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瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(前編) ◆guAWf4RW62


薄暗い建物の中、金属の摩擦音だけが幾度と無く鳴り響く。

「――くそっ……、マジで硬いな……」

春原陽平は金物屋にて、特殊合金製のニッパーで手錠を断ち切ろうとしていた。
まだ手錠が切れていない所為で上半身こそ裸だが、腰から下はごく一般的なジーンズを履いている。

――陽平が涼宮茜と共にこの場所を訪れたのは、一時間程前の話だ。
市街地の中央部を出たとは言え、博物館に向かう道中には様々な建物が点在していた。
そこでまず陽平は手早く排泄を済ませ、続いて衣服を入手した。
そして手錠から解放されるべく、金物屋に立ち寄ったという訳である。

「……春原さん、まだなの?」

苛立ちを隠し切れぬ様子で、茜が問い掛ける。
彼女が憤るのも、至極当然の事だ。
手錠を切断するという作業は必要不可欠であるが、余りにも時間が掛かりすぎている。
宮小路瑞穂との約束がある以上、一刻も早く博物館に向かわなければならないのにだ。

「待ってくれ……もうちょっとだからっ……」

急かされた陽平は、滝のような汗を流しながらも、ニッパーを思い切り握り締める。
するとこれまでの努力の甲斐もあってか、バキンと大きな音を立てて、手錠の鎖が千切れ落ちた。
実に六時間振りの、自由の身。
計らずして、陽平は歓喜の声を上げる。

「やった! あんな頑丈な手錠を壊せるなんて、流石僕! そこに痺れる、憧れるぅ!」
「別に痺れないし憧れません! ほら、瑞穂さん達が待ってるだろうし、早く博物館に行くわよ」
「――わわっ、ちょっと待ってくれよ……!」

茜が早々に出発してしまった為に、陽平は慌てて荷物の整理に取り掛かる。
Tシャツを上半身に纏い、駆け足で茜の後を追う。
何処までも能天気な陽平を、年不相応に大人びた茜が引っ張っていく構図。
鎖が切れた所で二人の関係は変わりそうに無い――かのように思われた。



それから暫くして。
特に敵に出会う事も無く、二人は博物館の前まで辿り着いた。
二人共も大した武器は持っておらず、襲撃されれば一貫の終わりだったのだから、これは間違いなく僥倖と云える。
否――今回に限らず、これまで陽平と茜は一度も殺し合いに乗った人物と出くわしていない。
強いて言えば勘違いからトウカに襲撃された程度だが、あの時だって大きな苦労も必要とせずに凌ぐ事が出来た。
陽平も、茜も、信じ難い程に幸運だったのだ。
そして駄目な時は何をやっても裏目に出るというが、その逆もまた然り。

「あれは――」

何かに気付いた茜が、唐突に首を横へと回す。
陽平がその視線を追うと、その先から二人の少女――宮小路瑞穂とアルルゥが歩いてきていた。
陽平も茜も一目散に、瑞穂達の方へと走り寄った。

「……瑞穂さん!」
「陽平さん……茜さんも――ご無事で何よりです」

合流場所を決めていたとは言え、再び生きて会える保障など何処にも無かった。
故に一行は表情を緩めて、お互いの無事を祝い合う。
だがそんな中、一人だけ警戒心を露としている者が存在した。
その事にいち早く気付いた陽平が、疑問の言葉を発する。

「瑞穂さん、この子は――」
「あ、そうですね。……ほらアルルゥちゃん、ご挨拶して」
「…………」

促されたものの、アルルゥは瑞穂の背中に張り付いたまま離れようとしない。
極度に人見知りするアルルゥからすれば、この反応も仕方の無い事。
何しろ相手の一人は、数時間前に自分を驚かせた男なのだ。

