『冒険者で寝取られ』 前編
1
あまりよろしくない通りにある酒場は混み合っていた。一癖も二癖もある顔つきの男達が何人も屯(たむろ)していて、その中にどれぐらい盗みを生業にしている者が紛れているのだろうと思った。中には並の冒険者よりよっぽど面白い話を持っている者もいる。とはいえ、街に着いたばかりの身としてはひとまずは歩き疲れた躰に染み込む一杯が欲しかった。
狭い隙間を抜けてカウンターの奥、空いている席に滑り込む。
「エールを」
船着場の荷役の方が相応しそうないかつい体躯のバーテンダーは軽く頷き、樽からカップに赤褐色の液体を注いで置いた。
私はそれをぐっと傾けた。苦味と甘味が程よく混ざり合った魅惑の液体が喉を通ってゆく。一気に飲み干し、美味そうに息を吐いた。
もう一杯、と空になったカップを上げると、バーテンダーはすぐに受け取った。
一番隅となる隣席ではフードを目深に被ってうずくまるようにして飲んでいる男がいた。
新たに注がれた杯を渡されながら、ちらと覗うと、時おり思い出したように杯を口に近づけているが、その目は虚ろで、何か考え事をしているようだった。よく見ればまだだいぶ若かったので、
「どうしたんだい、まずい酒を飲んでるようだね」
と、私は話しかけてみた。
若い男は緩慢に顔を向けた。
(まだ少年を抜けきってないな)と、私は驚き、その瞳の奥にある深い悲しみにも気付いた。
どうしてこの少年はこんなに虚ろで、悲しみに満ちた目をしているのだろうと興味を惹かれ、色々話しかけてみると、少年はポツリポツリと言葉を返すようになり、やがてクレストと名乗った。
まだ十七だが盗賊上がりの冒険者をしているのでこのような酒場が落ち着く、と、自嘲的に笑んだ。
確かに少年の雰囲気や物腰に場違いな浮つきはなく、フードの中を覗かなければこんなに若いとも判らなかっただろう。ただ、顔だけ見れば、駆け出しの冒険者と勘違いしてもおかしくない幼さが残っていた。
「しかし、随分と物思いに沈んでるね。冒険で手痛い失敗でもしたのかい」
「ええ、そうです。その通りです。取り返しの付かないことが起こりました。僕は全てを失いました」
「全てか。それは穏やかじゃないね」
「いっそ死んでしまえば楽だったかも知れません。ですが僕は逃げた。逃げてしまった」
「……。良ければその話を聞かせてくれないかい。私は旅の唄い手で、人の話を聞くのが好きだ。嬉しい話も、悲しい話も、どんな話もね」
「ですがとても恥ずかしい話です。自分自身の大きな恥を語ることになってしまう。それが口を開くのを妨げるのです」
「けれども、君はとても苦しそうだ。そんな想いを胸の内にしまい続けるのはよくないんじゃないか? いっそ誰かに話してしまった方が楽になれるだろう」
「そうですね、そうだと思います。ですがそれでもあまりに恥ずかしく、情けない話なのです。喋り続けられるかどうか自信がありません」
「じゃあ、他言無用というのはどうだい。私は他の誰かに話すのも、君の話を材料にして歌を作るなどもしないと誓おう」
私は周りを見回した。
「幸い、ここは騒がしい酒場の片隅だ。私達以外に声は届かない。むしろ君の声に耳を澄まさなければならないぐらいだ」
「……。わかりました」
少年は頷き、カップに残ったエールを飲み干すともう一杯と告げた。おかわりがやってくると、その表面を見つめながら、少しずつ語り出した。
2
先程も盗賊上がりと言いましたが、僕は元々そんな稼業をしてました。最初は、こことは違う街で、ペティという同じ境遇の子と一緒に、引ったくりなどでわずかな糧を得ていた戦争孤児でした。
ある時、街の市場で余所者らしい隙のありそうな男を見つけて引ったくろうとし、失敗して二人とも捕まりました。
それはベンゼマという男で、盗掘団を率いる頭領でした。
(盗掘団?)
