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「今日、この瞬間、この場所から始まる」(2008/02/11 (月) 18:31:11) の最新版変更点
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**今日、この瞬間、この場所から始まる◆tu4bghlMIw
――――『本日はよろしくお願いします』
(記者、一礼。白鐘沙羅、面倒臭そうな表情のまま記者を一瞥。以降「白鐘沙羅」を対象と表記する)
……っとに暇人よね、アンタらも。
私の所になんか来なくても、もっと他に書くべきことがいくつでもあるでしょうに。
え? 大きなお世話?
いやいや、地域密着型……っていうか、まぁニコスポらしいと思うわ。
三流地方紙っぽいゴシップじゃない? こんな機会でもなきゃ皆も聞きにくいだろうしね。
これでも、あんた達の無神経さと配慮の無さは評価してるもの。
…………一応、褒めてるのよ?
あ、コーヒー飲むわよね、インスタントしかないけど。
ちょっと待ってて。
――――『え、あの……沙羅さ――いえ白鐘さん。お構いなく』
(記者、狼狽。思わず地の呻きが漏れそうになるのを訂正。湧き出る冷や汗。対象、眉を顰める)
何でよ。そりゃあ依頼人……っていうか、まぁアンタは記者だけど。
それでも客に茶ぐらい出すわ。砂糖とミルクは付けてあげるから安心しなさい。
あ、ちなみに紅茶とか緑茶のがいいって要望はパスね。
うちにはコーヒーしか置いてないの。
――――『いえ、その、そういう訳ではなくて。正直に申しますと…………危険ではないのか、と』
(記者、対象が致命的な料理下手であると周知故の心の叫び。黒い水の襲来に恐怖。対象、露骨なまでの不快感を表明)
………………は? 何ソレ、お前は厨房に立つなって言いたい訳?
ちょっとちょっと、あれから何ヶ月経ってると思うのよ。
さすがにコーヒーくらい煎れられるって。
そりゃあキッチンで生命の危険を感じたのだって、両手の指に足の指足したって数え切れないのは否定しないわ。
でも、外食とかお惣菜とか。他所で賄うには限度ってもんがあるじゃない?
お金には困らないけど、だからって豪遊してていい訳でもないし。
私だって心身共に日々成長しているもの。
――――『それでは、得意料理なんかもあったりする訳ですか?』
(記者、薄い胸を張り満足げな表情を浮かべる対象に向けて質問)
………………………………………………と……くい……りょう……り?
――――『白鐘さん?』
(ぶるぶると台所で肩を震わせる対象を見て記者、地雷を踏んだことを確信する)
ま、まぁ…………うん、それなりには、ね。女の子だし。えーと、ほら、何だろう。
……そう、スパゲッティとか得意かな。スパゲッティ。
なんだか懐かしい響きじゃない。
それに……そう、お袋の味みたいな。ミートソースとかカルボナーラとか。
お湯の中に買って来たスパゲッティを入れて、ソースを絡めるだけだし。手軽で美味しくて良いこと尽くめ。
料理なんてちょろいもんね。レシピ通りに作れば誰だって同じものが再現出来るんだから。
パッケージの裏に丁寧な作り方まで載ってるんだし。
…………は? 塩? 何で?
馬鹿じゃないの。元からソースがしょっぱいのに、何でもっと塩味をつけなきゃならないの?
□
――――『……では、始めさせていただきます。
まず、この度は我がニコタマスポーツのインタビューに応じて下さり、ありがとうございます』
(数分後、記者ようやく着席。対象はパソコンの前へ。コーヒーに角砂糖は入れないようだ)
ん、そんな畏まらなくてもいいわ。
あんなことを言ったけど、何だかんだで私としても誰かに話しておかなくちゃ……って考えはあったのよね。
さすがに私の中だけで完結させちゃうのも悲しいし。
だからって普通に話しても、頭の変な子だと思われるだけじゃない?
