温泉に集いし者たち(前編) ◆4JreXf579k


そこは温泉。 それ以上の何者でもないはずであった。
もしもこの島が観光地などであったなら、ガイドブックには美辞麗句に彩られた宣伝がなされていたかもしれない。
日頃の疲れを体の垢と共に洗い落とし、夜はうまい酒でも飲み、浮世の世知辛さを忘れることもできたであろう。
しかし、ここはリゾート地などではなく殺し合いをさせられるという絶望の孤島。
そんな状況でのんびりと温泉を楽しむ余裕などありはしない。
地図を見渡せば百貨店、学校、図書館、その他etc……
温泉より重要そうな施設などそれこそ山ほどある。
しかし、何の因果かここに多数の人間が集うこととなるのだ。
ある者は必要に迫られて、ある者は探し人を求めて、ある者は神様のちょっぴり意地悪な偶然とともに……
これは時の中に刻まれた、温泉に集いし7人の戦士の物語である。



――島の南西部に位置する森の中で二人の戦士が温泉を目指している――



「温泉に行くか?」

俺はなんとか情報交換をすることに成功してからも、どこか落ち着かない様子の貴子へそう問いかけた。
貴子は先ほど転んでしまったため、顔や制服が汚れていることが無性に気になって仕方がないようである。
幸いハンカチは没収されることなくスカートのポケットに入っていたが、生憎ハンカチでは全ての汚れを落とすことは叶わなかった。
貴子が上流階級の金持ちの間では有名ないわゆるお嬢様学校の生徒だということは聞いた。
着ている制服とかいかにも金がかかってますってかんじだし、最初会ったときから想像はついていたのでそれは別段驚くことでもない。
そしてそんなお嬢様学校に通う貴子もその例に漏れず芯からお嬢様なんだろう。
おそらく身体が汚れたまま行動したことなどほとんど無いに違いない。
もちろん貴子も「服が汚れたままではなにもできません」などというのは甘えに過ぎないと分かっているようで、それを口に出すことはしなかった。
しかし態度の端々に気にしている様子が見受けられる。
俺の方からすればそれがどうにも気になって仕方がない。
そこで先の提案をしたわけである。

「え!? な、何故でしょう?」
「いや、さっきから服とか顔の汚れが気になってるみたいだから」
「い、いいえ……お構いなく!」
「でもさっきから気になってんだろ?」
「はい。 ……って、そ、そのようなことは……」

慌てて言い直しはしたが本音はしっかりと聞こえてきた。
これはいよいよ連れて行かないといけないと心の中で強く誓った。
いつ敵の襲撃を受けるのかもしれないのに、汚れが気になって周囲への警戒を怠ってもらっては困る。

「ほら、つぐみとか貴子の知り合いの……瑞穂だっけ? ひょっとしたらそいつがいるかもしれないだろ?」
「そ、それはそうですけど……」
いまいち気乗りしない様子の貴子。
「あ~、もしかするとあれか? 覗きとかされたりするとか思ってる? 俺ってまだそんなに信用されてない?」

場を和ませるための冗談のつもりだったが、これがどうやら大当たりのようで過剰すぎるほどの反応を見せてくれた。
それも仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。
貴子が男嫌い――恐怖症というレベルではなくあくまで苦手の部類――というのもさっき聞いたことの一つである。
あれ程に泣き叫んでいたのは、殺し合いをさせられるという状況に放り込まれただけではなく、最初に出会ったのが苦手な男だったというのもあったようだ。
そんな男嫌いの貴子が、突然温泉に行こうという提案に下心を感じずにいられなかったというのは俺にも納得のいく話である。
しかしこのままでよいかといえばそれはノーだ。

「それなら心配ないぞ。 こう見えても新婚ほやほやの所帯持ちだからな。 覗きなんてしたら嫁さんに殺される。 いや、マジで」
このままでは埒が明かないので別の餌で釣ることにしたが、これが予想以上の食いつきを見せてくれた。
「ええ!!  しょ、所帯持ち!! ご結婚なさってるのですか!? お相手はやっぱり小町つぐみさんなのですか? で、でも武さんって私とそう代わらない年齢ですよね?
見たところ大学生位のようですし……  ということは学生結婚なのですか?  御両親に反対はされなかったんですか?」

