「廃止鉄道の夜」(2007/07/18 (水) 11:56:01) の最新版変更点
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**廃止鉄道の夜 ◆3Dh54So5os
コツッ……コツッ……
虫の声と風の音しか聞こえない深夜の森。
その森を引き裂くように敷かれた線路上に列車が一編成、止まっていた。
いまやその多くが過去のものとなり、鉄路から姿を消していった蒸気機関車を先頭にした列車は月明かりの中、静かに佇んでいる。
静寂に支配されたその空間になにやらやけに耳につくその音が響き始めたのは数十秒前からのこと。
コツッ……コツッコツッ……
その音は機関車の次位に繋がれた客車のドアが、正確に言えばそのドアを突く和弓が、
更に正確に言うなら、線路脇の草むらから和弓の先でドアを突く、水瀬名雪の手によってその音は発せられていた。
「……」
別にふざけてとか悪戯でこんなことをしているわけではない。その証拠に名雪の顔は真剣だ。
突き方は余り強いものではなく、むしろ余り触れたくないものを無理やり突いている時の様に弱い。
そうやって暫く、ドアを弱く突いていた名雪だが、ドアがかすかにスライドし、隙間が出来たところで手を止める。
「…………」
大きく息を呑む名雪。
二回三回と深呼吸をしてから今度はその隙間に和弓の先を突っ込む。
しばし躊躇するような間が空き……
「……せーの!」
消え入りそうな声と共に隙間に突っ込んだ和弓でドアを一気に開け放った。
ガラララッ……
引き戸特有の音が響くと同時に名雪はその場に伏せる。暫く草むらに伏せていた名雪はおずおずと顔を上げ、ドアを見る。
ドアは完全に開け放たれた状態で、先程までと同じように静かに佇んでいた。
「ふぅ……良かった」
心底安心したと言うように名雪は盛大な溜息をつく。傍から見ているとまるで意味不明だが、これには深い理由があるのだ。
「良かった。ドアを開けたらドカン! なんてことにならなくて……」
そう、つまりそういうことなのである。
偶然この列車を発見した名雪は、この中でしばしの休憩をとろうとしたのだが、いざドアを開ける段階になって、
『ドアを開けたら、仕掛けがしてあって大爆発とかいうありがちな展開なのでは?』
という疑念がついて離れなくなってしまった。
さっきまでの不審な行動は石橋を叩いて渡る為に名雪が精一杯考えた挙句のものだったのだ。
ではなぜ名雪がこんなところでこんなものとご対面することになったのか?
時間はこれより2時間ほど前に遡る……。
◇ ◆ ◇
他の参加者の多くがそうであった様に、ホールから強制転移させられた名雪がまず放り込まれたのは森の中だった。
「あ、あれ?」
おかしい、森の中などに足を踏み入れた覚えは一切ない。
確かさっきまで自分はホールの様な場所にいたはずだ。祐一やあゆ、北川と言った知り合いと一緒に……。
「そう言えば祐一はどこ? 祐一! 祐一ぃぃっ!!」
辺りに誰も居ないことに気が付いた名雪はあらん限りの声量で呼び掛ける。が、いくら呼び掛けてもそれに応える声はない。
名雪の声は森の木々が風で揺れる音にかき消され、夜の闇の中に吸い込まれるだけだ。
「どうしよう……。私、ひとりになっちゃった」
力なくその場にへたりこむ名雪。まったくもって訳が分からなかった。
突然始まった殺し合い、ホールに居たはずの人間が次々と消えていったあの光景。何もかもが名雪の理解の範疇を越えていた。
いったい何でこんなことになったのか? ――分からない。
何でよりにもよって私達だったのか? ――分からない。
祐一や北川は今何処にいるのか? ――分からない。
そもそも今私がいる場所は何処なのか? ――分からない。
じゃあ今、私がすべきことは何なのか?
「…………」
ともすればすぐにでも恐慌状態に陥りそうな精神を無理矢理押さえ込みながら名雪は考える。
今この場において大切なことは何か? 一番大事なものは何か?
自分の命? 身の安全?
