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命を懸けて(中編) ◆4JreXf579k


武を掴んだまま上半身だけを起こしてあゆが哂う。
今の戦いで煮え湯を飲まされ続けていた怨敵をついにその手中に収めたのだ。
このまま握りつぶすのも面白いが最後に辞世の句を聞いてやるのもいいだろう。
今までコケにされ続けた分、苦しませ責めぬいて殺してやってもいい。
慌てて処分を決める必要はない。 時間はたくさんある。

「このまま殺してあげてもいいけど、最期に何か言いたいことがあれば聞いてあげる」
「狂っているな、お前は」
「狂ってないと出来ないこともあるよ。 圭一君みたいに正義の味方をやって死ぬよりはこっちの方がいいもん」
「圭一は俺が殺したんだけどな」
「へ? ……くくく、あは、あははははははは! どうして!? あんなに仲良くやってたよね!?」
「憎かったからな、あいつが」
「へぇ? ってことは圭一君を殺したくせに倉成さんは正義の味方をやっているんだ」

あゆの目が暗く光った。
この人間は人殺しの罪を背負ったのに正義の味方のようなことをやっているという。
その身に罪の十字架を背負いながら希望を持ち続ける人物、かつてあゆが殺した人間にも一人そんな人物がいたことを思い出す。
月宮あゆは自分と同じ境遇にありながら希望を持つ国崎往人との落差に耐え切れず国崎を殺したのだ。
憎い、憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。
前原圭一はあゆの眼から見ても強く、正しい心を持った人間だった。
その圭一を殺した人間がこうやって圭一と同じことを抜かすことに吐き気を催しそうになる。
どうして自分はこんなに汚れてしまったのにお前はそんなに綺麗でいられるのか。
罪の意識は感じてないのか、感じているのだとしたら何故こんなことをしているのか。
ここにきてあゆは倉成武の処遇を最大級の苦痛を与えて殺すことに決定した。

「浮かばれないね、圭一君は。 自分を殺した人間が今こんなに偉そうにして正義の味方をやっているなんて。
 圭一君を馬鹿にしているんじゃないの? 罪人なら罪人らしくしていようよ? それとも圭一君は単なる馬鹿だったのかな?」

聞き捨てならない台詞を聞いた武の体が震える。
自身の罪は認める、無知なる故の過ちへの批判も受け入れよう。
だが命を賭してまで自らを救ってくれた存在への侮辱はどうやっても受け入れられない。
あゆも武の気迫にもうチェックメイトまで追い込んでる状態にも限らず気圧されてしまった。

「あいつらがそうしろと望んだからだ」
「何?」
「あいつが、つぐみが、そうしろと命を懸けて教えたからだ。 俺のことなんか殺せばいいのに、俺が元に戻る保証なんてないのに。
 あいつ等は変な薬に負けちまった俺なんかより強いのに俺のために命張ったんだ。 俺に元に戻って欲しいってただそれだけの理由でだ。
 だから俺は今お前を倒すためにここにいる! あいつらがそう望んだから俺は今こうしている! 
 でなきゃ俺は今頃悲劇の主人公気取って泣いてる! 馬鹿にしているだ? 圭一とつぐみを馬鹿にしているのはお前だ!」

あゆが気圧されたのは一瞬。 そう、本当に一瞬のことだ。
だからもう武の言葉は死に際の人間が放つ捨て台詞と同じ。
あゆの目には哀れな羊が一匹、何かが吠える姿だけだった。
ただ一つ、何故もう死ぬ間際なのにそんなに威勢のいいことがほざけるのかが不思議なだけ。
そして別にそのことをどうしてかと追求する気ももうあゆには無い。

「もういいよ、それなりに面白かったから」
「うぐっああああああぁぁぁぁ!!」
「終わりだね」

アヴ・カムゥの両腕に力をこめられて、武の顔が激しい苦痛にゆがむ。
少しずつ、獲物がじっくりと痛みを味わえるようにあゆは力を加える。
まだ逃げ出そうとする武の抵抗を更に大きな力で強引に押さえつけ、最後に力いっぱいに武を握り締めた。

「じゃあね」

そして、耳を聾する音が森中に響いた。


     ◇     ◇     ◇     ◇



森の斜面を駆け抜けてようやく開けた地形に出た二人を待っていたのは崩れかけた神社だった。
戦いの跡を匂わせる残骸を見て誰かがここにいるのかと警戒したが誰もいない。
最悪の結末である二体目の鉄の巨人もいなく無事に目的地までたどり着いたことを知った。

「よし、ついたぞ」
「……で、祭具……殿って……どこ……よ?」

智代が背中に背負っているきぬの声はもう力がない。
もうきぬの命は風前の灯に近い。
智代もそのことを知っており、きぬの最期の願いを叶えようと全速力でここまで走ってきたのだった。

