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「宮小路瑞穂/鏑木瑞穂(後編)」(2008/01/15 (火) 11:57:36) の最新版変更点
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**宮小路瑞穂/鏑木瑞穂(後編) ◆guAWf4RW62
「フ――――ハ、ハァ―――」
「――優、さん」
荒々しく呼吸をする優に対して、瑞穂は掠れた声を絞り出す事しか出来なかった。
あの仮面がどのようなモノであるかなど、瑞穂には知る由も無い。
しかし一つだけ、本能的に察知する事が出来た。
今目の前に居るのは、最早人間と呼べるような存在などでは無いと。
瑞穂が只立ち尽くす中、優は圧倒的な脚力で床を蹴り飛ばした。
「――はああああああああああッッ!!」
裂帛の気合を籠めた雄叫びと共に、優が瑞穂の眼前へと迫る。
その速度、その迫力は、常識では考えられぬ程に凄まじい。
それでも瑞穂は何とか反応して、己が日本刀を横薙ぎに一閃した。
優もまた西洋剣を握り締め、瑞穂に向けて渾身の力で振り下ろす。
衝突する二つの剣戟。
本来ならば五体満足の状態である瑞穂が、負傷している優を圧倒するであろう場面。
しかし此度の衝突で押し負けたのは、瑞穂の方だった。
瑞穂は日本刀を大きく弾き返されて、思わず取り落としそうになってしまう。
「こんな……莫迦な事がっ……!?」
瑞穂は両腕に鋭い痺れを感じながら、後ろ足で後退してゆく。
怪我をしている相手に押し負けたという事実は、瑞穂を酷く驚愕させていた。
だが冷静に考えれば、そう難しい話ではない。
五の力を失おうとも、後から十の力を補えば問題無い。
今の優の膂力は、怪我していても尚瑞穂を上回っているというだけの話。
――ハクオロが嵌めていた仮面には、肉体の各能力を飛躍的に向上させる効果がある。
優が嵌めている仮面は複製品に過ぎぬ為、幾つかの欠点はあるものの、身体能力が向上するという点では同じだった。
人の身を放棄せし悪魔が、眼前の敵を食らい尽くすべく、更なる追撃を仕掛けてゆく。
瑞穂は懸命に歯を食い縛って、迫る異形に向けて何度も剣戟を放った。
再び衝突する二つの凶器。
「あ――く――――」
刀を振るい、火花を散らす度に、瑞穂の両腕に鈍い激痛が奔る。
それでも瑞穂は動きを止めずに、頭上より迫り来る一撃から、済んでの所で身を躱した。
ほんの一秒前まで瑞穂が居た空間を、恐るべき剣戟が切り裂いてゆく。
背後にあった金属製のコンテナが、まるでプラスチックか何かのように砕け散った。
正しく驚嘆に値する破壊力だったが、空振りの隙は、瑞穂にとって唯一の好機でもある。
瑞穂は鋭い刺突を一直線に繰り出して、優に回避を強要させる。
そのまま刀を手放して、それと同時に密着状態になるまで踏み込んだ。
「柳のように、風になびくんだ……っ!」
「――――ッ!?」
ここぞという場面で頼れるのは、下手な小細工よりも、普段より慣れ親しんでいる技。
瑞穂は優の右腕を掴み取って、そのまま一本背負いの形で投げ飛ばそうとする。
柔道の場でよく使われるその技は、完璧に決まってしまえば多少の腕力差など関係無い。
しかしそれも、通常の人間が相手ならばの話。
優を投げ飛ばそうとしていた瑞穂だったが、突如凄まじいまでの浮遊感に襲われた。
「ま、さか――――」
瑞穂の視界の中で、倉庫の天井と床が交互に映し出されてゆく。
投げられ掛けていた筈の優が、右腕一本で逆に瑞穂を投げ飛ばしたのだ。
瑞穂も何とか空中で体勢を調整して、両の足で地面に降り立ったが、そこに追い縋る白い影。
気付いた時にはもう、眼前で優が剣を振り上げていた。
「く、っ――――――――!」
とにかく全力で、力の限り、地面に滑り込むくらいのつもりで、瑞穂は真横へと跳躍する。
懸命の回避行動が功を奏して、何とか迫る死から身を躱す事が出来た。
瑞穂は勢いに任せて地面を二、三回転した後、刀を回収しながら立ち上がる。
顔を上げると、優が静かにこちらへと近付いて来る所だった。
瑞穂も下がろうとはせずに、寧ろ自分から優に向けて駆け出した。
「……このぉぉぉぉっ!!」
十分な助走を付けて、大地を強く踏み締めつつ、天高く日本刀を振り上げる。
上体のバネも十分に活かして、自分が出し得る最大の力で剣戟を繰り出した。
速さよりも威力を重視した、全力全開の一撃。
だがそれすらも、異形と化した今の優にとっては大した脅威と成り得ない。
優は迫る白刃に向けて、おもむろに己が剣を叩き付けた。
「つあっ――――!?」
交通事故に遭ったかのような衝撃が、瑞穂の両腕に襲い掛かる。
瑞穂の全身全霊が籠められた一撃は、呆気無く優の剣に弾き返された。
瑞穂が何をやっても、無意味、無効果。
技術だけ見れば瑞穂が上回っているが、この怪物相手には人が練り上げし技巧など通用しない。
膂力が違う。
速度が違う。
何もかもが違い過ぎる。
瑞穂が再び得物を構えるよりも早く、優の右足が美しい弧を描いた。
「……悶えなさい!」
「ガッ――――!」
優が放った回し蹴りは、正確に瑞穂の脇腹へと突き刺さった。
内臓にまで響く重い衝撃に、瑞穂は掠れた呻き声を漏らす。
その場に踏みとどまる事すら出来ずに、たたらを踏んで後退するしか無かった。
「ごほ――――かっ、は…………!」
腹部を強打された所為で、碌に呼吸が出来ない。
視界も霞んで、両足にも余り力が入らない。
今攻め込まれれば、瑞穂が敗北するのは必定。
しかし何時まで経っても、優が近付いてくる気配は無い。
疑問に思い瑞穂が顔を上げると、両手で頭を抱えている優の姿が目に映った。
