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歯車二つ(前編) ◆4JreXf579k


「やっぱり、どこからどう見ても古手神社だよなぁ……」

神社内の探索を終えた圭一は腕を組んでこの場所についての考察をしていた。
やはりというべきか、この場所は確かに圭一が知っている古手神社だった。
似ているのではない、全てが古手神社そのものとしか言いようがない。
鳥居や境内の様子といった外観から、感じられる空気や雰囲気まで正しくあの雛見沢の地にある神社のままだ。
それは古手神社そっくりに作れられたというより、古手神社をまるごとこの島のこの地に移植したような感じである。
神社自体は半壊しているがおそらくそれは何者かがここで戦闘を行った証拠であろう。
地面に晒された赤い血の水溜りと転がっていた二つの死体(勿論手厚く埋葬した)はここで行われた戦闘が如何に激しいものであったかを如実に表している。

朱に塗られた鳥居に手をついた。
手のひらを通して得られる感触はやはり圭一の記憶の中にあるものと全く同じ。

だが、圭一の最大の疑問はこの神社が本物なのかそっくりに作られた贋物なのかということではない。
何故、古手神社である必要があるのか? ということである。
世界の何処に位置するかも分からないこの島において、参加者の出身地と縁のある建造物を造る意味などあるのだろうか。
もちろん主催者があの鷹野三四である以上、何の意味もない余興である確率も高い。
だが、主催者の――鷹野三四の何かしらの意図を感じるのも気のせいだとは思えない。

「圭一、調べ終わった?」

さらなる考察を続けようとした圭一の背に、白鐘沙羅の声が届いた。
振り返り沙羅の方を見ると、美凪もすぐそばにいた。

「ああ、終わった」
「やっぱり圭一の知ってる神社なの?」
「ああ」

とりあえず考察を一時中断させて美凪と沙羅の方に歩み寄ろうとしたとき、ついにそれはきた。
今まで優先すべき事項が山積みになっていたため無理やりそれを押し込んでいたが、ついに我慢し切れなかったようだ。
それは人間の三大欲求の一つ、食欲。
いかな屈強な猛者といえど食べ物を摂取せずに生きていられるわけがない。
人は、いや生きとし生けるものは空気と水と食料その他諸々があって初めて生きていられるのである。
昔の偉人はこんな言葉を後世に残してくれた。
『腹がへっては戦は出来ぬ』と。
脳から発せられる欲求に今まで知らん振りしていたが、ついに脳は強硬手段を用いて現状の打破を要求してきた。
かくして空腹に耐えかねた圭一の腹部から大きな声が響く。 
同時につられたのか圭一だけでなく美凪と沙羅の腹も鳴った。

「…………」
「…………」
「…………」

一瞬、気まずい雰囲気が境内に漂う。
その後の三人の反応はそれぞれ違うものだった。
圭一は三人の混声合唱に大爆笑し、沙羅は不覚をとった自分を恥じ、美凪はポッと頬を染めた。

「ぷっ、だっはははははははははは!」
「ううう……な、なんていう不覚ッ……」
「……ハングリーで賞を三人全員に進呈……」
「あっはははははははは! ありがとう遠野さん、貰っておくよ。 じゃあ食事にでもするか? 神社のことも食事中に話すから」

異論を唱えるものなど勿論いなかった。



 ◇  ◇  ◇



三人は石段に腰を下ろして茜色に染まる夕日を見ていた。
左から順に圭一、美凪、沙羅という風に並んでいる。
もちろん当初の目的である食事とこの神社についても話合いながら、だ。

