牢獄の剣士(Ⅱ)――夢想歌――(前編) ◆0Ni2nXIjdw


「……………………」

私は公園へと訪れていた。
時間が掛かってしまった。もう時刻は黄昏の遅い頃、太陽が沈み始める時間だった。
傷が痛くて苦しいから、少し速度が落ちてしまったのだろう。

急ごう。
あのふさげた嘘を確認するためには、穴を掘らないといけない。
暗くなってしまったら難しい。……もっとも、探し物が見つかるはずがないのだが。

「んっ……これでいい」

公園の土を掘るために『存在』を取り出す。
それにしても、どこを掘ればいいのだろうか。まさか公園の土を全部、ひっくり返せとでもいうのだろうか。
時間がない。ともかく当たりを見つけて、行動に移さないと。
こうしている間にも佐祐理が寂しい思いをしてるかもしれない。だから、こんな戯言は一笑に付さなければ。

でも、おかしいな。
真に受けなくても、嘘だとわかっているなら確認する必要なんてないのに。
どうして。どうしてどうして、私はこんなに不安なんだろう。

「……あ……」

ふと、目を向けた地面が不自然なことに気づいた。
膨らんでいる。その部分だけが妙に周りの土よりも明るめなのが、暗くなってきた世界でも良くわかった。
人為的に何かを埋めたような後だな、と思ったとき……心が跳ね上がるぐらいに飛び上がった。

「有り得ない……」

否定しつつ、地面に『存在』を突き刺した。大剣は容易に、奥まで簡単に突き刺さった。
柔らかい。簡単に掘り返せる。数分もかからない。
それなのに手が震えた。心臓をそのまま鷲づかみにされたような、不快な感覚に取り憑かれた。

地面を掘る。穿つ。破砕する。
嫌な汗が止まらなくなった。まず出てきたのが、腕。それも細い……女の手。
死体が埋まっていた。眩暈がした。そんなはずがない、と口に出して否定さえした。
それでも……それでも、大地を削る腕だけは止まらない。
一度湧き出した恐怖が襲い掛かる。ここで止めろ、と冷静な自分が警鐘を鳴らしている、にもかかわらず。

「はっ……はっ……はっ……」

息が荒い。
吐く息が、吸う空気が苦しい。
やがて足が出てきた。服が出てきた。髪が出てきた。そして……埋葬された犠牲者の顔が出てきた。

「あっ……ああっ……」

それは……その顔は。

「あっ……はっ、はっ……はあっ……」

佐祐理…………じゃなかった。

知らない女だった。笑いながら、微笑みながら目を閉じている金髪のポニーテールの女だった。
乾いた笑い、妙な安堵感に私は尻餅をついてしまった。
真正面からすれば下着が丸見えになってしまっているだろうけど、そんなことは関係ない。完全に脱力してしまっていた。

「……やっぱり、戯言だった」

そう、あれは苦し紛れの嘘だった。
確かに埋葬された女はいた。だけど、佐祐理じゃない。
騙したのか、それともただの勘違いだったのか。それこそ、どうだっていい。

佐祐理は生きている。
こんな公園に埋まってなんていない。
だからもういいだろう。ここに来るまでの数時間、戦闘はなかった。体力も魔力も回復している。
体はジクジクと毒に犯されたかのように痛い。青い痣が侵食しているけど、気にしない。

「もう、行こう……」

立ち上がって、その場から去ろうとする。
だけど立ち止まった。後ろには微笑みながら生涯を終えた女の亡骸。
それが何故か、美凪の微笑みと重なる。偽善ですらないが、せめて埋葬しなおしてやったほうがいいかも知れない。

そうして掘り返した穴を見下ろして。
色に見覚えのある髪が埋まっていることに気づいた。

「え……」

振り返った先、横たわる少女のポニーテールは金色だった。
なら、この穴にまだ埋まっている『茶色の髪の毛』は誰のもの?
埋葬した人間の髪……じゃない。まだ埋まっている。何かが埋まっているのが分かる。

「だ、れ……?」

理性が凍った。本能が恐怖した。
天使と悪魔が揃って警告する。確認はした、あれは嘘だった。

だから即刻この場を離れろ、あれは見るな、勘違いだから問題ない、そこには何もない。
帰れ踵を返せ早く参加者を殺せそんなつまらないことに使う時間はない――――私は佐祐理を助けなければいけないんだから!
だから、だからだから見るな。地面を掘るな。

