信じる者、信じない者(後編) ◆guAWf4RW62



「朋也、行くぞっ!」
「――おう!」

圭一と朋也は声を掛け合ってから、同時に前方へと走り出す。
標的は一人、殺し合いに乗った伊達スバルだ。
圭一がだんと踏み込んで横薙ぎに払った日本刀を、スバルは上体を反らしてやり過ごす。
空振りで生み出された旋風が、スバルの前髪を舞い上げた。
続けて朋也が大きく振りかぶって、スバルの腹部目掛けて包丁を突き出す。
上体を反らしたスバルの体勢では、非常に躱し辛い一撃。
だがスバルは攻撃の軌道を正確に見極め、金属バットを盾とする事で危険から逃れた。
スバルは右手に持ったバットで包丁を防いだまま、自由となった左腕を振るう。

「――――食らいやがれ!」
「あぐっ……」

スバルの放った裏拳は、寸分の狂い無く圭一の顎を捉えていた。
だが――軽い。
飛び抜けた身体能力を誇るスバルといえど、不十分な体勢からでは体重の乗った攻撃を放てないのだ。
その所為で、人間の急所である顎を打ち抜いたにも関わらず、圭一に大したダメージは与えられなかった。
そして近距離戦では、一度のミスが容易に致命傷となり得る。
スバルが横に目を移すと、朋也が第二撃を放つべく包丁を振り上げている所だった。

「調子に乗ってんじゃ――ねえよ!」
「まずっ……」

煌く白刃が、天より降り注ぐ。
スバルは何とか後方に退避すべく、全身のバネを総動員した。
だが不安定な体勢からでは、逃げ切るのに十分な動力を搾り出せない。

「――うぐあっ……」

後ろに飛び退こうとしたスバルの胸を、鋭い刃が軽く切り裂いた。
身に纏った制服が裂け、その穴から赤い鮮血が滲み出す。
それでもスバルは退がる足を決して止めず、圭一達と一旦距離を取っていた。
スバルは苦痛に眉を顰めながら、苦々しげに歯を食い縛った。
自分は相当喧嘩の場数を踏んできたし、竜鳴館男子生徒の中では最強だという自信がある。
素手での喧嘩ならば、相手が二人いようが三人いようがまるで問題無い。
しかし、これは殺し合いであり、武器の使用も自由だ。
敵の一撃が即致命傷に繋がるし、強引な戦い方はまず出来ない。
そして自分は武器を使った戦闘にも、まだ慣れてはいない。
このような状況下で二人を同時に相手するのは、優れた運動能力を持つスバルでさえも困難だった。


いつまで経っても攻めて来ないスバルに対し、朋也が勝ち誇った笑みを浮かべる。

「来ないのか? 来ないのならこっちから行くぜ」
「クソッ……」

先のせめぎ合いでスバルが不利を悟ったのと対照的に、朋也は確かな手応えを感じていた。
敵は並外れた身体能力を誇っており、自分一人ではとても歯が立たぬが、二人掛かりなら勝てる。
スバルがこちらを狙えば圭一がその隙を付くし、逆のパターンなら自分が攻撃すれば良い。
非常に単純明快な戦い方だが、これだけで十分に勝利し得るだろう。
となれば、眼前の殺人鬼を逃がす手は無い。
此処で確実に仕留め、杏のような哀しい犠牲者が二度と出ぬようにするべきだ。
朋也は圭一に目配せした後、一気に勝負を決すべく腰を低く落とす。
だがこれからというその時に、狂気の少女は現れた。

「朋也君、伊達君、見~つけた」
「っ!?」

この戦場に余りにも不似合いである、愉しげな声。
圭一も、朋也も、スバルでさえもピタリと動きを止め、声の主に顔を向ける。
少女――佐藤良美は、全員の不可解な視線を一身に受けながら、口元を吊り上げた。

「佐藤さん、何で戻ってきたんだよ!」
「ごめんね。圭一君には悪いけど、少し用事を思い出しちゃったんだ」
「用事……?」

怪訝な表情を浮かべる圭一に構わず、良美は右腕を水平に伸ばした。
その手に握られている物は――S&W M36……即ち、小型回転式拳銃。
何の躊躇いも無く、それこそ呼吸するのと同じくらいの気軽さで、引き金を引く。
鳴り響く轟音。

「……つぅ!?」

猛り狂う銃弾は朋也の頬を掠め、後方の塀に小さな穴を造り出していた。
唐突過ぎる事態に、朋也の思考が一瞬停止する。
頬から流れ出る血、伝わる痛み、そして生まれて初めて感じた、圧倒的な悪寒。
つまり――自分は、良美に銃で狙われたのだ。
その事に気付いた瞬間怒りが膨れ上がり、朋也は声を張り上げ叫んでいた。

