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「ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(後編)」(2007/11/14 (水) 12:40:04) の最新版変更点
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**ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(後編) ◆guAWf4RW62
◇ ◇ ◇ ◇
「――フフ、隠れんぼの時間は終わりだよ」
「くっ…………!」
「う、うぐぅ……」
愉しげな声は良美の、そして狼狽の声は瑛理子とあゆのものだ。
沙羅の危惧通り、良美は瑛理子達に襲撃を仕掛けていた。
怪我の影響で初弾こそ外してしまったが、数々の死地を潜り抜けてきた良美と、碌な戦力を持たぬ瑛理子達。
どちらが有利かなど、考えるまでも無い
良美は両手でしっかりとS&W M36を握り締めて、次なる銃撃を行おうとする。
「……あゆ、来なさいっ!」
瑛理子はあゆの腕を引いて、農耕用車両の陰へと逃げ込んだ。
自分一人ならまだしも、あゆを守りながらの銃撃戦は明らかに不利。
先ずはあゆの安全を確保すべきだった。
「さ、佐藤さん! 沙羅さんはどうしたの!?」
「沙羅ちゃんなら別の人と戦ってるよ。一時的にだけど、私に協力してくれる人とね。
心配しなくても大丈夫、あゆちゃんも沙羅ちゃんも、きちんと私が殺してあげる」
「ひっ、うあ………」
あゆが車体に身を隠しながら話し掛けると、嘲笑うような声が返ってきた。
佐藤良美――あゆにとって、忌むべき怨敵。
だが卑劣な行いを繰り返す良美は、往人のように甘くない。
もし戦闘を挑めば、良美は何の躊躇も無くあゆを殺害してのけるだろう。
それが理解出来たあゆは、とても立ち向かおうという気など起きず、只弱々しく肩を震わせる。
そこであゆの肩に、ぽんと手が乗せられた。
「……あゆ、落ち着いて」
「――瑛理子さん」
「私が居る限り、貴女は絶対死なせない……!」
瑛理子はそう云ってから、トカレフTT33をしっかりと握り締めた。
先程左腕を負傷したものの、銃撃が行えない程の傷では無い。
車体から顔を出して、良美の方へと立て続けに銃弾を撃ち放つ。
良美もその間隙を付いて、S&W M36で応射して来た。
「――――っ」
「このっ……」
瑛理子も良美も遮蔽物に身を隠している為、銃弾はなかなか互いの身体を捉えない。
そうやって銃撃戦を続けていると、やがて瑛理子の銃が弾切れを起こした。
代わりの銃は未だある。
瑛理子は直ぐ様トカレフTT33を仕舞い込んで、代わりにコルトM1917――商店街で沙羅から受け取っていた物――を取り出した。
当然の事ながら、次なる銃撃を行う為だ。
だがそれを止めるように、突然あゆが口を開いた。
「ねえ佐藤さん、さっき協力者が居るって云ったよね」
「……それがどうしたの?」
質問の意図を図りかねた良美が、遮蔽物越しに訝しげな返事を返す。
あゆは少し考えてから、はっきりとした口調で云った。
「――協力者は、多ければ多い程良いって思わない?」
「「え…………?」」
良美と瑛理子が、同時に驚愕の声を洩らした。
そこからは、正に一瞬の出来事。
驚きの表情を浮かべている瑛理子に、あゆは容赦無く体当たりを食らわせた。
予期せぬ一撃に、瑛理子が尻餅をついて倒れ込む。
続けてあゆはコルトM1917を回収し、その銃口を瑛理子に突き付けた。
「あ……ゆ……?」
瑛理子の表情が、驚愕と狼狽で大きく歪む。
何が起こったのか、未だ良く理解出来ない。
そんな瑛理子に追い討ちを掛けるように、あゆが口を開いた。
「ゴメンね瑛理子さん、ボク死にたくないから佐藤さんの協力者になるよ」
あゆが裏切った理由は、単純明快。
戦力で上回る良美サイドに付いた方が、そして瑛理子から銃を奪取した方が、自身の生存率が高まると判断したからだ。
良美への憎しみも、瑛理子達との絆も、あゆにとって重要では無い。
生き延びる事。
それこそが、唯一にして絶対の目的だった。
「くすくすっ、……あはは…………あは、あはははははははははははははっ!!」
良美が腹部を抑えながら、心底可笑しげに哂う。
この事態は流石に予想し得なかったが、決して悪い展開ではない。
御しやすい傀儡を入手出来たし、寧ろ最高の戦果だと云えるだろう。
「良いよあゆちゃん、貴女なら扱いやすそうだし歓迎するよ。
それじゃまずは、その瑛理子さんって人を殺してくれるかな」
「うん、分かったよ」
あゆは余りにもあっさりと、良美の要請を承諾した。
そこには何の躊躇も見受けられない。
瑛理子が忌々しげに歯を食い縛りながら、叫んだ。
「……貴女、佐藤良美が憎くないの!? その女の所為で、貴女は罪を犯してしまったのよ?」
「憎いよ。でも、生き延びるより大切な事なんてないもん」
「ソレ――本気で云ってるの?」
「うぐぅ……瑛理子さん、ちょっと物分りが悪いね。本気じゃなきゃ、こんな事する訳ないよ。
そうだ――アレを教えたら、ボクが本気だって信じてくれるかな?」
あゆの口元が凄惨に吊り上げられる。
ずっと胸の内に秘めておくつもりだった真実――だが、死に往く人間になら教えても平気だろう。
それに瑛理子が、どのような反応をするか見てみたい気もする。
だからあゆは、微笑みを湛えたまま告げた。
「往人さんを殺したのはね、ワザとだったんだよ」
「え――――」
「もう一度云うよ。ボクは自分の意思で、往人さんを殺した。
偶然なんかじゃない、ちゃんと殺意を持って殺したんだよ」
そこまで云われてようやく瑛理子は、自分がずっと騙されていたのだと理解した。
あゆは哀れな少女の振りをしながら、護衛して貰うべく瑛理子達に取り入ったのだ。
その行動には、罪を償おうという気持ちなど微塵も無い。
瑛理子の顔に、絶望と憎しみの色が浮かび上がってゆく。
「流石にもう分かったよね? それじゃ、撃つよ」
瑛理子の反応を見て取ったあゆが、満足気にトリガーを引き絞ろうとする。
しかしそこで、向こうの方から沙羅が走ってきた。
「これは一体……何であゆが、瑛理子さんに銃を向けてるのよ!?」
智代の追撃を振り切った沙羅は、信じられない思いだった。
何故あゆが瑛理子を殺そうとしているか、まるで理由が分からない。
それでも直ぐに、考えている暇など無いと気付き、ワルサーP99を構えた。
だが沙羅が銃を撃つよりも先に、良美がこちらに攻撃を仕掛けて来た。
一回、二回と良美の手元が火花を吹き、沙羅は回避を強要される。
「邪魔はさせないよ。あゆちゃん、早く撃って!」
「…………っ!!」
後はあゆが、右人差し指に力を入れるだけで終わる。
――救出は間に合わない。
それは沙羅と良美の両者共が抱いた、共通見解。
だがその共通見解を覆し得る者が、一人だけこの場に存在した。
沙羅の後方で爆音が鳴り響く。
「――――ッ!?」
次の瞬間、良美達の傍にあった農耕用車両のフロントガラスが根こそぎ消失した。
あゆも良美もそちらに気を取られてしまい、その隙に瑛理子は別車両の陰へと退避した。
銃撃――否、砲撃の主は坂上智代。
外れこそしたものの、智代の砲撃は明らかに良美とあゆを狙ってのものだった。
良美が殺気の宿った瞳で、思い切り智代を睨み付ける。
「……どういうつもり? 確かに一時的にとは云ったけど、もう手を切るつもりなのかな?」
良美が問い掛けると、智代の口元に冷笑が浮かんだ。
馬鹿にするような、見下すような、そんな笑みだった。
「何か勘違いしているようだな。そもそも私は、お前と手を組むなどとは一言も云っていないぞ?
