武人として/鮮血の結末 (前編) ◆guAWf4RW62



オボロは辺りの様子を窺いながら、慎重に森の中を歩いていた。
普通に進むのに比べて大幅に行軍速度が遅くなるが、それは必要経費だ。
千影の言っていた『銃』という道具は、弓矢を遥かに凌駕する恐るべき武器であるらしい。
実際に体験した訳では無いが、此処は出来る限り警戒しておくべきだろう。

どの方角から攻撃されるか分からない以上、極力物陰に身を隠し続けるのが重要だ。
聳え立つ木の影から、そっと頭を出す。
周囲の安全を確認した後、次の木の陰へと一目散に走り移る。
そしてまた近辺の状況を確認してから、次の木に移るという動作を繰り返す。
卓越した身のこなし、常人を大きく上回る身体能力。
疾風の如き速度で走り回るオボロを、正確に撃ち抜ける射手などこの世には存在しない。
だがオボロは一つ、大きな勘違いをしていた。
木を盾にしながら移動する――それは確かに、矢相手なら十分有効な行動だろう。
そう、あくまで矢が相手ならば。
事は、オボロが木の陰を飛び出した直後に起こった。

「…………っ!?」

鳴り響く銃声、轟く爆発音。
全身に伝わる凄まじい振動。
肌に叩きつけられる、飛散した木の破片。
オボロが震源に目を向けると、太さ1メートルはあろうかという木の幹が、無惨にも叩き折られていた。
支えを失った大木が力無く揺らぎ、重力に従って倒れてくる。
圧倒的な質量を伴ったソレが直撃すれば、いかなオボロとて無事では済まぬだろう。

「――くぅぅッ……!」

オボロは即座に数歩の助走を経て、大きく地面を蹴り飛ばした。
制限を受けてはいるものの、トゥスクル国随一と言えるその跳躍力は凄まじい。
僅か数秒足らずの内に危険地帯から離脱し、身体の降下が始まった時にはもう、現状を把握すべく思考を巡らせていた。

銃声が鳴り響いた後に、近くにあった木が破壊されたのだから、自分が狙撃されたのだという事は分かる。
元々銃声がした方向に向かっていたのだから、これは十分に予測し得た事態だ。
だが、この恐ろしい破壊力だけは完全に想定外だ。
一撃で大木を破壊する程の遠隔攻撃など、少なくとも自分の常識では有り得ない。
これでは木を盾にしての移動など、敵に照準を合わせる猶予を与えてしまうだけだ。
迫り来る爆撃は易々と盾を貫通し、只の一撃で致命傷となるに違いないのだ。

「ク――――」

盾が意味を成さぬのなら、最早自力で全て回避し切るしかない。
オボロは血相を変えて、左右に、或いは上下に、縦横無尽に跳ね回る。
そこで再び銃声が鳴り響いて、すぐ近くにあった茂みが跡形も無く粉砕された。
そしてその銃声のお陰で、オボロは視認する事が出来た――右方約150メートル程の所に居る、狙撃手の姿を。
特徴的な青い長髪、そして自分と同じような長い耳を携えた少女が、地面に寝転んだ体勢で筒状の物体を構えていた。
恐らくは、あの少女が狙撃してきているのだろう。

クロスボウで反撃したい所だが、この距離から標的を捉えるのは難しい。
ならばと、オボロは距離を詰めるべく疾走し始めたが、そこで少女の構えた筒が火を噴く。
その一秒後には前方の小木が、呆気無く爆散していた。
直撃どころか掠ってすらいないというのに、その衝撃が自分の所にまで伝わってくる。
鼓膜を痛め付ける轟音が、オボロに一つの確信を齎す――――掠っただけで、間違いなく死ぬと。
このような状況で交戦を続けようとするのは、ただの自殺行為に過ぎぬだろう。
自分はまだ、四葉を殺した償いすら成し遂げれてはいない。
此処で血気に逸って死ぬ訳にはいかないのだ。

(……一旦引くしかないな)

