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「戦う理由/其々の道(前編)」(2007/11/18 (日) 15:25:43) の最新版変更点
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**戦う理由/其々の道(前編) ◆sXlrbA8FIo
森の中を疾走する影が一つ。
拳銃を片手に鬼のような形相で走るその影は坂上智代と呼ばれた少女だった。
だが怒りに支配されたその表情は昔の面影など最早残ってはおらず、知人でも一瞬では彼女とわからないほどであった。
ハクオロを殺す為、その仲間を殺す為、彼女はひた走る。
目的はそれだけ、他に考えることは何もない。
だが気持ちとは裏腹に全身を痛みが襲う。
自分が思っている以上に走るだけで体力が消費されていくのがわかった。
(もうじき夜が明けるな)
先急いでこの疲労が溜まっているところに、夜に休息を取った人間が現れたら自分の不利は否めない。
少しでも休息を取るか――と考え足を止めようとしたその時、智代の視界に一つの建物の姿が見えた。
すぐさまバックを広げる、おそらく位置と外見から察するにホテルであろう事がわかった。
(――休めという神の啓示だろうか?)
考えながら智代は自嘲しながら首を振る。
馬鹿馬鹿しい、神なんかいない。
いたとしても自分をこんな所に送り込んだ神なんて崇めやしない。
しかし事実休息を取ろうかと思った矢先に利便な場所に辿り着けたのは幸運なことだ。
同じように考えている人間がいるかもしれないが、見つけたら殺せばいいだけだ。
周囲を確認しながらホテルへとゆっくりと近づいていく。
あたりに人の気配はしない。少なくとも外には誰もいないようだ。
そのまま警戒しながら玄関を潜ろうとして破損が激しいことに気付く。
(これは戦闘跡か……?)
とりあえずは注意深く玄関を潜る。
柱に隠れながらホール全体を見渡すが、人の気配は感じられないほど静まり返っていた。
そしてフロントのすぐ横に『STAFF ONLY』と書かれた扉があることに気付く。
その扉の前に立つと銃口は扉に向けたままドアノブを軽く捻り――扉は静かに開かれた。
中には誰もいない。
どうやら事務所として使われている部屋のようだったが、横たわれそうなソファーも置かれていた。
扉は内側から施錠出来るようになっており、小さいが窓もある。
これなら突然襲われる可能性も低い上何かがあっても窓から逃げることも可能であろう。
何から何まで至れり尽くせりな環境に智代は微笑を浮かべると、ソファーへと身体を横たえる。
ハクオロへの怒りをその身に宿したまま、幼き殺人者は一時の休息に身を委ね静かに目を閉じた――
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
森に入ってからもうかなりの時間が経過していた。
地図に間違いがなければとうの昔に目的地であるホテルに着いてもおかしくないほどの距離を歩いたはずだ。
目の前はランタンの光がか細く照らすのみの暗闇。
山中と言う悪条件が延々と続いている足場。
背中に背負った伊吹風子の亡骸。
そして今までの出来事による精神的疲労。
これら全ての条件が重なり、蓄積した疲労が全身に押しかかり北川の動きを鈍らせていた。
北川自身はまったく気付いていないのだろうが、その歩みの速度は這っているのと遜色ないほど落ちていた。
「――潤、大丈夫? 少し休憩しない?」
隣を歩く梨花が心配そうに眉をひそめながら尋ねる。
梨花の目から見た北川の顔は汗が噴出し、今にも倒れそうなほどに蒼白だった。
「……なんてことねえさ」
体勢を整える様に風子の身体を担ぎなおしながら北川は答えると、平静を装うように歩む速度を速める。
だがその直後、思いついたかのように足をピタリと止めると後ろを振り向きながらはにかみながら言った。
「俺のことは良いから、梨花ちゃんがきつくなったらすぐに言ってくれ。
急ぎたいのは山々だけどそれで倒れでもしたらしょうがないしな」
なんて事を言うのだろう、と北川の表情に梨花は一瞬ドキリとさせられてしまっていた。
「……わかったわ。先を急ぎましょう」
なんとかそう答えながら北川に並ぶように歩幅を合わせ駆け出していた。
幾ら男性で幾ら年上とは言え、今までの事で疲れが出ていないわけがない。
風子を背負っているのだから尚更だ。
自分がこれだけきついのだから北川の疲労はその遙か上を行ってるに違いないはず。
そう思ったからこその発言だったのだが……まさか自分が逆に言われるとは思いもしなかった。
(強がっちゃって……)
梨花の思いも当然のことで。
歩く速度が上がったのはほんの一瞬で、北川自身は気付いていないだろうが速度はまた先程と同じまでに落ちていた。
だが、これ以上は梨花は何も言えなかった。
北川はあくまで梨花を守る立場だと考えている。
自分が弱みを見せてはいけない、安心させてやらなければいけない。
そんな事を考えていると言うことが一瞬でわかる微笑みだった。
彼は似ているのだ。
時折見せる行動がかけがえのない仲間である前原圭一の姿とかぶって見える。
思い返してみれば北川の発言はいつもそうだった。
自分に対しても風子に対しても、自分で全てを背負うと言った傾向が多く取れる。
それはやはり子供として見られているせいだからかもしれない。
だが、もう少し自分を頼ってくれても良いじゃないか。
守られる立場……それはこの島ではどんなに有利なことだろう。
だがわけもわからずこの島に来たときとはもう状況が二点も三点も変わってしまってきている。
守られるんじゃない。肩を並べたい、助けたい。
喜びも、苦しみも、目の前の彼と共有したい。
そんな事を考えながら……それでも北川に対して反論することが出来なかった自分が情けなかった。
ジレンマを抱えながら手に持ったレーダーに視線を移す……と、レーダーの範囲ギリギリに表示された五つの光点の姿が目に映った。
「潤! 止まって!!」
叫びながら反対側の手に持ったランタンの光を消す。
かろうじて見えていた景色が一瞬で闇に染まる。
「反応か?」
「……五つあるわ」
両手のふさがった北川に見えるようにレーダーを彼の顔へと近づけ、そして続けるように言った。
「多分距離的にホテルだと思う。そのうち二つは純一達。残り三つは増えた仲間……って考えるのは楽観的かしらね」
「それだったらどんなに良い事だろうけど……ホテルでもなければ純一たちでもない。まったく知らない奴らが戦闘中って可能性もあるな」
「……よね」
「とは言え俺らには進むしか道はないよな」
北川の言葉に梨花は肯定を示すようにこくりと頷く。
不鮮明な足場を手探りで進みながら一歩一歩進んで行くと、木々の隙間から何か建物らしきものがかすかに見えた。
「梨花ちゃん、あれ!」
「ええ、ホテルで間違いないようね」
言いながら再び光点を見やるが、誰も動いたりしている様子はなさそうで最初の場所から動いてはいない。
ホテルのほうからも戦闘らしき音が聞こえてくることもなく、耳には風の音のみが届いていた。
おそらくは戦闘は起こってないだろう……だがこの光が生命反応でない可能性もあることが、自分らの位置に四つの光があることで示されている。
「パソコン使うか?」
「ダメよ。仮にあの中に純一がいても安全かどうかの百パーセントの保証なんて出来ない。
だったら制限回数があるものを私達だけの判断で使うのはもったいないわ」
自分達にとって最良の賽の目。
それは勿論あそこにいるのが純一たちで残りの三つはその仲間であること。
逆に最悪なのは、四人が殺され殺人者が一人ホテルにいると言う可能性。
パソコンで一人の名前がわかったところでどちらとも言えないのだ。
ここで考えているだけではどうしようもないのもわかっていたから……梨花は小さく声を出した。
「潤。私が中の様子を見てくるわ。安全だとわかるまでここで休んでいて」
「……え?」
梨花の突然の言葉に北川が目を丸くしながら間の抜けた声を上げる。
「何を言ってるんだ、一人じゃ危ないだろ?」
「……そんな身体で、もし誰かに襲われたらなんとかなる? 風子を背負いながら?」
「俺が行くよ。梨花ちゃんはここで風子と一緒に待っててくれ」
きっぱりと告げた北川の提案を否定するように梨花は首を振った。
「私より――」
その先を言うのは思わず躊躇われた。
続けるのは北川の心意気を無駄にしてしまう行為。
だがいつまで私は守られなければいけないのか。
そう思ったら自然と口が開いていた。
