サプライズド・T・アタック(中編) ◆4JreXf579k


良美と名雪が同時に襲いかかっているのを見て圭一は肝が冷える。
思わず武に助けを求めようとするが、武は武で咲耶の相手をするのに手一杯といった感じだ。
まさかあゆと美凪に戦えと言うわけにもいかず、圧倒的な人数の不利に晒されることとなった。
こうなったら美凪とあゆだけでも救急車に乗って逃げてもらうしかない。
圭一はそう判断した。

「遠野さん! あゆを連れて救急車で逃げてくれ!」

今ならまだ良美と名雪との距離は離れている。
ここをおいては脱出の機会は二度と訪れない。
そう、今こそが千載一遇のチャンスなのだ。
しかし美凪は圭一の声を無視して、デイパックから金属バットを取り出し圭一の横に並んだ。

「いくら前原さんたちでも、四対二は危険ですよ」
「危険なのは分かってる! でもそうするしかないんだ!」
「ダメですよ。 だって私、車の運転できないですから」

そういって圭一の方を見ながら笑う。
母なる深い海を思わせるどこまでも優しい瞳。
この状況でも笑うことのできる強さに、圭一も勇気付けられる。

「……分かった。 俺は佐藤さんの相手をする! 遠野さんは名雪を!」
「はい。 あゆちゃん、そこで待っていて下さいね」
「佐藤さん、こっちだ! こっちに来い!」

圭一は良美を挑発しつつ、名雪と美凪から離れていく。
良美もまたそれを望んでいたのか素直に圭一についていった。
二対二をするより一対一を二つする方が各々の相手に専念できるし、イレギュラーも少なくなる。
なによりも圭一にとって佐藤良美はこの島で最も警戒せねばならない人物。
守るべき人物である美凪から少しでも離れているところに誘導するにこしたことはない。

一方、沙羅は未だに結論が出せないでいた。
良美たちか圭一たちか、どちらが嘘をついているのは明白。
しかし、どちらが本当のことを言っているのかが分からない。
名雪は咲耶の存在により答えを得ることができたが、沙羅は千影がどのような人物かは知り得ない。
そのため千影が信用に足る人物かは判断できないのだ。
事態の推移を静観するわけにはいかない。
もう戦いは始まっており刀が、剣が、槍が、華々しく火花を散らせている。
結果が出てから、全てが終わってからどっち正しいかを知っても意味がないのだ。
この戦いが終わったとき、死人の一人や二人出てもおかしくはないのだから。

(どうすればいいの。 どうすればいいのよ!)

思考の迷路に陥りながら、沙羅は未だ動くことができなかった。






今、上空からこの場を見下ろすことができたなら、月宮あゆを中心にきれいな正三角形を作っていることが分かるだろう。
佐藤良美と前原圭一。
倉成武と咲耶。
遠野美凪と水瀬名雪。
あゆを中心として三つの戦いがこれから繰り広げられる。
結論を出せない沙羅は三角形の外にいる。

「久しぶりだね、圭一君」
「佐藤さん、アンタはどこまで人を弄べば気が済むんだ」

まるで懐かしい友に出会えたかのように笑いながら喋りかけてくる良美。
握手でもしませんか、そんなことを言いそうな社交的な笑みだった。

「弄ぶなんて心外だなあ。 名雪ちゃんには私の役に立ってもらうだけなんだから」
「それが弄ぶって言うんだ。 人の心を弄ぶようなやつは最低のクズだって分からないのか?」

良美の笑顔に惑わされることなく圭一は油断なく刀を構える。
前回の佐藤良美との対決、先ほどの咲耶との対戦でいずれも左肩に穴が開けられており、動かすだけで痛みが走る。
左手は気休め程度に添えているだけである。
前回以上にキツイ戦いを強いられるのは他ならぬ圭一自身が一番よく分かっている。

「ねえ、圭一君。 私、圭一君のことが羨ましくてしょうがないの。 対馬君もエリーも死んだのに、なんで圭一君はまだ遠野さんと一緒にいるの?
 なんでまた新しい仲間と一緒にいるの。 なんでまだ他人を信じているの?」

