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私の救世主さま(前編) ◆tu4bghlMI


「あひっ、あかかかかかかかかかかかか」

また、深い森の中に彼の奇妙な声が響いた。

鳴海孝之は狂っている。
ソレは常日頃の彼を知っている人間であれば誰であろうと気付く事実だ。
だが、それはあくまで彼の"普通"を知っている人物にとっての話。
つまりは彼を激しく罵倒し、失望のあまり侮蔑の視線で彼を射抜いた涼宮茜。
汚い言葉で彼の事を馬鹿にしながらも、どこか彼を見捨て切れていない大空寺あゆ。
もっとも彼女に関しては、未だこの島において鳴海孝之と接触していない事がその原因なのだが。
今の彼が彼女にとって、何の感慨も生み出さない肉のような存在である事を否定する要素は一つも無い。

そう、そんな彼女達が、この変わってしまった鳴海孝之と出会ったとしたら、どのような反応を取るか。
近いようで遠いその未来を見渡せるものは、誰も居ない。




喋るオウムこと土永さんは目の前で訳の分からない事を呟き続ける男、鳴海孝之に呆れていた。
自分は人ならざる生き物。そしてその身ながら人と同じくらいの知能を有した、ある意味矛盾した存在である。
それは十分に理解しているつもりだ。
だからこの島の戦いにおいて勝ち残るため、最も利用しやすそうな男に近付いた。そのはずだった。

「かかかかかかかか、神様。もっと、もっと食べていいですか」

孝之が支給された食品に噛り付きながら問い掛ける。
体裁など何も考えず、目の前の食物を自らの胃の中に放り込む事しか考えていないその姿。
それは皮肉な事にソレは与えられた餌に群がる家畜、鳥としての仲間である鶏のようであった。

『……後のことを考えて、少し取っておけ。それよりも放送を聞き逃さないよう、注意しろ』
「はいはいはいはい。わか、わかり、わかりました」

まるで壊れたネジ巻き時計のように同じ台詞を呟く孝之。
残った食品を蓋もせずにデイパックの中に戻す。
遠くから眺めているとはいえ、少しだけ嫌悪感が湧いた。


――参加者の皆さん、ご機嫌如何かしら?


……始まった。
時は丁度正午。このゲームが始まってから十二時間が経過した。
六時間前の放送では死者は十一人だった。知り合いの死者は対馬レオただ一人。
土永さんにとって自らのアドバンテージを最大に生かすためには、その正体を知る人間が一人でも減るのは望ましい事だった。




――では、今回の放送はここまでよ。
次の放送は今から六時間後、十八時に行われるわ。
一切の躊躇も情けも必要無い。
この島には法律なんて存在しないのだから、思う存分殺し合いなさい』


三人、か。
嘲笑めいたその言葉を土永さんは嘴の中で噛み殺した。
挙がった名前は鉄乙女、伊達スバル、そして霧夜エリカ。
自らの知り合いの中でも特に実力者であったと思われる三人の死亡はある意味朗報であり、そして驚きでもあった。

なぜならそれは、この島に彼女達でさえ十分に殺し得る実力者が闊歩している事の裏付けでもあるのだから。
もしも素面の彼女達を殺るだけの能力がある人間と遭遇したらどうなるだろう。
この力と本能に従って、凶器を振るうしか能の無い男にそんな人間の相手が務まるとは思えない。

「……神様? なにをぼんやりしているんですかぁ。早く行きましょうよぉ」
『いや……おい、人間。どうして名簿にチェックを入れていないのだ』
「名簿ぉ? 名簿って何のことですかぁ」

孝之が気の抜けるような間抜けな声を上げた。
もしや、放送の内容を書き留めていないのか?
まさかそんなはずは、と思ったものの土永さんはデイパックから参加者の名簿を取り出し、それを開くように指示する。
孝之はまるで映画に出てくる幽霊のような声を出し、首を上下左右にカクカクと動かしながらその命令に従った。


嫌な予感が的中した。
孝之の名簿は一回目の禁止エリアこそ書き記してあったものの、死亡者には一切チェックが入っていない。
リストは支給された時と同じで、ほとんど真っ白いままだった。

同時に土永さんは孝之に対して強い失望と絶望を感じた。
まさかコイツがこの島で生き抜くための最低条件である放送の確認すら怠るような人間だったとは。
操り人形に意思などない方が扱い易いとはいえ、一切の知的行動を取れないようでは人形としてもジャンクとしか表現出来ない。