「――私より、危ないのはあなたよ……潤」
「……俺?」
「どう見たってふらふらじゃない。そんなんじゃもし襲われたらひとたまりもないに決まってる」
「そんなことないって言ってるだろ?」
「そんなことあるのよ!」
「ないよ!」
「ふらふらな潤が行くより、まだ走れる私が行くほうがいいに決まってる。
もしもの時は武器だってある!」
スプレーと指にはめたヒムイカミの指輪を差し出しながら、怒気を隠そうともせず梨花は言い放っていた。
「私を仲間だと思ってくれるなら……少しは力にならせて」
泣き出しそうな悲しげな表情で訴える梨花に、北川は思わず口ごもってしまう。
「……わかった。甘えるよ」
そう言うと北川は風子の身体を地面に横たえると、自身も地面へと座り込んだ。
「ただし、だ――レーダーは梨花ちゃんが持って行くこと。十分たっても戻ってこなければ俺はすぐ後を追って中に入る。
これは絶対に譲れない条件だ」
「……わかったわ。ありがとう、潤」
◆
梨花はそう言い残すと、すぐ戻るし身軽のほうが良いからと自身のバックは潤の元へと置いたまま駆け出していった。
残された北川は風子の顔を撫でながらボンヤリと考えていた。
「仲間だと思ってくれるなら――か」
梨花ちゃんの事を仲間じゃないなんて思ったことは無い。
仲間だからこそ守りたいと考えていた。
でも結果的にそれは梨花との誓いを一方的に履行しているのとなんら変わりないのだと言うことに気付いた。
「あの誓いは俺だけじゃなく梨花ちゃんが俺に対してってのも含まれていたんだよな。
自分だけの力で何とかしようなんて仲間を信用してない証拠じゃないか。
何度同じ間違いを繰り返せばいいんだろうな俺は……」
すれ違い続ける梨花との仲間意識の違いに北川は項垂れていた。
梨花ちゃんを信じよう、仲間の好意に甘えよう。
十分だけ、十分だけ休んだらすぐ行動開始だ。
あの世で見てろよ風子。
俺が本気を出したらどうなるか、驚きのあまり声も出ないこと間違い無しだぜ。
そう考えながら風子の頬を撫でる手がだんだんとゆっくりとなり、気だるさに身を任せるように北川の意識は闇のまた闇へと落ちて行くのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
梨花が北川と別れホテルへと向かった頃、ホテルの裏口では小さな音が断続的に響いていた。
音の震源地にはスコップを持つ純一ときぬの姿。
疲れた身体をも厭わずに、二人は無言のまま地面を掘り返していた。
すでに人一人分ぐらいは余裕で入りそうな穴が一つ。
その傍らには先程の戦闘で純一を庇い死んだことり。
一見すればただ眠っているような安らかな表情をしている。
それでも彼女は二度と目覚めることはない。
その眠りを邪魔されることがないように静かに埋葬させたい。
そう考えた純一はホテルに置いてあったスコップを探し出し、きぬにそう提案して今に至っていた。
「なあ純一……」
終始無言だったきぬがぽつりと口を開く。
「ん?」
土を掘り返す手を止め、何事かときぬへと純一は振り返る。
だが呼びかけた当の本人は二の句を告げるのを躊躇していた。
「どうした?」
純一は不思議そうにきぬの顔を見つめるが、きぬは目を合わそうとせず視線は泳がせたままだ。
「呼んでみただけとかだったら続けるぞ?」
そう言って純一は再びスコップを握り締め――
「あーあーあー、待った待った」
きぬが両手をばたつかせながら純一に駆け寄り、その手を慌てて押さえる。
「えーと……だ。なんだ……その……」
言葉は続けようとしているのだろうが俯き口ごもったままきぬは要領を得ない。
「うん?」
「んと……言いたくなかったり言うのがきつかったら答えなくていいからな」
「わかった」
「その……ことりって純一の事好きだったよな?」
「そう……なのか?」
思いもよらないきぬの質問に純一はポリポリと頭をかきながらお茶を濁すように答える。
「ぜってーそうだって。じゃなきゃ最後にあんな嬉しそうに笑ったり出来ねえって」
「そうか……」
純一は思わずことりのほうに顔を向けていた。
今でも鮮明に思い出されることりの姿。最後の言葉。最後の笑顔。
流しつくしたと思っていた涙が再び押し寄せてきたのがわかった。
だがそこで純一は握られた手がギリギリと締め付けられるのに気付き、意識は目の前の少女へと戻される。
身体を震わせながら……きぬが言葉を続けた。
「純一は……純一は……ことりの事好きだったか?」
「なんだよ急に」
「いいから!」
その強い口調に適当にお茶を濁すような返事は出来ない義務感に駆られる。
何故いきなりこんな質問を投げかけられているのかはわからないが真面目に答えなければいけないように感じた。。
「ああ、好きだったよ」
「――!」
「大事な……大好きな友達だった」
「そ、そか、Likeか。そっかそっか」
「それがどうかしたか?」
「いやなんでもねー、なんでもねーよ!」
いいながら反射的に純一の顔を見やり、当たり前のように二人の視線が交差した。
瞬間、きぬは顔を真っ赤にしながら後ろを振り返ってしまう。
「蟹沢……?」
「ほらあれだ。ボクってば純一の昔の生活の事なんて聞いたことなかったじゃないか。
だからどんなんだろうってちょっと気になっただけ! そんだけだよ!
純一が誰を好きだって関係ないし、それになんも深い意味なんかないんだかんね!!
ほら、さっさと続き続き! 早く埋めてやろうぜ!」
きぬは息継ぎもせずにまくしたてたかと思うと、再びスコップを手に取り土を掘り返しだした。
それ以上純一に何かを聞かれるのを拒むようにきぬは一心不乱に土を掬う。
「蟹沢、一つ良いか?」
きぬの勢いに思わず放心状態に陥りながらも、すぐさま我に返りゆっくりその背中へと歩み寄る。
「俺の友達はみんな死んじまった。もう誰もいない。
でも俺は一人じゃない。仲間が出来た。この場にはいないけれど道を同じくしてくれるつぐみや悠人、北川や梨花ちゃんがいる。
そして隣には蟹沢、お前がいる。だから俺は戦える。理想を理想で終わらせるつもりなんかねえ」
そしてきぬの頭に軽く手を乗せて……
「だから……ありがとうな」
優しい口調で微笑みながらそう告げていた――が
「……くせえ、くせえんだよっ! なんだその歯が浮くような寒い台詞は!? やばい薬でもやってんじゃねーのか!?」
「な……俺はなんとなく元気がないように見えたから励まそうと――」
「あー、うるさいうるさい。聞こえない。ヘタレの声なんて何にも聞こえないもんねー。しっしっ、寄るなヘタレ菌がうつるわっ!」
と顔を真っ赤にしながら暴れていた。
◆
「――あの様子だと敵ではないようね……そして死体が一つにこの場にいないつぐみで四つ……か」
純一ときぬの会話の一部始終を見ていた梨花は、レーダーを見ながら隠れるように状況を整理する。
勿論隠れているのにも正当な理由があった。
と言うより最初純一の姿を見かけた瞬間すぐ声をかけるつもりではあったのだ。
だがいざ声をかけようとした瞬間、なにやら二人の間に重い空気が漂い始めたのを感じつい出そびれてしまったのだ。
そして途中から出て行くことも叶わず覗きのような真似をしながら今に至る……と言うわけである。
「あの二人間違いなく状況わかってないわよね……はあ」
あたりを警戒する様子も無く、傍目からはただじゃれあってるようにしか見えないバカップル……。
本当に純一を信じて大丈夫なのかと疑ってしまいそうになりながら、梨花は愚痴をこぼしつつも二人へと声をかけるのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
暗闇の中で我輩は考え続ける。
我輩を捕まえてこんなところに押し込んだ二人組はどうやら別行動を取ったらしい。
それを聞いた時は好機かとも思ったがなにやら十分で合流するとか言っておる。
一人になったとしてもたった十分しかない。
ならば無理をして今動いて怪しまれるよりまたしばらく機を伺うか。
そう考えた直後だ。
なにやら外から重苦しい音が聞こえてくる。
グガー……と耳に届くそれは教室でよく聞いたあれと同じだ。
そう、我輩の予想が正しければ外にいる人間は豪快にいびきまで掻いて眠っておる。
何が十分たったら後を追う――か。
まあよほど疲れていたのであろう。それについては是非を問うまい。
それよりもこれは間違いなく千載一遇の好機である。
外には一人、しかも快適に眠っておると見て間違いない。
我輩を邪魔するものは今はいないということだ。
