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「蜃気楼の旅路へ~宣戦布告~」(2008/01/28 (月) 22:19:43) の最新版変更点
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**蜃気楼の旅路へ~宣戦布告~ ◆Qz0e4gvs0s
金属バットを叩きつけられた少女の体から、鈍い音が耳に届く。
出血こそしていないが、僅かに覗かせる腕の先が青く腫れているのは確認できた。
気絶したことに気付かないまま、稟は少女の腕目掛けて何度も腕を振り下ろす。
その度に、少女の口からまだ生きていると主張するような息が漏れる。
(まだだ! まだ生きてやがる!)
ここで手を休めて反撃される事を警戒した稟は、容赦なく少女を叩く。
一撃振り下ろされるたび、少女の腕は表面上の面積を増していった。
それとは反比例するように、腕の厚みは段々と薄くなっていく。
少女に触れたバットを振り上げるたび、赤い何かが糸を引くように宙に舞う。
やがて、皮膚が破けてピンク色に変色した部分に狙いを定め、トドメとばかりにバットを振りかぶる。
だが、痺れの残っていた腕は狙いから大きく外れ、少女ではなくアスファルトを叩いてしまった。
怒りを一直線に振り下ろした力の反動に、上半身が前のめりになる。
稟は咄嗟に足腰に力をいれ、転倒しないよう歯を食いしばって空を見上げた。
少女を見定めていた景色が空へと切り替わり、眼球が頭上の太陽を捉える。
太陽は稟を焦がすように力強く降り注いでいた。
さすがに直視することも出来ずに、視線を地面に戻す。一瞬、地面が黒く染まる錯覚を起こした。
「しまった――」
この隙に襲われるのを恐れ、稟は必死で金属バットを振るう。
少女が気絶しているのを知らない稟は、必要以上に警戒し興奮していた。
全身から汗が吹き出て、皮膚が一斉に呼吸を加速させる。
湿った皮膚は痒みを発生させ、その痒みは喉から全身へと伝わる。
一番痒みを訴えてる部位は、左腕の肘から手首にかけてだった。
幸いなことに喉の痒みは慣れてきた事もあってか優先順位が下がっている。
(はぁ……はぁ……)
意識を失い掛けるような痒みに耐えられず、バットを地面に投げた稟は左腕に右手の爪を力一杯立てる。
自分が今何をしようとしているのか、全く考えてはいない。
稟は本能が命じるまま、左腕に深く食い込んだ爪を、手首まで一気に引き降ろす。
ぱっくりと一文字に切断される皮膚。
次の瞬間、稟の腕から赤黒い蟲が稟の顔面目掛けて襲い掛かってきた。
「づあぉぉぉぉぉォァアアアアアアアアアアアアアア!!」
顔に群がる蟲を払いのけ、稟は状況を必死で把握する。
蟲の出所は、おぞましい事に自分自身の腕の中だった。
しかもその数が異常だった。数十匹でも驚くのに、その数は軽く千匹を超えている。
稟の蟲から這い上がってきた蟲達は、丸い瞳で一斉に稟を見て微笑む。
まるで、産みの親を見るような視線を向けてくる。
稟は病院で倒れて以来忘れていた。体はかなり前から危険信号を発していた事を。
それを見逃し本能に体を委ねた稟のツケは、既に払いきれるものではなくなっていた。
「くそぉ! くそぉぉぉ! はなッ! 俺の体から離れろぉぉぉぉぉぉ!」
ぱっくりと開いた左腕の中に右手の指を這わし、必死で蟲を掻き出す。
稟の指を妨げるかのように、束ねられた赤い筋が壁を作る。
その束を無理矢理引きずり出し、可能な限り蟲を外に追い出す。
けれども、掻き出すよりも蟲は湧く速度の方が勝ってしまう。
「アアアア! なんなんだよ! どけッ! どけぇぇぇぇええええ!」
喉が割れんばかりの絶叫とともに、稟はバットを拾って右手に握り直す。
そして、左手の傷口目掛けて力の限り振り下ろした。
傷口に潜り込んだバットの先端が、稟の骨を直撃した。
左腕から全身に伝わる痛みに、稟は視界が割れたような錯覚に陥る。
それだけの痛みを負ったにも関わらず、蟲達は相変わらず稟の体中にこびり付いていた。
まるで自分のねぐらだと言わんばかりに、蟲達は稟の体内を元気に動き回る。
内から侵食されていく恐怖に、稟は言葉にならない金切り声を挙げた。
◇ ◇ ◇ ◇
痛みと絶叫で意識を取り戻したあゆは、地面に倒れながら怯えていた。
自分の潰れた腕にではない。目の前の男の狂気にだ。
(いやだぁ……痛いよぉ)
見ている自分が痛くなるような錯覚を受けるほど、その様子は痛々しかった。
あろうことか、男は自分の腕の傷に指をねじ込み、そこから肉を引き伸ばし血を撒き散らしているのだ。
飛び散る鮮血が何度もあゆへと降りかかる。
額に落下した血の雫は、ゆっくりとあゆの額から頬を伝い、口へと垂れていった。
その味は、小説に出るような鉄錆ではなく生温かくて塩辛い。
(こわい……怖いよぉ)
出来ることなら泣き叫びたかった。許されるなら謝罪したかった。
なにより、生き延びて誰かに助けてほしかった。
だが、そんな願いを塗り替えるように、男の鮮血があゆに滴り落ちる。
恐らくあゆが少しでも動けば、男は確実に気付くであろう。
地面に撒き散らされた血の中で、救われぬまま骸となる自身の姿が容易に想像できる。
その狂気が自分へと向けられるのを恐れ、あゆは必死になって沈黙を続けた。
だが、沈黙を守ろうとすればするほど、忘れていた肉体の悲鳴がそれを破ろうとする。
背中の焼ける様な痛みと、潰された右腕の痛みが交互にあゆを虐める。
精神が限界にきていたあゆは、我慢することも出来ずに大きな悲鳴をあげた。
その声は、男の叫びと重なり周囲に響き渡る。
「やぁぁぁぁぁぁッ――やぁぁぁあぁああああああ!!」
右足首に殆ど力が入らない。立ち上がることが出来ずに、あゆは前に転がる。
それでも、近くにあった壁に肩を擦り当てながら、必死になって立ち上がった。
一度だけ後ろを振り返る。男はこちらに気付いたが、こちらを睨むだけで走ってこない。
逃げ出すチャンスは今しかなかった。
右足を引き摺り、潰れた右腕を左手で抑えながら、あゆは南東へと走った。
「逃げるなぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!」
背中から迫る怒声を浴びて、下腹部が痛くなる。
距離がどれくらい離れているかは判らない。ただ、恐怖は確実に迫りつつある。
背中から流れる冷たい汗が服に張り付く。呼吸もまともに出来ない。
それでも、あゆは走り続けた。走るしか選択肢がなかった。
ふと、視界が正面でなく地面へとぶれる。
そこでまた、背中から流れる汗があゆを濡らす。
地面には、必死に動く自分の影と、それを突き刺す様な尖った影。
距離が近い……男は、もうそこまで来ている。
追いつかれる前に隠れようと、あゆは必死になって周囲に隠れられる場所は無いか探す。
だが間の悪いことに、現在走っている位置には隠れられる場所がない。
闇雲に走っていたせいで、隠れる場所がたくさんあった住宅街を抜けてしまったのだ。
引き返す訳にもいかず、あゆはおぼろげながら記憶に残っている地図を思い出す。
どれだけ進んだかは分からないが、目立つ建物がない以上、もっと走らねばなるまい。
が、走っている最中に余計な考え事をしたためか、後ろの影があゆの影にのしかかる。
鞭打ってきた足だが、右足は走りながら見て解かるくらい紫に腫れあがっていた。
心臓の打つ音は、一拍置いているのも判らないくらい鳴り響いている。
いっその事、止まって楽になってしまおうかという考えも頭を過ぎる。
だが、先程行われていた男の狂気を思い出し身震いする。楽になどなれはしないだろう。
だから少しでも離れられるように、あゆは体を前に傾け走り続けた。
(え?)
確かに体を傾けたのはあゆの意思だった。だが、体は傾くどころか倒れるように地面に迫る。
そう思うと同時に、腰だけが前に押し出されていく。
脳からくる信号が遅くなり、ようやく届いた重要な信号。それは、骨が砕けるような鈍痛。
「ころせぇぇぇぇぇええええええええ!!」
「いぎゃぁぁあああああああああ!!」
勢いのまま顔面からアスファルトに飛び込んでしまう。その拍子に額の皮がめくれて、地面に血が滲む。
口から飛び出た塊を見て、心臓が押し出されたと錯覚してしまう。
何をされたのか、後ろを見ていなかったあゆは理解できていなかった。
唯一解かったのは、また男に追いつかれてしまったと言う事。
この時、あゆは場違いなほど別のことを思い出していた。
それは、この島に連れて来られる前にしていた、タイヤキを盗んだ時のような鬼ごっこだ。
あの時も、タイヤキ屋のおじさんに捕まらないように必死で逃げていた。
状況はずいぶん違うが、やっている事は殆ど変わらない。
違うのは、捕まったら怒られるのではない……ただの死体になる。ただそれだけだ。
◇ ◇ ◇ ◇
自分の体から一斉に蟲が飛び散る光景に恐怖を抱きながらも、稟はするべき事を忘れていなかった。
顔面にこびり付く蟲の死骸を拭い去り、少女へと向き直る。
「!」
地面に伏していたはずの少女がどこにもいない。思わず身構えて周囲を警戒する。
そんな稟の視界に飛び込んできたのは、半身を引き摺るように逃げる少女の姿。
生きているのはなんとなく判っていたが、まさかまだ動けるとは想像していなかった。
それに、こちらを殺すつもりならば、先ほどまで無防備だった自分に仕掛けてきても良かったはず。
と、稟の脳裏にある結論が閃く。
(そうか、俺の体にこんなもの仕込んだのは……)
湧き上がる怒りを抑えることなく、稟は雄叫びをあげる。
「おまえだぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァ!!」
痛みも忘れ、再びバットを握り直す。
そして、一歩踏み出したところで体がぐらっと揺らぐ。膝が笑いながら地面に着く。
すぐに立ち上がろうとするが、酷い眩暈と痺れで力が入らない。
また呼吸も苦しく、口の中にコンクリートを流し込まれた様な感覚に陥る。
その間にも、少女との距離がみるみる開いていってしまう。
「逃げるなぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!」
普段の稟からは考えられないような濁った声が、走る少女へ向けられる。
今度こそ立ち上がり、バットを握り締めて走り出す。
ふと、眠った蟹沢を置いていって良いものか悩んだが、大丈夫だと強引に結論付ける。
これだけ騒いでも意識を取り戻さないならば、麻酔はまだ効いていると考えていい。
蟹沢の手に光っていた投げナイフをもぎ取り、デイパックは投げ捨てる。
(あの女を殺したら戻ってくるぞ蟹沢!)
