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****満田人間ハレ3(一:>188-196) <<5>> (もう母さんも行っちゃったか。   そんで当然、保険医もいないと。ちょっと悪いことしちゃったかなー) 家に帰ると、そこに人の気配は感じられなかった。 母はもう狩りに出かけたのだろう。クライヴも当然、母のいない家などに用はあるまい。 学校で保険医と交わした交換条件は少しいじわるだったろうか。 いや、あんな条件を求める方が悪いのは明白だ。いい気味、いい気味。 ハレはただいまもおかえりも誰とも交わすことなく、家に入る。 結局グゥとも、ばらばらに学校を出たと言うのに、今日も一緒に帰ってきた。 今は声を出し辛いのでそれは助かったのだが、グゥの「おかえり」をちょっと聞いてみたかったな、なんて のんきなことを考えてしまう。 「…先にお風呂、入っていい?」 グゥは家に着くなり、入浴の準備を始めた。やっぱり自分の匂いが気になるのだろう。 こいつもそんなことを気にするんだな、なんて、グゥの新しい一面が見れた気がして少しうれしかった。 まぁ、別に一番風呂に執着があるわけも無い。 「さっさと入っちまいなよ」と手でグゥを風呂場に促し、ハレはテレビの前に向かった。 ハレはテレビの前に座ると、おもむろに1つのゲーム機を取り出す。 機種はもちろん、最近発売したばかりの話題のゲーム機「Mii」だ。 通称「ミィー」。正式名称は「MegaIllusionIsland」。いうまでも無いが、メガドラの後継機に当たる機種だ。 ゲーム業界の生存競争に敗れた任忍堂がGASEに合併吸収されたことは記憶に新しい。 そんなゲーム業界二大巨塔が技術力を結集させた夢の最強ハード、それがこの「Mii」なのだ。 そのデザインも実に硬派。まさに往年のGASE機を思わせる威風堂々としたものだ。 ガンメタリックで決めた漆黒のボディに刻まれた、金色に輝く「16Gbit」の文字が眩しく光る。 前世代機であるDC(ドリームキャッスル)への敬意も忘れず、その名称には「夢」の代わりに「幻想」の一字が使われた。 この機種を購入して以来、これまでハマっていた携帯ゲーム機そっちのけで猿のように遊び倒している。 普段は母に止められているので1日数時間しか出来ないが、今日は思う存分ゲームを堪能できるチャンスだ。 さて、何のゲームをやるか…と言っても最近出たばかりの機種でそれほどソフトも多くない。 そもそも、本体を買うのでお小遣いが尽きてしまい、ソフトなんて1本しか持ってない。 結局、本体に入れっぱなしのソフトを起動するしかないのだ。またお小遣いが溜まったら何か買ってこよう…。 電源を入れると、聞きなれた音楽が響く。 「Mii」で唯一持っているこのソフトのゲームジャンルは対戦格闘ゲーム。いわゆる格ゲーだ。 もともとPCで遊ぶシューティングゲームだったらしいのだが、その詳細はよく知らない。 「東方シリーズ」と言えばわかる人にはわかるのだろうか。それがコンシューマで、しかも格闘ゲームとして発表された時には その筋の人たちは大いに賛否両論を戦わせたそうだ。 そしていよいよ発売が開始された最新作「東方不敗-老師亜細亜-」は業界初の弾幕格闘ゲームという触れ込みが話題になった。 このゲームは普通の格ゲーと違い、1対1で延々と戦う「アーケードモード」以外にも、多彩なアクションステージを雑魚敵を 倒しながら切り抜け、ステージごとのボスとタイマン勝負をする「ストーリーモード」も用意されている。 いわゆる「飛竜の拳」や「ソードオブソダン」をイメージしてもらえればわかってもらえるだろう。 今、もっぱらハマっているのはこちらの「ストーリーモード」の方だ。 弾幕格ゲーの名にふさわしく、シューティングさながらに仕掛けてくる敵の怒涛の攻撃をいかにかわし、ボスに辿り着くかが 実に攻略のしがいがあり脳に新鮮な刺激を与えてくれる。 ストーリーの方も、キャラクターごとにしっかりと個別の物語が用意され、それが少年漫画の王道のような燃えるものから 涙あり、笑いありと様々に趣向を凝らしてありプレイヤーを飽きさせることなく楽しませてくれる。 ついでにキャラクターそれぞれがやたらぷりぷりと可愛く、萌え…まぁ、これはどうでもいいことなのだが。 うん、ホントにどうでもいいんだってば。 「飯、食べてないよな?」 フ、と耳に届いたその声にハッと我に返る。 …オレは誰に話しかけてたんだ。危うく現実を見失うところだった。 声のしたほうを見やると、グゥは脱衣所の壁の向こうから顔だけを出し、こちらを見つめていた。 そう言えば、今日は朝飯を食べて以来なにも口にしていない。ちょっと、ってかかなり腹が減っていることに気づく。 ぶんぶんと首を横に振ると、グゥは何故か少しほっとしたような表情を見せた。 「…冷蔵庫にエビグラタンがあるぞ」 グゥはそう言うと、また脱衣所の向こうに隠れた。 母が作って置いておいてくれたのだろう。母は基本的に料理が苦手だが、エビグラタンだけは何故か美味しい。 グゥも母のエビグラタンだけは皿ごと飲み込まずにちゃんと食べる。グゥがお風呂から上がってきたら一緒に食べるとしよう。 「…ハレのは右の皿だからな」 (…?) 意味深なことを。 恐らく冷蔵庫に左右並んでグラタン皿が置いてあるのだろうが、どちらの皿か指定するなんて怪しさ爆発。 はっきり言ってまったく良い予感がしない。また、罠か? 「…いいか、右のだぞ!?」 …まだ言ってる。あまりにも怪しい。怪しすぎる…グラタンの中に何か入ってるのか……? ジト、と脱衣場を見やると、向こうからもこちらをジト目で睨んでいた。 その姿に慌てて顔を逸らす。すでに服は脱いでしまったのだろう、脱衣所から覗かせるその姿は、肝心な箇所こそ 見えてはいなかったが明らかにその身に何も着けていないことを物語っていた。 「聞いてるのか?右だぞ、右」 いまだしつこく念を押してくるグゥに、ただ首を縦にブンブンと振ることで答える。 グゥもやっと納得したのか、それ以上は追及せず、今度こそカララという扉のスライドする音と共に風呂場の中に消えた。 (ふふン、そんな態度に出すなんてグゥにしては珍しくうかつだったな!) そうだ、いくらなんでも怪しすぎる。確実に何か仕掛けがあるに違いない。 また腐りかけの満田とか?アツアツのグラタンにスプーンをさした瞬間…ボン!こえー!! …などと想像しながら、ハレはコントローラーを置くとそろりそろりと冷蔵庫の前に近づく。 冷蔵庫を開けると、確かにそこには左右に並んだグラタン皿。 (…ご丁寧にグゥって名前入りだよ。やっぱり怪しい…) その左の皿に巻かれたラップには、デカデカとマジックで書かれた「グゥ」の文字。 自分用ということか。ここまで徹底されると逆に怪しくない気もしてくるから不思議だ。 しかしそれも罠かもしれない。…裏の裏をどこまで読んでもきりが無い。 とりあえず、罠があっても無くても何も手段を講じないと言うのは面白くない。 ハレは皿の位置を左右逆にし、皿に巻かれていたラップもしっかり逆に取り付けた。 (よし。これで先にグゥに食べさせたら万全だな) そう一人で納得すると、ハレはまたテレビの前に戻りゲームに興じるのだった。 「…なんだ、食べて無いのか?」 ゲームをしていると何故こんなに時間が経つのが早いのか。 ほとんどステージも進まぬうちに、グゥはペタペタと床を鳴らしながらバスルームから出て来た。 ほこほこと湯気を上げほんのりと肌を上気させた姿に何故か自分の体温まで上がったような気がする。 (湯上りだと、グゥみたいのでも色っぽく見えるから困る…) 母は例外だけど。他の女の子のも見たこと無いけど。 その視線に気づいたのか、突然くるんとグゥの顔がこちらを向き思わず目を逸らしてしまう。 なんか今日、グゥから目を逸らしっぱなしだ。 不意に、チーンと耳慣れた音が聞こえた。 続いて、グラタンの良い匂いが辺りに漂い始める。 グゥが夕飯を用意してくれたようだ。これまた珍しいことを…そしてやはりアヤシイ。 ともあれ、お腹もすいたことだし、せっかく用意してくれたのだから食べない手は無い。 ゲームは途中だけど、まぁいいだろう。