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傀儡のアセリア ◆KZj7PmTWPo



「…………」 

 塩分を含んだ息吹が鼻を強く刺激させ、耳朶を打つのは静かな小波の音色。
 広大で見果てぬ大海が、少女の視界を埋め尽くしていた。
 空と海面を区切る水平線は、夜の闇に覆われて判別も付かない。
 何処までも深い黒色の水面に浮ぶ月光が、幽鬼のように朧げと揺れる。
 その様を、堤防に立つ少女はぼんやりと眺めていた。
 自然が奏でる光景をジッと見据える姿は、傍から窺えば無関心と思えるほどに表情の揺らぎが見当たらない。
 喜怒哀楽を欠いた様な能面さと淡紫色の長い頭髪が、返って月夜の中では幻想的な程に際立たせていた。

 揺らめきのない純粋な瞳は、一体何を想うのか。
 彼女は先に述べた“人間”の言葉を脳裏で反芻させる。
 ――殺し合いをしてもらうためよ。
 そう、言っていた。
 『殺し合い』。呼んで字の如く、集められた有機生物で命を奪い合えという意味であろう。
 その要求に歯向かった者は、衆目の前で無残にも殺害された。見せしめなのだろか、それも当然の結末だとは思う。
 不可侵である筈の命令に逆らったのだ。処罰の方法はともかく、仕置きをされるのは至って普通のことである。
 ――どうして歯向かったのだろうか?
 罰せられた少年に、彼女はそう感じずには入られなかった。

 彼女の名前はアセリア・ブルースピリット。
 固体名はアセリアで、ブルースピリットは種族を分別するための記号でしかない。
 ――水の妖精のアセリア。未来永劫、永久不変の存在意義は他者の命を奪うこと。即ち、戦場に立つ。その一点のみに尽きた。
 他に意義はあるのだろうか。……考えたこともない。
 等価交換を原則とした有限世界――ファンタズマゴリアに生まれ出た瞬間より、彼女は戦人として何の疑問も寄せずに生きてきた。
 世界はマナという生命エネルギーで成り立っており、そこではマナの結晶体である妖精など一介の道具に過ぎないのだ。
 人権が適用されるはずもないのだから、妖精の存在が軽視されているのも事実である。
 しかし、単なる使い捨ての消耗品として扱われようが、彼女は一切の悶着も起こしたことはない。それが宿命であると同時に、生きる源でもあるからだ。
 世界が彼女の生誕という理由で代償を支払ったのならば、負債のある自分がそれを返済する義務が生じる。
 対価として、彼女は生殺与奪の権利全てを他者へと委ねた。自尊心と言い換えてもいい。
 そして、彼女は戦い続けた。無表情に、無感情に、それこそ率先して前線を駆け抜けた。
 幾多も傷付き、それ以上に傷付けた。幾星霜も戦って戦って、数え切れぬほどに敵と見定められた者を斬り捨てたのだ。
 そこに、一片の憐憫や躊躇もない。後悔に苛まれたことすらまったくない。
 敵が助けを請おうが喚こうが、容赦なくマナの散りへと変えた。 
 アセリアにとっての戦いとは、しいて言えば生きる活力。人間で例えると、呼吸運動と言ってしまえる程に身近なものなのだ。
 自己を表現できない彼女には、誰しもが持ちうる尊厳と欲望が遥かに欠如している。
 ある意味、思考放棄した真っ白な状態で課せられた唯一のことが、戦場に立つことなのだ。
 他に望むものはない。言ってしまえば、それしか生き方を知らない。ならば、それを止める道理はない。

 だが、そんな命の表現方法を、嘗て叱って諭した少年がいた。――高嶺悠人だ。
 悠人はファンタズマゴリアでは異端である、異世界からの来訪者であった。エトランジェという。
 紛争のない世界で暮らしてきた彼と、戦乱を駆け抜けたアセリアでは物の価値観が違う。反発は目に見えていた。
 彼は言った。自由に生きろと。戦いに意味を持てと。
 熱意が篭もった悠人の言葉に、アセリアは何を感じたかと思えば――何も感じなかった。意味が分からない。
 彼女が知る方法以外の選択肢を示されても判断に困るし、真意を理解するのにも相当苦しんだ。結局は解らず仕舞いで徒労に終わったのだが。
 満足しているわけではないが、アセリアは今の生き方を変えようと努力するつもりはない。差し当たって、立場に不満も不平もない。 
 現状維持。一番容易く、最も楽な身の流し方だ。
 ――戦えればいい。戦わせてくれたら、他に何も要らない。
 戦闘狂という訳では決してないが、戦いは自身の存在を証明する尊き行為だ。それ自体に意味を求めることは、果たして必要だといえるのか。
 少なくとも、アセリアは必要ないと答える。 
 自分の全てを代価として投げ打って、敵を撃つため剣を振るのだ。それだけで充分であろう。
 行為を否定されれば、彼女とて困ってしまう。
 難しいことは考えない。悩むだけなら考えたくはない。
 ひたすら戦う。それでいいじゃないか。
 正直な話、自分を惑わせる発言を横から挟まないで欲しい。
 嘘や虚栄のない偽わざる感情を押し通してこそ、本来の自分らしさというものだ。 
 無垢な子どものようで、それでいて融通が利かないところが非情に顕著であった。
 故に、彼女の存在意義は依然として変わらない。立ち塞がる者がいるとするならば―― 

