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「クレイジートレイン/約束(中編)」(2007/10/13 (土) 15:10:27) の最新版変更点
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**クレイジートレイン/約束(中編) ◆guAWf4RW62
「――――千影ぇぇッ!!」
「…………悠人、くんっ!?」
現われたのは、ショベルカーの後を追い掛けていた高嶺悠人だ。
悠人は状況を把握すべく全体を見渡し、最初に千影の姿を発見した。
見れば千影は、息を切らしながらも懸命に、巨大なショベルカーと戦っている。
「ク――待ってろ千影、今助ける!!」
再会を祝っている暇など無い。
一も二も無く悠人は疾走し、ショベルカー目掛けてベレッタM92Fを撃ち放った。
だが当然の如く銃弾は防弾ガラスに弾き飛ばされ、大した戦果を挙げぬまま無力化した。
驚きの表情を浮かべる悠人に、千影が警告を投げ掛ける。
「悠人くん、駄目だっ……! あの機械に銃は効かない!」
「分かった!」
悠人は直ぐにベレッタM92Fをデイパックへと戻し、代わりに日本刀――トウカが愛用していた物――を取り出した。
元々悠人の得意とする戦法は剣を用いての近接戦、銃弾が効かぬと分かった以上、拳銃に頼る意味など無い。
悠人はまるで臆する事無く走り続け、ショベルカーとの間合いを縮めてゆく。
「――カトンボが一匹増えたくらいで!!」
新たなる敵対者の存在を認めた名雪が、即座に攻撃目標を変更し、横薙ぎにシャベルを振るった。
広範囲に渡るその攻撃は、正しく死の旋風と呼ぶに相応しい。
しかし悠人は天高く跳躍する事で、迫る一撃を空転させた。
「ハアアアアアァッ!!」
空中に浮いたまま、ショベルカーの防弾ガラスに狙いを定めて、思い切り日本刀で斬り付ける。
悠人の攻撃動作はアセリアに比べると少々稚拙だが、一発一発の威力だけで見れば間違い無く最強だ。
その威力は、いかな防弾ガラスと云えども完全に防ぎ切れるものでは無い。
「えっ…………け、けろぴーが!?」
この戦いに於いて初めて、名雪の表情が狼狽の色に染まった。
悠人が放った剣戟は、防弾ガラスに刻み込まれていた皹を肥大化させていた。
それを好機と取った悠人は、連続して剣戟を繰り出し、その度に皹がより一層広がってゆく。
誰の目から見ても、耐久力の限界が近いのは明らかだった。
「う、あ、このっ……!!」
不利を悟った名雪は、堪らず操縦用のレバーを動かして、一旦悠人から距離を離そうとする。
しかしながら悠人が、後退しようとする敵を黙って見逃す筈も無い。
一気に勝負を決めるべく、大地を蹴り飛ばして疾走する。
だがそこで鳴り響く、一発の銃声。
悠人は脇腹に焼け付くような痛みを感じ、もんどり打って転倒した。
「あぐっ……が……!?」
「――ふふ、また会ったね悠人君」
「ぐ……お前は……!」
悠人が身体を起こし、銃声のした方へ振り向くと、そこには数時間前に交戦した佐藤良美が立っていた。
良美は心底可笑しげに微笑みながら、悠人に向けてS&W M627PCカスタムを構えている。
とどのつまりは、良美が悠人を狙撃したのだ。
未だ良美の正体を知らぬ千影が、訝しげに眉間へ皺を寄せた。
「良美くん……、一体何のつもりだい……?」
「一々説明しないと分からないのかな? 見ての通りだよ」
「……つまり君は、殺し合いに……乗っているという訳か」
千影の質問に、良美は笑みを深める事で応えた。
良美はもう正体を隠すつもりも、この場から逃亡するつもりも無かった。
自分の正体を知る悠人が出現した事で、千影を騙すのはほぼ不可能になった。
だからこそ逸早く思考を切り替えて、この場に居る人間全ての排除を目標にしたのだ。
平時であれば、殺し合いに乗った自分は、人数的に不利な戦いを強いられる。
しかし名雪という無差別殺人者が居る今ならば、立ち回り方次第で、悠人と千影の両方を始末出来る筈だった。
「糞っ――良美! お前どうして、そこまで楽しそうに人を襲えるんだよ!
ことりみたいな良い子を殺して、心は痛まないのかよ!?」
「……ちょっと待ってくれ、悠人くん。ことりくんが……死んだ、だって……?」
千影が聞き返すと、悠人は表情を深く曇らせた。
「ああ。ことりは良美と戦って、それで……」
「……ことりくん。君まで……逝ってしまったのか……」
また一人知り合いが死んでしまったと分かり、千影は悲しげな声を洩らした。
白河ことりとは少し会話しただけの仲だったが、彼女が善良な人間であったのは分かる。
こんな所で殺される謂れなど、ある筈も無い。
一方千影と対照的に、良美は何時も以上の笑顔を湛えていた。
苦渋を舐めさせられた怨敵が死んだと聞いて、上機嫌になっているのだ。
「そっかあ、やっぱりことりちゃんは死んだんだね。うん良いよ、折角だから質問に答えてあげる。
心が痛む? そんな訳無いじゃない。お人好しが一人減って、寧ろせいせいするよ」
「っ……コイツ、何処までも腐り切ってやがる……!」
三者三様の表情を見せる三人。
悠人は怒りの表情を、良美は愉悦の表情を、そして千影は悲嘆の表情を露としている。
だがそれも、長くは続かない。
ルール無用の殺人遊戯に、開戦の合図など不要。
良美は唐突に腕を持ち上げて、S&W M627PCカスタムのトリガーを引き絞った。
千影が直感に身を任せて跳ねるのとほぼ同時、唸りを上げる357マグナム弾が、彼女の頬を掠めた。
「――遅いよっ!」
良美の攻撃はそれだけに留まらず、立て続けに銃弾が放たれてゆく。
後手に回ってしまった千影と悠人は、否応無く回避を強要される。
疲弊した千影と脇腹を撃ち抜かれた悠人にとって、それは決して楽な作業で無かった。
「っ…………!」
業を煮やした千影が、苦し紛れにショットガンを撃ち放ったが、散弾は狙った位置から大きく逸れてしまった。
回避しながらでは、照準を合わせる余裕など無かったのだ。
そして無理な反撃を行った千影は、良美にとって格好の標的に他ならない。
しかし良美は千影に銃撃を浴びせようとせず、突然横方向へと飛び退いた。
その直後、良美の傍を巨大な物体が通過してゆく。
「――あははははははっ、一人残らずペチャンコにしてやるぅうううう!!」
ショベルカーに搭載された拡声器から、狂った笑い声が放たれる。
獲物達同士で交戦し始めたのを見て取り、名雪はここぞとばかりに攻めに転じた。
上手く奇襲を躱した良美にはもう目もくれず、前方に残る二人の標的へと意識を集中させる。
名雪の駆るショベルカーが、一直線に悠人達の方へと向かってゆく。
それを迎え撃つ形で、悠人もまた勢い良く駆け出した。
徐々に明るみを帯び始めた大空の下、鋼鉄の怪物と鍛え抜かれた戦士が衝突する。
「っ…………く、そ――――」
悠人の動きには、先程までのようなキレが無い。
乱暴に振り下ろされたシャベルを、サイドステップで躱したものの、そこから反撃に転じれない。
撃ち抜かれた脇腹の怪我が原因で、行動一つ一つの速度が大幅に低下しているのだ。
間合いを詰め切る前に、ショベルによる第二撃が飛んで来て、悠人は後退を余儀無くされる。
今の身体で接近戦を挑むのは、分が悪いと云わざるを得なかった。
「でも……それならそれで、やりようはある!」
ならばと、悠人はデイパックからベレッタM92Fを取り出した。
これならば無理に間合いを詰めなくても、離れたままで攻撃出来る筈。
シャベルの射程外で、悠人は弾切れまでトリガーを引き絞る。
しかし名雪も、大人しく銃撃を受け止めたりはしない。
防弾ガラスの損傷が深まっている今となっては、銃弾一つ一つが致命的な損害に繋がりかねない。
素早くレバーを操作して、ショベルカーの車体をジグザグに揺らす事で、被弾部位をズラそうと試みる。
それでも銃弾の幾つかは防弾ガラスに命中したが、破壊し切るには至らない。
そして銃弾を再装填する暇など与えんと云わんばかりに、ショベルカーが再び接近して来て、悠人は守勢に回る事となった。
「チィ――――」
「逃げろ逃げろ! 虫ケラみたいに醜く逃げ惑え!!」
傷付いた身体に鞭打って戦う悠人と、限界の近い機体を酷使する名雪。
両者の戦いは、互角と云っても差し支えないだろう。
そんな二人から少し離れた場所では、千影と良美が苛烈な銃撃戦を繰り広げていた。
「――千影さん、もっと頑張らないと当たっちゃうよ?」
「…………くっ」
轟く銃声、忙しい足音。
千影のすぐ傍の空間を、猛り狂う銃弾が切り裂いてゆく。
済んでの所で命を繋いだ千影は、散弾銃の照準を合わせようとする。
だがそれを遮るような形で、良美の構えたS&W M627PCカスタムが火を吹いた。
「――つ、あ……!」
千影は即座に銃撃を中断し、ぎりぎりのタイミングで上体を捻った。
真っ直ぐに迫り来る銃弾は、千影の右肩を軽く掠めていった。
千影は激痛を噛み殺して反撃しようとするが、それも良美の銃撃によって阻まれる。
古いタイプの回転式拳銃を用いている良美と、高性能の散弾銃を用いてる千影。
武器だけ見れば、どう考えても千影に分がある。
しかし休憩を取ったばかりの良美と違い、千影は未だ疲労困憊の状態だ。
故に良美は行動一つ一つの速度で千影を上回り、常に先手を取る形となっていた。
「ハァ――フ――、ハ―――」
呼吸を荒く乱しながら、千影は回避に専念し続ける。
秀でた動体視力など持たぬ千影が銃弾を避けるには、照準を合わされぬよう常に走り続けるしかない。
苦し紛れの反撃すらも許されない、余りにも一方的な展開。
それでも千影の瞳には、諦めの色など微塵も浮かんではいなかった。
(まだだ……絶対に好機は来る。トウカくんなら……絶対に、諦めない……!)