それまでのおとなしい雰囲気から一転して、マシンガンのような質問の嵐。
俺は貴子に対する印象を一気に変えることになる。

「なんか……ものすごい反応の仕方だな。 お嬢様ってみんなこういうネタが好きなのか?」
「は!? も、申し訳ありません。 私としたことが……」
「いや、それはいいんだけどさ。 どうする? 温泉に行くなら詳しい話をするけど?」

思いがけない条件を突き付けられて迷いを隠せない様子の貴子だったが、最終的に温泉に行くことを決意した。
やはりいつの時代も、お嬢様であろうとなかろうと女の子は恋の話が大好きなんだろうか。



――そしてもう二人の戦士が温泉に向かっていた――



私、いや僕には一つ悩みがあった。 同行している春原陽平に自分の本当の性別を打ち明けるか否か、である。
本来なら出会ってすぐに打ち明けるべきだったのだろうが、今更そのことを後悔してもそれはしょうがない。
それから何度も打ち明けようとはしているのだが、なかなか機会に恵まれずここまできてしまった。
陽平さんはそんな僕の悩みなど全く気付かずに僕の外見を褒めてくれるのだが、これも厳しいものがある。
女性の人には散々綺麗だのなんだの言われてきたのでもう慣れたが、同性の人にこうも褒められると今までとは違った悲しさが湧き上がってくる。
それに陽平さんのこの態度。 
僕にも明らかに見て取れるほどの好意をぶつけてくるのだ。
もしかしなくてもやっぱり口説かれてるよなあ。
もし、この状況で打ち明けたらどうなるだろうか?

1、「変態!」と罵られる。 一応、その後も行動は共にしてくれる。
2、「こんな変態と一緒に行動なんかできるか!」と絶縁状を叩きつけられる。
3、「そんなこと気にしてないよ」と爽やかに受け入れてくれる。
4、「男でもいい!」と新たな道に目覚める。

やっぱり1番か2番だろう。 3番を期待するのはやはり楽観的過ぎるというものだ。
4番……これはない……これはない、きっと……たぶん。
こうなったら最後まで隠し通すしかない、そう決心したところで――

「温泉に行きましょう!」

能天気ともいえるほどの陽気さで陽平さんは提案さんしてきた。
そういえば、今は当面の目的地を決めているところだったのを思い出す。
なかなか決まらず思考が思わず脱線してしまったようだ。
当初陽平さんと行動を共にすることは決めたものの、どこに行くかはまだ決めかねている状態であった。
そこでお互いの探し人、貴子さんや陽平さんの知人の岡崎さんが行きそうな場所を探すことになったのだが、これがなかなか決まらない。
そもそもこのような状況に放り込まれた人間が、休日の午後と変わらないような気分で行き先を決めるとは考えにくいのだ。
無論温泉などというのは考えていた候補からは真っ先に消えていた施設である。

「温泉……ですか? どうしてそんなところに?」
「いや~僕の知り合いの岡崎という奴がですね。これがまた絵に描いたようなむっつりスケベでして……女物の下着を見ると盗まずにいられず、
温泉に入るとなると女湯を覗かずにはいられないようなしょうもない奴なんですよ。だからあいつのことならこの島に温泉があると知ったらきっと飛んできますよ」

岡崎朋也本人がどういう人物か知らないのでとりあえず陽平さんの言を信じるしかないのだが、それ以外の意図を感じるのはきっと気のせいではないだろう。
先刻から「瑞穂さんの裸……やべっ興奮してきた」と呟いているのが聞こえる。
思わず溜め息をつくとともに温泉には絶対に入るまい、そう心に誓うのであった。

「分かりました。 それでは行きましょう」
「おおっと。 危ないですから瑞穂さんは僕の後ろからついてきてください。 大丈夫。 僕らの愛を邪魔するようなやつこの指先一つでぶっ飛ばしてやりますよ」