明確な証拠は実際ほとんどないんだし。雲を掴むような話な訳よ。ただ事実と結果だけが転がっているだけの、ね。
ぶっちゃけアンタ達みたいな連中に話すのが一番適当だとは思ってた訳。
結構丁度いいタイミングだったかな。
『なるほど。さて、まずは事件の概要を』
(記者、緊張を露に。心なしか対象の表情も固くなる)
うん、どうぞ。
――――『20××年×月×日未明 双葉恋太郎、白鐘沙羅、白鐘双樹の三名が突然失踪。警察は誘拐事件と見て捜査を開始。
捜査本部はこれを組織絡みの犯行と断定し、捜索を続ける。しかし明確な手掛かりは一切得られず数ヶ月が経過。
そして、捜査が完全に暗礁に乗り上げた時――×月×日、白鐘沙羅一人だけが帰って来た。
しかし、彼女は何故か何一つ主要な報道機関に自らに起こったことを語ろうとしない。親しい人達に対しても、です。
この内容にどこか間違いはありますか?』
(記者、核心へ。対象、僅かな逡巡の後コーヒーを一口嚥下。「苦い」と一言残し、角砂糖を一つ投入)
……ん、ないかな。多分、全部合ってると思う。
っていうかアンタ達の方が私よりその辺は詳しいんじゃない? だって私は居なくなってた本人なんだし。
いやいや、でもなぁ。まさかこんなに時間が経ってるなんて考えもしなかった。
時間の感覚が狂ってた、って訳じゃない筈なんだけどさ。
帰って来て「今日何月何日?」って皆に聞いた時は滅茶苦茶驚いたもん。
んで、同じタイミングで心の中にぶわーっと"理解"みたいなのが広がる訳よ。「ああ、そういうことだったのね」みたいな。
「散々色々この眼で見たけど、結末まで相当にミラクルじゃん?」ってな感じで。
……あ、ゴメン。脱線した。
――――『いえ。しかし曜日の感覚がなかったというのは、やはり警察の発表通りどこかへ拉致監禁されていたということですか?』
(記者の質問に対象、"肯定"と"否定"どちらとも取れる微妙な表情を浮かべる)
拉致監禁……ね。正直、イエスともノーとも言えない質問かも。
――――『と、言いますと?』
(記者、すぐさま記録を開始。有力な証言が聞ける可能性が高い)
いや、拉致されたのは確かなのよ。確かに私達は見知らぬ土地にいたんだからね。
広義の意味で取るならば"監禁"も正解。
だからって私達がイメージするような"監禁"とは大分違うわ。っていうか普通に歩き回ってたし。
猿轡もロープも、ちょっと変態チックにSM的な各種拘束具なんかも全くなし。
あったのは"首輪"だけ、かな。
――――『く、首輪ですか? それはつまり……その、"飼われていた"ということですか?』
(「首輪」という単語に驚きを隠せない記者。しかし、興奮する記者を尻目に対象は呆れ顔で小さなため息を付いた)
……随分ストレートに聞くわね。んーまぁ近い、かな。
あ、でも言っとくけど。アンタらのご期待に副えるようなエッチな展開とか全然なかったわよ。
……最後の最後で結構なサプライズも一応はあったりしたんだけど。
何ていうか、そう古典的な感じの。えーと、アレよ。《ぽろり》みたいな。
――――『…………白鐘さん。あの、拉致監禁と《ぽろり》がどう関係して来るんですか?』
(飛び出す不可解なワードに困惑を隠せない記者。一方で対象はあっけらかんとした表情を崩さない)
あはは、別に全然関係ないわ。全部終わった後のエピソード的なもんかな。
ちょっとだけ、ね。懐かしくなっちゃって。
アレがもう何ヶ月も前のことなんて考え難くてさ。
……あ、ゴメンゴメン。失踪の真実だったわね。
それじゃあ、懇切丁寧に解説してあげるから一字一句漏らさず頭に叩き込むように。
聞くも涙、語るも涙の大冒険譚。私、白鐘沙羅の獅子奮迅の活躍っぷりをね!
