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『ビジネスに役立つ「商売の日本史」講義』を読み解く (2013/01/20)◆「国際インテリジェンス機密ファイル」
http://archive.mag2.com/0000258752/20130120111802000.html


【質問】 近代の重商主義とかイギリスの貿易の話になると,必ず毛織物の事が出てきますが,当時はなんでそこまで毛織物が人気になったんですか?


 【回答】
 イギリスには,というかヨーロッパ諸国には,他に輸出できるような産物が長らく乏しかった.
 十字軍でようやく外の世界へ目が向いた西欧人は,貿易によって富を得るという発想を復活させたが,気候は寒冷で土地は痩せ,食料品は自分らが食うのでもかつかつ.香辛料もないし,金属や岩塩や木材は量もたかが知れているし,異民族をとっつかまえて奴隷にするのも,キリスト教徒のいない辺境へ行かないと難しい.

 特にイギリスは,基本的に何も無い貧しい国であった.
 嵐が丘というぐらいで,激しい雪と風が吹き荒れる荒地であった.

 そういうイギリスでも羊の放牧はできた.
 肉を食べるだけでは能が無い.
 羊毛の使い道に気づくわけ.
 羊なら,気候に合ってて増やしやすいし,羊毛は刈ってもまた生えてきて,量も稼げる.
 衣服や布地は生活必需品だし,軽くて運びやすく保存がきくし,昔は値が張る代物で,染色・加工すれば原料は安くても高値で売れる.

 やがてヨーロッパ諸国が貿易網に結ばれ,原料はイングランド,加工はフランドルやイタリアといった分業が成立.
 羊毛産出国イングランドでも厚手の半製品は作っていたが,上等なのは大陸で加工したもの.
 ところがスペインと戦争したため,上等な毛織物の輸入が停止し,亡命してきた新教徒の職人を集めて,国内での生産が本格化.
 スペインやオランダを駆逐して,海上帝国になったはいいが,英国からの輸出品は相変わらず毛織物しかない.
 ヨーロッパ人やオリエント相手ならこれでもいいが,アメリカやインドやアフリカでは毛織物はさっぱり売れず,インド産の綿織物(キャラコ)に人気があるというので,こっちに飛びつき,産業革命の発端となった.

 【反論】
 いや,岩塩も金属(鉄,ニッケル)もその精錬のための石炭もいまだに輸出しているくらいだし,結構遅い時代まで木材は,ヨーロッパの主要な輸出品.
 その所為で,今は禿山ばっかりなんだけれど.

 十字軍でようやく外に目が行ったのではなくて,因果が逆.
 豊かな回教圏を,どうにかして収奪しようとした.
 中世のヨーロッパでは人を売って,回教圏以遠の産品を買っていた.
 フランク人やスラブ人の奴隷が,主な輸出品.

 英国には石炭と鉄だけはあった.
 産業革命の必然性もここにあった.

 大体,貧しいも何も,イングランドとフランスが別の国になったのは15世紀の後半.
 この頃スコットランドは全く別の国,
 イギリスの国の体裁になったのは,17世紀の頭の同君連合か18世紀の合同法か以降のことだし.それでも,いまだにイングランドとスコットランドは法域が別なので,一つの国ではないともいえるんだが.

 そもそも,何を以って「貧しい」とするのか.
 そこそこの人口扶養力はあり,鉱産資源あり,イングランド王位というと中世のヨーロッパのなかでも悪くはないランクだし,それを貧しいというなら,土地が貧しいとか豊かだというのは,どういう基準で言ってるのか.

(世界史板,2011/04/29(金))

【質問】 世界で最初にデリバティブを編み出したのは?


 【回答】
http://www.bk1.jp/review/0000052348
によれば大阪の堂島米会所だったという.
 ここでは欧米より約200年以上も前に世界最初の先物取引が編み出され,フューチャー、オプション、などといった凡そ現在世界で使われているデリバティブの全てが,この堂島で編み出され縦横に駆使されていたという.
 それが廃れたのは,市場の暴走を敵視する明治政府により大阪の米取引所が閉鎖されたためであり,そのせいで蓄積された高等取引の伝統のかなりの部分が失われた,と述べられている.

 詳しくは同書評を参照されたし.