「うっ……あっ……」

そう警告しているのに、忠告しているのに、警鐘を鳴らしているのに。
どうしてどうしてどうしてどうしてこの手は止まらない?
嫌だ、見たくない、見れば壊れる、何もかも失う、そんなの嫌だ、そんなの耐えられない。

「あっ……あああああああっ……!!」

なのに。
見て、しまった。
その顔を見てしまった。

それは私が逢いたかった親友の顔。
彼女は私の全てにして無二の親友。
この手を汚してまで生きていてほしい、と。今まで目を抉り取られても体を炙られても揺るがなかった願いの象徴。

佐祐理の亡骸がそこにあった。
目を閉じて、眠るように葬られていた大切の人がそこにいた。
その刹那、その瞬間、その無明。



私は何もかも終わっていたことを知った。


「うぁぁあああああああああぁぁぁぁあああああああああっ!!!!!」


じゃあ、どういうことだ?
私が今までやってきたことは……全て無意味だった、というのか?

ことりや千影を見殺しにしてきたことも。
美凪を直接、この手で殺したことも。
五人もの人間を殺し尽くしてきたことも、全て無意味だったということか?

もう届かない。佐祐理を救うことなんてできない。
死んでしまった。もう蘇るはずがない。片目を失ってまで、この手を汚してまで頑張ってきたことが。

(何もかも……無駄な足掻きだった……?)

思わず、空気の乾いた笑みをこぼした。
なんて滑稽、なんて無様に踊る道化だったんだろう。

「は、はは…………はっ……」

もう、何もかもどうでもいい。
生きる希望はとっくの昔に無くしていた。もう、何もかも全部が終わった。水泡に帰したのだ。
佐祐理だけがいれば良かったのに。そんな最後の願いさえ、私には与えられなかった。

「っ……うあああっ――――――!!!」

終わりにしよう、全部。
持っていた『存在』を自分の腹に突き出す。
きっと痛みもある、苦しみもある。自分が人に与えてきた激痛の何分の一ぐらいだろうか。
だけど、その先には佐祐理がいる。それだけで十分……私は最期の最後の救いを求めて。


この手に力を込めた。



     ◇     ◇     ◇     ◇


「こちら鳳1。本部、聞こえるか?」

山頂、電波塔を北へ。
あの激戦地区から、できるだけ距離を置いたところに俺はいた。
本来なら廃坑北口、C-5から『ヤシロの神』とやらの力を利用して帰還する予定だった。

だが、アヴ・カムゥを一撃で葬り去ったアセリアのことを思い出す。
奴に狙われたら終わりだ。きっと消し炭にされてしまうだろう。白い灰か、黒い灰かの違いはあるだろうが。
そんなリスクは負えない。まずはその場を離れるのが先だった。

「本部……本部、応答しろ」
『こちら本部よ。桑古木、分かるかしら?』
「……優? 鷹野はどうした?」

憂鬱ながら、鷹野には報告しないといけない。
電波塔を放棄したことや、その他の伝えなければいけないことについて。
まさかこの忙しいときに、優雅に紅茶を楽しんでいるわけがあるまいし。

『今はいないわ。山狗の中でパソコンに詳しい人間を連れて、鈴凛の研究所に向かったみたいだけど』
「……? なんだ、あのノートパソコンに細工でもする気か?」
『さあ? とにかく今、管制室にいるのは私とヒエンと数人の山狗たちだけよ』

まあ、鷹野がどんな行動をしようが関係ないが。
確かに今は管制室にいてもやることがない。鷹野は俺たちの勝利報告を待っているに違いない。
ご期待に沿えることは、出来なかったけどな。

「じゃあ報告だ。結果から伝えると……俺は電波塔を放棄した」

通信機の向こう側から部下たちのざわめきが聞こえた。驚愕の色を含んでいるのが分かる。
さて、どう説明したものか。
これ以上、部下たちの士気を下げたくはないが、この話はそれを許してくれそうにない。
伝えること、聞きたいことが山ほどある。それを考えると欝になってしょうがない。

『…………詳しい報告と事の顛末を』
「じゃあまず電波塔についてだが……参加者の一人、アセリアが覚醒した」
『……覚醒?』
「ここについてはそう言うしか説明がつかん。俺には奴らの世界とやらの知識がないからな」

とにかく強くなった、それも圧倒的にだ。
あの力が振るわれれば、俺たち山狗部隊など十秒足らずで壊滅する。
これについてはオフレコだ。帰還した後、首脳陣を集めて報告するとしよう。

