求め、誓い、空虚、因果(前編) ◆TFNAWZdzjA
「誰もいませんね……」
「ん……」
「ん……」
時刻は間もなく夕刻といったところ。二人の美女が公園に立ち尽くす。
蒼宝玉の瞳と群青の長い髪、無骨な鎧を小柄な肢体に着込んだ少女の名をアセリア。
美しく長い髪と柔和そうな印象を与える、血塗れの制服姿を羽織った美女。その名は宮小路瑞穂。
二人の目的……それはある危険人物の捜索にあった。
蒼宝玉の瞳と群青の長い髪、無骨な鎧を小柄な肢体に着込んだ少女の名をアセリア。
美しく長い髪と柔和そうな印象を与える、血塗れの制服姿を羽織った美女。その名は宮小路瑞穂。
二人の目的……それはある危険人物の捜索にあった。
国崎往人。
あの男だけは許さない、とアセリアは溜まった疲労を癒すこともせず、ただこの場に倒すべき敵がいないことに憤る。
公園に設置されていたゴミ箱を、鉄パイプで殴りつける。完全な八つ当たりなのだが、それほどアセリアには余裕がなかった。
あの男だけは許さない、とアセリアは溜まった疲労を癒すこともせず、ただこの場に倒すべき敵がいないことに憤る。
公園に設置されていたゴミ箱を、鉄パイプで殴りつける。完全な八つ当たりなのだが、それほどアセリアには余裕がなかった。
(ユート……ハクオロ……見損なった、ひどい)
悔しかった。ただ、悔しかった。
悠人はエトランジェとして共に戦った仲だ。
最初こそまともに戦えなかったが、今では自分以上の実力だって持っているのに。『求め』を持った彼は竜すら葬り去るほどの強者だったのに。
国崎往人のような殺人者に戦友を、エスペリアを殺された。誰よりも憤るのは自分よりも悠人だと漠然と思っていた。
ファンタズマゴリアで近しい戦友はエスペリアとオルファ、そして悠人。あの時には何の価値も見出せなかったが、今ではそれが暖かなものだったと確信している。
最初こそまともに戦えなかったが、今では自分以上の実力だって持っているのに。『求め』を持った彼は竜すら葬り去るほどの強者だったのに。
国崎往人のような殺人者に戦友を、エスペリアを殺された。誰よりも憤るのは自分よりも悠人だと漠然と思っていた。
ファンタズマゴリアで近しい戦友はエスペリアとオルファ、そして悠人。あの時には何の価値も見出せなかったが、今ではそれが暖かなものだったと確信している。
ハクオロはアルルゥの父親だった。アセリアには家族という概念こそ実感できないが、きっと自分たちとエスペリアのようなものなのだろう。
カルラはそんなハクオロを主と認めていた。自分を倒したあの強者を従えるほどの男……それだけに期待も大きかった。
自分が認めていた二人に大切に思われていた存在。心を取り戻したアセリアは、まるで遠足前の子供のように期待を膨らませていた。
カルラはそんなハクオロを主と認めていた。自分を倒したあの強者を従えるほどの男……それだけに期待も大きかった。
自分が認めていた二人に大切に思われていた存在。心を取り戻したアセリアは、まるで遠足前の子供のように期待を膨らませていた。
失望した。がっかりだった。臆病風に吹かれた彼らが情けなかった。
きっと彼らは往人が怖くて逃げ出したのだ。その話題のとき、煮え切らない彼らの態度がそれを証明していた。
隣で柔らかに宥めようとする瑞穂の声も、ほとんど頭に入らない。どうしようもなく腹立たしい。
アルルゥが、カルラが、エスペリアが……可哀想だ。アセリアは拳を強く握りながら、まっすぐに東の方向を目指していた。
きっと彼らは往人が怖くて逃げ出したのだ。その話題のとき、煮え切らない彼らの態度がそれを証明していた。
隣で柔らかに宥めようとする瑞穂の声も、ほとんど頭に入らない。どうしようもなく腹立たしい。
アルルゥが、カルラが、エスペリアが……可哀想だ。アセリアは拳を強く握りながら、まっすぐに東の方向を目指していた。
「あ、アセリアさん……? どこに行くの?」
「クニサキユキトを追う……直感だけど東へ。そこに敵がいる、気がする」
「………………」
「クニサキユキトを追う……直感だけど東へ。そこに敵がいる、気がする」
「………………」
無言で、しかも足早に駆けていくアセリアを見て、瑞穂は不安に陥っていた。
アセリアはアルルゥたちでおかげで、感情を手に入れた。それはとても良いことだと思う。瑞穂は素直にそう思う。
傀儡のアセリアはもうそこにはいない。空虚だった心には自我と考える力が宿り、今の彼女は普通の人間と遜色ないと断言できるだろう。
アセリアはアルルゥたちでおかげで、感情を手に入れた。それはとても良いことだと思う。瑞穂は素直にそう思う。
傀儡のアセリアはもうそこにはいない。空虚だった心には自我と考える力が宿り、今の彼女は普通の人間と遜色ないと断言できるだろう。
だけど、感情とは諸刃の刃。
仲間の無事を喜べる喜、敵を憎しみ非道に憤る怒、死者を弔い悲しむ哀、皆と共に歩きたいと思う楽。
今のアセリアは初めて手に入れた感情を持て余しつつある。
悠人とハクオロに対する憤りと、国崎往人に対する怒りが混ぜ混ぜになって、復讐の権化となりつつあるのだ。
瑞穂はそんなアセリアを憂いていた。自分だって厳島貴子を殺した相手が現れたら、どうなるか。それが分からないのだ。
仲間の無事を喜べる喜、敵を憎しみ非道に憤る怒、死者を弔い悲しむ哀、皆と共に歩きたいと思う楽。
今のアセリアは初めて手に入れた感情を持て余しつつある。
悠人とハクオロに対する憤りと、国崎往人に対する怒りが混ぜ混ぜになって、復讐の権化となりつつあるのだ。
瑞穂はそんなアセリアを憂いていた。自分だって厳島貴子を殺した相手が現れたら、どうなるか。それが分からないのだ。
「ん……急ぐ、ミズホ!」
「……はい」
「……はい」
アセリアの戦士としての勘は正しかった。
この先、公園から東の方向に往人はいる。もちろんそれは偶然なのだが、過去に戻ることなどできない以上は必然であるかも知れない。
アセリアが往人に追いつくのは、時間の問題だった。
この先、公園から東の方向に往人はいる。もちろんそれは偶然なのだが、過去に戻ることなどできない以上は必然であるかも知れない。
アセリアが往人に追いつくのは、時間の問題だった。
◇ ◇ ◇ ◇
「…………大丈夫か?」
「………………ええ、気にしないで」
「………………ええ、気にしないで」
一方の往人と瑛理子は、なかなか足が前に進まなかった。
往人はこれまでの激戦で重傷を負っている。これまで戦ってきた強者を思い出しながら、往人は全身の傷を改めて確認する。
ハクオロには右手の甲を掠るように銃で撃たれて水脹れに。
