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三人でいたい(Ⅱ)◆tu4bghlMIw
《LeMU第二層「ツヴァイト・シュトック」遊園地ゲート付近・裏路地(第一区画)――白鐘沙羅最後の戦い》
「少しは、知ってる」
「ほう?」
「瑛理子が見ていたわ。私達は双子だもの。誰だって見れば分かる」
「そうか、喜んで貰えると思ったんだが……余計なお世話だったかな?」
「ううん、詳しくは知らないの。瑛理子も……最期の瞬間まで、見ていた訳じゃないから」
瑛理子は確かに、私と似た外見の女の子が殺される瞬間を見たと言っていた。
だけどゲームに乗った人間と接触するのを恐れてすぐにその場を離脱したらしい。
「まず、な。本部には衛星からの映像を元に参加者の監視を担当していた人間がいた。俺もその一人だ」
「……やっぱり見られていた、って訳」
「まぁ、そうだな。死角も多いから万能とはいえないんだが」
「続けて」
「ああ。なんだ……要は単純な話だ。俺が担当した参加者の一人に《白鐘双樹》がいた、それだけの話さ」
男は若干ふざけた口調のまま、話し続ける。
沙羅の意識は完全に男へと注がれていた。
「……双樹を殺したのは誰?」
瑞穂達が持っていたノートパソコンに記されていた殺人ランキング。
鷹野によってその内容が大きく修正されてしまったため、アレにはもはやこれっぽちの信憑性もなかった。
ランキングによると、白鐘沙羅を殺害したのは《竜宮レナ》と書かれていた。
まるで名前に聞き覚えがないが、彼女も第一放送の際に死亡を宣言された人物だ。
だが、大抵の人物に変更が加えられていたため(例えば瑛理子を殺したのは、なんと沙羅自身になっていた)、おそらくソレも偽の情報なのだろう。
「直接の下手人は、朝倉音夢という参加者だ」
いまいち馴染みが薄い名前だ。
「確か、二回目の放送で名前を呼ばれた人よね」
「まぁ……お前が知らないのも無理はないだろう。
彼女と出会った参加者で長く生き残っていた者はせいぜい、小町つぐみぐらいなものだからな」
「ソレもイマイチ実感が湧かないわ」
肩を竦めながら一言。同じくあまり聞き覚えがない。
沙羅の反応を見て、男は少しだけ眼を細めるとクククと小さく笑った。
「だろうな。そもそも白鐘沙羅、お前は巡り合わせが悪過ぎるからな。そう、表舞台に立っていないとでも言うべきか」
「……どういう意味?」
「簡単に言えば影が薄かった、ということだ」
「――は?」
男は明らかに馬鹿にした口調でとんでもないことを口にした。
当然、沙羅には彼が何を言っているのかまるで意味が分からない。
「一つ、面白い話をしてやろう」
「……唐突ね」
「まぁ、聞け。実はな、この殺し合いの裏側ではそれなりに大規模な"賭け"が行われていたのさ。
競馬に例えるならお前達は競走馬、俺達が馬券を買った人間、という立場でね」
「……ああ、あのランキングのこと。人間競馬、って所かしら。最悪ね」
「知っているなら話が早い。ただこのレースには単賞しか存在しない。いや……意味がない。
理由は、説明しなくても分かるな? さてここで問題だ。
何度か途中集計を挟み、最終投票の際に一番人気を勝ち取った参加者は誰だと思う?」
"影が薄い"発言について言及したいのだが、どうもこの裏側で動いていたらしいギャンブルに答えがあるらしい。
沙羅は思索する。
そもそもランキングとは、図書館で見かけた『少年少女殺し合い、優勝者は誰だ!?』というサイトのことに違いないだろう。
ブリック・ヴィンケルと名乗った男が転送して来た第四回放送直前のデータを記憶から掘り起こす。
賑やかしとしての意味もあるのだろう。しかしシステムとしてはおそらく、
1:善悪を問わず、有力な参加者に投票する。
2:ある程度殺し合いが進んだ段階で投票を打ち切る(ペナルティを受けて投票先を乗り換えることはアリかもしれない)
3:優勝者決定後、配当金を早い段階からその参加者に投票していた人間へ優先的に分配。
このような感じだろうか。優勝者は一人。
最初の脱落者も最後まで残った人間も同列。死と言う結末がそこにあるだけ。
それ故に単勝以外のレース結果は存在しない、と。
前回の順位。そして持ちうる戦力。そこから導き出される答えは一つだけだった。
沙羅は当たり前のように、そして表情に若干の苦渋を滲ませながら「川澄舞」と短く呟いた。
「惜しいな、彼女は二位だ。一位はアセリア・ブルースピリット」
「アセリア?」
「ゲームに乗った人間が少なくなった時点で安全策に走る人間が増えてな。単純な人気なら彼女が一番……。
賭けられた金額は川澄舞の方が上だがな。まぁ……首輪を解除した人間が出現した時点でこの賭けはポシャったとも言える。
ちなみに、」
男は小さく咳払いをする。
「――お前はドべだ」
「……ドべ?」
その"ドべ"という微妙な言い方が妙に気に障った。
最下位でもビリでもなく、ドべ。何ともドン臭い響きだ。
とはいえ引っ掛かる。ドべと言っても全参加者中で、という意味ではない筈だ。
分かり易い範囲では生き残った中で、という解釈が適当か。だが……
「……こう言っちゃ何だけどソレなりに戦える方よ、私。アンタ達何処に眼付けてんのよ」
「白鐘沙羅――お前は、どんな参加者に人気が集まったと思う?」
「ん……強い、とか。好戦的だ、とか……?」
「それもある。だが一番はやはり"見ていて面白い参加者"だよ」
面白い? 殺し合いの場で?
「何かを持っている人間は違う、ということさ。こんな場所でもな。
躯に圧倒的な狂気を秘めた者。このような非常識な状況にも関わらず、自分を保ち日常と変わらない行動を取る者。
渇望する者。強い意志を持ち、とある目的のために何もかもを捨て去った者。
そんな奴らには俺たちだって惹き付けられる。こう見えても俺達だって人間だからな」
「…………私はその意味で劣っていた、とでも言いたいの」
「まぁ、な。もっとも、電波塔が破壊された前後から俺は映像を見ていない。その先お前がどうなったかは分からん」
からかうような男のその言葉が沙羅には重かった。
彼女は自身が置かれている状況を全力で考え、周りの人間と協力しつつ最善の行動を取って来たと思って来たのだから。
全くの第三者の視点から見て、自らがどのように思われているのかなど考えたこともなかった。
この殺し合いは男達にとってはある意味、見世物だ。
戦場と紙一重の間合いからゲームとして遊戯盤を眺める存在。
例えば野球ならば、素晴らしい成績を残す選手だったり発言やパフォーマンスで観客を湧かせる選手に人気が集中する。
この極めて限定的な空間においても、おそらくソレと似たような真理が発生していたような気がする。
多くの参加者を手に掛けた者や、数多くの戦いを潜り抜けた者に対しては観る側の期待が当たり前のように注がれる。
【もっと楽しませてくれるのではないか】
【予想外の行動を取ってくれるのではないか】
【命を失うその瞬間まで、人間らしく足掻いてくれるのではないか】
いわば対岸の火事。当事者ではないから出来る、そんな悪魔の所業だ。
自分だって何もしてこなかった訳ではない、と思う。
だけど、自然と、心に闇は差す。
こんな奴らに一方的な評価をされるのは勿論癪だ。
でもそれってある意味正しい評価じゃないのか、沙羅にはそうも思えるのだ。
白鐘沙羅自身が下す絶対的なソレと、外部の人間がニヤつきながら行う相対的なソレ。
どちらを優先すればいいのだろう。
本当に自分は出来る限りのことをやって来たのだろうか。
何処かに不得手や至らない所があったりしたのではないか。
もう少しだけ、自分が頑張ったら、
圭一は死ななかったのかもしれない。
美凪は、瑛理子は……、
今も、自分の隣で微笑んでくれていたのかもしれない
出会えさえしなかった恋太郎や双樹だってそうだ。
『もしも』が重なる。
ぐるぐるゆらゆらと心を取り囲む。
「……無駄話が過ぎたな。お前の姉は立派な最期だったよ。
ゲーム開始前から悪名高かったヘタレ野郎を守って頭がイカれてた女を仕留めた――までは良かったんだがな。
ラストの詰めが甘かった。ふと、気を抜いた瞬間に撃たれちまった」
「双樹は――」
「あん?」
「双樹は、苦しまなかったの」
「意識は、無かった筈だ。この島の中でも苦しまずに逝った数少ない人間の一人だな」
沙羅は胸に手を当て、瞳を閉じた。
頭に浮かび上がって来るのは最初の放送を迎えた展望台での光景だ。
双樹の声を聞いた――ような気がした海と太陽が綺麗なあの場所。
それはきっと幻聴や幻想だったのだと思う。
でも、あの経験が沙羅の方針を決定付けたことは間違いようのない事実だ。
双樹。自分にとってたった一人の大切な姉妹。
同じ遺伝子、同じ顔――だけど中身は全然違う。
『苦しまずに逝けた』というその些細な言葉が心に染み渡った。
よかったね、双樹。
その時だ。
沙羅が肩の力を少し抜いたその瞬間、彼女の手に握られていた無線機からノイズが漏れた。
『……こちら鶯1。至急応答されたし』
――しまった。
沙羅は口唇を噛み締める。最悪のタイミングでの定期連絡だ。
女の身である自分が返事をすればどう考えてもバレる。
生き残った参加者の中に男性が一人しかいない上、女性仕官にも出会っていないので取り繕いようがない。
だからと言って、無視することなんて出来る訳がない。
……どうする?
「――こちら白鷺1。白鷺十三名は現在生存者を捜索中。アセリア・ブルースピリット、白鐘沙羅共に零区画付近にて取り逃がした」
「……え?」
「無線を貸せ。……いいから、少し黙ってろ」
男が小声で呟いた。沙羅は訳も分からず無線を後ろ手に縛り上げた男の口元へと近付ける。
白鷺1? 取り逃がした? どういうことだ?