【質問】 かつてのヴィクトリア朝期後半にもデフレが起きたが、それでも実質経済成長率は高かった.デフレは実は,経済の停滞に関係がないのでは?


 【回答】
 若田部昌澄(早稲田大学教授)によれば,ヴィクトリア朝でのデフレは,金本位制の下で起きており,金の価格が上昇したために,相関的にモノやサービスの価格が下がったものだという.
 この時期,金本位制を採用していなかった諸国では,デフレは起こっておらず,また,1896年にデフレが終わったのは、南アフリカやカナダで金鉱が発見され、金の需要に金の供給が追いついたからだという.
 そのようなデフレを現代に応用しようとしても意味を成さないのは,自明の理だろう.


【質問】 巨大法人企業の登場によって,「市場」と「信用」の秩序をめぐり,どんな問題が発生したの?

 今度,大学の経営史概論という科目のテストで
「アメリカ合衆国で、巨大法人企業が出没するにいたって,「市場」と「信用」の秩序をめぐり大きな問題が発生した。
 Q、その問題とは何で、問題解決のためにどのような制度が設けられたか?」
という問題が出るんですが,この内容で400~500文字も書けますかね?
 ここでの「市場」は,大企業の独占問題、信用は中央銀行の問題という意味らしいです.

 【回答】
「会社は誰のものか?」
という問題は,昔から経営学でなされてる話で,産業革命初期では、例えば肉屋なら株主はそこの肉屋のオッサンだし、経営してるのもオッサンなのだが,時代が進むにつれ,徐々に資本家という層が力を持ち始めたために,資本家が出資して株主になり、肉屋のオッサンは経営に専念するという形が増えた.
 特に初期においては,資本家は100%出資する事が多かったから,所有(株主)と経営の分離は明確だったんだけど,さらに時代が進んでいくと会社の規模が大きくなっちゃって,資本家一人では資本を全額カバーできず,多数の株主によって株を持ち合いするというスタイルが増えてきた.
 こうなると意見集約が容易でないから、自然と経営者が資本家に代わり,会社そのものを所有しているかのような、そういった形態が増えて現代に至るという話.

 一応,年代で書くと,
19世紀前半までが株主(肉屋のオッサン)=経営者(肉屋のオッサン)
19世紀中ごろ~19世紀末が株主(資本家)≠経営者(経営者)
20世紀頃からが株主(分散して所有)≠経営者(実質的な会社の所有者)

 で、質問に沿った答えとしては,
「大企業が出現してしまうのは、それは独占したほうが利益を上げやすいから」
 経済学的に書くと、
「完全競争市場では商品価格=限界生産価格になるまで生産して利益を出すが,独占企業の場合は数量を調整して、商品価格を好きに変えることが出来てしまうので,完全競争よりずっと利益を出しやすく、一方で消費者にとっては値段が高くなってしまい,また国家にとっても総合的な利益が一部失われるため,社会問題となった.
 それで19世紀末くらいに,米国とドイツでカルテル(連合型)が増えだした事を受け,独占禁止法が施行.
 で、禁止されたので今度はトラスト(合同型)が増えるようになり、やっぱり社会問題になったので,シャーマン法、クレイトン法などの反トラスト法によって規制された(禁止ではない)」

--とここまで書いたけど,中央銀行の問題ってのがよく分からん.
 本当に「中央」銀行なのか?
 それならマネタリストを信用して,たくさんお金刷って大失敗したって話くらいしか無いけど,20世紀後半の話になるし、あんまり関連ないような・・・

(世界史板,2010/08/01(日))

【質問】 ヘンリー・フォード Henry Ford って誰?


 【回答】
 ヘンリー・フォード(1863~1947)は,ミシガン州スプリングウェルの貧しい農家に生まれた,アメリカの実業家.
 16歳の時から機械工場の行員として働いた後,エジソン電灯会社へと移籍して,チーフ・エンジニアに.
 1896年,彼にとっての最初の自動車,「クアドシクル」を試作.
 1899年,「デトロイト・オートモービル・カンパニー」を設立.
 1903年,「デトロイト・オートモービル・カンパニー」を「フォード・モーターカンパニー」へと拡大.
 1909年,世界初の大衆車,「T型フォード」完成.
 同車は部品の標準化を進め,流れ作業など合理化をはかって,その単価を大幅に引き下げることに成功した.
 1918年,長男エドセルに社長の座を譲り,事実上引退.
 1943年,はエドセル病死に伴って社長復帰.
 1945年,孫のヘンリー・フォード2世が復員,社長に就任したことを受けて引退.
 1947年,死去.