「じゃあ、この神社は圭一の知ってる古手神社そのものなのね?」
「はぐっ……ああ」

沙羅の質問に圭一は味気のしないパンをかじりながら答えた。
同時に先程一人でしていた考察も交える。

「まあ確かにこんな島に参加者の出身地にある建物を移植するからには何か意味があるんでしょうけどね」
「あの祭具殿に何かあるのかもしれないな……」

この神社の敷地内には無論あの古手神社の開かずの祭具殿もあった。
数々の祭具を収められたそこは、雛見沢の地に住んでいるものにとって侵してはならない神域。
雛見沢を実質支配している園崎家と公由家の者でさえ中に入ることは出来ない。
祭具殿に入る資格があるのは古手家のものだけ。
そして古手の血を引く者は今となっては古手梨花唯一人のみ。
中にどんな祭具が入っているのかは古手梨花しか知らないのだ。
もちろん古手家の者しか入ってはいけないというのは雛見沢での掟であって、この島でまでそんなしきたりに捉われる必要性は皆無。
圭一は好奇心も手伝って真っ先にこの祭具殿に入ろうとした。
だが圭一の侵入を阻んだのが祭具殿の入り口にかけられている南京錠である。
いや、それを南京錠と呼ぶには語弊が生じるかもしれない。
普通の南京錠は真鍮や銅でできているのが一般的だが、その錠は真鍮や銅などを材質としていないのが明らかだった。

圭一たちはこの錠の鍵を持っていない。
必然的に祭具殿の侵入方法は泥棒や盗人のように鍵を壊すしかないのだがそこからが問題であった。
なにしろ剣で切断しようとしても、周りに音が響くのを承知で銃を使っても、その鍵には傷一つつかなかったのである。
銃弾をも弾く金属、それは特殊な合金なのか圭一たちには想像も出来ない未知の物質が使われているのかも分からない。。
ならば圭一たちに残された最後の手段は残った一発の手榴弾しかないのだがこれも断念せざるを得なかった。
祭具殿の外部の構造は全て木造で圭一が雛見沢にいたころと何の変わりもない。
しかし、違った点が唯一つ。
それは中に入るための全ての扉が、何者の侵入も許さないかのように重くて冷たい金属の扉に差し替えられていたことである。
その見た目は南京錠に使われてる金属と全く同じもの。
銃弾をも通さない金属が手榴弾の一撃は通用してしまった、そんなお粗末な話は有り得ないだろう。
防衛堅固の鉄壁と化した祭具殿に侵入する残された方法はどこにあるかも分からない鍵を使用して正攻法で入るしかない。

「でも鍵はどこにあるんでしょう?」
「それが問題だよなぁ……」
「んぐっんぐっ、罠の可能性もあるわよ」

口の中に残ったパンをペットボトルの水で押し流した沙羅が口を開く。
たしかに如何にも何かあると思わせて罠に填める方法は考えられることだ。
苦労して鍵を手に入れていざ錠を開けたら、中には毒ガスや爆弾が入っていて気付いたときにはあの世にいっていた、というのはえげつないやり方だが効率的だ。

「かもなぁ……鷹野さんは一体何を考えているんだ?」

圭一はまた一口パンを口にほお張って呟く。
その一言で沙羅は自分が圭一に聞きたかったことを思い出した。
そもそも自分が前原圭一と会いたいと願っていたのは、主催者鷹野の知り合いらしき少年前原に鷹野の素性と関係を聞きたかったからである。
圭一が寝ていたり、自身が救急車の運転で忙しかったりして伸ばし伸ばしにしてしまったが今が好機だ。
祭具殿に関しては現状以上の情報は得られないだろうし話題を転換することにした。

「そういえば圭一、アンタ鷹野のこと知ってんの?」
「ん~……知ってるといえば知ってるな」

返事はイエスだがどこか曖昧な響きだった。
沙羅はそんな圭一の様子を気にせず続きを促す。

「教えて、あの糞女は一体どういう人物なの?」
「……あまりアテにならないと思うぞ」
「いいから、聞かせて」

やはり曖昧な口調で答える圭一に沙羅は語調を強めた。

「……分かったよ。 鷹野さんは……」
「うんうん」

腰かけていた石段から立ち上がり圭一の方に体全体が傾く。

「入江診療所の……」
「診療所?」

診療所などという予想外の単語を耳にして沙羅は眉をひそめる。

「看護婦だ」
「はあ?」

足の力が抜け、あやうく石段の一番下まで転がり落ちるところだったが、美凪が支える。

「……」
「で?」
「終わり」
「はあ!?」

期待はずれとかいう問題ではない。
あの鷹野が如何に悪行三昧を重ねてきた悪党か知りたかったのに、看護婦というなんとも平凡な職業だったとは誰が想像できようか。
絶対泣かすと決めた女の素性は単なる看護婦でした、などと言われて頷けるものか。
例え神や仏が納得しようと白鐘沙羅は納得出来ない。
沙羅の憤慨が噴出し、圭一に食って掛かる。

