一ノ瀬コトミの激走 ◆tu4bghlMI


「あははははははははははっーー!! 落ちろ、落ちろっ!! このカトンボめ!!」

何なの、何なの。まるで意味が分からないの。
私、一ノ瀬ことみは追われていた。もうそりゃあ、激烈なまでの勢いで。
とにかく全身の筋肉をフル稼働させて線路を蹴る。
冬眠していたトノサマガエルだって思わず飛び起きてしまうくらいの爆音と罵声を背中にぶら下げながら。


だからってヒットマンに命を付け狙われている訳ではない。
自分の名前を見知らぬ男に馬鹿にされマジギレして、思わずぶん殴ってしまった為に因縁を付けられて追い回されている訳でもない。
背後から迫り来るのは重機。
正式な名称で行くと油圧ショベル。俗に言うパワーショベルという奴だ。
様々な本を読んで来たつもりの私でも、さすがに重機に追い回される女子高生というシチュエーションには今まで出会った事が無かった。
しかもその運転手が同じ年頃くらいの女子高生だなんて言ったら……まさに事実は小説より奇なりを体現した結果と言える。
まぁこの島自体がそもそも異常と狂気のサラダボウル的空間ではあるのだけれど。

「ま、待つの!! 話せば分かるの!!」
「聞こえない、聞こえない、聞こえない!! あなたは死ぬの、悲惨な死体になってグチャグチャになるの!!」


ブンブンとショベルのクローラを動かしながら運転手の女の子は叫ぶ。
私は全力で逃げる。全力でひたすら逃げる。

というかそもそもパワーショベルを動かすには大型特殊免許が必要なはずなのだが、彼女がソレを持っているようにはとても見えない。
というか、原付や自動車の免許ならともかく大型特殊の免許を持っている女子高生なんて存在するのか。
フィクションの中でさえ、そんな人間が登場して来たら、私は違和感を抱かずには居られないだろう。

だが彼女がショベルを手足のように動かしている事もまた事実。
大体、いきなり操れと言われても私にはアレを動かす自信はまるで無い。
自分が古い人間なのか、それとも彼女が新し過ぎるのか、もしや今時の女子高生はパワーショベルの操縦方法ぐらい嗜んでいるものなのだろうか。
……いや、さすがにソレは無いか。


 ■


しかしこの状況は悲惨すぎる。私には悲しみに暮れる時間も無いのだろうか。
自嘲的に自分で自分を皮肉ってやりたい気分。

時刻は午後の六時を回った所。つまり第三回目の放送が行われた直後。
鷹野三四の口から二人、聞き覚えのある名前が呼ばれた。

時雨亜沙と土見稟。

土見稟はまだいい。
彼に関しては嫌という程名前を聞きこそしたが、本人とは一度も出会っていない。
それ所かネリネや芙蓉楓といった、ゲームに乗った人間の奉仕対象となっているという事実から、微妙にマイナスな感情の方が強かったくらいだ。

だけどもうひとつの名前は違う。それは大切な、本当に大切な人の名前。
亜沙さんとはゲーム開始からほとんどの時間を共有し、ほんの数時間前に別れるまで共に行動していたのだから。


でも、初めは四人だった。
私と亜沙さんの隣には四葉ちゃんがいた、恋太郎さんがいた。
生きるだとか、死ぬだとか、殺すだとか。
そんな言葉とはまるで無縁な生活を送っていた私にとって、三人との出会いは本当に素晴らしいものだったと思う。
カミサマならば「光あれ」と口にするだけで、世界を照らす暖かな太陽を創り出す事が出来る。
だけど私は無力な人間、何もかもを自分の思い通りにする事なんて出来やしない。
今だからこそ言える。あの出会いは奇跡だった。
殺伐とした空間に生まれた小さな光。心の底からほっとするような、温もりに包まれた世界だった。

だけどそんな素敵な楽園はあっという間に崩壊した。
第一放送の前には四葉ちゃんが、第二放送の前には恋太郎さんが殺されてしまった。
そして第三放送では亜沙さんまで……。
そう、私は一人になってしまったのだ。
知り合いと言えるような人間はもちろん、数名まだ生きてはいる。
だが彼女達の消息はまるで掴めない。一体何処で何をしているのか、見当も付かないのだ。