生きている限り、そして自分から勝負を捨てない限り、勝敗の行方は分からない。
桁外れの実力を誇ったネリネ相手ですら、トウカは最後まで希望を捨てず、そして絶対的な劣勢を覆したのだ。
だから、自分も諦めない。
どれだけ見苦しかろうとも、死を迎えるその瞬間まで諦めず、一縷の勝機が到来するのを待ち続ける。
「く――――は、――――あ――――!」
身体の限界を感じつつも、千影は懸命に良美の猛攻を耐え凌ぐ。
絶えず跳んだり跳ね回ったりして、敵の銃撃を躱してゆく。
そして千影が思っていたよりも早く、反撃の時は訪れた。
「…………?」
千影は激しく動き回りながらも、一抹の疑問を感じ始めていた。
それまで絶えず降り注いでいた銃弾の雨が、急に飛んで来なくなったのだ。
見れば良美は、鞄の中に片手を突っ込んだまま、狼狽の表情を浮かべている。
まさか――千影の推測を肯定するように、良美の口から焦りの言葉が零れ落ちた。
「――た、弾切れっ……!」
つまりは、そういう事だ。
あれだけ一方的に攻め立てれば、何時銃弾が尽きてしまっても可笑しくは無い。
その事実を正しく認識した瞬間、直ぐ様千影は攻めに転じた。
右手にショットガンを握り締めたまま、左手で鞄から永遠神剣第三位"時詠"を取り出す。
唯一無二の好機をモノにすべく、自身の全戦力を揃えた上で敵目掛けて疾駆する。
「……ことりくんの仇、取らせて貰うよ――!」
「ち、かげ――――さん――――!!」
千影は走りながら一発、二発とショットガンを撃ち放った。
片手での、そして動き回りながらの射撃が命中する筈も無いが、十分牽制にはなる。
今は当たらなくても良い、良美の後退を防げればそれで構わない。
焦らずとも、近距離まで詰め寄ってしまえば、広範囲に渡るショットガンの攻撃は確実に命中する筈だった。
前に進む足は決して止めぬまま、良美の後退を遮るような形で、何度も何度も引き金を絞る。
そのまま狙い通りに間合いを縮め切って、ゆっくりとショットガンの照準を定めようとして――瞬間、良美の顔に冷笑が浮かんだ。
「……莫迦だなあ、千影さん。本当に弾切れだったら、わざわざ報せてあげないよ」
「――――ッ!?」
千影が照準を定めるよりも早く、良美のS&W M627PCカスタムが水平に構えられた。
咄嗟の判断で千影が"時詠"に魔力を注ぎ込むのとほぼ同時、一発の銃声が鳴り響いた。
「……へぇ。まさか、今のを避けるなんてね」
「あ……ぐ…………」
結果から云えば、銃弾が千影の身体を捉える事は無かった。
千影はタイムアクセラレイト――自分自身の時間を加速する技――を発動させて、間一髪の所で難を逃れたのだ。
だがその代償として、残る全ての魔力と体力を消耗してしまった。
手足の先端にまで痺れるような感覚が奔り、喉はカラカラに乾き切っている。
最早、銃撃戦を続けられるような状態では無い。
千影と良美の距離は約15メートル。
苦しげな表情を浮かべる千影に、S&W M627PCカスタムの銃口が向けられる。
「どうやって躱したのか教えて欲しいけど……どうせ断るよね?」
「……ああ。君みたいな人間に……手を貸すつもりは無い」
「そう。それじゃ、今すぐ殺し――――!?」
そこで、良美の背後から、巨大なエンジン音が聞こえて来た。
「死ねっ死ねっ!! 佐藤さんも千影ちゃんも、皆死んじゃええええええええええッ!!」
悠人との戦闘を中断した名雪が、良美と千影を一纏めに始末すべく突撃する。
良美は死に物狂いで横に転がり込んで、迫る脅威から紙一重のタイミングで逃れた。
しかし未だ体力に余裕のある良美とは違い、千影にはもう何の力も残されていない。
「アハハハハハハハハッ、バイバイ千影さん!!」
「う、く、ァ――――――」
シャベルが容赦無く振り下ろされる。
千影は懸命に真横へ逃れようとするが、明らかに速度不足。
どう考えても避け切れない。
だが千影の危機を前にして、悠人が大人しく手を拱いている筈も無い。
「――させるかあああああああっ!!」
悠人は恐るべき勢いで駆け付けると、千影の身体を抱きかかえて跳躍した。
天より降り注ぐ鋼鉄の牙が、悠人達のすぐ真横の地面を大きく抉り取る。
「こ……の……カトンボがあああぁぁぁ!!」
「遅い――――!」
激昂した名雪がシャベルを横に払おうとするが、それは無駄だろう。
悠人は既に後方へ下がり始めており、このままショベルの射程範囲から逃れ切る筈。
横薙ぎに振るわれる鋼鉄の牙が、獲物に噛み付く事は無い。
そう――空気を引き裂く、一発の銃弾さえ無かったのなら。
「――惜しかったね、悠人君」
「…………ガアアアッ!?」
苦悶の声が木霊する。
良美の放った銃弾が、悠人の右太腿を完璧に貫いていた。
グラリ、と大きく悠人の身体がバランスを崩す。
悠人は一瞬の判断で、それまで抱き抱えていた千影を、安全圏へと突き飛ばした。
その、直後。
「あ――――――」
今度は、呻き声を上げる余裕すら無かった。
ショベルカーに搭載された鋼鉄の牙が、悠人の身体を正確に捉えていた。
悠人はゴミのように吹き飛ばされ、少し離れた地面に背中から衝突した。
「がはっ――――ぐ、ごふっ……!」
「ゆ、悠人くん……!!」
倒れたまま咳き込んだ悠人の吐息には、紅い血液が混じっていた。
手足の感覚は消え失せて、全身が砕け散ったような錯覚すら覚える。
圧倒的な衝撃で、内臓は酷く痛め付けられた。
肋骨の内数本は折れ、かろうじ骨折を免れた部位にも皹が入っている。
「づ……あ……ぐ……」
悠人は必死に立ち上がろうとするが、身体が反応してくれない。
どれだけ必死に命令を送っても、腕や足が思うように動かない。
それだけのダメージを、受けてしまった。
「フ――ハハ――――アハハハハハハハハハハハハッッ!!
