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命を懸けて(前編) ◆4JreXf579k



ここは島の最北西に位置する場所。
此度の殺人遊戯の舞台となった島とは陸続きとなっているものの、離れ島と表現したほうがふさわしい。
参加者に支給された地図の表記に従って言えばA-1、A-2、B-1のあたりだ。
もはや参加者の人数も当初の5分の1まで減った今、この場所に訪れる意味はほとんどない。
殺し合いを肯定しその手を血に塗らすことを決意した人間からすれば、こんな辺鄙なところではなくもっと生贄となる人のいそうな場所を探すだろう。
逆に殺し合いを否定し見知らぬ仲間と手を取り合うことを選んだ人間からすれば、もっと仲間を得られそうな場所に行くだろう。
どちらの人間の側にも言えることは一つ、こんな場所を訪れるメリットはないということだ。

ただ一種類、すべての現実から目をそらし逃げることを選んだ者だけがこの地を訪れる理由があるかもしれない。
だが、そんな人間は当の昔に淘汰され消えていった。
ある者は逃げることをやめて戦うことを選んだ矢先に殺され、ある者は最後まで逃げ続けて。
よってこの離れ島はもはや用済みとなって打ち捨てられていくだけの存在に等しい。
だが、ただ一人、参加者の人数も減り、この遊戯も最終局面を迎えた時間にこの地の土を踏む者がいた。
その者の名は契約者、月宮あゆ。

「ここが工場……だよね?」

息を切らせながら手元にある地図を眺めて、あゆが呟く。
永遠神剣で身体能力を強化していたとはいえ、かなりの距離を走っており疲労の色を隠すことはできない。
時間にして数時間は走っていたのでそれも当然だといえよう。
気がつけば太陽も真上から西に傾きかけていた。
地図を信用する限りここが工場であることは間違いないなので、疲労に息つく体を動かして周囲を探す。
程なくして近くに扉があることを発見して、ドアノブに手をかけて開いた。

「おじゃまします」

誰もいないということが分かっているのに何故かそんな言葉が出てきた。
ギギィと錆付いた金属が軋む音をたてて薄暗かった工場内に光が差し込む。
あゆはその空間内に足を踏み入れた。

「うぐぅ、どこに行けばいいんだろう……」

電灯のスイッチが見つからないがが今は真昼間だから問題ない。
多少薄暗く感じるだけで歩くのにはなんの不自由もない。
工場に足を踏み入れたとき呟いた言葉とは反対に遠慮なくカツカツと歩いていく。
あちこちに首を振り視線を走らせるが、目当てのものらしき物は一向に見つからない。
目に入るものといえば遠い昔社会見学で見た光景に似た景色が続いていくだけだ。
自分はなにもここに社会見学にきたわけではないのだ。
しかも専門知識のないあゆにとって工場内に所狭しと広がる機械類が何の用途で用いられるのか、どういった名称なのか皆目見当もつかない。
一つだけベルトコンベアと呼ばれるものの存在だけはあゆにも分かったが、それだけだ。

「もしかして、ここにある機械とかがその力だったりする、とか?」

見つけた階段を上りながら自信なく口に出してみる。
しかしすぐにその考えは捨てた。
機械なら用途不明のものが無数に工場内のスペースを埋め尽くしている。
電源も入っていなくてただその輝く金属の体のみを曝け出しているだけの虚しい存在。
それを武器というのには無理がある。
そもそもこんな見るからに重そうな機械群など持ち運ぶのさえ難しいだろう。
それでなくともディーは『契約者ならば』と言っていたのだ。
その『力』とは契約者でなければその真価を発揮することのないものなのだろう。
無論、その考えから理論を展開していくと銃などの汎用性のある武器などあゆが頭に浮かべていた候補から真っ先に消えていた。

よって、ここにあるのは本当にただの工場によくある作業用の機械なのだろう。
何かを作り、あるいは壊し、与えられた命令を意思もなく実行し続けるだけの存在。
月宮あゆはそんなものに興味も用もない。
これだけ考えても皆目見当もつかないほどの『力』を持ったもの。
契約者のみにしか使えない強力な武器か、はたまた自分の想像もつかないような効果を持つ道具か、想像しただけで胸が躍るのを感じる。
あゆはその『力』との邂逅を求め更なる探索を続けた。

「こっちにはなにもないかなぁ……」

機械が一切の活動を止め、静寂のみが支配する空間を探索し終えたあゆが次なる場所へと足を踏み入れる。
今度は機械類の一切ない空間、即ちこの工場で勤務する人間が使うであろうところへ来た。
着替えに使うであろうロッカールーム、仮眠室と思わしき部屋、次々へと探索するもいまだ何も見つからない。

「うぐぅ、まさか嘘、なんてことはないよね?」

あゆが見た限りディーという男は嘘をつくような男には見えなかった。
必要最低限のことしか言わず、こちらの問いや質問にも最低限の情報が与えられるのみ。
そんな男が自分に嘘をつき、今この場で足を棒にして工場内を探し回る様を腹を抱えて笑っている様子など想像できない。
だが、いくら探してもディーなる男の言う『力』に該当するようなものがないのもまた事実。
やはりあの男の言っていたことは嘘なのだろうか。
そんなことを考えているうちにもう残りは目の前にある事務室らしき場所のみ。
これで見つからなかったらどうしようかという考えも纏まりきらぬ内にあゆは事務室の扉を開けた。

