第五回定時放送 ◆TFNAWZdzjA


かつ、かつ、かつ。
青年は白い通路を闊歩していた。ただ一人で、その目には感情もなく。
時刻は放送が始まる10分前。主催者側の一人として、道化師が重い足音を立てながら歩いていく。

「………………」

中性子浮力エレベーター、EI(アイ)に乗って最下層を目指す。
自分たちがいる場所は皮肉にも海の中。途中、通ってきた広間は水族館のように魚が自由気ままに泳いでいた。
もちろん、ガラスは防弾仕様。かつて起きた惨劇を繰り返さないためにも、慎重に慎重を重ねて作り出した空間だ。

「あっ……隊長、お疲れ様です。そろそろ放送のお時間が」
「ああ、分かっている。今向かっているところだ」

エレベーターを降りると部下の一人と出くわした。
山狗という部隊。指揮官こそ鷹野だが、実際に彼らを取り纏めているのはこの青年の力だ。
青年は部下から畏怖の目で見られることが多い。何しろこの地位につくまでに、何人もの人間を手にかけてきたのだから。
そう、前リーダーだった小此木という男も、この青年が殺した。そうして鷹野に取り入り、その地位を確保した。

だからこそ、彼らは従いながらも恐れている。
この青年は人を殺すことに躊躇しない。飄々とした雰囲気の中に明確な敵意を織り込むのだ。



この本拠地の名前はLeMUと言う。
海洋テーマパークの生き写しとも青年は思う。ところどころに違いはあるものの、大まかなところは酷似している。
四階層に分かれているこの基地は、組織の人間からはこのような位置づけになっている。

地上は『インゼル・ヌル』……参加者たちが殺し合い、命を奪い合う地獄の島。
海底一階が『エルストボーデン』、ここからは主催者の本拠地となる。巨大水族館が雰囲気を作ってくれる。
海底二階は『ツヴァイト・シュトック』といい、メリーゴーランドなどのアトラクションがある。キャッチフレームは『夢とファンタジー』だ。
そして海底三階。『ドリット・シュトック』が青年が目指していたフロア。キャッチコピーは『スリルと冒険』というらしい。

そこの一室、管制室と呼ばれる部屋に鷹野はいた。

「あら、遅かったじゃない。ちょうど今、いいところなのよ?」
「誰が死んだんだ? 笑ってるってことは俺の知り合いか?」
「ふふ、いいところをつくわね。ただし被害者じゃなくて、加害者なんだけど」

そうか、と青年は興味なさそうに呟くだけ。
ここにこうして立っている時点で、自分に知り合いの安否を祈る資格などないことを青年は知っていた。
画面を眺めると、確かに鷹野にとっては面白いような展開になっている。ズキリ、と軋んだ心を青年は押し隠した。

「ひゃーっはははははははっ!!! いいねえ、いいねえっ! 確かに最高の展開だよっ!!」
「………………」

隣にいるのは対照的な二人の護衛。
ハウエンクアとヒエン。片方は歓喜に打ち震え、片方は黙ったまま事の成り行きを見守っている。
山狗の部下たちの中には彼らを良く思わない連中が多い。まあ、青年もその一人ではあるのだが。

「どうしましょうかねえ……せっかくだから、貴方が放送をやる? 面白いことになるかも知れないわよ?」
「……勘弁してくれ。どうせなら、そこの護衛にやらせてやってくれよ。そんなことしたら、烈火のごとく怒られちまう」
「そう、残念ね」

話を打ち切って、管制室を後にする。
せっかくだから科学班の主任と副主任にでも挨拶に行こうか、という気まぐれ。
とにかく一刻も早く、あの光景から目を逸らしたかった。胸糞悪い気分に知らず、胸を押さえた。

(……そうだ、今なら放送に夢中で監視の目が甘いな)

今のうちに少し遊んでおこうか。
そんな気軽な気持ちで青年は歩き出す。アトラクションのひとつである『レムリア遺跡』へと。
直後、耳を振動が振るわせた。午前6時―――――放送の時間だ。



     ◇     ◇     ◇     ◇





『……定時放送の時刻だ。まずはこの時刻まで生き延びた諸君を賛辞しよう。
 すでに戦いは二日目を迎えている。参加者の中で一人、また一人と脱落していくなか、諸君は良く戦ってくれる。
 参加者の人数は三分の一を切った。次の放送のとき、どれだけの猛者が残っているだろうな……

 くだらない話が過ぎた。今回の放送は自分、ヒエンが担当させてもらう。
 先に放送したハウエンクアと同じ客の身分だ。
 まずは禁止エリア、そして脱落した参加者の名前を挙げていく。聞き逃さないようにしてほしい。