「俺は撤退。ハウエンクアは……生死不明。個人的には助からんと思う」
『……こちらヒエン。つまりそれは、アヴ・カムゥが敗れたということか?』

ああ、と生返事だけを返す。
そうか、ヒエンもいたんだったな。鈴凛の言葉で優の裏切りを警戒されているんだろう。
奴は監視役、というわけか。とにかくアレに関しては優よりも適任だろう。

「アセリアが覚醒した……こいつは予測だが、桜のほうも陥落したと見て間違いないな」
「こちら、優。……ええ、それについては把握してるわ。何よりも私たち異常者たちがね」

俺たちもキュレイのキャリアだ。
よって一応は俺たちも制限を受けていた身となる。それが解放されたことは体が教えてくれた。
だから確信していた。恐らく桜は枯れて……防衛に向かった月宮あゆは戦死したのだろう。
優の隣でヒエンが絶句しているのが気配で分かる。
電波塔と桜……どちらも奴らご自慢のアヴ・カムゥが配備されていた。それが敗れ去り、今や搭乗者はヒエンだけとなったのだから。

『ひ、雲雀1より鳳1へ。わ、我々はどうしたらいいのですか……?』

敗戦の報告に耐えられなくなった隊員の一人が、焦燥に駆られて質問してくる。
かつての雲雀1は前隊長の小此木直属の部下だったため、奴の死と同時に何人かと姿を消した。
今のこいつは二代目だが……早々に殺し合いに順応し、優勝者を巡る賭け事を始めていた。
個人的には気に入らない。そんな奴がようやく降って沸いた不安に声が震えているのが、少し痛快だった。

「……鳳1より、全員へ」

改めて補充された山狗たちも含めて全員の通信機へ。
鳳、鶯、雲雀、白鷺。
自分を含めて1~13の隊員たち。そいつら全員に向かって言い放つ。

「装備レベルをAまで引き上げる。発砲許可も出そう。俺が帰還するまでに並んでおけ」

レベルAは戦闘準備を意味する。
一人につき、一つの銃とナイフと通信機を携帯することを義務付ける。
それ以外にも各々が武器を持ち出すことを許可した。


「いいか、テメェら。俺たちは電波塔では敗れた。それは認めよう。
 だが、桜は枯れた。これで制限はなくなった。もう俺も全力が出せる。今度は負けないさ。

 まだ不安な奴がいるな? だったらお前ら、よく考えてみろ。
 敵は俺たちよりも年下の子供がほとんどで、全員が重傷軽傷を問わず負傷している。それも女がほとんどの比重占めてるんだ。
 それが9人。いや、川澄舞を除けば8人だ。
 俺たちは何人だ? そして地の利はどちらにある? 装備は負けてるか? 俺たちはプロじゃないのか?

 そうだ、負けない。そんなはずがない。
 恐れるな、怖がる必要はない。それが分かった奴からエルストボーデンに集合だ。
 そこで詳しい配置と指令を与える。ぼさぼさするな、とっとと集まれ」


通信機の向こう側が騒がしくなった。
士気を上げられた保証はない。何しろ真実を考えれば、鼓舞した本人は全力を出しても負けたのだから。
それに殺し合いに勝ち残った猛者たちだ。
ハウエンクアが敗れた以上、言うほど簡単にはいかない。いくはずがない。

「さて、それじゃあ、どうやってそちらに帰還するかだが―――――すまない、また連絡する」
「え、ちょっと、桑古木――――?」

通信を終えた。
いや、正確には終えざるを得なかった。
ここはD-3地点だろうか。話しながら随分と北上してしまったようだ。北には誰もいないはずだったのだが。

俺の眼前、その先に。
隻眼の少女、殺し合いにまだ乗っている最後の存在が、幽鬼のようにひどい顔で立っていた。



     ◇     ◇     ◇     ◇



桑古木と舞が接触する時間より、少し遡る。
公園で舞は自決を決意した。
舞が握った『存在』は舞の腹を突き破り、最後の殺人肯定者はそれで幕を閉じるはずだった。

だが。

「うっ……」

刃が舞の腹を突き破ることはなかった。
直前で止まったまま、ぶるぶると震えていた。ただそれだけだった。

「ううううううっ……!!」

死ぬのが怖いんじゃない。
だけど、このまま死ぬのが怖かった。無意味にこの生涯を終えるのが怖かった。
一度自決を決意したあのとき……どうして、自分はそこで死んでおかなかったんだろう、と思うと悔しかった。

そこで自殺しておけば、美凪や他に手をかけた人たちは死ななかったのに。
そう思うと今更ながら悲しかった。

死ねなかった。
このまま全てを諦めて死ぬなんて惨めで無様だった。
悔しくて悲しくて情けなくて、そのままの体勢で涙を流した。そうするしか知らないと嘆くように。

「今更……なん、で……」

何のために戦ったんだ?
何のために殺したんだ?
何のために傷ついたんだ?
そして何のために彼らは自分に殺されたのだ?