そうです。盗賊団ではなく、盗掘団。
でも彼は、俺の財布を盗もうなんて肝の座った奴らだと笑い、逆に気に入られ、食べる物を保証されて盗掘団に拾われました。罠避けの先頭役に使われたのです。老いた盗賊がいて、罠の種類や探し方、外し方など、そういった技術を教わる代わりに、ダンジョンの罠解除から雑用までこき使われました。でも僕とペティは幸運にも恵まれて、罠にかかって死ぬようなこともなく育ちました。
ペティは僕より一つ下の快活な女の子で、いつでも僕を助けてくれました。僕も彼女を助けました。妹であり、姉でもありました。同じ出身の幼馴染みとして支え合いながら、道具として扱われる盗掘団で生き永らえました。
数年が経ち、僕が十四になった時、あるダンジョンで魔族に襲われ、盗掘団が壊滅しました。老盗も殺され、僕とペティは命からがら脱出しました。頭領のベンゼマは生死不明でしたが、ダンジョンから出てきた形跡がなかったため、殺されたのだと思いました。生き残ったのは下っ端が何人かだけ、盗掘団を引き継げるような人間はいなかったため、散り散りとなりました。あっけない終わり方でした。
魔族はご存知ですか? 普通の魔物より強い魔力と知性がある、とても恐ろしい存在です。魔王に授けられた力と悪魔の奸智でダンジョンにのこのこ来る人間達を翻弄します。何が起こるかわからないダンジョンでは、浅いところしか入らなくても稀にこういう事があるのです。天は無慈悲です。
この先どうしようかと思案に暮れていると、ペティがもう泥棒はこりごり、冒険者になろう、と言い出しました。冒険者と盗掘団、同じあぶれ者の集まりでそう違いはないと思うかもしれませんが、盗掘団は冒険者ほど命知らずにダンジョンの深くまでは潜りません。それに御法度に触れる王家や富者の墓所なども狙います。当たり前ですが、盗掘団は盗賊なのです。あまり良くない人間が集っていました。トラップ技術を教えてくれた老盗も憂さ晴らしによく僕を蹴ったり、棒で叩かれたりしました。
それに比べて、冒険者は……そうですね、馬鹿の集団でしょうか。お宝を求めていますが、危険で人の寄りつかないようなダンジョンを狙います。食い扶持に困っても魔物退治などやはり危険な仕事をこなして糊口をしのぎます。冒険というスリルを好む馬鹿の集団です。
ですが、そういう生き様が格好良くもありました。
ペティは利害だけの関係や、他人様の物を盗むすさんだ行為にはもう飽き飽きしていたのでしょう。それは盗掘団にいた頃にも僕だけに愚痴っていました。別の仕事がしたいって。それに、ダンジョンでしばしば出遭った冒険者達に憧れてもいました。だから自分もなろうと思ったんでしょう。この話をしている時の彼女の表情は、何かから開放されたように、晴れ晴れとしていました。
生活が成り立つのか不安でしたが、僕ももう出来れば引ったくりや盗掘などはしたくありませんでしたので、ペティと一緒なら何でもやろうと決めて賛成しました。
3
それから色々あって、僕達は何とか正式な冒険者になれました。皮肉にも盗掘団にいた頃培った経験や技術が存在意義になったんです。ダンジョンのトラップは厄介ですからね。
冒険者になってみるとなかなか面白かったです。冒険者にも協会があって、そこに登録すると正式な冒険者になれるんですが、冒険者一人一人の中身はかなりバラバラなんですよ。戦士がいたり盗賊がいたり魔法使いがいたり、はたまた異種族がいたり。
冒険者はあまり安定した仕事ではありません。生活に必須な職業でもありませんしね。でもいなければいないで、魔物退治の人手が足りなくなる。危険な仕事に対する便利屋がいなくなる。何というか、ある意味、魔物がいるから成り立っていると言えましょうか。基本的に戦いが本分ということでしょうか。盗みで生計を立てようものなら協会に厳しく咎められます。毎月報告の義務があるんですよ。収支があやふやだと疑われるんですね。世間では風来坊の印象があって、あまり良く見られない風潮も強いですが、意外としっかり管理されてるんです。
僕は新しい生活に満足していました。
それは、仲間に恵まれたからだと思います。
二年ほど冒険稼業を続けて、人の出入りがあった結果、男は僕一人というパーティーが出来上がっていました。僕以外は全員女という。
