※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

太陽をつかんでしまった(前編) ◆tu4bghlMI


「初めはね……ボクとことみちゃん以外に恋太郎さん、それと四葉ちゃんって娘がいたんだ」
「四人、ですか」

時雨亜沙が力無く、一度だけ小さく頷いた。
さすがに人の生き死にの話ともなるとお得意の能天気さも発揮出来ないらしい。
無意味にイライラさせられない分だけ、ソレは望ましい展開。
いっそこのまま永遠に黙っていればいいのに。


余計な人間が若干名存在するものの、この島に来てから探し続けていた人物の一人である一ノ瀬ことみと接触出来たのは僥倖だった。
彼女はこの忌々しい首輪を何とかする事の出来る可能性を持つ、いわばキーパーソン。
他にそのような能力を持った人間が確認出来ない現在、能力的なヒエラルキーでも相当な上位に食い込む人間だ。
ひとまず彼女との仲を取り持ちつつ、エリーと合流する。コレが現在の最適解だろう。
しかし、そう考えるとやはり残りの二人、時雨亜沙と……先程から最前列を歩き、用心深そうにこちらを伺っている大空寺あゆが邪魔になって来る。

特にこの時雨亜沙の存在は厄介だ。
まず一点。彼女が完全な怪我人であるという事。
左肩には何か巨大な刃物で切りつけられたと思しき裂傷。
出血こそ大してしていない様だが、本人の痛みは相当なものだろう。歩みを進める度に伝わってくる振動に何度も顔を顰めている。
加えてその疲労。先程まで眠っていたとはいえ、身体への負担は相当なものだろう。
未だに足並みは覚束ず、そのため私達が移動する速度も極端にスローペースなものになってしまっている。
そして何よりも気に食わない、いや私にとってマイナス方向に働くのは、今も時雨亜沙に対して一ノ瀬ことみが積極的に肩を貸して歩行しているという事実。
つまり彼女達の中に刻まれた"絆"という奴だ。


先程も自分の方が遥かに小柄にも関わらず、一ノ瀬ことみは自ら時雨亜沙の身体を支える役割を買って出た。
逆に時雨亜沙も自分に支給されたマシンガンを予備のマガジンごと相手に預けるなど、全幅の信頼を寄せている。

もちろん、両者は出会ってからまだ数時間程度しか経ってはいないだろう。
そんな関係は急ごしらえのプレハブ小屋のように脆い存在ではある。
とはいえ彼女達は話を聞くに、ゲーム開始時から今まで、ほとんど全ての時間を共に過ごして来たらしい。
初めは四人で行動していたものの、様々な逆境の中で一人、また一人と死に絶えていき、ついにその連環は二人を残すのみとなった。
コレが時雨亜沙と一ノ瀬ことみの関係。

『溺れる者は藁をも掴む』

急激な環境の変化、死との遭遇。
コレだけの非日常的要素が重なれば普通の人間にとって単身で自らを支え切る事など不可能。
当然の如く、周りにいる人間に依存する心が芽生える。

幾つもの死線を越えた兵士達は絆を超えた何かで結ばれる、そんなものは陳腐な戦争映画の煽り文句に過ぎない。
今までならば一笑の元、切り捨ててしまうような下らないコピーとしか思えなかっただろう。
だが、今は違う。
特殊な状況で何よりも大切なものは柔軟性。
場面の変化と共に自らのスタンス、立ち位置を調節し上手く立ち回る事。
誰もが私のように『攻める人間』になる事が出来るとは限らない。
世の中にはその場で知り合ったような人間と、傷を舐め合うのを美徳とするような弱者だって大勢溢れているのだ。

そして今はその弱者が私にとっては必要。
そう、レオ君の死を乗り越えた私にとってエリーとこの環境から脱出することは至上命題とも言える。
そのために一ノ瀬ことみの力は欠かせない。
だが、そのためには時雨亜沙を彼女から切り離さなければならない。
私には何も特別な力を持たない弱者を庇護する趣味は無いのだから。

だが彼女達が握り締めたその手を離す事は無いだろう。
そう"余程の事が無い限り"は。
何か……二人の間に亀裂が生じるような好機さえあれば良いのだが。
正直、そうそう何もかもが上手く行くとは思えない。
逆に『策士策に溺れる』とも言う言葉があるくらいだ。