くるりと踵を返す。
オボロは素早く決断を下し、狙撃手から距離を取るような方角に疾駆し始めた。
当然背後を狙われぬよう、不規則にフェイントを交えながらだ。


「……逃がしてしまいましたね」

冷静な狙撃手――ネリネは、遠ざかるオボロの背中を見送りながらそう呟いた。
銃を用いての遠距離狙撃は、予想以上に難易度が高かった。
確かに永遠神剣の身体能力強化を利用すれば、発砲の反動をある程度押さえ込む事は出来る。
動き回る獲物の一挙一動を、逃さず視認する事は出来る。
戦車をも破壊し得る九十七式自動砲ならば、敵が木の陰に隠れていようとも、その守りごと貫ける筈だった。
だが自分程度の射撃技術では、狙った箇所を正確に撃ち抜くのは困難だったのだ。
その所為で千載一遇の好機を逃してしまった。

とにかく、何時までも此処で休んではいられない。
ある程度の時間休息したお陰で、多少は体力・魔力共に回復した。
これからは移り変わる状況に対応して、的確な行動を取らねばならないだろう。
自分がこれまで見てきた限り、神社に向かった者は合計四人。
先程の男とその仲間が三人。
そしてもう一人は――


    ◇     ◇     ◇     ◇


舞台は神社の入り口付近に変わる。
突如鳴り響いた、鼓膜を奮わせる大きな銃声。
それは当然、トウカや千影の耳にも届いていた。
異変の正体を確かめるべく、千影が本殿から飛び出してくる。

「――トウカくん、今のは……?」
「某にも分かりませぬ。オボロが去った方向から聞こえ――――!?」

トウカはオボロが向かった方角を指差そうとして、大きく目を剥いた。
振り向いた先――左斜め前方より、巨大なナニかを構えた少女が、ゆっくりと歩いてきていた。
トウカには直感で分かった。
少女が持っているのは、恐らく銃、それも相当強力な部類に属するものだ。

「私は楓、芙蓉楓です。少々お尋ねしたい事があるんですが、宜しいでしょうか?」

突如現れた芙蓉楓が、重機関銃――ブラウニングM2“キャリバー.50”を保持しつつ、語り掛けてくる。
不快な音響を奏でる、酷く昏い声。
こちらを眺め見る、何処までも深い闇を湛えた瞳。
全身の様々な部位に付着した、紅い鮮血。
楓の身長とほぼ同じ大きさを誇る、最強の凶器。
あれだけの質量を持ち上げ続けるのは辛いだろうに、楓は決して銃を手放さない。
少女から伝わってくる尋常でない雰囲気が、巨大な重火器の存在が、トウカの警鐘をけたたましく打ち鳴らす。

(ク…………不味いな……)

全身の表面に鳥肌が立ち、手足を痺れさせる程の悪寒が湧き上がってくる。
トウカがちらりと横を眺め見ると、千影の顔にも焦りの色が浮かんでいた。
楓の構えたブラウニングM2“キャリバー.50”の銃口は、しっかりと自分達の方に向けられている。
自分一人ならまだ対応のしようもあるが、千影を連れて回避行動に移るのは難しい。
それにまだ楓が敵と決まっていない以上、此処は極力穏便に事を進めるべきだろう。
トウカは否応無く、楓との会話を行う羽目になった。

「……某の名はトウカ、エヴェンクルガの武士なり。お主の用件を伺おう」
「では聞かせて頂きます。稟くんが此処に来ている筈なんですけど……見かけませんでしたか?」
「すまぬが心当たりが無い。某達が此処に来てから出会ったのは、お主が始めてだ」
「そうですか……」

質問に対し嘘偽りの無い答えを返すと、楓の表情が落胆のソレへと変わった。
恐らくは探し人を見つけられなくて、落胆しているのだろう。
トウカは油断無く剣を構えたまま、冷静に思考を巡らせる。
……この殺し合いで人を探す場合には、二つのパターンが考えられる。
一つは、大切な人間を守る為に探し回っているというケース。
これなら全く問題は無い。
自分だってハクオロやアルルゥを護衛しようと、必死になって動き回っていたのだ。
止めるどころか寧ろ、暖かく見守ってやろうではないか。
だがもう一つは、特定の人物を殺す為に探し回っているというケース。
この場合は、易々と見過ごす訳にいかない。
幾ら相手が強力な武器を携えているとは言え、危険人物を放置など出来る筈が無い。
自分は正義を信念に戦う者。
誇り高きエヴェンクルガ族なのだから。

「楓殿といったか。お主は稟殿とやらと出会って、どうするつもりなのだ?」
「――決まっています、稟くんをお守りするんです。たとえこの身を犠牲にしてでも、絶対に最後まで守り通して差し上げるんです」