「待っていろ、すぐに見つける」
「早く……しろよ」
「もう見つけた」

智代の目にはもう祭具殿が映っていた。
そもそも鍵のかかった建物などこの場に一つしかないから探すもへったくれもない。

「って早ぇなオイ!」
「なんだ、元気じゃないか?」
「いいから……降ろせよ。 後は……ボク一人でやる」

強引に智代の背中から降りたきぬは鍵を取り出し祭具殿の前まで自力で歩いていく。
この辺りだけ空から降ってくる桜の数も異様に多く、祭具殿の前に至っては積もるほどの花びらが落ちていた。
蟹沢きぬが最後に託された仕事、朝倉純一の遺志をついでやることは唯一つ。

「これ、餞別だ。 ボクにはもう必要ないからお前にやるよ」

そう言ってきぬはデイパックを智代に渡した。
中に入ってる武器が必要なのは死者ではなく生者、これからの戦いに役立つ武器を全て智代に託したのだ。
だが、智代は差し出されたデイパックを受け取る前に聞かなくてはならないことがあった。
その答えを聞くまできぬからは武器を貰う資格などないのだから。

「お前は私のことを恨んでないのか?」
「なんで……だよ?」
「私がホテルであんなことをしたからお前の仲間は次々と死んだ、そうは思わないか?」
「関係……ねぇよ」
「本当にそう思うのか?」
「ああ……関係……ないね」

関係ない、文字にしてみれば僅か4文字だがその言葉には様々な思いが込められていた。
きぬも全く恨んでない訳ではないだろう。
積もる思いも、押し殺しきれない恨みもある。
だが、それでもきぬは関係ないと智代の過去の過ちを許してくれたのだ。
死に逝く自分にはもう恨みもなにもない。
そんな物を抱えて死ぬよりは、仲間と触れ合った暖かい思い出を抱えていった方がいい。
智代は感謝すると同時に、無条件に許されたことが逆に鋭い痛みとなって胸を打つのを感じた。

「そうか、じゃあ貰っていく。 悪いがお前を最期まで看取る時間はないからな」
「誰に向かって……言ってるんだよ。 ボクの……名前は、蟹沢きぬ……だぞ」

その一言を聞くともに智代はここに来たときとは反対に正面の入り口に向かって駆け出していく。
智代の小さくなっていく背中を見つめ、消えていくのを見るときぬは祭具殿に向かっていった。
蟹沢きぬの最期の仕事、この先にある桜を目指して。
鍵は確かにカチリと嵌り、祭具殿は重い扉を開けてその封印されし中を晒した。

「もう少し……持ってくれよ……純一のためにも……」

日の光の全く当たらない場所のはずなのに、その奥は薄暗く輝いているように見える。
そして不気味な光景にも関わらず、きぬは祭具殿の中に足を踏み入れていった。
桃色に光るボタンを握り締めて。

【D-4 神社の祭具殿/二日目 夕方】

【蟹沢きぬ@つよきす-Mighty Heart-】
【装備:純一の第2ボタン、鍵】
【所持品:なし】
【状態:強い決意、左手指先に切り傷、数箇所ほど蜂に刺された形跡、悲しみ、右太股大動脈破裂、出血多量(処置不能)、肉体的疲労極大】
【思考・行動】
基本:殺し合いに乗ってる人間を止め全員での脱出 、ただし乗っている相手はぶっ潰す。
1:神社の奥に向かう。
2:純一の遺志を継ぐ
3:ゲームをぶっ潰す。
4:殺し合いに乗ってる人間を止め全員での脱出


【備考】
※純一の死を有る程度乗り越えました。
※足からの出血が酷く、数時間後に死に至ります。
※純一の第2ボタンは桃色の光を放っています



     ◇     ◇     ◇     ◇



アヴ・カムゥの手が握り締められ、武をつぶしたと思われたその瞬間、轟音が響きアヴ・カムゥの右腕に大きな衝撃が走る。
まるで大型のトラックと衝突したかのような大きな衝撃にあゆが驚き、手を緩めたその隙に武は両手の束縛から抜け出す。
逃げ出す武を捕まえようとあゆが立ち上がって追いかける。
しかし三歩も歩かないうちに今度は背中にまた大きな衝撃が走った。
それは武の『時詠』の一撃よりも至近距離でくらった散弾銃の一撃をも遥かに上回る威力。
アヴ・カムゥの装甲を打ち破るほどではないが、当たった装甲部分に弾丸が深く埋まっており尋常ならざる威力だ。
武とこの強力無比な砲撃の射手のどちらかを警戒するかは言うまでもない。
武を追う行為を中止して砲撃の行われたであろう方角を振り返った。
近くを探してもいない、ならば遠く。
あゆが探す範囲を近くからもっと遠くのほうへ切り替える。
そしてついにその忌々しい敵を見つけた。

そこにいるのはあゆのいる場所から遥か遠くに離れた場所、神社へと続く石段の一番上に立つ銀髪の少女。
全長2m、重さにして60kgにもなる超重量の武器、九十七式自動砲を構え仁王立ちしている。
艶のある銀髪を風にたなびかせ、黄を基調とした制服に身を包むその姿はまさに戦乙女と呼ぶにふさわしき勇敢さと美しさを併せ持つ。
その者は明らかにあゆを挑発していた。
隠密行動が原則の狙撃において自分の場所を知らせるのは愚の骨頂。
にも関わらず自分の場所を隠そうともせずにしているという行為は挑発であり高らかな宣戦布告でもあった。
曰く、お前の敵はここにもいるぞ、と。
戦乙女こと坂上智代は間一髪で武の危機に間に合ったのだ。

