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「Miyanokoujimizuho's Mistery Reportage」(2007/11/22 (木) 02:21:45) の最新版変更点
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**Miyanokoujimizuho's Mistery Reportage ◆tu4bghlMI
「海の家へようコソ。認識コード照会…………ナンバー11、アセリア、ナンバー15宮小路瑞穂、ナンバー30一ノ瀬ことみと確認。
ご要望をドウゾ」
「ん、久しぶりだな。私を……覚えているか?」
「二回目……デスネ。お久しぶりデス」
そこには銀色の人形が、いやロボットがいた。
アセリアさんがそれに対して"メカリンリン一号"と親しげに話し掛ける様子を私とことみさんは驚愕の眼差しで見つめていた。
「本当……だったんですね」
「完全な自立型ロボット……? 凄い、技術なの」
私達はアセリアさんに案内されるまま、海の家にやって来ていた。
それは彼女が体験した『トロッコによる長距離移動』の機能を活用するという目的のためだ。
武さんはつぐみさんと一度合流するために、別ルートを取っている。
つまり西進。私達とは正反対の進路を選んでいる事になる。
そして最も大きな海の家に足を踏み入れた時、私達は確かな異常の影を認識せざるを得なくなった。
(もちろん、既に一度この場所を訪れているアセリアさんは平然とした顔をしていたが)
寂れた店には情報通り、客人を出迎える店主の如き様相で鎮座する妙なロボットの影が見受けられた。
太い土管のような身体に鱈子唇。
一応女性型なのだろうか、頭部と思しき箇所には茶色いカツラが乗っている。
総括すると、まるで……小学生が図工の時間に書いた落書きのようなデザインと言えなくもない。
「私が嘘を言う訳がないだろう。ミズホは……疑っていたのか?」
「ああ、いえ……その、ゴメンなさい。ただ……俄かには信じられなくて」
アセリアさんがぷくーっと頬を軽く膨らませて反論する。
私は慌ててすぐさま弁解。身体に絡み付く蔦のようなジト眼で見られると、さすがに苦笑いは隠せない。
別に信じていなかった訳じゃないんだけどな。
ただ少しだけ、ぶっ飛んだ話だと思っていただけで。
だってロボットやワープ?みたいな話題をすんなり信じろ、という方が難しいような気もするし。うん。
一方で、ことみさんは自立稼動する機械人形に興味津々の様子だった。
確かに私の記憶の中でも当たり前のように会話をし、ここまで自由に行動するロボットの知識はない。
ア○ボのような人型のそれも動き自体はカクカクしていて、人の劣化コピーという印象は拭い切れない。
単純な動作をする機械はニュースなどでも見かけるが、ここまで人間に近い動作が可能なものとなるとSF小説や洋画の世界のキャラクターの方が近いくらいだ。
「とにかくっ! ひとまず……これであと大切なのは『本当に指定した目的地に行けるのか』という事だけですね」
「…………まぁ、そうだな」
少しだけ恨みがましい視線を私に向けつつも、アセリアさんは店の奥で私達の反応を待ち続けているメカリンリン一号を一瞥した。
彼女のこの反応にも、もちろん理由がある。
本当に言った通りの場所に移動出来るのならば何も問題はない。
しかも参加者の名前、おそらく曖昧な条件を指定したとしても移動は可能だ。
アセリアさんが私達と出会った時に願ったのは『強い人間』という、あまりにも単純な言葉。
しかし当時の私達、つまり私と蟹沢さん、そしてアルルゥちゃんというパーティに戦力があったかどうかは甚だ疑問である。
だからと言って一概に『弱い人間』が居る場所に飛ばされた、と断言するのも不可能。
なぜなら、あの近くには川澄舞の姿もあった。
彼女を強者だと判断し、誤差の範囲で私達と先に接触したとも考えられる。
――安易に天邪鬼な要望を伝える訳にはいかない。
そこまで考えを纏めた後、ことみさんがおずおずと片手を小さく挙げた。
「その……移動する前に、一つやっておきたい作業があるの」
「それは?」
「……荷物の整理なの。いい加減要らない道具と要る道具を区分けする必要があるの」
私はその言葉を少しだけ、頭の中で転がすと小さく頷いた。アセリアさんも首を縦に振る。
ことみさんが投げ掛けた提案は非常に有用なものだった。
様々な参加者の持ち物の出入りが行われ、私ですら二人が何を持っているのか詳しくは知らない。
情報の共有は集団行動を行う際絶対に欠かせない。
先を急ぐあまり、ソレが疎かになってしまうのはあってはならない事。
これから先、どのような自体が待ち受けているのかは分からない。
出来るだけ時間が空いた時にこういう仕事は済ませてしまうべきなのだ。
■
結論から言ってしまえば、この持ち物の整理は私達に多大なる利益をもたらした。
まず一つがアセリアさんが病院でつぐみさんから、この島に関する様々な情報を入手していた事実が判明したためだ。
私は「何でそういう大切な事をもっと早く言わなかったんだ」という趣旨の可愛らしい問答を彼女と数分間繰り広げた後、小さく溜息を漏らした。
このまま何も考えずにトロッコで移動してしまわなくて本当に良かった……。
アセリアさんは叱られた仔犬のように、しょんぼりしてしまった。少し元気がないし、顔色も暗い。
この光景にはさすがに若干罪悪感が湧いた。
多分、私も苛立っていたのだと思う。だから、少しだけ強い言葉を彼女に掛けてしまった。
後で……謝っておかなければならないな、そう思った。
【塔……広域の首輪を管理する電波塔、ということ?】
【ここからはさすがに霞んで見えないですね】
【でも、暗示とは恐れ入ったの。確実に参加者の意識に介入する手段があれば、ゲームの統括が非常にやりやすくなるの】
ことみさんがうんうん、と納得した様子で軽く呻く。
私達は既に恒例となった筆談による会話を進行中。考察自体は二人で足りるため、アセリアさんには荷物の整理をお願いしてある。
【それにこの暗号文に書かれている事も気になるの】
【確かに。凄く思わせぶりな文章ですよね】
もう一つ慧眼だったのが、謎の暗号文の写しの存在だ。
勇者っぽい人が二人の仲間と共に神を倒した――適当に意訳すると、そう読み取れる。
それに加えて『神の使い』という場所が黒丸で囲まれ、矢印で「天使?」と書き込まれている。
支給品をごそごそと漁り、弄繰り回しているアセリアさんに尋ねた所、
「それは……ヒント、だ」
という回答が声付きで帰って来た。
あまり黙りこくったままだと怪しまれると思った彼女の配慮なのかもしれない。
「難しい質問なの……」
「ですね。出会った人の中にそういう格好の――」
確かに、出来る限り声に出して会話をした方が監視の面では安全か。
二人ともそう感じたのだろう。私もそれに従い、あえて口にして相槌を打った。
待て……というか、いるではないか。
これ以上無いほど、この質問にマッチする人物がすぐ側に。
「――瑞穂さん」
「……ええ。私も同じ事を思いました」
どうやら考えた事は一緒だったらしい。ことみさんの表情は私と同じく、明らかな確信の色に染まっている。
私達は隣で未だに荷物の整頓に掛かり切りのアセリアさんの横顔を見つめた。
『ウイング・ハイロゥ』
それは彼女が永遠神剣の力を引き出した際に背中に出現する純白の翼を差す、らしい。
まぁ今はそんな専門用語はどうだっていい。
とにかく彼女は羽根を持っている。空だって飛ぶ。物凄い力も持っている。
この島において、アセリアさんほど『天使』の二つ名が相応しい人物は存在しないのではないだろうか。
【でも、アセリアさんって神の使い……だったんですか?】
【ううん、多分……これは単なる比喩なの。でもアセリアさんが鍵になっている可能性は非常に高いの】
確かに『持って行く』という表現からして、文章が指し示しているのは何かの道具であるようにも読み取れる。
支給品の中に天使の彫像や絵画などがあれば、そのような結論に至ったかもしれない。
しかし存在するかどうかも分からない物体を想定するよりも、身近な"本物"に眼が行くのはある意味道理。
なにしろ彼女は完全に条件と一致するのだから。
【他のキーワードはどうなんでしょう?】
【抽象的なの……さすがにコレだけで対象を断定するのは――】
ことみさんがそこまで書きかけた時だった。
私達のすぐ近くから、もう耳慣れすらして来た例の音が聞こえて来たのは。
つまり、
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という叫び声についてである。
バッと背後を振り返る。予感は的中した。
そもそも、こういう張り詰めた空気をぶち壊す行動を取る人物はこの場には一人しかいない。
もちろん犯人はアセリアさんだ。
図書館以降、自重されていた筈の<<ボタン押したい症候群>>が再発したのだ。
ちなみにこの不可解な支給品は彼女の大のお気に入りであり、デイパックではなく常に懐に入れて持ち歩いている。
その封印がついに解き放たれたのだ――
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
――ん?