『……仕方ない。人間、今から言う名前に全部×印を付けろ』
「は、い。わかりました。よくわからないけど、わかりましたぁ」

今まで挙がった死亡者の名前を一つ一つ声に出して読み上げる。
まずは第二回放送時点で死亡した人間、そして第一回放送時点で死亡した人間という順番でだ。
この名簿にチェックを入れるという作業には何の問題も無いはずだった。
知り合いの名前が出て来れば動揺こそするかもしれないが、それ以外の名前は自分とはまるで関係の無い人間。
工場で刺身の上に黄色い蒲公英を乗せる作業と同じで、何の感慨も無く行われる工程のはず。


『……理
 涼宮遙
 水澤摩央
 藤林杏
 四葉
 対馬レオ
 竜宮レナ
 園崎詩音
 白鐘双樹……これで全部だな』
「……神様ぁ、これってどんな意味があるんですかぁ? どうして遙や双樹ちゃんの名前が出てくるんですぅ?」
『それはだな……待て、人間。最後の名前は白鐘"沙羅"では無くて"双樹"だ。それに涼宮遙にも印が付いていないではないか』
「双樹……ちゃん? 遙……が死んでいる?」


孝之の様子が変わった。
白鐘双樹と涼宮遙の名前が出た途端、彼はその瞳を大きく見開き、だらしなく口を開けたままボンヤリと何かを考え始めた。
数秒後、彼はにたぁと口元を醜く歪ませ、大空に向かって吼えた。


「違いますよ、神様。あはははははははははははははは!
 沙羅ちゃんと遙ちゃんは起きただけなんです、この長い永いながい夢から。
 あひゃひゃ、そうですよ。俺が俺が俺が? 起こしてあげたんです。
 綺麗だったなーっ、双樹ちゃん。真っ赤に染まって、イチゴジャムの上で泳ぐ双樹ちゃん。
 髪の毛がぶわっーって広がって、ゆらゆら蠢いて。
 沙羅双樹の花の色とか言いますよね、ひひ。源氏物語でしたっけ。
 見た事無いですけど、きっとそんな色なんだろうなぁ、はははは。赤かかか、赤い赤い」


何処を見ている、何を見ているのだろう。
土永さんは思った。いや、ついに確信した。

この男は狂っている。

違う、考えてみれば初めからこの男はこんな感じだった。
既に完全なキチガイとしか表現のしようが無い。
猟奇的で病的な本能。言葉を喋るだけの知性はあるものの、理性という要素が見事なまでに欠如してしまっている。


「神様ぁぁぁ、聞いてますか? 聞いてますか?
 ははは、反応が無いなぁ! これは好きなようにしてみろって事ですね!
 嬉しいなぁ、ひゃはははははははは。
 ああ、そういえば双樹ちゃん言ってたなぁ。双子の姉妹がいるって。
 それってつまり、双樹ちゃんと同じ顔、身体って事なのかなぁぁぁあ。
 会ってみたいなぁ、刻んでみたいなぁ、あかかかか。
 身体の中身まで一緒なのかなぁ、興味あるなぁ!」


孝之は奇声を発しつつ、名簿を投げ捨て、ツルハシを振り回し始めた。

ダメだこいつ……早く何とかしないと、とは思わない。
もうこんな人間には付き合っていられないというのが紛れも無い本音。
情報も分別も無い愚図がいかに組みし易いとはいえ、ただのキチガイを操っていてはいつその牙を自分に向けるか分からない。
マトモな人間こそ、突き付けられた現実を大きく受け止め、冷酷に、そして確実に仕事をこなす。
そう、同じ事をするのならあの銀髪の女のように憎悪を糧として行動する人間の方がよっぽど適している。

もうこの男に利用価値は無い。
土永さんは未だ大騒ぎを続ける孝之を放置して、その羽根を広げ北の空へ向けて翼を羽ばたかせる。


勿論孝之は自分が土永さんに見捨てられた事など露知らない。
自分は神に見初められた戦士、何をしても許されると思い込んでいるのだから。
今の彼を支配するのは純粋な欲望、そして本能。
すなわち食う、寝る、犯す、そして殺すと言った純粋な衝動だけ。
ある意味において、彼の行動は土永さんが居ようが居まいが関係ない。
ただ彼は自分のしたい事をするだけ。
ひたすら欲望に忠実なままに。

「神様、神様ぁぁぁ? 何処です、何処に居るんですかぁ!
 ひゃはははははははははははは! はは……は? 
 あれ、アレアレ? あそこに居るのは……くくくく、あははははははははは! 見つけた、見ぃつけたぁ!」