だがあと十分で先程別れた者が帰ってくるであろう、いやホテルが安全だとすぐにわかればそれより早いやもしれん。
なればこそいち早くの行動を。
そうだ、支給品リストを奪いこの場から去るのだ。
そう思った我輩は逸る気持ちを抑えながらバックの入り口と思わしき部分に嘴を寄せる。
待っていてくれ祈よ。
今こそ我輩はこの島から飛び立てる望みを得ることが出来たのだ――
「む?」
ここではないのか。それでは――
「……ちょっと待つのだ」
考えたくは無い現実から目を逸らそうと我輩は嘴で内側から突きまくった。
「………………」
数十回それを繰り返し、我輩の中で結論が出た。
認めたくはない。
だがこれが現実なのだから敢えて受け入れよう。
「中からは開かんのか……」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「梨花ちゃん……無事で良かった」
「純一、あなたもね……でも、つぐみは?」
「ああ、つぐみは今もう一人増えた仲間と別行動を取ってるけどあいつも無事だ」
「そう、本当に良かったわ」
他にも仲間が増えた。
これで五つの光点の正体がはっきりとわかり、梨花はようやく緊張を解く。
「それより――」
そこで梨花が一人でいるという事実に純一は焦りの表情を浮かべながら尋ねる。
「まさか、風子だけじゃなく北川もなのか?」
「潤は大丈夫、無茶しすぎだったからすぐそこで無理やり休ませて私がホテルの様子を見に来たの。でも風子は……」
「……い」
「ああ、放送は聞いた。一体あれから何があった?」
よく見れば別れるまで綺麗だった梨花の服は真っ赤な血で染まっている。
「それは……」
「……おーい」
本人にそのつもりは毛頭無いのだろうが、言いづらそうに口ごもる梨花を助けるようにきぬが不機嫌そうな顔で声を上げていた。
「シカトすんなよなー、純一」
「ん、ああ、なんだよ」
「これが前話してた古手梨花か?」
そう尋ねるきぬの言葉に、梨花も思わず尋ね返す。
「そう言えば……彼女は?」
「ああこいつは蟹沢きぬ。梨花ちゃん達と別れてすぐ出会ったんだ。色々合って一緒に行動してる」
「そう。本当に信じても大丈夫? ってあの様子じゃ大丈夫そうだけどね」
「ああ、俺が保障する」
「…ら」
「……こっちも色々合ったわ。この場で一言じゃ語れないことが……」
「……話すのが辛いのはわかってる。でも俺達はお互いに話さなきゃいけないんだ。前に進むために」
「勿論、話さないつもりは無いわ。とりあえずここが安全なら潤を連れて来たいんだけど大丈夫かしら?」
「ああ、と言うか俺も一緒に行くよ。ことり御免、ちょっとだけ待っててくれ」
と、純一が横たわることりに顔を向けた瞬間臀部に衝撃が走る。
「……だーかーらー、ボクをシカトするなってーの!!」
痛みに腰が砕けそうになりながら視線を戻すと、きぬが片足を上げながら憤慨していた。
◆
「ボク知らなかったねー。純一が真性のロリコンだったなんてさー」
「だからちげーって」
「ボクの相手するより梨花ちゃんみたいな幼女相手してるほうが楽しいんだろー。もう隠さなくてもいいんじゃね?
だいじょぶ、ボクそう言うの偏見無いからさ。あ、でも半径三メートル以内には近づくなよ?」
「蟹沢っ!」
「おーこわっ、梨花ちゃーん。純一が怖いんだよ。なんとか言ってやってくれよ」
「純一。ボクにもちょっと近づかれると困るのですよ。にぱー☆」
「梨花ちゃんまで……」
彼らの能天気さは一体どこから来るのか。
梨花は頭を抱えたくなるのを必死に抑えながら二人を北川の場所へと案内していた。
思わず現実逃避に『古手梨花』を使ってしまうぐらいに。
(でも百貨店での私達もこんな感じだったけどね……)
風子の事が思い出される。
あの頃は本当に平和だった、楽しかった。
殺し合いなんか偽りだと感じるほどのように。
ならばこれはこれでいいのかもしれない。
また何かしらの要因ですぐにでも壊れてしまう儚いものだけど。
それを今度こそ壊さないように皆で守っていこう。
梨花はそう心に誓う。
「――なのに」
目の前の光景にたった今立てた誓いがガラガラと崩されていきそうになる。
「なにが十分で絶対後を追う、よ!!!」
いびきまで掻きながら気持ちよさそうに眠り続ける北川の姿を見て、梨花はその場にへたり込むしか出来なかった……。
◆
一向はホテルに戻り、梨花は今まで自分たちの身に起こったことを全て話した。
純一ときぬは聞きながら、やるせない感情に襲われる。
「もう彼にはあの事で立ち止まって欲しくないから。
潤自身の口から話す事で再び後悔の念に駆られる姿なんて見たくなかったから。
お願い二人とも……潤を責めないで欲しいの」
風子の遺体はもうここにはない。
北川に黙って埋めることに抵抗も覚えたが、いつまた危険になるともわからない事を考え
ことりの遺体と一緒に純一たちが掘った穴へと埋めてきたのだった。
三人の傍らで未だ夢の世界に旅立っている北川を梨花は悲しげに見つめながら言った。
「責めれねえよ……くそっ!」
夢で見た少女の姿。
少し幼い印象を受けたが梨花の話と照らし合わせると確かにあれは風子に思える。
そして風子の独白と確かに一致していた――だから純一はそれを信じられる。
それはすなわち鷹野の卑劣さへと繋がるのだ。
風子は確かに優勝していた。
仲間が一人、また一人と自分の為に死んでいく望まぬ結果。
あの絶望の絶叫を忘れることなんか出来やしない。
純一の心に沸くのは鷹野に対する激しい憎悪。
(この会話もどうせ聞いてるんだろう、鷹野?)
山頂での件といい、どこまで自分達を弄べば気が済むのか。
思わず後ろにあった壁を殴りつけていた。
「――――なんだ!?」
その音に驚きの声を上げながら北川がようやく永い眠りから目を覚ましていた。
◆
(塔?)
(ああ)
北川も交え純一達の行動を聞く中、出てきたキーワードに北川と梨花の顔がクエスチョンマークに変わる。
(それを見つけた瞬間俺の首輪が点滅を始めた。正直もうダメだとは思ったよ)
鉛筆を走らせる純一の姿を続けて目で追う。
あの山頂での警告を真に取るのであれば口頭で説明していることがバレれば今度こそ爆破されるだろう。
四人は他愛の無い雑談をしてる振りを装いながら現状整理の筆談を進めていた。
(俺らが来るときはそんなもの無かったぞ)
(ああ、仕組みはわからないが"見えない"ようになっているらしい。俺らが見つけれたのも鷹野にしてみれば想定外だったんだろうな)
(怪しいな……)
(ええ警告だったにしろ、それだけで首輪を爆発させようとするなんて何かあるわね、やっぱり)
地図に表示されてない何か、それがやはり存在することが純一たちの話ではっきりとした。
となれば廃坑の入り口もどこかに隠されているのは最早間違いないだろう。
机に広げられている純一の地図をそっと指差し、なぞりながら梨花は言っていた。
「首輪で思い出したけど……風子の死体を埋めたんなら首輪を調べるのはどうするつもりだ?」
唐突に北川が梨花へと尋ねる。
「ああ、あれね……嘘よ。」
「う、うそぉ?」
「潤の覚悟を知りたかっただけ、だってほら首輪ならあるじゃない。鳥の首についてたのが」
いきなりすっとんきょうな声を上げる北川に驚きながら二人に耳を向け、
「鳥!?」
その後に出てきた単語にきぬは驚きを隠せず叫んだ。
「鳥ってまさか……」
同じように純一もその単語へと反応を示している。
「ちょ、ちょっとそれ見せてくれ。ボクの知り合いかもしんねー。」
「知り合いって……鳥が?」
「あー、うん、鳥なんだけど。なんちゅーか、ある意味人間に近いって言うか。
まあ見りゃわかるって!」
「いや見ても鳥だったんだけど……」
意味も良くわからずながらも梨花は自身のバックをきぬへと渡す。
きぬはそのバックを勢いよく開け放ち中へ手を伸ばした――
◆
我輩は焦っていた。
蟹沢がいるのは非常に拙い。
自分が無害な畜生であると装う事が、我輩に取っての最大の"あどばんてーじ"である事なのに。
これではばれてしまうではないか。
この状況で引っ張り出されたらもはや喋れると言う事を隠し通すのも不可能であろう。
どうすれば良いのだ、祈よ。
動けない状況では流れに身を任せるしかない。
土永さんはただ不安に怯えながら外の会話を聞き漏らさぬように意識を集中させていた。
だが、聞こえてきた恐るべき発言に土永さんの身は凍りついてしまう。
『――首輪ならあるじゃない。鳥の首についてたのが』
我輩の首輪を取るだと……?
それだけはだめだ、なんとか逃げなければ。
でもどうやって。
鞄が開かれた瞬間に飛び立てば……この痛む翼で飛べるのであろうか?