「四葉ちゃんはハクオロという男に、恋太郎さんは……えと」
「あ、う、少し、少しね。恋太郎さんが私達から離れたの……多分、その間に」

一ノ瀬ことみがぼそぼそと言葉を濁らせる。
どこか途中で話の内容を考えるような仕草を取った気もしたが、まぁ特に問題無い。
おそらくは肩を貸している疲れと焦燥感が原因と言ったところか。
ソレよりも面白い名前を聞いた。
あの小太りの男、大石が口にした『危険人物』の名前だ。コレは使えるかもしれない。

「ハクオロ……それって奇妙な仮面を付けた……?」
「知っているんですか!?」

瞬間、時雨亜沙と一ノ瀬ことみの表情に陰が差す。
陰鬱で、何か思い出したくない事象を無理やり頭の前面に引っ張り出されたような、それでいて憎しみに満ちたそんな表情。

「ど、どこで会ったんですか!! ……もしかして何か……?」

先程のまでの疲れ切った顔付きとはまるで別物。
時雨亜沙が身を乗り出してこちらに質問して来る。
逆に一ノ瀬ことみは表情を顰めたまま。どちらかと言えば自らの中の闇と戦っているような印象を受ける。
おそらくまだ自分の中で仲間の死を整理出来ていないのだろう。
そう考えると彼女のどこか自責の念に満ちた重苦しい面構えも納得出来る。

「ええ、私も……仲間を殺されたの」
「「!!」」

二人の表情が凍り付く。
脇目で確認すると、前を行く大空寺あゆもコチラにチラチラと視線を送ってくる。
特に一ノ瀬ことみは"私が言った台詞"によほど衝撃を受けたのか、瞳を白黒させ、一気に落ち着きを無くしてしまった。

順調。おそらく誰もが騙されている。
私はハクオロが危険人物であるという情報こそ掴んでいるものの、実際に面識は無い。
彼がこの先、私の目の前に立ちふさがる可能性がある以上マイナスイメージを植えつけておく事は効果的だろう。
実際、既に何人かの人間をその手にかけているようだし。

それにおかしな話だ。
私にとってこの島にやって来てから、いや普段学校に通っている時でさえ、心の底から仲間と呼べる人間なんてほとんどいなかったのに。

「ご、ゴメンナサイ!! あの、そんな事……」
「いいの、もう大丈夫。自分の中でもそれなりに整理が付いたから。
 それより早くこの辺りから離れる事の方が大切じゃないかな」

時雨亜沙がまた、小さく頷いた。そして下げた視線を自らの両足に向ける。
その後、凝視。若干の沈黙。僅かな逡巡の後、彼女は唇をキツク噛み締めた。

その通り。
この集団の移動速はあなたに合わせたモノ。
まだ全然大した距離を進めていないのも、全てあなたのせい。
少しは反省して貰いたい所。


……そういえば自分達はどこに向かっているのだろう。
確か、時雨亜沙が寝ていた場所が……D-4だったか。
集団の先頭は完全に大空寺あゆに任せてしまった。
実際彼女は健康そのものであったし、語気も強く集団の中でアドバンテージを取るタイプに見えたからだ。
だが、彼女は危険だ。
ここまで殺し合いが始まって約十一時間。
それだけの時間、完全に一人で行動し続けて来たのも不思議だし、自分の事を話そうとしないのも不可解だ。
私のように嘘を交えて適当に場を誤魔化すなど、やり方はいくつもあるはずなのだから。
隙さえあれば弾丸の一発でもその背中にお見舞いしてやりたい所。
だが、いくら何でもそんな行動を取る訳には行かない。

「ちょっと待って」

突然、大空寺あゆがその歩みを止める。
私達も言葉通り、その場で停止。
どうしたのだろうか。何か妙なものでも見つけたのか。
思わず、辺りを見回す。地図を頭に描く。
地図……?
まさか、いやもしかしてこの場所は――。

「なんかさ、臭わない?」




『ええ、私も……仲間を殺されたの』

ことみはとんでもない衝撃を受けた。

酷い、デジャヴだ。
なにしろ彼女、佐藤良美が口にした台詞は数分前の自分のソレとまるで同じだったのだから。
そして引き合いに出した相手まで同じ人間。
こんな偶然があっていいのだろうか。