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
――待て。
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
このどこの誰かも分からない妙にエコーの掛かった男の叫び声。これは誰を賛辞するものだ?
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
それは既にこの世に居ない彼、人形使い・国崎往人に対する熱いメッセージ。
しかし特定の参加者を褒め称えるだけ。そんな特殊な支給品があってもいいのだろうか?
そもそも国崎さん自身が「こんな道具を作られる覚えはない」と言っていた。つまり、この妙なボタンの製作者は完全に主催者側、という事になる。
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
何故、こんなものを作ったのか?
単なる気まぐれだったのか?
単純にランダムに国崎往人が選ばれ、このボタンが作られた。そういう事なのか?
少しだけ運命に別要素が混じっていれば"イヤッホォォォオゥ宮小路最高!!"という台詞だったりしたのか?
全てが偶然の出来事だった。本当にそうなのか?
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
――違う。ここまで来ると偶然ではない……もはや必然!!
「くに……さき? 国……裂きっ!? 最高っ!?」
「瑞穂さんっ!!」
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
再度、私とことみさんの視線がぶつかり合う。
アセリアさんは図書館の時と同じく、何かに憑り付かれたようにボタンを連打している。
ああ。またしても、私達は全く同じ事を考えていたようだ。
国を裂く事ができる最高の至宝。国崎という漢字の『崎』という部分を『裂き』に変換する。
そして唐突に続けられた『最高』という言葉を足す。
結果、導き出される解は――国崎最高ボタン。
つまり、国を裂く事ができる最高の至宝とは国崎最高ボタンの事だったのだ!!
「…………ないですね」
「うん、ないの」
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
「まさかアレの答えがオヤジギャグなんて結末は……」
「いくら何でもある訳がないの。小学生向けのナゾナゾよりレベルが低い解答なの」
ことみさんが「へっ」と鼻で笑うような仕草で両方の掌を天に向けた。私も大きく頷いて「ですよね」と応える。
ここまで真剣な文面でその指し示す対象がまさかまさかのダジャレ。
そんな結末はいくら何でも在り得ない。
しかし、これで結局『神の使いの羽』以外のアテは無しという事になる。
他の人達が何か関係する道具を持っていたりするのだろうか。
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
……とその前に、
「アセリアさんっ!」
「……ん?」
「いい加減にしてくださいっ!!」
「――ッ!!!!」
未だに連打を続けるアセリアさんからボタンを取り上げようと手を伸ばすも、彼女は持ち前の反射神経を十二分に発揮し私の奇襲は見事に回避する。
振り下ろされる右手、ではなくボタンを支える左手を狙った私の手は空を斬る。
アセリアさんはすぐさま立ち上がると、一歩バックステップで移動。私の腕がギリギリ届かない場所へと退避する。
彼女はしっかりとボタンを胸に抱き、抗議の眼をこちらに向けた。
「――待て、ミズホ」
「聞きません! アセリアさん、遊んでちゃダメじゃないですか!」
「ん……違うんだ。私はただ……ずっと持ってはいたが、使い方が分からなかった道具について聞きたかっただけなんだ」
「使い方が分からない道具……?」
アセリアさんの台詞で頭を支配していた怒りの感情が少しだけ和らぐ。
そういえば彼女とは大分長い事一緒にいるが、まともに荷物の確認をし合った経験はない。
相当貧相な武器で戦闘を繰り広げた経験があるので、役に立つ道具はないと踏んでいたのだ。
もしや、暗号文に関係する道具が……?
「はぁ、分かりました。とりあえずその道具を見せてください。
それに……私が分からなくても、ことみさんなら大概の物は知っているでしょうし」
「うん。ソレぐらいしか……役には立てないけど」
「ん、分かった。えーと、これなんだが……」
そう呟くとアセリアさんは傍らから小さな紙の箱を取り出した。
私とことみさんはその物体の存在を確認した瞬間、またまた顔を見合わせた。
だけど、今回は前の二回とは少しだけ趣が違う。
ことみさんは顔を真っ赤にし、露骨にうろたえている。
きっと触ったら凄い熱だろう。
突然の自体に「えと……」とか「その……」など、と意味不明な台詞を口篭っている。
私だって平静を保ってはいられない。嫌な汗が一気に吹き出る。
どちらかと言えば、コレは<<僕>>が担当するべき質問だと本能で察した。
だけど解せない。いや、鷹野は何故こんなものを……!?
あくまで『殺し合い』を想定して集められた筈の島において、そんなものが存在している事さえ信じられなかった。
しかし私達のそんな戸惑いにアセリアさんは気付いていない。
……そもそも彼女の世界には、コレは存在しないのだから当然だ。
無い物を知っている訳がない。だけど無知である事は時に罪であり、知るものに苦難を課す事もある。
彼女は無垢で、純粋で、全く悪気のない少女の声でもって僕達に尋ねる。
それは天使の囁きに似ていたのかもしれない。
穢れを知らない永遠の少女――だけど、その言葉は僕達にとって、悪魔のソレにきっと、近かった。
「くっついていた紙によると……"こんどーむ"と言うものらしい。
ミズホ、コトミ。これは――いったい何に使う道具なんだ?」
■
『これはですね、アセリアさん。
私達の世界において、男性と女性が○○○を行う際に男性が△△を防ぐために×××に付けるものです。
不思議に思うかもしれませんが、つまりは△△しないようにするための、□□□ですね』
――なんて口に出して言ってしまったら、何かが終わってしまうような気がする。
ソレがエルダーシスターとしての宮小路瑞穂なのか。それとも人間としてなのかは分からないけれど。
私は頭の中に一瞬でアセリアさんに説明するための原稿を作成し自分の声で再生した後、その台詞を全て削除する。
駄目だ駄目だ駄目だ!