『現在、鶯は第四区画にて川澄舞を追跡中。被害甚大、至急応援を求む!』
「……残念だが、難しい。こっちも大分消耗している。援護に向かうのは不可能だ」
『……了解した。引き続き追跡作業を続行する。 通信を、終わる』
ブツ、っと粗雑な音と共に他の兵士とのコンタクトが途切れる。
沙羅にとって、これはあまりに不可解だった。
自らを下っ端であると告げた男が取ったにしてはあまりにも不可解な行動だ。
「アンタ……まさか」
「まぁ一応、四人しかいない隊長の一人だ」
「……もしかして、私に近付いたのも」
「当然、このためだ。まぁあそこまで見事に撃たれるとは思わなかったが」
「……殺されるわ。私達からも鷹野からも狙われる立場よ」
「そんなのは百も承知の上だ」
男――白鷺1は銃弾が抉り込み今もトクトクと赤い血を吐き出し続けている自身の太股を恨みがましく見つめる。
いや、そんなこと言われても仕方ないじゃん。
知らないって。つーか分かる訳ないでしょ、普通。
「白鐘沙羅、お前は会ったか? その……桑古木涼権に」
「ん、ええ一応は。あのいけ好かない男」
「そう、ソイツだ。奴は――目的のためには手段を選ばない男だ」
呻くように。
沙羅は思った。その時男が見せた表情は、今まで彼が見せたどの表情よりも人間らしかったのではないか、と。
眉を釣り上げ、唇をキッと一文字に結ぶ。口元の少しだけ青くなった髭の剃り跡が強調された。
「なんか、悔しそうね」
「……俺達の隊長はあんな若造じゃ勤まらないってことだ。やっぱ小此木隊長じゃねぇとな。
そもそも、俺は鷹野よりも桑古木の存在がこんなことをしている原因でな」
隊長、どんな人物なのだろう。
山狗と名乗った彼らの部隊の総隊長にゲームの開始後人事的な異動があった……ということなのか。
いや、この男の瞳が放つ暗い輝き。桑古木に対する強い憎しみの感情。
そこから察するに……、
多分、もうその隊長だった人間はこの世にいないってことなのかもしれない。
「……レムリア遺跡って何だか分かる?」
「……ああ。この一つ下の階層、第三層『ドリット・シュトック』にある巨大迷路のことだ。
そうだな、確かに桑古木はそこにいる……だが一つだけ、気をつけろ」
「何?」
「レムリア遺跡の道筋は人造とは思えないくらい入り組んでいる……。
地図があっても初めてやって来た人間はほぼ確実に迷子になる。桑古木や鷹野の元に辿り着くなんて夢のまた夢だ」
「む……」
困ったな。確かに探偵流のマッピングや現在地把握技術には自信がある。
だがアセリアや他の皆と合流しつつ、ソレを行うのは中々厄介だ。
加えて"忠実"な桑古木の部下やトラップなども階下に向かうに連れて激しさを増すだろう。
かといって凄く正当な理由で自分が足を打ち抜いてしまった白鷺1に案内して貰うというのも難しいし……。
「が……実はいいものがある」
「いいもの?」
「俺の鞄の底を見てみろ」
「底?」
沙羅は不思議に思いつつも、白鷺1から強奪した山狗用の荷物入れを指先で弄る。
皮製の頑丈な布地、ゴミなども入っておらずよく整理が行き届いている。
が、特に何もない、そんな風に思えた。
「あ……」
違う。それはマヤカシだ。
沙羅はその用意周到な仕掛けに、気がつけば笑みをこぼしていた。
「中々狡いね」
「普通はそういうのを"賢い"と言うんだ」
「二重蓋とか今時普通はやんないわよ。で、コレは何なの?」
つまり、単純な小細工のようなものが施されていた。
底板を二重にし、鞄との間に発生した隙間へとあるものが忍ばせてあったという訳だ。
黒塗りの薄いアルミ板で出来たi-podっぽい小型端末。適当に画面を触ると一瞬で起動した。
「GPS機能搭載のナビゲータのようなものだ。幹部クラスしか持っていない特注品……。
少なくともこのLeMUの奥の奥……最深部に向かうためには欠かせない装備の筈だ」
「ふぅん……」
沙羅は掌でその何ともクラシックな物体を弄ぶ。
スカートのポケットに、とも思ったがさすがに精密機械だ。手荒に扱うのは少し気が引ける。少しだけ使って、すぐにデイパックの中に入れてしまおう。
表示されていた地図を確認。どうやらこの層の構造はほとんど一本道のようだ。
自分とアセリアが飛ばされたエレベータホールの反対側に同じような設備があることが地図を見ると分かる。
これは沙羅にとって非情に好都合だった。なぜなら分岐がない、ということはソレを裏返せば誰もが同じ道を通るということ。つまりアセリアと合流出来る可能性も高いのだ。
「さてと、もう時間がないな。あと一仕事か」
「あら、まだ何か隠し持ってたり?」
「無線を。部下達をこの付近から一時的に退避させる」
「へぇ」
この男が鷹野達に反感を持っていることは半ば確定的だろう。
その気があれば、無線が繋がった瞬間大声で仲間を呼ぶことだって可能だった筈だ。
しかし彼はソレをしなかった、つまり……、
転覆、させる気なんだ。この腐り切った――鷹野流に言えば《ゲーム》を。
眼の前の男はいわば内部に巣食う蟲。
シロアリのように屋台骨を食い荒らす獅子御中の身だ。
彼をこのような行動に走らせた原因は『隊長の変更劇』だ。
謀殺という奴か。そこまでして桑古木涼権にはやりたいことがあったのか。それは沙羅には分からなかった。
ただ考えるに……少しだけ、事を急ぎ過ぎたように感じる。
隊長格の中に裏切り者がいることを感じ取れていないことが何よりの証拠。
恐らくまだ彼の力は浸透していないのだ。もしくは、既に亡くなった小此木という男の影響力の問題――
「はい、コレでOKよ」
「ああ悪いな」
「まぁソレなりにコッチも感謝してるもの。撃っちゃったのはアンタが飛び出すから悪いんだけど」
「……ごもっともで」
沙羅は彼の両手を拘束していたロープをナイフで切り裂いた。
恩義を感じているというのは偽らざる本音だ。
理由は正義感や良心の呵責、ではないのだろう。おそらく死んだ隊長に対する忠義こそが彼の行動理由。
彼自身は自分達くらいの年齢の少年少女が殺し合いをすること自体に不満はないのかもしれない。
とはいえ、彼は悪い人間ではないと思うのだ。
だって彼の行動は明確過ぎるほどの裏切り。殺されても文句は言えない。
「『白鷺1より隊員へ。目標を第二層エレベータホール付近にて発見。急行されたし』…………ん?」
「どうしたの?」
「妙だ」
白鷺1が顔を顰めた。声のトーンが落ちる。表情が険しくなる。
妙? 何かトラブルでも起こったのか?
いやそもそも山狗部隊は敵なのだから、そっちの方が自分にとっては幸いなのかもしれない。
「……何が」
「応答がない」
男は肩を竦める。だが表情は真剣そのものだ。
リーダーからの連絡が入ればそれに返事をするのは恐らく当然。
しかもどうやら一人の隊員からも『了解』のメッセージが帰ってこないらしい。
「ああ、その答えなら《ボク》が知っているよ」
「――え」
聞きなれない声が耳に飛び込んで来た。そして、その瞬間何かが動き出した。
機械のようなもので覚醒されたやけに甲高い声。何故か胸の中がムカムカするような。
《音》――大気の振動現象であるソレはしばしば速度の単位として用いられる。
つまり音速。一般的に温度などを考慮に入れなければ約340m/s。
肉眼で捉えるにはあまりにも非常識なスピードで空間を駆け抜ける訳だ。
ただし。
この世の中にはソレよりも速いものはいくつもある。
例えば光。
例えば電磁波。
例えばジェット戦闘機。
例えば、銃弾。
当然、その声の主を探そため、沙羅は振り向こうとした。
だが間に合う訳がないのだ。
ソレはマッハの壁を越えられない人間が反応出来る領域ではないのだから。
機関銃から約1000m/sで発射される鉛玉は《音》が届いてからでも十分に釣銭が返って来る。
だから音は四つだった。
ダン、
パンッ、
グシャ、
ピシャ。
火薬が弾け、骨を打ち砕き、脳漿を突き破り、また骨を貫いて。
飛び散った鮮血が沙羅の頬を濡らした。
ゴトン、
と一拍置いてもう一つの音。
生きた人間から単なる肉塊へと成り果てたものが生み出す鈍い、音。
「アハハハハハハハッ! 本当に困っちゃうようね、まさか山狗の部隊長の癖にここまで堂々とボク達の邪魔をしようなんてさ!」
沙羅が男の血液に濡れた頬を拭いもしないで振り向いた時、路地の入り口には巨大な機械人形が立っていた。
色は白くて紅い。元々は純白のカラーリングが施されていたのだろう。ちらほらと白い部分が垣間見える。
ソレを沙羅は見たことがあった。
忘れる訳がない。山頂で見かけたロボットと見て間違いないだろう。名前は確か……。
「アヴ・カムゥ……」
だけどおかしい。アレは……、
――確かに、アセリアが破壊した筈なのに。
「全く、あの人も不親切だな。予備があるのなら初めからそう言ってくれれば良かったのに」
小さくため息を付くロボットの操縦者。
五メートル近い巨体を揺すりながら、少しずつ沙羅との距離を詰める。
この声、聞き覚えがある。確か四回目の放送を担当していた男だ。
名前はハウエンクア、と言ったか。
ハウエンクアはアヴ・カムゥのメインカメラで沙羅の双眸を覗き込んだ。
彼自身は胴体部分辺りで操縦を行っているのだから、それは奇妙な光景と言えよう。
白の巨人、第三のアヴ・カムゥ。
主な武装は依然と変わらず、両刃の大剣。
が、新しくハウエンクアが調達して来た強力な武装が搭載されている。
アセリアによってアヴ・カムゥを破壊されたハウエンクアは持っていた爆薬でハッチを吹き飛ばし、瓦礫の中から脱出することまでは成功した。
しかしココからが彼の苦難の始まりだった。
突然戦い始めたアセリアと沙羅達に見つからないように、
加えて凄まじい高速戦闘を繰り広げている桑古木と舞に見つからないように、島内を逃げ回った。
確かに本部に連絡を入れればすぐにでも転送は可能だった。
しかし、無線機が故障し己のデータが読み取れなくなっていたことが彼の命運を分けた。
そう――ハウエンクアはLeMUに帰れなくなってしまったのだ。
しかも頼みの綱である桑古木までが、ハウエンクアの安否を気にもせずにサッサと帰還してしまった。
そのため帰還するのにここまで時間を有した訳だ。
実際、業を煮やしたディーがやって来てくれなければ、どうなっていたことか……。
そんな屈辱の代わりに得たのが今アヴ・カムゥの左腕に装着されているM134ミニガンだ。
アメリカ空軍ではGAU-2B/A、アメリカ海軍ではGAU-17/Aと呼ばれているガトリングガンの一種だ。
M61シリーズと同様に6本の銃身を持つ電動式ガトリングガンであり、毎分2000-4000発という単銃身機関銃では考えられない発射速度を持つ。
これは支給品だ。あくまで何処かに設置して狙い打つことを目的とした機関銃。
そう――エスペリア・グリーンスピリットに支給された道具の一つである。
「ハハハハッ、随分不満そうな顔をしているね! キミは……白鐘…………どっちだっけ。
おかしいなぁ。キミが優勝者予想ランキングでダントツビリを勝ち取ったことは覚えているんだけどなぁ」
「――案外、有名なのね。私」
「そりゃあそうさぁ!! 過激な殺し合いはお腹一杯だからね!