醜く地面を這いずり回って、カトンボにお似合いの姿だね!」
とうとう獲物を捕らえた名雪は、余裕綽々たる面持ちでショベルカーを停車させて、高々と哄笑を上げていた。
這い蹲るカトンボを天からじっくりと見下ろすのは、名雪にとってこの上無い快感だ。
「どうだどうだっ、やっぱりけろぴーは無敵なんだよ! 私は無敵なんだよ!
あはっ、あははははははははっ!!」
気分が高揚し切った名雪は、すぐにトドメを刺そうとはせず、唯只哂い続ける。
だが名雪は少し横に視線を移し、大きな違和感を覚えた。
悠人同様に絶体絶命である筈の千影が、こちらを見ていないのだ。
単に余所見していると云う訳では無い。
千影の視線は、名雪よりも更に上方の位置へと寄せられていた。
「…………?」
疑問を解消すべく、名雪が頭上に視線を送ると、そこには――
「――良く頑張ったね、名雪ちゃん。お陰で悠人君達を殺せそうだよ」
「え……ひ、あ、ひああああっ!?」
嘗ての倉成武と同じように、佐藤良美がショベルカーの天井に張り付いていた。
「でもね、これでもう名雪ちゃんは用済みなの。だから――そろそろ死んでよ」
良美はS&W M627PCカスタムを取り出すと、防弾ガラス上の皹が密集した部分に狙いを定めて、思い切りトリガーを引いた。
至近距離から何度も何度も銃弾が吐き出され、同じ箇所に叩き付けられてゆく。
ピンポイントを狙ったその銃撃に耐え切れず、とうとう防弾ガラスの一部が砕け散った。
すかさず良美は、その開いた穴から片腕を侵入させる。
「ヒッ――は、はああ、ひううっ……、嫌だ、助けて、死にたくない…………っ!!」
良美を振り落とすべく、名雪が必死に機体を前進させようとするが、遅い。
良美は怯える名雪の姿を、何処までも愉しげに眺め見た後――
「さて、何が起きるかな?」
右人差し指に嵌めたフムカミの指輪を使用した。
瞬間、良美が指を向けた先――即ち、名雪に向かって幾重ものカマイタチが放たれる。
「ひぎゃぁぁぁぁぁああああああああああああああああッッ!!!」
名雪の喉から、獣の如き悲鳴が吐き出された。
荒れ狂う風の刃は、容赦無く名雪の身体を蹂躙してゆく。
服を裂き、肌を裂き、酷い箇所では血管すらも断ち切られている。
舞い散る鮮血により、防弾ガラスが真っ赤に染め上げられた。
「ぎっ……がっ……ごああ……ガァァァアアア!!」
凄まじい激痛から意識を逸らすように、名雪は操縦用のレバーを滅茶苦茶に動かした。
それは何か明確な狙いがあった訳では無い、只の苦し紛れに過ぎぬ行動だ。
だがその行動こそが、名雪の命を薄皮一枚の所で繋ぐ結果に繋がった。
まるで操縦者の苦悶に反応するかのように、ショベルカーが不規則な動きで走り出す。
「……っ、くあ、無茶苦茶、だね……!」
良美は慌てて攻撃を中断して、転げ落ちぬよう態勢を安定させる事に専念した。
ショベルカーは慌しく左右に方向転換し、その度に良美の身体を衝撃が襲う。
まるでロデオ。
暴れ狂う馬に乗っているかのような感覚。
結局このまま張り付いていては危険と判断し、良美はショベルカーから飛び降りた。
「あぐ、あうっ、ぐ……よくもよくもぉ! 殺すッ、絶対に皆殺してやるぅぅぅぅぅぅう!!!」
名雪が駆るショベルカーはそのまま、明後日の方向へと走り去って行った。
スピーカーから、苦悶と憎悪の声を撒き散らしながら。
そして地面に降り立った良美は、逃亡するショベルカーを追い掛けたりしない。
フムカミの指輪が巻き起こした現象は驚愕に値するが、そのような事に意識を取られている暇も無い。
今は生死を賭した激戦の最中であり、全員が敵対者を仕留めるべく動いているのだ。
ならば次に何が起こるなど、考えるまでもない事だろう。
良美は大地を蹴って、素早くその場から退避した。
次の瞬間、それまで良美が居た空間を散弾の群れが引き裂く。
「甘いよ千影さん。悠人君を囮にするくらいじゃないと、私の裏は掻けないよ?」
「――――っ」
散弾を放った張本人である千影が、焦りを隠し切れぬ顔付きになる。
良美の背後に回り込み、照準をしっかりと絞り込んでの奇襲。
千載一遇の好機だった筈なのに、それすらも読み切られてしまった。
良美はS&W M627PCカスタムに銃弾を詰め込みながら、千影をじっくりと眺め見る。
「千影さんもなかなか頑張ったと思うけど、そろそろ限界みたいだね」
その言葉に、千影は反論を返せない。
何とか自分の足で立ってはいるものの、それで殆ど限界だった。
時詠を介しての魔術はもう使えぬし、銃撃から身を躱すような動きも望めない。
度重なる連戦によって、魔力も体力も完全に底を突いているのだ。
対する良美も、万全の状態であるとは云い難い。
左手の小指は消失してしまっているし、右手にも軽くない傷を負っている。
体力も、一時間程度の睡眠では回復し切れていない。
それでも良美には未だ、動き回るだけの余力が十分にある。
とうに限界を越えている千影と比べれば、どちらが有利かなど明白だ。
両者が戦えば、一分も経たない内に決着が着くだろう。
だが、決して失念してはいけない――この場には、もう一人戦士が居る事を。
「ぐ――う――やらせる……かよっ……!」
「――悠人くん!?」
驚きの声は、千影のものだ。
満身創痍の風体を晒しながらも、悠人が懸命に起き上がろうとしていた。
口元にこびり付いた血を拭おうともせず、トウカの刀を杖代わりに用いて。
慌てて千影は、悠人の無謀な行いを制止しようとする。
「悠人くん、無茶だ……! 此処は私が――」
「駄目だ。ことりは最後までコイツに立ち向かった……腹を撃たれても戦い続けて、一矢報いたんだ。
それなのに、俺だけ逃げる訳にはいかないさ」
それに、と悠人は続ける。
「俺は衛やお前を守るって決めたんだ! お前達を何としてでも守ってみせるって、約束したんだ!
だから絶対、コイツに勝ってみせる!!」
そう云って悠人は、日本刀を深く構えた。
その瞳には、警戒に値するだけの強い光が宿っている。
肋骨の幾つかが折れ、内臓も酷く傷付けられているにも関わらず、良美に立ち向かおうと云うのだ。
通常ならば、まず考えられない状況。
だが良美は、目の前で繰り広げられた光景に対して、驚きなど感じていなかった。
「……やっぱりね」
良美にとって、この事態は予想の範疇。
自分は既に、過去何度も同じような経験をしている。
前原圭一も白河ことりも、追い詰めれば追い詰める程、驚異的な底力を発揮した。
そして――その度に、苦渋を舐めさせられてきた。
「私、分かったんだ。悠人君みたいなタイプの人は、どれだけ痛め付けても止まらない。
どれだけ絶望させようとしても、奇麗事を吐き続ける」
もう、嫌という程思い知った。
こういった類の相手と戦う際には、一瞬の油断が命取りとなる。
相手がどれだけ傷付いていようとも、腹部を撃ち抜こうとも、気を抜けばその瞬間に負ける。
余分な思考は、只の足枷にしか成り得ない。
「だから決めたんだ――もっと恨もうって……もっと憎もうって! 二度と喋れないよう、五臓六腑まで引き裂いてやろうって!!」
そう――必要なのは、純然たる殺意のみ。
相手の想いを上回る、圧倒的な憎悪のみ。
そこで良美がS&W M627PCカスタムの銃口を持ち上げ、構え終えた時にはもう銃弾が発射されていた。
三発。
群れを成した銃弾が、悠人目掛けて襲い掛かる。
悠人は上体を捻って避けようとしたが、今の身体で全てを凌ぎ切る事は不可能だった。
放たれた銃弾の一発が、悠人の左肩に突き刺さる。
「俺は……守ってみせる」
それでも、悠人は止まらない。
ことりは止まらなかったのに、自分だけが止まれる筈も無い。
トウカの刀を握り締めて、傷付いた足で一直線に駆け続ける。
「私は……憎い」
そして良美もまた、一歩も引き下がろうとはしない。
人を信じる、人を守ると云った悠人達の生き方は、絶対に認められない。
傷だらけの両手で、何度も何度も銃を撃ち放つ。
「衛を――そしてアイツの姉妹を、絶対に守ってみせる!
