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贖罪/罪人たちと絶対の意志(前編) ◆0Ni2nXIjdw


「あっ……―――――!!?」

死亡者発生を報せるブザーが鳴り響く。
それは認識した瞬間、私は頭が真っ白になってしまった。
三十七番、千影のランプから光が消滅した。それが意味することはひとつしかない。

千影は死んだ。殺された。
この非情な島で最期を遂げた。誰か、他の参加者に殺されたことを示している。
それは分かる、分かっている。

私は表面上、無機質にパソコンのキーボードに打ち込む。送信されてきたデータは中央管制室から。
誰が、誰を殺したのか。それを無機質に伝えるだけの伝言。
そこには高嶺悠人が千影を、そしてアセリアが高嶺悠人を殺害した、ということだけ。

(なんで……)

なんで、よりによって千影を殺したのが高嶺悠人なのだろう。
衛は、あの子は彼を慕っていた。信頼していた。観測していた自分にも分かる、衛は高嶺悠人に恋をしていた。
だから私は複雑ながらも応援していた。
衛が死んで、やっぱりその恋は絵空物語なんだ、と感づいたときも、私は高嶺悠人を気に入っていた。

衛を長い間、助けてくれた人物。そして千影を救うために暴走し、結果的に衛の仇を討った。
姉妹を除く参加者の中で、彼にはある種の好感を持っていた。期待とも言えるし、希望とも言えた。それほどの人物だったのに。
結局、彼は自分の手で千影を殺した。
そして直後、同じく彼に好意を抱いていたアセリアによって、その生涯は閉ざされた。

(なんで、こんなに理不尽なのよ)

誰が殺した、なんて考えるまでもない。
私が殺した。私が死に追いやったのだ。千影も、衛も、咲耶ちゃんも、四葉も……あんなに苦しみ抜いて死んだというのに。

ねえ、どうして私だけがこうしてのうのうと生きているの?

そんなことを自身に問いかけるも、答えなんて出ない。
無事なところから腹芸でもして笑っている残酷な女が何を今更ほざくと言うのか。

「…………あぅあぅ……鈴凛……」
「……なに?」
「泣いて……いるのです……」

言われて初めて気がつく。
頬に当てた手が瞳から零れた滴を拾う。悔しくて、悲しくて涙が流れた。
だけど、ごしごしと目元を拭う。泣くなんて許されない、私は大切な姉妹すら死に追いやった罪人の一人なのだから。

「……っ……ごめん。それで教えてくれるかな、羽入。あなた、どんなことができるの?」
「て、手伝ってくれるのですか?」
「そ。私としても、断る理由はないよ。こうなったら負けない……私は最後まで完遂してみせる」

自分の契約内容と、それに違法となるギリギリのところまで。
もう姉妹は誰も帰ってこない。このままゲームが終わっても、姉妹やアニキのいる日常になんて戻れない。きっと罪悪感に潰されるから。
だから命だって張る。もう私だって主催者に相対する人間の一人として。うまく内通してみせる。

そのために必要なのがこの萌系神様の羽入。
神様はいない、ってのをあっさりと吹き飛ばしてくれた彼女は、ある意味私たちのジョーカーだ。
契約者にしか接触できない、という話だが……そこのところ、もう少し融通が利いたりはしないのだろうか。

「梨花、って言ってたわよね。それって参加者の一人の古手梨花のことでしょ? その子と接触することは?」
「…………初めは、試してみようと思いました。初期こそディーさんの力がまだ強くて、参加者に近寄ることすらできなかったのですが……」
「んー確か、今になってあの人が休眠状態になってるから、出られるようになったのよね?」
「はい……それ以前から、私は参加者に頑張って接触しようとしてみました。大体、第五回定時放送の前ぐらいからです」

羽入の表情から推測するに、あまり成果は芳しくなかったのだろう。
それ以前にどうして梨花とは接触しなかったのだろうか。逢って間もないが、彼女の性格を考えるに自由となった途端、逢いにいきそうだが。

「ですが、私を認識できたのは一人だけ……梨花にはまだ逢えません。下手をすれば首輪が爆破されてしまいます、です」
「そうか、盗聴器……さすがにいないと思われていた知り合いに逢えば、梨花って子だって騒ぐ。そうしたら羽入が暗躍していることがバレるかも……」
「鷹野は恐らく気づいています。ですが、私がインゼル・ヌルに自由に行けるとまでは断定できないはずです」

契約者なら羽入の姿を認識はできる。
だけど参加者のいる場所……インゼル・ヌルからの情報は首輪からの盗聴器からだけだ。
つまり声を出さなければ誰にもバレない。ここで知り合いに羽入の名前を出されては水の泡。
鷹野はできる限り参加者に介入はしないだろうが、朝倉純一を葬りかけた事例もある。
目の前で知り合いを殺されるなど、きっとこの子も見たくないのだろう。神様とはいえ、見た目は10歳ほどの女の子だ。