本来ならここで電源を落とすところだが、母もいないしポーズだけしておこう。 もちろん、テレビも付けっぱなし。ああ、なんてもったいないことを。自由って、素晴らしい。 ハレはテーブルに着くと、大きく「いただきます」を… 言おうとして、ようやく思い出した。保険医に散々念を押されたあのことを。 (…食えない…んだった…) 何で今まで忘れてたのか…。そう、何か食べたら胃が大変なことになる、等と恐ろしいことを言われていたのだ。 目の前にはとても美味しそうに湯気を立てるエビグラタン。 その味を思い出し、思わず涎が垂れそうになる。 手に持ったスプーンをその中に突き刺し、一気に口にかき込みたい衝動に駆られる。 …けど今、胃に入れることができるのは水だけなのだ。 「どうした、冷めるぞ?」 グゥはその自分の状況を知ってか知らずか、パクパクと見せ付けるように自分の分のエビグラタンを口に運んでいる。 うう、食べられないと思うと余計に腹が減る。 保険医は本当にちゃんとみんなに連絡してくれたのか?まさかこれもグゥの手か…? そんなことを考えても仕方が無い。食べられないことに変わりは無いのだが…何か無性に腹が立つ。 ハレはバンッ!とテーブルにスプーンを叩き付けると、コップに注がれた水だけを一息に飲み干し、 がっくりとうな垂れながら風呂場に向かった。 「ハ…ハレ……?」 ダイニングを出る時、後ろからグゥの声が聞こえた気がしたが、返事をする気にも振り向く気にもなれなかった。 とにかく今は、この美味そうで憎い匂いのする部屋から一刻も早く離れたかった。 「……タク、ホケンイノヤツ、イランコトシテクレタナ…」 湯船につかりながら、ぼそりとそう呟く。やはり、まだ声は戻っていないようだ。 声が治るまでの辛抱、か…。明日には戻ってると良いんだけど。 ハレは空腹をなんとか満たそうと、蛇口から出る水をガボガボと飲みまくった。 風呂から出ると、リビングからゲームの音が聞こえる。 どうやらグゥが、先ほど中断した続きをやっているようだ。 (まぁ格ゲーだし、別にいっか) これがRPGなどだったら勝手にゲームオーバーになったり先に進まれたりすると非常に困るが、格ゲーなら特に問題は無い。 ハレは特に咎めることもなく、ベッドに腰を下ろしグゥのプレイを眺めることにした。 「なあ、これどうやるんだ?」 グゥは先ほどから、雑魚敵にボコボコにやられているようだ。 確かに格ゲー初心者にはこのゲームはちょいと厳しいかもしれない。 それでなくても、これまでの格ゲーとは少し操作感が違いコツがいるのだ。 これまでと同じ調子でやれば、熟練者でも必殺コマンドはおろか目押しコンボすらまともに決まらない。 むしろ熟達していればしているほど適応し辛いことから、ゲーオタ潰しの異名すら持っているのだ。 かく言うオレもその操作感に慣れるのにかなり手間取ってしまった。 それに加えてこの独特の浮遊感に、ゲージ制による八方向多段空中ダッシュ、格ゲーのくせにボム搭載など等、やたらに多様で 変則的なシステムがよりその操作を難解にしている。「Mii」に備えられた20個のボタンを余すところ無く使うゲームは 今の所、このゲームだけなのだ。それだけに奥が深く、極めがいのあるシステムなのだが… っと、また違う世界に行ってしまうところだった。そうそう、グゥにゲームの説明をするんだったな。 …しかしこのゲームに付き合うとなると、横でつきっきりで声を上げなくてはならない。 今の自分の状態では少しそれは難しい。 ハレはゲームソフトのぎっちり詰まった箱を漁ると、このゲームの説明書を取り出しグゥに渡した。 「…うん」 グゥはぽつりとそれだけを言うと、説明書を受け取りペラペラと捲る。 その表情はどこか寂しげで、何かに必死に耐えているように見えた。 …確かに、この説明書を読破するのは大変だろう。なんせ説明書のくせに300Pを軽く越えるという異例の分厚さを 誇っているのだ。オレも何度挫折しかけたことか。 しかし読めば読むほど、攻略の幅が広がるのもわかるのだ。最初は辛いけど、そのうちそれも快感になっていくもんなのさ…。 ハレはまたベッドに戻り、子の成長を眺める親のような目でグゥの背中を温かく見守る。 しかしグゥは、先ほどにも増して敵の攻撃を食らい続けていた。まるで手元が定まっていない感じだ。 RPGばっかりやっているから、勝手がつかめないのだろうか。 「…やっぱり、グゥにはよくわからないな。   ハレ、続きやってくれないか?」 何度目かのゲームオーバーを迎えると、グゥは背を向けたまま、そう呟いた。 その声は少し震えているように聞こえた。 …まぁ、あれだけボコボコにやられたら悔しくも思うだろう。オレだって何度ディスクを叩き割ろうと思ったことか。 (っしゃ任せろ!) ハレはベッドから勢いよく立ち上がると、グゥの隣にドッカと座りグゥからコントローラーを受け取った。 グゥにもこういったゲームの面白さを教えてやらねば。 手本を見せてやるぜ、と言わんばかりにハレは手馴れた操作で次々にステージをクリアしていく。 ちらりと横を見ると、グゥはピッタリと寄り添ってゲーム画面を眺めていた。 (…なんかグゥも楽しそうだな) いつも自分がゲームをやっている時は、暇そうに寝転がりながらぼーっとしてるか、いつの間にかそのまま寝てしまっている ことがほとんどだったのに。よほどこのゲームが気に入ったのだろうか。 分厚い説明書とゲーム画面の間をキョロキョロと行き来するその仕草がなんだか可愛らしい。 グゥは眺めているだけだったけど、久しぶりに二人きりで遊んでいる感覚を覚える。 特にテレビゲームだと、はじめてのことかもしれない。ハレの身体を、奇妙な高揚感が包み込んでいく。 その時、そんな場の空気を読まぬ下品な音が、ハレの腹の中からきゅぅぅと聞こえた。 「…なぁ、本当に何も食べなくていいのか?」 (うう…食べたいけど食べれないんだって) …とたんに、思い出してしまう。先ほどよりも強くなった、空腹感。 1度意識するともうダメだ。くらりと、眩暈まで感じてしまう。 ゲームへの集中力もあっさり途切れ、瞬時にゲームオーバーを向かえた。 (…まだ早いけど、寝ちゃおう) もう、とにかく寝て空腹感を忘れるしかない。 ハレはグゥにゲームパッド渡し、キッチンでガブガブとまた水を飲み空腹感を紛らわせると、そのままベッドに ばたんきゅうと倒れこんだ。 「もう、寝るのか…?   うぅ……おやす、み…………」 グゥの声がやけに遠くから聞こえる。 木陰でもずいぶんと長く昼寝を取ったものだが、それでもまだ疲労が抜け切っていないのか、ベッドに倒れこむと すぐに頭に靄がかかり睡眠へと誘われて行った。 「オヤスミ……」 ハレはぽつりとそれだけを言うと、その意識は深く深く落ちて行く。 「…その声……やっぱり……」 最後にグゥが呟いたその一言も、ハレに届くことは無かった。 ……… …… … (ほああッッッ……!!!???) 突然、目が覚めた。余りにも、余りにも恐ろしい夢だった……。 ハレは本当に夢かどうかを確かめるためズボンの上をまさぐる。…どうやら夢の中だけのことだったようだ。 …少し、水を飲みすぎたか。ハレは、悪夢の元凶であろう下半身の疼きを…ぶっちゃけ尿意を取り去るためベッドから降りた。 時計を見ると、夜中の2時を回った所だった。4~5時間は寝ていたようだ。 幸いと言うべきか、まだ頭がぼう、として眠気が取れ切っていない。トイレから出たらすぐにベッドに戻ろう。 「お、起きたのか?   なあハレ、グゥにもこのゲームだいぶわかってきたぞ」 グゥはまだゲームをやっていたようだ。 照明の消えた暗い部屋にテレビの明かりだけが灯り、グゥの姿をこうこうと照らし出している。 ハレはその姿を見送りながら、足早にトイレに駆け込んで行った。 (…グゥ、結構あのゲームにハマったみたいだなー) 何だかんだ言って、グゥもかなりのゲーム好きだ。RPG系などは寝る間も惜しんで楽しんでいる。 それはグゥの腹の中にまで影響を与えるほどだ。…あのゲームの影響を受けた腹の中は、あまり想像したく無いな。 あの4人、大丈夫かな。とりあえずグゥにはホラーゲームはやらせないようにしよう…。 