ハレグゥエロパロスレSS保管庫@ Wiki

070321_0

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匿名ユーザー

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虹(一:>351-352)
「アメ、ちゃんとご飯食べてる?」
「大丈夫、大丈夫。濃厚な白濁液にむしゃぶりついてますよ」
「赤子の前であまり不穏当な発言は控えて頂けませんかね……」
 掃除機を片手に部屋を忙しなく往復しながら、ハレは心配そうに声を掛けて来る。
勿論、私の心配をしているのでは無い。私の膝の上にいるアメを心配しているのだ。
私はベッドに座り、アメに離乳食を与えている。アメは何の警戒心も無く、私の差し出す
スプーンをぱくんと咥え美味しそうに租借していた。

 アメが生まれてから、もう一年以上が経過している。しかしまだ声も出せず、歩けもせず
一人では何も出来ない。本当にあと数年すれば、ハレや私のようになるのだろうか。聊か、信じ難い。
 赤ん坊とは……人間とは不思議なものだ。皆、このように生まれ育ち、今に至るのだろうか。
誰かの世話を受けながら成長し、またいずれ自らが誰かを世話し育てる。私は、どうなのだろう。

 ウェダの腹の中から生まれたアメ。まるでウェダの分身のようだ。ハレもきっとそうなのだろう。
……私は違う。

 この家に生まれ、この家で育つ。産まれながらに、この家に居る資格のある者。
……私は、違う。

 私はいつまでここでこうして、皆に囲まれ温かく平穏な日々を過ごせるのだろうか。
 昨日、私は幸せだった。今、私は幸せだ。明日の私は、幸せだろうか。明後日の私は?一年後の私は?十年後は……?
 時々、胸の奥に湧き上がるこの感情を私は必死で否定する。どうしようもなく不安で、どこまでも真っ暗で、
気を抜けばその感情に私は押し潰されてしまいそうになる。

「そういやさ、この前何かで見たんだけど、グゥって『虹』って意味があるんだって」
「虹?」
 いつの間にか掃除を終えたハレは、私の隣に座りアメを抱いた。そしてアメの世話は私からハレに移る。
アメの口元を拭き、私から離乳食の入った器とスプーンを受け取りハレがアメにご飯を食べさせる。
…手馴れた動作。まるでそうする事が予め決まっていたかのように自然な流れ。
ハレの手があいた今、私は不要になったと言う事だ。

「虹……か」
 虹。空が不安定な時にしか現れない、幻のような現象。存在を許された時間はただ短く、そしてそこに虹があったと
言う事も皆すぐに忘れてしまう。まさに私にピッタリの名前ではないか。

「ピッタリだよな」
「えっ……?」
 ハレの言葉に、ドクンと身体が揺れた。心臓が飛び出したかと思った。
思わずハレを凝視してしまい、至近距離で視線を合わせてしまう。
澄んだ瞳に映った私の顔はあまりに情けなく、とても自分の顔とは思えなかった。
 心を読まれたのか。それとも、ハレも私の事をそんな風に思っていたのか。
どんどん心に暗く重い何かが進入して来る。その重みに耐える気力が、私の中から急速に失われて行く。
今にもその感情に押し潰されるかと思った刹那、ハレの口がまた、小さく開いた。

「いや、ハレとアメの間に架かる虹、なんてさ。オレらみたいじゃんか」
「─────ッ」
 一瞬、ハレが何を言っているのか、解らなかった。その言葉を理解した瞬間、私は反射的にハレから顔を背けた。
 胸の奥から何か、熱いものが込み上げて来る。身体中が沸騰したように火照る。私はハレにそれを悟られぬように
ぎゅっと胸を強く押さえつけた。

「んだよ、笑うなって。オレだって恥ずかしいこと言ったって自覚してんだからさー」
 ハレには私が笑っているように見えているらしい。
 私の肩が震えているからそう見えるのか。私の小さく呻く声が含み笑いに聞こえるのか。

 ……そうか。私は、泣いているのか。

「それよりさ、オレがあげてもアメ、ちゃんとご飯食べてくれないみたいなんだ。グゥにお願いしていいかな」
 ハレが呼んでいる。早くハレの方を向き、その言葉に応えねば不審に思われる。
しかしハレの言葉の一つ一つが私の胸を熱くさせる。溢れ出した感情が止め処なく頬を濡らす。
 しばらく、私はそのまま身動き一つ、取る事が出来なかった。

「グゥ……?」
 グゥ。私を意味する言葉。私の名前。ハレが当たり前のように口にするその言葉を
私が今、どのような思いで受け止めているか、ハレは知らないだろう。
 だけど今は、それで良い。ハレが私をグゥと呼んでくれる。私も、ハレの名を呼べる。
それだけで、私はこれからも生きていける。
「ああ、ハレ。グゥに任せておけ」
 私は数度、静かに深呼吸し、顔を腕で拭いハレに向き直る。
 心はまだ乱れていたが、声も正常、態度にも出てはいないはず。大丈夫、大丈夫だ。ハレには気付かれていない。

「まったく、ハレもアメも、グゥがいなければ何も出来ないんだから」
「はいはい、その通りでございますからこれからも宜しくお願い致しますよっ」
 私はハレにアメを抱かせたまま、アメの口にスプーンを運ぶ。
 上機嫌にご飯を食べながら、私を見詰めるアメの無垢な瞳に映った私の顔は、まだ少し情けなく見えた。
だけどそれは私。紛れも無い私。
 不安な事。悲しい事。心が暗い雲に覆われる時は、これからもあるだろう。
だけどきっと、大丈夫。私の心には、綺麗な虹が架かっているのだから。

「……ああ、これからもずっと、な」
 ずっと、ハレとアメの間に。

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