こんな事を常識的に考えて口に出せる訳がない。
宮小路瑞穂は女である、とこの場にいる誰もが思っていたとすれば、誤魔化しようはあったかもしれない。
だけど違うんだ。ことみさんは僕が女じゃなくて、男だと知っている。
その証拠に先程からチラチラと僕に向けられている嫌な――少しだけ気恥ずかしい視線。
そりゃそうだ。
僕はことみさんに不本意ながら、女装が趣味の変態男だと思われている。
オカマや同姓に興味がある人じゃなくて、ただ女の子の格好をするのが好きな男。
つまり、見た目はアレでも興味があるタイプや恋愛対象が普通なのも知っているんだ。
故に、この状況下で浴びせられる視線は異性間を意識した属性を帯びる
瞳が身体を捉える度にそれが何処を見つめているのか、普段なら気にもしないような事象が何故か頭を支配する。
汗がどんどん溢れて来るのが分かる。
少なくとも『男』として、ことみさんにこんな事を説明させる訳にはいかない。
だけど、いくらなんでも僕の口からだって――
「……二人とも? 変だぞ? コトミは顔が真っ赤だし、ミズホは凄くビクビクしてる」
「そそそそそ、そんな事ないですよ!」
「そ、そうなの! 何でもないの!」
僕達は必死に取り繕う。微妙に語尾のイントネーションがおかしくなっている。
もう言い訳をする自分達ですら、明らかに変だと確信を持てるくらいの慌てふためきっぷりである。
いっそ「諦めてください、お願いしますアセリアさん!」とお願いしたい気分だ。
だけど、アセリアさんの反応は、僕が思っていたものとはまるで違っていた。
「やっぱり、変だ………………ずるいぞ」
「――え?」
アセリアさんは少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。軽く俯く。
その時だけ何故か、僕の眼には彼女の輪郭がぼやけて見えた。
今まで一度も見た事のない、触れれば消えてしまう粉雪のように儚げな雰囲気だ。
高嶺さんが命を落とした時とは違う。
それは、きっと『消えていくもの』ではなくて『在るもの』に対する悲しみの表現だったんだと思う。
「私だけ……知らないなんて嫌だ。私はミズホとコトミが大好きだ。だから、二人には……隠し事をして欲しくない」
「アセリアさん……」
ことみさんがごくっと息を呑む音が聞こえたような気がした。
感じる事は多分、同じ筈。忘れていた、僕達は大切な何かを見失う所だった。
肌に纏わりつくような潮の香りが僕の鼻をくすぐる。
押しては返す波の音がまるで人気のない海岸線に木霊した。
砂粒はサラサラ、サラサラと海風に流され小さな渦を巻く。
今のアセリアさんは無邪気そうに見えて、きっと、凄く不安なんだ。。
目の前で仲間が命の炎を消し、最愛の人の止めを自らの手で差す――それは凄く辛くて、凄く勇気の要る行いだ。
貴子さんを失って、茫然自失となり一度は自らの手を血で染め掛けた僕だから痛いくらい分かる。
大好きな人の死がどれだけ自身の心を傷つけ、闇を落とし、絶望をもたらすのかって。
いっそ自分が死んでしまえたら、どれだけ楽なんだろう。
胸が張り裂けそうなくらい痛くて、頭は朦朧として、渦巻く激情に身を任せてしまいたくなる。
そんな葛藤を乗り越えて、一度だけ無力な少女に戻って涙を流したアセリアさんが、既に何もかもを吹っ切ったなんて思える筈もない。
――隠し事。
この存在自体がアレな物体の件は置いておくとして。
一つだけ、思い当たる節があった。
でも多分……だけど、アセリアさんはそれを疑った事はない筈なんだ。
もしも少しでも引っ掛かる部分があれば、ソレは必ず態度に表れる。
僕だって伊達に何百人もの女の子から誤魔化し続けていた訳じゃない。バレていない自負はある。
彼女とはこの島で誰よりも長い時間を共にした。
だけど、僕はずっと嘘を付いたままだ。ずっと、ずっと、ずっと。
罵られるかもしれない。
蔑まれるかもしれない。
今まで築き上げた信頼や関係がガラガラと崩れてしまうかもしれない。
だけど今のアセリアさんに自分を偽り続けるよりも、そのほうがよっぽど……よっぽどマシな気がした。
「ゴメンなさい、アセリアさん。私、いえ……僕は、
あなたに一つだけ……ずっと、黙っていた事があります」
一歩前に足を出して、もう一度『アセリアさんに手が届く距離』へと踏み込む。
アセリアさんは肩をビクッと奮わせる。
こうして改めて彼女と向かい合って初めて、彼女の体躯が僕よりも一回り以上小さい事に気付いた。
「僕、宮小路瑞穂はアセリアさんが思っているような人間じゃないんです」
「……ミズホ?」
「僕は……こんな、こんな格好をしているけど――」
彼女の深い蒼色の瞳を覗き込む。
瑠璃色に染まった結晶は大きく見開かれ、その鏡の中に僕の姿を映している。
「――瑞穂さんッ!!」
「いいんです。ことみさん。いつか……言わなければならない事でしたから」
後ろから響くことみさんの声を遮って僕はもう一歩前へ。
アセリアさんとは一メートルを割る数十センチくらいの距離だ。眼と鼻の先。
呼吸の音まで伝わってしまいそうなくらい近くまで。
「アセリアさん、僕は――本当は……男なんだ」
――言った。
手足の感覚がおぼろげだ。指先や爪先なんて特に。
吹き込んでくる少しだけ肌寒い海風がスカートから露出した足をくすぐる。
確かに、震えてはいた。だけど――しっかり告げた。
何を言われようと構わない。
変態だと顔を顰められて、見放されるかもしれない。
出会ってから一、二時間程度だったことみさんに告白した時とは状況が違うんだ。
アセリアさんと出会ったのは、丁度一日ほど前。それ以来、ずっと同じ時間を過ごした。
様々な苦難を乗り越えて、落ち込んで、仲間を失って、励ましあって、涙を流して……それでも手を取り合って進んで来た。
単純な時間にしても、たったの二十四時間だ。
だけど、それは僕の中で既にとても重くて掛け替えのないスペースを占めている。
命のやり取りと信念のぶつかり合い。お互いの大切な人の喪失。
そしてその裏側で僕はずっと自分を――偽っていたんだ。
顔を上げていられない。
アセリアさんの顔を直視出来ない。
視線は軸を外れ、僕の弱い心と連動するように下へ下へと方向を変える。
断罪を待つ死刑囚の気分というのはこういう感じなのだろうか。
「ああ……そうだったのか」
思わず顔を上げる。
「……え?」
「女でもないし、スピリットでもない。でも……どうしてミズホはこんなに強いんだろう……ずっと考えてた。
やっと……その理由が分かった」
「……えと……その、怒らないんですか?」
帰ってきた回答は糾弾でも罵声でもなくて、もっとずっと暖かくて柔らかな囁きだった。
アセリアさんは、はにかむように笑う。
「ん、男でも女でも……ミズホはミズホ。同じ……変わらない。
でも……驚かさないで欲しい。いったいどんな事を言われるのか……心臓がドキドキした」
僕の中に胸の支えが取れたような、深い安堵感が湧き上がる。
ホッと胸を撫で下ろす。
「……一方的に罵倒されるくらいの覚悟はしていました」
「私が……そんな事をする訳がないだろう? 酷いな、ミズホは」
「あはは、ゴメンなさい。――でも」
ちらりと横で微笑むことみさんの顔を盗み見る。
彼女も僕が男であると知っても、そのまま受け入れてくれた(女装趣味の人間だとは思われているようだが)
自分は良い仲間に巡り会えた。本当にそう思う。
「……そうだ」
僕が眼を細め、感傷に浸っている時。
アセリアさんが何かを思い出したような声を上げた。
「で……ミズホ。結局、このゴム風船のようなものは何に使うんだ?」
アセリアさんが箱を開封して中のアレをぴらぴらと振る。
もういちど僕達は顔を見合わせる。
この後、アセリアさんに真実を隠蔽するべく躍起になる訳だが、それはまた……別の話。
■
結局、何とかアセリアさんをやり込めた私達は結局目的地を『廃鉱南口』と指定して、トロッコを使用する決断を下した。
道具の整理も大体終了しあとは移動を残すのみ、私がそう思った時の出来事だった。
アセリアさんがまた例の箱(デイパックから出さないようにキツく言っておいたのが)を取り出して奇妙な声を上げた。
「……やっぱり。名前、が書かれている。すっかり……忘れていた」
「名前……ですか?」
一度頷くと彼女は紙ケースのある部分を私達に示す。
確かにそこには『鮫氷新一』と油性マジックで書かれている。
ん……鮫氷新一? あれ、どこかでこの名前……。
「あっ!」
私はすぐさま蟹沢さんから預かっているゲームのパッケージを取り出した。
表面には何人もの可愛い女の子が描かれている。そして――裏側には同じ『鮫氷新一』の文字。
「……同じ、筆跡なの」
「アセリアさん! その箱の正しい名前は分かりますか?」
「正しい……名前? ……ああ、確か『フカヒレのコンドーム』だと思ったが……」
間違いない。
フカヒレとは一番最初に私達がホールに集められ、ルールを説明された際に殺された少年の名前だ。
蟹沢さんや何人かの男の人達が彼をそう呼んでいたのを覚えている。
私はあの時フカヒレさんが殺されたのは、鷹野の気に障る言動をしたから――そうだとばかり思っていた。
だけど、彼の愛称が冠に付いた支給品が二つも存在するとなると話は変わってくる。
――おそらく、彼はこのゲームにおける重要人物だったのだ。
これで、全ての辻褄が合う。
支給されたのは参加者愛用の武器などではなく、全く無関係の道具。
例えば参加者に配られた名簿には六十三名の参加者の名前が記されている。
しかしこの中に『鮫氷新一』の四文字はどこを探しても存在しない。
呼ばれた死亡者との兼ね合いから考えるに、首輪を爆破された少女も初めから頭数には入っていないように思える。
つまり彼らは参加者ではなくて、あそこで殺されるためだけに呼び出された、いわば見せしめという考えが浮かぶ。
しかし果たしてその考えは正しいのだろうか?
