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「血みどろ天使と金色夜叉」(2007/09/18 (火) 05:52:53) の最新版変更点
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**血みどろ天使と金色夜叉 ◆tu4bghlMI
ゴウン、ゴウン。
絶え間なく続く駆動音がやけに耳障りだった。
大きなカーブを曲がる度に、枕木を一つ乗り越える度に、ボクのイノチが少しずつ減っていくのが何となく分かった。
身体が重い。ボクに圧し掛かっている人のせいだ。
名前も知らない。顔もよく覚えていない。ううん、もう思い出せない。
風が痛い。
音が痛い。
空気が痛い。
光が痛い。
闇が痛い。
振動が痛い。
世界を構成する全ての要素がボクに牙を剥く。
犯される。塗り替えられる。ドロドロに溶かされて食べられる。
真っ黒なトンネルを少しだいだい色に染めているランプの光が、眼球に突き刺さる。
ぐらぐら、ぼんやり揺れる。
ゆらゆら、ほのかに照らす。
でもよく見えない。
変、だな。ボク、視力には自信があったはずなんだけど。
嘲笑の文脈を含んだ溜息は暗闇に溶けた。
ゴウン、ゴウン。
神経が悲鳴を上げている。
まるで産まれたばかりの赤ちゃんみたいだ。泣くのが仕事って奴。
マトモに喋れないのも同じ。
喉がジンジン震えて、言葉が言葉にならない。
葉っぱになんてなれる訳がない。
芽ですらない。
痩せ細った土の中で枯れてゆく球根みたいなもの。
痛い、
苦しい、
どうしてボクが、
血が、
殺される、
壊れる、
死んじゃう、
やだ、
怖い、
助けて、
誰か、
ボクを、
救い出して、
死にたくない、
死にたく、ない。
ああ、そうだ。
……ボクは死にたくなかった。
誰かに守られていた時も、独りになった時も、唯一貫かれていた意思はコレだけだった。
泣き喚いて、乙女さんの足を引っ張って、佐藤さんに騙されて、人を殺して。一瞬を乾いた笑顔で塗りたくっても、ボクはずっと怯えていた。震えていた。
いつか誰かに殺されてしまうんじゃないか。酷い目に合わされてしまうんじゃないか。
そんな思考がずっと脳味噌を馬鹿にしていた。
ゴウン、ゴウン。
でも、もうダメだよ。
自分でもどうして生きているのか、不思議なくらいだもん。
身体はもう、ほとんど死体と変わらない。ううん、ボクよりキレイな死体だってこの島には沢山あると思う。
右腕は潰れたトマトとスペアリヴ。
左肩はスプーンで抉られたミルクプリンみたいに白いものが一杯飛び出している。
全身の骨はバラバラ、グチャグチャで煮込んだらスープに溶けてしまいそう。
うん、きっと良いブロスになる。美味しい、美味しいシチューが出来る。
指先を動かす事もままならない。
眼球はくすんだガラス球。光は通すも、透しは悪い。
鼓膜はビリビリ、ズルリと爛れ、頭蓋を揺らす駆動音は最悪。
鼻腔をくすぐる鉄の匂い。ドラキュラも満腹になるだろう、箱詰めにされた血のジュース。
触覚は……あんまりよく、分からないや。たくさん、痛い。
口の中は擦り切れて、十円玉を舐めた時みたいな味がする。
……あぁ、たいやき、食べたいなぁ。
ゴウン、ゴウン。
視界に何か明るいものが映った。
霞み、燃えて、歪んでいく光。思わず釘付けになる。目を凝らす。じっと凝視する。
ガクン、と身体が大きく揺さぶられた。
目の前がふいにボヤける。
その時、突然――光が満ちた。
ガタン、ドン。
「ぅ……ぁ……」
気のせいか周りが少し、明るくなったような気もする。
響いて来る音が変わった。全体的に軽くて、優しい音になったような感じ。
何だっけ、コレ。
うん、……エレベーター? じゃないや、えと……。
そうだ、ジェットコースターだ。
カタカタ音を立てて動くのも同じ。お腹の底がモヤモヤするような気持ちになるのも同じ。
そういえばしばらく遊園地なんて行ってない。
上を向くとそこにはぽっかりと丸い月。
赤い月。
夕焼けにそまったキレイなキレイな……。
「……ぉ……ぃ……聞こえ……るか?」
こ、え?
誰かがボクに話しかけている?