誰がお前のような、下劣な殺人鬼に手を貸すものか」
「それじゃ、さっき沙羅ちゃん達に攻撃したのは?」
「深い理由は無い。人数が多い方を狙っただけだ」
その後も良美と智代は幾つか言葉を交わしたものの、互いの意向が一致する事は無い。
裏切られる形となった良美と、誰とも協力する気のない智代。
二人が交戦し始めるのは、最早時間の問題だった。
そして時を同じくして、沙羅も状況確認すべくあゆに話し掛けていた。
「あゆ――アンタ、どういうつもりなの?」
「うぐぅ……沙羅さんも物分りが悪いんだね。そんなの見たら分かるじゃない」
「アンタ、罪を償いたがってたじゃない……。あれも、嘘だったの?」
「うん。ああ云った方が、瑛理子さん達に信頼して貰えるかなって思ったんだ。
生き残れるのは一人だけ。生き延びる為なら何をしても構わない――それが、この島のルールだよ」
あゆの言葉は、決して誤りではない。
既に四十人以上の人間が死んだ。
この島で行われている殺人遊戯は、今も順調に進行しているのだ。
甘い考えを捨てなければ、生き延びるのは難しい。
それでも沙羅は眉を吊り上げ、否定の言葉を叩き付ける。
「そんなの間違ってる! そんなルール、皆で力を合わせれば破れるよ!」
「……沙羅さんならそう考えるだろうね。でもボクは、沙羅さんみたいに強くないもん」
「――――もう問答は結構よ」
二人の会話に割り込む形で、瑛理子が云った。
背筋が凍り付くような、冷たい声だった。
「沙羅、貴女は良美ともう一人の女を食い止めて。あゆは私が殺すわ」
告げる瑛理子は、商店街で手に入れた包丁を握り締めている。
沙羅はゴクリと唾を飲んだが、すぐに瑛理子の指示通り動き始めた。
既に交戦し始めていた良美と智代を牽制する形で、断続的にワルサーP99を撃ち放つ。
必然的にあゆと瑛理子は、一対一の形で対峙する事となった。
「瑛理子さん、今まで守ってくれて有り難うね。でもボクにとって、もう貴女は用済みなんだ。
だからそろそろ死んでくれないかな?」
あゆは余裕綽々と云った感じの表情を保っていた。
銃と包丁――得物の差は、歴然。
あゆの手にしたコルトM1917が、すっと持ち上げられる。
だが瑛理子は銃を向けられても、眉一つ動かさなかった。
「あゆ――死ぬのは貴女の方。私が貴女に罰を下す」
瑛理子は向けられた銃口など気にも留めず、おもむろに前へと歩き出す。
その行動にあゆは一瞬驚いたが、直ぐに平静を取り戻し、コルトM1917のトリガーを引いた。
「あれ…………?」
放たれたのは弾丸や銃声で無く、呆然とした声だった。
確かにあゆはトリガーを引いたが、何も起きなかった。
「そ、そんな、どうして………ッ!? こんな筈は……!!」
あゆは慌てて何度もトリガーを引き絞ったが、結果は変わらない。
コルトM1917の銃口から弾丸が放たれる事は無かった。
その間にも、あゆと瑛理子の距離は縮まってゆく。
「貴女を疑っていた訳じゃないけど……保険を掛けておいて正解だったわ」
「瑛理子さん、何を云って――」
「何度撃とうとしても無駄よ。万一に備えて、銃弾を抜き取って置いたんだから」
「―――――ッ!?」
慌ててあゆが銃を確認すると、弾倉は空の状態だった。
あゆは大急ぎで、鞄から予備弾丸を取り出そうとする。
しかし瑛理子が、みすみす弾丸補充の時間を与える筈も無い。
捻挫している左足も酷使して、全速力で疾駆する。
「月宮あゆ! 皆の気持ちを踏み躙った報い、受けなさいっ!」
「ひ、ぅあっ、ああああああっ……!!」
あゆの眼前に、怒りの形相で瑛理子が迫る。
あゆは弾丸の装填作業を中断して、一目散に逃げ出した。
その直後に瑛理子の包丁が一閃され、あゆの背中を軽く掠めた。
「ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい! 嫌だっ、死にたくない、助けてええぇぇぇ!」
逃げながら必死に謝罪するが、そのような行動は無意味。
瑛理子が裏切り者を、そして往人の仇を見逃す道理など存在しない。
あゆが車の陰に飛び込もうとした所で、再び包丁が突き出された。
「ひぁぁぁぁっ!?」
包丁はあゆの顔の横、数センチの所を通過していった。
後ほんの僅か軌道がずれていれば、間違いなくあゆは致命傷を受けていただろう。
あゆは恐怖に押し潰されそうになりながら、無我夢中で走り続ける。
(どうして? どうして何時も、ボクばっかりこんな怖い目に遭うの!?)
理不尽だった。
佐藤良美に騙された時も、見知らぬ狂人――土見稟――に襲われた時も、一方的に被害を蒙るだけだった。
そして九死に一生を得た後も、こうしてまた生命の危機に瀕している。
自分は何時も、搾取される立場にあった。
それは何故か。
少し考えてみたら、直ぐに答えを導き出せた。
(そっか……ボクには、『力』が無いんだ……)
全速力で走っているにも関わらず、怪我人である瑛理子すら引き離せない。
この島で生き残るには、自分は余りにも非力過ぎる。
もし自分に鉄乙女のような強さがあれば、こんな思いはせずに済んだ筈。
迫り来る脅威を、自らの力で粉砕出来た筈なのだ。
(もっと強くなりたい……。ボクは……奪われるより奪う側に回りたい……!)
あゆはただ一心に、それだけを願った。
しかし願うだけで強くなれるのならば、誰も苦労したりしない。
だからあゆの行為は、全く無意味の筈だった――前方に、献身が転がってさえいなければ。
「あれは――」
何故かあゆは、敏感に察知する事が出来た
あの槍は、拳銃を遥かに上回る代物だ。
自分が追い求めた『力』そのものだ。
あゆは瑛理子の追撃を何とか掻い潜って、献身を拾い上げる。
そして誰よりも強い力を与えて貰えるよう、心の底から願った。
「…………!?」
その瞬間、自分の中に色々な物が流れてきた。
献身の使い方も感覚的に理解出来たし、身体中の隅々から信じられない程の『力』が溢れ出した。
視力も、聴力も、筋力も、何もかもが桁外れに強化される。
そこであゆが後ろに視線を移すと、包丁を振り上げる瑛理子の姿があった。
「――――死になさいっ!!」
間近で包丁が振り下ろされたが、その程度の攻撃、今のあゆにとっては何の脅威でも無い。
あゆは迫る白刃をあっさりと躱し、無造作に献身を突き出した。
繰り出された刺突は、何の工夫も為されていない、素人じみた一撃だ。
だが、瑛理子を仕留めるにはそれで十分。
永遠神剣で強化された身体能力さえあれば、只の刺突も、回避困難な必殺技へと変貌する。
「ガッ……アアアァァァ!」
舞い散る鮮血。
献身の刃先が、瑛理子の脇腹を深く切り裂いた。
瑛理子は大きくバランスを崩して、頭から地面に倒れ込んだ。
「この槍……多分沙羅さんが云ってた永遠神剣だよね。うん、コレ本当に凄いよ」
あゆは倒れ伏す瑛理子を見下ろしながら、献身をまじまじと見詰めていた。
沙羅から話自体は聞いていたものの、これ程の代物だとは予想していなかったし、自分に使いこなせるとも思っていなかった。
だがとにかく、自分は『力』を手に入れた。
奪う側に回る事が出来たのだ。
かつてない程の充実感が、あゆの心を満たしてゆく。
「――――瑛理子さん!」
聞こえてきた声の方にあゆが首を向けると、駆けて来る沙羅の姿が見えた。
沙羅は先程まで、智代や良美と三竦みの状態で小競り合いを行っていた。
しかし瑛理子の悲鳴を聞き取って、素早く踵を返したのだ。
沙羅は停車してある車両の隙間を縫うように走りながら、ワルサーP99を撃ち放つ。
この殺人遊戯に於いても、トップクラスの技能を以って行われる銃撃。
並の人間ならば、遮蔽物を利用しない限り避けられないだろう。
だがあゆは獣のような俊敏さで跳ね回り、不可避の筈の銃弾を捌いてゆく。
「く――――」
それでも沙羅は、銃撃を止めたりしない。
あゆが攻めに転じれぬよう、撃ち続ける事が重要だった。
牽制攻撃は絶やさぬまま、瑛理子の傍まで駆け寄って、その身体を抱き起こす。
「大丈夫、瑛理子さん!?」
「え、ええ……何とかね……」
瑛理子が負傷してしまった以上、このまま戦い続けるのは自殺行為。
沙羅は瑛理子に肩を貸しながら、農協の建物に向かって走り始めた。
その最中にも何度か後ろへ振り向いて、牽制の銃撃を敢行する。
ワルサーP99が弾切れを起こしたのとほぼ同時、沙羅達は建物の入り口に辿り着いた。
二人はそのまま、半ば体当たりするような形で、建物の中へと飛び込んだ。
「……あゆちゃん、追うよ!」
「うん!」
良美もあゆも、手負いの敵を見逃すつもりなど毛頭無い。
だが安直に追撃しようとすれば、背後から智代に撃たれてしまう可能性もある。
故に良美達は、そこら中に停めてある農耕用車両に身を隠しながら、慎重に建物へと近付いて行く。
「……潮時だな」
そして一人駐車場に残された智代には、追撃するつもりなど無かった。
放っておいても、沙羅と良美達は勝手に潰し合うだろう。
ハクオロと土永以外の敵には余り固執すべきでない。