苛立ちのまま喉を掻き毟り、稟はその赤く染まった手を強く握る。
喉の傷口からは、新しい蟲達が心配そうに稟を見上げつつ地面に垂れていった。
稟はあえてそれを見ないようにして、がむしゃらに足を動かした。
だが、予想以上に少女の足が速いのか、それとも自分の足が遅いのか、全く距離が縮まらない。
ただ無闇に、呼吸だけが激しく繰り返さる。その周囲にある空気を吸い尽くさんばかりの勢いだ。
それでも、周りの景色から建物が消え始めた頃、ようやく距離が縮まり始めた。
少女の走りも、もはや走るというより早歩きという速度まで落ちている。
ゆっくりと、稟と少女の影が重なっていく。
(まだだ、まだ……)
右手に握ったバットを打者のように構える。射程圏内まであと少し。
(もう少しだ。もう少しだ。もう少しだ。もう少しだ。もう少しだ――)
まずは稟の頭の影が、次に肩が、上半身が、そして両足までもが少女と重なる。
(今だ!)
その瞬間、稟の構えたバットが少女の腰目掛けてフルスイングする。
芯を捕らえたような確かな反動が稟の手首に響く。
「ころせぇぇぇぇぇええええええええ!!」
「いぎゃぁぁあああああああああ!!」
転倒した少女の口から叫び声とともに、白く濁った汚物が吐き出された。
苦悶の呻き声をあげながら、それでも少女は這いずりながら前に進んでいく。
それを見た稟は、逃がさないようにとバットを振りげ――
「この人殺しぐるぁぁァァァァァァァァァァ!」
「うげぇェぉッ! ぉぇぇぇ!」
少女の治療を施してあった左肩目掛けて叩き落とした。
蟲の死骸で赤黒かったバットの先端が、新しい蟲の死骸に塗り変わる。
直撃を受けた少女は、口から泡を噴き出しながら痙攣を始めた。
一方の稟だが、少女から飛び出てきた蟲に驚き攻撃が続けられない。
(この女の中にも!?)
蟲が侵入していたのは自分の体だけではなかった。全身から嫌な汗が流れ落ちる。
非常識過ぎる光景に、稟の想像は嫌な方に働く。
それは、この島に連れて来られた全員に蟲が注入されたのではないかという事。
と、その推理を否定する光景が脳裏に浮かぶ。
(シアが死んだ時……どうだった)
最愛の人が首を爆破された時、彼女の体から流れたのは間違なく血だった。
なら、何かされたのは『部屋を出てから』だ。
部屋の外に出されてから今に至るまで、自分の身に何が起きたのだろう。
今になって不安と恐怖と焦りが稟を縛り付ける。
そんな事を考えていた稟だったが、ふと、口の中に並ぶ嫌な感触に気付く。
(何が……何が!?)
またも目の前の少女を置き去りにして、稟は必死で口の中に手を突っ込む。
手を入れて当たった『それ』は、侵入してきた指先に牙を向けた。
「ッ」
口の中に潜んでいた新たな敵に背筋が凍る。
赤黒い蟲ではない。もっと大きくて硬い何か。
その中の一体を、稟は力の限り穿り出す。敵も、抵抗しているのかなかなか譲らない。
「ぐぉぉぉ」
低い唸り声を吐き出しながら、稟は指先に力の全てを込める。
神経が切れていくような痛みの中、ようやく敵の反撃が収まった。
口の中から、ずるりと何かが抜け落ちていくのが解かる。
爪の割れた指を、ゆっくりと口から取り出す。そして、摘んでいた敵を睨みつける。
そこでまた、稟は恐ろしいまでの戦慄を覚えた。
指先に挟まれていたのは、おぞましくも白く硬い生き物の死骸。
今はピクリとも動かないが、数秒前までは、こんなものが自分の口に住んでいたのだ。
(違う。まだ……)
稟は再び口の中に指を這わせた。ゆっくりと、口の中で並ぶ生き物に触れる。
強く押すと、こちらの神経を削るような反撃を見せた。
この時点で、稟は自分の体が異常である事を全身で理解していた。
それでも、その異常に屈する訳にはいかなかった。だから、稟はすぐさま行動に移す。
自分の体を良いようにされて、黙っていられるわけがなかった。
「……!!」
持ち替えていたバットを両腕で握り、その先端を自身の口に向けた。
侵入者が逃げられないよう、しっかりと口の中で押さえつける。
そして、腕が伸びるギリギリまで距離をとると、鐘突きをする要領で口の中へ……
◇ ◇ ◇ ◇
意識が朦朧とする中、あゆは目の前の男がまたも狂気染みた行動に出ているのを眺めていた。
というよりも、傷つき倒れたあゆの選択肢の中には、眺めている事しか残されていなかっただけである。
止める事も叫ぶ事も許されない。悪夢のような光景を。
その男は、先程と同じ様に持っていたバットで自分を叩き続けるのかと思いきや、口の中に指を入れて動かなくなったのだ。
バットといえば、叩かれたはずの肩に痛みがない。
地面に流れるのは自分から出た血だと確認できるのに、痛みだけは確認できない。
左肩はそれ以前から感覚が麻痺していたが、右腕も潰されたせいで駄目になったようだ。
正直、直視するのも嫌なのだが、痛みが無くなったのは幸いだろう。
それに、転倒する直前に感じた腰の痛みも治まっている。
それがどういう意味をもたらしているか理解していないあゆは、ただただ喜ぶ。
これは逃げ切るために、神様がくれた最後のチャンスかもしれない。
そう思うと、あゆは呼吸すら止める覚悟で男の近くから体をずらしていった。
今度こそ声を出さずに逃げ出そうと、上半身をゆっくり起き上がらせる。
(あ、れ?)
だが、起き上がるため力を入れようとした足が上手く動かない。
一応は動くものの、大地を踏みしめている感覚が感じられないではないか。
そもそもよく考えてみれば、この状態で痛みを感じないというのはおかしいのだ。
原因は不明だが、あゆの体から痛覚がごっそり抜け落ちたようである。
これが日常だったら、急いで病院に行かなくてはと思うだろう。
だが、現在置かれている状況の中、最優先なのは逃げ出す事。
だからあゆは一目散に逃げ出した。体の悲鳴に知らん振りをして。
逃げ切って無事で保障は無いが、ここにいて生き残れる可能性のほうがもっと無い。
竹馬に乗ったような感覚で、どす黒く変色した両足を前に進める。
一瞬だけ、男が追ってこないか確認する。
その視線の先では、男が金属バットを喉まで押し込み、狂ったように笑っていた。
足元には、粉々に砕かれた男の歯の欠片が、血の池の中で散らばっている。
(にげ、なきゃ……)
幸い、男は顔を地面に向け血を吐き出している。まだ気付いていない。
一歩。一歩。足の回転が少しずつ早くなっていく。
(早くッ! お願い早く動いて! ボクの足!)
上手くバランスをとるため、まっすぐ走れず地面を旋回する。
男の追ってくる影はまだ無い。距離は広がっていく。
それでも、この距離ではすぐにまた捕まってしまう。
後ろから聞こえる男の叫び。呻き。狂気……全てがあゆに向けられる前に。
潮風は、すぐそこまで来ていた。
◇ ◇ ◇ ◇
地面に落下していく白い生き物の死骸を眺めながら、稟は勝利の笑い声をあげた。
気持ち良いぐらいに豪快な笑い声である。
同じように潜んでいたのか、大量の蟲達が白い生き物に絡み付いたまま堕ちていく。
ある程度口から汚物を吐き出すと、口元に手の甲を当て拭う。
両手の皮はボロボロに捲れ上がり、桃色の肉が顔を出していた。
痛みはあるが、今はそれが心地よかった。
そんな良い気分を妨げるように、右手の甲にこびり付いた蟲達が一斉にざわめく。
見れば小さかった蟲は今まで以上に醜く成長し、自分の爪の隙間から入り込もうとしてる。
軽く興奮していた稟は、左指人差し指と親指で右手の爪を固定し、一枚ずつ綺麗に剥がしてく。
爪が剥がれると同時に、入り込もうとしていた蟲達は弾けた様に飛び散る。
「はは、ははは、はーっはははははははっ!」
花占いをするように、稟は右手の爪を容赦なく剥き続けていく。
一枚ごとに体は痙攣を起こし、目の奥が燃えるように痛い。
それでも五枚全て終わると、今度は左手の爪に取り掛かる。
が、右手の爪を全て剥がしてしまったため、引っ掛けるような部分がない。
「あはははははははははははッ! あは、あはははははははははッ!」
思い出したように、蟹沢から奪った投げナイフを右手で握る。
そして、左手を自分の膝の上に乗せると、指ごと切断する。
「どうだ! どうだどうだどうだどうだぁぁぁぁぁぁぁぁアアアアアアアッッ!!」
噴水のように飛び散っていく蟲達を嘲笑いながら、稟は立ち上がる。
ここでようやく、少女を追いかけていた事を思い出した。
周囲を見渡し少女の転倒していた場所に目をやるが、そこには誰もいない。
右を見てもいない。左を見てもいない。正面を見て――
「いた」
いつの間に移動していたのか、その姿は米粒のようで、肉眼で捕らえるのは厳しい。
ただ何が楽しいのか、少女は千鳥足で前方をふらふらしている。
距離は少し遠いが、あの様子ならばすぐに追いつけるだろう。
ボロボロになった投げナイフを地面に捨て、バットを再び拾い上げる。
心配そうな蟲達に見送られながら、稟は雄叫びをあげて走り出す。
その背中は、太陽に当てられて蜃気楼の様に揺らいでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
砂漠のように熱くなった砂浜を、あゆは朦朧とした意識の中彷徨っていた。
もともと理由があって海の家を目指していた訳ではない。
ただただ、誰も来ないような場所で静かに隠れて居たかっただけなのだ。
あゆは何も考えないまま、目的地へと辿り着く。
いまさら気付いたが、視界が殆ど黒く染まって汚れている。
何時からそうなったか、正確な時間は分からない。
あの男に追いかけられていた時には、もう見えてなかったのかも知れない。
それでも、微かに見える景色を頼りに、あゆは前に進む。
砂浜を鳴らすのは、あゆの足音だけ。
ザッザッザッという音が、波の音と調和する。
「ああ……」
口から歓喜とも絶望ともとれる声が漏れる。
目的地に到着したという事は、あとは隠れていれば良いだけ。
目的地に到着したという事は、もう逃げ場が無いというだけ。
既に暑さすら感じなくなっていたあゆは、びしょ濡れになった体に気付かず海の家を目指した。
ぽたりぽたりと、砂の上に落ちていく雫。
それは一瞬で蒸発し、何も無かったようにすぐに乾いていった。
「――ようこそ、いらっしゃいマセ」
「ぇ?」
海の家に入ると、突然前方から声が掛けられる。
もう追いつかれたのかと、驚いてしまう。
が、声を掛けたのはあの男ではなかった。
「海の家へようコソ。 認識コード照会…………ナンバー18、月宮あゆと確認。ご要望をドウゾ」
声の正体は判らないが、少なくとも襲って来る様子は無い。
襲ってこなければ、誰であろうと関係なかった。
だから、あゆは声を無視して海の家の奥へと進む。
「ご要望をドウゾ」
「ょぅ……ぼう?」
再度掛けられた呼びかけに、あゆは少しだけ期待を寄せる。
「ボクを……助けてぇ」
「何度も申し上げますが、それは流石に無理デス」
「助けて……」
「ですから――」
「助けて助けて助けてぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええ!!」
いままで封じ込めてきた願いが、一気に爆発する。
一度堰を切った激流は、収まる事なく流れ続けていく。
「ボクを助けてよ! ボクが悪いのは謝るよ! なんでもするよ!