「でもさ、このままじゃジリ貧だよ。鷹野を打倒するにしても、それなりの戦力が必要になる。私は正直、戦力外だよ?」
「あぅ、あぅあぅあぅ……」」
「接触できた人物って? 月宮あゆ、じゃあないと思いたいんだけど……誰?」
「それは……」

そこまで言った後、羽入は不自然に言葉を区切った。
瞳が驚きか困惑に見開かれる。感覚で何かを感じ取ったような様子に、私は嫌な予感がした。それも飛び切りに。

「あっ……あぅあぅ、あぅあぅあぅ……っ……!」

慌てふためく羽入の様子に、私は自然とパソコンのキーボードを叩く。
中央管制室に送られているインゼル・ヌルの音声資料。そこからあちこちを傍受して会話を盗み聞く。
そしてようやく当たりを引いた。それは獣の咆哮、憎悪に塗れた青年の絶叫。


『貴様ァァァアアァァアァァアアッ!!!!』



     ◇     ◇     ◇     ◇



「ふん……あれから参加者の誰にも逢えないな」

太陽の光に照らされて、坂上智代は歩いている。
佐藤良美や白鐘沙羅と交戦し、そして退却した彼女が向かった先は病院だ。
そこなら憎むべき怨敵、ハクオロがいる可能性が高い。ハクオロがいなくとも彼らに組する参加者ぐらいはいるだろう。
そんな考えで病院に来てみたものの、時既に遅し。病院は半壊し、ボロボロになっている。戦闘の後があちこちに残っていた。

智代はデザートイーグルを構え、警戒しながら病院内を探索するも成果はなし。
舌打ちをひとつしたが、いないものはしょうがない。とにあえず包帯やらの医療品を回収してその場から出た。
ここで参加者を待ち伏せにするのも悪くない。こちらには九十七式自動砲という兵器もある。これで狙撃していくのも悪くない。

だが。

智代は敢えて病院を放棄することを選んだ。
理由は二つ。ひとつはこの病院がいつ倒壊してもおかしくない、ということ。瓦礫に巻き込まれては堪らない。
もうひとつはズバリ、復讐の相手を追うためだ。智代がここにいる間に、別の誰かによって安楽に殺されたりなどされたくない。
生き地獄をじっくりと味わわせてやる。煉獄の炎のような復讐心が智代の心を真っ黒に染め上げていた。


そうして。
智代は病院より東へと進路を取っていた。
遠く、海の家の方角で爆発音を聞いたのだ。まるでクレーターでも見つけそうなほどの、そんな轟音を。

「……いる。ハクオロか土永かは分からないが……参加者が」

くつくつ、と。自然と口元から笑みが漏れた。
正しさを主張した春原が死に、欺瞞と偽善者の仮面を被ったハクオロが生き残るなど絶対に許さない。
恋人の朋也を殺害した誰かがのうのうと生きている可能性を考えると、吐き気がする。
自分の手すら汚さずに人を欺き、声真似によって自分の手を汚させた土永など、どんな責めを持っても許してなどやれない。

「殺してやる……」

どうせ大切な日常など帰ってこない。
この身は既に復讐者(アヴェンジャー)―――――生きるために殺すのではなく、殺すために生きる悪鬼だ。
故に自分は人ですらない。これほどの怨嗟はどうすれば晴らすことができるのだろうか……決まってる、皆、みんな殺してしまえばそれでいい。

「殺してやる、殺してやる、殺してやるぞっ……!!」

復讐は虚しいという言葉をかつて聴いたことがある。それはどこのテレビドラマだったか。
ならば虚しいと訴える全ての偽善者に伝えよう。
復讐を果たしたその瞬間の快楽、達成感はきっと―――――何者にも換えられないほど甘美なものなのだ、と。

そうして、東へとしばらく歩いていた頃だろうか。
少し遠くのほうで叫び声を聞いた。それは絶望に満ちたものに聞こえて、智代は瞳を光らせる。

「見つけた……」

智代はついに獲物を発見した。しばらくぶりの敵に体が高揚する。
そこには一人の青年が蹲っていた。
その背中は酷く小さく感じた。智代にとって彼の第一印象は、搾取されるだけの弱者だった。