紡がれた返答には、一切の曇りも迷いも無い。
知略に長けているとは到底言えぬトウカですら、楓の言葉が本心であると確信出来た。
仲間を守る為に探し回るという行動原理は、トウカとなんら変わりない。
半ば正気を失っているように見えたが――もしや、楓の志は自分と同じではないのか? 仲間として、共に歩んでいけるのではないか?
そんな希望が、トウカの心に湧き上がる。
だがそこで一人の男が出現した事によって、状況は一変する。

「トウカ! 千影! これは一体……」
「――――オボロくん……」

逸早く気付いた千影が声を上げる。
現れたのは、ネリネの銃撃から逃げ延びたオボロだった。
そしてオボロの視点に立ってみれば、今の状態はトウカ達が追い詰められているようにしか見えない。
仲間が襲われているとなれば、やるべき行動など一つしか有り得ない。

「貴様、俺の仲間に何をやっている!!」
「オボロ、待――――」

トウカが制止の声を投げ掛けるが、それは余りにも遅い。
オボロは何の躊躇も無く、素早い動作で楓目掛けてボウガンを撃ち放った。
楓はすっと横に動いて矢を躱したが、それはオボロの狙い通りだった。

ボウガンは矢の再装填に時間が掛かり過ぎて、連続攻撃には不向きだ。
事実岡崎朋也との戦いでは、それが原因で逃げられてしまった。
少数戦に於いてボウガンが力を発揮するのは、最初の一発だけなのだ。
ボウガンのみで敵を仕留めるのは困難――ならば、連携の一環として組み込めば良いだけの事。
そう考えれば、最初の一発だけで十分。
敵を回避に回らせる事さえ出来れば、距離を詰める時間的猶予が生まれる。

「――――フッ!!」

疾風と化したオボロが、あっという間に楓の眼前まで走り寄る。
高重量の機関銃を装備している楓は、オボロのスピードにまるで対応出来ていない。
オボロは果物ナイフを振り下ろし、楓のブラウニングM2“キャリバー.50”を叩き落してた。
間髪置かずにブラウニングM2“キャリバー.50”を蹴り飛ばし、それと同時に楓の喉元へ白刃を突きつける。

「…………っ!」
「フン、ここまでだ曲者が。俺の仲間には指一本触れさせん」

その所業、正しく電光石火の如し。
オボロはその実力を余す所無く発揮し、一瞬で強敵を制圧してみせたのだ。
そしてこれは楓からすれば、孤立無援にして絶体絶命の危機。
此処で交渉を誤まれば、確実に殺されてしまうだろう。
だというのに――楓は凄惨に哂った。

「フフ……貴方はこれまでもそうやって、人を襲い続けてきたんですか?
 何もしていない人を、無慈悲に殺してきたんですか?」

告げられた一言。
それは『稟以外の男は全て絶対悪』と断ずる楓の思い込みが生んだ、つまらぬ疑念に過ぎぬ。
だがその言葉は、どんな攻撃よりも的確にオボロの心を射抜いていた。
オボロがよろよろと後退しながら、掠れた声を絞り出す。

「き、貴様何を言っている……?」
「だってそうでしょう。私はまだ何もしていないのに、一方的に襲い掛かってきたんですから。
 トウカさん達に聞けば分かります。私はただ、質問をしていただけだと」

言われてオボロが視線を移すと、トウカがこくりと頷いた。
続けて楓が薄ら笑いを浮かべながら、話を続ける。

「ほら、ね。私は悪くないんです。なのにいきなり攻撃してくるなんて、おかしいです。怪しいです。
 あ……分かりました。貴方が稟くんを襲った人なんだ、そうでしょ?」

何時の間にか楓の左手には、大鉈がしっかりと握り締められていた。
心なしか、瞳孔も大きく開いているような気がする。
追求を続けてゆく楓は、傍目から見ればとても愉しげだった。
その変貌に少々気圧されながらも、トウカはオボロを弁護しようとする。

「確かに楓殿の言うとおり、某達は危害を加えられてなどいない。だがオボロが殺し合いに乗っているというのは、楓殿の思い違いであろう。
 オボロは清廉潔白なる武人。聖上の為に、国の為に、戦い続けてきた男。そんな男が悪の道に手を染めるなど、有り得ぬ事だ。
 そうであろう、オボロ?」
「…………オボロくん。……君は、殺し合いに乗っていないんだよね? 信頼して……良いんだよね?」

