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また、何時の日か◆guAWf4RW62


あの凄惨な殺し合いを終えてから、約一ヶ月程の時が流れた。
僕――宮小路瑞穂は梨花さんや羽入さんと共に、元の世界へと帰ってきた。
元の世界へ帰るや否や、僕は質問責めにあった。
それも当然の事だろう。

聖應女学院の卒業式が終わった直後、鏑木財閥の跡取りである僕と、厳島財閥の娘である貴子さんが同時に姿を消した。
その衝撃的な事件は新聞の一面を飾り、敵対財閥による工作か、若しくは身代金目当ての誘拐か等と、様々な憶測を呼んでいたらしい。
そこに只一人、僕だけが帰って来たのだ。
注目を集めない筈が無い。
僕は連日マスコミの取材や警察の質問責めに晒された。
しかし問い掛けられた処で、一体どうやって説明しろと云うのか。

『異世界の神に拉致されて、殺し合いを強要されていた』

……如何考えても、現実味の無さ過ぎる話だ。
正直に話しても信じて貰える筈が無いし、要らぬ誤解を招くだけだろう。
だからマスコミや警察に何を聞かれても、知らぬ存ぜぬで押し通した。
結局僕に関しては記憶障害という結論で片付けられ、今は貴子さんの捜索だけが続けられている状態だ。

但し一部の人間にだけは、僕が知り得る限りの事実を話した。
僕は未だ社会に出てすらいない、只の子供に過ぎない。
そんな僕が梨花さんの面倒を見ていくには、周囲の、特に父の協力が必要不可欠だったのだ。

最初に話した時は、父は信じてくれなかった。
異世界で行われた殺し合い――それは、余りにも空想染みた話。
そのような説明では、父を納得させる事など出来なかった。

それでもこの先、この世界で生きていく為には、父の理解を得る必要がある。
だから僕は諦めずに、何度も何度も同じ主張を行い続けた。
梨花さんも僕と一緒に、あの殺し合いについて説明してくれた。
恐らくは、そんな僕達の熱意が功を奏したのだろう。
最初はまるで取り合ってくれなかった父も、遂に僕達の話を信じてくれた。
父は僕の肩に手を乗せると、驚く程優しい声で云った――良く頑張ったな、と。

そうして父の理解を得た僕は、梨花さんや羽入さんと共に、鏑木の屋敷で暮らし始めた。
既に僕は受験を終えていた為、四月からは翔陽大学に通い始めている。
父の助力のお陰で、梨花さんも地元の小学校に通えるようになった。

だけど今――僕は、絶体絶命の窮地に晒されている。



    ◇     ◇     ◇     ◇



【2005年4月 某所】


大勢の人で賑う繁華街の中、三人の女性達が優雅に歩いてゆく。
琥珀色の長髪にシルクのコートという装いをした、気品溢れる美人、宮小路瑞穂。
紫が掛かった髪にカジュアルな服装で、快活な笑顔を湛えている女性、御門まりや。
二人に比べると随分幼い、しかし既に美人の片鱗を見せ始めている少女、古手梨花。

三者三様の華を持ち合わせた美女達が、横並びの状態で闊歩していた。
それは人目を引くのに、十分過ぎる程の光景。
道行く人々は誰もが一瞬歩みを忘れ、瑞穂達の姿に魅入ってしまっている。
やがて瑞穂達は目的の店に辿り着くと、自動ドアの先へと進んでいった。


「ねえまりや、物凄く疑問なんだけど――」

店の中に入った途端、ぼそりと瑞穂が呟いた。
瑞穂はぐるりと周囲一帯を眺め見た後、さも不満気な声で言葉を続けてゆく。

「どうして僕が女装してまで、こんな所に来なきゃいけないの?」

今瑞穂が居るのはランジェリーショップ――所謂、女性物の下着売り場。
当然の如く、店内には女性用の下着が陳列されているし、客も瑞穂を除く全員が女性だった。
そのような環境に晒され、瑞穂はこれ以上無い程に居心地の悪さを感じていた。
そんな瑞穂とは対照的に、楽しそうな笑みを浮かべたまりやが、心底可笑しげに言葉を漏らす。