話題にならないのが話題になる、ってこともあるのさ! まぁ箸休めみたいなもんだよ、アハハハハハハッ!」
沙羅は己の内側に湧き上がった様々な種類の怒りを押し潰した。
うん、とりあえず――殺そう。さっくりと殺そう。
あ、ダメ。違う。
まずはこの勘違い野郎をボコボコにして、ワンワン泣かせて生まれて来たことを後悔させてやるのが先決だ。
「ママー」とでも泣いてくれれば傑作だろうが、そんなにピンポイントな性癖を持っている訳もないだろうからそこは妥協する。
でもそのためにはこの気持ち悪いロボットを倒さなくちゃ駄目、か。
でもコイツ、アセリアでギリギリだったんだよね……確か。正攻法じゃ無理、か……。
「そこのデカブツ! 私は沙羅、白鐘沙羅よ! 双葉探偵事務所の探偵助手一号! その薄っぺらい頭にしっかりと刻んどきなさい!」
「クク、怖いねぇ……全くこの年頃の女の子のヒステリーには敵わないな」
ハウエンクアはアヴ・カムゥに搭乗しているため、当然今どんな表情をしているのかは分からない。
だけど断言しよう。
奴は今世にもムカつく笑みを携えながら、こちら見下ろしている筈だ。
奴の顔は分からない。声の質からヒステリックなやせ細った青年をイメージするが、正確な所は微妙だ。
それにコイツ、未だに……名前覚えてないのか。そこまで関心が無いのか? それとも馬鹿なのか?
そりゃあ双樹と間違われることだってない訳じゃないけど……。
っていうかあの機関銃ってM134? そっか、コイツが"アレ"を回収してたんだ。
「さてと……じゃあ、そろそろ遊ぼうかぁ! ボクは今最高にイラついていてね!
ボクを置いて帰った桑古木の手下をぶち殺しても気なんて晴れやしない!
キミもさすがにそこで無様に死んでいる男よりは楽しませてくれるんだろぉぉおお?」
沙羅はすぐ側の一瞬で死体になった本当の名前も知らない男――白鷺1を垣間見た。
頭蓋から流れ出る血液。太股から流れ出る血液。
トクトクと、
ダラダラと、
コンコンと、
泉のように朱が広がる。
この人は一体何がしたかったんだろう。ウサ晴らし……敵討ち……復讐、ってアレ同じか。
こちらに手を貸すことで桑古木がやろうとしたこと、守ろうとしたものをぶっ壊そうとしたのかもしれない。
殺された上司の無念を晴らすためやり方はどうであれ
でもさ。嫌いじゃなかったよ。
そういう、誰かの為に何かをしようって思うこと。
「決めた」
「ん?」
「罪状を、読み上げます」
「…………?」
「被告・ハウエンクア、原告・白鐘沙羅の気分を最ッッッッッ高に害した罪で死刑!!」
沙羅はハウエンクアに向けて指を突き付けながら、にやりと笑った。
不倶戴天の怨敵に向ける笑み、とは少し違う。ソレは勝負へと向かう者が見せる歓喜の笑顔。決して絶望ではない。
宣言はしとく。
でも、今回ばかりはヤバイかもしれない。
超常の力を持たざる自分では規格外の相手だと思う。
皮膚は鉄で、戦闘ヘリに積まれるようなガトリングガンまで相手は装備している。
九割以上の確立で負けるだろう。そしてその大半で死ぬだろう。
だけどさ、意地とか弔い合戦とか、目の前の馬鹿への怒りとかその他諸々の要素を詰め込んだ感情で頭の中は一杯な訳で。
「へぇ言うねぇ、キミも。でもさ……よく"馬鹿"とか"無謀"とか"身の程知らず"って言われないかい!」
弱い犬ほどよく吼える――奴はきっとそんなことを考えているだろう。
そうだ、油断しろ。慢心すればするだけ隙が生まれる。
ディーを倒すことが自分達の目標。アセリアが奴さえ倒せば、この最悪な殺し合いも終わるのだ。
だから戦う。精一杯時間を稼ぐ。足でまといには絶対になるつもりはない。
ギリギリで離脱出来ればいいんだけどなぁ。ソレまでこの身体が持つことやら。
見ていてね、恋太郎、双樹。
「双葉探偵事務所の人間はね……やるときはやる! 絶対に諦めたりしないんだから!」
□
《LeMU第二層「ツヴァイト・シュトック」メインストリート(第三区画)――悠久の翼》
「マイ、大丈夫か?」
「…………話しかけないで。……言って、おくけど。仲間になった訳じゃないから」
「む……」
アセリアは空を翔ける。舞は大地を駆ける。
苦痛で端正な顔を歪めながらも、弱音一つ吐かない舞を見ながらアセリアは考える。
言葉通り、ピッタリ『三分』で残りの鶯を全て片付けることが出来たのは良かった。嘘はよくない。
彼女自身は極力殺さないように手加減をしたつもりだ。
無闇に人を殺すな、そうミズホには散々言われている。ミズホはいつもは優しいけど、怒る時はとても怖いんだ。
ただ、マイに関しては別だ。
彼女はまるで何かに憑り付かれているかのように剣を振るっていた。
手加減も一切なしだ。確実に何人かは死んでいたと思う。少し、切なく思う。
ファンタスマゴリアにいた時はこんな気持ちになったことなんてなかったのに。不思議だ。
二人は永遠神剣の力を解放し、同じ階層にいると思われる沙羅の元へと急いでいた。
彼女は一人で山狗部隊を一つ丸々足止めしている。
このような局地戦には慣れていると言っていたが、多勢に無勢だ。
あの時、どうして自分はサラを一人にしてしまったのだろう。
結局こうして戻って来るのならば、そのままあそこに留まり、追っ手を撃墜した方が良かったのかもしれない。
「献身」の力を引き出したキヌのおかげで躯の状態はほとんど万全に近い。
だが、唯一その恩恵を預かっていないマイだけは今も相当に苦しそうな表情をしている。
「……アセリア」
「何だ?」
「どうして……私を助けたの」
「ん、さっきの答えでは不足か?」
「当然」
翼も足も止まらない。
舞はじっとアセリアを見つめた。深く、強い瞳。ぶつかり合う蒼と翠の視線。
生半可な返答では納得しない、少なくともソレぐらいは彼女にも分かった。
「……あなたは……変わった」
「私が?」
「最後に会った時のあなただったら……確実に私を殺していたと……思う」
助けたいから助けた、では駄目なのか。……難しいな。
アセリアは思った。マイは自分が変わった、と言った。
確かに初めてこの島にやって来た時から、色々なことがあった。
未だに手の中に「存在」はなく、ソレはマイの掌に握られている。
それは特に疑問が湧くことではない。
ただ、昔の自分ならば何よりも先に「存在」の確保を優先したことは明らかだと思う。
そういう意味では確かに"変わった"という表現も適切なのだろう。
あの時のマイは寂しそうだった。
まるで真っ赤な眼をして、孤独さに耐え切れずに死んでしまう寸前のウサギみたいだった。
別に同情やちっぽけな優越感を味わいたかった訳じゃない。
言うなれば――純粋に、もったいないと思った。
彼女の想いがこんな場所で途切れてしまうことに耐えられなかったのだ。
だから彼女に持っていた筈の警戒心も、彼女の背中を見た瞬間消え失せてしまった。
まだ、自分達は飛べるのだ。
こんな……タカノの思い通りに、こんな場所で命を落とす意味なんてコレッポチもない。
そういう意味で自分達は仲間で背中を預けあう戦友なんだ、そうアセリアは思う。
だから彼女に後ろを任せることに一分の不安もなかった。
必ず分かってくれる――そう信じていたから。
「存在……」
「…………この、剣の名前?」
「ん、実は元々それは私の永遠神剣なんだ」
「……そう」
短い間。今更"返せ"などと言うつもりはアセリアにはなかった。
今の自分にはユートの想いがつまった"求め"がある。
戦いがなければ自分を保てなかったあの頃とは違う――
「でも……戦いがなくても、存在がなくても、……悠人がいなくなっても。今の、私は生きていけるんだ」
「悠人、あなたの……大切な、人?」
「……うん」
「……どうして、私には……佐祐理のいない世界なんて、考えられない」
マイが吐き出すように言った。
「今までの私には、戦いしかなかった」
噛み締めるように。
自らに言い聞かせるように。
「でも、悠人が……教えてくれた。そして見つけたんだ、この島で……戦い以外の大切なものを。
だから信じたくなった、だから……マイは必ず応えてくれると思った」
「……楽天的過ぎ」
舞はぷいっと正面に向き直った。そして走るスピードを上げた。
アセリアも置いていかれないように翼に魔力を注ぎ込む。