その身をキリキリと切迫していた尿意が消えると、また性懲りも無く喉が渇く。空腹感も蘇って来る。 ハレはトイレから出るとキッチンに向かい、また水で腹を満たす。 「ハラヘッタ……」 …声は、まだ戻らない。 冷蔵庫を意味もなく開ける。ラップに包まれたエビグラタンが憎らしい。 「あ、腹減っただろ?飯にするか!?」 ハレの声が聞こえていたのか、グゥはコントローラーを置くと遠慮がちにそう尋ねてくる。 その声は本当に心配をしてくれているようで、なんだか自分が悪者になったような気持ちになってしまう。 (減ったけど…食えないんだよ…ごめんな、グゥ…) ハレはグゥに頭を下げるようにうな垂れ、ただ無言で冷蔵庫の扉を閉めた。 「な、なぁハレ。この手のゲームは一人でやっててもイマイチだな。   やはり対戦が面白いのだろう?ハレもゲームの中くらいならグゥに勝てるチャンスもあるんじゃないか?」 グゥはふふん、と鼻を鳴らし、2P用のコントローラーをフリフリと見せ付けてくる。 …なかなか挑発してくれる。一朝一夕でこのゲームをマスター出来ると思うなよ? 格の違いを見せ付けてくれるわ!!…と、言いたいところだが、今は…本格的に体調が悪い。眠気も食い気も続行中だ。 (…明日一緒にやろうな…) ハレは結局、そのままばたんとベッドに倒れこみ、また夢の中へと飲み込まれて行くのだった。 「…なんであんなことしか、言うないんだ…」 その意識が途切れる寸前、パチン、と何かを叩くような乾いた音が聞こえた気がした。 <<5>> (ン…良いにおい…) 心地良い、温かな光が窓から差し込んでいるのが見える。 どうやら、あのまま朝までぐっすり眠れたようだ。…尿意も大丈夫。 それよりも、なんだかキッチンの方から良い匂いが漂ってくる。母が帰ってきたのだろうか。 「あ、おはよう、ハレ」 ふらふらとまだ定まらぬ足でダイニングに入ると、快活な朝の挨拶が聞こえてきた。 「オ、オハヨ……」 その声につられ、こちらも思わず挨拶が口から零れる。 そこに母の姿は無く、エプロン姿のグゥが一人でテーブルに皿を並べている所だった。 そして自分の声はまだ変なままだった……。 「昨日、何にも食べてないだろう?こんなのでも口に入れないよりマシだろう」 まさか、グゥが朝食の準備をしてくれるなんて。やっぱり、何も食べない自分を心配してくれていたのだろうか。 そう思うと、心がチクリと痛む。 テーブルの上には、大小様々の皿が並び、それぞれが…似たような匂いを立てていた。 ってか、まさに昨日の朝食の再現といった様子だった。…となると、だいたい味の想像も着くが、気にしてはいけない。 グゥが料理を作ってくれただけでも前代未聞、空前絶後の大事件だ。 しかし、それを口にすることは出来ない…。 こんなことなら、1週間くらい変な声のまま我慢しても良かった。もう胃がどうなってもいいから、目の前の料理を食べたい。 もう、空腹感なんて消し飛んでいた。ただグゥの気持ちに応えたかった。 でも、食べてしまったら自分の身体がどうなるか解らない…情けなくて涙が零れそうになる。 せめてグゥが注いでくれた水だけでも飲もうと、コップに手をかけた。 「……なんで……」 (…え?) 「なんで、なんで食べないんだ!!どうして、水ばっかり……」 (グ、グゥ…) ゴトン、と鈍い音が響く。突然の大声に驚き、床にコップを落としてしまったのだ。 コップは割れこそしなかったが、その中身はパシャンと床に飛び散った。 …グゥの声とはとても思えないくらいの大声。張り裂けんばかりのその声に、胸が詰まる。 そうだよな、せっかくグゥが作ってくれたのに、食べないなんておかしいよな…。 昨日の夕ご飯も、せっかく母さんが作ってくれたのに…。くそ、なんでこんなことになっちゃったんだよ…。 「ゴメン、グゥ…オレ、オレ……」 もう、恥ずかしいなんて言ってられない。今、グゥに声をかけなきゃ本当のヘタレだ。 ハレは、自分がせめてグゥにしてやれることを探すようにぽつり、ぽつりと言葉を重ねる。 「うるさい!その声でグゥの名を呼ぶなぁ!!」 (なっ……!?) ──が、その声は、なおも張り上げるグゥの叫声にかき消された。 …確かにこの声は変だけど、そこまで言われるとは思っていなかった。そんなにもグゥを怒らせてしまっていたなんて。 「飯を食わず、大量に水を飲む…。日中は日向で寝転び、夜は早く寝る。それに、それに口数も極端に…。   これじゃ、これじゃ本当に………」 (…?) グゥの、嗚咽にも似たその声はまだ止まらない。しかし、その言葉1つ1つに何か妙な違和感を覚える。 確かにグゥは、今まで見たことが無いくらい怒っているように見えたが、その怒りの理由は何か自分の知らないことのように思えた。 「グ、グゥ?ナンノハナシダヨ?」 「しらばっくれるな!もうお前の正体はわかってるんだ!!」 …なんだか、話が変な方向に進んできている気がする。 保険医のやつ、ちゃんとグゥたちに自分のこと、伝えたんだろうな。 なんだか今のグゥにむやみに突っ込むのは怖いが、放っておくワケにも行くまい。 ハレは意を決し、その意思が伝わるようにゆっくりとグゥに話しかける。 「…オマエ、アイツカラハナシ、キイテルンダロ?」 「…ああ、聞いている」 よかった、ちゃんと答えてくれた。とりあえずこの調子でグゥを落ち着かせて、ゆっくり話を聞いていこう。 それにやっぱり、保険医からはちゃんと連絡が回ってるようだし…… 「グプタから、お前のことはしっかりとな」 「グプタ?」 ……回って、無かったようだ。 保険医、次に合ったらキャメルクラッチな。ラーメンになるまで折り畳んでやる。 「チョットマテ、オレハマンダ…」 「やはりそうか…!!   グプタの言ったとおりだった。お前は、あのときの満田なのだろう…?」 「マ、マンダ…イヤ、エ?」 とりあえず、あのヤブ医者のことはどうでも良い。今はこの目の前の少女の暴走を食い止めねば。 あとグプタも次合ったらパロスペシャルな。腕がもげるまで。 とにかくグゥは、グプタからなんだか変な話を聞かされて、それをすっかり信じ込んじゃっているようだ。 グゥはいつもはすれたことばっか言ってるくせに、初めて聞かされることは素直にあっさりと信じ込むところがある。 さっきから会話が嫌な方向にガッチリ噛み合って、ますますグゥの中でその信憑性を高めているようだ。 この状況では、オレの言葉をまともにグゥの耳に届かせられるか不安だ。…この誤解を解くのは少し骨が折れるかもしれない。 「グプタカラ、ドンナハナシヲキカサレタンダ?」 「ふん、まだしらばっくれるか…。お前たち満田は人間の精神を乗っ取り、意のままに操ることが出来る…そうだろう?   もう正体はバレているんだ、観念しろ!」 グゥは、わなわなと震える身体を押さえつけるように腕を組み、ダン!と椅子に片足を乗せると高らかにそんなことを言い放った。 …ごめんグゥ、それは無い。 昭和後期頃のひなびた農村でオカルトじみた細菌の研究してる看護婦でもそんな怪しい妄想は信じやしないぞ、多分。 「オマエ、ソンナハナシヲシンジタノカ…?」 「…グゥも、半信半疑だった…こうして目の当たりにするまではな」 いやもう、まるごと疑ってくれよ、そこは。半分も信じちゃったグゥの純粋さに乾杯したい。 ってかグプタのやつ、どんな話を聞かせたんだよまったく…。 とりあえず会話は成立しているようだし、それにだいたいどーゆー状況に陥っているのかも把握できた。 ここは満田に取り付かれたフリをしたほうが、早期解決を望めるかもしれない。 「フフフ…ヨクゾミヤブッタ!モハヤコノカラダハワレノモノヨ…」 「く…!!やはりそうか…!ハレを、ハレを返せ!!」 …うう、なんだこの不思議時空は。ありえないくらい恥ずかしいぞ…。 どうか誰もこの家の周囲1km以内に近づいて来ませんように…。 とにかくさっさとこの茶番を終わらせよう。信じてくれるか微妙だけど、自分で解決方法を適当に言うか。 「コノカラダヲトリモドスホウホウハ、ヒトツシカナイ!!ソウ、ソレハ……」 「知っている!」 (…えっ?) わざわざ自分から解決方法を提示しようとすることは疑わないのかよ。なんて自嘲してもしょうがない。 