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信じる者、信じない者(前編) ◆guAWf4RW62


降り注ぐ光が徐々に強くなり、空は白みを帯び始めている。
海から流れてきた塩の香りが、輪郭を持たずに辺りを彷徨う。
川から程近い住宅街の一角で、朝日を受けて五つの長い影が伸びていた。

「よっぴー!」

全く予測だにしない方向から、大声で呼び掛けられる。
前原圭一とその仲間達は、一人の例外も無く弾かれたように振り返った。
見ると自分達と同じ年頃の少年――伊達スバルが、こちらに向かって駆け寄って来ていた。
その手にはしっかりとバットが握り締められている。

「――止まれ!」
「…………っと」

岡崎朋也はスバルの手元にある凶器を認め、迷う事無く制止の声を放った。
それを受けたスバルが、慌ててその場で足を止める。
朋也からすれば、見知らぬ男が突如凶器を持って現れたとしか取れぬ状況。
そして自分の武器は手榴弾だけしか無いのだから、まずは距離を詰められないようにせねばならなかった。

圭一や遠野美凪も、武器を携えた相手にどう対処すべきか即座出来ず、本能的に身構えていた。
スバルと圭一達は、20メートル程の距離を置いた状態で対峙する。
張り詰めた空気が辺りに漂い、重い緊張が落ちる。
だがそこで、佐藤良美が場の沈黙を打ち破った。

「ま、待って朋也君! あの人……私の知り合いなの」
「え?」

呆けた表情を浮かべる朋也をよそに、良美はつかつかとスバルの方へと歩み寄る。
隠し持った武器も構えず、警戒する素振りもまるで見せず、無造作に。
それを黙って見ている訳にもいかず、圭一達は慌てて良美の後を追うのだった。



    ◇     ◇     ◇



「……じゃあスバルはまだ誰にも会ってないんだな?」
「ああ。オレが会ったのは、お前達が始めてだぜ。何処行っても誰もいねーし、参ってたトコだ」

良美のお陰で事無きを得た圭一達とスバルは、共に住宅街の中を歩きながら情報交換していた。
スバルは誰とも会っておらず、特に有益な情報は得られなかった。
だが、圭一は思う。
この調子でいけば、十分にこの殺人遊戯を破壊出来ると。
何しろ僅か6時間足らずで四人もの信頼出来る者達が、仲間となってくれた。
やはり殆どの人間は理不尽な殺し合いを拒絶し、他の道を模索すべく動いているのだ、
朋也の話によれば殺し合いに乗った人間もいるらしいが、それもごく僅かだろう。

「……お近づきの印に、進呈します」
「――へ?」

圭一が少し間考え込んでいると、美凪が白い封筒をスバルに渡していた。
スバルは意味が分からないといった様子で、目をパチクリさせるばかり。

最早おなじみとなった光景を眺め見ながら、圭一は柔らかい笑みを浮かべた。
大丈夫――今まで自分が会ったのは変わった者が多いけれど、皆善良な人間だ。
それに頼れる部活メンバーも、この島に来ている。
彼らも自分と同じように仲間を集め、今頃は大集団を結成している筈。
首輪へどう対処するか、この孤島からどのような移動手段で脱出するかという問題は残るが、きっと何とかなる。
絶対、皆と一緒に生き延びてみせる。

(鷹野さん……見てやがれ。こんな殺し合いは、俺達が絶対に食い止めてやるからな!)