どうやら、少しは納得してくれたらしい。
「ん、そうかな――ッ!? む、これは……ッ!」
「…………機関銃」
舞がぽつりと呟いた。
自身の相棒としてブラウニングキャリバーをしていた彼女だからこそ敏感にソレを察知した。
この凄まじいまでの火薬の破裂音、どう考えてもガトリングガンが発射されている裏付けに他ならない。
「マイ、急ごう! コレは多分……」
声を荒げたアセリアに対してこくりと舞は頷いた。
銃器に関してそれほど詳しくないアセリアだが、誰がどんな武器を持っているか程度は把握していた。
少なくとも『あんなに大きな音を出す銃』はなかったことだけは確かなのだ。
二人は神剣に魔力を注ぎ込んだ。
どちらの魔力も肉体強化に関しては問題がない程度には残っている。
加えて制限も完全に解かれた今、両者の戦闘能力は島内でのソレとは比べ物にならなかった。
煉瓦で出来た通路とファンシーなアトラクションが立ち並ぶメインストリートを駆け抜ける。
綺麗にカットされた生垣にベンチやゴミ箱、誰もいない飲食店を脇目で捉える。
爆音は、止まない。
□
《LeMU第二層「ツヴァイト・シュトック」総合案内所周辺(第二区画)――笑顔のそらで会いましょう》
「サラッ!!」
「おやぁ? どうやら次の虫が餌に掛かったみたいだね」
「……これって」
思わず舞は自らの鼻を抑える。胸焼けしそうな程濃厚な鉄分の臭いに頭をヤラれそうだ。
普通の人間ならばこの光景をみた瞬間嘔吐してしまっていたのではないか、そんな風にさえ思える。
悲劇の舞台は第二区画から第三区画に入った、丁度総合案内所付近の三叉路だった。
そこには何人もの人間の惨殺死体が転がっていた。
グチャグチャという表現でしか表せられないほど、原型を留めていないモノばかり。
赤緑黒白と様々な色彩が混ざり合っている。一体何人分なのだろう。いや、もはや"人"という単位でソレを捉えることの方が難しい。
大剣で真っ二つにされ、ガトリングガンでミンチにされた死体。
腕や足が引き抜かれている死体。
顔だけ潰れている死体。
ボロボロになり変色したツナギから見るに、彼らは桑古木の子飼部隊の連中であることだけは確かだろうが……。
「アセ、リア……ッ!? どうしてこんな所に……。先に奥へ向かった筈じゃあ……」
そんな地獄絵図の中心に位置する巨人――返り血に染まったアヴ・カムゥ。
そして機人に身体を拘束された沙羅の姿がそこにはあった。
構図は分かりやすい。
つまり何人もの山狗達の死体の山の中央にアヴ・カムゥに捕まった沙羅が居る訳だ。
沙羅の白い服は鮮血で濡れ、ポタポタと血液が彼女の靴先から滴り落ちる。
「アハハハハハハッ、まさか一番会いたかった奴がやって来てくれるとはね!」
「…………その声は」
「ククク、こうして会うのは二回目だねぇアセリアッ! まだ名乗ってなかったよね、ボクはハウエンクアさ!」
笑う男、ハウエンクア。細身の躯から生み出されるその金切り声は聞く者の心を苛立たせ、不安へと陥れる。
朱色のアヴ・カムゥがアセリア達に向き直った。
彼は笑っている、だけど本気だ。舞とアセリアの背筋に緊張が走った。
機械を通しても伝わるような圧倒的なまでの殺気が大気を震わせる。
「貴様……サラに何をしたッ!!! それにこの死体の山は何だッ!」
「サラ? ああ、少し遊びに突きあって貰ったんだけどさぁ……案外脆くてね。
その辺に散らばってるゴミはまぁ……軽い気晴らしみたいなものかな」
「こいつ……ッ!」
「それにしては……数が多過ぎる」
舞はもはや血の雨が降り注いだような惨状を呈している周囲を見回しながら考える。
つまり目の前の男の異常性について。
おそらく山狗の部隊丸々一つほどはあるだろう、この死屍の山。
これだけの虐殺の刃を敵ではなく味方に向けておきながらこの態度だ。
なるほど、このハウエンクアという男、狂人――いや、戦闘狂か。
「ん……キミは…………へぇ、川澄舞じゃないか! コイツは意外だね」
「……それが、どうしたの」
「いやさ……だってキミ……アレだろ。何だっけ? 倉田佐祐理だったかな?」
「!! 佐祐理を知っているの!?」
ハウエンクアの口から飛び出した名前を聞いて舞は驚愕の声を上げた。
いや……ある意味当然の出来事か。
おそらく鷹野が舞に偽の情報を流して他の参加者を攻撃するように仕向けたことは、敵の内部では有名なことの筈だ。
なにしろ自分は一番最後まで残ったゲームに残った人間、ソレだけ多くの参加者をその手に掛けている。
「まぁ、そりゃあ一応ね。というか……あれ、アセリアと一緒に行動しているってことは……もしかしてバレちゃったのかな?」
「――ッ、やっぱり……!!」
半ば自覚はしていたとはいえ、やはりその事実は胸に堪えた。
ズキン、と痛む胸。胃袋の中から何かが上昇してくるような感覚。そして殺した人達の顔……。
まんまと鷹野の口車に乗せられた己の馬鹿さ加減を呪うことも出来ない。
「でも……丁度良かった。コレで、鷹野への……道が開けた」
舞は存在を抜き放ち、アヴ・カムゥへと向けた。
ここでハウエンクアと出会えたことはある意味僥倖と言える。
舞はひたすらこの階層を突き進んできたが、意外とこの基地の内部は複雑だ。
今でこそアセリアと一緒に行動しているが、おそらく道案内も無しに鷹野の居る場所まで辿り着くことは大変難しいだろう。
「――ああ、もしかしてボクに道案内でもさせようって魂胆かい? こっちが大人しく言うことを聞くとでも?」
「無理やりでも……聞かせるまで……!」
「全く……まんまと《鳥》に騙されていた癖に生意気なんだよね、キミは!!」
「…………鳥?」
「そう鳥さ! 土永、とかいう人の言葉を話すオウムが参加していたことをキミは知らないのかい!?
コイツには面白い特技があってね……『好きな人間の声をそっくりそのまま真似ることが出来る』んだよ!!」
「――――――――ッ!!!!」
カラン、
と舞が「存在」を取り落とした音が辺りに響いた。
一気に彼女の身体から力が抜ける。信じられないほどの虚脱感が舞を襲う。
ずっと舞はこう考えていた。
つまり自分は『鷹野三四に目を付けられ殺人者に仕立て上げられた』と。
ソレすら……まやかしだったというのか。
あの鉄塔で自分を殺人鬼へと導いたのは、人間ですらなかった。
一人の参加者による姦計――そして川澄舞とは甘い言葉に踊らされた道化だ。
馬鹿だ。本当に、馬鹿。
言葉になんて出来ない。言い訳も出来ない。
愚か過ぎて涙が出て来そうだった。
舞はひたすら自分の過ちを鷹野への恨みへとスライドさせることで自身を保っていた。
違った意味で、倉田佐祐理を失った舞にとって鷹野三四がその代わりとなっていたのだ。
そして、ソレすら幻想だと彼女は知ってしまった。
妙な構図で構築された《依存》が砕け散る。
復讐相手が居なくなった復讐者は空っぽになって、そして――
どうなってしまうのだろう。
こういう時、どうすればいいのだろう、そう舞は思った。
鳥類にさえ劣る自分の愚鈍さを呪いながら涙でも流せばいいのか。
それとも、膝を付き一人の浅はかな女を心の中で責め続ければいいのか。
どれも、違う。
二つとも不全だ。こんなことをしても微塵の役にも立たない。
それだけは分かる。でもソレだけしか分からない。
駄目だ――こういう時、どういう顔をすればいいのか全然分からない。
「何やってんのよ、川澄舞ッッ!!!」
「え――」
名前を呼ぶ声。それはあまりにも予想外な人物の悲鳴にも似た声。
「アンタが――そんな下らない理由で絶望していいと思ってるの!?
美凪を殺したアンタにはそんな権利なんてないのよっ!!」
刃のように胸へと抉り込む言葉。
少女は残酷なまでに舞の核心を突く。
「だ……って……」
声を張り上げるのはハウエンクアによって捉えられた――白鐘沙羅。
誰よりも気丈で、そして何があっても自らの意思や信念を捨てることのない少女だ。
舞の口からはもはや弱音しか出てこない。
誰よりも気高い戦士の顔は完全に消失し、虚ろな女の涙顔がそこにあるだけだった。
「"だって"もクソもないのっ!!」
「!!」
「そりゃあ悪いのは土永よ。どんな理由があれ、自分の手を汚そうともせず何人もの人間を惑わしたんだから。
でもね、案外アイツの最後は立派だったのよ?