あの時の後悔、葛藤、それら全てが蘇って来る。
関係の無い人間に罪を擦り付ける感覚。
可愛げのある、些細な嘘などではない、人の命を左右するような深刻なソレ。

何を悩む事があるのか。
確かに今の今まで、ハクオロが本当に人殺しであるか疑う自分は存在していた。
だが、良美の告白によってその可能性は木っ端微塵に砕け散ったはずだ。

『ハクオロは紛れも無い人殺し』

四葉ちゃんもカウントに入れるのならば、既に少なくとも二人の人間をその手に掛けた事になる。
そう、コレが共通認識。ソレが全て。

だがもう一つ。腑に落ちない点もあるのだ。
それは――。


「ちょっと待って」

前を行くあゆさんの動きが止まる。
私と亜沙さんも停止。
同時に頭の中で展開されていた"ある可能性"についての分析をストップする。
もしもこの仮定が真実だとすれば、この場における人間関係に一瞬でとんでもない亀裂が生じる事になる。
隣を歩いていた良美ちゃんも怪訝そうな顔で前を見つめている。

あゆさんがこちらを振り向いた。
そして鼻を押さえながら一言。

「なんかさ、臭わない?」




臭い。
臭い……?

「あっ! 確かに何か臭うね。うーん、何か、すっぱい感じ……?」

場の空気を紛らわすために思わず大きな声を出してみた。だけど雰囲気は淀んだまま。
ボク、時雨亜沙がこの集団のマイナスファクターになっているのは純然たる事実。
だから少しだけでも、皆を明るくしたかった。結果は見事な空回りだったケド。

でも、確かにあゆちゃんの言う通りだった。
緑の芝生と背の高い木々。完全に昇った太陽の光が時折差し込む、気持ちの良い森林。
周囲にはマイナスイオンやら純度の高い酸素なら散らばっているかもしれないが、こんな悪臭の原因がそうそう転がっているとは思えない。
ボク以外の二人、ことみちゃんと良美ちゃんも臭いに気付いたみたい。
キョロキョロと辺りを見回している。

「あにさ、この臭い? プラスの何かじゃない事は分かるけど……。それにどこかで嗅いだ事があるような」
「うん、確かにそう……だね」

鼻に来る嫌な臭い。
しかも一種類だけではない。何か数種類のものがブレンドしたような感じだ。
何か硬質的な感じのものと生臭い感じのもの。
どちらかと言えば前者の臭いの方が全然強い。
何だろう、これは。
絶対自分はコレが何かを知っている、はずだ。

知って、いる?

「血……」

これは誰の台詞だったのだろう。
ボクの口から思わず零れ出てしまったような気もするし、他の誰かが言ったような気もする。
分からない、分からない。
でも分かる。うん、コレは血の匂いだ。
赤血球と白血球、そして少量の血小板によって構成された人間の身体を構築する最も大切な骨子。

その存在に気付いた途端、ボクの中の感覚が更にその鋭角を増した。
鼻に掛かる程度だった臭いが心を掻き乱す。
料理部の活動で使ったり、お母さんと一緒に料理をする時に軽く鼻腔をくぐる血の臭いなんかとは比べ物にならない。
濃くて、淀んだ何かが胸に込み上げて来るような臭気。

一瞬のサイレンス。静寂が辺りを支配する。
誰とも無しにボクらはまた歩き出した。何も考えずに。
いや、何かに導かれていたような気さえする。

肩を支えてくれていることみちゃんの身体が明らかに強張っている事が分かる。
先頭を行くあゆちゃんも前を向いているから表情を確認するのは不可能だが、周囲の雰囲気がピリピリしているのは確実だ。
良美ちゃんは……何だろう。顔が真っ青だし、目も虚ろ。
うん、もしかしてこの臭いに気分を悪くしたのかもしれない。
ボクが言える立場じゃないけど、出来るだけ気を遣ってあげなくちゃ。

ボクらは進む。一歩、また一歩と着実な歩みのまま。
静寂に包まれた森の中、道なき道をただガムシャラに。
もしも今が夜だったならば生い茂る木々の合間から月の光が覗いてさぞ綺麗だっただろう。