【質問】 なぜヘンリー・フォード1世は,後にフォード社から追放されたのか?


 【回答】
 デイビッド・ハルバースタムによれば,次第に彼の行状が狂気じみてきて,質実剛健のT型フォードのみがよい車だと思い込み、より快適で乗り心地が良い自動車を求める消費者を「堕落した大衆」と軽侮・罵倒するようになったという.
 また,世界が大不況に陥っても,「労働こそが美徳」と労働者に徹底したサービス残業を強制したり,それに対して労働組合が抵抗すると,暴力による徹底した弾圧を行ったという.
 さらに経理面でも,社から全経理担当者を追放し、会社の決算は、彼が編み出した独特の計数を,支払伝票の厚さに乗じて計算するというデタラメなやりかたをしたため,フォード社の金庫もいつの間にか空になっていたという.

 詳しくは
http://www.bk1.jp/review/0000478682
を参照されたし.

【質問】 1930年代のブロック経済について教えてください.


 【回答】
 1929年秋に世界恐慌が発生すると、各国は金本位制を放棄、各国は植民地を抱え込み、関税障壁を張り巡らし、他のブロックへ需要が漏れ出さないような経済体制をとった.
 それぞれのブロックは通貨圏ごとに分かれた。
 ブロック経済からはずれた国々では、世界恐慌の影響を避けることができずより深刻な事態に陥り,これが環境面からも要因面からも第2次世界大戦につながることになった。


注意:www.h6.dion.ne.jp/~tanaka42/block.htmlは激重なので用心

【質問】 サー・ジョン・テンプルトンって誰?


 【回答】
 少年時代の1939年,ニューヨークとアメリカン証券取引所に上場している株式でひと株1ドル以下のものを1銘柄100ドルづつ,104銘柄を買って,平均4年それらを持ち続けて全てを売却,資産を4倍に増やした伝説の相場師.
 その後も例えば,誰も日本なんか見向きもしなかった昭和40年代にいち早く日本の将来性に着目し、イトーヨーカドーをはじめとする大量の日本株を購入し,バブル崩壊の直前にすべてを売り抜けるなどして,株式投資で勝ち続けた.
 晩年は有り余る資金を寄付する慈善家となり,英国は彼にサーの称号を与えたという.

 詳しくは
http://www.bk1.jp/review/0000469389
を参照されたし.

【質問】 「大恐慌は第2次大戦がなければ終わらなかった」というのは本当か?


 【回答】
 大和総研のエコノミスト,原田泰
http://bizplus.nikkei.co.jp/colm/harada.cfm?i=20090408c3000c3&cid=bpl001
によれば,それは間違いだという.
 彼によれば,1937年の引き締めがなければ、アメリカの実質GNPは33年第1四半期を底とするトレンドで伸び、第2次世界大戦以前に大恐慌から脱却することができただろうという.
 1937年のGNPの減少の原因は,再び金融を引き締めたことであり,その証拠に、38年に再び金利を引き下げるとGNPはまた回復しているという。
「大恐慌はアメリカ連邦準備理事会(FRB)の誤った政策によって引き起こされ、長引いたのである.
 これが、大恐慌の研究から得られる最も重要な教訓である」
と,彼は結論している.

 詳しくは上記リンク先を参照されたし.


【質問】 アトリー主義とは?


