再会、混戦、決戦/Blue Tears(前編) ◆guAWf4RW62


猛り狂う太陽の光が、殺人遊戯の舞台となった孤島へと降り注ぐ。
中規模のビルが立ち並ぶ一帯を、三つの人影が進んでゆく。
宮小路瑞穂とその仲間達は博物館を迂回する形で、一路神社に向かおうとしていた。
比較的緩やかな速度で歩いていた為に、アセリアの体力は大方回復したものの、一行の間には重苦しい雰囲気が漂っていた。

「ねえ……瑞穂さん、大丈夫?」
「…………」

涼宮茜が気遣うような声で問い掛けるが、瑞穂は生気の抜けた顔をしたまま黙り込んでいる。
それは今回に限った事では無く、道中アセリアと茜が情報交換している際も、瑞穂だけは終始無言であった。
瑞穂の瞳からは既に光が失われており、おおよそ意志というものを感じさせない。
命を賭して国崎往人に立ち向かった時の彼女(彼)とは、まるで別人のような姿であった。

「……ミズホ、少し休むか?」
「いえ、必要ありません」
「ん」

アセリアの申し出も、取り付く島すら無くただの一声で撥ね付けられる。
別に、体力的に問題がある訳では無いのだ。
瑞穂をこれ程までに弱らせている要因はただ一つ、厳島貴子の死のみ。
そして愛する人の死によって穿たれた心の空洞は、休憩如きで到底埋められるものでは無い。
後悔と喪失感だけが心を埋め尽くし、必然的に周囲への対応はおなざりなものとなってゆく。
それでも、茜もアセリアも瑞穂を見限ったりはしなかった。
それは瑞穂が一貫して貫いてきた、自身の身すら顧みずに仲間を守ろうという、献身的な姿勢の賜物だろう。
皮肉な事に、これまで築き上げてきた信頼が――貴子と別行動を取っている間に行った善行が、瑞穂の命を繋いでいた。

しかし今の瑞穂は、とことん運に見放されているのだろうか。
弱り切った精神に追い打ちを掛けるように、ソレは現われた。
ゆっくりとしたペースで歩を進めていた三人だったが、森に差し掛かった辺りで、先頭を往くアセリアが突然足を止めた。

「……来る」
「――――え? 来るって何が……」

茜の言葉が終わるのを待たずして、アセリアは弾かれたように動き出した。
足元に落ちてあった直径三十センチ程の石を拾い上げ、振り向きざまに茜の前方へと投擲する。
次の瞬間には派手な銃声がして、投げ放たれた石が砕け散っていた。

「――――ッ!?」

茜が目を見開くのとほぼ同時、アセリアは鉄パイプを構えて疾駆する。
アセリアの進行方向、鬱蒼と木々の生い茂る一帯に、何時の間にか一人の少女が屹立していた。
襲撃者――川澄舞はすぐさまニューナンブM60を構え直し、二度目の銃撃を行おうとする。
茜と瑞穂は未だ大きな隙を晒しており、舞からすれば絶好の的に他ならない。
だが舞の目論みは、恐るべき勢いで突撃を仕掛けてきたアセリアによって遮られる。

「せやああああぁぁぁっ!」
「っ――――!」

アセリアが振り下ろした長さ二メートル程の鉄パイプを、済んでの所で横に跳ねて躱す舞。
標的を失っても尚鉄パイプの勢いは収まらず、軌道上にあった背の低い小木を根元から粉砕した。
両者の距離は僅か数メートル、アセリアの真横に舞が位置する形。
飛散した木片が降り注ぐ中、舞は冷静にニューナンブM60の銃口をアセリアの側頭部へと向ける。
空振りの隙を狙った、これ以上無い程に的確なタイミング、最高の位置取りでの反撃。
視界外より放たれる銃撃は、視認する暇も無く標的を貫くだろう。

されどアセリアとて百戦錬磨のスピリット。
不用意な攻撃がどのような結末を招くかなど、予測出来ない筈も無い。
ましてや舞とは一度戦っているのだから、力量的に大振りの攻撃が通用しない事など、先刻承知している。
そして攻撃を躱した相手は、間を置かずに反撃して来るであろう事も想像に難くない。
ならば相手の姿、行動を、わざわざ目で確かめる必要など無い。
アセリアが今やるべき事はただ一つ、全身全霊を以って一秒でも早く回避に移るのみ――!