よく見ると目の前に誰かが立っているような気がする。
やだな、怖いな。
さっきの人みたいにボクを傷付けるんじゃないか。
でも、恐る恐る目をしっかりと開こうとする。
どうせ、ちゃんと見えないだろう事は分かっている。
もしかして、もっと酷い目に会うかもしれない事も分かっている。
だけど――
■
……そりゃあ驚いたさ。
小屋から出て東進。住宅街を目指して歩いていたら、目の前にいきなり血だらけの箱が現れたのだから。
いきなり、ってのはまさにその言葉通り。
この島に飛ばされる時、周りにいた連中が青い光になって消えて行ったのと似ていた。
ビカーッと目の前が光ったと思ったら、突然数メートル先の空から箱が落ちて来たって訳。
まぁ落ちて来たって言っても、せいぜい地上30cmくらい。
意外と着地はソフトだったけど。
中でも何に一番驚いたってやっぱり臭い。
噎せ返りそうになるくらいのドギツイ血の臭いが酷いのなんのって。
見れば箱の側面にもベッタリ血が付着していたし、加えて『明らかに何かが中にいる』って事は嫌でも感じた。
デイパックからS&W M10を取り出して弾丸を装填。
中から何かが飛び出してくる可能性を考慮して警戒は緩めない。
一歩一歩神経を研ぎ澄ませたまま接近。
時刻は放送も間近に迫った六時近く。
空も赤色を失い、次第に真っ黒なカーテンへと模様替えしつつある。
月の光だけが場違いだ。
真珠と柘榴石が混じった滑らかなスポットライト。黒と赤だけの劇場にこんな明るい色は要らない。
出来れば瑪瑙か瑠璃のライトならピッタリだったかもしれない。
「う…………何、さ……これ」
地獄絵図。その言葉しか頭の中に浮かばない。
余りにもショッキングな光景に構えていた拳銃を取り落としそうになった。
鬼か悪魔か死神か、この世のマイナスイメージを司るシンボルを片っ端から叩き込んでも、意図的にこのような構図は作れない気がする。
小さな風呂桶程の木の箱(多分トロッコという奴だ)に無理やりぶち込まれた二つの『人間らしき』もの。
片方はもう性別の判断すら付かない。加えてどう見ても死体だ。
顔面は削られて、何かノミのようなもので削られたみたいにボロボロ。僅かに空けられた口蓋からは一本の歯も見えない。
体中の皮膚がズタボロでこちらはどちらかと言えばカンナ使用後、という感じ。
見える範囲に赤くない部分を探す方が面倒だ。
心臓が弱い人間がコレを直視したら、心臓発作を起こしてもおかしくない光景。
いや、下手をすれば発狂しても可笑しくない。
人とはここまで残酷に死ねるのか、そう思わずにはいられない。
もう片方の女も相当酷い怪我をしている。
特に右腕。皮膚が裂け、肉が完全に破裂して、脂肪の黄色と骨の白が作るコントラストなんてまさに倒錯的。
男が流した血液が大分降りかかっているのだろう。全身血だらけだ。
唯一、顔だけはほとんど傷付いてないのが逆に疑問を誘う。
しかもこう、マジマジと眺めてみると中々可愛らしい顔つきをしている。
栗色の髪に赤いカチューシャ。おそらく中学生くらいか。それにしても偉く童顔だ。
勿論二人を埋葬するつもりなどこれっぽっちも無かった。
こんな所で無駄な労力を使う気は元々皆無。
何故この二人があたしの目の前に飛ばされて来たのか、気にはなるもののその理由がまるで分からない。
下手な藪は突付かない物だ。考えても分からない事は丸投げ上等で結構。
「ま、死人に口無しっていうくらいだからね……ん」
「……………ぁ……ぅ……」
「……あらら。…………おい、そこの死に損ない。聞こえるか?」
「…………ぅ」
驚いた。女の方から微かな喘ぎ声が漏れた。
息も絶え絶え、虫の息といった感じではあるが。
こんな状態になりながらも生に縋りつく辺り、人間の生命力って奴には感心させられる。
「喋れる?」
「…………ぅ……ん」
「あんた、名前は? 何処から来た?」
「……ぁ…………ぁ……………ゅ………ぅ……み…ぃぇ」
「…………あゆ? あゆでいいのか?」
朱色に染まった女は少しだけ口をぼんやりと開けると、何か沢山喋りたい事でもあったのかパクパクと魚みたいにソレを動かした。