この戦いはいつから始まったか?
武が智代の時間稼ぎのためにあゆの前に現れた時か?
武とあゆが一通りの問答を終え、互いの剣を抜いたときか?
それらは全て否。 武の『時詠』も散弾銃もアヴ・カムゥの装甲を凹ませることこそできたものの、決定打にはならなかった。
そしてあゆは一撃でも当たれば武を必殺可能な戦力を持っている。
故に今までのは戦いとも呼べない、あゆの一方的な虐殺だった。
だが、智代の九十七式自動砲は連射しなくとも、一箇所に攻撃を集中させなくともアヴ・カムゥの装甲を打ち破ることが可能。
互いに相手を打ち破る条件が整った今こそ、この戦いの始まりの瞬間だった。

「遅いぞ智代!」
「悪いな! これでも急いできたつもりだ!」
「ちゃんとやってきたんだろうな!」
「ああ、あとは蟹沢がやってくれる!」

その言葉を聞いてあゆは顔が青ざめる。
智代と呼ばれた人物が神社へと続く石段の最上段にいること、武が神社へと行きたいと言っていたこと。
そして今の武と智代の会話を聞けば自ずと状況の把握も出来る。
つまり武は陽動で本命は智代と蟹沢という人物なのだ。
鷹野から与えられた指令、それは神社に侵入しようとする輩を残らず潰すこと。
それが失敗したときの処罰ももちろん言い渡されていた。

即ち死。 首輪の爆破によるものではない。 首輪は条件を呑む手っ取り早い報酬という形で外されている。
ディーが、契約の主が直々に殺しに来るのだ。
逃げるのは不可能。 抵抗など無理。 あのこの世ならざる存在にはなにをしても無駄。
アリと恐竜どころの違いではない、アリと核兵器くらいの強さの違いがあるのだ。
逃れられない死から逃れる方法はただ一つ。
この二人をいち早く殺して神社の祭具殿へ行き、蟹沢という人間も殺すこと。
あゆは祭具殿へ向かうべく智代のいる石段へと向かって走っていった。

「どいて!」
「退かせてみせるくらいのことは言ってくれないとな」

あゆの巨体を生かした突撃を智代も全く気にしていない。
それどころか砲撃体勢に入ってあゆを待ち構えんとしている。
あゆにはその行動原理が全く理解不能。
武といい、智代といい、どうしてこの巨体が恐くないのか分からない。

「受けろ!」

異能を持たない人間が扱いうる最強の武器の一つを構え、智代が九十七式自動砲を撃つ。
放たれた弾丸がアヴ・カムゥの胸部、あゆの搭乗している部分に向かっていった。
智代の狙いを読み取って右に回避する。
弾丸が一瞬前まであゆがいた空間を切り裂き、後方の木を深く抉り取る。
あゆはアヴ・カムゥに乗って以来初めて脅威となる武器に対して『回避』という動作を行ったのだ。

だが、まだ智代の攻撃は終わっていない。 あゆとの距離はまだある。
今度はギリギリまで引き付けて撃つ。 近づいて撃てばあれだけの巨躯、そうそう弾丸を避けれるものではない。
弾は豊富にあるとはいえ、無駄弾を撃つ趣味はないのだ。
一歩ごとにアスファルトで舗装されてないむき出しの土が陥没し、アヴ・カムゥが智代目掛けて突っ込む。
智代がカウントを取り始めた。

「まだ」 あゆが突っ込んでくる。 智代は照準を合わせ狙いをつけた。
「まだ」 両者は相対距離にしてもう30mもない。 対物狙撃銃としては異例の超至近距離での発射だ。
「まだ」 二人の視線が交錯する。 この時点で両者はお互いの意図を察知。 その上で自分の行動を優先する。
「今だ!」 智代の望んでいた距離にあゆが到達。 奇しくもそれはあゆが智代に攻撃できるギリギリの射程範囲内だった。

「どいてぇ!」 鉄の拳を唸らせ、あゆが右手を大きく振りかぶり攻撃!
「そこだぁ!」 己の安全以外の万全を期して智代が必殺の一撃を叩き込む!