もう衛が悲しむ所なんて見たくない!!」
悠人は良美の銃撃を、左右にステップする事で掻い潜った。
――これまで自分を支え続けてくれた少女、衛。
これ以上彼女が悲しむ所なんて見たくない。
「圭一君が――そして悠人君のような、偽善者達が憎い!
私の全てを奪った世界そのものが憎い!!」
良美は弾の尽きた拳銃を仕舞い込んで、鞄から名刀"地獄蝶々"を取り出した。
――自分にとって最も大事な存在だった、霧夜エリカと対馬レオ。
彼女達を奪った世界そのものが憎い。
「だから俺は――」
「だから私は――」
二人は、互いの剣が届く位置にまで踏み込んだ。
良美は地獄蝶々を、悠人はトウカの刀を振り上げて、
「「絶対に負けられないんだぁぁぁぁあああああああ!!!」」
己が想いを思い切り叩き付ける――!!
二本の刀が鬩ぎ合う。
絶対に譲れぬ想いと想いが衝突する。
だが、それはほんの一瞬。
あっという間に均衡は破られた。
「くぅ――――!?」
甲高い金属音と共に、良美の手から地獄蝶々が弾き飛ばされる。
いかに満身創痍と云えども、高嶺悠人はラキオスのエトランジェ。
只の一般人である、そして左小指を失った良美が、斬り合いで勝てる道理など無い。
「貰ったぁぁぁぁああああ!!」
得物を失った良美目掛けて、悠人が日本刀を振り下ろそうとする。
至近距離から放たれる剣戟を、今の良美が防御する方法は存在しない。
されど――良美とて覚悟を決めし修羅。
どんな極限状態であろうとも、諦めたりしない。
守れぬと云うなら、攻撃に全力を注ぎ込むだけの事……!
「まだ、だよ…………っ!!」
「ッ――――!?」
手を伸ばせば届く程の至近距離で、良美はフムカミの指輪を使用した。
猛り狂うカマイタチが、悠人の身体を次々に切り裂いてゆく。
だが、どれも致命傷に至るようなものでは無い。
その程度の攻撃で、悠人は怯んだりしない。
「ク……オオオオォォォォォ――――!!」
悠人は風圧で吹き飛ばされながらも、刀を最後まで振り下ろした。
しかし距離を離されてしまった所為で、刀の先端しか届かない。
放たれた剣戟は、良美の左肩を浅く切り裂くに留まった。
二人はよろよろと後退して、十メートル程の間合いを置いた状態となる。
「グ、ガアァッ…………」
「あ、くうっ…………」
悠人と良美は揃って呻き声を洩らす。
最早悠人は、自力で立てているのが不思議な程の状態だ。
対する良美も相当のダメージを負っているものの、悠人に比べればまだ浅手。
身体の状態ならば良美が、素の実力ならば悠人が大きく上回っている。
故に、両者の戦いは互角。
このまま戦い続ければ、どちらが勝つか全く分からない。
だがそんな二人の戦いは、第三者の手によって終止符を打たれようとしていた。
(悠人くん、悪いけど……横槍を入れさせて貰うよ。
君を……此処で死なせる訳には、いかないからね……)
ショットガンに銃弾を詰め終えた千影が、良美の横顔に照準を合わせる。
先程までは悠人を巻き込む可能性もあった為、狙撃する事が出来なかった。
しかし両者の間に十分な距離がある今ならば、確実に良美だけを仕留められる筈。
一騎打ちの邪魔をするのは少々気が引けるが、今は悠人の命を守るのが一番重要だ。
千影は引き金を絞ろうとして――そこで、絶望的な何かが近付いて来るのを感じ取った。
「な――――」
思わず千影は言葉を失った。
良美も悠人も戦いを中断して、迫り来る物体に視線を寄せている。
黒光りしているボディ、特徴的な煙突。
ショベルカーを遥かに凌駕する圧倒的スケール、スピード。
見間違う筈が無い。
木々を薙ぎ倒して疾駆するソレは、蒸気機関車と呼ばれている代物だった。
「っ…………!!」
良美の判断は素早かった。
ショベルカーならばともかく、あんなモノが相手では犬死にするだけだ。
燃え盛るような憎しみを抑え込んで、直ぐ様逃亡を開始した。
先程弾き飛ばされた地獄蝶々を拾い上げて、即座にデイパックに押し込もうとする。
慌てていたのもあり、デイパックから何かを落としてしまったが、そんな些事に構ってはいられない。
一分一秒でも早くこの場を離れるのが、生き延びる為の絶対条件。
そのまま良美は脇目も振らずに、全速力で戦場から離脱した。
「――ハ、――ハァ――フ――」
斬られた左肩がじくじくと痛む。
銃撃の反動を押さえ続けた所為で、両手は感覚が無くなり掛けている。
悠人と千影には十分な損害を与える事が出来たし、後は放っておいても、あの機関車が始末してくれる筈。
だが今回のような戦い方をずっと続けていては、とても身体が保たないだろう。
……いい加減、限界だ。
敵は大抵徒党を組んでいるのだから、こちらも集団化しなければ、余りにも不利過ぎる。
「なら――狙い目は、殺し合いに乗った人だね」
恐らくもう自分の悪評は広まり切ってしまっただろうが、殺人遊戯を肯定した者相手ならば、未だ交渉の余地はある。
自分と同じく、人数的な不利を痛感している殺戮者は多い筈なのだ。
交渉に成功したとしても、勝ち残れるのは一人だけである以上、信頼の伴わぬ一時的な協力関係に過ぎない。
だが、それで十分。
勝ち残れる確率が1%でも上がるのなら、何であろうと構わない。
「私は負けない……。どんな手を使ってでも、絶対に偽善者達を根絶やしにしてやる……っ!」
何処までも昏い声で紡がれる独白。
傷だらけになって尚、少女は全てを憎み続ける。
【F-4下部 /2日目 早朝】
【佐藤良美@つよきす -Mighty Heart-】
【装備:フムカミの指輪(残使用回数0回)@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄、破邪の巫女さんセット(巫女服のみ)】
【所持品:支給品一式×3、S&W M627PCカスタム(0/8)、S&W M36(5/5)、
錐、食料・水x4、目覚まし時計、今日子のハリセン@永遠のアセリア(残り使用回数0回)、
大石のデイパック、地獄蝶々@つよきす、S&W M627PCカスタムの予備弾3、.357マグナム弾(40発)、肉まん×5@Kanon、オペラグラス、医療品一式】
【状態:疲労大、左肩に銃創と穴(治療済み)、重度の疑心暗鬼、巫女服の肩の辺りに赤い染み、右手に穴・左手小指損失(応急処置済み)、左肩に浅い刀傷】
【思考・行動】
基本方針:あらゆる手段を用いて、優勝する。
1:ゲームに乗った者と共闘関係を築く(行き先は次の書き手さん任せ)
2:魔法、魔術品を他にも手に入れておきたい
3:あらゆるもの、人を利用して優勝を目指す
4:いつか圭一とその仲間を自分の手で殺してやりたい
【備考】
※ハクオロを危険人物と認識。(詳細は聞いていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ)
※大空寺あゆ、ことみのいずれも信用していません。
※大石の支給品は鍵とフムカミの指輪です。 現在鍵は倉成武が所有
※商店街で医療品とその他色々なものを入手しました。 具体的に何を手に入れたかは後続書き手任せ。ただし武器は無い)
※襲撃者(舞)の外見的特長を知りました。
|175:[[クレイジートレイン/約束(前編)]]|投下順に読む|175:[[クレイジートレイン/約束(後編)]]|
|175:[[クレイジートレイン/約束(前編)]]|時系列順に読む|175:[[クレイジートレイン/約束(後編)]]|
|175:[[クレイジートレイン/約束(前編)]]|朝倉純一|175:[[クレイジートレイン/約束(後編)]]|
|175:[[クレイジートレイン/約束(前編)]]|蟹沢きぬ|175:[[クレイジートレイン/約束(後編)]]|
|175:[[クレイジートレイン/約束(前編)]]|小町つぐみ|175:[[クレイジートレイン/約束(後編)]]|