「仕方無いじゃない。今日は梨花ちゃんの下着を買いに来たんだから。
 男の格好をしたまま店に入るよりは、目立たなくて良いと思うよ?」
「別に、僕だけ外で待ってれば良いんじゃ……」
「却下ね。此処まで来たんだから、とっとと諦めちゃいなさい!」

瑞穂が至極真っ当な不満を口にしたものの、まりやは全く取り合わない。
これは、昔から何度も繰り返されて来た光景。
常日頃よりまりやは、何かと理由を付けては瑞穂を女装させて、楽しんでいるのだ。
瑞穂も抵抗が無駄だと理解しているので、これ以上反論を続けようとはしない。
なるべく下着の類を目に入れないよう、視線を中空へと彷徨わせる。
暫くの間そうしていると、突然誰かが瑞穂の袖を引っ張った。

「梨花さん?」

瑞穂が振り向くと、そこには梨花の姿があった。
梨花は両腕を使って、とある物体を大きく広げている。

「にぱ~☆ 瑞穂、ボクにこの下着は似合うと思いますか?
 ボクが着てるトコ、想像してみて下さいなのです」
「え……?」

梨花が広げている物は、成人女性用に販売されている派手な下着だった。
黒一色で統一されたT字型の下着は、思わず息を呑む程に艶かしい。
考える必要など皆無。
明らかに、年端も行かぬ少女が着るべき代物では無い。

しかし、ほんの一瞬。
ほんの一瞬だけ瑞穂は、想像力を過敏に働かせてしまった。
途端に瑞穂の心臓がドクンと脈打ち、頬は瞬く間に紅潮してゆく。
その様子を目聡く見て取ったまりやが、弾んだ声で瑞穂へと問い掛ける。

「あれ? 瑞穂ちゃん、顔が赤いよ?」
「な……っ、赤くなってなんか…………!」

瑞穂は必死に反論しようとするが、そんな抵抗も虚しく。
追い討ちを掛けるようなタイミングで、花が咲いたような笑顔で、梨花が言い放った。

「ボクに近付くななのです、このロリコン」
「…………」

梨花の言葉を聞くや否や、瑞穂は力無く崩れ落ちて、両手両膝を地面に付いた。
心無しか周囲が暗くなり、瑞穂の身体にだけスポットライトが浴びせられているようにも見える。

「あ、落ち込んだ」
「みー。かわいそかわいそなのです」

倒れ伏す瑞穂の頭を撫でる梨花だったが、その表情は愉悦に満ちている。
そうやって一頻り瑞穂をからかった事で、満足したのか。
梨花とまりやは今度こそ真面目に下着を探すべく、店の奥へと消えて行った。
そして二人と入れ替わる形で、巫女服姿の少女が瑞穂へと歩み寄った。

「あぅあぅ……瑞穂、大丈夫なのですか?」
「――羽入さん」

瑞穂は羽入の姿を視認すると、静かに起き上がった。
そう――確かに瑞穂は、羽入の姿を肉眼で『視認』している。
羽入が実体化している訳では無い。
未だに梨花と瑞穂以外の人間には、羽入を目視する事は叶わない。

何故瑞穂が、羽入の姿を見れるようになったのか。
その理由は瑞穂本人にも分からないが、羽入と一緒にこの世界へ転送された事で、何か超常的な力の影響を受けたのかも知れない。

「梨花が何時も迷惑掛けて、ごめんなさいです。でも……今の梨花、凄く楽しそうなのです」

羽入の眺め見る先では、梨花がまりやと共に買い物に勤しんでいた。
梨花の顔には、年相応の笑顔が浮かんでいる。

「そうだね。梨花さんはあの島で、雛見沢の仲間達を失ってしまった……。
 そんな梨花さんがまた笑えるようになって、本当に良かったと思う」

これは、瑞穂達がやっと手に入れた幸せのカタチ。
あの島で次々に仲間を失って、それでも諦めずに抗い続けた結果、何とか勝ち取った日常だ。
しかし瑞穂とて真っ当な青少年であり、女性物の下着屋に入り浸る様な趣味は持ち合わせていない。