殺し合いに乗った人間から私を逃すために自分から囮になったりさ……。川澄舞。少なくとも、今のアンタよりはよっぽどね」
舞には沙羅の言葉の意味が分からなかった。
『偽の情報を流す』という手段で確実に殺し合いに乗っていた筈の参加者が、最後は改心したということだろうか。
そんなことが赦されるのだろうか。
いや、そもそも殺された人間の無念や恨みの感情はどうなるのだろう。
心がズタボロになった愚者を抱き締めてくれる、そんな聖母のような人間なんてどこにも……いない。
「わた、しは……でも、もう……戻れない」
「"戻れない"んじゃない。アンタは戻らなきゃいけないの」
心の中で、何かが壊れる音が響く。
「沢山、人も……殺した」
「償いなさい。アンタにはソレをする義務がある。殻に篭って逃げ回るだけなんて、絶対に許さない」
パキリ、パキリと。
破片がぼろぼろとこぼれ落ちて行く。
「誰も……私を……赦してはくれない。それなら……、」
「私が赦す。アセリアだって赦してくれるわ。
武も、瑞穂も、あゆも、きぬも、梨花も――私の仲間達は誰もアンタを責めたりしない」
闇が晴れる。
光が射した。
輝く太陽と真っ青な空はどこまでも広くて、どこまでも大きい。
「ん、サラの言う通りだ。皆は優しい。罪を償いたがっている者に嫌なことを言ったりする筈がない」
こくりと頷きながら、沙羅の言葉をアセリアは肯定する。
その些細な――でも、どこまでも自然な動作が舞にとっては何よりも嬉しかった。
「……ほら辛気臭い顔してんじゃないわよ。こういう時にはそれ相応の返事ってもんがあるでしょ?」
「で、も……」
「でも、何よ?」
「こんな時に……どうすればいいのか……私には分からない」
「……はぁ? アンタ……このタイミングでさえ、そんな台詞吐く訳?」
沙羅は小さく一度、ため息を付く。
が、すぐにニヤリと確信めいた笑みを浮かべた。
「美凪も言ってたじゃない。言葉なんていらないわ。アンタが無くしたものを取り戻すの。
だから、ちょっとだけでもさ――笑えばいいの」
□
|211:[[三人でいたい(Ⅰ)]]|投下順に読む|211:[[三人でいたい(Ⅲ)]]|
|211:[[三人でいたい(Ⅰ)]]|時系列順に読む|211:[[三人でいたい(Ⅲ)]]|
|211:[[三人でいたい(Ⅰ)]]|川澄舞|211:[[三人でいたい(Ⅲ)]]|
|211:[[三人でいたい(Ⅰ)]]|アセリア|211:[[三人でいたい(Ⅲ)]]|
|211:[[三人でいたい(Ⅰ)]]|白鐘沙羅|211:[[三人でいたい(Ⅲ)]]|
|211:[[三人でいたい(Ⅰ)]]|ハウエンクア|211:[[三人でいたい(Ⅲ)]]|
|211:[[三人でいたい(Ⅰ)]]|メカ鈴凛|211:[[三人でいたい(Ⅲ)]]|
**三人でいたい(Ⅱ)◆tu4bghlMIw
《LeMU第二層「ツヴァイト・シュトック」遊園地ゲート付近・裏路地(第一区画)――白鐘沙羅最後の戦い》
「少しは、知ってる」
「ほう?」
「瑛理子が見ていたわ。私達は双子だもの。誰だって見れば分かる」
「そうか、喜んで貰えると思ったんだが……余計なお世話だったかな?」
「ううん、詳しくは知らないの。瑛理子も……最期の瞬間まで、見ていた訳じゃないから」
瑛理子は確かに、私と似た外見の女の子が殺される瞬間を見たと言っていた。
だけどゲームに乗った人間と接触するのを恐れてすぐにその場を離脱したらしい。
「まず、な。本部には衛星からの映像を元に参加者の監視を担当していた人間がいた。俺もその一人だ」
「……やっぱり見られていた、って訳」
「まぁ、そうだな。死角も多いから万能とはいえないんだが」
「続けて」
「ああ。なんだ……要は単純な話だ。俺が担当した参加者の一人に《白鐘双樹》がいた、それだけの話さ」
男は若干ふざけた口調のまま、話し続ける。
沙羅の意識は完全に男へと注がれていた。
「……双樹を殺したのは誰?」
瑞穂達が持っていたノートパソコンに記されていた殺人ランキング。
鷹野によってその内容が大きく修正されてしまったため、アレにはもはやこれっぽちの信憑性もなかった。
ランキングによると、白鐘沙羅を殺害したのは《竜宮レナ》と書かれていた。
まるで名前に聞き覚えがないが、彼女も第一放送の際に死亡を宣言された人物だ。
だが、大抵の人物に変更が加えられていたため(例えば瑛理子を殺したのは、なんと沙羅自身になっていた)、おそらくソレも偽の情報なのだろう。
「直接の下手人は、朝倉音夢という参加者だ」
いまいち馴染みが薄い名前だ。
「確か、二回目の放送で名前を呼ばれた人よね」
「まぁ……お前が知らないのも無理はないだろう。
彼女と出会った参加者で長く生き残っていた者はせいぜい、小町つぐみぐらいなものだからな」
「ソレもイマイチ実感が湧かないわ」
肩を竦めながら一言。同じくあまり聞き覚えがない。
沙羅の反応を見て、男は少しだけ眼を細めるとクククと小さく笑った。
「だろうな。そもそも白鐘沙羅、お前は巡り合わせが悪過ぎるからな。そう、表舞台に立っていないとでも言うべきか」
「……どういう意味?」
「簡単に言えば影が薄かった、ということだ」
「――は?」
男は明らかに馬鹿にした口調でとんでもないことを口にした。
当然、沙羅には彼が何を言っているのかまるで意味が分からない。
「一つ、面白い話をしてやろう」
「……唐突ね」
「まぁ、聞け。実はな、この殺し合いの裏側ではそれなりに大規模な"賭け"が行われていたのさ。
競馬に例えるならお前達は競走馬、俺達が馬券を買った人間、という立場でね」
「……ああ、あのランキングのこと。人間競馬、って所かしら。最悪ね」
「知っているなら話が早い。ただこのレースには単賞しか存在しない。いや……意味がない。
理由は、説明しなくても分かるな? さてここで問題だ。
何度か途中集計を挟み、最終投票の際に一番人気を勝ち取った参加者は誰だと思う?」
"影が薄い"発言について言及したいのだが、どうもこの裏側で動いていたらしいギャンブルに答えがあるらしい。
沙羅は思索する。
そもそもランキングとは、図書館で見かけた『少年少女殺し合い、優勝者は誰だ!?』というサイトのことに違いないだろう。
ブリック・ヴィンケルと名乗った男が転送して来た第四回放送直前のデータを記憶から掘り起こす。
賑やかしとしての意味もあるのだろう。しかしシステムとしてはおそらく、
1:善悪を問わず、有力な参加者に投票する。
2:ある程度殺し合いが進んだ段階で投票を打ち切る(ペナルティを受けて投票先を乗り換えることはアリかもしれない)
3:優勝者決定後、配当金を早い段階からその参加者に投票していた人間へ優先的に分配。
このような感じだろうか。優勝者は一人。
最初の脱落者も最後まで残った人間も同列。死と言う結末がそこにあるだけ。
それ故に単勝以外のレース結果は存在しない、と。
前回の順位。そして持ちうる戦力。そこから導き出される答えは一つだけだった。
沙羅は当たり前のように、そして表情に若干の苦渋を滲ませながら「川澄舞」と短く呟いた。
「惜しいな、彼女は二位だ。一位はアセリア・ブルースピリット」
「アセリア?」
「ゲームに乗った人間が少なくなった時点で安全策に走る人間が増えてな。単純な人気なら彼女が一番……。
賭けられた金額は川澄舞の方が上だがな。まぁ……首輪を解除した人間が出現した時点でこの賭けはポシャったとも言える。
ちなみに、」
男は小さく咳払いをする。
「――お前はドべだ」
「……ドべ?」
その"ドべ"という微妙な言い方が妙に気に障った。
最下位でもビリでもなく、ドべ。何ともドン臭い響きだ。
とはいえ引っ掛かる。ドべと言っても全参加者中で、という意味ではない筈だ。
分かり易い範囲では生き残った中で、という解釈が適当か。だが……
「……こう言っちゃ何だけどソレなりに戦える方よ、私。アンタ達何処に眼付けてんのよ」
「白鐘沙羅――お前は、どんな参加者に人気が集まったと思う?」
「ん……強い、とか。好戦的だ、とか……?」
「それもある。だが一番はやはり"見ていて面白い参加者"だよ」
面白い? 殺し合いの場で?
「何かを持っている人間は違う、ということさ。こんな場所でもな。
躯に圧倒的な狂気を秘めた者。このような非常識な状況にも関わらず、自分を保ち日常と変わらない行動を取る者。
渇望する者。強い意志を持ち、とある目的のために何もかもを捨て去った者。
そんな奴らには俺たちだって惹き付けられる。こう見えても俺達だって人間だからな」
「…………私はその意味で劣っていた、とでも言いたいの」
「まぁ、な。もっとも、電波塔が破壊された前後から俺は映像を見ていない。その先お前がどうなったかは分からん」
からかうような男のその言葉が沙羅には重かった。
彼女は自身が置かれている状況を全力で考え、周りの人間と協力しつつ最善の行動を取って来たと思って来たのだから。
全くの第三者の視点から見て、自らがどのように思われているのかなど考えたこともなかった。
この殺し合いは男達にとってはある意味、見世物だ。
戦場と紙一重の間合いからゲームとして遊戯盤を眺める存在。
例えば野球ならば、素晴らしい成績を残す選手だったり発言やパフォーマンスで観客を湧かせる選手に人気が集中する。
この極めて限定的な空間においても、おそらくソレと似たような真理が発生していたような気がする。
多くの参加者を手に掛けた者や、数多くの戦いを潜り抜けた者に対しては観る側の期待が当たり前のように注がれる。
【もっと楽しませてくれるのではないか】
【予想外の行動を取ってくれるのではないか】
【命を失うその瞬間まで、人間らしく足掻いてくれるのではないか】
いわば対岸の火事。当事者ではないから出来る、そんな悪魔の所業だ。
自分だって何もしてこなかった訳ではない、と思う。
だけど、自然と、心に闇は差す。
こんな奴らに一方的な評価をされるのは勿論癪だ。
でもそれってある意味正しい評価じゃないのか、沙羅にはそうも思えるのだ。
白鐘沙羅自身が下す絶対的なソレと、外部の人間がニヤつきながら行う相対的なソレ。
どちらを優先すればいいのだろう。
本当に自分は出来る限りのことをやって来たのだろうか。
何処かに不得手や至らない所があったりしたのではないか。
もう少しだけ、自分が頑張ったら、
圭一は死ななかったのかもしれない。
美凪は、瑛理子は……、
今も、自分の隣で微笑んでくれていたのかもしれない
出会えさえしなかった恋太郎や双樹だってそうだ。
『もしも』が重なる。
ぐるぐるゆらゆらと心を取り囲む。
「……無駄話が過ぎたな。お前の姉は立派な最期だったよ。
ゲーム開始前から悪名高かったヘタレ野郎を守って頭がイカれてた女を仕留めた――までは良かったんだがな。
ラストの詰めが甘かった。ふと、気を抜いた瞬間に撃たれちまった」
「双樹は――」
「あん?」
「双樹は、苦しまなかったの」
「意識は、無かった筈だ。この島の中でも苦しまずに逝った数少ない人間の一人だな」
沙羅は胸に手を当て、瞳を閉じた。
頭に浮かび上がって来るのは最初の放送を迎えた展望台での光景だ。
双樹の声を聞いた――ような気がした海と太陽が綺麗なあの場所。
それはきっと幻聴や幻想だったのだと思う。
でも、あの経験が沙羅の方針を決定付けたことは間違いようのない事実だ。
双樹。自分にとってたった一人の大切な姉妹。
同じ遺伝子、同じ顔――だけど中身は全然違う。
『苦しまずに逝けた』というその些細な言葉が心に染み渡った。
よかったね、双樹。
その時だ。
沙羅が肩の力を少し抜いたその瞬間、彼女の手に握られていた無線機からノイズが漏れた。
『……こちら鶯1。至急応答されたし』
――しまった。
沙羅は口唇を噛み締める。最悪のタイミングでの定期連絡だ。
女の身である自分が返事をすればどう考えてもバレる。
生き残った参加者の中に男性が一人しかいない上、女性仕官にも出会っていないので取り繕いようがない。
だからと言って、無視することなんて出来る訳がない。
……どうする?
「――こちら白鷺1。白鷺十三名は現在生存者を捜索中。アセリア・ブルースピリット、白鐘沙羅共に零区画付近にて取り逃がした」
「……え?」
「無線を貸せ。……いいから、少し黙ってろ」
男が小声で呟いた。沙羅は訳も分からず無線を後ろ手に縛り上げた男の口元へと近付ける。
白鷺1? 取り逃がした? どういうことだ?