「てめえ……冗談じゃねえぞ! 一体どういうつもりなんだ!」
「――そんなの簡単じゃない。私は正しい事をしようとしてるだけだよ」
「正しい事……? 佐藤さん……何言ってんだよ……?」

訳が分からなくなった圭一は、明らかに動揺しながらも問い掛ける。
すると良美はぽかんと口を開き、疑問の表情を浮かべた。
心底不思議がっているような、そんな顔だった。

「何って……圭一君は分からないの? 伊達君が裏切ったみたいに、朋也君だって裏切るかも知れない。
 これまで単独行動だった朋也君が殺し合いに乗ってない保障なんて何処にも無いんだから、今の内に殺しちゃおうってだけだよ。
 あ、心配しないでね? ちゃんと伊達君も殺してあげるし、圭一君だけは殺さないでおいてあげるからさ」
「な……」

矢継ぎ早に告げられた疑心暗鬼に過ぎる理論を受け、圭一は絶句する。
良美は嬉々とした顔で戦場に現れ、これまで行動を共にした朋也に向けて容赦無く発砲した。
この少女は、一体誰だ。
これは本当に、自分の知る佐藤良美と同一人物なのか?
そんな思いに駆られ、圭一は何も言えなくなってしまう。
スバルもまた、敵の仲間割れは好都合である為に沈黙を守っていた。

その一方で、謂れ無き批難を受けた朋也はこのまま黙っていられない。
的外れな誤解を解くべく、言葉を投げ掛けようとする。

「ちょっと待ってよ! 俺は別に……」
「――うるさいっ! 何言ったって、私は騙されてあげないんだから!」

正しく、一蹴。
良美は朋也の言葉を遮ると、素早い動作で銃を構えた。
先程朋也に撃った一撃は威嚇のつもりなど毛頭無かったのだが、外れてしまった。
故に今度は銃の照準をしっかりと合わせ、それから引き金を絞る。

本能的に危機を感じ取った朋也が飛び退くとほぼ同時、それまで彼が居た空間を弾丸が貫いていた。
それが発端となり、硬直状態に陥っていた場が動き出した。

「ク――朋也はスバルを頼む! 俺は何とかして佐藤さんを止めるっ!」

良美の殺害対象で無い自分がやるしかない――圭一はそう判断し、良美に向かって疾走した。
手首を返し、刀を反転……所謂峰打ちの状態にして、斬り掛かる。
狙いは良美の手首。
危険極まり無い拳銃を奪い取り、それから朋也に加勢する。
相手は女の子である以上、武器を奪うのは難しい事で無いように思えたが――

「―――!!」

響いた金属音に、圭一は大きく目を見開いた。
横凪ぎに振るった刀は、S&W M36の銃身でしっかりと受け止められていたのだ。
圭一はちっと舌打ちした後、手早く刀を構え直した。

(くそ……本気でやらなきゃ駄目か!)

先程は良美に怪我をさせてしまわぬよう、力を加減して攻撃した。
それで十分制止し得ると考えていたのだが、その読みは大きく外されてしまった。
こうなってはもう、多少危険は伴うが本気でやるしかない。
何しろ此処で自分が食い止めなければ、朋也が撃たれてしまうのだから。


圭一は気を引き締めて、今度こそ良美の手首を強打すべく振りかった。
全身のバネを活かし、込めれるだけの力を乗せて、渾身の一撃を繰り出す。
十分な予備動作を取る余裕があった分、先のスバル戦を遥かに越える攻撃を放つ事が出来た。

「何ッ!?」

だがそれすらも、防がれた。
比較的長いリーチの刀による攻撃を、良美はS&W M36の短い銃身で完璧に防ぎ切っていたのだ。
すいと良美の身体が沈み込み、圭一の視界から消える。
直後、圭一の腹部に走る衝撃。

「――――シッ!」
「ぐぁぁ!」

地を這うように繰り出された良美のアッパーが、圭一の腹に突き刺さっていた。
予想外の攻撃、予想以上の威力に、圭一は堪らず後退した。
早く勝負を決めなければ、早く助けに行かねば――朋也がスバルに殺されてしまう。
だというのに目の前の少女は、全力を尽くしても制止し得る相手なのかどうか分からない。
心の奥底から沸き上がる焦燥感に、計らずして唇を噛む。


――圭一には知る由も無い事だが、良美はただの女子高生では無い。
霧夜エリカや鉄乙女などといった規格外の連中には劣るものの、良美は優れた運動神経を持っている。
その実力たるや、並の男子高校生を優に上回る程だ。
決して軽視して良い相手では、無かった。



