朝焼けと青空の境界線を越えて ◆tu4bghlMIw


「……もうすぐか」

T字路。先頭を行く悠人さんの声にボクはハッと意識を取り戻した。
ここまで特に誰かに襲われる事もなく、やって来る事が出来たけど結構な距離を歩いてきたせいで脚はパンパン。
地面にへたれ込んでしまう程ではないけど、延々と続く無言の行脚に少し頭もボンヤリしていた。
(何故か知らないけど悠人さんはあの後黙り込んでしまった。千影ちゃんがあまり自分から話そうとしないのはいつもの事だけど)

だから、気付いた時には視界は悠人さんの背中で一杯。つまり衝突寸前と言う奴だ。
"危ないっ!"と声に出す暇ももちろん皆無。身体ごと倒れこみそうになる。
この時ボクに出来る事はせいぜい、瞳を閉じて衝突の恐怖から目を逸らす事くらいだった。

「……あ、れ?」

……痛く、ない? 何で?
静止。バランスを失った身体を強い力で後ろから誰かが支えてくれた。
まるでバレエの演技のような、不自然な体位で空に止まる。

「……衛くん……大丈夫……かい?」

鮮やかなアメジストを連想させるスベスベの髪、深遠を思わせる瞳。
ボクの大切な十二人の姉妹の一人。

「あり、がとう。千影ちゃん」

千影ちゃんが軽く腕を引く。ポン、とボクの身体が千影ちゃんの胸の中に納まる。
こういう体勢でいると、本当にダンスか何かを踊っているみたい。どこか幸せな気持ちになる。
でも千影ちゃんがこんなに力持ちだったなんて。
腕一本でボクの身体を支えるなんて大変な事のはず。ほとんどいつも家の中にいたのに。
それに腕力だけじゃない。握力も相当な――

「痛ッ! ち、千影ちゃん……手、痛いよ……」
「!?……すまない、少し……強く……握りすぎてしまったね」

慌てて千影ちゃんがボクの腕を掴んでいた手を離す。そして少しだけ表情を曇らせた。
微妙に落ち着かない、浮付いている様な印象。
それは今まで一度も見たことの無い姿だった。
ボクはどこか居た堪れない気分になって、苦笑いを噛み殺すしか無かった。

ビックリした。凄く。
掴まれた右腕の部分を見てみると、ちょっとだけ赤く痣になっている。
物凄い力で手首の部分を握られたせいだろう。
こんなに力を込める必要があったのかな? 疑問と少しの違和感が湧き上がった。
千影ちゃん、どうしたんだろう。

「……? どうかしたか二人とも?」
「……ううん、何でもないよ。悠人さん」
「そうか。えーと、公園はここを右に曲がった所みたいだな」


悠人さんが脇道の薄汚れた看板を指差す。
ボクも千影ちゃんもつられて視線を移す。少しだけ気まずかったから、悠人さんが話を振ってくれたのは幸いだった。
看板には『右 市民公園100m 左 ショッピングモール 200m』とある。
100m。もうあと一息だ。

「ハクオロさん達、もう着いてるかなぁ」
「どうだろうな。あの三人だから心配は無いと思う……が」

右折し、談笑しながら公園に向かっていると突然悠人さんが立ち止まった。
今回は隣を歩いていたから、ぶつかる事は無かったけど。
ボクも一緒に止まる。少し後ろから着いて来ていた千影ちゃんも何か微妙な表情を浮かべている。

「……ふぅ……悠人くん。嫌な……"匂い"がしないかい」
「……ああ、懐かしい匂いだ。俺を最悪の気分にさせてくれる、な」

二人は何を言っているんだろう。ボクは思わず首をかしげた。
変な匂いなんて何も…………アレ?

「衛、少し後から付いて来てくれ」
「悠人……さん? それってどういう――」

ボクが話し終わる前に悠人さん、少し遅れて千影ちゃんが駆け出した。
それぞれ右手を腰に差した剣に添えて。
真っ直ぐ道路を突っ切って左折、オレンジ色の公園に飛び込んでいった。


それはつまり、戦いなのだろう。さすがに鈍いボクにだってソレくらいは分かる。
もしかして二人が感じ取ったのは戦場の気配という奴なのかもしれない。
そういえば千影ちゃんは既に命を賭けた戦いを経験したと言っていた。

だったら実質そんな時、何の戦力にもならないボクが置いて行かれるのは仕方無いのかもしれない。
……ううん、駄目だ。ネガティブな感情に捕らわれてちゃいけない。
博物館の時の事を思い出せ。あの時、ボクと悠人さんは協力して危険を乗り越えられたじゃないか。
この島にやって来てから、ほとんどの時間を共有して来たボク達だ。
戦えなくても出来る事がきっとあるはずなんだ。だから大丈夫、二人を信じればいい。