加えて、彼は自らと関連性を持つ多くの愛用品を支給されている。それはいったい何故?
そして最後に頭を過ぎるのは、ことみさんが言っていた『i-podに入っていたメッセージ』について。
曰く、『三つの神具を持って、廃坑の最果てを訪れよ。そうすれば、必ず道は開かれるだろう』という一文だ。
これらを総合すると、つまり――
私の背中をゾクッとするような戦慄が駆け抜けた。
そうだ。この仮説ならば気持ち悪いくらいに何もかもが一致する。
握り締めた拳がワナワナと震えた。
そういえば、最初に亡くなった少女も今私が着ていたのと同じ制服を着用していた気がする。
何気ない事柄だが、巡り巡って私がこの確信に至るヒントになってくれたのは事実だ。
これも……何かの因果なのだろうか。
「どうやら……私達はとんでもない思い違いをしていたようです」
「何……か思いついたの? 瑞穂さん」
「はい、そうですね……順を追って説明しましょう。まず、ことみさん一つご教授お願い出来ますか?」
日本神話における『三種の神器』について」
ことみさんは私が言った内容に面食らったのか、瞳を二、三回パチパチと開閉させる。
そして疑問に満ちた表情のまま、解説を始めた。
「……三種の神器とは天皇という皇位の標識として代々受け継つがれる宝物の事。
具体的には次の三つ、八咫鏡・八尺瓊勾玉・天叢雲剣を差す。ああ、それに天叢雲剣は草薙の剣という別名もあるの。
日本書紀において、天照大神がヤマトタケルにこの天叢雲剣を授ける逸話はあまりにも有名」
「……その鏡やら剣が何の意味があるんだ?」
日本の歴史など知る訳もないアセリアさんが怪訝な顔をしてこちらを見つめた。
私以上にこの辺りの史実に詳しいであろうことみさんも、クエスチョンマークを頭上から飛ばしている。
息を大きく吸い込み、深呼吸。そして、一気に核心へと迫る。
「私は今この鮫氷新一という名前を見て、恐ろしい仮説を思いついたんです」
「そ、それは……?」
「――つまりこのフカヒレさんの名前が付いた道具が私達にとっての日本書紀で言う三種の神器にあたるのではないか、という事なんです!」
「「な、なんだって――――!!!!!」」
私のあまりの破天荒な推理に二人の口から驚きの声が飛び出す。
当然だろう。私自身ですらこの興奮を抑えきれないのだから。
だが、これ以上の解説を言葉にする訳にはいかない。
私は驚愕の表情を未だに隠せない二人を手元のメモ用紙へ注目するよう促した。
【ことみさん。i-podの中に『三つの神具』という記述があったのは確かですね?】
【う、うん……それは確かなの】
【順当に考えれば三つの神具と暗号文が示す三つのキーワード……この二つに関係性があるように思えます。
ですが、『神の使いの羽』がアセリアさんである確立が極めて高い以上『神具』という言葉と決定的な矛盾が生じます】
おそらくこの仮説は天才と呼ばれ、凄まじい知識を有することみさんでは思いつかないものだったと思う。
それだけ大胆な考察である。一般人の思考だからこそ、生まれる逆転の発想。
最初に殺された人間が脱出の鍵を握っている最重要人物だった――誰もそんな事を考える訳がない。
【故にここで浮上するのが鮫氷さん、いえフカヒレさんグッズです】
【!?】
【落ち着いて聞いて下さい。
最初に殺害されたフカヒレさんは何らかの特殊能力、あくまで仮定の話ですが――神に近い力を持っていた可能性があります】
【!!!!! ま、まさか……】
二人の顔面の驚きの色が更にその濃度を増す。
私は一呼吸の後、さらに奥へ、核心へと向けてペンを握る手に力を込めた。
【そうです。彼はおそらく何らかの能力でこの殺し合いが行われる事を前もって察知し、会場に潜り込んでいた。
ですが、アセリアさんや一部の参加者の能力に制限が掛かっているのと同様に彼もその力を封じられてしまい、結果として……殺された、こうは考えられないでしょうか?】
【確かに……私達に掛けられている呪いの力は強大だ。しかし……】
アセリアさんが息を呑み、躊躇いがちに筆先を滲ませる。
思い当たる節が多すぎるのだ。つまり永遠神剣を持った自身や高嶺さんの戦闘能力の低下具合。
実力者であった筈のエスペリアさんの早期死亡……過去の事実が、そして現在の状況がこの説を肯定する。
彼女は口元を片方だけ持ち上げ、信じられないという表情を見せた。
不安、戸惑い、疑心……そういう感情に満ちた顔だ。
そう、なぜならこの説を信じる。それは――主催者の圧倒的なまでの力も肯定する事になるのだから。
だけど、私は迷わない。
爆弾を爆発させるような荒唐無稽で、衝撃的な内容だとは理解している。
それでも皆を導くのが自らの役目だ。
事実を、状況分析による最も信憑性の高い説を突きつける。
【その事実を裏付ける証拠として彼の名前は名簿には存在しません。また、次に殺された女性は彼のパートナーだったと思われます】
【それが……例の道具に繋がる、と?】
確かめるようなことみさんの疑問。
そう、これが私の仮説の軸。i-podの中に入っていた文章が示すものがすなわち――
【ええ。自らの死を悟った彼が支給品の中に忍ばせたのがおそらく、このフカヒレグッズなのでしょう。
恋愛ゲーム・コンドームと若干性的な意味で統一したのも、鷹野達の眼を誤魔化すためと考えれば辻褄が合います。
まさか日本書紀のまま、剣と鏡と勾玉を用意する訳にもいきませんしね】
【つまり『フカヒレの~』という名前の支給品があと一つ存在する、瑞穂さんはそう言いたいの?】
【はい、神具は三つセットです。おそらく――もう一つ、誰かが所持している筈かと】
ことみさんが虚空を見つめ、数秒をの間を置いてペンを置いた。
そして一度だけ溜息。じっと私の眼を見つめ、口を開く。
「瑞穂さんの言いたい事は分かったの。確かに筋は通っている。
でも、これ以上はとりあえず――トロッコに乗ってから考えるべきなの」
「そう……ですね。この場所にあまり長居する訳にもいきませんし。アセリアさん、それでよろしいですか?」
「ん、構わない」
「それでは……」
私は奥で佇むメカリンリンへと近付き、そして「廃鉱の南口まで」と告げた。
彼女(?)の瞳が怪しげに光る。
その直後「条件確認、輸送路開きマス」とのアナウンス。そして――私達の身体は青い光に包まれた。
|196:[[彼女の見解]]|投下順に読む|197:[[かけらむすび]]|
|196:[[彼女の見解]]|時系列順に読む|197:[[かけらむすび]]|
|189:[[求めのアセリア/Lost Days(後編)]]|宮小路瑞穂|197:[[かけらむすび]]|
|189:[[求めのアセリア/Lost Days(後編)]]|アセリア|197:[[かけらむすび]]|
|189:[[求めのアセリア/Lost Days(後編)]]|一ノ瀬ことみ|197:[[かけらむすび]]|
|191:[[世界で一番長く短い3分間]]|古手梨花|197:[[かけらむすび]]|
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**Miyanokoujimizuho's Mistery Reportage ◆tu4bghlMI
「海の家へようコソ。認識コード照会…………ナンバー11、アセリア、ナンバー15宮小路瑞穂、ナンバー30一ノ瀬ことみと確認。
ご要望をドウゾ」
「ん、久しぶりだな。私を……覚えているか?」
「二回目……デスネ。お久しぶりデス」
そこには銀色の人形が、いやロボットがいた。
アセリアさんがそれに対して"メカリンリン一号"と親しげに話し掛ける様子を私とことみさんは驚愕の眼差しで見つめていた。
「本当……だったんですね」
「完全な自立型ロボット……? 凄い、技術なの」
私達はアセリアさんに案内されるまま、海の家にやって来ていた。
それは彼女が体験した『トロッコによる長距離移動』の機能を活用するという目的のためだ。
武さんはつぐみさんと一度合流するために、別ルートを取っている。