否、無理でも羽ばたかせなければいけない。
外では何かが騒がしいが最早それを聞いていられるほどの余裕は我輩には無かった。
そうしているうちに目の前に眩しい光が押し寄せる。
鞄が開いた――とそう認識したと同時に何者かの手が我輩の身体をがっしりと掴んでしまっている。
そして我輩は間髪いれずにバックの中へと引きずり出されてしまっていた。
急激な光に目の前が真っ白になり、前が良く見えない。
「やっぱり土永さんかよ」
かろうじて耳に届いた蟹沢の声。
つまりこれは蟹沢の手と言うことか……。
我輩は前が見えないのも構わず嘴を勢いよく振り落とした。
「――いてっ!」
我輩の嘴は上手く蟹沢の手に刺さったようだ。
我輩を掴む手から力が抜けたのを確認すると身体を暴れさせ、その手から脱出しようと試みる。
「いてーじゃねーか、なにすんだよっ!」
ボンッと頭を軽い強い衝撃を襲う。
まったく……この娘は加減と言うものを知らんのか。
思わずもう一撃お見舞いしてやろうと嘴を振り上げようとしたところで、我輩の頭に冷たいものが落ちるのを覚えた。
毛並みをたどって嘴まで零れ落ちてきた液体――涙?
曇る視界の中おぼろげに見えた蟹沢の顔からは涙の線が一滴たれ流れていた。
傍らにいるほかの三名は何がなんだかとわからないような表情でそれを眺めていた。
「なんでかなー。わかんないけど涙が出てくんだよね。
鳥相手になにボクってばこんなに喜んじゃってんだろうね、あはは」
「蟹沢……」
もう蟹沢の仲間であったものが佐藤良美を除いて全員死んでいることは知っていた。
しかしまさかそんな事を言われるとは思っても見なかった。
感涙までもされるとも思っていなかった。
土永さんは呆然と目の前の旧友(?)の顔を見つめながら呟いていた。
◆
「喋れる鳥とはなあ……わかっちゃいたけどますます俺らの世界とは違うってのが実感できるぜ」
北川が土永さんをまじまじと眺めながら口火を切る。
「ボクたちのとこだって喋れるのなんか土永さんぐらいのもんだよ」
「鳥鳥と、お前ら我輩を馬鹿にしすぎではないのか?」
怒りを示すようにばたつかせる羽根には、北川達が百貨店から持ち出したハンカチが巻かれている。
目の前の鳥が人間の言葉を理解し、話せると言うこと。
そしてきぬとは旧知の仲であると言う事を聞かされた北川と梨花は
撃ってしまったこと、そして首輪を外そうと画策していた事に関して謝罪を入れる。
尤も、鳥相手と言うこともあって訝しげな表情を浮かべたままではあったのだが……。
今までどうしていたと言うきぬの質問に対して土永さんは「どうして良いかわからずただ飛び回って逃げていた」とだけ嘘をついた。
その発言を「まあ鳥だからしょうがないよな」とあっさりと信じられた時は納得がいかない憤りを感じたが
(ちと不安ではあるがしばしの盾兼目晦ましな存在にはなってくれるであろう)
無害を装えるのであればそれでいい、と土永さんはそこは触れずに流すことにした。
(話はそれたけど……)
と純一が再び鉛筆を握り紙を手に取る。
(ともあれこれからどうするか……だ)
(まずパソコンで探したい人物の場所が検索出来るのは大きい。
仲間を集めるのに大いに有利だ。だったらまだ見つかってない知り合いを探すのに良いんじゃないかと思う)
(確かに俺も梨花ちゃんも探したい知り合いはいるさ。
でもこれをこんな所で使ってしまっていいのかって疑問が出た。
見つけたいのは山々だ。今この瞬間にも危険な目にあっているかもしれないんだからな。
それでも長い目で見たらまずお前らと合流してから、と言う結論に達した)
(……俺も蟹沢も探したい知り合いはすでにこの世にはいない。
こんな辛い思いを経験したから言えるのかもしれないが、使える物は先に使っておくべきだと考えるぜ。
後悔はしてからじゃ遅いんだからな……)
(だな、それに俺の方は別に後で構わない)
(グダグダ言ってねーでその前原圭一ってのを探しちゃっていいんじゃねーの?)
(でもつぐみさんは? 彼女だって武さんを探し出したいはずじゃ――)
「――大事な話の中申し訳ないのだが……我輩とても暇なのである」
土永さんのその発言で四人は思わず目を丸くした。
筆談に集中するあまりカモフラージュの雑談すらするのを忘れていたからだ。
これでは無言の中で土永さんの台詞が不自然に鷹野に聞こえた可能性もある。
「あーあー、そうだな、よしボクとなんかダベってようぜ」
「いや、蟹沢はみなと……」
その先を喋れぬようにきぬは土永さんの口を押さえ込むと乱雑に鉛筆を走らせる。
(だから盗聴されてんだってば! ばれるようなこと言うなっての!)
きぬの剣幕に慌てて首を縦に振ると、ようやく手がそこで離された。
「ダベると言っても何を話すと言うのだ?」
「んなことなんでもいいぜ。ってかいつも五月蝿いぐらい喋り捲ってるのに今日の土永さんおとなしすぎるんじゃね?」
「五月蝿いとは失礼な。我輩はお前らの小さな脳みそでも理解できるように、ありがたい説法を聞かせてやっているだけだと言うのに」
「なんだとー!」
「――そんなに怒んなよ、カニ」
「がー、レオの声でそんなこと言うんじゃねえ! ぶち殺すぞこの鳥公!」
人間と鳥の漫才。
呆れた表情を浮かべながら三人はその様子を見つめていたが
(あっちは蟹沢に任せてよう。いいカモフラージュだ。俺らも適当に相槌を打っておけばいいさ)
北川の言葉に頷きながら純一も続ける。
(それよりも前原圭一の場所を確認だ。つぐみだってそこまで目くじら立てて怒ることはしないさ)
(そうかしら……せめて戻ってからでも……)
悩む梨花の背を押すように北川がパソコンを立ち上げ『現在地検索機能』を起動する。
羅列された名前の一覧の中にあった前原圭一の文字。
それを一回クリックするとカタカタとパソコンが稼動音を上げ、画面には検索中の文字が表示された。
中央のバーが五%、十%と進行情報を示してくれている。
これが百になれば圭一の場所が表示されるんだと直感した梨花の顔に僅かな笑みが浮かんでいた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「人の声――!」
智代は唐突に目を覚ました。
どれくらい眠っていたのかはわからないが、疲れはあまり抜けている様子は無い。
さもすればほんの僅かな時間だったのだろうと考える。
本調子とは到底言えないが、燻る意識の中で自分自身に活を入れながら立ち上がる。
「何者であろうと……この場に居合わせたからには殺す!」
耳障りな笑い声が智代の耳に響く。
何を話しているか内容まではさっぱりわからなかったがその楽しそうな声に苛立ちは隠すことも出来なかった。
誰が何人いるかもわからない状況の中、声のする方角へと慎重に歩を進める。
薄暗いロビーの中、一つの扉の隙間から光が漏れているのがわかった。
そろりと扉に近づくと中の様子を探ろうと耳を当てる。
何人かの声がする。
内容を聞き取ろうと耳に意識を集中させた直後、智代の脳に届いた言葉に持っていた銃を取り落としそうになっていた。
『レオの声でそんなこと言うんじゃねえ』
(今なんと言った? レオ? いや対馬レオはもう死んでいるはずだ。
そうじゃない、その先を思い出せ。中の人間はレオの声だと言った。
土永と呼ばれたと人間がレオの声を使ったと。どう言うことだ? そうだ、それは――)
喜びに身が打ち震え、笑い声が漏れそうになるのを智代は必死に抑える。
自分をこのように変えてしまった原因の一端を担ったもの。
口真似を操る殺人者。
中の会話が本当ならそれが土永と言う者でほぼ間違いは無いだろう。
だが智代にはその名前には聞き覚えがあった。
そう、それはまだ自分がここに来た当初の話。
同じ志を持った一人の少女から知り合いの者の名前を聞いた――その中にいたはずだ。
(それでは何か? 彼女は自身の知る者によってその命を散らされたということなのか?)
――憎い。
(土永ぁぁぁぁぁぁぁっ!)
――憎い憎い憎い。
間髪いれずに湧き上がる不の感情。
ハクオロと比でるほども出来ないほどの憎しみ。
(ただ殺しはしない、今まで生きていたことを後悔するように苦しめてから殺してやる!)