全員の視線を一心に受けながら、オボロは苦悩する。
此処で『殺し合いに乗っていない』とさえ言えば、全ては平穏無事に終わるだろう。
だがこちらを吟味するように眺め見る、千影の視線。
自分の所為で大切な存在を失ってしまった、少女の目。
世界に満ちた全ての悲しみを、漏らさず閉じ込めてしまったかのような瞳。
その瞳で見つめられると、胸が張り裂けそうなくらい痛む。
抑え切れぬ感情の奔流が、良心の呵責が、次々と押し寄せてくる。
理性では嘘をつくべきだと分かっているのに――気付いた時にはもう、言葉が溢れ出していた。

「……トウカ、千影、すまない」
「!? お主何を――――」
「俺はお前達が思ってるような男じゃないんだ! 俺は罪の無い者を――四葉を殺してしまったんだ!」
「「え…………」」

驚きの声は、トウカと千影のものだ。
衝撃的な告白に暫しの間、場が静寂に包まれる。
やがて千影が、確認するように言った。
とても、冷たい声で。

「オボロくん……それは本当かい?」
「ああ。兄者を守る為……少し前まで俺は殺し合いに乗っていたんだ」
「……それなら、私は君を許さないよ……必ず殺す……」

言い終えると、千影は鞄から短剣――永遠神剣第三位『時詠』を取り出した。
精一杯の憎しみを籠めて、オボロを思い切り睨み付ける。
やはりこの男は、確信犯の殺人鬼だったのだ。
あの時トウカを止めたのは、自分を欺く為だったのだろう。
この卑怯者によって、四葉は殺されてしまった。
自分にとっても兄にとっても大切な、可愛い妹は死んでしまったのだ。
オボロが何故正体を明かしたのかは分からないが、絶対に許せない。
止め処も無く滲み出る殺意のままに、千影は時詠を深く構える。

「――――待たれよっ!」
「……トウカくん、止めても無駄だよ。私は……オボロくんを殺す」

トウカはオボロと知り合いであったらしいから、止めようとするのは理解出来る。
それでも千影は、絶対にオボロを殺すつもりだった。
この島に兄は居ない――ならば自分が、報復を成し遂げなければならない。
だがトウカが発した言葉は、千影にとって予想外のものだった。

「……許さなくて結構、妹君を奪われた千影殿の苦しみは計り知れぬものでしょう。
 ですがオボロの不始末は、仲間である某にも責任がある。ならば千影殿が手を汚す事など無い。
 某がこの剣で以って、けじめをつけさせて頂く」

トウカはそう言って、ずいとオボロの前に踊り出た。
トウカの冷酷な双眸が、かつて仲間であった者の姿を眺め見る。
オボロは泣いているような、苦しんでいるような、そんな表情をしていた。

「オボロ……お主は武人として、決してやってはならぬ事をやってしまった。罪無き人の命を奪うなど、たとえ聖上の為であろうとも許されぬ。
 何か申し開きする事はあるか?」
「……無い。千影が俺を殺すと云うのなら、その決断に従おう」
「そうか。ならば――此処でお主を斬るっ!」

正義を貫き通す為ならば、エヴェンクルガ族は何処までも冷徹になれる。
一切の容赦も躊躇も無く、トウカの剣が、オボロに向けて振り下ろされる。
奔る剣戟、飛び散る鮮血。
左肩から胸にかけて大きく斬られたオボロは、糸が切れた人形のように倒れ伏せた。


(聖上……。某は……某はっ…………!)