「なわけないでしょうが! なぁにが看護婦よ!? 単なる看護婦がこんな摩訶不思議なことできると思ってんの!?」
「だからアテにならないって言っただろ。 確かに鷹野さんはどこか得体の知れないところはあったけど正真正銘看護婦だ」
「いやいや、どこかの秘密結社の親玉だって言われた方がまだ納得できるわよ」

この時間軸の圭一は未だ鷹野の正体を知らないため、鷹野は人畜無害なただの看護婦という仮の姿しか知らないのだ。
鷹野の正体は沙羅の言うとおり所謂秘密結社? の親玉であるのだが、今の圭一はそんなこと知りようがない。
鷹野の正体を知っているのは関係者を除けば古手梨花と古手梨花から話を聞いた北川潤たちくらいだろう。

「仮に鷹野さんが秘密結社の親玉で看護婦の姿は世を欺く姿だとしても、前原さんのような一般人がその正体を知っていたらおかしいと思いますが……」
「うっ……」

美凪の冷静なツッコミを受けて沙羅が一瞬黙りこくるが、すぐに気を取り直して話を進める。

「とっ、とにかく鷹野が秘密結社の親玉だろうとそうでなかろうと、こんなことをできる存在なのか聞きたいのよ!」
「それは100%ないって言いきれる」

鷹野の素性を聞かれたときと違って今度は明確に返事をした。
継ぎ目のない首輪を取り付けたり、こうも簡単に大勢の参加者を拉致したりするのはまだ常識の範囲内の出来事と言えよう。
だが最大の問題は一箇所に集まっていた参加者を瞬時に移動させたテレポート技術だ。
テレポートなんてのは現代科学の粋を結集しても夢のまた夢の技術。
しかも彼らは参加者をSFでよく見かけるような転送装置も使わずに、それこそ呼吸をするかのように、腕を一振りするだけでごく自然に島全体へとバラバラに転移させたのである。

任意の場所に好きな物や人を転送できる技術なんてものが確立されれば世界の勢力図は大きく塗り替えられるだろう。
戦場では敵の背後や基地の内部に少数の人数を送り込むだけで勝利することが出来る。
いや、悪用すれば戦場に限らずあらゆる集団、果ては国家でさえも容易く制圧することが出来るに違いない。
そんなオーバーテクノロジーを彼らは何に用いたのか。
世界制服なんて簡単かつ分かりやすい理由ではない。
少数の人間を殺し合いをさせるというなんともかわいらしい手段――参加させられた人はたまったものではないが――に用いたのだ。

「人を瞬時に遠くへと移動させる方法なんて今の技術では有り得ない。 十中八九鷹野さんのバックには黒幕がいる」
「それも私達の理解を超えた技術を持った存在……ですね」

全員が示し合わせたように黙ってペットボトルの水を飲んだ。
この殺し合いの黒幕とはいかなる存在か想像しただけで喉が渇きを覚えた。
ペットボトルの水はたしかに三人の口の中に入っていったが渇きが消えることはない。
楽しかったはずの食事の空気が一瞬にして冷たくなった。
まだ出会ってもいない黒幕の存在に彼らは僅かな恐れを抱いていたのである。
それも無理はない。
彼らの想像通りこのゲームの真の黒幕はまさに人知を超えた存在なのだから。



◇  ◇  ◇



『貴方達に神の祝福がありますように……』

そう言うと放送は終わった。
圭一と美凪の顔が悲しみの色に染まる。
またもや自分らの知人が死んだのだ。
圭一にとっては赤坂衛は大石と梨花の知人の刑事ということくらいしか知らない赤の他人も同然の存在。
だが、だからといってその死を軽いものとして捉えることなどできるはずがない。
そして赤坂に限らずまた多くの人が死んだのだ。
前回の死者の半分しか死んでいないが、裏を返せばそれは一度に大量に人が死ぬ機会が失われたこと、つまり参加者の数がいよいよ減ってきたということである。
圭一は第一回放送が終わったときと同じように悲しみを怒りに変えて鳥居にひたすら拳を打ちつけていた。