『現在、鶯は第四区画にて川澄舞を追跡中。被害甚大、至急応援を求む!』
「……残念だが、難しい。こっちも大分消耗している。援護に向かうのは不可能だ」
『……了解した。引き続き追跡作業を続行する。 通信を、終わる』
ブツ、っと粗雑な音と共に他の兵士とのコンタクトが途切れる。
沙羅にとって、これはあまりに不可解だった。
自らを下っ端であると告げた男が取ったにしてはあまりにも不可解な行動だ。
「アンタ……まさか」
「まぁ一応、四人しかいない隊長の一人だ」
「……もしかして、私に近付いたのも」
「当然、このためだ。まぁあそこまで見事に撃たれるとは思わなかったが」
「……殺されるわ。私達からも鷹野からも狙われる立場よ」
「そんなのは百も承知の上だ」
男――白鷺1は銃弾が抉り込み今もトクトクと赤い血を吐き出し続けている自身の太股を恨みがましく見つめる。
いや、そんなこと言われても仕方ないじゃん。
知らないって。つーか分かる訳ないでしょ、普通。
「白鐘沙羅、お前は会ったか? その……桑古木涼権に」
「ん、ええ一応は。あのいけ好かない男」
「そう、ソイツだ。奴は――目的のためには手段を選ばない男だ」
呻くように。
沙羅は思った。その時男が見せた表情は、今まで彼が見せたどの表情よりも人間らしかったのではないか、と。
眉を釣り上げ、唇をキッと一文字に結ぶ。口元の少しだけ青くなった髭の剃り跡が強調された。
「なんか、悔しそうね」
「……俺達の隊長はあんな若造じゃ勤まらないってことだ。やっぱ小此木隊長じゃねぇとな。
そもそも、俺は鷹野よりも桑古木の存在がこんなことをしている原因でな」
隊長、どんな人物なのだろう。
山狗と名乗った彼らの部隊の総隊長にゲームの開始後人事的な異動があった……ということなのか。
いや、この男の瞳が放つ暗い輝き。桑古木に対する強い憎しみの感情。
そこから察するに……、
多分、もうその隊長だった人間はこの世にいないってことなのかもしれない。
「……レムリア遺跡って何だか分かる?」
「……ああ。この一つ下の階層、第三層『ドリット・シュトック』にある巨大迷路のことだ。
そうだな、確かに桑古木はそこにいる……だが一つだけ、気をつけろ」
「何?」
「レムリア遺跡の道筋は人造とは思えないくらい入り組んでいる……。
地図があっても初めてやって来た人間はほぼ確実に迷子になる。桑古木や鷹野の元に辿り着くなんて夢のまた夢だ」
「む……」
困ったな。確かに探偵流のマッピングや現在地把握技術には自信がある。
だがアセリアや他の皆と合流しつつ、ソレを行うのは中々厄介だ。
加えて"忠実"な桑古木の部下やトラップなども階下に向かうに連れて激しさを増すだろう。
かといって凄く正当な理由で自分が足を打ち抜いてしまった白鷺1に案内して貰うというのも難しいし……。
「が……実はいいものがある」
「いいもの?」
「俺の鞄の底を見てみろ」
「底?」
沙羅は不思議に思いつつも、白鷺1から強奪した山狗用の荷物入れを指先で弄る。
皮製の頑丈な布地、ゴミなども入っておらずよく整理が行き届いている。
が、特に何もない、そんな風に思えた。
「あ……」
違う。それはマヤカシだ。
沙羅はその用意周到な仕掛けに、気がつけば笑みをこぼしていた。
「中々狡いね」
「普通はそういうのを"賢い"と言うんだ」
「二重蓋とか今時普通はやんないわよ。で、コレは何なの?」
つまり、単純な小細工のようなものが施されていた。
底板を二重にし、鞄との間に発生した隙間へとあるものが忍ばせてあったという訳だ。
黒塗りの薄いアルミ板で出来たi-podっぽい小型端末。適当に画面を触ると一瞬で起動した。
「GPS機能搭載のナビゲータのようなものだ。幹部クラスしか持っていない特注品……。
少なくともこのLeMUの奥の奥……最深部に向かうためには欠かせない装備の筈だ」
「ふぅん……」
沙羅は掌でその何ともクラシックな物体を弄ぶ。
スカートのポケットに、とも思ったがさすがに精密機械だ。手荒に扱うのは少し気が引ける。少しだけ使って、すぐにデイパックの中に入れてしまおう。
表示されていた地図を確認。どうやらこの層の構造はほとんど一本道のようだ。
自分とアセリアが飛ばされたエレベータホールの反対側に同じような設備があることが地図を見ると分かる。
これは沙羅にとって非情に好都合だった。なぜなら分岐がない、ということはソレを裏返せば誰もが同じ道を通るということ。つまりアセリアと合流出来る可能性も高いのだ。
「さてと、もう時間がないな。あと一仕事か」
「あら、まだ何か隠し持ってたり?」
「無線を。部下達をこの付近から一時的に退避させる」
「へぇ」
この男が鷹野達に反感を持っていることは半ば確定的だろう。
その気があれば、無線が繋がった瞬間大声で仲間を呼ぶことだって可能だった筈だ。
しかし彼はソレをしなかった、つまり……、
転覆、させる気なんだ。この腐り切った――鷹野流に言えば《ゲーム》を。
眼の前の男はいわば内部に巣食う蟲。
シロアリのように屋台骨を食い荒らす獅子御中の身だ。
彼をこのような行動に走らせた原因は『隊長の変更劇』だ。
謀殺という奴か。そこまでして桑古木涼権にはやりたいことがあったのか。それは沙羅には分からなかった。
ただ考えるに……少しだけ、事を急ぎ過ぎたように感じる。
隊長格の中に裏切り者がいることを感じ取れていないことが何よりの証拠。
恐らくまだ彼の力は浸透していないのだ。もしくは、既に亡くなった小此木という男の影響力の問題――
「はい、コレでOKよ」
「ああ悪いな」
「まぁソレなりにコッチも感謝してるもの。撃っちゃったのはアンタが飛び出すから悪いんだけど」
「……ごもっともで」
沙羅は彼の両手を拘束していたロープをナイフで切り裂いた。
恩義を感じているというのは偽らざる本音だ。
理由は正義感や良心の呵責、ではないのだろう。おそらく死んだ隊長に対する忠義こそが彼の行動理由。
彼自身は自分達くらいの年齢の少年少女が殺し合いをすること自体に不満はないのかもしれない。
とはいえ、彼は悪い人間ではないと思うのだ。
だって彼の行動は明確過ぎるほどの裏切り。殺されても文句は言えない。
「『白鷺1より隊員へ。目標を第二層エレベータホール付近にて発見。急行されたし』…………ん?」
「どうしたの?」
「妙だ」
白鷺1が顔を顰めた。声のトーンが落ちる。表情が険しくなる。
妙? 何かトラブルでも起こったのか?
いやそもそも山狗部隊は敵なのだから、そっちの方が自分にとっては幸いなのかもしれない。
「……何が」
「応答がない」
男は肩を竦める。だが表情は真剣そのものだ。
リーダーからの連絡が入ればそれに返事をするのは恐らく当然。
しかもどうやら一人の隊員からも『了解』のメッセージが帰ってこないらしい。
「ああ、その答えなら《ボク》が知っているよ」
「――え」
聞きなれない声が耳に飛び込んで来た。そして、その瞬間何かが動き出した。
機械のようなもので覚醒されたやけに甲高い声。何故か胸の中がムカムカするような。
《音》――大気の振動現象であるソレはしばしば速度の単位として用いられる。
つまり音速。一般的に温度などを考慮に入れなければ約340m/s。
肉眼で捉えるにはあまりにも非常識なスピードで空間を駆け抜ける訳だ。
ただし。
この世の中にはソレよりも速いものはいくつもある。
例えば光。
例えば電磁波。
例えばジェット戦闘機。
例えば、銃弾。
当然、その声の主を探そため、沙羅は振り向こうとした。
だが間に合う訳がないのだ。
ソレはマッハの壁を越えられない人間が反応出来る領域ではないのだから。
機関銃から約1000m/sで発射される鉛玉は《音》が届いてからでも十分に釣銭が返って来る。
だから音は四つだった。
ダン、
パンッ、
グシャ、
ピシャ。
火薬が弾け、骨を打ち砕き、脳漿を突き破り、また骨を貫いて。
飛び散った鮮血が沙羅の頬を濡らした。
ゴトン、
と一拍置いてもう一つの音。
生きた人間から単なる肉塊へと成り果てたものが生み出す鈍い、音。
「アハハハハハハハッ! 本当に困っちゃうようね、まさか山狗の部隊長の癖にここまで堂々とボク達の邪魔をしようなんてさ!」
沙羅が男の血液に濡れた頬を拭いもしないで振り向いた時、路地の入り口には巨大な機械人形が立っていた。
色は白くて紅い。元々は純白のカラーリングが施されていたのだろう。ちらほらと白い部分が垣間見える。
ソレを沙羅は見たことがあった。
忘れる訳がない。山頂で見かけたロボットと見て間違いないだろう。名前は確か……。
「アヴ・カムゥ……」
だけどおかしい。アレは……、
――確かに、アセリアが破壊した筈なのに。
「全く、あの人も不親切だな。予備があるのなら初めからそう言ってくれれば良かったのに」
小さくため息を付くロボットの操縦者。
五メートル近い巨体を揺すりながら、少しずつ沙羅との距離を詰める。
この声、聞き覚えがある。確か四回目の放送を担当していた男だ。
名前はハウエンクア、と言ったか。
ハウエンクアはアヴ・カムゥのメインカメラで沙羅の双眸を覗き込んだ。
彼自身は胴体部分辺りで操縦を行っているのだから、それは奇妙な光景と言えよう。
白の巨人、第三のアヴ・カムゥ。
主な武装は依然と変わらず、両刃の大剣。
が、新しくハウエンクアが調達して来た強力な武装が搭載されている。
アセリアによってアヴ・カムゥを破壊されたハウエンクアは持っていた爆薬でハッチを吹き飛ばし、瓦礫の中から脱出することまでは成功した。
しかしココからが彼の苦難の始まりだった。
突然戦い始めたアセリアと沙羅達に見つからないように、
加えて凄まじい高速戦闘を繰り広げている桑古木と舞に見つからないように、島内を逃げ回った。
確かに本部に連絡を入れればすぐにでも転送は可能だった。
しかし、無線機が故障し己のデータが読み取れなくなっていたことが彼の命運を分けた。
そう――ハウエンクアはLeMUに帰れなくなってしまったのだ。
しかも頼みの綱である桑古木までが、ハウエンクアの安否を気にもせずにサッサと帰還してしまった。
そのため帰還するのにここまで時間を有した訳だ。
実際、業を煮やしたディーがやって来てくれなければ、どうなっていたことか……。
そんな屈辱の代わりに得たのが今アヴ・カムゥの左腕に装着されているM134ミニガンだ。
アメリカ空軍ではGAU-2B/A、アメリカ海軍ではGAU-17/Aと呼ばれているガトリングガンの一種だ。
M61シリーズと同様に6本の銃身を持つ電動式ガトリングガンであり、毎分2000-4000発という単銃身機関銃では考えられない発射速度を持つ。
これは支給品だ。あくまで何処かに設置して狙い打つことを目的とした機関銃。
そう――エスペリア・グリーンスピリットに支給された道具の一つである。
「ハハハハッ、随分不満そうな顔をしているね! キミは……白鐘…………どっちだっけ。
おかしいなぁ。キミが優勝者予想ランキングでダントツビリを勝ち取ったことは覚えているんだけどなぁ」
「――案外、有名なのね。私」
「そりゃあそうさぁ!! 過激な殺し合いはお腹一杯だからね!