トウカの心を、形容しがたい激情が襲う。
手に伝わる肉を裂く感触、崩れ落ちる仲間の姿――今まで体験したどんな出来事よりも、心が痛かった。
オボロが死んだ事を知ってしまえば、ハクオロもユズハも酷く悲しむだろう。
何より自分自身だって、戦友の死は悲しい。
それでもトウカはどうにか感情を抑え込んで、千影の方へと首を向けた。

「千影殿……オボロの罪は清算しました。ですから何卒、怒りをお鎮め願いたい」
「…………うん、そうだね」

答える千影の表情は、酷く沈み込んでいる。
復讐を成し遂げた達成感など、微塵も見て取れなかった。
それも当然だろう――オボロが死んだところで、四葉は生き返ったりしないのだから。
残ったのは空しさと、深い悲しみだけだった。
トウカ達が悲しみに打ちひしがれていたその時、それまで黙りこくっていた楓が口を開く。

「これでまた一人、稟くんに害を成す人間が減りましたね。
 ですが――この時間になっても稟くんが現れないという事は、私は春原さんに騙されたみたいですね」
「春原……確かあの時の……。楓殿、その話を詳しく聞かせてくれぬか?」

トウカが訊ねると、楓は事の顛末を語り始めた。
楓は春原陽平と名乗る人物の情報を信じて、土見稟と合流すべくこの神社を訪れた。
しかし未だ、稟が神社に現れる気配は無い。
楓が春原陽平と別れてから、もう半日近く経過しているのにだ。
トウカは春原と呼ばれていた男に、騙されそうになった経験がある。
同じようにして、楓も騙されたと考えるのが妥当だった。
トウカが苛立たしげに奥歯を噛み締める。

「春原……人を謀る悪漢め。何時の日か懲らしめねばならんな」

春原という男は殺し合いにこそ乗っていなかったものの、適当な出任せを言う姿勢は戴けない。
次に出会う事があれば、きっちりとお灸を据えておくべきだろう。
まあ犯した罪は比較的軽いし、命を奪う必要は無いが。
それがトウカの結論だったのだが、そこで楓が口を挟んでくる。

「懲らしめる? 何甘い事を言ってるんですか」
「……む?」
「稟くんを襲ったのは男です。私を騙したのも男です。ですから――」

訳も分からず、楓の言葉に耳を傾けるトウカ。
千影もトウカに倣って、黙って話の続きを待とうとする。
だが次の瞬間二人の耳に飛び込んできたのは、おぞましいとも言える程の独白だった。

「稟くん以外の男なんてこの島には必要無いんです、消え去るべきなんです。
 稟くん以外の男なんて生きたゴミなんです、稟くんを傷付けるだけのゴミなんです」

まるで歌うかのように、愉しげに放たれる言葉の数々。
少女の淀んだ瞳が、爛々と妖しく輝いている。

「だから私がゴミを全部片付けて、稟くんが傷付かない世界にするんです。私がずっとずっと稟くんをお守りして差し上げるんです。
 十年後も、百年後も、未来永劫傍でお世話し続けるんです」

伝わってくる感情は三つ。
異常なまでの愛情と、過ぎた自己陶酔、そして――――稟以外の男に対する、圧倒的な殺意。

「私がこの島を浄化するんです、稟くんの為に浄化するんです。
 浄化するんです、浄化するんです、浄化するんです、浄化するんです浄化するんです浄化するんです……」

矢継ぎ早に紡がれる異常な理論に、トウカも千影も口を挟めなかった。
オボロの乱入で有耶無耶となっていたが、最早疑いようも無い。
この少女、芙蓉楓は――完全に、『異常者』だ。
話し合って分かり合えるような相手では無い。
そしてトウカ達が硬直していたその時に、突如パチパチと拍手する音が聞こえてきた。

「――――流石楓さん、素晴らしいお考えです」

とても満足げな声が神社に響く。
それはとても甘美な、しかし粘りつくように重い音響だと感じられた。
トウカ達の視線が、右方にある林の辺りへと引き寄せられる。
そこには、青い長髪の少女――ネリネが屹立していた。

「な――――これは…………」

ネリネの姿を認識した千影は、背筋が寒くなる感覚を禁じ得なかった。
多少なりとも魔術を齧っている自分だからこそ、何とか理解出来る。
こうやって向かい合っているだけでも感じ取れる程の、凄まじい魔力。
人間では決して持ち得ない、桁外れの魔力。
実際には制限があるのだから、十分に対抗可能なのだが――千影からすればネリネは、桁違いの怪物のように感じられた。
そんな千影の狼狽を意に介す事無く、ネリネは楓に語り掛ける。

「ですが楓さん。男だけが稟さまを傷付けるというのは、楽観が過ぎますよ?」
「……リンちゃん、それはどういう事ですか?」
「考えてもみてください。女性の方だって、稟さまに危害を加えるかも知れないじゃないですか。
 お優しい稟さまの事ですから、ひ弱な女性を保護しようとして、寝首を掻かれてしまう可能性もある――違いますか?」