良美は話し込む圭一達の後ろに追従する形で、黙々と歩を進めていた。
スバルの登場は、自分にとって間違いなく僥倖だった。
対馬レオと蟹沢きぬが参加している此度の殺人遊戯で、スバルが殺し合いに乗ってしまう可能性は限りなく低い。
何しろルール通りにいけば生き残れるのは一人だけなのだから、大切な者と共に生き延びようと思ったら、主催者に抗う他ないのだ。
そう考えてゆけば、スバルは『駒』として信頼するに足る相手だと言える。
それに、利用価値という面から見ても満点に近い。

スバルなら知り合いである分信用を得るのは容易いし、思い通りに操るのも難しくないだろう。
加えてスバルの卓越した運動能力は、有事の際これ以上無い程頼りになる。
外敵が現れたとしてもスバルに任せれば、きっと上手く迎撃してくれる。
まだまだ幼い面が目立つ圭一や、怪我人である朋也などとはまるで比べ物にならぬ程、使い勝手が良い。
彼なら十分に役目を果たしてくれる筈。
自分の手駒としての、役目を。
後は――ちらりと、美凪の背中に視線を移す。

(……遠野さんを何時殺すか、だよね)


――そして、六時。
圭一達が商店街の近辺まで歩いてきたその時。
この島で未だ生き残っている参加者全てにとっての、絶望の鐘が打ち鳴らされた。

「ちくしょぉぉぉっ!!」

圭一は道沿いに聳える塀を、力任せに殴り付けた。
右拳が痛み、血が滲み出たが、問題無い。
今感じている心の痛みに比べれば、まるで問題無い。
竜宮レナと園崎詩音が死んだという事実が、精神をじわじわと削り取ってゆく。
自分は今まで何一つ、現実を理解していなかった。
殺し合いに乗っている人間がいる事自体は知っていたが、実際に襲われた事が無い所為で実感は無かった。
押し付けられたルールに大人しく従う者など、ごく少数だと思っていた。
しかし――現実は違う。
僅か6時間の間に、11名もの人間が命を、希望を、人生そのものを奪われてしまった。
そしてその内の2名は自分の知り合いだ。
この殺人遊戯では、自分も、自分にとって大切な者達も、例外無く死の対象なのだ。

「クソックソっ……クソォッ……!!」

圭一は己の激情を拳に込め、ただひたすらに壁を殴り続ける。
何も感じなくて済むように、何も考えなくて済むように、一秒でも悲しみを忘れられるように、一秒でも現実から目を逸らせるように。
どうしてレナが、詩音が、死ななくてはいけなかった?
二人共とても良い奴だったのに、どうして?
どうして自分達がこんな理不尽な殺し合いを強要されなければならないのだ?
何もかもが、納得出来なかった。
圭一は少しでも気を紛らわすべく、今まで以上に大きく拳を振り上げる。

「……前原さん!」
「――――っ!?」

そこで、腕をがっしりと掴まれた。
振り返ると、これまで見た事の無いくらい真剣な顔で、美凪がこちらを見つめていた。
どこまでも広い、母なる海を思わせる瞳。
片言の言葉では言い表す事の出来ない思いが、美凪の瞳の奥に見え隠れしている。
その瞳を眺めていると、不思議と気分が落ち着いてゆく。

「お願いですから……そんな事は止めてください。……自分を傷付けても、何も変わりません」
「あ、ああ……すまない…………」

それは確かに美凪の言う通りで、ここで自虐行為を繰り返しても状況は改善しない。
まだ自分は生きているし、美凪のような心優しい仲間も傍にいてくれる。
――こんな時こそ……クールになれ、前原圭一!
圭一は美凪の方に向き直り、深々と頭を下げた。

「わりい、取り乱しちまった。殺し合いをぶっ壊してやるって言ったのに、これじゃザマあねえよな……」
「……気にしないで下さい。少なくとも私から見たら……前原さんは、頼りがいのある人です」
「…………サンキュ、少し楽になった」

美凪の優しさが、僅かながらに心の痛みを和らげてくれる。
圭一は大きく深呼吸をした後、現状を把握すべく他の仲間達に視線を移した。
すると朋也も良美も、まるでこの世の終わりが来たかのようにがっくりと項垂れていた。
彼らの探し人の中からも死者が出ていたのだから、無理も無いだろう。
寧ろ自分のように喚き散らさない分だけ、まだマシだと言える。
圭一は残る一人、即ちスバルの様子を確かめようとして――大きく目を見開いた。
考えるより先に、全力で大地を蹴り飛ばす。