    ◇     ◇     ◇



「ガッ――――!」

脇腹を蹴られ、あっさりと弾き飛ばされる。
スバルを一人で相手する事となった朋也は、苦戦を強いられていた。
朋也とて自校では有名な不良であり、多少は喧嘩慣れしていたが、目の前の敵は桁が違う。

「く――このっ……」

朋也は何とか身体の勢いを押し止め、踏み込んだスバルの肩口に包丁を振り下ろす。
だがスバルはそれを難無く掻い潜り、そのまま朋也の胸部に当身を放った。
呼吸が一瞬停止し、朋也の身体から力が抜ける。
続けざまにスバルは、頑丈な金属バットを深く構えた。

「は、うああ…………!」

朋也は包丁で頭部だけはしっかりと守って、必死に後ろへと後退してゆく。
しかしスバルの素早い踏み込みは、折角開いた距離を一瞬で無に戻す。
そのままびゅんと空気を断ちつつバットが迫り、朋也の包丁に命中した。
朋也の腕は否応無しに電撃のような痺れに襲われ、次の行動への移行が大幅に遅れる。
そこに突き刺さる、高速の膝蹴り。

「ず……ぐはっ……」

蹴り飛ばされる度に、朋也の意識とは無関係に呻き声が洩れる。
敵のバットだけは何とか防いでいるものの、蹴撃にまでは対応しきれない。
先程からバットを防いだ直後の硬直に、凄まじい蹴りを叩き込まれるという展開が続いている。
息はとうに上がり、身体の節々がずきずきと痛む。
口の中は血の味で満ち、過度の運動を強要された心臓が休憩させろと喚き散らす。
朋也は死にたくない一心でスバルの猛攻を耐え凌いでいたが、最早勝負の趨勢は明らかだった。

「いい加減――くたばりやがれ!」
「ぐあっ……!」

今までより一際強い蹴りが、朋也の腹部を貫いていた。
朋也は大きく吹き飛ばされ、受身を取る事も出来ず地面に転がり込む。
スバルが追撃を掛けるべく追い縋り、バットを持つ手を天高く振り上げる。
地面に転がったままの朋也には防ぎようの無い一撃が、上空より迫る。


――そこで、銃声。

「――ぐ、がぁああああ!!」
「……いけないねえ伊達君、背中がお留守だよ?」

スバルの脇腹から鮮血が噴き出し、悲痛な叫びが辺り一帯に木霊する。
良美は圭一を上手くあしらいながら、この場で一番の強敵となるであろうスバルの隙を窺っていた。
そしてスバルの動きが止まった瞬間を見計らって、素早く銃弾を放ったのだ。
銃の扱いに慣れていない為致命傷を与えるには至らなかったが、スバルの戦力は間違いなく激減しただろう。
良美はスバルから視線を外し、圭一の方へと振り向き直す。

「今の見たでしょ圭一君。私はちゃんと殺し合いを止めようと思ってる。殺し合いに乗った人を倒して、皆と生き延びようと思ってる。
 圭一君さぁ、この殺し合いを止めようと思ってるんだよね? 圭一君は殺し合いに乗るつもりなんて、無いんだよね?」
「……そりゃ勿論そうだよ。こんな下らない殺し合い、俺が絶対にぶっ壊してやる! 皆と協力して、絶対に生き延びてやる!」
「――だったら、私の邪魔をするの止めてよ」

短絡的な圭一の主張に頭を痛めながら、良美は心底不愉快そうに吐き捨てた。
良美からすれば、まず裏切らないであろう圭一は『駒』として信用に足る相手だが――それだけだ。
口では殺し合いを壊すなどと連呼しているが、その具体的方法を圭一は殆ど示していない。
それに皆と協力するなどと吐いているが、先程裏切られたばかりでは無いか。
だから良美は、きっと眉を吊り上げて告げる。

「圭一君は簡単に騙されちゃう馬鹿だから、わざわざ私が危険因子を排除してあげてるんだよ?
 この島では安易に人を信用したら、あっさり寝首を掻かれちゃう。友達を二人も失ってまだ分からないの?
 此処で行われてるのは殺し合い。理想を謳うのは結構だけど、もうちょっと現実を見た方が良いよ?」

この殺戮の島では、良美の言葉の方が正しい。
何を隠そう良美自身騙まし討ちで一人屠っているし、圭一達もスバルの裏切りを受けたばかりなのだから。
この島では人を信じるよりも、まずは疑ってかかるのが基本――
にも関わらず、圭一は拳を握り締めて叫んだ。

「違う!!」

真っ直ぐな瞳で良美を見据えて、続ける。

「こんな時だからこそ皆で協力し合わないといけないんだ! こんな時だからこそ信じる心を持ち続けなきゃいけないんだ!
 佐藤さんみたいな考え方をしてたら、鷹野さんの思う壺じゃないか!」