良美は圭一の言葉を無視してひたすら言葉を叩きつける。
良美は圭一と美凪の存在が憎くて堪らなかった。
大切な人が全て死んだ良美と未だ平和に行動を共にする圭一と美凪。
唯一信じることのできた友人が死んだ今、良美には誰一人信用することはできない。
なのに圭一たちはまだのほほんと人を信用して新たな仲間を得ている。
自分はベストを尽くしてきたはず、だが結果はどうだ?
良美には圭一の存在すべてが良美という存在へのアンチテーゼに思えてきたのだ。
だからなんとかしてこの二人を引き裂いてやりたかった。
逆恨みに等しいのは良美にも分かっている。
だが、心の奥に灯った恨みの炎は消えることなく良美を焚きつける。

「圭一君には何の罪もないのは分かってるよ。 私も圭一君のこと、嫌いじゃなかったしね。
 でもね、今は圭一君のことが無性に憎くてしょうがないんだ。 だから……死んで!」

そう言って良美は天高く斧を振り上げ圭一に襲いかかった。




武と咲耶の戦いは再び形勢が逆転していた。
咲耶がデイパックを奪われた際に放たれた銃弾は武の脇腹を貫いていた。
それでも良美や名雪の出現がなければ圭一あたりに戦いを任せ、武は治療に専念できていたであろう。
しかし、事実はそうならず、武は脇腹の傷を治療せずに戦いをせざるを得なかった。
そこを咲耶が漬け込まない理由はない。
さっきとは逆に咲耶の方が果敢に接近戦を仕掛けていく。
武は咲耶の刀を受けるたびに、激痛が走り腹からは血がぼたぼたと流れ出る。
武は腹筋が悲鳴を上げ、力が入らなくなる体を叱り付け無理やり動かしている状態だ。

「はあっ!」
「ぐっ!?」

咲耶は果敢に武を攻め立てていく。
咲耶も武のタックルを受け多大なダメージを受けたが、名雪等が現れたときのゴタゴタである程度体力は回復していた。
しかし銃で撃たれた傷がそう易々と治りはしない。
咲耶の細腕から繰り出される一撃を受けるたびに武は激痛に顔を歪ませる。
しかしここでようやく武は距離を離すことができた。
咲耶の追撃を阻止するためダイナマイトに火を点け咲耶の足元に投げる。
咲耶も慌てて後ろに下がり数秒後、爆発した。

「はあっ、はあっ、ぐ……くそっ、痛ぇな」

武は脇腹を押さえつける。
血が今も吹きだし、足が情けないほどにプルプル震える。
更なるダイナマイトを警戒してか咲耶は迂闊に近づくことはせずに様子を伺っている。
ちょうどいいので武は咲耶のデイパックの中身を確かめることにした。
医療品を見つける……が、残念ながらこの状況で傷の治療はできそうにない。
ダイナマイトは残り一本、予備の銃弾多数、肉まん、アルコール度数が46もある日本酒、使えるものから使えないものまで所狭しと入ってる。

その中で武はそれを見つけた。
血に塗れた首輪。
咲耶の首にはきちんと首輪がかけられている。
それの意味するところは咲耶は他人を殺してこの首輪を奪い取ったということ。
武の頭にある一つの可能性が浮かび上がった。
建物を爆破可能なダイナマイト。
人の首を切断することの可能な日本刀。
デイパックに入っていた他人の首輪。
全ての状況がそうだと言っている。
武は半ば確信しながら咲耶に問いかけた。

「お前か? 貴子を殺したのはお前か?」
「へえ、貴子の知り合い?」

咲耶は悪びれもせず、それどころか嬉しそうな顔で答えた。

「なぜ殺した?」
「ねえ、それよりも瑞穂って人はどこにいるの?」
「瑞穂の居場所?」
「そう。 会ってみたいのよ。 貴子をあんな風に変えた瑞穂って人に」
「変えた?」
「そう! すごいのよ! それまで片腕なくしてピーピー泣いてたのに瑞穂の名前を聞いた途端に変わったのよ。 
 貴子ったら暴力に怯えずに戦うんだ~とか言っちゃって。 私感動しちゃった! 人間って強いのね。  
 それで首輪欲しいのって言ったら一瞬怖がったけどすぐに冷静に受け入れて……見せてあげたかったわ」