……。


…………。


もう……いい、かな?
二人が走って行ってから数分。視界の先にぼんやりと映っている公園には何の変化も無い。
何か妙な音が聞こえて来たという訳でも無いし、誰かが出て来た訳でもない。
完全なまでの静寂。恐る恐る、ボクは足を進める。


あと三歩。意外と公園の生垣は背が高くて、中がどうなっているのか確かめる事は出来ない。
あと二歩。前へ踏み出す度に心臓の鼓動がドンドン激しくなる。
ここまでやって来たようやく気付いた事がある。
匂い、だ。
ボクはさっき、"戦場の匂い"なんて頓珍漢な事を考えたけど、違う。答えはもっとシンプルだった。
血。それは錆び付いた鉄のような独特なFの香り。


最後の一歩。


見えた。



そこにいたのは悠人さんと千影ちゃんと――

「ハク……オロさん……それに瑛理子さん?」

プラネタリウムで別れたぶりになる懐かしい顔が並んでいた。
良かった。皆無事だったんだ。
安堵を胸に抱きながら、皆が立っているベンチの辺りまで足を進める。

……ん? もう一人、誰か見たことの無い男の人がいる。
その背の高い男の人は丁度こちらに背を向けていた。

「あ、ああ……衛か。無事でよかった」

男の人の近くに立っていたハクオロさんがゆっくりと口を開いた。
何だろう、凄く雰囲気がどんよりしている。
どこか、変だ。

変?
アレ……ハクオロさんと、瑛理子さんと、そして黒い服の男の人。
一人、足りない?

「あ……れ? 観鈴さんは?」

――無言。
誰も喋らない。何の音も聞こえない。誰もが黙り込んでしまった。
今この公園には六人もの人間がいるはずなのに。
ボク、何かおかしな事いったのかな。何かいけない事言ったのかな。
凄く不安になる。胸が苦しくなる。


歩く。また一歩、前へ前へ。
悠人さん達が立っている近くまで。
……誰、か、寝てる? 二つ並んだベンチそれぞれに女の……人、が二人。
ここからではどちら足や身体の一部しか見えない。


やっと辿り着いた。
隣の悠人さんが唇を噛み締める音が聞こえたような気がした。


その時。
風が吹いた。荒ぶる龍のような突風。
全てを吹き飛ばす木枯らしにも似た冷たい空気の渦。

「え?」

間の抜けたそんな声がボクの口からいつの間にか漏れていた。

手前の女の人の長い髪が風に吹かれ舞った。
そこに見えたのは黒い、黒い穴。
眉間にぽっかりと空いた、虚空を思わせるような空洞。そしてその周囲に付着した赤黒い泥のような何か。

奥のベンチに寝かされていた女の人の姿も飛び込んで来た。
そこに見えたのは赤い、赤い染み。
キラキラと光る流れるような金色のロングヘアー。真っ白い制服の腹部を侵略する赤い痕。
そして見慣れた顔。

黒い空洞?
真っ赤な染み?
え、え、え? それってつまり――


「観鈴は……もういない。俺が……殺したから。
 佐祐理を殺したのも俺だ。二人とも……俺が、殺した」


背中を見せていた黒い服の男の人がコチラに向き直り、唇をかみ締め、そう呟いた。
凄く背が高くて、少しだけ怖い眼をしていた。
だけどボクにはその瞳は、悲しみに満ち溢れ、見えない涙に濡れているように見えた。

男の人は天を仰いだ。
ボクも何故かつられて上を向いた。目を覆いたくなるような鮮やかな橙がそこには広がっていた。
夕焼け、雲一つ無い綺麗な空。
二人の眠り姫に奉げられた清々しいくらい残酷なオレンジ。


 ■


男の人(国崎往人さんと言うらしい)が両方の手を地面につけて、頭を下げている。
向き合う相手は悠人さん。
ハクオロさんがボク達の事を国崎さんに伝えた途端、国崎さんはいきなり土下座を初めてしまったのだ。

国崎さんは静かに語り出した。
自分が観鈴さんを生き残らせるためにゲームに乗った事。
ハクオロさんの大切な人であるエルルゥさんを殺した事。
この公園で佐祐理さん―今ベンチの上で眠っている―を殺した事。(千影ちゃんがこの時、『舞くんの……』と小さく呟いた)
エルルゥさんの妹のアルルゥちゃんも殺してしまった事。
つい今さっき、自分が守りたかった最愛の人、観鈴さんを自らの手で殺してしまった事。
そして――