つまり西進。私達とは正反対の進路を選んでいる事になる。
そして最も大きな海の家に足を踏み入れた時、私達は確かな異常の影を認識せざるを得なくなった。
(もちろん、既に一度この場所を訪れているアセリアさんは平然とした顔をしていたが)
寂れた店には情報通り、客人を出迎える店主の如き様相で鎮座する妙なロボットの影が見受けられた。
太い土管のような身体に鱈子唇。
一応女性型なのだろうか、頭部と思しき箇所には茶色いカツラが乗っている。
総括すると、まるで……小学生が図工の時間に書いた落書きのようなデザインと言えなくもない。
「私が嘘を言う訳がないだろう。ミズホは……疑っていたのか?」
「ああ、いえ……その、ゴメンなさい。ただ……俄かには信じられなくて」
アセリアさんがぷくーっと頬を軽く膨らませて反論する。
私は慌ててすぐさま弁解。身体に絡み付く蔦のようなジト眼で見られると、さすがに苦笑いは隠せない。
別に信じていなかった訳じゃないんだけどな。
ただ少しだけ、ぶっ飛んだ話だと思っていただけで。
だってロボットやワープ?みたいな話題をすんなり信じろ、という方が難しいような気もするし。うん。
一方で、ことみさんは自立稼動する機械人形に興味津々の様子だった。
確かに私の記憶の中でも当たり前のように会話をし、ここまで自由に行動するロボットの知識はない。
ア○ボのような人型のそれも動き自体はカクカクしていて、人の劣化コピーという印象は拭い切れない。
単純な動作をする機械はニュースなどでも見かけるが、ここまで人間に近い動作が可能なものとなるとSF小説や洋画の世界のキャラクターの方が近いくらいだ。
「とにかくっ! ひとまず……これであと大切なのは『本当に指定した目的地に行けるのか』という事だけですね」
「…………まぁ、そうだな」
少しだけ恨みがましい視線を私に向けつつも、アセリアさんは店の奥で私達の反応を待ち続けているメカリンリン一号を一瞥した。
彼女のこの反応にも、もちろん理由がある。
本当に言った通りの場所に移動出来るのならば何も問題はない。
しかも参加者の名前、おそらく曖昧な条件を指定したとしても移動は可能だ。
アセリアさんが私達と出会った時に願ったのは『強い人間』という、あまりにも単純な言葉。
しかし当時の私達、つまり私と蟹沢さん、そしてアルルゥちゃんというパーティに戦力があったかどうかは甚だ疑問である。
だからと言って一概に『弱い人間』が居る場所に飛ばされた、と断言するのも不可能。
なぜなら、あの近くには川澄舞の姿もあった。
彼女を強者だと判断し、誤差の範囲で私達と先に接触したとも考えられる。
――安易に天邪鬼な要望を伝える訳にはいかない。
そこまで考えを纏めた後、ことみさんがおずおずと片手を小さく挙げた。
「その……移動する前に、一つやっておきたい作業があるの」
「それは?」
「……荷物の整理なの。いい加減要らない道具と要る道具を区分けする必要があるの」
私はその言葉を少しだけ、頭の中で転がすと小さく頷いた。アセリアさんも首を縦に振る。
ことみさんが投げ掛けた提案は非常に有用なものだった。
様々な参加者の持ち物の出入りが行われ、私ですら二人が何を持っているのか詳しくは知らない。
情報の共有は集団行動を行う際絶対に欠かせない。
先を急ぐあまり、ソレが疎かになってしまうのはあってはならない事。
これから先、どのような事態が待ち受けているのかは分からない。
出来るだけ時間が空いた時にこういう仕事は済ませてしまうべきなのだ。
■
結論から言ってしまえば、この持ち物の整理は私達に多大なる利益をもたらした。
まず一つがアセリアさんが病院でつぐみさんから、この島に関する様々な情報を入手していた事実が判明したためだ。
私は「何でそういう大切な事をもっと早く言わなかったんだ」という趣旨の可愛らしい問答を彼女と数分間繰り広げた後、小さく溜息を漏らした。
このまま何も考えずにトロッコで移動してしまわなくて本当に良かった……。
アセリアさんは叱られた仔犬のように、しょんぼりしてしまった。少し元気がないし、顔色も暗い。
この光景にはさすがに若干罪悪感が湧いた。
多分、私も苛立っていたのだと思う。だから、少しだけ強い言葉を彼女に掛けてしまった。
後で……謝っておかなければならないな、そう思った。
【塔……広域の首輪を管理する電波塔、ということ?】
【ここからはさすがに霞んで見えないですね】
【でも、暗示とは恐れ入ったの。確実に参加者の意識に介入する手段があれば、ゲームの統括が非常にやりやすくなるの】
ことみさんがうんうん、と納得した様子で軽く呻く。
私達は既に恒例となった筆談による会話を進行中。考察自体は二人で足りるため、アセリアさんには荷物の整理をお願いしてある。
【それにこの暗号文に書かれている事も気になるの】
【確かに。凄く思わせぶりな文章ですよね】
もう一つ慧眼だったのが、謎の暗号文の写しの存在だ。
勇者っぽい人が二人の仲間と共に神を倒した――適当に意訳すると、そう読み取れる。
それに加えて『神の使い』という場所が黒丸で囲まれ、矢印で「天使?」と書き込まれている。
支給品をごそごそと漁り、弄繰り回しているアセリアさんに尋ねた所、
「それは……ヒント、だ」
という回答が声付きで帰って来た。
あまり黙りこくったままだと怪しまれると思った彼女の配慮なのかもしれない。
「難しい質問なの……」
「ですね。出会った人の中にそういう格好の――」
確かに、出来る限り声に出して会話をした方が監視の面では安全か。
二人ともそう感じたのだろう。私もそれに従い、あえて口にして相槌を打った。
待て……というか、いるではないか。
これ以上無いほど、この質問にマッチする人物がすぐ側に。
「――瑞穂さん」
「……ええ。私も同じ事を思いました」
どうやら考えた事は一緒だったらしい。ことみさんの表情は私と同じく、明らかな確信の色に染まっている。
私達は隣で未だに荷物の整頓に掛かり切りのアセリアさんの横顔を見つめた。
『ウイング・ハイロゥ』
それは彼女が永遠神剣の力を引き出した際に背中に出現する純白の翼を差す、らしい。
まぁ今はそんな専門用語はどうだっていい。
とにかく彼女は羽根を持っている。空だって飛ぶ。物凄い力も持っている。
この島において、アセリアさんほど『天使』の二つ名が相応しい人物は存在しないのではないだろうか。
【でも、アセリアさんって神の使い……だったんですか?】
【ううん、多分……これは単なる比喩なの。でもアセリアさんが鍵になっている可能性は非常に高いの】
確かに『持って行く』という表現からして、文章が指し示しているのは何かの道具であるようにも読み取れる。
支給品の中に天使の彫像や絵画などがあれば、そのような結論に至ったかもしれない。
しかし存在するかどうかも分からない物体を想定するよりも、身近な"本物"に眼が行くのはある意味道理。
なにしろ彼女は完全に条件と一致するのだから。
【他のキーワードはどうなんでしょう?】
【抽象的なの……さすがにコレだけで対象を断定するのは――】
ことみさんがそこまで書きかけた時だった。
私達のすぐ近くから、もう耳慣れすらして来た例の音が聞こえて来たのは。
つまり、
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という叫び声についてである。
バッと背後を振り返る。予感は的中した。
そもそも、こういう張り詰めた空気をぶち壊す行動を取る人物はこの場には一人しかいない。
もちろん犯人はアセリアさんだ。
図書館以降、自重されていた筈の<<ボタン押したい症候群>>が再発したのだ。
ちなみにこの不可解な支給品は彼女の大のお気に入りであり、デイパックではなく常に懐に入れて持ち歩いている。
その封印がついに解き放たれたのだ――
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
――ん?