爆発が起きたかのような轟音が二つ、周辺一帯に響き木々や木の葉が激しく揺れる。



あゆの一撃に神社へと続く石段が粉微塵に砕けた。
まさに必殺、アヴ・カムゥの一撃は石段のほぼ全てを破壊していた。
ほんの数秒前まで石段を形成していた大小の破片がパラパラと桜の花びらに混じって舞う。
破片がアヴ・カムゥにいくつも降りかかるがあゆは全く気にしていない。
あゆにはそんなことよりも胸に穿たれた深い穴の方が重要。
やはり九十七式の弾丸、いや、砲弾を何発も受けるとこのアヴ・カムゥの装甲でさえ危うい。
そしてあゆの拳は智代の体を捉えることはなかった。
それはつまり、このアヴ・カムゥに対抗しうる武器を持った人間は今だ健在である証拠に他ならない。

「見えた! そこ!」

あゆが再び突き出した拳の先には砕けた石段の破片と桜の花びらとともに空中を舞い、九十七式を構えた智代の姿。
超重量の九十七式を空中で撃つなど無謀にも程がある考え。
しかし翼なき存在である彼女が迫り来る鉄拳を前にして空中で対抗できる方法はただ一つしかない。
60kgの鉄塊の砲身を両腕で強引にあゆの方へと向け、細かい照準をつけることもなく発射。
巨大な鉄の拳と、大砲の一撃にも等しき弾丸が鎬を削りぶつかり合う。
結果は互角、正確に智代目掛けて突き出されたアヴ・カムゥの拳は九十七式に無理やり進路を変更させられる。

「ぐうっ!」

空中で九十七式を撃った智代は受身も取れず倒れる。
そして痛覚の無いアヴ・カムゥが腕に受けた九十七式の傷を気にするはずも無い。
この隙を見逃すまいと智代が体勢を立て直す前にアヴ・カムゥのもう一つある拳が風を唸らせて放たれる。
智代の回避は間に合わない。 着地時の衝撃の大きさと60kgという重さの九十七式、そして空中で無理矢理九十七式を撃った反動がここでネックとなる。
智代は逃れられない一撃を前にして死を覚悟した。
この先の未来にあるのはミンチのように潰された智代の姿しかないはずである。
この場にいるのがあゆと智代だけならば。

「俺のことを忘れるなよ?」

戦いを一時智代に任せ、弾薬の補充をした武が智代を抱えてあゆの拳から救い出す。
一瞬の後に智代がいた地面が大きな拳の形に陥没した。
絶体絶命の危機を助けられた智代がすぐに立ち上がりあゆと対峙する。
しかしあゆは二人には目もくれることなくそのまま石段があった坂を上り、祭具殿へと急ぐ。
あくまで与えられた指令は祭具殿に侵入しようとする敵の排除であり、無駄な戦いをする義務は無い。
だが、武があゆにとっては捨て置けぬ台詞を言う。

「お前、どうして生きてるんだ?」

その一言にドクンとあゆの心臓が大きく跳ね、祭具殿へ向かう足を止めた。
その言葉は剣による攻撃も銃による攻撃もまるで効かなかったあゆを今までで一番震え上がらせる。
アヴ・カムゥの装甲もあゆの肌を覆う衣服も関係なく、武の言葉はあゆの心臓を鷲掴みにしてしまった。
それの意味するところは何なのか考えるまでもない。 そう言われる心当たりがあゆにはある。
あゆは死んでもおかしくない経験と怪我、そしてその絶対の死の結末を覆す悪魔の契約をしてきたのだ。
あゆは喉の震えを隠せずに武に聞き返した。

「な、なんで……知って……」
「あゆから聞いた。 大空寺の方からな。 キュレイに感染している訳でもなさそうだし、仮にキュレイに感染してたとしても治るのが早い。
 答えろ、なんでお前はそこでピンピンしてる。 瀕死の重傷を負っているお前が何で生きているんだ?」
「う、うううぅ……うああっぁぁ」

誰にも知られてはならない秘密を知られている。
誰にも喋っていないはずの事態を知られている。
ディーは、契約の主は契約の内容を話したり知られたりすると死ぬと言っていた。
では『知られる』という条件の範囲はどこまでのものなのか。
ディーとの契約の全容を知られればもちろん死ぬだろう。
では今の武の言葉はどうなるか?
怪我が治ったことまでは知られていると見て間違いない。
だが、それ以上の情報をどれぐらい掴んでいるかが問題だ。
果たしてどの程度まで情報を握られているか、あるいは今の武の言葉だけで『知られる』という条件に一致するのか分からない。
ディーに怪我を治してもらって以来、遠のいていた死の感覚が再びリアルな感触とともにあゆの背中に張り付いてきた。

前門の虎、後門の狼。
祭具殿をそのままにしたら任務失敗で殺される。
ここで武たちを放っておいて祭具殿に行っている間に武たちに逃げられたら、いずれ武たちは自力でディーとの契約という答えにたどり着くかもしれない。
どちらも待っているのは完全無欠な死。
そんな結末は受け入れられない。
受け入れられないからこそ、あの時あゆはディーと契約を交わしたのだ。

「答えられないのか? 答えられないようなやましい事情でもあるのか? お前が清廉潔白なら答えてみせろ!」
「う、うるさい……うるさい、うるさいうるさーーーーい!」

なればやるべきことは唯一つ。
武と智代を全力で排除した後に祭具殿へ向かう。
今までの油断も慢心も捨ててただ全てを粉砕し、撃滅するしかない。
祭具殿の方へ向けていたアヴ・カムゥの体を武たちに向けて走り出す。
個々の役割分担に従って武がベネリM3を構え、智代は砲撃のために走ってその場から離れる。