「エスペリアを殺したのも……俺だ」

悠人さんが拳を握り締める音が聞こえたような気がした。

「すまないッ!! 詫びて済むとは思わない。殴りたいなら好きなだけ殴っていい。
 俺の命が欲しいならくれてやる。だが……この島から脱出するまでは待って貰えないか。
 俺はハクオロと約束したんだ。償いはその時に何だってする」

テレビや漫画の中だけの話だと思ってた。
本物は、やっぱり違う。空想や想像の映像とは雰囲気がまるで別物だ。
ちゃんとした男の人が本当に真剣な表情で頭を地面に付ける光景。
ボクが頭を下げられている訳でも無いのに、どうしてこんなに胸がドキドキするのだろう。

悠人さんがどんな表情をしているのか、凄く気になった。
プラネタリウムの前で交わした会話を思い出す。
エスペリアさんが殺された事を知らされた時の悠人さんは、口調こそ冗談めいていたけど本心は違ったんだと思う。
でも約束してくれた。復讐なんてしないって。
"仕返しに誰かを殺すなんて事"絶対やらないって。


「国崎、顔を上げろ」
「ああ………………ッ!!!!!!」
「ヒッ!! ゆ……悠人さん? な……何で?」
「衛、少し黙っていてくれ。これは俺と……コイツの問題なんだ」


思わず唇から短い悲鳴が漏れた。まるで、スタッカート。
悠人さんが顔を上げた国崎さんの顔面を思いっきり殴りつけた。
国崎さんは体勢を崩して地面に尻餅を付く。


「これで、全部チャラにしてやる。……エスペリアは生き返らないけどな」
「痛烈……だな。ッ……気が済むまで殴って構わないんだぞ。なんなら――」
「もういい!! ……それ以上は言うな」

悠人さんが国崎さんの言葉を遮る。
隣で見ているボクにだって、国崎さんが何を言い掛けたのか分かってしまった。
だから真正面からぶつかり合っている悠人さんがソレに気付かない訳が無いんだ。


それは悲しい言葉。凄く辛くて、空しくて、心の中がザワつくような。
そんな言葉。

「……ハクオロさんがお前を許しているのに、俺が好き勝手出来るかよッ……!!」
「そう……か」
「悠人さん……」


クルッと向きを変え、悠人さんが国崎さんから離れる。
少し国崎さんも地面に座り込んだ体勢のままボンヤリとしていた。しかし、程無くしてスクッと立ち上がりパンパンとズボンに付いた土を払った。
この時のボクには悠人さんが今どんな表情をしているのか確認する勇気が無かった。
臆病な自分が本当に恨めしかった。叱り付けてやりたかった。

「……いいかしら。一応合流出来たって事で情報の交換したいんだけど。どっちも新しい人間が加わっているしね」

瑛理子さんの冷静な声が嬉しかった。


 ■


その後、少し皆ぎこちなかったけど情報の交換が行われた。
でもまず国崎さんが先に二人の埋葬をしたいと言ったので、皆で二人を埋葬した。
このD-2エリアはプラネタリウムを初めとした微妙に背の高い建物が立ち並ぶ都市エリア。
コンクリートとアスファルトに塗り固められた場所が大半の空間だ。
オアシス的な役割の公園に二人がいたのはある意味幸運だったのかもしれない。

数十分後、身体の半分くらいが隠れる大きな穴が出来上がった。
胸の辺りで手を組ませた二人の死体をその中にそっと寝かせる。
国崎さんもハクオロさんも瑛理子さんも、凄く悔しそうな顔をしていた。

少しずつ二人の身体に土が掛けられる。埋まって行く。
ザッ、ザッという土と砂を掘り返す音だけが響く。
それは本当に悲しい光景だった。
自分にとって何よりも大切な人間を自分の手で埋葬する。それは一体どんな気持ちだったんだろう。



報告は瑛理子さん主導で行われた。
ほんの数時間の別行動だったが、どちらのチームにも大した変化が無かったといのが本音。
ボク達が直接的に出会った人間は千影ちゃんだけ。
その他には北に向かう不審な二人組(この人達はおそらくゲームに乗っている)くらいとしか出くわしていない。
ハクオロさん達も一応、春原陽平という男の人と出会ったらしいんだけど、奇声を発しながら何処かに走り去ってしまったらしい。

逆にプラネタリウムの時にはいなかった千影ちゃんと国崎さんの話はもう、何と言うか凄かった。
"土見稟"という一人の男の人のためにゲームに乗った二人組(この時国崎さんがビクッと肩を震わせた)と交戦した事。
そして、ハクオロさんの知り合いであるトウカさんという女の人がその片方を仕留めたという事。
ちなみに瑛理子さんが言うにはその死んだ"芙蓉楓"という人物は、ゲーム開始前から大きな期待を寄せられていた実力者だったらしい。
また、凄くしぶしぶな感じだったけど水瀬名雪、白河ことり、川澄舞という人達と神社で待ち合わせをする約束をしたと言っていた。