殺そうとする自分を助けようとした男がいた。
自分を捨て駒にしてまで仲間を逃がした少年がいた。
この地獄の中でも理想を貫こうとした青年がいた。
正しい選択を、その道を指し示して自分の道を変えようとした男もいた。

彼らは皆、正しいことを信じていた男だった。
決して馬鹿にしてはいけない、尊い人間たちだったはずなのだ。

(皆、殺したのに……)

仲間がいた。
この島で出来た友達がいた。
ことり、千影、美凪。
皆、死んでしまった。あまつさえ一人は自分で殺してしまった。

だけど、そのこと自体には後悔はない。
それは全て覚悟の上だった。佐祐理が生きるために死の礎を築くと決めたときから。
自分のやり方を貫く、そう言った。正しいやり方じゃなくて、自分のやり方を。
どんなに傷ついても、傷つけても。どんなに殺しても、裏切っても。

それで、佐祐理を救えるというのなら。

(なのに……)

報われない、とはどういうことだ?
もう救えない、なんてふざけてるとしか思えない。
止まれない、絶対に諦められない。そんな思いが舞を繋ぎ止めていた。

だって、そうなると嘘になる。
死んでいった命が無駄になる。何のために、皆は死んでしまったんだ。
何のために彼らは自分に殺されたのだろう。だから、絶対に……絶対に諦めるわけにはいかなかった。

時刻は間もなく夜。
電波塔の機能はまだ回復しない。いや、舞は知らないが電波塔は半壊してしまっている。
鷹野が今の舞を見たなら、すぐにでも優勝の褒美の話を持ちかけるだろう。
いや、あゆの時のように取引しようとするかも知れない。今の舞なら、たとえ一度騙されているとしても信じるしかない。
それしか、佐祐理を助ける方法がないのなら。

(だって……そうじゃないと……)

これだけ殺して。
これだけ友達の思いを裏切って、傷つけて、走り続けて。
報われない、なんてことは許されない。
彼らの死が、友人たちの死が無駄になるなんて決して許さない、認めない、諦めない。

だが、今は首輪の機能もない。よって鷹野は何も知らない。
牢獄の剣士は閉じ込められたまま、絶望を引きずって公園を後にする。

「………………」

ふらふらと、舞は彷徨っていた。
空虚な心が揺れる。凶器を力なく握りながら舞は歩く。
目には生気がない。何処をどう歩いたのかも分からない。もう舞には人が生き返る方法を模索するしかなかった。
そんな絶望的なほどの奇跡を求めるしかなかった。

そうして南下していったところで、ようやく気づく。
自分の視界、その向こう側。『存在』が同種の剣のことを告げる。彼の者の登場を伝える。

「……すまない、また連絡する」

彼もまた、舞の姿に気づいて通信を切る。
二十歳ぐらいだろうか。まだ逢ったことのない参加者だ、と思ったところで気づいた。
首輪がない。それが何を意味するかなんて、考えるまでもない。

「川澄舞、か」
「……誰」
「首を見れば分かるだろ? 主催者側の人間だよ、俺は。お前の標的じゃない」

主催者側の人間、その言葉。
僅かな願いを賭けて、舞は問いかける。奇跡の中にあるような奇跡、それを祈るように。

「聞いていい……? 人は、生き返ると思う?」

即座に、桑古木は首を振った。

「俺の個人的見解からすれば、否だ。俺だって何度も夢想したことがある。
 仲間が、今まで殺してきた奴らが生き返ってくれないかって。
 でも、無理だ。人如きには分不相応な望みだよ。ましてや……俺やお前みたいに、血に濡れたような奴にはな」

そう、と舞は肩を落とす。
そうして一瞬の静寂、桑古木が踵を返してその場から去ろうとした、その瞬間。


「なら、あなたは私の敵」


ニューナンブM60が、桑古木に向かって火を噴いた。



     ◇     ◇     ◇     ◇



「ちいっ……!?」

咄嗟に永遠神剣の力を防御結界に回せたのが幸いした。
受け止めている間に体を捻って弾丸を避ける。
舞に驚いた様子はない。一発でダメなら二発、三発……そこで弾が切れたのか、補充に入る。