だから助けて! ボク帰りたいの! 祐一君や名雪さんと一緒に帰りたいの!!」
「ですから――」
「乙女さんを蘇らせて! 大石さんを助けてあげて! 二人に謝らせてぇぇぇぇぇ!!」
「――」
「どうしてボク達にこんなことをさせるの!? なんで人殺しなの!?
みんな生きてるんだよ! ボク達生きてるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
あゆの叫びも虚しく、声は同じような内容を延々と続けていく。
目からは涙が止まらなかった。見つかる危険すら忘れて、あゆは大声で泣き喚いた。
「申し訳ありまセン。現在は、エリア間の移動と留守電システムのみデス」
「なら、ボクを守ってくれる人の所へ連れてってよ! ボクを治してくれる人の所に連れてって!」
「…………条件確認。輸送――」
「いかせるか人殺しがぁぁぁぁぁぁぁぁぁアアアア!!」
海の家に飛び込んできた声は、そのままあゆの胸に襲い掛かる。
その正体は、ようやく追いついてきたあの男だった。
男は室内であるにも関わらず、金属バットを大きく振りかぶり、そのまま真正面にいたあゆの胸部を叩く。
あゆの胸部から空気が割れるような軽い音が鳴る。
男はそのまま、あゆの上に覆い被さり、片手であゆの首を締め上げる。
「はぁはぁはぁ! あっあっあっ! げぇ、ッかぁ、ががが」
「おげっ、かはっ……こっ」
爪のなくなった男の右手が、あゆの首と同化する様にめりこんでいく。
泣き叫び疲れ果てたあゆは、抵抗することも出来ずに泡を噴き始めていた。
男の手に力が入り、首からは縄が擦れる様な音が漏れる。
(どうして……こうなったのかな)
乙女に助けてもらい、いつかは役に立とうとしていたのに。
国崎を説得して、人殺しを止めてほしかったのに。
楓を説得して、稟って人に会わせたかったのに。
大石の怪我を治して、一緒に頑張りたかったのに。
名雪と出会えて、心の底から喜んだのに。
武のような、リーダーに巡り会えたのに。
圭一を信じて、助けられればよかったのに
美凪のように、強い意志があれば支えられたのに。
「……せいだ」
一人だけ、出会わなければよかったと思う人物がいる。
あの話が本当ならば、こんな事にはならなかったかもしれない。
もちろん、馬鹿正直に信じた自分の行動が悪いのは理解している。
けれども、その影で彼女が笑っていた事を思うと悔しくて仕方が無い。
自分の首と締め上げらる指との間に指を押し込み、少しでも喉が震えるように押し戻す。
「さ、佐藤さんの……せいだ! 佐藤さん、がッ……全部……全部悪いんだ!」
口から血を吐き出しながらも、あゆは呪うように言葉を紡いだ。
一方の男も、その叫びに呼応してか、目を血走らせながら高々に叫ぶ。
「殺されるものか! 俺達は絶対殺されないからなぁ!」
男はあゆを見ていない。今の言葉は、
「――終了。続いて転送路。開きマス」
二人の重なるような怒声は、海の家に響いて消えていった。
◇ ◇ ◇ ◇
稟が目を覚ましたのは、暗い闇の中だった。
(痒い)
何かに揺られているような感覚。
(カユイ)
顔に当たる風が生暖かくて気持ち悪い。
(かゆい)
そう言えば、あの少女はどうしただろう。
(か……ゆい)
と、足元に何かがぶつかる。見れば、先ほどまで追いかけていたあの少女だ。
(かゆ……い)
既に事切れているのか、ピクリとも動かない。
(……ぃ)
その様子を見て、稟は違和感を覚える。
今になって気付いたが、自分はなぜこの少女を追いかけていたのだろうと。
それ以前に、自分は何をしていたのだろうと。
(……ぃ……ぃ)
この島での記憶があまりにも無さ過ぎる。あの金髪の少女はどうしたのか。
水澤摩央はあれからどこにいったのか。あの男女二人組みはいつからあそこにいたのか。
風は生暖かいのに、気温だけがやけに肌寒い。
(……ぃ……ぃ……ィ)
ふと、さっきから誰かが囁きかけている様な気がした。
「誰だ」
問い掛けても、返事は一向にない。だが、確実に何者かの気配がする。
それに、先程から何か穿る様な音が稟のすぐ傍から届く。
しかもその音は、着実に耳に近づいている。頬から、首に伝わり、そして鼻へと。
すると突然、稟の眼前に何者かの指が踊り出る。
「!」
だが、よく見ればそれは自分の指だった。
その指は、まるで別の生き物のように妖しく踊り続ける。
人間の指にしては、ボロボロに崩れて気味が悪い。
指達は、ゆらゆらと蜃気楼のように目の前を揺れていた。
(あれ……そういえば俺の左手は何してるんだ?)
場違いで、自分でも良く解からない疑問を抱きながら、右手の動向を眺める。
右手はゆっくりと稟の右目の眼球に触れながら、指を突き立て、そして――
「あぁ」
呼びかけていたのはなんでもない。自分だったではないか。
歓喜の声をあげて飛び散る蟲達の中、稟は最期を迎えた。
◇ ◇ ◇ ◇
蟹沢が目を覚ました時には、周囲に誰一人いなかった。
目覚めた瞬間、蟹沢は勢いよく立ち上がり稟の姿を確認する。
「な、なんだよコレ」
その目に飛び込んできたのは、辺り一面に撒き散らされた誰かの血だった。
「!」
もしかしたら自分の血かと思い体を点検するが、どこにもそれらしい怪我はなかった。
ただ、乗り物に酔った時の様な不快感が胸の中で渦巻いている。
「お、おーいヘタレー! どこだー?」
もしかしたら、自分を脅かそうと隠れているのかもしれない。
そんなありえない予想を立てながら、蟹沢は目の前の景色を見て見ぬ振りする。
「ボク怒ってないぞー! 大丈夫だから早くでてこーい」
頭では理解しているのに、心がその事実を認められない。
だが、数分程度の間呼びかけて、ようやく目の前の事実から逃れられないことを悟る。
(あの時、へタレがボクに何かしたんだよな)
良く解からないが、あの瞬間自分の意識はどこかに飛んでいった。
「もしかして、アイツ……」
殺し合いに乗ったのかと考えるが、すぐにそれを否定する。
なぜなら、自分が生きているのが何よりの証拠だ。
しかしそれなら、なおさら理由が解からない。どうして稟は自分を眠らせたか。
なにより、この大量の血は『誰』のもので『何』があったのか。
「……んぁ!」
よく見れば、血の跡は遠くへと続いている。
気付いた時には、近くに落ちていたデイパックを全て担いで走り出していた。
ここに無事な自分がいて、大量の血と稟だけがいない。
導きだされた答えは一つ。
(あの馬鹿! また同じ様な事しやがってぇ!)