「……流石に、この状況は勘弁して欲しいけれど」

瑞穂がそう言葉を続けると、羽入は苦笑いするしかなかった。


やがて梨花達の買い物も終わり、一行はランジェリーショップを後にした。
何時の間にか太陽は西へと沈み、夜闇に包まれた街並は普段と別の顔を見せ始める。
光り輝く人工の星々。
街の至る所で色鮮やかなイルミネーションが煌き、ある種幻想的とも云える光景を醸し出している。

そんな中、瑞穂達は百貨店の屋上で肩を並べながら、眼下に広がる街並を眺めていた。
感極まったと云う風な表情で、梨花が小さな呟きを洩らす。

「本当に……綺麗ね。私が居た時代では、とても考えられなかったくらいに……」
「そっか、梨花ちゃんはこんな景色を見るのは初めてなのね。二十年以上も前の時代から来たんだから」

答える声は、まりやが発したものだ。
瑞穂の父と同様、まりやも全ての事情について説明を受けている。
当然、梨花が過去の時代の人間であるという事実も知っている。

「梨花ちゃんの知り合い――園崎魅音さんと北条沙都子さんが無事か如何かは、やっぱり分からないの?」
「ええ。時深から聞いたのは、私が元の時代の雛見沢に戻りさえしなければ、鷹野による大虐殺が行われないという事だけ。
 魅音達がどうなったかまでは分からない」

殺人遊戯の終了後――転送が行われる前。
梨花は自分が転送される世界の雛見沢について、時深に問い詰めた。
十分な情報が無い状態では、雛見沢に戻るべきかどうか判断出来なかったのだ。
質問に応じ、時深が行った説明を纏めると以下のようになる。

①殺し合いに参加させられた雛見沢の人間達は、生存者である梨花を除いて、全ての平行世界から消滅する(存在したという事実自体は残っている)。
②死亡者達が消滅する時期は、ウィツァルネミテアの干渉を受けた時期と一致する。
③時深は大幅に力を消耗している為、梨花が転送される時期の細かい調整は行えない。
 梨花の選び得る道は、鷹野が消滅する前の雛見沢に戻るか、瑞穂と同じ時代に行くかの二つのみ。
④但し雛見沢へと戻った場合、鷹野の『終末作戦』により村人全員殺されてしまう可能性が極めて高い。
 梨花が戻らなかった場合、虐殺は行われない(梨花は『終末作戦』の決行前に失踪した、という扱いになる)。


これらの説明を聞いた梨花は、瑞穂と同じ時代に行く事を選んだ。
僅かな希望に懸けて、雛見沢で鷹野と決戦を行うという道もあったが、敗北した時のリスクが大き過ぎる。
もし自分が敗れてしまえば、死ななくて良い筈の人間達まで犠牲にしてしまう事となるのだ。
そんな道、選べる筈が無かった。


「結局、私は瑞穂と共に生きていく道を選んだ。でも、圭一達が消滅するという事実は変わらない。
 残された魅音と沙都子が、雛見沢症候群を発症しない保障なんて無いわ」

語る梨花の瞳には、暗い影が差している。
圭一達の消滅は、魅音と沙都子に大きな精神的ショックを与える筈だった。
雛見沢症候群を発症してしまったとしても、何ら可笑しくない程の。

「けど生きている可能性があるだけ、未だマシよ。圭一達も……潤や風子も、もう絶対に戻って来ないんだから」

梨花がそう言葉を続けると、一同の間に重い沈黙が流れた。
余りにも多くの命が失わてしまった。
あの島では、余りにも多くの血が流され過ぎたのだ。
主催陣営側の人員も含めれば、死亡者の総数は百名を優に超えるだろう。

「……貴子の奴、本当に死んじゃったのね」

呟くまりやの声は、確かな悲しみの籠められたものだった。
まりやと貴子は喧嘩友達と表現すべき間柄だったが、本心では互いの事を認めていた。
そんな相手を唐突に失って、悲しくない筈が無いのだ。