     ◇     ◇     ◇     ◇



「…………おい、なんでだよ」

智代と出遭う数刻前。いや、時間にすれば半刻もない短い時間だった。
黒い大剣を構えた青年、倉成武は呆然とそれを見下ろしていた。分けが分からないと首を振っていた。

「……分けわかんねえよ」

彼の行動方針は最愛の妻であるつぐみと合流するため、ホテルへと向かうことだった。
そして廃坑南口を仲間と共に調べ、主催者がいる道へと辿り着くつもりだった。
自分の行動になんの迷いもない。もはや躊躇はないし、それに色々な覚悟を済ませたつもりだった。ただ、その覚悟だけはしていなかった。

「つぐみ……」

ホテルに向かうことなく、つぐみとは合流できた。
ただ、その二人には愕然とするような区切りがあった。生者か死者か、というものが。
まるでボロ雑巾のように道端に投棄されている亡骸を、最初は武も認識できなかった。分けも分からず首を振っていた。

ガリ……

正直なところ、想像することすらしなかった。
つぐみが死ぬなんて有り得ない。いかに完璧から離れたキュレイウィルスとはいえ、純キュレイ種である彼女なら大丈夫だ、と。
いや、そもそも。
つぐみに全幅の信頼を寄せていた武は、彼女がキュレイなど無しにしても死ぬはずがない、と信じ込んでいた。疑いすらしなかった。

ガリ……

「嘘だろ……つぐ……み……」

右手に握ったままの『時詠』の感覚が遠い。眩暈がした。有り得ない、と理性が必死に拒絶した。
想像以上の過負荷が武に圧し掛かる。そしてその左手は――――かつてのときの悪夢の再現のように、喉元へと手を伸ばしている。

「つぐみが死ぬはずない……だって……これからだったじゃねえか……」

ドサリ、と武は足に力が入らないまま蹲る。
まるで裁きを受ける前の罪人のように。それは真実、武への罰なのかも知れない。
結果的につぐみは死んだ。殺されたのだ。

「生きてる限り、生きろって言ったじゃねえかよぉ……」

ガリ……

「そうだ、つぐみが死ぬはずない……死んだのは偽者の、偽者のつぐみ……本物はまだ何処かで、まだ……」

ゴツッ!!

そう呟いた瞬間、地面に頭を思い切りぶつけた。
脳が揺れる。額を切るが、きっと一時間もしないで完治する。ただそれでも、一瞬でもそう口走った自分を殺したくなった。


「違う、ふざけるな……つぐみを、俺自身が否定するなっ……!!!」


それだけはしてはいけなかった。
つぐみの亡骸の前でつぐみを否定する……そんなことはどんな理由があろうと、許されなかった。
それはつぐみを冒涜することになる。だから一瞬でも心の弱さに負けかけた自分を、今までで一番殺してやりたくなった。

ガリ……

そんなときだった。
彼女が、新たな標的として武を見定めたのは。

「見つけた……」

武ももちろん、その声に気づく。既に背後に立たれている以上、その時点で武は絶体絶命の危機にある。
智代はデザートイーグルを構えながら、武に近づいていく。
簡単に殺してやることはできるが、ハクオロや土永といった面々が何処にいるのかを聞き出した後だ。
だが、智代が質問する暇もなく、武はつぐみの亡骸を呆然と見据えたまま、背後の襲撃者へと問いかける。

「名前は……?」
「……坂上智代。お前の名前は?」
「倉成武だ……早速だけど」

一呼吸。それで全ての準備が整った。
ふつふつ、と沸いて出た疑念が再び武の心を黒く染め上げていく。新たに降って沸いた疑念は―――即ち。


「殺したのは―――――お前か?」
「私は知らん。……だが、どの道……私がその手で殺していただろうな」


答える言葉は嘲りに近い。弁解をするつもりも更々ない。
その態度、その言葉が。

ガリ、ガリ……ガリガリガリ!

押してはいけなかった武の最後のスイッチを、指ではなくハンマーで強引に押してしまっていた。


「貴様ァァァアアァァアァァアアッ!!!!」



     ◇     ◇     ◇     ◇



「あっ……あぅあぅ、また再発したのです~……!」

悲鳴のような羽入の声。
私はただ事ではないとは思っていたが、ここに来てこれは非常にまずい、ということは理解できた。

倉成武は大切な姉妹である咲耶ちゃんを殺した、ある意味仇とも言える人物。
衛も千影も彼に襲われた経験がある。だが、それでも主催者に対抗するための貴重な戦力の一人だった。
そんな彼が再び暴走することになれば、厄介にも程がある。幸いにもパソコンには元凶の薬物、H173についての詳細データが残っている。

「羽入の反応から見て、接近できた人物ってのは彼だよね? 羽入にはどうにか出来ないの?」
「……行っても、ボクにはどうすることもできないのです……」
「そんなの、やって見なくちゃわかんないでしょ。喋れなくても、姿が見れるのなら何とか手段ぐらい考えれば……」