言い切る圭一には、何の迷いも怯えも見られない。
圭一の言葉を受けた良美は、落胆の様子を露にし、ふうと大きく溜息をついた。

「はあ……もう良いよ。圭一君は何言っても分かってくれなさそうだしね」
「――――っ!?」

良美が向きを変え、再び朋也達に向かって発砲しようとする。
その光景を認めた圭一は素早く刀を仕舞い込み、思い切り地面を蹴り飛ばした。
まるきりヘッドスライディングの要領で、良美の胴体に飛び掛る。

「やめろぉぉぉぉっ!」
「きゃっ!?」

二人は縺れたまま、コンクリートで舗装された地面に転がり込んだ。
その拍子に良美の手の中から、S&W M36が零れ落ちた。
計らずして武器を捨てさせる事に成功した圭一は、転んだ体勢のまま銃に手を伸ばそうとする。
銃さえ確保してしまえば、良美の脅威は激減する筈。
途端、圭一の左肩に灼け斬れるような痛みが突き刺さった。

「があああああっ!?」
「……あんまりしつこいから、おしおきだよ」

冷たい光を灯した瞳で、圭一を見上げる良美。
その手に握り締められたナイフが、圭一の肩に深々と刺さっていた。
押さえつける力が一気に弱まった為に、良美は悠々と立ち上がり、ナイフを仕舞い込む。
続けてよろよろと腰を起こす圭一を尻目に、S&W M36を拾い上げた。

「圭一君、もう止めにしようよ、ね? これ以上邪魔されたら、圭一君も殺しちゃうかも知れないよ?
 私圭一君の事は信用してるし、出来れば殺したくないの」

子供を諭すような調子で、しかしどこまでも冷たい声で語る良美。
良美が圭一を殺さないのは、『駒』として信用出来るだけでは無く、確実に殺し合いに乗らぬ人間を殺すのは不都合だというのもある。
お人好しの圭一を殺したという事実が知れ渡ってしまえば、自分に協力してくれる者など誰も居なくなってしまうだろう。
だからこそ殺しても問題が無い怪しい者以外は、極力殺したくなかった。
しかし仏の顔も三度という諺もあるように、我慢には限度がある。
これ以上の妨害を受ければ、殺意を抑え切れる自信など無かった。

良美の内心は表情にも表れており、その双眸には紅蓮の炎が宿っている。
吊り上げられた眉、一文字に引き結んだ唇は、彼女の我慢が限界に近い事を雄弁に物語っていた。
これ以上続ければ、圭一すらも攻撃対象となりかねない。
しかしそれを理解して尚、圭一は抗い続ける。
自分と正反対の考えを持った良美を、認める訳にはいかない。
此処で引いてしまえば自分が――これまで自分の信じてきた道が、全て否定されてしまう。

「佐藤さん――アンタは間違ってる! 俺は絶対にアンタを止めてみせる!」

圭一は未だ無事な右腕で日本刀を取り出し、上体を屈めて疾駆する。
助走をつけて、良美の手首を狙い、峰打ちを放つ。
それは既に何度も繰り返した行為で、全て防がれてしまっている。
両腕を用いていた時でさえそれなのだから、片腕だけで通用する道理は何処にも存在しない。
良美は余裕綽々の表情でS&W M36を構え、来たる剣戟を迎え入れる。
しかし――

「――――なっ!?」

驚きの声は良美のものだった。
圭一の攻撃は、先程までよりも明らかに重くなっていたのだ。
衝撃に備え銃のグリップを両手で握り締めていたというのに、両腕が強く痺れる。

「俺は絶対に諦めない! 道を曲げないっ!」

圭一は、ますます威力を増した一撃を振り下ろす。
良美は何とかそれを受け止めたが、その額には冷や汗が浮かんでいる。


――圭一は自分のスタンスを変えるつもりなど、毛頭無かった。
昔の自分ならば良美の考えに同調し、人を信じなくなっていたかも知れない。
だが今の自分は違う。

「友達は……仲間は……何よりも大切なんだ! だからっ……!」

今度は立て続けに二回、刀を振るった。
耐え切れなくなった良美が、たたらを踏んで後退する。

――雛見沢に引っ越して以来、圭一の生活は一変した。
雛見沢の人達との触れ合いを通して、自分は生きる事の楽しさを教えられた。
仲間の大切さを教えられた。
確かにレナや詩音は死んでしまった。
だけど自分にはまだ守るべき仲間が残っているし、まだ見ぬ善良な人間も沢山いるだろう。
だからこそ、絶対に人を信じる心は失わない。

「仲間を信じるのは、絶対に間違いなんかじゃねええええ!!」

それは圭一の魂から漏れ出る叫び。
圭一は驚くべき速度で間合いを詰めて、下から上へと刀を振り上げた。
かんと、甲高い音がしてS&W M36が宙に舞った。
すかさず圭一はそれを掴み取って、刀の切っ先を前方の良美に向けながら、告げる。