「……くあああああああああああっ!?」
瑞穂の眺め見る先で、優が苦しげな叫び声を上げていた。
優の両足はガクガクと震え、仮面に覆われていない部分からは滝のような汗が流れ落ちている。
その姿はまるで、体内に侵入した毒と争っているかのようであった。
明らかに、尋常な事態では無い。
「く、っ……『一度使ってしまえばもう戻れない』か――鷹野が云っていた事は本当みたいね。
身体に掛かる負担が半端じゃないわ」
「優さん、貴女――――」
優は何とか体勢を立て直すと、酷く皮肉めいた笑みを浮かべた。
これが、不完全な仮面を用いた代償。
余りにも急激な能力上昇は、使用者の心身に対して負担が大き過ぎる。
例えキュレイキャリアであろうとも、何時までも耐え切れる物では無い。
このまま仮面の力を引き出し続ければ、いずれ理性を完全に食い尽くされ、最終的には肉体も崩壊してしまうだろう。
今の優は、壊れ掛けの人形のようなものだった。
「……もう止めましょう。鷹野の言いなりになって、全てを破壊し尽くして、その先に何が待っていると云うんですか?」
瑞穂は刀の切っ先を下ろしてから、極力冷静な口調で云った。
倉庫の非常灯が、琥珀色の髪を鮮やかに照らし上げる。
告げる瑞穂の瞳には、敵意や畏れというよりも寧ろ、哀れみの色が強く浮かんでいた。
「貴女ももう、分かっている筈です。こんな事を続けたって、残されるのは悲しみだけだと」
瑞穂は仮面についての知識など持ち合わせていないが、それでも優の身体が蝕まれていっているのは分かる。
そのような状態になってまで鷹野に肩入れした所で、誰も救わない。
だから、もう戦うなと。
今からでも引き返せと、瑞穂は云っているのだ。
「瑞穂さん……敵の事まで心配するなんて、貴方は本当に優しいのね。でも――」
優が何処か哀しげな表情を浮かべて、小さな声で呟いた。
しかしそれも、ほんの一時に過ぎない。
西洋剣を握り締める手に力が籠められ、揺ぎ無い殺気が仮面の奥の瞳に宿った。
「そんな事だから、貴方は守れなかった!」
瞬間、優の足元が爆ぜた。
瑞穂の首に照準を定めて、かつてない程の勢いで西洋剣が振り下ろされる。
「く――――!?」
叩き付けられた一撃は、今までに倍する威力を秘めていた。
瑞穂も咄嗟に日本刀で防御しようとしたが、予想を上回る衝撃の所為で防ぎ切れない。
止め切れなかった刃が、瑞穂の右上腕部を浅く切り裂いた。
優は攻める手を休めず、続けざまに二発目の剣戟を振り下ろす。
今度は瑞穂も何とか受け止めて、二人は鍔迫り合いの形で顔を突き合わせた。
「そうやって何もかもを救おうとするから! 目的の為に全てを投げ出せないから!
生きている内に厳島貴子と出会えたにも関わらず、彼女の事を守れなかった!!」
「ぐっ…………、どういう……事ですか?」
優の恐るべき膂力に押されながらも、瑞穂が言葉を返す。
互いの吐息を感じ取れる程の距離で、両者の視線が交錯する。
僅かな間の後。
「――貴方も考えた事がある筈よ。あの時無理にでも貴子さんを連れていけば、彼女を守れたんじゃないかって」
その一言が、瑞穂の心を鷲掴みにしていた。
「―――――あ、」
瑞穂の喉奥から、意図せずして声が零れ落ちた。
それは確かに在った、後悔の念だ。
嘗て、瑞穂は生きている内に貴子と再会出来たものの、直ぐに別行動を取る事になった。
知人を探したいという倉成武の意思を尊重して、貴子を彼に同行させたからだ。
けれど、仲間など捨て去れば。
武の事など放っておいて、強引にでも貴子を連れてゆけば。
貴子を死なせずに済んだのでは無いか。
「そう――それが貴方の過ち。仲間を切り捨てなかった所為で、貴方は愛する人を守れなかった!」
容赦の無い言葉が、瑞穂の心を深々と貫いた。
考えたくなった、考えてはいけなかった事実を突き付けられる。
後悔と疑問が頭の中に沸き上がり、自然と身体から力が抜けてゆく。
それは決闘の場において、致命的な隙に他ならない。
優は上から刀を押さえ付けたまま、がら空きとなっている瑞穂の腹部を蹴り飛ばした。
「あぐっ…………!」
「これで分かったでしょう? 結局貴方の選んだ道は間違いだった!」
優が放った蹴撃は、瑞穂の内臓を痛めるだけに止まらず、肋骨にまで皹を刻み込む。
優は直ぐに地面を蹴って、更なる猛攻を仕掛けてゆく。
瑞穂の後退よりも早く、仮面の戦士が袈裟斬りの形で何度も何度も剣戟を繰り出した。
「く…………つぁぁっ…………」
迫る西洋剣を受け止めて、瑞穂の両腕が衝撃で大きく震える。
否定の言葉と共に放たれた剣戟は、防御の上からでも確実に瑞穂を傷付けていた。
腕は重い鈍痛に苛まれているし、指先からは徐々に感覚が消え失せ始めている。
瑞穂も死に物狂いで反撃を試みるが、優の切り替えしの方が早い。
「二つの大切なモノを同時に守れないなら、片方を切り捨てるしかないのに!」
首筋に向けて一発、両肩に向けて一発ずつ、恐るべき速度の連撃が放たれた。
『切り捨てた者』の刃が、『切り捨てなかった者』を斬り裂かんとする。
次々と襲い掛かる破壊の剣戟を、瑞穂は懸命に耐え凌ごうとするがとても避け切れない。
首への一撃だけは何とか受け止めたものの、残る二発が瑞穂の両肩へと迫る。
「仲間を切り捨てて、自分の目的だけを追求する――それが貴方の取るべき道だったのに!」
「……がッああああぁぁ!!!」
瑞穂の両肩から、赤い血飛沫が噴き出した。
紙一重のタイミングで後方へ撥ねたお陰で、両腕を斬り落とされる事だけは避けられたが、決して傷は浅くない。
今の負傷で、両手の感覚は完全に死んだ。
休む暇など与えぬと云わんばかりの勢いで、優が続けざまに剣戟を繰り出してゆく。