どうやら、グプタから解決方法も聞かされていたようだ。困難な方法でなければいいんだけど…。 「マリィが教えてくれた。ハレをお前から開放する方法を…」 (マリィ!?) いったい何人がこの茶番に絡んでるんだ…。この場を凌いでも後が不安になって来る。 一体マリィにどんな方法を聞かされたんだろうか。 「しかしそれは全て試した…ハレといっぱい喋って、いっぱい遊ぼうとした…それに手料理だって…   マリィが教えてくれたのに…グゥは、1つもこなせなかった…」 (グゥ……) グゥは、本当に悔しそうにキリ、と奥歯を噛み締め、その小さな身体を震わせていた。 …茶番なんかじゃない。グゥにとっては、これは現実のことなんだ。 それに、オレのためになんとか解決しようとこんなに真剣に努力してくれていたんじゃないか。 …マリィもまた、何かを勘違いしているように思えたが、気にしたら負けだ。 今のグゥを救えるのは、オレだけなんだ。早くこの無為な呪縛から解放してあげなきゃ。 「ホントウニ、ソレダケカ…?」 「え…?」 「マリィカラキカサレタノハ、ホントウニソレダケカ?」 …なんでもいい。何かヒントさえあれば、オレはそれを実行する。 今のオレには、「火の中に飛び込め」と言われたら迷わずそうするだけの覚悟があった。 頼む、マリィから何か他にも聞かされていないのか、グゥ! 「…そうだ…マリィから教えられた一番大切なことをまだしていない…」 「ソレダ!イヤ、ゴホンゴホン!   ……ホホウ、ソンナモノガツウヨウスルカドウカ、タメシテミルガヨイ!!ドウセ、ムダダロウガナ!!」 やった!さあグゥ、なんでも言ってくれ!火か?氷か?なんなら針山でも登ってやろうか!? グプタを殴るとか、保険医を絞め落とすとかなら実に助かる!! 「それは、自分の心に素直になること。素直な気持ちを、ハレにまっすぐ伝えること…だ」 「エ────」 そう言うとグゥはおもむろに、胸に巻いている布をほどきパサリ、と床に落とした。 後には、下半身に真っ白な子供らしい下着を1枚着けるだけの少女の姿が残る。 「ハレ…グゥの素直な気持ち、受け取ってくれ…」 「チョ………!?」 意外!それは告白!!…じゃなくて!そ、そーゆー覚悟は出来てないぞ!! ハレは思わず後ずさり、力いっぱいダッシュし玄関を飛び出した。 グゥもそれを見て、ハレを追う。 「やった!効いてる……!」 …なんて声が後ろから聞こえる。一応、解決に向けて進んではいるようだ…が、ここで止まるわけにもいかない。 とにかく力の限り逃げよう。せめて人気の無いところへ行こうとジャングルの道なき道をひた走る。 ちらりと後ろを見ると、先ほど床に落とした布をしっかと胸に抱いて追いかけてきているようだった。 …とりあえずホっとする。パンツ一丁で追い回されている姿を村民に目撃されたらどんな言い訳も立つまい。 「待て!!お前の弱点はもう解ってるんだ、おとなしくハレを解放しろ!!」 (ホントに誰かこの状況からオレを解放してくれ……!!) もはやどこをどう走ったのか解らなくなっていたが、それでも無我夢中で走り続けた。 帰り道が不安だったが今はそんなことを考えてもいられない。 ちらりと後ろを見る。グゥはまだしっかりとついてきているようだ。あんな状態のグゥを撒いてしまうわけにもいかないので あまり離しすぎないようにチラチラと後ろを振り返りながら走る。 「…アレ、グゥ?」 しかし何度目かに後ろを振り向いたとき、そこにグゥの姿は無かった。 どこも曲がってはいないし、ペースを上げもしていない。 たとえ先ほど振り返って確認したときと同じ位置で止まっていたとしても、見失うはずがない。 ハレは立ち止まり、きょろきょろとあたりを見渡す。 よく見ると、そこは周囲に木々が生えておらずほんの少しだけ開けた草原になっていた。 とはいえ、周囲はうっそうと樹木が生い茂るジャングル。その中から一人の少女を探すことは困難に思えた。 隠れる場所は山ほどある。でもオレが隠れるメリットはあるとして、何でグゥが─── 「捕まえたぞ…」 「ヒィィィイ!!!??」 瞬間、ゾクリと、背後から冷たい声が突き刺さった。 その声と共に、首筋にひんやりとした手が触れる。 いつの間に移動したのか、グゥはハレの背中にぴったりと張り付き「もう逃がさない」と言わんばかりに、 その肩にかけた手にぐぐ、と力を込めて来る。 …忘れていた。グゥほど「神出鬼没」という言葉が似合うヤツもいないのだ。 さっきまでの追いかけっこも、グゥにとっては手ごろなポイントに誘い込むための作戦だったのか。 「ハレ…今、助けてやるからな…!」 「チョ…ト、マッ…!!」 グゥはハレの肩にかけた手をぐいと引っ張ると、そのまま仰向けに押し倒しハレに馬乗りの状態でのしかかった。 ハレの眼前に、あられもない姿のまま大きく股を広げた少女の姿が映る。 たらたらと冷たい汗が額から流れる。心臓はバクバクと大きく脈打ち、全身が沸騰したように熱を発していた。 とても正視できる姿ではない。ハレは顔を手で覆い、なんとかその姿を目に入れぬように必死で身を固める。 「やはり、効いているようだな…。さぁ、さっさと観念してハレを返してもらおうか……」 (わー!わーー!!ちょっと待ってぇー!!) そんなハレの心の叫びも届くはずも無く。グゥはハレを抱きしめるように、ぴったりとその裸体を密着させる。 「ハレ…聞こえるか、グゥの心の音。もっと、もっとハレにグゥの気持ち、伝えてやるからな」 グゥはそう言うと、何やらごそごそと身体を動かしはじめる。 何事か、と指の間からその様子を恐る恐る覗くと、ハレはいよいよその身体を凍りつかせた。 グゥはその身に着けていた最後の着衣を脱ぎ去ろうとしていたのだ。 「マテ、グゥ!モウイイカラ、ヤメテクレ!!」 「ふん…いまさら命乞いか…?」 何を言っても無駄なのか。グゥはその最後の一枚も脱ぎ捨てると、益々密着するように強く身体を絡ませて来る。 どうしよう、どうすればいいんだろう。何でこんな事になってしまったんだろう… なんで…こんなことに…? (そうだよ、なんでグゥはオレのためにこんなことまで…) あまりに突然のことに、頭が混乱してそんなことも考えられずにいた。 今、グゥは自分の素直な気持ちを曝け出してくれている。 オレのために、こんなにも一生懸命に、こんなにもまっすぐにその想いを伝えようとしているんだ。 (…そんなに、オレのことを想ってくれていたなんて…) 「グゥ……」 自分の顔を覆っていた手を、開く。 グゥはいまだギュウと身体を抱きしめ、ハレ、ハレと小さく呟いていた。 「ハレ…お願いだ、帰ってきてくれ……ハレのいない世界なんて…そんなもの…!!」 「グゥ…!!」 トクン、と、心が高く跳ねる。鼓動が1つ高鳴るたびに、ハレの心に生まれた新しい感情が大きくなっていく。 まるでその鼓動に合わせるように、ハレは自分でも気づかぬうちにその身を持ち上げグゥを強く抱きしめ返していた。 「ハレ……?」 「…グゥッッ!!オレ…オレ……!!」 その気持ちが、恋だとか、愛だとかは解らない。ただ、グゥの気持ちに応えたかった。 ハレは腕の力を緩め、グゥの頬にそっと手を添えるとその眼を真摯に見つめる。 「ハレ…ハレなの、か…?」 グゥはその手に自らの手を重ね、震える声でそう呟いた。 ハレをまっすぐ見つめ返す瞳からはぽろぽろと大粒の涙が零れる。 「そうだよ、オレだよ、グゥ…」 「もう一度……呼んで…」 「…グゥ…グゥ…あれ、も、戻ってる……?」 いつの間にか、声が戻っていた。保険医の言ったとおり、本当に丸1日くらいで満田のガスが切れたってことか。 やっぱり、キャメルクラッチはやめにしよう。せめてカーフブランディングくらいにしといてやろう。 「ハレッ…!ハレの声だ…いつものハレの声…」 グゥは本当に嬉しそうに、また強く、強く抱きしめて来る。 その身体はどこを触っても生肌で、少し興奮の熱の冷めた今ではひたすら目と手のやり場に困る。 結局、グゥが泣き止みその腕の力を緩めるまで、ハレは両手を地面に着きその腕で上半身を支えた姿勢のまま、 グゥの抱擁にただその身を委ねるのだった。 ****[[1>070127]]>[[2>070127_2]]>3>[[4>070127_4]]