「敵……それなら倒すだけ」

 誰ともなしに呟いて、アセリアは大海に背を向ける。
 ここは戦場。彼女が望むべくして望んだ戦乱の大地。――やることは変わらない。
 一方で此度の戦、不満を上げるとすれば永遠神剣が手元に無いことだ。
 生まれて此の方、常に傍にあった帯剣が失われることは存外に不安へと駆り立てられる。
 神剣がない――つまりはマナの光源体であるハイロゥが展開できないということだ。大幅な戦力減退である。
 戦闘を行うスピリットの大半は、能力を増幅する神剣に依存する余り、剣を手放すと半ば無力化してしまう。
 それでも、一般人との基礎体力は比べくもないほどに充分脅威的なのだが、弱体化は否めない。
 だが、アセリアには今まで培ってきた類稀な剣術の技能がある。加えて、生涯を戦に捧げた豊富な経験も備わっているのだ。
 後は武器さえあれば、神剣無しとはいえ計り知れない戦力を持ち得るのではないか。
 彼女は左手に持った長い筒を天に翳した。

「……ん」

 ――在ったのだ。アセリアにおあつらえ向きの武器が。 
 翳した長筒を腰に留め、右手は柄に添え、左手の親指で鯉口を切る。
 カチャリ――という乾いた音が小さく響いた瞬間、彼女の右腕がぶれた。同時に、洗練された風切り音が発せられる。

「…………」

 抜刀体勢で暫し静止。鯉口に鍔元の刀身を合わせて滑らせ、優美な動作で切っ先を納刀。
 これが彼女に支給された戦闘手段、日本刀――地獄蝶々だ。
 アセリアにとっては馴染みのない武器だが、夜の妖精が持つ永遠神剣と、確か同じ形状だったはず。
 見よう見真似で振るってみたが、身軽な彼女にとっては意外と悪くない。
 悪くはないが、やはり筋力諸々が著しく低下していた。
 精々成人男性の水準を大きく上回る程度でしかなく、刀とて何度も振るえるものではなさそうだ。
 彼女の本来の戦い方は、加速力を加えた大剣で敵を叩き潰すこと。その点を省みるならば、大剣よりも鋭く軽量な刀であったのは運が良い。
 現在の虚弱な状態で、不釣合いな重量過多の武装を配給されても困ること請け負いだ。振れないのだから無用の産物だろう。

 一時的に自身の相棒と定めるが、それでも永遠神剣を欲することを止めることは出来ない。
 不可思議なことに、この場所はスピリットの生命を供給するマナが酷く希薄だ。そのくせ、彼女の体内にはマナが溢れかえっていた。
 これは戦闘能力に変換されているわけではなく、単純に生命活動の維持という措置が成されている。
 つまり自立稼動する上では、ある程度月日を重ねても問題は無いということだ。
 充分なマナが備わった今、永遠神剣を手にすれば攻守共に遅れは無い。妖精に神剣とは、正に鬼に金棒なのだ。
 もしかしたらという願望を抱いて、永遠神剣を探してみることも忘れない。
 ある意味で依存した永遠神剣の存在だ。どんな手段を用いても手元に戻したかった。

 アセリアは小さく頷いて、歩みを進めた。 
 目的地は無い。ただ真っ直ぐと、朽ちるまで愚直に進むのみ。
 無論、特定の標的も持たない。全てが敵対者と成り得るのだ。
 他者は打倒すると決めた。ならば、語る言葉は既に無く、振り切るのは自尊と一太刀の剣のみ。
 殺し合えと言われたら、四の五の言わずに殺し合う。そこに、良心的な躊躇いは無い。
 人間には逆らわないスピリットが、逆らえるはずの無い人間へと牙を向く。
 ――二律背反。矛盾であることにも気付かずに、意味も価値も元よりない殺人を犯そうと彼女は躍進する。

 それは、盤上に居並ぶ操り人形の駒。吊るされた糸には目もくれず、この先起こる闘争に思いを馳せた。
 彼女は眼前に広がった漆黒の帳を冷然と見据える。陰鬱とした暗闇は、己を蔑ろにするアセリアの未来を示唆しているかのようだった。 


【H-5 船着場/1日目 深夜】

【アセリア@永遠のアセリア】
【装備:地獄蝶々@つよきす】
【所持品:支給品一式(他は不明)】
【状態:健康】
【思考・行動】
1:永遠神剣があれば、即座に確保
2:鷹野の言葉通り、殺し合いを行う。

【備考】
枯渇の心配が無いほどにマナを保有しています。よって、ハイペリアに訪れた時のようなマナ不足による体調不全を起こすことはありません。
悠人やエスペリアが参加者として存在していることを知りません。
彼女の精神は、悠人の考えに共感するほど育まれてはいません。


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アセリア 043:戦い、それが自由






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