「遠野さん、危ないっ!!」
「――――きゃっ!?」

圭一は美凪を抱き抱えて、スライディングするように地面へと滑り込んだ。
その直後、それまで美凪がいた空間をバットが切り裂いていた。
圭一は素早く身を起こし、凶行の犯人――スバルを思い切り睨み付けた。

「お、お前、いきなり何すんだよっ!」

先の攻撃は、まともに当たれば骨が砕けてしまうであろう一撃だった。
何故スバルが突然そのような蛮行に及んだのか、圭一には全く分からなかった。
圭一は早鐘を鳴らす心臓を懸命に鎮めながら、美凪を庇うような位置取りへと移動する。
その最中、スバルが凍り付くような顔で、こちらに視線を送ってきた。

「オレが甘かったぜ……こんな所でチンタラしてる暇なんか無かったんだ。有無を言わさず襲い掛かるべきだったんだ……」

スバルはバットを握り締める力を強め、続ける。

「聖域は崩壊して、レオまで死んじまった……。オレがもっと上手くやれてりゃ、死なずに済んだかも知れねえのに……」

スバルは自分の腑甲斐なさを、酷く悔やんでいた。
自分はこの六時間の間、誰一人殺せなかった。
ようやく獲物を見付けた後も、安全策を選んでしまった。
そうしてる間に、レオは殺されてしまった。
自分が空回りを続けてる間に、殺されてしまったのだ。
自分はフカヒレもレオも、守れなかった。
でもまだ一人、大切な人は残っている。
自分の想い人でもあり親友でもある蟹沢きぬは、未だこの島の何処かで生きている筈だから――

「だからオレはもう迷わねえ。どれだけ危ない目に会っても人を殺し続けて、カニだけでも守ってみせる!!」
「くっ――――!?」

叫ぶと同時、スバルが疾風と化した。
圭一は咄嗟の判断で刀を取り出し、振り下ろされたバットを受け止める。
スバルの怪力が刀越しに伝わり、圭一の腕は痛みにも似た痺れに襲われた。

「ぐあぁっ……」

余りの衝撃に、圭一は思わず刀を取り落としてしまいそうになる。
その致命的な隙を、修羅場慣れしているスバルが見逃す筈も無い。

「……死ねっ!」
「しまっ――!?」

圭一が刀を構え直そうとするが、それは余りにも遅過ぎた。
スバルは既に、バットを天高く振り上げている。
唸りを上げる怒槌が、圭一の頭蓋骨を粉砕するべく振り下ろされ――その寸前、スバルの体が横に流された。

「――ガァッ!?」

朋也の鋭い中段蹴りが、スバルの腹部に突き刺さっていたのだ。
朋也は怒りの色に満ちた瞳で、後退するスバルを睨み付ける。

「てめえ、ふざけんじゃねえぞ! お前みたいな奴がいたから杏はっ……!」

朋也の心は悲しみよりも寧ろ、烈火の如き怒りで満ちていた。
自分は理不尽な形でこの島に連れて来られ、理不尽な形で襲われ、理不尽な形で友人を失った。
そして今もまた、理不尽な形で裏切られたのだ。
主催者は当然として、殺し合いに乗った人間も同じくらい憎かった。

「おいおい、オレは杏なんて奴は知らないし、まだ誰も殺してないぜ?」
「うるせえ! 誰がてめえなんか信じるかよ!」
まるで全ての元凶であるかのように言われ、スバルが反論を口にしたが、朋也はまるで取り合わない。
朋也からすれば、スバルの言は何一つ信用出来る要素が無い。
それにスバルが殺し合いに乗っているのは紛れも無い事実なのだから、何を言われようとも倒すべき敵なのだ。
完全に殺し合いに乗った者と、深い怒りに駆られた者――最早、対決は避けようが無い。
それを見て取った圭一が、即断を下す。

