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「風の辿り着く場所(前編)」(2007/12/05 (水) 17:49:54) の最新版変更点
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**風の辿り着く場所(前編) ◆sXlrbA8FIo
林の中を一台の自動車がゆっくりと走っていた。
否、走っているというよりは暴れていると取ったほうが正しいだろう。
道なき道を走る車を止めてやろうと言わんばかりに木々が視界を塞ぎ進行を邪魔している。
そして舗装されていないでこぼこな地面が車体を大きく車を揺らしていた。
迫り来る木々を交わしながら走行を続けていた車ではあったが、おもむろに速度を落とし呼吸を止めるようにエンジン音を落とした。
おとなしくなった車のドアが勢いよく開き、降りてきたのは二人の子供の姿――北川潤と古手梨花だった。
「……さすがにこれ以上は車だと危険だな」
「そうね……むしろよく今まで生きていられたと思ったほうが正しいわ」
皮肉を込めながら、梨花は車の前面を見やりながら言う。
元々が無事とは言いがたかったその車体はすでに細かい傷だらけで、動いていなければ廃車と見間違うくらいなほどにボロボロになっていた。
「しょうがない、こっからは歩きで行くしかないか」
「車は? こんな所に置いて行くの?」
「どうしようもないだろ? 免許も持ってない俺がこんな山の中をここまで進んで来れただけでも奇跡に近いんだぜ?
まさか同じ道をまた戻れって言われても、それこそ奇跡でも起きないと無理に決まってるさ」
「…………はぁ」
必死に反論する北川を見ながら、呆れ果てた様に梨花はため息をつく。
「奇跡奇跡ってバーゲンセールでもしてるの? そんなくだらないことに奇跡なんて使って欲しくないもんだわ」
「ぐ……」
「まあそれでも言ってることは正論ね。確かに戻るよりは歩きでも進んだほうが現実的」
「だ、だろ?」
「それじゃそう言うことで、潤。風子を起こしてきて頂戴」
そう言って梨花は視線を後部座席に移す。
先には、車の後部座席ですやすやと眠っている風子の姿があった。
――それでは風子は一眠りしますので、着いたら起こしてください。
――置いて行ったりなんかしたら後でひどいですよ。
車に乗り込んで早々二人に言い放つと、それから今までずっと眠りこけていたのだ。
「まったく……あの揺れで一回も目を覚まさないものだからたいしたものだわ」
自分は車酔いで気分は悪いし、それにあの運転のせいで生きた心地なんてしなかったというのに……。
やれやれと肩をすくめそんな事を考えながらも、小さく笑みをこぼしながら梨花は言った。
「――潤?」
一方の北川はと言えば、今の梨花の言葉を聞いていなかった様な、どこか遠くを見ながら呆けていた。
その不思議な態度に思わず梨花は「どうしたの?」と尋ねていた。
「……あ、いや、なんでも……ない」
「そう? なら良いのだけれど」
「それより梨花ちゃん、ちょっと危険が無いかその辺見てくるから、風子のこと頼んでいいか?」
「え、別に構わないけど……で――」
どこか様子のおかしい北川の態度に訝しげな表情を浮かべながらも梨花が答えると
「さんきゅ! じゃ行って来る。なに、すぐ戻ってくるよ」
と、梨花の言葉を最後まで待たずに北川は駆け出していった。
「――も、って……ねえ、ちょっと! 潤!? ……もう。何なのかしら。別にこれがあるからそこまで気を入れなくてもいいと思うのだけれどね」
梨花の手に握られていたのは、杉並、鳴海孝之と持ち主を転々としながら渡り歩いている首輪探知レーダーの姿だった。
見れば北川のものと思しき光点がどんどん離れていっているのがわかる。
そしてほんの数十メートルほど進んだあたりでピタリとその動きが止まっていた。
その光を見ながら梨花はくすりと笑い
「トイレならそう言えばいいのに――」
梨花はゆっくりと車体に近づき、後部座席のドアへと手をかけると一気に開け放った。
「風子、起きなさい」
「……Zzz」
「ほら、ついたわよ」
「…………Zzz」
「おいてくわよ?」
「………………Zzz」
「……しょうがないわね、もう」
困り果てた表情を浮かべながらも梨花は車の中へと入り込み、風子の身体を揺らしては声をかける。
その表情は、日常の北条沙都子に対する表情となんら遜色ない穏やかなものであった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
梨花が風子を起こそうと奮闘している中、一方の北川と言えば――
「はあはあはあ……」
全力疾走で車から離れ、そして一本の大木に寄り添いながら荒く肩で呼吸を繰り返していた。
(風子……)
出発してからすぐ眠りに入り、そして今まで生死のかかったドライブをしていたせいもあり完全に失念していた事。
鷹野の言葉を聞いて以来、北川は風子の顔がまともに見れなくなっていた。
風子が眠りについた時なんて安堵のため息さえ漏らしていた。
もやもやとした感情の中で、風子が北川に見せたのは初めて出会った時と何も変わらない笑顔。
やっている事だって何も変わってないし、むしろ接していた時間が距離を近づけてくれたのだろう、内容を濃くしてくれている。
だが、それら全てが演技かもしれない。
信用させるだけさせて、気を抜いたところで自分は――
「そんなわけ、あるかっ!」
沸きあがる疑念を必死に振り払おうと頭を振る。
(風子は、風子だ――)
心の中で必死に否定の言葉を繰り返す。
――全員殺したわ
だがそれと同時に鷹野の言葉が心の中で反響する。
――殺したわ
何を考えても一度沸いた疑念は消えようとはしてくれない。
――殺……
「うるせえええええっっ!」
幻惑をかき消すように目の前の幹に全力で頭を叩きつけた。
ドンッと鈍い音が響き、木の葉が北川の身体へと舞い落ちていく。
痛む頭を抑えながら思い出したように時計を見ると、気付けば十分も立っていた。
「やべっ!」
帰りが遅い自分を何事かと思うだろう。
梨花ちゃんも……勿論風子も。
こんなことで心配かけてもしょうがないことだ。
そう、だって風子は風子なんだから。
そう思い込もうとしながら北川は来た道を引き返し走り出した。
(大丈夫、大丈夫だ)
それは虚構に捻じ曲げられた事実を否定する北川の願い。
(風子は仲間だ!)