「やっぱり……なにもない」

あちこちに設置された机や棚。
机に積み上げられた書類の山。
壁際にかけられた掛け時計。
やはり目を引くようなものは何もない。
どこからどう見ても事務室。
100人に聞いても100人全員が事務室です、と答えることができるくらい。
完全無欠の事務室の匂いを持つ部屋。
何かが隠されているように思えない。

「うぐぅ、なんだか怖くなってきちゃった」

事務室の扉を閉め、再度通路を歩き出す。
誰もいない工場に一人きりというのは考えてみれば恐ろしい状況である。
静寂のみが支配する空間において音をたてるのは自分ひとり。
カツカツと鳴る靴の音、鼻と口から漏れる空気の振動、心臓の鼓動までもがハッキリと聞こえてくる。
真昼間とはいえ、幽霊の一つや二つ出てもおかしくはない気がしてならない。
自然と足を運ぶ速度が速くなり、気がつけば走り出していた。

「ひぐぅっ……」

脅えの色を隠すこともなく、目に涙を浮かべながらも走り続ける。
実はもうあゆが殺した人数は6名にも昇る。
言わば生粋の殺人鬼で、端から見ればあゆの方も恐ろしい存在なのだ。
だが、怖いものは怖いから仕方がない。
それでなくてもあゆは怖いものが苦手だ。
人殺しがお化けや幽霊を怖がってなにが悪い。
あゆはそんな言い訳を頭に浮かべながらついに最初に入ってきた入り口まで戻ってきた。

「はぁ、はぁ……ここまでくれば大丈……ってあれ?」

気がつけば入ってきた扉とは別の入り口がそこにあった。
あゆは即座にこの扉に対して疑問を抱く。
そもそも外から入ってくるとき、外側から見た扉は一つしかなかった。
それだけなら、壁に書かれた扉の絵という強引ではあるが納得のいく回答も得られるだろう。
しかしこの工場内に入ってきたときにもこんな入り口は見つからなかった。
もし、こんなところに扉があればあゆはいの一番にこの扉を開けていただろう。
そして、この扉に対しての最大の疑問。
扉は砂漠で時折見かける蜃気楼のようにユラユラと揺れているのだ。
砂漠のど真ん中ならこれも蜃気楼だろうと笑い飛ばせる。
が、もちろんここは砂漠のど真ん中などではない。
それだけにこのアンバランスさが本当にそこに存在するかも分からない扉に確かな存在感を与えていた。

「もしかして、ここが……」

少し前まで脅えていた幽霊への恐怖も忘れ、臆することもなく扉のドアノブに手をかけた。
冷たくて硬い金属の感触、この扉は間違いなく幻ではない。
だが、同時に不安も生まれた。
この扉は何処につながるのであろうか、という疑問。
一番可能性が高いのはディーの言う『力』へと続く道。
しかし、やはりどこかその言葉を信じきれないのも事実だ。
ここまで来ておきながら何を今更という思いもないではないが、あゆの中にはやはり拭いきれない恐れがあった。

もし、これが罠でこの扉を開いた瞬間、足音に落とし穴ができて奈落の底へ落ちるのではないか。
あるいはこの扉を開いた瞬間、頭上から鋭利な刃物が落ちてくるのではないか。

浮かんでは消える最悪の未来への恐怖がドアノブに手をかけたままの手を硬直させていた。
開けたくても開けられない、かといってこのまま去るという選択肢も浮かばない。
何度も頭上や足元を確認して何もないことを確かめる。
一度工場の外に出て全体も見渡したりもしたが、やはり罠らしき怪しいものはない。
たった一つ、この扉をのぞいて。
再度扉に手をかけるが、やはり動かずにそのまま数分立ち止まることになる。
しかし埒が明かない現状を憂いて、あゆはついに扉を開く決心をした。

「ここで一生このままで止まっていられないもん。 生きて帰って大好きな鯛焼きをたくさん食べるんだから」

実にあゆらしい方法で自らを奮い立たせあゆはついに虚ろな存在の扉を開いた。
その先に待っているのは罠でも『力』でもなく自身の体に訪れた変化だった。
視界がぶれて自身が今何処に存在するかも分からなくなってくる。

(うぐぅ、やっぱり罠!? でも、あれ? これって……)

やはり罠かと脅えた声を出すが、よくよく考えるとこの感覚は以前にも経験したことがある。
そしてあゆがすべてを理解した瞬間、あやふやだった視界が元に戻った。
だが、そこはさっきまで自分がいたところではなく真っ暗な空間。