「遠野さん……佐藤さんを連れて逃げてくれ!」
「え……?」
「此処は俺と朋也が食い止める! 大丈夫、後でちゃんと俺達も行くから!」

必死に訴え掛けられ、美凪は困惑の表情を浮かべた。
急激な状況の変化に思考が追いつき切れていないが、仲間を死地に残して逃げるのが褒められた行動でない事くらいは分かる。
しかし……自分も良美も大した武器は持っていないし、此処に残っても足手纏いとなるだけだろう。
そう考えると圭一の言葉に従って退避するのが、最良の選択だと言わざるを得ない。
何より、迷ってる暇などない。

「おっけーです……前原さん、どうかご無事で。……佐藤さん、行きましょう」
「…………」

先の放送のショックからまだ立ち直っていないのか、良美の返事は無いが、悠長に待っている時間は与えられていない。
こんな状態の良美をこの場に残せば殺されてしまうに決まっているのだから、一刻も早くこの場を離れなければならない。
未だ地面に崩れ落ちたままだった良美の手を取り、強引に走り出す。
美凪は離れ際に一度だけ後ろを振り返り、圭一達の姿を眺め見た。
どうしてこんな事になってしまったのだろうか?
どうして殺し合いなどしなくてはいけないのだろうか?
分からないが――どうか、皆無事でいて欲しい。
勇気ある少年達の無事をひたすらに祈りながら、美凪は良美共々戦地と化した場から離脱した。

少女達が走り去った後の戦場で、圭一とスバルは鋭い視線を送り合う。
スバルはどこか飄々とした様子で、刀を構える圭一に話し掛ける。

「女二人を先に逃がすとは余裕だねえ、圭一ちゃんよ」
「そう言うお前こそ随分余裕じゃないか。黙って遠野さん達を逃がすなんてな」
「よっぴー達はカニに危害を加えたりしないだろうし、後回しで良いんだよ。問題は武装してる連中だ。
 お前はともかく……岡崎って奴はかなり曲者だぜ。何しろ今のドサクサに紛れて、ちゃっかり身を隠してるんだからな」
「――は?」

言われて圭一は、辺りをぐるりと見渡したが――自分とスバル以外、誰も居なかった。
あれだけ怒りを剥き出しにしていたにも関わらず、朋也は何時の間にか消えていたのだ。
その事実を正しく認識した途端、圭一の背に氷塊が落ちた。
自分が足止め役を買って出たのは、美凪達を守りたいという気持ちも勿論あったが、それ以上に確かな勝算があったからだ。
スバルは銃を持っていないし、朋也と二人掛かりなら十分に倒し得ると考えていた。
しかし頼みの綱である朋也が居ないとなれば、話は大きく変わってくる。
一対一の対決では、体格で大きく劣る自分に、勝ち目など欠片も無い――

「どうやらお前は見捨てられたみたいだな。つまりオレとお前は、今からタイマンを張らなきゃならねえって訳だ。
 馬鹿みてえにホイホイ人を信じるからこんな事になるんだぜ?」
「く……」

狼狽に顔を引き攣らせる圭一とは対照的に、スバルの表情は余裕そのものだ。
勝つと分かりきっている勝負に、緊張や焦りなどある筈も無い。
加えて、スバルからしてみれば、刀という強力な武器を手に入れるまたと無いチャンス。
敵が二人なら分からないが、圭一1人ならば確実に殺害し、刀を奪い取れるだろう。
だからこそ良美達だけでなく、朋也の逃亡も敢えて許容したのだ。
まだまだ先は長い以上、まずは武器の入手を優先すべきだ。
此処で刀を入手してから、効率良く人を殺して回り、蟹沢きぬを守る。
それがスバルの作戦だった。
スバルは冷笑を浮かべ、告げた。

「さあ――始めようぜ。殺し合いをよっ!!」

言い終わるや否や、スバルはバットを深く構えて疾駆していた。
陸上部の脚力を存分に活かした突撃は、圭一との距離を一瞬で無にする。
続けて圭一の防御ごと打ち砕くくらいのつもりで、バットを思い切り振り下ろす。