【C-4 北部/1日目 日中】

【土永さん@つよきす-Mighty Heart-】
【装備:なし】
【所持品:なし】
【状態:健康】
【思考・行動】
基本:最後まで生き残り、祈の元へ帰る
1:北へ向かう。
2:もっとまともな操り人形を探す。争いの種をまく。
3:自分でも扱える優秀な武器が欲しい、爆弾とか少量で効果を発揮する猛毒とか。
4:どこか一箇所留まったままマーダー的活動が出来る場所を探す
5:基本的に銃器を持った相手には近づかない


【備考】
土永さんの生徒会メンバー警戒順位は以下の通り
よっぴー>>>>(越えられない壁)>カニ




「……少しは落ち着いたかい」
「はい大丈夫、です」

赤坂が出来るだけ優しく、相手を気遣うようにことりに話しかける。
ことりも顔色こそ優れないものの、必死に表情を取り繕いその質問に応える。


――アルルゥ、朝倉音夢、芳乃さくら、杉並、大石蔵人


コレが今回の放送で名前を呼ばれた赤坂とことりの知り合いの名前だった。
特にショックが大きかったのがことり。
朝倉音夢、芳乃さくら、杉並。どちらも大切な大切な友人である。
一方で赤坂の昔からの知り合いで名前を呼ばれたのは大石蔵人ただ一人。
未だ古手梨花の名前は呼ばれていない。

特に放送直後のことりは酷く取り乱して涙で散々頬を濡らした。
嗚咽、絶叫、苦悩。
とめどなく溢れて来るマイナスの感情が、洪水のように心を押し潰した。
隣にいた赤坂にも当然、大石、そしてアルルゥの死を悲しむ気持ちが無かったと言えば嘘になる。
だが、同時に自分まで悲しみの海その身を沈めてしまう訳にはいかなかった。

守る。
とてもシンプル、とはいえ言葉にするのは簡単だが、ソレを実現する事は本当に難しい。
なぜなら、既に自分は一人の少女を護れなかったのだから。
だから今度こそ。次こそはこんな悲しい結末は見たくなかった。


アルルゥ、君はどんな最期を迎えたんだろうか。
心ある人間に看取られて笑顔のまま逝く事が出来たのか。それとも――。
それ以上先の事まで考えようとしたが、止めた。
そして赤坂の心に生まれる主催者である鷹野三四に対する激しい怒り。
こんな争い事とはまるで無縁の普通の女の子を殺し合いの場に放り込むという残虐さ。

「……よかった、でも辛くなったら遠慮せずに言ってくれ。
 激励の言葉だって、裸踊りだってことりを元気付けるためなら何だってやるから」
「もう……赤坂さんったら。その……あんな、あんな格好で」
「いや、ゴメンゴメン。アレは僕も気が抜けていたというか……その、ね」

頬を赤らめ、視線を反らしながらそう呟くことりの姿を見て、赤坂は苦笑するしか無かった。
いや、自分が彼女にそんな態度を取られても仕方の無い事をしたのは紛れも無い真実なのだが。

はっぱ一枚だけを身に着けた姿は、旧約聖書のアダムとイヴから繋がる由緒あるスタイル。
だがさすがにそんな深く刻まれた歴史の息吹も、この現代においては"変態"の二文字で片付けられてしまう。
それに赤坂自身にも負い目があった。
ことりと初めて出会った時の自分はブリーフ(しかも白の)だけを身に着けた酷く独創的な格好であった。
いわば変態的な姿に前科がある訳だ。
しかもブリーフ→葉っぱという推移は身体を隠す面積がますます少なくなっている。
もしもこれ以上、似たような変化を辿るとすればもはや全てを脱ぎ捨ててしまうような展開しか残らない。

「でも、良かったですね。ちゃんとした服が見つかって」
「そうだね。ちょっとだけ変な感じもするけど」

赤坂が泉の近くにあったプレハブ小屋で見つけたのはカーキ色のツナギだった。
ブリーフ一枚で森林を練り歩いていた事を考えると凄まじいまでの進化。
素肌の上にツナギを着ているので何故か身体がムズムズするような気もするが、まぁコレは仕方が無い。
胸の部分には瞬時に着脱出来るようチャックが付いているし、もっと扱いやすい服を手に入れたらもう一度着替えればいいだけの話だ。

「だけど、ことり。このまま神社に向かってしまって本当にいいのかい」
「どういう事ですか?」
「ん、一応僕の仲間と合流するのは正午、って話になっていたんだ。もう一時を回ってしまっているだろう?
 しかもまだまだ掛かりそうだ。君が行きたい場所があるなら、先にそちらを優先してしまってもいい」