 それでは禁止エリアを伝える。聞き忘れた者、二度も言うつもりはない。聞き逃さないように。
 8時より、G-3地点。10時より、B-5地点だ。
 暗記したか? それでは続いて死亡者の発表に入る。第四回放送から今までの6時間、死亡した者は――――


 衛
 白河ことり
 水瀬名雪
 前原圭一


 以上、4名。

 やはり人数が落ちているが、それも詮無きこと。
 参加者は見せしめに殺害した人間を含め、これで40名以上が命を落としたのだ。そう焦ることはない。

 どう足掻いたとしても、もう我々には勝てない。脱出する望みなど、もう尽きたのだ。
 どんな手を使っても、我々のところには辿り着けない。それこそ、大神の奇跡でも願わない限り、歯向かうことなどできない。
 もはや、不可能なのだ。

 では、放送を終える。次の放送は6時間後の正午だ。諸君らに大神の祝福あらんことを―――――』


「……で、宜しいでしょうか、鷹野殿」
「ええ」

ヒエンはマイクを置いて心中でため息をつく。
見ていられなかった。足掻く参加者たちが、無残にも命を散らしていく光景が。それこそ、ハウエンクアとは真逆だった。

シャクコポル族――――ヒエンやハウエンクアの民族は世界の中でも弱者に位置する。
少なくともヒエンには虐げられる者の痛みが分かる。参加者たちがかつての自分と重なるのだ。
そして考える。この地獄の中で、自分の生き方に正直に生きる強さがあるかどうかを。ヒエンが逆の立場なら……あそこまで強くはいられない、と。

「ヒエン、どうしたの? 貴方はお客さんなんだから、楽しい宴は見ていないと、ね」
「……申し訳ございません、鷹野殿。『まいく』などと慣れないモノを使ったものですから、少し呆けておりました」
「あら、珍しい。ハウエンクアと違って繊細なのねえ」
「ひゃははっ、鷹野……そいつは酷いじゃないか」

二人が盛り上がる最中、ヒエンは思う。
諦めろ、と告げた真意。もう足掻かず受け入れろ、という勧告。たとえ殺し合いに乗った人間が全員死んでも、24時間後には全滅だ。

たとえ万が一、ここに攻めてきたとしても。
ヒエンは契約に従い、全力で叩き潰さなければならない。偉大なるあの力を使って、だ。
契約内容は鷹野と優勝者の護衛。全てが終わったあと、大神の間へと導く役割だ。
この本拠地も広くはない。大神の力も普通に使えるのだが、できるだけ広い場所のほうが全力を出せる。

死に物狂いで戦ってきて、ようやく辿り着いたとしても、そこには絶望しかない。
圧倒的な戦力差がある。勝てるはずなど微塵もない。ヒエン自身とて手は貸せない。それは契約に反するからだ。

(諦めてしまえ……そのほうが、楽だろう?)

さあ、迷いは終わりだ。
ヒエンは頭を短めに振って気持ちを切り替え、再びスクリーンへと視線を移した。




     ◇     ◇     ◇     ◇


「……なんだかなぁ、なんでよりによってレムリア遺跡……」

ため息をつく。
ここから奥に進むつもりなのだが、わざわざ巨大迷路の中に目的地を作らんでも、と。
誰の趣味だ、と最初は青年も毒ついていた。ちなみに、二秒で鷹野の趣味だろうな、と思い至ったりする。

ようやく辿り着いたそこは、薄汚れた地下牢だった。
暗くじめじめした雰囲気、蝋燭の明かりだけが頼りの暗黒の世界。
青年はゆっくりと階段を下っていく。かつ、かつ、と……光のない世界に音だけが跳ねていく。

「……ん、ようやく到着か」

やがて、辿り着くのは牢獄のひとつ。
鎖と手錠で拘束された一人の男の姿がそこにあった。まだちゃんと生きているだろうか、などと漠然と考える。
隣には部下である山狗が二名。青年の姿を認めると、背筋を正して敬礼を取る。

「ご苦労様です、隊長」
「ああ。ちゃんと生きているだろうな?」
「もちろん。そのような命令が届いておりますので」
「よしよし。殺したりしたら、鷹野の奴がヒステリーを起こすぞ? こいつはお気に入りだからな」

その会話に拘束されていた男が目を覚ます。
身体中に打撲の痕がある。拷問を受けた証拠だ。ただし、妙な指令により殴る蹴る程度の簡単なものだが。
別に何かを吐かせる、という目的ではない。男は反逆者で、何をしたかも分かっている。
ただ、鷹野は屈服させたいのだ。心も身体も自分のものにして、再び仲間に迎え入れたいのだ。……本人にも、無理だと分かっているのだが。