「え? ここどこ?」 

あゆが思い出したのは殺し合いに参加させられる直前にワープさせられた感覚。
やはりその記憶に間違いなく、自分はワープさせられたのだ。
しかし、ここはどこなのかという現状の把握がまるでできない。
黒、闇、何もない空間があゆの視界全体を埋め尽くしていた。
前方はもちろん足元さえ真っ暗で今自分が立っているのかどうかでさえあやふやになってくる。
深遠。 人間が最も恐怖し、忌み嫌ってきたものが今のあゆの世界の全てだった。
人は闇に恐怖するからこそ松明を灯し、電灯を開発して闇を極力遠ざけてきたのだ。
そして怖がりなあゆが今の状況に恐怖しない理由はない。
うずくまって目を閉じて耳は塞いで声を振り絞った。
誰か答えてくれる人物を求めて。

「こ、怖いよ……ここどこ? 誰かいないの!?」

しかしここで彼女に助け舟を出す人間がいた。
その人物は悪趣味なことにあゆの混乱する様をお腹いっぱいに堪能してようやくあゆの背中に声をかけたのだ。

「クスクスクス……久しぶりね、月宮あゆさん。 私の顔は覚えてる?」

急に空間に明かりが灯る。
そこは空間ではなく一つの部屋だったのだ。
声を掛けてくれた方向に振り向いたあゆの先には驚くべき人物が二人。
問われるまでもなくあゆはその人物の顔を覚えている。
この悲劇の数々を起こした張本人と、瀕死の自分を助けてくれた相手の顔を誰が忘れていようか。
そしてその内の一人がいなければ自分は手を汚すこともなかったのだ。
あゆは最大級の憎しみと畏れという相反する二つの感情をもってその人物の名前を呟いた。

「鷹野……さんとディーさん」
「ええ、そうよ」
「ここ? どこ?」
「私の私室、といえばいいかしら?」

あゆが武器を取り身構えようとするが、自身の手には何もなく空気を掴んでいるだけだった。
慌てて周辺も見渡すがどこにもあゆの持っていた武器の類は転がってもいない。
それはつまり、あゆは今無力な一人の小娘にすぎないということ。
あゆに力と自信をもたらしていた永遠神剣もなく、素手で鷹野三四とディーと対峙しているという絶望的な事実があゆの頭の中を駆け巡っていく。
顔が真っ青になっていくことを自覚するが自分の意思では止められない。
今の月宮あゆはただ搾取され、毟り取られていくだけの哀れな生贄にも等しき存在。
これから何をされるか、何故こんなところにいるのか、想像がつかないだけに恐い。

「ヒイッ!!」

情けない声を上げてあゆが後ろに下がっていく。
その様子を見てもディーは顔色一つ眉一つ動かさず無表情を保ったまま。
鷹野はそんなあゆを見て恐がらせないように穏やかな笑みを作った。

「大丈夫。 あなたに危害は加えないから」

あゆにはその言葉を信じることなどできるはずもなかった。
自分、いや、自分だけでなく多くの人間をこんな殺し合いに参加させた首謀者の言うことを頭から信じることのできる人間などいない。
いたとしたらその人間は心の底から性善説を信奉するようなお人よしの馬鹿に違いない。
もっとも、月宮あゆはつい最近までそんな人間の一人だったのだが。
あゆも知らず知らずの内に否定の言葉を口にしていた。

「信じられない……」
「嘘じゃないわ。 貴女と取引をするためにここに呼んだのよ」
「取引?」

鸚鵡返しに繰り返したあゆの言葉に鷹野は口元を吊り上げた。
そしてあゆに自らが出した条件を口にする。

「簡単に言うと私たちの手駒になって欲しいの」

手駒、その言葉の意味をあゆは口の中で飴玉を舐めるように慎重に吟味する。
誰かの――この場合は鷹野――言いなりになって意思もなく命令を実行するだけの存在。
そういう存在になれと鷹野は言っているのだ。
しかし、手駒を作る理由が不明。
鷹野にはそんなことをする必要もなく多くの部下がいるだろうし、初めて鷹野に会ったときもその側には多くの武装した人間がいた。
人員は腐るほどいると見て間違いないだろう。
銃などの強力な武器もこちら側に支給するほどだ。
反乱を起こされる可能性も考えて十分な量の武器も保有してあると見て間違いない。
あゆにはどう考えても手駒を欲する理由が思い当たらないのだ。
鷹野の言葉の真意を測るべくあゆは思ったとおりの言葉を口にした

「どういう意味?」
「ちょっと厄介なことになっていてね。 あなたにその始末をして欲しいの」
「手駒にして何をして欲しいかを言ってよ。 もったいぶらないで」
「クスクスクス……いいわ。 神社に来る参加者を残らず殺して欲しいの」
「部下だってたくさんいるのにどうしてボクが?」
「できればこっちもそうしたいのだけど、この御方はゲームへの不用意な介入を望んでないのよ」

鷹野はそう言いながらディーの方を見た。
ディーも鷹野の視線の意味を察して僅かながら首を縦に振り、鷹野の言うことが間違いではないことを示す。
しかし、誰かを手駒にして神社へと行かせるという行為もまた不用意な介入ではないのかという疑問が湧いたあゆにディーが重い口を開けた。