咲耶は人を殺したのにまるで昨日見たテレビ番組のことについて語るように嬉々とした表情で語っている。
そんな咲耶の態度に武ははらわたが煮えくり返るという言葉の意味を生まれて初めて理解できた気がした。

「……そうか……あいつは潔く死んだのか……」
「そう、褒めてあげなさいよ。 普通片腕吹っ飛ばされてもあんなこと言える人間はそうそういないわよ」

そこでようやく気が付いた。
咲耶の声が瑞穂と瓜二つであることに。
だが今の武にとってそれは瑣末なことでしかない。
貴子との出会いから最後に別れる直前までのことを思い出していた。
貴子との始めての出会い、温泉での平和なやり取り、病院に行く道中に聞いた貴子の身の回りのこと。

後方では今も圭一等が激しく立ち位置を変えながら戦っているのに武たちだけは静かに止まっている。

典型的な箱入りお嬢様、それが武の貴子に対する第一印象。
けれど貴子は武の考えているような箱入りのお嬢様ではなかったことを知る。
愛する人のために敢えて別離を選ぶ勇気のある女だった。
厳島貴子は一人の戦士だったのだ。

「……………バカヤロウ」

だが、褒めるわけでもなく、賞賛するわけでもなく、武が口にしたのはその一言だけであった。
これにはいけしゃあしゃあと言っていた咲耶の方が目を丸くして驚く。

「馬鹿って……褒めてあげなさいよ。 立派な死に方だったのよ?」
「立派? ……立派じゃなくていいじゃねぇか。 情けなくって何が悪い! 
 情けなく逃げ回ったって、土下座して命乞いしたって、靴の裏舐めたって寿命が延びるんならそれでいいじゃねぇか。
 立派に死ぬよりも、情けなく生き続けることの方が遥かに偉いんだよ。 死んだら……死んだらもう、瑞穂にもみんなにも会えないんだから……」
「フフフ……貴方何も分かってないのね。 世の中にはね、情けなく生きるより自分の信念に殉じて死ぬ方がマシって人間がいるのよ。
 自分の生きたいように生きて死ねたのなら本望よ。 貴方の言っていることは貴子の信念、生き方を侮辱しているわ」
「……そうだな。 俺はきっと貴子を侮辱しているんだろうな。 けど、俺はそれでも、結果が変わらなくても貴子に最後まで生きる努力をしてほしかったよ。 お前はそうは思わないか? 
 お前はこの島で誰か大切な奴は死んだか? そいつには泥水すすっても生きて欲しいとは思わなかったか? 信念を曲げてでも生きて欲しいとは思わなかったか?」
「……」

ふと咲耶の胸中に今は亡き四葉のことが浮かんだ。
今はもういない大切な姉妹の一人。
立派に死んだ四葉と情けなくも生きている四葉。
自分はどちらの四葉でいることを望んでいただろうか。
だが、そこまで考えて咲耶は首を振った。
もう四葉は死んでしまった以上それは感傷にすぎないのだから。

「お喋りはここまでよ。 瑞穂はどこにいるのか、もう一度聞くわ」

刀の切っ先を水平に構え武に向けた。
返事の代わりに咲耶のもとへ何かが飛来してくる。
咲耶は反射的にそれを銃で撃ってしまった。
銃弾はそれを打ち砕き中身をぶちまける。
武が投げた物、それは咲耶のデイパックに入っていた日本酒だ。
点での攻撃ならともかく面での攻撃を避けるのは至難の業。
砕けた瓶の破片の一部と中の酒が咲耶の顔を中心に襲いかかる。
瓶の破片が目に入らないように目の辺りを重点的に防御するのがやっとで日本酒が盛大に咲耶の顔と服にかかった。

「それが返事? いい度胸ね」

お気に入りの服に酒がかかってきたことに怒りつつ日本刀を構え直した。
酒の度数はかなり高いようで匂いを嗅いだだけで酔いそうな気がしてくる。
初めて嗅ぐ日本酒の匂いに鼻を刺激されつつも武に再び斬りかかった。