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
――待て。
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
このどこの誰かも分からない妙にエコーの掛かった男の叫び声。これは誰を賛辞するものだ?
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
それは既にこの世に居ない彼、人形使い・国崎往人に対する熱いメッセージ。
しかし特定の参加者を褒め称えるだけ。そんな特殊な支給品があってもいいのだろうか?
そもそも国崎さん自身が「こんな道具を作られる覚えはない」と言っていた。つまり、この妙なボタンの製作者は完全に主催者側、という事になる。
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
何故、こんなものを作ったのか?
単なる気まぐれだったのか?
単純にランダムに国崎往人が選ばれ、このボタンが作られた。そういう事なのか?
少しだけ運命に別要素が混じっていれば"イヤッホォォォオゥ宮小路最高!!"という台詞だったりしたのか?
全てが偶然の出来事だった。本当にそうなのか?
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
――違う。ここまで来ると偶然ではない……もはや必然!!
「くに……さき? 国……裂きっ!? 最高っ!?」
「瑞穂さんっ!!」
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
再度、私とことみさんの視線がぶつかり合う。
アセリアさんは図書館の時と同じく、何かに憑り付かれたようにボタンを連打している。
ああ。またしても、私達は全く同じ事を考えていたようだ。
国を裂く事ができる最高の至宝。国崎という漢字の『崎』という部分を『裂き』に変換する。
そして唐突に続けられた『最高』という言葉を足す。
結果、導き出される解は――国崎最高ボタン。
つまり、国を裂く事ができる最高の至宝とは国崎最高ボタンの事だったのだ!!
「…………ないですね」
「うん、ないの」
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
「まさかアレの答えがオヤジギャグなんて結末は……」
「いくら何でもある訳がないの。小学生向けのナゾナゾよりレベルが低い解答なの」
ことみさんが「へっ」と鼻で笑うような仕草で両方の掌を天に向けた。私も大きく頷いて「ですよね」と応える。
ここまで真剣な文面でその指し示す対象がまさかまさかのダジャレ。
そんな結末はいくら何でも在り得ない。
しかし、これで結局『神の使いの羽』以外のアテは無しという事になる。
他の人達が何か関係する道具を持っていたりするのだろうか。
"イヤッホォォォオゥ国崎最高!!"
……とその前に、
「アセリアさんっ!」
「……ん?」
「いい加減にしてくださいっ!!」
「――ッ!!!!」
未だに連打を続けるアセリアさんからボタンを取り上げようと手を伸ばすも、彼女は持ち前の反射神経を十二分に発揮し私の奇襲は見事に回避する。
振り下ろされる右手、ではなくボタンを支える左手を狙った私の手は空を斬る。
アセリアさんはすぐさま立ち上がると、一歩バックステップで移動。私の腕がギリギリ届かない場所へと退避する。
彼女はしっかりとボタンを胸に抱き、抗議の眼をこちらに向けた。
「――待て、ミズホ」
「聞きません! アセリアさん、遊んでちゃダメじゃないですか!」
「ん……違うんだ。私はただ……ずっと持ってはいたが、使い方が分からなかった道具について聞きたかっただけなんだ」
「使い方が分からない道具……?」
アセリアさんの台詞で頭を支配していた怒りの感情が少しだけ和らぐ。
そういえば彼女とは大分長い事一緒にいるが、まともに荷物の確認をし合った経験はない。
相当貧相な武器で戦闘を繰り広げた経験があるので、役に立つ道具はないと踏んでいたのだ。
もしや、暗号文に関係する道具が……?
「はぁ、分かりました。とりあえずその道具を見せてください。
それに……私が分からなくても、ことみさんなら大概の物は知っているでしょうし」
「うん。ソレぐらいしか……役には立てないけど」
「ん、分かった。えーと、これなんだが……」
そう呟くとアセリアさんは傍らから小さな紙の箱を取り出した。
私とことみさんはその物体の存在を確認した瞬間、またまた顔を見合わせた。
だけど、今回は前の二回とは少しだけ趣が違う。
ことみさんは顔を真っ赤にし、露骨にうろたえている。
きっと触ったら凄い熱だろう。
突然の自体に「えと……」とか「その……」など、と意味不明な台詞を口篭っている。
私だって平静を保ってはいられない。嫌な汗が一気に吹き出る。
どちらかと言えば、コレは<<僕>>が担当するべき質問だと本能で察した。
だけど解せない。いや、鷹野は何故こんなものを……!?
あくまで『殺し合い』を想定して集められた筈の島において、そんなものが存在している事さえ信じられなかった。
しかし私達のそんな戸惑いにアセリアさんは気付いていない。
……そもそも彼女の世界には、コレは存在しないのだから当然だ。
無い物を知っている訳がない。だけど無知である事は時に罪であり、知るものに苦難を課す事もある。
彼女は無垢で、純粋で、全く悪気のない少女の声でもって僕達に尋ねる。
それは天使の囁きに似ていたのかもしれない。
穢れを知らない永遠の少女――だけど、その言葉は僕達にとって、悪魔のソレにきっと、近かった。
「くっついていた紙によると……"こんどーむ"と言うものらしい。
ミズホ、コトミ。これは――いったい何に使う道具なんだ?」
■
『これはですね、アセリアさん。
私達の世界において、男性と女性が○○○を行う際に男性が△△を防ぐために×××に付けるものです。
不思議に思うかもしれませんが、つまりは△△しないようにするための、□□□ですね』
――なんて口に出して言ってしまったら、何かが終わってしまうような気がする。
ソレがエルダーシスターとしての宮小路瑞穂なのか。それとも人間としてなのかは分からないけれど。
私は頭の中に一瞬でアセリアさんに説明するための原稿を作成し自分の声で再生した後、その台詞を全て削除する。
駄目だ駄目だ駄目だ!