(この後、彼女の口から隠されていた事件の真実が語られる。
そしてそれは、私の頭がおかしくなってしまったのかと錯覚する程在り得ない話だった。
記録テープを思わず消去したくなるほど荒唐無稽で波乱万丈な内容に、思わず眩暈がした程だ。
それでもしばらくの間は真剣に聞いていたのだが「薬物を注射され錯乱し襲い掛かってきた少年」や「天使のような翼が生えた少女」の辺りで私は一つの確信へと至った。
それは…………)
□
「――で、その結果がコレか」
「はい。私は正直やるせない気持ちになりましたよ。
やっぱり事件が被害者に残した傷痕は計り知れないものだったんです」
「……だな。さすがに紙面に載せる訳にはいかんだろう。
《巨大ロボットと戦った》やら《塔を爆破した》なんて書く訳にはいかんしなぁ」
寂れたオフィスの一角。記者達の怒号と悲鳴が木霊する密閉空間で二人の男が会話をしている。
一人は白鐘沙羅へのインタビューを行った若い記者。
そしてもう一人は、三流地方紙「ニコタマスポーツ」のデスクだ。
今二人の話題の中心になっているのは、先日記者が取材してきた白鐘沙羅独占インタビューの記録テープを文章に起こしたものである。
「その辺はまだマトモな方ですよ。
最後なんて《神を滅ぼした》とか《信じられないと思うけど、実は私は一回死んでいる》とまで言い出したんですから」
さすがに部下のその台詞にはデスクも眉を顰めた。思わず右手が頭に伸びる。
確かに、これはもはや妄想の域を飛び出してファンタジーの世界の出来事だ。
実際に体験することなど、どう考えても出来る訳がない。つまり、
「……まだ錯乱してるってことか。もしくは、自分で記憶にストッパーを掛けているとか?」
「ああ、担当医の先生も言っていましたよ。
死ぬほど辛い眼にあった人間が自分に都合の良い記憶を作り出してしまうことがあるって」
「二重人格って奴もそうやって形成されるんだっけな。……辛いよなぁ。帰って来たのは一人だけなんだろ?」
「……はい。本当に、やり切れない事件です」
そうして二人の男は遠い眼をしながら、窓の外を眺める。
燃えるような夕焼けが広がる空。ビルの足元を流れる二子魂川がキラキラと光っていた。
記事として取り上げる筈だったそのインタビューは二人の意志によって取り下げられた。
……余談ではあるが。
そして《二子魂町探偵一家失踪事件》における被害者の捜索はこの翌日、打ち切られる。
事件発生から約八ヶ月。被害者の一人、白鐘沙羅の生還から約三ヶ月。
警察に対して一切事件について語ろうとしなかった彼女が、突然捜査本部に直接出向いて来て証言したのだ。
――もう二人は帰ってこない、と。
□
「……載ってないか」
チッと、微妙な舌打ち。散々この日に載せると豪語していた筈なのに。
配達されて来た今日のニコスポには予想通りというか何と言うか、私のインタビューは掲載されていなかった。
まぁ当然といえば当然だ。
自分としてもこうなることを全く予想していなかった訳ではない。
それどころか、編集長からストップの声が掛かる可能性も十分に考慮していた。
少し前にも十分過ぎる程、非現実的な事件があった筈なのに。イカとかイカとかイカとか。
あまりにも私の発言内容がエキセントリック過ぎたのだろうか。
嘘は一切言っていないのだけれど。
パソコンのデスクに足を乗っけながら、新聞に眼を通す。
下らないどうでもいいようなニュースばかりだ。本当にこっちは平和だなぁ、と心底思う。
季節は穏やかに過ぎていく。
暑いのか寒いのか正直どっちとも言えないあの島から脱出して三ヶ月が経った。
私――白鐘沙羅は今も基本的に元気だ。
一時期は飢え死にもしくは食中毒、栄養失調など臨死体験なんかにも出くわしたが、一応健康。
商店街の皆も色々気遣って差し入れとかしてくれるし、料理当番も毎日私なんだから微妙に上達はしている。
とりあえず「爆発」と「黒こげ」は克服したつもり。
味付け?それは目下練習中。
とはいえ、探偵事務所は開店休業中だ。
こっちに帰って来る時に思ってた理想的なプランなんてもはや夢のあと。脆くも崩れ去ったという訳。
現実と事実を直視した時、ちっぽけな意識は靄になって消える。
「双葉探偵事務所Ⅱ」と書かれた看板が微妙に虚しい。
依頼人はまるでやってこない。
そりゃあ冷静になって考えれば、失踪する探偵なんてお笑い種だ。医者の不養生とは言うが、探す立場の人間がいなくなっていては依頼が来ないのも無理はない。
あの失踪事件は意外なことに全国的に報道されていた訳で。名前だけは有名になってしまった。
そんなもんだから、私がこっちに帰って来た時に幾つか冷やかしの依頼はあった。
とはいえ、最近は電話がリンリンと鳴り響くこともなくなっていた。
キーボードの隣に置いてあったコーヒーを一口。冷めてる。不味い。
もう一度煎れ直そうかとも思ったが、面倒なのでパス。
お手伝いさんなんていない。炊事洗濯掃除、全部一人でこなさなければならない。