どちらもYESだが、同時にNOでもある。それよりも大切な人、大事な人、それは……
「……うん、私やっぱり一人じゃダメだね。誰かが傍に……祐一が傍にいないと、私やっぱり笑えないよ」
そうだった。何時いかなるときも名雪が心から笑えた時に傍にいてくれた存在、相沢祐一――。
彼なくして今の自分は存在できない。それ程までに祐一は名雪の中で大きな存在だった。
――祐一を探そう、見つけだして、一緒に行動しよう――
名雪がそう決意するまで時間はさしてかからなかった。
自分の身の安全を確保しつつ、祐一を探す。
状況が状況だけに難しい事であることは百も承知だが、やらなくてはいけない。
「そうだよね……、ふぁいとっ! だよ、私」
名雪は暗い考えを吹き飛ばすように、わざと声に出して自分自身に言い聞かせた。
◇ ◆ ◇
そうして森の中をさまよう事数十分、名雪の疲労は無視できる程度を超えようとしていた。
陸上部の部長を務める名雪はそれなりに体力には自身があったが、整地はおろか道すらない森の中。
そんな中での草の根を掻き分けての強行軍は名雪の想像以上に体力を消耗させた。
何より、自分一人しか居ないという不安が常に付きまとい、精神的に名雪を追い詰めていた。
(一旦、休憩したほうがいいかな……?)
そんな考えが名雪の脳裏を過ぎった次の瞬間、今まで木々と草ばかりだった景色に大きな変化が生じた。
木がぷっつりと途絶え、腐葉土だった地面は砂利が敷き詰められたものになり、その上に等間隔に並べられた木の板と二条のレールが敷かれていた。
「線路だ……」
ポツリとつぶやいた名雪は制服のポケットに折り畳んで入れておいた地図を取り出した。
地図上には島の中央部と南西部を結ぶ廃線の存在が記されている。おそらくこの路線の何所かに抜けたのだろう。
「……どっちに行ったらいいのかな?」
地図と睨めっこをしながら名雪は首を捻った。廃線の経路はえらく中途半端でどっちの終点に行っても森の中から抜けるには至らない。
強いて挙げるなら南西方向に向かえば終点の近くに鉱山(こちらも廃坑)が、中央部――つまり反対の北東方向――に向かうと終点から離れてはいるが、市街地に抜けられる。
では、近くの鉱山と遠くの市街地、どちらに抜けるのが良いのか?
名雪が最初に跳ばされた場所が森の中だったことを考えると、祐一が街に居る可能性も、鉱山にいる可能性も五分。むしろどちらにも居ない可能性の方が高い。
それでも線路を辿っていくのならどちらか選ばなくてはならない。
線路を無視してまた森の中に入るという選択肢もあるが、強行軍で散々懲りた名雪はすぐに却下した。
考えた挙句名雪が下した決断は……
「……街に、街に行こう。街ならきっと誰か居るよね……」
いかにも廃れてそうな廃坑と賑やかそうな市街地、先程から孤独感に苛まれている名雪は自然と人が居そうな方を選んでいた。
目的地が決まれば、後はそこを目指すだけ。名雪は空を見上げ、月の位置を確認する。
右手頭上に浮かぶ月は見事なまでの満月、支給品の時計が指し示す時刻は2時ちょい前、となると月は若干南西側に傾いた状態であるはず。
「と、言う事は……こっちだね」
月が浮かんでいるのが南西なのだから、北東方向の市街地はその反対側、つまり左側だ。
そちらにふっと目線をやった名雪は、真っ直ぐ伸びた線路の先に箱型の影があるのを見た。
月明かりだけなので子細は分からないが、線路の上にあって箱型のものと言えばそれが何なのか大体の予想が付く。
「あれは……電車かな?」
廃線に電車が有るのも一見するとおかしな話だが、廃車にした車両が放置されているだけかも知れない。
車体の脇にはホームらしき構造物も見えるので、廃駅にかつて使われた車両を保存している。という類の可能性もある。
何より今まさに休憩をとろうとしていた名雪からみれば、屋根や座席があるだけでも電車内の方がはるかに快適な空間であることだけは間違いない。
名雪は念のため支給品のメスをディバックから取り出した。
武器にするには頼りないが、弓なんか引けないし、他に武器になるものがこれしかないので仕方ない。
「…………よし、行こう」
名雪は意を決すると、今まで以上に慎重に、常に周囲を気にしながら電車へと近づいていった。
電車に見えたのが実は機関車と連結された客車の最後尾だと気が付き、冒頭の疑念に駆られたのはそれから5分後のことになる。
◇ ◆ ◇
客室内への扉と貫通路のドアはどちらも開いていた。
(ここ、開いてたんだ……はぁ、開いてたって、分かってたらあんな苦労しなくてもこっちからよじ登って入れたのに……)
などと思ったが、今となっては後の祭り。
がっくりと肩を落した名雪は、開け放たれた貫通路越しに機関車の最後尾に『Tommy』と書かれたプレートが付けられているのを発見した。
「この機関車、『トミー』って名前なんだ……」