いつ二人の間に愛が芽生えたのか。 
そうツッコむことを考えた矢先に僕の背中に懐かしい声が届いた。

「瑞穂さん!!」

振り向きざますぐに走り出す。
確認なんてする必要はない。
この声は、何度も胸に刻んだ声。
何度も頭に叩き込んだ愛しい声
僕が一生を賭けて愛すると誓った人の声。

「貴子さん!!」
「瑞穂さん!! 会いたかった……」

制服が汚れているみたいだがそんなことは気にしない。
力いっぱいに愛する人を抱きしめる。 貴子さんには悪いけど今は力の加減はできない。
貴子さんもそれを察したようで、細腕ながら痛いほどに抱きしめてくれる。
よかった。 この人が無事で本当に良かった。 
この人のいない人生など何の意味もないのだから。
お互いの体を気が済むまで抱きしめあった後どちらからともなく体を離す。
そこでようやく貴子さんと同行していたと思われる男性の姿にも気が付く。
きっとこの人がいままで貴子さんを保護してくれたのだろう。

「宮小路瑞穂と言います。 この度は貴子さんをここまで守ってくれてありがとうございます。 貴子さんの分も含めて御礼を言います」
「守ったって別に何もしてないけどな。 俺は倉成武。 俺たちは温泉に行くつもりなんだが、どっか行くアテはあるのか?」
「それは奇遇ですね。 私たちも今から温泉に行こうとしていたところです」



――まずはここに四人の戦士が集まった――



温泉は4人が合流してから目と鼻の先の地点にあった。
元々4人の転移させられたスタート地点も温泉に近いところなので、他に誰にも会うことなく簡単にたどり着くことが出来た。
温泉は森の中にぽつんと湯が湧いてるのではなく、建物があってその中には番台や男女別の脱衣所といった部屋がある。
これでは温泉というよりむしろ銭湯に近い。
武たちとしても地べたに座り込むよりはこうやって建物の中でくつろげる方が助かる。
一通り中の捜索をして誰もいないことを確認して、今後の行動方針を決めるための話し合いをすることとなった。
皆ができるだけ簡潔に自己紹介をすませようとする中、一人だけ空気を読まず過剰な自己アピールをするものがいたが、
当然残った三者から冷たい眼差しを受けてバツが悪そうな顔をする羽目になった。
司会役は一番年長ということで特に異論もなく武が務めることになった。

まずは各々の支給品を確認することにしたのだが、武器は貴子に支給された投げナイフ10本のみ。
武はジッポライター、陽平はipod、瑞穂は手錠という使えるのか使えないのか分からないアイテムばかりである。
とりあえず投げナイフを各自二本ずつ持つことに決めた。

基本的に武が話を振り、貴子が相槌を打つ。
そして陽平が余計なことを言い、瑞穂がツッコむという形で話は進められていく。
この島に来て初めて安心する場所を得られたのか会話は概ね良い雰囲気で進められた。

しかし、ここに来て初めて意見が真っ向から対立することになり、雰囲気も険悪なものとなる。
発端は武の、ここで二手に分かれてより多くの協力者を得ようという発言である。
これに対して、正面から反論を仕掛けたのは瑞穂。
曰く、協力者を得るのは同意見、しかしあくまで4人全員で一緒に行動すべきだという。
ちなみに陽平は瑞穂と一緒ならどっちでもいいらしく、貴子は先程までは楽しそうに話に加わっていたのに今はだんまりを決め込んでいる。
当初は二人も冷静にお互いの意見を論じていたのだが、両者の一歩も譲らぬ態度に徐々に言葉に刺が混じるようになる。