逆に周囲には私に対して、決して良い感情を持っていない人間が数名潜んでいるのだ。
つまりは大空寺あゆや佐藤良美、彼女達は時間的に言っても、まだまだ近くにいる可能性が高い。

そう大空寺あゆとえいば、気になる事がある。
放送で亡くなった亜沙さんは彼女と一緒に行動していたはず、という点についてだ。

煙幕の噎せ返るような白煙の中で、確かに私は二人が一緒に逃げて行く光景を目撃している。
その後二人が別れたのかどうかは分からない。
もしかして誰かに襲撃されて亜沙さんだけが不幸な目にあったのかもしれない。
可能性としては彼女が亜沙さんを殺した、と言うパターンも考えられが全く証拠が無い。
コレばかりは本当に死体か本人にでも聞いて見ないと分からない。

ただ大空寺あゆが自分の事を露骨に敵視していたという事実もある。
何しろ恋太郎さんを殺した犯人さえも彼女の中では私になってしまっているのだ。
もしこの状況で彼女と遭遇したら……?
どんな結果が待ち受けているのか、まるで想像が付かない。


「ほらほらほら、潰すよ? 潰しちゃうよ? あはははっー!! 本当にバカ、出てこなければやられなかったのに!!」
「う……どっちがッ!! ……ッ、あなたは病院にでも行った方がいいの」


油圧ショベルに搭載された拡声器から少女の声が響く。
必死に言い返すも、コチラの声はキャタピラの回る音に阻まれてこちらの声は一部しか聞こえていないようだった。
しかし相手の台詞は明らかに異常。
土見稟に対する大演説を展開した芙蓉楓でさえ、ココまで支離滅裂で狂的な喋り方はしなかったはず。
彼女の狂気はどちらかと言えば、正しさの中に垣間見える純粋な妄執だったから。
喚き散らし、見境の無い行動を取る背後の襲撃者とは違う。


「病院? 病院ってあの水浸しだった場所の事? ……ふふふ、病院送り程度で済むと思ってるんだぁ。
 無いよ、絶対無い。あなたは一人目、私の記念すべき最初の一人なんだから!!」

少女がスロットルを更に踏み込んだのだろうか、ショベルのスピードが上がった。
ゴウンゴウンとエンジンが猛獣のような雄叫びを上げる。
地面が抉られる、削り取られる。萌黄色の芝生が次々にコンベアに飲み込まれる。

だが、まだ遅い。これは、何とか私の足でも逃げられる速度。
そう、唯一幸いだったのが彼女の武器が大型特殊車両であった事だ。
そもそも油圧ショベルの最高速度はせいぜい50km程度。
同じキャタピラであっても戦車とは造りが違う。原動機付き自転車、俗に言う原付よりもスピードが出ないものも多いのだ。

もしも彼女が大型トラックや普通の車両に乗っていたならば、既に私は轢き殺されていただろう。
ショベルはパワーこそ凄まじいがスピードは無い。また小回りも効かない。
散るように逃げる事で、速度が乗るのを十分に阻害する事が出来る、という訳だ。


あれ……病院?
荒々しくも狂的なまでに紡がれる彼女の台詞。
私はこの瞬間、彼女の言葉の中に一つだけ違和感を感じた。
『水浸し』という単語と『病院』という単語の組み合わせに、だ。

記憶した地図によると、川を越えた先に確か病院があったはず。
彼女は橋を渡ってこちらにやって来たのようだから、その途中で病院に立ち寄ったのかもしれない。
水浸し、もしや院内に取り付けられたスプリンクラーが作動でもしたのだろうか。
という事は、中で何か火災が起こったという事……?

確かに様々な施設が備わっている病院は参加者が集まりやすい場所ではあるだろう。
そこで銃火器を使った戦闘が行われれば自然と建物にもダメージが行く。そして炎上。不思議な話ではない。
そして頃合を見て自動的に防火設備が発動。これなら彼女の発言にも合点がいく。
ならば病院には多数の人間が集まった、もしくは集まる可能性のある場所と考えてもいいだろう。


「力だけの一辺倒じゃ……無理、なの」


ぼそりと口に出た私の声は、自分でもビックリするくらい低い冷たい声だった。
気付かぬうちに、相当私は参ってしまっていたらしい。
悲観思考、ネガティブ、憂鬱。きっと全部当てはまる。