昨日の夜、金髪の少女に追いかけられた時と同じ事を、稟はやったのだろう。
いや、もしかしたら出会った時点で追いかけられていた可能性もある。
事実なのは、稟が自分を助けるために無茶な行動に出たということ。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおりゃぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!」
血の跡を道標に、蟹沢は全速力で走り出した。
やがて、細々と続いていた血痕が、激しく撒き散らされている場所へと辿り着いた。
もしこの出血が稟のものだった場合、無事である可能性は低い。
「な、何考えてんだボク」
血だるまになって死んだ稟の姿を打ち消すように、大きく首を振る。
と、太陽に反射してキラリと光る何かが、赤い池の中に落ちていた。
近付いてみると、それは瑞穂から預かった投げナイフ……それと。
「うわ、うわぁぁぁぁぁああ!」
寄り添うように誰かの指が丁寧に五本置かれていた。
親指から小指に至るまで、全て付け根から削ぎ落とされている。
しかも、その周囲に爪の様なものが五枚落ちていた。
何があったか想像出来ないくらい、その光景は恐ろし過ぎた。
血の池で浮かんでいる指と爪が、そこだけが不気味過ぎるほど光を反射している。
隣にあった投げナイフが、なぜかこの指が稟のものだと言いたげに輝いていた。
それと、先程までは気付かなかったが、血の池には骨と錯覚するくらい綺麗な白い歯が浮いていた。
嫌な予想がどんどんと膨らんでいく。喉から水分が抜けていくのを止められない。
蟹沢は、焦りの表情のまま走り出した。
あまりにも焦り過ぎて、足を絡ませてしまい転倒してしまう。
それでも、涙を見せずに立ち上がった。
そしてまた、血の跡を辿って走り続けていく。
蟹沢が足をとめたのは、海の家の前だった。
砂浜までは血痕を辿っていたが、そこから先は砂浜になっていて途切れていたのだ。
誰かに見つかる可能性もあったが、それよりも稟が心配で仕方ない。
蟹沢は、大声で稟に呼びかけた。
「おいヘタレ! ボクが来てやったぞ! 返事しろこんチクショウ!」
けれど、返ってくるのは波の音だけで、人の声など一つも返ってこなかった。
気持ちを切り替えて、周囲の捜索を開始する。
あれだけ騒いだ後に、慎重に行動するというのも馬鹿らしい。
蟹沢は、堂々と周囲の小屋を覗いたり砂を蹴り上げた。
そうして、ようやく辿り着いたのが、先に述べた海の家である。
意を決して、入り口から中へと入る。
「海の家へようコソ」
「おわ!」
そこに居たのは望んでいた稟ではなく、悪趣味なロボットだった。
ロボットは、こちらの驚きなど気にする様子もなく、用件だけを告げてきた。
「海の家へようコソ。認識コード照会…………ナンバー50、蟹沢きぬと確認。ご要望をドウゾ」
「んだこらぁ! てめぇはどこの誰だおい」
「私はメカリンリン一号デス。この場所の管理と運営を任されていマス。ご要望をどウゾ」
「よくわかんねーけど。ヘタレどこ行ったかおしえろ」
「申し訳ありまセン。ヘタレに該当する人物が複数いマス。更なる詳細ぷリーズ」
情報を寄越せと言わんばかりに、メカリンリンが腕を突き出す。
もともとヘタレという単語で質問した蟹沢が悪いのだが、本人はそれに気付いていない。
「んだよ使えねーな。他になんか無いのかよ」
「現在は、エリア間の移動と留守電システムのみデス」
「留守電? なんだそれ聞けんのか?」
「再生しますか?」
「おう。聞かせてみろや」
蟹沢の答えに、メカリンリンからテープを巻き取るような音が響く。
そして、体からスピーカーらしきものが飛び出すと、予告も無しに再生を始めた。
『メッセージは二件デス』
「ピー……さ、佐藤さんの……せいだ! 佐藤さん、がッ……全部……全部悪いんだ!」
「ッ!!」
「ピー……殺されるものか! 俺達は絶対殺されないからなぁ!」
『再生を終了しマス』
「土見……」
一件目が誰かは解からないが、佐藤という苗字には心当たりがある。
それよりも、二件目の声だ。前とは少し違うが、稟であることは間違いない。
ならば、今の留守電の叫びはどういう意味か。
「おい! 今の留守電って何時頃のやつだ!?」
「おおよそ2時間ほど前にナリマス」
「2時間……」
あれだけ切羽詰った声。それに、ここに来るまでに残っていた血痕。
おそらく、稟は何者かと戦っていたのだろう。
けれど、決して相手を傷つけることは出来なかった。
少ししか一緒に居なかったが良く解かる。あの男は、根本的な部分はレオと同じタイプだ。
けれど、この島で生きていくにはそれは優しすぎる。
いや、優しくて良かったのかもしれない。彼らに人殺しは荷が重過ぎる。
けれども、この島には殺し合いに乗った人間が居る。そいつらは、我が物顔でのさばっているのだ。
おぼろげながら、蟹沢は自分のすべきことが見え始めてきた。
自分はもともと守ってもらうような柄ではない。むしろ攻める側。
レオや稟は渋い顔をするだろう。それも覚悟の上だ。
絶対に容赦はしない。汚れ仕事は自分が全て片付けてやろう。
「ポンコツ! ボクを送れ! 場所はヘタレ男の居る場所な!」
「条件確認しま――」
「まてまてポンコツ! 留守電ってボクも出来るのか?」
「大丈夫デスよ。録音しまスカ?」
「おう! ん、ちょっと待っちくり」
デイパックの中から、さっき偶然見つけた一つの道具を取り出す。
それは、あの夜自分を救った稟の支給品。
『あーあー。よし、おらよガガピーおめぇよガガビーせに何か悪いことしてんのか~! 本当ならボク怒るぞ~!』
まずは良美に忠告するつもりだったが、拡声器とメカリンリンが近すぎたためか、途中変なノイズが入る。
「録音終了しまシタ。それでは転送しマス」
「あ、まてまて! もう一件あるんじゃボケぇ! むしろこっちが本命なんだよ!」
「了解しまシタ。どウゾ」
メカリンリンの合図に、蟹沢は深く深呼吸する。念のため、距離も少し開けた。
今からするのは、留守電を利用した、拡声器を使っての宣戦布告。
あの時の……土見稟が叫んだ宣戦布告を一言ずつ思い出す。
『ボクは、ボクや土見のように大切な人を失ってなく奴を、これ以上ださねぇ!
だからボクは何があろうが絶対死なない! そういう奴を絶対に死なせないぞゴラァ!』
けれど、最後の誓いだけは違える。
彼が目指すモノとは違うかもしれない。けれども、その旅路の果てにはまた巡り逢える。
『生きて生きて生きて生き抜いて、このふざけたゲームをぶっ潰す!!
止められるなら止めてみやがれやこのダボがぁっ!! まとめて相手にすんぞオラァ!』
叫び終わると同時に、蟹沢の体は蜃気楼のように揺らいで、闇の中へと消えていく。
その横顔は、今度こそ本当に泣いてなどいなかった。
&COLOR(red){【土見稟@SHUFFLE! ON THE STAGE 死亡】}
【H-7 海の家地下/1日目 夕方】
【蟹沢きぬ@つよきす-Mighty Heart-】
【装備:拡声器】
【所持品:竜鳴館の血濡れのセーラー服@つよきす-Mighty Heart-、地図、時計、コンパス
支給品一式x3、投げナイフ一本、ハクオロの鉄扇@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄、
麻酔薬入り注射器×2 H173入り注射器×2、炭酸飲料水、食料品沢山(刺激物多し)】
【状態:強い決意、両肘と両膝に擦り傷、左手指先に切り傷、数箇所ほど蜂に刺された形跡、首に麻酔の跡、疲労大】
【思考・行動】
基本:稟と同じ様にゲームに乗らない人間を助ける。ただし乗っている相手はぶっ潰す。
1:待ってろよ土見!
2:稟と合流後、博物館へ急ぐ(宮小路瑞穂達と合流)
3:2が不可能だった場合、単独行動でマーダーを探し倒す
3:ゲームをぶっ潰す
4:よっぴーに不信感
【備考】
※仲間の死を乗り越えました
※アセリアに対する警戒は小さくなっています
※稟が死んでいる可能性も覚悟しています
※宣戦布告は「佐藤」ではなく「よっぴー」と叫びました。
※誰の留守番電話がどこ(何ヶ所)に転送されたかは、後続の書き手さんにお任せします。
※蟹沢の移動先は『へタレの男がいる場所』の正反対の場所です。
『海の家の屋台って微妙なもの多いよね~』
海の家には完全自動のロボ・メカリンリン一号が配置されています。
彼女は島内の地下を通っている地下トロッコ道の管理を任されており「望んだ条件と正反対のエリア」へのルートを開放します。
トロッコで移動している際は禁止エリアによる制限は受けません。
第二回放送後、新たに『留守番電話サービス』が開始されました。
留守番電話は、海の家でのみ録音可能で、地図に明記された建物のうち、電話が設置された場所にランダムで転送されます。
また、メカリンリンの居る海の家では、今までの留守番電話がすべて聞く事が出来ます。
現在留守電に録音されているメッセージは四件です。
「さ、佐藤さんの……せいだ! 佐藤さん、がッ……全部……全部悪いんだ!」(一日目 午後)
「殺されるものか! 俺達は絶対殺されないからなぁ!」(一日目 午後)
「あーあー。よし、おらよガガピーおめぇよガガビーせに何か悪いことしてんのか~! 本当ならボク怒るぞ~!」(一日目 夕方)
「ボクは、ボクや土見のように大切な人を失ってなく奴を、これ以上ださねぇ!
だからボクは何があろうが絶対死なない! そういう奴を絶対に死なせないぞゴラァ!
生きて生きて生きて生き抜いて、このふざけたゲームをぶっ潰す!!
止められるなら止めてみやがれやこのダボがぁっ!! まとめて相手にすんぞオラァ!」(一日目 夕方)
【H-7 海の家地下/1日目 夕方】
【月宮あゆ@Kanon】
【装備:土見稟(死体)】
【所持品:支給品一式】
【状態:気絶中、瀕死(背中から出血中)、絶望、痛覚の神経が不能、五感が働かない、喉に紫の痣(声が出せない)、ひたいに割れ目、
左肩に深い抉り傷(骨が剥き出し)、右腕破裂、右足に銃傷(腫れ上がっています)、背骨骨折、骨盤に大きなヒビ
肋骨複雑骨折、膵臓出血、肺に傷、その他内臓に内出血の恐れ、左肩に打撲、右足首に打撲、背中を無数に殴打】
【思考・行動】
0:気絶中。
1:死にたくない
2:誰か助けて
3:ごめんなさい
【備考】
※目的地に到着した時には、すでに死亡している可能性もあります。
※悲劇のきっかけが佐藤良美だと思い込んでいます
※古手梨花・赤坂衛の情報を得ました(名前のみ)
※ハクオロという人物を警戒(詳細は聞いていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ)
※名雪の第三回放送の時に神社に居るようようにするの情報を得ました
(禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化)
※あゆの支給品は武のデイパックに入っています。
※『月宮あゆ』と『土見稟の死体』は、以下の願望と『正反対』の条件が当てはまる場所に運ばれています。
「今の月宮あゆを保護してる。または治癒してくれる人が居るところ」
【土見稟(死体)の状態】
顔面は削られて、知人でないと判別がつきません。
歯はボロボロになっており、口の中はザクロのような状態です。
左指切断、右指の爪が全て剥がれています。
喉に掻き毟った痕。体中の皮膚がめくれています。
左腕の肘から手首までの肉が半分ありません。
頭のてっぺんからつま先まで、自分の血で染まっています。
※投げナイフは【G-5】の南部。住宅街外れの血溜りの中にあります。
※稟の左指と右爪は【G-5】の南部。住宅街外れの血だまりの中にあります。
※血染めの金属バットは『月宮あゆ』の乗っているトロッコに入っています。
※海の家の中は、かなりの血が飛び散っています。
|135:[[青空に羽ばたく鳥の詩]]|投下順に読む|137:[[童貞男と来訪者達]]|
|137:[[童貞男と来訪者達]]|時系列順に読む|138:[[Hunting Field(前編)]]|
|128:[[残酷な罰が降り注ぐ]]|&color(red){土見稟}||
|128:[[残酷な罰が降り注ぐ]]|蟹沢きぬ|142:[[カニとクラゲと暫定ヘタレの出会い]]|
|128:[[残酷な罰が降り注ぐ]]|月宮あゆ|143:[[血みどろ天使と金色夜叉]]|
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**蜃気楼の旅路へ~宣戦布告~ ◆Qz0e4gvs0s
金属バットを叩きつけられた少女の体から、鈍い音が耳に届く。
出血こそしていないが、僅かに覗かせる腕の先が青く腫れているのは確認できた。
気絶したことに気付かないまま、稟は少女の腕目掛けて何度も腕を振り下ろす。
その度に、少女の口からまだ生きていると主張するような息が漏れる。
(まだだ! まだ生きてやがる!)