「いいですか!そもそも私たちの武器と呼べるような代物は貴子さんの投げナイフだけなのですよ。
 そんな装備で少人数で行動して、銃を持った敵に出会ったらどうするんですか!? 危険すぎます!」
「それはこっちの台詞だ! こんな装備で4人も固まって行動して、マシンガンみたいなの持った奴に出くわしてみろ! 丁度いい的が4つあるだけじゃねーか!
 それとも投げナイフもった男女4人がかりなら銃持った奴にだって勝てるとでも言いたいのか?」
「そんなことは言っていません! 私は銃を持った敵を警戒するならなおさら周囲を警戒する人数が必要だといっているんです!
 二人だと二方向にしか注意を向けられないじゃないですか!」
「だったら俺は一人でも行かせてもらうぞ! 俺の行動を邪魔できる権利なんてないんだからな!」
「させません。 腕ずくでも私たちと一緒に来てもらいます」
「……やってみろ」

ついに火がついた。
あとはこのまま爆発するだけである。

二人の行動指針はあくまでも同じ。 より多くの人を助けここから脱出する。
なのに、ここでお互いが相容れないのはたった一つのある事情。
それこそが今の武と瑞穂を決定的に分かり合えないものにしているのである。
それは――

「まあまあ二人ともそんなにピリピリしないで。 ここは温泉なんだからさ、温泉にでも入って気分をラフレシアさせましょうよ」
一触即発の状況を打ち破ったのは以外にも傍観を決め込んでいた陽平の一言であった。
もっとも陽平はこの状況をなんとかしようという気など全くなく、ある一つの純粋な、いや不純な動機のためであったのだが。

一時休戦。

そもそもここに何をしにきたのか武は思い出す。
「ああそうだった。 悪いけど瑞穂、貴子をつれて入ってくれないか? 俺と陽平はここで見張りをする」
それからラフレシアじゃなくてリフレッシュな、とツッコミを入れることも忘れない。
瑞穂は貴子の格好を見てああ、と納得しながらも追求する。

「そんなことを言ってあなたは一人で――」
「分かってるよ。 一人で勝手に抜け出したりはしない。 約束する」
「……分かりました。 とりあえず信用します」
「やった!」

不承不承として顔で頷く瑞穂に対し一人だけ喜ぶ陽平。
やはり空気を読めない男である。



――戦士といえど、時には休息も必要である――



脱衣場で汚れた衣服を畳み、タオルを身体に巻き脱衣場を出る。
温泉に入る前にまずは身体の汚れた部分を洗い落とし、擦りむいた膝の怪我の具合を見る。
このぐらいならなんともない。
頭から湯をかぶり、いよいよ温泉に入る。
湯加減はまさに熱過ぎず温過ぎずといった感じで、身体の隅々まで染み渡る暖かさに息をつく。
もしもこんな状況にいなければ私はさぞかしこの湯を満喫していたであろう。
けれど私には先程から考えていること、いや、迷っていることがあった。
そのせいだろうか。 あまりこの湯を楽しむことができないでいる自分がいる。
瑞穂さんはというと私よりに先に入っているのだが浮かない顔をしており、こちらも温泉のありがたさをあまり堪能していない様子。
瑞穂さんも先程の武さんとのやりとりで色々と思うことがあるのだろう。
長い沈黙。
耐え切れずに先に話しかけてきたのは瑞穂さんのほうだった。

「貴子さんはどうお考えですか?」

何のこと? などとは聞かない。
武さんの言った二手に分かれて別行動をするべきだという考えと、あくまで全員で行動すべきだと主張する瑞穂さん。
あの時私は一言も口に出さずにいた。
今ここで私の考えを聞こうということなのだろう。
けれど、あのとき私が口を挟まなかったのはどうでもいいというわけではなく、私なりに考えていたことがあったからである。

「私は……私はお二方の意見のどちらが正しいとは断言できません。どちらの主張にもそれぞれ納得できるものがありますから」
ただ、と付け加える。
「瑞穂さんも武さんが何故ああも別行動に拘るのかを分かってあげてください」

