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地獄の島、向日葵の少女(中編) ◆TFNAWZdzjA


「……裏口に奴らの姿はない、か」

悠人は良美の助言どおり、裏口へとやってきた。
ここは一本道の廊下の先で、さすがに見過ごしたとは思えない。
途中で悠人の姿に気づき、正面から入ることにしたのか。それとも警戒しているだけですぐ近くにいるのか。

答えは出ないまま、考える。この場は部屋に戻り、ホテルから逃げ出したほうがいいかもしれない。
千影はここにはいない。悠人の到着が遅くなったんで、先に病院に行ったのだろう。そう判断した。
ならここで良美とことりを護りながら一戦を交えるより、病院でハクオロたちと力をあわせて撃退したほうがいいだろう、と。

(よし、裏口には敵はいない……戻って、ことりたちを呼んでこよう)

即断し、踵を返す。あの長い一本道の廊下へと目を向ける。
そこには薄暗い影、人の形をとった黒装束の少女。
その手に握られているのは明確な凶器、銃だ。しかも悠人に向けて構えたまま、こちらへと歩いてくる。

(なんて……なんて冷たい目をしてるんだよ)

そこに込められていた感情は嫌悪、憎悪、そして殺意。
まるでかつての誰かに姿を重ねたかのような、鋭い眼光。一切の容赦もない絶対的な敵意が悠人の心に警鐘を鳴らせた。

「見つけたわよ、カマドウマ」
「……いきなり便所こおろぎの名前で呼ばれる覚えはないぞ。誰だ、お前は」
「つぐみよ、小町つぐみ。ついでに言うと、貴方を殺す者の名前」

その目が、その行動が、その言葉が告げていた。
話し合う余地はない。分かり合うつもりはない。それほどまでの憎悪、その一身を悠人は浴びていた。

「殺し合いに……乗っているのか?」
「いいえ。だけど、貴方は私が殺さないといけないの」

何故、と尋ねる。いくらこの後、戦うことになっても……理由も分からず殺されるのはごめんだった。
悠人は右手に刀を、左手にベレッタM92Fを構えたまま、静かに返ってこないかも知れない返事を待つ。


「純一が理想を貫くために。私は彼の代わりに血を浴びていかないといけない。
 私だって人を殺したくはない。そんなことをしたら、武に叱られてしまうだろうから。それは私も嫌。
 だけどね、貴方を生かしておいてはいけないの。純一が説得できない悪は、私が秘密裏にでも断罪しないと、理想を貫いてはいけない。

 それにね、貴方みたいな下衆な考えをしてくれる色情魔たちには覚えがあるのよ。
 貴方は一見、そうは見えないんだけど……私もかつて、そういう連中に17年間追われた身だから。個人的に第一印象は信じないの」


つぐみはかつての過去を思い出す。まさに忍耐の17年間だった。
老化しない身体、いつまでも若々しい肉体を情欲と栄耀の対象としてみる者たちからの逃亡。
慇懃無礼な紳士の裏切りもあった。仲間を演じていた奴にも裏切られた。
第一印象は当てにならない……つぐみの最愛の人、武の第一印象も最悪だった。だが今は、こんなにも自分の心を占めている。

忘れてはならない。確かに甘くなった、確かに迂闊だった。
だが、元々の彼女は人間不信だった。あるときは宿敵の会社の重鎮を一人残らず抹殺することすら考えたほどに。
目の前で純一の首輪が爆発しようとしたとき、その迂闊さを呪った。それ以来、甘さは捨てることに決めた。
純一や蟹沢が理想を追い続ける間、どうしようもないことは自分が引き受けよう。武なら……きっとそうする、そう知っていたから。

「……俺たちは殺し合いに乗っていない。主催者を打倒するために仲間を集めているんだ」
「仲間? 奴隷とは訳が違うのよ?」
「おい……何が言いたいんだよ?」
「貴方がことりって子にしたことを思い出しなさい。意味が分かるわ」
「……?」