ここで手を休めて反撃される事を警戒した稟は、容赦なく少女を叩く。
一撃振り下ろされるたび、少女の腕は表面上の面積を増していった。
それとは反比例するように、腕の厚みは段々と薄くなっていく。
少女に触れたバットを振り上げるたび、赤い何かが糸を引くように宙に舞う。
やがて、皮膚が破けてピンク色に変色した部分に狙いを定め、トドメとばかりにバットを振りかぶる。
だが、痺れの残っていた腕は狙いから大きく外れ、少女ではなくアスファルトを叩いてしまった。
怒りを一直線に振り下ろした力の反動に、上半身が前のめりになる。
稟は咄嗟に足腰に力をいれ、転倒しないよう歯を食いしばって空を見上げた。
少女を見定めていた景色が空へと切り替わり、眼球が頭上の太陽を捉える。
太陽は稟を焦がすように力強く降り注いでいた。
さすがに直視することも出来ずに、視線を地面に戻す。一瞬、地面が黒く染まる錯覚を起こした。
「しまった――」
この隙に襲われるのを恐れ、稟は必死で金属バットを振るう。
少女が気絶しているのを知らない稟は、必要以上に警戒し興奮していた。
全身から汗が吹き出て、皮膚が一斉に呼吸を加速させる。
湿った皮膚は痒みを発生させ、その痒みは喉から全身へと伝わる。
一番痒みを訴えてる部位は、左腕の肘から手首にかけてだった。
幸いなことに喉の痒みは慣れてきた事もあってか優先順位が下がっている。
(はぁ……はぁ……)
意識を失い掛けるような痒みに耐えられず、バットを地面に投げた稟は左腕に右手の爪を力一杯立てる。
自分が今何をしようとしているのか、全く考えてはいない。
稟は本能が命じるまま、左腕に深く食い込んだ爪を、手首まで一気に引き降ろす。
ぱっくりと一文字に切断される皮膚。
次の瞬間、稟の腕から赤黒い蟲が稟の顔面目掛けて襲い掛かってきた。
「づあぉぉぉぉぉォァアアアアアアアアアアアアアア!!」
顔に群がる蟲を払いのけ、稟は状況を必死で把握する。
蟲の出所は、おぞましい事に自分自身の腕の中だった。
しかもその数が異常だった。数十匹でも驚くのに、その数は軽く千匹を超えている。
稟の蟲から這い上がってきた蟲達は、丸い瞳で一斉に稟を見て微笑む。
まるで、産みの親を見るような視線を向けてくる。
稟は病院で倒れて以来忘れていた。体はかなり前から危険信号を発していた事を。
それを見逃し本能に体を委ねた稟のツケは、既に払いきれるものではなくなっていた。
「くそぉ! くそぉぉぉ! はなッ! 俺の体から離れろぉぉぉぉぉぉ!」
ぱっくりと開いた左腕の中に右手の指を這わし、必死で蟲を掻き出す。
稟の指を妨げるかのように、束ねられた赤い筋が壁を作る。
その束を無理矢理引きずり出し、可能な限り蟲を外に追い出す。
けれども、掻き出すよりも蟲は湧く速度の方が勝ってしまう。
「アアアア! なんなんだよ! どけッ! どけぇぇぇぇええええ!」
喉が割れんばかりの絶叫とともに、稟はバットを拾って右手に握り直す。
そして、左手の傷口目掛けて力の限り振り下ろした。
傷口に潜り込んだバットの先端が、稟の骨を直撃した。
左腕から全身に伝わる痛みに、稟は視界が割れたような錯覚に陥る。
それだけの痛みを負ったにも関わらず、蟲達は相変わらず稟の体中にこびり付いていた。
まるで自分のねぐらだと言わんばかりに、蟲達は稟の体内を元気に動き回る。
内から侵食されていく恐怖に、稟は言葉にならない金切り声を挙げた。
◇ ◇ ◇ ◇
痛みと絶叫で意識を取り戻したあゆは、地面に倒れながら怯えていた。
自分の潰れた腕にではない。目の前の男の狂気にだ。
(いやだぁ……痛いよぉ)
見ている自分が痛くなるような錯覚を受けるほど、その様子は痛々しかった。
あろうことか、男は自分の腕の傷に指をねじ込み、そこから肉を引き伸ばし血を撒き散らしているのだ。
飛び散る鮮血が何度もあゆへと降りかかる。
額に落下した血の雫は、ゆっくりとあゆの額から頬を伝い、口へと垂れていった。
その味は、小説に出るような鉄錆ではなく生温かくて塩辛い。
(こわい……怖いよぉ)
出来ることなら泣き叫びたかった。許されるなら謝罪したかった。
なにより、生き延びて誰かに助けてほしかった。
だが、そんな願いを塗り替えるように、男の鮮血があゆに滴り落ちる。
恐らくあゆが少しでも動けば、男は確実に気付くであろう。
地面に撒き散らされた血の中で、救われぬまま骸となる自身の姿が容易に想像できる。
その狂気が自分へと向けられるのを恐れ、あゆは必死になって沈黙を続けた。
だが、沈黙を守ろうとすればするほど、忘れていた肉体の悲鳴がそれを破ろうとする。
背中の焼ける様な痛みと、潰された右腕の痛みが交互にあゆを虐める。
精神が限界にきていたあゆは、我慢することも出来ずに大きな悲鳴をあげた。
その声は、男の叫びと重なり周囲に響き渡る。
「やぁぁぁぁぁぁッ――やぁぁぁあぁああああああ!!」
右足首に殆ど力が入らない。立ち上がることが出来ずに、あゆは前に転がる。
それでも、近くにあった壁に肩を擦り当てながら、必死になって立ち上がった。
一度だけ後ろを振り返る。男はこちらに気付いたが、こちらを睨むだけで走ってこない。
逃げ出すチャンスは今しかなかった。
右足を引き摺り、潰れた右腕を左手で抑えながら、あゆは南東へと走った。
「逃げるなぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!」
背中から迫る怒声を浴びて、下腹部が痛くなる。
距離がどれくらい離れているかは判らない。ただ、恐怖は確実に迫りつつある。
背中から流れる冷たい汗が服に張り付く。呼吸もまともに出来ない。
それでも、あゆは走り続けた。走るしか選択肢がなかった。
ふと、視界が正面でなく地面へとぶれる。
そこでまた、背中から流れる汗があゆを濡らす。
地面には、必死に動く自分の影と、それを突き刺す様な尖った影。
距離が近い……男は、もうそこまで来ている。
追いつかれる前に隠れようと、あゆは必死になって周囲に隠れられる場所は無いか探す。
だが間の悪いことに、現在走っている位置には隠れられる場所がない。
闇雲に走っていたせいで、隠れる場所がたくさんあった住宅街を抜けてしまったのだ。
引き返す訳にもいかず、あゆはおぼろげながら記憶に残っている地図を思い出す。
どれだけ進んだかは分からないが、目立つ建物がない以上、もっと走らねばなるまい。
が、走っている最中に余計な考え事をしたためか、後ろの影があゆの影にのしかかる。
鞭打ってきた足だが、右足は走りながら見て解かるくらい紫に腫れあがっていた。
心臓の打つ音は、一拍置いているのも判らないくらい鳴り響いている。
いっその事、止まって楽になってしまおうかという考えも頭を過ぎる。
だが、先程行われていた男の狂気を思い出し身震いする。楽になどなれはしないだろう。
だから少しでも離れられるように、あゆは体を前に傾け走り続けた。
(え?)
確かに体を傾けたのはあゆの意思だった。だが、体は傾くどころか倒れるように地面に迫る。
そう思うと同時に、腰だけが前に押し出されていく。
脳からくる信号が遅くなり、ようやく届いた重要な信号。それは、骨が砕けるような鈍痛。
「ころせぇぇぇぇぇええええええええ!!」
「いぎゃぁぁあああああああああ!!」
勢いのまま顔面からアスファルトに飛び込んでしまう。その拍子に額の皮がめくれて、地面に血が滲む。
口から飛び出た塊を見て、心臓が押し出されたと錯覚してしまう。
何をされたのか、後ろを見ていなかったあゆは理解できていなかった。
唯一解かったのは、また男に追いつかれてしまったと言う事。
この時、あゆは場違いなほど別のことを思い出していた。
それは、この島に連れて来られる前にしていた、タイヤキを盗んだ時のような鬼ごっこだ。
あの時も、タイヤキ屋のおじさんに捕まらないように必死で逃げていた。
状況はずいぶん違うが、やっている事は殆ど変わらない。
違うのは、捕まったら怒られるのではない……ただの死体になる。ただそれだけだ。
◇ ◇ ◇ ◇
自分の体から一斉に蟲が飛び散る光景に恐怖を抱きながらも、稟はするべき事を忘れていなかった。
顔面にこびり付く蟲の死骸を拭い去り、少女へと向き直る。
「!」
地面に伏していたはずの少女がどこにもいない。思わず身構えて周囲を警戒する。
そんな稟の視界に飛び込んできたのは、半身を引き摺るように逃げる少女の姿。
生きているのはなんとなく判っていたが、まさかまだ動けるとは想像していなかった。
それに、こちらを殺すつもりならば、先ほどまで無防備だった自分に仕掛けてきても良かったはず。
と、稟の脳裏にある結論が閃く。
(そうか、俺の体にこんなもの仕込んだのは……)
湧き上がる怒りを抑えることなく、稟は雄叫びをあげる。
「おまえだぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァ!!」
痛みも忘れ、再びバットを握り直す。
そして、一歩踏み出したところで体がぐらっと揺らぐ。膝が笑いながら地面に着く。
すぐに立ち上がろうとするが、酷い眩暈と痺れで力が入らない。
また呼吸も苦しく、口の中にコンクリートを流し込まれた様な感覚に陥る。
その間にも、少女との距離がみるみる開いていってしまう。
「逃げるなぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!」
普段の稟からは考えられないような濁った声が、走る少女へ向けられる。
今度こそ立ち上がり、バットを握り締めて走り出す。
ふと、眠った蟹沢を置いていって良いものか悩んだが、大丈夫だと強引に結論付ける。
これだけ騒いでも意識を取り戻さないならば、麻酔はまだ効いていると考えていい。
蟹沢の手に光っていた投げナイフをもぎ取り、デイパックは投げ捨てる。
(あの女を殺したら戻ってくるぞ蟹沢!)