その願いは叶っている。
(なあそうだろ!?)
―――――そして
「――北川さん。どこ行ってたんですか!? 風子待ちくたびれちゃいました」
何も変わらない声を聞いて。
何も変わらない顔を見て。
それでも襲い来る不安に北川は平常心を保つのに必死だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ここで時間と場所は少し移る。
大木の上部に生えた枝の上と言う一見では誰も気付かないような場所。
そこには身動き一つせずじっと身体を休めている小さな影があった。
鋭い鉤爪で木の枝を握り締めながら、異端の参加者であるオウム……土永さんは機をうかがいながら休息を取っていた。
丸く大きな瞳を二度三度と瞬かせながら辺りを確認する。
「うむ……もう問題ないようだ」
一般的に『鳥目』と言う言葉があるがこれによって鳥が夜は前が見えないと思ってる人も多いかもしれない。
だがそれは大きな間違いである。
確かに幹体の発達した哺乳類には劣るもののまったく見えなくなるわけではない。
暗闇に順応する為に費やす時間が哺乳類よりも時間がかかるのは間違いないが、突然の暗闇でもなければまったく見えなくなることもないし
哺乳類に比べてそこまで視力が劣るわけでもないのである。
だが、月明かりの中疲労も気にせず飛び回っていた土永さんには予想外の事実が起きた。
いつの間にか上空には厚い雲が広がり、辺りを照らしていた月明かりが徐々に隠されていったのだから。
薄暗くなっていく景色に動揺の色を隠しきれない。
実際どんどんと視界が狭くなっていくのがわかった。
苦渋に満ちた表情を浮かべながら、そばにあった木へと降り立ったのが少し前の出来事だった。
そして今、昼間とは遜色無いほどに目の前の様子がクリアに映し出されている状況を確認し――
「――すまない祈……無駄な時間を取ってしまった」
折りたたまれた翼を大きく広げ、捕まっていた枝を全力で蹴り上げると再び闇に包まれた大空へと飛び立った。
時間にしては三十分にも満たない休息だった。
だが、土永さんにとってはそれは自分の帰りを待ち続けているものへの裏切り行為に他ならない。
心の中で何度も何度も謝罪の念を込めながら彼は翼を羽ばたき続ける。
これから先、目の前の状況何一つ見逃してはいけない。
一つの慢心が死を招く。
一つの油断が機を逃す。
それは――生き延びる為。
それは――愛するのものの元へと帰る為。
それは――その手段を探す為。
注意深く辺りを見渡し、そして明らかに異となるものはすぐに見つかった。
暗闇の中を動く小さな光が三つ。
上空は雲で覆いつくされ僅かな月明かりも指さぬ闇の中、その光は不自然さを際立たせるほどに辺りを照らしていた。
恐らくは支給品であるランタンであろう。
すぐに土永さんはそう結論付けながら……ある疑問が生じた。
いつ誰が襲ってくるかもわからない状況で自分の居場所を教える行為をするのは何故なのか?
まさか開始からこれだけ時間が立ちながらいまだに鷹野という女の言葉を信じてないということはあるまい。
なれば誰かに襲われても問題は無いと言う事なのか。
そうだとするとそれの意味するところは?