「ゲームオーバーだ、佐藤さん。朋也を殺すだとか、危険因子を排除するだとか、そんな莫迦な真似はもう止めるんだ!」
「…………っ!!」

良美はナイフを取り出しはしたものの、それ以上は何も出来ずただ奥歯を食い縛る。
こうなってしまっては、手詰まりだ。
ナイフ一本ではこの場を制圧するなど不可能だし、今の圭一から銃を奪い返すのも難しい。
かと言ってスバルのような殺人鬼は勿論として、朋也のような危険因子も放置しておく訳にはいかない。
そんな事をすれば遠からずして、寝首を掛かれてしまうだろう。
別行動を取ると言う選択肢もあるが、それでもこの島の何処かに危険因子が潜んでいるという状態は続く。
……どうすれば良い。
一体どうすれば――

いくら考えても打開策は浮かばない。
この勝負は完全に圭一の勝ちであり、良美は殺意の矛を収めるしか無かった。
――圭一の守るべき仲間が、駆けつけて来さえしなければ。


「……前原さん、佐藤さん!? 一体何を……」

到着した美凪には、眼前で繰り広げられている光景が理解出来なかった。
スバルと朋也が争っているのは、分かる。
スバルが殺し合いに乗ってしまった以上、それは仕方の無いだろう。
だが圭一と良美が、互いの得物を向け合っているのはどういう事か。

そしてその戸惑いが、命取り。
来訪者の姿を認めた良美は一目散に駆け、呆然と立ち尽くす美凪の背後へと回り込んだ。
美凪の首に手を絡め、鋭いナイフを突き付ける。

「遠野さんっ!」
「……形勢逆転、だねぇ」

狼狽に染まった圭一の叫びが、空しく木霊する。
突然の奇襲を受けた美凪もまた、困惑に表情を歪めていた。
そんな二人とは対照的に、良美は余裕を取り戻し、底意地の悪い笑みを浮かべている。
「圭一君、その銃を返してくれるかな? もし断ったら……此処から先は言わなくても分かるよね?」
「く…………畜生っ!」

圭一は無念の面持ちで、思い切り地団駄を踏んだ。
今銃を渡してしまえばどうなるか、火を見るよりも明らかだ。
良美は一片の情けも掛けず、躊躇いも見せず、スバルだけで無く朋也まで銃の標的とするだろう。
殺し合いに乗っていない朋也を見捨てる訳にはいかない。
しかし――美凪を見捨てる事もまた、出来る筈が無い。
圭一が選びようの無い二択に頭を抱えている最中、美凪が叫んだ。

「……駄目です、前原さん!」
「……え?」
「私ならへっちゃらですから……佐藤さんの言う事を聞いちゃ駄目です」

首を締め上げられて苦しかったが、それでも美凪は健気に笑みを形作る。
良美が取った蛮行のお陰で、美凪も今の状況が多少は理解出来ていた。
良美は殺し合いに乗ったか、若しくはそれに近いスタンスとなってしまった筈。
恐らくはそれを圭一が諫めようとして、争いになったのだろう。
今良美に銃を渡せば、恐ろしい事になってしまうと考え、美凪は圭一を制止した。

しかし美凪の献身的な行為は、この場では明らかに致命的。
鬱憤の溜まった良美は、躊躇い無く美凪を殺してしまうだろう。
それは圭一と美凪、両方にとっての共通認識。
だが二人の予想に反して、良美は表情を変えずに言った。

「仕方無いなあ。もう『大丈夫』みたいだから、圭一君はただそこを動かずにいてくれれば良いよ」
「…………?」
圭一は訳も分からず、疑問の表情を浮かべる他無かった。
良美は美凪の身体を捕まえたまま、つかつかと歩き始めたのだ。
美凪を抱き抱えたまま、ナイフ一本でスバルと朋也の戦いに飛び込むのは自殺行為。
良美がそれを理解していないとはとても思えないし、訳が分からない。

だが――良美が歩いていく方向の状態を視認した瞬間、圭一は戦慄した。


    ◇     ◇     ◇


美凪が登場する数分前。
朋也とスバルは未だ苛烈な戦いを続けていたが、その攻守は完全に逆転していた。
良美の放った銃弾で重傷を負ったスバルでは、激しい戦闘に耐え切れなかったのだ。
朋也は戦いながら息を整える余裕もあり、体力は先程よりも回復している。
しかしスバルは大きく肩で息をしており、持ち前の運動能力もすっかり影を潜めていた。