「くそっ、またか……また人が一杯死んだのか」

もう残り30人。 まだ半分も残ってる?  それは逆に言えばもう半分しか残ってないということ。
自分は最善をつくしてきたと、圭一は胸を張って言える。
だが現実の風当たりは厳しくこの島に来る前からの友人もこの島に来てからの仲間も次々と失っていった。
圭一が得たのは最善の方法が最良の結果をもたらすとは限らないというごく当たり前の教訓だけだ。
佐藤良美はいまだ自分の声に耳を貸さず人を利用し、殺し続けている。
頼れる年上だった倉成武も今はいない。
岡崎朋也たちは戦火の中でその命を散らせて逝った。
鷹野三四はさぞかし圭一のピエロっぷりを楽しんでいることだろう。

「なんて無力なんだ……俺は」

尽きぬ後悔を胸に一つ、また一つと鳥居を殴りつける圭一を止めたのは第一回放送のときと同様に美凪……ではなく沙羅だった。
圭一の行為を咎めるように沙羅は圭一の腕を押さえて無言で首を振る。
圭一は沙羅の腕を振り解き、再び鳥居に拳を打ち付ける行為を続けようとしたが沙羅の目を見て止めた。
沙羅の目を見れば、沙羅が何を言わんとしているかは聞かなくても分かる。
それはきっと第一回放送が終わった後に美凪が言ってくれたことと同じことだろうから。
『自分の無力を嘆き、自分を傷つけても何も変わりはしない』
あのとき美凪が言ってくれた言葉を思い出して、圭一は目を閉じて高ぶった意識を落ち着かせることに集中した。

「ふぅ……落ち着いた。 ありがとな、沙羅」
「礼はいらないわ。 当たり前のことだし」

どこか照れくさそうに言う沙羅に圭一は大きな笑みを作ってみせる。
沙羅はやっぱり照れくさそうに圭一から顔を背けた。
礼を言われることに慣れてない人間は概して人の行為を素直に受け取れないものだ。
沙羅もまたそんな環境で育ったのかと沙羅の生い立ちに想像を巡らせようとして、圭一は美凪もまた知人が死んだことを思い出していた。
美凪の方へ振り返ると、美凪はもう悲しんでおらずしっかりと西に沈む夕日を見つめていた。

「遠野さん……」
「はい?」
「その……知り合いが死んだんだよな?」
「はい」
「悲しくはないのか?」
「……いいえ」

美凪は西の空を見ながら首を振った。
大切な知人が死んだのに悲しくはないとは一体どういうことだろう。
だが美凪のどこか憂いを秘めた表情から察するに言葉通りの意味とも思えない。
鷹野三四が言っていた通り、今日は100点満点をつけたくなるような真っ赤な夕日が西の空に沈もうとしていた。
圭一の方を見ず、ただひたすら夕日を見続ける美凪は今何に思いを馳せているのだろうか。
圭一も沙羅も美凪のさらなる言葉を根気よく待ち続けた。
………………そうして幾許かの沈黙の後に、ようやく美凪が口を開いた。

「悲しくないといえばちょっと嘘になるかもしれません。
 神尾さんは……私と一緒でこの島で一人で生きていくことなどとても無理な方です。 
 今このときまで生きていられたのはおそらく傍に守ってくれる人がいたからでしょう。 私の傍に前原さんがいてくれたように。
 きっと、神尾さんの死も傍にいてくれた人が私の分まで悲しんで泣いてくれたんだと思います。 
 なら、私がもう悲しむ必要はないのではないかと……そう思いました。
 それに……何故かは分かりませんが、神尾さんは笑顔で逝くことが出来た、そんな予感がするんです。
 だから、私も悲しむのは止めて笑顔でい続けようと思いました」


美凪はそう言い終えて大きく息をついたあと、笑顔を作った。
今言った自分の言葉を嘘にしないように。

まさかその観鈴を殺したのが他ならぬ国崎住人であるとはさすがに美凪も想像は出来ない。
だがそれでも神尾観鈴は笑顔で死ぬことのできたこの島で最も幸福な死者の一人に違いないだろう。

