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「回帰~倉成武が還る場所~」(2008/02/11 (月) 18:29:53) の最新版変更点
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**回帰~倉成武が還る場所~◆Qz0e4gvs0s
蒼く染まった壁。倉成武の瞳に飛び込んできた最初の光景はそれだった。
何時から此処にいたんだろう。そもそも、ここは元の世界じゃないのだろうか。
頭を振りかぶり、直前までの光景を思い出す。
あの時みんなと別れを告げ、時深の力とやらで不思議な光に包まれたのは覚えている。
だが、そこから先は記憶が無い。外の景色も、現在を刻む時計も、ここにはない。
蒼い壁が広がる十畳程の部屋。出口はおろか繋ぎ目も見当たらない奇妙な場所。
「目が覚めたか?」
「!?」
声の主は、何も無い場所から突然浮かび上がってきた。
いや、もしかしたら最初からいただけで、武が気付かなかっただけかもしれない。
その人物はベルベットの様な光沢を放つ椅子に座り、武に背を向けている。
その状態から微動だにしない所を見ると、こちらを向くつもりは無いようだ。
どういう訳かぼんやりとしているその姿に戸惑いつつも、武は思いついた事を口にしていた。
「なあ、ここは何処なんだ?」
「……」
けれども、その人物は何も答えぬまま、右手に持ったコーヒーカップを無言で口に運び口を塞ぐ。
そして喉を一つ鳴らすと、カップを口から外し小さく息を漏らした。
ちゃぷちゃぷと波打つ音だけが、静寂に満ちた部屋でリズムを刻む。
返答のない相手に対し、武が再び口を開こうとした所で、ようやく相手が口を開く。
「取り戻せるぞ」
「は?」
突拍子も無い言葉に面食らう。この人物はこちらの話を聞いていなかったのだろうか。
仮にさっきのが質問の答えだとしたら、あまりに意味不明過ぎる。
呆れつつある武を無視して、目の前の人物は再び言葉を繰り返す
「失ったものは、取り戻せる……償いたいと思わないか? 最愛の人に」
「なにを――」
「世界って言うのは色んな世界、色んな時間があるってのは、今回の事で気付いたよな」
突然の問いかけに混乱するが、混じっていた言葉に思わず体が反応する。
ここが相手に合わせるべきだと感じた武は、相変わらず背を向けて喋る相手の言葉に無言で頷く。
確かに、生き残った奴も、死んでしまった奴らも、同じ世界ではなかった。
そんな絶対に出会うはずのない人達と、武は命削って生を繋いできたのだ。
無意識のうちに、武は拳をぎゅっと握り締める。
自分がしてしまった事、成し遂げられなかった事。それらが、武の脳裏を過ぎ去っていく。
「これから、お前もみんなと同じように自分の世界に還る」
「……」
「お前とつぐみ、ホクトや沙羅。空やココ。桑古木や優のいた場所に。
けれど、今挙げた内の何人かはもう居ない。二度と会うことは出来ない」
淡々と告げられる言葉を、武は静かに聞き入れる。それは罪状のような、そんな響き。
けれども、武にはそれを甘んじて受け入れ、償う義務がある。
そんな空気を感じ取ったのか、その人物は一瞬の間を置いてから、ゆっくり言葉を紡ぐ。
「もし全員と再会出来る世界に還せるって言ったら、どうする?」
「ぇ?」
あまりにも突拍子の無い言葉に、武は返す言葉も見当たらない。
脳が追いつかないのだ。心が反応できずにいるのだ。
普段なら冗談だろうと笑い飛ばせる自信がある。なのに、今の武にはそれが出来なかった。
相手から投げかけられた言葉が、ほんの一瞬だけ傾きかけた武の心を離さない。
「聞かせて欲しい……お前の……あの三日間を生き抜いた倉成武の心の声を」
無言で拳を握り締める武に、その人物は畳み掛けるように言葉を重ねる。
嘘や建前で飾らない、心の奥底に眠る本音を聞きだすために。
「もしお前が少しでも心揺らぐのなら、俺がその場所に送り還してやる」
空気の音すらしない部屋の中で、武の心臓だけが強く波を打つ。
まるでタイムリミットが迫るかのように、音はだんだんと加速していく。
武は出来る限り心を落ち着け、答えを模索する。
元の世界に還ったら、これまでの出来事を胸に刻み、償っていくつもりだ。
自分は取り返しの付かない悲劇を招いた。許されない行為を見せた。
その一つ一つを、生ある限り受け入れ続け、乗り越えていこうと決めた。
だがもし……もし「償える相手」がいるのなら。
こんなぼんやりとした未来予想図ではなく、もっと形ある償いが出来るのではないだろうか。
それに、この問答で武は改めて気付かされてしまったのだ。
どれだけ決意しても、どんなに覚悟を決めても、心の奥底にある願望に嘘はつけない。
叶うなら、本当にそんな出鱈目な願いが叶うなら……つぐみの幸せを見たいと。
「……その世界ってやつはさ、つぐみも俺も生きてるって事だよな。この場合、そこにいた俺はどうなっちまうんだ?」
何かを確かめるように、武は腹に力を込めながら低い声で質問する。
覚悟を決めるため、聞いておかなければならない事が幾つかあった。
それが分からなければ、この選択肢は選ぶ事が出来ない。
未だに背中を向け続けるその人物は、ゆっくりとコーヒーを啜りながら答えを吐き出す。
「ああ。難しい事は省くと、そこで生きている倉成武にお前という倉成武を統合するんだ。