美凪と名雪の戦いの勝敗は明らかであった。
剣道三倍段という言葉がある。
竹刀や木刀を持った剣道の有段者に空手家などが勝つには少なくともその三倍の段位が必要とされている。
剣対槍の戦いにもほぼ同じことが言える。
美凪が持っているのは剣ではなく鉄バットなのだがリーチに関してはほぼ同じだ
鉄バットを持った美凪は勝つには単純に計算して名雪の三倍の技量が必要とされる。
しかし、美凪は武道の達人ではないごく普通の女の子だ。
当然名雪の猛攻を受けきることはできずに徐々に後退するしかない。
名雪が突きを繰り出すたびに一歩一歩あゆの方へと押し込まれていく

「落ち着いてください、私の言うことを聞いてください」

美凪の説得に耳を傾けようともせず、名雪はひたすら美凪を攻め立てる。
突き出される槍は美凪を傷つけることにいっぺんの躊躇も無い。
槍と金属バットでは絶望的なリーチの差がある。
間合いの広さを活かした攻撃に美凪はついに金属バットを手放した。
そのまま横薙ぎに振るわれた槍が美凪を吹き飛ばす
状況ははやくも動いた。
美凪をそのまま無視してあゆへと一直線に突っ込む名雪。
その顔には笑みが浮かんでいる。
名雪が願ってやまなかった敵討ちがようやくできるのだ。

「これで! ようやく! あゆちゃんを殺せる!」

万感の思いを込め、あゆに槍を振り下ろす。

「うわああああああああ! ゴメンナサイ、ゴメンナサイ、ゴメンナサイ!」

恐怖のあまり失禁したことにも気づかず、あゆは泣き叫びながら名雪の槍から逃れていた。




圭一もまた良美との戦いに劣勢を強いられる。
武器のリーチは圭一の方が長いのだが、良美は巧みに間合いを制して圭一の懐に潜っていく。
圭一は視界の端に美凪が吹き飛ばされるのを視認した。

「遠野さん! あゆ! ……ぐはっ!?」
「圭一君。 余所見はいけないよ」

一瞬の隙をついた良美のヒザ蹴りが圭一の腹部に命中していた。
追撃とばかりに圭一の脳天に斧を振り下ろすがこれは避けられる。

「クソッ、クソッ、クソッ!」

圭一は半ば自棄に近い形で良美に攻撃を仕掛ける。
しかしあっさりと返される。
圭一は片手のみしか満足に使えない。
両手で使わねばならない刀を無理して片手で繰り出していた。
そんな一撃の重さなどたかが知れたものだ。
対する良美の斧は片手で運用することが可能なほどコンパクトなサイズだ。
片手同士で繰り出される攻撃は互角。
しかし残った片手が使える良美と使えない圭一では圧倒的に圭一が不利だ。
良美はある時は拳を、ある時は足を使い果敢に攻撃してくる。
鍔迫り合いになった。
良美を力ずくで吹き飛ばしチャンスとばかりにあゆと美凪の元へ駆けつける。 
しかしすぐに体勢を整えた良美の持っていたS&W M36が火を吹いた。

「ダメだよ、圭一君。 私、嫉妬深いんだからちゃんと私の相手をしてくれないと」

ニヤニヤしながら言い放つ良美だが圭一の体には銃は命中していない。
何を言っているのかと一瞬首を傾げたが、後方の武がうめき声を上げながら肩を抑えるのを見つけた。

「圭一君が相手してくれないと……私、他の人に浮気しちゃうよ?」
「……クッ!?」

歯軋りしながら、圭一は再び良美へと向かっていった。




「ほらっ、さっきの勢いはどうしたの」

楽しそうに刀を振り下ろす咲耶に対し、武は苦痛に顔を歪め受ける。
武も咲耶の猛攻を受けるだけで精一杯である。
圧倒的な優位に、咲耶は貴子を殺したときと同種の愉悦を味わっていた。
しかもその相手が貴子の知り合いなのだから悦びは二倍だ。
ちょっと小競り合いを仕掛けるだけで苦しそうな顔をするのがまたたまらない。
お気に入りの玩具を手に入れた気分だ。
鋼のような重さだった武の剣も今は羽のように軽く感じられる。
そんな武が思ってもいなかった方向からの攻撃を受ける。
佐藤良美からの銃弾を肩に受けたのだ。
お気に入りの玩具が傷つけられたことに少し怒りながらも、咲耶は激痛に顔を歪める武に切りかかる。
舞い落ちる木の葉を巻き込みながら迫る刀を、武は衣服を切り裂かれながらも横に回避することに成功する。
ここで少し小休止とばかりに両者は距離をとった。