その感情に流されるように智代は扉を蹴りつけ、轟音とともに扉が開けはなれた。
|178:[[信じる者、信じない者(Ⅲ)]]|投下順に読む|179:[[戦う理由/其々の道(後編)]]|
|:[[]]|時系列順に読む|179:[[戦う理由/其々の道(後編)]]|
|175:[[クレイジートレイン/約束(後編)]]|朝倉純一|179:[[戦う理由/其々の道(後編)]]|
|175:[[クレイジートレイン/約束(後編)]]|蟹沢きぬ|179:[[戦う理由/其々の道(後編)]]|
|172:[[悲しみの傷はまだ、癒える事もなく]]|北川潤|179:[[戦う理由/其々の道(後編)]]|
|172:[[悲しみの傷はまだ、癒える事もなく]]|古手梨花|179:[[戦う理由/其々の道(後編)]]|
|172:[[悲しみの傷はまだ、癒える事もなく]]|土永さん|179:[[戦う理由/其々の道(後編)]]|
|174:[[おとといは兎を見たの きのうは鹿、今日はあなた]]|坂上智代|179:[[戦う理由/其々の道(後編)]]|
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**戦う理由/其々の道(前編) ◆sXlrbA8FIo
森の中を疾走する影が一つ。
拳銃を片手に鬼のような形相で走るその影は坂上智代と呼ばれた少女だった。
だが怒りに支配されたその表情は昔の面影など最早残ってはおらず、知人でも一瞬では彼女とわからないほどであった。
ハクオロを殺す為、その仲間を殺す為、彼女はひた走る。
目的はそれだけ、他に考えることは何もない。
だが気持ちとは裏腹に全身を痛みが襲う。
自分が思っている以上に走るだけで体力が消費されていくのがわかった。
(もうじき夜が明けるな)
先急いでこの疲労が溜まっているところに、夜に休息を取った人間が現れたら自分の不利は否めない。
少しでも休息を取るか――と考え足を止めようとしたその時、智代の視界に一つの建物の姿が見えた。
すぐさまバックを広げる、おそらく位置と外見から察するにホテルであろう事がわかった。
(――休めという神の啓示だろうか?)
考えながら智代は自嘲しながら首を振る。
馬鹿馬鹿しい、神なんかいない。
いたとしても自分をこんな所に送り込んだ神なんて崇めやしない。
しかし事実休息を取ろうかと思った矢先に利便な場所に辿り着けたのは幸運なことだ。
同じように考えている人間がいるかもしれないが、見つけたら殺せばいいだけだ。
周囲を確認しながらホテルへとゆっくりと近づいていく。
あたりに人の気配はしない。少なくとも外には誰もいないようだ。
そのまま警戒しながら玄関を潜ろうとして破損が激しいことに気付く。
(これは戦闘跡か……?)
とりあえずは注意深く玄関を潜る。
柱に隠れながらホール全体を見渡すが、人の気配は感じられないほど静まり返っていた。
そしてフロントのすぐ横に『STAFF ONLY』と書かれた扉があることに気付く。
その扉の前に立つと銃口は扉に向けたままドアノブを軽く捻り――扉は静かに開かれた。
中には誰もいない。
どうやら事務所として使われている部屋のようだったが、横たわれそうなソファーも置かれていた。
扉は内側から施錠出来るようになっており、小さいが窓もある。
これなら突然襲われる可能性も低い上何かがあっても窓から逃げることも可能であろう。
何から何まで至れり尽くせりな環境に智代は微笑を浮かべると、ソファーへと身体を横たえる。
ハクオロへの怒りをその身に宿したまま、幼き殺人者は一時の休息に身を委ね静かに目を閉じた――
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
森に入ってからもうかなりの時間が経過していた。
地図に間違いがなければとうの昔に目的地であるホテルに着いてもおかしくないほどの距離を歩いたはずだ。
目の前はランタンの光がか細く照らすのみの暗闇。
山中と言う悪条件が延々と続いている足場。
背中に背負った伊吹風子の亡骸。
そして今までの出来事による精神的疲労。
これら全ての条件が重なり、蓄積した疲労が全身に押しかかり北川の動きを鈍らせていた。
北川自身はまったく気付いていないのだろうが、その歩みの速度は這っているのと遜色ないほど落ちていた。
「――潤、大丈夫? 少し休憩しない?」
隣を歩く梨花が心配そうに眉をひそめながら尋ねる。
梨花の目から見た北川の顔は汗が噴出し、今にも倒れそうなほどに蒼白だった。
「……なんてことねえさ」
体勢を整える様に風子の身体を担ぎなおしながら北川は答えると、平静を装うように歩む速度を速める。
だがその直後、思いついたかのように足をピタリと止めると後ろを振り向きながらはにかみながら言った。
「俺のことは良いから、梨花ちゃんがきつくなったらすぐに言ってくれ。
急ぎたいのは山々だけどそれで倒れでもしたらしょうがないしな」
なんて事を言うのだろう、と北川の表情に梨花は一瞬ドキリとさせられてしまっていた。
「……わかったわ。先を急ぎましょう」
なんとかそう答えながら北川に並ぶように歩幅を合わせ駆け出していた。
幾ら男性で幾ら年上とは言え、今までの事で疲れが出ていないわけがない。
風子を背負っているのだから尚更だ。
自分がこれだけきついのだから北川の疲労はその遙か上を行ってるに違いないはず。
そう思ったからこその発言だったのだが……まさか自分が逆に言われるとは思いもしなかった。
(強がっちゃって……)
梨花の思いも当然のことで。
歩く速度が上がったのはほんの一瞬で、北川自身は気付いていないだろうが速度はまた先程と同じまでに落ちていた。
だが、これ以上は梨花は何も言えなかった。
北川はあくまで梨花を守る立場だと考えている。
自分が弱みを見せてはいけない、安心させてやらなければいけない。
そんな事を考えていると言うことが一瞬でわかる微笑みだった。
彼は似ているのだ。
時折見せる行動がかけがえのない仲間である前原圭一の姿とかぶって見える。
思い返してみれば北川の発言はいつもそうだった。
自分に対しても風子に対しても、自分で全てを背負うと言った傾向が多く取れる。
それはやはり子供として見られているせいだからかもしれない。
だが、もう少し自分を頼ってくれても良いじゃないか。
守られる立場……それはこの島ではどんなに有利なことだろう。
だがわけもわからずこの島に来たときとはもう状況が二点も三点も変わってしまってきている。
守られるんじゃない。肩を並べたい、助けたい。
喜びも、苦しみも、目の前の彼と共有したい。
そんな事を考えながら……それでも北川に対して反論することが出来なかった自分が情けなかった。
ジレンマを抱えながら手に持ったレーダーに視線を移す……と、レーダーの範囲ギリギリに表示された五つの光点の姿が目に映った。
「潤! 止まって!!」
叫びながら反対側の手に持ったランタンの光を消す。
かろうじて見えていた景色が一瞬で闇に染まる。
「反応か?」
「……五つあるわ」
両手のふさがった北川に見えるようにレーダーを彼の顔へと近づけ、そして続けるように言った。
「多分距離的にホテルだと思う。そのうち二つは純一達。残り三つは増えた仲間……って考えるのは楽観的かしらね」
「それだったらどんなに良い事だろうけど……ホテルでもなければ純一たちでもない。まったく知らない奴らが戦闘中って可能性もあるな」
「……よね」
「とは言え俺らには進むしか道はないよな」
北川の言葉に梨花は肯定を示すようにこくりと頷く。
不鮮明な足場を手探りで進みながら一歩一歩進んで行くと、木々の隙間から何か建物らしきものがかすかに見えた。
「梨花ちゃん、あれ!」
「ええ、ホテルで間違いないようね」
言いながら再び光点を見やるが、誰も動いたりしている様子はなさそうで最初の場所から動いてはいない。
ホテルのほうからも戦闘らしき音が聞こえてくることもなく、耳には風の音のみが届いていた。
おそらくは戦闘は起こってないだろう……だがこの光が生命反応でない可能性もあることが、自分らの位置に四つの光があることで示されている。
「パソコン使うか?」
「ダメよ。仮にあの中に純一がいても安全かどうかの百パーセントの保証なんて出来ない。
だったら制限回数があるものを私達だけの判断で使うのはもったいないわ」
自分達にとって最良の賽の目。
それは勿論あそこにいるのが純一たちで残りの三つはその仲間であること。
逆に最悪なのは、四人が殺され殺人者が一人ホテルにいると言う可能性。
パソコンで一人の名前がわかったところでどちらとも言えないのだ。
ここで考えているだけではどうしようもないのもわかっていたから……梨花は小さく声を出した。
「潤。私が中の様子を見てくるわ。安全だとわかるまでここで休んでいて」