エスペリアには木刀で手痛く右腕と左膝を打ち据えられた。
そして……青い瞳の女騎士と美しい女性。アセリアと瑞穂……左腕の複雑骨折や全身打撲など、もっとも致命的な一撃を与えられた相手。
往人はこれまでの激戦で重傷を負っている。これまで戦ってきた強者を思い出しながら、往人は全身の傷を改めて確認する。
ハクオロには右手の甲を掠るように銃で撃たれて水脹れに。
エスペリアには木刀で手痛く右腕と左膝を打ち据えられた。
そして……青い瞳の女騎士と美しい女性。アセリアと瑞穂……左腕の複雑骨折や全身打撲など、もっとも致命的な一撃を与えられた相手。
「…………国崎往人、貴方こそ大丈夫なの?」
「………………俺は、自業自得だ。気にすることはない」
「……そう」
「………………俺は、自業自得だ。気にすることはない」
「……そう」
微妙な雰囲気だった。一応、形ばかり互いを気遣うが、あまり意味を為さない。
何しろ往人は殺人鬼で、瑛理子にとっては親友の仇である。往人は二人きりになった後、何らかの報復行為も覚悟していた。
最悪、命を差し出すことも受け入れるつもりだった。だが、未だ瑛理子は目的のために私情を捨てて行動している。
強い奴だと往人は思った。逆の立場なら……もし観鈴が同席している相手に殺されたとなれば、必ずその相手を殺すだろうから。
瑛理子の長い髪をまとめるリボン……観鈴の形見を見ながら、往人は静かに語りかけた。
何しろ往人は殺人鬼で、瑛理子にとっては親友の仇である。往人は二人きりになった後、何らかの報復行為も覚悟していた。
最悪、命を差し出すことも受け入れるつもりだった。だが、未だ瑛理子は目的のために私情を捨てて行動している。
強い奴だと往人は思った。逆の立場なら……もし観鈴が同席している相手に殺されたとなれば、必ずその相手を殺すだろうから。
瑛理子の長い髪をまとめるリボン……観鈴の形見を見ながら、往人は静かに語りかけた。
(俺の身体はもうボロボロだよ……なあ、観鈴)
左腕はもう死んでいる。痛みは断続的に襲ってくるし、折れているためほとんど動かない。
でも、まだ右腕がある。両足だって生きている。全身が悲鳴を上げるが、そんなことは大した問題じゃない。
かつて、この右腕で参加者を全員、殺すと誓った。そして今は愛した少女のおかげで、こうして人を護るために右腕を振るうことができる。
もう、仮面を被る必要はない。観鈴が救ってくれた。殺人鬼の仮面を、無力だったはずの少女が外してくれたのだ。
でも、まだ右腕がある。両足だって生きている。全身が悲鳴を上げるが、そんなことは大した問題じゃない。
かつて、この右腕で参加者を全員、殺すと誓った。そして今は愛した少女のおかげで、こうして人を護るために右腕を振るうことができる。
もう、仮面を被る必要はない。観鈴が救ってくれた。殺人鬼の仮面を、無力だったはずの少女が外してくれたのだ。
「…………なに?」
「いや……何でもない」
「いや……何でもない」
二見瑛理子は往人の視線を訝しげに思い、そして静かに思考を巡らす。
考えること、考えなければならないこと……図書館を調べ、港を経由して病院へと向かうこと。
優秀な仲間を集める手段。殺し合いに乗った相手と出遭ったときの対処法。首輪解除のために必要なこと。それをブレーンたる彼女は考えなければならない。
考えること、考えなければならないこと……図書館を調べ、港を経由して病院へと向かうこと。
優秀な仲間を集める手段。殺し合いに乗った相手と出遭ったときの対処法。首輪解除のために必要なこと。それをブレーンたる彼女は考えなければならない。
(考えなくちゃ……いけないのに)
思考にノイズが混じる。理論に感情の波が押し寄せてくる。
自分の右手には、いつでも襲撃者に対応できるように武器が握られている。トカレフTT33、銃という名の凶器が。
これを持ったまま、仇である国崎往人と二人っきり。少しでも激情に押し流されてしまえば、殺してしまうかもしれない。
自分の右手には、いつでも襲撃者に対応できるように武器が握られている。トカレフTT33、銃という名の凶器が。
これを持ったまま、仇である国崎往人と二人っきり。少しでも激情に押し流されてしまえば、殺してしまうかもしれない。
あの時はハクオロがいた。その後、悠人や衛や千影が現れ、少しは沈静化していた復讐心。
それが再び、燻り始めている。やっと出来た友達を殺した男……それがその気になれば確実に殺すことが出来る。
もう、誰も止める人はいない。誰も自分が殺しただなんて思わない。そして誰も……喜ばない。
それが再び、燻り始めている。やっと出来た友達を殺した男……それがその気になれば確実に殺すことが出来る。
もう、誰も止める人はいない。誰も自分が殺しただなんて思わない。そして誰も……喜ばない。
(ああ、もう……急がないと行けないのにっ……)
捻挫した左足首がさっきからジクジクと痛む。
往人も全身が痛むようで、たまに漏れる苦しそうな息遣いが進行速度を遅くしてしまっている。
だが、二人ともが互いを急かそうとはしない。相手を気遣う意味もあるが、会話が成立しづらいのだ。心情的に。
往人も全身が痛むようで、たまに漏れる苦しそうな息遣いが進行速度を遅くしてしまっている。
だが、二人ともが互いを急かそうとはしない。相手を気遣う意味もあるが、会話が成立しづらいのだ。心情的に。
とはいえ、このままではジリ貧かもしれない。
処置済みとはいえ、痛みがぶり返してきたということは腫れてきたのだろう。もう一度、改めて処置したほうがいいだろうか。
医療品はないが、水で冷やしたほうがいいかもしれない。滲むような痛みが続いては、不測の事態にも対応できない。
処置済みとはいえ、痛みがぶり返してきたということは腫れてきたのだろう。もう一度、改めて処置したほうがいいだろうか。
医療品はないが、水で冷やしたほうがいいかもしれない。滲むような痛みが続いては、不測の事態にも対応できない。
「……ここで少し休息しましょう。国崎往人はランタンをそこにおいて……水を取り出して」
「おい……急がなくていいのか? 俺を気遣う必要はないんだぞ」
「誰が貴方を気遣うものですか。私が誰かさんのせいで痛めた足を処置するのよ」
「………………」
「おい……急がなくていいのか? 俺を気遣う必要はないんだぞ」
「誰が貴方を気遣うものですか。私が誰かさんのせいで痛めた足を処置するのよ」
「………………」
険しくなる往人の顔。
謝罪をしようと開いた口を、瑛理子は感情のこもらない冷たい口調で押しとどめさせた。
謝罪をしようと開いた口を、瑛理子は感情のこもらない冷たい口調で押しとどめさせた。