「うぉぉぉぉぉ!!」
「やばっ…………!」

まともに受け止めれば、一撃で刀が弾き飛ばされてしまう以上、取るべき道は一つ。
裂帛の気合を込めて振り下ろされた戦槌を、圭一は刹那のサイドステップでやり過ごす。
間髪置かずに身体を捻り、横殴りに刀を振るったが、それはバットで受け止められた。
キンッと金属の衝突音が鳴り響き、二人は各々の得物越しに押し合ったが、腕力で大きく劣る圭一に勝ち目は無い。
圭一は呆気無く突き飛ばされ、どすんと地面に尻餅を付いた。
その決定的好機をものにするべく、スバルが強烈な一撃を放つ。

「うわ……うわぁぁああああっ!!」

圭一は形振り構わず全力で地面を転がり、迫る死から身を躱す。
直後大きな打撃音が聞こえ、圭一の真横、コンクリートで塗装された地面に――大きな罅が入っていた。
圭一はその光景を認めた途端、心臓を氷の刃で刺し貫かれたような感覚に襲われた。
スバルの腕力を以って振るわれる金属バットは、恐るべき威力を秘めていたのだ。
あんなモノが当たってしまえば、一撃で自分の身体は砕けてしまうだろう。

(こ……殺される――!)

それは予感などというレベルのものでは無く、絶対の確信。
全身の表面には鳥肌が立ち、喉は呼吸を忘れてしまったかのように動かない。
スバルの言う通り――自分のやってきた事は、間違いだったのか?
そんな疑問がふと、頭の中に浮かぶ。
人を信じ続け仲間を先に逃がした末路が、共闘すべき者に見捨てられた上での死だとしたら、余りにも酷い話である。
こんな事なら最初から、自分の安全だけを考えて動けばよかったのでは無いか。
圭一がそう考えた始めた時、何者かが駆けてくる足音が聞こえた。

「――すまん、遅くなった」

現れた人物は、逃げ出した筈の朋也だった。
肩で息を整える彼の手には、朝日を反射し輝く包丁が握られている。

「朋也、お前どうして……?」
「俺はまともな武器を持ってなかったからな。近くの家からちょっくら武器を拝借してきたんだ」
「そうだったのか……」

朋也は手榴弾という強力な切り札は持っているものの、今のような混戦状態で使える武器は持っていない。
いくら二人掛かりであるとは言え、バットを持った相手に対し素手で挑むのは自殺行為だ。
だからこそ一瞬の判断で戦場を離れ、得物の確保を優先したのだった。

「見ろよスバル、朋也は俺を見捨ててなんかいなかったんだ!」
「ちっ……」

朋也の出現は、萎えかけていた圭一の心に大きな活力を与えていた。
――自分の信じてきた道は、間違いじゃなかった。
そう考えると目の前の強敵に対する恐怖が薄れ、代わりに燃え盛る闘志が身体中に満ちてゆく。
圭一はぐっと膝に力を込め、堂々と立ち上がった。

「さあ、反撃開始だぜ!」



    ◇     ◇     ◇



「――――ハ、っ……ハァ……」
「…………」

その頃良美は、美凪に手を引かれて道をひたすら走っていた――否、走らされていた。
今の良美は、自分が何をしているのかすら碌に認識出来ていない。
レオが死んだという現実が、良美の精神を蝕んでゆく。
覚悟はしているつもりだった。
殺戮の場に置いて、お人好しであるレオでは生き延びるのが難しい事など、分かっていた。
自分と、エリカの三人の中では、レオが一番危ないのは明白だった。
だというのに、筆舌に尽くし難い感情が次から次へと湧き上がってくる。
指先は小刻みに震え、心臓はばくんばくんと猛り狂う。
頭の中は膨大な喪失感に覆い尽くされ、正常な思考を許さない。
自分はレオが好きだった。
レオと話しているだけで、内に秘めた昏い感情を忘れる事が出来た。
レオの姿を見ているだけで、心の傷が癒されていった。
レオが生徒会に入ってくれた時は、思わず飛び上がりたくなるくらい嬉しかった。
レオや他の仲間達と一緒に行った旅行は、人生で一番楽しかった。
どれも大切な思い出。
そしてどれも――最早永久に味わえぬ時間。
そう考えた瞬間足が止まり、溜まりに溜まった激情が叫びとなって迸っていた。