簡単だ、撃退するべき手段があるという事。
この殺し合いに乗ったものなのかそうでないものかはそれだけでは判断することは出来ない。
だが少なくとも武器らしいものは持っているはずだ。
光をじっと見つめながら、土永さんは思考をめぐらせる。
この暗闇なら見つかることは間違っても見つかることはないだろう。
だが、自分の保身の事を考えるならばあの光は自分にとっての凶星でしかない。
ならば長居は無用だろう――土永さんがそう考えるとほぼ同時に、三つあった光のうち二つが唐突に闇と同化する様に消えていた。
そしてなにやら下のほうが騒がしい声が聞こえてきた。
が、この距離ではさすがに内容までは聞き取ることが出来ない。
「む?」
土永さんは一つになった光を見下ろしながら、話の内容を聞き取ろうと神経を耳へと集中させはじめ、そして――
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
時は土永さんが休息を終え、飛び立った直後まで遡る。
上空は雲に覆われ、さらに深く茂った木々により完全な闇となった森の中を歩く三名の姿があった。
北川潤、伊吹風子、古手梨花……彼らのその手には、目の前を闇を邪魔だと言わんばかりに排除する光。
支給品でもあるランタンが握り締められていた。
確かに光無しでは足元ですらまったく見えない森の中を彼らは歩いていた。
だがここで、土永さんが抱いていた疑問が浮上する。
何故彼らは自分達の位置を教える事になるであろうランタンをつけて動いているのか。
「潤、どう?」
「ん……なーんにもも変わらず。まったく問題なし。ノーブロブレムさ」
レーダーをちらりと確認しながら潤は尋ねた梨花へと言葉を返す。
画面上には光点が三つ。
つまりここにいる自分たちだけと言う事だ。
これなら誰かが近づけばすぐにわかる。
もし誰かに見つかったとしてもすぐにランタンを消せばこの暗闇ならすぐ自分達を追う事は難しいだろう。
分断して逃げる事になったとしても合流は簡単だ。
そうなった場合のことも綿密に打ち合わせをし、実際今まで誰とも遭遇することなくホテルまでもうすぐと言う位置までに来ているのだから。
「北川さんは少し能天気すぎなのです。もう少し緊張感を持ったほうがいいです」
どこかふざけたような北川の返事に小さくため息を漏らしながら風子が毒づく。
「そうね……さっきも言ったけどレーダーがあるとは言え光を灯して自分達の位置をこんなあからさまにするなんて私はやっぱり賛成できないわ」
「本当です」
狼狽する北川を尻目に二人の少女は
「「……はあ」」
と再びため息をついた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
――俺だってこんな危険な真似したくねえよ
口からその言葉が飛び出しそうになるのを北川は慌ててこらえていた。
……確かに二人の言うことは正しい。
むしろ自分だって出来るものならそうしたい。
こんなランタンなんて危険なもの消せるものなら消したかった。
――教えてあげるのはある一人の参加者の事よ。その人は実はこのゲームの前に同じような殺し合いゲーム参加していたのよ。
鷹野の言葉を信じているわけじゃない。
――残りグループの人間を全員殺したわ。そして優勝。無垢な笑顔してその実態は鬼のその者だったわ。
今だって鷹野の言葉なんかより、目の前にいる少女自身のことを信じている。
――その人の名は、伊吹風子よ。
なのに、自分に向けるその無垢な笑顔を見るたびに、今はもう戦慄を覚えていた。
ランタンをつけようと提案したのもこれのせいだ。
もしも真っ暗闇になって、風子が襲い掛かかってきたらどうすればいいんだ!
そんなことはあるはずがないのに。
でもその可能性を絶対否定しきれない自分もいて。
そんな自分が嫌になりながら、少しでも能天気に振舞って。
(お前は何を考えているんだ?)
(その笑顔は本物なのか?)
何度も頭の中で反芻した疑問。
勿論そんな事は聞けるわけが無い。
自分がそんなことを考えているなんて知られたら風子は間違いなく傷つくだろう。
だって、そんな事はあるはずが無いんだから。
でももしも……もしもだ。首を縦に振られたら?
正体がばれたと襲い掛かってきたら?
自分の身を、そして梨花ちゃんを守る為に風子と戦う?
戦うって事は殺すって事か?
「……ん」
俺が?
「……潤」
風子を?
「潤!!」
突如耳に響いた梨花ちゃんの声に俺の思考はそこで停止されていた。
いや突如でもないか。
なんとなく聞こえていたけど気にも留めてなかってことだ。
俺はどうやらまた思考の迷路に入り込んでたらしい。
歩きながら何度も何度もこのことばかりを考えてしょうがない。
「ぼーっとしてないで潤!」
言いながら梨花ちゃんが俺の手からランタンをひったくっていた。
「えっ?」
気付けば二人ともランタンを消しており、そして今まさに俺のものをも消そうとしていた。
「レーダー!」
その言葉に視線をレーダーへと移す。
光の数が1、2、3、4……4!?
ほんの少し目を離しただけ……にもかかわらずいきなり現れた光点。
それはありえない事に自分達とぴったり重なって映っていた。
慌てて俺はコルトパイソンを取り出し、レーダーと辺りを交互に見渡す。
だがいくら見渡しても目の前には風子と梨花ちゃんの姿しか見えない。
「なんだこりゃ!」
「私に聞かれたって知らないわよ!」
梨花ちゃんもわけがわからない様子で俺に叫び返す。
「潤!!」
突如耳に響いた梨花ちゃんの声に俺の思考はそこで停止されていた。
いや突如でもないか。
なんとなく聞こえていたけど気にも留めてなかってことだ。
俺はどうやらまた思考の迷路に入り込んでたらしい。
歩きながら何度も何度もこのことばかりを考えてしょうがない。
「ぼーっとしてないで潤!」
言いながら梨花ちゃんが俺の手からランタンをひったくっていた。
「えっ?」
気付けば二人ともランタンを消しており、そして今まさに俺のものをも消そうとしていた。
「レーダー!」
その言葉に視線をレーダーへと移す。
光の数が1、2、3、4……4!?