「そっか」

そこまで言われては神尾観鈴がいかなる人物か知らない圭一と沙羅は何も言い返せなくなる。
むしろ、どちらかというと寡黙な美凪をここまで饒舌にさせる神尾観鈴という存在に圭一は改めて興味を持ったほどだ。
本体ならこのまま神尾観鈴とはどのような人物か聞き、その話題で盛り上がることもあったかもしれない。
だが今は神尾観鈴の人となりを美凪に聞く時間的余裕はない。

「だったらすぐにこのエリアから離れよう。 時間はあるけど速めに移動すべきだ」

それぞれの気持ちの整理がついた三人が次にやることはもう決まっている。
禁止エリアに指定されたこの場所から一刻も早く離れることだ。
ここがいかなる場所かを知っている圭一がこの地を訪れてすぐの放送で伝えられた事項。
あまりにもタイミングがよすぎる禁止エリアの指定。
やはりこの場所には、あの祭具殿にはなにか隠されているのだろうかと嫌でも考えざるを得ない。

レナや詩音が先にここを訪れていた可能性だってある。
しかし、レナも詩音も第一回放送を前にして死んでしまっている。
彼女らがいつ死んだかも圭一は分からない。
殺し合いが始まってから放送までギリギリ六時間生きていたかもしれないし、始まって五分と経たずに死んだ可能性もある。
だが、どちらにせよ六時間で出来ること、移動できる距離には限りがある。
他の知り合いについてもこの同じ考えが出来るといえよう。
この島の施設全てを見て回るのは一日がかりでも難しいだろう。
梨花や先ほど死んだ赤坂も神社を訪れた可能性は低いという結論に達した。

ならば、残されたが圭一がこの神社の謎を解き明かすしかないだろう。
いつか必ずここに戻ってくると圭一は決心する。
障害はまだまだたくさんある。
禁止エリアに侵入するには首輪を外さなければならないだろうし、自分達には首輪を外す方法も技術も持ってない。
なによりその前に佐藤良美を初めとする殺し合いに積極的に参加している者たちを止めるのも忘れてはならない。
どれも高い壁となって圭一たちの前に立ちふさがるが、今まで通りにチームワークを駆使していけばやっていけば問題ない。
そう、そのはずだ。

「前原さん、行きましょう」

先に石段を降りていく沙羅と美凪を追いかける。
この島では多くのものを失ったけど、得られたものだって沢山ある。
その最たるものが美凪と沙羅の二人の少女だ。
非日常の中で出会った日常の欠片、圭一は命を賭してそれを守り抜く決意を改めてした。


 ◇  ◇  ◇



石段を全て降りた後は近くに停車させていた救急車に乗った。
運転手はここに来たときのように沙羅が務める。
圭一と美凪もまたここに来たときのように後部の方へ乗り込んだ。
しかし、いざ発進というときになって次の目的地をどうするかという問題が生じた。
元々この神社で待ち受けることになっていた土見稟はやはりというべきかその命を落としてしまっている。
何処かへ行くアテもない、かといって禁止エリアのせいでこのままゆっくりこの地に留まることも出来ないというなんとも微妙な状態に陥っていた。

「とりあえず東の方に戻ろう。 武さんと合流できる可能性もある」

圭一の一声で当面の目的地が決定した。
美凪も沙羅も武には未だ釈然としない思いを抱いているが、信頼しているリーダーの決定事項に逆らうつもりはない。
それに武が本当に敵だったのか真偽を確かめるというのは存外悪い選択肢ではない。
仮に敵だったとしても、足の速さでは文明の利器を利用しているこちらの方が圧倒的に有利だ。
美凪も沙羅も圭一の意見に頷いた。

「じゃあ行くわよ」

未だ慣れぬ救急車の運転をするため、沙羅は慎重にアクセルを踏んだ。
救急車がゆっくり、じっくりとスピードを上げていく。
動き出してしまえばあとは信号も障害物もないペーパードライバーに優しい平坦な道が続くだけだ。
周囲の様子も見ていくために比較的低速で運転が続けられる。
車内は沙羅が前方に注意し、圭一が右と後方を、美凪が左を見ていく構図となった。
道中、車内が沈黙に包まれて重苦しい空気になることを避けるためか、三人は顔の向きだけは己が持ち場を保ちつつ、今後の行動方針を論じ合っていた。