森が一瞬、開けた。


完全な平地と言うには少々物足りない。
それでも"何人かの人間が腰を落ち着かせる"のには絶好の場所。

少女が、太陽の光を浴びて、死んでいた。




唇が酸素を求める。
まるで世話のなっていない水槽に入れられた金魚のように、パクパクと開閉を繰り返す。
何も入ってこない。出ていかない。
瞳に飛び込んだのは光。
今まで歩いてきた道程と比べれば、確実に軍配が上がるであろう暖かな光の雨。

死。
明確で狂おしいまでの命の否定。
日常から遥かに乖離した生の終着点。

「杏……ちゃん?」

ことみちゃんが可哀想になるくらい、震えた声でそう呟いた。
ボクも何か喋らなくちゃ。
頭はどれだけそう命じても、言葉は出てこないし、何より全く口が回らない。

「杏ちゃん!!」

ちょっとだけ乱暴にボクの腕を振り払って、ことみちゃんが駆け出す。
身体が僅かだけどグラつく。倒れそうになる。
今まで完全に彼女に頼り切っていたせいで、バランスが上手く取れない。
近い。地面に、ぶつかる。
そう思い、眼をつぶった瞬間。あゆちゃんがギリギリでボクの身体を受け止めてくれた。

「あ、ありがと……」
「お礼はいいから。……一人で立てる?」
「う……うん」
「分かった。それと……今から少し黙っていて」

あゆちゃんの雰囲気に威圧されて思わずボクは一度、頷いた。
何か、凄く怖い顔をしていた。
どうしてだろう。まるで何かに怒っているような、そんな嫌な感情に満ちた面持ち。
もしかしてことみちゃんがボクを突き飛ばした事に腹を立てているのだろうか。
でも確かに少し危なかったとはいえ、その行動を責めるつもりは毛頭無かった。
だって――。

「杏ちゃん!! なんで……こんな、酷い……」

人が死んで我を忘れて、取り乱してしまう事に何の問題があるだろう。
大切な、自分に近い人間が亡くなって悲しくない人間なんているはずが無い。
ことみちゃんも勝手に流れてくる涙をこらえながら、必死でその死と相対しようとしているではないか。

そう、確かにボクらは知っていた。
第一回放送の時、死んでしまったのは恋太郎さんにとっての大切な人である双樹ちゃんだけじゃない。
ことみちゃんの友達である杏ちゃんと言う娘も命を落としていたのだ。

この涙はただ身近な人間の死を嘆くだけのモノじゃない。
だって、こんな死に方、あまりにも酷過ぎる。
ボクらが死体に出会ったのは一度だけ。
いや、ことみちゃんは二回目……だったっけ。
でもボクが見た四葉ちゃんの死に姿は、決して苦痛や悲しみに塗れたものじゃなかった。
まるでずっと探していた大切な誰かと再会出来たみたいに、安らかな表情をしていたのだ。

でもこの杏ちゃんは違う。
その姿は血で出来たウォーターベッドに無理やり寝かせられていると言ってもいいくらい。
全身を赤い飛沫で濡らし、特に喉もとの出血具合は思わず目を背けたくなるような惨状だ。
表情も開き切った瞳孔、死の寸前まで何かを叫んでいたのかと思えるほど開かれた口蓋。
悲しみ、絶望、苦痛。そんな負の感情に満ちた最悪の最期。

気分が悪くなる。
一面、血、血、血、だ。
絶対的な朱。脳内を埋め尽くす紅。
このまま倒れてしまえば、こんな現実から逃げる事が出来るのだろうか。
そんな考えが頭に浮かぶ。
本当に人は精神が支えている生物だという事を改めて実感する。
だって、例えばこの自問自答にもしも『イエス』と答えてしまえば、その瞬間自分の身体が崩れ落ちる事に拠り所の無い確信が持てるからだ。


「……おい、アンタ」
「……え?」
「いい加減止めようや、そんなバレバレの芝居は」

心が挫けそうになる寸前、そんな意味が分からない言葉で一瞬で現実に引き戻された。
発言者はあゆちゃん。その言葉の矛先は……ことみ、ちゃん?
芝居? どうして?
ことみちゃんは杏ちゃんの死体を見かけて、それで、こんなに悲しんで。
本当に今、辛いはずの心を一生懸命奮い立たせているのに。