ほんの少し目を離しただけ……にもかかわらずいきなり現れた光点。
それはありえない事に自分達と重なるように映っていた。
慌てて俺はコルトパイソンを取り出すし、レーダーと辺りを交互に見渡す。
だがいくら見渡しても目の前には風子と梨花ちゃんの姿しか見えない。
「なんだこりゃ!」
「私に聞かれたって知らないわよ!」
梨花ちゃんもわけがわからない様子で俺に叫び返す。
何が起こったってんだ!
レーダーがぶっ壊れでもしたのか?
まさか、俺はただ持ってただけだ。
「誰だ、誰かいるのか!?」
……だが俺の叫びに答えるものは無い。
その静寂が恐怖だけを掻き立てる。
梨花ちゃんも俺に背中を合わせるように反対側を警戒するように見渡していた。
勿論俺の隣にいる風子も同じように辺りを見て……え?
光点の原因を探すことばかりに気を取られていたが、どことなく風子の様子がおかしい。
いや、様子がおかしいというのも変な話だ。
特に変な事をしているとか言うわけではない。
ただ……なんだろう。
周囲を見渡すその表情や仕草が、なんとなく、なんとなくだが極めて冷静すぎる気がする。
普通は、もう少し慌てたりしないもんか?
恥ずかしい話だが、男の俺だって足が少し震えてる。
梨花ちゃんなんて背中越しに、少し震えるているのがすぐわかるぐらいなのに。
でも風子が周りを見るその目は、いつもより冷たく感じた。
風子はこんな目をする奴だったか?
俺の知ってる伊吹風子は、もっと、もっと……。
「あれじゃないですか?」
突然上を見上げると、風子は上空へ向かって指を差していた。
その声につられ、俺と梨花ちゃんは同時に天を見上げる。
生い茂る木の枝が空を隠すように敷き詰められていた。
「木の上か!」
平面だけで物事を考えすぎていた。
よく考えれば上だけではなく地下だって可能性もある。
なんでそんな簡単なことに気付けなかったのか。
俺は銃を上に向けて構えなおし、目を凝らしながら人影を探す。
だが闇が俺の視界を遮り、目的のものを捉える事を許してはくれなかった。
「それも考えました……でもレーダーを良く見て欲しいです」
必死に木の上を見渡す俺を否定するように風子は言葉を告げる。
その視線は依然上を向いたままで。
俺と梨花ちゃんは促されるままにレーダーを覗き込む。
先ほどと変わらない四つの光点。
変わってるといえば三つの光点……すなわち俺たちが重なり合い一つになりぴくりとも動いていないのに対し
正体不明の残り一つがまるで俺たちの周りを旋回するように動いていたのだった。
木に登りながらこんな芸当をするなんて相手は忍者か何かか?
こっちは子供が三人。武器は自分の持つ銃一丁。
ますますもって分が悪い。
……待てよ、風子は木の上ではない、みたいな言い方をしなかったか?
「どう言う事だ?」
言いながら風子の視線を追いかけるように再び上を見上げる。
追って初めて今まで俺が見ていた木などには目もくれず、遥かその上の僅かに開けた空を見据えていたのがわかった。
目を細め、瞳にだけ意識を集中される。
するとわずかながらに何かが動いてるのが見えた。
人ではない。
もっともっと小さな、おそらくは鳥ではないかと気付いた。
レーダーが反応したのはあれか? まさか、なんで鳥に?
「北川さん、見えましたか?
「ああ……でもなんであれにレーダーが……?」
「風子ちょっと考えたんですけど、それであれを撃ってみてください」
難しい顔をしながら風子がポツリと呟きながら、上空を指していた風子の手は
その言葉と共に俺の持つコルトパイソンへと向けられている。
「え?」
「え、じゃないです。こう言うのはちゃんと確かめたほうが良いんです」
叱る様な厳しい口調に俺は流されるまま銃口を空に向ける。
しかしこの暗闇であんな小さい的に当てるなんて……。
焦れば焦るほど狙いが定まらず、小刻みに照準がぶれてしまう。
「焦らなくていいんです、落ち着いてゆっくりと引き金を引けば当たる――そう言う風に出来てるんです」
風子が俺の後ろに回りこみ、銃を持つ俺の手にそっと自身の両手を重ね合わせてくる。
突然の事に身体が飛び跳ねそうになるのを必死にこらえる俺に気にする様子も無く、躊躇も無い中その引き金を引き絞っていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
たった今聞こえた音……それは昔祈と見に行った花火の音によく似ていた。
そしてそれとほぼ同時に、我輩の左翼が焼けるような痛みに襲われる。
今の音が銃声であったことに気付いた時にはすでに遅かった。
「たれたのか……?」
浮力を失った我輩の身体は、重力に逆らうことも出来ずに急激に地面へと落下していた。
飛ぼうにも動かそうとする翼に力を入らない。
眼前には一本の木が間近に迫り――全身を襲う衝撃と共に我輩の視界は真っ暗になっていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
|166:[[月光のセレナーデ]]|投下順に読む|167:[[風の辿り着く場所(後編)]]|
|166:[[月光のセレナーデ]]|時系列順に読む|167:[[風の辿り着く場所(後編)]]|
|151:[[童貞男の疑心暗鬼]]|北川潤|161:[[風の辿り着く場所(後編)]]|
|151:[[童貞男の疑心暗鬼]]|伊吹風子|161:[[風の辿り着く場所(後編)]]|
|151:[[童貞男の疑心暗鬼]]|古手梨花|161:[[風の辿り着く場所(後編)]]|
|149:[[桃源の夢]]|土永さん|161:[[風の辿り着く場所(後編)]]|
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**風の辿り着く場所(前編) ◆sXlrbA8FIo
林の中を一台の自動車がゆっくりと走っていた。
否、走っているというよりは暴れていると取ったほうが正しいだろう。