ことりは迷った。
今誰に会いたいかといえば、ソレは朝倉純一、そして川澄舞だ。
先に市街地に向かった千影も心配である。
だが三人の行方はまるで分からない。
唯一、有効であろう『第三回放送の時に神社に居るようにする』という情報も役に立つのはまだ先の話。
無闇やたらに探し回ったとしても効果は上がらないだろう。ソレならば確実なソースに従って行動するのが道理。

「いえ、大丈夫です。トウカさん……でしたっけ。その方に会いに行きましょう」
「分かった。それじゃあそろそろ――」
「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」


思わず赤坂とことりは声のした方向を振り向く。
やって来たのは――男?
高価そうなスーツで全身をコーディネイトした若い男性だ。
整髪剤がビッシリとついた髪がテカテカと光って、やけにうざったい。
奇声は止まず、両手には――

「ことり下がっているんだ!!」
「赤坂さん!?」

赤坂は気付いたのだ。
男が振り回しているそのツルハシに人間のものと思しき血が付いている事実に。
ここから導き出される結論は唯一つ。
つまりあの男は殺し合いに乗っている、と言う事だ。

赤坂は支給されたトンファーを構え、迎撃の体勢を取る。
このトンファーは普通イメージされるようなソレとは違って、腕を覆う部分が非常に大きく盾代わりになる優れものだ。
その代わり、材質は何らかの金属で出来ており、非常に重い。
持った人間がある程度の達人でなければ、まともに扱う事も出来ずに振り回されるだけだろう。
だが、刑事として数々の修羅場を潜り、格闘技の経験もある赤坂にとってこの武器はまさに鬼に金棒だった。

「ひゃっはあああっー!!」
「ッ!!」

初撃を上手くトンファーの盾の部分で受け止め、赤坂は軽く距離を取る。
男も追撃の手を緩めない。
縦、横、斜め様々な角度からツルハシが振るわれる。

「どうだ、どうだ、どうだああっ!! 当たると痛いぞぉ!!」
「こいつ……!!」

乱撃。容赦の無い踏み込み。その行動は明らかに常人のソレではない。
相手の男が武術の心得が無い事は隙だらけの動作から容易に見て取れる。
ツルハシを振るう腕の動きから体裁き、太刀筋と何から何まで素人の動き。間違いない。

だが男の身体能力は赤坂の常識と照らし合わせてみても、異常だった。
その動作には"型"というものが無い、完全なフリースタイルだ。
男は移動、攻撃、防御といったあらゆる側面においてある種緩慢であり、また機敏でもあった。

そしてもう一つ、特筆すべき点としてその腕力が挙げられる。
襲撃者の男は二十代前半だろうか、それよりも若干若く十代のようにも思える。
肉体的な成長のピークこそ、十代に訪れるのが普通だが、最も身体が成熟するのはやはり二十代。
コレでも自分は警官であるし、毎日のように身体は鍛えている。武術も会得している。
その自分と比べて見ても男の力は圧倒的だった。
もはや、これは同じ人間とは思えない。自然と心のどこかで認めてしまうようなある種の驚きを秘めた感想だった。

「話を聞けッ!! こちらは戦いには乗っていない。お前の目的は何だッ!?」
「知ったこっちゃないよおおおおおお!! 目的が無いのが目的さああああ!!」

話に、ならない。
赤坂は唇をかみ締め、そして速攻。
男の傾向、どう見てもパターンは見えないと感じたソレにも規則性が感じられた。

それはつまり、武器であるツルハシに関係する。
ツルハシは先端こそ鋭利で、殺傷能力を持っていると言えるが金属などとぶつかり合うには決定的に強度が不足している。
つまり、武器として脆い。加えてあの独特の形状。
振り回して扱う獲物としてはバランスが悪過ぎるのだ。

正直赤坂はこの男を見くびっていた。
最初は顔つきや仕草、持っていた武器から判断してもただの精神異常者、言うなれば『キチガイに刃物』程度の感想しか抱かなかった。
だけど違ったのだ。実際に拳を合わせて見なければ分からない事もあった。
形こそ不確かではあるが、この男は強い。圧倒的な身体能力に重きを置いたパワータイプだ。
だが戦いにおいて『ツルハシ』という武器は非常に扱いづらい獲物だ。そこを、突く。

「はああああっ!!」
「なななな!?」

左で受けて、力に逆らわずにそのまま流す。
先端に重量が集中した武器に対しては持って来いの対処法だ。
案の定、男は体勢を崩され前につんのめる。
がら空きになった後頭部に向けて――、一撃。