環境は色々と変わっていないようで変わった。
住んでいる場所は同じ。双葉探偵事務所で一人でぶらりと悠々気ままに。
一時期、実家の豪邸の方に帰っていた時期もあったがすぐに戻って来た。あそこは長居する場所じゃない。
気になることも多い。
買い置きの角砂糖の減りが遅い――とか、
一人で暮らすにはここは広すぎる――とか、
飯が不味い――とか、
一人じゃつまらない――とか。
色々と、文句をつけたいことはある。
例えばしばらく学校に行ってなかったせいで、既に進級の単位が足らないこともそうだ。つまり留年してしまったのである。
あのお姉さんも時間や空間を操る力があるなら、もうちょっと都合の良い時間に戻してくれても良かったのに、なんて思ったりもする。
ま、だから真昼間にも関わらずグータラしていられるんだけど。
時々「皆、今何してんのかなぁ」みたいな思考に至ることもある。
ハッピーなのか、ハッピーじゃないのかは分からないけど、きっとそれなりに上手くやってる気はする。
少なくとも私みたいに燻ってはいない筈だ。多分。
「すいません。依頼をしたいのですが」
その時、そんなセンチメタルな感傷を吹き飛ばす声が玄関から響いた。
コンコン、というノックの音が微妙に心地良い。でも不安だ。
まさか直接、事務所にやってくる物好きがいるとは思わなかった。今のうちの評判の悪さを知らないのか。それとも冷やかしだろうか。
私が答えに窮している間もその乾いた木盤を打ち鳴らすような音は絶え間なく続く。
胸の中へ染み込んでいくような空気の振動に心が揺さぶられる。
「う……」
思わずうめき声が漏れた。
困った。どうすればいいのだろう。
視線は蝶になって宙を彷徨う。何か縋りつけるものを探すようにフラフラと舞う。
そして、とある場所でピタリと止まった。
口唇から漏れる長い長いため息。
実は私はこっちに帰って来る前も後も、ずっと似たようなことを考えていた。
――双葉探偵事務所を継がなければならない、と。
「それじゃあ私三代目って呼ばれるのかな」とか考えるだけで微妙に鬱になっていた。
形在るものはいつか滅びる。形のないものは更なり。
それは自然の理であり、摂理だ。
盛者必衰は全ての物事において貫かれた一つの共通観念でもある。
でもそんな、ただ消えていくだけのものに対して、残された人間が出来ることと言えば一つしかない。
いつまでも死んでいった人達のことを忘れないこと。
そして、その人達の分も私が私らしくあること。
いい機会かもしれない。殻に篭ったこの鬱々とした現状から抜け出すチャンスのような気がする。
この先、探偵事務所がどうなるかは正直よく分からない。
だけど私は眼の前の現実から決して眼を背けてはならないんだと思う。
ソレが生き残ったものの義務、責任なのだから。
言葉に出来ない雑多な感情が背中に圧し掛かるけど、とりあえず、私はそれに精一杯向き合っていこうと思う。
この胸のモヤモヤは私が長い時間を掛けて処理していかなければならない問題だ。
ウダウダと膝を抱えて考えていても、そう容易く最適解が導き出せる訳がない。ショートカットなど存在しない。
将来、私が成長して、大人になった時――
胸を張って皆の人生を背負えるような素敵な女性になっていられるのだろうか。
……分からない。まだまだ先の話だ。
でも、今は眼の前に積み重なった厄介事を一つ一つ片付けていくべきだと思う。
ドアの向こうの憂鬱なんて吹き飛ばしてしまえばいい。
そう――これが白鐘沙羅最初の事件だ。
太陽がキラリと光る。まだ地平線の彼方へと沈んでしまうには早過ぎる時間帯だ。
差し込む陽光がほのかに室内を照らす。
私はもう一度だけ、その場所を振り返った。
そこには最後に皆で撮った写真と、そして――恋太郎と双樹のカップが置いてある。
カップに描かれた顔はどちらも笑っている。
写真の皆も笑っている。
だから、私も笑った。
「行って来るね、恋太郎、双樹……皆」
鬼が出るか蛇が出るか、これっぽちも未来の予想はつかない。
だけど黙っている訳にはいかない。
突っ立っていることも、ボヤボヤしている訳にもいかない。やらなければならないことは沢山ある。
私は白鐘沙羅。双葉探偵事務所の探偵助手一号。
今は……まだ、その肩書きで十分だ。
&color(blue){【フタコイ オルタナティブ 恋と少女とマシンガン――to be continued...】}
|215:[[?]]|投下順に読む|217:[[?]]|
|215:[[?]]|時系列順に読む|217:[[?]]|
|213:[[手を取り合って飛び立っていこう]]|白鐘沙羅||
**今日、この瞬間、この場所から始まる◆tu4bghlMIw
――――『本日はよろしくお願いします』
(記者、一礼。白鐘沙羅、面倒臭そうな表情のまま記者を一瞥。以降「白鐘沙羅」を対象と表記する)
……っとに暇人よね、アンタらも。
私の所になんか来なくても、もっと他に書くべきことがいくつでもあるでしょうに。
え? 大きなお世話?