瑞穂は最早碌に痛みすらも感じ取れぬ状態で、迫る猛攻を懸命に耐え凌ぐ。
「仲間なんてモノに縋ってしまったから、貴方は何も守れない!!!」
優は力任せに、己が剣を振るい続ける。
お前の取ってきた行動全てが間違いだったのだと、告げながら。
――最も大切なモノを守る為に、仲間をも切り捨てる。
そんな自分の選択が間違いでは無かったと、己に言い聞かせながら。
仮面の副作用も考えると、余り悠長にはしていれられない。
こうやって戦ってる間にも、優の身体は内部から少しずつ蝕まれている。
「ここまでよ――死になさい!!!」
優は一気に勝負を決めるべく、渾身の力で高々と剣を振り上げた。
繰り出されるのは、満身創痍の瑞穂では防げる筈も無い強力無比な一撃だろう。
「あ…………」
死を目前にして、瑞穂の瞳が力無く揺れる。
頭の中を占めるのは、恐怖などでは無く、たった一つの想い。
結局、今まで自分がやってきた事は間違いだったのか。
仲間など早々に切り捨てて、貴子の事だけを考えておくべきだったのか。
そんな疑問が、自分の頭の中に渦巻いている。
だが、剣が振り下ろされる寸前――
それは違うと。
この敵の云っている事は間違っていると、自分の中で誰かが叫んでいた。
「……違うッ!」
「な――――ッ!?」
金属音が鳴り響き、衝撃で床が振動する。
勝負に終止符を打つ筈だった優の剣戟は、瑞穂の刀に弾き返されていた。
それは勝利を確信していた優にとって、予想だにしなかった事態。
まずは状況の把握が最優先と判断し、優は一旦後方へと飛び退いた。
「……貴子さんを守れなかった事については、どれだけ罵倒されても構わない。
僕自身、どれだけ後悔したか分かりません。だけど――」
告げる瑞穂の身体は、最早満身創痍の状態だ。
両肩の傷口からは今も血が溢れ出ているし、指先の感覚はもう無くなっている。
内臓を痛め付けられた所為で、呼吸すらも満足に出来ない。
しかしそのような物、関係無い。
――仲間を切り捨てなかった所為で、愛する人を守れなかった。
確かに、そうかも知れない。
あの時武を切り捨てていれば、貴子を守れたかも知れない。
――最も大切なモノを守る為に、仲間をも切り捨てる。
それは、自分も一度は通った道だ。
嘗て自分は鷹野三四の甘言に惑わされて、仲間に牙を向けてしまった。
けれど、死に逝く運命にあった自分を救ってくれたのは誰だったか。
修羅に堕ちた自分を救ってくれたのは誰だったか。
「アルルゥちゃんが、茜さんが、命懸けで仲間の大切さを教えてくれたから――」
アルルゥは凶弾から自分を庇って、死んでいった。
涼宮茜は己が身命を懸けて、自分を闇から救い出してくれた。
「アセリアさんが、ことみさんが、梨花さんが、こんな僕の事を信用してくれたから――」
アセリアも、ことみも、梨花も、罪深き自分を仲間と認めてくれた。
自分はこの島で、仲間が何よりも大切なモノであると教えられたのだ。
だから――
「皆と一緒に歩いて来たのは、絶対に間違いなんかじゃない!!!」
自分の余力がどれだけ残されているかなど、知った事では無い。
彼我の戦力差がどれ程あるかなど、関係無い。
今は只、己が全存在に懸けてこの敵を打ち破る――!
瑞穂が前方へと疾駆し、応じるようにして優も走り出した。
瑞穂の刀と優の剣。
二人の信念、二つの凶器が、より一層激しさを増して衝突する。
「戯言を! 仲間と最愛の人……二つ同時に守り切れないのなら、どちらか一つを選ぶしかない!!」
鬩ぎ合う剣戟は互角。
優の剣戟は瑞穂を打倒するには至らないし、瑞穂の剣戟もまた優の身体には届かない。
「そんなの選ぶ必要なんてない! 両方守り切れるくらい、強くなれば良い!」
それが、瑞穂の出した答えだった。
仲間を切り捨てなかった所為で貴子を守れなかったなど、只の言い訳に過ぎない。
全ては自身の至らなさ、自身の非力が原因。
片方を諦める必要なんて無い。
共に掛け替えの無いモノならば、何としてでも両方守り抜けば良いだけの話……!
「……っ、貴方の云っている事は、只の奇麗事よ!!」
優とて生半可な覚悟で、今この場所には立っていない。
決して相容れぬ敵を打ち倒すべく、疾風の如き勢いで剣を奔らせる。
しかし瑞穂は確実にその全てを弾き返し、更なる剣戟を打ち込んで来る。
「確かに奇麗事かも知れない……子供の理想論かも知れない!」
瑞穂が満身創痍の体を奮い立たせて、二度、三度と刀を振るった。
その両腕は血に塗れ、服は両肩の辺りを中心に赤く染まっている。
しかし放たれる剣戟は今迄で最大の力を以って、少しずつ優を追い詰めていた。
「それでも……愛する人と仲間! どっちの方が大切かなんて、序列は付けられない!
愛する人も、仲間も、どっちも絶対に守らなきゃいけないものなんだ……!」
「――――クッ!?」
優は西洋剣を盾の様に構えて、迫る剣戟を受け止めた。
瑞穂の攻撃は何度も何度も、それこそ嵐のような勢いで叩き込まれる。
その度に優の両腕が、痺れるような痛みに苛まれた。
(どうして……こんな事、絶対に有り得ない…………ッ!)
優には何故自分が押されているのか、まるで理解出来なかった。
相手の動きも以前より格段に向上してはいるが、実力は未だ自分の方が上だろう。
だというのに、今自分は確実に押されている。
本気で戦っているつもりなのに、全力で瑞穂を殺そうとしているつもりなのに、身体が思うように動かない。
今目の前に要るのは、意思を貫き切れなかった弱者に過ぎない筈。
なのに何故、血塗れで戦い続ける瑞穂の姿がこんなにも美しく感じられるのか。
「だから僕は、皆を守る! どんなに苦しくたって、どんなに辛くたって、今度こそ仲間を守り抜いてみせる!