出会った人間は死んでしまう、大好きな人にも結局一度も会えなかった。
挙句に茫然自失になっている間に襲われて荷物を全て奪われてしまう始末。

ああ、無力だ。私はなんて無力なのだろう。
友人から好きな人、信頼出来る人。
何もかもが私の目の前から消えていく。略奪されてしまう。
このまま足を動かすのを止めて、後ろから来る悪意に身を任せてしまおうか。そうすればきっと楽になる。

そんな甘美な誘惑に、少しだけ心がグラついた。
だけどそんなアンバランスは一瞬の逡巡で掻き消される。
私は恋太郎さんが危険な目に遭う事を確信しながら、芙蓉楓を撃つ事が出来なかった。
そんな臆病者が自分で自分の命を絶つ事なんて出来るはずが無いのだ。
だから私はただ足を動かす。必死にひたすら前へ前へと。


 ■


大体、何故私はこんな風にパワーショベルに追い回されているのか。
体温がドンドン上昇していく中、脳にも必死に熱を送る。

そう私は誰かに身包みを剥がされた後、道具を調達するために商店街に向かっている最中だった。
食料品や飲料水、島で生き抜くためにはいくらなんでも手ぶらと言うのはマズイ。
それに武器も必要だ。積極的に誰かを攻撃するつもりは無いものの、ある程度の自衛ぐらいは出来なければならない。
足早にホテルを離れ、森を出て――そこで私は出会ってしまった。
最低、最悪の悪鬼に。


どうしてあんなに接近するまで彼女の存在に気付かなかったのだろうか。
……やはり後頭部に残る鈍痛が私の判断力を鈍らせていたと見るのが妥当かもしれない。

あそこまで剥き出しの殺意と出会ったのは、この島に来ても初めてだった。
そして私を見つけた瞬間の彼女の笑顔。スモークガラスに遮られて、ハッキリと見た訳では無い、のだが。
アレは忘れたくても忘れられるような光景では無かった。

口元だけを極端に吊り上げ、真っ白い歯を剥き出しになっている。対照的なのが瞳。全く笑っていない大きな瞳。
ただ言葉で描写すれば、こうとしか表現出来ない。
だけど違う。
邪悪さと無邪気さと不気味さを兼ね合わせ、醜悪さと怒りと憎悪と悦びに満ち溢れた単なる筋肉運動。
『笑』という単語を使う事に思わず躊躇いを覚えてしまうような、そんな光景だった。


「糞ッ、糞ッ!! なんで……なんでこんな所に線路があるのよ!! 邪魔だ、皆消えちゃぇぇぇ!!!」


ヒステリックで鼓膜にバイブレーションを残す印象的な声。
あんなにベラベラと喋りまくっていて、舌を噛まないのだろうか。
前方に小さな山小屋と線路の最終地点を視界に収めながら、私はそんな事を思った。

身体は既にオーバーヒート気味だが、頭には大分熱が戻って来た感じがする。
もう大分モヤは晴れた。
ボンヤリして遅れを取るような事態は今度こそ、無い。


パワーショベルとの距離は約30m。
このまま真っ直ぐ北上すればじきに森に入る。そしてこの先には学校だ。
四葉ちゃんが眠る、忌まわしき私達のスタート地点。
ここの地形は厄介だ。複雑に入り組んでいて、初めて来る人間が易々と移動出来る場所ではない。
ひとまず校舎を上手く使って彼女をかく乱。そして隙を付いて図書館側に抜ける。
これでいい。何の問題も無い。
心配なのは学校に着くまでの私の体力ぐらい。不安要素としては小さな部類に入る。

図書館側に抜けてしまえばコチラの勝ちだ。
いかに力のある乗り物といえど、アレは敏捷性には欠ける。
一度私を見失ってしまえば後を追ってくるのは難しくなるはずだ。


そう、ショベルの最高速度は他種の乗用車と比較すれば玩具程度しか出ない。
せいぜいMAXで時速50km。だが舐めてかかる事は出来ないスピードでもある。
なぜなら、世界でもトップクラスの短距離走者の最高速度でも時速40km程度、という事実があるからだ。
ここでインドア派兼運動音痴の私が、純粋な鬼ごっこでもすれば、おそらくあっという間に挽肉ミンチハンバーグだ。

だがいかに強いエンジンを持った車であろうとも、障害物があれば最低限の徐行はしなければならないし、全てを押し潰して進む事は不可能だ。
赤黒く錆び付いたレールと枕木。少し土手のように盛り上がっている地面。これらの要素が全て私に味方をしてくれる。
この劣悪な走行環境では油圧ショベルの性能を100%発揮する事は出来ない。