鷹野に悟らせずに、倉成武を説得する。
実のところ不可能に近い。彼の説得には前原圭一と小町つぐみが命懸けで行い、ようやく成功させたのだ。
それをこんな何処ぞの巫女ルックな可愛らしい神様が止められるぐらいなら、最初から物語はもう少しマシに機能しているのだ。

それを承知の上で、私は羽入に彼の説得を頼んだ。
この最初から諦めているような態度が気に入らない。
私は覚悟を決めたのだから、これから相棒になる彼女にも心を決めてもらわなければ。

「羽入。私に協力を要請する以上、ちゃんと覚悟決めてもらうよ」
「…………あぅあぅ」
「私たちがやろうとしていることは、絶対的に不利な状況からの大逆転。文字通り不可能を可能にすること。だからさ―――」

この程度の不可能、凌駕してこい、と。
そうでなければどうしようもない。羽入は言っていた、絶対の意思が運命を強固にする、と。
ならば一枚噛ませてもらおう。要するに、私が鷹野の意思を凌駕してやればいいのだから。この悪魔のシナリオを破壊してやればいいのだから。

「わ、分かりましたのです……何処までできるか分かりませんが、なんとか!」
「その意気。確か倉成武は暗号解読のアイテムをひとつを持っているはず。ここで暴走なんてされちゃ堪らないっての!」
「それでは、僕は行ってくるのです。しばらく援護はできませんので、気をつけてくださいなのです」

すうー、と幽霊のように羽入が消える。
なるほど、透過とかそんな類か。それとも瞬間移動でもできるのか。どの道、神様というのは便利な存在だ。
鷹野の言う神様ってのも、あんなことができるのか。だとしたら少し厄介な話になってしまう。

ピーーーー! ピーーーー!

「……佐藤良美と北川潤」

パソコンを打つと、すでに佐藤良美は朝の時点で落命していたことを知らせていた。
どうやら首輪の誤作動らしい。高嶺悠人や千影たちが死ぬよりも前に彼女が死んでいる、とデータには残されている。
首輪の誤作動……どうやら、2034年技術の急ごしらえで作ったコレも、万能には程遠いらしい。こういうのは優さんに任せれば良かったのに。

それにしてもこの二人が退場か。
佐藤良美の死は言っては悪いが、こちらにとっては朗報だ。彼女は最初期から殺し合いを肯定した。私にとっては頭痛の種の一つ。
北川潤は予定外。確か羽入の知り合いである古手梨花と行動を共にしていたはず。羽入がこれを聞けば真っ先に飛んでいくのだろう。


「それにしても、この時間帯だけで六人……初期は十人越えてびっくりしたけど、ようやく落ち着いてきたと思ってたのにね」
「きっと、それが終盤を知らせる合図ってことなんじゃないかしら?」


身体が、凍る。
時間が止まってしまったかのような悪夢。
落ち着け、冷静になれ。深呼吸は心の中で。あくまで自然に振り向かなければいけない。

「や、優さん。せめてノックはしてほしいかな」
「ふふ、ごめんなさい。ちょっと気になることがあってね、ここまで来させてもらったの。……パソコンの更新は?」
「これから。まったく、首輪もしっかりと作動してもらわないと管理が大変なんだけど……まだシステムに穴があったっぽい。優さんが作ればよかったのに」
「私は考古学専攻よ? お父さんは機械に詳しかったけど……実現するには貴女の力が必要だったの」

どうやら、気づかれてはいないらしい。
ほっと息を吐くと、パソコンに死者の名前と殺害者の名前を入れ込む。
その間に優さんは私の隣に近づき、ひとしきりパソコンを眺めると……やがて、退出するつもりなのか、ドアのほうへと足を運ぶ。

「なに、優さん。気になることの謎は解けたの?」
「いえ、それはこれからだけど……ねえ、鈴凛」
「なに?」

考え込むかのような優さんの疑問。
問いかけてくる視線を背中に受けたまま、私はパソコンに北川潤の名前を打ち込み、エンターキーを押す。
その直後。


「羽入さんって誰かしら?」
「―――――――っ!!!」


瞬間、呼吸が死んだ。
背後へと振り向けば、そこには凛々しい表情に無の感情を込めた優さんの姿。
その右手は突き出され、そして握られているのは……黒い凶器。人を一撃で葬り去る、銃という名の悪魔だった。



     ◇     ◇     ◇     ◇



「らぁあああああっ!!!」
「つぁ……っ……!?」

初撃は智代のデザートイーグルではなく、武の求めの一撃だった。
速い、と智代は冷や汗を流す。身体能力においては絶対の自信を持っていた。どれだけの不良を相手にしても叩きのめした自負があった。
だが、武の背後を取ったことに油断があった。その自信が慢心に繋がっていた。故に……智代は必殺の間合いを失った。