「ぐっ……痛っ……」
「お目覚めかい、富竹。そろそろ精魂尽き果てたんじゃないか?」
「ふっ……まだまだ、さ」

青年はため息を漏らすと、部下二名に退出を命じる。
多少なりの困惑はあったが、大人しく部下たちは牢獄から立ち去った。要するに休憩時間というわけだ。
富竹はその様子に疑問を覚える。あっさりと山狗を独断で下げさせられる……つまり、地位のある人間だ、と。
目の前の青年は何者なのか、という疑問を。


「山狗の隊長は……小此木くんじゃなかったかな?」
「もう死んだよ、俺が殺した。アンタが鷹野と手を組んだ振りをしていた頃、世代交代ってのがあってな」
「……なるほど、ね……僕は姿を見えない小此木くんが僕を監視していたんだと思っていたけど……告げ口したのは君か」

鷹野と小此木、それに山狗には注意を払っていたはずだった。
手を組んだように思わせて『ブリック・ヴィンケル』と名乗り、ヒントを与えた。それをこの青年が見破ったのだ。
だが、あれはブラフ。もう一方のほうには気づかれていないはず。そのためにわざと、こうして危険を冒したのだから。

「人聞きが悪いな、俺は役目を果たしただけだ。最初からアンタの監視はノルマに入ってたぜ?」
「……つまり、最初から鷹野さんにはバレてたわけか。ところで……」

富竹は一息いれ、そして探るように青年へと語りかけた。

「ゲームはちゃんと続いているのかい?」
「ああ、アンタが捕まったからこちらもいい具合に団結が取れてきたよ。誰もアンタの二の舞にはなりたくない、ってね」
「そうかい」

それだけ聞けば充分だった。彼女は……鈴凛はまだ疑われていない。
契約者として『ゲームの進行の際に参加者に脱出の機会を設けさせる』というもの。あれは鷹野にも青年にもバレてはいけない。
富竹は契約者ではなかったが、この殺し合いを止めるために手を組んだ。今回の件もその作戦の一環。

(ま・・・僕は何も知らないんだけど、ね。あの不可思議な力の源も、鷹野さんの目的も)

契約者の件については富竹は何も知らない。
背後にディーという黒幕がいることも、契約のことも何も。ただ鷹野を止めることだけを考えているのだから。
そういう意味では鈴凛が一方的に富竹を利用しているようなものだが、そんなことは富竹も関係ない。

(関係ないよ・・・鷹野さんを止め、この殺し合いを終わらせることが出来るのなら)

そのためにこうして、自身を身を危険に晒してまで反抗しているのだから。
富竹の裏切りを立てて失敗し、捕まる。そうすることで監視の目をこちらに移行させる。
誰が敵で誰が味方かもハッキリさせた。後は鈴凛に任せるしかない。
あんなランキングを送ったのもその一環に過ぎない。鷹野も、桑古木も……その思惑には気づかない。

話はそれだけで終わりだった。
いや、青年が牢獄から外へ出る一瞬に、もうひとつ。富竹が思い出したかのように青年の背中に語る。

「君の名前を思い出したよ……何度も繰り返し起こる、この殺し合いのうちのひとつ。その優勝者だったね」
「ああ、そうだ」

かつて、今と同じような殺し合いで10人以上を殺害し、優勝した殺人鬼。それが目の前にいる青年だ。
富竹を知っている情報では、伊吹風子が優勝した以外にも、もう一人……17年前に開催された殺し合いの優勝者。
報酬は莫大な資金、一兆円以上の資金提供だった。

その名は確か―――――そう、名簿で見た名前はこんな名前だった。


「クワコギ、リョウケン」
「違う」


速攻だった、一瞬だった。クワ、の時点で否定の言葉を投げたのは青年だ。
心の奥底から出したような否定に、富竹の目が点になる。青年は暗い背景を背負いながら、泣く泣く名前を説明する。