|175:[[クレイジートレイン/約束(前編)]]|高嶺悠人|175:[[クレイジートレイン/約束(後編)]]|
|175:[[クレイジートレイン/約束(前編)]]|佐藤良美|175:[[クレイジートレイン/約束(後編)]]|
|175:[[クレイジートレイン/約束(前編)]]|千影|175:[[クレイジートレイン/約束(後編)]]|
|175:[[クレイジートレイン/約束(前編)]]|水瀬名雪|175:[[クレイジートレイン/約束(後編)]]|
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**クレイジートレイン/約束(中編) ◆guAWf4RW62
「――――千影ぇぇッ!!」
「…………悠人、くんっ!?」
現われたのは、ショベルカーの後を追い掛けていた高嶺悠人だ。
悠人は状況を把握すべく全体を見渡し、最初に千影の姿を発見した。
見れば千影は、息を切らしながらも懸命に、巨大なショベルカーと戦っている。
「ク――待ってろ千影、今助ける!!」
再会を祝っている暇など無い。
一も二も無く悠人は疾走し、ショベルカー目掛けてベレッタM92Fを撃ち放った。
だが当然の如く銃弾は防弾ガラスに弾き飛ばされ、大した戦果を挙げぬまま無力化した。
驚きの表情を浮かべる悠人に、千影が警告を投げ掛ける。
「悠人くん、駄目だっ……! あの機械に銃は効かない!」
「分かった!」
悠人は直ぐにベレッタM92Fをデイパックへと戻し、代わりに日本刀――トウカが愛用していた物――を取り出した。
元々悠人の得意とする戦法は剣を用いての近接戦、銃弾が効かぬと分かった以上、拳銃に頼る意味など無い。
悠人はまるで臆する事無く走り続け、ショベルカーとの間合いを縮めてゆく。
「――カトンボが一匹増えたくらいで!!」
新たなる敵対者の存在を認めた名雪が、即座に攻撃目標を変更し、横薙ぎにシャベルを振るった。
広範囲に渡るその攻撃は、正しく死の旋風と呼ぶに相応しい。
しかし悠人は天高く跳躍する事で、迫る一撃を空転させた。
「ハアアアアアァッ!!」
空中に浮いたまま、ショベルカーの防弾ガラスに狙いを定めて、思い切り日本刀で斬り付ける。
悠人の攻撃動作はアセリアに比べると少々稚拙だが、一発一発の威力だけで見れば間違い無く最強だ。
その威力は、いかな防弾ガラスと云えども完全に防ぎ切れるものでは無い。
「えっ…………け、けろぴーが!?」
この戦いに於いて初めて、名雪の表情が狼狽の色に染まった。
悠人が放った剣戟は、防弾ガラスに刻み込まれていた皹を肥大化させていた。
それを好機と取った悠人は、連続して剣戟を繰り出し、その度に皹がより一層広がってゆく。
誰の目から見ても、耐久力の限界が近いのは明らかだった。
「う、あ、このっ……!!」
不利を悟った名雪は、堪らず操縦用のレバーを動かして、一旦悠人から距離を離そうとする。
しかしながら悠人が、後退しようとする敵を黙って見逃す筈も無い。
一気に勝負を決めるべく、大地を蹴り飛ばして疾走する。
だがそこで鳴り響く、一発の銃声。
悠人は脇腹に焼け付くような痛みを感じ、もんどり打って転倒した。
「あぐっ……が……!?」
「――ふふ、また会ったね悠人君」
「ぐ……お前は……!」
悠人が身体を起こし、銃声のした方へ振り向くと、そこには数時間前に交戦した佐藤良美が立っていた。
良美は心底可笑しげに微笑みながら、悠人に向けてS&W M627PCカスタムを構えている。
とどのつまりは、良美が悠人を狙撃したのだ。
未だ良美の正体を知らぬ千影が、訝しげに眉間へ皺を寄せた。
「良美くん……、一体何のつもりだい……?」
「一々説明しないと分からないのかな? 見ての通りだよ」
「……つまり君は、殺し合いに……乗っているという訳か」
千影の質問に、良美は笑みを深める事で応えた。
良美はもう正体を隠すつもりも、この場から逃亡するつもりも無かった。
自分の正体を知る悠人が出現した事で、千影を騙すのはほぼ不可能になった。
だからこそ逸早く思考を切り替えて、この場に居る人間全ての排除を目標にしたのだ。
平時であれば、殺し合いに乗った自分は、人数的に不利な戦いを強いられる。
しかし名雪という無差別殺人者が居る今ならば、立ち回り方次第で、悠人と千影の両方を始末出来る筈だった。
「糞っ――良美! お前どうして、そこまで楽しそうに人を襲えるんだよ!
ことりみたいな良い子を殺して、心は痛まないのかよ!?」
「……ちょっと待ってくれ、悠人くん。ことりくんが……死んだ、だって……?」
千影が聞き返すと、悠人は表情を深く曇らせた。
「ああ。ことりは良美と戦って、それで……」
「……ことりくん。君まで……逝ってしまったのか……」
また一人知り合いが死んでしまったと分かり、千影は悲しげな声を洩らした。
白河ことりとは少し会話しただけの仲だったが、彼女が善良な人間であったのは分かる。
こんな所で殺される謂れなど、ある筈も無い。
一方千影と対照的に、良美は何時も以上の笑顔を湛えていた。
苦渋を舐めさせられた怨敵が死んだと聞いて、上機嫌になっているのだ。
「そっかあ、やっぱりことりちゃんは死んだんだね。うん良いよ、折角だから質問に答えてあげる。
心が痛む? そんな訳無いじゃない。お人好しが一人減って、寧ろせいせいするよ」
「っ……コイツ、何処までも腐り切ってやがる……!」
三者三様の表情を見せる三人。
悠人は怒りの表情を、良美は愉悦の表情を、そして千影は悲嘆の表情を露としている。
だがそれも、長くは続かない。
ルール無用の殺人遊戯に、開戦の合図など不要。
良美は唐突に腕を持ち上げて、S&W M627PCカスタムのトリガーを引き絞った。
千影が直感に身を任せて跳ねるのとほぼ同時、唸りを上げる357マグナム弾が、彼女の頬を掠めた。
「――遅いよっ!」
良美の攻撃はそれだけに留まらず、立て続けに銃弾が放たれてゆく。
後手に回ってしまった千影と悠人は、否応無く回避を強要される。
疲弊した千影と脇腹を撃ち抜かれた悠人にとって、それは決して楽な作業で無かった。
「っ…………!」
業を煮やした千影が、苦し紛れにショットガンを撃ち放ったが、散弾は狙った位置から大きく逸れてしまった。
回避しながらでは、照準を合わせる余裕など無かったのだ。
そして無理な反撃を行った千影は、良美にとって格好の標的に他ならない。
しかし良美は千影に銃撃を浴びせようとせず、突然横方向へと飛び退いた。
その直後、良美の傍を巨大な物体が通過してゆく。
「――あははははははっ、一人残らずペチャンコにしてやるぅうううう!!」
ショベルカーに搭載された拡声器から、狂った笑い声が放たれる。
獲物達同士で交戦し始めたのを見て取り、名雪はここぞとばかりに攻めに転じた。
上手く奇襲を躱した良美にはもう目もくれず、前方に残る二人の標的へと意識を集中させる。
名雪の駆るショベルカーが、一直線に悠人達の方へと向かってゆく。
それを迎え撃つ形で、悠人もまた勢い良く駆け出した。
徐々に明るみを帯び始めた大空の下、鋼鉄の怪物と鍛え抜かれた戦士が衝突する。
「っ…………く、そ――――」
悠人の動きには、先程までのようなキレが無い。
乱暴に振り下ろされたシャベルを、サイドステップで躱したものの、そこから反撃に転じれない。
撃ち抜かれた脇腹の怪我が原因で、行動一つ一つの速度が大幅に低下しているのだ。
間合いを詰め切る前に、ショベルによる第二撃が飛んで来て、悠人は後退を余儀無くされる。
今の身体で接近戦を挑むのは、分が悪いと云わざるを得なかった。
「でも……それならそれで、やりようはある!」
ならばと、悠人はデイパックからベレッタM92Fを取り出した。
これならば無理に間合いを詰めなくても、離れたままで攻撃出来る筈。
シャベルの射程外で、悠人は弾切れまでトリガーを引き絞る。
しかし名雪も、大人しく銃撃を受け止めたりはしない。