 【回答】
 浜矩子(同志社大学教授)によれば,第2次大戦で疲弊した英国国民が,「そろそろ国にサービスしてもらうべきだ」という考えから,福祉国家建設を唱える労働党に投票して誕生したアトリー政権の基本理念.
 端的にいえば、万事において放任主義はよくない、というものであり,「独占に代わる国有化」の有用性を主張し,経済社会のあらゆる側面に関与する大きな政府体制を作り上げていった.
 しかし結果は惨憺たるものになったという.
 政治と行政があらゆる場面に介入する。
 そのことが、次第に経済活動から奔放な活力を吸い取っていくことになった。
 何をしても、何がどうなっても、最終的な尻拭いは政府がしてくれる。
 そう誰もが思えば、緊張感のある経営は行なわれない。
 責任感あるサービス提供は期待できない。
 誰もが自分のことしか考えなくなっていった。
 効率性は追求されない。向上心は形成されない。創造性は刺激されない。

 こうして、次第に国民経済全体として集団無責任主義と知的怠惰が蔓延することとなっていく。
 こうなると、問題はたんなる経済活力の喪失や成長力の減衰だけでは済まなくなってくる。
 「おんぶにだっこ」に慣れ切った人びとは、やがて、自律的な批判精神を失っていく。
 いつの間にやら、「ああしろこうしろ」と指図されなければ動けなくなってしまう。
 こうなると、そこに専横と独裁と人権侵害が入り込むスキが生まれる。

 ここまで来れば、公正な経済は統制された経済と同じことになり、優しい政治は専制政治と区別が付かなくなり、平等社会は画一社会と化してしまう。
 その結果,
 大きな政府と大きな労組が、さしずめ「権力シェアリング」とでもいうべき相互支援関係を形成するなかで、英国経済はひたすら低迷を極めることになった
と,浜は述べている.


 上記のような教訓があるにもかかわらず,しばしば経済の国家管理を望む論調は,何度も繰り返されているのが現状である.

【質問】 なぜ1950年代のアメリカは,広い郊外住宅を持つ中産階級が拡大したのですか?


 【回答】
http://www.bk1.jp/review/0000464638
によれば,第2次大戦から帰還した米兵が,ちょうど結婚して家を持つ時期にあたり,そして需要を満たすだけの住宅が都市部にはなかったので,何にも無い原野を切り開いてそこに割安な住宅街を整備し、帰還米兵に売りつけようというアイディアが大当たりしたのだという.
 また,第2次大戦後のアメリカは一方的に大軍縮を実行したものの、戦後しばらく戦時国債の償還を優先させたこともあって、高い戦時税率をしばらく下げなかったため,莫大な金がアメリカ政府に残り、政府には黒字がうなるという結果になったという.
 そこで,これを使って大規模な高速道路整備を行おうと考えたのがアイゼンハウワー大統領であり、その高速道路は文字通り「無料の道路(フリーウエイ)」と呼ばれるようになったのだと述べている.

 詳しくは同ページを参照されたし.

【質問】 1970年代のアメリカの経済低迷の原因は?


 【回答】
 ベトナム戦争がアメリカ経済を疲弊させてしまった.
 その結果、1ドル360円固定だったのが、1985年には1ドル120円までドルの価値が下落してしまった。
 加えてオイルショックがあった.

 1970年代のアメリカはスタグフレーションと呼ばれる,インフレと不況が同時進行する状態だった。
 賃金が上がり続け消費が過熱する一方で、雇用が進まずどんどん失業が増えていった。
 まあ賃金バブルとでも言うべき状態だな。

 そのため個人所得の2極化が進み、ベトナム帰還兵が失業したまま街にあふれるという悲惨な状態だった。
 今でもアメリカのホームレスの中には,ベトナム戦争から帰還してそのままホームレスになり、ドラッグ中毒になり抜けられなくなっている人も多い。

 【出典】
経済板,2009/01/20(火)
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/eco/1221984536/383-386

 また,
http://www.bk1.jp/review/0000464671
においても,ほぼ同様のことが述べられている.
 すなわち,

ベトナム戦争で膨大な戦費を費やし、莫大な財政赤字を抱え,インフレに.
   ↓
ブレトンウッズ体制下でのインフレは,ストレートにアメリカ製品の値上げ、アメリカ人賃金の値上げにつながる
   ↓
アメリカの輸出産業は急速に国際競争力を失い、海外に工場が移転&賃金抑制
   ↓
中流家庭没落
   ↑
オイルショックでインフレ悪化&自動車産業に大打撃

という流れ.

 加えて,
これには安い円と高い品質を武器に彗星のごとく登場した日本の挑戦も大きな役割を果たしたことを付記しておこう。
と述べられている.

 詳しくは同ページを参照されたし.