(それは羨ましいね、と私が言うと、薄く笑って同意した)
こういう場合、男は抜けるのが普通というか、抜けた方が面倒が少ないですよね。ですが僕とペティが中心のパーティーでしたし、僕が望んで女だらけにしたわけでもありませんし、何より彼女達が構わないと言ってくれたので、パーティーはこの状態を保ち続けました。
僕はリーダーを務めました。ペティは副リーダーでした。男は一人しかいないので、力仕事は進んでやりましたし、戦闘ではアラサとチェニーという僕より強い戦士にオフェンスを任せ、僕は主に後衛の守りを心がけていました。
僕にもちゃんと役割があって居場所を掴んでました。罠に関してはペティより遙かに嗅覚と自信があったんで、あんた一人に任せた方がいいねって、初めは対抗していたペティもしまいには白旗を揚げました。
あの頃は一番良かったです。女だらけのパーティーは最初、居心地が悪く、仲もギクシャクしていましたが、徐々に打ち解けていって。ペティの存在が大きかったですね。彼女という歯車がなければパーティーは上手く回らなかったでしょう。
まあでも、確かに僕はリーダーの立場でしたが、内情は他のメンバーに振り回されてました。こういう男女比率の悪いパーティーのリーダーは大変だと思います。自分で実感しました。男が女性ばかりを率いる時は、とにかく忍耐が全てですね。
他のメンバー? 四人いました。剣士のアラサ、獣人のチェニー、エルフのレスティア、魔法使いのアスリナン。僕はその頃戦士になっていて、ペティは盗賊のまま、小振りですが魔法の巻取機を備えた、なかなかの威力のクロスボウを撃ってました。でも彼女はパーティーの財務係の側面が強かったですね。
アラサは東方から来たという珍しい人間で、夜のように黒々とした髪の毛でした。飄々とした性格をしていましたが戦闘では鬼神のようで、見たこともない剣や鎧を使いました。
チェニーはシルバリオ(半人半狼の一族)でした。見世物になっている彼女を助けた経緯があるんですよ。でもわざわざ故郷まで連れて帰ったのに、改めて外の世界が見たいとついてきてしまって。元気いっぱいの少女で、僕達に対してだけはものすごく人懐っこかったです。でもびっくりするほどすばしっこいし、野獣並の鋭い爪牙を持っていて、見た目に騙されてやられた奴は数知れません。
エルフのレスティアも見聞の旅がてら冒険者をしているとのことでした。実際に何年生きているかは知りませんが、人間で言えば僕より少し上ぐらいでした。エルフらしい神秘的で美しい外見をしていましたが、中身はかなり開放的で、ペティやチェニーと気が合っていましたね。そういう性格だから外界に来たんでしょうけど。そうそう、彼女は精霊と話せて使役できたんですよ。
魔法使いのアスリナンは眼鏡をかけた大人しい性格の子でしたが、僕と変わらない年齢なのに大きな魔法や様々な知識を持った凄い子でした。他の冒険者に聞いた話だと、あの若さであそこまで実戦通用する魔法使いはそうそういないとのことでした。でも全然偉そうじゃないどころか、かなり引っ込み思案な子でしたね。
とまあ、こんな面々で冒険の日々を送っていました。
4
とにかく周りは女性だらけです。僕も男ですから、目のやり場に困るような事も度々ありました。皆んな可愛い子達ばかりでしたし。それにスタイルも……。旅に戦闘にと冒険者は躰が資本です。真面目にやっていれば贅肉なんて付かず引き締まります。年頃の女子のそんな均整の取れた躰なんて、男には大変な猛毒ですよね。
え、ペティとは恋人同士だったのかって? え、ええ……まあ……。腐れ縁というか……孤児だった頃からの仲でしたからね。これからも離れられないだろうなって……お互いに感じてました。冒険者になってある程度経って落ち着いた頃、どちらからともなく、そんな関係になって。
ただ、冒険者は当てるとでかいですが、そうでなければからきしです。そして僕はまだからきしの方でした。子供が出来ても養える算段がないので、一線は越えませんでした。ペティも理解してくれて、市民権と家が手に入るまではって、恋人らしい交渉はキスとペッティングぐらいに留まりました。冒険中は二人きりになる時間も満足にありませんでしたし。