「ああああぁぁぁぁあああぁあああああああっ!!」
「……さ、佐藤さん……?」
「うわああああああああああああああああっ!!」
「あの……」

美凪が訝しむような声を上げるが、良美は止まらない。
狂乱の雄叫びの前には、美凪の小声などあっさりと飲み込まれる。
燃え盛る火炎に対し水鉄砲を撃ち込んでも、何の効果も有りはしないのだ。
ならば――美凪はがっしりと良美の両肩を握り締めた。
良美の顔を引き寄せて、耳元で思い切り叫ぶ。

「……佐藤さんっ!!」
「――――っ!?」

びくんと大きく肩を震わせ、良美の咆哮が止まった。
良美の目に光が戻るのを確認してから、美凪は続ける。

「……大事な方を無くされた気持ち、お察しします……。けれどどうか、落ち着いて下さい。
 今前原さん達は私達の為に戦ってくれています……。ですから自分が今なにをすべきか、よく考えて下さい……」
「落ち着いて……今なにをすべきか……考える?」
「……はい、そうです」

精神が疲弊しきった良美は、美凪の言うがままに思考を巡らせる。
まずは落ち着け……レオもいつも言っていたでは無いか。
『一時のテンションに流されるな』と。
美凪の言葉に従うのは癪に障るが、ここは確かに落ち着くべきなのだ。
落ち着いて今何をするべきか考えろ。
スバルが殺し合いに乗ってしまい、今自分達は逃亡中である。
このまま逃げ続ければ事無きを得られるだろうが――それは旨く無い。
拳銃を持っている自分はその気にさえなれば、いくらでも人を殺せるのだ。
よくよく考えれば、今までの自分は甘過ぎた。
波風立たせぬよう、などと考えているから、スバル程度の知能の人間に裏切られてしまうのだ。
今回はスバルのやり方が愚かだった為に助かったが、もっと頭の良い人間が相手なら殺されていた。
自分は九死に一生を得たに過ぎない。
ならば今度こそ、この騒動に乗じて、危険因子は一掃しておいた方が良いだろう。

前原圭一……彼は大丈夫。超が付く程お人好しだし、『駒』として信頼出来るだろう。
遠野美凪……彼女もお人好しだが、妙に勘繰る部分が戴けない。急ぐ必要は無いが、いずれ始末しなければ。
伊達スバル……『駒』として頼りにしてたのに、裏切った。許せない、殺す。
岡崎朋也……彼は信用出来ない。単独行動を続けてた彼には、信用に足る程のものが見受けられない。裏切られる前に殺そう。

結論は出た――ならば、こんな所で突っ立っている場合では無い。


「……佐藤さん!?」

美凪は驚愕に声を漏らす。
良美が突然、元来た方向に向かって駆け出したのだ。


074:It’s a painfull life 投下順に読む 075:信じる者、信じない者(後編)
074:It’s a painfull life 時系列順に読む 075:信じる者、信じない者(後編)
065:紛れ込む悪意二つ 佐藤良美 075:信じる者、信じない者(後編)
065:紛れ込む悪意二つ 遠野美凪 075:信じる者、信じない者(後編)
065:紛れ込む悪意二つ 前原圭一 075:信じる者、信じない者(後編)
065:紛れ込む悪意二つ 岡崎朋也 075:信じる者、信じない者(後編)
065:紛れ込む悪意二つ 伊達スバル 075:信じる者、信じない者(後編)






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