「囮役は頼んだぞ」
「お前の武器だけが頼みの綱だからな、頼むのはこっちの方だ」
「分かってる。 それから蟹沢からの餞別だ、受け取れ」

そう言って智代はきぬから貰った武器をデイパックごと投げる。
武は受け取ったデイパックの中身を確認することも無く、アヴ・カムゥへベネリM3の散弾を惜しげもなく撒き散らす。
数度に渡る射撃をものともせずに、あゆの乗るアヴ・カムゥが土埃をあげながら向かってくる。
二人の距離が近くなり、武がそろそろ回避行動を視野に入れ始めたころ、急にあゆは体の角度を変えてあらぬ方向に走り出した。

「逃がすか!」
「待て、智代! お前は弾の補充をしてから来い!」

逸る智代を抑えて武があゆの追跡に移る。
森の方へ向かうあゆを追いかけて武が追撃、エアーウェイトを構えて撃つが足止めにもならない。
アヴ・カムゥの体に刻み込まれた銃の凹みは実に15を越え、命中率で言うならほぼ100%当たっている。
だが、それだけの戦果を以ってしてもアヴ・カムゥは行動に支障をきたさずに動いている。
あゆは気づいてないだろうが、武も智代もこの難攻不落の巨人に確かな脅威を感じていた。
あゆが走って走ってたどり着いたのは始めに持っていた剣が引っかかった巨木の前。

「これさえあれば……」

そう言うと大剣に手をかけて巨木から抜き取ろうと引っ張り始める。
フンと気合を入れて大木に片足をかけて、一気に引き抜こうとした。
その状態を見逃さず、武が散弾を放つ。
巨大な的となったアヴ・カムゥに対して散弾銃で猛攻をかける。
二度、三度と武が弾を交換してもあゆはまだ大剣に拘り引き抜く作業をやめない。
アヴ・カムゥの装甲は赤い色だが、きっと中に乗っているあゆも顔を赤くして踏ん張っているだろう。
間抜けな醜態を曝け出しているアヴ・カムゥにさらに武が散弾銃を連射する。

「あとは下がっていろ武。 私が仕留める」

そこについに智代が駆けつけて九十七式を取り出し、武も下がる。
射線を木に邪魔されないように位置取りを行い、座り込んで反動対策に丁度いい大きさの木を背にした。
気がつけばもう桜の花びらは島全体の色を変えてしまうほどに積もっている。
緑なす木々の色もピンクの占める割合が多くなってきているようだ。
これで天気がよかったら花見の一つでもしたのだろうが、生憎今はそんな感傷に浸っている場合ではない。
照準、問題なし。 ターゲット、未だ動かず。 右肩の痛み、噛み殺せば問題なし。 狙撃開始。

「貫けぇ!」

舞い散る花びらを蹴散らし、智代の九十七式が火を噴いた。
脇に命中したアヴ・カムゥの体が大きく崩れそうになるが、気力で踏ん張る。
智代の加勢も加わり、いよいよ自分の不利を悟ったあゆが焦る。

「早く、早く……抜けてよ!」

全力をもって大剣を引き抜こうとするが、今まで抜けなかったものが今回に限って抜ける道理は無い。
序盤に武を圧倒できたこの大剣があればまだマシに戦えるはずなのだが、武の策とも呼べないような間抜けな策に嵌った剣は一向に抜けない。
あゆの視界に移ったのは再度九十七式を構える智代の姿。
その先に見えるのはアヴ・カムゥの装甲を引きちぎられ、むき出しになったあゆの体へ銃弾が打ち込まれる姿。

(いやだ、ボク死にたくない。
 ボクは死にたくない。 ボクは、ボクは、ボクは!)

死にたくない。 
月宮あゆという存在を成り立たせる本能が悲鳴を上げる。
なにか現状を切り開く名案は無いのか、考えても考えても見つからない。
よって、あゆにできたのは今まで多くの命を奪い、自らの命を繋いできた武器に縋って祈るだけであった。
それが単なる武器ならこの祈りは何の意味も持たないはずである。
しかしその武器は異能を持つものに望む力を与える永遠神剣。


あゆの力が注ぎ込まれた永遠神剣があゆの体を伝ってアヴ・カムゥにも伝わる。


アヴ・カムゥの鉄の皮膚が暖かな光を発して、梃子でも動かせそうに無かった大剣をあっさりと引き抜く。
その瞬間を見た智代が驚きのあまり一瞬立ち上がるが、すぐに落ち着きを取り戻し、砲撃を開始する。
爆音とともに飛来するその弾も今まで通りならアヴ・カムゥの装甲にめりこむはずであった。

「ウインドウィスパー!」

あゆが智代に向かってアヴ・カムゥの大剣を真一文字に構えてそう唱えた。
瞬間、暴風があゆを守るかのようにアヴ・カムゥを中心にして巻き起こり、恐るべき速度で打ち出された弾丸に立ちふさがる。
それでも対戦車ライフルである九十七式の強力な弾丸を叩き落すことはできず、発射された弾は風の鎧を貫いていた。
しかしその神剣魔法はたしかに九十七式の弾丸の威力を削いでいる。
その証拠にアヴ・カムゥの装甲には小さな丸い凹みが生まれただけ。
武の持つベネリM3を受けたときと同じくらいの傷しか出来てない。