苛立ちのまま喉を掻き毟り、稟はその赤く染まった手を強く握る。
喉の傷口からは、新しい蟲達が心配そうに稟を見上げつつ地面に垂れていった。
稟はあえてそれを見ないようにして、がむしゃらに足を動かした。
だが、予想以上に少女の足が速いのか、それとも自分の足が遅いのか、全く距離が縮まらない。
ただ無闇に、呼吸だけが激しく繰り返さる。その周囲にある空気を吸い尽くさんばかりの勢いだ。
それでも、周りの景色から建物が消え始めた頃、ようやく距離が縮まり始めた。
少女の走りも、もはや走るというより早歩きという速度まで落ちている。
ゆっくりと、稟と少女の影が重なっていく。
(まだだ、まだ……)
右手に握ったバットを打者のように構える。射程圏内まであと少し。
(もう少しだ。もう少しだ。もう少しだ。もう少しだ。もう少しだ――)
まずは稟の頭の影が、次に肩が、上半身が、そして両足までもが少女と重なる。
(今だ!)
その瞬間、稟の構えたバットが少女の腰目掛けてフルスイングする。
芯を捕らえたような確かな反動が稟の手首に響く。
「ころせぇぇぇぇぇええええええええ!!」
「いぎゃぁぁあああああああああ!!」
転倒した少女の口から叫び声とともに、白く濁った汚物が吐き出された。
苦悶の呻き声をあげながら、それでも少女は這いずりながら前に進んでいく。
それを見た稟は、逃がさないようにとバットを振り上げ――
「この人殺しぐるぁぁァァァァァァァァァァ!」
「うげぇェぉッ! ぉぇぇぇ!」
少女の治療を施してあった左肩目掛けて叩き落とした。
蟲の死骸で赤黒かったバットの先端が、新しい蟲の死骸に塗り変わる。
直撃を受けた少女は、口から泡を噴き出しながら痙攣を始めた。
一方の稟だが、少女から飛び出てきた蟲に驚き攻撃が続けられない。
(この女の中にも!?)
蟲が侵入していたのは自分の体だけではなかった。全身から嫌な汗が流れ落ちる。
非常識過ぎる光景に、稟の想像は嫌な方に働く。
それは、この島に連れて来られた全員に蟲が注入されたのではないかという事。
と、その推理を否定する光景が脳裏に浮かぶ。
(シアが死んだ時……どうだった)
最愛の人が首を爆破された時、彼女の体から流れたのは間違なく血だった。
なら、何かされたのは『部屋を出てから』だ。
部屋の外に出されてから今に至るまで、自分の身に何が起きたのだろう。
今になって不安と恐怖と焦りが稟を縛り付ける。
そんな事を考えていた稟だったが、ふと、口の中に並ぶ嫌な感触に気付く。
(何が……何が!?)
またも目の前の少女を置き去りにして、稟は必死で口の中に手を突っ込む。
手を入れて当たった『それ』は、侵入してきた指先に牙を向けた。
「ッ」
口の中に潜んでいた新たな敵に背筋が凍る。
赤黒い蟲ではない。もっと大きくて硬い何か。
その中の一体を、稟は力の限り穿り出す。敵も、抵抗しているのかなかなか譲らない。
「ぐぉぉぉ」
低い唸り声を吐き出しながら、稟は指先に力の全てを込める。
神経が切れていくような痛みの中、ようやく敵の反撃が収まった。
口の中から、ずるりと何かが抜け落ちていくのが解かる。
爪の割れた指を、ゆっくりと口から取り出す。そして、摘んでいた敵を睨みつける。
そこでまた、稟は恐ろしいまでの戦慄を覚えた。
指先に挟まれていたのは、おぞましくも白く硬い生き物の死骸。
今はピクリとも動かないが、数秒前までは、こんなものが自分の口に住んでいたのだ。
(違う。まだ……)
稟は再び口の中に指を這わせた。ゆっくりと、口の中で並ぶ生き物に触れる。
強く押すと、こちらの神経を削るような反撃を見せた。
この時点で、稟は自分の体が異常である事を全身で理解していた。
それでも、その異常に屈する訳にはいかなかった。だから、稟はすぐさま行動に移す。
自分の体を良いようにされて、黙っていられるわけがなかった。
「……!!」
持ち替えていたバットを両腕で握り、その先端を自身の口に向けた。
侵入者が逃げられないよう、しっかりと口の中で押さえつける。
そして、腕が伸びるギリギリまで距離をとると、鐘突きをする要領で口の中へ……
◇ ◇ ◇ ◇
意識が朦朧とする中、あゆは目の前の男がまたも狂気染みた行動に出ているのを眺めていた。
というよりも、傷つき倒れたあゆの選択肢の中には、眺めている事しか残されていなかっただけである。
止める事も叫ぶ事も許されない。悪夢のような光景を。
その男は、先程と同じ様に持っていたバットで自分を叩き続けるのかと思いきや、口の中に指を入れて動かなくなったのだ。
バットといえば、叩かれたはずの肩に痛みがない。
地面に流れるのは自分から出た血だと確認できるのに、痛みだけは確認できない。
左肩はそれ以前から感覚が麻痺していたが、右腕も潰されたせいで駄目になったようだ。
正直、直視するのも嫌なのだが、痛みが無くなったのは幸いだろう。
それに、転倒する直前に感じた腰の痛みも治まっている。
それがどういう意味をもたらしているか理解していないあゆは、ただただ喜ぶ。
これは逃げ切るために、神様がくれた最後のチャンスかもしれない。
そう思うと、あゆは呼吸すら止める覚悟で男の近くから体をずらしていった。
今度こそ声を出さずに逃げ出そうと、上半身をゆっくり起き上がらせる。
(あ、れ?)
だが、起き上がるため力を入れようとした足が上手く動かない。
一応は動くものの、大地を踏みしめている感覚が感じられないではないか。
そもそもよく考えてみれば、この状態で痛みを感じないというのはおかしいのだ。
原因は不明だが、あゆの体から痛覚がごっそり抜け落ちたようである。
これが日常だったら、急いで病院に行かなくてはと思うだろう。
だが、現在置かれている状況の中、最優先なのは逃げ出す事。
だからあゆは一目散に逃げ出した。体の悲鳴に知らん振りをして。
逃げ切っても無事である保障は無いが、ここにいて生き残れる可能性のほうがもっと無い。
竹馬に乗ったような感覚で、どす黒く変色した両足を前に進める。
一瞬だけ、男が追ってこないか確認する。
その視線の先では、男が金属バットを喉まで押し込み、狂ったように笑っていた。
足元には、粉々に砕かれた男の歯の欠片が、血の池の中で散らばっている。
(にげ、なきゃ……)
幸い、男は顔を地面に向け血を吐き出している。まだ気付いていない。
一歩。一歩。足の回転が少しずつ早くなっていく。
(早くッ! お願い早く動いて! ボクの足!)
上手くバランスをとるため、まっすぐ走れず地面を旋回する。
男の追ってくる影はまだ無い。距離は広がっていく。
それでも、この距離ではすぐにまた捕まってしまう。
後ろから聞こえる男の叫び。呻き。狂気……全てがあゆに向けられる前に。
潮風は、すぐそこまで来ていた。
◇ ◇ ◇ ◇
地面に落下していく白い生き物の死骸を眺めながら、稟は勝利の笑い声をあげた。
気持ち良いぐらいに豪快な笑い声である。
同じように潜んでいたのか、大量の蟲達が白い生き物に絡み付いたまま堕ちていく。
ある程度口から汚物を吐き出すと、口元に手の甲を当て拭う。
両手の皮はボロボロに捲れ上がり、桃色の肉が顔を出していた。
痛みはあるが、今はそれが心地よかった。
そんな良い気分を妨げるように、右手の甲にこびり付いた蟲達が一斉にざわめく。
見れば小さかった蟲は今まで以上に醜く成長し、自分の爪の隙間から入り込もうとしてる。
軽く興奮していた稟は、左指人差し指と親指で右手の爪を固定し、一枚ずつ綺麗に剥がしてく。
爪が剥がれると同時に、入り込もうとしていた蟲達は弾けた様に飛び散る。
「はは、ははは、はーっはははははははっ!」
花占いをするように、稟は右手の爪を容赦なく剥き続けていく。
一枚ごとに体は痙攣を起こし、目の奥が燃えるように痛い。
それでも五枚全て終わると、今度は左手の爪に取り掛かる。
が、右手の爪を全て剥がしてしまったため、引っ掛けるような部分がない。
「あはははははははははははッ! あは、あはははははははははッ!」
思い出したように、蟹沢から奪った投げナイフを右手で握る。
そして、左手を自分の膝の上に乗せると、指ごと切断する。
「どうだ! どうだどうだどうだどうだぁぁぁぁぁぁぁぁアアアアアアアッッ!!」
噴水のように飛び散っていく蟲達を嘲笑いながら、稟は立ち上がる。
ここでようやく、少女を追いかけていた事を思い出した。
周囲を見渡し少女の転倒していた場所に目をやるが、そこには誰もいない。
右を見てもいない。左を見てもいない。正面を見て――
「いた」
いつの間に移動していたのか、その姿は米粒のようで、肉眼で捕らえるのは厳しい。
ただ何が楽しいのか、少女は千鳥足で前方をふらふらしている。
距離は少し遠いが、あの様子ならばすぐに追いつけるだろう。
ボロボロになった投げナイフを地面に捨て、バットを再び拾い上げる。
心配そうな蟲達に見送られながら、稟は雄叫びをあげて走り出す。
その背中は、太陽に当てられて蜃気楼の様に揺らいでいた。
◇ ◇ ◇ ◇
砂漠のように熱くなった砂浜を、あゆは朦朧とした意識の中彷徨っていた。
もともと理由があって海の家を目指していた訳ではない。
ただただ、誰も来ないような場所で静かに隠れて居たかっただけなのだ。
あゆは何も考えないまま、目的地へと辿り着く。
いまさら気付いたが、視界が殆ど黒く染まって汚れている。
何時からそうなったか、正確な時間は分からない。
あの男に追いかけられていた時には、もう見えてなかったのかも知れない。
それでも、微かに見える景色を頼りに、あゆは前に進む。
砂浜を鳴らすのは、あゆの足音だけ。
ザッザッザッという音が、波の音と調和する。
「ああ……」
口から歓喜とも絶望ともとれる声が漏れる。
目的地に到着したという事は、あとは隠れていれば良いだけ。
目的地に到着したという事は、もう逃げ場が無いというだけ。
既に暑さすら感じなくなっていたあゆは、びしょ濡れになった体に気付かず海の家を目指した。
ぽたりぽたりと、砂の上に落ちていく雫。
それは一瞬で蒸発し、何も無かったようにすぐに乾いていった。
「――ようこそ、いらっしゃいマセ」
「ぇ?」
海の家に入ると、突然前方から声が掛けられる。
もう追いつかれたのかと、驚いてしまう。
が、声を掛けたのはあの男ではなかった。
「海の家へようコソ。 認識コード照会…………ナンバー18、月宮あゆと確認。ご要望をドウゾ」
声の正体は判らないが、少なくとも襲って来る様子は無い。
襲ってこなければ、誰であろうと関係なかった。
だから、あゆは声を無視して海の家の奥へと進む。
「ご要望をドウゾ」
「ょぅ……ぼう?」
再度掛けられた呼びかけに、あゆは少しだけ期待を寄せる。
「ボクを……助けてぇ」
「何度も申し上げますが、それは流石に無理デス」
「助けて……」
「ですから――」
「助けて助けて助けてぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええ!!」
いままで封じ込めてきた願いが、一気に爆発する。
一度堰を切った激流は、収まる事なく流れ続けていく。
「ボクを助けてよ! ボクが悪いのは謝るよ! なんでもするよ!