だけど彼女も年頃になってとても可愛くなっていたので、一線を越えないよう我慢するのはとても気力がいりました。胸までは見せてくれたんですが、とても形の良いお椀のような膨らみに桃色の突起がついてて、彼女のからだから匂い立つ甘い体臭を嗅ぎながらそれを見ただけで、すごく昂奮してしまいました。キスをして、甘い気分になって、あれを見てから、じゃあここまで!──と、お預けを食らうのは男にとって辛い事です。その後の悶々とした気分を消すのも大変でした。
だからいっそう生殺し状態でした。
(私が、ペティは君に他の娘が接近するのは許したのか、と尋ねると)
ええ、彼女も彼女なりの一線があったみたいで……女ってわかりません。僕にとってはドギマギするような行為でも、ペティにとっては黙認できる範疇だったようです。
彼女達は水浴びが大好きだったんですよ。旅をしてると野宿も多く、入浴はままならないじゃないですか(私は同意の頷きを返した)。仕事中でも水辺を発見すると、エルフのレスティアが決まって水質調査するんです。水の精霊に尋ねて。まあ、水辺があるかどうかも聞いてるんですけどね……。で、問題なければ、浮き浮きした表情で、「入れそうよ!」って──。
それに対する僕の台詞の定番はこうでした。「わかった、じゃあ僕はあっちで見張っとくから」。
……ええ、自分でもおかしいと分かっています。リーダーとしてそこは別の台詞を言わなくちゃならないんじゃないかって。でももうパーティーのルールみたいになっていましたから……。
時には辺りに遮蔽物なんかなくて、背中越しに彼女達がはしゃぐ声や水音が聞こえるんですよ。無論、皆んな真っ裸です。で、「クラスト、あなたも入りなさいよ!」ってレスティアとかが……。モンスターが出てくるかもしれないのにですよ。ふざけてるんですよ。時にはペティですらそんなことを言ってきたり。で、僕が誘惑に負けて振り返ろうとすると水をかけて、驚く様を楽しむんです。仕事中ですよ。参りますよね。
野営する時など、寒いからって寝袋をピッタリ寄せてきたり。左右どちらからも寝息がかかるぐらい顔を近付けてきたり。女性の寝息の甘さは毒の息同然です! とても眠れやしませんでした。
仕事が終わって酒盛りをすれば、妙に絡んできたり、躰をくっつけてきたり。ペティも助けてくれません。チェニーなんか僕の膝の上に乗ってきて。彼女は小柄ですが、僕もこの通り体格がいい方ではありませんので大変でした。
宿も相部屋で構わないと言うし……。
仲間と認めてくれた、気を許してくれているんだって、そこはとても嬉しかったです。仲間としてのスキンシップなんだって。
……が、やはり、僕も男でして……そのような彼女達の振る舞いは、ある意味、拷問のようなものでした。
(何とも羨ましい話だ、と、私が重ねて言うと、微苦笑した。だがまだ君が悲嘆している理由がちっとも見えてこないね、と続けざまに言うと、その笑みは途端に引っ込み、再び暗い顔に戻った)
すみません。このお話をするには、ペティや彼女達が僕にとっていかに大きな存在だったか、説明する必要があったんです。
こっからなんです、このお話は。
5
ある時、地方でオークの目撃が頻発するというので退治しに行きました。山に入って捜索している最中、レスティアが泉を見つけて恒例の水浴びが始まりました。オークなんて大した敵じゃない、そんな気の緩みがあったんでしょう。僕達はそれまでに、既に魔族や竜とも戦ったことがありましたから。
(魔族! 竜! 本当かい、と訊くと、ええ、ちょっとした自慢なんですよ、と照れるように笑った。そちらの話もだいぶ興味を惹かれたが、ひとまずは今の話を訊き続けることにした)
そういう難敵との死線も越えた仲なのに、その時、また、入らないのって誘われて、いい加減そういう悪ふざけに腹が立っていた僕は、「よし、じゃあ入ってやろうじゃないか」と叫び返し、本当に鎧や服を脱いで泉に行きました。そしたら、「あらやっと来たのね」って、何でもないように皆に出迎えられて……でも男女が真っ裸同士だと、さすがにお互いに何だか気恥ずかしくて、妙な沈黙の間が漂い始めた頃、タイミング悪くオークどもが現れたんです。
オークに遭ったことはありますか? 実際にはない?