無茶な戦闘を繰り返して、ハクオロを倒す余力が無くなる、といった事態は避けねばならないのだ。
智代はデザートイーグルを鞄に戻し、ゆっくりと農協から離れていった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ふう……これで少しは時間を稼げるね」
農協の建物内に逃げ込んだ沙羅は、まず始めに入り口の扉を施錠した。
扉は鉄製である為、いかに相手が銃や永遠神剣を持っていようとも、直ぐに突破されはしない。
今からどう行動すべきか、手短に話し合う時間くらいはある筈だった。
横に居た瑛理子が、唐突に紙と鞄を差し出して来る。
「沙羅、受け取って」
「これは?」
「爆弾の作成方法を纏めたメモよ。この通りにやれば、私以外でも爆弾が作れるわ」
「…………?」
沙羅は取り敢えず受け取ったものの、何の為にこんな事をするのか分からなかった。
瑛理子が無意味な行動を取る筈は無いが、今は一刻も早く逃亡方法を模索すべき場面。
余りグズグズしていては、良美達に追い付かれ、殺されてしまう。
「ちょっと瑛理子さん、今はこんな事やってる場合じゃ――」
「裏口の場所は分かってるわね? 貴女『は』あそこから脱出しなさい」
貴女『は』。
その言葉が何を意味するか、沙羅は直ぐに理解出来た。
途端に、冷えた両手で心臓を鷲掴みにされたような、そんな悪寒が膨れ上がる。
「……瑛理子さんはどうするつもり?」
「私は逃げない。あゆを倒して、往人の仇を取るわ」
迷いの無い返答。
瑛理子は何としてでも、此処で往人の仇を取るつもりなのだ。
「そんなの無茶だよ、瑛理子さん一人で勝てる訳無いじゃない!」
「大丈夫、ちゃんと勝算はある」
瑛理子が自信ありげに云ったが、沙羅はぶんぶんと首を横に振った。
一呼吸置いてから、懸命に言葉を投げ掛ける。
「復讐なんかしないで良いから一緒に逃げようよ……こんなの、往人さんだって望んでないよ!」
自分は往人と親しくないが、図書館で接した時の彼は、とても心優しい男に見えた。
そんな往人が、捨て身の敵討ちなど望む筈が無いだろう。
何より沙羅自身、瑛理子に死んで欲しく無かった。
しかし瑛理子は諦めたような顔で、ゆっくりと息を吐いた。
制服を捲り上げて、脇腹の負傷部位を露にする。
「この怪我で……逃げ切れると思う?」
「あ……あああっ…………」
沙羅の顔から、見る見るうちに血の気が引いてゆく。
大きく切り裂かれた脇腹、傷口の向こう側に見え隠れする内臓。
予想より遥かに酷い傷だった――恐らく、瑛理子はもう助からない。
それでも瑛理子は微笑みを形作って、力強い声で云った。
「此処であゆを倒す――それが私の役目。手負いの私に出来る、最後の役目」
そして、と続けた。
「貴女はまだ自分の足で走れるでしょ? だから、これから先の戦いは貴女の役目よ。
貴女は往人と同じ、強い意志の力を持った人。仲間の為に、自分から危険に飛び込める人。
この先どんな苦難が待っていようとも、貴女ならきっと道を切り拓いてゆく事が出来る」
瑛理子は一旦そこで言葉を切って、ポケットから往人の人形を取り出した。
それを沙羅の両手に握らせて、告げる。
「――だから、決して振り返らず前に進みなさい」
そこで、すぐ近くから銃声が聞こえてきた。
遂に良美達が、建物の出入り口にまで辿り着いたのだ。
程無くして、扉は破られてしまうだろう。
沙羅の瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。
「さあ、行きなさい!! 生きて、この莫迦な殺し合いを終わらせるのよ!!!」
「ああ……うわああ……あああああああああああっ!!」
沙羅は涙で頬を汚しながら、裏口に向かって走り出した。
残りたかった。
例え命を落とす事になろうとも、瑛理子と共に居たかった。
だけどそれは絶対に許されない。
自分の身体は未だ動く、まだまだ戦える。
自分は生き続けて、圭一の、そして瑛理子の分まで戦い続けなければならないのだ。
「……さあ、ここから正念場ね」
沙羅の背中を見送ってから、瑛理子は行動を開始した。
勝算があるという言葉は、決して強がりなどでは無い。
事実自分には、確固たる勝利への方程式がある。
瑛理子は傷付いた身体を酷使して、どうにか階段まで足を進める。
その際、地面に自身の血を垂らしておくのも忘れない。
血痕を残しておけば、敵は確実にこちらを追跡して来る筈。
瑛理子の考えている策は、敵が追って来てくれなければ使えないのだ。
「ハ、――――ハァ――――ハァ――――……。
往人……見ててね。絶対に、貴方の仇を取ってあげるからね」
内臓が零れ落ちないよう脇腹を手で抑えながら、一歩一歩階段を昇る。
萎え掛けた全身の筋肉を総動員して、目的の場所を目指す。
瑛理子が三階まで昇った時、下の方で何かが砕け散る音がした。
続けて聞こえてくる、二人分の足音。
それで、出入り口の扉を破壊したあゆと良美が、建物内部へと侵入したのだと分かった。
足音は、真っ直ぐに階段の方へと向かって来ている。
(フフ……それで良いのよ。罪人の処刑台まで追って来なさい)
瑛理子はニヤリと口元を歪めてから、目的地――倉庫へと足を踏み入れた。
三階に昇ってからは、血の跡を残さないように動いている。
後もう少しは、時間がある筈だった。
唇の端から零れ落ちる血など気にも留めず、手早く断罪の準備を進めてゆく。
まずは全体を見渡して、必要な道具を手早く掻き集めた。
続けて片隅に置いてあったカーペットを、倉庫の中心部に敷き詰める。
チャンスは一回。
絶対に失敗は許されない。
最後に、慎重な手つきで詰めの作業も行った。
そして瑛理子が最後の作業を終えた直後、倉庫の扉が開け放たれた。
「うぐぅ……瑛理子さん、怪我してる癖に手間掛けさせないでよ」
「全くだね。私疲れてるんだから、大人しく死んで欲しいな」
現われたのは瑛理子の予測通り、あゆと良美だった。
直ぐ様瑛理子は、近くにあった穀物袋の山に身を隠した。
腕だけ突き出して、あゆ達にトカレフTT33の銃口を向ける。
「…………っ!」
あゆ達は即座に反応して、思い思いの方向に飛び退いた。
云うまでも無く、瑛理子の銃撃を回避する為だ。
だが、何時まで経っても銃声は鳴り響かない。
瑛理子のトカレフTT33が、カチッカチッと音を立てる。
トカレフTT33の弾丸は、既に尽きていたのだ。
「――――隙だらけだよっ!!」
悪鬼と化したあゆ達が、敵の致命的なミスを見逃す筈も無い。
あゆは一気に勝負を決すべく、献身片手に疾走する。
良美も同じように、S&W M36を構えた状態で走り出した。
だが良美とあゆが、倉庫の中央辺りまで達した時。
突如瑛理子は、遮蔽物の陰から飛び出した。
その手には――燃え盛る紙屑。
「貴女達……未だ気付かないの? 辺りに漂ってる臭いに」
そこでようやく、あゆと良美は異変に気付いた。
部屋中に漂う、ある特殊な臭いに。
「これは――――ガソリンッ!?」
臭いの発生源は、あゆ達の足元からだ。
敷き詰められた、カーペットからだ。
全ては瑛理子の作戦通り。
弾切れの醜態を晒したのは、敵を倉庫の中央まで誘き出す為。
床にカーペットを敷いたのは、秘密裏にガソリンを染み込ませる為。
全ては――――罪人に裁きを下す為……!
「――――地獄の業火に焼かれなさい!!!」
そして瑛理子の手元から、断罪の炎が投げ放たれた。
炎はカーペットの端に着弾し、地獄の業火へと変貌を遂げる。
「こ、こんな所で――――――!」
良美が必死に飛び退こうとするが、とても間に合わない。
恐るべき速度で形成された炎の津波が、罪人達に襲い掛かる。
……敵が只の人間ならば、此処で勝敗は決していた。
瑛理子は完璧な作戦を立て、それを死に体の身体で遂行し切った。
瑛理子に殆ど落ち度は無い。
在るとすればそれは――
「…………ウインドウィスパー!!」
「な――――!?」
――永遠神剣の存在を、忘れていた事だけだ。
あゆの発動させたウィンドウィスパーにより、強烈な暴風が巻き起こされた。
風は、炎を消し飛ばすまでには至らない。
あゆの巻き起こした風は、精々炎の勢いを緩める程度だった。
だが、それで十分。
僅かばかりの時間さえ稼げれば、あゆと良美が逃れるには事足りる。
風が収まった時、瑛理子の瞳に映ったのは、炎の海から無傷で逃れ切ったあゆ達の姿だった。
切り札は、完膚無きまでに破り去られた。
瑛理子は血塗れの唇を歪めて、悲痛な表情を形作った。
「あ……あああっ…………」
恐るべき速度で、あゆが前方へと疾駆する。
そのままあゆは、あっと云う間に瑛理子の眼前まで詰め寄って、鋭い刺突を繰り出した。
「――バイバイ、瑛理子さん」
別れの言葉。
献身の刃先が、正確に瑛理子の胸を貫いていた。
あゆが献身を引き抜くと、瑛理子は背中から地面に倒れ込んだ。
今度こそ、確認するまでも無く致命傷だった。
(往人……往人……往人――――――――!!)