「それに、そろそろ放送が始まるわ。禁止エリアも書き込まなくちゃいけないし、いい機会よ。
いいから、貴方も休息をとりなさい。支給品一式、二つ持ってたわよね。水を貸して……あとは自分用のメモと、参加者名簿」
「……ああ」
いいから、貴方も休息をとりなさい。支給品一式、二つ持ってたわよね。水を貸して……あとは自分用のメモと、参加者名簿」
「……ああ」
ついつい言葉がきつくなったが、こうでもしないとお互い休もうとしない。往人はこのチームで大切な戦力なのだから。
辺りはそろそろ暗くなってきた。まだ太陽は出ているが、それでもそろそろランタンを取り出さなければならない時期だろう。
火をつけ、処置を施す。やっぱり腫れていたが、水をかけてもう一度包帯を巻く。瞬間は痛みが走ったが、冷やした後は気持ちよかった。
辺りはそろそろ暗くなってきた。まだ太陽は出ているが、それでもそろそろランタンを取り出さなければならない時期だろう。
火をつけ、処置を施す。やっぱり腫れていたが、水をかけてもう一度包帯を巻く。瞬間は痛みが走ったが、冷やした後は気持ちよかった。
◇ ◇ ◇ ◇
私はアセリアさんに追従するように東へと向かっていた。
時刻は間もなく、18時を指そうとしていた。その旨を伝えてもアセリアさんは足を止めようとはしない。
怒りで我を失っている、とまではいかない。けれど頭に血が上ってしまっているのは確かだった。
時刻は間もなく、18時を指そうとしていた。その旨を伝えてもアセリアさんは足を止めようとはしない。
怒りで我を失っている、とまではいかない。けれど頭に血が上ってしまっているのは確かだった。
「アセリアさん、少し休みましょう? 疲れがまったく取れていないでしょう?」
「ん……大丈夫」
「いいえ、大丈夫ではないわ。以前、疲れも取れないうちに戦って危なくなったのは憶えているでしょう?」
「…………ん」
「ん……大丈夫」
「いいえ、大丈夫ではないわ。以前、疲れも取れないうちに戦って危なくなったのは憶えているでしょう?」
「…………ん」
ようやく、その足が止まった。少し不満そうにこちらを見やるが、黙ってデイパックを開く。
恐らくアセリアさんの不満の原因は国崎往人という人物についてだろう。さっきから宥めようとしている私に辟易しているのかもしれない。
犠牲者と禁止エリアを書き込むために名簿とメモ、筆記用具を取り出しながら再度アセリアさんを説得する。
恐らくアセリアさんの不満の原因は国崎往人という人物についてだろう。さっきから宥めようとしている私に辟易しているのかもしれない。
犠牲者と禁止エリアを書き込むために名簿とメモ、筆記用具を取り出しながら再度アセリアさんを説得する。
「ねえ、アセリアさん。どうしてハクオロさんたちの話を聞かなかったの? もっと詳しいことが分かったかも知れないのに」
「……いい、必要ない」
「…………」
「……いい、必要ない」
「…………」
やっぱり、アセリアさんは往人という人物を許すつもりはないらしい。
もちろん、それは私も同じ。私は銃を向けられ、そして私を庇ったアルルゥちゃんを殺された。それを許すことなんて出来ない。
たぶん、ハクオロさんたちの反応から考えるに、往人という人物は殺し合いを放棄したのだろう。
それでも『はい、そうですか』とはいかなかった。
たとえ、往人という人が殺し合いを止めたとしても。どうこうの理由があったから殺し、今は止めましたと言われても気持ちが追いつかない。
もちろん、それは私も同じ。私は銃を向けられ、そして私を庇ったアルルゥちゃんを殺された。それを許すことなんて出来ない。
たぶん、ハクオロさんたちの反応から考えるに、往人という人物は殺し合いを放棄したのだろう。
それでも『はい、そうですか』とはいかなかった。
たとえ、往人という人が殺し合いを止めたとしても。どうこうの理由があったから殺し、今は止めましたと言われても気持ちが追いつかない。
だけど、一度殺し合いに乗った私も同罪に等しい。
そのせいで茜さんが死んだ……要するに今の私は往人という人とまったく同じ立場に立っている。
確かに直接人を殺した国崎往人とは違う。でも、根本的な問題……一度殺し合いに乗り、そして今は止めたという点はまったく同じだ。
本来なら私もアセリアさんに許してもらえるような存在じゃない……と、そこまで思考を巡らせたそのときだった。
そのせいで茜さんが死んだ……要するに今の私は往人という人とまったく同じ立場に立っている。
確かに直接人を殺した国崎往人とは違う。でも、根本的な問題……一度殺し合いに乗り、そして今は止めたという点はまったく同じだ。
本来なら私もアセリアさんに許してもらえるような存在じゃない……と、そこまで思考を巡らせたそのときだった。
『参加者の皆さん、定時放送の時間が来たわ』
午後18時ジャスト。
悪魔の放送が流れる時間となった。
悪魔の放送が流れる時間となった。
◇ ◇ ◇ ◇
『貴方達に神の祝福がありますように……』
「7人……」
口にして、ぐらりと目の前が揺れた。
第一回放送、第二回放送よりも少なくなっているとはいえ、それは参加者が少なくなっているだけで惨劇は止まっていない。
そのうち、二人は目の前で死んでいった。アルルゥちゃんの言葉を思い出させ、私を救ってくれた茜さん。
そして私とは違って誰にも助けてもらえず、夢の世界に逃げ込むことしか出来なかった犠牲者……私がこの手で殺した、鳴海孝之さん。
第一回放送、第二回放送よりも少なくなっているとはいえ、それは参加者が少なくなっているだけで惨劇は止まっていない。
そのうち、二人は目の前で死んでいった。アルルゥちゃんの言葉を思い出させ、私を救ってくれた茜さん。
そして私とは違って誰にも助けてもらえず、夢の世界に逃げ込むことしか出来なかった犠牲者……私がこの手で殺した、鳴海孝之さん。
さらには国崎往人という人物が大切な人、と言っていた相手である神尾観鈴。
今の彼はどのような気分なのだろう。自分が貴子を失ったときのような衝撃を受けているに違いない。
名簿に線を入れていく。もうだいぶ大勢の人たちが死んでしまった。すでに半分、30名以上の人たちがこの島で命を落としたのだ。
今の彼はどのような気分なのだろう。自分が貴子を失ったときのような衝撃を受けているに違いない。
名簿に線を入れていく。もうだいぶ大勢の人たちが死んでしまった。すでに半分、30名以上の人たちがこの島で命を落としたのだ。
「ん……瑞穂、大丈夫か?」
「……ええ、大丈夫。私は大丈夫です」
「……ええ、大丈夫。私は大丈夫です」