「……困ったわね」

梃子でも動かないといったアルルゥの様子に、瑞穂も困惑気味の顔となってゆく。
だがそこで茜が、堂々とアルルゥの顔を覗きこんだ。

「――9点 10点 10点 10点 10点 9点 10点 10点 9点 10点! 合計97点!」
「あ、茜さん……?」

茜の顔には、今まで見せた事も無いような人懐っこい笑顔が浮かんでいる。
瑞穂が怪訝な表情となるが、構わず茜は軽快に言葉を続けてゆく。

「う~ん、文句無しに可愛い子ねっ! 私は涼宮茜って言うの」
「………」
「ほら、何もしないからそんなに怖がらないで? 貴女の名前は?」

吟味するような視線を送ってくるアルルゥに対し、茜はあくまで優しく語り掛ける。
するとようやく少し警戒を解いたのか、アルルゥは一歩前に身を乗り出した。

「ん…………アルルゥ」

そうなってしまえば、後は簡単だった。
茜は持ち前の明るさ――この殺戮の島では、これまで影を潜めていたが――を存分に活かし、積極的にアルルゥへと話し掛ける。
瑞穂もそれを手助けする形で動いた為、すぐに茜達はアルルゥと打ち解ける事が出来た。
自己紹介や情報交換も滞りなく進んでゆき、四人は各々が辿ってきた道程や目的を話し終えた。

そこで陽平が、確認するように口を開いた。

「まずはこのまま此処で、アセリアって奴と蟹沢きぬって奴が、来るのを待てば良いんだね?」
「――はい、そうです。あれからだいぶ経っていますし、アセリアさんはそろそろ来る頃だと思いますよ」

……その筈だった。
アセリアが謎の襲撃者と一戦を交えたのは、2時間近くも前の話。
凶器を用いての戦いがそう長引くとは思えないし、もう博物館に到着しても可笑しくない時間だ――生きていれば、だが。

「そっか……それじゃ、僕はちょっとトイレに行ってくるよ。また前みたいな目に合うのは、ゴメンだからさ」
「あ、そうね。私も行こうかな……アルルゥちゃんも一緒に行っとこ。瑞穂さんはどうする?」

茜の言葉を受け、瑞穂は少し考え込んだ。
確かに行ける時に行っておいた方が良いのだろうが、出来れば女性と一緒に行きたくは無い。
普段から女装を強要されているのだから、女便所に行っても誤魔化す事自体は容易なのだが――まあ男として、極力避けたい行為ではあるのだ。
それにわざわざ一緒に行かなくても、近くにある民家やらで用を足せば事足りる。
そう結論付けた瑞穂は、『周囲の地形を把握しておきたい』といった言い分を用いて、その場を離れていった。


残された陽平とその仲間達は、特に瑞穂の行動を気にするといった風も無く、裏口から博物館の中へと侵入してゆく。
まず最初に、陽平達は職員用の事務室へと足を踏み入れた。
事務室の照明は灯されており、自分達が此処に来る以前に、誰かがこの部屋を訪れた事を暗示していた。
となると一応、襲撃される可能性も考慮しなければならない――故に陽平は、鞄の中からとある物を取り出した。

「――――フ、これっ……なら、敵が居ても…………ハア、一発、さっ…………!」
「「……………………」」

茜とアルルゥは心底呆れたといった様子で、目の前の光景を眺め見る。
陽平が取り出したのは、優に長さ2メートルはあろうかという巨大な鉄パイプ――博物館に来る道中、工事現場で入手したもの――だったのだ。
確かにその威力、その頑強さは、下手な刃物など比べ物にならぬだろう。
たっぷりと遠心力を上乗せしての一撃は、まともに当たれば敵を戦闘不能に追い込めるに違いない。
だが一つ、大きな問題がある。

「…………アンタ、もしかしなくても馬鹿?」
「…………陽平お兄ちゃん、無理するの良くない」
「――――フッ、ハ、ハァ……平気……平気……僕の真骨頂は、ここからだぜっ……!」

茜とアルルゥの容赦無い言葉が、次々に陽平の胸に突き刺さる。
巨大鉄パイプの重量は凄まじく、陽平程度の膂力では持ち上げるので精一杯だ。
にも関わらず陽平は必死に鉄パイプを引き摺り、博物館の中を突き進んでゆく。
それは明らかに愚かな行為だったが、陽平としては少しでも強力な武器を携えて、仮初の安心を得たかったのだ。
陽平達は事務室を後にし、代わりと言わんばかりに展示場への扉を開け放つ。
瞬間、鼻をつく異臭が陽平の嗅覚を襲った。