「な――――めるな!」

引き金を引く。こちらは銃で相手は剣、接近戦ではなく遠距離から戦うのが安全策だ。
その常人からは遠く離れた脚力を持って、武から距離を離す。もちろん、銃は標的を捉えたまま。
だが、武は臆することなく接近してくる。
銃に直進で向かってくる蛮勇にも驚いたが、自分の脚力に付いてこれる敵の身体能力にも驚愕した。

武の振るった黒い大剣が、一秒前に智代のいた空間を切り裂いた。
デザートイーグルで狙いをつけ、発砲する。パァン、パァンと二度の銃撃。
だが、武はその銃弾をひとつは身を逸らして避け、残るひとつの『時詠』を盾にすることによって弾いた。

「ちい―――――!」

智代は状況を冷静に判断する。このままでは武の一撃によって自分は倒される。
まるで獰猛な獣のようだった。比喩ではなく、本当に智代はそんな印象を受けた。何発銃弾をぶち込めば倒れるか、と思うほどに。
智代にはデイパックを漁る猶予すらない。出来ることといえば、それは―――――デイパックそのものを投げつけるだけ。

「ぬっ……!?」

突如、目の前に飛来した物体を『時詠』で切り飛ばす。
裂けるデイパックと、同時にその中身が飛び出した。質量を無視して乱舞する支給品は目くらまし、などというものではない。
中には九十七式自動砲やサバイバルナイフなどが入っている。後退するが、打撲や切り傷は避けられない。

「ぐあっ……!?」
「もらったっ!!」

必勝を確信し、デザートイーグルを構える。
怯んでいる隙に乱射すれば、最悪でも重傷を負わせることが出来る。そうすればこちらの勝利は目前だ。
指に力を入れようとする、その直前。


「うぉおおおりゃぁああああああっ!!!!」

パァン、パァンッ―――――ガァンッ!


武は『時詠』を投擲し、智代は目を見開いて回転し飛翔する黒い大剣を避けた。
その一瞬の隙をついて、武が距離を詰める。気づいた智代は改めて標的に銃を向けるが、遅い。
武の回し蹴りが右手で掴んでいたデザートイーグルに直撃した。ガァン、と音を立てて銃が弾け飛ぶ。智代は武器を失った。

(もらった・・・!)

武はデイパックに手を突っ込む。千影のデイパックの中身を武は知らないが、適当に掴んだそれを引き抜いた。
出てきた銃―――S&W M37―――の引き金を引く。だが、銃は虚しく間抜けな音を放つのみ。
弾切れか、と悟った。時間にして僅かに一秒――――その動揺を智代は見逃さなかった。
必死、とも取れる一秒の邂逅。刹那の攻防は―――――結局、武ではなく智代に軍配が上がった。

「はああぁぁああああああああっ!!!!!」
「なっ……がぁぁあああああっ!!!?」

ダダダダダダダダダダダダダッ!!!

蹴り、蹴り、蹴り、蹴り。ただ無骨に、愚直に浴びせる足蹴の雨。
銃を主力にしていようと、本質はこれが智代の切り札だ。
いくらキュレイキャリアの武と言えども、一秒で数十発を叩き込む攻撃に耐えられるはずがない。

「っ……だあああっ!!!」
「ぐふっ……があ!?」

最後の一撃で宙を舞う。
何処に飛ばされるかは分からないが、このままでは殺されると本能が伝えていた。
頭こそガードしたものの、全身が痛い。デイパックは……まだ抱えているし、武器もまだある。まだ諦めるには程遠い。

「くそっ・・・」

銃に弾を装填する。武には銃の基本知識はないため、詰める弾丸は適当に選んだ。
武としては銃よりも刀剣類のほうが扱いやすいのだが、背に腹は代えられない。
9ミリパラベラム弾を強引に捻じ込み、そのまま構えるも智代の姿は既に視界には存在してなかった。
周りを見渡すが、誰もいない。逃げた・・・様子はない。まだ何処からかに気配があったような気がした。

「がぁぁぁあああっ!!!」

無造作に乱射する。姿なき襲撃者を恐れるかのように。
四発目が火を吹いたその直後、唐突に武の目の前に智代が出現した。上空から、舞い降りるかのように。

「なっ・・・」
「はあああああああっ!!!」

智代が着地と同時に繰り出した蹴りが、武の手首を手酷く痛めつけた。
銃はその勢いで中空へと飛んでいく。
続いて武がそれに一瞬気を取られた、その隙を狙って武の頭に足蹴を叩き込んだ。

「がっ・・・っ・・・」

防御はした。ただ、その威力が想定外だっただけの話。
再び吹き飛ばされてしまう。しかも一時的な脳震盪が誘発されたらしく、武の視界がぼやけてきた。

意識を一瞬だけ失うその直前。
武は懐から残ったスタングレネード二つを取り出すと、智代目掛けて投げつけた。

「なっ……ぐぁぁぁぁあああっ!!?」

武には見えなかったが、どうやら効果は合ったらしい。
さて、武が意識を回復するのと智代が視界を回復させるのは―――――果たして、どちらが先なのだろう?