****満田人間ハレ3(一:>188-196) <<5>> (もう母さんも行っちゃったか。   そんで当然、保険医もいないと。ちょっと悪いことしちゃったかなー) 家に帰ると、そこに人の気配は感じられなかった。 母はもう狩りに出かけたのだろう。クライヴも当然、母のいない家などに用はあるまい。 学校で保険医と交わした交換条件は少しいじわるだったろうか。 いや、あんな条件を求める方が悪いのは明白だ。いい気味、いい気味。 ハレはただいまもおかえりも誰とも交わすことなく、家に入る。 結局グゥとも、ばらばらに学校を出たと言うのに、今日も一緒に帰ってきた。 今は声を出し辛いのでそれは助かったのだが、グゥの「おかえり」をちょっと聞いてみたかったな、なんて のんきなことを考えてしまう。 「…先にお風呂、入っていい?」 グゥは家に着くなり、入浴の準備を始めた。やっぱり自分の匂いが気になるのだろう。 こいつもそんなことを気にするんだな、なんて、グゥの新しい一面が見れた気がして少しうれしかった。 まぁ、別に一番風呂に執着があるわけも無い。 「さっさと入っちまいなよ」と手でグゥを風呂場に促し、ハレはテレビの前に向かった。 ハレはテレビの前に座ると、おもむろに1つのゲーム機を取り出す。 機種はもちろん、最近発売したばかりの話題のゲーム機「Mii」だ。 通称「ミィー」。正式名称は「MegaIllusionIsland」。いうまでも無いが、メガドラの後継機に当たる機種だ。 ゲーム業界の生存競争に敗れた任忍堂がGASEに合併吸収されたことは記憶に新しい。 そんなゲーム業界二大巨塔が技術力を結集させた夢の最強ハード、それがこの「Mii」なのだ。 そのデザインも実に硬派。まさに往年のGASE機を思わせる威風堂々としたものだ。 ガンメタリックで決めた漆黒のボディに刻まれた、金色に輝く「16Gbit」の文字が眩しく光る。 前世代機であるDC(ドリームキャッスル)への敬意も忘れず、その名称には「夢」の代わりに「幻想」の一字が使われた。 この機種を購入して以来、これまでハマっていた携帯ゲーム機そっちのけで猿のように遊び倒している。 普段は母に止められているので1日数時間しか出来ないが、今日は思う存分ゲームを堪能できるチャンスだ。 さて、何のゲームをやるか…と言っても最近出たばかりの機種でそれほどソフトも多くない。 そもそも、本体を買うのでお小遣いが尽きてしまい、ソフトなんて1本しか持ってない。 結局、本体に入れっぱなしのソフトを起動するしかないのだ。またお小遣いが溜まったら何か買ってこよう…。 電源を入れると、聞きなれた音楽が響く。 「Mii」で唯一持っているこのソフトのゲームジャンルは対戦格闘ゲーム。いわゆる格ゲーだ。 もともとPCで遊ぶシューティングゲームだったらしいのだが、その詳細はよく知らない。 「東方シリーズ」と言えばわかる人にはわかるのだろうか。それがコンシューマで、しかも格闘ゲームとして発表された時には その筋の人たちは大いに賛否両論を戦わせたそうだ。 そしていよいよ発売が開始された最新作「東方不敗-老師亜細亜-」は業界初の弾幕格闘ゲームという触れ込みが話題になった。 このゲームは普通の格ゲーと違い、1対1で延々と戦う「アーケードモード」以外にも、多彩なアクションステージを雑魚敵を 倒しながら切り抜け、ステージごとのボスとタイマン勝負をする「ストーリーモード」も用意されている。 いわゆる「飛竜の拳」や「ソードオブソダン」をイメージしてもらえればわかってもらえるだろう。 今、もっぱらハマっているのはこちらの「ストーリーモード」の方だ。 弾幕格ゲーの名にふさわしく、シューティングさながらに仕掛けてくる敵の怒涛の攻撃をいかにかわし、ボスに辿り着くかが 実に攻略のしがいがあり脳に新鮮な刺激を与えてくれる。 ストーリーの方も、キャラクターごとにしっかりと個別の物語が用意され、それが少年漫画の王道のような燃えるものから 涙あり、笑いありと様々に趣向を凝らしてありプレイヤーを飽きさせることなく楽しませてくれる。 ついでにキャラクターそれぞれがやたらぷりぷりと可愛く、萌え…まぁ、これはどうでもいいことなのだが。 うん、ホントにどうでもいいんだってば。 「飯、食べてないよな?」 フ、と耳に届いたその声にハッと我に返る。 …オレは誰に話しかけてたんだ。危うく現実を見失うところだった。 声のしたほうを見やると、グゥは脱衣所の壁の向こうから顔だけを出し、こちらを見つめていた。 そう言えば、今日は朝飯を食べて以来なにも口にしていない。ちょっと、ってかかなり腹が減っていることに気づく。 ぶんぶんと首を横に振ると、グゥは何故か少しほっとしたような表情を見せた。 「…冷蔵庫にエビグラタンがあるぞ」 グゥはそう言うと、また脱衣所の向こうに隠れた。 母が作って置いておいてくれたのだろう。母は基本的に料理が苦手だが、エビグラタンだけは何故か美味しい。 グゥも母のエビグラタンだけは皿ごと飲み込まずにちゃんと食べる。グゥがお風呂から上がってきたら一緒に食べるとしよう。 「…ハレのは右の皿だからな」 (…?) 意味深なことを。 恐らく冷蔵庫に左右並んでグラタン皿が置いてあるのだろうが、どちらの皿か指定するなんて怪しさ爆発。 はっきり言ってまったく良い予感がしない。また、罠か? 「…いいか、右のだぞ!?」 …まだ言ってる。あまりにも怪しい。怪しすぎる…グラタンの中に何か入ってるのか……? ジト、と脱衣場を見やると、向こうからもこちらをジト目で睨んでいた。 その姿に慌てて顔を逸らす。すでに服は脱いでしまったのだろう、脱衣所から覗かせるその姿は、肝心な箇所こそ 見えてはいなかったが明らかにその身に何も着けていないことを物語っていた。 「聞いてるのか?右だぞ、右」 いまだしつこく念を押してくるグゥに、ただ首を縦にブンブンと振ることで答える。 グゥもやっと納得したのか、それ以上は追及せず、今度こそカララという扉のスライドする音と共に風呂場の中に消えた。 (ふふン、そんな態度に出すなんてグゥにしては珍しくうかつだったな!) そうだ、いくらなんでも怪しすぎる。確実に何か仕掛けがあるに違いない。 また腐りかけの満田とか?アツアツのグラタンにスプーンをさした瞬間…ボン!こえー!! …などと想像しながら、ハレはコントローラーを置くとそろりそろりと冷蔵庫の前に近づく。 冷蔵庫を開けると、確かにそこには左右に並んだグラタン皿。 (…ご丁寧にグゥって名前入りだよ。やっぱり怪しい…) その左の皿に巻かれたラップには、デカデカとマジックで書かれた「グゥ」の文字。 自分用ということか。ここまで徹底されると逆に怪しくない気もしてくるから不思議だ。 しかしそれも罠かもしれない。…裏の裏をどこまで読んでもきりが無い。 とりあえず、罠があっても無くても何も手段を講じないと言うのは面白くない。 ハレは皿の位置を左右逆にし、皿に巻かれていたラップもしっかり逆に取り付けた。 (よし。これで先にグゥに食べさせたら万全だな) そう一人で納得すると、ハレはまたテレビの前に戻りゲームに興じるのだった。 「…なんだ、食べて無いのか?」 ゲームをしていると何故こんなに時間が経つのが早いのか。 ほとんどステージも進まぬうちに、グゥはペタペタと床を鳴らしながらバスルームから出て来た。 ほこほこと湯気を上げほんのりと肌を上気させた姿に何故か自分の体温まで上がったような気がする。 (湯上りだと、グゥみたいのでも色っぽく見えるから困る…) 母は例外だけど。他の女の子のも見たこと無いけど。 その視線に気づいたのか、突然くるんとグゥの顔がこちらを向き思わず目を逸らしてしまう。 なんか今日、グゥから目を逸らしっぱなしだ。 不意に、チーンと耳慣れた音が聞こえた。 続いて、グラタンの良い匂いが辺りに漂い始める。 グゥが夕飯を用意してくれたようだ。これまた珍しいことを…そしてやはりアヤシイ。 ともあれ、お腹もすいたことだし、せっかく用意してくれたのだから食べない手は無い。 ゲームは途中だけど、まぁいいだろう。本来ならここで電源を落とすところだが、母もいないしポーズだけしておこう。 もちろん、テレビも付けっぱなし。