正直なところ、そう言われても悠人には意味が分からない。
少なくともことりに害を与えるようなことをした覚えはない。そもそも、つぐみはことりのことをどうして知っているのか。
何かが噛みあっていない。まるで歪んだ歯車のようだ。
そして、思い出す。ことりが逢いたがっていた純一という人物。つぐみが出した純一という名前。

「……朝倉純一が、このホテルに来ているのか?」
「ええ、そしてここで佐藤良美って子に会った。貴方の居場所、貴方の所業を教えてくれたのも彼女」
「……それは、まさか」

そのとき、散らばった謎という点が一本の線に繋がったような気がした。
思えば前兆はいくらでもあったのだ。ことりの様子のおかしさ、つぐみの言動、そして部屋にいろと言いつけたはずの良美。
悠人は冷や汗が止まらなかった。同時に、当たってほしくない予測にようやく辿り着いてしまった。


「そう、貴方が人を殺し続けたことも。女の子をホテルに連れ込んでいたことも、全部聞いたわ」
「……っ!」


驚愕はなかった。ただ、予感していた最悪の展開に無念だと思うしかなかった。
ことりは良美に触れている。何度か、良美の心を覗いている。それでも何も言わなかったから、大丈夫だろうと思った。
様子がおかしいのも、良美がこの島で受けてきたあの惨劇の光景を見て、それで気分が悪いんだ、と。そう思いたかった。

だが、良美にはことりが他人の心を読める、なんて吹聴した覚えはない。
元々知っていたのか、それとも良美もまた人の心が読めるのか、それは分からない。悠人にはその判断はつかない。
どうしてことりが何も言えなかったのか。
脅されていた、とするならばどの時間帯に……決まっている、女の子の日と偽って二人きりになったあの時だ。

(俺は……莫迦だ)

騙されることには慣れていたはずだった。
飛行機事故で両親が死んだとき、群がってきた自称親戚連中のことをある。騙された悔しさは別になかった。
悔しいのは、気づいてやれなかったこと。
ことりは脅されている状況下で、何とか救いを求めていたはずだ。それに気づかず、手を差し伸べなかったそれが罪。

きっと、自分が騙されたときのような演技で彼女も騙されているのだろう。
その誤解を解くことは容易ではない。少なくとも、そんな時間は今の悠人にはない。

「悪いな、用事が出来た。ここで釈明している時間が惜しい……押し通らせてもらうぜ」
「ふうん……貴方に出来るかしら? 逃げた良美を殺すつもりなのでしょうけど、そうはいかないわね」
「違う、良美のことは今はどうでも良い。ただ、早くしないとことりが手遅れになりかねない」

ことりは無事だろうか、それだけを願って悠人は暗視ゴーグルを被る。
つぐみの目的はここで悠人の足止め。絶対にここから先には戻らせないと意気込んで。

バァンッ!!

悠人の側から銃声一発、二つの影が疾走した。



     ◇     ◇     ◇     ◇



「何処だっ……ことりは何処にいるんだっ!」

純一は二階で立ち往生していた。どの部屋を調べても、ことりの姿がなかったからだ。
時間は少ない。つぐみがことりを傷つけた男を足止めしている間に保護しなければ。つぐみの身の安全にも関わる。
良美が逃げたのなら、ことりも逃げ出したのではないか……そんな考えすら抱いてしまう。

そんなとき、階段を猛烈な勢いで駆け上ってくる存在に気づいた。
普通なら警戒するのだが、あまりの足音に警戒心すら沸かない。こんな行動をする奴に心当たりがあった。
ここは四階、きっと彼女は疲れているだろう。かなりの重労働になってしまうのだから。

(蟹沢……頼むから忍ぶことも覚えてくれよな)