言われて楓は僅かの間考え込んだ。
だがほんの数秒足らずで、すぐに結論が弾き出された。
楓は何の迷いも無く、首を縦に振る事で肯定の意を示す。

「そう……ですね、私が間違ってました。リンちゃんの言う通り、女性の方も殺しちゃわないといけませんね」
「ええ、では手始めにこのお二方から片付けましょう。稟さまを傷付ける存在など、二酸化炭素を撒き散らすだけの公害。
 悪の権化です! 不必要です!」

ネリネが永遠神剣第七位“献身”を、楓がベレッタM93Rを取り出す。
二人の目に宿った明確な殺意が、最早説得など不可能であると報せていた。
千影はドクンドクンと踊り狂う心臓を必死に沈め、時詠を構え直した。
トウカの身体能力は並外れているものの、この二人を同時に相手する事は難しいだろう。
自分も戦うしかない。
焦る千影の横で、トウカの鋭い視線がネリネを射抜く。

「やるしかないようだな…………お主、名は何という」
「――私はネリネと申します。貴女は?」
「某はエヴェンクルガのトウカ、正義を貫く武士だ。……参るッ!」

叫び終えるとほぼ同時、トウカの足元が爆ぜる。
刃こぼれした西洋剣を左脇の辺りに構え、一人の武士が疾走する。
極限まで鍛え抜かれた脚力に裏付けされた、高速の突貫。
だが制限されているソレは、対応不可能な域にまで達してはいない。

「……抵抗するおつもりですか? やっぱり女性の方だからって、油断してはいけませんね。
 危険です、野蛮です。一人残らず駆除しなければいけません」

迎え撃つは、絶対の殺意を湛えた少女。
楓の握り締めたベレッタM93Rから、破壊を齎す弾丸が放たれる。
トウカは戦場で培った直感に身を任せ、上体を大きく横に傾けた。
直後、頬を掠める突風、直接触れずとも伝わってくる衝撃。

(これが銃という武器かっ……!)

予想以上の威力に、トウカは思わず唇を噛む。
矢を遥かに凌駕した武器だと聞いてはいたが、まさかここまでとは。
これでは弾丸を切り払うのは勿論として、見てから避けるのすらも不可能だろう。
銃口の向きから射線を予測して、予め身を躱すように動き続けるしかない。

「ほらほら、どんどん行きますよ?」
「――――――――っ」

距離さえ詰めてしまえば、敵が引き金を絞る前に切り伏せられるが、そうは問屋が卸さない。
第二、第三の銃弾が連続して撃ち放たれる。
迫り来る衝撃力の塊は、弓矢などとは比べ物にならぬ程の威力だろう。
たった一度の回避ミスが、そのまま致命傷に直結する。
まずはもう少し守りに専念して、感覚を慣らさねばならない。
トウカは楓を中心として円状に疾走し、一定距離を保ち続けようとする。
だがそこで横に忍び寄る、青い殺人者。
トウカの不意を突く形で、ネリネが槍を突き出してきた。

「――ヤアアアアアッ!」
「…………!」

トウカに迫り来る槍の刃先は、大した速度では無い。
ネリネは魔力を温存する為に、身体能力の強化を行ってはいないのだ。

だが――それでも不意を突かれたトウカには、防御方法が存在しない。
槍を払いのけても、若しくは強引に飛び退いたとしても、結末は同じ。
生じた隙を、楓が放つ銃弾により捉えられてしまうだろう。
しかし槍の刃先はトウカに届く前に、短剣によって受け止められていた。
自身の窮地を救ってくれた者の姿に、トウカは少なからず驚嘆の念を覚える。

「――――千影殿!?」
「……此処は私が、引き受けるよ。その間に……トウカくんは、……楓くんを倒してくれ」
「し、しかし――――」

守るべき対象を前線に立たせるなど、武人として避けなければならない行い。
トウカは千影に退避を促そうとするが、すぐにこちらを狙う狙撃手の存在に思い至り、断念する。
話し合っている暇など無い。
今は一刻も早く、楓を仕留めるのが肝要だ――そう判断したトウカは、千影に背を向けて走り出した。
トウカは再び銃撃の嵐へと身を投じ、ある時は身を屈め、ある時は跳躍する事によって、荒れ狂う銃弾を躱してゆく。