それでも瑛理子は諦めない。
往人はどんな状況でも諦めなかった――だから自分も決して、諦めない。
薄れゆく意識を必死に押し留めて、何とか打開策を導き出そうとする。
だがそこで、ザクンと。
何かが突き刺さる感触を最後に、瑛理子の意識は消失した。
あゆが献身を振り下ろして、瑛理子の首を刺し貫いたのだ。
こうして瑛理子は、二度と動かぬ屍と化した。
黒い灰が霧のように宙を舞う。
倉庫の中央部では、今も業火が燃え盛っている。
ゆらゆらと揺れる炎の灯りが、血に塗れた瑛理子の顔を照らしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
決着から程無くして、良美とあゆは駐車場に移動した。
周辺を少し探索してみたが、沙羅の姿は見受けられない。
恐らくはもう、何処か遠くへ逃げ去ったのだろう。
「くすくす……これは役に立ちそうだね」
そう云って、良美は地面に放置されていたぬいぐるみ――紫和泉子の宇宙服を、鞄に放り込む。
先程見た光景が目の錯覚で無ければ、変装に使える筈。
自分にとっては、最高の道具と云えるだろう。
「行くよ、あゆちゃん」
「――うん」
良美はあゆを促して、次なる獲物を求めて歩き出した。
今回の戦果に満足しているのか、その顔には酷薄な笑みが張り付いている。
だが良美は未だ気付いていない――あゆの瞳に宿っている、明確な殺意に。
(……未だ、だよね。もう少し我慢しないと、駄目だよね)
あゆはそう自分に言い聞かせながら、献身の柄を強く握り締めた。
『力』は手に入れた。
今の自分ならば、例え良美が相手であろうと打ち倒せる筈。
地獄の底に突き落とされた恨みを、晴らせる筈なのだ。
だと云うのに、何故今すぐそうしないのか――理由は只一つ。
ここで共闘者を失うのは、自身の生存率を引き下げる事に他ならないからだ。
良美には未だ利用価値がある。
戦闘になれば一人より二人で戦う方が有利だし、戦略的な面から見ても良美は優秀だろう。
利用出来るだけ利用し尽くして、価値が無くなったら、その瞬間こそ復讐を成し遂げれば良いのだ。
(佐藤さん……今度は貴女が奪われる番だよ)
降り注ぐ朝日の中、純粋無垢だった少女は、嘗て自分を陥れた悪魔と同じ道を往く。
初めて手に入れた強大な力――それが、少女を狂わせる。
&color(red){【二見瑛理子@キミキス 死亡】}
【E-5下部 /1日目 朝】
【坂上智代@CLANNAD】
【装備:IMI デザートイーグル 10/10+1】
【所持品:支給品一式×3、 IMI デザートイーグル の予備マガジン7
サバイバルナイフ、トランシーバー×2、多機能ボイス レコーダー(ラジオ付き)、十徳工具@うたわれるもの、スタンガン、
ホログラムペンダント@Ever17 -the out of infinity-、九十七式自動砲 弾数3/7】
【状態:疲労中程度、血塗れ、左胸に軽度の打撲、右肩刺し傷(動かすと激しく痛む・応急処置済み)、
左耳朶損失、全ての参加者に対する強い殺意、右肩に酷い銃創】
【思考・行動】
基本方針:全ての参加者を殺害する。
0:ハクオロを殺害すべく病院に向かう
1:何としてでもハクオロと土永さんを生き地獄を味合わせた上で殺害する。
2:ハクオロに組し得る者、即ち全ての参加者を殺害する。
【備考】
※『声真似』の技能を使えるのが土永さんと断定しました。
※純一の説得に心は微塵も傾いていません。
※土永さん=古手梨花と勘違いをしています。
※トウカからトゥスクルとハクオロの人となりについてを聞いています。
【E-5下部 /1日目 朝】
【白鐘沙羅@フタコイ オルタナティブ 恋と少女とマシンガン】
【装備: ワルサー P99 (16/16)】
【所持品1:フロッピーディスク二枚(中身は下記) ワルサー P99 の予備マガジン5 カンパン30個入り(10/10) 500mlペットボトル4本】
【所持品2:支給品一式×2、ブロッコリー&カリフラワー@ひぐらしのなく頃に祭、空鍋&おたまセット@SHUFFLE! ON THE STAGE、往人の人形】
【所持品3:『バトル・ロワイアル』という題名の本、エスペリアの首輪、映画館にあったメモ、家庭用工具セット、情報を纏めた紙×12、ロープ】
【所持品4:爆弾作成方法を載せたメモ、肥料、缶(中身はガソリン)、信管】
【状態:中程度の疲労・深い悲しみ・若干の血の汚れ・両腕に軽い捻挫】
【思考・行動】
基本行動方針:一人でも多くの人間が助かるように行動する
0:まずは安全な場所まで退避する
1:当面の方針は、後続の書き手さん任せ
2:状況が落ち着いたら、爆弾を作成する
3:状況が落ち着いたら、フロッピーディスクをもう一度調べる
4:首輪を解除できそうな人にフロッピーを渡す
5:ハクオロを警戒
6:情報端末を探す。
7:混乱している人やパニックの人を見つけ次第保護。
8:最終的にはタカノを倒し、殺し合いを止める。 タカノ、というかこのFDを作った奴は絶対に泣かす
【備考】
※国崎最高ボタンについて、何か秘密があるのでは無いかと考えています。
※FDの中身は様々な情報です。ただし、真偽は定かではありません。
※紙に書かれた事以外にも情報があるかもしれません。
※“最後に.txt .exe ”を実行するとその付近のPC全てが爆発します。
※↑に首輪の技術が使われている可能性があります。ただしこれは沙羅の推測です。
※図書館のパソコンにある動画ファイルは不定期配信されます。現在、『開催!!.avi』と『第三視点からの報告』が存在します。
※肥料、ガソリン、信管を組み合わせる事で、爆弾が作れます(威力の程度は、後続の書き手さん任せ)。
※月宮あゆ、坂上智代が殺し合いに乗っている事を知りました
【E-5下部 農協付近/1日目 朝】
【月宮あゆ@Kanon】
【装備:永遠神剣第七位"献身"、背中と腕がボロボロで血まみれの服】
【所持品:支給品一式x3、コルトM1917の予備弾31、コルトM1917(残り0/6発)、情報を纏めた紙×2、トカレフTT33 0/8+1、ライター】
【状態:魔力消費中程度、肉体的疲労中程度、ディーと契約、満腹、背中に浅い切り傷、明確な殺意、生への異常な渇望、眠気は皆無】
【思考・行動】
行動方針:他の参加者を利用してでも、生き残る
0:人を殺してでも、どんな事をしてでも生き残る
1:良美を利用出来るだけ利用する(信用はしない)
2:利用価値が無くなった瞬間、自らの手で良美を殺す
3:可能ならば工場に行く(北上)
4:死にたくない
【備考】
※契約によって傷は完治。 契約内容はディーの下にたどり着くこと。
※悲劇のきっかけが佐藤良美だと思い込んでいます
※契約によって、あゆが工場にたどり着いた場合、何らかの力が手に入る。
(アブ・カムゥと考えていますが、変えていただいてかまいません)
※ディーとの契約について
契約した人間は、内容を話す、内容に背くことは出来ない、またディーについて話すことも禁止されている。(破ると死)
※あゆの付けていた時計(自動巻き、十時を刻んだまま停止中)はトロッコの側に落ちています。
【佐藤良美@つよきす -Mighty Heart-】
【装備:フムカミの指輪(残使用回数0回)@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄、破邪の巫女さんセット(巫女服のみ)】
【所持品:支給品一式×3、S&W M627PCカスタム(0/8)、S&W M36(5/5)、
錐、食料・水x4、目覚まし時計、今日子のハリセン@永遠のアセリア(残り使用回数0回)、紫和泉子の宇宙服@D.C.P.S.