だが、ちょうど良い。一人ではどうしても限界があったのだ。
ここで蟹沢と合流し、二手に分かれてことりを捜索しよう。そう決めて階段から駆け上ってくる蟹沢の姿を認め。

「おい、蟹沢。ちょうどいい、手伝え……」
「アホかテメーはぁぁあああっ!!! 歯ぁ食いしばれ、修正してやらぁぁああああっ!!!」
「ぐふあっ!?」

何故かボディーを殴られ、そのまま個室へと連れて行かれた。
そして静かにするようにジェスチャーを送ると、デイパックからメモを取り出し高速で何かを書き始める。
やがて投げられたそこには、急ぎ書きで汚い文字が書かれてあった。

『いいか、ヘタレ! 絶対に声は上げるなよ。簡潔に今のボクたちの危険度を説明してやる。

 よっぴーは殺し合いに乗ってやがる、ボクの友達を殺したのもあいつだ。マジデビルだよ。
 おめーやクラゲはあいつの言葉に騙されているんだろうが、よっぴーの言葉は全部嘘だ。ボクなんて銃で撃たれかけたんだからさ。
 このままじゃクラゲも騙まし討ちされるし、ことりって奴もやべえ。ここまでで何か質問あるか? ないって言え』


純一はメモを何とか解読すると、深呼吸をして一言。


「よっぴーって誰だ?」
「もう一度、歯ぁ食いしばれぇぇええええ、その脳みそは飾りですか!? よっぴーはよっぴーだよ、佐藤良美っ!」

大声を上げて、そして口を両手で押さえて噤む。
どうやら良美は気づいていない。いや、どうやらうまく巻いたようだった。
純一もまた事の重大さに気づいて、息を潜めた。小声でボソボソと蟹沢と会話する。


「本当、なのか……?」
「マジだよ……よっぴー以外はむしろ味方と思っていいんじゃねえの?」
「……ってことは、今つぐみが戦っているのは」
「よくわかんねえけど、敵じゃないのかも……っ……知れねえな……泣いてない、泣いてないもんね」


蟹沢にとってはショックだっただろう。残された人間の仲間は良美ただ一人、それが自分を殺そうとした。
あまつさえ、皆の兄貴分だったスバルを殺した。涙が後から後から零れてくる、だけどここで泣いている時間がないことを蟹沢は知っていた。
今はこの事態の収拾。純一にもその意志は伝わった。今後の方針を純一が受け持つ。

「分かった。蟹沢は裏口に行ってつぐみを止めてくれ。俺は……良美を止める」
「純一……よっぴーを殺すのかよ……?」
「いいや、皆で脱出するんだ。そのときは良美だって一緒だ。説得してみせる」

理想は貫く、そう誓った。もう迷わないと決めた。
蟹沢はそんな純一が頼もしく見える一方で、不安を感じた。ただ殺し合いに乗っている人間ならともかく、相手は良美。
それに改心した良美に昔と同じ態度で接する自信はなかった。後から後から不安が押し寄せてくる。

「おい、純一……無理するなよ」
「そっちこそ」

こうして二手に分かれた。一人は良美に注意しながら裏口に、一人は良美を捜すために廊下へと。
間に合うのか、それとも。
純一と蟹沢はただ前を見て、真っ直ぐに進んでいくことにした。



     ◇     ◇     ◇     ◇



「このままじゃ、ダメなんだ……」

良美が部屋から出て行って十数分が経過した頃だろうか。
ただ一人、部屋の中で閉じこもっていたことりがついに立ち上がった。
一人で考える時間があった。それがことりの決意に火をつけた。そう、冷静に考える時間さえあれば答えは簡単だった。

「高嶺さんが、朝倉くんが危ないんだから……」

このまま縮こまっていたら、それこそ赤坂の二の舞になりかねない。
このまま怯えていたら、今度は悠人や純一まで殺されてしまう。二人とも、ことりのすぐ近くにいるのだ。
潜在的な嫌悪がことりの身体を縛る。良美への恐怖がことりの腰を重くしようとする。