     ◇     ◇     ◇     ◇



「優さん……何の真似?」
「質問に質問で返すのは、あんまり関心されないわよ?」

冷や汗を流すしかない。状況は最悪だ。
優さんはふうっと息を吐くと、パソコンの端末を指差して少し笑う。あんまり楽しそうな笑いじゃないし、私もこれは楽しくない。
とりあえず無抵抗を装うために手を上げる。正直、所有物はゴーグルだけな私は無力以外の何者でもない。

「……無駄はお互い、省きましょう? 以前貴女に頼まれてランキングを更新したことがあったわよね。数時間前よ」
「………………」

ああ、そういうこと。
さすが監視役、といったところか。まさか盗聴器を仕掛けてくれるなんて。
それでもまだ王手じゃない。こんなところで発覚なんてされて堪るもんか。まだ、私たちの計画は発動したばかりなのだから。

「だから、もう一度訊くわね。……羽入さんって、誰?」
「……ねえ、優さん。神様って信じる……?」
「信じない。私が信じる超常現象は精々が魔法と……それに、第三視点ってところかしら」

第三視点……確か富竹さんが名乗った名前か。確かブリック・ヴィンケル。
とにかく、こちらは真実と虚構を混ぜ合わせた回答をしてやらなければ。そうでなければ、内通することすら出来なくなる。
考えないと。細くなった優さんの瞳には恐怖を覚えるが、これが私の戦いだ。絶対に退いてなんてやらない。

「さっきね、神様に逢ったの。優さんも盗聴器を仕掛けたなら声は届いたでしょ?」
「……貴女が何を言ってるのか、分からないけど……聞こえてきた声は、貴女が羽入という人物に一方的に話しかけ、会話する様子だけ」
「えっ……!?」

驚愕する、ふりをする。
なるほど、契約者でなければ声も聞こえない、と。
だからパソコンに近寄るついでに、部屋を見渡していたわけか。

「嘘……だよね? 私、見たよ? 羽入って名乗ってた、神様って言ってた……」
「私が聞いたのは、誰もいない何処かに話しかける貴女の声。私が見たのはそんな姿だけ、なんだけど」
「……じゃあ、なに。幻でも見たって言うの、優さん……?」

幸いにも、私の精神状態はリアルタイムで危うい。
姉妹は全滅し、悲嘆にくれている。情緒不安定な姿を演出する。いくら可哀想な人、みたいな目で見られてもいい。
嘘に本当を混ぜれば、それは自然に受け入れられる。優さんは契約者じゃないのだし、羽入もこの場にいない。いても見えない。

だから状況が理解できない優さんには、決してバレるはずがない。

確かに苦しい言い訳だけど、現実にここには私以外の誰もいない。
誰かに見られていたとしても、私は虚空に向かって話しかける可哀想な女の子。
違和感は感じられるかもしれないが、さすがに証拠は見つからない。その証拠は契約者ではない優さんには決して観測出来ないのだから。

「ごめん……少し自暴自棄になっちゃってた。姉妹は皆、死んだ。私が殺したようなもんだから、さ」
「…………」
「夢想してた。ゲームで誰か一人でもこっちに来て、それで私を叱ってくれるっての……そんな、ことを」

これは真実。本当に千影だけにでもここに来て欲しかった。
もう私には罪を償うことすら赦されない。謝ることだって出来ない。それが酷く悲しい。

「だから有りもしない神様に救いを求めた……うん、そっか。そうなんだ……」
「鈴凛……」

優さんが銃をおろす。ここで安心は出来ない。
そんなとき、唐突に優さんはパソコンを注視し始める。首をかしげて、パソコンのほうを見ると……まだ、音声が残っていた。
優さんは椅子を持ってくると、そこに腰を下ろした。……ていうか、もしかして。

「優さん……? その、見学でもするの?」
「ええ。インゼル・ヌルの様子は私も気になるもの。さっきはごめんなさいね」
「……いや、それはいいけど……監視って気分悪いよ、やっぱ。それに見学するなら中央管制室のほうが……」
「あの鬼婆とやらの高笑いを聞くのは、いい加減に面倒なのよ」