大石のデイパック、地獄蝶々@つよきす、S&W M627PCカスタムの予備弾3、.357マグナム弾(27発)、肉まん×5@Kanon、オペラグラス、医療品一式】
【状態:疲労大、左肩に銃創と穴(治療済み)、重度の疑心暗鬼、巫女服の肩の辺りに赤い染み、右手に穴・左手小指損失(応急処置済み)、左肩に浅い刀傷】
【思考・行動】
基本方針:あらゆる手段を用いて、優勝する。
1:あゆを利用出来るだけ利用する(信用はしない)
2:魔法、魔術品を他にも手に入れておきたい
3:あらゆるもの、人を利用して優勝を目指す
4:機会があれば、沙羅を自らの手で殺す
【備考】
※ハクオロを危険人物と認識。(詳細は聞いていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ)
※大空寺あゆ、ことみのいずれも信用していません。
※大石の支給品は鍵とフムカミの指輪です。 現在鍵は倉成武が所有
※商店街で医療品とその他色々なものを入手しました。 具体的に何を手に入れたかは後続書き手任せ。ただし武器は無い)
※襲撃者(舞)の外見的特長を知りました。
【備考】
E-5下部、廃線近くの農協は以下のような構造になっています。
・農協の駐車場には、農耕用車両が多数停めてある
・農協の建物は三階建てで、最上階に倉庫がある(倉庫内部は一部焼失、一階の入り口扉は大破)
|183:[[ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(前編)]]|投下順に読む|184:[[Ever――移ろいゆく心]]|
|183:[[ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(前編)]]|時系列順に読む|184:[[Ever――移ろいゆく心]]|
|183:[[ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(前編) ]]|佐藤良美||
|183:[[ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(前編) ]]|坂上智代||
|183:[[ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(前編) ]]|白鐘沙羅||
|183:[[ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(前編)]]|&color(red){二見瑛理子}||
|183:[[ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(前編)]]|月宮あゆ||
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**ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(後編) ◆guAWf4RW62
◇ ◇ ◇ ◇
「――フフ、隠れんぼの時間は終わりだよ」
「くっ…………!」
「う、うぐぅ……」
愉しげな声は良美の、そして狼狽の声は瑛理子とあゆのものだ。
沙羅の危惧通り、良美は瑛理子達に襲撃を仕掛けていた。
怪我の影響で初弾こそ外してしまったが、数々の死地を潜り抜けてきた良美と、碌な戦力を持たぬ瑛理子達。
どちらが有利かなど、考えるまでも無い
良美は両手でしっかりとS&W M36を握り締めて、次なる銃撃を行おうとする。
「……あゆ、来なさいっ!」
瑛理子はあゆの腕を引いて、農耕用車両の陰へと逃げ込んだ。
自分一人ならまだしも、あゆを守りながらの銃撃戦は明らかに不利。
先ずはあゆの安全を確保すべきだった。
「さ、佐藤さん! 沙羅さんはどうしたの!?」
「沙羅ちゃんなら別の人と戦ってるよ。一時的にだけど、私に協力してくれる人とね。
心配しなくても大丈夫、あゆちゃんも沙羅ちゃんも、きちんと私が殺してあげる」
「ひっ、うあ………」
あゆが車体に身を隠しながら話し掛けると、嘲笑うような声が返ってきた。
佐藤良美――あゆにとって、忌むべき怨敵。
だが卑劣な行いを繰り返す良美は、往人のように甘くない。
もし戦闘を挑めば、良美は何の躊躇も無くあゆを殺害してのけるだろう。
それが理解出来たあゆは、とても立ち向かおうという気など起きず、只弱々しく肩を震わせる。
そこであゆの肩に、ぽんと手が乗せられた。
「……あゆ、落ち着いて」
「――瑛理子さん」
「私が居る限り、貴女は絶対死なせない……!」
瑛理子はそう云ってから、トカレフTT33をしっかりと握り締めた。
先程左腕を負傷したものの、銃撃が行えない程の傷では無い。
車体から顔を出して、良美の方へと立て続けに銃弾を撃ち放つ。
良美もその間隙を付いて、S&W M36で応射して来た。
「――――っ」
「このっ……」
瑛理子も良美も遮蔽物に身を隠している為、銃弾はなかなか互いの身体を捉えない。
そうやって銃撃戦を続けていると、やがて瑛理子の銃が弾切れを起こした。
代わりの銃は未だある。
瑛理子は直ぐ様トカレフTT33を仕舞い込んで、代わりにコルトM1917――商店街で沙羅から受け取っていた物――を取り出した。
当然の事ながら、次なる銃撃を行う為だ。
だがそれを止めるように、突然あゆが口を開いた。
「ねえ佐藤さん、さっき協力者が居るって云ったよね」
「……それがどうしたの?」
質問の意図を図りかねた良美が、遮蔽物越しに訝しげな返事を返す。
あゆは少し考えてから、はっきりとした口調で云った。
「――協力者は、多ければ多い程良いって思わない?」
「「え…………?」」
良美と瑛理子が、同時に驚愕の声を洩らした。
そこからは、正に一瞬の出来事。
驚きの表情を浮かべている瑛理子に、あゆは容赦無く体当たりを食らわせた。
予期せぬ一撃に、瑛理子が尻餅をついて倒れ込む。
続けてあゆはコルトM1917を回収し、その銃口を瑛理子に突き付けた。
「あ……ゆ……?」
瑛理子の表情が、驚愕と狼狽で大きく歪む。
何が起こったのか、未だ良く理解出来ない。
そんな瑛理子に追い討ちを掛けるように、あゆが口を開いた。
「ゴメンね瑛理子さん、ボク死にたくないから佐藤さんの協力者になるよ」
あゆが裏切った理由は、単純明快。
戦力で上回る良美サイドに付いた方が、そして瑛理子から銃を奪取した方が、自身の生存率が高まると判断したからだ。
良美への憎しみも、瑛理子達との絆も、あゆにとって重要では無い。
生き延びる事。
それこそが、唯一にして絶対の目的だった。
「くすくすっ、……あはは…………あは、あはははははははははははははっ!!」
良美が腹部を抑えながら、心底可笑しげに哂う。
この事態は流石に予想し得なかったが、決して悪い展開ではない。
御しやすい傀儡を入手出来たし、寧ろ最高の戦果だと云えるだろう。
「良いよあゆちゃん、貴女なら扱いやすそうだし歓迎するよ。
それじゃまずは、その瑛理子さんって人を殺してくれるかな」
「うん、分かったよ」
あゆは余りにもあっさりと、良美の要請を承諾した。
そこには何の躊躇も見受けられない。
瑛理子が忌々しげに歯を食い縛りながら、叫んだ。
「……貴女、佐藤良美が憎くないの!? その女の所為で、貴女は罪を犯してしまったのよ?」
「憎いよ。でも、生き延びるより大切な事なんてないもん」
「ソレ――本気で云ってるの?」
「うぐぅ……瑛理子さん、ちょっと物分りが悪いね。本気じゃなきゃ、こんな事する訳ないよ。
そうだ――アレを教えたら、ボクが本気だって信じてくれるかな?」
あゆの口元が凄惨に吊り上げられる。
ずっと胸の内に秘めておくつもりだった真実――だが、死に往く人間になら教えても平気だろう。
それに瑛理子が、どのような反応をするか見てみたい気もする。
だからあゆは、微笑みを湛えたまま告げた。
「往人さんを殺したのはね、ワザとだったんだよ」
「え――――」
「もう一度云うよ。ボクは自分の意思で、往人さんを殺した。
偶然なんかじゃない、ちゃんと殺意を持って殺したんだよ」
そこまで云われてようやく瑛理子は、自分がずっと騙されていたのだと理解した。
あゆは哀れな少女の振りをしながら、護衛して貰うべく瑛理子達に取り入ったのだ。
その行動には、罪を償おうという気持ちなど微塵も無い。
瑛理子の顔に、絶望と憎しみの色が浮かび上がってゆく。
「流石にもう分かったよね? それじゃ、撃つよ」
瑛理子の反応を見て取ったあゆが、満足気にトリガーを引き絞ろうとする。
しかしそこで、向こうの方から沙羅が走ってきた。
「これは一体……何であゆが、瑛理子さんに銃を向けてるのよ!?」
智代の追撃を振り切った沙羅は、信じられない思いだった。
何故あゆが瑛理子を殺そうとしているか、まるで理由が分からない。
それでも直ぐに、考えている暇など無いと気付き、ワルサーP99を構えた。
だが沙羅が銃を撃つよりも先に、良美がこちらに攻撃を仕掛けて来た。
一回、二回と良美の手元が火花を吹き、沙羅は回避を強要される。
「邪魔はさせないよ。あゆちゃん、早く撃って!」
「…………っ!!」
後はあゆが、右人差し指に力を入れるだけで終わる。
――救出は間に合わない。
それは沙羅と良美の両者共が抱いた、共通見解。
だがその共通見解を覆し得る者が、一人だけこの場に存在した。
沙羅の後方で爆音が鳴り響く。
「――――ッ!?」
次の瞬間、良美達の傍にあった農耕用車両のフロントガラスが根こそぎ消失した。
あゆも良美もそちらに気を取られてしまい、その隙に瑛理子は別車両の陰へと退避した。
銃撃――否、砲撃の主は坂上智代。
外れこそしたものの、智代の砲撃は明らかに良美とあゆを狙ってのものだった。
良美が殺気の宿った瞳で、思い切り智代を睨み付ける。
「……どういうつもり? 確かに一時的にとは云ったけど、もう手を切るつもりなのかな?」
良美が問い掛けると、智代の口元に冷笑が浮かんだ。
馬鹿にするような、見下すような、そんな笑みだった。
「何か勘違いしているようだな。そもそも私は、お前と手を組むなどとは一言も云っていないぞ?