「で、武が見つからなかったらどうするの?」
「……西の方へ行ってみるのもいいか」
「沙羅ちゃんもまだ新市街の方には行ってないんですよね?」
「まあね」
「じゃあ決まりだな」

彼らは見事倉成武を見つけることができるだろうか?
その答えはもうすぐ分かることになる。



 ◇  ◇  ◇



俺は焦りながら走っていた。
怪我のことなんて気にしちゃいられない。
傷口自体はもう塞がっているものの、それでも一歩踏み出すたびに体全体に痛みが走り出す。
だが、俺は止まるわけには行かない。
俺は傷の治療もせずにキュレイの治癒力に任せたままにしている。
出血自体は止まっている。 ならあとはキュレイに任せてればいい。

つぐみの監禁場所を教えるために佐藤良美が提示した『前原圭一』を殺すという条件。
その契約を果たすために圭一が今確実にいると思われる場所、神社へと急いで急行しないといけないのだ。
だがその神社のあるエリアは主催者鷹野によって禁止エリアに指定されてしまった。
全く余計なことをしてくれたものだ。
ここで圭一に他の場所に移動されたら俺にはやつらを殺すチャンスと確率がグッと減ることになる。
しかも時間が経てば経つほどこの島のどこかに監禁されているつぐみの命も危なくなる。

走る、ただひたすら走る。
思えばこの島に来てから忌々しいことばかり続いている。
自分よりも年下の少年少女たちにいいように騙されていたこと。
愛する小町つぐみを人質にとられた上に体のいい操り人形にされていること。
そして俺の目的を阻害するかのように定められた今回の禁止エリア。
全てが許しがたいことだ。
こんな殺し合いに放り込まれたからには、皆が手を取り合い一致団結せねば主催者である鷹野には抗うことなど出来ないであろう。
だが圭一たちは自己の保身に走ることしか考えず、俺は奴らが生き延びるための駒にされた。
佐藤良美だってそうだ。
己の目的のために平気で人を傀儡にする。
今も後ろから俺の様子を覗いているのだろう。
放送が終わってしばらくしてから俺の後を追い続ける気配を感じている。
俺が約束どおり圭一を殺すかを遠くから高みの見物でもしようとしているんだろう。
約束なんかなくたって俺は圭一を殺してやるから心配するな、と大きな声で叫んだが返事もせずにひたひたと俺の後をついてくるだけだ。

全く以って許し難い悪党たちだ。
人の善意につけこむ利用するような連中を野放しにしていいわけがあろうか、いや、ない。
そんな連中は俺が*してやる。
あんな連中は*されたって仕方がないゴミ以下の価値しかないような存在だ。
圭一たちも、瑞穂たちも、つぐみを助け出した暁には良美もそのターゲットだ。
豚のように、何の意味もなく、無慈悲に*してやる。
操り人形だっていつまでも操り人形のままではないということを思い知らせてやる。
欺瞞と嘘に満ちた行いをする人間には必ず裁きの鉄槌が落ちることを証明してやる。

そこまで考えて俺は走る行為と思考を停止させた。
森の中に一本だけ続いている道を走っていた俺の目の前に探していたものが見つかったからだ。
エンジン音を轟かして走るその救急車は間違いなく俺がつい数時間前まで運転していたもの。
まさかわざわざこちらの方に来てくれるとは、この島に来て初めて俺に訪れた幸運かもしれない。
しかも向こうもこちらに気付いて車から降りてきてくれた。

「武さん!」

圭一を先頭に美凪と沙羅が走ってくる。
嬉しそうな顔しやがって……ガキ三人で生きていくのは難しいと思って一度捨てた駒を回収にでも来たのか?
そんな善人面しなくたってこっちはもうお前達の正体は分かっているんだ。
今その仮面を剥がしてやる。
沈み往くお天道様にその醜悪な素顔をさらけ出させてやる。