でも何も聞こえない。何も出てこない。
しばらく金魚の餌やりに似た動作が繰り返される。女はパクパク口を動かす。
数分にも似た数秒後、ようやく諦めたのか小さく小さく首を縦に振った。
もう、限界が近いのかもしれない。あたしはそんな事をふと思った。
あたしはその名前に覚えがあった。
元々『あゆ』という名前は珍しい部類に入る。
もっとも本名が『あゆみ』だったりする奴らが、自分の事を『あゆ』なんて呼ぶのはよく見かける光景ではあるが。
名簿を確認した時に発見したもう一人の『あゆ』
自分と同じ名前。少しだけ興味を持った。それに……あの男とも出会ったから。
「……ああ。アンタがそうなんだ。……相沢祐一って分かるかい?」
「ゅーいち…………く……ん?」
「そ」
「わか……ぅ……よ」
必死で紡がれる言葉。
もう舌が回らないのか、まるで発声がなっちゃいない。
もしも、ここにいたのがアイツだったなら、この腕で思いっきり抱き締めてやったのだろうか。
それとも生きているのを見るのが辛いって、一思いに殺してやったのだろうか。
そんなの分からない。興味も無い。だってあたしは相沢祐一じゃない。
大空寺あゆだから。それはあたしがやるべき事じゃない。
「……会ったよ、あいつが死ぬ前に。あんたの事、心配してた」
「そっ……か……ぅーぃちく……ん、ボクの……こ、と」
女が眉を軽く潜めて弱々しく呟いた。
自分自身を『ボク』なんて呼ぶ女にこんなに短い期間で二人も出会うなんて。
珍しい事もあるものだと、ふと思った。
■
あたしは自分と同じ名前の少女を血の溜まったバスタブのような箱から引きずり出すと地面にそっと寝かせた。
太陽の光が掛かるのさえ可哀想に思えたので、トロッコの影へ。
女にトドメを差してやるつもりも、背負ってどこかへ連れて行くつもりも無い。
どちらにしろ、もう助からない。
近くに病院があるとはいえ、連れ込めば治るとかそんなレベルの怪我では無いのだ。
強い奴が生きて、弱い奴が死ぬ。
ソレがこの島のルール、そんな事はもう痛いほど思い知った。
余計なお世話は自らの命を脅かす事になる。目の前の死にかけを救ってやる理由も共通点も無い。
ただ、月宮あゆという人間が存在したという事実を覚えておくだけ。
それに――あたしは時雨の仇を取らなければならない。
最期を見届けた訳ではない。だけど分かる。あの状況で時雨が死んでいないなんて、脳のイカレた夢想家の思考だ。
アイツは最後まで笑っていた。
自分達を襲ったのがほんの数時間前まで一緒にいた一ノ瀬ことみだと言う事を知らずに逝ったのがせめてもの幸せ。
だからあたしは復讐する。
アイツの優しさを、信頼を裏切った糞虫どもに地獄を見せるために。
「……じゃあな、ちゃんと死ねよ月宮。……化けて出たりしないように」
「……ばぃば……ぃ……ぅ……ぐぅ」
女は最後の断末魔のつもりなのか、訳の分からない台詞を吐いた。
手を振る力も残っていないのか、残った片方の手を開いたり閉じたりしてサインを送る。
大怪我を負っている自分を放って立ち去る相手に別れの挨拶をするなんて、不思議な性格をしている。
恨み言の一つも言われる覚悟はしていたんだが。
まぁ、ゾンビのように追いかけて来られても困るがね。絶命上等で思いっきり蹴飛ばしてしまいかねない。
女を放置して少し歩いてから足を止める。位置的にはF-5の丁度真ん中辺りのはずだ。
さてと、どうするか。実は少しだけ考えておきたい事項がある。
自分は商店街に向かい、爆弾を作るつもりでいた。
だがホテルから脱出した時、頭に血が上っていたような気がするのだ。
今になって、そのプランにはいくつか綻びが存在しているような気がしてならない。
何しろ問題点が多過ぎるのだ。
まず設備や道具の問題。住宅街、商店街にそう爆薬だの信管だのがゴロゴロしているとは思えない。
自分自身も爆弾のエキスパートという訳では勿論無い。そんな簡単に爆薬が作れれば、今頃この島は発破の嵐だろう。
……そうだ、何の為の支給品だ。