「……え?」
梨花の突然の言葉に北川が目を丸くしながら間の抜けた声を上げる。
「何を言ってるんだ、一人じゃ危ないだろ?」
「……そんな身体で、もし誰かに襲われたらなんとかなる? 風子を背負いながら?」
「俺が行くよ。梨花ちゃんはここで風子と一緒に待っててくれ」
きっぱりと告げた北川の提案を否定するように梨花は首を振った。
「私より――」
その先を言うのは思わず躊躇われた。
続けるのは北川の心意気を無駄にしてしまう行為。
だがいつまで私は守られなければいけないのか。
そう思ったら自然と口が開いていた。
「――私より、危ないのはあなたよ……潤」
「……俺?」
「どう見たってふらふらじゃない。そんなんじゃもし襲われたらひとたまりもないに決まってる」
「そんなことないって言ってるだろ?」
「そんなことあるのよ!」
「ないよ!」
「ふらふらな潤が行くより、まだ走れる私が行くほうがいいに決まってる。
もしもの時は武器だってある!」
スプレーと指にはめたヒムイカミの指輪を差し出しながら、怒気を隠そうともせず梨花は言い放っていた。
「私を仲間だと思ってくれるなら……少しは力にならせて」
泣き出しそうな悲しげな表情で訴える梨花に、北川は思わず口ごもってしまう。
「……わかった。甘えるよ」
そう言うと北川は風子の身体を地面に横たえると、自身も地面へと座り込んだ。
「ただし、だ――レーダーは梨花ちゃんが持って行くこと。十分たっても戻ってこなければ俺はすぐ後を追って中に入る。
これは絶対に譲れない条件だ」
「……わかったわ。ありがとう、潤」
◆
梨花はそう言い残すと、すぐ戻るし身軽のほうが良いからと自身のバックは潤の元へと置いたまま駆け出していった。
残された北川は風子の顔を撫でながらボンヤリと考えていた。
「仲間だと思ってくれるなら――か」
梨花ちゃんの事を仲間じゃないなんて思ったことは無い。
仲間だからこそ守りたいと考えていた。
でも結果的にそれは梨花との誓いを一方的に履行しているのとなんら変わりないのだと言うことに気付いた。
「あの誓いは俺だけじゃなく梨花ちゃんが俺に対してってのも含まれていたんだよな。
自分だけの力で何とかしようなんて仲間を信用してない証拠じゃないか。
何度同じ間違いを繰り返せばいいんだろうな俺は……」
すれ違い続ける梨花との仲間意識の違いに北川は項垂れていた。
梨花ちゃんを信じよう、仲間の好意に甘えよう。
十分だけ、十分だけ休んだらすぐ行動開始だ。
あの世で見てろよ風子。
俺が本気を出したらどうなるか、驚きのあまり声も出ないこと間違い無しだぜ。
そう考えながら風子の頬を撫でる手がだんだんとゆっくりとなり、気だるさに身を任せるように北川の意識は闇のまた闇へと落ちて行くのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
梨花が北川と別れホテルへと向かった頃、ホテルの裏口では小さな音が断続的に響いていた。
音の震源地にはスコップを持つ純一ときぬの姿。
疲れた身体をも厭わずに、二人は無言のまま地面を掘り返していた。
すでに人一人分ぐらいは余裕で入りそうな穴が一つ。
その傍らには先程の戦闘で純一を庇い死んだことり。
一見すればただ眠っているような安らかな表情をしている。
それでも彼女は二度と目覚めることはない。
その眠りを邪魔されることがないように静かに埋葬させたい。
そう考えた純一はホテルに置いてあったスコップを探し出し、きぬにそう提案して今に至っていた。
「なあ純一……」
終始無言だったきぬがぽつりと口を開く。
「ん?」
土を掘り返す手を止め、何事かときぬへと純一は振り返る。
だが呼びかけた当の本人は二の句を告げるのを躊躇していた。
「どうした?」
純一は不思議そうにきぬの顔を見つめるが、きぬは目を合わそうとせず視線は泳がせたままだ。
「呼んでみただけとかだったら続けるぞ?」
そう言って純一は再びスコップを握り締め――
「あーあーあー、待った待った」
きぬが両手をばたつかせながら純一に駆け寄り、その手を慌てて押さえる。
「えーと……だ。なんだ……その……」
言葉は続けようとしているのだろうが俯き口ごもったままきぬは要領を得ない。
「うん?」
「んと……言いたくなかったり言うのがきつかったら答えなくていいからな」
「わかった」
「その……ことりって純一の事好きだったよな?」
「そう……なのか?」
思いもよらないきぬの質問に純一はポリポリと頭をかきながらお茶を濁すように答える。
「ぜってーそうだって。じゃなきゃ最後にあんな嬉しそうに笑ったり出来ねえって」
「そうか……」
純一は思わずことりのほうに顔を向けていた。
今でも鮮明に思い出されることりの姿。最後の言葉。最後の笑顔。
流しつくしたと思っていた涙が再び押し寄せてきたのがわかった。
だがそこで純一は握られた手がギリギリと締め付けられるのに気付き、意識は目の前の少女へと戻される。
身体を震わせながら……きぬが言葉を続けた。
「純一は……純一は……ことりの事好きだったか?」
「なんだよ急に」
「いいから!」
その強い口調に適当にお茶を濁すような返事は出来ない義務感に駆られる。
何故いきなりこんな質問を投げかけられているのかはわからないが真面目に答えなければいけないように感じた。。
「ああ、好きだったよ」
「――!」
「大事な……大好きな友達だった」
「そ、そか、Likeか。そっかそっか」
「それがどうかしたか?」
「いやなんでもねー、なんでもねーよ!」
いいながら反射的に純一の顔を見やり、当たり前のように二人の視線が交差した。
瞬間、きぬは顔を真っ赤にしながら後ろを振り返ってしまう。
「蟹沢……?」
「ほらあれだ。ボクってば純一の昔の生活の事なんて聞いたことなかったじゃないか。
だからどんなんだろうってちょっと気になっただけ! そんだけだよ!
純一が誰を好きだって関係ないし、それになんも深い意味なんかないんだかんね!!
ほら、さっさと続き続き! 早く埋めてやろうぜ!」
きぬは息継ぎもせずにまくしたてたかと思うと、再びスコップを手に取り土を掘り返しだした。
それ以上純一に何かを聞かれるのを拒むようにきぬは一心不乱に土を掬う。
「蟹沢、一つ良いか?」
きぬの勢いに思わず放心状態に陥りながらも、すぐさま我に返りゆっくりその背中へと歩み寄る。
「俺の友達はみんな死んじまった。もう誰もいない。
でも俺は一人じゃない。仲間が出来た。この場にはいないけれど道を同じくしてくれるつぐみや悠人、北川や梨花ちゃんがいる。
そして隣には蟹沢、お前がいる。だから俺は戦える。理想を理想で終わらせるつもりなんかねえ」
そしてきぬの頭に軽く手を乗せて……
「だから……ありがとうな」
優しい口調で微笑みながらそう告げていた――が
「……くせえ、くせえんだよっ! なんだその歯が浮くような寒い台詞は!? やばい薬でもやってんじゃねーのか!?」
「な……俺はなんとなく元気がないように見えたから励まそうと――」
「あー、うるさいうるさい。聞こえない。ヘタレの声なんて何にも聞こえないもんねー。しっしっ、寄るなヘタレ菌がうつるわっ!」
と顔を真っ赤にしながら暴れていた。
◆
「――あの様子だと敵ではないようね……そして死体が一つにこの場にいないつぐみで四つ……か」
純一ときぬの会話の一部始終を見ていた梨花は、レーダーを見ながら隠れるように状況を整理する。
勿論隠れているのにも正当な理由があった。
と言うより最初純一の姿を見かけた瞬間すぐ声をかけるつもりではあったのだ。
だがいざ声をかけようとした瞬間、なにやら二人の間に重い空気が漂い始めたのを感じつい出そびれてしまったのだ。
そして途中から出て行くことも叶わず覗きのような真似をしながら今に至る……と言うわけである。
「あの二人間違いなく状況わかってないわよね……はあ」
あたりを警戒する様子も無く、傍目からはただじゃれあってるようにしか見えないバカップル……。
本当に純一を信じて大丈夫なのかと疑ってしまいそうになりながら、梨花は愚痴をこぼしつつも二人へと声をかけるのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
暗闇の中で我輩は考え続ける。
我輩を捕まえてこんなところに押し込んだ二人組はどうやら別行動を取ったらしい。
それを聞いた時は好機かとも思ったがなにやら十分で合流するとか言っておる。
一人になったとしてもたった十分しかない。
ならば無理をして今動いて怪しまれるよりまたしばらく機を伺うか。
そう考えた直後だ。
なにやら外から重苦しい音が聞こえてくる。
グガー……と耳に届くそれは教室でよく聞いたあれと同じだ。
そう、我輩の予想が正しければ外にいる人間は豪快にいびきまで掻いて眠っておる。