「これは…………血の臭いっ!?」

この臭い、一度嗅いでしまえば忘れられる筈も無い。
新市街地で鳴海孝之を発見した時と同様に、展示場にも濃厚な死臭が満ちていた。
日の光が届かぬ薄暗い環境下では、遠目から部屋中の様子を全て把握しきる事は難しい。
故に陽平達は臭いの発生源を探るべく、慎重な足取りで歩いてゆく。
床は少し水で濡れていたが、歩くのに支障が無い程度には乾燥していた。
そして、陽平達は見てしまった。
赤い水溜りの上で寝そべる、首から上が消失した少女――朝倉音夢の死体を。
音夢の死体は無事な部位など何処にも無く、腹部からは内臓が零れ落ちていた。

「ぐっ……酷いな……」
「うぅっ……」

その光景を目の当たりにして、世界背景上死体を見慣れているアルルゥはともかく、陽平と茜は顔面蒼白となった。
新市街地で死体を見た時は、狂気に取り憑かれた鳴海孝之に意識がいっていたお陰で、多少は気を紛らわせれた。
だが今は違う。
陽平達はどんな映画よりもグロテスクな光景を、その双眸で直視してしまったのだ。
計らずして心の奥底から恐怖が沸き上がり、冷静な思考が奪い去られてゆく。
陽平と茜は唯只肩を震わせて、その場に立ち尽くす事しか出来ない。
その所為だろうか――正面玄関より侵入し、背後から忍び寄る存在にすら、気付けなかったのは。

「――動くな、武器を捨てろ」
「――――ッ!?」

突如後ろからかけられた、凍て付いた重い声。
陽平が巨大鉄パイプを捨て、背後へと振り返ると、そこにはコルトM1917を携えた死神が屹立していた。
男の銀髪はこの死地に於いても美しく輝き、身に纏った黒い服との対比がそれを一層際立たせる。
その男は、この島で一秒でも長く生き延びようと思うのならば、絶対に出会ってはならない存在だった。

「……国崎往人?」

茜が呆然と声を洩らす。
最高ボタンの説明書に、国崎往人の外見的特徴について書いてあったので、目の前の男が誰かは分かる。
かなりの長躯に、鋭い瞳、少し青みの混じった銀髪、そのどれもが説明書の記載と一致する。
だが説明書によれば国崎往人は、無愛想ではあるが心優しい人物の筈。
そんな男が何故、今自分達に銃口を向けているのだろうか。

「何故俺の名前を知っているかは知らないが、まあそんな事はどうでもいい。
 死にたくなければ、質問に答えろ」
「アンタ、殺し合いに……」
「――黙れ、お前達に質問する権利なんて与えるつもりは無い」
「う、ううっ……」

陽平は問い掛けようとしたが、言い切るよりも早く銃口を向けられてしまい、恐怖に顔が引き攣ってしまう。
こちらを射抜く絶対零度の視線、双眸の奥底に宿った紅蓮の炎。
こうやって対峙しているだけでも伝わってくる、圧倒的なまでの死の気配。
最早、訊ねるまでも無い。
眼前の男は間違いなく殺し合いを肯定しており、既に何人もの人間を屠ってきた屈強な殺戮者だ。
トウカと出会った時とは違い、説得など何の意味も為さない。
下手な言動、下手な行動を取ってしまえばその瞬間に殺されてしまうと、当然のように理解出来た。

陽平が萎縮したのを確認してから、往人は淡々とした口調で話し始める。

「俺は神尾観鈴という女を捜している。金髪にポニーテルの能天気そうな女だ」
「…………」
「観鈴の行き先に心当たりがあれば、包み隠さずに教えろ。嘘を吐くと自分の命を縮めるだけだと理解しろよ?」
「…………そんな奴、一度も見掛けてないよ」

陽平には、往人が観鈴を見つけてどうするつもりなのかは分からない。
もしかしたら何か恨みがあって、殺してしまおうと考えているのかも知れない。
だが見ず知らずの少女と自分達の命を天秤にかければ、どちらを優先するかなど決まりきっている。
だからこそ陽平は、素直に真実を口にした。
茜も陽平の言葉に対し、首を縦に振るばかり。

観鈴の居場所を知らないこの二人に、利用価値など欠片も無い――そう判断した往人は、何処までも冷徹に告げる。

「そうか――ならもう用は無い。悪いが死んで貰うぞ」
「――――ひ、うああっ……」

陽平の喉の奥底から、まるで自分のものでは無いような掠れた声が絞り出される。
陽平がちらりと視線を動かすと、朝倉音夢の惨死体が目に入った。
――自分もこうなってしまうのか?
そう考えると恐怖が際限無く膨れ上がってゆき、身体の震えがどんどん強まってゆく。
このままでは傍で寝そべる少女と同じように、自分も圧倒的な暴力の前に破壊し尽くされてしまうだろう。
そのような事態、絶対に許容出来ない。
自分にはまだまだやりたい事だってあるし、こんな所で殺されるような罪だって犯してはいない。