あともう一つ、千影ちゃんが持っていた『時詠』について。
悠人さんが見せたあの圧倒的な破壊劇については結局口にする機会は無かった。
それに瑛理子さんはこういう魔法のアイテムみたいなものはイマイチピンと来ないらしく、あまり突っ込んだ質問もされなかった。


国崎さんの話は、聞いているこっちが辛くなってしまうようなものだった。
だってこの時の国崎さんの立場は襲われる側ではなくて全部、襲う側。
しかも戦った相手はハクオロさんを除けばほとんど女の人だったらしい。
唯一出会ったのは、さっき話しに出た"春原陽平"さんくらい。
ハクオロさんが聞いた通り、この人は仲間の女の子を置き去りにして一人逃げ出してしまったらしい。

「そういえばエスペリアのデイパックはどうしたんだ?」
「デイパック……? いや、あの時は必死だったから、側に落ちていた木刀を拾うので精一杯だったな。
 お前達が回収したんじゃないのか?」
「いや……私もそんな余裕は無かったな。そうか、ではあそこに置いて来てしまったんだな」

支給品についての情報も交換された。
デイパックの中に入っていたのは拳銃から永遠神剣といった"アタリ"のものから、様々な食べ物や嗜好品などの"ハズレ"と様々らしい。
でも、瑛理子さんが言うには一番のアタリは"機械類"らしい。
間違って持っていかれたノートパソコンが余程惜しかったらしい。


「なるほど……ね。悠人さん、えーとその二人組の事について、もう少し詳しくお願い出来るかしら?」

ボク達が報告した情報を瑛理子さんがいくつかの紙に書いてまとめている。
コレが会議だとしたら、一人で司会と書記と副書記を兼ねているようなものだ。
ハクオロさんが凄く頼もしそうな視線で眺めているのが印象的だった。

「北に行った連中の事か? 乗っていたのは……青い髪の女と栗色の髪の女だ。多分片方は千影が遭遇したネリネとかいう奴だろう。
 バズーカ砲か、ロケットランチャーか……砲身は細かったが。それでこちらを狙撃して来た」
「その距離から狙撃可能な砲身が細いロケットランチャーですって…………対戦車ライフル?」

瑛理子さんが信じられない、と言った表情で頭を抱えた。
"戦車"なんてやけに物騒な単語が出て来たものだ。あの時撃たれたミサイルみたいものにそんな名前が付いていたなんて。
まるで日常から掛け離れた言葉の乱舞にボクはボンヤリとその言葉を聞き流す事しか出来なかった。


「……OK。やっぱりこのプランで行くしかない、のかな。皆聞いて、そして"見て"」

瑛理子さんが先ほどまで色々と言葉をメモしていた紙の他に一枚、まっさらな紙を取り出した。
そしてそこに綺麗な文字で『これから筆談をします』と書いた。
突然横で、ハクオロさんがデイパックの中から大きな黒いビニール傘を取り出して広げた。
……雨でもないのに一体どうしたんだろう?
その場にいた二人以外の誰もが同じ疑問を持ったはず。

『ああ、コレは盗み見を防止するための方法なの。上からのね』

すかさず紙の上に文字が躍る。
上? ……でも、上って何も無い気がするけど。

『つまり衛星からの直接撮影。……あくまで可能性があるって話だけど、用心に越した事は無いから』


 ■


『これから書くのは今後の方針。それを説明するためには、"禁止エリア"について考察する事が重要になって来るわ。
 まず、何の為に禁止エリアなんて要素が盛り込まれているのか、考えてみて。
 主催者は私達に殺し合いをさせたい訳。
 つまり役割の一つとして、範囲を狭くして参加者が接触する機会を増やす、という理由があるはずなの』

瑛理子さんが綺麗な整然とした文字を凄い速さで紙に書いて行く。しかも左利きだ。
ボクはその光景に思わず目を奪われてしまった。

『そして"禁止エリアを決定する"という事は、唯一の主催者側からのメッセージなの』
『メッセージ?』

一気に瑛理子がそう書き込むと、間髪いれず悠人さんが疑問点を書く。
今、ここで顔を合わせている六人全員がその手にペンを握り締めている。例外は大きな蝙蝠傘を広げているハクオロさんくらいのもの。
まぁボクは全然筆談に参加出来ていないんだけど。