「やべぇ、永遠神剣だ」

驚愕する智代に解説するように武が呟く。
永遠神剣を持つ者との戦いの経験がある武がいち早くあゆに起こった変貌に気づく。
高嶺悠人やアセリアはキュレイウイルスのキャリアである武をも凌駕する身体能力と戦闘能力を有していた。
月宮あゆ単体が高嶺悠人やアセリアを凌ぐほどの戦闘能力を有しているとは思えない。
しかし、アヴ・カムゥという機体に乗ったあゆの戦闘力は攻撃力も防御力も倍増される。

「そうだよ。 こんなこともできるなんてボクも知らなかったけどね」

一番驚いたのは自分、そう言いたそうな口調であゆが右手に持った大剣で左手をトントンと叩いて遊ぶ。
しばしその余興に興じていたあゆが今度は武の持つ剣を指差した。

「それ、永遠神剣だよね? それも元々ボクに支給されていた剣。 返してもらうよ、ドロボウさん」
「悪いがこれはお前に支給されていたのとは別のやつだ」

武があゆに見せびらかすように『時詠』を掲げる。

「それでもいいや。 ボクが貰うことには変わりないから。 倉成さんが持っていたって仕方ないでしょ?」
「これは仲間に託された大切なモンだ。 欲しけりゃそのデカブツから降りて土下座でもしてくれ」

『求め』と同じ形状をした漆黒の『時詠』はこの島で最も強力な神剣。
アセリアはおろか高嶺悠人でさえ制御できずに暴走した。
ここであゆに与えればアヴ・カムゥに乗って神剣の命ずるままにマナを貪る危険な存在が誕生する恐れもある。
たとえどんな事情があれどあゆに渡すわけにはいかない。

「逃げるか?」
「いや、蟹沢がやってくれるまでもう少しやろう」

あゆに聞かれないように武と智代が小声でやりとりをする。
きぬがしている祭具殿での最期の仕事を終えたことを確認するまでは撤退は不可能。
見事制限が解かれたのなら、キュレイウイルスに制限がかかっている武が気づくことも可能だろうし、
降ってくる桜の花びらが止むくらいの分かりやすい変化があってもおかしくない。
最悪、きぬがその前に死んでいた場合は武か智代のどちらかがやらなければならない。
つまり武と智代にここから逃げる選択肢はないのだ。

「腕ずくで貰うからいいや。 じゃあいくよ」

そう言うと先ほどまでとは比べ物にならない速度でアヴ・カムゥが疾駆する。
アヴ・カムゥは永遠神剣の力を受けて身体能力が大幅に強化されていた。
十分な距離があったはずの武と智代に一瞬で接近、旋風のごとき速度をもって武に大剣を打ち付ける。
武も間一髪でその攻撃を見切り、後ろに下がる。 が、あゆの攻撃の驚くべき点はその速さだけでなかった。

炸裂し、爆発!

あゆの振り下ろした剣の先にはクレーターのような窪みができていた。
常識外れもいいところの威力だが、永遠神剣の恐ろしさを知っているだけに武は納得せざるを得ない。

「なめんな!」

ここで怖気づいて逃げ出すような人間なら武も今まで生きてはいない。
『時詠』を振りかざし、あゆの懐目掛けて突っ込もうとする。
しかし武が突っ込むよりも早く、返す刀で武を切り裂こうとあゆが横薙ぎに大剣を振るう。
以前は一撃と一撃の間に若干の間があり、その隙をついて武も回避、もしくは攻撃が行えた。
だが、永遠神剣で強化された今は早すぎてそんな暇も無い。 
遠い、何もかもが。 あゆの懐までの距離が遠い。
アヴ・カムゥの長い腕から繰り出される斬撃の範囲が広い。
完全無比の動く城塞と化したアヴ・カムゥにもはや接近戦は無謀。
武は『時詠』での攻撃はしばし止めてベネリを使うことにした。

「隙が無い……」

武が攻撃されている間、智代も油を売っていた訳ではない。
なんとかして九十七式を撃とうとするのだが、あまりにも早く動くアヴ・カムゥを捕捉できないのだ。
それでもなんとか止まった瞬間を狙って撃とうとするのだが、そういうときに限って木が邪魔をしている。
森の外に出れば障害物もなくなり撃ちやすくなるのだろうが、そうすると囮をやっている武が隠れる場所がなくなる。
ならばここに来るまで銃を撃つ経験などなかった智代がそこで取る行動は接近しかない。
射線が武に交わらないように智代は慎重に移動し始めた。

智代が移動している間もあゆと武の戦闘は続く。
圧倒的な戦力の前に武もよく善戦し、少しずつではあるが散弾をアヴ・カムゥの体に撃ち込んでいた。
だが、あゆは以前は一発しか攻撃を放てなかった時間に二発の攻撃が可能になっている。
大剣を横から薙いで、上から叩きつけて、あるいは大剣を握り締めた腕とは逆に腕を使って武を追い詰める。