防弾ガラスの損傷が深まっている今となっては、銃弾一つ一つが致命的な損害に繋がりかねない。
素早くレバーを操作して、ショベルカーの車体をジグザグに揺らす事で、被弾部位をズラそうと試みる。
それでも銃弾の幾つかは防弾ガラスに命中したが、破壊し切るには至らない。
そして銃弾を再装填する暇など与えんと云わんばかりに、ショベルカーが再び接近して来て、悠人は守勢に回る事となった。
「チィ――――」
「逃げろ逃げろ! 虫ケラみたいに醜く逃げ惑え!!」
傷付いた身体に鞭打って戦う悠人と、限界の近い機体を酷使する名雪。
両者の戦いは、互角と云っても差し支えないだろう。
そんな二人から少し離れた場所では、千影と良美が苛烈な銃撃戦を繰り広げていた。
「――千影さん、もっと頑張らないと当たっちゃうよ?」
「…………くっ」
轟く銃声、忙しい足音。
千影のすぐ傍の空間を、猛り狂う銃弾が切り裂いてゆく。
済んでの所で命を繋いだ千影は、散弾銃の照準を合わせようとする。
だがそれを遮るような形で、良美の構えたS&W M627PCカスタムが火を吹いた。
「――つ、あ……!」
千影は即座に銃撃を中断し、ぎりぎりのタイミングで上体を捻った。
真っ直ぐに迫り来る銃弾は、千影の右肩を軽く掠めていった。
千影は激痛を噛み殺して反撃しようとするが、それも良美の銃撃によって阻まれる。
古いタイプの回転式拳銃を用いている良美と、高性能の散弾銃を用いてる千影。
武器だけ見れば、どう考えても千影に分がある。
しかし休憩を取ったばかりの良美と違い、千影は未だ疲労困憊の状態だ。
故に良美は行動一つ一つの速度で千影を上回り、常に先手を取る形となっていた。
「ハァ――フ――、ハ―――」
呼吸を荒く乱しながら、千影は回避に専念し続ける。
秀でた動体視力など持たぬ千影が銃弾を避けるには、照準を合わされぬよう常に走り続けるしかない。
苦し紛れの反撃すらも許されない、余りにも一方的な展開。
それでも千影の瞳には、諦めの色など微塵も浮かんではいなかった。
(まだだ……絶対に好機は来る。トウカくんなら……絶対に、諦めない……!)
生きている限り、そして自分から勝負を捨てない限り、勝敗の行方は分からない。
桁外れの実力を誇ったネリネ相手ですら、トウカは最後まで希望を捨てず、そして絶対的な劣勢を覆したのだ。
だから、自分も諦めない。
どれだけ見苦しかろうとも、死を迎えるその瞬間まで諦めず、一縷の勝機が到来するのを待ち続ける。
「く――――は、――――あ――――!」
身体の限界を感じつつも、千影は懸命に良美の猛攻を耐え凌ぐ。
絶えず跳んだり跳ね回ったりして、敵の銃撃を躱してゆく。
そして千影が思っていたよりも早く、反撃の時は訪れた。
「…………?」
千影は激しく動き回りながらも、一抹の疑問を感じ始めていた。
それまで絶えず降り注いでいた銃弾の雨が、急に飛んで来なくなったのだ。
見れば良美は、鞄の中に片手を突っ込んだまま、狼狽の表情を浮かべている。
まさか――千影の推測を肯定するように、良美の口から焦りの言葉が零れ落ちた。
「――た、弾切れっ……!」
つまりは、そういう事だ。
あれだけ一方的に攻め立てれば、何時銃弾が尽きてしまっても可笑しくは無い。
その事実を正しく認識した瞬間、直ぐ様千影は攻めに転じた。
右手にショットガンを握り締めたまま、左手で鞄から永遠神剣第三位"時詠"を取り出す。
唯一無二の好機をモノにすべく、自身の全戦力を揃えた上で敵目掛けて疾駆する。
「……ことりくんの仇、取らせて貰うよ――!」
「ち、かげ――――さん――――!!」
千影は走りながら一発、二発とショットガンを撃ち放った。
片手での、そして動き回りながらの射撃が命中する筈も無いが、十分牽制にはなる。
今は当たらなくても良い、良美の後退を防げればそれで構わない。
焦らずとも、近距離まで詰め寄ってしまえば、広範囲に渡るショットガンの攻撃は確実に命中する筈だった。
前に進む足は決して止めぬまま、良美の後退を遮るような形で、何度も何度も引き金を絞る。
そのまま狙い通りに間合いを縮め切って、ゆっくりとショットガンの照準を定めようとして――瞬間、良美の顔に冷笑が浮かんだ。
「……莫迦だなあ、千影さん。本当に弾切れだったら、わざわざ報せてあげないよ」
「――――ッ!?」
千影が照準を定めるよりも早く、良美のS&W M627PCカスタムが水平に構えられた。
咄嗟の判断で千影が"時詠"に魔力を注ぎ込むのとほぼ同時、一発の銃声が鳴り響いた。
「……へぇ。まさか、今のを避けるなんてね」
「あ……ぐ…………」
結果から云えば、銃弾が千影の身体を捉える事は無かった。
千影はタイムアクセラレイト――自分自身の時間を加速する技――を発動させて、間一髪の所で難を逃れたのだ。
だがその代償として、残る全ての魔力と体力を消耗してしまった。
手足の先端にまで痺れるような感覚が奔り、喉はカラカラに乾き切っている。
最早、銃撃戦を続けられるような状態では無い。
千影と良美の距離は約15メートル。
苦しげな表情を浮かべる千影に、S&W M627PCカスタムの銃口が向けられる。
「どうやって躱したのか教えて欲しいけど……どうせ断るよね?」
「……ああ。君みたいな人間に……手を貸すつもりは無い」
「そう。それじゃ、今すぐ殺し――――!?」
そこで、良美の背後から、巨大なエンジン音が聞こえて来た。
「死ねっ死ねっ!! 佐藤さんも千影ちゃんも、皆死んじゃええええええええええッ!!」
悠人との戦闘を中断した名雪が、良美と千影を一纏めに始末すべく突撃する。
良美は死に物狂いで横に転がり込んで、迫る脅威から紙一重のタイミングで逃れた。
しかし未だ体力に余裕のある良美とは違い、千影にはもう何の力も残されていない。
「アハハハハハハハハッ、バイバイ千影ちゃん!!」
「う、く、ァ――――――」
シャベルが容赦無く振り下ろされる。
千影は懸命に真横へ逃れようとするが、明らかに速度不足。
どう考えても避け切れない。
だが千影の危機を前にして、悠人が大人しく手を拱いている筈も無い。
「――させるかあああああああっ!!」
悠人は恐るべき勢いで駆け付けると、千影の身体を抱きかかえて跳躍した。
天より降り注ぐ鋼鉄の牙が、悠人達のすぐ真横の地面を大きく抉り取る。
「こ……の……カトンボがあああぁぁぁ!!」
「遅い――――!」
激昂した名雪がシャベルを横に払おうとするが、それは無駄だろう。
悠人は既に後方へ下がり始めており、このままショベルの射程範囲から逃れ切る筈。
横薙ぎに振るわれる鋼鉄の牙が、獲物に噛み付く事は無い。
そう――空気を引き裂く、一発の銃弾さえ無かったのなら。
「――惜しかったね、悠人君」
「…………ガアアアッ!?」
苦悶の声が木霊する。
良美の放った銃弾が、悠人の右太腿を完璧に貫いていた。
グラリ、と大きく悠人の身体がバランスを崩す。
悠人は一瞬の判断で、それまで抱き抱えていた千影を、安全圏へと突き飛ばした。
その、直後。
「あ――――――」
今度は、呻き声を上げる余裕すら無かった。
ショベルカーに搭載された鋼鉄の牙が、悠人の身体を正確に捉えていた。
悠人はゴミのように吹き飛ばされ、少し離れた地面に背中から衝突した。
「がはっ――――ぐ、ごふっ……!」
「ゆ、悠人くん……!!」
倒れたまま咳き込んだ悠人の吐息には、紅い血液が混じっていた。
手足の感覚は消え失せて、全身が砕け散ったような錯覚すら覚える。
圧倒的な衝撃で、内臓は酷く痛め付けられた。
肋骨の内数本は折れ、かろうじ骨折を免れた部位にも皹が入っている。
「づ……あ……ぐ……」
悠人は必死に立ち上がろうとするが、身体が反応してくれない。
どれだけ必死に命令を送っても、腕や足が思うように動かない。
それだけのダメージを、受けてしまった。
「フ――ハハ――――アハハハハハハハハハハハハッッ!!
