安息と憂鬱の狭間 ◆TFNAWZdzjA



『参加者の皆さん、定時放送の時間が来たわ。
 この時間まで生き残れた人は今日という日の夕日をしっかりと目に焼き付けておくことをお勧めするわ。
 明日のこの時間まで生きていられる保証なんてないのだから』


「うっ……うん……?」

頭に響く面倒で苛立たしい声に、金色の髪の少女が目を覚ます。
場所は商店街、とある店の一室で少女――――大空寺あゆは目を覚ました。
期限は最悪、気分は最低。彼女を知る者が今の彼女を見たのなら、確実に近寄ろうとはしないだろう、そんな顔。

のそり、と気分悪そうにデイパックからメモと筆記用具を取り出した。
核弾頭と形容できるほど爆発しかけのあゆは、ふらつく頭をフル回転させて現状を把握する。


『今日は100点満点をつけたくなるような素晴らしい夕日よ。冥土の土産には丁度良いんじゃないかしら?』


「あん……? 夕日ぃ……?」

窓の外を面倒くさそうに見やる。それは見事な黄昏だった。
見る者は思わず感嘆のため息をつきそうな、鷹野の言うとおり100点満点の夕焼け。
未だかつて、ここまで素晴らしい夕日を見たことはない。そう呟く者だっているかもしれないほどの、落日。

だが、あゆにとってこの光景は感動するような代物じゃなかった。

見ていて気分が滅入る。こんな湿っぽいものは元々好きじゃなかったが、今の彼女には何を見ても腹立たしい。
御託はいらなかった。どうせ自分には関係のないこと。
大体、黄昏なんて見ていたら気分が沈んでいくというものだ。あゆは苛立たしげに髪を掻き毟っていた。


『それでは始めましょう、今回も私が担当させてもらうわ。
 くすくすくす……そろそろ私の声も聞き飽きてきた頃かもしれないけど、今回は我慢してね。もう少ししたら別の人間にも放送させるから……』


「ふん……他にも仲間がいるって、暗に警告してんのか……?」

この場合の別の人間とは、下っ端とは別の奴。鷹野の協力者か、もしくは黒幕でもいるのか。
ある意味、当然の再確認。今更眉を潜めるようなものじゃない。
あゆは気分が悪そうに胸を上下させ、うつ伏せに寝転がりながらメモにペンを走らせていく。

禁止エリアが発表された。
いずれもあゆの現在地とはまったく、関係のない場所。興味なさそうにとりあえず、書き込んでおく。

(神社と……百貨店、ねえ)

鷹野は主要な建物のあるエリアを禁止したくない、そう前置きしながらもこの二つを指定した。
それはどんな意味を持つだろうか。恥ずかしがりやなウサギさんを連想する。
何故か佐藤良美と一ノ瀬ことみがウサギの格好をして野山を跳ねていたので、とりあえず想像の中で撃ち殺しておいた。


『それに、あまり一箇所に人が集まられても困るしね。
 楽しくないじゃない? そんなの。
 血で血を洗うのがこのゲームの本質なのよ。 
 今回指定された禁止エリアは、貴方達が参加させられたこのゲームの主旨を忘れないように釘を刺す意味もあることを教えておくわ』


その言葉は有力な情報だ。
今の鷹野が言うには、神社と百貨店には参加者が一同に集まっているということになる。
もちろん、殺し合いに乗った人間と殺し合いを止める人間の両方なら、主催者はニヤニヤしながらその地獄を眺めるだけだろう。
だが、禁止エリアに指定してわざわざ分散させた。それはどういうことか。


『じゃあ、次は死亡者の発表ね。
 大丈夫、今回は死人も少ないから貴方の大切な人が死んだ確率も低いわ。
 もし、大切な人が死んだりしたら……その時は運がなかったと素直に諦めましょう。


 ――第二回放送から今までの六時間で死亡したものは』


死人が少ないと言っても、すでにこの島で出逢った知り合いが二人死んでいるだろうことは予測している。
一抹の期待も抱かなかった。そんなもの、抱くだけ辛かった。
自分は夢想家じゃない。こんな地獄をまざまざと見せ付けられて、どうして希望を抱くことができるのだろうか。

そうして数秒後、ただ現実だけを突きつける放送がクライマックスを迎えた。


『大切な人を殺されたそこの貴方、その気持ちを忘れずにいつまでも大切になさい。
 そして憎みなさい。 貴方の大切な人を殺した人物を。
 その気持ちは必ず貴方を動かす原動力となるわ。憎しみほど生きる力になる物は無いのよ』