まあ、そんなことはどうでもいいのだけれど……。名雪は気を取り直すと客室内へと足を踏み入れた。
車内は意外と綺麗だった。座席の布は何所も破れていないし、板張りの床も抜けたり、ささくれ立ったりしている所は一つもない。
車内の電気は全て消えていたが、今の状態を考えればこっちの方が見つかりにくくなるから好都合だ。
車体や車輪に錆が浮いていたので中もオンボロなのではないかと、内心びくびくしていた名雪には嬉しい誤算だ。
一番手前のボックスシートに身体を沈めると、これまでの疲れがどっと襲ってきた。それと同時に目蓋の方も重くなってくる。
「もう、2時半過ぎたんだ……」
ドアの一件でかなり時間を食ったのだろう、時刻は名雪の予想以上に遅いものだった。普通ならとっくの昔に夢の中だ。
殺し合いの最中にいるという緊張感と、周りに誰も居ないという孤独感から眠気など微塵も感じなかったが、
どちらもが解けかけた今、それを押さえる枷はもはや無いも同然だった。
(目が覚めたらいつもの自分の部屋で、ああ、あれは悪い夢だったんだ、なんて言えたらいいな)
そんなことを思いながら、名雪は瞳を閉じ……間もなく意識を手放した……
【E-6 廃線路上/1日目 黎明】
【水瀬名雪@kanon.】
【装備:メス(3本)@AIR 学校指定制服(若干汚れています)】
【所持品:支給品一式 破邪の巫女さんセット(巫女服・弓矢(10/10本))@D.C.P.S.】
【状態:睡眠中】
【思考・行動】
基本方針:祐一との合流
1)夢だったらいいのに……
2)車内で休む。
3)市街地へ行く。
※作中登場の列車について
きわめてD-7エリアに近いE-6エリアの廃線上にある廃駅(単線線路の片側にホームがある)に留置(放置?)された列車内です。
機関車+客車2両の編成で、客車のイメージは『銀河鉄道9○9』に出てくる客車みたいな感じです。
動かそうと思えば動かせるかもしませんが、無論、それ相応の知識やスキルが必要です。
なお、機関車、客車とも設定はフィクションであり、実在、若しくは既存の版権キャラとの関連性は一切ございません。
|029:[[覚悟のススメ]]|投下順に読む|031:[[魔女]]|
|052:[[許せる嘘か? 許されざる嘘か?]]|時系列順に読む|031:[[魔女]]|
||水瀬名雪|033:[[出会いと別れ]]|
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**廃止鉄道の夜 ◆3Dh54So5os
コツッ……コツッ……
虫の声と風の音しか聞こえない深夜の森。
その森を引き裂くように敷かれた線路上に列車が一編成、止まっていた。
いまやその多くが過去のものとなり、鉄路から姿を消していった蒸気機関車を先頭にした列車は月明かりの中、静かに佇んでいる。
静寂に支配されたその空間になにやらやけに耳につくその音が響き始めたのは数十秒前からのこと。
コツッ……コツッコツッ……
その音は機関車の次位に繋がれた客車のドアが、正確に言えばそのドアを突く和弓が、
更に正確に言うなら、線路脇の草むらから和弓の先でドアを突く、水瀬名雪の手によってその音は発せられていた。
「……」
別にふざけてとか悪戯でこんなことをしているわけではない。その証拠に名雪の顔は真剣だ。
突き方は余り強いものではなく、むしろ余り触れたくないものを無理やり突いている時の様に弱い。
そうやって暫く、ドアを弱く突いていた名雪だが、ドアがかすかにスライドし、隙間が出来たところで手を止める。
「…………」
大きく息を呑む名雪。
二回三回と深呼吸をしてから今度はその隙間に和弓の先を突っ込む。
しばし躊躇するような間が空き……
「……せーの!」
消え入りそうな声と共に隙間に突っ込んだ和弓でドアを一気に開け放った。
ガラララッ……
引き戸特有の音が響くと同時に名雪はその場に伏せる。暫く草むらに伏せていた名雪はおずおずと顔を上げ、ドアを見る。
ドアは完全に開け放たれた状態で、先程までと同じように静かに佇んでいた。
「ふぅ……良かった」
心底安心したと言うように名雪は盛大な溜息をつく。傍から見ているとまるで意味不明だが、これには深い理由があるのだ。
「良かった。ドアを開けたらドカン! なんてことにならなくて……」
そう、つまりそういうことなのである。
偶然この列車を発見した名雪は、この中でしばしの休憩をとろうとしたのだが、いざドアを開ける段階になって、
『ドアを開けたら、仕掛けがしてあって大爆発とかいうありがちな展開なのでは?』
という疑念がついて離れなくなってしまった。
さっきまでの不審な行動は石橋を叩いて渡る為に名雪が精一杯考えた挙句のものだったのだ。
ではなぜ名雪がこんなところでこんなものとご対面することになったのか?