醜く地面を這いずり回って、カトンボにお似合いの姿だね!」
とうとう獲物を捕らえた名雪は、余裕綽々たる面持ちでショベルカーを停車させて、高々と哄笑を上げていた。
這い蹲るカトンボを天からじっくりと見下ろすのは、名雪にとってこの上無い快感だ。
「どうだどうだっ、やっぱりけろぴーは無敵なんだよ! 私は無敵なんだよ!
あはっ、あははははははははっ!!」
気分が高揚し切った名雪は、すぐにトドメを刺そうとはせず、唯只哂い続ける。
だが名雪は少し横に視線を移し、大きな違和感を覚えた。
悠人同様に絶体絶命である筈の千影が、こちらを見ていないのだ。
単に余所見していると云う訳では無い。
千影の視線は、名雪よりも更に上方の位置へと寄せられていた。
「…………?」
疑問を解消すべく、名雪が頭上に視線を送ると、そこには――
「――良く頑張ったね、名雪ちゃん。お陰で悠人君達を殺せそうだよ」
「え……ひ、あ、ひああああっ!?」
嘗ての倉成武と同じように、佐藤良美がショベルカーの天井に張り付いていた。
「でもね、これでもう名雪ちゃんは用済みなの。だから――そろそろ死んでよ」
良美はS&W M627PCカスタムを取り出すと、防弾ガラス上の皹が密集した部分に狙いを定めて、思い切りトリガーを引いた。
至近距離から何度も何度も銃弾が吐き出され、同じ箇所に叩き付けられてゆく。
ピンポイントを狙ったその銃撃に耐え切れず、とうとう防弾ガラスの一部が砕け散った。
すかさず良美は、その開いた穴から片腕を侵入させる。
「ヒッ――は、はああ、ひううっ……、嫌だ、助けて、死にたくない…………っ!!」
良美を振り落とすべく、名雪が必死に機体を前進させようとするが、遅い。
良美は怯える名雪の姿を、何処までも愉しげに眺め見た後――
「さて、何が起きるかな?」
右人差し指に嵌めたフムカミの指輪を使用した。
瞬間、良美が指を向けた先――即ち、名雪に向かって幾重ものカマイタチが放たれる。
「ひぎゃぁぁぁぁぁああああああああああああああああッッ!!!」
名雪の喉から、獣の如き悲鳴が吐き出された。
荒れ狂う風の刃は、容赦無く名雪の身体を蹂躙してゆく。
服を裂き、肌を裂き、酷い箇所では血管すらも断ち切られている。
舞い散る鮮血により、防弾ガラスが真っ赤に染め上げられた。
「ぎっ……がっ……ごああ……ガァァァアアア!!」
凄まじい激痛から意識を逸らすように、名雪は操縦用のレバーを滅茶苦茶に動かした。
それは何か明確な狙いがあった訳では無い、只の苦し紛れに過ぎぬ行動だ。
だがその行動こそが、名雪の命を薄皮一枚の所で繋ぐ結果に繋がった。
まるで操縦者の苦悶に反応するかのように、ショベルカーが不規則な動きで走り出す。
「……っ、くあ、無茶苦茶、だね……!」
良美は慌てて攻撃を中断して、転げ落ちぬよう態勢を安定させる事に専念した。
ショベルカーは慌しく左右に方向転換し、その度に良美の身体を衝撃が襲う。
まるでロデオ。
暴れ狂う馬に乗っているかのような感覚。
結局このまま張り付いていては危険と判断し、良美はショベルカーから飛び降りた。
「あぐ、あうっ、ぐ……よくもよくもぉ! 殺すッ、絶対に皆殺してやるぅぅぅぅぅぅう!!!」
名雪が駆るショベルカーはそのまま、明後日の方向へと走り去って行った。
スピーカーから、苦悶と憎悪の声を撒き散らしながら。
そして地面に降り立った良美は、逃亡するショベルカーを追い掛けたりしない。
フムカミの指輪が巻き起こした現象は驚愕に値するが、そのような事に意識を取られている暇も無い。
今は生死を賭した激戦の最中であり、全員が敵対者を仕留めるべく動いているのだ。
ならば次に何が起こるなど、考えるまでもない事だろう。
良美は大地を蹴って、素早くその場から退避した。
次の瞬間、それまで良美が居た空間を散弾の群れが引き裂く。
「甘いよ千影さん。悠人君を囮にするくらいじゃないと、私の裏は掻けないよ?」
「――――っ」
散弾を放った張本人である千影が、焦りを隠し切れぬ顔付きになる。
良美の背後に回り込み、照準をしっかりと絞り込んでの奇襲。
千載一遇の好機だった筈なのに、それすらも読み切られてしまった。
良美はS&W M627PCカスタムに銃弾を詰め込みながら、千影をじっくりと眺め見る。
「千影さんもなかなか頑張ったと思うけど、そろそろ限界みたいだね」
その言葉に、千影は反論を返せない。
何とか自分の足で立ってはいるものの、それで殆ど限界だった。
時詠を介しての魔術はもう使えぬし、銃撃から身を躱すような動きも望めない。
度重なる連戦によって、魔力も体力も完全に底を突いているのだ。
対する良美も、万全の状態であるとは云い難い。
左手の小指は消失してしまっているし、右手にも軽くない傷を負っている。
体力も、一時間程度の睡眠では回復し切れていない。
それでも良美には未だ、動き回るだけの余力が十分にある。
とうに限界を越えている千影と比べれば、どちらが有利かなど明白だ。
両者が戦えば、一分も経たない内に決着が着くだろう。
だが、決して失念してはいけない――この場には、もう一人戦士が居る事を。
「ぐ――う――やらせる……かよっ……!」
「――悠人くん!?」
驚きの声は、千影のものだ。
満身創痍の風体を晒しながらも、悠人が懸命に起き上がろうとしていた。
口元にこびり付いた血を拭おうともせず、トウカの刀を杖代わりに用いて。
慌てて千影は、悠人の無謀な行いを制止しようとする。
「悠人くん、無茶だ……! 此処は私が――」
「駄目だ。ことりは最後までコイツに立ち向かった……腹を撃たれても戦い続けて、一矢報いたんだ。
それなのに、俺だけ逃げる訳にはいかないさ」
それに、と悠人は続ける。
「俺は衛やお前を守るって決めたんだ! お前達を何としてでも守ってみせるって、約束したんだ!
だから絶対、コイツに勝ってみせる!!」
そう云って悠人は、日本刀を深く構えた。
その瞳には、警戒に値するだけの強い光が宿っている。
肋骨の幾つかが折れ、内臓も酷く傷付けられているにも関わらず、良美に立ち向かおうと云うのだ。
通常ならば、まず考えられない状況。
だが良美は、目の前で繰り広げられた光景に対して、驚きなど感じていなかった。
「……やっぱりね」
良美にとって、この事態は予想の範疇。
自分は既に、過去何度も同じような経験をしている。
前原圭一も白河ことりも、追い詰めれば追い詰める程、驚異的な底力を発揮した。
そして――その度に、苦渋を舐めさせられてきた。
「私、分かったんだ。悠人君みたいなタイプの人は、どれだけ痛め付けても止まらない。
どれだけ絶望させようとしても、奇麗事を吐き続ける」
もう、嫌という程思い知った。
こういった類の相手と戦う際には、一瞬の油断が命取りとなる。
相手がどれだけ傷付いていようとも、腹部を撃ち抜こうとも、気を抜けばその瞬間に負ける。
余分な思考は、只の足枷にしか成り得ない。
「だから決めたんだ――もっと恨もうって……もっと憎もうって! 二度と喋れないよう、五臓六腑まで引き裂いてやろうって!!」
そう――必要なのは、純然たる殺意のみ。
相手の想いを上回る、圧倒的な憎悪のみ。
そこで良美がS&W M627PCカスタムの銃口を持ち上げ、構え終えた時にはもう銃弾が発射されていた。
三発。
群れを成した銃弾が、悠人目掛けて襲い掛かる。
悠人は上体を捻って避けようとしたが、今の身体で全てを凌ぎ切る事は不可能だった。
放たれた銃弾の一発が、悠人の左肩に突き刺さる。
「俺は……守ってみせる」
それでも、悠人は止まらない。
ことりは止まらなかったのに、自分だけが止まれる筈も無い。
トウカの刀を握り締めて、傷付いた足で一直線に駆け続ける。
「私は……憎い」
そして良美もまた、一歩も引き下がろうとはしない。
人を信じる、人を守ると云った悠人達の生き方は、絶対に認められない。
傷だらけの両手で、何度も何度も銃を撃ち放つ。
「衛を――そしてアイツの姉妹を、絶対に守ってみせる!