マシンガンが支給されているのならば、それに追随するような武器が存在する可能性も高い。
あたし自身が拳銃、防弾チョッキ、閃光弾と相当バランスの良い"当たり"を引いている。
ならば他の参加者はもっと性能の良い道具を所持している、という仮説に辿りつく。
つまり『二人を血祭りにあげるために他の参加者を利用する』というプラン。
利用と言うのは少し言葉が悪いか。
少なくとも一ノ瀬ことみにしろ、佐藤良美にしろゲームに乗った人間なのだから一時的に他の連中と手を組むのは悪くない。
だが安易に他人を信用するのは危険。『ウサギの皮を被ったオオカミ』にあたしは見事に遭遇しているのだから。
他にも似たような輩が存在する可能性は無視出来ない。
難しい問題だ。
だが考慮に値するやり方。
さて、あたしはこれからどうすれば良いだろう。
【F-5 平原(マップ中央)/1日目 夕方】
【大空寺あゆ@君が望む永遠】
【装備:S&W M10 (6/6) 防弾チョッキ】
【所持品:予備弾丸11発・支給品一式 閃光弾セット(催涙弾x1)ホテル最上階の客室キー(全室分)】
【状態:肋骨左右各1本亀裂骨折 肉体的疲労度軽、強い意志、背中が亜沙の血で汚れている、腕や衣服があゆと稟の血で汚れている】
【思考・行動】
行動方針:殺し合いに乗るつもりは無い。しかし、亜沙を殺した一ノ瀬ことみと佐藤良美は絶対に殺す。
1:本当に商店街に向かうかは考え中、あだ討ちに他の参加者を利用できないかと模索
2:二人を殺す為の作戦・手順を練る
3:なるべく神社方面には行かない
4:ことみと良美を警戒
【備考】
※ことみが人殺しと断定しました。良美も危険人物として警戒。二人が手を組んで人を殺して回っていると判断しています。
※ハクオロを危険人物と認識。
※魔法の存在を信じました。
※支給品一式はランタンが欠品
※作る武器が爆弾か他のものになるかは次の書き手さん任せ
■
女の人はどこかに行ってしまった。顔は良く見えなかった。
でもお月様みたいにキラキラ輝いていたような気がする。
ボクに酷い事をしたりもしない。
ボクを護ってもくれない。
ボクを治してもくれない。
だけど、それはある意味誰かに頼り切ってこの島で生き延びて来たボクには当然の報いのような気がした。
それに、一つだけ。幸せな事があった。
祐一君もボクの事を心配してくれていたと言う事実。
女の人の口からソレを告げられた時、バラバラになりそうなくらいの激痛に犯された身体が少しだけ楽になった気がした。
ぼんやりと空を見つめる。
もう夜だ。お空は黒に近い紺碧。
夕焼けの赤は波打ち際の貝殻みたいに地平線に吸い込まれてしまったようだ。
あぁ、月が綺麗だなぁ。
【F-5 平原・トロッコの影(マップ左)/1日目 夕方】
【月宮あゆ@Kanon】
【装備:なし】
【所持品:支給品一式】
【状態:瀕死(背中から出血中)、絶望、痛覚の神経が不能、五感が働かない、喉に紫の痣(声が出せない)、ひたいに割れ目、
左肩に深い抉り傷(骨が剥き出し)、右腕破裂、右足に銃傷(腫れ上がっています)、背骨骨折、骨盤に大きなヒビ
肋骨複雑骨折、膵臓出血、肺に傷、その他内臓に内出血の恐れ、左肩に打撲、右足首に打撲、背中を無数に殴打】
【思考・行動】
0:さようなら
1:死にたくない
2:誰か助けて
3:ごめんなさい
4:お腹へった
【備考】
※放っておくと死にます。
※悲劇のきっかけが佐藤良美だと思い込んでいます
※名雪の第三回放送の時に神社に居るようようにするの情報を得ました
(禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化)
※土見稟(死体)はあゆの隣にある血だらけのトロッコの中。
|142:[[カニとクラゲと暫定ヘタレの出会い]]|投下順に読む|144:[[先の先、後の先。]]|
|142:[[カニとクラゲと暫定ヘタレの出会い]]|時系列順に読む|144:[[先の先、後の先。]]|
|138:[[Hunting Field(後編)]]|大空寺あゆ||