道なき道を走る車を止めてやろうと言わんばかりに木々が視界を塞ぎ進行を邪魔している。
そして舗装されていないでこぼこな地面が車体を大きく車を揺らしていた。
迫り来る木々を交わしながら走行を続けていた車ではあったが、おもむろに速度を落とし呼吸を止めるようにエンジン音を落とした。
おとなしくなった車のドアが勢いよく開き、降りてきたのは二人の子供の姿――北川潤と古手梨花だった。
「……さすがにこれ以上は車だと危険だな」
「そうね……むしろよく今まで生きていられたと思ったほうが正しいわ」
皮肉を込めながら、梨花は車の前面を見やりながら言う。
元々が無事とは言いがたかったその車体はすでに細かい傷だらけで、動いていなければ廃車と見間違うくらいなほどにボロボロになっていた。
「しょうがない、こっからは歩きで行くしかないか」
「車は? こんな所に置いて行くの?」
「どうしようもないだろ? 免許も持ってない俺がこんな山の中をここまで進んで来れただけでも奇跡に近いんだぜ?
まさか同じ道をまた戻れって言われても、それこそ奇跡でも起きないと無理に決まってるさ」
「…………はぁ」
必死に反論する北川を見ながら、呆れ果てた様に梨花はため息をつく。
「奇跡奇跡ってバーゲンセールでもしてるの? そんなくだらないことに奇跡なんて使って欲しくないもんだわ」
「ぐ……」
「まあそれでも言ってることは正論ね。確かに戻るよりは歩きでも進んだほうが現実的」
「だ、だろ?」
「それじゃそう言うことで、潤。風子を起こしてきて頂戴」
そう言って梨花は視線を後部座席に移す。
先には、車の後部座席ですやすやと眠っている風子の姿があった。
――それでは風子は一眠りしますので、着いたら起こしてください。
――置いて行ったりなんかしたら後でひどいですよ。
車に乗り込んで早々二人に言い放つと、それから今までずっと眠りこけていたのだ。
「まったく……あの揺れで一回も目を覚まさないものだからたいしたものだわ」
自分は車酔いで気分は悪いし、それにあの運転のせいで生きた心地なんてしなかったというのに……。
やれやれと肩をすくめそんな事を考えながらも、小さく笑みをこぼしながら梨花は言った。
「――潤?」
一方の北川はと言えば、今の梨花の言葉を聞いていなかった様な、どこか遠くを見ながら呆けていた。
その不思議な態度に思わず梨花は「どうしたの?」と尋ねていた。
「……あ、いや、なんでも……ない」
「そう? なら良いのだけれど」
「それより梨花ちゃん、ちょっと危険が無いかその辺見てくるから、風子のこと頼んでいいか?」
「え、別に構わないけど……で――」
どこか様子のおかしい北川の態度に訝しげな表情を浮かべながらも梨花が答えると
「さんきゅ! じゃ行って来る。なに、すぐ戻ってくるよ」
と、梨花の言葉を最後まで待たずに北川は駆け出していった。
「――も、って……ねえ、ちょっと! 潤!? ……もう。何なのかしら。別にこれがあるからそこまで気を入れなくてもいいと思うのだけれどね」
梨花の手に握られていたのは、杉並、鳴海孝之と持ち主を転々としながら渡り歩いている首輪探知レーダーの姿だった。
見れば北川のものと思しき光点がどんどん離れていっているのがわかる。
そしてほんの数十メートルほど進んだあたりでピタリとその動きが止まっていた。
その光を見ながら梨花はくすりと笑い
「トイレならそう言えばいいのに――」
梨花はゆっくりと車体に近づき、後部座席のドアへと手をかけると一気に開け放った。
「風子、起きなさい」
「……Zzz」
「ほら、ついたわよ」
「…………Zzz」
「おいてくわよ?」
「………………Zzz」
「……しょうがないわね、もう」
困り果てた表情を浮かべながらも梨花は車の中へと入り込み、風子の身体を揺らしては声をかける。
その表情は、日常の北条沙都子に対する表情となんら遜色ない穏やかなものであった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
梨花が風子を起こそうと奮闘している中、一方の北川と言えば――
「はあはあはあ……」
全力疾走で車から離れ、そして一本の大木に寄り添いながら荒く肩で呼吸を繰り返していた。
(風子……)
出発してからすぐ眠りに入り、そして今まで生死のかかったドライブをしていたせいもあり完全に失念していた事。
鷹野の言葉を聞いて以来、北川は風子の顔がまともに見れなくなっていた。
風子が眠りについた時なんて安堵のため息さえ漏らしていた。
もやもやとした感情の中で、風子が北川に見せたのは初めて出会った時と何も変わらない笑顔。
やっている事だって何も変わってないし、むしろ接していた時間が距離を近づけてくれたのだろう、内容を濃くしてくれている。
だが、それら全てが演技かもしれない。
信用させるだけさせて、気を抜いたところで自分は――
「そんなわけ、あるかっ!」
沸きあがる疑念を必死に振り払おうと頭を振る。
(風子は、風子だ――)
心の中で必死に否定の言葉を繰り返す。
――全員殺したわ
だがそれと同時に鷹野の言葉が心の中で反響する。
――殺したわ
何を考えても一度沸いた疑念は消えようとはしてくれない。
――殺……
「うるせえええええっっ!」
幻惑をかき消すように目の前の幹に全力で頭を叩きつけた。
ドンッと鈍い音が響き、木の葉が北川の身体へと舞い落ちていく。
痛む頭を抑えながら思い出したように時計を見ると、気付けば十分も立っていた。
「やべっ!」
帰りが遅い自分を何事かと思うだろう。
梨花ちゃんも……勿論風子も。
こんなことで心配かけてもしょうがないことだ。
そう、だって風子は風子なんだから。
そう思い込もうとしながら北川は来た道を引き返し走り出した。
(大丈夫、大丈夫だ)
それは虚構に捻じ曲げられた事実を否定する北川の願い。
(風子は仲間だ!)