「私も……戦わないとっ……!」

それらを全て抑えて、ことりは部屋の扉を開いた。
後悔はしないつもりだった。このままじっとしていることのほうが後悔が大きいように感じたのだから。

勇気を出して廊下へと飛び出す。
これからどうしようか、考えた。決まってる、純一と悠人に逢わなければならない。
悠人は良美の嘘に騙されて裏口にいるはずだ。同士討ちをさせるなら、そこに純一もいるはず。今後の方針はそれで決まった。

最初の一歩を踏み出そうとした、そのとき。
かつん、と階段からの足音。一階から、今ことりがいる二階へと上がってくる存在。


「朝倉くんっ……!?」


希望に満ちた瞳で振り返る。
そして、絶望した。天から地へ落ちていく感覚、血の気が一気に引いていく。

「あは、見つけたよ」

それはあまりにも不運な出来事。
目の前に現れたのは純一でも、悠人でもない……ことりが最も出遭ってはならなかった悪魔。
それはことりの姿を認め、そして怯える少女を嬲るかのように……佐藤良美は、白河ことりを捕まえた。

「いけないなぁ、ことりちゃん……あれほど、出てきちゃダメだって言ったのに」
「あっ……あああああ……」

強引にことりの手を掴み、心に直接イメージを叩き込む。
それは精神的陵辱、ことりのトラウマを開き……そしてこれから、ことりがどんな目に合わされるかを教えてやる。

(約束を破ったから、お仕置きだよ)
「あ……っ……ああああああっ……!!」

強制的に良美の心の中を覗かされる。
そこでは衣服を全て奪われ、身体中に浅い傷をつけられたまま、這い蹲らせられた自分の姿。
そのまま純一の前に連れていかれ、動揺する純一の前で恥辱を受ける。助けようとした純一の頭は銃で破壊される。
自分の血と純一の血、ふたつの赤に塗れて狂う自分は……どうしようもなく、残酷で、救われない姿。

ことりの精神が、耐えられるはずがなかった。

このままそんな酷い目に合わされると思うと、心が壊れてしまう。
良美は一度やると言えば実行する。現に左手に持っている刀で、ことりの衣服を剥ごうとしていた。

「もういい、よ……何もかも……どうでも、いい……」

最後に呟けたのはそんな言葉。世界に絶望した少女の終末。
この世全ての望みを絶たれた少女は、良美の無法に抵抗する気力すらなくし、そのまま気絶してしまった。

「ふふっ……可愛いなぁ」

実際にそんなことをするつもりはない。いや、する必要がない。
蟹沢きぬに正体か看破された以上、本格的に悠人と純一を同士討ちさせなければならない。そんな遊戯に時間は作れない。
ここで誰にも見られないうちに、ことりを殺しておく。銃声ではバレるから、この刀……『地獄蝶々』で、だ。

「じゃあね」

そのまま絶望に彩られたまま、死んでもらおう。
そう決めて地獄蝶々を振り上げ、一息に振り下ろそうとしたそのとき。


「させるかぁぁあああああああっ!!!!」
「っ……!?」


一喝、そして疾風のごとく現れたその青年。
急いで四階から駆け下りてきた彼は、右手に釘打ち機を構えながら良美に突撃してきた。
良美は右手に構えたことりの銃、ベレッタ M93Rを連射する。

パァン、パァン!
ヒュン、ヒュン、ヒュン!

銃声、風を切る音が合計五つ。
良美の銃弾は狙いを外すことなく、純一の右足太ももに命中した。うち一発は胸を狙ったのだが、左腕によって庇われた。
純一の撃った釘は狙いこそ甘かったものの、巫女服を突き破って良美の左腕に突き刺さった。地獄蝶々が地に落ちる。

「痛っ……」
「……危ないところだったよ、純一くん。でもダメだね、場数が違うんだから」

気絶していることりを解放し、良美は純一に銃を向ける。
左腕に突き刺さった釘を見て、驚いた。最初はてっきり銃で撃たれたのかと思ったのに。
違法改造された釘打ち機。まるでニードルガンのような代物と化した武装に、良美も物騒だなぁ、と苦笑いする。