「圭一ぃ! あゆを援護しろ!」
「わかった!」

その言葉と同時に武と圭一の二人は投げナイフと手榴弾をあゆと名雪のいる方向に向かって投げた。
いまだちょこまかと逃げ回るあゆを捕捉しきれない名雪は思わぬ邪魔に足を止める。
手榴弾が爆発し、ちょうど良く倒れていた美凪もあゆのもとへ駆けつけることに成功する。
状況が再び元に戻ったことを確認して、武は自身の怪我の状況を観察した。
肩と脇腹、双方ともに命に関わる怪我ではないがこのまま戦闘を継続するのは難しい。
この出血量ではそうそう遠くないうちに武の意識を奪い去るだろう。
武はそう判断して一気に勝負をかけることにした。
咲耶のデイパックの中に入っていたポリタンクを取り出し、フタを開けてから2つ適当な場所に投げておいた。
転がったポリタンクは中に入っていた石油を惜しげもなく溢す。

「見え透いた手ね! 私に火でもつけるつもり!?」
「そうさ、どうやって火をつけるかは見てのお楽しみだ」
「バカらしい……どうせダイナマイトでも使うんでしょ? 安直過ぎるわね」
「へっ、バカにはバカなりの戦い方があるんだよ。 後で後悔するなよ」

口では武をバカにしながらも咲耶は期待に胸を膨らませていた。
武はあのときの貴子と同じ目をしている。
それは覚悟を決めた戦士の眼差し。
それは最後の悪あがきなのか、本当に咲耶を殺せると思っているのか、どちらにせよ咲耶の楽しみが一つ増えた。
強い決意をした戦士を無惨に葬ってやるのもまた一興。
殺す対象の決意が強ければ強いほど咲耶の悦びも増す。
咲耶も首輪を外すための調査に予備の首輪が欲しいと思っていたところだし丁度いい生贄だ。

「そう、楽しみね……。 貴方といい貴子と強い人の多いこと。 私、そういう人嫌いじゃないわよ。 
 そう、嫌いじゃないわ……殺してやりたくなるくらいにね!」

目をカッと見開き、S&W M627PCカスタムを撃ちながら咲耶は武の方へ走り出す。
武も咲耶の方へ走り出し、剣を振るった。




状況は元に戻ったものの美凪の不利はやはり変わることは無い。
同じシーンを繰り返すかのように美凪のバットが再度吹き飛ばされる。
今度は名雪はあゆの方へと走り出しはせず、美凪の首筋へ槍の穂先を突きつけた。

「今度は邪魔はさせないからね。 まず貴女を殺すことに決めたから」

勝ち誇った笑みを浮かべて名雪は美凪の殺害を宣言する。
名雪にとって美凪もあゆと同じ人殺しの仲間なのだ。
ここで美凪を殺すことに躊躇いのような感情を抱くことは有り得ない。

「そうだ!」

何か良いことを思いついたのか名雪の頭に電球が光る。
そして悪魔の言葉を紡ぎ出した。
さすがの美凪もこれから名雪の言うことには恐怖する。

「私、あゆちゃんを殺すのに夢中でこの傷のお礼をするのを忘れてたよ。 いきなり本番は難しいからまず貴女で練習するね」

名雪はそう言って片手を顔の包帯に伸ばした。
見習い看護士の注射の練習とはレベルが違うし、ましてや常人のする所業でもない。
それがどういう意味か分からないほど名雪は狂ってるわけでもない。
それでも名雪は良心の呵責を感じることなく平然と言い切る。
名雪は恐怖した美凪の心配を和らげるために慰めをした。
だがそれは全くの見当違いの方向だ。