|136:[[蜃気楼の旅路へ~宣戦布告~]]|月宮あゆ|153:[[選択肢]]|
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**血みどろ天使と金色夜叉 ◆tu4bghlMI
ゴウン、ゴウン。
絶え間なく続く駆動音がやけに耳障りだった。
大きなカーブを曲がる度に、枕木を一つ乗り越える度に、ボクのイノチが少しずつ減っていくのが何となく分かった。
身体が重い。ボクに圧し掛かっている人のせいだ。
名前も知らない。顔もよく覚えていない。ううん、もう思い出せない。
風が痛い。
音が痛い。
空気が痛い。
光が痛い。
闇が痛い。
振動が痛い。
世界を構成する全ての要素がボクに牙を剥く。
犯される。塗り替えられる。ドロドロに溶かされて食べられる。
真っ黒なトンネルを少しだいだい色に染めているランプの光が、眼球に突き刺さる。
ぐらぐら、ぼんやり揺れる。
ゆらゆら、ほのかに照らす。
でもよく見えない。
変、だな。ボク、視力には自信があったはずなんだけど。
嘲笑の文脈を含んだ溜息は暗闇に溶けた。
ゴウン、ゴウン。
神経が悲鳴を上げている。
まるで産まれたばかりの赤ちゃんみたいだ。泣くのが仕事って奴。
マトモに喋れないのも同じ。
喉がジンジン震えて、言葉が言葉にならない。
葉っぱになんてなれる訳がない。
芽ですらない。
痩せ細った土の中で枯れてゆく球根みたいなもの。
痛い、
苦しい、
どうしてボクが、
血が、
殺される、
壊れる、
死んじゃう、
やだ、
怖い、
助けて、
誰か、
ボクを、
救い出して、
死にたくない、
死にたく、ない。
ああ、そうだ。
……ボクは死にたくなかった。
誰かに守られていた時も、独りになった時も、唯一貫かれていた意思はコレだけだった。
泣き喚いて、乙女さんの足を引っ張って、佐藤さんに騙されて、人を殺して。一瞬を乾いた笑顔で塗りたくっても、ボクはずっと怯えていた。震えていた。
いつか誰かに殺されてしまうんじゃないか。酷い目に合わされてしまうんじゃないか。
そんな思考がずっと脳味噌を馬鹿にしていた。
ゴウン、ゴウン。
でも、もうダメだよ。
自分でもどうして生きているのか、不思議なくらいだもん。
身体はもう、ほとんど死体と変わらない。ううん、ボクよりキレイな死体だってこの島には沢山あると思う。
右腕は潰れたトマトとスペアリヴ。
左肩はスプーンで抉られたミルクプリンみたいに白いものが一杯飛び出している。
全身の骨はバラバラ、グチャグチャで煮込んだらスープに溶けてしまいそう。
うん、きっと良いブロスになる。美味しい、美味しいシチューが出来る。
指先を動かす事もままならない。
眼球はくすんだガラス球。光は通すも、透しは悪い。
鼓膜はビリビリ、ズルリと爛れ、頭蓋を揺らす駆動音は最悪。
鼻腔をくすぐる鉄の匂い。ドラキュラも満腹になるだろう、箱詰めにされた血のジュース。
触覚は……あんまりよく、分からないや。たくさん、痛い。
口の中は擦り切れて、十円玉を舐めた時みたいな味がする。
……あぁ、たいやき、食べたいなぁ。
ゴウン、ゴウン。
視界に何か明るいものが映った。
霞み、燃えて、歪んでいく光。思わず釘付けになる。目を凝らす。じっと凝視する。
ガクン、と身体が大きく揺さぶられた。
目の前がふいにボヤける。
その時、突然――光が満ちた。
ガタン、ドン。
「ぅ……ぁ……」
気のせいか周りが少し、明るくなったような気もする。
響いて来る音が変わった。全体的に軽くて、優しい音になったような感じ。
何だっけ、コレ。
うん、……エレベーター? じゃないや、えと……。
そうだ、ジェットコースターだ。
カタカタ音を立てて動くのも同じ。お腹の底がモヤモヤするような気持ちになるのも同じ。
そういえばしばらく遊園地なんて行ってない。
上を向くとそこにはぽっかりと丸い月。
赤い月。
夕焼けにそまったキレイなキレイな……。
「……ぉ……ぃ……聞こえ……るか?」
こ、え?
誰かがボクに話しかけている?