しっかりしなければ。
惨劇は終わっていない。だけどまだ遅くない。
もうこんな悲しい物語は終わらせるんだ。アルルゥちゃん、茜さん……貴子さん。どうか、見守っていてください。
武さんも春原さんもまだ無事だ。確かに微妙な感情を二人には抱いているけど、それでも無事でいてほしい。
惨劇は終わっていない。だけどまだ遅くない。
もうこんな悲しい物語は終わらせるんだ。アルルゥちゃん、茜さん……貴子さん。どうか、見守っていてください。
武さんも春原さんもまだ無事だ。確かに微妙な感情を二人には抱いているけど、それでも無事でいてほしい。
「……あ」
「どうした?」
「いえ……少し。アセリアさん、少し先に行っててもらえませんか? それともここで待ってますか?」
「……? なら、先に進む。ミズホ、すぐに来るか?」
「ええ、もちろん」
「どうした?」
「いえ……少し。アセリアさん、少し先に行っててもらえませんか? それともここで待ってますか?」
「……? なら、先に進む。ミズホ、すぐに来るか?」
「ええ、もちろん」
怪訝そうな顔をされたが、仕方がない。
せっかく千影さんから替えの制服をもらったのだから、着替えておこう。こんな血塗れの制服では相手を警戒させてしまうかもしれない。
アセリアさんには別に私が……いや、僕が実は男だと明かしても良かったのだけど、それは結局止めることにした。
今の私は鏑木瑞穂ではない。エルダーシスター、宮小路瑞穂なんだ。そう演じると決めた以上、私は女性であることを演じ続ける。
せっかく千影さんから替えの制服をもらったのだから、着替えておこう。こんな血塗れの制服では相手を警戒させてしまうかもしれない。
アセリアさんには別に私が……いや、僕が実は男だと明かしても良かったのだけど、それは結局止めることにした。
今の私は鏑木瑞穂ではない。エルダーシスター、宮小路瑞穂なんだ。そう演じると決めた以上、私は女性であることを演じ続ける。
先に進んでいくアセリアさんから隠れるようにして、僕はデイパックから着替えを取り出した。
千影さんから貰った替えの制服を取り出しながら漠然と思う。
アセリアさんを先に行かせたのは正解だったのだろうか。もしかしたらとんでもない間違いを犯してしまったのではないか。
千影さんから貰った替えの制服を取り出しながら漠然と思う。
アセリアさんを先に行かせたのは正解だったのだろうか。もしかしたらとんでもない間違いを犯してしまったのではないか。
「……っ……」
そんな思いが私の着替えをいつもよりも早くさせた。
すぐに追いつけば何でもないことなのだから。大丈夫、何の問題もなかったのだと心に留めて。
しかし不安はどんどん大きくなる。もしも、もしもだ……アセリアさんの直感の通り、往人という人物がその先にいるのだとしたら。
すぐに追いつけば何でもないことなのだから。大丈夫、何の問題もなかったのだと心に留めて。
しかし不安はどんどん大きくなる。もしも、もしもだ……アセリアさんの直感の通り、往人という人物がその先にいるのだとしたら。
◇ ◇ ◇ ◇
「………………」
「………………っ」
「………………っ」
二人は沈痛な面持ちのまま、参加者の名前にひとつひとつ線を入れていった。
涼宮茜……『アカネ』とアルルゥに呼ばれていたあの少女も死んだ。その後も鳴海孝之、土見稟と名前欄に線を引いていって。
やがて、最後に二人は震えるような筆記で。
名前はとっくに呼ばれたけど、最後の最後まで線を引かなかった名前を。
聞き逃していたとしても、忘れられなかった犠牲者の名前を。
往人と瑛理子は悔恨と後悔が織り交ぜになったかのような感情を抑えたまま、神尾観鈴の名前に線を引いた。
涼宮茜……『アカネ』とアルルゥに呼ばれていたあの少女も死んだ。その後も鳴海孝之、土見稟と名前欄に線を引いていって。
やがて、最後に二人は震えるような筆記で。
名前はとっくに呼ばれたけど、最後の最後まで線を引かなかった名前を。
聞き逃していたとしても、忘れられなかった犠牲者の名前を。
往人と瑛理子は悔恨と後悔が織り交ぜになったかのような感情を抑えたまま、神尾観鈴の名前に線を引いた。
(美凪も……月宮あゆも、まだ生きている)
(これで残りは半分弱……いよいよ……っ……急がないといけなくなったわね)
(これで残りは半分弱……いよいよ……っ……急がないといけなくなったわね)
悲愴な思いと使命感を胸に、二人は言葉もなく示し合わせたわけもなく、まったくの同時に立ち上がる。
胸に抱くは贖罪。もしくは悲痛な叫びを隠して告げる宣告か。
いずれにせよ、急がなければならないという思いでデイパックを抱き上げ……
胸に抱くは贖罪。もしくは悲痛な叫びを隠して告げる宣告か。
いずれにせよ、急がなければならないという思いでデイパックを抱き上げ……
「クニサキユキト……っ!!!!」
空気を切り裂く怒号に二人は身を凍らせた。
因果律はこうして正しく機能し、歯車は噛み合って車輪のように廻り続ける。
因果律はこうして正しく機能し、歯車は噛み合って車輪のように廻り続ける。
◇ ◇ ◇ ◇
「お前はっ……!」
「イヤァァアアッ!!!!」
「イヤァァアアッ!!!!」
ようやく見つけた、アルルゥの仇。
クニサキユキトは私の登場に驚き、同時に懐に手をやる。多分、銃を取り出そうとしているのだろう。
だが、やがて躊躇うように顔を歪め、デイパックから木刀を取り出した。
そんな態度に違和感を覚えたけど、関係ない。敵は倒すだけ。そちらが銃を使わないのなら好都合というもの。
だが、やがて躊躇うように顔を歪め、デイパックから木刀を取り出した。
そんな態度に違和感を覚えたけど、関係ない。敵は倒すだけ。そちらが銃を使わないのなら好都合というもの。
隣には見覚えのないポニーテールの女。同じく私を見て目を見開いているが、彼女には意識を割けない。
きっとクニサキユキトの次の標的に違いない。私の到着が少しでも遅れれば、アルルゥと同じように骸になっていたのかもしれない。
仲間、ということは有り得ない。クニサキユキトが殺し合いを肯定したのなら、仲間を作るなんて有り得ない。
クニサキユキトの姿を見ただけで、アルルゥを殺されたときの破壊衝動が蘇る。永遠神剣に求められたときよりも遥かに上の殺意。
きっとクニサキユキトの次の標的に違いない。私の到着が少しでも遅れれば、アルルゥと同じように骸になっていたのかもしれない。
仲間、ということは有り得ない。クニサキユキトが殺し合いを肯定したのなら、仲間を作るなんて有り得ない。
クニサキユキトの姿を見ただけで、アルルゥを殺されたときの破壊衝動が蘇る。永遠神剣に求められたときよりも遥かに上の殺意。
