分に堕ちてから戦士をここにおびき寄せて存在を知らせたのも、すべてはオレの仕業だ。

 だが、魔王を討ち滅ぼすほどの力を持つ俺の逆鱗に触れて、平穏無事な人生を歩めるわけもないだろう?

 男は社会の底辺を這いずるように生き、女は良い暮らしを得たその実、奴隷同然の慰み者。

 仲間を裏切り、使命を忘れ、将来より目先のものに飛びついた愚か者達の結末がこれさ。

 本当は殺してやろうとも考えたんだが、幼い頃からの腐れ縁を死まで追い詰めたら、後味が悪すぎるからな。

 まあこれで一応の気持ちの区切りはついたし、復讐はこれぐらいにしといてやるよ…………」

 外から馬のいななきが聞こえてきた。女僧侶を乗せた馬車が帰ってきたのだろう。

 勇者は口端を歪め、杯を置いた。

「早いな、旧交を温めもしなかったか……それがあいつとおまえの選択ということか。そうか。

 ならせめて温情を与えてやるか。アイツも多少は人生が楽しめるよう取り計らってやろう。

 人間、生活さえ安定すれば、それまでの不運や悲しみなど夢のように忘れてしまうものだしな。

 女僧侶、お前にもたっぷりと褒美をやるぞ、フフフ……」

 次はどんな調教をしてやろうかと頭を巡らせながら、勇者は股間を熱く滾らせ、女が戻ってくるのを楽しみに待つのであった。

 

 勇者が天寿を全うして王都で一番高い場所に埋葬された時、最も愛されたという寵妾の墓は近くになかった。

 また武功第一と称され勇者の右腕として歴史に名を記した将軍が、その日を境に職を辞して姿を消した。

 ただ、勇者の出身地として有名になった街の教会の墓地に、小さくも立派な墓が三ついつまでも仲良く並んでいたという。

 

 

                             (おしまい)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最終更新:2020年02月23日 17:30