「僕は貴子さんを守れなかった……それは覆しようの無い事実だよ。でも――」

瑞穂はそう答えると、自身の右手首へと視線を移した。
手首には、貴子の形見であるリボンが今も巻かれている。
瑞穂は噛み締めるように、一言一言ゆっくりと言葉を紡いでゆく。

「だからこそ、僕はしっかりと前を向いて、貴子さんの分も生き続けようと思う。
 それだけじゃない……アセリアさんの分も、死んだ皆の分も、僕は頑張らなきゃ駄目なんだ」

己が決意を語る瑞穂の顔は、決して悲観の色に染まってはいない。
その声には、深い後悔と苦渋を乗り越えた者にしか出せない重みがある。
鋼の意思が籠められた宣言に、まりやは何処までも優しい表情で頷いた。

「そうね。きっと貴子も、瑞穂ちゃんには生き続けて欲しいって願ってるわ」

まりやの発した言葉は、静かに夜闇へと吸い込まれていった。
一同は遠い眼差しで、天に大きく広がる星空を見上げる。
もう二度と会えなくなった、愛しい者達の事を想って。



    ◇     ◇     ◇     ◇




【2005年5月 雛見沢】

カナカナカナ、とひぐらしの鳴く声がする。
肺を満たすのは、都会のソレとは比べるべくも無い美味な空気。
視線を左右へと動かすと、辺り一面に生い茂った緑色の木々が見て取れる。
梨花はゴールデンウィークの長期休暇を利用して、瑞穂や羽入と共に雛見沢を訪れていた。

「……二ヶ月ぶりなのです、梨花」
「私や羽入にとっては、ね。この村の時間はもう、二十年以上経っているわ」

梨花の言葉は至極真実だろう。
今梨花達が訪れているのは昭和五十八年の雛見沢では無く、二十年以上経過した時代の雛見沢だ。
田舎だけあって、今も村の大部分は緑に覆われているが、所々にコンクリートで舗装された道も見受けられる。
道行く人々の格好も、近代的なものへと変化しつつあった。
羽入はそんな光景を感慨深げに眺めていたが、やがてクスクスと笑い始めた。

「それにしても今の梨花の格好、すっごく可笑しいのです」

羽入が視線を送る先には、不機嫌そうに頬を膨らませる梨花の姿。
梨花は正体を隠すべく、ポニーテールに伊達眼鏡という格好をしていた。

「余りその事に触れないで頂戴。私だって、本当はこんな格好したくないんだから。
 当分の間、甘い物を食べるの止めるわよ?」
「あ……あぅあぅあぅあぅあぅ……!」

普段と異なる格好をしているのには、大きな理由がある。
梨花は魅音と沙都子を探す為に、遠路はるばる雛見沢を訪れた。
二十年以上前に失踪した人間が、当時と同じ姿で現われる――それは雛見沢住人にとって、明らかに異常事態。
梨花の正体が発覚してしまえば、確実に警察沙汰となるだろう。
しかし梨花は、自身の身に何が起きたか説明する方法など、全く持ち合わせていない。
異世界に拉致されていたなどという説明が、警察相手に通用する筈も無いのだ。
故に捜索活動を行うには、変装する必要があった。

「それじゃ、どうやって探そうか?」
「まずは、私と沙都子が住んでいた家に行ってみたいわ。もしかしたら、未だ沙都子が住んでいるかも知れないしね」

瑞穂の質問に答えを返すと、梨花は皆を先導する形で歩き始めた。
二十年以上の時間が経過してしまったとは云え、嘗て自分が住んでいた村だ。
道に迷う心配は無い。

「……魅音さんと沙都子さん、無事だと良いね」

気遣うような瑞穂の声に、梨花は無言のまま頷いた。
魅音と沙都子が無事であるか如何か、梨花達は未だ知らない。
鏑木財閥の情報網を使えば調べる事は容易だったが、梨花は敢えてその選択肢を拒否した。
大切な仲間達の安否は自分の目、自分の力で確かめたかったのだ。
程無くして一行は、目的の場所――嘗て梨花が暮らしていたプレハブ小屋へと辿り着いた。