だから助けて! ボク帰りたいの! 祐一君や名雪さんと一緒に帰りたいの!!」
「ですから――」
「乙女さんを蘇らせて! 大石さんを助けてあげて! 二人に謝らせてぇぇぇぇぇ!!」
「――」
「どうしてボク達にこんなことをさせるの!? なんで人殺しなの!?
みんな生きてるんだよ! ボク達生きてるんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
あゆの叫びも虚しく、声は同じような内容を延々と続けていく。
目からは涙が止まらなかった。見つかる危険すら忘れて、あゆは大声で泣き喚いた。
「申し訳ありまセン。現在は、エリア間の移動と留守電システムのみデス」
「なら、ボクを守ってくれる人の所へ連れてってよ! ボクを治してくれる人の所に連れてって!」
「…………条件確認。輸送――」
「いかせるか人殺しがぁぁぁぁぁぁぁぁぁアアアア!!」
海の家に飛び込んできた声は、そのままあゆの胸に襲い掛かる。
その正体は、ようやく追いついてきたあの男だった。
男は室内であるにも関わらず、金属バットを大きく振りかぶり、そのまま真正面にいたあゆの胸部を叩く。
あゆの胸部から空気が割れるような軽い音が鳴る。
男はそのまま、あゆの上に覆い被さり、片手であゆの首を締め上げる。
「はぁはぁはぁ! あっあっあっ! げぇ、ッかぁ、ががが」
「おげっ、かはっ……こっ」
爪のなくなった男の右手が、あゆの首と同化する様にめりこんでいく。
泣き叫び疲れ果てたあゆは、抵抗することも出来ずに泡を噴き始めていた。
男の手に力が入り、首からは縄が擦れる様な音が漏れる。
(どうして……こうなったのかな)
乙女に助けてもらい、いつかは役に立とうとしていたのに。
国崎を説得して、人殺しを止めてほしかったのに。
楓を説得して、稟って人に会わせたかったのに。
大石の怪我を治して、一緒に頑張りたかったのに。
名雪と出会えて、心の底から喜んだのに。
武のような、リーダーに巡り会えたのに。
圭一を信じて、助けられればよかったのに
美凪のように、強い意志があれば支えられたのに。
「……せいだ」
一人だけ、出会わなければよかったと思う人物がいる。
あの話が本当ならば、こんな事にはならなかったかもしれない。
もちろん、馬鹿正直に信じた自分の行動が悪いのは理解している。
けれども、その影で彼女が笑っていた事を思うと悔しくて仕方が無い。
自分の首と締め上げらる指との間に指を押し込み、少しでも喉が震えるように押し戻す。
「さ、佐藤さんの……せいだ! 佐藤さん、がッ……全部……全部悪いんだ!」
口から血を吐き出しながらも、あゆは呪うように言葉を紡いだ。
一方の男も、その叫びに呼応してか、目を血走らせながら高々に叫ぶ。
「殺されるものか! 俺達は絶対殺されないからなぁ!」
男はあゆを見ていない。今の言葉は、
「――終了。続いて転送路。開きマス」
二人の重なるような怒声は、海の家に響いて消えていった。
◇ ◇ ◇ ◇
稟が目を覚ましたのは、暗い闇の中だった。
(痒い)
何かに揺られているような感覚。
(カユイ)
顔に当たる風が生暖かくて気持ち悪い。
(かゆい)
そう言えば、あの少女はどうしただろう。
(か……ゆい)
と、足元に何かがぶつかる。見れば、先ほどまで追いかけていたあの少女だ。
(かゆ……い)
既に事切れているのか、ピクリとも動かない。
(……ぃ)
その様子を見て、稟は違和感を覚える。
今になって気付いたが、自分はなぜこの少女を追いかけていたのだろうと。
それ以前に、自分は何をしていたのだろうと。
(……ぃ……ぃ)
この島での記憶があまりにも無さ過ぎる。あの金髪の少女はどうしたのか。
水澤摩央はあれからどこにいったのか。あの男女二人組みはいつからあそこにいたのか。
風は生暖かいのに、気温だけがやけに肌寒い。
(……ぃ……ぃ……ィ)
ふと、さっきから誰かが囁きかけている様な気がした。
「誰だ」
問い掛けても、返事は一向にない。だが、確実に何者かの気配がする。
それに、先程から何か穿る様な音が稟のすぐ傍から届く。
しかもその音は、着実に耳に近づいている。頬から、首に伝わり、そして鼻へと。
すると突然、稟の眼前に何者かの指が踊り出る。
「!」
だが、よく見ればそれは自分の指だった。
その指は、まるで別の生き物のように妖しく踊り続ける。
人間の指にしては、ボロボロに崩れて気味が悪い。
指達は、ゆらゆらと蜃気楼のように目の前を揺れていた。
(あれ……そういえば俺の左手は何してるんだ?)
場違いで、自分でも良く解からない疑問を抱きながら、右手の動向を眺める。
右手はゆっくりと稟の右目の眼球に触れながら、指を突き立て、そして――
「あぁ」
呼びかけていたのはなんでもない。自分だったではないか。
歓喜の声をあげて飛び散る蟲達の中、稟は最期を迎えた。
◇ ◇ ◇ ◇
蟹沢が目を覚ました時には、周囲に誰一人いなかった。
目覚めた瞬間、蟹沢は勢いよく立ち上がり稟の姿を確認する。
「な、なんだよコレ」
その目に飛び込んできたのは、辺り一面に撒き散らされた誰かの血だった。
「!」
もしかしたら自分の血かと思い体を点検するが、どこにもそれらしい怪我はなかった。
ただ、乗り物に酔った時の様な不快感が胸の中で渦巻いている。
「お、おーいヘタレー! どこだー?」
もしかしたら、自分を脅かそうと隠れているのかもしれない。
そんなありえない予想を立てながら、蟹沢は目の前の景色を見て見ぬ振りする。
「ボク怒ってないぞー! 大丈夫だから早くでてこーい」
頭では理解しているのに、心がその事実を認められない。
だが、数分程度の間呼びかけて、ようやく目の前の事実から逃れられないことを悟る。
(あの時、へタレがボクに何かしたんだよな)
良く解からないが、あの瞬間自分の意識はどこかに飛んでいった。
「もしかして、アイツ……」
殺し合いに乗ったのかと考えるが、すぐにそれを否定する。
なぜなら、自分が生きているのが何よりの証拠だ。
しかしそれなら、なおさら理由が解からない。どうして稟は自分を眠らせたか。
なにより、この大量の血は『誰』のもので『何』があったのか。
「……んぁ!」
よく見れば、血の跡は遠くへと続いている。
気付いた時には、近くに落ちていたデイパックを全て担いで走り出していた。
ここに無事な自分がいて、大量の血と稟だけがいない。
導きだされた答えは一つ。
(あの馬鹿! また同じ様な事しやがってぇ!)