誰がお前のような、下劣な殺人鬼に手を貸すものか」
「それじゃ、さっき沙羅ちゃん達に攻撃したのは?」
「深い理由は無い。人数が多い方を狙っただけだ」
その後も良美と智代は幾つか言葉を交わしたものの、互いの意向が一致する事は無い。
裏切られる形となった良美と、誰とも協力する気のない智代。
二人が交戦し始めるのは、最早時間の問題だった。
そして時を同じくして、沙羅も状況確認すべくあゆに話し掛けていた。
「あゆ――アンタ、どういうつもりなの?」
「うぐぅ……沙羅さんも物分りが悪いんだね。そんなの見たら分かるじゃない」
「アンタ、罪を償いたがってたじゃない……。あれも、嘘だったの?」
「うん。ああ云った方が、瑛理子さん達に信頼して貰えるかなって思ったんだ。
生き残れるのは一人だけ。生き延びる為なら何をしても構わない――それが、この島のルールだよ」
あゆの言葉は、決して誤りではない。
既に四十人以上の人間が死んだ。
この島で行われている殺人遊戯は、今も順調に進行しているのだ。
甘い考えを捨てなければ、生き延びるのは難しい。
それでも沙羅は眉を吊り上げ、否定の言葉を叩き付ける。
「そんなの間違ってる! そんなルール、皆で力を合わせれば破れるよ!」
「……沙羅さんならそう考えるだろうね。でもボクは、沙羅さんみたいに強くないもん」
「――――もう問答は結構よ」
二人の会話に割り込む形で、瑛理子が云った。
背筋が凍り付くような、冷たい声だった。
「沙羅、貴女は良美ともう一人の女を食い止めて。あゆは私が殺すわ」
告げる瑛理子は、商店街で手に入れた包丁を握り締めている。
沙羅はゴクリと唾を飲んだが、すぐに瑛理子の指示通り動き始めた。
既に交戦し始めていた良美と智代を牽制する形で、断続的にワルサーP99を撃ち放つ。
必然的にあゆと瑛理子は、一対一の形で対峙する事となった。
「瑛理子さん、今まで守ってくれて有り難うね。でもボクにとって、もう貴女は用済みなんだ。
だからそろそろ死んでくれないかな?」
あゆは余裕綽々と云った感じの表情を保っていた。
銃と包丁――得物の差は、歴然。
あゆの手にしたコルトM1917が、すっと持ち上げられる。
だが瑛理子は銃を向けられても、眉一つ動かさなかった。
「あゆ――死ぬのは貴女の方。私が貴女に罰を下す」
瑛理子は向けられた銃口など気にも留めず、おもむろに前へと歩き出す。
その行動にあゆは一瞬驚いたが、直ぐに平静を取り戻し、コルトM1917のトリガーを引いた。
「あれ…………?」
放たれたのは弾丸や銃声で無く、呆然とした声だった。
確かにあゆはトリガーを引いたが、何も起きなかった。
「そ、そんな、どうして………ッ!? こんな筈は……!!」
あゆは慌てて何度もトリガーを引き絞ったが、結果は変わらない。
コルトM1917の銃口から弾丸が放たれる事は無かった。
その間にも、あゆと瑛理子の距離は縮まってゆく。
「貴女を疑っていた訳じゃないけど……保険を掛けておいて正解だったわ」
「瑛理子さん、何を云って――」
「何度撃とうとしても無駄よ。万一に備えて、銃弾を抜き取って置いたんだから」
「―――――ッ!?」
慌ててあゆが銃を確認すると、弾倉は空の状態だった。
あゆは大急ぎで、鞄から予備弾丸を取り出そうとする。
しかし瑛理子が、みすみす弾丸補充の時間を与える筈も無い。
捻挫している左足も酷使して、全速力で疾駆する。
「月宮あゆ! 皆の気持ちを踏み躙った報い、受けなさいっ!」
「ひ、ぅあっ、ああああああっ……!!」
あゆの眼前に、怒りの形相で瑛理子が迫る。
あゆは弾丸の装填作業を中断して、一目散に逃げ出した。
その直後に瑛理子の包丁が一閃され、あゆの背中を軽く掠めた。
「ゴメンなさい、ゴメンなさい、ゴメンなさい! 嫌だっ、死にたくない、助けてええぇぇぇ!」
逃げながら必死に謝罪するが、そのような行動は無意味。
瑛理子が裏切り者を、そして往人の仇を見逃す道理など存在しない。
あゆが車の陰に飛び込もうとした所で、再び包丁が突き出された。
「ひぁぁぁぁっ!?」
包丁はあゆの顔の横、数センチの所を通過していった。
後ほんの僅か軌道がずれていれば、間違いなくあゆは致命傷を受けていただろう。
あゆは恐怖に押し潰されそうになりながら、無我夢中で走り続ける。
(どうして? どうして何時も、ボクばっかりこんな怖い目に遭うの!?)
理不尽だった。
佐藤良美に騙された時も、見知らぬ狂人――土見稟――に襲われた時も、一方的に被害を蒙るだけだった。
そして九死に一生を得た後も、こうしてまた生命の危機に瀕している。
自分は何時も、搾取される立場にあった。
それは何故か。
少し考えてみたら、直ぐに答えを導き出せた。
(そっか……ボクには、『力』が無いんだ……)
全速力で走っているにも関わらず、怪我人である瑛理子すら引き離せない。
この島で生き残るには、自分は余りにも非力過ぎる。
もし自分に鉄乙女のような強さがあれば、こんな思いはせずに済んだ筈。
迫り来る脅威を、自らの力で粉砕出来た筈なのだ。
(もっと強くなりたい……。ボクは……奪われるより奪う側に回りたい……!)
あゆはただ一心に、それだけを願った。
しかし願うだけで強くなれるのならば、誰も苦労したりしない。
だからあゆの行為は、全く無意味の筈だった――前方に、献身が転がってさえいなければ。
「あれは――」
何故かあゆは、敏感に察知する事が出来た
あの槍は、拳銃を遥かに上回る代物だ。
自分が追い求めた『力』そのものだ。
あゆは瑛理子の追撃を何とか掻い潜って、献身を拾い上げる。
そして誰よりも強い力を与えて貰えるよう、心の底から願った。
「…………!?」
その瞬間、自分の中に色々な物が流れてきた。
献身の使い方も感覚的に理解出来たし、身体中の隅々から信じられない程の『力』が溢れ出した。
視力も、聴力も、筋力も、何もかもが桁外れに強化される。
そこであゆが後ろに視線を移すと、包丁を振り上げる瑛理子の姿があった。
「――――死になさいっ!!」
間近で包丁が振り下ろされたが、その程度の攻撃、今のあゆにとっては何の脅威でも無い。
あゆは迫る白刃をあっさりと躱し、無造作に献身を突き出した。
繰り出された刺突は、何の工夫も為されていない、素人じみた一撃だ。
だが、瑛理子を仕留めるにはそれで十分。
永遠神剣で強化された身体能力さえあれば、只の刺突も、回避困難な必殺技へと変貌する。
「ガッ……アアアァァァ!」
舞い散る鮮血。
献身の刃先が、瑛理子の脇腹を深く切り裂いた。
瑛理子は大きくバランスを崩して、頭から地面に倒れ込んだ。
「この槍……多分沙羅さんが云ってた永遠神剣だよね。うん、コレ本当に凄いよ」
あゆは倒れ伏す瑛理子を見下ろしながら、献身をまじまじと見詰めていた。
沙羅から話自体は聞いていたものの、これ程の代物だとは予想していなかったし、自分に使いこなせるとも思っていなかった。
だがとにかく、自分は『力』を手に入れた。
奪う側に回る事が出来たのだ。
かつてない程の充実感が、あゆの心を満たしてゆく。
「――――瑛理子さん!」
聞こえてきた声の方にあゆが首を向けると、駆けて来る沙羅の姿が見えた。
沙羅は先程まで、智代や良美と三竦みの状態で小競り合いを行っていた。
しかし瑛理子の悲鳴を聞き取って、素早く踵を返したのだ。
沙羅は停車してある車両の隙間を縫うように走りながら、ワルサーP99を撃ち放つ。
この殺人遊戯に於いても、トップクラスの技能を以って行われる銃撃。
並の人間ならば、遮蔽物を利用しない限り避けられないだろう。
だがあゆは獣のような俊敏さで跳ね回り、不可避の筈の銃弾を捌いてゆく。
「く――――」
それでも沙羅は、銃撃を止めたりしない。
あゆが攻めに転じれぬよう、撃ち続ける事が重要だった。
牽制攻撃は絶やさぬまま、瑛理子の傍まで駆け寄って、その身体を抱き起こす。
「大丈夫、瑛理子さん!?」
「え、ええ……何とかね……」
瑛理子が負傷してしまった以上、このまま戦い続けるのは自殺行為。
沙羅は瑛理子に肩を貸しながら、農協の建物に向かって走り始めた。
その最中にも何度か後ろへ振り向いて、牽制の銃撃を敢行する。
ワルサーP99が弾切れを起こしたのとほぼ同時、沙羅達は建物の入り口に辿り着いた。
二人はそのまま、半ば体当たりするような形で、建物の中へと飛び込んだ。
「……あゆちゃん、追うよ!」
「うん!」
良美もあゆも、手負いの敵を見逃すつもりなど毛頭無い。
だが安直に追撃しようとすれば、背後から智代に撃たれてしまう可能性もある。
故に良美達は、そこら中に停めてある農耕用車両に身を隠しながら、慎重に建物へと近付いて行く。
「……潮時だな」
そして一人駐車場に残された智代には、追撃するつもりなど無かった。
放っておいても、沙羅と良美達は勝手に潰し合うだろう。
ハクオロと土永以外の敵には余り固執すべきでない。