「…………っ」
「――――躱、した!?」

正しく刹那のタイミングでアセリアが屈み込み、唸りを上げる銃弾は空転するに留まった。
横を向いたままの態勢にも関わらず、極めて正確な回避動作を行ったアセリアに、舞は驚きの表情を隠し切れない。
そんな舞の顔面に照準を定めて、無骨な鉄の凶器が斜め下方より振り上げられる。
それは旋風を伴う程の凄まじい一撃だったが、舞は持ち前の反射神経を活かし、後方にステップを踏んで何とか回避した。
舞はそのまま後ろ足で後退を続けながら、ニューナンブM60の銃口を持ち上げて牽制する。
こうなってしまってはアセリアも迂闊に飛び込めず、二人は距離を置いた状態で睨み合う。


そして、常識では考えられぬ高次元の戦闘を尻目に、茜は瑞穂を奮起させるべく悪戦苦闘していた。

「お願い瑞穂さん、一緒にアセリアさんを助けようよ!」
「茜さんもくどいですね……。申し訳ありませんが、僕にそんなつもりはありません」

茜はアセリアと情報交換を行った際、襲撃者――川澄舞に関する話も聞いていた。
アセリアの話によれば、舞は銃を持っているだけでなく、並外れた身体能力も兼ね備えた難敵。
アセリアもまた桁外れの実力を備えてはいるものの、いかんせん装備面が問題だ。
純粋に人を殺すという目的で造られた拳銃と、そもそも闘争に用いる想定すら為されていない鉄パイプでは、性能に差があり過ぎる。
だからこそ必死の形相でアセリアへの加勢を訴える茜だったが、瑞穂はまるで取り合わない。

「云った筈ですよ? 僕は貴子さんに会いに行くと……此処で時間を浪費する訳にはいきません」
「もう、今はそんな事言ってる場合じゃないでしょ!」
「そんな事……ですか。茜さんにとってはそうかも知れませんが、僕にとっては何より大事な事なんです。
 僕は愛する貴子さんを救えなかった……だから何を差し置いてでも、謝罪しなければならないんです」

落ち着いた口調の、しかしはっきりとした拒絶の言葉を吐く瑞穂。
抜け殻同然の瑞穂を突き動かすのは、貴子への想いのみ。
雨の日も、風の日も、辛い時も、苦しい時も、貴子が傍に居てくれさえすれば幸せだった。
瑞穂にとっては貴子が全てであり、生きる意味そのものですらあった。
そしてそれだけ愛していた貴子を守れなかった事は、どれだけ悔やんでも悔やみ切れぬ失敗。
どれだけ謝っても謝り足らぬ程の罪。
ならば貴子への謝罪以上に優先すべき事柄など、この世に存在する筈も無い。

「――話は以上です。アセリアさんを助けたいのなら、ご自身の手でどうぞ」
「み、瑞穂さん……っ!!」

冷たく言い放つと、瑞穂は踵を返して森の奥へと歩き始めた。
背中越しに茜の悲痛な聞こえてきたが、決して足を止めはしない。
今自分が戦わなければ、アセリアも茜も殺されてしまうかも知れないが、構っていられない。
瑞穂は己の優先順位に従って、躊躇わずにその場を離れていった。



「そんな……瑞穂さん……」

置き去りにされる形となった茜は、深い悲しみの籠もった眼差しで、瑞穂が立ち去った方向を眺め見ていた。
恨み言を吐くつもりは無い。
自分だって大切な姉に先立たれたのだ。
掛け替えの無い存在を失った瑞穂がどれ程悲しんでいるのか、どれ程深い失意の底に居るのか、ある程度は分かるつもりだ。
現実に絶望し、死者への盲念に取り憑かれてしまったとしても、仕方の無い事だろう。
そうだ――理性的な部分では納得出来る。
それでもあの瑞穂が春原陽平と同じような行為に及んだのは、茜にとって精神的ショックが大きかった。

「瑞穂さんも……鳴海さんも……どうして……皆どうして……」

鳴海孝之は精神に異常をきたしてしまった――恐らくは涼宮遥の死が引き金となって。
宮小路瑞穂もまた、厳島貴子の死を知った途端に豹変してしまった。
信頼していた者達が現実から目を逸らし、自分の世界に閉じこもってしまう様は、何よりも悲しい光景だった。
だが何時までもこうやって、独り物思いに耽っている訳にはいかない。
今は自分がすべき事をしなければならないだろう。