『そう、基本主催者が私達に対して能動的な行動を行うのは放送の時だけ。……まぁ首輪を爆破する、って方法もあるけど。
 でも私達が奴らに手出しが出来ないように、ゲームに沿って行動する限り、奴らもこの瞬間だけしか私達には干渉出来ないの。
 あいつらの気持ちになって考えてみて。
 奴らがゲームに乗った人間と乗っていない人間、そのどちらの味方をするかどうか』

文章は続いて行く。皆真剣にペンの軌跡を追っている中、国崎さんが何故か凄く辛そうな表情をしている。
眉間に思いっきり皺を寄せて、今にも泣き出してしまいそうだ。
それに、心なしか瑛理子さんが国崎さんを一瞥したような……。
気の、せいなのかな。

『そりゃあ当然、乗った人間を応援するわ。ソレがこのゲームの意味な訳だし、監視している側としても楽しいでしょうしね。
 じゃあここで問題。禁止エリアが今回みたいな配置の場合はどんな意図があると思う?』

北。言われてみると最近の禁止エリアは全て地図の半分より上に集中している。
B-4、C-2、E-3……まるでどこかの建物を囲むように配置されている気がする。

『神社だね』
『博物館か』
『二人とも、当たり。この禁止エリアは神社と博物館を囲むように設定されていると思うの。
 周囲の人間が移動する際に、このどちらかに立ち寄る事を目的にして……ね。
 千影さんの話だと、神社に多数の参加者が集まって来たのよね? しかも不自然なまでに。
 主催者側はこちらの会話はしっかりと把握しているわ。首輪でね。
 つまり殺しに積極的な人間と消極的な人間が鉢合わせするように上手く誘導している可能性が高い。
 国崎往人が博物館で女の子達とぶつかり合ったのも、悠人さんがネリネさんでしたっけ? その人達と戦ったのも良い裏付けになるわ』

千影ちゃんと国崎さんが即座に答えた。
なるほど、禁止エリアは確かに凄く嫌だ。エリアが確定するのが四時間後だろうと、思わず違うルートを選びたくなる。
そういう意識を利用してボク達をある程度コントロールしていたって事……?

『それでだけど今から"工場"を目指す事は危険過ぎると思うの』
『例の二人組か?』
『それもあるし、禁止エリア次第で行動が極端に制限され過ぎてしまう土地を目指す事は自殺行為に近いわ。
 二回目の放送辺りから考えていた事なんだけどね。もちろん例の二人組の武装が思った以上に強力なのも難点ね。
 それにこの"工場"という表記が曖昧過ぎるのもマイナスなのね。
 だって都市部の郊外に設置された工場という事は、重化学関係の工場の可能性が高いんだもの。
 つまり機械化された大規模ベルトコンベア施設、といった感じかしら。研究や分析には適していないかもしれない』
『それではどうする? 脱出するためには絶対に首輪を外す必要がある。他に研究施設なんて』

あの二人組、博物館で見たのと同じ車に乗っていた。
つまりどう考えてもゲームに乗った人間。
そんな人達がいるのが分かっているのに、わざわざ北上するのは確かにハイリスクだ。

『それがあるのよ』

瑛理子さんの右手の指が机の上に広げられた指をスーッと移動する。
ボク達の視線もそれを追尾。住宅地を越えて、川を越えて、これは――
六人、いや瑛理子さんは除くから五人か。
皆の頭の中に同じ単語がヒットする。


『病院?』
『イエス、規模はどの程度か分からないけど外科、内科、小児科、歯科と一通りの設備は揃っているはず。
 もちろん、レントゲンや放射能関係の装置もあると思うわ。精度の高い器具や薬品も手に入るだろうし』
『なるほど、首輪解析には丁度良い訳か』
『そう。コレが一つ目の提案。そして、もう一つの提案はコレ。――チームをバラバラにして病院を目指すって事』
『チームをバラバラ? どういう事だ?』
『まずね、私達が六人まとまって行動した方が安全なのは分かっている訳。だけど、それじゃあ足りないの。
 だって私達の最終目的はこの首輪の破壊、そしてゲームの破壊。
 この島から脱出するには、出来るだけ多くのゲームに乗っていない人間の力が必要だわ。
 役に立つ支給品、異界の知識、卓越した技術力。それに他にも首輪の解析や脱出を考えているグループがいるかもしれない』

瑛理子さんのいう事はもっともだ。完全に盲点だった。
"脱出を考えているのは自分達だけではない"と言う事。
ここに集められた人間の多くは、何かしらの分野で飛び抜けた能力を持っている者が多い。
まぁボクにはそんな大した力がある訳じゃないけど。
でも、瑛理子さんと同じように考察を進め、脱出について考えている人間が存在する可能性は大いにある。