それがどれだけ困難な道だとしても、走り出さなきゃ決してゴールには辿り着けないから……ッ!」
「――――ッ!」
瑞穂の日本刀が一閃されて、優の左腕を浅く切り裂いた。
優も反撃を試みようとするが、手緩い剣戟しか放てない。
自分の中で、何かが叫んでいる。
自分の肉体が、宮小路瑞穂の打倒を拒否している。
「だから僕はッ!! 自ら道を閉ざしている貴女にだけは、負けられない!!!」
瑞穂は大きく一歩踏み込んだ後、天高く日本刀を振り上げた。
それは、明らかな大振り。
異形と化した優ならば、確実にモノに出来るであろう隙。
しかし優の身体は動かない。
優本人の意志に反して、指一本たりとも動こうとはしない。
「――負けられないんだあああああああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」
瑞穂は己が想いを胸に、無我夢中で刀を振り下ろす。
その姿は余りにも美しくて。
余りにも気高くて。
ようやく優は、自分が勝ち得ぬ理由を悟った。
舞い散る鮮血、肉が裂ける鈍い音。
瑞穂の日本刀が、優の右肩を深々と切り裂いた。
「……そっか」
瑞穂が刀を引き抜くのと同時に、優の手元から得物が零れ落ちる。
剣が地面に落下した音は、完全なる決着の合図に他ならない。
優が瑞穂に敗北した原因は、たった一つ。
とどのつまり、優は――
「――私は最初から、負けていたのね」
今の瑞穂は、優が成りたかった自分そのもの。
優が諦めてしまった道を、今尚歩み続ける者。
理想の自分を相手に、勝てる筈が無かったのだ。
「く…………あっ…………」
緊張が解け、瑞穂は糸が切れた人形のように力無くよろめいた。
戦いには勝利したものの、無茶な斬り合いを続けた代償は凄まじいモノだった。
両腕の筋肉は断裂寸前の状態であるし、喉はカラカラに渇いている。
呼吸をする度、傷付けられた肺が激痛を訴える。
それでも何とか体勢を立て直した瑞穂は、優の視線がこちらへと注がれている事に気付いた。
「……『MIKOTO』」
「――え?」
「この基地の地下三階にある、『HIMMEL(ヒンメル)』と云う扉のパスワードよ。
その扉の先に、全てを引き起こした元凶がいる筈だわ」
「…………ッ!」
突然の情報提供に、瑞穂は二の句が告げない。
時を置かずして、優は瑞穂に『LeMU』内部の見取り図を手渡した。
呆然とする瑞穂を他所に、ゆっくりと言葉を並び連ねてゆく。
「私はね、自分が今からやり直せるとは思えない。余りにも沢山の人を見殺しにした上、こんなモノまで使ってしまった。
この身は既に怪物……もう、人としては生きていけない」
「優さん、そんな事は――」
そんな事は無い、と。
諦めさえしなければやり直せる筈だと、瑞穂は云おうとしたが、その前に優が自身の首筋を指差した。
優の首筋には、今も仮面の触手が無数に張り巡らされている。
如何考えても、取り外すのはもう不可能。
最早優の身体は、二度と人間のソレに戻る事が出来ないのだ。
「……でも貴方や倉成は違う。貴方達ならきっと、全ての悲しみを終わらせる事が出来る。
必ず後で私も手伝いに行くから――貴方は先に進んで、未来を掴み取りなさい」
告げる優の瞳は、決して揺らぐ事の無い強い意思を秘めていた。
もう、返す言葉など無い。
向けられた優の想いに答えるには、一秒でも早くこの殺し合いを終わらせる事だ。
瑞穂は力強く頷いた後、『HIMMEL(ヒンメル)』を目指して走り始めた。
その手首には、愛する人と自身の血で赤く染まったリボン。
【LeMU 地下二階『ツヴァイト・シュトック』倉庫/三日目 黎明】
【宮小路瑞穂@乙女はお姉さまに恋してる】
【装備:トウカの刀@うたわれるもの、ベレッタM92F(9mmパラベラム弾6/15+1)、チャイナ服、中国帽、豊胸パットx2、
貴子のリボン(右手首に巻いている、血で赤く染まっている)、ことみの髪留め@CLANNAD】
【所持品1:支給品一式×9、ベレッタM92F(9mmパラベラム弾15/15+1)、ベレッタM92Fの予備弾(9ミリパラベラム弾)277発、
S&W M36(5/5)、S&W M36の予備弾(.38スペシャル)98発、フック付きワイヤーロープ(10メートル型)、多機能ボイスレコーダー(ラジオ付き)、
レザーソー、茜手製の廃坑内部の地図(全体の2~3割ほど完成)、情報を纏めた紙、装備品を記したメモ】
【所持品2:洋服・アクセサリー・染髪剤いずれも複数、食料品・飲み物多数、バニラアイス@Kanon(残り6/10)、電話帳】
【所持品3:暗視ゴーグル、懐中電灯、『LeMU』内部の見取り図】
【所持品4:単二乾電池(×2本)バナナ(台湾産)(1房)】
【所持品5:手術用メス、パワーショベルカー(運転席のガラスは全て防弾仕様)】
【所持品6:破邪の巫女さんセット(弓矢のみ10/10本)@D.C.P.S.、乙女と大石のメモ、麻酔薬、包帯、医療薬】
【状態:強い決意、肉体的疲労大、両肩裂傷(腕は動かせるが、激しい痛みを伴う)、左肩に浅い銃創、右上腕部に浅い裂傷、
両腕に極度の筋肉痛、内臓にダメージ、肋骨数本に皹、首輪解除済み】
基本:エルダー・シスターとして、悲しみの連鎖を終わらせる(殺し合いを止める)
0:ヒンメルに向かい、黒幕を倒す
1:アセリアと梨花を守る
2:鈴凛を助けたい
3:川澄舞を警戒
4:沙羅とあゆに対する複雑な思いと信頼
【備考】
※アセリアに性別のことがバレました。
※他の参加者にどうするかはお任せします。
※この島が人工島かもしれない事を知りました。
※ことみを埋葬したことであゆや沙羅のことは信頼しつつあります
※バーベナ学園の制服からチャイナ服&中国帽に着替えました
【田中優美清春香菜@Ever17 -the out of infinity-】
【装備:西洋剣、複製仮面@うたわれるもの】
【所持品:ベレッタM1951(6/8)+1、S&W M500の予備弾12】