「ぐっ……おおおおっ!!!」
鉄パイプと木刀がぶつかり合う。
あの時は得物が違った。あの時は体調が違った。どれかひとつが対等ならば討ち果たせたはずだった。
今度は違う。得物は鉄パイプと木刀……私にでもこの武器は振り辛いが、これなら互角以上の戦いができる。
今度は倒せる。体調は私が少々の疲労困憊、クニサキユキトは満身創痍でボロボロ……これを見ても互角以上の戦いを為せる。
あの時は得物が違った。あの時は体調が違った。どれかひとつが対等ならば討ち果たせたはずだった。
今度は違う。得物は鉄パイプと木刀……私にでもこの武器は振り辛いが、これなら互角以上の戦いができる。
今度は倒せる。体調は私が少々の疲労困憊、クニサキユキトは満身創痍でボロボロ……これを見ても互角以上の戦いを為せる。
今度こそ、アルルゥの仇が取れる。
種族が違う。私は戦うために生まれたスピリット、ブルーアセリア。相手はただの人間だ。
何ひとつ負けてなどいないのだから、こちらの勝利は約束されたものと言える。
種族が違う。私は戦うために生まれたスピリット、ブルーアセリア。相手はただの人間だ。
何ひとつ負けてなどいないのだから、こちらの勝利は約束されたものと言える。
「ちいっ……!!!」
「……っ」
「……っ」
一合、二合と打ち合う。クニサキユキトは剣の扱いが慣れていないのか、その太刀筋は甘すぎる。
こちらが一方的に攻め、相手がそれを辛うじて受け流し、避けることで致命傷を負わないようにしている。
だけど、こちらの勝利は動かない。
もうクニサキユキトの体は限界だ。何か行動をするたびに、悲鳴を上げているのがはたから見ても分かるのだから。
こちらが一方的に攻め、相手がそれを辛うじて受け流し、避けることで致命傷を負わないようにしている。
だけど、こちらの勝利は動かない。
もうクニサキユキトの体は限界だ。何か行動をするたびに、悲鳴を上げているのがはたから見ても分かるのだから。
「アセリアさん、駄目っ……!!」
勝てる、と思ったそのとき……私の背後から糾弾するような叫び声があがった。
それは新しい服に身を包んだ、仲間……ミズホの声だと悟った瞬間、苦い顔をするしかなかった。
それは新しい服に身を包んだ、仲間……ミズホの声だと悟った瞬間、苦い顔をするしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
どうしてこんなことになったのだろう。
私、二見瑛理子はすぐに答えの出るだろう問題への回答を用意できず、ただ佇むだけだった。
私、二見瑛理子はすぐに答えの出るだろう問題への回答を用意できず、ただ佇むだけだった。
「アセリアさん、駄目っ……!!」
混乱する私をよそに、新たに現れる参入者。
どうやらこの戦いを止めようとしているらしい。私は動けなかった。どういうわけか動こうとしなかった。
どうやらこの戦いを止めようとしているらしい。私は動けなかった。どういうわけか動こうとしなかった。
「ミズホ、止めるなっ……!! こいつはアルルゥを殺したっ……!!」
「お願い、待ってっ……話を聞いてアセリアさん!」
「お願い、待ってっ……話を聞いてアセリアさん!」
青い髪の女性をアセリア、彼女を必死に止めようとしているのがミズホというらしい。
彼女は私と目を合わせると、一瞬だけ驚いたような顔をして……ようやくそこで私の金縛りは解けた。
彼女は私と目を合わせると、一瞬だけ驚いたような顔をして……ようやくそこで私の金縛りは解けた。
「ねえっ、貴女……さっきまで彼と一緒だったでしょうっ!? 彼が何者か知ってる!?」
「ええ、知ってるわ! 何人もの参加者を殺した男……名前は国崎往人。今は主催者に歯向かおうとしている私たちの仲間!」
「ええ、知ってるわ! 何人もの参加者を殺した男……名前は国崎往人。今は主催者に歯向かおうとしている私たちの仲間!」
状況証拠から推測するに、彼女たちは国崎往人がマーダーだった頃、アルルゥという仲間を殺された人たちで間違いない。
その話は聞いていたし、蒼い女騎士と髪の長い女子高生、短い女子高生の話も聞いている。
だから国崎往人を救うために必要な情報は二つ。
私たちは対主催として仲間を集めており、そして国崎往人は殺し合いを止めたということだ。ついでに私たちが彼の罪を知っていることも必須。
仲間を殺されて憤るような人間に、優勝の意思なんてない。ようするに私たちは全員、同じ目的のために動けるはずだ。
その話は聞いていたし、蒼い女騎士と髪の長い女子高生、短い女子高生の話も聞いている。
だから国崎往人を救うために必要な情報は二つ。
私たちは対主催として仲間を集めており、そして国崎往人は殺し合いを止めたということだ。ついでに私たちが彼の罪を知っていることも必須。
仲間を殺されて憤るような人間に、優勝の意思なんてない。ようするに私たちは全員、同じ目的のために動けるはずだ。
「……聞いたでしょう、アセリアさん! 武器をおろし……!」
これで何とかなると思った。
幸い、瑞穂という人物は冷静に戦いを止めてくれようとしている。これならアセリアと言う女騎士も剣を収めてくれるだろう、と。
幸い、瑞穂という人物は冷静に戦いを止めてくれようとしている。これならアセリアと言う女騎士も剣を収めてくれるだろう、と。
甘かった。
2m以上もの鉄パイプは下ろされることなく、国崎往人の命を狩るために轟音を立てて振るわれる。
一撃、二撃と迫ってくる凶器。国崎往人は為す術もなく、木刀で受け止めることすら出来ずに押されていく。
一撃、二撃と迫ってくる凶器。国崎往人は為す術もなく、木刀で受け止めることすら出来ずに押されていく。
「ぐっ、うおっ……!!」
予測ではあるが、国崎往人がここまで持ちこたえているのも奇跡だ。
リーチの長い鉄パイプと木刀。傷だらけの身体は以前につけられた罰の刻印。これでまだ国崎往人が倒されないのは奇跡だろう。
おそらく、以前戦ったときの経験と、アセリアの疲労がだんだん溜まってくることに原因はある。
国崎往人は胸に銃をしまったまま。アセリアが警戒しているのは木刀を圧し折った隙に、銃で狙われることを警戒している。それが踏み込みに二の足を踏ませる。
また、長い鉄パイプを少女が手足のように動かせるはずがない。普通に武器として使用としているのは驚きだが、それでも疲れは溜まってくる。
リーチの長い鉄パイプと木刀。傷だらけの身体は以前につけられた罰の刻印。これでまだ国崎往人が倒されないのは奇跡だろう。