奴らはまだ俺が騙されたままだと思っているのか警戒もせずに近づいてきた。
さあ始めろ倉成武、嘘吐きを裁く断罪の儀式を。
そして*せ。 愛する人を守るために。

「武さん、無事だっ……なっ!?」

圭一の言葉が終わる前にその手に持っている金属バットを弾き飛ばしてやった。
そして圭一の頚動脈をなぞるように首筋に剣をつきつけてやる。

「どういうことなんだ? 武さん?」

首筋の近くにある冷たい金属を見ながら圭一が現状を信じられないかのように声を震わせた。
同時に沙羅と美凪も同じような表情をしている。
まさか操り人形に牙を剥かれるとは思っていなかった、三人ともそんな表情だ。
今まで騙されていた溜飲が少し下がる思いがした。
と同時に人を騙すという行為の快感も覚えた気がする。
なるほど、確かにこれは一度癖になると止められないものかもしれない。
信頼しきっていた人物を次の瞬間絶望の淵に叩き落すことによって得られるカタルシス。
それはどんな極上の美酒でも味わうことの出来ない愉悦だ。


だが例えそれがどんなに甘美なものであろうと人はそれに手を染めてはならない。
人を人とも思わないような行為は大昔から理屈云々を越えた普遍の禁忌とされている。
そんなことも分からずに非道な行為に手を染めたこの三人は裁かれねばならないのだ。

そして俺もまたそんな行為に手を染めてはいけない。
騙されたから騙し返す、それはこいつらのような卑怯者のやることだ。
騙されたから、騙されることの辛さを知っているからこそ俺は卑怯な手は決して使わない。

「武さん! 答えてくれよ! 武さん!」
「……二人とも、武器を捨てろ」

圭一の言葉を無視して後ろの二人に警告する。
思ったよりもアッサリと二人は武器を地面に捨てた。
どうやら仲間を思う気持ちくらいはあるみたいだ。
人を騙すような卑怯者は圭一を捨てて一目散に逃げ出すかと思っていただけに少し意外だ。

「意外だな。 俺はまたお前らが圭一を置いて逃げ出したりするかと思ったよ」
「武さん! どうしたんだよ!」
「やっぱり敵だったのね?」
「違う」
「武さん、俺の言うことに答えてくれ!」
「違う?」
「俺のことを騙していたのはお前達だろうが」
「あのときも同じようなことを言っていたわね。 何のことよ?」
「武さん!!」
「黙れ」

ピーチクパーチク小鳥のように喚く圭一を黙らせるために圭一の首に添って軽く剣を引いた。
圭一の首に赤い線が刻まれて一瞬の後にそこから血が吹き出る。
頚動脈は傷つけないように浅く斬っただけだから出血の量も少ない。
だがそれは圭一を黙らせるには十分な効果があったようだ。

「俺はつぐみを人質にとられている」
「え!?」
「島のどこかに監禁されたつぐみの居場所を教えてもらう条件は一つ。 圭一を殺すことだ」
「なんで圭一を?」
「つぐみを人質にとった女は圭一の命をご所望らしい」
「……なるほど」
「分かるか? どうやっても俺達は戦うしかないんだよ」

沙羅だけでなく圭一も美凪もつぐみを人質にとった女に心当たりがあるようだ。
当然といえば当然だ。
そんな非道なことをして、かつ圭一に私怨のある女など一人しか思い当たらないだろうから。
しばらくして美凪が口を開いた

「……佐藤さんがそう言ったんですか?」
「ああ」
「佐藤さんがつぐみさんを捕らえているという確証はありますか?」
「ない、けどそうじゃない確証だって無い」
「なら、まずは佐藤さんに真相を問いただすことが必要です」
「必要ないさ。 つぐみの件がなくても俺はお前達を殺したいんだよ」
「何でよ?」

何でだと? どこまで人を馬鹿にすれば気が済むんだ。
それともそれは素で言ってるのか?

「俺を騙していた屑がッ! いい加減その善人面を止めろ!」
「だからそれが分かんないのよ! 騙すってなんのことよ!」
「そうか……あくまでもとぼけるんならそれでいい。 死ね!」

墓場まで嘘を持っていくというならそれでいい。
墓石には嘘吐きの眠る墓、とでも書いてやる。

圭一の首に突きつけた剣で頚動脈を切り裂いて終わり。
残った二人も殺して万事解決。
良美がつぐみの居場所を知っているなら万々歳。
良美の言っていることが単なる俺を操るための嘘だったら……良美も殺して再びつぐみの捜索を再開すればいい。
そう、これで全てが終わるはずだった。
どういう事態に転んでも俺が損するはずはなかった。