「はあっ!」

それはパフォーマンスも兼ねた一撃、隠れても無駄だという主張を込めた斬撃だった。
武が隠れていた大木をいとも容易く両断して圧倒的な力を見せ付ける。

「マジかよ!」

倒れてくる大木から逃れて武がベネリM3を撃つ。
その顔には玉のような汗が浮かんでおり、確かな疲労が見える。
機械と人の決定的な違い、疲労の蓄積の度合いが顕著に現われ始めてきた。
続けてあゆが逃すまいと斬撃を繰り出すが、それをよける武の動きは精彩を欠いていた。
クレーターが出来上がるたびに武の息も上がっていく。
そしてついに武を完全に捕らえた一撃が武の頭上に迫る。

(よけられない!)

足が思うように動かない。 
体を捻ったところで迫り来る鉄塊の辿る軌跡からずらせる距離など気休めにもならない。
だから、武が最期にできるのはあゆを睨み付けることだけだった。
もっとも、あゆも睨みつけられたくらいで怯むはずもなく、無常に剣を叩きつけようとする。

その瞬間、あゆの腕に爆発的な衝撃が響く。
ようやく絶好の狙撃ポイントを見つけた智代が銃撃を開始したのだ。
転がるようにあゆの攻撃を緊急回避した武が安心して一息つく。
しかし武の側面から大剣とは違うもう一つの影が襲い掛かった。
今度はもう智代の援護も武の回避も間に合わない。

飛来する影、それはアヴ・カムゥの左手。
アヴ・カムゥの一撃は人間相手ならかするだけでも致命傷になる。
ならば、両手で剣を握るよりも右手と左手で別の生き物のように攻撃をすればいい。
今回はそれが功を奏したのだ。



一瞬、全ての出来事がスローモーションになり、世界を構成する色が抜け落ちて黒と白のモノクロの世界に変わる。
智代の目にはアヴ・カムゥの左手が張り手のように武を吹き飛ばす光景が映った。
武が顔を歪め、苦悶の表情を浮かべる。 武の口から零れる血だけが赤い色をしているのがやけに智代の印象に残った。
そして空中浮遊を体験した武は次の瞬間、森を構成する木の一つにぶつかる。



世界が元通りの色と早さを取り戻した。



     ◇     ◇     ◇     ◇



「これで一人」

あゆの勝利宣言どおり武の体はピクリとも動かず、声も出さずに石の様に固まって横になっていた。
武の息が止まったことを確認もせずに、あゆは次なる標的である智代に向かってアヴ・カムゥの巨体を走らせる。
乱れる心を懸命に押さえて智代は狙撃を敢行したが、再び唱えられた神剣魔法ウインドウィスパーにより威力を軽減された。
智代は九十七式をデイパックにしまいこんでデザートイーグルを取り出す。
一対一では九十七式は使いにくいし、まだ武は死んだと決まったわけではない。
離れた位置にいるので出血の量も確認できないが、おそらく生きている。
ならば、武が気絶から回復する時間を稼ぐのが智代に課せられた仕事。

「逃げたらどうなの? 逃がさないけどね!」
「逃げる? そんな選択肢、とうの昔に捨てた!」

智代が果敢にも自らアヴ・カムゥへ突撃した。
あゆの攻撃の間合いを読み取ってギリギリでかわし、デザートイーグルの弾丸をアヴ・カムゥの胸に命中させる。
何度当てればいいのか。 アヴ・カムゥに当てた銃弾の数はもう数えるのも億劫になるほどだ。
にも関わらずまるで動きが止まる気配がしない。

「倉成さんのことを助けたいの? 人殺しだよ、あの人は。 私と一緒、血の匂いがプンプンするよ!」
「一緒にするな、お前と! あいつはなりたくてそうなったんじゃない。 薬のせいでそうさせられただけだ!
 そして私とも違う! いじけて人を殺す道を選んだ私のような馬鹿ともな! あいつを馬鹿にするのは許さない!」

地面を蹴ってあゆの攻撃から逃れながらデザートイーグルの攻撃を放つ。
智代もこの島に来る前は伝説の不良として数々の喧嘩に明け暮れていた時期がある。
当然、拳と拳の正々堂々とした勝負という訳にもいかないこともあり、竹刀や木刀など長物を持った敵と対峙したことは数え切れないほどだ。
そんな敵に勝つために智代がやってきたのが間合いの見切り。
相手の攻撃範囲のギリギリ外に身を置き、いざとなれば一足飛びで相手の懐に入れる距離を保つ。
その方法で智代は勝ち続け、近隣の高校にまで悪名を轟かせていたのだ。
トウカのような本物の剣士にはその方法も通じなかったが、あゆのような付け焼刃の剣術を使う相手なら十分威力を発揮する。

「何が違うの! やっていることは一緒! 綺麗な言葉で誤魔化しているだけだよ! 世間ではそういう人間のことを偽善者って言うの!」
「偽善者で何が悪い! 開き直って殺人を肯定するようなお前よりはマシだ!」