そして私は話す。
小町さんが武さんの生涯の伴侶であることを。
驚きを隠せない瑞穂さん。
私もさっきあんな顔をしていたのだろうか。 そう考えると少しだけ笑いがこみ上げてくる。
私たちはこの広い島でこうも短時間で再会することができた。
それはきっと奇跡に等しい確率。
あとは仲間を守りつつ慎重に行動すればいい瑞穂さんと、未だ見つからぬつぐみさんを探すためできるだけ多方面に人を散らばせ、時には危険な戦場に飛び込む必要のある武さん。
二人の目的はできるだけ多くの人とここから脱出するという同じもの。
しかし、そのために執る手段は大きく異なってしまわざるを得ないのである。

「つまり今ここにいるのが貴子さんではなく、小町つぐみさんであれば僕と武さんの主張は全く逆になったかもしれない。 そういうことですか?」
「かも……しれません。 少なくとも私にはそうみえました」
「そう……ですか。 後で武さんには謝らないといけないですね。 けど、安心してください。 たとえ一緒になっても、ここで別行動をすることになっても貴子さんは僕が守りますから」

やっぱり。
私の胸の中をその一言が駆け巡る。
そう。 これこそが私がずっと考えていた葛藤の正体。
私はこの人と共に行動するべきではないのではないかという疑問。
この人はもう私を守る気でいる。
この人は本当に命に代えても私を守ってくれるだろう。
向かい風に両足を踏ん張って、炎の中に平気で飛び込み、濁流には正面から立ち向かう人だ。
あの時だってそう。
誘拐されそうになった自分を救うため、迷いもすることなく大の男4人に挑んでいった。
そういう人なのだ。
そういう人だからこそ私はこの人を愛したのだ。
しかし、宮小路瑞穂にとって厳島貴子という女は希望であると同時に弱点にもなる。
きっと瑞穂さんは私を庇って命に関わるような怪我をしても恨み言一つ言わず、無事でよかったなどと言うだろう。
それだけはなにがあっても避けねばならない。
私はあらゆる対価を払ってでもこの人を守る。
たとえそれがこの人の庇護の下から離れることになっても。
そこまで考えてから少し自嘲気味に笑う。

会いたい会いたいといいながら、会った途端に離れることを考え始める女。

なんと浅ましい。 
けどそれでいいではないか。
愛する人を守れないような貞淑な女より、浅ましくとも愛する人を守れる女になることを私は選ぶ。
名実共にお嬢様として育てられた私ができる唯一の瑞穂さんを守る方法。
幼稚な方法だ? 笑いたいなら笑うがいい。
これが、これこそが私なりの瑞穂さんを守る戦い方。

「瑞穂さん……私……私、武さんと一緒に別に行動させてもらいます」

思いがけない言葉にざばり、と音を立てて湯船から立ち上がりこちらを見る瑞穂さん。
その行動は予測できていたので私はそのまま続ける。

「私がここで瑞穂さんに会えたのは武さんのおかげです。 ここに来るように決めたのも武さんです。
 もし私は武さんと会うことがなかったら今頃誰かに襲われて死んでいたかもしれません。
 だから、その恩返しをしてあげたいんです。 武さんの提案を受け入れてあげたいのです」

それは半分本当で半分は嘘。
恩を感じているのは本当だが、別行動をとるのはあくまで目の前のこの人の為。
そして、この人は私の頼みを断れない人。
それを知っているからこそ、私はこんなことを提案する。
ちょっぴり、ずるくなったなと思う。

「……分かりました、貴子さんがそういうのなら。 けど約束してください。危ないことは絶対しないって」
「心配しないでください。 私は死ぬために行動を別にするのではありませんから」

瑞穂さんの手を取り約束の指切。 そしてキス。
そのまま手を繋ぎ二人で脱衣場に向かう。
そういえば、と瑞穂さん。

「鼻血出なかったですね。 いえ、茶化すつもりはないのですけど、珍しいなと思いましたから……」

……………………はっ!? み、み、み、瑞穂さんの裸!?
男の人の裸!? それもよりによって瑞穂さんの裸!?
いや、落ち着け。 瑞穂さんの裸なんてきっとこれから何度も見ることになるんだから……
何度も!? 何度も見るって事はキスの先の行為をするわけで…… キスの先!?
きゅううううううううう~っ  バタン!