圭一がいつの間にか俺の剣を両手で握り締めていさえしなければ――。

「遠野さん、沙羅。 俺を置いて逃げるんだ」
「何言ってんのよ圭一!」
「それはできません」
「無理だな」

この剣が錆付いたなまくらなら時間稼ぎもできるかもしれないが、この剣はなまくらどころかかなりの業物だ。
俺が少し剣を動かすだけで圭一の両の指は10本とも宙を舞ったあと地面に吸い込まれていくだけだろう。
あとはもう一撃加えてやるだけで終わりだ。
そうしなくても放っておくだけで出血多量で死ぬに違いない。
武器もあらかじめ圭一たちの手の届かない範囲に投げて捨てさせている。
どう考えてもチェックメイトだ。

「俺を徒手空拳で倒すつもりか?」
「そんなこと考えちゃいないさ」
「なら何を?」
「時間稼ぎさ」

迷いのないまっすぐな瞳だ。
人を騙していたくせによくそんな目が出来る。

「させると思ってんのか?」
「させるさ」
「時間稼ぎできるとしても僅かな時間だけだろう?」
「10秒あれば二人とも車に乗って逃げれる」
「10秒じゃ無理だな」
「じゃあ30秒もたせるように頑張らないとな」

苛立たしい。
そのまっすぐな目を止めろ。
卑怯者は卑怯者らしく己の罪を懺悔しながら死ね。

「遠野さん、沙羅。 俺が命を懸けて二人が逃げる時間を作ってみせる。 だから二人はその間に――」
「何ヒーローぶってんのよ! そんなことして私達が喜ぶと思ってるの!」
「そうです! そんなこと言わないで下さい!」
「まだ俺が死ぬって決まったわけじゃない」
「それがヒーローぶってるって言ってるの! 私はアンタのヒロイズムに付き合うつもりはないわ!」

なんだ、この光景は?

「武さん……前原さんを殺すなら、先に私を殺して下さい」
「遠野さん! 何を!」
「ちょっと! 美凪まで何言ってるの!」

なんだ、この状況は?

「先に私が殺されれば、前原さんの逃げる時間が出来ます」
「馬鹿なことは止めなさい!」
「馬鹿なことではありません」

いつのまにか圭一を押しのけて美凪が俺の目の前に来ていた。
さあ、私の命を奪って見せろといわんばかりに自身の喉元に俺の剣の切っ先を誘導している。

「さあ、どうぞ。 武さん」
「遠野さん! 止めるんだ!」
「沙羅ちゃん、前原さんを引っ張ってでもここから逃げてください」
「出来るわけないでしょ!」
「大体武さんの狙いは俺なんだ! 遠野さんが命を張ったって意味が無い」

俺はいつから奪う側に回った?

「私、年上ですから……お姉さんは年下の子を守るものです」
「そんなこと今は関係ない!」
「…………レディーファースト?」

一体いつから俺はこうなった?


 「それも関係ないでしょ!」
「……えっと」
「どんな理由だろうと遠野さんが死ぬ必要は無いだろう!」
「……だったら…………だったら!」

美凪の目一杯に涙が溢れた。
とても俺の同情を買うための演技とは思えない。

「どんな、どんな理由なら私に前原さんを……守らせてくれますか!?」
「遠野さん……」
「本当は理由なんてどうでもいいんです! 私はただ、大切な人の、前原さんの死ぬ姿を見たくないだけなんです!」
「美凪……」
「守られてばかりはいやなんです! 私にも前原さんを守らせてください!」」

これでは俺の方が悪ではないか。
こいつらは人を騙してきた自己の保身しか考えてない極悪人のはずだ。
なのに、何故こうもお互いを庇いあってる?
奴らは一つ一つの動作にも嘘偽りのない誠実さがあり、演技には見えない。

お互いを庇い合う圭一と美凪の立ち位置こそ自分が望んでいたのではないか?
弱き者の盾となることを俺は誓ったはずじゃないのか?


ガリッ

俺のやっていることは間違いではないのか?

ガリッ

俺は一体何をやっている?

ガリッガリッ

もしかして俺はとんでもない思い違いをしているんじゃないか?

ガリッガリッ



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