もちろん、整合性をとるため記憶がちょっと変わるけど、大筋は変わらないし元の武も無事だから安心していい」
「要点だけ摘むと、どっちの俺も問題ないって事か」
「そうだな。それにきっと、一緒になってもそのことには気付かないさ」
「じゃあ、もともと居た世界とやらはどうなっちまう? 俺とつぐみの子供達とかは?」
「ああ、もともとの世界は、そっちを選んだ倉成武が引き継いでくれる」
「そっちを選ぶ?」
「あぁ……要するにもう一人の倉成武が、お前のいた場所に座り、しっかり面倒見てくれるって事だ。
大丈夫、ホクトも沙羅も絶対不幸な事にはしない。それは俺も、その椅子に座るもう一人の倉成武も保証する」
今の質問で何かを感じたのか、武はただ納得するようにその場で俯く。
そして、絞り出すような声で最後の質問を述べる。
「あの島での出来事とかは忘れちまうとか無いのか?」
「その辺も安心しろ。記憶喪失とかじゃないから、経験した事はちゃんと脳と心に残る」
「そうか」
長い長い沈黙の後、椅子に座るその人物は背を向けたままゆっくりと立ち上がる。
「さあ、これが最後の選択の時だ。お前が還りたいのは、失ってしまった世界か? それとも失ってない世界か?」
突きつけられる二択。
このどちらの道を選ぶかで、これから世界が大きく反転するだろう。
どちらも正解で、またどちらも不正解。
高鳴り続けていた心臓が、ゆっくりとペースを緩めていく。
この胸を刻む音が止まる前に、答えをだす。
覚悟を決めた武は、力強く前に踏み出す。その一歩に揺るぎはない。
決めた。
「その世界のつぐみは、その世界の倉成武だけが愛するって決めた嫁さんだ。
……俺が出来なかった分まで、そいつらには幸せな家庭、築いてもらうさ」
「いいのか?」
「人の女を横取りってのは性に合わなくてな。それに、子供の面倒はその世界の親である俺が見ないとな」
「……もう、二度と会えないぞ」
「ああ」
「迷いは無いな?」
「ああ!」
椅子にもたれ掛かる相手と、その背を強い意志の篭った瞳で見つめる武。
やがて目の前の人物は大きく天を仰ぐと、決意を確かめるように問いかける。
「その決意。忘れるなよ」
「おう」
この言葉に満足したのか、その人物は視線を真正面まで下ろし、ジッと蒼い壁を見つめる。
相手の顔は分からない。けれど、武には相手から満足そうな感情を感じ取っていた。
コーヒーは飲み干してしまったのか、その人物がカップを口につけることは無い。
その代わり、何かを飲み込む様に沈黙し、数秒後ゆっくりと口を開いた。
「あの島で色んな人と会ったんだな」
武が何かを答える前に、その人物は一人で勝手に頷く。
気のせいか、その輪郭が少しずつハッキリしてきたような気がする。
武が言葉を掛けようとする前に、その人物は言葉を続ける。
まるで独り言のように、その一言一言をゆっくりと。
「絶対一人ではここまで辿り着けなかった」
あの日、あの殺し合いに呼び出されてからの時間が走馬灯のように流れていく。
そのどんな場面でも、武の隣には誰かがいた。
ある時は仲間だったり、またある時は敵だったり。
「あんな数十時間で、何年分の運命の糸が絡まったんだろうな」
もしああすれば。あの場面でこうすれば。未来は変わっていたかもしれない。
けれど、それは過去を振り返る「if」でしかない。
見つめなければならないのは、重ねてきた過去の先にある一歩。
「失ったものと、得たものは両手で抱えきれないほど」
見知らぬ人が、友が、仲間が、戦友が、仇が、最愛の人が、命の灯火を消した。
炎を失った蝋燭は、どんなに火を掲げても二度と灯らない。
「受け継いできた荷物も、ずいぶん大きくなっちまったな」
人の死に立ち会えば、それだけ背負う荷物は多くなる。
重なっていく荷物は自身を苦しめ、やがて歩くのさえ困難になる。
でも、それを途中で捨てたりはしなかった。
捨てようと思えば捨てられたけれど、誰一人それをしなかった。
「そして、全てとの別れ」
糸を紡いできた仲間と……
競い合ってきた仲間と……
駆け抜けてきた仲間と……
今ここで暫しの別れを告げる……けれど。
.
「俺達があの島で繋いできた襷は……俺が死ぬまで絶対に手放さねぇよ」
「それが聞けて満足だ」
手に持った写真を見つめながら、武はゆっくりと光の泡に包まれていく。
この答えを聞いて、背を向けていた人物は初めて振り返る。
武は目の前に立つ人物を確認して納得した。なぜこの人物がこんな質問をしたのか、ようやく理解した。
いや、もしかしたら最初から気付いていたのかもしれない。
こんなやり取りが出来るのは、思いつく限り一人しかいないのだ。
途端にこみ上げて来る感情を必死で押さえつけ、相手の顔をジッと見つめる。
相手も同じなのか、感情を漏らさないよう必死に口を噤む。
やがて光が武の首から下まで包んだ所で、目の前の人物は武の瞳に視線を合わせたまま口を開く。
もう二度と会うことは無いだろう。だから、最後に言ってやりたい言葉があるから。
そしてそれは、武も同じだった。
.
「お疲れ様。いや、ありがとうかな。倉成武……そして、さようならだ」
「ああ。じゃあな……もう一人の倉成武……どこか別の世界の――俺」
部屋一面に広まった光は、音も無く二人を包む。
そして、光が部屋から消え去った後には、一人掛けの椅子と空になったコーヒーカップだけが残されていた。
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