「我はこの行為にも反対だ。 これもまた成り行きに任せるべきだと考えている」
「じゃあ、なんで……?」
「しかし、不用意な介入を最初にしたのも我だ。 汝に対してな。 そこで鷹野の頼みを聞いて汝を送り込むことにしたのだ」
「……」
「安心するがいい。 断っても元の場所に返すだけだ。
 条件を呑めば汝に約束していた『力』などの見返りもある。 逆に失敗すれば相応の罰も受けるがな」

その言葉を聞いてあゆは結論を出した。
何を差し置いても生き延びることを目的としたあゆのやるべきことはただ一つ。
ひ弱な自分が生き延びる戦力を少しでもかき集めること。
かくして新たな戦いの火蓋が切って落とされることになる。

「どこへ行くのですか?」
「桜の元にな。 少し気になることがある」

ちなみにあゆが去った後で鷹野とディーの間にこんな会話がやり取りされていたが、それはあゆには関係ないこと。



     ◇     ◇     ◇     ◇



島全体に桜の花びらが舞い散るある種幻想的光景の中、神社を目前にして止まっている影があった。
彼らはボタンに届いた声を信じて、禁止エリアを越えてここまで来たのである。
その人物の名前は倉成武、坂上智代、蟹沢きぬ。
しかし神社の入り口に当たる石段までも視界に捉えているのに彼らはそこから動こうとはしなかった。

「おい、なんだよあれは?」
「私に聞くな。 私が知っていると思うか?」

武の声に智代が応えるが、それは武の疑問に答えるようなものではなかった。
それもそうだ。 あれは何かと聞かれて答えることができる人間はいないだろう。
神社の入り口になる石段の前にあたかも門番のごとく立っている存在があるのだから。
それは一言で言い表すなら鉄の巨人。
身長はおよそ5mほど、西洋でいうところのプレートメイルのような赤く塗装された鎧で身を固めている。
その巨体から発せられる威圧感はまさに圧倒的。
そしてその右手には巨人が振るうのにふさわしき、巨大な剣。
長さは2mほどの肉厚な剣で、もしもあれを生身の人間がその身に受ければ一瞬で肉塊へ変えられることは必須。
その難攻不落の要塞にも等しき存在が神社の入り口を固めているのである。
幸いこちらの存在には気づいていないようで、あちこち向いて敵の存在を見つけようとしている。
どう考えても、友好的に話し合いをして歌でも歌えば快く道を開けてくれる、と楽観的な考えは持たせてくれそうにない。

「じゃあそもそもあれは参加者なのか?」
「だから私に聞くな」
「いや、少しは考えろよ」

すでに三人は生き残った全参加者の情報を共有している。
各自の持つ情報と所持品の全参加者名簿により顔も大体の性格も把握済みだ。
そして与えられた情報からつなぎ合わせていけば、あの鉄の巨人の正体も自ずとつかめる。
まず、あれは参加者ではなく与えられたロジックに従って行動するロボットである場合。
その場合はもう話し合いの余地もクソもなく、全戦力を持って排除するしかない。
次にあれには参加者の誰かが乗っている、もしくはコントローラーのようなもので遠隔操作で動かしている場合。
この場合も全力を尽くして排撃せねばならない。
ただ、あの鉄の巨人を操っている人間が誰かという疑問もわく。
最も可能性が高いのはここ数時間で行方の知れない古手梨花と月宮あゆ。
そして蟹沢きぬと坂上智代の持つ情報から古手梨花という人間性を窺い知るにその線は消える。
ならば残った人物はただ一人、殺し合いに乗ったという月宮あゆしかいない。

「俺があいつの注意を惹きつける。 智代は蟹沢を背負って回り道をして裏手から神社に行け」
「分かった。 無茶はするなよ」
「お前ができるだけ早くこっちに駆けつけてくれれば助かる」

不敵な笑みを漏らす武に対し、智代は迅速に行動し始める。
武からきぬを受け取ると背中に背負い、鉄の巨人に見つからないように走り出した。

「おいテメェ、揺らさずに優しく、それでいて速く走れよ? ボクはデリケートな性格なんだからな」
「バリケードの間違いじゃないのか? 喋ってると舌をかむぞ」

過去のわだかまりも完全に捨てきれたわけではないだろう。
しかし二人は取り立てて喧嘩もすることなく武の視界から消えていった。
最後に聞いたやりとりも軽口の範囲内だろう。
首尾よく智代たちが任務を果たしてくれれば武もあんなバケモノと戦う必要もなくなる。

「それじゃ……少し待ってから俺もいくか」

一番恐れている事態は神社の裏にもあの鉄の巨人が待ち構えていることだ。
それなればもうこちらもお手上げ、事実上の戦力が二人しかいない現状を打破する手など見つからない。
精々あの鉄の巨人の動きがカメのように遅いことを祈るだけだ。