「ことり。もう片付いた、来ても平気だよ」
「赤坂さん!! 大丈夫ですか!!」

ことりがひょっこりと木の陰から顔を覗かせる。丁度赤坂の真後ろの方向。
ことりの視界に入ったのは若干呼吸を乱した赤坂と、俯けに倒れ伏すあの襲撃者の男の姿だった。

「あの、この人……」
「ああ、殺しちゃいないさ。軽く気絶させただけだ」
「赤坂さんって……強いんですね」

ハハハ、と赤坂は苦笑を浮かべる。
金属製の合金トンファーで後頭部を殴りつけた。手応えも完璧。
おそらく数十分は目を覚まさないだろう。
だけど強いと改まって言われるとさすがに微妙に恥ずかしい。
若い女の子に面と向かってそんな事を言われた経験は勿論ほとんど無い。

「でもどうするんですか? この人、このままにしておく訳にもいかないでしょう?」
「いや、かなり錯乱しているのは確かだし……とりあえず、武器だけ取り上げて移動しよう」
「分かりま――!? 赤坂さん、後ろ!!」
「な――」
「何お話してるのかなああああ!? 俺も混ぜてくれよぉぉぉおお!!」


絹を裂くようなことりの声、瞬間的に赤坂は反応し後ろを振り向こうとする。
否。少しだけ、ほんの少しだけ赤坂の行動は遅かった。
後頭部に強烈な衝撃が走る。
ツルハシの……これはおそらく木製の柄の部分。

「うっ!!」
「いやあああああ!! 赤坂さん!!」
「けけけけけ、こここコイツ、よくも、よくもやったなぁっ!!」

間髪いれず見舞われる打撃の嵐。
武器を使った殴打。蹴り。地面に沈み込んだ赤坂を襲う容赦の無い暴力の数々。
赤坂は知らなかった。
既に襲撃者、鳴海孝之は『普通の人間ではない』という事を。
彼は完璧に痛覚が麻痺しているため、余程のダメージを与えなければ昏倒させる事は出来ない。
いかに完全に入った打撃であろうとも足りなかったのだ。

「あ、あ、…あか、赤坂さん……」
「はぁっ、はぁっ……。どどどうだ、俺はお前なんかよりよっぽど強いんだ。かか、神の戦士だからな」

ことりはその眼を今すぐにでも閉じてしまいたくなった。
初めて赤坂に出会った時から、ほんの少し前。
この男が現れる直前までの彼の姿が脳裏を横切る。
あの時も眼を覆いたくはなったものの、今回のソレとはまるで意味合いが異なる。

暴行はほとんど男の拳で行われたため、目立った出血は無い。
それでも最初に殴られた後頭部からはドクドク血が流れ出ているし、ツナギがカバーしていない素肌が露出している所にはいくつも青痣が見て取れる。
服の下の身体は一体どうなってしまっているのか。考えるのも恐ろしい。


「あああアレ、アレ? おおおおおおお、女?」


男の視線が怯えることりを捉えた。その瞳の色が変わる。
怒りや憎悪、相手を攻撃する復讐者のソレから、情欲に湿った薄汚い野獣の眼に――。
ことりは悟った。
今度は自分の番。自分が男から追い回される番だという事を。




「やめて、やめてくださいっ!! 痛い、放して!! こんな、こんな事っ!!」
「ひひひひひひひひ、聞こえないなあああああ!!」

本当にこんな事があっていいのか。
ことりは今どうして自分がこんな目に遭っているのか分からなかった。


逃げた。もちろん全力で、外聞も考えずにひたすら逃げた。
だけど捕まった。追いつかれた。
自分は所詮女の身、怪我をしているとはいえ年頃の男に足の速さで敵う訳が無いのだ。
今は完全に逃げ道を失った状態で追い詰められ、組み敷かれそうになっている。

赤坂は男に後ろから殴打され、ピクリとも動かなくなってしまった。
必死に逃げて来たので視界の中に赤坂の姿は無い。
もしかして死んでしまったのか、そんな考えが頭に浮かぶがすぐさま振り払う。
赤坂さんが簡単にやられる訳が無い。必ず、必ず自分を助けてくれる。ことりはそう願った。

そうだ、決して相手に飲み込まれてはならない。
出来るだけ抵抗するのだ、ことりは自分を組み敷こうとしている男の顔を払いのけようと必死でもがいた。
左の手首は物凄い力で男に抑え込まれてしまっている。肉と皮に抉り込む指が痛い。
男だから、女だから。
そんな陳腐な理由ではなくて、何か得体の知れない存在が男の後ろに憑いているような気がした。