「――ハッ!」
「くそっ……!」

朋也の振るった包丁を、ぎりぎりのタイミングでスバルは受け止めた。
朋也は攻める手を休ませず、二発三発と連続して白刃を繰り出してゆく。
それをバットで受け止める度にスバルの脇腹から血が噴き出し、身体から段々力が抜けていく。
万全の状態ならば簡単に捌けていた斬撃が、今のスバルにとっては逃れようの無い剛刃と化していた。

スバルは苦し紛れにバットを振り回したが、それは速度も迫力も伴わぬものだった。
包丁で受けるまでも無いと言わんばかりに、朋也は上体の捻りだけで身を躱す。
そのままじりじりと間合いを詰め――バットを握るスバルの手を掴み取った。
スバルの攻撃も防御も封じた状態で、包丁を一閃する。
スバルは手を取られながらも上体を反らそうとしたが、その程度では到底躱し切れない。

「ぐぅっ……が……ああぁぁああ!」

ぶしゃりという音がして、白刃がスバルの左肩を大きく切り裂いた。
肉の割ける感触に、跳ねるような激痛に、スバルは絶叫しバットを取り落とす。

傷口から噴き出した血が、朋也の顔にも降りかかった。
朋也は顔を顰めながらも動きは止めず、スバルを地面に押し倒す。
その勢いのままに馬乗りの形となって、包丁を振り上げた。

「――終わりだ、スバル。お前が殺し合いに乗ったのが悪いんだから、恨むなよ」
「…………っ!!」

迫る死を目前に控え、スバルは大きく息を呑んだ。
脇腹からは止め処も無く血が流れ落ち、先の一撃の所為で左腕も動かない。
武器も落としてしまったし、体勢も最悪だ。
この状況からの逆転は、普通に考えて不可能だろう。
終わる?
このまま誰一人として殺せず、誰一人として守れず?
フカヒレもレオも死んだ。
聖域の生き残りは最早、自分と蟹沢きぬだけなのだ。
ここで自分まで死んでしまえば、蟹沢きぬは孤立無援の状態となってしまうだろう。
それで良いのか?
皆の兄貴分であった自分が、このまま敗れてしまって良いのか――!?

「うおおおおおおおおっ!!」
「なっ――――!?」

最後の体力、最後の気力を振り絞り、スバルが吠えた。
唯一無事な右腕一本で、朋也の身体を跳ね飛ばす。
間髪入れずに朋也の上に飛び乗り、拳を振りかぶった。

「ぐっ! がっ! があっ! うああっ!」

テンポ良く放たれる悲鳴。
スバルは体力の残量など計算せずに、朋也の顔面目掛けて次々と鉄槌を叩き落す。
ここで一気に決めねば、確実にやられてしまう。
朋也の懸命な防御の隙間を縫うように、スバルは拳を間断無く繰り出す。
何度も何度も殴り付けるうちに拳は真っ赤に染まり、表面の皮はボロボロに破れてゆく。
次第に手に伝わる感触が肉を潰すようなものへと変わり、朋也の抵抗が弱まってゆく。

それをチャンスと取ったか。
スバルは殴る手をようやく止め、朋也の手から零れ落ちていた包丁を拾い上げた。
首に照準を合わせ――振り下ろす。
余り抵抗も無く、包丁はずぶずぶと朋也の身体に沈んでいった。
それを抜き取った瞬間、花火のように飛び散る鮮血。
朋也の身体はびくんびくんと痙攣していたが、やがてその勢いを失った。

……勝った。
大きな手傷を負い、体力も相当消耗してしまったが、とにかく勝った。
自分は、永きに渡った戦いを制したのだ。

スバルは酸素を補給するべく、大きく深呼吸を――しないまま、その場を素早く飛び退いた。
その直後、それまでスバルが居た空間を断つ白い刃物。

「……甘いぜよっぴー。二度同じ手は食わねえよ」

スバルの背後から忍び寄った良美が、右腕でナイフを突き出していた。
スバルはじりじりと後退し、4メートル程の距離を取って良美と対峙する。
良美は何故か、反対の腕で美凪を拘束している。
しかし人質などスバルにとっては、何の意味も持ち得る筈が無い。
何しろスバルは蟹沢きぬ以外の全ての人間を、一人残らず殺してしまうつもりなのだから。
スバルからすれば此処で美凪がどうなろうと、どうでも良かった。

「オレとやるつもりか、よっぴー? 出来れば同じ学校の奴は殺したくねえんだけどな」

投げ掛けた質問に、真意は何一つ込められていない。
スバルとしては、少しでも時間を稼ぎたかった。
今の自分の身体では誰かと戦う事など出来ぬし、此処は逃亡するしかない。
もう少し息を整えた後――陸上部所属の脚力を以って、一気に離脱する。