そんな中、千影はネリネと対峙する。
ネリネの手に握られた大きな槍からは、強大な魔力の波動が感じられる。
恐らくは自分の持っている時詠と同じく、永遠神剣の類であろう。
そんな千影の確信を裏付けるかのように、ネリネが語り掛けてくる。

「何か感じませんか?」
「え……?」
「私は感じます。この槍が……献身が……もっと魔力を欲しがっているのが。
 貴女の永遠神剣もきっと、同じなのではないですか?」
「…………」

千影は答えないが、内心ではネリネの言葉を半分程肯定していた。
自分が『時の流れを加速』させた時、確かに魔力を多少消耗した。
その事から推察するに、永遠神剣は魔力を超常的な力へと変えている筈だ。

しかし自分が時詠の力を使用した際、もう一つ大きな変化があった。
あの時自分は、強い疲労と凄まじいまでの虚脱感に襲われたのだ。
ネリネの槍がどれ程の奇跡を起こせるかは分からぬが、時詠の力には遠く及ばないだろう。
より強い奇跡を起こす為には、より大きな代償が必要なのは自明の理。
恐らくこの時詠に限っては、魔力だけで無く、所持者の生命力そのものを吸い取るのでは無いか。
極力時詠の特殊能力には頼らず戦った方が良いだろう。

千影は地面を勢い良く蹴り、生まれた推進力と肉体の力だけで斬りかかろうとする。
だがすかさず献身が横一文字に振るわれて、千影は後退を強要される。
そして続けざまに、ネリネが槍を振り下ろしてくる。

「…………くうっ」

髪を舞い上げる旋風。
千影は済んでの所で横に方向転換し、槍の刃先から逃れていた。
だが勿論その程度で終わる筈が無い。

「は――――あ、く…………」

矢継ぎ早に献身の刃が奔り、千影は必死の思いで耐え凌ぐ。
幾ら後ろに下がろうとも、休憩は許されない。
右方向より襲い来る白刃を、懸命に時詠で受け流す。
生まれた僅かな時間を利用して後方に退こうとするが、すぐに距離を縮められる。
敵が一撃毎に踏み込んでくる所為で、延々と回避を強要される。
千影は永遠神剣による身体能力強化を行っていないが、対するネリネも魔力を温存している。

だがそれでも千影の不利は明白だった。
自分の得物は短剣、そしてネリネの得物は槍――故に反撃する余裕など無い。
剣で槍を制するには、相手の三倍の技量が必要だというが、千影は運動を得意としていない。
必然的に、戦いの天秤はネリネへと傾く。
そして、決して忘れてはいけない。
もう一人の敵は、遠隔攻撃が可能だという事を。

「――――――――!?」


突如千影の脳内に、胸を撃ち抜かれる自身の姿が浮かんだ。
所謂未来視というものだ。
斜め後方から楓に狙われているのが、手に取るように分かる。
前方からは今もネリネが、獲物を仕留めるべく迫ってきている。
自力でこの状況を逃れるのは不可能――もう、時詠の力を使うしかない。

千影は精神を集中させ、タイムアクセラレイト――自身の時間を加速させる技――を発動させた。
途端に全身を凄まじい疲労感が襲ったが、それでも身体の動きは速まった。
今の状態ならば、銃弾も槍撃も大した脅威では無い。
千影はコンマ数秒で4-5メートル後退し、絶望的だった状況をあっさりと覆す。
本当に一瞬の出来事だったが、その動きは生物の限界すらも超越していた。
連射された銃弾も、ネリネの振るった槍も、等しく空を裂くに留まった。


「そんな――――!?」

銃撃を躱された楓は、計らずして驚きの声を洩らしてしまった。
トウカの追撃を振り切って放った、最高の奇襲だったのに、恐ろしいまでの動きで回避された。
有り得ない現実を目の当たりにし、楓の思考が一瞬停止する。
そしてその狼狽は、先程から楓の隙を窺っていたトウカにとって、最高の好機。
神社の境内に、一陣の旋風が吹き荒れる。