『それに脱出を考えている人間なら、工場か病院を目指すわ。確実にね。
 でも工場を目指すのは現状、マイナス。
 この作戦には南下する時に工場を目指している他の参加者へ、北部の危険を知らせる意味合いもあるの。
 そういう稀有な参加者を保護しながら、合流した時にはある程度先の見通しを立てておきたいって訳』
『いや、いくらなんでもリスキー過ぎないか?
 チームを分散すると言う事は、それだけ襲撃されたときの危険も高まる事になる』
『危険なのは百も承知。だけど人間が多ければ絶対安全、という訳でもないでしょ? 
 ゲーム開始から約十八時間が経過。参加者が何人になったかは分からないけどおそらく半分以下にはなっていると思うの。
 優秀な人間が殺されてしまう前にある程度の流れを作っておきたいのよ』

皆この意見には納得したようだった。
脱出する事がボク達の目的である以上、ある程度の効率化は避けられない。
安全ばかりを考えて固まって行動していては最も大切な"人"との接触の機会を逃してしまう。

『チームはどういう風に組むんだ?』
『一応三つに分けるのがいいと思うわ。男三人、女三人だから男一人、女一人のチームかしら。もっとも――』
『俺の事は気にかけなくていい。パートナーの命なら何が何でも守ってみせる』

国崎さんがそう答える。瑛理子さんがその顔を一瞥。
見つめ……じゃない、どちらかと言うと睨み合っていると言ったほうが適切な気がする。
確かに国崎さんは物凄い怪我を負っている。
ほぼ健康体のハクオロさんや悠人さんと比べると少し不利かもしれない。

『――分かったわ。
 まず千影さんは神社付近に用があるみたいだから、そこから南下してホテル、そして川を渡って病院へ、というコース。
 二人とも永遠神剣を使えるという事で、相方は悠人さんが適任だと思う。
 このルートは深い森を抜ける事になるわ。廃線まで来てしまえば後は楽だと思うけど……気を付けて』
『了解した』
『いいよ』

ドクン。
千影ちゃんと悠人さんの名前が呼ばれた瞬間、胸に少し痛みが走った。
何で、どうして。
それは今まで感じた事の無い、不思議な感覚だった。

『次に学校を通り、住宅街を抜けて病院へ向かうコース。これは一番楽なルート、遊撃って感じかしら。
 出来るだけ早く病院に到着して色々準備してくれると助かるわ。
 ここは学校周辺の地理を把握しているハクオロさん、それと女の子三人の中で一番運動能力の高い衛ちゃん』
『ああ、任せてくれ』
『分かったよ』

初めて筆談に参加した。本来なら嬉しい……はずなんだけど。
……でも何だか複雑な気分。
いや、決してハクオロさんとのペアじゃ嫌だとか、そんな事は無いんだけど……。

ん……でも、じゃあ最後のチームは――


『おい、二見』
『最後にここから禁止エリアを大きく迂回して、図書館・港を経由して病院を目指すルート。
 私自身が図書館に行ってみたいから、ここ。それに国崎往人』
『お前、いいのか』

僅かな逡巡。そして沈黙。
瑛理子さんは少し何かを考えた後、ゆっくりとペンを机に置いた。
柔らかな風が瑛理子さんの長い髪を揺らす。
そして向けられる視線。その相手は――国崎さん。

「私的な感情は抜きにしたわ。大切なのは効率だから。……じゃないとあの娘が報われないもの」
「…………了承、した。よろしく頼む」
「……こちらこそ」


最後は文字なんかじゃなくて本物だった。
瑛理子さんの少し震えた声。往人さんの沈痛な、重々しい声。
そして、視線を逸らしたまま交わされる握手。
それは決して穏やかとは胸を張って言えない眺めだった。
二人の間に、未だモヤモヤした何かがある事を意識せずにはいられない光景。





【E-2 道路(マップ右)/1日目 夕方】

【人形使いと天才少女】
【思考・行動】
1:E-3を迂回し図書館・港を経由して病院へ

【国崎往人@AIR】
【装備:コルトM1917(残り6/6発)】
【所持品:支給品一式×2、コルトM1917の予備弾39、木刀、たいやき(3/3)@KANNON、大石のノート】
【状態:深い罪悪感・精神的疲労・右腕と左膝を打撲・右手の甲に水脹れ
     左腕上腕部粉砕骨折・左肩軽傷・脇腹に亀裂骨折一本・全身の至る所に打撲】
【思考・行動】基本:観鈴との約束を守る、人殺しには絶対乗らない
0:E-3を迂回し図書館・港を経由して病院へ
1:もう人殺しには絶対乗らない
2:困ってる人を助ける
3:あゆ、美凪を探す
4:エスペリアの仲間に謝る。
5:倉田佐祐理の仲間に謝る。