そう考えていたスバルに対し、良美は言った。
とても、冷たい声で。

「……殺したくない? そんな事考える必要は無いよ。だって伊達君はもう――死んでるんだから」
「――――え?」

気付いた時には、全てが終わっていた。
良美の構えたナイフ――正式名称・スペツナズナイフは刃を弾丸のように撃ち出せる武器だ。
放たれた白刃は正確に、スバルの胸を刺し貫いていた。
スバルの身体の中に熱っぽい感覚が広がり、凄まじい激痛が体内で爆発した。
血液が呼吸器官から逆流し、血反吐となって口から吐き出される。
呻きは言葉とならず、喉の奥からひゅーひゅーと掠れた音が漏れ出るばかり。
全身から急激に力が抜け、前のめりに倒れ込む。
薄れゆく意識の中で、スバルは思う。
これまで自分は、何を成し遂げたというのだろうか。
殺したのは僅か一人。
しかも一応、殺し合いには乗っていない男だ。
蟹沢きぬの生還に役立ったとは、とても言えぬだろう。
自分はこの島で、何一つ立派な事は出来なかった。
――では一体どうすれば良かったのだろうか?
前原圭一のように、人を信じ、皆と手を取り合ってゆけば良かったのだろうか。
それとも殺し合いには乗らず、しかし見知らぬ人間とは組まず、ただレオと蟹沢きぬだけを探し続ければ良かったのだろうか。
どれだけ考えても、結論は出そうに無い。
もう自分が出来るのは一つだけ。

(カニ……すまねえ。オレはここまでみたいだけど……お前だけは絶対、生き残ってくれ……)

最後の最後まで蟹沢きぬの無事を祈りながら、スバルの意識は閉じていった。



「…………」

圭一は、スバルが殺される一部始終をただ黙って見守っていた。
人質を取られている以上下手な行動は取れぬし、殺し合いに乗ったスバルを救う義理は何処にも無い。
良美が動き出した時には、既に朋也は殺されてしまっていた。
自分が良美相手に手間取っている間に、スバルに殺されてしまっていたのだ。

良美が朋也を殺害するのは食い止めれたが、結果としては何も変わらない。
ただ実行犯が良美からスバルに変わっただけだ。
自分は仲間を――朋也を、救えなかったのだ。

がっくりと項垂れる圭一に向け、良美はにこりと笑い掛けた。

「さ、もう良いでしょ圭一君。危険因子は全部死んじゃったし、圭一君達には何もしないから銃を返してよ」
「……分かったよ」

良美は武器を錐に持ち替え、その先端を美凪の首元に突きつけている。
ここで逆らっても、美凪が無意味に殺されてしまうだけだ。
そう判断した圭一は、どこか投げやりな動作でS&W M36を良美に投げ渡した。


(さて、今からどうしようかな……)

良美は考える。
銃を回収した今、もう圭一にも美凪にも用は無い。
美凪は元より殺すつもりだったし、圭一もこうなってしまった今では『駒』として動いてくれない筈。
目撃者と成り得る他の人間は全て死に絶えたのだから、此処で圭一と美凪を射殺しても大丈夫だろう。
このまま美凪を拘束し続ければ圭一は易々と殺せるだろうし、その後で人質も殺せば良い。
しかし――圭一達を殺して得られるメリットは余りにも少ない。
圭一達は碌な武器を持っておらず、またこちらから手を出さぬ限り、自分やエリカに危害を加える事も無いだろう。
そう考えれば此処は平和的解決を選ぶのが最善といえる。
良美は手に込めた力を緩め、素直に美凪を解放した。

「遠野さんっ!」

弾かれたように美凪へと駆け寄る圭一。
二人は無言で手を握り合って、お互いの体温を感じ合った。
良美は興味が失せたと言わんばかりに、くるりと踵を返す。
その背中に向けて、圭一が声を投げ掛けた。

「佐藤さん……これからどうするつもりなんだ?」
「流石にもう圭一君と一緒に行動出来るとは思わないから――私は行くよ。
 それと一つだけ忠告……私は殺し合いに乗ってなんていないんだから、変な噂を流したりしたら怒るよ?
 圭一君達だって無闇に事を荒立てたくは無いと思うから、大丈夫だろうけどね」
「…………っ」

圭一が息を呑むのを背中越しに感じ取りながら、良美はつかつかと足を進めていく。
結果的に危険人物達を二人排除する事が出来たが、今回は少々派手にやり過ぎた。
レオの死で冷静さを欠いていたとは言え、あそこまで直接的な手段を用いたのは不味かった。
こんな事を繰り返していれば、その内誰からも信用されなくなってしまうだろう。
危険因子を取り除く方法は幾らでもあるのだから、次からはもっと慎重にやらなければならない。
今度こそ優れた『駒』を手に入れて、方法を誤る事無く操りきってみせる。