いやいや、地域密着型……っていうか、まぁニコスポらしいと思うわ。
三流地方紙っぽいゴシップじゃない? こんな機会でもなきゃ皆も聞きにくいだろうしね。
これでも、あんた達の無神経さと配慮の無さは評価してるもの。
…………一応、褒めてるのよ?
あ、コーヒー飲むわよね、インスタントしかないけど。
ちょっと待ってて。
――――『え、あの……沙羅さ――いえ白鐘さん。お構いなく』
(記者、狼狽。思わず地の呻きが漏れそうになるのを訂正。湧き出る冷や汗。対象、眉を顰める)
何でよ。そりゃあ依頼人……っていうか、まぁアンタは記者だけど。
それでも客に茶ぐらい出すわ。砂糖とミルクは付けてあげるから安心しなさい。
あ、ちなみに紅茶とか緑茶のがいいって要望はパスね。
うちにはコーヒーしか置いてないの。
――――『いえ、その、そういう訳ではなくて。正直に申しますと…………危険ではないのか、と』
(記者、対象が致命的な料理下手であると周知故の心の叫び。黒い水の襲来に恐怖。対象、露骨なまでの不快感を表明)
………………は? 何ソレ、お前は厨房に立つなって言いたい訳?
ちょっとちょっと、あれから何ヶ月経ってると思うのよ。
さすがにコーヒーくらい煎れられるって。
そりゃあキッチンで生命の危険を感じたのだって、両手の指に足の指足したって数え切れないのは否定しないわ。
でも、外食とかお惣菜とか。他所で賄うには限度ってもんがあるじゃない?
お金には困らないけど、だからって豪遊してていい訳でもないし。
私だって心身共に日々成長しているもの。
――――『それでは、得意料理なんかもあったりする訳ですか?』
(記者、薄い胸を張り満足げな表情を浮かべる対象に向けて質問)
………………………………………………と……くい……りょう……り?
――――『白鐘さん?』
(ぶるぶると台所で肩を震わせる対象を見て記者、地雷を踏んだことを確信する)
ま、まぁ…………うん、それなりには、ね。女の子だし。えーと、ほら、何だろう。
……そう、スパゲッティとか得意かな。スパゲッティ。
なんだか懐かしい響きじゃない。
それに……そう、お袋の味みたいな。ミートソースとかカルボナーラとか。
お湯の中に買って来たスパゲッティを入れて、ソースを絡めるだけだし。手軽で美味しくて良いこと尽くめ。
料理なんてちょろいもんね。レシピ通りに作れば誰だって同じものが再現出来るんだから。
パッケージの裏に丁寧な作り方まで載ってるんだし。
…………は? 塩? 何で?
馬鹿じゃないの。元からソースがしょっぱいのに、何でもっと塩味をつけなきゃならないの?
□
――――『……では、始めさせていただきます。
まず、この度は我がニコタマスポーツのインタビューに応じて下さり、ありがとうございます』
(数分後、記者ようやく着席。対象はパソコンの前へ。コーヒーに角砂糖は入れないようだ)
ん、そんな畏まらなくてもいいわ。
あんなことを言ったけど、何だかんだで私としても誰かに話しておかなくちゃ……って考えはあったのよね。
さすがに私の中だけで完結させちゃうのも悲しいし。
だからって普通に話しても、頭の変な子だと思われるだけじゃない?