その願いは叶っている。
(なあそうだろ!?)
―――――そして
「――北川さん。どこ行ってたんですか!? 風子待ちくたびれちゃいました」
何も変わらない声を聞いて。
何も変わらない顔を見て。
それでも襲い来る不安に北川は平常心を保つのに必死だった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ここで時間と場所は少し移る。
大木の上部に生えた枝の上と言う一見では誰も気付かないような場所。
そこには身動き一つせずじっと身体を休めている小さな影があった。
鋭い鉤爪で木の枝を握り締めながら、異端の参加者であるオウム……土永さんは機をうかがいながら休息を取っていた。
丸く大きな瞳を二度三度と瞬かせながら辺りを確認する。
「うむ……もう問題ないようだ」
一般的に『鳥目』と言う言葉があるがこれによって鳥が夜は前が見えないと思ってる人も多いかもしれない。
だがそれは大きな間違いである。
確かに幹体の発達した哺乳類には劣るもののまったく見えなくなるわけではない。
暗闇に順応する為に費やす時間が哺乳類よりも時間がかかるのは間違いないが、突然の暗闇でもなければまったく見えなくなることもないし
哺乳類に比べてそこまで視力が劣るわけでもないのである。
だが、月明かりの中疲労も気にせず飛び回っていた土永さんには予想外の事実が起きた。
いつの間にか上空には厚い雲が広がり、辺りを照らしていた月明かりが徐々に隠されていったのだから。
薄暗くなっていく景色に動揺の色を隠しきれない。
実際どんどんと視界が狭くなっていくのがわかった。
苦渋に満ちた表情を浮かべながら、そばにあった木へと降り立ったのが少し前の出来事だった。
そして今、昼間とは遜色無いほどに目の前の様子がクリアに映し出されている状況を確認し――
「――すまない祈……無駄な時間を取ってしまった」
折りたたまれた翼を大きく広げ、捕まっていた枝を全力で蹴り上げると再び闇に包まれた大空へと飛び立った。
時間にしては三十分にも満たない休息だった。
だが、土永さんにとってはそれは自分の帰りを待ち続けているものへの裏切り行為に他ならない。
心の中で何度も何度も謝罪の念を込めながら彼は翼を羽ばたき続ける。
これから先、目の前の状況何一つ見逃してはいけない。
一つの慢心が死を招く。
一つの油断が機を逃す。
それは――生き延びる為。
それは――愛するのものの元へと帰る為。
それは――その手段を探す為。
注意深く辺りを見渡し、そして明らかに異となるものはすぐに見つかった。
暗闇の中を動く小さな光が三つ。
上空は雲で覆いつくされ僅かな月明かりも指さぬ闇の中、その光は不自然さを際立たせるほどに辺りを照らしていた。
恐らくは支給品であるランタンであろう。
すぐに土永さんはそう結論付けながら……ある疑問が生じた。
いつ誰が襲ってくるかもわからない状況で自分の居場所を教える行為をするのは何故なのか?
まさか開始からこれだけ時間が立ちながらいまだに鷹野という女の言葉を信じてないということはあるまい。
なれば誰かに襲われても問題は無いと言う事なのか。
そうだとするとそれの意味するところは?