【状態:左腕に浅い裂傷、右肩に深い裂傷(右腕は殆ど動かせない)、右人差し指骨折、両腕に軽度の筋肉痛、中程度の肉体的疲労、強い決意】
【思考・行動】
1:まずは肩の傷の応急処置を行う
2:その後ヒンメル奥に向かい、瑞穂達を手伝う
【備考】
※S&W M500は大破しました
※不完全な仮面を装着した為、少しずつ理性が侵食されてゆきます(キュレイの効果により、侵食速度は遅くなっている)。
又、仮面は取り外せません。仮面を装着した分、基本的な身体能力は大幅に向上しています。
|211:[[宮小路瑞穂/鏑木瑞穂(前編)]]|投下順に読む|211[[戦いの鐘は二度鳴った(前編)]]|
|211:[[宮小路瑞穂/鏑木瑞穂(前編)]]|時系列順に読む|211[[戦いの鐘は二度鳴った(前編)]]|
|211:[[宮小路瑞穂/鏑木瑞穂(前編)]]|宮小路瑞穂|212[[解放者――ウィツァルネミテア――(前編)]]|
|211:[[宮小路瑞穂/鏑木瑞穂(前編)]]|田中優美清春香菜|212[[解放者――ウィツァルネミテア――(前編)]]|
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**宮小路瑞穂/鏑木瑞穂(後編) ◆guAWf4RW62
「フ――――ハ、ハァ―――」
「――優、さん」
荒々しく呼吸をする優に対して、瑞穂は掠れた声を絞り出す事しか出来なかった。
あの仮面がどのようなモノであるかなど、瑞穂には知る由も無い。
しかし一つだけ、本能的に察知する事が出来た。
今目の前に居るのは、最早人間と呼べるような存在などでは無いと。
瑞穂が只立ち尽くす中、優は圧倒的な脚力で床を蹴り飛ばした。
「――はああああああああああッッ!!」
裂帛の気合を籠めた雄叫びと共に、優が瑞穂の眼前へと迫る。
その速度、その迫力は、常識では考えられぬ程に凄まじい。
それでも瑞穂は何とか反応して、己が日本刀を横薙ぎに一閃した。
優もまた西洋剣を握り締め、瑞穂に向けて渾身の力で振り下ろす。
衝突する二つの剣戟。
本来ならば五体満足の状態である瑞穂が、負傷している優を圧倒するであろう場面。
しかし此度の衝突で押し負けたのは、瑞穂の方だった。
瑞穂は日本刀を大きく弾き返されて、思わず取り落としそうになってしまう。
「こんな……莫迦な事がっ……!?」
瑞穂は両腕に鋭い痺れを感じながら、後ろ足で後退してゆく。
怪我をしている相手に押し負けたという事実は、瑞穂を酷く驚愕させていた。
だが冷静に考えれば、そう難しい話ではない。
五の力を失おうとも、後から十の力を補えば問題無い。
今の優の膂力は、怪我していても尚瑞穂を上回っているというだけの話。
――ハクオロが嵌めていた仮面には、肉体の各能力を飛躍的に向上させる効果がある。
優が嵌めている仮面は複製品に過ぎぬ為、幾つかの欠点はあるものの、身体能力が向上するという点では同じだった。
人の身を放棄せし悪魔が、眼前の敵を食らい尽くすべく、更なる追撃を仕掛けてゆく。
瑞穂は懸命に歯を食い縛って、迫る異形に向けて何度も剣戟を放った。
再び衝突する二つの凶器。
「あ――く――――」
刀を振るい、火花を散らす度に、瑞穂の両腕に鈍い激痛が奔る。
それでも瑞穂は動きを止めずに、頭上より迫り来る一撃から、済んでの所で身を躱した。
ほんの一秒前まで瑞穂が居た空間を、恐るべき剣戟が切り裂いてゆく。
背後にあった金属製のコンテナが、まるでプラスチックか何かのように砕け散った。
正しく驚嘆に値する破壊力だったが、空振りの隙は、瑞穂にとって唯一の好機でもある。
瑞穂は鋭い刺突を一直線に繰り出して、優に回避を強要させる。
そのまま刀を手放して、それと同時に密着状態になるまで踏み込んだ。
「柳のように、風になびくんだ……っ!」
「――――ッ!?」
ここぞという場面で頼れるのは、下手な小細工よりも、普段より慣れ親しんでいる技。
瑞穂は優の右腕を掴み取って、そのまま一本背負いの形で投げ飛ばそうとする。
柔道の場でよく使われるその技は、完璧に決まってしまえば多少の腕力差など関係無い。
しかしそれも、通常の人間が相手ならばの話。
優を投げ飛ばそうとしていた瑞穂だったが、突如凄まじいまでの浮遊感に襲われた。
「ま、さか――――」
瑞穂の視界の中で、倉庫の天井と床が交互に映し出されてゆく。
投げられ掛けていた筈の優が、右腕一本で逆に瑞穂を投げ飛ばしたのだ。
瑞穂も何とか空中で体勢を調整して、両の足で地面に降り立ったが、そこに追い縋る白い影。
気付いた時にはもう、眼前で優が剣を振り上げていた。
「く、っ――――――――!」
とにかく全力で、力の限り、地面に滑り込むくらいのつもりで、瑞穂は真横へと跳躍する。
懸命の回避行動が功を奏して、何とか迫る死から身を躱す事が出来た。
瑞穂は勢いに任せて地面を二、三回転した後、刀を回収しながら立ち上がる。
顔を上げると、優が静かにこちらへと近付いて来る所だった。
瑞穂も下がろうとはせずに、寧ろ自分から優に向けて駆け出した。
「……このぉぉぉぉっ!!」
十分な助走を付けて、大地を強く踏み締めつつ、天高く日本刀を振り上げる。
上体のバネも十分に活かして、自分が出し得る最大の力で剣戟を繰り出した。
速さよりも威力を重視した、全力全開の一撃。
だがそれすらも、異形と化した今の優にとっては大した脅威と成り得ない。
優は迫る白刃に向けて、おもむろに己が剣を叩き付けた。
「つあっ――――!?」
交通事故に遭ったかのような衝撃が、瑞穂の両腕に襲い掛かる。
瑞穂の全身全霊が籠められた一撃は、呆気無く優の剣に弾き返された。
瑞穂が何をやっても、無意味、無効果。
技術だけ見れば瑞穂が上回っているが、この怪物相手には人が練り上げし技巧など通用しない。
膂力が違う。
速度が違う。
何もかもが違い過ぎる。
瑞穂が再び得物を構えるよりも早く、優の右足が美しい弧を描いた。
「……悶えなさい!」