何が十分たったら後を追う――か。
まあよほど疲れていたのであろう。それについては是非を問うまい。
それよりもこれは間違いなく千載一遇の好機である。
外には一人、しかも快適に眠っておると見て間違いない。
我輩を邪魔するものは今はいないということだ。
だがあと十分で先程別れた者が帰ってくるであろう、いやホテルが安全だとすぐにわかればそれより早いやもしれん。
なればこそいち早くの行動を。
そうだ、支給品リストを奪いこの場から去るのだ。
そう思った我輩は逸る気持ちを抑えながらバックの入り口と思わしき部分に嘴を寄せる。
待っていてくれ祈よ。
今こそ我輩はこの島から飛び立てる望みを得ることが出来たのだ――
「む?」
ここではないのか。それでは――
「……ちょっと待つのだ」
考えたくは無い現実から目を逸らそうと我輩は嘴で内側から突きまくった。
「………………」
数十回それを繰り返し、我輩の中で結論が出た。
認めたくはない。
だがこれが現実なのだから敢えて受け入れよう。
「中からは開かんのか……」
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「梨花ちゃん……無事で良かった」
「純一、あなたもね……でも、つぐみは?」
「ああ、つぐみは今もう一人増えた仲間と別行動を取ってるけどあいつも無事だ」
「そう、本当に良かったわ」
他にも仲間が増えた。
これで五つの光点の正体がはっきりとわかり、梨花はようやく緊張を解く。
「それより――」
そこで梨花が一人でいるという事実に純一は焦りの表情を浮かべながら尋ねる。
「まさか、風子だけじゃなく北川もなのか?」
「潤は大丈夫、無茶しすぎだったからすぐそこで無理やり休ませて私がホテルの様子を見に来たの。でも風子は……」
「……い」
「ああ、放送は聞いた。一体あれから何があった?」
よく見れば別れるまで綺麗だった梨花の服は真っ赤な血で染まっている。
「それは……」
「……おーい」
本人にそのつもりは毛頭無いのだろうが、言いづらそうに口ごもる梨花を助けるようにきぬが不機嫌そうな顔で声を上げていた。
「シカトすんなよなー、純一」
「ん、ああ、なんだよ」
「これが前話してた古手梨花か?」
そう尋ねるきぬの言葉に、梨花も思わず尋ね返す。
「そう言えば……彼女は?」
「ああこいつは蟹沢きぬ。梨花ちゃん達と別れてすぐ出会ったんだ。色々合って一緒に行動してる」
「そう。本当に信じても大丈夫? ってあの様子じゃ大丈夫そうだけどね」
「ああ、俺が保障する」
「…ら」
「……こっちも色々合ったわ。この場で一言じゃ語れないことが……」
「……話すのが辛いのはわかってる。でも俺達はお互いに話さなきゃいけないんだ。前に進むために」
「勿論、話さないつもりは無いわ。とりあえずここが安全なら潤を連れて来たいんだけど大丈夫かしら?」
「ああ、と言うか俺も一緒に行くよ。ことり御免、ちょっとだけ待っててくれ」
と、純一が横たわることりに顔を向けた瞬間臀部に衝撃が走る。
「……だーかーらー、ボクをシカトするなってーの!!」
痛みに腰が砕けそうになりながら視線を戻すと、きぬが片足を上げながら憤慨していた。
◆
「ボク知らなかったねー。純一が真性のロリコンだったなんてさー」
「だからちげーって」
「ボクの相手するより梨花ちゃんみたいな幼女相手してるほうが楽しいんだろー。もう隠さなくてもいいんじゃね?
だいじょぶ、ボクそう言うの偏見無いからさ。あ、でも半径三メートル以内には近づくなよ?」
「蟹沢っ!」
「おーこわっ、梨花ちゃーん。純一が怖いんだよ。なんとか言ってやってくれよ」
「純一。ボクにもちょっと近づかれると困るのですよ。にぱー☆」
「梨花ちゃんまで……」
彼らの能天気さは一体どこから来るのか。
梨花は頭を抱えたくなるのを必死に抑えながら二人を北川の場所へと案内していた。
思わず現実逃避に『古手梨花』を使ってしまうぐらいに。
(でも百貨店での私達もこんな感じだったけどね……)
風子の事が思い出される。
あの頃は本当に平和だった、楽しかった。
殺し合いなんか偽りだと感じるほどのように。
ならばこれはこれでいいのかもしれない。
また何かしらの要因ですぐにでも壊れてしまう儚いものだけど。
それを今度こそ壊さないように皆で守っていこう。
梨花はそう心に誓う。
「――なのに」
目の前の光景にたった今立てた誓いがガラガラと崩されていきそうになる。
「なにが十分で絶対後を追う、よ!!!」
いびきまで掻きながら気持ちよさそうに眠り続ける北川の姿を見て、梨花はその場にへたり込むしか出来なかった……。
◆
一向はホテルに戻り、梨花は今まで自分たちの身に起こったことを全て話した。
純一ときぬは聞きながら、やるせない感情に襲われる。
「もう彼にはあの事で立ち止まって欲しくないから。
潤自身の口から話す事で再び後悔の念に駆られる姿なんて見たくなかったから。
お願い二人とも……潤を責めないで欲しいの」
風子の遺体はもうここにはない。
北川に黙って埋めることに抵抗も覚えたが、いつまた危険になるともわからない事を考え
ことりの遺体と一緒に純一たちが掘った穴へと埋めてきたのだった。
三人の傍らで未だ夢の世界に旅立っている北川を梨花は悲しげに見つめながら言った。
「責めれねえよ……くそっ!」
夢で見た少女の姿。
少し幼い印象を受けたが梨花の話と照らし合わせると確かにあれは風子に思える。
そして風子の独白と確かに一致していた――だから純一はそれを信じられる。
それはすなわち鷹野の卑劣さへと繋がるのだ。
風子は確かに優勝していた。
仲間が一人、また一人と自分の為に死んでいく望まぬ結果。
あの絶望の絶叫を忘れることなんか出来やしない。
純一の心に沸くのは鷹野に対する激しい憎悪。
(この会話もどうせ聞いてるんだろう、鷹野?)
山頂での件といい、どこまで自分達を弄べば気が済むのか。
思わず後ろにあった壁を殴りつけていた。
「――――なんだ!?」
その音に驚きの声を上げながら北川がようやく永い眠りから目を覚ましていた。
◆
(塔?)
(ああ)
北川も交え純一達の行動を聞く中、出てきたキーワードに北川と梨花の顔がクエスチョンマークに変わる。
(それを見つけた瞬間俺の首輪が点滅を始めた。正直もうダメだとは思ったよ)
鉛筆を走らせる純一の姿を続けて目で追う。
あの山頂での警告を真に取るのであれば口頭で説明していることがバレれば今度こそ爆破されるだろう。
四人は他愛の無い雑談をしてる振りを装いながら現状整理の筆談を進めていた。
(俺らが来るときはそんなもの無かったぞ)
(ああ、仕組みはわからないが"見えない"ようになっているらしい。俺らが見つけれたのも鷹野にしてみれば想定外だったんだろうな)
(怪しいな……)
(ええ警告だったにしろ、それだけで首輪を爆発させようとするなんて何かあるわね、やっぱり)
地図に表示されてない何か、それがやはり存在することが純一たちの話ではっきりとした。
となれば廃坑の入り口もどこかに隠されているのは最早間違いないだろう。
机に広げられている純一の地図をそっと指差し、なぞりながら梨花は言っていた。
「首輪で思い出したけど……風子の死体を埋めたんなら首輪を調べるのはどうするつもりだ?」
唐突に北川が梨花へと尋ねる。
「ああ、あれね……嘘よ。」
「う、うそぉ?」
「潤の覚悟を知りたかっただけ、だってほら首輪ならあるじゃない。鳥の首についてたのが」
いきなりすっとんきょうな声を上げる北川に驚きながら二人に耳を向け、
「鳥!?」
その後に出てきた単語にきぬは驚きを隠せず叫んだ。
「鳥ってまさか……」
同じように純一もその単語へと反応を示している。
「ちょ、ちょっとそれ見せてくれ。ボクの知り合いかもしんねー。」
「知り合いって……鳥が?」
「あー、うん、鳥なんだけど。なんちゅーか、ある意味人間に近いって言うか。
まあ見りゃわかるって!」
「いや見ても鳥だったんだけど……」
意味も良くわからずながらも梨花は自身のバックをきぬへと渡す。
きぬはそのバックを勢いよく開け放ち中へ手を伸ばした――
◆
我輩は焦っていた。
蟹沢がいるのは非常に拙い。
自分が無害な畜生であると装う事が、我輩に取っての最大の"あどばんてーじ"である事なのに。
これではばれてしまうではないか。
この状況で引っ張り出されたらもはや喋れると言う事を隠し通すのも不可能であろう。
どうすれば良いのだ、祈よ。
動けない状況では流れに身を任せるしかない。
土永さんはただ不安に怯えながら外の会話を聞き漏らさぬように意識を集中させていた。
だが、聞こえてきた恐るべき発言に土永さんの身は凍りついてしまう。
『――首輪ならあるじゃない。鳥の首についてたのが』
我輩の首輪を取るだと……?