「あゆちゃん!!」
「時雨、黙ってろって言ったはずさ。話があるのはアンタよ、一ノ瀬ことみ」
「……いいの。ありがとう、亜沙さん」

杏ちゃんの側に屈み込んでいたことみちゃんがすくっと立ち上がり、コチラを振り返る。
赤。
乳白色の厚手のブレザーが、杏ちゃんの流した血で濡れていた。
あゆちゃんが一歩前に出る。

「その血、お似合いの姿ね」
「……あゆさんが何を言いたいか分からないの」
「へぇ、あくまで白を切るつもり? 懺悔は自分からするからこそ意味があるのよ」

流れる険悪なムード。睨み合う二人。
あゆちゃんの若干後方、少し離れた所にボク。
ボクらの大分後ろ、最後尾に良美ちゃん、という構図だ。

「ま、いいわ。さすがの私もアンタのその最悪な行動にもう耐えられないから」
「どんなつもりか知らないけど、多分あゆさんは何か、勘違いしているの。
 私にそんな糾弾される謂れは無いはずだから」

ことみちゃんがハッキリとした口調でそう告げる。
瞳はまっすぐあゆちゃんを正視。

「あたし、さ。見たんだよね。双葉恋太郎が殺される所」
「!!」
「身体中から血を流して……死んでいた。しかも、この女の死体なんて生温いくらいに損壊して、ね。
 ありゃあ、酷いもんさね。あんな死体間近で見たら、私も平然となんてしてられないね」
「…………」

突然の告白。あゆちゃんの語調はどんどん強くなる。
そんな話を聞くと、恋太郎さんと死のイメージが露骨に繋がってしまう。
嫌だ。嫌だ。気持ち、悪い。

「ダンマリか? まぁ構わないけどね。……でも変な話さ。
 だって今、その女の死体を見てそれだけ動揺していたアンタが、恋太郎とかいう男の死体の前じゃ顔色一つ変えなかったんだから」
「う……」
「予想外の知り合いの死はショックだったけど、予定調和の死には耐性があった、って感じかね」
「そんな事は……」
「じゃあ説明してみろや! 何であの時、アンタはこれっぽちも取り乱さなかった?
 生半可な答えじゃ私は納得しない。最悪……コレで、アンタを撃つ」

そう言うとあゆちゃんがデイパックから取り出しのは――黒光する鉄の凶器、拳銃だった。
思わず息を呑む。この場に一瞬で広がる動揺。
数メートル先のことみちゃんも軽く身構える。
後ろにいる良美ちゃんは……駄目だ、分からない。こんな状況で背後を確認する事は出来ない。

「S&W(スミス&ウェッソン)M10……通称、ミリタリー&ポリス」
「正解、まさにリボルバーの代表格さ。さすがに人殺しは銃にも詳しい、って事?」
「……ご本で読んだの」
「どうだか。さてと、それじゃあ解答を聞こうか。
 もし、カバンの中のマシンガンに手を伸ばしたら……どうなるか分かるよね?」

駄目だ、止めなければ。
ことみちゃんが恋太郎さんを殺した? まさかそんな可能性は皆無に近い。
ボクらはずっと今まで一緒に困難を乗り越えてきた。
もしもことみちゃんにそんな隠された殺意があったとしたら、ソレを実行に移す、もっと確実な機会はゴロゴロしていたのだ。
有り得ない。どう考えても勘違いだ。


「あゆちゃん、こと――」
「恋太郎さんを殺したのは楓、芙蓉楓なの」

――え?

「……誰? もう少し詳しく」
「私達はあなた達と出会う少し前、襲撃にあったの。その結果、亜沙さんが倒れてしまった。
 その……外傷とかじゃなくて"魔法"を使ったのが原因で」
「真面目に……答えろや」

――楓、楓が? 恋太郎さんを?