「大丈夫、練習できたら貴女に用は無いからすぐに殺してあげる。 あゆちゃんにはその後もっと良いことをしてあげるね
「良い……こと?」

その先は絶対に聞いてはいけない、それはあゆにも分かっていた。
しかし、好奇心と名雪の改心を期待した心が聞いてしまった。
聞いてくれて嬉しそうな顔をした名雪は歌うように口ずさんだ。
頭の中で練られた最高で最低の復讐プランを。

「まず、私と同じ怪我をしてもらって、腹を切り裂いて腸をミンチにしてあげる。 
 それから頭に穴を開けて脳に直接硫酸を流し込んであげたいけど……硫酸は無いからどうしようかな。
 そうだ、学校の理科室なら硫酸あるよね、きっと。 でもそうすると学校まで足は切っちゃいけないね。 
 私あゆちゃんを抱えて運ぶなんて死んでもいやだし……。
 あ、言っておくけど全部生きたままやるんだからね。 簡単には死なせてあげないんだから」 

五秒、あゆと美凪が名雪の言っていることを全部理解するのにそれだけの時間がかかった。
聞いているだけで腹が痛くなるようなことを平気で言う名雪。
ターゲットのあゆはもちろん美凪までもがどうしようもない恐怖に包まれる。
あゆとその仲間を殺すことだけに全てをかける名雪に常識や倫理といったものは一切通用しない。
止めるものがないあゆへの復讐心は黒く醜く肥大し続けていく。

「じゃあ、練習させてもらうね。 動かないでよね」

言いたいことを言い終えた名雪は美凪の瞳に槍の穂先を向けた。
あゆは目を閉じて耳も塞いで外界の一切の情報を遮断する。
自分を助けてくれる人が死にそうになっても動けないことにあゆの良心が痛む。
けれど死に対する絶対的な恐怖が良心に打ち勝ち動けない。
美凪もいよいよ自分が死ぬときだと覚悟した。
辞世の句でも考えるか、そう思ったとき、それは来た。
ついに白鐘沙羅が動き、持っていた剣で名雪の槍を受けていたのである。

「沙羅ちゃん、裏切るの?」
「悪いけどね」

美凪から沙羅へと目標を変え、名雪は槍を構える。
沙羅も美凪へ鉄バットの回収を命じて名雪へと対峙した。
一瞬、軟らかい風が二人の頬を撫でる。

「沙羅ちゃんもあゆちゃんの仲間だったの?」
「まさか? ここに来る途中に言ったじゃない、名雪が初めて会えた人だって」
「だったらどうしてあゆちゃんの味方をするの? あゆちゃんは親友だって裏切るような外道なんだよ?」
「良美が犯人の可能性もあるわよ。 毒なら説明がつくし」
「咲耶ちゃんを襲うようなやつらなのよ!」
「咲耶が襲っていた可能性もあるし、私は千影に会ってないから千影のことは信用できない」

鉄バットの回収を終えた美凪が沙羅の横に立つ。
美凪は不思議そうな顔で沙羅に聞いた。

「でも、それでは私たちを信用する理由が薄い気が……」
「そうだよ!  どっちも信用するには根拠が足りないよ!」
「そうね。 私も今でも分からないわよ。 どっちの言っていることも正しく聞こえたしね」
「だったら!」

また一人裏切られたことに名雪は泣きそうになる。
気絶していた名雪を治療していたのも沙羅だし、ここに来る途中親身になって事情を聞いてくれたのも沙羅だ。
そんな沙羅までもが裏切っていくことに名雪の心は削り取られる。

「私、考えてもずっと分かんなかった。 だからずっと見てたの、みんなの戦いを。 で、こっちの方に味方することを決めた」
「見てるだけで……何が分かるの!」
「分かったのはこっちの方がみんな必死だってこと。 見てるだけで生きるのに、仲間を守るのに精一杯だってのが分かった」
「必死!? 私も必死だよ! あゆちゃんを殺すのに!」
「良美も咲耶も笑ってたわ。 そして名雪、アンタも笑ってたわね?」
「そうよ! 何が悪いの?」
「……私は笑いながら人を殺せるような奴の仲間になりたくなんかない」
「……そっ、それでいいの? そんな理由で私の敵になるの? 沙羅ちゃんは騙されているんだよ!」
「言ったわよね? どっちが正しいか分からないって。 どっちが正しいか今も私には分からない。 正直このまま傍観者でいた方が利口だと思う。 
 でもね、全部が終わった後で、死人が出た後で、こっちの方が正しかったんだねって笑うような女に私はなりたくない!」