「わわわ、た、貴子さん大丈夫ですか?」

結局、先程まで大丈夫だったのは余計な考えに囚われる暇がなかったかららしい。
無事帰ることができたら、この失神癖も早いところどうにかしないといけないようだ。



―― 一方、見張りをしている陽平と武はその間何をしていたかというと――



ここまではうまくいった。
激しく言い争っていた二人を絶妙のタイミングで助け舟を出すことに成功した僕。
きっと瑞穂さんと貴子さんの僕に対する評価もグッと上がったに違いない。
おまけに当初の目的を果たすために二人を何の疑いも無く温泉に入れることに成功した。
さっすが僕。 普段は岡崎たちが横から口を挟んだりして失敗しがちだけど、邪魔さえされなければこうも上手くいくんだ。
我ながら惚れ惚れとするほどの頭のよさだね!
さあ、仕上げだ。
本来なら影から瑞穂さんと貴子さんの美しい淑やかな裸体をこっそり覗くつもりだった。
けど瑞穂さんはさっきのやり取りで僕に対する好感度がこれ以上ないほどに上がってる筈。

つまり!!

男湯と間違って女湯に入る→普通ならキャーと叫ばれ痴漢扱い→けど僕への評価が高まってる今なら、瑞穂さんたちは恥ずかしがりつつも一緒に入ることを勧めてくれる

こうなる可能性もあるのだ!
やべっ鼻血でそう。
「いや、色んな過程がスッポリ抜け落ちている上に、そもそもそんな展開はあり得ないだろ」
な、なんのことですか。 僕、覗きなんて不埒な真似をしようとなんてしていませんよ。
そもそも、どうして倉成さんは僕の思考を読み取ってるんですか?
「お前さっきからずっと口に出してるんだけど」
し、しまった!? ここまですんなり計画が上手くいってたから気が抜けていた。
これじゃいつもと同じパターンじゃないか。
「あはははは。 冗談ですよじょーだん。 僕が覗きなんてするような人間に見えます?」
気を落ち着かせるために大きく深呼吸をする。
すうーーはあーー、すうーーはあーー。
よし、これで大丈夫。 倉成さんもう聞こえてませんよね? 
倉成さんのバーカ。 よし、聞こえてない。
もう二度とあんなヘマはしないぞ。

気を取り直して瑞穂さんたちを覗き、もとい瑞穂さんたちとキャッキャウフフな関係になるために計画を進行させる。
とりあえず倉成さんに感づかれないようにうまくここから抜け出して女湯へと忍び込まねばならない。
これはトイレに行くとか適当な理由でさりげなく女用の脱衣場に入れば問題ないだろう。
「倉成さん、僕ちょっとトイレ行ってきますね」
そう言って脱衣場への扉に手をかける。
さりげなく、あくまでさりげなくだ。
「行ってもいいけどそこはトイレじゃないぞ」
くそう、見破られてしまった。 意外に鋭いじゃないか倉成さん。
次の手を考えないとな。
うーんと、あれでもない、これでもない……なにかいい手は……
「なあ、そんなにあの二人を覗きたいのか?」
あきれた顔で聞いてくる倉成さん。

「や、やだなあ、倉成さん。覗きなんて下衆のすることですよ。
 僕は二人を守るという崇高な使命のために草葉の陰からこっそりと見守ろうとしているだけですよ

あれ? 上手く誤魔化したつもりなのに……なんでばれたんだろ?
僕の言葉を聞いたのか聞いてないのか、しょうがねえなあと呟きながら頭を掻く倉成さん。
「よし、俺も男だ。手伝ってやる」
へ? ……今なんていいました。 手伝ってやる?
なんだ、やっぱり倉成さんも興味あるんじゃないか。
そうだよね。美しいものを愛でるのは人として当然のことだよね。
裸を見てエロスしか感じ取れない人種なんて哀れなだけですよね。
「いい考えがあるからちょっと耳貸せ」
チョイチョイ、と手招きをする倉成さん。
はいはい、今行きますよっと。
「実はな……」
さあ聞かせてください、どんな素敵な策があるんですか。