こんな事を常識的に考えて口に出せる訳がない。
宮小路瑞穂は女である、とこの場にいる誰もが思っていたとすれば、誤魔化しようはあったかもしれない。
だけど違うんだ。ことみさんは僕が女じゃなくて、男だと知っている。
その証拠に先程からチラチラと僕に向けられている嫌な――少しだけ気恥ずかしい視線。
そりゃそうだ。
僕はことみさんに不本意ながら、女装が趣味の変態男だと思われている。
オカマや同姓に興味がある人じゃなくて、ただ女の子の格好をするのが好きな男。
つまり、見た目はアレでも興味があるタイプや恋愛対象が普通なのも知っているんだ。
故に、この状況下で浴びせられる視線は異性間を意識した属性を帯びる
瞳が身体を捉える度にそれが何処を見つめているのか、普段なら気にもしないような事象が何故か頭を支配する。
汗がどんどん溢れて来るのが分かる。
少なくとも『男』として、ことみさんにこんな事を説明させる訳にはいかない。
だけど、いくらなんでも僕の口からだって――
「……二人とも? 変だぞ? コトミは顔が真っ赤だし、ミズホは凄くビクビクしてる」
「そそそそそ、そんな事ないですよ!」
「そ、そうなの! 何でもないの!」
僕達は必死に取り繕う。微妙に語尾のイントネーションがおかしくなっている。
もう言い訳をする自分達ですら、明らかに変だと確信を持てるくらいの慌てふためきっぷりである。
いっそ「諦めてください、お願いしますアセリアさん!」とお願いしたい気分だ。
だけど、アセリアさんの反応は、僕が思っていたものとはまるで違っていた。
「やっぱり、変だ………………ずるいぞ」
「――え?」
アセリアさんは少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。軽く俯く。
その時だけ何故か、僕の眼には彼女の輪郭がぼやけて見えた。
今まで一度も見た事のない、触れれば消えてしまう粉雪のように儚げな雰囲気だ。
高嶺さんが命を落とした時とは違う。
それは、きっと『消えていくもの』ではなくて『在るもの』に対する悲しみの表現だったんだと思う。
「私だけ……知らないなんて嫌だ。私はミズホとコトミが大好きだ。だから、二人には……隠し事をして欲しくない」
「アセリアさん……」
ことみさんがごくっと息を呑む音が聞こえたような気がした。
感じる事は多分、同じ筈。忘れていた、僕達は大切な何かを見失う所だった。
肌に纏わりつくような潮の香りが僕の鼻をくすぐる。
押しては返す波の音がまるで人気のない海岸線に木霊した。
砂粒はサラサラ、サラサラと海風に流され小さな渦を巻く。
今のアセリアさんは無邪気そうに見えて、きっと、凄く不安なんだ。。
目の前で仲間が命の炎を消し、最愛の人の止めを自らの手で差す――それは凄く辛くて、凄く勇気の要る行いだ。
貴子さんを失って、茫然自失となり一度は自らの手を血で染め掛けた僕だから痛いくらい分かる。
大好きな人の死がどれだけ自身の心を傷つけ、闇を落とし、絶望をもたらすのかって。
いっそ自分が死んでしまえたら、どれだけ楽なんだろう。
胸が張り裂けそうなくらい痛くて、頭は朦朧として、渦巻く激情に身を任せてしまいたくなる。
そんな葛藤を乗り越えて、一度だけ無力な少女に戻って涙を流したアセリアさんが、既に何もかもを吹っ切ったなんて思える筈もない。
――隠し事。
この存在自体がアレな物体の件は置いておくとして。
一つだけ、思い当たる節があった。
でも多分……だけど、アセリアさんはそれを疑った事はない筈なんだ。
もしも少しでも引っ掛かる部分があれば、ソレは必ず態度に表れる。
僕だって伊達に何百人もの女の子から誤魔化し続けていた訳じゃない。バレていない自負はある。
彼女とはこの島で誰よりも長い時間を共にした。
だけど、僕はずっと嘘を付いたままだ。ずっと、ずっと、ずっと。
罵られるかもしれない。
蔑まれるかもしれない。
今まで築き上げた信頼や関係がガラガラと崩れてしまうかもしれない。
だけど今のアセリアさんに自分を偽り続けるよりも、そのほうがよっぽど……よっぽどマシな気がした。
「ゴメンなさい、アセリアさん。私、いえ……僕は、
あなたに一つだけ……ずっと、黙っていた事があります」
一歩前に足を出して、もう一度『アセリアさんに手が届く距離』へと踏み込む。
アセリアさんは肩をビクッと奮わせる。
こうして改めて彼女と向かい合って初めて、彼女の体躯が僕よりも一回り以上小さい事に気付いた。
「僕、宮小路瑞穂はアセリアさんが思っているような人間じゃないんです」
「……ミズホ?」
「僕は……こんな、こんな格好をしているけど――」
彼女の深い蒼色の瞳を覗き込む。
瑠璃色に染まった結晶は大きく見開かれ、その鏡の中に僕の姿を映している。
「――瑞穂さんッ!!」
「いいんです。ことみさん。いつか……言わなければならない事でしたから」
後ろから響くことみさんの声を遮って僕はもう一歩前へ。
アセリアさんとは一メートルを割る数十センチくらいの距離だ。眼と鼻の先。
呼吸の音まで伝わってしまいそうなくらい近くまで。
「アセリアさん、僕は――本当は……男なんだ」
――言った。
手足の感覚がおぼろげだ。指先や爪先なんて特に。
吹き込んでくる少しだけ肌寒い海風がスカートから露出した足をくすぐる。
確かに、震えてはいた。だけど――しっかり告げた。
何を言われようと構わない。
変態だと顔を顰められて、見放されるかもしれない。
出会ってから一、二時間程度だったことみさんに告白した時とは状況が違うんだ。
アセリアさんと出会ったのは、丁度一日ほど前。それ以来、ずっと同じ時間を過ごした。
様々な苦難を乗り越えて、落ち込んで、仲間を失って、励ましあって、涙を流して……それでも手を取り合って進んで来た。
単純な時間にしても、たったの二十四時間だ。
だけど、それは僕の中で既にとても重くて掛け替えのないスペースを占めている。
命のやり取りと信念のぶつかり合い。お互いの大切な人の喪失。
そしてその裏側で僕はずっと自分を――偽っていたんだ。
顔を上げていられない。
アセリアさんの顔を直視出来ない。
視線は軸を外れ、僕の弱い心と連動するように下へ下へと方向を変える。
断罪を待つ死刑囚の気分というのはこういう感じなのだろうか。
「ああ……そうだったのか」
思わず顔を上げる。
「……え?」
「女でもないし、スピリットでもない。でも……どうしてミズホはこんなに強いんだろう……ずっと考えてた。
やっと……その理由が分かった」
「……えと……その、怒らないんですか?」
帰ってきた回答は糾弾でも罵声でもなくて、もっとずっと暖かくて柔らかな囁きだった。
アセリアさんは、はにかむように笑う。
「ん、男でも女でも……ミズホはミズホ。同じ……変わらない。
でも……驚かさないで欲しい。いったいどんな事を言われるのか……心臓がドキドキした」
僕の中に胸の支えが取れたような、深い安堵感が湧き上がる。
ホッと胸を撫で下ろす。
「……一方的に罵倒されるくらいの覚悟はしていました」
「私が……そんな事をする訳がないだろう? 酷いな、ミズホは」
「あはは、ゴメンなさい。――でも」
ちらりと横で微笑むことみさんの顔を盗み見る。
彼女も僕が男であると知っても、そのまま受け入れてくれた(女装趣味の人間だとは思われているようだが)
自分は良い仲間に巡り会えた。本当にそう思う。
「……そうだ」
僕が眼を細め、感傷に浸っている時。
アセリアさんが何かを思い出したような声を上げた。
「で……ミズホ。結局、このゴム風船のようなものは何に使うんだ?」
アセリアさんが箱を開封して中のアレをぴらぴらと振る。
もういちど僕達は顔を見合わせる。
この後、アセリアさんに真実を隠蔽するべく躍起になる訳だが、それはまた……別の話。
■
結局、何とかアセリアさんをやり込めた私達は結局目的地を『廃鉱南口』と指定して、トロッコを使用する決断を下した。
道具の整理も大体終了しあとは移動を残すのみ、私がそう思った時の出来事だった。
アセリアさんがまた例の箱(デイパックから出さないようにキツく言っておいたのが)を取り出して奇妙な声を上げた。
「……やっぱり。名前、が書かれている。すっかり……忘れていた」
「名前……ですか?」
一度頷くと彼女は紙ケースのある部分を私達に示す。
確かにそこには『鮫氷新一』と油性マジックで書かれている。
ん……鮫氷新一? あれ、どこかでこの名前……。
「あっ!」
私はすぐさま蟹沢さんから預かっているゲームのパッケージを取り出した。
表面には何人もの可愛い女の子が描かれている。そして――裏側には同じ『鮫氷新一』の文字。
「……同じ、筆跡なの」
「アセリアさん! その箱の正しい名前は分かりますか?」
「正しい……名前? ……ああ、確か『フカヒレのコンドーム』だと思ったが……」
間違いない。
フカヒレとは一番最初に私達がホールに集められ、ルールを説明された際に殺された少年の名前だ。
蟹沢さんや何人かの男の人達が彼をそう呼んでいたのを覚えている。
私はあの時フカヒレさんが殺されたのは、鷹野の気に障る言動をしたから――そうだとばかり思っていた。
だけど、彼の愛称が冠に付いた支給品が二つも存在するとなると話は変わってくる。
――おそらく、彼はこのゲームにおける重要人物だったのだ。
これで、全ての辻褄が合う。
支給されたのは参加者愛用の武器などではなく、全く無関係の道具。
例えば参加者に配られた名簿には六十三名の参加者の名前が記されている。
しかしこの中に『鮫氷新一』の四文字はどこを探しても存在しない。
呼ばれた死亡者との兼ね合いから考えるに、首輪を爆破された少女も初めから頭数には入っていないように思える。
つまり彼らは参加者ではなくて、あそこで殺されるためだけに呼び出された、いわば見せしめという考えが浮かぶ。
しかし果たしてその考えは正しいのだろうか?