「ああ、そいつだけは同意してやるさ……鷹野」


予想通りの答えの中に、不意打ちのように突きつけられた衝撃。
あゆの中には憎悪が宿り、思わず店の中にあった何の意味もない時計を黄昏の映る窓へと投げつけた。
ガラスが割れる音も気にならなかった。何もかもが気に入らなかった。

(時雨……悪かったね。あたしゃ、やっと出来た仲間を見殺しにしちまった)

分かっていた。あの状況で時雨が生き残る可能性は1%も存在しないことは。
だから何の期待も望みも抱かなかった。だから名前が呼ばれたときも、『ああ、やっぱりか』などという冷めた感想しかなかった。
そのはずなのに、急激に虚しくなってしまった。空っぽになった心の中に、憎しみという黒い感情が支配していった。

何故か。

覚悟していたはずなのに、どうしてあゆはその覚悟を崩されてしまったのだろうか。
それは時雨亜沙の名前が呼ばれる直前の出来事。彼女の名前にだけ意識が行っていたために起こった、奇襲だった。


『神尾観鈴――――鳴海孝之――――』


「え・・・?」

驚いた。名前を呼ばれたことに驚いてしまった。
あんな糞虫と、あんなヘタレと、さんざんに罵倒していながら。うざったい奴だと思っていたあの男が。
それでも、結局見捨てることはしなかった、この島で唯一あゆの古参の知り合いだったあの男が。

死んだ、殺された、名前を呼ばれた、どうせ逃げ回りながら生き延びているだろうと、疫病神みたいにも思っていたのに。

がくり、とうな垂れてしまった。覚悟を突き崩されてしまった。
その彼女に追い討ちをかけるように、時雨亜沙の名前が呼ばれた。それが更にあゆを打ちのめす。

「ふっ、あははは……はははははははは……!」

どうして嘆く、と自問する。
どうして哂う、と自問する。
どうして怒る、と自問する。

鳴海孝之が生き残る保障なんてどこにもなかった。
結局、自分はあのヘタレには出逢えなかった。ずっと命がけの殺し合いを演じてきたのだ。
いくら出逢っていたとしても、きっと逃げ遅れて殺されていただろう。どうせ同じなんだ、とあゆは自分に言い聞かせる。

「はははははは、あははははははははっ!!!」

大体、あのヘタレが死んだからどうだというのだ。
相沢祐一が死んだときも、何の後悔も抱かなかった。月宮あゆを見つけたときは殺すことも助けることもしなかった。
時雨亜沙を見捨てたときも、後悔はしたが泣くことはしなかった。

なのに、何故笑う。何故怒る。何故嘆く。どうして涙が出てくる。
あんなヘタレが死んだからどうだと言うのだ。
それは大空寺あゆには関係のないこと。所詮、鳴海孝之はここでくたばる程度の男だった、それだけのことだ。

「うっ……うぁぁぁっ……!」

だから、全て忘れてしまえ。
そんな些細なことに心を痛める暇はない。だから、この痛みは全てどこかに放出してしまえ。
吐き気に顔を歪ませながら、腹を痛めながら、あゆはこの島で唯一の世界の知り合いに別れを告げるかのように。


『それじゃあ、次の放送は六時間後よ。
 この六時間を生き残れば貴方達はめでたくこのゲームが始まって24時間生き抜いたことになるわ。貴方達に神の祝福がありますように……』


「うぁぁぁあああああああああーーーーーーーっ!!!!」


憎悪と悲しみを全て、何もかも、大空寺あゆの悲しみで天を穿つように。
一切の打算も、余裕も、考えもない無垢な絶叫を。
もはや届かない数々の人々。死んでしまった仲間の時雨亜沙や殺されてしまった知り合いの鳴海孝之に向けて叫んだのだった。






     ◇     ◇     ◇     ◇






「……少し、冷静じゃなかったさね。反省せにゃ」


商店街、今度は放送を聞いた店からかなり離れた店へ。
さっきの絶叫を聞いて、殺し合いに乗った参加者が集まってくるかもしれない。冷静さを取り戻したあゆはその場を離れていた。

本来、ここには爆弾を作りにきたという名目のために訪れたのだが。
やはりというか、さっぱり爆弾を作り方が分からない。信管とか、その類があれば化学反応による簡易的なものが作れたのだが。
残念ながら、爆弾という強力な武装は諦めないといけない。少なくとも参加者を警戒しながら、爆弾の道具を探すことは出来ない。

(ま、本来の目的はその参加者なわけだけどさ)

商店街のような場所なら、参加者が集まっている可能性が高い。
爆弾はついでに、本当は他の参加者と合流するためにここに来たのだ。もちろん、目的は明白。

佐藤良美と一ノ瀬ことみ。
無害な振りをして参加者を殺していく外道ども。真正面から襲い掛かってくる奴らよりも非道な下種。
彼女らを抹殺して時雨亜沙の……仲間を仇を取る。そのためならどんなことでもやるつもりだった。