昨日の夜、金髪の少女に追いかけられた時と同じ事を、稟はやったのだろう。
いや、もしかしたら出会った時点で追いかけられていた可能性もある。
事実なのは、稟が自分を助けるために無茶な行動に出たということ。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおりゃぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!」
血の跡を道標に、蟹沢は全速力で走り出した。
やがて、細々と続いていた血痕が、激しく撒き散らされている場所へと辿り着いた。
もしこの出血が稟のものだった場合、無事である可能性は低い。
「な、何考えてんだボク」
血だるまになって死んだ稟の姿を打ち消すように、大きく首を振る。
と、太陽に反射してキラリと光る何かが、赤い池の中に落ちていた。
近付いてみると、それは瑞穂から預かった投げナイフ……それと。
「うわ、うわぁぁぁぁぁああ!」
寄り添うように誰かの指が丁寧に五本置かれていた。
親指から小指に至るまで、全て付け根から削ぎ落とされている。
しかも、その周囲に爪の様なものが五枚落ちていた。
何があったか想像出来ないくらい、その光景は恐ろし過ぎた。
血の池で浮かんでいる指と爪が、そこだけが不気味過ぎるほど光を反射している。
隣にあった投げナイフが、なぜかこの指が稟のものだと言いたげに輝いていた。
それと、先程までは気付かなかったが、血の池には骨と錯覚するくらい綺麗な白い歯が浮いていた。
嫌な予想がどんどんと膨らんでいく。喉から水分が抜けていくのを止められない。
蟹沢は、焦りの表情のまま走り出した。
あまりにも焦り過ぎて、足を絡ませてしまい転倒してしまう。
それでも、涙を見せずに立ち上がった。
そしてまた、血の跡を辿って走り続けていく。
蟹沢が足をとめたのは、海の家の前だった。
砂浜までは血痕を辿っていたが、そこから先は砂浜になっていて途切れていたのだ。
誰かに見つかる可能性もあったが、それよりも稟が心配で仕方ない。
蟹沢は、大声で稟に呼びかけた。
「おいヘタレ! ボクが来てやったぞ! 返事しろこんチクショウ!」
けれど、返ってくるのは波の音だけで、人の声など一つも返ってこなかった。
気持ちを切り替えて、周囲の捜索を開始する。
あれだけ騒いだ後に、慎重に行動するというのも馬鹿らしい。
蟹沢は、堂々と周囲の小屋を覗いたり砂を蹴り上げた。
そうして、ようやく辿り着いたのが、先に述べた海の家である。
意を決して、入り口から中へと入る。
「海の家へようコソ」
「おわ!」
そこに居たのは望んでいた稟ではなく、悪趣味なロボットだった。
ロボットは、こちらの驚きなど気にする様子もなく、用件だけを告げてきた。
「海の家へようコソ。認識コード照会…………ナンバー50、蟹沢きぬと確認。ご要望をドウゾ」
「んだこらぁ! てめぇはどこの誰だおい」
「私はメカリンリン一号デス。この場所の管理と運営を任されていマス。ご要望をどウゾ」
「よくわかんねーけど。ヘタレどこ行ったかおしえろ」
「申し訳ありまセン。ヘタレに該当する人物が複数いマス。更なる詳細ぷリーズ」
情報を寄越せと言わんばかりに、メカリンリンが腕を突き出す。
もともとヘタレという単語で質問した蟹沢が悪いのだが、本人はそれに気付いていない。
「んだよ使えねーな。他になんか無いのかよ」
「現在は、エリア間の移動と留守電システムのみデス」
「留守電? なんだそれ聞けんのか?」
「再生しますか?」
「おう。聞かせてみろや」
蟹沢の答えに、メカリンリンからテープを巻き取るような音が響く。
そして、体からスピーカーらしきものが飛び出すと、予告も無しに再生を始めた。
『メッセージは二件デス』
「ピー……さ、佐藤さんの……せいだ! 佐藤さん、がッ……全部……全部悪いんだ!」
「ッ!!」
「ピー……殺されるものか! 俺達は絶対殺されないからなぁ!」
『再生を終了しマス』
「土見……」
一件目が誰かは解からないが、佐藤という苗字には心当たりがある。
それよりも、二件目の声だ。前とは少し違うが、稟であることは間違いない。
ならば、今の留守電の叫びはどういう意味か。
「おい! 今の留守電って何時頃のやつだ!?」
「おおよそ2時間ほど前にナリマス」
「2時間……」
あれだけ切羽詰った声。それに、ここに来るまでに残っていた血痕。
おそらく、稟は何者かと戦っていたのだろう。
けれど、決して相手を傷つけることは出来なかった。
少ししか一緒に居なかったが良く解かる。あの男は、根本的な部分はレオと同じタイプだ。
けれど、この島で生きていくにはそれは優しすぎる。
いや、優しくて良かったのかもしれない。彼らに人殺しは荷が重過ぎる。
けれども、この島には殺し合いに乗った人間が居る。そいつらは、我が物顔でのさばっているのだ。
おぼろげながら、蟹沢は自分のすべきことが見え始めてきた。
自分はもともと守ってもらうような柄ではない。むしろ攻める側。
レオや稟は渋い顔をするだろう。それも覚悟の上だ。
絶対に容赦はしない。汚れ仕事は自分が全て片付けてやろう。
「ポンコツ! ボクを送れ! 場所はヘタレ男の居る場所な!」
「条件確認しま――」
「まてまてポンコツ! 留守電ってボクも出来るのか?」
「大丈夫デスよ。録音しまスカ?」
「おう! ん、ちょっと待っちくり」
デイパックの中から、さっき偶然見つけた一つの道具を取り出す。
それは、あの夜自分を救った稟の支給品。
『あーあー。よし、おらよガガピーおめぇよガガビーせに何か悪いことしてんのか~! 本当ならボク怒るぞ~!』
まずは良美に忠告するつもりだったが、拡声器とメカリンリンが近すぎたためか、途中変なノイズが入る。
「録音終了しまシタ。それでは転送しマス」
「あ、まてまて! もう一件あるんじゃボケぇ! むしろこっちが本命なんだよ!」
「了解しまシタ。どウゾ」
メカリンリンの合図に、蟹沢は深く深呼吸する。念のため、距離も少し開けた。
今からするのは、留守電を利用した、拡声器を使っての宣戦布告。
あの時の……土見稟が叫んだ宣戦布告を一言ずつ思い出す。
『ボクは、ボクや土見のように大切な人を失ってなく奴を、これ以上ださねぇ!
だからボクは何があろうが絶対死なない! そういう奴を絶対に死なせないぞゴラァ!』
けれど、最後の誓いだけは違える。
彼が目指すモノとは違うかもしれない。けれども、その旅路の果てにはまた巡り逢える。
『生きて生きて生きて生き抜いて、このふざけたゲームをぶっ潰す!!
止められるなら止めてみやがれやこのダボがぁっ!! まとめて相手にすんぞオラァ!』
叫び終わると同時に、蟹沢の体は蜃気楼のように揺らいで、闇の中へと消えていく。
その横顔は、今度こそ本当に泣いてなどいなかった。
&COLOR(red){【土見稟@SHUFFLE! ON THE STAGE 死亡】}
【H-7 海の家地下/1日目 夕方】
【蟹沢きぬ@つよきす-Mighty Heart-】
【装備:拡声器】
【所持品:竜鳴館の血濡れのセーラー服@つよきす-Mighty Heart-、地図、時計、コンパス
支給品一式x3、投げナイフ一本、ハクオロの鉄扇@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄、
麻酔薬入り注射器×2 H173入り注射器×2、炭酸飲料水、食料品沢山(刺激物多し)】
【状態:強い決意、両肘と両膝に擦り傷、左手指先に切り傷、数箇所ほど蜂に刺された形跡、首に麻酔の跡、疲労大】
【思考・行動】
基本:稟と同じ様にゲームに乗らない人間を助ける。ただし乗っている相手はぶっ潰す。
1:待ってろよ土見!
2:稟と合流後、博物館へ急ぐ(宮小路瑞穂達と合流)
3:2が不可能だった場合、単独行動でマーダーを探し倒す
3:ゲームをぶっ潰す
4:よっぴーに不信感
【備考】
※仲間の死を乗り越えました
※アセリアに対する警戒は小さくなっています
※稟が死んでいる可能性も覚悟しています
※宣戦布告は「佐藤」ではなく「よっぴー」と叫びました。
※誰の留守番電話がどこ(何ヶ所)に転送されたかは、後続の書き手さんにお任せします。
※蟹沢の移動先は『へタレの男がいる場所』の正反対の場所です。
『海の家の屋台って微妙なもの多いよね~』
海の家には完全自動のロボ・メカリンリン一号が配置されています。
彼女は島内の地下を通っている地下トロッコ道の管理を任されており「望んだ条件と正反対のエリア」へのルートを開放します。
トロッコで移動している際は禁止エリアによる制限は受けません。
第二回放送後、新たに『留守番電話サービス』が開始されました。
留守番電話は、海の家でのみ録音可能で、地図に明記された建物のうち、電話が設置された場所にランダムで転送されます。
また、メカリンリンの居る海の家では、今までの留守番電話がすべて聞く事が出来ます。
現在留守電に録音されているメッセージは四件です。
「さ、佐藤さんの……せいだ! 佐藤さん、がッ……全部……全部悪いんだ!」(一日目 午後)
「殺されるものか! 俺達は絶対殺されないからなぁ!」(一日目 午後)
「あーあー。よし、おらよガガピーおめぇよガガビーせに何か悪いことしてんのか~! 本当ならボク怒るぞ~!」(一日目 夕方)
「ボクは、ボクや土見のように大切な人を失ってなく奴を、これ以上ださねぇ!
だからボクは何があろうが絶対死なない! そういう奴を絶対に死なせないぞゴラァ!
生きて生きて生きて生き抜いて、このふざけたゲームをぶっ潰す!!
止められるなら止めてみやがれやこのダボがぁっ!! まとめて相手にすんぞオラァ!」(一日目 夕方)
【H-7 海の家地下/1日目 夕方】
【月宮あゆ@Kanon】
【装備:土見稟(死体)】
【所持品:支給品一式】
【状態:気絶中、瀕死(背中から出血中)、絶望、痛覚の神経が不能、五感が働かない、喉に紫の痣(声が出せない)、ひたいに割れ目、
左肩に深い抉り傷(骨が剥き出し)、右腕破裂、右足に銃傷(腫れ上がっています)、背骨骨折、骨盤に大きなヒビ
肋骨複雑骨折、膵臓出血、肺に傷、その他内臓に内出血の恐れ、左肩に打撲、右足首に打撲、背中を無数に殴打】
【思考・行動】
0:気絶中。
1:死にたくない
2:誰か助けて
3:ごめんなさい
【備考】
※目的地に到着した時には、すでに死亡している可能性もあります。
※悲劇のきっかけが佐藤良美だと思い込んでいます
※古手梨花・赤坂衛の情報を得ました(名前のみ)
※ハクオロという人物を警戒(詳細は聞いていない)
※千影の姉妹の情報を得ました(名前のみ)
※名雪の第三回放送の時に神社に居るようようにするの情報を得ました
(禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化)
※あゆの支給品は武のデイパックに入っています。
※『月宮あゆ』と『土見稟の死体』は、以下の願望と『正反対』の条件が当てはまる場所に運ばれています。
「今の月宮あゆを保護してる。または治癒してくれる人が居るところ」
【土見稟(死体)の状態】
顔面は削られて、知人でないと判別がつきません。
歯はボロボロになっており、口の中はザクロのような状態です。
左指切断、右指の爪が全て剥がれています。
喉に掻き毟った痕。体中の皮膚がめくれています。
左腕の肘から手首までの肉が半分ありません。
頭のてっぺんからつま先まで、自分の血で染まっています。
※投げナイフは【G-5】の南部。住宅街外れの血溜りの中にあります。
※稟の左指と右爪は【G-5】の南部。住宅街外れの血だまりの中にあります。
※血染めの金属バットは『月宮あゆ』の乗っているトロッコに入っています。
※海の家の中は、かなりの血が飛び散っています。
|135:[[青空に羽ばたく鳥の詩]]|投下順に読む|137:[[童貞男と来訪者達]]|
|137:[[童貞男と来訪者達]]|時系列順に読む|138:[[Hunting Field(前編)]]|
|128:[[残酷な罰が降り注ぐ]]|&color(red){土見稟}||
|128:[[残酷な罰が降り注ぐ]]|蟹沢きぬ|142:[[カニとクラゲと暫定ヘタレの出会い]]|
|128:[[残酷な罰が降り注ぐ]]|月宮あゆ|143:[[血みどろ天使と金色夜叉]]|
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