あいつらは本当に豚と人間が合わさったような姿をしているんですよ。普段は洞穴や薄暗いダンジョンの中などに棲息してますが、しばしば地上に出て人間を襲います。あいつら雌の数が少ないみたいで、人間の女を拐うんです。
(この手の話は聞いたことがあった。オークやトロールといった“人間のなりそこない”が女性を連れ去るという話。命からがら逃げ帰った者もいるようだが、彼女達の身に降りかかった運命は痛ましすぎて想像し辛い)
オークどもが下卑た豚の鳴き声を出しながらペティ達の裸を視姦していました。盗掘団にいた頃は貧相だったペティのからだは、いつの間にか女性らしいふくらみと曲線で形作られていましたので、あいつらがそのからだを見て……その他の皆んなの裸を見て……どんな想像をしたのか……考えるまでもありません。それは絶対に許せないことでしたが、でも正直、この状況をどうしようかと困惑しました。
それにもう一つ、気に掛かることがありました。奴らの何匹かの肩に人間が抱えられていたんです。全員血だらけで気絶しているようでした。
すると、奴らの後方から叫び声が上がり、何だろうと思っていると、アラサが凄まじい怒声と剣技でばったばったとオークどもを薙ぎ倒すところでした。彼女だけはこれも修行の一環と言って水浴びしていなかったんです。後で訊くと、オークの集団がやって来たので一旦身を隠し、背後から不意打ちしたのだそうです。
オークどもは混乱し、次いでアラサの強さを見て恐慌が広がり、我先に逃げ始めました。一匹倒されて驚いている間にもう一匹斬り伏せられるんですから、当然ですよね。僕達は武器だけ取って後を追っかけ、だいぶ逃してしまいましたが、担がれていた人々は放られるなどしたので、何とか助けることができました。
そしたら、驚きました。
その中に盗掘団の頭領だったベンゼマがいたんです。
ペティも非常に驚いていました。穴が開くほど見つめていました。
ベンゼマは……人を惹きつける魅力と自信、そしてしたたかな計算が出来る男でした。十数人といえど一団を率いただけの人物です。たった数人も満足に率いれない僕が言えるような台詞ではないかもしれませんが。
世間では悪名があるけれど、実際に会って話してみると朗らかで人当たりがよく好感が持てる──そういう人物っているじゃないですか。なんかこう、人の上に立って当然、みたいな堂々とした雰囲気がある人間。ベンゼマはそういうタイプでした。ただ同時に、盗賊の小狡い性根も持ち合わせた人間でした。だから盗掘団の頭領なんかに収まっていたんだと思います。
僕とペティが拾われた当時は二十四、五と言ってましたから、その時には三十ぐらいでしょうか。意識が戻った彼もすぐにこちらに気付き、互いに驚きつつも再会を喜びました。盗掘団では危険な仕事をさせられ、嫌な人間も沢山いましたが、ベンゼマの人柄は好きで、拾ってくれた恩を感じていました。憧れさえ抱いていました。
事情を訊いてみると、魔族に襲われた時、瀕死で気を失っていたために止めを刺されず、九死に一生を得たそうでした。気が付いて這々の体でダンジョンから抜け出て、通りがかった人間に救われたのはいいものの、生死の境を彷徨い、数ヶ月はベッドの上だったそうです。傷が癒えても盗掘団の再結成はせず、僕とペティのように冒険者に転向したそうです。
そして、奇しくも僕達とは別ルートでこの地にやってきていて、この辺りにあるというダンジョンに潜ったまではいいのですが、そこはオークの根城になっていて、さすがに多勢に無勢で彼のパーティーは捕まってしまったのだそうです。
ただベンゼマだけが何とかその場から逃げ、数日後のこの日、仲間を救いに再び潜り、助け出したのはいいものの、追っ手に捕まってしまったのだそうです。
ベンゼマは助かった、命を救われたな、と、何度も感謝しました。男が捕まると食料にされてしまいますから、僕も本当に良かったと思いました。
ベンゼマのパーティーは四人で、こちらと同じく彼以外は若い女性でした。皆ぼろぼろの衣服や肌にオークの体液らしいものがこびりついていて、むごたらしい有様でした。彼女達が捕まっていた数日間のことを思うと非常に胸が痛みました。命だけは無事だったのが唯一の救いでしょうか。ただショックが大きいようで皆呆然とし、ペティ達が介抱しても満足に話せないようでした。僕は女ではありませんが、気持ちは分かる気がしました。