話題にならないのが話題になる、ってこともあるのさ! まぁ箸休めみたいなもんだよ、アハハハハハハッ!」
沙羅は己の内側に湧き上がった様々な種類の怒りを押し潰した。
うん、とりあえず――殺そう。さっくりと殺そう。
あ、ダメ。違う。
まずはこの勘違い野郎をボコボコにして、ワンワン泣かせて生まれて来たことを後悔させてやるのが先決だ。
「ママー」とでも泣いてくれれば傑作だろうが、そんなにピンポイントな性癖を持っている訳もないだろうからそこは妥協する。
でもそのためにはこの気持ち悪いロボットを倒さなくちゃ駄目、か。
でもコイツ、アセリアでギリギリだったんだよね……確か。正攻法じゃ無理、か……。
「そこのデカブツ! 私は沙羅、白鐘沙羅よ! 双葉探偵事務所の探偵助手一号! その薄っぺらい頭にしっかりと刻んどきなさい!」
「クク、怖いねぇ……全くこの年頃の女の子のヒステリーには敵わないな」
ハウエンクアはアヴ・カムゥに搭乗しているため、当然今どんな表情をしているのかは分からない。
だけど断言しよう。
奴は今世にもムカつく笑みを携えながら、こちら見下ろしている筈だ。
奴の顔は分からない。声の質からヒステリックなやせ細った青年をイメージするが、正確な所は微妙だ。
それにコイツ、未だに……名前覚えてないのか。そこまで関心が無いのか? それとも馬鹿なのか?
そりゃあ双樹と間違われることだってない訳じゃないけど……。
っていうかあの機関銃ってM134? そっか、コイツが"アレ"を回収してたんだ。
「さてと……じゃあ、そろそろ遊ぼうかぁ! ボクは今最高にイラついていてね!
ボクを置いて帰った桑古木の手下をぶち殺しても気なんて晴れやしない!
キミもさすがにそこで無様に死んでいる男よりは楽しませてくれるんだろぉぉおお?」
沙羅はすぐ側の一瞬で死体になった本当の名前も知らない男――白鷺1を垣間見た。
頭蓋から流れ出る血液。太股から流れ出る血液。
トクトクと、
ダラダラと、
コンコンと、
泉のように朱が広がる。
この人は一体何がしたかったんだろう。ウサ晴らし……敵討ち……復讐、ってアレ同じか。
こちらに手を貸すことで桑古木がやろうとしたこと、守ろうとしたものをぶっ壊そうとしたのかもしれない。
殺された上司の無念を晴らすためやり方はどうであれ
でもさ。嫌いじゃなかったよ。
そういう、誰かの為に何かをしようって思うこと。
「決めた」
「ん?」
「罪状を、読み上げます」
「…………?」
「被告・ハウエンクア、原告・白鐘沙羅の気分を最ッッッッッ高に害した罪で死刑!!」
沙羅はハウエンクアに向けて指を突き付けながら、にやりと笑った。
不倶戴天の怨敵に向ける笑み、とは少し違う。ソレは勝負へと向かう者が見せる歓喜の笑顔。決して絶望ではない。
宣言はしとく。
でも、今回ばかりはヤバイかもしれない。
超常の力を持たざる自分では規格外の相手だと思う。
皮膚は鉄で、戦闘ヘリに積まれるようなガトリングガンまで相手は装備している。
九割以上の確立で負けるだろう。そしてその大半で死ぬだろう。
だけどさ、意地とか弔い合戦とか、目の前の馬鹿への怒りとかその他諸々の要素を詰め込んだ感情で頭の中は一杯な訳で。
「へぇ言うねぇ、キミも。でもさ……よく"馬鹿"とか"無謀"とか"身の程知らず"って言われないかい!」
弱い犬ほどよく吼える――奴はきっとそんなことを考えているだろう。
そうだ、油断しろ。慢心すればするだけ隙が生まれる。
ディーを倒すことが自分達の目標。アセリアが奴さえ倒せば、この最悪な殺し合いも終わるのだ。
だから戦う。精一杯時間を稼ぐ。足でまといには絶対になるつもりはない。
ギリギリで離脱出来ればいいんだけどなぁ。ソレまでこの身体が持つことやら。
見ていてね、恋太郎、双樹。
「双葉探偵事務所の人間はね……やるときはやる! 絶対に諦めたりしないんだから!」
□
《LeMU第二層「ツヴァイト・シュトック」メインストリート(第三区画)――悠久の翼》
「マイ、大丈夫か?」
「…………話しかけないで。……言って、おくけど。仲間になった訳じゃないから」
「む……」
アセリアは空を翔ける。舞は大地を駆ける。
苦痛で端正な顔を歪めながらも、弱音一つ吐かない舞を見ながらアセリアは考える。
言葉通り、ピッタリ『三分』で残りの鶯を全て片付けることが出来たのは良かった。嘘はよくない。
彼女自身は極力殺さないように手加減をしたつもりだ。
無闇に人を殺すな、そうミズホには散々言われている。ミズホはいつもは優しいけど、怒る時はとても怖いんだ。
ただ、マイに関しては別だ。
彼女はまるで何かに憑り付かれているかのように剣を振るっていた。
手加減も一切なしだ。確実に何人かは死んでいたと思う。少し、切なく思う。
ファンタスマゴリアにいた時はこんな気持ちになったことなんてなかったのに。不思議だ。
二人は永遠神剣の力を解放し、同じ階層にいると思われる沙羅の元へと急いでいた。
彼女は一人で山狗部隊を一つ丸々足止めしている。
このような局地戦には慣れていると言っていたが、多勢に無勢だ。
あの時、どうして自分はサラを一人にしてしまったのだろう。
結局こうして戻って来るのならば、そのままあそこに留まり、追っ手を撃墜した方が良かったのかもしれない。
「献身」の力を引き出したキヌのおかげで躯の状態はほとんど万全に近い。
だが、唯一その恩恵を預かっていないマイだけは今も相当に苦しそうな表情をしている。
「……アセリア」
「何だ?」
「どうして……私を助けたの」
「ん、さっきの答えでは不足か?」
「当然」
翼も足も止まらない。
舞はじっとアセリアを見つめた。深く、強い瞳。ぶつかり合う蒼と翠の視線。
生半可な返答では納得しない、少なくともソレぐらいは彼女にも分かった。
「……あなたは……変わった」
「私が?」
「最後に会った時のあなただったら……確実に私を殺していたと……思う」
助けたいから助けた、では駄目なのか。……難しいな。
アセリアは思った。マイは自分が変わった、と言った。
確かに初めてこの島にやって来た時から、色々なことがあった。
未だに手の中に「存在」はなく、ソレはマイの掌に握られている。
それは特に疑問が湧くことではない。
ただ、昔の自分ならば何よりも先に「存在」の確保を優先したことは明らかだと思う。
そういう意味では確かに"変わった"という表現も適切なのだろう。
あの時のマイは寂しそうだった。
まるで真っ赤な眼をして、孤独さに耐え切れずに死んでしまう寸前のウサギみたいだった。
別に同情やちっぽけな優越感を味わいたかった訳じゃない。
言うなれば――純粋に、もったいないと思った。
彼女の想いがこんな場所で途切れてしまうことに耐えられなかったのだ。
だから彼女に持っていた筈の警戒心も、彼女の背中を見た瞬間消え失せてしまった。
まだ、自分達は飛べるのだ。
こんな……タカノの思い通りに、こんな場所で命を落とす意味なんてコレッポチもない。
そういう意味で自分達は仲間で背中を預けあう戦友なんだ、そうアセリアは思う。
だから彼女に後ろを任せることに一分の不安もなかった。
必ず分かってくれる――そう信じていたから。
「存在……」
「…………この、剣の名前?」
「ん、実は元々それは私の永遠神剣なんだ」
「……そう」
短い間。今更"返せ"などと言うつもりはアセリアにはなかった。
今の自分にはユートの想いがつまった"求め"がある。
戦いがなければ自分を保てなかったあの頃とは違う――
「でも……戦いがなくても、存在がなくても、……悠人がいなくなっても。今の、私は生きていけるんだ」
「悠人、あなたの……大切な、人?」
「……うん」
「……どうして、私には……佐祐理のいない世界なんて、考えられない」
マイが吐き出すように言った。
「今までの私には、戦いしかなかった」
噛み締めるように。
自らに言い聞かせるように。
「でも、悠人が……教えてくれた。そして見つけたんだ、この島で……戦い以外の大切なものを。
だから信じたくなった、だから……マイは必ず応えてくれると思った」
「……楽天的過ぎ」
舞はぷいっと正面に向き直った。そして走るスピードを上げた。
アセリアも置いていかれないように翼に魔力を注ぎ込む。
どうやら、少しは納得してくれたらしい。
「ん、そうかな――ッ!? む、これは……ッ!」
「…………機関銃」
舞がぽつりと呟いた。
自身の相棒としてブラウニングキャリバーをしていた彼女だからこそ敏感にソレを察知した。
この凄まじいまでの火薬の破裂音、どう考えてもガトリングガンが発射されている裏付けに他ならない。
「マイ、急ごう! コレは多分……」
声を荒げたアセリアに対してこくりと舞は頷いた。
銃器に関してそれほど詳しくないアセリアだが、誰がどんな武器を持っているか程度は把握していた。
少なくとも『あんなに大きな音を出す銃』はなかったことだけは確かなのだ。
二人は神剣に魔力を注ぎ込んだ。
どちらの魔力も肉体強化に関しては問題がない程度には残っている。
加えて制限も完全に解かれた今、両者の戦闘能力は島内でのソレとは比べ物にならなかった。
煉瓦で出来た通路とファンシーなアトラクションが立ち並ぶメインストリートを駆け抜ける。
綺麗にカットされた生垣にベンチやゴミ箱、誰もいない飲食店を脇目で捉える。
爆音は、止まない。
□