ようやく気を取り直した茜は、未だ戦い続けているアセリア達の方へと視線を移した。
見れば圧倒的な装備差にも関わらず、アセリアは互角以上の戦いを繰り広げていた。
アセリアは舞の銃撃を正確に見切って、要所要所で斬撃を繰り出してゆく。
舞も類い稀な身のこなしで凌いではいるものの、アセリアの素早い動きを捉えきれぬ様子。
アセリアも舞も決定打を持ち得ない、所謂均衡状態が続いている。
これなら自分が加勢に入りさえすれば、間違いなく勝てるだろう。
そう考えた茜は懐より投げナイフを取り出し、右手でしっかりと握り締めた。
相手が明確な殺意を持って襲撃して来ている以上、正々堂々正面から戦ってやる義理は無い。
極力足音を立てぬよう、ゆっくりとした動きで舞の後方へと回り込む。
だが茜は重大な事実を見落としていた。
襲撃者は舞一人とは限らない。
舞の撃ち放つ銃声は周囲一帯に響き渡り、新たなる厄災を呼び込んでいたのだ。
茜が腰を深く落とし、一気に駆け出そうとしたその時、落ち葉を踏みしめる音が後方より聞こえてきた。
すぐさま反応して音のした方へと振り向いた茜は、呆然とした声を喉奥から洩らした。

「…………なる、み、さん……?」

何故疑問形になってしまったのだろうか。
絶対に見間違える筈など無いのに。
視界に映っているのは、良く見知った人物の筈なのに。
二度と会いたくないと思っていた――けれど本当は凄く会いたかった、鳴海孝之の筈なのに。
その余りの変貌振りが、周囲に撒き散らされる狂気が、決して拭い去れぬ違和感を与えていた。

――後頭部を発生源とする大量の血液が、服までをも赤く染め上げている。
――穿たれた左肩の奥からは、朱に塗れた白骨が見え隠れしている。
――にも関わらず、口元には吐き気を催す醜悪な笑みが貼り付いている。
――そして何よりも目が、異様な輝きと何処までも昏い闇を併せ持った瞳が、現実離れし過ぎている。

疑う余地すら存在しない。
精神に異常をきたしただとか、現実逃避しているだとか、そんな次元はとうに飛び越えている。
目の前の男は――鳴海孝之は、どう見ても完全な狂人と化していた。
その事実を裏付けるかのように、孝之は正しく奇声と呼ぶに相応しい声を張り上げる。

「ヒャアッ、ハッハッハッハッハッハァァァァッ! ややややっと会えたね茜ちゃん」
「…………」

茜は何も答えられない。
異常過ぎる事態に、脳が上手く機能してくれない。
一目で見て取れる孝之の狂態と、酷く汚れた濁声が、茜から冷静さを奪い去っていく。
図らずして全身の表面に鳥肌が立ち、喉は呼吸を忘れてしまったかのように動かない。
冷たい汗だけが無尽蔵に湧き上がり、頬や背中を濡らしてゆく。

「ひひひひっ……茜ちゃんは最後にしようと思ってたけど、出会ったからには仕方ないよな?
 もう『起こし』ちゃっても良いよなッ!?」
「…………私、起きてますよ?」

よくやくそれだけ、声を絞り出す事が出来た。
起こす?……まるで意味が分からない。
自分は眠ってなどいない。
そんな事は、それこそ一目見れば理解出来る筈だ。
だというのに、孝之は諭すような口調で同じ主張を繰り返す。

「起きてる……? 茜ちゃん、それは違うよ。茜ちゃんは未だ眠っているんだよ」
「何を……鳴海さん、貴方が何を言ってるのか分かりません」

茜がそう言うと、孝之は愉しげな――本当に、これ以上無いくらい愉しげな、そして不気味な笑顔を浮かべた。

「きひっ、あひゃひゃひゃひゃっ! 分からない? なら俺が教えてあげるよ! 茜ちゃん、君は悪い夢を見てるだけなんだよ。
 この世界で死ねば、目が覚めて現実に戻れるんだよ――遥や双樹ちゃんみたいにさあ!」
「――――――――ッ!!」