とはいえ、あゆが知らないだけで他の参加者も同じような方法を取っているかもしれない。
誰も信じない。よほどのお人好しじゃないかぎり、あゆは他の参加者を信用しない。
孝之はどんな死に様を迎えたのだろうか。どの道、殺したのは殺し合いを肯定した奴らだ。なら一緒に殺せばいい。


(いや、むしろ……もうこうなったら優勝を目指してやろうか)


知り合いは誰もいない。
仲間は死んでしまった。この島で自分があったのは敵しか残っていない。
誰も信じることが出来ないのであれば、出逢う人間を片っ端から殺して行ってやろうか。
鷹野も言っていただろう。
『血で血を洗うのがこのゲームの本質だ』、と。ならばこの選択だって間違っちゃいないはずだ。

だが、まだ半分も参加者が残っている。
これは脱出派にしてみれば『もう半分しか』……優勝派にとっては『まだ半分も』という考えに至るだろう。
そこを言えば、もはや大空寺あゆは思考からして既に後者だった。

(まぁ……たとえ殺し合いに乗ったとしても、勝つ確率は薄いのが現状かね)

もしもあゆの体調が万全だったら。
そして時雨亜沙に逢っていなければ遠慮なく殺し合いに乗っていたかもしれない。
だが、この二つの要因があゆを修羅の道に踏ませることを躊躇わせていた。

(ちっ……こんなときに。予定日にはまだちょっと早いんだけどね……)

腹部を押さえながらぼやく。
さっきから少し熱っぽいし、まるで何かの病原菌に感染したような気分。くらくらと頭が揺れる。
風邪の初期症状のような体調。このときだけは毎回、自分が女であることを恨めしく思ってしまう。


生理だ。
年頃の女にとって避けては通れない、憂鬱な出来事。
月経というのが正式名称らしいが、そんな豆知識はどうでもいい。生理痛のおかげで気分は最悪だった。

あと二日は猶予があったはずで、あゆは別に生理不順というわけでもない。
ただ今回はこのときだった、というだけ。重くはないのだが、生理痛が生じるということは軽いわけでもない。
だから爆弾材料の探索を打ち切って、適当な店の売り物を勝手に拝借。そうして少し休眠を取っていたところで、あの放送である。

決して戦えないわけじゃない。
普通に走ることも出来るし、銃を撃つことも出来る。だが、不安材料が降ってわいたかのように現れると面倒だった。


(ま、数時間眠ってりゃ、体調は回復するさね)


もうひとつは亜沙のことだった。
確かにこの島にはあの二人のような悪魔が徘徊している。だが、同時に亜沙のような優しい人間がもういないとは言えない。

(甘い奴らはもう、ほとんど死んじまったさ……あの糞虫みたいに。だけど、もしかしたら)

亜沙のように、見ず知らずの自分を逃がしてくれたような奴もまだ生き残っているかもしれない。
このまま全員殺しつくすということは、第二第三の亜沙も全て殺してしまうということだ。それはさすがに躊躇われる。
心の何処かではその存在を期待した。だけど、きっとあんなに優しい人間は皆、最初に死んでしまっているんだと心は諦めていた。

それにあの二人の悪魔を殺すために、他の参加者を利用しようと思っていた。
いや、協力でもいい。とにかくどんな手を使ってでもあの二人を殺すと決めたのだ。
しかし、仮に他の参加者と協力して二人を殺したとして、その後に明確な脱出方法が優勝しかないとしたら。

(はっ……あたしもあいつらと同じ穴の狢かい)

乾いた笑いを見せる。それだけにはなりたくない、と心の中で吐き捨てた。
まあ、月宮あゆを見殺しにした時点で善良な人間とは言いがたい。それしかないならそれでもいいか、と思ったそのとき。

ふと、そういえば名前を呼ばれなかった人物について不思議に思った。

(月宮あゆの名前が……呼ばれてない……?)

あの怪我なら一刻も持たない。そう思って放置していたのだが、まだ死んでいないのか。
ふと、何か嫌な予感が背中に張り付いた。冷や汗がべったりとシャツに染み込んでしまっている。
どうせ、放送の時間までは生きていただけのこと。そんな簡単な答えが、どうしようもなく間違っているような気がする。
これを人は虫の知らせというのだろうか。

「参ったね……本気で化けて出てこないでくれよ?」

どうせ届かない呟きと共に、心の中で冥福を祈る。
鳴海孝之、時雨亜沙、そして……もう間もなく命尽きるだろう、月宮あゆに向けて。彼女が復活したことを知らずに。







     ◇     ◇     ◇     ◇






「しかし、本当にこないね……どうやらハズレを引いたみたいだ」

商店街で警戒すること、数十分。
休むことすらせずに警戒していた時間は無駄に終わった。
おかげで体調は悪化の一途を辿っている。こういうときには無理をせずに休むのが一番の回復方法なのだが。