「至って大真面目なの。
 私のデイパックの中に支給された『参加者の術、魔法一覧』というご本を見れば全て分かるの」
「……分かった。続けな」
「その後、気分が悪くなった恋太郎さんが少し私達から離れたの。その時、現れたのが芙蓉楓。
 彼女は明らかにおかしかった。彼女こそ"本物の"殺し合いに乗った人間だったの」

――何? 何を言っているの、ことみちゃん?

「既に何人か殺してたって事?」
「確か……鉄乙女、という人間を殺したと言っていたの。でも私には彼女を止める事は出来なかった。
 ただ……自分が殺されないように怯える事しか出来なかった」
「証拠は?」

――だって、楓、楓だよ? 虫一匹殺せないような、あの優しくて、すこし抜けてる所がある、あの楓だよ?

「最悪、恋太郎さんの死体を見れば分かるの。
 死因は私が持ってるマシンガンの弾じゃない、ハンドガンの弾なの」
「……ソレが本当なら……人殺しはその芙蓉――」
「嘘、でしょ」
「え?」

今の間の抜けた声はどちらの声だったのだろう。分からない。
まぁ、いいか。

何かがボクの口の中から零れた。
二人がコチラを振り向いた。
凄く意外そうな、驚いた顔をしている。
ボクの胸が少しギュッと苦しくなった。
でも止まらなかった。

「もう、やだなーことみちゃんったら。そんな嘘言ってもお・見・通・しだぞ?
 アハハ、楓が人殺しなんて……無い無い。
 虫一匹殺すのだって躊躇うようないい娘なんだから。冗談キツ過ぎ」
「亜沙さん……」

ことみちゃんが何か変な眼でコチラを見つめている。
何で? どうして?
ボク、何か変な事言った? 間違ってる?

「それに……ことみちゃんも酷いよ。
 シアちゃんも死んじゃって、リンちゃんが殺し合いに乗っていた。それだけでもボク、相当ショックだったのに。
 オマケに楓まで人殺し? それが本当ならボク、周りの人間が誰も信じられなくなっちゃうよ……」
「……亜沙さん。信じたくないのは分かるの。
 でもだからって真実から眼を背けちゃ……ダメなの」

ことみちゃんがコッチに近付いて来る。
真実って何だろう。つまり、楓が人殺しだって事? 
それが本当だって、ことみちゃんは言いたいの?
確信を持って? 真実だって?

「……そこまでさフリーズだよ、一ノ瀬ことみ。胡散臭すぎさ、アンタ。もう我慢できない」
「な……」
「色々聞いてみたけど、そう簡単に人がぶっ壊れるかどうかなんて正直分からない。
 それに……私にとってはアンタの言葉よりも時雨の言葉の方が信憑性がある」
「そんな……亜沙さん、何とか、何とか言って欲しいの」

再度拳銃が向けられる。
一方で、ボクの方を見つめてそう訴えることみちゃん。
あゆちゃんは銃を向けたまま、眼の前に立ちはだかるように直立。
ボクは、どうすれば……。



「みんな大切な事、忘れてるんじゃないかなぁ」





「ぐあああぁっぁ!!……ぅ……佐藤、あんた……!?」

この空間では今まで二つの銃が争点になっていた。
あゆちゃんが持っているS&W M10というリボルバー。
そして今はことみちゃんのデイパックの中にあるイングラムM10というマシンガン。
どちらもその存在と、威嚇だけで実際に発砲されてはいなかった。
一番最初に火を吹いたのはそのどちらでもなかった。
第三の銃。その持ち主は――。

「全く三人とも私を無視して話を進めちゃって。気に入らないなぁ」

佐藤良美。
ずっと黙り込んでいた彼女がついに、その重い口を開いた。
そう、一発の銃声と共に。
そしてその放たれた弾丸は――あゆちゃんの背中へと消えた。

あゆちゃんが激痛に耐えかねて地面に倒れ込む。
ギリギリ、完全に寝そべってしまうまでは行かない。
軽く状態を起こし、背中を良美ちゃんに向けて、きつく彼女を睨み付ける。