その日はもうオーク退治どころではなくなったので、引き返すことにしました。ただ最寄りの村に戻るだけで一泊野営する必要がある奥地まで来ていたので、その晩は襲撃を警戒して交代で見張りを立てましたが、幸い何もありませんでした。
翌日、村の宿屋に女性達を預けると、ベンゼマも交えて話し合い、オークどものいる場所も分かったので本格的に討伐に向かうことに決まりました。ベンゼマは人手が足りるか不安があるようでしたが、僕達にはオークどもを蹴散らす自信がありました。それを聞くと、いつの間にか頼もしくなったな、と、ベンゼマは当時のままの人懐っこい笑みを僕に向けました。
ただ、ペティだけがベンゼマのようにどこか不安そうだったのが気になりましたので、会議後に何か引っ掛かることでもあるのかと訊ねたんですが、「何でもない」と、ペティは首を振りました。
その日は戻ってすぐですし、明日に備えることにして宿を取り、交代で村に警邏と見張りを立てることにしました。
ベンゼマはあの性格ですし、僕とペティの旧知の仲ということで、皆も彼に親しみを持ってくれたようで、彼らはすぐに打ち解けました。僕の時とは大違いです。
ベンゼマがレスティア達と楽しそうに談笑するのを見て、ふと、昔もよく女と話し込んでいたな──と思い出し、当時はそのことに何も感じなかったのですが、その時初めて、彼も男だという当然のことに気が付きました。ベンゼマは女好きなのかも知れないと思い、いや、そうだとしてもどうだというんだ、それに、男が女に対して調子がいいのは当然だろうとすぐに思い直しました。
贔屓目に見てもレスティア達は良い女ですから、彼女達を前にして無愛想になる男はいません。それに僕はペティと約束を交わした仲で、他の皆んなはフリーです。もし仮にベンゼマが彼女達の誰かと惹かれ合ったとしても、彼自身もフリーなら何も問題ないことです。
他にもベンゼマの仲間の女性達やオーク討伐のことなど色々考えていたら、頭がごちゃごちゃになってしまいました。
……こういうのって、独占欲って言うんでしょうかね。嫉妬じみた気持ちを抱いたのは確かです。
(ここでクラストは深く吸って吐き、しばし黙ったのち、ゆるゆると呟いた)
──ただ、そんなのはどうでもよくなるような事が……ありました。
6
その日の夜、ふと目が覚めました。日中やることがなくて少し寝たせいでしょうか。すぐに夜番があることを思い出しました。僕が警邏を、ペティが見張りに立つはずでした。
慌てて寝床から抜けると、同室だったベンゼマのベッドが空でした。
深夜に女性が泊まっている部屋をいきなり訪ねるのは気が引けたので、状況を把握するためにまずは前当番がいないか探すことにしました。アラサとアスリナンがやっているはずです。何にしろ、見張りの場所に行けば誰かしらいるはずでした。
雲が少し出ている半月の夜でした。
カンテラを点けて暗い道を歩いている途中、農家を通りがかった時のことです。
そこの納屋の戸が少し開いていて、辺りは虫の音が響いていましたが、中から何か物音がするのが僕の耳まで届きました。罠感知や解除には聴覚も大事なんで、それなりに鋭いんです。
僕は習性でカンテラの火を消し、足音を忍ばせながら納屋に近付き、戸に張り付きました。
そこで音の正体が分かりました。
──あの、あれです、男と、女の、あれ。──あれをしている時の声でした。
何ででしょうかね。一度も聞いたことなんてないはずなのに、直感でそうだと分かったんです。
だって、女の声はものすごく甘ったるくて、男の方もすごい気持ち好さそうで……。両方とも蕩けるような声音で。
僕も年頃の男子です。ドキドキしながら中を覗きました。
まだ夜目が効かない視界の向こう、藁束が積まれた場所で蠢くものがありました。
暗闇に白い裸体がぼんやり浮かび上がっていて、すぐに裸の男と女が重なり合っているのだと判別できました。
男が腰をテンポよく振り、藁の上に寝た女が脚を大きく拡げてそれを受け止めています。
ああ、ああ、ああ、と、声量は抑え気味でしたが、気持ち好いのがはっきりわかる声を、女性は出していました。
この家の人だろうか、そんな事を考えてながら覗いていると、僕は、(ん……?)と、不審に思いました。
夜目が来るにつれ、男の姿が見覚えあることに気付いたんです。
すぐにわかりました。
──ベンゼマでした。
……びっくりしました。
セックスしている場面に遭遇したことにも、それがベンゼマであったことにも。
不意打ちでしたからね。
でも、ベンゼマも大人ですから、セックスぐらいするだろう──と、彼だと知った時の驚きはその程度で済みました。