ああ、なんてもったいないことを。自由って、素晴らしい。 ハレはテーブルに着くと、大きく「いただきます」を… 言おうとして、ようやく思い出した。保険医に散々念を押されたあのことを。 (…食えない…んだった…) 何で今まで忘れてたのか…。そう、何か食べたら胃が大変なことになる、等と恐ろしいことを言われていたのだ。 目の前にはとても美味しそうに湯気を立てるエビグラタン。 その味を思い出し、思わず涎が垂れそうになる。 手に持ったスプーンをその中に突き刺し、一気に口にかき込みたい衝動に駆られる。 …けど今、胃に入れることができるのは水だけなのだ。 「どうした、冷めるぞ?」 グゥはその自分の状況を知ってか知らずか、パクパクと見せ付けるように自分の分のエビグラタンを口に運んでいる。 うう、食べられないと思うと余計に腹が減る。 保険医は本当にちゃんとみんなに連絡してくれたのか?まさかこれもグゥの手か…? そんなことを考えても仕方が無い。食べられないことに変わりは無いのだが…何か無性に腹が立つ。 ハレはバンッ!とテーブルにスプーンを叩き付けると、コップに注がれた水だけを一息に飲み干し、 がっくりとうな垂れながら風呂場に向かった。 「ハ…ハレ……?」 ダイニングを出る時、後ろからグゥの声が聞こえた気がしたが、返事をする気にも振り向く気にもなれなかった。 とにかく今は、この美味そうで憎い匂いのする部屋から一刻も早く離れたかった。 「……タク、ホケンイノヤツ、イランコトシテクレタナ…」 湯船につかりながら、ぼそりとそう呟く。やはり、まだ声は戻っていないようだ。 声が治るまでの辛抱、か…。明日には戻ってると良いんだけど。 ハレは空腹をなんとか満たそうと、蛇口から出る水をガボガボと飲みまくった。 風呂から出ると、リビングからゲームの音が聞こえる。 どうやらグゥが、先ほど中断した続きをやっているようだ。 (まぁ格ゲーだし、別にいっか) これがRPGなどだったら勝手にゲームオーバーになったり先に進まれたりすると非常に困るが、格ゲーなら特に問題は無い。 ハレは特に咎めることもなく、ベッドに腰を下ろしグゥのプレイを眺めることにした。 「なあ、これどうやるんだ?」 グゥは先ほどから、雑魚敵にボコボコにやられているようだ。 確かに格ゲー初心者にはこのゲームはちょいと厳しいかもしれない。 それでなくても、これまでの格ゲーとは少し操作感が違いコツがいるのだ。 これまでと同じ調子でやれば、熟練者でも必殺コマンドはおろか目押しコンボすらまともに決まらない。 むしろ熟達していればしているほど適応し辛いことから、ゲーオタ潰しの異名すら持っているのだ。 かく言うオレもその操作感に慣れるのにかなり手間取ってしまった。 それに加えてこの独特の浮遊感に、ゲージ制による八方向多段空中ダッシュ、格ゲーのくせにボム搭載など等、やたらに多様で 変則的なシステムがよりその操作を難解にしている。「Mii」に備えられた20個のボタンを余すところ無く使うゲームは 今の所、このゲームだけなのだ。それだけに奥が深く、極めがいのあるシステムなのだが… っと、また違う世界に行ってしまうところだった。そうそう、グゥにゲームの説明をするんだったな。 …しかしこのゲームに付き合うとなると、横でつきっきりで声を上げなくてはならない。 今の自分の状態では少しそれは難しい。 ハレはゲームソフトのぎっちり詰まった箱を漁ると、このゲームの説明書を取り出しグゥに渡した。 「…うん」 グゥはぽつりとそれだけを言うと、説明書を受け取りペラペラと捲る。 その表情はどこか寂しげで、何かに必死に耐えているように見えた。 …確かに、この説明書を読破するのは大変だろう。なんせ説明書のくせに300Pを軽く越えるという異例の分厚さを 誇っているのだ。オレも何度挫折しかけたことか。 しかし読めば読むほど、攻略の幅が広がるのもわかるのだ。最初は辛いけど、そのうちそれも快感になっていくもんなのさ…。 ハレはまたベッドに戻り、子の成長を眺める親のような目でグゥの背中を温かく見守る。 しかしグゥは、先ほどにも増して敵の攻撃を食らい続けていた。まるで手元が定まっていない感じだ。 RPGばっかりやっているから、勝手がつかめないのだろうか。 「…やっぱり、グゥにはよくわからないな。   ハレ、続きやってくれないか?」 何度目かのゲームオーバーを迎えると、グゥは背を向けたまま、そう呟いた。 その声は少し震えているように聞こえた。 …まぁ、あれだけボコボコにやられたら悔しくも思うだろう。オレだって何度ディスクを叩き割ろうと思ったことか。 (っしゃ任せろ!) ハレはベッドから勢いよく立ち上がると、グゥの隣にドッカと座りグゥからコントローラーを受け取った。 グゥにもこういったゲームの面白さを教えてやらねば。 手本を見せてやるぜ、と言わんばかりにハレは手馴れた操作で次々にステージをクリアしていく。 ちらりと横を見ると、グゥはピッタリと寄り添ってゲーム画面を眺めていた。 (…なんかグゥも楽しそうだな) いつも自分がゲームをやっている時は、暇そうに寝転がりながらぼーっとしてるか、いつの間にかそのまま寝てしまっている ことがほとんどだったのに。よほどこのゲームが気に入ったのだろうか。 分厚い説明書とゲーム画面の間をキョロキョロと行き来するその仕草がなんだか可愛らしい。 グゥは眺めているだけだったけど、久しぶりに二人きりで遊んでいる感覚を覚える。 特にテレビゲームだと、はじめてのことかもしれない。ハレの身体を、奇妙な高揚感が包み込んでいく。 その時、そんな場の空気を読まぬ下品な音が、ハレの腹の中からきゅぅぅと聞こえた。 「…なぁ、本当に何も食べなくていいのか?」 (うう…食べたいけど食べれないんだって) …とたんに、思い出してしまう。先ほどよりも強くなった、空腹感。 1度意識するともうダメだ。くらりと、眩暈まで感じてしまう。 ゲームへの集中力もあっさり途切れ、瞬時にゲームオーバーを向かえた。 (…まだ早いけど、寝ちゃおう) もう、とにかく寝て空腹感を忘れるしかない。 ハレはグゥにゲームパッド渡し、キッチンでガブガブとまた水を飲み空腹感を紛らわせると、そのままベッドに ばたんきゅうと倒れこんだ。 「もう、寝るのか…?   うぅ……おやす、み…………」 グゥの声がやけに遠くから聞こえる。 木陰でもずいぶんと長く昼寝を取ったものだが、それでもまだ疲労が抜け切っていないのか、ベッドに倒れこむと すぐに頭に靄がかかり睡眠へと誘われて行った。 「オヤスミ……」 ハレはぽつりとそれだけを言うと、その意識は深く深く落ちて行く。 「…その声……やっぱり……」 最後にグゥが呟いたその一言も、ハレに届くことは無かった。 ……… …… … (ほああッッッ……!!!???) 突然、目が覚めた。余りにも、余りにも恐ろしい夢だった……。 ハレは本当に夢かどうかを確かめるためズボンの上をまさぐる。…どうやら夢の中だけのことだったようだ。 …少し、水を飲みすぎたか。ハレは、悪夢の元凶であろう下半身の疼きを…ぶっちゃけ尿意を取り去るためベッドから降りた。 時計を見ると、夜中の2時を回った所だった。4~5時間は寝ていたようだ。 幸いと言うべきか、まだ頭がぼう、として眠気が取れ切っていない。トイレから出たらすぐにベッドに戻ろう。 「お、起きたのか?   なあハレ、グゥにもこのゲームだいぶわかってきたぞ」 グゥはまだゲームをやっていたようだ。 照明の消えた暗い部屋にテレビの明かりだけが灯り、グゥの姿をこうこうと照らし出している。 ハレはその姿を見送りながら、足早にトイレに駆け込んで行った。 (…グゥ、結構あのゲームにハマったみたいだなー) 何だかんだ言って、グゥもかなりのゲーム好きだ。RPG系などは寝る間も惜しんで楽しんでいる。 それはグゥの腹の中にまで影響を与えるほどだ。…あのゲームの影響を受けた腹の中は、あまり想像したく無いな。 あの4人、大丈夫かな。とりあえずグゥにはホラーゲームはやらせないようにしよう…。 その身をキリキリと切迫していた尿意が消えると、また性懲りも無く喉が渇く。空腹感も蘇って来る。 