「ぐ……どういう……つもり?」
「分からないかなぁ。この集団の中でアナタだけが"異質"だって事」
「づぅぅあああ!!」

更に二発、銃声が轟く。
一発はまたしてもあゆちゃんの背中へ。もう一発は外れた。
いたぶるように、黒い服で覆われた背面に向けて弾丸を叩き込んでいく。

「S&W M36、通称……チーフスペシャル」

そうことみちゃんが呟いた。
チーフスペシャル。恋太郎さんが最初に持っていた銃と同じ名前だ。

一歩、一歩と良美ちゃんがあゆちゃんに近付く。
右手の拳銃はしっかりと構えたまま。
一方で、ボクとことみちゃんは凍りついたままだ。動けない、動けるはずが無い。
リンちゃんが襲い掛かってきた時は、まだあちらの武器は刃物であって銃では無かった。
それに相手の意図が明確な分、対処もしやすかった。
だけど。
彼女が何を考えているのか、ボクらにはまるで分からないのだ。

「だってそうでしょ?ことみちゃんに敵意を持っているのはアナタ、だけ。
 私も亜沙さんもそんな意思、これっぽちも無いもの」

良美ちゃんはボクとことみちゃんに笑い掛けてきた。
物凄く良い笑顔のはずなのに……何だろう。このモヤモヤした気持ちは。
何故か彼女の濃い黄緑色の瞳の中に、全身に鳥肌が立ってしまいそうなくらいの濃密な暗黒が込められているように感じた。

「分かった?アナタが死ねば、全て丸く収まるの。
 ことみちゃんを人殺しに仕立てあげたいみたいだけど……私から見たら、人殺しはどう見てもそっちの方」

良美ちゃんがあゆちゃんの目の前で立ち止まる。
拳銃をその額に合わせる。

「良美……ちゃん」
「黙って、亜沙さん。あなただってことみちゃんを殺されるのは嫌でしょう?
 それに……私が言うのも何だけど彼女、もう助からないわ」
「そりゃあ……でも、だからって、こんなの……酷いよ」

コレがボクの精一杯の反論。
確かに良美ちゃんの言う通り。
あゆちゃんにもことみちゃんにも、勿論どちらにも死んで欲しくない。当たり前だ。

でも。
賽は既に投げられた。
あゆちゃんの身体は既に弾丸を食らってボロボロ。
放っておいても出血多量で死んでしまうかもしれない。
そして逆に、このまま彼女にトドメが刺されなければ確実にその被害はことみちゃんと良美ちゃんに向く事になる。

嫌なのに。目の前で人が死ぬ事なんて、もう絶対に見たくないはずなのに。
……魔法さえ使えれば。
でも今はダメだ。もう魔力がこれっぽちも残っていない。こんな状態じゃ……人の命なんて救えない。

「フフ……最期に……一言いいかい?」
「遺言?どうしようかなぁ……。ま、別にいいよ。どちらにしろ長くない命だしね」
「っ……すまんね」

あゆちゃんが全身を震わせながらそう吐き出すように口に出した。
完全に満身創痍だ。
勿論拳銃は既に掌から零れ、どちらかと言えばボクの方が近い場所に投げ出されている。
背中は血液こそ流れ出してはいないものの、弾丸を二発も打ち込まれて平気な訳が無い。
語調も先程までの凛々しく、芯の通った喋り方ではなく、所々に喘ぎ声が混じる。

一瞬の間。
あゆちゃんは瞳をゆっくりと閉じる。
僅かながら顎をあげ、そして最後の一言を呟いた。
口元に、最高の笑顔を浮かべながら。





「死ねや、糞虫」





太陽が爆発した。




105:武人として/鮮血の結末 (後編) 投下順に読む 106:太陽をつかんでしまった(後編)
105:武人として/鮮血の結末 (後編) 時系列順に読む 106:太陽をつかんでしまった(後編)
098:交錯する意志 佐藤良美 106:太陽をつかんでしまった(後編)
098:交錯する意志 一ノ瀬ことみ 106:太陽をつかんでしまった(後編)
098:交錯する意志 大空寺あゆ 106:太陽をつかんでしまった(後編)
098:交錯する意志 時雨亜沙 106:太陽をつかんでしまった(後編)






| 新しいページ | 編集 | 差分 | 編集履歴 | ページ名変更 | アップロード | 検索 | ページ一覧 | タグ | RSS | ご利用ガイド | 管理者に問合せ |
@wiki - 無料レンタルウィキサービス | プライバシーポリシー