そんな陽平の内心を意にも介さず、往人が引き金を絞ろうとした時、事態は一変した。
薄暗い環境下である事に加え、陽平と茜に集中力を傾けていた往人は、もう一人の少女の存在を完全に失念していたのだ。

「……みんなをいじめるの、ダメ!!」
「ガ――――!?」

往人の即頭部を、大きな衝撃が襲った。
アルルゥが往人目掛けて、デイバックを思い切り投げつけたのだ。
往人は銃こそ取り落とさなかったものの、大きく体勢を崩してしまう。
そして、これは茜達に生まれた唯一にして最大の好機。

「――アアアアアアアッ!!」

恐怖を振り切り、甲高い雄叫びを上げて、茜が突撃を敢行する。
往人が苦し紛れに銃弾を一発放ったが、まともに照準をつけていない状態では、いかな強力な火器といえども敵を破壊する事は出来ぬ。
茜は大きな銃声にも足を止めず、武器を取り出す時間も惜しいと言わんばかりに、そのまま往人の腰に組み付いた。

「くっ、この――――」

茜は必死の思いで往人を押し倒そうとするが、予想以上に激しい抵抗を受け、なかなか狙い通りにはいかない。
いくら隙を突いたとは言え、そして茜は水泳部仕込みの優れた身体能力を持ってるとは言え、往人相手では体格が違い過ぎるのだ。
一人では、このまま往人を押し切るのは不可能だ。
……しかし二人掛かりなら別。
二人掛かりならこのまま往人を押し倒し、制圧しきれるだろう。
だからこそ、茜は仲間に向けて大きく叫び――――絶望した。

「春原さ――――っ…………!?」

有り得ない光景。
視界に映る背中。
茜が頼ろうとした仲間は――春原陽平は、出口に向かって一目散に逃げ出していた。
その事態を認めた瞬間、茜の頭は驚愕と絶望で埋め尽くされてしまう。
そして次の瞬間、腹部に奔る強烈な激痛。

「――仲間はもう少し選んだ方が良いぞ」
「う……あああ…………ぁ……」

往人の頑強な拳が、茜の腹をしっかりと捉えていた。
茜は苦しげな吐息を洩らしながら、大理石の床の上に崩れ落ちる。
茜が晒した隙を的確に突いたその拳撃は、一発で意識を刈り取るに十分なものだった。


    ◇     ◇     ◇     ◇


「――――ク、フ……ハ……、ハアッ……」

――死にたくない。
今陽平の思考を占めているのは、たった一つのシンプルなその思いだけだった。
生物の本能に従って生き延びるべく、陽平は一目散に博物館の外へ逃げ出そうとしていた。
裏口の扉を乱暴に押し開けて、脇目も振らずに敷地を出ようと走り続ける。
そして博物館の敷地から脱出を果たした辺りで、前方から一人の人物が駆けてきた。
それは銃声を聞きつけ、大急ぎ戻ってきた瑞穂だった。

「――陽平さん、何があったんですか!? 今の銃声は!?」
「……敵が博物館の中に現れたんだ! 銃だって持ってたし、今すぐ逃げないと危ない!」

銃を持っている――その言葉を聞いた瞬間、瑞穂の顔に強い焦燥の色が浮かんだ。
碌な武器も持っていない自分達では、銃に対抗するなど夢のまた夢。
万が一戦う事になってしまえば、結末は一つしか用意されていないだろう。
そう考えると陽平の言い分は妥当と判断しざるを得ないが、大きな問題がある。

「待ってください! 茜さんとアルルゥちゃんは、今何処に?」
「う…………」
「どうしたんですか!? 黙っていたら分かりません!」
「まだ、あそこに……」

言い淀んでいた陽平だったが、瑞穂の気勢に押され、ようやく博物館の方角を指差した。
瑞穂は大きく息を飲んだ後、何かを堪えるような重苦しい声で、確認するように言った。