加えて、彼は自らと関連性を持つ多くの愛用品を支給されている。それはいったい何故?
そして最後に頭を過ぎるのは、ことみさんが言っていた『i-podに入っていたメッセージ』について。
曰く、『三つの神具を持って、廃坑の最果てを訪れよ。そうすれば、必ず道は開かれるだろう』という一文だ。
これらを総合すると、つまり――
私の背中をゾクッとするような戦慄が駆け抜けた。
そうだ。この仮説ならば気持ち悪いくらいに何もかもが一致する。
握り締めた拳がワナワナと震えた。
そういえば、最初に亡くなった少女も今私が着ていたのと同じ制服を着用していた気がする。
何気ない事柄だが、巡り巡って私がこの確信に至るヒントになってくれたのは事実だ。
これも……何かの因果なのだろうか。
「どうやら……私達はとんでもない思い違いをしていたようです」
「何……か思いついたの? 瑞穂さん」
「はい、そうですね……順を追って説明しましょう。まず、ことみさん一つご教授お願い出来ますか?」
日本神話における『三種の神器』について」
ことみさんは私が言った内容に面食らったのか、瞳を二、三回パチパチと開閉させる。
そして疑問に満ちた表情のまま、解説を始めた。
「……三種の神器とは天皇という皇位の標識として代々受け継つがれる宝物の事。
具体的には次の三つ、八咫鏡・八尺瓊勾玉・天叢雲剣を差す。ああ、それに天叢雲剣は草薙の剣という別名もあるの。
日本書紀において、天照大神がヤマトタケルにこの天叢雲剣を授ける逸話はあまりにも有名」
「……その鏡やら剣が何の意味があるんだ?」
日本の歴史など知る訳もないアセリアさんが怪訝な顔をしてこちらを見つめた。
私以上にこの辺りの史実に詳しいであろうことみさんも、クエスチョンマークを頭上から飛ばしている。
息を大きく吸い込み、深呼吸。そして、一気に核心へと迫る。
「私は今この鮫氷新一という名前を見て、恐ろしい仮説を思いついたんです」
「そ、それは……?」
「――つまりこのフカヒレさんの名前が付いた道具が私達にとっての日本書紀で言う三種の神器にあたるのではないか、という事なんです!」
「「な、なんだって――――!!!!!」」
私のあまりの破天荒な推理に二人の口から驚きの声が飛び出す。
当然だろう。私自身ですらこの興奮を抑えきれないのだから。
だが、これ以上の解説を言葉にする訳にはいかない。
私は驚愕の表情を未だに隠せない二人を手元のメモ用紙へ注目するよう促した。
【ことみさん。i-podの中に『三つの神具』という記述があったのは確かですね?】
【う、うん……それは確かなの】
【順当に考えれば三つの神具と暗号文が示す三つのキーワード……この二つに関係性があるように思えます。
ですが、『神の使いの羽』がアセリアさんである確立が極めて高い以上『神具』という言葉と決定的な矛盾が生じます】
おそらくこの仮説は天才と呼ばれ、凄まじい知識を有することみさんでは思いつかないものだったと思う。
それだけ大胆な考察である。一般人の思考だからこそ、生まれる逆転の発想。
最初に殺された人間が脱出の鍵を握っている最重要人物だった――誰もそんな事を考える訳がない。
【故にここで浮上するのが鮫氷さん、いえフカヒレさんグッズです】
【!?】
【落ち着いて聞いて下さい。
最初に殺害されたフカヒレさんは何らかの特殊能力、あくまで仮定の話ですが――神に近い力を持っていた可能性があります】
【!!!!! ま、まさか……】
二人の顔面の驚きの色が更にその濃度を増す。
私は一呼吸の後、さらに奥へ、核心へと向けてペンを握る手に力を込めた。
【そうです。彼はおそらく何らかの能力でこの殺し合いが行われる事を前もって察知し、会場に潜り込んでいた。
ですが、アセリアさんや一部の参加者の能力に制限が掛かっているのと同様に彼もその力を封じられてしまい、結果として……殺された、こうは考えられないでしょうか?】
【確かに……私達に掛けられている呪いの力は強大だ。しかし……】
アセリアさんが息を呑み、躊躇いがちに筆先を滲ませる。
思い当たる節が多すぎるのだ。つまり永遠神剣を持った自身や高嶺さんの戦闘能力の低下具合。
実力者であった筈のエスペリアさんの早期死亡……過去の事実が、そして現在の状況がこの説を肯定する。
彼女は口元を片方だけ持ち上げ、信じられないという表情を見せた。
不安、戸惑い、疑心……そういう感情に満ちた顔だ。
そう、なぜならこの説を信じる。それは――主催者の圧倒的なまでの力も肯定する事になるのだから。
だけど、私は迷わない。
爆弾を爆発させるような荒唐無稽で、衝撃的な内容だとは理解している。
それでも皆を導くのが自らの役目だ。
事実を、状況分析による最も信憑性の高い説を突きつける。
【その事実を裏付ける証拠として彼の名前は名簿には存在しません。また、次に殺された女性は彼のパートナーだったと思われます】
【それが……例の道具に繋がる、と?】
確かめるようなことみさんの疑問。
そう、これが私の仮説の軸。i-podの中に入っていた文章が示すものがすなわち――
【ええ。自らの死を悟った彼が支給品の中に忍ばせたのがおそらく、このフカヒレグッズなのでしょう。
恋愛ゲーム・コンドームと若干性的な意味で統一したのも、鷹野達の眼を誤魔化すためと考えれば辻褄が合います。
まさか日本書紀のまま、剣と鏡と勾玉を用意する訳にもいきませんしね】
【つまり『フカヒレの~』という名前の支給品があと一つ存在する、瑞穂さんはそう言いたいの?】
【はい、神具は三つセットです。おそらく――もう一つ、誰かが所持している筈かと】
ことみさんが虚空を見つめ、数秒をの間を置いてペンを置いた。
そして一度だけ溜息。じっと私の眼を見つめ、口を開く。
「瑞穂さんの言いたい事は分かったの。確かに筋は通っている。
でも、これ以上はとりあえず――トロッコに乗ってから考えるべきなの」
「そう……ですね。この場所にあまり長居する訳にもいきませんし。アセリアさん、それでよろしいですか?」
「ん、構わない」
「それでは……」
私は奥で佇むメカリンリンへと近付き、そして「廃鉱の南口まで」と告げた。
彼女(?)の瞳が怪しげに光る。
その直後「条件確認、輸送路開きマス」とのアナウンス。そして――私達の身体は青い光に包まれた。
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