おそらく、以前戦ったときの経験と、アセリアの疲労がだんだん溜まってくることに原因はある。
国崎往人は胸に銃をしまったまま。アセリアが警戒しているのは木刀を圧し折った隙に、銃で狙われることを警戒している。それが踏み込みに二の足を踏ませる。
また、長い鉄パイプを少女が手足のように動かせるはずがない。普通に武器として使用としているのは驚きだが、それでも疲れは溜まってくる。
「ぐあっ……!」
「はぁぁぁあっ!!!」
「はぁぁぁあっ!!!」
だが、その全ての理論を青い妖精は一蹴した。
鉄塊は轟々と唸り声を上げながら、国崎往人を追い詰める。一撃、二撃……辛うじて避けた彼の体が軋んでいく。
細かい要素など無意味。どこをどう頑張っても、国崎往人と木刀では体力に先に尽きるのは間違いなく。
鉄塊は轟々と唸り声を上げながら、国崎往人を追い詰める。一撃、二撃……辛うじて避けた彼の体が軋んでいく。
細かい要素など無意味。どこをどう頑張っても、国崎往人と木刀では体力に先に尽きるのは間違いなく。
「あ……」
目の前で国崎往人が押されている。
当然だ、アセリアと言う名の少女は人間離れした身体能力で鉄パイプを振るい、国崎往人は満身創痍で満足に動けない。
勝てるはずがない。勝算なんて1%もない。これは戦いという名を冠した一方的な断罪だ。
当然だ、アセリアと言う名の少女は人間離れした身体能力で鉄パイプを振るい、国崎往人は満身創痍で満足に動けない。
勝てるはずがない。勝算なんて1%もない。これは戦いという名を冠した一方的な断罪だ。
国崎往人は見る見るうちに消耗していく。瞳の色は濁り、膝は何度も折れかけ、木刀を振るう腕の力が抜けていく。
表情に宿っている感情は、諦観。
私でなくとも、実際に戦っている国崎往人が一番分かっている筈だ。この戦い、自分に勝機などないということが。
表情に宿っている感情は、諦観。
私でなくとも、実際に戦っている国崎往人が一番分かっている筈だ。この戦い、自分に勝機などないということが。
「アセリアさん……話を聞いて。その人は……!」
「殺し合いをやめた……だからどうした!」
「殺し合いをやめた……だからどうした!」
慟哭のようなアセリアという少女の叫び。
低い声色のはずなのに、それは確かな悲しい音色となって私たちの耳に響く悲痛な歌声へと変わっていく。
低い声色のはずなのに、それは確かな悲しい音色となって私たちの耳に響く悲痛な歌声へと変わっていく。
「殺し合いをやめればアルルゥは帰ってくるのか……? 皆、帰ってくるか?
違う……帰ってこない……死んだ人間は生き返らない……アルルゥも、カルラも、アカネも、エスペリアも……誰も!」
違う……帰ってこない……死んだ人間は生き返らない……アルルゥも、カルラも、アカネも、エスペリアも……誰も!」
その言葉に胸が痛む。私もまったく同じ気持ち……たとえ国崎往人が人殺しをやめたとしても、観鈴が帰ってくるわけじゃない。
たった一言、慟哭のような叫び。それだけで瑞穂は悔しそうに俯いてしまった。
もはや瑞穂にもアセリアは止められない。それが分かったのか、もはや瑞穂は何も言おうとはしなかった。
この人にしても国崎往人は仲間の仇。この戦いに加勢する理由はあっても、助けようとする義理など一切存在しない。
たった一言、慟哭のような叫び。それだけで瑞穂は悔しそうに俯いてしまった。
もはや瑞穂にもアセリアは止められない。それが分かったのか、もはや瑞穂は何も言おうとはしなかった。
この人にしても国崎往人は仲間の仇。この戦いに加勢する理由はあっても、助けようとする義理など一切存在しない。
「…………っ……く」
アセリアの叫びは国崎往人の顔を悲しみに歪ませる。
エスペリア……国崎往人が殺した五人の少女の内の一人。アルルゥだけではない、さらにもう一人知り合いを殺されていることになる。
アセリアがそのことを知っているかは知らない。だけど、もし知っているのなら……もしくは知ってしまったら、もうこの戦いは止まらない。
因果応報という言葉がある。善悪のふたつで考えられる四文字熟語。
それが国崎往人に突き刺さろうとしていた。犯した罪の報いを受けよ、と。豪腕が操る鉄の凶器は絶え間なく国崎往人を打ち据えようと唸り声を上げる。
アセリアがそのことを知っているかは知らない。だけど、もし知っているのなら……もしくは知ってしまったら、もうこの戦いは止まらない。
因果応報という言葉がある。善悪のふたつで考えられる四文字熟語。
それが国崎往人に突き刺さろうとしていた。犯した罪の報いを受けよ、と。豪腕が操る鉄の凶器は絶え間なく国崎往人を打ち据えようと唸り声を上げる。
「クニサキユキトッ……お前はこの手で切り伏せる……!」
「………………っ」
「………………っ」
言葉を言霊に変えて振るわれた一撃。
今までで一番速く、一番鋭く、一番力のこもった一撃。それほどの膂力、2mもの鉄パイプはもはや鉄塊と変わらない。
それを木刀などという装備で受け止められるはずもなく。まして、国崎往人の身体では受け止める力も避ける力もなかった。
今までで一番速く、一番鋭く、一番力のこもった一撃。それほどの膂力、2mもの鉄パイプはもはや鉄塊と変わらない。
それを木刀などという装備で受け止められるはずもなく。まして、国崎往人の身体では受け止める力も避ける力もなかった。
ボキリ、と鈍く嫌な音が響いて。
ここに勝敗は国崎往人の敗北で決しようとしていた。
ここに勝敗は国崎往人の敗北で決しようとしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
「が――――はっ、ぐぁ……ごほ」
盾にした木刀は完膚なきまでに破壊され、その威力に俺は地面に這いつくばった。
一撃で吹き飛ばされ、ごろごろと転がったらしい。アセリアというらしい女は少し離れたところに立っていた。
一撃で吹き飛ばされ、ごろごろと転がったらしい。アセリアというらしい女は少し離れたところに立っていた。
「ごほ、ごほ……ぐっ、は……はは」
やっぱりダメだった。
最初から勝てる相手じゃなかった。万全に近い状態でも勝てなかったのに、こんな身体で退けようだなんて虫が良すぎたらしい。
しかも愛銃のコルトM1917は懐にしまったまま。人殺しはもうしたくない、それを思うと殺人鬼の象徴だったこれはもう使えなかった。
だけど、笑いが零れてくる。まるで麻薬のような高揚感……否、これはむしろ安堵感というものだろうか。
敗れ去った俺の心を占めているのは、たったひとつ。
最初から勝てる相手じゃなかった。万全に近い状態でも勝てなかったのに、こんな身体で退けようだなんて虫が良すぎたらしい。