「武器の整理でもしておくか」

智代たちが神社の裏まで行くのには大分時間がかかるだろう。
それまで多少時間はある。
数々の仲間の遺品や戦利品を一度整理しておくのもいい。
まずは自分の生命線とも言うべきC120のアンプル。
キュレイの制限が解ければ要らなくなるとはいえ、まだまだ自分に必要な物だ。
念のためもう一本打っておいた。
次に銃器の点検。
今のところ所持している銃全てに弾を補充、そして一番強力そうなベネリM3を出しておいた。
あの鉄の装甲がどれほど強力かはまったくの未知数。
故に半端な銃ではなく最も威力のあるであろう散弾銃を使用することにしておいた。
そして慣れ親しんだ『求め』と同じ形をしている永遠神剣『時詠』、この二つさえあれば十分だ。
出刃包丁やコンバットナイフであれと戦うのは無謀というものだろう。
これで大体の準備も出来た。
智代も問題がなければそろそろ鉄の巨人の遠く離れた横を通過しているだろう。

「よし、行くか」

その一言ともに立ち上がり、鉄の巨人のいる場所へ歩いていく。
あくまで武のやることは時間稼ぎ。
無理をする必要はないが、時間稼ぎだと思われても意味がない。
こちらから積極的に仕掛けていかないと陽動だと気が付かれる可能性もある。
まったくもって楽じゃない仕事。
見た感じ勝算はほとんどないにもかかわらず戦わないといけないのだから。

鉄の巨人も堂々と近づいてくる武の存在に気がついた。
獲物の出現に歓迎するかのように武の方に体を向ける。
そして鉄の巨人は武の聞き覚えのある声で喋りだした。

「倉成さん、だよね?」
「そういうお前は月宮あゆか?」

やはり中に人が乗っている仕組み、武はそう結論付ける。
しかも予想通り乗っている人物は月宮あゆ。
臆病な彼女の姿しか知らない武にしてみれば、沙羅の言葉を聞いても信じることができなかった。
だが、目の前の現実を見てようやく信じることにする。
あゆの方も思わぬ人物の登場に嬉しそうな声で聞く。
その鉄の巨人の顔にある口は動いてないが、中に乗っている月宮あゆはさぞかし笑い転げているだろう。
巨人は武、いや正確には武の身に纏っている衣装を指差し嘲りの色とともに聞いてきた。

「なにそれ? 女装趣味でもあったの?」
「諸般の事情によりってやつだ」

武も自分の格好が正常だと思ってはいないが、時間がなかったのだからしょうがない。
もちろんその分他者に笑われる可能性も考慮に入れて行動していたのだから、今更笑われても痛くも痒くもない。
そんなことより武には色々とあゆに聞きたいこともある。
安い挑発に乗るよりは聞きたいことを聞いたほうが百倍マシだ。

「お前、良美を殺したな?」
「そうだよ、すごいでしょ? 圭一君や倉成さんでも倒せなかった佐藤さんをボクが殺したんだよ!」
「その点についてはいい。 あいつは殺されても仕方ないからな。 けど他の人間を殺したのはどう言い訳するつもりだ?」
「誰からそんなこと聞いたの?」
「沙羅だ」
「余計なことをするね沙羅さんは。 やっぱり殺しておくべきだったね」

その言葉を聞いた瞬間、武の鼻に濃密な血の匂いが飛び込んでくる。
人を殺した人間のみが発し、人を殺した人間のみが嗅ぎ取れる匂い。
まぎれもなく眼前に立つ月宮あゆは数多くの人を殺した殺人鬼。
拳に自然と力が入り、体が怒りに打ち震えてくる。

「弱い人間に生きる価値はあると思う?」
「あるに決まってる!」
「ボクもあると思うよ。 奪われるためだけに存在して奪われることで価値がある」

両者、出された問いに対しての答えは同じ。
だが、何故そういう答えになるのかという解法は真逆のものだった。
あゆはさらにこの島で得た唯一絶対の摂理を説く。

「ボクは今まで奪われるだけの存在だったんだ。 そして奪われる度に思ったよ。 なんでこんなことをされるんだろうって。
 理不尽だって、こんなの間違ってるって何度も泣いたりしたよ。 でもね、その考えは間違ってることに気がついたんだ。
 ボクは力を手に入れてからその事実に気がついたよ。 弱い人間はなにをされても文句は言えないんだもん。
 だって世の中は所詮弱肉強食なんだから。 だからボクは奪う側になった。 そしてたくさんの力をもらったの。 このアヴ・カムゥもそうだよ」

そういってあゆは鉄の巨人、いやアヴ・カムゥの巨体を揺すり笑い出す。
武はそんなあゆを見下げ果てた目で見ていた。
ここまで自己中心的な理論で人を殺していく人間がいるとは、そんな思いとともに武はあゆの言葉を聞いていた。
尋常ならざる生への渇望。
その思いは何者にも否定することは出来ないが、他者を踏みにじってでもという言葉が頭につくのなら話は別。
もうこれ以上あゆの言葉は聞いていられない。
時間稼ぎが目的とはいえこれ、以上あゆの言葉を聞いていると耳が腐りそうになる。
だが武は今にも飛び出しそうになる思いを懸命に抑えていた。

「似ているな、良美に」
「佐藤さんと一緒にしないでよ。 あんな下種と一緒に」
「お前は下種じゃなくて屑だけどな」

そのとき、武の目にきぬを背負った智代の姿が映る。
もうあゆの遥か後方におり、これなら問題なく神社の裏にいけるだろう。
その姿を見て武は落ち着きを取り戻す。
どうか上手くいけと武はあゆから視線は放さずに柄にもなく祈った。
しかし、皮肉にもあゆの方が時間稼ぎを終わりにしないといけないこと伝えてくる。