「良美、やめるんだっ……人殺しなんてやめろっ、皆で脱出すればいいだろ!?」
「この期に及んで甘いね。吐き気がする、虫唾が走る。私はそんな甘い人たちがこの島で生き残っているのが我慢ならない」

良美は純一から、そしてことりから距離をとる。
釘打ち機の射程は当然、銃よりも短い。こちらのほうが飛び道具としてのリーチが長い。
純一の反撃させるようなことはしない。そう、丁度20歩よりも少し後ろ、そこから銃で狙いを定める。
今までたくさん撃ってきたのだ。ここからでも純一の胸に銃弾を叩き込むことぐらい出来る。


「どうしてだよ……蟹沢、泣いてたぞ……仲間なんだろ? あんなに教室の中で笑いあってたじゃないか!」
「私が笑いかけてたのは対馬くんとエリーだけ。その他は本当にどうでも良いの」
「それでも殺す理由はない! 皆で主催者の奴らを倒せばいいじゃないか!」
「対馬くんとエリーを殺したかもしれない連中と一緒に脱出? 冗談もほどほどにしてほしい……な!」


銃声が再び響き、純一の左肩を掠めた。これで完全に距離は掴んだ。
次で純一の頭を撃ち抜ける。だけど、一方でもったいないと思った。この様子をことりに見せてやりたい。
まあ、時間もない。さっさと二人を殺して、今度は蟹沢を殺さないといけない。

誰も助けには来ない。
誰も助けられない。だから完全に詰み。これは明らかなチェックメイト。必至とも言える。

本当にそうなのか、誰も純一の危機を救える者はいないのか。

「っ……っ……」

良美の息を呑む音が聞こえた。そんなはずがない、と口にした。
純一の目が驚きに見開いた。どうして、なんでと言葉にならない疑問があった。

救える者はいた。
そう、誰よりも純一を救おうと願った少女が。



     ◇     ◇     ◇     ◇



「はあっ……はあっ……はあっ……」
「ぐっ……はっ、はっ、はっ」

悠人とつぐみの戦いは小康状態に入っていた。
廊下は悠人が最初に放った銃弾で照明が破壊され、暗黒と化している。
暗視ゴーグルをつけている悠人はその隙に、と脇を走り去ろうとしたが、つぐみの強烈な回し蹴りを受けて後退した。

つぐみの持つ赤外線視力の前に、暗闇での奇襲は通じない。
身体能力は互角。多くの戦いを経験した悠人と、17年間もの間、組織から逃げ回ってきたつぐみ。
エトランジェとしての身体能力を持つ悠人と、キュレイにより身体能力を大幅に増幅しているつぐみ。

(互角、だと……? 冗談じゃないな……)
(互角なんて……冗談にもならないわね)

奇しくも思うことは同じこと。
どちらも戦闘能力には自信があった。だが、いざ戦ってみればなんて強大な相手だろう。

この島に来たばかりで、同じ暗視ゴーグルを持った少女がいた。あの時はスタングレネードをうまく利用した。
だが、すでに三発。スタングレネードは全て防がれている。銃を撃っては、その悉くを避けられる。
つぐみには、悠人の動きが人間離れしていることに驚いた。これが世界から違う、ということなのだろうかと驚いた。

悠人もまた、この少女の実力に脱帽していた。
銃は使わないものの、刀を使って接近戦を仕掛ける。だが、接近しては凄まじい格闘技が炸裂する。
まるで何年間も徒手空拳で戦ってきたのではないか、そう錯覚するほどの容赦無用な一撃。とても少女とは思えなかった。
これで彼女の正体がブラックスピリットだったとしたなら、結構説明がつくような気がするがそれは置いておく。

(だけど、時間がないんだ……)