【質問】「ソ連時代は、一部の特権階級を除いては平等であり、「働かなくても生活は保障されていた」「出勤するだけで昼間から飲酒するなどして働かず、経済はきわめて非効率だった(中略)それでもソ連時代はすべての人びとの安定的な生活が保障されていた。モノは少なかったが、日々生きていくのに十分な給料が支給され、また、食品や生活必需品の価格は非常に安かった」と,廣瀬陽子は著書『強権と不安の超大国・ロシア』の中で述べているが?


 【回答】
http://www.bk1.jp/review/0000467172
によれば,当時の実情は,スーパーに行っても冷蔵庫も食品棚も全部空っぽであり,「今度はいついつどこに肉が入荷するらしい」という噂が、あるひどこからか伝わると、もうマイナス20度の屋外に早朝から長蛇の列。そこに3時間も4時間も並んで、ようやく1キロにも満たない肉を手に入れる社会だったという.
 詳しくは同ページを参照されたし.

 それに言うまでもないことだが,そんな非効率な経済の下での,「すべての人びとの安定的な生活」の「保障」が長く続けられるわけがないからこそ,ソ連が崩壊したわけだが.
 お金はどこかから沸いて出るわけじゃないからね.

【質問】 レーガノミクス Reaganomics って何?


 【回答】
 レーガン政権が掲げた経済政策であり,いわゆる「小さな政府」.
 政府をスリム化し、規制緩和で政府が経済に関与する度合いを減らし、国民に税金をお返しすることで国民の購買力を増やし、消費刺激によって経済を成長させることを狙った.
 しかし実際には,すぐにはアメリカ経済は好転せず,所得税減税はお金持ちに有利で,貧富の差は拡大しただけだったという.
 その成果が実際に現れたのは,クリントン政権時代になってからだというのが通説.
 1990年代後半からの好景気の土台を築いたと評価される一方、「双子の赤字」を招き貧富の差を拡大したとの批判も受けている。


【質問】 グローバリズムは善か?悪か?


 【回答】
http://www.bk1.jp/review/0000429558
によれば,要はグローバリズムとは,競争のアリーナに従来の何倍もの人間が加わるということになったという話であり,そこには当然,良い面も悪い面もあるという.
グローバリズムなどと横文字をカタカナにするからわけがわからなくなるんで、要するに通信手段と移動手段の発達に、東西冷戦の終了(アメリカの完全勝利)と中国の資本主義への参加が加わって、資本主義が従来にも増して苛烈な競争に見舞われることになったというだけなんだよ。
と同ページでは説明している.
 ただ,競争が何倍も激化したのであれば,敗者に対するセーフティ・ネットも何倍も必要になりそうだが,そちらのほうは何倍も,というわけにはいっていないように思える,現状では.

【質問】 ジェフリー・サックスって誰?


 【回答】
 ジェフリー・サックス(Jeffrey David Sachs、1954年11月5日 - )は、ミシガン州デトロイト出身のアメリカ合衆国の経済学者。
 コロンビア大学地球研究所所長、かつ国連ミレニアム・プロジェクトの長。
 これまで、ラテンアメリカ、東欧、ユーゴスラビア、ロシア政府の経済顧問を歴任、特にボリビア、ポーランド、ロシアの経済危機への解決策のアドバイスやIMF、世界銀行、OECD、WHO、国連開発計画等の国際機関を通じた貧困対策、債務削減、エイズ対策等への積極的な活動で知られる。

http://www.bk1.jp/review/0000444027
によれば,悪いアメリカ人エコノミストの代表。
 自らが振りまいた「経済改革」が,ロシアや東南アジアの経済をめちゃくちゃにしているにもかかわらず、全く無反省。
 無責任の塊のような人物という.


【質問】 LTCMが一時,すごく儲けていたように見えたのはなぜですか?


 【回答】
http://www.bk1.jp/review/0000104729
によれば,彼らのやっていたことは実はシンプルで,たんに借金こいて自分のキャピタルの50倍、100倍の相場張っていただけだったという.
 株も相場も割高を売って割安を買うのが基本であり,そこに金融工学だのブラックショールズ式だのという仕掛けがからみ,なんとなく素晴らしいマジックが行われていたように見えたに過ぎないという.

 同書評曰く,
相場は相場に聞けとはよく言ったものです。