「そろそろお喋りは終わりにしない? ここに来る人間は残さず殺さないといけないからあまり一人に時間をかけられないんだよ」
「いいぜ。 俺もお前をどかして神社に行きたいしな」

ふと両者が空を見ると、いつの間にか空には雲が立ち込めていた。
それでも桜の花びらだけ止むことなく降り注いでおり、曇りの空に花びらが舞うという奇妙な光景が広がっていた。
そして、湿った風が吹き始め武の肌を叩きつける。
何故か武はその曇った空をこれからの自分の辿る運命のようだと思ってしまった。
不吉な予感にも似た感覚を吹き飛ばし、武は相対するアヴ・カムゥと視線を交錯させる。

「始めるか」
「うん、いいよ。 一瞬で肉塊にしてあげる」

ここから先は剣と銃と己の力のみが支配しモノを言う世界。
あゆの言葉を借りれば弱肉強食、勝った者が正義で負けた者が悪となる。
必要なのは強力な武器と臆することなく敵に向かう勇気、そして相手を出し抜ける知略。
だから、頭を熱くする必要はない。
熱くするのは、己が命運を託す武器を持つこの両の拳だけでいい。


「身勝手な理屈で人を殺すようなやつに!」
武が『時詠』を構えた。
「正義の味方ヅラして目の前の現実も見ないような人に!」
あゆもアヴ・カムゥの大剣を構える。 そして両者が。
「俺はッ――!」
「ボクはッ――!」
走り出す!!


まずはあゆの先制。
体躯の面でも間合いの広さでも圧倒的に勝っているあゆが先に攻撃を仕掛けるのは当然だ。
真上から大剣を振り落とし、武を両断せんと襲い掛かる。
それは剣道や剣術を会得した人間からすればまったくなってない動き。
型も腕や足の運びもまるでなってない、チャンバラごっこ以下と呼ばれても仕方がない一撃。
だが、アヴ・カムゥの巨大な体とその巨大な剣はそんな一撃さえもちっぽけな人間からすれば必殺。
迫りくるその一撃を前にして武が浮かべた選択肢は三つ、横によけるか後ろに下がるか、前に進むか。
大剣を受けるという選択肢はもちろん却下だ。
武が選んだのは三番目。
臆することなく前へと走り続け、その身に大剣が届く前にアヴ・カムゥの懐に走って潜り込み、間一髪でアブ・カムゥの一撃をよけた。
あゆはまさか敵がそのまま前に出てくるとは思わず慌てる。
あゆが次の行動に移る前に漆黒の刃を持つ『時詠』を振るい、アヴ・カムゥの右足に切りつけた。

「おりゃあ!」

気合一閃、武の渾身の力を込めた一撃がアヴ・カムゥの足に当たるがほとんど傷がつかない。
重たい金属の感触を受けて武の手に振動が伝わる。
もう一度『時詠』による一撃を当てようとするが、あゆがそのまま黙っているはずもなく傷つけられた右足を振り、武に襲い掛かった。
武もそれを間一髪でかわし、一旦離れようとする。
だが、あゆが逃がすのをよしとせず二度、三度とその大剣を打ち付けてくるのだ。
かするだけでも敗北は確定、その一撃を受けることは無理の一言。
武は必死に避け、最後には転がり込むような体勢で回避を強いられる。

「デカブツとやるのは二度目だけど、こっちには足もあるんだったな!」

舌打ちをしながら転がりあゆの一撃を避ける。
武の人ならざるものとの戦いの経験は決して少なくはない。
機械に分類されるものとの戦いは狂人水瀬名雪以来だが、こっちはショベルカーと違って足を使えるという点が脅威。
加えて創作の世界にありがちな、でかいものは動きも鈍いというセオリーがまるで通用しない。
人間と変わらぬ速さの動きで確実に武は追い詰められる。
時間稼ぎが目的なのに早くも死にそうな状況に追い込まれていた。
あゆは最初に油断していた時の一発を受けただけでその後はもはやあゆの一方的な虐殺ショーとなっている。

「あはははははははは! ほらほら早くしないとミンチになるよ!」

まだまだあゆの攻撃は止まらずに続けられ、武の延々と回避し続けるだけの展開となっている。
あゆが新たに手に入れた『力』、アヴ・カムゥは永遠神剣と違って魔力を消費せずに動かすことが可能。
加えて、永遠神剣をもってすらも防ぎがたい剣の一撃さえも防いで見せた。
まさにアヴ・カムゥとは最強の矛であり、盾でもあるのだ。
アリのように逃げ惑う武の姿が愉快でたまらない。
今のあゆは有頂天という言葉がピッタリと当てはまる。
銃を持った人間がそれを撃ってみたくなる衝動と同じ、高性能のスポーツカーのハンドルを握った人間がスピードを出さずにはいられない感覚。
あゆもまたアヴ・カムゥという大いなる『力』を思う存分奮わずにはいられない衝動を抱えている。
かつて踏みつけられる側だったあゆだからこそ、踏みつける側の人間だけが得られる快感に誰よりも酔っていた。