(正直、この状況で寝てられるか……とは思うがね)

でもこのまま動くほうがずっと危険のような気がする。
丁度、誰も商店街にはいない。そしてほぼ一日この地獄で戦い抜いてきた自分なら、無用心な足音ぐらいなら飛び起きれる自信あり。

おそらく百貨店と神社には参加者が集まっていたはずだ。
しかも百貨店には主催者に対抗しようとする連中がいた可能性が高い。だが、禁止エリアに指定されたのだから意味はない。
もし商店街を禁止されたら、すぐにその場を立ち去る。きっと他の参加者も逃げ出すに決まってる。なら、問題ない。

(すぐに出発できるようにはしておくさ……確か、ランタンがなかったかね)

店の中を荒らす。とりあえず百円ライターと懐中電灯をデイパックの中に放り込み、準備を完了。
とりあえず鷹野に邪魔された休眠をもう一度取ろうと、その店の奥……ちょうど、生活できそうなくらいのスペースに身を預ける。
コンビニやスーパーなどは下手な一軒家よりも生活するには便利だ。
ここに留まり続けるつもりは更々ないが、それでも体を休めるのに便利とも言える。ようやく吐いた息に、疲れていることを自覚した。

睡眠を取ったほうが有効だ。
この島では不安と恐怖で眠れない輩が大勢いるだろう。その中で眠れる時間が取れた自分は運がいいと思うべきか。
そんな、何でもないことを考えながら大空寺あゆは瞳を閉じた。
ほんの一時間、二時間程度。たったそれだけの時間を、どうか安寧に過ごさせてほしい。少しだけ、今から目を逸らす僅かな猶予を。


(佐藤、一ノ瀬……まだ死ぬんじゃないよ。アンタらのような下種な糞虫はあたしが殺すんだからさ……)


そういえばハクオロとかいう奴も殺し合いに乗っているんだっけか、そんな独白を続ける。
なら殺す。ハクオロの仲間がいたなら、そいつもきっと人殺しだ。
ひょっとしたら孝之を殺したのはハクオロなのかも知れない。もしくはハクオロの仲間かも知れない。
殺し合い肯定者が手を組まない、などとは考えられない。現に佐藤良美と一之瀬ことみが手を組んで亜沙を殺したのだから。


(殺し合いに乗って、亜沙のような優しい奴を殺して回るような奴らは……)


意識が遠ざかっていく。
ほんの一瞬だけ許された安息の中でなお、大空寺あゆの憎悪は激しく燃え滾っていた。


(あたしが皆、殺してやる)







【G-5 商店街(どこか適当なお店)/1日目 夜】


【大空寺あゆ@君が望む永遠】
【装備:S&W M10 (6/6) 防弾チョッキ】
【所持品:予備弾丸11発・支給品一式 閃光弾セット(催涙弾x1)ホテル最上階の客室キー(全室分) ライター 懐中電灯】
【状態:生理、肋骨左右各1本亀裂骨折 肉体的疲労度軽、強い意志、背中が亜沙の血で汚れている、腕や衣服があゆと稟の血で汚れている】
【思考・行動】
行動方針:殺し合いに乗るつもりは今のところ無い。しかし、亜沙を殺した一ノ瀬ことみと佐藤良美は絶対に殺す。
0:睡眠中……ああ~だりぃ……
1:本当に商店街に向かうかは考え中、あだ討ちに他の参加者を利用できないかと模索
2:二人を殺す為の作戦・手順を練る
3:なるべく神社方面には行かない
4:ことみと良美を警戒
5:ハクオロとその仲間も警戒、信用するに値しない
6:殺し合いに乗った人間を殺す
7:脱出の手段が優勝しかないなら、優勝を目指す
【備考】
※ことみが人殺しと断定しました。良美も危険人物として警戒。二人が手を組んで人を殺して回っていると判断しています。
※ハクオロを危険人物と認識。ついでその仲間も危険と判断。
※魔法の存在を信じました。
※支給品一式はランタンが欠品 。
※生理はそれほど重くありません。ただ無理をすると体調が悪化します。例は発熱、腹痛、体のだるさなど。
※爆弾は作れなかったが、他に何かが作れるかも? 次の書き手さんに任せます。


158:「塔-THE TOWER」「正義-JUSTICE-」(後編) 投下順に読む 160:予期せず出会うもの
157:決断の代償 時系列順に読む 150:憎しみの果てに
143:血みどろ天使と金色夜叉 大空寺あゆ 164:彼女たちの流儀







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