「芙蓉楓――――その首貰い受ける!」
「…………っ!?」

疾風と化したトウカは、前進を続けながらスペツナズナイフの柄を投擲する。
投げられた柄は勢い良く宙を突き進み、楓の左手に命中した。
そのままトウカは、痛みに硬直する楓の懐へと潜り込んだ。
トウカの十八番にして、数多くある剣技の中でも最速の攻撃――居合い抜きが、満を持して放たれる。
常人では抗いようの無い剣戟が、寸分違える事無くベレッタM93Rの銃身を捉えた。
大きく響き渡る金属音。

「あぐっ…………」

楓の手元から、ベレッタM93Rが弾き飛ばされる。
空手となった楓の首に、トウカの振るう白刃が迫る。
先の居合い抜きには遠く及ばぬものの、十分な鋭さを伴った斬撃。
それは間違いなく勝負を決する一撃となる筈だった――千影の悲鳴さえ聞こえてこなければ。

「……くっ、ああああああ!」
「――――千影殿!?」

トウカが視線を移した先で展開されていたのは、絶望的な光景だった。
千影の左肩が、ネリネの握り締めた献身によって深く穿たれていた。
鮮血が花裂くように舞い散る中、千影の首元に白刃が突きつけられる。
そのままネリネは、トウカに向けて底意地の悪い笑みを浮かべた。

「惜しかったですねトウカさん。後数秒遅れていれば、私達の負けでした」

ネリネの言葉通り、本当にたった数秒の差だった。
トウカが楓を追い詰めている間、ネリネもまた千影に対し猛攻を仕掛けていたのだ。
そして激しい疲弊を抱えていた分、千影が敗れる方が僅かに早かった。

「……貴女には剣を捨てる義務があります。まあ千影さんの命が惜しくないというのなら、話は別ですが」
「おのれ……卑怯な!」

トウカは心底苛立たしげに舌打ちをするが、どうしようもない。
武器を捨てればどうなるか、末路を想像するのは余りにも容易いが、それでも投降するしか無いのだ。
誇り高きエヴェンクルガ族である自分が、人質を見捨てるなど有り得ぬ話だった。
トウカは手にした西洋剣を、ゆっくりと地面に放り投げる。
次の瞬間、トウカの即頭部に奔る衝撃。

「がっ…………!」
「――――先程はよくもやってくれましたね」

楓は拾い上げたベレッタM93Rの銃身で、思い切りトウカを殴り付けていた。
予期し得ぬ攻撃に、トウカがもんどり打って転倒する。
楓はつかつかと足を進めて、倒れたままのトウカの腹部を踏みつけた。
――足を振り上げ、降ろす。
――足を振り上げ、降ろす。
同じ動作を何度も何度も、感触を確かめるかのように繰り返す。
その最中拳銃に新しいマガジンを詰めもしたが、責める足だけは決して止めない。

「うっ……がっ……はっ…………」
「アハハハハハハハ! あんたなんか、死んじゃえば良いんだああああっ!!」
「く……楓くん、止めてくれ……」

ベレッタM93Rの引き金を絞れば一瞬で終わるというのに、楓は敢えて拷問の続行を選択する。
土見稟を傷付ける可能性がある者――即ち『土見ラバーズ』以外の人間は、極力苦しめて殺したいからだ。
腹部を踏みつけるのに飽きたのか、次は狙う箇所を変える。
サッカーボールを蹴る要領で、トウカの腕を、足を、休む事無く蹴り続ける。
その度に、トウカの喉から掠れた声が絞り出される。
妄信に取り憑かれた狂人が繰り広げる、終わりの見えぬ責め苦。
千影が制止を懇願するが、楓の狂笑は止まらない。
人質を取られている限りトウカは戦えぬし、首元に刃を突きつけられている千影も動けない。
誰も楓を止められないであろう状況。

――だがそこで突然、猛獣の如き咆哮が響き渡った。


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093:恋獄少女 芙蓉楓 105:武人として/鮮血の結末 (後編)
102:知る者、知らざる者 オボロ 105:武人として/鮮血の結末 (後編)
102:知る者、知らざる者 トウカ 105:武人として/鮮血の結末 (後編)
102:知る者、知らざる者 千影 105:武人として/鮮血の結末 (後編)
096:彼女は眠らぬ山猫の様に、深く静かに休息す ネリネ 105:武人として/鮮血の結末 (後編)
090:無垢なる刃 川澄舞 105:武人として/鮮血の結末 (後編)







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