「……此処はもう、空き家みたいね」

小さな声で梨花が呟く。
中に入って確かめるまでも無かった。
プレハブ小屋の壁面は酷く痛んでおり、周囲は雑草に覆い尽くされている。
生活の気配をまるで感じさせないその様子から、もう誰も住んでいない事は明らかだった。

ならばと、梨花は次にどうするべきか思案し始めた。
村の住人に質問するのが一番手っ取り早いが、正体を見破られてしまう危険性もある。
面倒事を避ける為にも、出来る限り捜索活動は秘密裏に進めたい所。
やはり此処は、自分達の足を使って探し回るべきだろう。

「そうね――次は魅音の屋敷に行くわよ」

梨花が次に目指そうとしたのは、園崎魅音の屋敷だった。
嘗て雛見沢で強大な権力を誇っていた園崎家の本拠地ならば、今でも空き家になったりはしていない筈。
きっと、何か有力な情報が得られるように思えた。

先程までと同じく梨花が先頭を進み、瑞穂と羽入が遅れて付いて行くという構図が続く。
年端もいかぬ少女が大の男を引き連れる様は、端から見れば少々奇妙なものだったかも知れない。
しかし幸いな事に、道行く人々に不審がられたりはしなかった。
そうやって進んでいくと、やがて梨花は視界にとある建物の姿を捉えた。

「あれは……私が通っていた学校……?」

木造製の大きな建物は、名を雛見沢分校と云う。
恐らくは、今も子供達の教育施設として運用されているのだろう。
休日である所為か生徒達の姿こそ無いものの、校舎は昔と然程変わらぬ姿を保っている。
梨花の脳裏に思い起こされるのは、部活メンバー達と過ごした記憶。


「皆と過ごした……宝物のような日々……」

皆と一緒に居るのが楽しかった。
皆と笑い合っている時間が好きだった。
一緒に部活動をした時間も、一緒に授業を受けた時間も、一緒に下校した時間も。
全部、掛け替えの無い大切な宝物。

「もう、戻ってこない日々……」

終わりは余りにも理不尽だった。
自分は只、仲間達と幸せに生きたかっただけなのに。
無限とも思える時の輪廻の中で、何度も何度も抗い続けたのに。
ウィツァルネミテアの介入により、宝物はあっさりと砕かれてしまった。

勿論、只失うだけでは無かった。
梨花があの島で得たものは、数え切れない程に多い。
新たな仲間達と巡り合い、新たな居場所、新たな幸せも手に入れた。
だけど――

「会いたい……」

ぼそりと、梨花の喉奥から声が漏れ出た。
それは今の今まで懸命に抑えて来た、感情の奔流だ。

「もう会えないなんて絶対に嫌……。もう一度、会いたい…………!」

一度漏れ出してしまえば、もう抑えようが無かった。
梨花の心の奥底には、百年分の想いが詰め込まれているのだから。
瞳から一筋の涙を流しながら、小さな唇を震わせる。

「魅音に……沙都子に……皆に会いたい…………っ!」

――会いたい。
ささやかな、だけど梨花にとっては大切な願い。
抑え切れぬ想いを口にする少女の姿は、触れば砕けてしまいそうな程に弱々しい。

「……梨花さん」

その様子を見かねた瑞穂が、梨花を励ますべく歩み寄ろうとする。
だがそこで、唐突に瑞穂の背後から声が投げ掛けられた。



「――アンタ、見ない顔だねえ。此処で何をしてるんだい?」
「……え?」



振り返った瑞穂は、確かに見た。
緑色の髪に着物という装いをした女性が、近くの路地に屹立してるのを。
高級生地で仕立てられた装束は、均整の取れた肢体を飾るに相応しい華となっている。
一見した限り、瑞穂よりも十歳以上は年上だろう。
女性は勝気な笑顔を浮かべたまま、じっと瑞穂の方を眺め見ている。
瑞穂が呆然と立ち尽くしていると、横から別の足音が聞こえてきた。