無茶な戦闘を繰り返して、ハクオロを倒す余力が無くなる、といった事態は避けねばならないのだ。
智代はデザートイーグルを鞄に戻し、ゆっくりと農協から離れていった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ふう……これで少しは時間を稼げるね」
農協の建物内に逃げ込んだ沙羅は、まず始めに入り口の扉を施錠した。
扉は鉄製である為、いかに相手が銃や永遠神剣を持っていようとも、直ぐに突破されはしない。
今からどう行動すべきか、手短に話し合う時間くらいはある筈だった。
横に居た瑛理子が、唐突に紙と鞄を差し出して来る。
「沙羅、受け取って」
「これは?」
「爆弾の作成方法を纏めたメモよ。この通りにやれば、私以外でも爆弾が作れるわ」
「…………?」
沙羅は取り敢えず受け取ったものの、何の為にこんな事をするのか分からなかった。
瑛理子が無意味な行動を取る筈は無いが、今は一刻も早く逃亡方法を模索すべき場面。
余りグズグズしていては、良美達に追い付かれ、殺されてしまう。
「ちょっと瑛理子さん、今はこんな事やってる場合じゃ――」
「裏口の場所は分かってるわね? 貴女『は』あそこから脱出しなさい」
貴女『は』。
その言葉が何を意味するか、沙羅は直ぐに理解出来た。
途端に、冷えた両手で心臓を鷲掴みにされたような、そんな悪寒が膨れ上がる。
「……瑛理子さんはどうするつもり?」
「私は逃げない。あゆを倒して、往人の仇を取るわ」
迷いの無い返答。
瑛理子は何としてでも、此処で往人の仇を取るつもりなのだ。
「そんなの無茶だよ、瑛理子さん一人で勝てる訳無いじゃない!」
「大丈夫、ちゃんと勝算はある」
瑛理子が自信ありげに云ったが、沙羅はぶんぶんと首を横に振った。
一呼吸置いてから、懸命に言葉を投げ掛ける。
「復讐なんかしないで良いから一緒に逃げようよ……こんなの、往人さんだって望んでないよ!」
自分は往人と親しくないが、図書館で接した時の彼は、とても心優しい男に見えた。
そんな往人が、捨て身の敵討ちなど望む筈が無いだろう。
何より沙羅自身、瑛理子に死んで欲しく無かった。
しかし瑛理子は諦めたような顔で、ゆっくりと息を吐いた。
制服を捲り上げて、脇腹の負傷部位を露にする。
「この怪我で……逃げ切れると思う?」
「あ……あああっ…………」
沙羅の顔から、見る見るうちに血の気が引いてゆく。
大きく切り裂かれた脇腹、傷口の向こう側に見え隠れする内臓。
予想より遥かに酷い傷だった――恐らく、瑛理子はもう助からない。
それでも瑛理子は微笑みを形作って、力強い声で云った。
「此処であゆを倒す――それが私の役目。手負いの私に出来る、最後の役目」
そして、と続けた。
「貴女はまだ自分の足で走れるでしょ? だから、これから先の戦いは貴女の役目よ。
貴女は往人と同じ、強い意志の力を持った人。仲間の為に、自分から危険に飛び込める人。
この先どんな苦難が待っていようとも、貴女ならきっと道を切り拓いてゆく事が出来る」
瑛理子は一旦そこで言葉を切って、ポケットから往人の人形を取り出した。
それを沙羅の両手に握らせて、告げる。
「――だから、決して振り返らず前に進みなさい」
そこで、すぐ近くから銃声が聞こえてきた。
遂に良美達が、建物の出入り口にまで辿り着いたのだ。
程無くして、扉は破られてしまうだろう。
沙羅の瞳から、ポロポロと大粒の涙が零れ落ちた。
「さあ、行きなさい!! 生きて、この莫迦な殺し合いを終わらせるのよ!!!」
「ああ……うわああ……あああああああああああっ!!」
沙羅は涙で頬を汚しながら、裏口に向かって走り出した。
残りたかった。
例え命を落とす事になろうとも、瑛理子と共に居たかった。
だけどそれは絶対に許されない。
自分の身体は未だ動く、まだまだ戦える。
自分は生き続けて、圭一の、そして瑛理子の分まで戦い続けなければならないのだ。
「……さあ、ここから正念場ね」
沙羅の背中を見送ってから、瑛理子は行動を開始した。
勝算があるという言葉は、決して強がりなどでは無い。
事実自分には、確固たる勝利への方程式がある。
瑛理子は傷付いた身体を酷使して、どうにか階段まで足を進める。
その際、地面に自身の血を垂らしておくのも忘れない。
血痕を残しておけば、敵は確実にこちらを追跡して来る筈。
瑛理子の考えている策は、敵が追って来てくれなければ使えないのだ。
「ハ、――――ハァ――――ハァ――――……。
往人……見ててね。絶対に、貴方の仇を取ってあげるからね」
内臓が零れ落ちないよう脇腹を手で抑えながら、一歩一歩階段を昇る。
萎え掛けた全身の筋肉を総動員して、目的の場所を目指す。
瑛理子が三階まで昇った時、下の方で何かが砕け散る音がした。
続けて聞こえてくる、二人分の足音。
それで、出入り口の扉を破壊したあゆと良美が、建物内部へと侵入したのだと分かった。
足音は、真っ直ぐに階段の方へと向かって来ている。
(フフ……それで良いのよ。罪人の処刑台まで追って来なさい)
瑛理子はニヤリと口元を歪めてから、目的地――倉庫へと足を踏み入れた。
三階に昇ってからは、血の跡を残さないように動いている。
後もう少しは、時間がある筈だった。
唇の端から零れ落ちる血など気にも留めず、手早く断罪の準備を進めてゆく。
まずは全体を見渡して、必要な道具を手早く掻き集めた。
続けて片隅に置いてあったカーペットを、倉庫の中心部に敷き詰める。
チャンスは一回。
絶対に失敗は許されない。
最後に、慎重な手つきで詰めの作業も行った。
そして瑛理子が最後の作業を終えた直後、倉庫の扉が開け放たれた。
「うぐぅ……瑛理子さん、怪我してる癖に手間掛けさせないでよ」
「全くだね。私疲れてるんだから、大人しく死んで欲しいな」
現われたのは瑛理子の予測通り、あゆと良美だった。
直ぐ様瑛理子は、近くにあった穀物袋の山に身を隠した。
腕だけ突き出して、あゆ達にトカレフTT33の銃口を向ける。
「…………っ!」
あゆ達は即座に反応して、思い思いの方向に飛び退いた。
云うまでも無く、瑛理子の銃撃を回避する為だ。
だが、何時まで経っても銃声は鳴り響かない。
瑛理子のトカレフTT33が、カチッカチッと音を立てる。
トカレフTT33の弾丸は、既に尽きていたのだ。
「――――隙だらけだよっ!!」
悪鬼と化したあゆ達が、敵の致命的なミスを見逃す筈も無い。
あゆは一気に勝負を決すべく、献身片手に疾走する。
良美も同じように、S&W M36を構えた状態で走り出した。
だが良美とあゆが、倉庫の中央辺りまで達した時。
突如瑛理子は、遮蔽物の陰から飛び出した。
その手には――燃え盛る紙屑。
「貴女達……未だ気付かないの? 辺りに漂ってる臭いに」
そこでようやく、あゆと良美は異変に気付いた。
部屋中に漂う、ある特殊な臭いに。
「これは――――ガソリンッ!?」
臭いの発生源は、あゆ達の足元からだ。
敷き詰められた、カーペットからだ。
全ては瑛理子の作戦通り。
弾切れの醜態を晒したのは、敵を倉庫の中央まで誘き出す為。
床にカーペットを敷いたのは、秘密裏にガソリンを染み込ませる為。
全ては――――罪人に裁きを下す為……!
「――――地獄の業火に焼かれなさい!!!」
そして瑛理子の手元から、断罪の炎が投げ放たれた。
炎はカーペットの端に着弾し、地獄の業火へと変貌を遂げる。
「こ、こんな所で――――――!」
良美が必死に飛び退こうとするが、とても間に合わない。
恐るべき速度で形成された炎の津波が、罪人達に襲い掛かる。
……敵が只の人間ならば、此処で勝敗は決していた。
瑛理子は完璧な作戦を立て、それを死に体の身体で遂行し切った。
瑛理子に殆ど落ち度は無い。
在るとすればそれは――
「…………ウインドウィスパー!!」
「な――――!?」
――永遠神剣の存在を、忘れていた事だけだ。
あゆの発動させたウィンドウィスパーにより、強烈な暴風が巻き起こされた。
風は、炎を消し飛ばすまでには至らない。
あゆの巻き起こした風は、精々炎の勢いを緩める程度だった。
だが、それで十分。
僅かばかりの時間さえ稼げれば、あゆと良美が逃れるには事足りる。
風が収まった時、瑛理子の瞳に映ったのは、炎の海から無傷で逃れ切ったあゆ達の姿だった。
切り札は、完膚無きまでに破り去られた。
瑛理子は血塗れの唇を歪めて、悲痛な表情を形作った。
「あ……あああっ…………」
恐るべき速度で、あゆが前方へと疾駆する。
そのままあゆは、あっと云う間に瑛理子の眼前まで詰め寄って、鋭い刺突を繰り出した。
「――バイバイ、瑛理子さん」
別れの言葉。
献身の刃先が、正確に瑛理子の胸を貫いていた。
あゆが献身を引き抜くと、瑛理子は背中から地面に倒れ込んだ。
今度こそ、確認するまでも無く致命傷だった。
(往人……往人……往人――――――――!!)