    ◇     ◇     ◇


良美が立ち去り、無残な死体が二つ転がるだけとなった戦場跡。
そこで圭一は、美凪と共に後始末を行っていた。
銃声を聞きつけた誰かが襲ってくる可能性も有る為、長居は出来ないが、それでも何もせずにはいられない。
朋也とスバルの死体――苦悶に満ちた死に顔の瞼を、そっと閉じる。
それから胸の前で両手を組ませてやった。

圭一と美凪は二つの遺体の前で、数秒間の黙祷を行う。
朋也と、殺し合いに乗ってしまったスバル、両方の冥福を祈って。
そうした後は使えそうな荷物を手早くかき集め、その場を後にした。

つい一時間程前までは五人居た仲間が、今では二人になってしまった。
向かうは商店街――まずは傷の治療をしなければならない。
どれだけ辛かろうとも自分達はまだ生きているのだから、現実に立ち向かっていかなければならない。
足を進めながら、圭一は沈んだ声で語り掛ける。

「なあ遠野さん……」
「……はい」
「俺は……頑張れてるのかな? 朋也を死なせちまって、佐藤さんも説得出来なかったけど……死んじまったレナや詩音の分も頑張れてるかな?」

語る圭一は、激しい苦痛に苛まれているような表情をしている。
美凪は白く美しい指を、そっと圭一の手に添えた。
長い髪を潮風に靡かせながら、ゆっくりと言葉を解放する。

「……私はレナさんや詩音さんがどういう方か知りませんが……きっとお二人共、前原さんの頑張っている姿を見て微笑んでいます。
 天国から前原さんを応援してくれていると、思います」
「……ありがとう」

二人は肩を並べ、手を取り合って歩む。
深い悲しみに包まれた、殺戮の島を。



【G-5/住宅街/1日目 朝】

【佐藤良美@つよきす -Mighty Heart-】
【装備:S&W M36(2/5)、メイド服(圭一サイズ)】
【所持品:支給品一式×2、S&W M36の予備弾15、錐、毒入りとラベルが貼られた500ml非常用飲料水】
【状態:中度の疲労、手首に軽い痛み、重度の疑心暗鬼】
【思考・行動】
基本方針:エリカ以外を信用するつもりは皆無、確実にゲームに乗っていない者を殺す時は、バレないようにやる
      利用できそうな人間は利用し、怪しい者や足手纏い、襲ってくる人間は殺す。最悪の場合は優勝を目指す
1:エリカ、ことみを探して、ゲームの脱出方法を探る
2:『駒』として利用出来る人間を探す
3:少しでも怪しい部分がある人間は殺す
4:まともな服が欲しい
【備考】
非常用飲料水の毒の有無は後の書き手に任せます。
メイド服はエンジェルモートを想定。
良美の血濡れのセーラー服はE-5に放置されています


【G-5/商店街付近の住宅街/1日目 朝】

【前原圭一@ひぐらしのなく頃に祭】
【状態:疲労大、右拳軽傷、腹部に軽度の打撲、左肩刺し傷(左腕を動かすと、大きな痛みを伴う)】
【装備:柳也の刀@AIR】
【所持品:支給品一式×2、キックボード(折り畳み式)、手榴弾(残4発)】
【思考・行動】
基本方針:仲間を集めてロワからの脱出、殺し合いには乗らない、人を信じる
1:美凪を守る
2:怪我の治療に商店街の薬屋、無ければ学校の保健室を目指す
3:手掛かりを求め学校に向かう
4:知り合いとの合流、または合流手段の模索
5:良美を警戒

【遠野美凪@AIR】
【状態:軽度の疲労】
【装備:悟史のバット@ひぐらしのなく頃に】
【所持品:包丁、支給品一式×2、人形(詳細不明)、服(詳細不明)、顔写真付き名簿(圭一と美凪の写真は切り抜かれています)】
基本方針:圭一についていく
1:知り合いと合流する
2:良美を警戒
【備考】
病院のロビーに圭一のメモと顔写真が残されています。


【伊達スバル@つよきす~Mighty Heart~ 死亡】
【岡崎朋也@CLANNAD 死亡】

※スペツナズナイフの柄と刃は現地に転がっています


075:信じる者、信じない者(前編) 投下順に読む 076:暁に咲く詩
075:信じる者、信じない者(前編) 時系列順に読む 076:暁に咲く詩
075:信じる者、信じない者(前編) 佐藤良美 085:Sacrifice of maiden
075:信じる者、信じない者(前編) 遠野美凪 092:聖者の行進
075:信じる者、信じない者(前編) 前原圭一 092:聖者の行進
075:信じる者、信じない者(前編) 岡崎朋也
075:信じる者、信じない者(前編) 伊達スバル







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