構図は分かり易い。
端的に言うとレイプ、つまり強姦だ。
犯そうとする男と犯されまいと足掻く女。二者間においてこの争いは究極的なまでに原始的なやり取り。
力のある者が自らのより力の劣る者を屈服させ、その欲望の捌け口とする、あまりにも単純な行為。
そして力関係は歴然だった。
男・鳴海孝之と女・白河ことりにおいて、肉体、装備どちらの条件でも勝るのは鳴海孝之。
どんなに抵抗したところで、いつか必ずその花は折られてしまう事は確実。


ただ一つ。そんな状況でことりに出来るのは信じる事だけだった。
自分の同行者である赤坂衛。先程武器の不利を物ともせずに、襲撃者を一度は撃退した彼の力に頼る事。
もはやそれしか男から自らの身を守る手段は存在しない。

情けない、悔しい、そんな気持ちを十分過ぎるほど噛み締める。
今のことりはただ赤坂の復活を信じて待つ事しか出来ない。何て、無様。
護られているだけの存在なんて、ただの足手まといだ。それは痛いほど分かっている。
それに赤坂がこんな事になったのも元々は自分が気を抜いたせいなのだ。
全部、自分が悪い。全部、全部。
だけど自分を責めても始まらない事も十分に理解している。とにかく、この状況を何とかしなければ。

そうしてあるプランを実行に移すため、ことりはフッと身体の力を抜いた。
掴まれていた左手が勢い良く地面に叩き付けられる。男の顔が近づく。
馬乗りの体勢が完成した。


顔と顔が近い。男の生温かい息が降りかかる。
それは直線距離にして数十センチという所。
本来なら愛し合う恋人達にだけ許された尊い数十センチ。
だが今自分と男の間に存在するのは、そんな甘い感情ではなくて、どす黒い一方的な肉欲だけだった。

怖い。
純粋な恐怖がことりの脳髄を支配する。
自分はどうなってしまうのか。
……いや、分かってはいる。心の奥底、本能はその危機を悲しいくらい悟って今も警鐘を鳴らしている。
だって、もう自分は無知で無垢な子供ではないのだから。

「どうして、っ……どうして……こんな事を、するんですか」

ことりはカタカタ骸骨を鳴らす口元と身体を必死に奮い立たせ、問い掛ける。
今は、時間を稼ぐしかない。
幸いな事に男は言動共に相当おかしな所がある。そこに付け込めば事態が好転する可能性もあるのだ。
無闇に抵抗した所で相手の神経を逆撫でしてしまうかもしれない。
力では絶対勝てない事も分かっている。
ソレならば逆に無抵抗を貫く事で男に不信感を抱かせ、会話をするチャンスを模索した方が得策だと判断した。

「どうしてか、だって……? くくくう、それはねぇぇぇぇぇぇ」

突然ことりの左手首を束縛していた男の手がパッと放された。
両手が自由になる。お腹の上に男が乗っているため、腹部に重圧こそ掛かるが痛みは先程と比べて大分軽減される。

でもどうしてだろう、ことりは考える。だって不可解ではないか。
相手を束縛しておく事が大切なのはそういう知識がほとんど無い自分にも分かる。
自分の身体を穢されて黙っているような女性などいるはずが無いのだから。
それならば、このような状況でレイプする側が両手を自由にしなければならなくなる場合とは――?


「こういうことがしたいからさぁぁぁ!! ひゃはははははははははは!!」
「――ッ…………え?」


ことりは自分が何をされたのか一瞬、全く分からなかった。
なぜなら、今男がした行為はあまりにも直情的で、そしてあまりにも悪意に満ちたものだったからだ。

確かにこの島に連れて来られてから、ことりは何人もの死を体験した。
いや、厳密には体験したとは言い難い。
彼女はまだ一度も人間の死体を見てはいないし、命のやり取りをした事も無い。
ただ身近な人間が命を落とした、という事実を機械的な音声情報として消化しただけだ。
だから彼女は本来尊いものであるはずの命が散る瞬間や、人間という生き物がどこまで残酷になれるのか、という事を知らない。
全て、何もかもがことりの想像を超えていた。


「はははははははははは、白いなぁ!! 綺麗だなぁ!! 大きいなぁ!!」


ビリビリという、小気味良い布の切り裂かれる音が森林に木霊する。
男が興奮した叫び声を上げる。
ことりは必死に口をパクパク動かす。出てこない、言葉が何一つ紡げない。