よく見ると目の前に誰かが立っているような気がする。
やだな、怖いな。
さっきの人みたいにボクを傷付けるんじゃないか。
でも、恐る恐る目をしっかりと開こうとする。
どうせ、ちゃんと見えないだろう事は分かっている。
もしかして、もっと酷い目に会うかもしれない事も分かっている。
だけど――
■
……そりゃあ驚いたさ。
小屋から出て東進。住宅街を目指して歩いていたら、目の前にいきなり血だらけの箱が現れたのだから。
いきなり、ってのはまさにその言葉通り。
この島に飛ばされる時、周りにいた連中が青い光になって消えて行ったのと似ていた。
ビカーッと目の前が光ったと思ったら、突然数メートル先の空から箱が落ちて来たって訳。
まぁ落ちて来たって言っても、せいぜい地上30cmくらい。
意外と着地はソフトだったけど。
中でも何に一番驚いたってやっぱり臭い。
噎せ返りそうになるくらいのドギツイ血の臭いが酷いのなんのって。
見れば箱の側面にもベッタリ血が付着していたし、加えて『明らかに何かが中にいる』って事は嫌でも感じた。
デイパックからS&W M10を取り出して弾丸を装填。
中から何かが飛び出してくる可能性を考慮して警戒は緩めない。
一歩一歩神経を研ぎ澄ませたまま接近。
時刻は放送も間近に迫った六時近く。
空も赤色を失い、次第に真っ黒なカーテンへと模様替えしつつある。
月の光だけが場違いだ。
真珠と柘榴石が混じった滑らかなスポットライト。黒と赤だけの劇場にこんな明るい色は要らない。
出来れば瑪瑙か瑠璃のライトならピッタリだったかもしれない。
「う…………何、さ……これ」
地獄絵図。その言葉しか頭の中に浮かばない。
余りにもショッキングな光景に構えていた拳銃を取り落としそうになった。
鬼か悪魔か死神か、この世のマイナスイメージを司るシンボルを片っ端から叩き込んでも、意図的にこのような構図は作れない気がする。
小さな風呂桶程の木の箱(多分トロッコという奴だ)に無理やりぶち込まれた二つの『人間らしき』もの。
片方はもう性別の判断すら付かない。加えてどう見ても死体だ。
顔面は削られて、何かノミのようなもので削られたみたいにボロボロ。僅かに空けられた口蓋からは一本の歯も見えない。
体中の皮膚がズタボロでこちらはどちらかと言えばカンナ使用後、という感じ。
見える範囲に赤くない部分を探す方が面倒だ。
心臓が弱い人間がコレを直視したら、心臓発作を起こしてもおかしくない光景。
いや、下手をすれば発狂しても可笑しくない。
人とはここまで残酷に死ねるのか、そう思わずにはいられない。
もう片方の女も相当酷い怪我をしている。
特に右腕。皮膚が裂け、肉が完全に破裂して、脂肪の黄色と骨の白が作るコントラストなんてまさに倒錯的。
男が流した血液が大分降りかかっているのだろう。全身血だらけだ。
唯一、顔だけはほとんど傷付いてないのが逆に疑問を誘う。
しかもこう、マジマジと眺めてみると中々可愛らしい顔つきをしている。
栗色の髪に赤いカチューシャ。おそらく中学生くらいか。それにしても偉く童顔だ。
勿論二人を埋葬するつもりなどこれっぽっちも無かった。
こんな所で無駄な労力を使う気は元々皆無。
何故この二人があたしの目の前に飛ばされて来たのか、気にはなるもののその理由がまるで分からない。
下手な藪は突付かない物だ。考えても分からない事は丸投げ上等で結構。
「ま、死人に口無しっていうくらいだからね……ん」
「……………ぁ……ぅ……」
「……あらら。…………おい、そこの死に損ない。聞こえるか?」
「…………ぅ」
驚いた。女の方から微かな喘ぎ声が漏れた。
息も絶え絶え、虫の息といった感じではあるが。
こんな状態になりながらも生に縋りつく辺り、人間の生命力って奴には感心させられる。
「喋れる?」
「…………ぅ……ん」
「あんた、名前は? 何処から来た?」
「……ぁ…………ぁ……………ゅ………ぅ……み…ぃぇ」
「…………あゆ? あゆでいいのか?」
朱色に染まった女は少しだけ口をぼんやりと開けると、何か沢山喋りたい事でもあったのかパクパクと魚みたいにソレを動かした。
でも何も聞こえない。何も出てこない。