悠人は銃を使う決意をする。
最悪、大怪我……いや、殺害してしまうかもしれない。だが、ここで時間を稼がれてはそれこそ思う壺だ。
次の激突、次の邂逅で勝負を決める。一瞬のうちに相手を殺す覚悟と、自分が殺される覚悟を決めた。

(時間がないわね……)

つぐみにしてみれば足止めすれば最低目標は果たせる。稼ぎ終わればスタングレネードをいくつか転がして逃げればいい。
だが、ここでこの男は倒さなければならない。純一が理想を貫くためにも。
次の一撃で勝負を決めよう。どうせこの体は簡単には死なない……肉を切らせて骨を絶つ。

両者が地面を強く踏む。
おそらく、発射は同時だ。そしてどちらかが地に伏し、どちらかが敗北の苦渋を舐める。
カウントダウンは心中で。3――――2――――1――――!

「うぉぉぉ……」
「はぁああ……」
『そこまでだクラゲぇぇえええええ、そしてヘタレぇぇえええええええっ!!!!!』


キィン―――――鼓膜が破けるかと思った。
悠人が『え、俺がヘタレ?』とかそんな疑問を投げかける雰囲気ではない。拡声器を持った蟹沢がそこに立っていた。



     ◇     ◇     ◇     ◇



「くそっ……間に合えっ!」
「騙されたわっ……あのパソコンに書かれていたランキングは当てにならないと思ったのに!」
「いいから走れや、クラゲ! そしてヘタレ!」

三人は説明もそこそこに疾走する。
もはや問答をしている時間なんてない。つぐみも、勘違いの責を謝る時間はないのを知っていた。
悠人も蟹沢という名前に警戒はあったが、話を聞いていても殺し合いに乗っているとは思えない。
良美という前例はあるものの、命をやり取りをしていたのを止められては信用せざるを得ないだろう。

だが、あまりにも遅すぎた。
誰の責任でもない。ただ踊らされていただけだ。誰が悪い、と責任逃れをする余裕なんてまったくない。
ただ、間に合わなかった。その現実だけが降りてくる。



     ◇     ◇     ◇     ◇



気絶は一瞬だった。辛い現実はいつでも無慈悲にそこにあった。
私はどうなったんだろう、と考える。服はまだある、高嶺さんから貰った上着ですら、私はまだ羽織っている。
少し遠くには良美さん、銃を構えている。狙いは私じゃなくて、その先にいる誰か。

(朝倉っ……くん?)

怪我をしていた。顔は少し腫れているし、腕や脚から血を流している。
それでも、助けに来てくれたんだ。そう気づいたとき、私はとても嬉しかった。感涙しながら、温かい気持ちになれた。
彼を好きになれてよかった。心の底からそう思えた。この気持ちはこれほどまでに私に希望を与えてくれた。

だから、朝倉くんが絶体絶命に陥っているのが分かったとき、私は自問した。


このままでいいのか? ――――――いいはずがない。

また繰り返すのか? ――――――もう、繰り返すわけにはいかない。

何もできないのか? ――――――何もできないことと、何もしないことは違う。

頑張ると決めたんじゃないか? ――――――そもそも、その誓いは誰に向けたものだったのかを思い出せ。


「っ……っ」

頑張れ、と。頑張って、と。
それは今日、この時のためだったのかも知れない。
たくさん、私は生かされた。
赤坂さんが助けてくれた。高嶺さんが救ってくれた。


一度は悪魔に屈したけど、何度も悪夢を見続けてきたけど。
それでも譲れないものがあったはずだ。
ここで行動しなければ、私は再び大切な人を失ってしまう。また、間違えてしまう。


また、あの後悔を繰り返すぐらいなら―――――!
唯一の武器を構え、朝倉くんを庇うような位置に立ち、私は気合一閃、日頃は出さない咆哮をここに。


「あぁぁああぁあぁあああああっ!!!!!」


さあ、始めよう。
白河ことり、一世一代のがんばり物語を!