もう衛が悲しむ所なんて見たくない!!」
悠人は良美の銃撃を、左右にステップする事で掻い潜った。
――これまで自分を支え続けてくれた少女、衛。
これ以上彼女が悲しむ所なんて見たくない。
「圭一君が――そして悠人君のような、偽善者達が憎い!
私の全てを奪った世界そのものが憎い!!」
良美は弾の尽きた拳銃を仕舞い込んで、鞄から名刀"地獄蝶々"を取り出した。
――自分にとって最も大事な存在だった、霧夜エリカと対馬レオ。
彼女達を奪った世界そのものが憎い。
「だから俺は――」
「だから私は――」
二人は、互いの剣が届く位置にまで踏み込んだ。
良美は地獄蝶々を、悠人はトウカの刀を振り上げて、
「「絶対に負けられないんだぁぁぁぁあああああああ!!!」」
己が想いを思い切り叩き付ける――!!
二本の刀が鬩ぎ合う。
絶対に譲れぬ想いと想いが衝突する。
だが、それはほんの一瞬。
あっという間に均衡は破られた。
「くぅ――――!?」
甲高い金属音と共に、良美の手から地獄蝶々が弾き飛ばされる。
いかに満身創痍と云えども、高嶺悠人はラキオスのエトランジェ。
只の一般人である、そして左小指を失った良美が、斬り合いで勝てる道理など無い。
「貰ったぁぁぁぁああああ!!」
得物を失った良美目掛けて、悠人が日本刀を振り下ろそうとする。
至近距離から放たれる剣戟を、今の良美が防御する方法は存在しない。
されど――良美とて覚悟を決めし修羅。
どんな極限状態であろうとも、諦めたりしない。
守れぬと云うなら、攻撃に全力を注ぎ込むだけの事……!
「まだ、だよ…………っ!!」
「ッ――――!?」
手を伸ばせば届く程の至近距離で、良美はフムカミの指輪を使用した。
猛り狂うカマイタチが、悠人の身体を次々に切り裂いてゆく。
だが、どれも致命傷に至るようなものでは無い。
その程度の攻撃で、悠人は怯んだりしない。
「ク……オオオオォォォォォ――――!!」
悠人は風圧で吹き飛ばされながらも、刀を最後まで振り下ろした。
しかし距離を離されてしまった所為で、刀の先端しか届かない。
放たれた剣戟は、良美の左肩を浅く切り裂くに留まった。
二人はよろよろと後退して、十メートル程の間合いを置いた状態となる。
「グ、ガアァッ…………」
「あ、くうっ…………」
悠人と良美は揃って呻き声を洩らす。
最早悠人は、自力で立てているのが不思議な程の状態だ。
対する良美も相当のダメージを負っているものの、悠人に比べればまだ浅手。
身体の状態ならば良美が、素の実力ならば悠人が大きく上回っている。
故に、両者の戦いは互角。
このまま戦い続ければ、どちらが勝つか全く分からない。
だがそんな二人の戦いは、第三者の手によって終止符を打たれようとしていた。
(悠人くん、悪いけど……横槍を入れさせて貰うよ。
君を……此処で死なせる訳には、いかないからね……)
ショットガンに銃弾を詰め終えた千影が、良美の横顔に照準を合わせる。
先程までは悠人を巻き込む可能性もあった為、狙撃する事が出来なかった。
しかし両者の間に十分な距離がある今ならば、確実に良美だけを仕留められる筈。
一騎打ちの邪魔をするのは少々気が引けるが、今は悠人の命を守るのが一番重要だ。
千影は引き金を絞ろうとして――そこで、絶望的な何かが近付いて来るのを感じ取った。
「な――――」
思わず千影は言葉を失った。
良美も悠人も戦いを中断して、迫り来る物体に視線を寄せている。
黒光りしているボディ、特徴的な煙突。
ショベルカーを遥かに凌駕する圧倒的スケール、スピード。
見間違う筈が無い。
木々を薙ぎ倒して疾駆するソレは、蒸気機関車と呼ばれている代物だった。
「っ…………!!」
良美の判断は素早かった。
ショベルカーならばともかく、あんなモノが相手では犬死にするだけだ。
燃え盛るような憎しみを抑え込んで、直ぐ様逃亡を開始した。
先程弾き飛ばされた地獄蝶々を拾い上げて、即座にデイパックに押し込もうとする。
慌てていたのもあり、デイパックから何かを落としてしまったが、そんな些事に構ってはいられない。
一分一秒でも早くこの場を離れるのが、生き延びる為の絶対条件。
そのまま良美は脇目も振らずに、全速力で戦場から離脱した。
「――ハ、――ハァ――フ――」
斬られた左肩がじくじくと痛む。
銃撃の反動を押さえ続けた所為で、両手は感覚が無くなり掛けている。
悠人と千影には十分な損害を与える事が出来たし、後は放っておいても、あの機関車が始末してくれる筈。
だが今回のような戦い方をずっと続けていては、とても身体が保たないだろう。
……いい加減、限界だ。
敵は大抵徒党を組んでいるのだから、こちらも集団化しなければ、余りにも不利過ぎる。
「なら――狙い目は、殺し合いに乗った人だね」
恐らくもう自分の悪評は広まり切ってしまっただろうが、殺人遊戯を肯定した者相手ならば、未だ交渉の余地はある。
自分と同じく、人数的な不利を痛感している殺戮者は多い筈なのだ。
交渉に成功したとしても、勝ち残れるのは一人だけである以上、信頼の伴わぬ一時的な協力関係に過ぎない。
だが、それで十分。
勝ち残れる確率が1%でも上がるのなら、何であろうと構わない。
「私は負けない……。どんな手を使ってでも、絶対に偽善者達を根絶やしにしてやる……っ!」
何処までも昏い声で紡がれる独白。
傷だらけになって尚、少女は全てを憎み続ける。
【F-4下部 /2日目 早朝】
【佐藤良美@つよきす -Mighty Heart-】
【装備:フムカミの指輪(残使用回数0回)@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄、破邪の巫女さんセット(巫女服のみ)】
【所持品:支給品一式×3、S&W M627PCカスタム(0/8)、S&W M36(5/5)、
錐、食料・水x4、目覚まし時計、今日子のハリセン@永遠のアセリア(残り使用回数0回)、
大石のデイパック、地獄蝶々@つよきす、S&W M627PCカスタムの予備弾3、.357マグナム弾(40発)、肉まん×5@Kanon、オペラグラス、医療品一式】
【状態:疲労大、左肩に銃創と穴(治療済み)、重度の疑心暗鬼、巫女服の肩の辺りに赤い染み、右手に穴・左手小指損失(応急処置済み)、左肩に浅い刀傷】
【思考・行動】
基本方針:あらゆる手段を用いて、優勝する。
1:ゲームに乗った者と共闘関係を築く(行き先は次の書き手さん任せ)
2:魔法、魔術品を他にも手に入れておきたい
3:あらゆるもの、人を利用して優勝を目指す
4:いつか圭一とその仲間を自分の手で殺してやりたい
【備考】
※ハクオロを危険人物と認識。(詳細は聞いていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ)
※大空寺あゆ、ことみのいずれも信用していません。
※大石の支給品は鍵とフムカミの指輪です。 現在鍵は倉成武が所有
※商店街で医療品とその他色々なものを入手しました。 具体的に何を手に入れたかは後続書き手任せ。ただし武器は無い)
※襲撃者(舞)の外見的特長を知りました。
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