簡単だ、撃退するべき手段があるという事。
この殺し合いに乗ったものなのかそうでないものかはそれだけでは判断することは出来ない。
だが少なくとも武器らしいものは持っているはずだ。
光をじっと見つめながら、土永さんは思考をめぐらせる。
この暗闇なら見つかることは間違っても見つかることはないだろう。
だが、自分の保身の事を考えるならばあの光は自分にとっての凶星でしかない。
ならば長居は無用だろう――土永さんがそう考えるとほぼ同時に、三つあった光のうち二つが唐突に闇と同化する様に消えていた。
そしてなにやら下のほうが騒がしい声が聞こえてきた。
が、この距離ではさすがに内容までは聞き取ることが出来ない。
「む?」
土永さんは一つになった光を見下ろしながら、話の内容を聞き取ろうと神経を耳へと集中させはじめ、そして――
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
時は土永さんが休息を終え、飛び立った直後まで遡る。
上空は雲に覆われ、さらに深く茂った木々により完全な闇となった森の中を歩く三名の姿があった。
北川潤、伊吹風子、古手梨花……彼らのその手には、目の前を闇を邪魔だと言わんばかりに排除する光。
支給品でもあるランタンが握り締められていた。
確かに光無しでは足元ですらまったく見えない森の中を彼らは歩いていた。
だがここで、土永さんが抱いていた疑問が浮上する。
何故彼らは自分達の位置を教える事になるであろうランタンをつけて動いているのか。
「潤、どう?」
「ん……なーんにもも変わらず。まったく問題なし。ノーブロブレムさ」
レーダーをちらりと確認しながら潤は尋ねた梨花へと言葉を返す。
画面上には光点が三つ。
つまりここにいる自分たちだけと言う事だ。
これなら誰かが近づけばすぐにわかる。
もし誰かに見つかったとしてもすぐにランタンを消せばこの暗闇ならすぐ自分達を追う事は難しいだろう。
分断して逃げる事になったとしても合流は簡単だ。
そうなった場合のことも綿密に打ち合わせをし、実際今まで誰とも遭遇することなくホテルまでもうすぐと言う位置までに来ているのだから。
「北川さんは少し能天気すぎなのです。もう少し緊張感を持ったほうがいいです」
どこかふざけたような北川の返事に小さくため息を漏らしながら風子が毒づく。
「そうね……さっきも言ったけどレーダーがあるとは言え光を灯して自分達の位置をこんなあからさまにするなんて私はやっぱり賛成できないわ」
「本当です」
狼狽する北川を尻目に二人の少女は
「「……はあ」」
と再びため息をついた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
――俺だってこんな危険な真似したくねえよ
口からその言葉が飛び出しそうになるのを北川は慌ててこらえていた。
……確かに二人の言うことは正しい。
むしろ自分だって出来るものならそうしたい。
こんなランタンなんて危険なもの消せるものなら消したかった。
――教えてあげるのはある一人の参加者の事よ。その人は実はこのゲームの前に同じような殺し合いゲーム参加していたのよ。
鷹野の言葉を信じているわけじゃない。
――残りグループの人間を全員殺したわ。そして優勝。無垢な笑顔してその実態は鬼のその者だったわ。
今だって鷹野の言葉なんかより、目の前にいる少女自身のことを信じている。
――その人の名は、伊吹風子よ。
なのに、自分に向けるその無垢な笑顔を見るたびに、今はもう戦慄を覚えていた。
ランタンをつけようと提案したのもこれのせいだ。
もしも真っ暗闇になって、風子が襲い掛かかってきたらどうすればいいんだ!
そんなことはあるはずがないのに。
でもその可能性を絶対否定しきれない自分もいて。
そんな自分が嫌になりながら、少しでも能天気に振舞って。
(お前は何を考えているんだ?)
(その笑顔は本物なのか?)
何度も頭の中で反芻した疑問。
勿論そんな事は聞けるわけが無い。
自分がそんなことを考えているなんて知られたら風子は間違いなく傷つくだろう。
だって、そんな事はあるはずが無いんだから。
でももしも……もしもだ。首を縦に振られたら?
正体がばれたと襲い掛かってきたら?
自分の身を、そして梨花ちゃんを守る為に風子と戦う?
戦うって事は殺すって事か?
「……ん」
俺が?
「……潤」
風子を?
「潤!!」
突如耳に響いた梨花ちゃんの声に俺の思考はそこで停止されていた。
いや突如でもないか。
なんとなく聞こえていたけど気にも留めてなかってことだ。
俺はどうやらまた思考の迷路に入り込んでたらしい。
歩きながら何度も何度もこのことばかりを考えてしょうがない。
「ぼーっとしてないで潤!」
言いながら梨花ちゃんが俺の手からランタンをひったくっていた。
「えっ?」
気付けば二人ともランタンを消しており、そして今まさに俺のものをも消そうとしていた。
「レーダー!」
その言葉に視線をレーダーへと移す。
光の数が1、2、3、4……4!?
ほんの少し目を離しただけ……にもかかわらずいきなり現れた光点。
それはありえない事に自分達とぴったり重なって映っていた。
慌てて俺はコルトパイソンを取り出し、レーダーと辺りを交互に見渡す。
だがいくら見渡しても目の前には風子と梨花ちゃんの姿しか見えない。
「なんだこりゃ!」
「私に聞かれたって知らないわよ!」
梨花ちゃんもわけがわからない様子で俺に叫び返す。
「潤!!」
突如耳に響いた梨花ちゃんの声に俺の思考はそこで停止されていた。
いや突如でもないか。
なんとなく聞こえていたけど気にも留めてなかってことだ。
俺はどうやらまた思考の迷路に入り込んでたらしい。
歩きながら何度も何度もこのことばかりを考えてしょうがない。
「ぼーっとしてないで潤!」
言いながら梨花ちゃんが俺の手からランタンをひったくっていた。
「えっ?」
気付けば二人ともランタンを消しており、そして今まさに俺のものをも消そうとしていた。
「レーダー!」
その言葉に視線をレーダーへと移す。
光の数が1、2、3、4……4!?