しばらく金魚の餌やりに似た動作が繰り返される。女はパクパク口を動かす。
数分にも似た数秒後、ようやく諦めたのか小さく小さく首を縦に振った。
もう、限界が近いのかもしれない。あたしはそんな事をふと思った。
あたしはその名前に覚えがあった。
元々『あゆ』という名前は珍しい部類に入る。
もっとも本名が『あゆみ』だったりする奴らが、自分の事を『あゆ』なんて呼ぶのはよく見かける光景ではあるが。
名簿を確認した時に発見したもう一人の『あゆ』
自分と同じ名前。少しだけ興味を持った。それに……あの男とも出会ったから。
「……ああ。アンタがそうなんだ。……相沢祐一って分かるかい?」
「ゅーいち…………く……ん?」
「そ」
「わか……ぅ……よ」
必死で紡がれる言葉。
もう舌が回らないのか、まるで発声がなっちゃいない。
もしも、ここにいたのがアイツだったなら、この腕で思いっきり抱き締めてやったのだろうか。
それとも生きているのを見るのが辛いって、一思いに殺してやったのだろうか。
そんなの分からない。興味も無い。だってあたしは相沢祐一じゃない。
大空寺あゆだから。それはあたしがやるべき事じゃない。
「……会ったよ、あいつが死ぬ前に。あんたの事、心配してた」
「そっ……か……ぅーぃちく……ん、ボクの……こ、と」
女が眉を軽く潜めて弱々しく呟いた。
自分自身を『ボク』なんて呼ぶ女にこんなに短い期間で二人も出会うなんて。
珍しい事もあるものだと、ふと思った。
■
あたしは自分と同じ名前の少女を血の溜まったバスタブのような箱から引きずり出すと地面にそっと寝かせた。
太陽の光が掛かるのさえ可哀想に思えたので、トロッコの影へ。
女にトドメを差してやるつもりも、背負ってどこかへ連れて行くつもりも無い。
どちらにしろ、もう助からない。
近くに病院があるとはいえ、連れ込めば治るとかそんなレベルの怪我では無いのだ。
強い奴が生きて、弱い奴が死ぬ。
ソレがこの島のルール、そんな事はもう痛いほど思い知った。
余計なお世話は自らの命を脅かす事になる。目の前の死にかけを救ってやる理由も共通点も無い。
ただ、月宮あゆという人間が存在したという事実を覚えておくだけ。
それに――あたしは時雨の仇を取らなければならない。
最期を見届けた訳ではない。だけど分かる。あの状況で時雨が死んでいないなんて、脳のイカレた夢想家の思考だ。
アイツは最後まで笑っていた。
自分達を襲ったのがほんの数時間前まで一緒にいた一ノ瀬ことみだと言う事を知らずに逝ったのがせめてもの幸せ。
だからあたしは復讐する。
アイツの優しさを、信頼を裏切った糞虫どもに地獄を見せるために。
「……じゃあな、ちゃんと死ねよ月宮。……化けて出たりしないように」
「……ばぃば……ぃ……ぅ……ぐぅ」
女は最後の断末魔のつもりなのか、訳の分からない台詞を吐いた。
手を振る力も残っていないのか、残った片方の手を開いたり閉じたりしてサインを送る。
大怪我を負っている自分を放って立ち去る相手に別れの挨拶をするなんて、不思議な性格をしている。
恨み言の一つも言われる覚悟はしていたんだが。
まぁ、ゾンビのように追いかけて来られても困るがね。絶命上等で思いっきり蹴飛ばしてしまいかねない。
女を放置して少し歩いてから足を止める。位置的にはF-5の丁度真ん中辺りのはずだ。
さてと、どうするか。実は少しだけ考えておきたい事項がある。
自分は商店街に向かい、爆弾を作るつもりでいた。
だがホテルから脱出した時、頭に血が上っていたような気がするのだ。
今になって、そのプランにはいくつか綻びが存在しているような気がしてならない。
何しろ問題点が多過ぎるのだ。
まず設備や道具の問題。住宅街、商店街にそう爆薬だの信管だのがゴロゴロしているとは思えない。
自分自身も爆弾のエキスパートという訳では勿論無い。そんな簡単に爆薬が作れれば、今頃この島は発破の嵐だろう。
……そうだ、何の為の支給品だ。
マシンガンが支給されているのならば、それに追随するような武器が存在する可能性も高い。
あたし自身が拳銃、防弾チョッキ、閃光弾と相当バランスの良い"当たり"を引いている。