《LeMU第二層「ツヴァイト・シュトック」総合案内所周辺(第二区画)――笑顔のそらで会いましょう》
「サラッ!!」
「おやぁ? どうやら次の虫が餌に掛かったみたいだね」
「……これって」
思わず舞は自らの鼻を抑える。胸焼けしそうな程濃厚な鉄分の臭いに頭をヤラれそうだ。
普通の人間ならばこの光景をみた瞬間嘔吐してしまっていたのではないか、そんな風にさえ思える。
悲劇の舞台は第二区画から第三区画に入った、丁度総合案内所付近の三叉路だった。
そこには何人もの人間の惨殺死体が転がっていた。
グチャグチャという表現でしか表せられないほど、原型を留めていないモノばかり。
赤緑黒白と様々な色彩が混ざり合っている。一体何人分なのだろう。いや、もはや"人"という単位でソレを捉えることの方が難しい。
大剣で真っ二つにされ、ガトリングガンでミンチにされた死体。
腕や足が引き抜かれている死体。
顔だけ潰れている死体。
ボロボロになり変色したツナギから見るに、彼らは桑古木の子飼部隊の連中であることだけは確かだろうが……。
「アセ、リア……ッ!? どうしてこんな所に……。先に奥へ向かった筈じゃあ……」
そんな地獄絵図の中心に位置する巨人――返り血に染まったアヴ・カムゥ。
そして機人に身体を拘束された沙羅の姿がそこにはあった。
構図は分かりやすい。
つまり何人もの山狗達の死体の山の中央にアヴ・カムゥに捕まった沙羅が居る訳だ。
沙羅の白い服は鮮血で濡れ、ポタポタと血液が彼女の靴先から滴り落ちる。
「アハハハハハハッ、まさか一番会いたかった奴がやって来てくれるとはね!」
「…………その声は」
「ククク、こうして会うのは二回目だねぇアセリアッ! まだ名乗ってなかったよね、ボクはハウエンクアさ!」
笑う男、ハウエンクア。細身の躯から生み出されるその金切り声は聞く者の心を苛立たせ、不安へと陥れる。
朱色のアヴ・カムゥがアセリア達に向き直った。
彼は笑っている、だけど本気だ。舞とアセリアの背筋に緊張が走った。
機械を通しても伝わるような圧倒的なまでの殺気が大気を震わせる。
「貴様……サラに何をしたッ!!! それにこの死体の山は何だッ!」
「サラ? ああ、少し遊びに突きあって貰ったんだけどさぁ……案外脆くてね。
その辺に散らばってるゴミはまぁ……軽い気晴らしみたいなものかな」
「こいつ……ッ!」
「それにしては……数が多過ぎる」
舞はもはや血の雨が降り注いだような惨状を呈している周囲を見回しながら考える。
つまり目の前の男の異常性について。
おそらく山狗の部隊丸々一つほどはあるだろう、この死屍の山。
これだけの虐殺の刃を敵ではなく味方に向けておきながらこの態度だ。
なるほど、このハウエンクアという男、狂人――いや、戦闘狂か。
「ん……キミは…………へぇ、川澄舞じゃないか! コイツは意外だね」
「……それが、どうしたの」
「いやさ……だってキミ……アレだろ。何だっけ? 倉田佐祐理だったかな?」
「!! 佐祐理を知っているの!?」
ハウエンクアの口から飛び出した名前を聞いて舞は驚愕の声を上げた。
いや……ある意味当然の出来事か。
おそらく鷹野が舞に偽の情報を流して他の参加者を攻撃するように仕向けたことは、敵の内部では有名なことの筈だ。
なにしろ自分は一番最後まで残ったゲームに残った人間、ソレだけ多くの参加者をその手に掛けている。
「まぁ、そりゃあ一応ね。というか……あれ、アセリアと一緒に行動しているってことは……もしかしてバレちゃったのかな?」
「――ッ、やっぱり……!!」
半ば自覚はしていたとはいえ、やはりその事実は胸に堪えた。
ズキン、と痛む胸。胃袋の中から何かが上昇してくるような感覚。そして殺した人達の顔……。
まんまと鷹野の口車に乗せられた己の馬鹿さ加減を呪うことも出来ない。
「でも……丁度良かった。コレで、鷹野への……道が開けた」
舞は存在を抜き放ち、アヴ・カムゥへと向けた。
ここでハウエンクアと出会えたことはある意味僥倖と言える。
舞はひたすらこの階層を突き進んできたが、意外とこの基地の内部は複雑だ。
今でこそアセリアと一緒に行動しているが、おそらく道案内も無しに鷹野の居る場所まで辿り着くことは大変難しいだろう。
「――ああ、もしかしてボクに道案内でもさせようって魂胆かい? こっちが大人しく言うことを聞くとでも?」
「無理やりでも……聞かせるまで……!」
「全く……まんまと《鳥》に騙されていた癖に生意気なんだよね、キミは!!」
「…………鳥?」
「そう鳥さ! 土永、とかいう人の言葉を話すオウムが参加していたことをキミは知らないのかい!?
コイツには面白い特技があってね……『好きな人間の声をそっくりそのまま真似ることが出来る』んだよ!!」
「――――――――ッ!!!!」
カラン、
と舞が「存在」を取り落とした音が辺りに響いた。
一気に彼女の身体から力が抜ける。信じられないほどの虚脱感が舞を襲う。
ずっと舞はこう考えていた。
つまり自分は『鷹野三四に目を付けられ殺人者に仕立て上げられた』と。
ソレすら……まやかしだったというのか。
あの鉄塔で自分を殺人鬼へと導いたのは、人間ですらなかった。
一人の参加者による姦計――そして川澄舞とは甘い言葉に踊らされた道化だ。
馬鹿だ。本当に、馬鹿。
言葉になんて出来ない。言い訳も出来ない。
愚か過ぎて涙が出て来そうだった。
舞はひたすら自分の過ちを鷹野への恨みへとスライドさせることで自身を保っていた。
違った意味で、倉田佐祐理を失った舞にとって鷹野三四がその代わりとなっていたのだ。
そして、ソレすら幻想だと彼女は知ってしまった。
妙な構図で構築された《依存》が砕け散る。
復讐相手が居なくなった復讐者は空っぽになって、そして――
どうなってしまうのだろう。
こういう時、どうすればいいのだろう、そう舞は思った。
鳥類にさえ劣る自分の愚鈍さを呪いながら涙でも流せばいいのか。
それとも、膝を付き一人の浅はかな女を心の中で責め続ければいいのか。
どれも、違う。
二つとも不全だ。こんなことをしても微塵の役にも立たない。
それだけは分かる。でもソレだけしか分からない。
駄目だ――こういう時、どういう顔をすればいいのか全然分からない。
「何やってんのよ、川澄舞ッッ!!!」
「え――」
名前を呼ぶ声。それはあまりにも予想外な人物の悲鳴にも似た声。
「アンタが――そんな下らない理由で絶望していいと思ってるの!?
美凪を殺したアンタにはそんな権利なんてないのよっ!!」
刃のように胸へと抉り込む言葉。
少女は残酷なまでに舞の核心を突く。
「だ……って……」
声を張り上げるのはハウエンクアによって捉えられた――白鐘沙羅。
誰よりも気丈で、そして何があっても自らの意思や信念を捨てることのない少女だ。
舞の口からはもはや弱音しか出てこない。
誰よりも気高い戦士の顔は完全に消失し、虚ろな女の涙顔がそこにあるだけだった。
「"だって"もクソもないのっ!!」
「!!」
「そりゃあ悪いのは土永よ。どんな理由があれ、自分の手を汚そうともせず何人もの人間を惑わしたんだから。
でもね、案外アイツの最後は立派だったのよ?
殺し合いに乗った人間から私を逃すために自分から囮になったりさ……。川澄舞。少なくとも、今のアンタよりはよっぽどね」
舞には沙羅の言葉の意味が分からなかった。
『偽の情報を流す』という手段で確実に殺し合いに乗っていた筈の参加者が、最後は改心したということだろうか。
そんなことが赦されるのだろうか。
いや、そもそも殺された人間の無念や恨みの感情はどうなるのだろう。
心がズタボロになった愚者を抱き締めてくれる、そんな聖母のような人間なんてどこにも……いない。
「わた、しは……でも、もう……戻れない」
「"戻れない"んじゃない。アンタは戻らなきゃいけないの」
心の中で、何かが壊れる音が響く。
「沢山、人も……殺した」
「償いなさい。アンタにはソレをする義務がある。殻に篭って逃げ回るだけなんて、絶対に許さない」
パキリ、パキリと。
破片がぼろぼろとこぼれ落ちて行く。
「誰も……私を……赦してはくれない。それなら……、」
「私が赦す。アセリアだって赦してくれるわ。
武も、瑞穂も、あゆも、きぬも、梨花も――私の仲間達は誰もアンタを責めたりしない」
闇が晴れる。
光が射した。
輝く太陽と真っ青な空はどこまでも広くて、どこまでも大きい。
「ん、サラの言う通りだ。皆は優しい。罪を償いたがっている者に嫌なことを言ったりする筈がない」
こくりと頷きながら、沙羅の言葉をアセリアは肯定する。
その些細な――でも、どこまでも自然な動作が舞にとっては何よりも嬉しかった。
「……ほら辛気臭い顔してんじゃないわよ。こういう時にはそれ相応の返事ってもんがあるでしょ?」
「で、も……」
「でも、何よ?」
「こんな時に……どうすればいいのか……私には分からない」
「……はぁ? アンタ……このタイミングでさえ、そんな台詞吐く訳?」
沙羅は小さく一度、ため息を付く。
が、すぐにニヤリと確信めいた笑みを浮かべた。
「美凪も言ってたじゃない。言葉なんていらないわ。アンタが無くしたものを取り戻すの。
だから、ちょっとだけでもさ――笑えばいいの」
□
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