「……つまりこういう事ですか? 陽平さんは、茜さんとアルルゥちゃんを見捨てて逃げてきたと、そういう事ですか?」
「く――――だって仕方ないじゃないか! アイツ体もでけえし、すげえ恐ろしい目をしてた……逃げなきゃ殺されちまうよ!」
「…………」

瑞穂の返答を待たずに、陽平は早口で捲くし立てる。

「だから瑞穂さんも僕と一緒に逃げようよ! 今から助けに行ったって絶対間に合わないしさ!
 あいつらには悪いけど、自分の身には代えられねえよ! 知り合ったばかりの奴の為に、命なんて懸けられる訳がないからな! ほら、早く逃げよ――」
「……り……なさい……」
「――え?」

臆面も無く逃亡を主張してくる陽平だったが、瑞穂はそれを途中で遮った。
続けて心の奥底から、全力で叫んだ。

「――黙りなさいっ! 知り合ったばかりだろうと関係ない! アルルゥちゃんも、茜さんも、私の大切な仲間です!
 貴女は自分の安全しか考える事が出来ないのですかっ! 仲間を思い遣る事も出来ないのですかっ!」
「瑞穂……さん……?」

陽平の驚愕をよそに、瑞穂は凄まじい剣幕で続ける。

「分かっているの!? 今の貴方は最低です! 女の子を見捨てて逃げ出すなんて、それでも男ですかっ……。
 恥を…………恥を知りなさいっ!!」
「ちょ、ちょっと瑞穂さ――」

止める暇も無い。
瑞穂は己の内心を吐き出すと、もう陽平には目もくれずに博物館の中へと飛び込んでいった。
陽平はどうするか一瞬迷ったが、本能のままに博物館から離れるように走り始めた。

確かに瑞穂の言い分には一理あるし、この島に連れてこられる前なら共感出来ただろう。
勢いで口にした事とはいえ、瑞穂を守ると宣言した事だってある。
陽平にも仲間を守りたいという気持ちは当然あるのだ。
しかし、である。

「何が恥を知りなさい、だよ……死んじまったら、そこで終わりじゃないか!」

結局、先程味わった恐怖には打ち勝てなかった。
今博物館の中に戻ったら、またあの恐ろしい男と対峙しなければならない。
そして次はもう、逃げ切る事など適わぬだろう。
今仲間を助けに行けば、間違いなく自分は殺され、無惨な死体の仲間入りを果たしてしまうのだ。
そう考えると、自ら死地に身を投じるなど、絶対に有り得ない選択肢となっていた。

「うぅ――――クソ……、なんでこんな事に…………どうして僕が殺し合いなんか……! もう嫌だ、助けてくれ岡崎っ……!!」

顔を涙で汚しながら、親友の姿を求め、陽平は独り走り続ける。
瑞穂に対して抱いていた恋心も、仲間に対する思い遣りもかなぐり捨て。
不甲斐ない自分と理不尽な状況への怒りと、死に対する絶対的な恐怖を胸に秘めて。


    ◇     ◇     ◇     ◇


場所は移り変わり、博物館の展示場。
国崎往人は、倒れ伏す茜に対しコルトM1917の銃口を向けた。
また一人、この島から邪魔者を消し去る為に。
観鈴を守り抜く為に。
だがそんな往人を妨げる少女が、この場に一人存在している。
アルルゥは往人の前に立ち塞がり、真っ直ぐな視線を送った。

「……だめ! 茜お姉ちゃんが死ぬのやだ」
「――――ッ!? お、お前は……」

往人の心に動揺が走る。
先程まではじっくりと観察する余裕が無かったが、こうやって正面から対峙すると、目の前の少女は余りにも似過ぎていた。
自分が最初に殺した少女、エルルゥに。
となると、まさかこの少女はエルルゥの――
往人が結論に思い至るとほぼ同時、アルルゥが口を開いた。

「アルルゥのお姉ちゃん、死んだ。カルラお姉ちゃんも…………死んだ。これ以上……誰かがいなくなるの、やだ」

言葉を紡ぐアルルゥの声は、悲痛な響きを伴っていた。
聞いているだけで胸が張り裂けそうになるような、そんな声。
まだ年端もいかぬ少女のものとは思えぬ程、悲しい声。
それを耳にした往人は、自身の心が凄まじいまでの痛みに襲われるのを感じた。
自分は、この少女から姉を奪い取ったのだ。
一生掛けても癒し切れぬであろう、何処までも深い傷を、少女の心に刻み込んでしまったのだ。
アルルゥだけでは無い。
これまで殺してきた佐祐理にも、エスペリアにも、大切な人間は居ただろう。
自分は多くの人間から、掛け替えの無い存在を奪い取ってしまったのだ。