ことりが身につけていた風見学園本校の制服は非常に特徴的なデザインをしている。
メインは身体にピッタリとフィットする青いボーダーのワンピース。
その上からクリーム色のボレロタイプの上着を羽織る、という形だ。
ボレロは冬服仕様なので長袖、加えて胸元にあしらわれた赤いリボンが目にも鮮やか。
女子生徒にも人気があるという噂も頷ける。

そんな年頃の女生徒の羨望を集めたような魔法の衣服は引き裂かれてしまった。
征服欲と肉欲に支配された、狂える一人の男の手によって。
力任せに引き千切られたソレは本来の役割を果たさず、左右にだらりと花弁を開く。
布地の侵略は胸元からヘソの辺りで止まった。
上下の衣服がくっ付いている構造上、これ以上切り裂かれれば両方の下着を露出してしまう事になる。
もっともこの状況から想像できる未来において、それ以上の陵辱が行われるであろう事は想像に難くないのだが。


「ここここ、この身体が今から俺に蹂躙されるなんて……もう、もう興奮してくるなぁ!!!
 あはははははははははははははは!!」
「あ、あ、あ、あ、」


ことりの黒い下着が露出する。
世間一般的な感覚からすると、平均かソレより若干上程度のサイズの胸。
瑞々しくも艶美な膨らみがこの青空の下に晒された。

もう、ことりは平静を保てなかった。
どんなに喉に力を入れても声が出てこない。奥歯がカチカチと音を立てて、ぶつかり合う。
信じる? 待つ? 時間稼ぎ?
そんな概念頭の中から何処かへと飛んでいってしまった。

怖い。
頭の中で想像していた事と現実とが一気に肉薄した。
レイプ、強姦。
そんなお昼のドラマか映画の中だけの話、少なくとも自分とはまるで関係ないと思っていた概念が突然存在感を増した。


ことりは限界まで見開かれた瞳で男の顔を凝視する。
もう数十センチ所の話ではない。数センチ、いや男の顔が鎖骨に触れた。
そして男は鼻先をギリギリまでことりの首筋に近づけ、まるで発情した野良犬のようにその匂いを、嗅いだ。

「あひっひっひっひ、いい匂い……だなぁ」

目の前には名前も知らない男。初めて会っただけの男。
まるで妊婦がするソレのように乾いた空気がことりの唇から絶え間なく吐き出される。
男の荒い息遣いはまさに興奮した陵辱者のソレ。
ここまで接近したから分かった。今ことりを犯そうとしている男からは"血の匂い"がするのだ。
外見こそ高価なスーツを着込んでいるが、身体に染み込んだ血液の鉄臭さは嗅覚を刺激する。

それが誰の血なのかは分からない。
だけど、何となくだけど、察しは付いた。
ああ、この人は誰か他の人間を殺しているんだろうな、と。
這い回るように首筋から胸元にかけて、息をたっぷりと吸い込んだ男がニマァと笑みを浮かべる。
男の舌がことりの身体に触れた。
まるでそれは目の前に置かれたお菓子を味見する子供のように。
唯一つ違ったのはソレがとびきり邪悪な笑顔だったという事ぐらい。


――その瞬間『何かが』入って来た。

それは意志。侵略者、鳴海孝之の意志。
相手の考えている事象を読み取るテレパシー能力。一度は失われたはずのその力。
だが『枯れない桜』の魔力が根幹に息づくこの島において、白河ことりの特殊性は再び息を吹き返している。

ただ一つの制約、『読み取る相手と接触する事』を条件としてだが。

男の意志はこれ以上無いほど分かり易かった。
どす黒い幾何学模様と麻薬中毒者が見る幻覚に似たサイケデリックな世界。
そして中央に位置する最も大きな願望、それこそが――


男に無残にも組み敷かれ、レイプされる自らの姿―未来―だった。


耐えられなかった。
限界。故に、崩壊。理性が浸食される。脳髄が犯される。飲み込まれる。
そして、絶叫。


「いやあああああああああああああ!!! やだ、やだああああ!!」
「ひゃはははははははははははははは!!」 


無抵抗を貫き通すなんて薄っぺらな考えは脆くも崩れ去った。
この男に言葉は通用しない。
それを五感から精神領域に至るまで余すことなく理解した。
ことりは自らの上に跨る男を振り落とすべく必死に、必死にもがく。