(ここじゃ駄目だ。 平地じゃ不利すぎる)

武も現状をただ受け入れるだけでなく、打開策を考えていた。
あゆの攻撃が止まった隙を狙って脇目も振らずに森の方へ走っていく。
森ならその巨体を木々が阻んでくれるはず。
その可能性を信じて武はひたすら走った。

「逃がさないよ!」

すかさずあゆが追ってくる。
走る速度は断然あゆのアヴ・カムゥが上。
一歩一歩の歩幅がまるで違う。
あゆは徐々に武との距離をつめる。

「間に合え! 間に合え! 間に合えぇぇ!」

祈りにも似た叫びとともに武が走る。
もう森は目前で、樹木が生い茂る空間が武を手招きして待っている。
だが、あゆという名の恐怖がもう背後に迫っており、ついに武の背中を捉えた。

「残念だったね!」

あゆが武の背中に向かって鉄塊を振り下ろす。

「うおおおおおぉぉぉぉぉぉ!」

武がヘッドスライディングをするように頭から森の中に飛び込む。
武にはそれは一瞬の出来事のはずなのに永遠のようにも長く感じられる。
あゆの大剣が地に付いた瞬間、巨大な音ともに地震のような振動が地面に響く。
舞い上がった土煙が辺りを覆いつくす。
あゆは確かにその大剣に人の肉を切り裂いた感触が――。

「いない!?」

そう、あゆの大剣は武を捕らえることは適わなかった。
武は間一髪で森の中に逃げ込むことに成功したのだ。
そのことを把握したあゆは注意深く森の中を見渡そうとする。
と、轟音がすると同時にアヴ・カムゥの胸の辺りに強い衝撃を感じてよろめく。
よく見ればアヴ・カムゥの装甲にいくつか小さな丸い凹みが見つかる。
おそらく銃撃、しかもその獲物は散弾銃。
もう一度音がして今度は腹部の辺りにも同様の傷が生まれる。
だが、あゆはそれを見ても脅威を感じない。
それどころか銃弾を浴びてもこれだけの凹みで済むアヴ・カムゥの強さに改めて惚れ直したところだ。

「くそっ! もう一発だ!」

その声がするや否や武が茂みの中から姿を現し、再度その手に持つショットガンを撃つ。
だが、やはり結果は同じ。
アヴ・カムゥの胸部の装甲をほんの2,3ミリ凹ましてその衝撃で一歩下がっただけ。
苦虫を噛み潰したような表情の武とは逆にあゆは楽しそうな表情をする。

「そんなのじゃ無理だよ。 アヴ・カムゥを舐めないで欲しいなあ!」

気分は最高、調子は絶好調。
哄笑を響き渡らせ、あゆが再度攻勢に回る。
袈裟斬りの要領で斜め上から武目掛けて唯一にして最大の武器を振り下ろす。

「!?」

が、途中でこの森の中でも上位に入るであろう大木の幹に剣が引っかかり抜けなくなる。
あゆが驚愕し、大剣を抜こうとするがアヴ・カムゥの力をもってしても中々抜けない。
武が望んでいたものがこれだ。
森の中という狭い空間で大きな獲物を振り回せばこうなることは自明の理。
自らの力に溺れるあまりあゆは今の今まで武がどうして森の中へ逃げたかも想像が出来なかった。
そしてこのチャンスを見逃す武ではない。

「もらった!」

この瞬間を望んでいた武の行動は迅速であった。
迷いもなくあゆの元へ一直線に突撃、風のような速さで突っ込んでくる。
武の突撃にただならぬ気迫を感じたあゆも剣を抜く作業を止め、その二つの腕で武を掴もうと迎撃に移る。
虫を掴もうとするかのような無造作な動きで右腕を繰り出すが、武はこれを脅威の反射神経でよける。
キュレイウイルスとH173は血肉となって武の筋力、および反射神経を高めていた。
右腕がよけられても人間と同じようにアヴ・カムゥにも腕が二本ある。
あゆがもう一つの左腕を使って武を握りつぶさんとする。

「その高さ、丁度いいな!」

その一言ともに武は左腕もかわして跳躍し、なんとアヴ・カムゥの左腕に飛び乗ったのだ。
あゆが右腕を使って邪魔な虫を追い払うかのように武を振り落とそうとするが武の次の行動の方が早い。
左腕を伝って一気に駆け上がり、アヴ・カムゥの肩のところまで上った。
アヴ・カムゥの搭乗席越しにではあるがあゆの目にはそれが脅威に映っただろう。
腕に乗ってここまで駆け上がってくるなんて非常識にもほどがある行為なのだから。
武の手には『時詠』が構えられ、アヴ・カムゥの脳天を切り裂かんと最大の一撃を振り下ろそうとする。
あゆの脳裏には脳天を切り裂かれ脳漿や臓物を撒き散らす自分の姿が自然に浮かんでくる。