【備考】
※大石のノートを途中までしか読んでいません。
 先には大石なりの更なる考察が書かれています
※エスペリアのデイパック(ランダム支給品x2)はD-3雑木林に放置。


【二見瑛理子@キミキス】
【装備:トカレフTT33 8/8+1】
【所持品:支給品一式、ブロッコリー&カリフラワー@ひぐらしのなく頃に祭、空鍋&おたまセット@SHUFFLE! ON THE STAGE
     エスペリアの首輪、映画館にあったメモ、家庭用工具セット】
【状態:左足首捻挫(処置済み)、深い悲しみ、国崎往人への行き場の無い憤り】
【思考・行動】
基本:殺し合いに乗らず、首輪解除とタカノの情報を集める。
1:E-3を迂回し図書館・港を経由して病院へ
2:国崎往人に対する微妙な感情
3:孝之や陽平のように錯乱している者や、足手まといになりそうな者とは出来れば行動したくない。
4:孝之と陽平には出来れば二度と出会いたくない。

【備考】
※往人を信用しましたが罪は赦してません。
※パソコンで挙がっていた人物は、この殺し合いで有益な力を持っているのでは? と考えています。
※首輪が爆発しなかった理由について、
1:監視体制は完全ではない
2:筆談も監視されている(方法は不明)
のどちらかだと思っています。
※電話についても盗聴されている可能性を考えています。
※家庭用工具セットについて
観鈴が衛から受け取った日用品の一つです。
ドライバー、ニッパー、ペンチ、ピンセットなどの基本的な工具の詰め合わせである。
なお全体的に小型なので武器には向いていないと思われます。


 ■


議論は終了した。
一番大回りになる予定の国崎さんと瑛理子さんは既に出発した。

ボクとしては、最後に瑛理子さんが書いてくれた表が分かりやすかった。


千影-悠人:神社から中央部(ホテル付近)を探索後病院へ 
瑛理子-国崎:E-3を大きく迂回し図書館・港を経由して病院へ 
衛-ハクオロ:学校・住宅街を経由して病院へ


これが最終的な方針。再会は第四放送の前後くらいを予定しているらしい。
ボク達のグループと千影ちゃん、悠人さんのグループは森に入るまでは同じ道。
つまり二人と一緒にいられるのもあと少しって事だ。


「ねぇ……悠人さ――」
「伏せろ!! 衛!!」
「え……」


突如響いた悠人さんの声。
ボクは何が何だか分からないまま、ぼうっと突っ立ている事しか出来なかった。
何か青い影のような塊が脇道から飛び出し、こちらに突進してくる。
民家の庭を仕切る石垣を蹴っ飛ばしながら接近する鋭角的な速攻。

目を覆う? 回避する? そんなの、無理に決まっている。
突っ込んできた青い影から何か真っ黒い長い棒みたいな物がボクに振り下ろされ――

「やらせるかッ!!」
「ほぅ……受け止め……ん?」

鉄と鉄がぶつかり合うような嫌な音が響いた。
ボクと襲撃者の間に悠人さんが割り込んで、棒状の武器を刀の鞘でガードする。
棒と刀が衝突した瞬間、ボクにも振り下ろされたソレが何なのか分かった。

"鉄パイプ"だ。長さ二メートル余りの純粋な鉄の塊。重さがどれくらいあるのかは分からない。
相手の武器が何なのかを察知して、それに見合った対応を取る悠人さんはさすがだと思った。
だってそんな重いものを刃で受け止めたら、当然刀は折れてしまうだろうから。

「衛くん!!」
「千影ちゃ――」
「うぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!」

千影ちゃんがボクの下に駆け寄って来る。
襲撃者が悠人さんから距離を取ると、空いたスペースを埋めるように腰から二本の小太刀を抜いたハクオロさんが突進。
相手に切り掛かる。

「待って下さい!!」

刃が止まった。
ハクオロさんが振り下ろした小太刀は襲撃者が構えた鉄パイプと触れ合う数センチ上で緊急停止。
無理やりスイッチを切ったロボット人形みたいにガクンと身体が上下する。

青い影が飛び出してきた脇道から発せられた大声。
声の主は――ダークブラウンの長い髪と、どこかの学校のものだと思われるワンピースタイプの制服が印象的な物凄い美人だった。
制服に所々血が滲んでいる以外は。
だけど見た限り、まるでゲームには乗っているようには見えなかった。