時間はこれより2時間ほど前に遡る……。
◇ ◆ ◇
他の参加者の多くがそうであった様に、ホールから強制転移させられた名雪がまず放り込まれたのは森の中だった。
「あ、あれ?」
おかしい、森の中などに足を踏み入れた覚えは一切ない。
確かさっきまで自分はホールの様な場所にいたはずだ。祐一やあゆ、北川と言った知り合いと一緒に……。
「そう言えば祐一はどこ? 祐一! 祐一ぃぃっ!!」
辺りに誰も居ないことに気が付いた名雪はあらん限りの声量で呼び掛ける。が、いくら呼び掛けてもそれに応える声はない。
名雪の声は森の木々が風で揺れる音にかき消され、夜の闇の中に吸い込まれるだけだ。
「どうしよう……。私、ひとりになっちゃった」
力なくその場にへたりこむ名雪。まったくもって訳が分からなかった。
突然始まった殺し合い、ホールに居たはずの人間が次々と消えていったあの光景。何もかもが名雪の理解の範疇を越えていた。
いったい何でこんなことになったのか? ――分からない。
何でよりにもよって私達だったのか? ――分からない。
祐一や北川は今何処にいるのか? ――分からない。
そもそも今私がいる場所は何処なのか? ――分からない。
じゃあ今、私がすべきことは何なのか?
「…………」
ともすればすぐにでも恐慌状態に陥りそうな精神を無理矢理押さえ込みながら名雪は考える。
今この場において大切なことは何か? 一番大事なものは何か?
自分の命? 身の安全?
どちらもYESだが、同時にNOでもある。それよりも大切な人、大事な人、それは……
「……うん、私やっぱり一人じゃダメだね。誰かが傍に……祐一が傍にいないと、私やっぱり笑えないよ」
そうだった。何時いかなるときも名雪が心から笑えた時に傍にいてくれた存在、相沢祐一――。
彼なくして今の自分は存在できない。それ程までに祐一は名雪の中で大きな存在だった。
――祐一を探そう、見つけだして、一緒に行動しよう――
名雪がそう決意するまで時間はさしてかからなかった。
自分の身の安全を確保しつつ、祐一を探す。
状況が状況だけに難しい事であることは百も承知だが、やらなくてはいけない。
「そうだよね……、ふぁいとっ! だよ、私」
名雪は暗い考えを吹き飛ばすように、わざと声に出して自分自身に言い聞かせた。
◇ ◆ ◇
そうして森の中をさまよう事数十分、名雪の疲労は無視できる程度を超えようとしていた。
陸上部の部長を務める名雪はそれなりに体力には自身があったが、整地はおろか道すらない森の中。
そんな中での草の根を掻き分けての強行軍は名雪の想像以上に体力を消耗させた。
何より、自分一人しか居ないという不安が常に付きまとい、精神的に名雪を追い詰めていた。
(一旦、休憩したほうがいいかな……?)
そんな考えが名雪の脳裏を過ぎった次の瞬間、今まで木々と草ばかりだった景色に大きな変化が生じた。
木がぷっつりと途絶え、腐葉土だった地面は砂利が敷き詰められたものになり、その上に等間隔に並べられた木の板と二条のレールが敷かれていた。
「線路だ……」
ポツリとつぶやいた名雪は制服のポケットに折り畳んで入れておいた地図を取り出した。
地図上には島の中央部と南西部を結ぶ廃線の存在が記されている。おそらくこの路線の何所かに抜けたのだろう。
「……どっちに行ったらいいのかな?」
地図と睨めっこをしながら名雪は首を捻った。廃線の経路はえらく中途半端でどっちの終点に行っても森の中から抜けるには至らない。
強いて挙げるなら南西方向に向かえば終点の近くに鉱山(こちらも廃坑)が、中央部――つまり反対の北東方向――に向かうと終点から離れてはいるが、市街地に抜けられる。
では、近くの鉱山と遠くの市街地、どちらに抜けるのが良いのか?