「人間の癖に! 弱いだけの一人の人間の癖に!」
「その弱っちい人間一人倒せないお前はなんなんだろうな!?」
「ひぐぅっ!」
「くらいやがれ!」

迫り来る脳天への一撃をあゆは怯えた目で見ることしかできない。
あゆの自信を裏付けているのはあくまでも永遠神剣やアヴ・カムゥであり、それさえなければ奪われるだけの存在なのだ。
ガツーンという大きな音がしてアヴ・カムゥの頭部に大きな衝撃が響く。
あくまでそれを食らったのはアヴ・カムゥであり、痛みなどまるでないはずなのにあゆはもんどりうって倒れる。
アヴ・カムゥが地面に倒れてしまう前に武は肩から飛び降りた。
桜舞い散る幻想的な雰囲気の中、漆黒の剣を持って飛んでいる若者の図というのは一枚の絵にもできそうな光景であった。
あくまで空が曇っていることと、その若者が男なのに女装しているという点を除いての話だが。
武が地面に着地すると同時にズズーンという音を立ててアヴ・カムゥが地面に倒れこむ。
しかし、大きな金属音こそしたもののやはり一筋の傷が入っただけでアヴ・カムゥの勇壮な姿は保たれたまま。
あゆもそのことに気がつくと怒りを押し隠すこともせずに立ち上がる。

「よくも、よくも!」
「へっ! くやしかったらここまでこいよ!」

烈火のごとき怒りを見せあゆは立ち上がり、挑発しながら逃げる武を追いかける。
一歩ごとに大きな音を響かせ、上も下も横も見ることなくただ前方にいる武だけを目掛けて突進。
立ちふさがる木々をなぎ倒しながら武に迫っていく。
身長だけなら常人の三倍、質量にいたってはその十倍は優に超すであろうアヴ・カムゥの突進は見るもの全てを竦みあがらせる。
しかし、武は恐れることなく不敵な笑みであゆが来るのを待ち構える。
武の手には倒れたあゆから離れる間取り出した武器が握られていた。
S&W M37エアーウェイトを構え、惜しげもなくあゆの操るアヴ・カムゥを狙い全弾を撃つ。
標的は小さな人間ではなく身長5mもある巨躯、アヴ・カムゥ。
放たれた五つの弾丸は全てアヴ・カムゥの体に吸い込まれる。
しかし、人間相手ならその一発一発が致命傷になるであろう攻撃がアヴ・カムゥにはまるで通用しない。

「効かないよ、そんなの!」

怯えることはない。 銃の一撃も『時詠』の一撃もアヴ・カムゥの前にはほとんど効果はない。
自分は無敵のはず、そう落ち着きを取り戻しかけたあゆをおちょくるかのような出来事が起きた。
いつの間にかあゆの視界には空があった。
ピンクの桜の花びらが絶えず落ちてくるその光景を見ながらあゆは考える。
どうして自分は今曇った空を見ているのだろうかと。 自分は武を襲っていたはずだと。
それだけではなく、自分は今仰向けに地面に倒れているのも察知する。
脳の処理が追いつかず混乱していたが、自分が今こうなっている答えにたどり着く前に武がアヴ・カムゥの胸部に乗っていた。

「末代まで語り継いでやろうか? お前の無様な姿を」

武の手には弾を撃ちつくした拳銃ではなくベネリM3がある。
そしてベネリの銃身をアヴ・カムゥの鉄の肌に接して引き金を引く。

「一発!」

銃声がしてあゆは胸部に大きな衝撃を感じる。
零距離射撃、これなら散弾がバラけることもなくアヴ・カムゥの体に集中的に当てられる。
あゆが地面に倒れたのは偶然、ただ転んだだけの偶然の産物が今の状況だ。
だが、これを今世紀最大のジョークと笑い飛ばすよりも武には優先せねばならない事項がある。
もてる火力の全部を注ぎ込んででも今の幸運を最大限に生かさねばならないのだ。
だから、武が持っている最も強い銃で全弾を撃ち尽くす。

「二発!」 武の持っているのは散弾銃の中でも連射性能に優れたベネリM3。 連射が無理という訳でもない。
「三発!」 あゆの体が激しく揺さぶられる。 ベネリの一撃は確実にあゆに伝わっていた。
「四発!」 残り最後の一発にアヴ・カムゥの厚い装甲が凹む。

だが、ベネリに装填されていた残り全ての弾丸を持ってしても、とうとうアヴ・カムゥの赤い色の装甲を貫くことは適わなかった。
歯噛みしてアヴ・カムゥから飛び降りようとするが、その体を捉えんとあゆが両腕で包み込むように武の体を掴む。

「クソ!?」

抜け出そうとするが、万力のような強さで武の体を掴むアヴ・カムゥの腕からは逃れられない。
ついに、捉えられた。 一撃が当たるどころかかするだけでも致命傷を負いかねないアヴ・カムゥの腕にだ。
まな板の上の鯉にも等しき状況を抜け出そうと必死にもがくが、陸上で鯉がいくら抵抗しても無駄なようにアヴ・カムゥの腕の中にいる武の抵抗も無駄に終わる。

「捕まえた」


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