移動出来る道が限られている都市部、障害物が一切無い平原などと違って、線路際というのは車両にとって移動しやすい地形ではない。
まぁ……唯一あの乗り物を除いての話ではあるが。
圧倒的な車両速度を誇るアレが後ろから突然走って来でもすれば、全く反応できずに轢き殺されてしまう可能性は高い。
通常当たり前のように生きている中で相対する事はまず無いであろう、あの乗り物。
もしも真正面からアレと向き合うような展開になったとしたら――?

思わず首を左右にブンブンと振ってそんな想像をデリートする。
ある訳が無い。
そもそもこの線路は廃線なのだから、まともな機能を持ったアレが残っているはずが無い。
線路の状態も劣悪。走っていたらいつ脱線しても可笑しくない。
そして運転手がいない。
例えば大型特殊車両を運転できるスーパー女子高生といえど、さすがにアレは無理だろう。常識的に考えて。
この島に呼び寄せられた参加者の中にそんな技能を持った人間がいる可能性も低い。
だからコレは杞憂。ほんの小さな臆病心が生み出した有り得ない仮定。


「はぁ……はぁ……こんなに走るのは……生まれて、初めてなの……」
「あはははははは、死ねッ!!皆死んじゃえばいいんだ!!」

思考が落ち着けば落ち着くほど、身体に圧し掛かる疲労と少女の声が身体に響く。
不安点としてはそれほど大きな問題では無い、と切り捨てた自分の体力的な事情がどんどん不安になって来る私だった。





【E-4 学校へ向かう道/1日目 夜】

【一ノ瀬ことみ@CLANNAD】
【装備:なし】
【所持品:なし】
【状態:肉体的疲労極大、腹部に軽い打撲、精神的疲労小、後頭部に痛み、深い悲しみ】
【思考・行動】
基本:ゲームには乗らない
0:とにかく逃げる(現在の目標は学校で名雪をまいて、図書館方面へ逃走)
2:今後必要な物を集める為に商店街へ向かう
3:身体を休ませる
4:神社から離れる
5:工場あるいは倉庫に向かい爆弾の材料を入手する(但し知人の居場所に関する情報が手に入った場合は、この限りでない)
6:鷹野の居場所を突き止める
7:ネリネとハクオロを強く警戒
8:ハクオロに微妙な罪悪感

※ハクオロが四葉を殺害したと思っています。
※首輪の盗聴に気付いています。
※魔法についての分析を始めました。
※あゆは亜沙とっては危険ではない人物と判断。自分にとっては危険人物。良美に不信感。
※良美のNGワードが『汚い』であると推測


【水瀬名雪@kanon】
【装備:槍 手術用メス 学校指定制服(若干の汚れと血の雫)けろぴーに搭乗(パワーショベルカー、運転席のガラスは全て防弾仕様)】
【所持品:支給品一式 破邪の巫女さんセット(弓矢のみ(10/10本))@D.C.P.S.、乙女と大石のメモ、乙女のデイパック】
【状態:疲労小、右目破裂(頭に包帯を巻いています)、頭蓋骨にひび、発狂】
【思考・行動】
0:目の前のカトンボを叩き潰す
1:全参加者の殺害
2:月宮あゆをこれ以上ないくらい惨いやり方で殺す

【備考】
※名雪が持っている槍は、何の変哲もないただの槍で、振り回すのは困難です(長さは約二メートル)
※古手梨花・赤坂衛の情報を得ました(名前のみ)
※ハクオロという人物を警戒(詳細は聞いていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ)
※乙女と大石のメモは目を通していません。
※自分以外の全ての人間を殺し合いに乗った人物だと思っています。
※パワーショベルの最高速度は55km。夜間なのでライトを点灯させています。
 またショベルには拡声器が積まれており、搭乗者の声が辺りに聞こえた可能性があります。
※第三回放送はまるで聞いていません。



146:第三回定時放送 投下順に読む 148:求め、誓い、空虚、因果(前編)
146:第三回定時放送 時系列順に読む 148:求め、誓い、空虚、因果(前編)
138:Hunting Field(後編) 一ノ瀬ことみ 157:決断の代償
140:Lunatic snow 水瀬名雪 157:決断の代償







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