しかも愛銃のコルトM1917は懐にしまったまま。人殺しはもうしたくない、それを思うと殺人鬼の象徴だったこれはもう使えなかった。
だけど、笑いが零れてくる。まるで麻薬のような高揚感……否、これはむしろ安堵感というものだろうか。
敗れ去った俺の心を占めているのは、たったひとつ。
(これで、死ねるのか……)
結局、どんなに美辞麗句を背負ったところで、俺にはもう罪を償う資格すら存在しなかったのだ。
あまりにも人を殺しすぎた。あまりにも償いきれない罪を犯しすぎた。
目の前の青い妖精が断罪を宣言した。つまり、生きる価値はもはやない、と。罪を償うことすらも許されないのだ、と。
終わったんだ、何もかも。
俺ができることはもう、ひとつしかない。この罪を完全に清算すること。知りえないまま、架空の仇をこの少女が捜しに往かないように。
あまりにも人を殺しすぎた。あまりにも償いきれない罪を犯しすぎた。
目の前の青い妖精が断罪を宣言した。つまり、生きる価値はもはやない、と。罪を償うことすらも許されないのだ、と。
終わったんだ、何もかも。
俺ができることはもう、ひとつしかない。この罪を完全に清算すること。知りえないまま、架空の仇をこの少女が捜しに往かないように。
「お前はこれから、どうするんだ……?」
「……これから?」
「俺を殺した後だ。そこの女も殺すのか?」
「……殺さない。お前とエスペリアを殺した相手は切るけど、それ以外は」
「…………なら、いい」
「……これから?」
「俺を殺した後だ。そこの女も殺すのか?」
「……殺さない。お前とエスペリアを殺した相手は切るけど、それ以外は」
「…………なら、いい」
もう、青い妖精は真上に迫っていた。蒼穹の死神はゆっくりと鉄パイプを振り上げる。
俺がこれから吐く言葉によって、それは確実に振り下ろされるだろう。
多くの少女を殺してきた因果が、こんなところで果たされることになるとは思わなかった。罪には罰、それが正しい摂理ならば。
俺がこれから吐く言葉によって、それは確実に振り下ろされるだろう。
多くの少女を殺してきた因果が、こんなところで果たされることになるとは思わなかった。罪には罰、それが正しい摂理ならば。
「知ってるか? エスペリアも俺が殺した。アルルゥの姉も俺が殺した」
「っ――――――!」
「っ――――――!」
絶対的優位に立ち、少しは収まっていた殺意が急激に膨れ上がるのを感じた。
これで王手。アセリアは瞳孔が開いたまま、無表情の中に僅かな怒りを混ぜながら両手に力を込めた。
一秒後の死。俺はすべての罪悪を背負うような心境で瞳を瞑り、断罪を受け入れた。
これで王手。アセリアは瞳孔が開いたまま、無表情の中に僅かな怒りを混ぜながら両手に力を込めた。
一秒後の死。俺はすべての罪悪を背負うような心境で瞳を瞑り、断罪を受け入れた。
その直前。
一発の銃声が鼓膜を震わせた。
一発の銃声が鼓膜を震わせた。
◇ ◇ ◇ ◇
勝敗は決した。
国崎往人は下馬評を覆すことはできず、傷だらけの身体をさらに傷つけられながら倒れ伏す。
アセリアという人物は強い。きっと参加者の中でも最強クラスの一人だろう……その戦闘力は実践を経験しないと得られないほどの。
全員の視線は国崎往人に向かっていた。アセリアも、瑞穂も、そして私も。
国崎往人は下馬評を覆すことはできず、傷だらけの身体をさらに傷つけられながら倒れ伏す。
アセリアという人物は強い。きっと参加者の中でも最強クラスの一人だろう……その戦闘力は実践を経験しないと得られないほどの。
全員の視線は国崎往人に向かっていた。アセリアも、瑞穂も、そして私も。
「………………」
国崎往人の懺悔の言葉に、心臓が裏返るほどの強い何かが走った。
アセリアの瞳が憎悪に揺れる。それよりも早く。
そして私の心もまた醜くなっていく。この窮地、その状況において全てを諦めてしまったのか。
アセリアの瞳が憎悪に揺れる。それよりも早く。
そして私の心もまた醜くなっていく。この窮地、その状況において全てを諦めてしまったのか。
もう一度、自分の心に自問する。アセリアが怒りで鉄パイプを振り上げる姿がとてもゆっくりだ。
私は国崎往人をどう思っているのか。
考えるまでもない。誰よりも何よりも憎むべき存在だ。許さない、私の友達を殺した。
今なら間違いなく、私が手を汚すことなく消えてくれる。でも私にはそれすら許容できないことに思えた。
どうせ死ぬなら自分の手で殺したい。今ならハクオロも悠人さんも……誰も私を止めようとはしない。これが最初で最後のラストチャンス。
私は国崎往人をどう思っているのか。
考えるまでもない。誰よりも何よりも憎むべき存在だ。許さない、私の友達を殺した。
今なら間違いなく、私が手を汚すことなく消えてくれる。でも私にはそれすら許容できないことに思えた。
どうせ死ぬなら自分の手で殺したい。今ならハクオロも悠人さんも……誰も私を止めようとはしない。これが最初で最後のラストチャンス。
「……あは」
そんな考えは全て無意味だった。
だってアセリアが怒りを露にするよりも、国崎往人が罪を懺悔するよりも、そう、圧倒的に早く。この右手には銃が握られていたのだから。
考えることなんてない。だって思考よりも先に行動、だなんて私らしくないスタイルで銃を構えているのだから。
ああ、テンションとやらに身を任せるのも悪くない。黒い心、醜い心が溢れ出しそうでしょうがない。今の私に冷静な判断なんて出来ない。
乾いた笑いに瑞穂さんが気づき、驚いた。止めようとしているが間に合わない。そう、アセリアが武器を振り下ろすよりも早く私は引き金を引けばいい。
だってアセリアが怒りを露にするよりも、国崎往人が罪を懺悔するよりも、そう、圧倒的に早く。この右手には銃が握られていたのだから。
考えることなんてない。だって思考よりも先に行動、だなんて私らしくないスタイルで銃を構えているのだから。
ああ、テンションとやらに身を任せるのも悪くない。黒い心、醜い心が溢れ出しそうでしょうがない。今の私に冷静な判断なんて出来ない。
乾いた笑いに瑞穂さんが気づき、驚いた。止めようとしているが間に合わない。そう、アセリアが武器を振り下ろすよりも早く私は引き金を引けばいい。
「やっぱり私、許せないわ」
言葉に可能な限りの憎悪を乗せて。この毒々しい思いを届けるかのように。
誰も止めない、止めることの出来ない状況下の中、私はトカレフの撃鉄をハンマーで叩くような勢いで撃った。
誰も止めない、止めることの出来ない状況下の中、私はトカレフの撃鉄をハンマーで叩くような勢いで撃った。
ダァンッ!!!