明確な証拠は実際ほとんどないんだし。雲を掴むような話な訳よ。ただ事実と結果だけが転がっているだけの、ね。
ぶっちゃけアンタ達みたいな連中に話すのが一番適当だとは思ってた訳。
結構丁度いいタイミングだったかな。
『なるほど。さて、まずは事件の概要を』
(記者、緊張を露に。心なしか対象の表情も固くなる)
うん、どうぞ。
――――『20××年×月×日未明 双葉恋太郎、白鐘沙羅、白鐘双樹の三名が突然失踪。警察は誘拐事件と見て捜査を開始。
捜査本部はこれを組織絡みの犯行と断定し、捜索を続ける。しかし明確な手掛かりは一切得られず数ヶ月が経過。
そして、捜査が完全に暗礁に乗り上げた時――×月×日、白鐘沙羅一人だけが帰って来た。
しかし、彼女は何故か何一つ主要な報道機関に自らに起こったことを語ろうとしない。親しい人達に対しても、です。
この内容にどこか間違いはありますか?』
(記者、核心へ。対象、僅かな逡巡の後コーヒーを一口嚥下。「苦い」と一言残し、角砂糖を一つ投入)
……ん、ないかな。多分、全部合ってると思う。
っていうかアンタ達の方が私よりその辺は詳しいんじゃない? だって私は居なくなってた本人なんだし。
いやいや、でもなぁ。まさかこんなに時間が経ってるなんて考えもしなかった。
時間の感覚が狂ってた、って訳じゃない筈なんだけどさ。
帰って来て「今日何月何日?」って皆に聞いた時は滅茶苦茶驚いたもん。
んで、同じタイミングで心の中にぶわーっと"理解"みたいなのが広がる訳よ。「ああ、そういうことだったのね」みたいな。
「散々色々この眼で見たけど、結末まで相当にミラクルじゃん?」ってな感じで。
……あ、ゴメン。脱線した。
――――『いえ。しかし曜日の感覚がなかったというのは、やはり警察の発表通りどこかへ拉致監禁されていたということですか?』
(記者の質問に対象、"肯定"と"否定"どちらとも取れる微妙な表情を浮かべる)
拉致監禁……ね。正直、イエスともノーとも言えない質問かも。
――――『と、言いますと?』
(記者、すぐさま記録を開始。有力な証言が聞ける可能性が高い)
いや、拉致されたのは確かなのよ。確かに私達は見知らぬ土地にいたんだからね。
広義の意味で取るならば"監禁"も正解。
だからって私達がイメージするような"監禁"とは大分違うわ。っていうか普通に歩き回ってたし。
猿轡もロープも、ちょっと変態チックにSM的な各種拘束具なんかも全くなし。
あったのは"首輪"だけ、かな。
――――『く、首輪ですか? それはつまり……その、"飼われていた"ということですか?』
(「首輪」という単語に驚きを隠せない記者。しかし、興奮する記者を尻目に対象は呆れ顔で小さなため息を付いた)
……随分ストレートに聞くわね。んーまぁ近い、かな。
あ、でも言っとくけど。アンタらのご期待に副えるようなエッチな展開とか全然なかったわよ。
……最後の最後で結構なサプライズも一応はあったりしたんだけど。
何ていうか、そう古典的な感じの。えーと、アレよ。《ぽろり》みたいな。
――――『…………白鐘さん。あの、拉致監禁と《ぽろり》がどう関係して来るんですか?』
(飛び出す不可解なワードに困惑を隠せない記者。一方で対象はあっけらかんとした表情を崩さない)
あはは、別に全然関係ないわ。全部終わった後のエピソード的なもんかな。
ちょっとだけ、ね。懐かしくなっちゃって。
アレがもう何ヶ月も前のことなんて考え難くてさ。
……あ、ゴメンゴメン。失踪の真実だったわね。
それじゃあ、懇切丁寧に解説してあげるから一字一句漏らさず頭に叩き込むように。
聞くも涙、語るも涙の大冒険譚。私、白鐘沙羅の獅子奮迅の活躍っぷりをね!