それだけはだめだ、なんとか逃げなければ。
でもどうやって。
鞄が開かれた瞬間に飛び立てば……この痛む翼で飛べるのであろうか?
否、無理でも羽ばたかせなければいけない。
外では何かが騒がしいが最早それを聞いていられるほどの余裕は我輩には無かった。
そうしているうちに目の前に眩しい光が押し寄せる。
鞄が開いた――とそう認識したと同時に何者かの手が我輩の身体をがっしりと掴んでしまっている。
そして我輩は間髪いれずにバックの中へと引きずり出されてしまっていた。
急激な光に目の前が真っ白になり、前が良く見えない。
「やっぱり土永さんかよ」
かろうじて耳に届いた蟹沢の声。
つまりこれは蟹沢の手と言うことか……。
我輩は前が見えないのも構わず嘴を勢いよく振り落とした。
「――いてっ!」
我輩の嘴は上手く蟹沢の手に刺さったようだ。
我輩を掴む手から力が抜けたのを確認すると身体を暴れさせ、その手から脱出しようと試みる。
「いてーじゃねーか、なにすんだよっ!」
ボンッと頭を軽い強い衝撃を襲う。
まったく……この娘は加減と言うものを知らんのか。
思わずもう一撃お見舞いしてやろうと嘴を振り上げようとしたところで、我輩の頭に冷たいものが落ちるのを覚えた。
毛並みをたどって嘴まで零れ落ちてきた液体――涙?
曇る視界の中おぼろげに見えた蟹沢の顔からは涙の線が一滴たれ流れていた。
傍らにいるほかの三名は何がなんだかとわからないような表情でそれを眺めていた。
「なんでかなー。わかんないけど涙が出てくんだよね。
鳥相手になにボクってばこんなに喜んじゃってんだろうね、あはは」
「蟹沢……」
もう蟹沢の仲間であったものが佐藤良美を除いて全員死んでいることは知っていた。
しかしまさかそんな事を言われるとは思っても見なかった。
感涙までもされるとも思っていなかった。
土永さんは呆然と目の前の旧友(?)の顔を見つめながら呟いていた。
◆
「喋れる鳥とはなあ……わかっちゃいたけどますます俺らの世界とは違うってのが実感できるぜ」
北川が土永さんをまじまじと眺めながら口火を切る。
「ボクたちのとこだって喋れるのなんか土永さんぐらいのもんだよ」
「鳥鳥と、お前ら我輩を馬鹿にしすぎではないのか?」
怒りを示すようにばたつかせる羽根には、北川達が百貨店から持ち出したハンカチが巻かれている。
目の前の鳥が人間の言葉を理解し、話せると言うこと。
そしてきぬとは旧知の仲であると言う事を聞かされた北川と梨花は
撃ってしまったこと、そして首輪を外そうと画策していた事に関して謝罪を入れる。
尤も、鳥相手と言うこともあって訝しげな表情を浮かべたままではあったのだが……。
今までどうしていたと言うきぬの質問に対して土永さんは「どうして良いかわからずただ飛び回って逃げていた」とだけ嘘をついた。
その発言を「まあ鳥だからしょうがないよな」とあっさりと信じられた時は納得がいかない憤りを感じたが
(ちと不安ではあるがしばしの盾兼目晦ましな存在にはなってくれるであろう)
無害を装えるのであればそれでいい、と土永さんはそこは触れずに流すことにした。
(話はそれたけど……)
と純一が再び鉛筆を握り紙を手に取る。
(ともあれこれからどうするか……だ)
(まずパソコンで探したい人物の場所が検索出来るのは大きい。
仲間を集めるのに大いに有利だ。だったらまだ見つかってない知り合いを探すのに良いんじゃないかと思う)
(確かに俺も梨花ちゃんも探したい知り合いはいるさ。
でもこれをこんな所で使ってしまっていいのかって疑問が出た。
見つけたいのは山々だ。今この瞬間にも危険な目にあっているかもしれないんだからな。
それでも長い目で見たらまずお前らと合流してから、と言う結論に達した)
(……俺も蟹沢も探したい知り合いはすでにこの世にはいない。
こんな辛い思いを経験したから言えるのかもしれないが、使える物は先に使っておくべきだと考えるぜ。
後悔はしてからじゃ遅いんだからな……)
(だな、それに俺の方は別に後で構わない)
(グダグダ言ってねーでその前原圭一ってのを探しちゃっていいんじゃねーの?)
(でもつぐみさんは? 彼女だって武さんを探し出したいはずじゃ――)
「――大事な話の中申し訳ないのだが……我輩とても暇なのである」
土永さんのその発言で四人は思わず目を丸くした。
筆談に集中するあまりカモフラージュの雑談すらするのを忘れていたからだ。
これでは無言の中で土永さんの台詞が不自然に鷹野に聞こえた可能性もある。
「あーあー、そうだな、よしボクとなんかダベってようぜ」
「いや、蟹沢はみなと……」
その先を喋れぬようにきぬは土永さんの口を押さえ込むと乱雑に鉛筆を走らせる。
(だから盗聴されてんだってば! ばれるようなこと言うなっての!)
きぬの剣幕に慌てて首を縦に振ると、ようやく手がそこで離された。
「ダベると言っても何を話すと言うのだ?」
「んなことなんでもいいぜ。ってかいつも五月蝿いぐらい喋り捲ってるのに今日の土永さんおとなしすぎるんじゃね?」
「五月蝿いとは失礼な。我輩はお前らの小さな脳みそでも理解できるように、ありがたい説法を聞かせてやっているだけだと言うのに」
「なんだとー!」
「――そんなに怒んなよ、カニ」
「がー、レオの声でそんなこと言うんじゃねえ! ぶち殺すぞこの鳥公!」
人間と鳥の漫才。
呆れた表情を浮かべながら三人はその様子を見つめていたが
(あっちは蟹沢に任せてよう。いいカモフラージュだ。俺らも適当に相槌を打っておけばいいさ)
北川の言葉に頷きながら純一も続ける。
(それよりも前原圭一の場所を確認だ。つぐみだってそこまで目くじら立てて怒ることはしないさ)
(そうかしら……せめて戻ってからでも……)
悩む梨花の背を押すように北川がパソコンを立ち上げ『現在地検索機能』を起動する。
羅列された名前の一覧の中にあった前原圭一の文字。
それを一回クリックするとカタカタとパソコンが稼動音を上げ、画面には検索中の文字が表示された。
中央のバーが五%、十%と進行情報を示してくれている。
これが百になれば圭一の場所が表示されるんだと直感した梨花の顔に僅かな笑みが浮かんでいた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「人の声――!」
智代は唐突に目を覚ました。
どれくらい眠っていたのかはわからないが、疲れはあまり抜けている様子は無い。
さもすればほんの僅かな時間だったのだろうと考える。
本調子とは到底言えないが、燻る意識の中で自分自身に活を入れながら立ち上がる。
「何者であろうと……この場に居合わせたからには殺す!」
耳障りな笑い声が智代の耳に響く。
何を話しているか内容まではさっぱりわからなかったがその楽しそうな声に苛立ちは隠すことも出来なかった。
誰が何人いるかもわからない状況の中、声のする方角へと慎重に歩を進める。
薄暗いロビーの中、一つの扉の隙間から光が漏れているのがわかった。
そろりと扉に近づくと中の様子を探ろうと耳を当てる。
何人かの声がする。
内容を聞き取ろうと耳に意識を集中させた直後、智代の脳に届いた言葉に持っていた銃を取り落としそうになっていた。
『レオの声でそんなこと言うんじゃねえ』
(今なんと言った? レオ? いや対馬レオはもう死んでいるはずだ。
そうじゃない、その先を思い出せ。中の人間はレオの声だと言った。
土永と呼ばれたと人間がレオの声を使ったと。どう言うことだ? そうだ、それは――)
喜びに身が打ち震え、笑い声が漏れそうになるのを智代は必死に抑える。
自分をこのように変えてしまった原因の一端を担ったもの。
口真似を操る殺人者。
中の会話が本当ならそれが土永と言う者でほぼ間違いは無いだろう。
だが智代にはその名前には聞き覚えがあった。
そう、それはまだ自分がここに来た当初の話。
同じ志を持った一人の少女から知り合いの者の名前を聞いた――その中にいたはずだ。
(それでは何か? 彼女は自身の知る者によってその命を散らされたということなのか?)
――憎い。
(土永ぁぁぁぁぁぁぁっ!)
――憎い憎い憎い。
間髪いれずに湧き上がる不の感情。
ハクオロと比でるほども出来ないほどの憎しみ。
(ただ殺しはしない、今まで生きていたことを後悔するように苦しめてから殺してやる!)
その感情に流されるように智代は扉を蹴りつけ、轟音とともに扉が開けはなれた。
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