「いい考えがあるって言ったけどな……嘘だ」

ガチャン! という金属音。
そしてそれに伴う右手首に感じる違和感。
何だろうと思い違和感を感じた右手の手首に目をやるとはめられていた。
何をって? 瑞穂さんに支給された手錠が。

「って何で僕の手に手錠がかかってんですか!?」
「いいか!」

僕のほうにズイッと顔を近づける倉成さん。
怖えぇ! なんか知らんが怒ってる顔だ。
「今度状況も弁えずに覗きだなんてふざけたことぬかしたりやろうとしたら、その右手も繋ぐぞ!」
「は、はいぃっ!」
脊髄反射で謝罪の言葉が出てくる。
やっぱり不謹慎すぎたか。
倉成さんが怒るのも無理はないよね。

こうして僕の野望は脆くも潰えてしまうのだが……

「あれ? この手錠どうやって開けるんですか? なんか鍵穴そのものがないような……」
「ああ? そんな訳ねえだろ。 ちょっと見せてみろよ。 どうせ見落としかなんか……でもないな」
大慌てで瑞穂さんの鞄の中を探る倉成さん。
けど鍵穴がない以上、鍵がある筈もない。 あってもどうしようもない。

…………………………………………………沈黙。

「ほ、ほら……あれだよ。 市販の手錠は犯罪なんかへの悪用を防ぐために安全ピンがついてるだろ。 こいつも市販の手錠なんだよ、きっと」
「安全ピン……そんなのないですけど」

…………………………………………………再び沈黙。

「まあいっか。 春原だし」
「あんた出会ったばっかりなのに岡崎と同じこと言いますね!?」
「普通に動く分には問題ないからいいだろ。 よかったな、“すのはら に てじょう ふらぐ が たった”ってやつだ」
「そんなフラグたっても嬉しくないんですけどねえ!?」

ガラッ
「お待たせしました」

瑞穂さんと貴子さんが脱衣場から出てきてしまった。
ああ、やっぱり綺麗な人だ。
しっとり濡れた髪の毛。
湯上りで上気した肌。
風呂上りという状況が一層瑞穂さんの美しさを惹きたてるものになってる。
一度諦めたとはいえ、そのしなやかな肢体には未だに未練がつき纏う。
ってそんな暢気なこと考えてる場合じゃない。
この手錠をどうにかしないと。

「先程の話ですが武さん。 私が一緒に行きます」
先程の話って? ああ、一緒に行動するか二手に分かれるかって話ね。
「はあ!? それは有難いんだけど……せっかく会えたのに……瑞穂はいいのか?」
意外な援軍に戸惑いの声を上げる倉成さん。
「貴子さんの決めたことですから……私は陽平さんと一緒に行きます」

陽平さんと一緒に行きます。
陽平さんと一緒に行きます。
陽平さんと一緒に行きます。

頭の中でエコーが掛かりながらひたすらリフレインする瑞穂さんの言葉。
その言葉の意味を間違えるほど僕はバカじゃない。
つまり!!

陽平さんと一緒に行きます→陽平さんと一緒に行きたい→陽平さんと二人っきりになりたい→陽平さん愛してます



こういうことなのだ!!
分かってます、分かってますよ瑞穂さん。
きっと貴子さんの決めたことってのも嘘で、本当は瑞穂さんが言い出したことなんですよね?
ええ何も言わなくてもいいです。
今まで女の子と付き合ったことのない僕ですが、そのくらいの乙女心は理解できます。
けどそんなに恥ずかしがらなくてもいいんですよ。
僕の心はとっくの昔にあなたのものなんですから。
そして僕は瑞穂さんと身も心も一緒になれるアイテムを身に着けている。
それこそが倉成さんにかけられたこの右手の手錠だ。
最初手錠をかけられたときはどうなるかと思ったけど、このときのための伏線だったんだよ。
そう。 そして今こそその伏線が回収されるときなのだ。
さあ、瑞穂さん。 レッツコンバイン!!!