それでも瑛理子は諦めない。
往人はどんな状況でも諦めなかった――だから自分も決して、諦めない。
薄れゆく意識を必死に押し留めて、何とか打開策を導き出そうとする。
だがそこで、ザクンと。
何かが突き刺さる感触を最後に、瑛理子の意識は消失した。
あゆが献身を振り下ろして、瑛理子の首を刺し貫いたのだ。
こうして瑛理子は、二度と動かぬ屍と化した。
黒い灰が霧のように宙を舞う。
倉庫の中央部では、今も業火が燃え盛っている。
ゆらゆらと揺れる炎の灯りが、血に塗れた瑛理子の顔を照らしていた。
◇ ◇ ◇ ◇
決着から程無くして、良美とあゆは駐車場に移動した。
周辺を少し探索してみたが、沙羅の姿は見受けられない。
恐らくはもう、何処か遠くへ逃げ去ったのだろう。
「くすくす……これは役に立ちそうだね」
そう云って、良美は地面に放置されていたぬいぐるみ――紫和泉子の宇宙服を、鞄に放り込む。
先程見た光景が目の錯覚で無ければ、変装に使える筈。
自分にとっては、最高の道具と云えるだろう。
「行くよ、あゆちゃん」
「――うん」
良美はあゆを促して、次なる獲物を求めて歩き出した。
今回の戦果に満足しているのか、その顔には酷薄な笑みが張り付いている。
だが良美は未だ気付いていない――あゆの瞳に宿っている、明確な殺意に。
(……未だ、だよね。もう少し我慢しないと、駄目だよね)
あゆはそう自分に言い聞かせながら、献身の柄を強く握り締めた。
『力』は手に入れた。
今の自分ならば、例え良美が相手であろうと打ち倒せる筈。
地獄の底に突き落とされた恨みを、晴らせる筈なのだ。
だと云うのに、何故今すぐそうしないのか――理由は只一つ。
ここで共闘者を失うのは、自身の生存率を引き下げる事に他ならないからだ。
良美には未だ利用価値がある。
戦闘になれば一人より二人で戦う方が有利だし、戦略的な面から見ても良美は優秀だろう。
利用出来るだけ利用し尽くして、価値が無くなったら、その瞬間こそ復讐を成し遂げれば良いのだ。
(佐藤さん……今度は貴女が奪われる番だよ)
降り注ぐ朝日の中、純粋無垢だった少女は、嘗て自分を陥れた悪魔と同じ道を往く。
初めて手に入れた強大な力――それが、少女を狂わせる。
&color(red){【二見瑛理子@キミキス 死亡】}
【E-5下部 /1日目 朝】
【坂上智代@CLANNAD】
【装備:IMI デザートイーグル 10/10+1】
【所持品:支給品一式×3、 IMI デザートイーグル の予備マガジン7
サバイバルナイフ、トランシーバー×2、多機能ボイス レコーダー(ラジオ付き)、十徳工具@うたわれるもの、スタンガン、
ホログラムペンダント@Ever17 -the out of infinity-、九十七式自動砲 弾数3/7】
【状態:疲労中程度、血塗れ、左胸に軽度の打撲、右肩刺し傷(動かすと激しく痛む・応急処置済み)、
左耳朶損失、全ての参加者に対する強い殺意、右肩に酷い銃創】
【思考・行動】
基本方針:全ての参加者を殺害する。
0:ハクオロを殺害すべく病院に向かう
1:何としてでもハクオロと土永さんを生き地獄を味合わせた上で殺害する。
2:ハクオロに組し得る者、即ち全ての参加者を殺害する。
【備考】
※『声真似』の技能を使えるのが土永さんと断定しました。
※純一の説得に心は微塵も傾いていません。
※土永さん=古手梨花と勘違いをしています。
※トウカからトゥスクルとハクオロの人となりについてを聞いています。
【E-5下部 /1日目 朝】
【白鐘沙羅@フタコイ オルタナティブ 恋と少女とマシンガン】
【装備: ワルサー P99 (16/16)】
【所持品1:フロッピーディスク二枚(中身は下記) ワルサー P99 の予備マガジン5 カンパン30個入り(10/10) 500mlペットボトル4本】
【所持品2:支給品一式×2、ブロッコリー&カリフラワー@ひぐらしのなく頃に祭、空鍋&おたまセット@SHUFFLE! ON THE STAGE、往人の人形】
【所持品3:『バトル・ロワイアル』という題名の本、エスペリアの首輪、映画館にあったメモ、家庭用工具セット、情報を纏めた紙×12、ロープ】
【所持品4:爆弾作成方法を載せたメモ、肥料、缶(中身はガソリン)、信管】
【状態:中程度の疲労・深い悲しみ・若干の血の汚れ・両腕に軽い捻挫】
【思考・行動】
基本行動方針:一人でも多くの人間が助かるように行動する
0:まずは安全な場所まで退避する
1:当面の方針は、後続の書き手さん任せ
2:状況が落ち着いたら、爆弾を作成する
3:状況が落ち着いたら、フロッピーディスクをもう一度調べる
4:首輪を解除できそうな人にフロッピーを渡す
5:ハクオロを警戒
6:情報端末を探す。
7:混乱している人やパニックの人を見つけ次第保護。
8:最終的にはタカノを倒し、殺し合いを止める。 タカノ、というかこのFDを作った奴は絶対に泣かす
【備考】
※国崎最高ボタンについて、何か秘密があるのでは無いかと考えています。
※FDの中身は様々な情報です。ただし、真偽は定かではありません。
※紙に書かれた事以外にも情報があるかもしれません。
※“最後に.txt .exe ”を実行するとその付近のPC全てが爆発します。
※↑に首輪の技術が使われている可能性があります。ただしこれは沙羅の推測です。
※図書館のパソコンにある動画ファイルは不定期配信されます。現在、『開催!!.avi』と『第三視点からの報告』が存在します。
※肥料、ガソリン、信管を組み合わせる事で、爆弾が作れます(威力の程度は、後続の書き手さん任せ)。
※月宮あゆ、坂上智代が殺し合いに乗っている事を知りました
【E-5下部 農協付近/1日目 朝】
【月宮あゆ@Kanon】
【装備:永遠神剣第七位"献身"、背中と腕がボロボロで血まみれの服】
【所持品:支給品一式x3、コルトM1917の予備弾31、コルトM1917(残り0/6発)、情報を纏めた紙×2、トカレフTT33 0/8+1、ライター】
【状態:魔力消費中程度、肉体的疲労中程度、ディーと契約、満腹、背中に浅い切り傷、明確な殺意、生への異常な渇望、眠気は皆無】
【思考・行動】
行動方針:他の参加者を利用してでも、生き残る
0:人を殺してでも、どんな事をしてでも生き残る
1:良美を利用出来るだけ利用する(信用はしない)
2:利用価値が無くなった瞬間、自らの手で良美を殺す
3:可能ならば工場に行く(北上)
4:死にたくない
【備考】
※契約によって傷は完治。 契約内容はディーの下にたどり着くこと。
※悲劇のきっかけが佐藤良美だと思い込んでいます
※契約によって、あゆが工場にたどり着いた場合、何らかの力が手に入る。
(アブ・カムゥと考えていますが、変えていただいてかまいません)
※ディーとの契約について
契約した人間は、内容を話す、内容に背くことは出来ない、またディーについて話すことも禁止されている。(破ると死)
※あゆの付けていた時計(自動巻き、十時を刻んだまま停止中)はトロッコの側に落ちています。
【佐藤良美@つよきす -Mighty Heart-】
【装備:フムカミの指輪(残使用回数0回)@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄、破邪の巫女さんセット(巫女服のみ)】
【所持品:支給品一式×3、S&W M627PCカスタム(0/8)、S&W M36(5/5)、
錐、食料・水x4、目覚まし時計、今日子のハリセン@永遠のアセリア(残り使用回数0回)、紫和泉子の宇宙服@D.C.P.S.
大石のデイパック、地獄蝶々@つよきす、S&W M627PCカスタムの予備弾3、.357マグナム弾(27発)、肉まん×5@Kanon、オペラグラス、医療品一式】
【状態:疲労大、左肩に銃創と穴(治療済み)、重度の疑心暗鬼、巫女服の肩の辺りに赤い染み、右手に穴・左手小指損失(応急処置済み)、左肩に浅い刀傷】
【思考・行動】
基本方針:あらゆる手段を用いて、優勝する。
1:あゆを利用出来るだけ利用する(信用はしない)
2:魔法、魔術品を他にも手に入れておきたい
3:あらゆるもの、人を利用して優勝を目指す
4:機会があれば、沙羅を自らの手で殺す
【備考】
※ハクオロを危険人物と認識。(詳細は聞いていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ)
※大空寺あゆ、ことみのいずれも信用していません。
※大石の支給品は鍵とフムカミの指輪です。 現在鍵は倉成武が所有
※商店街で医療品とその他色々なものを入手しました。 具体的に何を手に入れたかは後続書き手任せ。ただし武器は無い)
※襲撃者(舞)の外見的特長を知りました。
【備考】
E-5下部、廃線近くの農協は以下のような構造になっています。
・農協の駐車場には、農耕用車両が多数停めてある
・農協の建物は三階建てで、最上階に倉庫がある(倉庫内部は一部焼失、一階の入り口扉は大破)
|183:[[ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(前編)]]|投下順に読む|184:[[Ever――移ろいゆく心]]|
|183:[[ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(前編)]]|時系列順に読む|184:[[Ever――移ろいゆく心]]|
|183:[[ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(前編) ]]|佐藤良美|192:[[終着点~侵されざるもの~]]|
|183:[[ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(前編) ]]|坂上智代|193:[[贖罪/罪人たちと絶対の意志(前編)]]|
|183:[[ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(前編) ]]|白鐘沙羅|194:[[銀の意志、金の翼]]|
|183:[[ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(前編)]]|&color(red){二見瑛理子}||
|183:[[ファイナル・ミッション/奪う者、奪われる者(前編)]]|月宮あゆ|192:[[終着点~侵されざるもの~]]|
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