その直後に、もっとびっくりすることがあったんです……。
「どうだ、やはり気持ち好いだろう、久しぶりの俺のモノは。え?」
下の女性は答えませんでした。
──その時、女、というには少し躰が華奢だな、と気付きました。
「ハハ、だがコッチは正直だな。前とは比べものにならないほどの締め付け方だぞ。反応も格段に色っぽくなってる。柔らかい肉も増えやがって、ちゃんと女らしく育ってるな……」
「……いやぁ……」
その声を聞いた時、死神の手が心臓を鷲掴み、一瞬止まったかと思いました。
いやでも──そんな────
藁に沈んで、まだ暗くて、よく見えないけれど。
その女──いや、少女は。
ベンゼマのペニスをアソコに出し入れされて、蕩けた声を出しているその子は。
「いやなものか。この愛液の量は何だ。中の肉が熱く躍っているぞ。突くたびにグチュグチュといやらしい音が立ってるじゃないか、ええ? 俺のモノをこんなに歓迎しやがって」
「あ、あ、あ……い……、いっ、言わないでぇ……!」
「くっ……ほら、また締まった。ビクビクしてるぞ。もうすぐイキそうなんだろ? どこが弱いのか、イキそうなタイミング、俺はすべて覚えてるんだからな。お前も俺のペニスの味をしっかり覚えていたみたいじゃないか」
そう言ってベンゼマはさらに腰を振り立てました。
「あっ、あっ、ああっ!」
「なに、遠慮することはないんだ。今は二人だけの時間だ……。俺達だけの時間。誰も知らない秘密の時間じゃないか……。今だけは自分を抑えなくてもいいんだぞ……」
「あぁ……!」
ベンゼマにそう言われると、少女はもう我慢しきれないといった風に、彼の首を掻き抱きました。太股が脇腹を押さえ付けました。そうするとベンゼマはもっと激しく腰を振り始めました。
「そうだ、ハハハ、やっと正直になったな。もっと楽になるんだ、もっと俺を受け入れるんだ、そうすればもっと気持ち好くしてやる」
「あっ、あっ、あっ、あっ、あっ、あっ!」
密着して抱き合った二人は、ベンゼマの忙しない腰の動きと、パンパンと打ちつける音だけが目立ってました。
「おお、たまらん、いいぞ、いい締め付けだ、俺もイキそうだ! たっぷりと中に出してやるからな、昨日みたいにまたイキながら中出しされる感触を味あわせてやるからな!」
ベンゼマははっきりと中に出すと言ったのです。ですが、そう言われても、その子はベンゼマの抽送をしっかりと受け止めていました。
「オォッ──イクッ……ウッ……ペティィッッ!!」
そう低く叫びながら、深く突き進んだ体勢でベンゼマの動きが止まりました。
そうです。
その子は…………
たった今、ベンゼマのザーメンを中出しされ始めた少女は………………
──────────ペティだったんです………………。
ペティが、ベンゼマと。
裸で。
肌と肌を重ねていて…………
…………二人は、男と、女に、なっていて、そして………………。
「ンンーッ!!」
と、ペティも身をこわばらせました。
ベンゼマが両手をついて、低く唸りながら、グッ、グッ、と何度も、ペティのアソコを擂り潰すように腰を押し進めます。
僕だって木偶の坊ではありませんから分かります。それが射精の光景だってことぐらい……。
そう。ペティの中でベンゼマが射精している。
ペティの中に他の男の精液が撒き散らされている……。
それを彼女は、震える両脚で、ガッチリと押さえ込んでいるのです。
まるで離すまいとでもいうふうに……!
「おお……いいぞペティ……肉ヒダが吸い付いてきやがる……! そんなに俺のザーメンが欲しいか……そんなに俺のザーメンを溜め込みたいか……いいぞ、玉が空になるまで、お前の中で出し尽くしてやるからな…………!」
そう言いながら、ベンゼマはグッ、グッと、腰を緩やかに押し進めていました。射精のタイミングで突き入れているんだって分かりました。そうやってペティの中にベンゼマの精液が流し込まれているんだって分かりました。
その動きもやがて止まって、また折り重なるように抱き合って。
──二人の荒い息だけが聞こえました。
ペティとベンゼマは、その間じゅうも、ずっと……繋がっていました。
「……ああ、ペティ……最高だぜ……。すげえ射精したってのに……ペニスも俺もちっとも衰えねえよ……。もう一回、お前が欲しい……いいよな……?」
僕は拒んでくれ、と切に願いました。
ですが──
「…………うん…………」
と、ペティは……緩慢ながらも、しおらしく頷いたのです……!