ハレはトイレから出るとキッチンに向かい、また水で腹を満たす。 「ハラヘッタ……」 …声は、まだ戻らない。 冷蔵庫を意味もなく開ける。ラップに包まれたエビグラタンが憎らしい。 「あ、腹減っただろ?飯にするか!?」 ハレの声が聞こえていたのか、グゥはコントローラーを置くと遠慮がちにそう尋ねてくる。 その声は本当に心配をしてくれているようで、なんだか自分が悪者になったような気持ちになってしまう。 (減ったけど…食えないんだよ…ごめんな、グゥ…) ハレはグゥに頭を下げるようにうな垂れ、ただ無言で冷蔵庫の扉を閉めた。 「な、なぁハレ。この手のゲームは一人でやっててもイマイチだな。   やはり対戦が面白いのだろう?ハレもゲームの中くらいならグゥに勝てるチャンスもあるんじゃないか?」 グゥはふふん、と鼻を鳴らし、2P用のコントローラーをフリフリと見せ付けてくる。 …なかなか挑発してくれる。一朝一夕でこのゲームをマスター出来ると思うなよ? 格の違いを見せ付けてくれるわ!!…と、言いたいところだが、今は…本格的に体調が悪い。眠気も食い気も続行中だ。 (…明日一緒にやろうな…) ハレは結局、そのままばたんとベッドに倒れこみ、また夢の中へと飲み込まれて行くのだった。 「…なんであんなことしか、言うないんだ…」 その意識が途切れる寸前、パチン、と何かを叩くような乾いた音が聞こえた気がした。 <<5>> (ン…良いにおい…) 心地良い、温かな光が窓から差し込んでいるのが見える。 どうやら、あのまま朝までぐっすり眠れたようだ。…尿意も大丈夫。 それよりも、なんだかキッチンの方から良い匂いが漂ってくる。母が帰ってきたのだろうか。 「あ、おはよう、ハレ」 ふらふらとまだ定まらぬ足でダイニングに入ると、快活な朝の挨拶が聞こえてきた。 「オ、オハヨ……」 その声につられ、こちらも思わず挨拶が口から零れる。 そこに母の姿は無く、エプロン姿のグゥが一人でテーブルに皿を並べている所だった。 そして自分の声はまだ変なままだった……。 「昨日、何にも食べてないだろう?こんなのでも口に入れないよりマシだろう」 まさか、グゥが朝食の準備をしてくれるなんて。やっぱり、何も食べない自分を心配してくれていたのだろうか。 そう思うと、心がチクリと痛む。 テーブルの上には、大小様々の皿が並び、それぞれが…似たような匂いを立てていた。 ってか、まさに昨日の朝食の再現といった様子だった。…となると、だいたい味の想像も着くが、気にしてはいけない。 グゥが料理を作ってくれただけでも前代未聞、空前絶後の大事件だ。 しかし、それを口にすることは出来ない…。 こんなことなら、1週間くらい変な声のまま我慢しても良かった。もう胃がどうなってもいいから、目の前の料理を食べたい。 もう、空腹感なんて消し飛んでいた。ただグゥの気持ちに応えたかった。 でも、食べてしまったら自分の身体がどうなるか解らない…情けなくて涙が零れそうになる。 せめてグゥが注いでくれた水だけでも飲もうと、コップに手をかけた。 「……なんで……」 (…え?) 「なんで、なんで食べないんだ!!どうして、水ばっかり……」 (グ、グゥ…) ゴトン、と鈍い音が響く。突然の大声に驚き、床にコップを落としてしまったのだ。 コップは割れこそしなかったが、その中身はパシャンと床に飛び散った。 …グゥの声とはとても思えないくらいの大声。張り裂けんばかりのその声に、胸が詰まる。 そうだよな、せっかくグゥが作ってくれたのに、食べないなんておかしいよな…。 昨日の夕ご飯も、せっかく母さんが作ってくれたのに…。くそ、なんでこんなことになっちゃったんだよ…。 「ゴメン、グゥ…オレ、オレ……」 もう、恥ずかしいなんて言ってられない。今、グゥに声をかけなきゃ本当のヘタレだ。 ハレは、自分がせめてグゥにしてやれることを探すようにぽつり、ぽつりと言葉を重ねる。 「うるさい!その声でグゥの名を呼ぶなぁ!!」 (なっ……!?) ──が、その声は、なおも張り上げるグゥの叫声にかき消された。 …確かにこの声は変だけど、そこまで言われるとは思っていなかった。そんなにもグゥを怒らせてしまっていたなんて。 「飯を食わず、大量に水を飲む…。日中は日向で寝転び、夜は早く寝る。それに、それに口数も極端に…。   これじゃ、これじゃ本当に………」 (…?) グゥの、嗚咽にも似たその声はまだ止まらない。しかし、その言葉1つ1つに何か妙な違和感を覚える。 確かにグゥは、今まで見たことが無いくらい怒っているように見えたが、その怒りの理由は何か自分の知らないことのように思えた。 「グ、グゥ?ナンノハナシダヨ?」 「しらばっくれるな!もうお前の正体はわかってるんだ!!」 …なんだか、話が変な方向に進んできている気がする。 保険医のやつ、ちゃんとグゥたちに自分のこと、伝えたんだろうな。 なんだか今のグゥにむやみに突っ込むのは怖いが、放っておくワケにも行くまい。 ハレは意を決し、その意思が伝わるようにゆっくりとグゥに話しかける。 「…オマエ、アイツカラハナシ、キイテルンダロ?」 「…ああ、聞いている」 よかった、ちゃんと答えてくれた。とりあえずこの調子でグゥを落ち着かせて、ゆっくり話を聞いていこう。 それにやっぱり、保険医からはちゃんと連絡が回ってるようだし…… 「グプタから、お前のことはしっかりとな」 「グプタ?」 ……回って、無かったようだ。 保険医、次に合ったらキャメルクラッチな。ラーメンになるまで折り畳んでやる。 「チョットマテ、オレハマンダ…」 「やはりそうか…!!   グプタの言ったとおりだった。お前は、あのときの満田なのだろう…?」 「マ、マンダ…イヤ、エ?」 とりあえず、あのヤブ医者のことはどうでも良い。今はこの目の前の少女の暴走を食い止めねば。 あとグプタも次合ったらパロスペシャルな。腕がもげるまで。 とにかくグゥは、グプタからなんだか変な話を聞かされて、それをすっかり信じ込んじゃっているようだ。 グゥはいつもはすれたことばっか言ってるくせに、初めて聞かされることは素直にあっさりと信じ込むところがある。 さっきから会話が嫌な方向にガッチリ噛み合って、ますますグゥの中でその信憑性を高めているようだ。 この状況では、オレの言葉をまともにグゥの耳に届かせられるか不安だ。…この誤解を解くのは少し骨が折れるかもしれない。 「グプタカラ、ドンナハナシヲキカサレタンダ?」 「ふん、まだしらばっくれるか…。お前たち満田は人間の精神を乗っ取り、意のままに操ることが出来る…そうだろう?   もう正体はバレているんだ、観念しろ!」 グゥは、わなわなと震える身体を押さえつけるように腕を組み、ダン!と椅子に片足を乗せると高らかにそんなことを言い放った。 …ごめんグゥ、それは無い。 昭和後期頃のひなびた農村でオカルトじみた細菌の研究してる看護婦でもそんな怪しい妄想は信じやしないぞ、多分。 「オマエ、ソンナハナシヲシンジタノカ…?」 「…グゥも、半信半疑だった…こうして目の当たりにするまではな」 いやもう、まるごと疑ってくれよ、そこは。半分も信じちゃったグゥの純粋さに乾杯したい。 ってかグプタのやつ、どんな話を聞かせたんだよまったく…。 とりあえず会話は成立しているようだし、それにだいたいどーゆー状況に陥っているのかも把握できた。 ここは満田に取り付かれたフリをしたほうが、早期解決を望めるかもしれない。 「フフフ…ヨクゾミヤブッタ!モハヤコノカラダハワレノモノヨ…」 「く…!!やはりそうか…!ハレを、ハレを返せ!!」 …うう、なんだこの不思議時空は。ありえないくらい恥ずかしいぞ…。 どうか誰もこの家の周囲1km以内に近づいて来ませんように…。 とにかくさっさとこの茶番を終わらせよう。信じてくれるか微妙だけど、自分で解決方法を適当に言うか。 「コノカラダヲトリモドスホウホウハ、ヒトツシカナイ!!ソウ、ソレハ……」 「知っている!」 (…えっ?) わざわざ自分から解決方法を提示しようとすることは疑わないのかよ。なんて自嘲してもしょうがない。 どうやら、グプタから解決方法も聞かされていたようだ。困難な方法でなければいいんだけど…。 「マリィが教えてくれた。