クス、と笑いかけられる。
困った。向こうには羽入が行っている……どんな展開になるのか分かんないけど、まだ優さんからの疑いは晴れてないと思ったほうがいい。
これで羽入がしくじれば、私も終わりってことかなぁ……出逢って数十分の神様に命運を託されたわけか。

(参ったな……)

私は心中で溜息を吐きつつ、耳を傾ける。
戦いはどうやら膠着状態か、それとも終わってしまったのか……呻き声と呟きだけが、私の耳に届いてくるのみだった。



     ◇     ◇     ◇     ◇



(また、お前か)

巫女服に身を包んだ少女の姿に、思わず溜息を吐く。
こいつが見えているとき、俺は調子が悪かったり酷い状態になっている。しかもハッキリ見えているとなれば最悪だ。
そいつはただ悲しそうな顔をしていたが、いつものように疑問を投げかけたり謝罪を繰り返すようではない。

ガリ、ガリ……

まるで喋ることを許されていないのか、ゆっくりと二つの支給品を指差している。
注射器&アンプルと、そして子供向けの人形だ。
無視して立ち上がろうとすると、両手を広げて通せんぼしてきた。どうやら邪魔するつもりらしい。

(……?)

ちゃりん、とそいつは俺に何かを手渡してきた。
どうやら物に触れることも出来るらしい。ふと、渡された物体を見て……俺はそれに郷愁に近いものを覚えた。

つぐみのホログラムペンダント。
俺の荷物の中になかったことを考えると、どうやら相手の荷物に紛れ込んでいたらしい。
それがまた莫迦を仕出かそうとした俺に対する、つぐみの文句のようにも見えて。

(…………あー、くそ)

頭から血が出てる。キュレイの力なら二時間程度で完治しそうな程度だ。
だが、おかげでスッキリしたらしい。どうやら冷静に物事を考えられるらしい……注射器を引っ掴んだまま、立ち上がった。
そうだ、思い出せ。何度も繰り返すな。

「……ありがとよ。血が抜けて、少しばかりマシになったらしい……」

腕にアンプルを打つ。途端に意識が鮮明になってきた。
坂上智代はまだ瞳を押さえている。周りを見渡すが、もう巫女の少女の姿はない。ただ、僅かながらの感謝を送った。
この命はつぐみが、圭一が救ってくれた命だ。こんな簡単に失っていいもんでも、こんな易々と自分を失ってもいけないもんなんだ。

落ち着け、俺自身が落ち着け。
つぐみの死因は斬殺。見たところ体中を切り裂かれていた。要するに相手は刃物、それも刀か剣の類だ。
奴は銃と反則的な身体能力しか持っていなかった。つまり、智代の言った通り、つぐみを殺したのは智代じゃない。

「そうだ……これを訊いてなかったな」

俺はようやく視界を回復させた智代を真正面に見据える。
武器を隠し持っていない限り、お互いは安全だと言い聞かせて。

「坂上智代……お前はどうして、殺し合いになんか乗っているんだ?」



     ◇     ◇     ◇     ◇



ふと、問いかけられて私は強い違和感を得た。
さっきまでの獰猛そうな獣性は成りを潜め、今度は比較的冷静に私に問いかけてくる。
情緒不安定、などという言葉があるが、そんなものだろうか。武とか言う奴は真っ直ぐに、私を睨み付けている。

「復讐だ」

答えてやった。この激情を何処かに八つ当たりしてやりたかった。
大儀がある、なんて考えていない。ただ私はこの憤怒を発散させているだけ。
男の瞳が細くなる。私の戦う理由に共感するつもりはない、とでも言いたげだが……結構だ。私に理解者などいらない。

「私はこの島で大切な人を失ったっ!!」

朋也はもういない。付き合うからには不幸になんてなってたまるか、と笑い合った日々は帰ってこない。
大切な人だった。大好きな人だった。一途に好きだと信じられた。
憎い。朋也を殺した誰かが憎い。何処かでまだ生きているのなら、生き地獄にあわせて殺してやりたい。

「私の奮戦もむなしく、目の前で友人を斬り殺されたっ!!」

春原は私の目の前で殺された。臓物が地面に垂れるあの光景には悪寒すらした。
護れなかった。まだやり直せた。決して間違いは言っていなかった。臆病なのは罪なのか、それは違うと思いたい。
憎い。春原を殺す要因になったハクオロが。そしてそのハクオロに組する奴らが許せない。絶対に殺してやる。