ほんの少し目を離しただけ……にもかかわらずいきなり現れた光点。
それはありえない事に自分達と重なるように映っていた。
慌てて俺はコルトパイソンを取り出すし、レーダーと辺りを交互に見渡す。
だがいくら見渡しても目の前には風子と梨花ちゃんの姿しか見えない。
「なんだこりゃ!」
「私に聞かれたって知らないわよ!」
梨花ちゃんもわけがわからない様子で俺に叫び返す。
何が起こったってんだ!
レーダーがぶっ壊れでもしたのか?
まさか、俺はただ持ってただけだ。
「誰だ、誰かいるのか!?」
……だが俺の叫びに答えるものは無い。
その静寂が恐怖だけを掻き立てる。
梨花ちゃんも俺に背中を合わせるように反対側を警戒するように見渡していた。
勿論俺の隣にいる風子も同じように辺りを見て……え?
光点の原因を探すことばかりに気を取られていたが、どことなく風子の様子がおかしい。
いや、様子がおかしいというのも変な話だ。
特に変な事をしているとか言うわけではない。
ただ……なんだろう。
周囲を見渡すその表情や仕草が、なんとなく、なんとなくだが極めて冷静すぎる気がする。
普通は、もう少し慌てたりしないもんか?
恥ずかしい話だが、男の俺だって足が少し震えてる。
梨花ちゃんなんて背中越しに、少し震えるているのがすぐわかるぐらいなのに。
でも風子が周りを見るその目は、いつもより冷たく感じた。
風子はこんな目をする奴だったか?
俺の知ってる伊吹風子は、もっと、もっと……。
「あれじゃないですか?」
突然上を見上げると、風子は上空へ向かって指を差していた。
その声につられ、俺と梨花ちゃんは同時に天を見上げる。
生い茂る木の枝が空を隠すように敷き詰められていた。
「木の上か!」
平面だけで物事を考えすぎていた。
よく考えれば上だけではなく地下だって可能性もある。
なんでそんな簡単なことに気付けなかったのか。
俺は銃を上に向けて構えなおし、目を凝らしながら人影を探す。
だが闇が俺の視界を遮り、目的のものを捉える事を許してはくれなかった。
「それも考えました……でもレーダーを良く見て欲しいです」
必死に木の上を見渡す俺を否定するように風子は言葉を告げる。
その視線は依然上を向いたままで。
俺と梨花ちゃんは促されるままにレーダーを覗き込む。
先ほどと変わらない四つの光点。
変わってるといえば三つの光点……すなわち俺たちが重なり合い一つになりぴくりとも動いていないのに対し
正体不明の残り一つがまるで俺たちの周りを旋回するように動いていたのだった。
木に登りながらこんな芸当をするなんて相手は忍者か何かか?
こっちは子供が三人。武器は自分の持つ銃一丁。
ますますもって分が悪い。
……待てよ、風子は木の上ではない、みたいな言い方をしなかったか?
「どう言う事だ?」
言いながら風子の視線を追いかけるように再び上を見上げる。
追って初めて今まで俺が見ていた木などには目もくれず、遥かその上の僅かに開けた空を見据えていたのがわかった。
目を細め、瞳にだけ意識を集中される。
するとわずかながらに何かが動いてるのが見えた。
人ではない。
もっともっと小さな、おそらくは鳥ではないかと気付いた。
レーダーが反応したのはあれか? まさか、なんで鳥に?
「北川さん、見えましたか?
「ああ……でもなんであれにレーダーが……?」
「風子ちょっと考えたんですけど、それであれを撃ってみてください」
難しい顔をしながら風子がポツリと呟きながら、上空を指していた風子の手は
その言葉と共に俺の持つコルトパイソンへと向けられている。
「え?」
「え、じゃないです。こう言うのはちゃんと確かめたほうが良いんです」
叱る様な厳しい口調に俺は流されるまま銃口を空に向ける。
しかしこの暗闇であんな小さい的に当てるなんて……。
焦れば焦るほど狙いが定まらず、小刻みに照準がぶれてしまう。
「焦らなくていいんです、落ち着いてゆっくりと引き金を引けば当たる――そう言う風に出来てるんです」
風子が俺の後ろに回りこみ、銃を持つ俺の手にそっと自身の両手を重ね合わせてくる。
突然の事に身体が飛び跳ねそうになるのを必死にこらえる俺に気にする様子も無く、躊躇も無い中その引き金を引き絞っていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
たった今聞こえた音……それは昔祈と見に行った花火の音によく似ていた。
そしてそれとほぼ同時に、我輩の左翼が焼けるような痛みに襲われる。
今の音が銃声であったことに気付いた時にはすでに遅かった。
「撃たれたのか……?」
浮力を失った我輩の身体は、重力に逆らうことも出来ずに急激に地面へと落下していた。
飛ぼうにも動かそうとする翼に力を入らない。
眼前には一本の木が間近に迫り――全身を襲う衝撃と共に我輩の視界は真っ暗になっていた。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
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