長いやり取りを経て沙羅は大きく息をつく。
沙羅も少し前まで名雪を信じていたし、名雪も沙羅を信じていたのだ。
美凪たちを信じるということは名雪たちを裏切ることに他ならない。
こうして事実上の絶縁状を突きつけることに良心が痛まないわけがない。
名雪がひどく傷つくというのも分かってる。
しかし名雪の反応は沙羅の想像の遥か上をいくものだった。

「そっか……誰が正しいとか間違ってるとか……そんなことを考えてるのがそもそもの間違いだったんだね。
 全員だよ、全員。 私と祐一以外はみんな人を殺すことしか考えてないんだ。 沙羅ちゃんあゆちゃんも佐藤さんも
 咲耶ちゃんも千影ちゃんもきっと北川君もそうなんだ。 あははっ、簡単だね」
「名雪……それは違う!?」
「それなら簡単だよね。 祐一がもういないんなら全員私が殺せばいいんだから」

そう言い切った名雪はあゆへの復讐方法を語ったとき以上に素晴らしい笑みをしている。
沙羅にまで裏切られた名雪は自分の心を守るために全ての思考を停止させた。
頭を空っぽにし、皆を殺すという一つの思考だけを残す。
そこで名雪の体に異常な開放感が訪れる。
あれこれと考えてるのがそもそもの間違いなのだ。
人間は得てして考えるから不幸になる。
何か一つを捨てるのは苦しい。
だが全てを捨てるのは快感だ。
全てを捨ててたった一つの理念の下に突き進むことを選んだ名雪はこの上もなく幸福だ。
それを他人が幸福と思えるかどうかは全く別の話だが……。

「死ね! 人を簡単に殺すような奴は……私が殺してやる!」
「来るわよ! えっと、アンタの名前は?」
「遠野美凪……です。 以後お見知りおきを」
「美凪ね! 私は右から、アンタは左からよ!」
「はい」

名雪の足元の土が舞い上がり槍を持って向かってくる。
名雪が突っ込んでくると同時に二人は左右に展開した。




「ふう……沙羅ちゃんは使えないなあ……」

斧を圭一に振りながら良美は呟く。
沙羅という浮動票を取り込めなかったのは大きな失策だが、それでも良美の有利は揺るがない。
終始良美の優勢で続いていた戦いで圭一の体はもはやぼろぼろだ。
だが油断してはならない。
どこから湧いてくるか知らないが圭一には思わぬ隠された力がある。
火事場の馬鹿力に近いそれは前回の戦いで良美を追い詰めた脅威のものだ。
だから良美はできる限りのイレギュラーをなくすため、狙いを圭一の体からあるものに変更していた。
圭一は先ほどから急に良美の攻撃が単調になったことに気付かない。
沙羅が味方についてくれたことが嬉しくて良美の狙いを読むことはできなかった。

「どうして簡単に人を信じちゃうのかなあ……」
「人を信じるのに理由なんかいらないだろ」

圭一の攻撃が少し早くなる。
それに伴い刀の勢いも増す。

「佐藤さんもどうして気付かない!」
「何が!?」

圭一が斬り、突き、薙ぐ。
良美が受け、避けて、打ち払う。

「対馬と霧夜さんを殺したのが佐藤さんと同じ人間かもしれないってことにだ!」
「私と同じ?」

距離が離れた。
良美が銃を撃つ。
圭一には命中しない
再び圭一が向かう。

「二人を殺した人間も、佐藤さんと同じ他人を信じられない人間かもしれないってことだ!」
「何が言いたいの!?」

圭一の一撃がさらに早くなる。
良美は初めて斧に両手を添えた。

「佐藤さんがみんなを信じれば、みんながみんなを信じれば、誰も悲しい思いをしないんだ! それがなんで分からない!?」
「圭一君の言っていることは小学生にも言える理想論だよ」