「カブラキ、リョウゴ……桑古木、涼権だ……」
「……すまない、トラウマを刺激しちゃったかな?」
「いや、いい……慣れた。ああ、慣れたさ……」


つまりはそれだけの会話だったに過ぎない。
ニヤリ、と口元を僅かに歪めて笑う富竹の姿に、最後まで桑古木は気づかなかった。


     ◇     ◇     ◇     ◇




「そういえば鷹野様、褒美の件は話されなくて宜しかったのですか?」

スクリーンを見ながら談笑する鷹野に、部下の一人が疑問を投げかける。
鷹野は画面に移される夫婦の殺し合いの光景を眺めながら、くすくすと笑って首を振った。

「必要ないわ。私の代わりに吹聴してくれる道化な鳥のおかげで……効力を失ってしまったし。
 どうせ残っているのは暴走した男に復讐鬼、殺戮人形に外道な女……それとそう、私たちが唯一把握しきれないあの、女の子。
 私たちに歯向かう人たちは、鳥のおかげで耐性が出来てしまっているようだしねえ。

 少なくとも今回は見送るわ。
 ちゃんと会話を傍受しておきなさい。少しでもご褒美を教えれば仲間を殺してくれる素敵な人を、見逃さないように。
 どうせ、私たちの元には誰も辿り着けないもの。神様の奇跡、とやらでもない限りね……くす、くすくすくすくす」

その様子を近くで見ていた女は、心中でため息をついた。
やはり、この女は悪魔なんだろう、と。そしてその悪魔に協力している自分もまた、悪魔の一員なのだと知って。
画面を見上げ、胸が軋む思いだった。かつての理想を捨てた残骸が、今ここにいる自分の全てだと認識して。

科学技術班、副主任はスクリーンを注視する。
そこに映し出されているのは、恋をしていた男性とその妻の殺し合い。
これを見るのが辛いと言うのなら……それこそが自身の原罪。罪状。大罪。地獄で焼き尽くされるほどの反逆。

「……優」
「…………おかえり、桑古木」

短い挨拶、短い会話。
再び管制室に入ってきた桑古木はかつての同士にして、現在の共犯者である知己の存在の背中へと語りかける。
女――――田中、優美清春香奈。通称、優は背後の桑古木に振り返ることなく、じっとスクリーンを見つめている。

「後悔、しているか?」
「そんな傲慢は許されない。そうでしょう?」

鷹野はもちろん、ハウエンクアやヒエン。部下の山狗にも聞こえないほど小さな問い。
主任である鈴凛の『協力者』にして『お目付け役』の彼女は、この瞬間だけは任務を放棄してここに来ている。
当然、鷹野も承知済みだ。むしろ嘲り笑うかのように、その光景を楽しんでいるのだから。

「私たちは大切な人のために、仲間を売った」
「ああ。俺はココのために、優は秋香奈のために」

優は唇を噛み締める。自分たちのやったことは全て無駄だったのだ。
2017年の出来事を再現するためには資金が足りなかった。LeMUを再び作り出すほどの資金が。
だからかつて、桑古木はゲームに参加した。参加者を殺しつくし、優勝した。そうすることで莫大な金を褒美として手に入れた。

そうして2034年、ようやく武とココを救い出したというのに。
再びその忌まわしいゲームの魔の手が自分たちに伸びてきた。必死な抵抗も無意味、拒絶も不可能。
参加するのは自分たちだ、という言葉にすら耳を貸してもらえなかった。
だからせめて、と条件を出したのだ。苦し紛れの抵抗、これだけのことは守ってくれ、と。


子供たちは決して巻き込まないでほしい。


武とつぐみの子供も、優の娘も、そして特例としてココも。
そうしてくれるのなら、自分たちが手を貸す。たとえ参加者としても、悪魔の役割だとしても。
武とつぐみに憎まれようと、罵られようと、殺されようと。逃れられない破滅ならば、せめて大事なものだけでも護りたい。

(たとえ武やつぐみが死のうと、自分たちが殺されようと……護る)
(たとえ地獄に落ちても、何千回でも何万回でも……地獄の業火に身を焼かれても、構わない)

初恋の、17年間恋してきた少女を護るために。
自分の娘、自分の存在意義の全てとも言える存在を護るために。

このゲームは遂行する。
願わくば優勝するのは知り合いであってほしい。
生還し、そしてその手で自分たちを裁いてほしい。そのために、理想の成れの果てである男女は残骸となった。


「あっ……」
「……っ……」


やがて、画面の向こう側で戦いが終結する。
そのとき、彼らが噛み殺した溜息は安堵か、それとも絶望か。
分かっていることは、彼らが感じている感情は―――――全て、諦観で占められているという事実だけだ。


【残り21人】



181:うたかたの恋人(後編) 投下順に読む 183:ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(前編)
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169:第四回定時放送 鷹野三四 190:CARNIVAL
169:第四回定時放送 ハウエンクア 190:CARNIVAL
169:第四回定時放送 ヒエン 190:CARNIVAL
桑古木涼権 190:CARNIVAL
田中優美清春香菜 190:CARNIVAL







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