そこまで告げられた茜は、ようやく孝之が構築した狂気の理論を理解する事が出来た。
要するに孝之は――この世界を夢だと思い込む事で、知人の死を否定しているのだ。
遥の、双樹の死を受け入れられず……己が築き上げたルールに従って、人を殺そうとしているのだ。

「だから俺が皆を起こしてあげるんだよ。殺して、現実世界に戻してあげるんだよ!
 神に認められた俺なら、それが出来るッ!!」
「う…………あ…………」
「さあ、もう説明は良いだろ? ウヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」

孝之が歪んだ笑みを浮かべながら、レザーソー片手に近付いてくる。
茜はガクリと地面に膝をついて、迫り来る絶対の死を見つめていた。
心の内に沸き上がるは形容し難い程の恐怖と、それを更に上回る諦観。
涼宮遥は死に、春原陽平にも宮小路瑞穂にも見捨てられてしまい、挙句の果てには孝之に命を狙われる始末。
異常過ぎる……この世界は余りにも異常過ぎる。
誰も彼もが狂ってゆき、自分の味方をしてくれる者など誰もいない。
もうこのまま自分も狂ってしまいたいと、この世界を悪夢だと信じ込みたいと、そんな気持ちにすらなってくる。

「じゃあまずは両腕を剥いで、犯して、それから起こしてあげるよ! クヒヒヒ……ケエッケケケケケッ!」

茜の眼前まで迫った孝之は、天高くレーザーソーを振り上げた。
狙いは茜の両腕。
先程はことりの抵抗と、襲撃者――今もすぐ近くで激戦を繰り広げている川澄舞――の所為で、強姦出来なかった。
ならば今度は邪魔者達が戦っている隙に、標的の自由を奪って確実に犯そうという算段だ。
だがレザーソーが牙を剥く寸前、茜の聴覚は一際大きな声を捉えた。

「アカネ、しっかりする!」
「……アセリア……さん……?」

茜が振り向いた先には、首だけこちらへ向けているアセリアの姿があった。
アセリアは舞のニューナンブM60が弾切れを起こした隙に、茜へ言葉を投げ掛ける。

「アカネが死んだら私は悲しい……アルルゥも悲しむ。だから――」

それ以上は話を続けられなかった。
銃弾の装填を終えた舞が再び動き始め、アセリアは回避を強制させられたのだ。
伝えられた言葉は僅か二つだけに過ぎぬ。
だが、それだけで十分。
正常な人間がまだ居るという事を知らせるには、茜を想う者が居るという事実を伝えるには十分。
折れかけていた茜の心を奮い立たせるには、忘れかけていた茜の決意を思い出させるには、多くの言葉など要らない。
茜は両の足に力を込めて、思い切り真横に跳躍する。
天空より降り注ぐレーザーソーの刃は、茜の髪を軽く掠めるに留まった。

「あひゃっ!? 何で避けるんだよォォォォッッ!」
「忘れてました……私は諦める訳にいかないんです。鳴海さんみたいに、夢の世界に逃げる訳にはいかないんです」

茜は膝に付着した土を払い落としながら、眼前の狂人へと告げる。
そうだ――自分はアルルゥが死んだ時、必ず生き延びると誓ったのだ。
そして自分が居る世界は紛れも無く現実世界で、全ての人間が狂っている訳でもない。
ならばこんな所で諦める訳にはいかない。
狂人の勝手な思い込みに付き合って、アルルゥとの約束を放棄するなど出来る筈も無い。
たとえどのような結末が待っていようとも、自分は最後まで一生懸命生き抜いてみせる。

「抵抗する気かい? 良いよ、嫌がるとこを無理やりってのも楽しそうだしさあっ!」
「鳴海さん……最低ですね」

茜は小さな投げナイフを握り締め、孝之は無骨なレザーソーを堅持する。
アセリアは両手で鉄パイプを構え、ニューナンブM60で武装した舞と対峙している。
生い茂る木々により陽光が遮られた薄暗い森の中で、決戦の火蓋が切って落とされた。