「ガッ――――!」
優が放った回し蹴りは、正確に瑞穂の脇腹へと突き刺さった。
内臓にまで響く重い衝撃に、瑞穂は掠れた呻き声を漏らす。
その場に踏みとどまる事すら出来ずに、たたらを踏んで後退するしか無かった。
「ごほ――――かっ、は…………!」
腹部を強打された所為で、碌に呼吸が出来ない。
視界も霞んで、両足にも余り力が入らない。
今攻め込まれれば、瑞穂が敗北するのは必定。
しかし何時まで経っても、優が近付いてくる気配は無い。
疑問に思い瑞穂が顔を上げると、両手で頭を抱えている優の姿が目に映った。
「……くあああああああああああっ!?」
瑞穂の眺め見る先で、優が苦しげな叫び声を上げていた。
優の両足はガクガクと震え、仮面に覆われていない部分からは滝のような汗が流れ落ちている。
その姿はまるで、体内に侵入した毒と争っているかのようであった。
明らかに、尋常な事態では無い。
「く、っ……『一度使ってしまえばもう戻れない』か――鷹野が云っていた事は本当みたいね。
身体に掛かる負担が半端じゃないわ」
「優さん、貴女――――」
優は何とか体勢を立て直すと、酷く皮肉めいた笑みを浮かべた。
これが、不完全な仮面を用いた代償。
余りにも急激な能力上昇は、使用者の心身に対して負担が大き過ぎる。
例えキュレイキャリアであろうとも、何時までも耐え切れる物では無い。
このまま仮面の力を引き出し続ければ、いずれ理性を完全に食い尽くされ、最終的には肉体も崩壊してしまうだろう。
今の優は、壊れ掛けの人形のようなものだった。
「……もう止めましょう。鷹野の言いなりになって、全てを破壊し尽くして、その先に何が待っていると云うんですか?」
瑞穂は刀の切っ先を下ろしてから、極力冷静な口調で云った。
倉庫の非常灯が、琥珀色の髪を鮮やかに照らし上げる。
告げる瑞穂の瞳には、敵意や畏れというよりも寧ろ、哀れみの色が強く浮かんでいた。
「貴女ももう、分かっている筈です。こんな事を続けたって、残されるのは悲しみだけだと」
瑞穂は仮面についての知識など持ち合わせていないが、それでも優の身体が蝕まれていっているのは分かる。
そのような状態になってまで鷹野に肩入れした所で、誰も救わない。
だから、もう戦うなと。
今からでも引き返せと、瑞穂は云っているのだ。
「瑞穂さん……敵の事まで心配するなんて、貴方は本当に優しいのね。でも――」
優が何処か哀しげな表情を浮かべて、小さな声で呟いた。
しかしそれも、ほんの一時に過ぎない。
西洋剣を握り締める手に力が籠められ、揺ぎ無い殺気が仮面の奥の瞳に宿った。
「そんな事だから、貴方は守れなかった!」
瞬間、優の足元が爆ぜた。
瑞穂の首に照準を定めて、かつてない程の勢いで西洋剣が振り下ろされる。
「く――――!?」
叩き付けられた一撃は、今までに倍する威力を秘めていた。
瑞穂も咄嗟に日本刀で防御しようとしたが、予想を上回る衝撃の所為で防ぎ切れない。
止め切れなかった刃が、瑞穂の右上腕部を浅く切り裂いた。
優は攻める手を休めず、続けざまに二発目の剣戟を振り下ろす。
今度は瑞穂も何とか受け止めて、二人は鍔迫り合いの形で顔を突き合わせた。
「そうやって何もかもを救おうとするから! 目的の為に全てを投げ出せないから!
生きている内に厳島貴子と出会えたにも関わらず、彼女の事を守れなかった!!」
「ぐっ…………、どういう……事ですか?」
優の恐るべき膂力に押されながらも、瑞穂が言葉を返す。
互いの吐息を感じ取れる程の距離で、両者の視線が交錯する。
僅かな間の後。
「――貴方も考えた事がある筈よ。あの時無理にでも貴子さんを連れていけば、彼女を守れたんじゃないかって」
その一言が、瑞穂の心を鷲掴みにしていた。
「―――――あ、」
瑞穂の喉奥から、意図せずして声が零れ落ちた。
それは確かに在った、後悔の念だ。
嘗て、瑞穂は生きている内に貴子と再会出来たものの、直ぐに別行動を取る事になった。
知人を探したいという倉成武の意思を尊重して、貴子を彼に同行させたからだ。
けれど、仲間など捨て去れば。
武の事など放っておいて、強引にでも貴子を連れてゆけば。
貴子を死なせずに済んだのでは無いか。
「そう――それが貴方の過ち。仲間を切り捨てなかった所為で、貴方は愛する人を守れなかった!」
容赦の無い言葉が、瑞穂の心を深々と貫いた。
考えたくなった、考えてはいけなかった事実を突き付けられる。
後悔と疑問が頭の中に沸き上がり、自然と身体から力が抜けてゆく。
それは決闘の場において、致命的な隙に他ならない。
優は上から刀を押さえ付けたまま、がら空きとなっている瑞穂の腹部を蹴り飛ばした。
「あぐっ…………!」
「これで分かったでしょう? 結局貴方の選んだ道は間違いだった!」
優が放った蹴撃は、瑞穂の内臓を痛めるだけに止まらず、肋骨にまで皹を刻み込む。
優は直ぐに地面を蹴って、更なる猛攻を仕掛けてゆく。
瑞穂の後退よりも早く、仮面の戦士が袈裟斬りの形で何度も何度も剣戟を繰り出した。
「く…………つぁぁっ…………」
迫る西洋剣を受け止めて、瑞穂の両腕が衝撃で大きく震える。
否定の言葉と共に放たれた剣戟は、防御の上からでも確実に瑞穂を傷付けていた。
腕は重い鈍痛に苛まれているし、指先からは徐々に感覚が消え失せ始めている。
瑞穂も死に物狂いで反撃を試みるが、優の切り替えしの方が早い。
「二つの大切なモノを同時に守れないなら、片方を切り捨てるしかないのに!」
首筋に向けて一発、両肩に向けて一発ずつ、恐るべき速度の連撃が放たれた。
『切り捨てた者』の刃が、『切り捨てなかった者』を斬り裂かんとする。
次々と襲い掛かる破壊の剣戟を、瑞穂は懸命に耐え凌ごうとするがとても避け切れない。
首への一撃だけは何とか受け止めたものの、残る二発が瑞穂の両肩へと迫る。
「仲間を切り捨てて、自分の目的だけを追求する――それが貴方の取るべき道だったのに!」
「……がッああああぁぁ!!!」
瑞穂の両肩から、赤い血飛沫が噴き出した。