「お前も相当欲求不満が溜まってんだな。……いいぜ、どうせオークなんて来やしねえよ。明日も移動だけなんだ。もう少し……ペティ、俺と一緒に楽しもうぜ……」
ベンゼマはそう言うと、ペティの小振りな乳房を揉みながら緩やかに腰を動かし始めました。ペティもすぐにまた喘ぎ出しました。
二人がふたたび快楽に没入したのはすぐでした。ベンゼマは余裕の篭ったゆっくりとしたいやらしいストロークでペティを突き、ペティはまた大きく脚を拡げてそれに合わせて腰をくねらせながら、聞いてる僕の脳みそが溶けそうな声を出し続けました。
ベンゼマがここか、ここがいいのか、と言いながら腰を使うと、ああ、そこ、そこがいいの、と甘い声で答えました。僕が聞いたことのないような声でした。
「ペティ、すごく締め付けてくるじゃねえか、そんなに俺のペニスが恋しかったのかよ」
「そんな……わけ……あぁ……!」
「へっ、躰と言葉が全然違ってるぜ。どっちが本当なんだ!?」
ペティはベンゼマにさんざんに責められ、そして、
「ああ、そこ、だめぇ、溶けちゃう、溶けちゃうぅ♥」
と、すすり泣くまでになりました。嬉し泣きです。
「溶けちまえよ、俺が天国へ連れてってやる、おら、おら!」
「ダメェ、ああ、あぁ、ああ……♥! ベンゼマァ……♥!」
「ペティ……!」
二人は互いの名を呼び、また深く繋がり合い、痙攣しながらイキました。
「どうだ……深いところで……オスの体液を……ドクドク出される、感想は……!?」
「あぁっ、いいっ、いいの、出てる、感じるぅ……♥!」
「よし、もっと……もっと俺を感じさせてやるぞ……!」
一回という約束はどこへやら、ベンゼマはペティを抱き続けました。
ペティは異を唱えませんでした。
それどころか、納屋の小窓から差し込んだ淡い月の光に浮かんだ彼女の顔は、この上ない快美感に包まれていました。僕に見せたこともないほど深い淫感が刻まれていました。ベンゼマに気持ち好くされ、彼のペニスを感じまくって、奥まで突かれ、掻き回されて……。
体奥にベンゼマの精を放たれても、それを感じている表情でした。
次々といやらしい体位にされながら、ベンゼマのペニスとスペルマの洗礼を受けるペティ。ベンゼマに深く貫かれながら悦びの色を隠せなくなるペティ──。
ペティが上に、ベンゼマが下になりました。
まるで用を足すような姿勢で腰を上下に振るペティ。それはどう見ても夢中になっている姿でした。夢中でベンゼマのペニスを感じていました。
「ああっ、あっ、あぁっ、あぁっ♥!」
「どうだ、俺のペニスでヴァギナを掻き回されるのは気持ち好いだろう」
最初と同じような質問をされると、あの時は答えなかったのに、
「うん、うん♥!」
と、腰を振りながら、今度は快感に蕩けた顔で頷きました。それで、ペティの本心はベンゼマとのセックスが気持ち好いんだと分かりました。
「俺のペニスのどこが好いのか言ってみろ」
「ああ、あなたのペニス、固くて、長くて、逞しくて……♥ 気持ち好いところ沢山知ってて……♥」
「そうだ、さっきも言っただろう、お前の弱いトコロはすべて知ってるんだ。そして、お前は成長してセックスの快感も増した。俺とすればいつでも極楽へ行けるんだぞ、ペティ」
そう言われて、ペティの背中がゾクゾクと震えたような気がしました。
しまいには、
「出して欲しいなら出して欲しいと言え!」
と、言われながら突かれまくると、
「あぁっ、出してぇ、ザーメン、ベンゼマのザーメン……! 私の中に……ドクドク出してぇ……♥!」
「一番深いところでもか! お前の子袋に俺のペニスが当たりながら、直に熱いのを浴びせかけられてもか!」
「そうしてっ、一番奥で、あなたのザーメン……♥! 私の子宮に注いでぇ……♥!」
と従い、その通りにされ、深い悦びの声を上げる始末でした。
射精のたびに動かなくなり、一つになるベンゼマとペティ。
ベンゼマの子種がペティの子宮に受け渡される瞬間でした。
……それが何度もありました。
ペティの中でドクドクとベンゼマが弾けている。ベンゼマの子供ができる体液がペティに滾々と注がれている。外からしか見えなくとも、二人の様子でそれが容易に想像できる。
ベンゼマはしっかりと彼女の腰を掴みながら、昂奮にまみれたザーメンを注ぎ込みます。
泣き腫らしながら高い声を上げ、ベンゼマの背中を引っ掻くペティ。
拒まないどころか、ベンゼマのザーメンを注がれて、恍惚に包まれている顔──。
ペティとベンゼマは、今や、子作りに励んでいる夫婦でした……。
四回、五回、六回と、行為は終わりませんでした。
一時間経っても、二時間経っても、二人はオスとメスのまま、これまでの時間を埋め合わせるようにひたすら繋がり合い、本能にまみれて肉欲を貪っていました。乱れた声と躰を重ね、息を合わせて絶頂を迎え、深々と密着し合いながら震えていました。
ペティの嬉し涙は途絶えることがありませんでした。
僕はついに耐えられなくなりました。その場を去って宿屋に戻りました。そしてベッドの中に篭り、日が昇るまでガタガタと震えていました。これが悪夢であると願いながら。
──ベンゼマは、とうとう、部屋には戻って来ませんでした。
(つづく)