(この後、彼女の口から隠されていた事件の真実が語られる。
そしてそれは、私の頭がおかしくなってしまったのかと錯覚する程在り得ない話だった。
記録テープを思わず消去したくなるほど荒唐無稽で波乱万丈な内容に、思わず眩暈がした程だ。
それでもしばらくの間は真剣に聞いていたのだが「薬物を注射され錯乱し襲い掛かってきた少年」や「天使のような翼が生えた少女」の辺りで私は一つの確信へと至った。
それは…………)
□
「――で、その結果がコレか」
「はい。私は正直やるせない気持ちになりましたよ。
やっぱり事件が被害者に残した傷痕は計り知れないものだったんです」
「……だな。さすがに紙面に載せる訳にはいかんだろう。
《巨大ロボットと戦った》やら《塔を爆破した》なんて書く訳にはいかんしなぁ」
寂れたオフィスの一角。記者達の怒号と悲鳴が木霊する密閉空間で二人の男が会話をしている。
一人は白鐘沙羅へのインタビューを行った若い記者。
そしてもう一人は、三流地方紙「ニコタマスポーツ」のデスクだ。
今二人の話題の中心になっているのは、先日記者が取材してきた白鐘沙羅独占インタビューの記録テープを文章に起こしたものである。
「その辺はまだマトモな方ですよ。
最後なんて《神を滅ぼした》とか《信じられないと思うけど、実は私は一回死んでいる》とまで言い出したんですから」
さすがに部下のその台詞にはデスクも眉を顰めた。思わず右手が頭に伸びる。
確かに、これはもはや妄想の域を飛び出してファンタジーの世界の出来事だ。
実際に体験することなど、どう考えても出来る訳がない。つまり、
「……まだ錯乱してるってことか。もしくは、自分で記憶にストッパーを掛けているとか?」
「ああ、担当医の先生も言っていましたよ。
死ぬほど辛い眼にあった人間が自分に都合の良い記憶を作り出してしまうことがあるって」
「二重人格って奴もそうやって形成されるんだっけな。……辛いよなぁ。帰って来たのは一人だけなんだろ?」
「……はい。本当に、やり切れない事件です」
そうして二人の男は遠い眼をしながら、窓の外を眺める。
燃えるような夕焼けが広がる空。ビルの足元を流れる二子魂川がキラキラと光っていた。
記事として取り上げる筈だったそのインタビューは二人の意志によって取り下げられた。
……余談ではあるが。
そして《二子魂町探偵一家失踪事件》における被害者の捜索はこの翌日、打ち切られる。
事件発生から約八ヶ月。被害者の一人、白鐘沙羅の生還から約三ヶ月。
警察に対して一切事件について語ろうとしなかった彼女が、突然捜査本部に直接出向いて来て証言したのだ。
――もう二人は帰ってこない、と。
□
「……載ってないか」
チッと、微妙な舌打ち。散々この日に載せると豪語していた筈なのに。
配達されて来た今日のニコスポには予想通りというか何と言うか、私のインタビューは掲載されていなかった。
まぁ当然といえば当然だ。
自分としてもこうなることを全く予想していなかった訳ではない。
それどころか、編集長からストップの声が掛かる可能性も十分に考慮していた。
少し前にも十分過ぎる程、非現実的な事件があった筈なのに。イカとかイカとかイカとか。
あまりにも私の発言内容がエキセントリック過ぎたのだろうか。
嘘は一切言っていないのだけれど。
パソコンのデスクに足を乗っけながら、新聞に眼を通す。
下らないどうでもいいようなニュースばかりだ。本当にこっちは平和だなぁ、と心底思う。
季節は穏やかに過ぎていく。
暑いのか寒いのか正直どっちとも言えないあの島から脱出して三ヶ月が経った。
私――白鐘沙羅は今も基本的に元気だ。
一時期は飢え死にもしくは食中毒、栄養失調など臨死体験なんかにも出くわしたが、一応健康。
商店街の皆も色々気遣って差し入れとかしてくれるし、料理当番も毎日私なんだから微妙に上達はしている。
とりあえず「爆発」と「黒こげ」は克服したつもり。
味付け?それは目下練習中。
とはいえ、探偵事務所は開店休業中だ。
こっちに帰って来る時に思ってた理想的なプランなんてもはや夢のあと。脆くも崩れ去ったという訳。
現実と事実を直視した時、ちっぽけな意識は靄になって消える。
「双葉探偵事務所Ⅱ」と書かれた看板が微妙に虚しい。
依頼人はまるでやってこない。
そりゃあ冷静になって考えれば、失踪する探偵なんてお笑い種だ。医者の不養生とは言うが、探す立場の人間がいなくなっていては依頼が来ないのも無理はない。
あの失踪事件は意外なことに全国的に報道されていた訳で。名前だけは有名になってしまった。
そんなもんだから、私がこっちに帰って来た時に幾つか冷やかしの依頼はあった。
とはいえ、最近は電話がリンリンと鳴り響くこともなくなっていた。