名雪が最初に跳ばされた場所が森の中だったことを考えると、祐一が街に居る可能性も、鉱山にいる可能性も五分。むしろどちらにも居ない可能性の方が高い。
それでも線路を辿っていくのならどちらか選ばなくてはならない。
線路を無視してまた森の中に入るという選択肢もあるが、強行軍で散々懲りた名雪はすぐに却下した。
考えた挙句名雪が下した決断は……
「……街に、街に行こう。街ならきっと誰か居るよね……」
いかにも廃れてそうな廃坑と賑やかそうな市街地、先程から孤独感に苛まれている名雪は自然と人が居そうな方を選んでいた。
目的地が決まれば、後はそこを目指すだけ。名雪は空を見上げ、月の位置を確認する。
右手頭上に浮かぶ月は見事なまでの満月、支給品の時計が指し示す時刻は2時ちょい前、となると月は若干南西側に傾いた状態であるはず。
「と、言う事は……こっちだね」
月が浮かんでいるのが南西なのだから、北東方向の市街地はその反対側、つまり左側だ。
そちらにふっと目線をやった名雪は、真っ直ぐ伸びた線路の先に箱型の影があるのを見た。
月明かりだけなので子細は分からないが、線路の上にあって箱型のものと言えばそれが何なのか大体の予想が付く。
「あれは……電車かな?」
廃線に電車が有るのも一見するとおかしな話だが、廃車にした車両が放置されているだけかも知れない。
車体の脇にはホームらしき構造物も見えるので、廃駅にかつて使われた車両を保存している。という類の可能性もある。
何より今まさに休憩をとろうとしていた名雪からみれば、屋根や座席があるだけでも電車内の方がはるかに快適な空間であることだけは間違いない。
名雪は念のため支給品のメスをディバックから取り出した。
武器にするには頼りないが、弓なんか引けないし、他に武器になるものがこれしかないので仕方ない。
「…………よし、行こう」
名雪は意を決すると、今まで以上に慎重に、常に周囲を気にしながら電車へと近づいていった。
電車に見えたのが実は機関車と連結された客車の最後尾だと気が付き、冒頭の疑念に駆られたのはそれから5分後のことになる。
◇ ◆ ◇
客室内への扉と貫通路のドアはどちらも開いていた。
(ここ、開いてたんだ……はぁ、開いてたって、分かってたらあんな苦労しなくてもこっちからよじ登って入れたのに……)
などと思ったが、今となっては後の祭り。
がっくりと肩を落した名雪は、開け放たれた貫通路越しに機関車の最後尾に『Tommy』と書かれたプレートが付けられているのを発見した。
「この機関車、『トミー』って名前なんだ……」
まあ、そんなことはどうでもいいのだけれど……。名雪は気を取り直すと客室内へと足を踏み入れた。
車内は意外と綺麗だった。座席の布は何所も破れていないし、板張りの床も抜けたり、ささくれ立ったりしている所は一つもない。
車内の電気は全て消えていたが、今の状態を考えればこっちの方が見つかりにくくなるから好都合だ。
車体や車輪に錆が浮いていたので中もオンボロなのではないかと、内心びくびくしていた名雪には嬉しい誤算だ。
一番手前のボックスシートに身体を沈めると、これまでの疲れがどっと襲ってきた。それと同時に目蓋の方も重くなってくる。
「もう、2時半過ぎたんだ……」
ドアの一件でかなり時間を食ったのだろう、時刻は名雪の予想以上に遅いものだった。普通ならとっくの昔に夢の中だ。
殺し合いの最中にいるという緊張感と、周りに誰も居ないという孤独感から眠気など微塵も感じなかったが、
どちらもが解けかけた今、それを押さえる枷はもはや無いも同然だった。
(目が覚めたらいつもの自分の部屋で、ああ、あれは悪い夢だったんだ、なんて言えたらいいな)
そんなことを思いながら、名雪は瞳を閉じ……間もなく意識を手放した……
【E-6 廃線路上/1日目 黎明】
【水瀬名雪@kanon.】
【装備:メス(3本)@AIR 学校指定制服(若干汚れています)】
【所持品:支給品一式 破邪の巫女さんセット(巫女服・弓矢(10/10本))@D.C.P.S.】
【状態:睡眠中】
【思考・行動】
基本方針:祐一との合流
1)夢だったらいいのに……
2)車内で休む。
3)市街地へ行く。
※作中登場の列車について
きわめてD-7エリアに近いE-6エリアの廃線上にある廃駅(単線線路の片側にホームがある)に留置(放置?)された列車内です。
機関車+客車2両の編成で、客車のイメージは『銀河鉄道9○9』に出てくる客車みたいな感じです。
動かそうと思えば動かせるかもしませんが、無論、それ相応の知識やスキルが必要です。
なお、機関車、客車とも設定はフィクションであり、実在、若しくは既存の版権キャラとの関連性は一切ございません。
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