「私はっ……私は、私を助けようとしてくれた人を……撃ち殺してしまった……っ!!」

名も知らない少年。勘違いとは言え、エリカを殺害し……そして私もそれを勘違いして殺してしまった。
人を殺してしまった。それも恐らく、かつての自分と同じように正義を心の中に秘めていた人を。この手で引き金を引き、殺した。
憎い、憎い、憎い。
全ては土永の陰謀。殺し合わせようと画策したあの女の策謀だ。生きていいはずがない、そんな外道が生きて朋也や春原が死ぬなんて許さない。

「許さない……誰も許さない、何もかも許さない。
 私の大切な人や、仲間を殺したこの島の参加者も、こんなふざけたゲームとやらを企画した主催者も!
 憎い、憎い、憎い。ハクオロや土永も、それに組する奴らも……こんな道を選んだ私自身ですら許さないっ!!!」

そうだ、何もかもが憎い。
理性では正しいことと間違っていることぐらい把握できる。だが、私はこの道を選んだ。
許してなどやるものか。
もしも私までが奴らを許してしまったら、奪われた仲間の無念は何処に行けばいいのだろう、そう思うと私だけでもこの道を選ぶ。

だが、男はそれを否定しなかった。
最初は驚いた顔をして、それから納得したかのようにひとつ頷いた。
分けが分からない、と思った矢先。


「俺だってそうなんだよっ!!」


そんな絶叫に、私は瞳を丸くした。


     ◇     ◇     ◇     ◇


(……僕の出番はここまでなのです)

ふわふわ、と浮かびながら羽入は西を目指していた。
鈴凛には鈴凛の役目を頼んだ。後は自分が行動していく必要がある。鈴凛に活を入れられ、かつてを思い出した。
自分も一緒に戦わなければ、鷹野の強固な意志を打ち破ることは出来ない。だから、自分もまた動くのだ。

(僕が出来ることは……僕に接触できる人に伝えていくこと)

倉成武に接近できるのは今ので恐らく最後だ。
雛見沢症候群に感染している武だが、羽入の姿が認識できたのは発症している間ぐらい。
それでは意味がない。ちゃんと話を聞いてくれる参加者……やはり、梨花に会わなければ。

鈴凛の話も鑑みて話を進めると、鷹野は音声のみを拾っている。
どうせ人知れず暗躍しようとして考えていることには気づいているのかも知れない。
けれど羽入は、今はまだ鷹野には気づかれていないだろうと思っていた。何故ならディーは参加者の脱出も肯定している。

まあ、さすがに羽入が直接動くのはルール違反かもしれない。
しかし、羽入には契約の縛りも首輪もないのだ。精々が鷹野への密告だが、ディーが休眠中の今なら観測されない。

(ディーさんがお休みしている間に……梨花と接触を取るのです)

何処まで出来るかわからないし、今この瞬間にもディーが再起する可能性だってある。
ぐずぐずしてはいられない。ただ廃坑で暗号のアイテムを待つだけの存在にされる前に、梨花たちと接触しておきたい。
そうしてディーに捕捉された後は、皆を信じて待つ。梨花や鈴凛や他の参加者を信じ、自分の力が必要になるときまで。

(あ、でもその前に……鈴凛に許可ぐらい、取りに行くべきでしょうか……?)

ふと、思い浮かんだ疑問は自身の単独行動について。
あぅあぅあぅ、と呟きながら悩み始める。果たして、羽入が選んだ行動はどちらか。


【G-5 マップ中央/二日目 昼】

【羽入@ひぐらしのなく頃に 祭】
【装備:なし】
【所持品:なし】
【状態:健康、困惑】
【思考・行動】
1:ディーが再び行動する前に梨花を探し出す
2:梨花、鈴凛、武を心配


【備考】
※『大神への道』の3つの道具を集めて、廃鉱の最果てに持っていく事で羽入がLeMUへの道を開きます。
※ディーの力の影響を受けているため、雛見沢症候群の感染者ではなくても契約者ならば姿を見る事が出来ます。
※もう一度鈴凛の元に帰るか、それともこのまま西進するかは次の書き手さんにお任せします。


192:終着点~侵されざるもの~ 投下順に読む 193:贖罪/罪人たちと絶対の意志(後編)
194:銀の意志、金の翼 時系列順に読む 193:贖罪/罪人たちと絶対の意志(後編)
189:求めのアセリア/Lost Days(後編) 倉成武 193:贖罪/罪人たちと絶対の意志(後編)
183:ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(後編) 坂上智代 193:贖罪/罪人たちと絶対の意志(後編)
190:CARNIVAL 鈴凛 193:贖罪/罪人たちと絶対の意志(後編)
190:CARNIVAL 羽入 193:贖罪/罪人たちと絶対の意志(後編)
190:CARNIVAL 田中優美清春香菜 193:贖罪/罪人たちと絶対の意志(後編)






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