「お兄ちゃんは……どうして人を殺そうとする? 皆も――お兄ちゃんも悲しくなるだけなのに、どうして?」

どうして――決まっている、観鈴を守る為だ。
自分はその為に修羅になると、心に決めた。
今更道を変えるつもりなど毛頭無い。
相手が誰であろうとも関係無い。
観鈴が生き延びる為には、生き残りが一人にならなければならいのだから、無害な人間であろうとも殺す。
それが自分の決意。
自分には言い訳する事も、謝罪する事も、決して許されない。

「――おやめなさいっ!」
「……瑞穂お姉ちゃんっ!」

そこで、瑞穂が現れた。
その手には、小さな投げナイフがしっかりと握り締められている。
新たなる来訪者の登場を受けた往人は、一瞬だけ驚いたが、すぐに気を取り直した。
敵が一人増えた所で、自分の圧倒的優位は揺るぎようが無いのだ。
コルトM1917の銃口をすっと動かし、瑞穂に照準を合わせる。

「……誰だか知らないが、死にに来たのか? そんなナイフ一本で現れるなんて、正気の沙汰とは思えないな」
「正気でないのは貴方の方です! そんな子供を殺そうとするなんて、何を考えているんですか!」
「子供かどうかなんて関係無い。俺はどんな手を使ってでも、大切な人間――観鈴を絶対に守りたいと思う。だから観鈴以外は全員殺す、それだけだ」

心は痛むし、涙だって流したが、自分の選んだ道に迷いは無い。
だからこその言葉だったが、瑞穂は全力でそれを否定する。

「大切な人を守る為に戦う、ですか……。けれど貴方はその観鈴という方にまで、大罪を背負わせようとしているのですよ!」
「大罪――だと?」

往人の顔に、僅かな動揺の色が浮かび上がった。
瑞穂の澄んだ瞳と言葉が、往人の心を射抜いてゆく。

「この島に連れてこられた60人以上の命を引き換えに生き延びる――これを罪と云わずして、何と云うのですか?
 貴方はそれだけの重荷を、観鈴さんに背負わせる気ですか?」
「み……すずに……俺は……」

これまで幾度と無く説教なら受けてきた。
人殺しなどもう止めろと、諦めずに皆で力を合わせようと、言われ続けてきた。
そして自分はそれらを全て振り切って、修羅として戦い続けてきた。
だが、観鈴に罪を背負わせているなどといった事には、考えが及ばなかった。
そうだ――自分が目的を果たした場合、観鈴は60人以上の命を犠牲にして生き延びる。
自分だけではなく観鈴もまた、どうしようもないくらい大きな罪を犯してしまう事になるのだ。

「私は観鈴という方がどんな人か知りません……。ですがそんな方法で命を救われても、その先に幸福などあるとは思えません」
「く…………うう……」

たとえ本人の意志で無かったとしても、多くの人間を死なせてしまった咎は、観鈴の心を締め上げ続けるだろう。
償う事すら許されない。
死んでしまった人間は決して蘇らない。
失われてしまった命は決して取り戻せない。
この殺戮の島から只一人生き延びた所で、観鈴の将来に輝きなど在りはしないだろう。
それでも――それでも自分は、観鈴に生きていて欲しいから。

「う……あああああああァァァァアアッあああ!」

往人は全てを振り切るように叫んだ後、引き金を引こうとして――

「やだあああああっ!!」

刹那のタイミングで、アルルゥが瑞穂の前に飛び出した。


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103:星の館 時系列順に読む 094:瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(後編)
073:陽のあたる場所(後編) 国崎往人 094:瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(後編)
090:無垢なる刃 アセリア 094:瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(後編)
090:無垢なる刃 宮小路瑞穂 094:瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(後編)
090:無垢なる刃 アルルゥ 094:瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(後編)
082:Crazy innocence 春原陽平 094:瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(後編)
082:Crazy innocence 涼宮茜 094:瞬間、心、重ねて/さよならの囁き(後編)






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