ならば他の参加者はもっと性能の良い道具を所持している、という仮説に辿りつく。
つまり『二人を血祭りにあげるために他の参加者を利用する』というプラン。
利用と言うのは少し言葉が悪いか。
少なくとも一ノ瀬ことみにしろ、佐藤良美にしろゲームに乗った人間なのだから一時的に他の連中と手を組むのは悪くない。
だが安易に他人を信用するのは危険。『ウサギの皮を被ったオオカミ』にあたしは見事に遭遇しているのだから。
他にも似たような輩が存在する可能性は無視出来ない。
難しい問題だ。
だが考慮に値するやり方。
さて、あたしはこれからどうすれば良いだろう。
【F-5 平原(マップ中央)/1日目 夕方】
【大空寺あゆ@君が望む永遠】
【装備:S&W M10 (6/6) 防弾チョッキ】
【所持品:予備弾丸11発・支給品一式 閃光弾セット(催涙弾x1)ホテル最上階の客室キー(全室分)】
【状態:肋骨左右各1本亀裂骨折 肉体的疲労度軽、強い意志、背中が亜沙の血で汚れている、腕や衣服があゆと稟の血で汚れている】
【思考・行動】
行動方針:殺し合いに乗るつもりは無い。しかし、亜沙を殺した一ノ瀬ことみと佐藤良美は絶対に殺す。
1:本当に商店街に向かうかは考え中、あだ討ちに他の参加者を利用できないかと模索
2:二人を殺す為の作戦・手順を練る
3:なるべく神社方面には行かない
4:ことみと良美を警戒
【備考】
※ことみが人殺しと断定しました。良美も危険人物として警戒。二人が手を組んで人を殺して回っていると判断しています。
※ハクオロを危険人物と認識。
※魔法の存在を信じました。
※支給品一式はランタンが欠品
※作る武器が爆弾か他のものになるかは次の書き手さん任せ
■
女の人はどこかに行ってしまった。顔は良く見えなかった。
でもお月様みたいにキラキラ輝いていたような気がする。
ボクに酷い事をしたりもしない。
ボクを護ってもくれない。
ボクを治してもくれない。
だけど、それはある意味誰かに頼り切ってこの島で生き延びて来たボクには当然の報いのような気がした。
それに、一つだけ。幸せな事があった。
祐一君もボクの事を心配してくれていたと言う事実。
女の人の口からソレを告げられた時、バラバラになりそうなくらいの激痛に犯された身体が少しだけ楽になった気がした。
ぼんやりと空を見つめる。
もう夜だ。お空は黒に近い紺碧。
夕焼けの赤は波打ち際の貝殻みたいに地平線に吸い込まれてしまったようだ。
あぁ、月が綺麗だなぁ。
【F-5 平原・トロッコの影(マップ左)/1日目 夕方】
【月宮あゆ@Kanon】
【装備:なし】
【所持品:支給品一式】
【状態:瀕死(背中から出血中)、絶望、痛覚の神経が不能、五感が働かない、喉に紫の痣(声が出せない)、ひたいに割れ目、
左肩に深い抉り傷(骨が剥き出し)、右腕破裂、右足に銃傷(腫れ上がっています)、背骨骨折、骨盤に大きなヒビ
肋骨複雑骨折、膵臓出血、肺に傷、その他内臓に内出血の恐れ、左肩に打撲、右足首に打撲、背中を無数に殴打】
【思考・行動】
0:さようなら
1:死にたくない
2:誰か助けて
3:ごめんなさい
4:お腹へった
【備考】
※放っておくと死にます。
※悲劇のきっかけが佐藤良美だと思い込んでいます
※名雪の第三回放送の時に神社に居るようようにするの情報を得ました
(禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化)
※土見稟(死体)はあゆの隣にある血だらけのトロッコの中。
|142:[[カニとクラゲと暫定ヘタレの出会い]]|投下順に読む|144:[[先の先、後の先。]]|
|142:[[カニとクラゲと暫定ヘタレの出会い]]|時系列順に読む|144:[[先の先、後の先。]]|
|138:[[Hunting Field(後編)]]|大空寺あゆ|159:[[安息と憂鬱の狭間]]|
|136:[[蜃気楼の旅路へ~宣戦布告~]]|月宮あゆ|153:[[選択肢]]|
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