「待ってください。何か……聞こえませんか?」
耳をそばだてる貴子さん。
え? 本当だ。 聞こえる。この声は……
「女の人の……これは……叫び声?」
瑞穂さんが僕の気持ちを代弁するかのように呟く。
確かに僕にも女の人の叫び声のようなものが聞こえる。

「誰か襲われているのか?」
外を警戒しつつ、投げナイフを取り出す倉成さんと僕。
この叫び声の主が本当に襲われているのなら今すぐにでも動き出して助けに行くべき。
でもおかしいことが一つ。
「いいえ、外ではないように聞こえます。 寧ろこれは、中……この建物の中から聞こえてきます」

貴子さんの言うとおり叫び声は外からではなく中から聞こえる。
そんなわけない。 今この中にいるのは僕ら4人だけのはず。
最初にこの施設を訪れたとき建物の内部はすべて調査した。

「きゃああああああああああああああああああああああああ」

けれど現実に聞こえてくるこの声。
もう聞き耳をたてなくとも十分なほど声は大きくなってる。
どうやってここに接近してるのか知らないが、もうかなり近いところまで来てるはずだ。
そしてどうやって接近しているかわからないので、対応の仕様がない。

「きゃああああああああああああああああああああああああ」

「来る……」
誰かが言った一言。
全員に緊張が走る。
と、次の瞬間――

バァンッ!!

前方の壁が隠し扉のように開いたかと思うと、叫び声を上げながら女が僕の方に転がってきたではないか。
あまりに突然のことに全く対応できぬまま、転がる女に激突される。
っていうか、こんなに真面目に解説してる暇があったら避けろよ僕!? って今更言ってもしょうがないか。
僕というクッションがあったにも関わらず、勢いは殺しきれず、女はそのまま後ろの壁に僕を巻き添えにして追突した。

「あいたたたたた……何なのよ一体……」
「それは僕が言いたいことだ! 何なんだよ一体……」


平時なら痛みを堪えつつ女の子の体の感触を楽しんでいただろうけど、今はそんな余裕などない。
もみくちゃになった女をどかせるために女の肩に手を置く。

「痛っ!? 引っ張らないでよ!?」
「引っ張ってなんかないよ! それよりも早く……ってあれ?」

右手に感じる違和感。 
違和感を感じるのは別におかしいことじゃない。
だってさっき倉成さんに手錠をかけられたんだから。
ほら、どこもおかしいところなんかない。
少なくとも“僕の右手”はね。
おかしいところはなぜか手錠のもう一つの輪に腕が通されてることだ。
誰の腕かって僕のじゃないよ。 女の左手が。

…………………………………………………沈黙。

まさかこうも予想外の形でこの伏線が回収されるなんて。
右手を上げる。 女の左手もついてくる。
女の顔を見つめる。 ははは、すごい間抜け面だ。 きっと僕もあんな顔をしているんだろうね。
うん、もういいよね。 現実逃避はこれまで。 それじゃ、せーの。 

「「「「「ああああああああああああああああああああああああああああ」」」」」

五人が全く同じ声を上げる。
今、僕とこの名前も知らない女は運命の輪で結ばれた。


044:偽りの贖罪 投下順に読む 045:温泉に集いし者たち(後編)
044:偽りの贖罪 時系列順に読む 045:温泉に集いし者たち(後編)
003:二人の出会いは 倉成武 045:温泉に集いし者たち(後編)
003:二人の出会いは 厳島貴子 045:温泉に集いし者たち(後編)
006:男として 春原陽平 045:温泉に集いし者たち(後編)
006:男として 宮小路瑞穂 045:温泉に集いし者たち(後編)
032:最高なお先真っ暗 涼宮茜 045:温泉に集いし者たち(後編)
038:エリーにおまかせっ☆ 霧夜エリカ 045:温泉に集いし者たち(後編)
038:エリーにおまかせっ☆ 坂上智代 045:温泉に集いし者たち(後編)







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