「やだやだ、やだぁっ!! 嫌なの!! 触らないで、放して!!」
「うううううううう、うるさい!! 少しは黙ってろ!!」
「きゃあッ!!」

男は自らの身体の下で暴れることりの頬を平手で思い切り引っ叩いた。
痛い。
思わずことりの大きな瞳が涙で滲む。
視界がぼやける。頭が痛くなる。
自分の中から何かが抜けて行くような不思議な感触。ウィルスのように一瞬で拡散する苦痛。
こんな行動、自分の中の常識からは考えられない。

自分の頬を叩いた掌には、一切の手加減や配慮が感じられなかった。
いっそコレが握り締めた拳で無かっただけ幸せだったのかもしれない。
このような女性に乱暴を働く人間の中には純粋に相手を痛めつけ恐怖と苦痛に顔を歪ませる姿にだけ、ひどく興奮を覚える者もいるのだから。

「やだあああ!! 助けて、助けて赤坂さんっ!! 赤坂さんっ!!」
「黙れ黙れ黙れっ!! うるさいって言ってんだろ!!」

更なる痛み。興奮した男の掌がまたことりの頬を叩いた。
しかも今度は二回。先程と同じ、一切手加減無しの純粋な暴力の塊。
涙が溢れた。止まらない。湧き水のように次から次へと流れ出す。

「っ、痛……い。やだ、たす……けて、ぅ……だれ、か……」
「助け? 助けなんて来る訳無いじゃぁぁぁぁぁん!! お前は黙って喘いでいればいいんだっ!!」

男の手がブラジャーにかかった。
もはや自分の中には抵抗する気力も失せてしまっていた。……だから思わず瞳を閉じてしまった。
こんな現実を直視する事はもはや不可能。

もう、無理だ。何もかも終わり。
自分はこのままこの男に身体を好きなように弄ばれて、最後には殺されてしまう、そうに決まっている。
赤坂も目覚めない。死んでしまったに違いない。

ただ気掛かりな事が二つだけ。
一つは純一の事。
この島に集められた自分の知り合いの中で最後に残った一人。
彼は一体どうしているのだろうか。危険な目にあったりしてはいないだろうか。
信用出来る人間とは出会えたのだろうか。
もう自分は駄目だ。だからせめて彼には生き残って欲しい、そう思う。

そしてもう一つ気掛かりな事。
それは――


パンッ、パンッ、パンッ、パンッ。

……え?

聞き慣れない乾いた音がすぐ傍から響いた。
何かが爆発するような音。
初めて……じゃない。自分はコレとまったく同じ音を聞いたことがある。しかもほんの数時間前に。

ポタリ。

ポタリ。

ポタリ。

ポタリ。

自分の顔の上に、何か熱い液体が降り注いだ。
サラサラしていて、それでいて粘着質な――。

ことりは恐る恐る瞳を開く。
目の前は男の顔。眼は見開かれ、自分ではなくてどこか訳の分からない場所を見ているように感じた。
何かが、垂れて来ている。
右手の指先を頬に沿わせる。粘つくソレは――赤い赤い血液だった。

「……ことり」
「ぁ……」

声。
視界の中の男がグラリと体勢を崩した。
ゴトリ、と鈍い音と共に私の上から転がり落ちる。
男の身体が宙を舞った。現れたその人物が思い切り、彼を蹴り飛ばしたのだ。

光が満ちた。
その先、思わず眉を顰めてしまうような逆光を背に、彼女が立っていた。

涙が溢れた。
でもコレは今まで流してた痛みと苦痛と恐怖から出来た涙なんかじゃない。
喜び。ただその感情だけを表現した雫。
自分の前から放送を境に消えてしまった仲間に再会出来たという奇跡。
それは心からの嬉し涙。

「嘘……」

思わず立ち上がる。
下着が見えてしまうくらい短くなったスカート。血塗れの制服。
その姿はどう見てもボロボロで満身創痍。
だけどことりは嬉しかった。本当に嬉しかった。
一度目の前から消えた大切な仲間、川澄舞がそこにはいた。



125:魔法少女の探索。 投下順に読む 126:私の救世主さま(後編)
125:魔法少女の探索。 時系列順に読む 126:私の救世主さま(後編)
105:武人として/鮮血の結末 (後編) 川澄舞 126:私の救世主さま(後編)
109:阿修羅姫と夢の国の王様 鳴海孝之 126:私の救世主さま(後編)
109:阿修羅姫と夢の国の王様 土永さん 126:私の救世主さま(後編)
097:静かな湖畔? 白河ことり 126:私の救世主さま(後編)
097:静かな湖畔? 赤坂衛 126:私の救世主さま(後編)






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