「外から来られた方みたいですわね。何かお困りでしたら、話を聞いて差し上げますわよ?」

現れたもう一人の人物は、輝く金髪を湛えた美しい女性だった。
先の女性程の色香は無いが、それを補って余り有る程の気品に満ちている。
瑞穂は面識など一切無かったが、即座に理解する事が出来た。
恐らく、眼前の女性達は――――


「……魅音? 沙都子?」


呟く声は、梨花のものだった。
二人の女性達は大きく目を見開いて、梨花へと視線を集中させた。
直ぐに二人の顔が、信じられないといった表情へと変わってゆく。
やがて全く同じタイミングで、女性達は恐る恐る問い掛けた。

「まさか……梨花、ちゃん…………?」
「う……そ……。貴女……梨花ですの?」

その質問に、さしたる意味は無いだろう。
絶対に見間違えたりなどしない。
梨花が行った変装も、二十年以上の月日による加齢も、何ら障害とは成り得ない。
彼女達が培って来た絆よりも強い物など、この世に存在しないのだから。

「魅音っっ!!! 沙都子おぉぉぉっ!!!」

梨花が駆ける。
ようやく巡り合えた、愛しい仲間達の下へ。

「梨花ちゃんっ!!!」
「梨花……っ!!!」

二人の女性――園崎魅音と北条沙都子が駆ける。
遥か昔に居なくなってしまった筈の、大切な仲間の下へ。
魅音と沙都子は各々の両腕を伸ばして、梨花の小さな身体を抱き締めた。

「ううっ……魅音……沙都子ぉ……!!」

梨花は感極まった声を上げて、魅音達の腕の中で泣きじゃくる。
瞳から止め処も無く零れ落ちる涙は、先程までとは違い暖かさに満ちている。
梨花も魅音達も、聞きたい事、話したい事は数え切れない程あるだろう。
だけど、暫くは。
暫くの間は、このまま再会の喜びを噛み締めたかった。





「あゆ、見ていますか? これが貴女の守ったモノです」

羽入は優しい眼差しと微笑みを輝かしていた。
直ぐ前方には、歓喜に満ち溢れた表情で抱き合う梨花達の姿がある。

「貴女が居なければ、私はきっと梨花を守り切れなかった。ですから、改めて云わせて下さい」

これは永き旅路の果てに、ようやく辿り着けた世界。
梨花は新たな居場所を手に入れて、魅音や沙都子との再会も果たした。
そして梨花の幸せは、そのまま羽入の幸せでもある。
失ったモノは余りにも多過ぎるけど、決して最善の結果とは云えないけれど、それでも今なら断言出来る。

「――ありがとう。貴女のお陰で、私と梨花は救われた」

百年の苦悩の終わり。
紡がれる言葉には、万感の想いが籠められていた。




「……アルルゥちゃん、茜さん、ことみさん。ようやく今、本当の意味で悪夢が終わったような気がします」

死んでいった者達へと想いを馳せているのは、羽入だけではない。
瑞穂もまた、今は亡き仲間達に向けて語り掛けていた。
その手には、アセリアの形見である永遠神剣第七位『存在』が握られている。

「どうか心配しないで下さい。僕達は笑顔で生きていくから」

瑞穂は静かに瞳を閉じると、慈しむように『存在』を抱き締めた。
ポケットには、あの島で皆と撮った写真。


「アセリアさん、皆さん――きっと、また何時の日か逢いましょう」







【ギャルゲ・ロワイアル ひぐらしのなく頃に祭  】
【ギャルゲ・ロワイアル 乙女はお姉さまに恋してる】


           Fin



217:回帰~倉成武が還る場所~ 投下順に読む 219:はかないゆめ。きれいなゆめ。やさしいゆめ
217:回帰~倉成武が還る場所~ 時系列順に読む 219:はかないゆめ。きれいなゆめ。やさしいゆめ
213:手を取り合って飛び立っていこう 宮小路瑞穂
213:手を取り合って飛び立っていこう 古手梨花
213:手を取り合って飛び立っていこう 羽入




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