「……なんの、つもり?」
鉄パイプは振り下ろされることなく、そのまま力なく降ろされる。
アセリアは忌々しげに群青色の瞳を私に向けている。私は硝煙の匂いに顔をしかめながら、その眼光を受け流していた。
アセリアは忌々しげに群青色の瞳を私に向けている。私は硝煙の匂いに顔をしかめながら、その眼光を受け流していた。
私はトカレフを構え、発砲していた。アセリアと国崎往人の間に、銃弾を割り込ませるように。
初めて撃った銃の感触は重く、うまく撃つことができるかは不安だったけど、結果として鉛弾は二人の仲介をするように通過していった。
初めて撃った銃の感触は重く、うまく撃つことができるかは不安だったけど、結果として鉛弾は二人の仲介をするように通過していった。
「許せないのよ、私は」
アセリアは邪魔をした私を今にも殺してしまいそうなほど、睨んでいる。彼女にすれば狙われたのは自分なのだから当たり前だ。
困惑する瑞穂も、アセリアも無視して私はあの男に語りかける。
困惑する瑞穂も、アセリアも無視して私はあの男に語りかける。
「こんなところで死ぬなんて許せない、このまま殺されることで罪をなかったことにされるなんて許せない」
この中で一番驚いた顔をしているのは、間違いなく私に糾弾されているあの男。
私の思考は感情で埋め尽くされている。そう、私は今……暴力的な感覚に身を任せてしまったいるのだ。
私の思考は感情で埋め尽くされている。そう、私は今……暴力的な感覚に身を任せてしまったいるのだ。
「立ち上がりなさい、国崎往人っ!!! こんなところで死んでっ……勝手に自分の罪を清算しようとするなんて許せないっ!!」
絶対に許してなんかやらない。
観鈴が何のために命を懸けたのか、分からなくなってしまう。何のために私の友達が死んでしまったのか、わからなくなる。
自分勝手に許されようとする根性が気に食わない。観鈴が自分の命を代償にして改心したのなら、このまま何も為さずに死ぬなんて許されない。
忘れたというなら、思い出させてあげよう。私らしくもない絶叫、観鈴の願い事をここに。
観鈴が何のために命を懸けたのか、分からなくなってしまう。何のために私の友達が死んでしまったのか、わからなくなる。
自分勝手に許されようとする根性が気に食わない。観鈴が自分の命を代償にして改心したのなら、このまま何も為さずに死ぬなんて許されない。
忘れたというなら、思い出させてあげよう。私らしくもない絶叫、観鈴の願い事をここに。
「観鈴が最期に貴方に求めたのは何だったのか、思い出しなさいっ!!!!」
私らしくもない言葉を、全身全霊で叫んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
『観鈴が最期に貴方に求めたのは何だったのか、思い出しなさいっ!!!!』
がつーん、と頭をハンマーで殴られたような衝撃に、俺は眩暈がした。
アセリアと呼ばれた女は振り上げた鉄パイプを下ろし、二見を警戒するように睨み付ける。二見は同じくアセリアを睨み付けた。
しばらくの睨み合いが、俺に僅かな猶予を与えた。状態を冷静に、瞬時に把握する。
今の突きで肋骨が骨がまた一本、折れたような気がする。全身が動かせないほどの激痛で、情けなく地面に転がっていた。
アセリアと呼ばれた女は振り上げた鉄パイプを下ろし、二見を警戒するように睨み付ける。二見は同じくアセリアを睨み付けた。
しばらくの睨み合いが、俺に僅かな猶予を与えた。状態を冷静に、瞬時に把握する。
今の突きで肋骨が骨がまた一本、折れたような気がする。全身が動かせないほどの激痛で、情けなく地面に転がっていた。
(観鈴が、俺に求めたこと……ああ、そうだった)
思い至った瞬間、身体に力が沸いてきた。比喩ではなく、本当に。まるで誰かに応援されているような気分だった。
掌を握り、開く。左手はまったく動かないが、右手は俺の思い通りにまだ動く。
途端に、可笑しくなってしまった。歪む口元が押さえられない。近くにいるアセリアに気づかれないように心の中で俺は笑っていた。
掌を握り、開く。左手はまったく動かないが、右手は俺の思い通りにまだ動く。
途端に、可笑しくなってしまった。歪む口元が押さえられない。近くにいるアセリアに気づかれないように心の中で俺は笑っていた。
(なんだ)
観鈴が求めた願い、最期に指切りをしたときの誓い、涙を流したまま愛した人の前で俺は約束した。
今まで頑張ってきた観鈴の代わりに困ってる人を助ける。人殺しはもう絶対にしない。
だってあいつが願ったから。大好きな神尾観鈴が死の間際に儚く笑いながら言ったんだから。
罪を償って、と。幸せにずっとずっと笑って生きて、と。
自分を撃った大莫迦野郎に恨み言のひとつも言わず、観鈴はただ俺の幸せだけを願っていた……!
今まで頑張ってきた観鈴の代わりに困ってる人を助ける。人殺しはもう絶対にしない。
だってあいつが願ったから。大好きな神尾観鈴が死の間際に儚く笑いながら言ったんだから。
罪を償って、と。幸せにずっとずっと笑って生きて、と。
自分を撃った大莫迦野郎に恨み言のひとつも言わず、観鈴はただ俺の幸せだけを願っていた……!
(俺は、莫迦だ)
左腕は死んでいる? ――まだ右腕が残っているだろう。以前もそうやって戦っていただろう。
全身打撲で動けない? ――我慢できないことじゃない。動けないなんて甘えは許されない。
こんな満身創痍では目の前の少女には敵わない? ――そんな弱気なら最初から勝てるはずがない!
全身打撲で動けない? ――我慢できないことじゃない。動けないなんて甘えは許されない。
こんな満身創痍では目の前の少女には敵わない? ――そんな弱気なら最初から勝てるはずがない!
(まだ、この身体は動くじゃないか――――!!)
立ち上がれ、国崎往人。銃なら懐に入っている。
今まで何人もの少女がこの凶器によって、この俺の手によって命を奪われた。最初期から俺と共にあった武装。
だが、今度こそ俺は人を救う。この銃も人を救う道具となる。人殺しの仮面は剥がれたんだ。
今まで何人もの少女がこの凶器によって、この俺の手によって命を奪われた。最初期から俺と共にあった武装。
だが、今度こそ俺は人を救う。この銃も人を救う道具となる。人殺しの仮面は剥がれたんだ。
激痛が全身を襲うが、そんなことはどうでもいい。痛みを感じられるのなら……まだこの身体は動いてくれる。
人殺しのためには全力で動けた身体だ。だったら、人助けでも全力で動かなければ割に合わない。そうでなければならない。
人殺しのためには全力で動けた身体だ。だったら、人助けでも全力で動かなければ割に合わない。そうでなければならない。
俺は、いつの間にか銃を握ったまま立ち上がっていた。
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139:瓶詰妖精 | 国崎往人 | 148:求め、誓い、空虚、因果(後編) |
139:瓶詰妖精 | 二見瑛理子 | 148:求め、誓い、空虚、因果(後編) |
139:瓶詰妖精 | 宮小路瑞穂 | 148:求め、誓い、空虚、因果(後編) |
139:瓶詰妖精 | アセリア | 148:求め、誓い、空虚、因果(後編) |