隠し持っていた錐を圭一の腕に刺す。
血を流しながらそれでも圭一は倒れない。

「佐藤さんのやっていることは対馬や霧夜さんを殺した奴がしているのと同じだ!」
「違うよ」

良美の単調な攻撃を単調な動作で受ける。
圭一は未だ気付いていない。

「何が違う!」
「対馬君とエリーをそこらへんの人間と同列にしないで」

圭一の攻撃がさらに重くなる。
良美が押され始める。

「傲慢な! 自分のことだけを特別だと思うな!」
「思ってないよ。 対馬君とエリーが特別なだけ」

どこまでも熱くなる圭一に対し、どこまでも冷静な良美に圭一の言葉は暖簾に腕押し状態。
良美の策に嵌ったことも気付かず圭一は良美に熱弁をふるい続けている。
信じるものと信じないものの戦いは続いていく。



「貴方、今まで何をしてきたの?」
「何を?」

咲耶の白刃が空気を切り裂く。
武の剣に周囲の空気が螺旋を描く。

「俺たちで力を合わせてここから脱出しようぜ~とか言ってるんでしょ」
「それの何が悪い!」

武が剣を横薙ぎに振るう。
涼しい顔で咲耶は止める。

「具体的な方法は? 首輪を外す方法は考えてるの? この島から逃げ出す手段は見つけた?」
「考えてない!」

咲耶の上段蹴り。
武が苦しそうに右腕で受ける。

「やっぱりね。 私は違う! 首輪を外す方法だって、衛と千影とここから逃げる方法だって探してるわ!」
「それがどうした!?」

さらに咲耶の連続攻撃。
武は受けきれずに何発かもらう。

「……負けるわけがない! ただ群れることしか考えていない奴に、私は負けない!」
「そうか……お前は一人で全部やるつもりなのか?」

もはや咲耶の独壇場。
咲耶圧倒的優位のまま勝負は進む。

「そうよ! 衛にも千影にももう怖い目に遭わせない! 首輪の調達も、脱出方法を探すのも、人を殺すのも、私が一人で妹たちを守る!」
「人を殺したことを笑いながら自慢するようなお前が、どの面下げて守るなんて抜かす!」

武が反撃に転じる。
二人の武器が、意地がぶつかり合う。

「俺は馬鹿だからな! 脱出の方法とか首輪を外す方法なんか考えたって分かるはずがねぇ!」

鍔迫り合いになる。
武が咲耶を押す。

「けどな! 俺にはたくさんの信じれる仲間がいる! つぐみが、瑞穂が、茜が、陽平がいる!」

圭一たちの名前は何故でないのか?
武は聞かれても答えることはできなかっただろう。

「俺はみんなと生きて帰るって決めた! だから俺一人で全部やるつもりはねぇ! 俺一人が万能である必要はない!」

押された咲耶が後退する。
武が最後のポリタンクを取り出し、蓋を開ける。

「首輪を外すのは頭の良い奴にさせればいい! 俺が無い知恵を振り絞る必要は無い!」

ポリタンクは蓋を開けるだけで転がしはしない。
武がダイナマイトと発火装置を一緒にデイパックから取り出した。

「そして、馬鹿の俺がする役目は唯一つ! お前のようなやつから皆を守ることだ!」

咲耶が警戒して後方に下がる。
武は咲耶に見られないよう最後の『準備』をした。

「よく言うわ。 貴子を私に殺されたくせに守るなんて、笑わせる!」

咲耶の言葉に一切口答えをせずにダイナマイトを強く握り締める。
咲耶も両手の地獄蝶々とS&W M627PCカスタムを握りなおす。
太陽の光が一層強くなり、二人を照らす。
二人の周囲の空気の質が明らかに変わった。
次が最後の激突になることは間違いない。
守れなかった者同士の戦いも最終局面に入った。

(衛、千影……私に力を。 四葉も……私を見守っていて)
(見ていろ、貴子。 敵討ちなんてするつもりはないが、こいつは俺が殺す。
 人を殺す覚悟は出来た。 仲間を守る決意もある。 だから……あとは俺にお前の勇気をわけてくれ)



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