キーボードの隣に置いてあったコーヒーを一口。冷めてる。不味い。
もう一度煎れ直そうかとも思ったが、面倒なのでパス。
お手伝いさんなんていない。炊事洗濯掃除、全部一人でこなさなければならない。
環境は色々と変わっていないようで変わった。
住んでいる場所は同じ。双葉探偵事務所で一人でぶらりと悠々気ままに。
一時期、実家の豪邸の方に帰っていた時期もあったがすぐに戻って来た。あそこは長居する場所じゃない。
気になることも多い。
買い置きの角砂糖の減りが遅い――とか、
一人で暮らすにはここは広すぎる――とか、
飯が不味い――とか、
一人じゃつまらない――とか。
色々と、文句をつけたいことはある。
例えばしばらく学校に行ってなかったせいで、既に進級の単位が足らないこともそうだ。つまり留年してしまったのである。
あのお姉さんも時間や空間を操る力があるなら、もうちょっと都合の良い時間に戻してくれても良かったのに、なんて思ったりもする。
ま、だから真昼間にも関わらずグータラしていられるんだけど。
時々「皆、今何してんのかなぁ」みたいな思考に至ることもある。
ハッピーなのか、ハッピーじゃないのかは分からないけど、きっとそれなりに上手くやってる気はする。
少なくとも私みたいに燻ってはいない筈だ。多分。
「すいません。依頼をしたいのですが」
その時、そんなセンチメタルな感傷を吹き飛ばす声が玄関から響いた。
コンコン、というノックの音が微妙に心地良い。でも不安だ。
まさか直接、事務所にやってくる物好きがいるとは思わなかった。今のうちの評判の悪さを知らないのか。それとも冷やかしだろうか。
私が答えに窮している間もその乾いた木盤を打ち鳴らすような音は絶え間なく続く。
胸の中へ染み込んでいくような空気の振動に心が揺さぶられる。
「う……」
思わずうめき声が漏れた。
困った。どうすればいいのだろう。
視線は蝶になって宙を彷徨う。何か縋りつけるものを探すようにフラフラと舞う。
そして、とある場所でピタリと止まった。
口唇から漏れる長い長いため息。
実は私はこっちに帰って来る前も後も、ずっと似たようなことを考えていた。
――双葉探偵事務所を継がなければならない、と。
「それじゃあ私三代目って呼ばれるのかな」とか考えるだけで微妙に鬱になっていた。
形在るものはいつか滅びる。形のないものは更なり。
それは自然の理であり、摂理だ。
盛者必衰は全ての物事において貫かれた一つの共通観念でもある。
でもそんな、ただ消えていくだけのものに対して、残された人間が出来ることと言えば一つしかない。
いつまでも死んでいった人達のことを忘れないこと。
そして、その人達の分も私が私らしくあること。
いい機会かもしれない。殻に篭ったこの鬱々とした現状から抜け出すチャンスのような気がする。
この先、探偵事務所がどうなるかは正直よく分からない。
だけど私は眼の前の現実から決して眼を背けてはならないんだと思う。
ソレが生き残ったものの義務、責任なのだから。
言葉に出来ない雑多な感情が背中に圧し掛かるけど、とりあえず、私はそれに精一杯向き合っていこうと思う。
この胸のモヤモヤは私が長い時間を掛けて処理していかなければならない問題だ。
ウダウダと膝を抱えて考えていても、そう容易く最適解が導き出せる訳がない。ショートカットなど存在しない。
将来、私が成長して、大人になった時――
胸を張って皆の人生を背負えるような素敵な女性になっていられるのだろうか。
……分からない。まだまだ先の話だ。
でも、今は眼の前に積み重なった厄介事を一つ一つ片付けていくべきだと思う。
ドアの向こうの憂鬱なんて吹き飛ばしてしまえばいい。
そう――これが白鐘沙羅最初の事件だ。
太陽がキラリと光る。まだ地平線の彼方へと沈んでしまうには早過ぎる時間帯だ。
差し込む陽光がほのかに室内を照らす。
私はもう一度だけ、その場所を振り返った。
そこには最後に皆で撮った写真と、そして――恋太郎と双樹のカップが置いてある。
カップに描かれた顔はどちらも笑っている。
写真の皆も笑っている。
だから、私も笑った。
「行って来るね、恋太郎、双樹……皆」
鬼が出るか蛇が出るか、これっぽちも未来の予想はつかない。
だけど黙っている訳にはいかない。
突っ立っていることも、ボヤボヤしている訳にもいかない。やらなければならないことは沢山ある。
私は白鐘沙羅。双葉探偵事務所の探偵助手一号。
今は……まだ、その肩書きで十分だ。
&color(blue){【フタコイ オルタナティブ 恋と少女とマシンガン――to be continued...】}
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