「良美さんっ……私は……貴女の全てを拒絶しますっ!!」



     ◇     ◇     ◇     ◇



「うそ……」

私は目の前の光景を理解することができなかった。
だって、あれほど脅してやった相手だよ?
だって、あんなに恐怖を植えつけてやった相手だよ?

意味がわからない。
あんなにも世の中に絶望していた女が……脅されて震え上がる弱い女が。
どうしてそんなに強く、凛々しい瞳で私を見ているの?


「うそだよ……」


踏み潰してやったんだよ?
まるで荒れ果てた大地に唯一、ひっそりと咲く向日葵の花。それがあの女だった。
この島の人間は向日葵が私と出会う前に、グシャグシャに踏み荒らしていた。それに便乗してめちゃくちゃにしてやったんだ。
どうしてこんな甘い人間が生きていられて、どうして対馬くんやエリーが殺されるのか。
それが許せなかった。ただ殺すだけじゃ満足できない。だから心を犯してやろうと思った。滅茶苦茶に陵辱してやった。


なのに、これはなに?


どうしてあの女が私の前に立ち塞がっているのか、分からない。
そんな貧弱な武装でどうして? そもそも、もうどうでも良かったんじゃないの?
なんでそんなに希望に満ちた表情を見せられるの? なんでそんな目で私を見るの?


憎い。
憎い、憎い、憎い、憎い、憎い。
憎い憎い憎い憎い憎いにくいにくいにくいニクイニクイニクイニクイ―――――憎らしい!


私はこんなに頑張って、こんなに戦って、こんなに頭を使ってこの地獄を生きてきたというのに。
私はこんなに汚れてしまったのに。私は大切な人たちを失ってしまったのに。
どうして白河ことりは、そして前原圭一は!
この地獄の島の中で、そんなにもキレイなままなの!? そんなにも仲間を信じていられるの!?


「認めない」


大切な人を守るために戦う?
私だって……私だって最初はそうしたかった! 対馬くんとエリーのためなら何だって出来た!
でも、誰も信じられない。皆、心の底では何を考えているのか、分からない! 私の両親のように仮面を被った連中ばかりかも知れない!
ましてや、こんな極限状態の中なんだから、全員が殺し合いに乗っていてもおかしくない!

だから殺してやった。利用してやった。
どんな聖人君子の言葉でも、汚い部分をずっと見せ付けられてきた自分には偽善にしか聞こえない。
対馬くんとエリーさえいれば良かったんだから。三人で幸せになれればそれだけで良かったんだから!


「認め……ない」


なのに、二人とも死んでしまった。
私は二人を護るために戦うことが出来なかった。機会すら……与えられなかった。
あの二人のためなら命だって投げ出せた。偽善や傲慢じゃない、本当にあの二人だけは私の世界のすべてだった。

甘い人間だけど優しくて、汚い自分を忘れさせてくれる初恋の人……対馬くんが好きだった。
傲慢不遜で私を困らせてばかりだけど、肝心なときはいつも味方で、私を一番に信頼してくれるエリーが好きだった。
その世界を理不尽に奪われた。私がどんなに最善を尽くしても、私は世界を護ろうとする行動すら許されなかったっ!


「絶対に……」


だから、憎い―――――その機会を与えられ、私を悪役に見立てたこの茶番が。
だから、恨めしい―――こんな弱い女に、その機会が許されたこと自体が。
だから、悔しい――――小指を失ってまで戦ってきた私より、護られて震え上がるだけの疫病神のほうが上だと言うのか、と。

だから、羨ましい。
この地獄の島で、向日葵のように輝ける白河ことりの存在が。真っ直ぐに正義を貫ける全ての存在が。


「私は貴女を認めてなんかやらないっ……絶対にっ!!!」


私は認めない、そんな奴らはことごとく否定し尽くしてやる。
まずは貴女だよ、白河ことり。ただ額をこのまま撃ち貫くなんて、優しい終わりを迎えさせてなんかやらない。
即死しない程度にボロボロにして、純一くんの前で恥を掻かせてやる。そのトラウマを全て開き、廃人同然に追い込んでやろう。
もしくは目の前で純一くんを殺してあげるのもいいね。終わったらデイパックの中の刀で首を切り取り、それを貴女に抱かせてあげよう。
どんな声で泣いてくれるのかな? どんな絶望を見せてくれるのかな?