    ◇     ◇     ◇     ◇


茜と別れた場所から、然程遠くない位置にある雑木林。
断髪的に鳴り響く銃声を背に、瑞穂は歩き続けていた。
銃声が聞こえてくる以上、未だアセリア達は襲撃者と戦っているのだろう。
アセリア達は勝てるだろうか?
たった二人だけで、生き延びられるだろうか?
そんな思考が全く無いと言えば、それは嘘になるだろう。
にも関わらず瑞穂はただひたすら、次の目的地である神社を目指し続ける。
貴子に会って謝罪する――それが何の意味も無くなった人生で、最後にしなければならない事だからだ。
だが責務を果たすべく瑞穂が歩き続けていたその時、唐突に声がした。
思い出すだけでも怒りが沸き上がってくる、絶対悪の声が。

『――待ちなさい、そこの貴女。死体を探し回る必要なんて無いわ』
「――――ッ!? この声は……鷹野……三四……?」

それで、合っている筈だった。
殺人遊戯の開幕時を合わせれば、既に三度も声を聞いているのだから、聞き間違えたりはしない筈だ。
瑞穂の確信を肯定するかのように、声の主が愉しげに語り掛けてくる。

『フフフ、ご名答。察しが早くて助かるわ』
「……僕に何か御用ですか?」

極めて無愛想な返事を返しながら、瑞穂は声の主の姿を探した。
だが声がした方向には、木々が生い茂っているだけで、人の姿らしきものは見当たらない。
恐らくはスピーカーか何かで話し掛けてきているのだろう。

『あらら、そんなに邪険にしないで欲しいわね。折角好意で、良い事を教えてあげようとしてるんだから』
「……良い事?」
『ええ、とっても良い事よ。少なくとも貴女にとってはね……くすくす』

笑いを洩らす声の主とは対照的に、瑞穂は難しい表情をしていた。
主催サイドの人間が言う『良い事』――正直、悪い予感しかしない。
その瑞穂の予感はある意味正しくもあり、間違いでもあった。

『本当はもう暫く秘密にするつもりだったんだけど……貴女にだけは教えてあげる。
 このゲームの優勝者は、好きな願いを一つだけ叶えられるのよ』
「な――――ッ!?」

告げられた信じ難い事実に、二の句が告げない瑞穂。
好きな願いを叶えられるというのなら、まさか――
瑞穂が結論に思い至るよりも早く、声の主は言葉を続けてゆく。


『あ、勿論私達に害を成すような願いは駄目だけどね。私達に出来る範囲なら何でも自由。
 巨万の富を得る事も、高い地位を得る事も――そして、厳島貴子さんを生き返らせる事も可能よ』
「――――ッ!!!」

瑞穂は自身の心臓がドクンと大きく脈打つのを感じた。
貴子を生き返らせれる――そう考えただけで、全身の血流が一気に早くなったような、そんな錯覚を覚える。
守れなかった誓いを、再び果たせるかも知れないのだ。
失ってしまった生きる意味を、再び取り戻せるかも知れないのだ。
だが逸る気持ちを抑え冷静になってみると、幾つかの疑問が浮かび上がってきた。

「……確証は? 人を生き返らせれるなんて、正直信じられません。それに何故僕にだけ教えてくれるんですか?」

怪しむべき点はその二つだろう。
死んでしまった人間を生き返らせれるなど、メルヘンやファンタジーの世界での話だ。
常識的に考えれば、有り得ない。
それにわざわざ、自分にだけ教えた意味も分からない。
声の主は暫く黙り込んでいたが、やがて質問の答えが返ってきた。

『まずは一つ目の質問に答えてあげる……確証は未だ見せてあげられないわ。
 けど貴女も知ってる筈よ? 私達が超常的な力を持っているって』

それはその通りだった。
殺人遊戯の開幕時、自分は何時の間にかワープさせられていた。
それに獣の耳を持ったアルルゥのような、明らかに別世界の住人だと思われる存在も混じっているのだ。
それらの事実を踏まえれば、常識的な概念から真偽を推し量るのは、無意味だと言わざるを得ない。
既に自分の置かれている状況そのものが、一般的な常識から大きく逸脱している。
ならば本当に人を生き返らせれる可能性だって、十分に考えられるだろう。
勿論、可能だったとしても――主催サイドが本当に願いを聞き入れてくれるのか、という疑問は残るが。

『次に二番目の質問ね。答えは簡単、勿体無いと思ったからよ』
「……勿体無い?」
『ええ、そうよ。このまま放って置けば、貴女はただ無意味に死ぬだけ。
 でも願いを叶えられると知ったら違うでしょ? 貴女は人を殺してでも、貴子さんを生き返らせようとするわよね……くすくす』
「…………」