あゆの攻撃がいっそう激しさを増す。
右手が鋭い閃光となって、左手が蛇のように蠢いて智代を襲う。
智代もこれで全弾を撃ち尽くす。 速やかにリロード、この銃がカートリッジタイプで本当によかった感謝した。
もしも手に持っている銃がリボルバーだったらと思うと寒気がする。

「偽善者なんて見てて吐き気がする! 奇麗事さえ説いてればなんでも解決すると思ったら大間違いだよ!」
「………………ない」
「何? 聞こえないよ!」
「…………って言った」
「恐くて声も出せないの? もっと大きな声で言いなよ!」
「この殺し合いを動かす歯車になることを選んだお前には一生分からないって言ったんだ!!!」

島全体に響き渡らせるつもりで大きく智代が叫ぶ。
その雄叫びはこれから行う蛮勇への恐怖を振り払うためでもある。
自慢の脚力を活かして智代があゆの攻撃を掻い潜り、懐へ飛び込んでいく。
デザートイーグルを仕舞い込み、手には別の武器を握り締める。
あの鉄の巨人の装甲がなんらかの金属で出来ていることは間違いない。
だからこそやれる方法がある。

懐に入られれば手を使うよりは足を使ったほうがいい。
あゆは足を振りかざし、智代を踏みつけようとする。
だが、それすらも智代は掻い潜った。
足技を得意とする智代が敵の足技の警戒を怠るはずがない。
アヴ・カムゥの足に智代がスタンガンを突きつけ、電流を流し込んだ。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

電流がアヴ・カムゥの機体を通してあゆまで伝わったことを知らせる声が響く。
智代は確かな手ごたえを感じて、力なく地面に膝をついたアヴ・カムゥの肩まで乗った。
もう一回、確実にあゆを失神させるべく電流を流し込もうとする。
これで武が回復する時間を稼げる、そう信じて。
だが、現実はそう甘くない。

「な~んちゃって」

その言葉とともにあゆは肩まで上っていた智代を武と同じように張り飛ばした。
あゆの一撃をかわす暇も無く飛ばされた智代は体がバラバラになりそうな痛みを感じながら、アヴ・カムゥが立ち上がるのを見る。
その動きにはいつもと変わりが無い。
とどのつまり、智代はあゆの臭い三文芝居に騙されたのだ。
ボロ雑巾のように地面を転がっていく体がやっと止まり、智代はあゆに簡単に騙された己の不甲斐なさを呪う。
体を苛む痛みは尋常ではないが、気絶するほどではないから武よりも怪我の度合いはマシなのだろう。

「どうすればいいんだ……」

弱音を吐いてしまったがそれは智代のせいではない。
普通の銃弾では満足な傷もつけられない。
九十七式も神剣魔法で防がれる。
接近戦ももちろん駄目。
これ以外の方法など思いつかない。
こっちは満身創痍で向こうは装甲が凹んだだけで外側の機体も内側の搭乗者もまるで元気。
最善を尽くしても未だ状況は絶望的なのだ。

「さてと、終わりにしようね。 ボクの秘密を知ってる人間を生かしてはおけないから」

余裕の足取りで歩いてくるあゆに、智代も立ち上がるがどうしようもない。
九十七式を使う暇はなく、攻撃をしようにも張り飛ばされた衝撃で満足な運動も出来そうにない。
気力だけで体を支えるが、今になってようやくアヴ・カムゥの巨体に恐怖で失神しかねないほどの恐ろしさを感じていた。
けど、このまま甘んじて死を受け入れるのだけはノーだ。
抗って抗って、いつの日かその身に背負った罪が許されるまで戦って生き続けると決めたのだから。

「余裕だな……私はまだ生きているのに」
「もう死にそうだよね?」

いよいよ至近距離に迫ったアヴ・カムゥの巨体を智代が見上げる。
改めて対峙する一人と一機の大きさは大人と子供以上の違いがあった。
アヴ・カムゥの手には大剣が大きく振り上げられており、その狙いは間違いなく智代の体。
智代の手にはデザートイーグルがあるがそれではなんの抵抗も出来ない。
最後の抵抗とばかりに一発撃つが、やはり装甲が多少凹んだだけで終わった。

「なんでそんなに勝ち目のない戦いをしようと思うの? なんで諦めないの?」
「……人間だからだ」
「なんで逃げ出さないの? なんで抵抗することをやめないの?」
「……生きているからだ!」

迷いなく言い切る智代に後悔はない。
エリカを殺すように騙されただけの少年を殺してしまった罪。
罪を背負いながらも、その先にあるものを追い求めて得られた嘘偽りのない答えだ。
人間だから諦めず、生きているから抗うことを止めない。
それが人間の本質、生きるものの責務。
言いたいこいことは全て言い終えた。 
残念なことにその言葉の意味の一片たりともあゆの心に届くことはなかったが。

「もういいよ、バイバイ」

あゆが死刑執行書を読み上げて大剣を思いっきり振り下ろした。


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