ボク達の視線が女の人に集中する。
だけど。
ハクオロさんの正面にいた人がふいに口を開いた。

「おい」
「へ……」
「ユート……どうして、ここに?」
「アセ……リア!?」

その場にいた人間の動きが全て静止し、ようやく飛び出して来た人間の姿形が確認出来た。
でも、凄く驚いた。
だって何十キロもありそうな鉄パイプを正眼に構えハクオロさんと対峙していたのは、真っ青なロングヘアーを空に靡かせた物凄いカッコいい女の人だったのだから。
しかもその女の人は悠人さんの事を親しげに"ユート"と呼び捨てにしたのだ。
つまり二人は――

「久しぶり、だな。……まさかユートまで来ているとは」
「は、は、は……」

知り合い……? 同じ世界の人間って事?
悠人さんの口元がぐにゃりと歪んだ。
表情から緊張の色が消える。フルフルと揺れる唇。
でもそこから放たれたのは、感動的な再会を喜ぶ台詞、ではなくて。

「お前って奴はーーーーー!!!」

声だけで地震さえ起こせそうな怒鳴り声だった。


 ■


「本当にすいません!! アセリアさん。ほら、あなたも」
「その……当てる気は無かった。危なく無いように、ちゃんとギリギリで止めるつもりだった」
「アセリアさん!!」
「……すまん」

瑞穂さんに怒られてぺこりとアセリアさんがボクに頭を下げた。
最初はクールで少し怖そうな女の人に見えたんだけど、実際話してみると全然イメージが違う。
どこか抜けているようで可愛らしい感じだ。

「い、いえ……大丈夫です。特に怪我もなかったですし」

ボクがしどろもどろになりながら、こう返答するとアセリアさんはホッと胸を撫で下ろした。
瑞穂さんはまだ何か物足りないようだったが、ここは撤退。
謝られる側がこう言ってしまったら、これ以上アセリアさんを責めるのも難しいって事なのかな。

「さて……一度落ち着いた所で悠人。彼女はお前の友人なのか? 紹介してもらえると嬉しいのだが」
「あ、はい、そうだな。えーと何処か……」
「私達が通って来た道の途中に喫茶店がありましたよ。そこなら場所としても最適じゃないかな」



そんなこんなでボク達はアセリアさんと瑞穂さんに連れられて、こじんまりとした喫茶店に案内された。
もちろん店内はガラガラ。でも空調はしっかりしているし、BGMも重厚。
本当についさっきまで人がいたみたいな印象を受けた。
とりあえず丁度六人なので、上手く席には収まった。
アセリアさんとハクオロさんは何故か、キョロキョロと店内を興味深げに見回していた。

「さてと、それじゃあ……」
「…………ちょっと待って」

ふいに千影ちゃんが席を立った。
ボク達の視線を背中で受けながら悠々とカウンターの傍に移動。
……何かの作業をして……いや、でもアレって……。

「……皆、まずお茶にしよう。色々……揃っているよ」

予感的中。数十秒後帰って来た千影ちゃんの手には並々と注がれた紅茶。
ソーサーにはたっぷりの砂糖とレモン。ティースプーンのオマケ付きだ。
こんなに小さな店なのにドリンクバーが設置されているなんて、中々に用意周到。
しかも誰よりも先にソレに気付いて、まるで周りを気にせず使用してしまう千影ちゃんは何と言うか相変わらずだった。
皆と暮らしていた頃と全然変わっていない。

「……そうですね。じゃあ、私もご馳走になろうかな」

瑞穂さんがそう言って席を立ったので、何となくボク達もそれに倣って立ち上がる。
一足先に、涼しげな顔で紅茶をすする千影ちゃんはやっぱり相変わらずだった。


138:Hunting Field(後編) 投下順に読む 139:瓶詰妖精
138:Hunting Field(後編) 時系列順に読む 139:瓶詰妖精
135:青空に羽ばたく鳥の詩 国崎往人 139:瓶詰妖精
135:青空に羽ばたく鳥の詩 二見瑛理子 139:瓶詰妖精
133:ミエス・カウート(高位の剣) 高嶺悠人 139:瓶詰妖精
133:ミエス・カウート(高位の剣) 千影 139:瓶詰妖精
135:青空に羽ばたく鳥の詩 ハクオロ 139:瓶詰妖精
133:ミエス・カウート(高位の剣) 139:瓶詰妖精
131:再会、混戦、決戦/Blue Tears(後編) 宮小路瑞穂 139:瓶詰妖精
131:再会、混戦、決戦/Blue Tears(後編) アセリア 139:瓶詰妖精







| 新しいページ | 編集 | 差分 | 編集履歴 | ページ名変更 | アップロード | 検索 | ページ一覧 | タグ | RSS | ご利用ガイド | 管理者に問合せ |
@wiki - 無料レンタルウィキサービス | プライバシーポリシー