嘲笑交じりの声に、瑞穂は答えない。
答えないが、この状況での無言は、相手の言葉を肯定しているのとほぼ同意義だ。
もしもう一度やり直せるのならば、今度こそ方法を間違えたりはしない。
貴子の為に、全てを棄てる。
貴子の為に、殺す。
勿論、人を殺したくなどはない。
アセリアや茜、倉成武を殺したいとは露程にも思わない。
それでもやらなければならない。
当然だろう。
宮小路瑞穂は――否、鏑木瑞穂は厳島貴子の為だけに存在するのだから。
自分の髪の毛の一本、血の一滴までも、全ては貴子の為に在る。
決意を固めた瑞穂は、もう鷹野の言葉を待たずして走り出した。


そしてその背中を、秘密裏に追跡する人影が一つ。
いや、正確には人影と表現するべきでは無いだろう――何しろ彼は、鳥なのだから。
先程瑞穂に話し掛けていたのは、鷹野の声を真似た土永さんだった。

少し前……アセリアと舞が戦いを開始した直後。
銃声を聞きつけ飛んできた土永さんは、銃で狙われぬよう身を隠しながら、瑞穂と茜の会話を盗み聞きしていた。
その時に得た情報から、『瑞穂』が先の放送で呼ばれた『厳島貴子』に対して、深い愛情を抱いているのが分かった。
死者への愛情程、利用しやすいものも珍しい。
そう判断した土永さんは、舞を騙した時と同様の手法で、瑞穂に話し掛けたのだ。
しかし手法こそ似通っているものの、舞の時とは決定的に違う点がある。
今の土永さんにとって、一番欲しいのは意のままに動く操り人形。
そして優勝時の褒美をちらつかせれば、瑞穂を服従させるのは容易だろう。

だからこそ土永さんは瑞穂の後を追尾し、今も黙々と様子を伺っている。
優勝時の褒美を交換条件としている以上、途中で貴子の死体を発見してしまっても問題無い筈。
このまま操り続けるのに、何も支障は無い筈だった。


    ◇     ◇     ◇     ◇


巨大な鉄パイプが一閃され、宙の空気を切り裂く。
二メートル超の得物を縦横無尽に振るうアセリアだったが、未だ舞の守りを崩せないでいた。

「……甘い」
「く――――」

打ち終わりの瞬間を狙って、舞がニューナンブM60による銃撃を仕掛けてくる。
回避の為に、アセリアは後退を余儀なくされた。
舞と戦い始めてからもう、数え切れない程鉄パイプによる斬撃を繰り出してきた。
それらの全てが、常人では決して見切れぬ速度と強大な破壊力を兼ね備えた、正しく必殺の一撃。
自分と同じスピリットや、若しくはエトランジェで無ければ決して防げない疾風。
だが目の前の女は――川澄舞は、不可避の筈の攻撃を正確に躱してゆく。

「たああああっ!」

アセリアは大地を蹴り飛ばして、一息で間合いを零にまで詰める。
舞が振り上げた銃口の斜線から身を捩って逃れ、逃れた時にはもう鉄パイプを振り始めていた。
いかに舞が優れた身体能力を持っていようとも、この距離なら躱せない――此処が森でなければ。
舞はすぐさま軽快なステップを踏んで、後方に聳え立つ大木を盾として利用する。
アセリアの得物が永遠神剣なら、若しくは制限が無ければ、大木ごと舞を倒す事も可能だろう。
だがとにもかくにも、今のアセリアは鉄パイプが武器であり、身体能力の制限も被っている。
必然的に鉄パイプは大木に遮られ、舞の身体を捉えるには至らない。
そしてこちらが攻撃を振り終わった瞬間こそ、敵にとっては最大の好機。
ニューナンブM60を握り締めている舞の右腕が、ぴくりと動く。
アセリアも攻撃が来る事は分かっているので、迷わずその場から後退する。
だが今回は、その素早い判断が仇となった。

「…………っ!?」

距離を離したアセリアの目に飛び込んできたのは、ニューナンブM60に銃弾を装填する舞の姿だった。
フェイント――舞は攻撃すると見せ掛けて、弾丸補充の時間を生み出したのだ。
両者の距離は開き、再び仕切り直しの形となる。