紙一重のタイミングで後方へ撥ねたお陰で、両腕を斬り落とされる事だけは避けられたが、決して傷は浅くない。
今の負傷で、両手の感覚は完全に死んだ。
休む暇など与えぬと云わんばかりの勢いで、優が続けざまに剣戟を繰り出してゆく。
瑞穂は最早碌に痛みすらも感じ取れぬ状態で、迫る猛攻を懸命に耐え凌ぐ。
「仲間なんてモノに縋ってしまったから、貴方は何も守れない!!!」
優は力任せに、己が剣を振るい続ける。
お前の取ってきた行動全てが間違いだったのだと、告げながら。
――最も大切なモノを守る為に、仲間をも切り捨てる。
そんな自分の選択が間違いでは無かったと、己に言い聞かせながら。
仮面の副作用も考えると、余り悠長にはしていれられない。
こうやって戦ってる間にも、優の身体は内部から少しずつ蝕まれている。
「ここまでよ――死になさい!!!」
優は一気に勝負を決めるべく、渾身の力で高々と剣を振り上げた。
繰り出されるのは、満身創痍の瑞穂では防げる筈も無い強力無比な一撃だろう。
「あ…………」
死を目前にして、瑞穂の瞳が力無く揺れる。
頭の中を占めるのは、恐怖などでは無く、たった一つの想い。
結局、今まで自分がやってきた事は間違いだったのか。
仲間など早々に切り捨てて、貴子の事だけを考えておくべきだったのか。
そんな疑問が、自分の頭の中に渦巻いている。
だが、剣が振り下ろされる寸前――
それは違うと。
この敵の云っている事は間違っていると、自分の中で誰かが叫んでいた。
「……違うッ!」
「な――――ッ!?」
金属音が鳴り響き、衝撃で床が振動する。
勝負に終止符を打つ筈だった優の剣戟は、瑞穂の刀に弾き返されていた。
それは勝利を確信していた優にとって、予想だにしなかった事態。
まずは状況の把握が最優先と判断し、優は一旦後方へと飛び退いた。
「……貴子さんを守れなかった事については、どれだけ罵倒されても構わない。
僕自身、どれだけ後悔したか分かりません。だけど――」
告げる瑞穂の身体は、最早満身創痍の状態だ。
両肩の傷口からは今も血が溢れ出ているし、指先の感覚はもう無くなっている。
内臓を痛め付けられた所為で、呼吸すらも満足に出来ない。
しかしそのような物、関係無い。
――仲間を切り捨てなかった所為で、愛する人を守れなかった。
確かに、そうかも知れない。
あの時武を切り捨てていれば、貴子を守れたかも知れない。
――最も大切なモノを守る為に、仲間をも切り捨てる。
それは、自分も一度は通った道だ。
嘗て自分は鷹野三四の甘言に惑わされて、仲間に牙を向けてしまった。
けれど、死に逝く運命にあった自分を救ってくれたのは誰だったか。
修羅に堕ちた自分を救ってくれたのは誰だったか。
「アルルゥちゃんが、茜さんが、命懸けで仲間の大切さを教えてくれたから――」
アルルゥは凶弾から自分を庇って、死んでいった。
涼宮茜は己が身命を懸けて、自分を闇から救い出してくれた。
「アセリアさんが、ことみさんが、梨花さんが、こんな僕の事を信用してくれたから――」
アセリアも、ことみも、梨花も、罪深き自分を仲間と認めてくれた。
自分はこの島で、仲間が何よりも大切なモノであると教えられたのだ。
だから――
「皆と一緒に歩いて来たのは、絶対に間違いなんかじゃない!!!」
自分の余力がどれだけ残されているかなど、知った事では無い。
彼我の戦力差がどれ程あるかなど、関係無い。
今は只、己が全存在に懸けてこの敵を打ち破る――!
瑞穂が前方へと疾駆し、応じるようにして優も走り出した。
瑞穂の刀と優の剣。
二人の信念、二つの凶器が、より一層激しさを増して衝突する。
「戯言を! 仲間と最愛の人……二つ同時に守り切れないのなら、どちらか一つを選ぶしかない!!」
鬩ぎ合う剣戟は互角。
優の剣戟は瑞穂を打倒するには至らないし、瑞穂の剣戟もまた優の身体には届かない。
「そんなの選ぶ必要なんてない! 両方守り切れるくらい、強くなれば良い!」
それが、瑞穂の出した答えだった。
仲間を切り捨てなかった所為で貴子を守れなかったなど、只の言い訳に過ぎない。
全ては自身の至らなさ、自身の非力が原因。
片方を諦める必要なんて無い。
共に掛け替えの無いモノならば、何としてでも両方守り抜けば良いだけの話……!
「……っ、貴方の云っている事は、只の奇麗事よ!!」
優とて生半可な覚悟で、今この場所には立っていない。
決して相容れぬ敵を打ち倒すべく、疾風の如き勢いで剣を奔らせる。
しかし瑞穂は確実にその全てを弾き返し、更なる剣戟を打ち込んで来る。
「確かに奇麗事かも知れない……子供の理想論かも知れない!」
瑞穂が満身創痍の体を奮い立たせて、二度、三度と刀を振るった。
その両腕は血に塗れ、服は両肩の辺りを中心に赤く染まっている。
しかし放たれる剣戟は今迄で最大の力を以って、少しずつ優を追い詰めていた。
「それでも……愛する人と仲間! どっちの方が大切かなんて、序列は付けられない!
愛する人も、仲間も、どっちも絶対に守らなきゃいけないものなんだ……!」
「――――クッ!?」
優は西洋剣を盾の様に構えて、迫る剣戟を受け止めた。
瑞穂の攻撃は何度も何度も、それこそ嵐のような勢いで叩き込まれる。
その度に優の両腕が、痺れるような痛みに苛まれた。
(どうして……こんな事、絶対に有り得ない…………ッ!)
優には何故自分が押されているのか、まるで理解出来なかった。
相手の動きも以前より格段に向上してはいるが、実力は未だ自分の方が上だろう。
だというのに、今自分は確実に押されている。
本気で戦っているつもりなのに、全力で瑞穂を殺そうとしているつもりなのに、身体が思うように動かない。
今目の前に要るのは、意思を貫き切れなかった弱者に過ぎない筈。
なのに何故、血塗れで戦い続ける瑞穂の姿がこんなにも美しく感じられるのか。
「だから僕は、皆を守る! どんなに苦しくたって、どんなに辛くたって、今度こそ仲間を守り抜いてみせる!