「何のつもりだ……? 俺は参加者じゃない、優勝を狙うなら銃弾の無駄だ」
「違う……これは、憂さ晴らし。もしくは八つ当たり」
「はっ、ふざけろ。今更、正義感を振りかざすつもりか……? 他ならぬ、お前が?」
「違う。これは本当に、八つ当たり」

一度騙されたことについて、文句を言うつもりはない。それを盲目に信じた自分も自分だ。
ただ代償は払ってもらう。その上で実際に鷹野に逢って交渉する。
佐祐理を生き返らせろ、と。あの会場でのテレポート……鷹野はきっと、自分と同じ存在に違いない、と。

いや、自分よりも格上の力を持っている、そう信じることにした。
どうせ向こうの目的は殺し合いの遂行だ。なら、ここで男を殺して、鷹野に改めて警告する。
私は本気だ、と。
そちらが佐祐理を救ってくれないのなら、お前たちを皆殺しにしてやる、と。

破綻した話だ。
矛盾した願いだ。
だけど、向こうがこちらを話術で騙す可能性がある。
だから簡単に懐柔されてはいけない。こちらの悲壮な決意を知ってもらわなければならない。

「……っ!」
「――――ふ!」

銃声がふたつ、交差する。
舞のニューナンブM60とベレッタM92F、ふたつの銃器が互いを喰らい尽くそうとする。
舞は『存在』を盾にし、時には剣として銃弾を切り伏せながら相対する。

「フローズンアーマー!」

空気中の水分を凍結させ、氷の鎧を作り出して銃弾から身を護る。
魔力は数時間使わなかったから、ある程度は回復した。
氷の前に受け止められる弾丸を見て、桑古木は苦い顔で舌打ちをした。

(ちっ……面倒だな)

使い慣れたベレッタ、こんな感じに引き金を引いて殺し合いを制してきた。
殺してきた相手の顔が脳裏をよぎる。何度も夢で魘された、何度も呪いの言葉を囁かれた。
それら全てを振り切って桑古木は引き金を引く。
精度は比べるべくもなく、こちらが上。相手が永遠神剣を持っていなければ、すでに五度殺しているはずだ。

「所詮は素人……って言いたいとこだが、数日で身に着けたとは思えないな、その動き!」

銃弾が空になると同時、桑古木が予備マガジンに手を伸ばす。
その一瞬の隙が舞の唯一の反撃の機会だった。
魔力を身体能力の増強にあて、十歩の距離を刹那の時間、一歩だけで詰める。
振り上げた『存在』は桑古木を相手にしても視認不可能。

「なにぃ!?」
「はぁぁあああああっ!!!!」

声もまた交差する。
一人は驚愕。確実に取っていた絶妙な距離感は、でたらめな力でねじ伏せられた。
一人は咆哮。この一撃は避けられない。桑古木は避ける体勢に入っているが、間に合わない。

鮮血が散った。

右肩から腹を袈裟に斬られる桑古木。ぐは、と乾いた息しか吐けなかった。
確実に致命傷、確実に殺った。
それは舞の今までの経験から来る常識だった。今まで皆、こうすることで死んでいった。

「さよなら」

舞が『存在』を振るってトドメとばかりに振り下ろす。
それと同時に。

「いやいや、そいつは早いな」

桑古木の姿が視界から消えた。
今度こそ、舞が驚愕する。あの傷で動けるはずがない、と理性がそれを否定した。
桑古木は確かに致命傷のような傷を負いながら、『誓い』の身体強化で強引に体を動かしていた。

油断した舞の背後。
ボクシングなどの格闘技でも禁忌とされる一撃。
後遺症が残ると恐れられた急所に、桑古木の容赦のない鉄拳が迫っていた。

ゴドンッ!!

壮絶な音と衝撃。
舞は何も告げない、何も話せない。
ただ、どうして自分が倒れようとしているのか理解できないまま、ゆっくりとその場に倒れ伏した。
漠然とただ、舞はそれを知った。

(ああ……負けたんだ……)

それが本当に、舞の心が折れた瞬間だった。
結局、牢獄の剣士は牢に閉じ込められた卑しい罪人。鎖に繋がれた咎人だ。

たった、それだけのこと。


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