アセリアは乱れる呼吸を整えつつも、苛立ち気味に奥歯を強く噛み締めた。
平時ならばこの強敵との再会を喜び、熾烈な戦いを楽しみもしただろう。
だが今は、だらだらと小競り合いを続けているような場合ではない。
自分がこうしてる間にも茜は、見知らぬ――しかし一目で狂人と分かる男に襲われているのだ。
理性を失った人間は、往々にして信じ難い程の力を発揮する。
投げナイフで武装した程度の女性が敵うとは、到底思えない。
早く助けに行かなければならない。
アセリアの頬を一筋の汗が伝い、それは空気に触れて乾燥した瞬間、金色のマナと化していった。



――そして、アセリアの危惧は正しかった。
アセリア達が戦っている場所から数十メートル程離れた所で、茜は苦戦を強いられていたのだ。

「ひゃっはあああああ!!」
「あぶなっ…………!」

振り下ろされる斧を、茜は紙一重の所で回避する。
執拗に攻撃を仕掛けてくる孝之の得物は、何時の間にかレザーソーから斧に変わっていた。
その理由は至極単純。
レザーソーの細い刀身如きでは、狂人の腕力にとても耐え切れなかったのだ。
人間の脳に本来備えられている、自身の肉体を保護する為のリミッター。
そのリミッターがある所為で、人間は自身が持ち得る筋力の三割程度しか発揮出来ぬ。
だが今の孝之には、リミッターがまるで働いていない。
だからこそ孝之の筋力は、常人の数倍となっていた――その代償として、動く度に余命が削られてゆくのだが。

「ほら、ほらほらほらああああっ! 」

孝之が斧を振り下ろす度に、周囲の空気が震える錯覚さえ覚えさせられる。
正しく戦槌と呼ぶに相応しい一撃は、投げナイフ如きで受け止められるような代物では無い。
茜は小躯の利点を活かして、小刻みに左右へとステップを踏み、何とか命を繋ぎ止める。

「このお……逃げるなよおおお!」

業を煮やした孝之は大きく振りかぶって、斧を横凪ぎの形で一閃した。
だが重力に従って振り落とす時に比べ、横方向に払われたその斧は明らかに遅い。
茜は腰を低く落として、薙ぎ払いの一撃を回避。
直接触れていないにも関わらず、巻き起こされた風によって前髪が舞い上がる。
思わず背筋が寒くなる程の豪撃――まともに食らってしまえば、まず助からない。
だがとにかく回避に成功した以上、次はこちらのチャンス。
今まで守勢を強いられていた茜に訪れた、唯一にして絶好の機会。
屈みこんだままの態勢で上を見上げると、孝之の無防備な腹部が視界に入った。

「こんのぉぉぉぉぉっ!」

全身全霊の力を両膝に込めて、上体を起こしながら、茜はナイフを突き出した。
茜はそのまま孝之の腹部を貫こうとして――刹那の判断で、脇腹を軽く切り裂くに留めた。
それは仕留める為の攻撃で無く、あくまで戦闘能力を奪い去る為の一撃。
最早修復不可能な程に狂ってしまったのは明らかだが、それでも茜に孝之は殺せなかったのだ。
姉の恋人であり、自身の想い人でもある男性を殺す気には、なれなかったのだ。
そしてその躊躇が命取り。
痛覚が麻痺している孝之にとって、この程度の攻撃では足止めにすらならない――!

「つぅぅぅぅかまえた!」
「きゃっ!?」

孝之の右手が伸び、茜の右腕をガッチリと掴み取る。
茜の腕を締め付ける力が、見る見るうちに強まってゆく。

「う………ああっ……」

茜の喉元から、酷く苦しげな声が絞り出される。
男性と女性の差、どころでは無い。
今の孝之と茜の腕力は、それこそ大人と子供程に違いがある。
茜は右手にナイフを持ってはいるものの、腕を固定されている所為で振り回す事は出来ない。

「いひひひひ、あひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「うわあああああああっ…………!」

下手すれば意識を失いかねない程の激痛が、茜の脳髄に襲い掛かる。
間近に迫った孝之の濁った瞳が、茜に耐え難い恐怖を与える。
茜は形振り構わず、何度も何度も孝之の右足を蹴り飛ばした。
それはただの苦し紛れ。
平時なら何の意味も成さぬ抵抗だったが、満身創痍の孝之相手ならば違う。