それがどれだけ困難な道だとしても、走り出さなきゃ決してゴールには辿り着けないから……ッ!」
「――――ッ!」
瑞穂の日本刀が一閃されて、優の左腕を浅く切り裂いた。
優も反撃を試みようとするが、手緩い剣戟しか放てない。
自分の中で、何かが叫んでいる。
自分の肉体が、宮小路瑞穂の打倒を拒否している。
「だから僕はッ!! 自ら道を閉ざしている貴女にだけは、負けられない!!!」
瑞穂は大きく一歩踏み込んだ後、天高く日本刀を振り上げた。
それは、明らかな大振り。
異形と化した優ならば、確実にモノに出来るであろう隙。
しかし優の身体は動かない。
優本人の意志に反して、指一本たりとも動こうとはしない。
「――負けられないんだあああああああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!」
瑞穂は己が想いを胸に、無我夢中で刀を振り下ろす。
その姿は余りにも美しくて。
余りにも気高くて。
ようやく優は、自分が勝ち得ぬ理由を悟った。
舞い散る鮮血、肉が裂ける鈍い音。
瑞穂の日本刀が、優の右肩を深々と切り裂いた。
「……そっか」
瑞穂が刀を引き抜くのと同時に、優の手元から得物が零れ落ちる。
剣が地面に落下した音は、完全なる決着の合図に他ならない。
優が瑞穂に敗北した原因は、たった一つ。
とどのつまり、優は――
「――私は最初から、負けていたのね」
今の瑞穂は、優が成りたかった自分そのもの。
優が諦めてしまった道を、今尚歩み続ける者。
理想の自分を相手に、勝てる筈が無かったのだ。
「く…………あっ…………」
緊張が解け、瑞穂は糸が切れた人形のように力無くよろめいた。
戦いには勝利したものの、無茶な斬り合いを続けた代償は凄まじいモノだった。
両腕の筋肉は断裂寸前の状態であるし、喉はカラカラに渇いている。
呼吸をする度、傷付けられた肺が激痛を訴える。
それでも何とか体勢を立て直した瑞穂は、優の視線がこちらへと注がれている事に気付いた。
「……『MIKOTO』」
「――え?」
「この基地の地下三階にある、『HIMMEL(ヒンメル)』と云う扉のパスワードよ。
その扉の先に、全てを引き起こした元凶がいる筈だわ」
「…………ッ!」
突然の情報提供に、瑞穂は二の句が告げない。
時を置かずして、優は瑞穂に『LeMU』内部の見取り図を手渡した。
呆然とする瑞穂を他所に、ゆっくりと言葉を並び連ねてゆく。
「私はね、自分が今からやり直せるとは思えない。余りにも沢山の人を見殺しにした上、こんなモノまで使ってしまった。
この身は既に怪物……もう、人としては生きていけない」
「優さん、そんな事は――」
そんな事は無い、と。
諦めさえしなければやり直せる筈だと、瑞穂は云おうとしたが、その前に優が自身の首筋を指差した。
優の首筋には、今も仮面の触手が無数に張り巡らされている。
如何考えても、取り外すのはもう不可能。
最早優の身体は、二度と人間のソレに戻る事が出来ないのだ。
「……でも貴方や倉成は違う。貴方達ならきっと、全ての悲しみを終わらせる事が出来る。
必ず後で私も手伝いに行くから――貴方は先に進んで、未来を掴み取りなさい」
告げる優の瞳は、決して揺らぐ事の無い強い意思を秘めていた。
もう、返す言葉など無い。
向けられた優の想いに答えるには、一秒でも早くこの殺し合いを終わらせる事だ。
瑞穂は力強く頷いた後、『HIMMEL(ヒンメル)』を目指して走り始めた。
その手首には、愛する人と自身の血で赤く染まったリボン。
【LeMU 地下二階『ツヴァイト・シュトック』倉庫/三日目 黎明】
【宮小路瑞穂@乙女はお姉さまに恋してる】
【装備:トウカの刀@うたわれるもの、ベレッタM92F(9mmパラベラム弾6/15+1)、チャイナ服、中国帽、豊胸パットx2、
貴子のリボン(右手首に巻いている、血で赤く染まっている)、ことみの髪留め@CLANNAD】
【所持品1:支給品一式×9、ベレッタM92F(9mmパラベラム弾15/15+1)、ベレッタM92Fの予備弾(9ミリパラベラム弾)277発、
S&W M36(5/5)、S&W M36の予備弾(.38スペシャル)98発、フック付きワイヤーロープ(10メートル型)、多機能ボイスレコーダー(ラジオ付き)、
レザーソー、茜手製の廃坑内部の地図(全体の2~3割ほど完成)、情報を纏めた紙、装備品を記したメモ】
【所持品2:洋服・アクセサリー・染髪剤いずれも複数、食料品・飲み物多数、バニラアイス@Kanon(残り6/10)、電話帳】
【所持品3:暗視ゴーグル、懐中電灯、『LeMU』内部の見取り図】
【所持品4:単二乾電池(×2本)バナナ(台湾産)(1房)】
【所持品5:手術用メス、パワーショベルカー(運転席のガラスは全て防弾仕様)】
【所持品6:破邪の巫女さんセット(弓矢のみ10/10本)@D.C.P.S.、乙女と大石のメモ、麻酔薬、包帯、医療薬】
【状態:強い決意、肉体的疲労大、両肩裂傷(腕は動かせるが、激しい痛みを伴う)、左肩に浅い銃創、右上腕部に浅い裂傷、
両腕に極度の筋肉痛、内臓にダメージ、肋骨数本に皹、首輪解除済み】
基本:エルダー・シスターとして、悲しみの連鎖を終わらせる(殺し合いを止める)
0:ヒンメルに向かい、黒幕を倒す
1:アセリアと梨花を守る
2:鈴凛を助けたい
3:川澄舞を警戒
4:沙羅とあゆに対する複雑な思いと信頼
【備考】
※アセリアに性別のことがバレました。
※他の参加者にどうするかはお任せします。
※この島が人工島かもしれない事を知りました。
※ことみを埋葬したことであゆや沙羅のことは信頼しつつあります
※バーベナ学園の制服からチャイナ服&中国帽に着替えました
【田中優美清春香菜@Ever17 -the out of infinity-】
【装備:西洋剣、複製仮面@うたわれるもの】
【所持品:ベレッタM1951(6/8)+1、S&W M500の予備弾12】
【状態:左腕に浅い裂傷、右肩に深い裂傷(右腕は殆ど動かせない)、右人差し指骨折、両腕に軽度の筋肉痛、中程度の肉体的疲労、強い決意】
【思考・行動】
1:まずは肩の傷の応急処置を行う
2:その後ヒンメル奥に向かい、瑞穂達を手伝う
【備考】
※S&W M500は大破しました
※不完全な仮面を装着した為、少しずつ理性が侵食されてゆきます(キュレイの効果により、侵食速度は遅くなっている)。
又、仮面は取り外せません。仮面を装着した分、基本的な身体能力は大幅に向上しています。
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|211:[[宮小路瑞穂/鏑木瑞穂(前編)]]|宮小路瑞穂|212:[[解放者――ウィツァルネミテア――(前編)]]|
|211:[[宮小路瑞穂/鏑木瑞穂(前編)]]|田中優美清春香菜|212:[[解放者――ウィツァルネミテア――(前編)]]|
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