さあ、テンションに身を任せてしまえ。
もはやただでは殺してあげない。最高の苦痛、最凶の恐怖、最悪の恥辱を心の底から味わいながら死ぬといい。


「あっ……あぁぁ……ぁぁぁぁぁあああああああああああああっ!!!!!!」



     ◇     ◇     ◇     ◇



―――――貴女の全てを拒絶しますっ!!
―――――貴女なんか認めてやらない、絶対にっ!!!


それは奇しくも対極の存在、等しく同じベクトルの元に放った言葉。
この世全ての善、護られてばかりだった臆病な天使は今初めて、何の恐れも抱かずに絶叫した。
この世全ての悪、騙してばかりだった狡猾な悪魔は今初めて、明確な憎しみを抱いて宣告した。

互いが歩んできた道を証明するために、鏡合わせの存在である互いを拒絶する。
自分とまったく違う存在だからこそ、それを認められない。故に両者は己の全てをかけて否定し尽くしてやる。

そこにはいくつもの対極がある。
願いを成就することを求める者と、願いを奪いつくすことを求める者。
勇気、希望を胸に戦う者と、絶望、嫉妬を基点として戦う者。まさに善と悪、まさに両極端。

「こと……り……」

観客は朝倉純一、ただ一人。
彼は二人を止めようと手を伸ばす……だが、その身体は思うように動いてはくれない。
否、動けないわけじゃない。ただ、動いてはいけないのだと本能が知っているだけだ。

ことりを止めようとすれば、その瞬間に良美は二人同時に撃ち殺すだろう。
良美を止めようとすれば、説得する時間も与えられずに殺される。それではことりがこうして立っている意味がなくなる。
また、護られるだけなのか?
幼馴染の死に顔を思い出す。また、あの時の焼き増しなのだと純一は痛いほどに分かっている。
止めなければならない。命を捨ててでも、この二人の激突だけは避けなければならない。それが、分かっているのに―――


「ことり……っ……がんばれっ……!」


何故、こんな莫迦なことを言ったのだろう?
がんばれ、じゃなくて逃げろ、だろう。この期に及んで……さくらに庇われて生き永らえた自分の命を惜しむというのか?
本当にことりが大切なら、むしろ命を張るのは純一のはずなのに。どうして、そんな愚かで場違いな言葉を口にしたのだろう?


―――――その真意に気づけない者は、愚かなのだ。


これは聖戦、白河ことりの一世一代の大舞台。
それを彼の如き部外者が水を差していいものじゃない。少なくともこの場はそういう雰囲気だった。
どうせ二人とも、良美を倒さなければ逃げられない。そして純一が下手に動けば、きっと二人して一瞬で殺害される。
ことりが戦う、これが最善。
最高の作戦などないのだから、自分たちに出来ることをするしかない。

(朝倉くん……ありがとう)

そしてその応援こそが、ことりを元気付けてくれる。
この応援に支えられてここまで来た。今こそ、その意味をここに問う。今こそ、その真意をここに示す。
これより、このホテルでの最後の戦いが幕を挙げる。

二人の距離は、この長い廊下を20メートル。絶望的なまでの距離の中でも、光は失わない。
僅か20歩ほどの距離、短距離走で詰めるには、ほんの数秒の時間で十分だろう。

故に、決着は数秒。たったそれだけの時間を制した者が勝利する。
死合い開始の合図―――――それは、ことりが踏み出す最初の一歩から始まった。


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173:地獄の島、向日葵の少女(前編) 朝倉純一 173:地獄の島、向日葵の少女(後編)
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