「ひぎっ!?」

幾ら痛覚を感じないとは言え、二度の銃撃によって傷付いた右足を、集中的に攻撃されては堪らない。
本人の意識とは無関係に、孝之の身体が大きく揺らぐ。
その隙に茜は孝之の懐から飛び出して、何とか窮地を脱していた。

「あれれれ? おかしいなあ、痛くも何とも無いのに転びそうになるなんて」
「…………」

右足から止め処も無く血を垂れ流しながら、心底不思議がっているような表情をする孝之。
それは明らかに異常な光景だったが、茜にはその事を気にかけている余裕など無い。
茜の呼吸は乱れ、右腕には青い痣がくっきりと刻み込まれている。
この身体では長く戦い続けられぬし、この腕では以前程鋭い攻撃は繰り出せぬだろう。
自分は孝之と違って、身体的損傷を無視出来る程の狂気など持ち合わせてはいない。
どう考えても、茜の不利は明白だった。
このままでは負ける――そしたら、犯される?
言葉では言い表せぬ程の恐怖が、茜の心に湧き上がる。

そんな時だった。
立ち去った筈の人物が、駆け足で戦場に戻ってきたのは。
激しい足音に反応して、振り向く茜と孝之。
アセリアと舞も丁度距離を置いている状態だった為、状況確認すべく視線を動かした。
四人の視界に入ったのは、金色の長髪を湛えた見目麗しき女性。
それは間違いなく、宮小路瑞穂その人だ。
その姿は窮地に陥っていた茜にとって、どれ程頼もしいものだったのだろうか。

「――瑞穂さんッ!!」

二度と戻って来ないと思っていた瑞穂を視認し、茜は心の底から叫んだ。
顔に浮かび上がるは、満面の笑み。
これで助かるといった気持ちも少しはあるが、それ以上に仲間が戻って来てくれたという事実が嬉しかった。
だが瑞穂は茜に笑み一つ返す事無く、無表情のままに一人の狂人を指差した。

「茜さん……この方は?」
「……その人は鳴海さん。私の知り合いで……死んだ姉さんの恋人。
 姉さんが死んだ所為で狂ってしまって、今は殺し合いに乗っているわ。痛覚が無くなってるみたいだから注意して」
「そうですか、説明有り難う御座います」

説明を求められた茜は、必要最低限の事項だけを口にした。
自分が孝之に対して抱いていた想いなど、わざわざ話す必要性は皆無。
殺し合いに乗っている事と、狂っている事、そして痛覚を失っている事。
その三点さえ伝えられれば、取り敢えずこの場では十分な筈だった。
ともすれば溢れ出しかねない私情を押さえ込み、チームの一員としての役割を果たす茜。
だがそんな茜に贈られたのは、凍り付くような瑞穂の視線だった。

「殺し合いに乗った単独行動の方が一人ずつと、徒党を組んだ二人の参加者。
 なら――始めに、最大勢力である茜さん達を殺した方が良さそうですね」
「……………………え?」

瑞穂の言わんとする意味がまるで理解出来ず、茜は場違いな間の抜けた声を零してしまう。
そして、言葉の意味を聞き返す暇すら与えられない。
呆然と立ち尽くす茜目掛けて、瑞穂が投げナイフ片手に疾駆する。
瑞穂の行動には純然たる殺気が宿っており、それは硬直した場の状況を再び動かすに十分なものだった。



130:死を超えた少女、それ故の分析 投下順に読む 131:再会、混戦、決戦/Blue Tears(中編)
130:死を超えた少女、それ故の分析 時系列順に読む 131:再会、混戦、決戦/Blue Tears(中編)
117:歩き出す 涼宮茜 131:再会、混戦、決戦/Blue Tears(中編)
117:歩き出す アセリア 131:再会、混戦、決戦/Blue Tears(中編)
117:歩き出す 宮小路瑞穂 131:再会、混戦、決戦/Blue Tears(中編)
126:私の救世主さま(後編) 川澄舞 131:再会、混戦、決戦/Blue Tears(中編)
126:私の救世主さま(後編) 土永さん 131:再会、混戦、決戦/Blue Tears(中編)
126:私の救世主さま(後編) 鳴海孝之 131:再会、混戦、決戦/Blue Tears(中編)







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