ハレをお前から開放する方法を…」 (マリィ!?) いったい何人がこの茶番に絡んでるんだ…。この場を凌いでも後が不安になって来る。 一体マリィにどんな方法を聞かされたんだろうか。 「しかしそれは全て試した…ハレといっぱい喋って、いっぱい遊ぼうとした…それに手料理だって…   マリィが教えてくれたのに…グゥは、1つもこなせなかった…」 (グゥ……) グゥは、本当に悔しそうにキリ、と奥歯を噛み締め、その小さな身体を震わせていた。 …茶番なんかじゃない。グゥにとっては、これは現実のことなんだ。 それに、オレのためになんとか解決しようとこんなに真剣に努力してくれていたんじゃないか。 …マリィもまた、何かを勘違いしているように思えたが、気にしたら負けだ。 今のグゥを救えるのは、オレだけなんだ。早くこの無為な呪縛から解放してあげなきゃ。 「ホントウニ、ソレダケカ…?」 「え…?」 「マリィカラキカサレタノハ、ホントウニソレダケカ?」 …なんでもいい。何かヒントさえあれば、オレはそれを実行する。 今のオレには、「火の中に飛び込め」と言われたら迷わずそうするだけの覚悟があった。 頼む、マリィから何か他にも聞かされていないのか、グゥ! 「…そうだ…マリィから教えられた一番大切なことをまだしていない…」 「ソレダ!イヤ、ゴホンゴホン!   ……ホホウ、ソンナモノガツウヨウスルカドウカ、タメシテミルガヨイ!!ドウセ、ムダダロウガナ!!」 やった!さあグゥ、なんでも言ってくれ!火か?氷か?なんなら針山でも登ってやろうか!? グプタを殴るとか、保険医を絞め落とすとかなら実に助かる!! 「それは、自分の心に素直になること。素直な気持ちを、ハレにまっすぐ伝えること…だ」 「エ────」 そう言うとグゥはおもむろに、胸に巻いている布をほどきパサリ、と床に落とした。 後には、下半身に真っ白な子供らしい下着を1枚着けるだけの少女の姿が残る。 「ハレ…グゥの素直な気持ち、受け取ってくれ…」 「チョ………!?」 意外!それは告白!!…じゃなくて!そ、そーゆー覚悟は出来てないぞ!! ハレは思わず後ずさり、力いっぱいダッシュし玄関を飛び出した。 グゥもそれを見て、ハレを追う。 「やった!効いてる……!」 …なんて声が後ろから聞こえる。一応、解決に向けて進んではいるようだ…が、ここで止まるわけにもいかない。 とにかく力の限り逃げよう。せめて人気の無いところへ行こうとジャングルの道なき道をひた走る。 ちらりと後ろを見ると、先ほど床に落とした布をしっかと胸に抱いて追いかけてきているようだった。 …とりあえずホっとする。パンツ一丁で追い回されている姿を村民に目撃されたらどんな言い訳も立つまい。 「待て!!お前の弱点はもう解ってるんだ、おとなしくハレを解放しろ!!」 (ホントに誰かこの状況からオレを解放してくれ……!!) もはやどこをどう走ったのか解らなくなっていたが、それでも無我夢中で走り続けた。 帰り道が不安だったが今はそんなことを考えてもいられない。 ちらりと後ろを見る。グゥはまだしっかりとついてきているようだ。あんな状態のグゥを撒いてしまうわけにもいかないので あまり離しすぎないようにチラチラと後ろを振り返りながら走る。 「…アレ、グゥ?」 しかし何度目かに後ろを振り向いたとき、そこにグゥの姿は無かった。 どこも曲がってはいないし、ペースを上げもしていない。 たとえ先ほど振り返って確認したときと同じ位置で止まっていたとしても、見失うはずがない。 ハレは立ち止まり、きょろきょろとあたりを見渡す。 よく見ると、そこは周囲に木々が生えておらずほんの少しだけ開けた草原になっていた。 とはいえ、周囲はうっそうと樹木が生い茂るジャングル。その中から一人の少女を探すことは困難に思えた。 隠れる場所は山ほどある。でもオレが隠れるメリットはあるとして、何でグゥが─── 「捕まえたぞ…」 「ヒィィィイ!!!??」 瞬間、ゾクリと、背後から冷たい声が突き刺さった。 その声と共に、首筋にひんやりとした手が触れる。 いつの間に移動したのか、グゥはハレの背中にぴったりと張り付き「もう逃がさない」と言わんばかりに、 その肩にかけた手にぐぐ、と力を込めて来る。 …忘れていた。グゥほど「神出鬼没」という言葉が似合うヤツもいないのだ。 さっきまでの追いかけっこも、グゥにとっては手ごろなポイントに誘い込むための作戦だったのか。 「ハレ…今、助けてやるからな…!」 「チョ…ト、マッ…!!」 グゥはハレの肩にかけた手をぐいと引っ張ると、そのまま仰向けに押し倒しハレに馬乗りの状態でのしかかった。 ハレの眼前に、あられもない姿のまま大きく股を広げた少女の姿が映る。 たらたらと冷たい汗が額から流れる。心臓はバクバクと大きく脈打ち、全身が沸騰したように熱を発していた。 とても正視できる姿ではない。ハレは顔を手で覆い、なんとかその姿を目に入れぬように必死で身を固める。 「やはり、効いているようだな…。さぁ、さっさと観念してハレを返してもらおうか……」 (わー!わーー!!ちょっと待ってぇー!!) そんなハレの心の叫びも届くはずも無く。グゥはハレを抱きしめるように、ぴったりとその裸体を密着させる。 「ハレ…聞こえるか、グゥの心の音。もっと、もっとハレにグゥの気持ち、伝えてやるからな」 グゥはそう言うと、何やらごそごそと身体を動かしはじめる。 何事か、と指の間からその様子を恐る恐る覗くと、ハレはいよいよその身体を凍りつかせた。 グゥはその身に着けていた最後の着衣を脱ぎ去ろうとしていたのだ。 「マテ、グゥ!モウイイカラ、ヤメテクレ!!」 「ふん…いまさら命乞いか…?」 何を言っても無駄なのか。グゥはその最後の一枚も脱ぎ捨てると、益々密着するように強く身体を絡ませて来る。 どうしよう、どうすればいいんだろう。何でこんな事になってしまったんだろう… なんで…こんなことに…? (そうだよ、なんでグゥはオレのためにこんなことまで…) あまりに突然のことに、頭が混乱してそんなことも考えられずにいた。 今、グゥは自分の素直な気持ちを曝け出してくれている。 オレのために、こんなにも一生懸命に、こんなにもまっすぐにその想いを伝えようとしているんだ。 (…そんなに、オレのことを想ってくれていたなんて…) 「グゥ……」 自分の顔を覆っていた手を、開く。 グゥはいまだギュウと身体を抱きしめ、ハレ、ハレと小さく呟いていた。 「ハレ…お願いだ、帰ってきてくれ……ハレのいない世界なんて…そんなもの…!!」 「グゥ…!!」 トクン、と、心が高く跳ねる。鼓動が1つ高鳴るたびに、ハレの心に生まれた新しい感情が大きくなっていく。 まるでその鼓動に合わせるように、ハレは自分でも気づかぬうちにその身を持ち上げグゥを強く抱きしめ返していた。 「ハレ……?」 「…グゥッッ!!オレ…オレ……!!」 その気持ちが、恋だとか、愛だとかは解らない。ただ、グゥの気持ちに応えたかった。 ハレは腕の力を緩め、グゥの頬にそっと手を添えるとその眼を真摯に見つめる。 「ハレ…ハレなの、か…?」 グゥはその手に自らの手を重ね、震える声でそう呟いた。 ハレをまっすぐ見つめ返す瞳からはぽろぽろと大粒の涙が零れる。 「そうだよ、オレだよ、グゥ…」 「もう一度……呼んで…」 「…グゥ…グゥ…あれ、も、戻ってる……?」 いつの間にか、声が戻っていた。保険医の言ったとおり、本当に丸1日くらいで満田のガスが切れたってことか。 やっぱり、キャメルクラッチはやめにしよう。せめてカーフブランディングくらいにしといてやろう。 「ハレッ…!ハレの声だ…いつものハレの声…」 グゥは本当に嬉しそうに、また強く、強く抱きしめて来る。 その身体はどこを触っても生肌で、少し興奮の熱の冷めた今ではひたすら目と手のやり場に困る。 結局、グゥが泣き止みその腕の力を緩めるまで、ハレは両手を地面に着きその腕で上半身を支えた姿勢のまま、 グゥの抱擁にただその身を委ねるのだった。 ****[[1>070127]]>[[2>070127_2]]>3>[[4>070127_4]]

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