「憎しみの環の中で」(2007/08/17 (金) 00:51:55) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
**憎しみの環の中 ◆guAWf4RW62
全身を優しく包み込む、柔らかく暖かい感触。
瞼に染み込む光が視覚神経を刺激し、ゆっくりと意識を引き戻される。
目を開いたトウカが最初に見たのは、少し古ぼけた木製の天井だった。
掛けられていた布団を押しのけて、未だ疲労感の残る上半身を起こす。
首を回して辺りを眺め見ると、周囲四方は壁で囲まれていた。
それでトウカはようやく、今自分は建物の中におり、先程までベッドで眠っていたのだと理解した。
「…………此処は一体? 某は何故このような所にいるのだ?」
トウカが疑問の声を上げるのも、至極当然の事だろう。
自分は神社で謎の襲撃者に襲われてしまい、必死になって逃走していた筈なのだ。
だというのに、気付いたら見知らぬ場所で眠っていた。
逃亡中に意識を失ったのだろうという事は推測出来るが、こんな場所に辿り着いた覚えは無い。
理解し得ぬ現状に困惑している最中、突如横から聞き覚えの無い声がした。
「……やっと起きたみたいだな」
「――――!?」
半ば反射的に声のした方へ振り向くと、見知らぬ少女が部屋の片隅に座り込んでいた。
特徴的な銀髪、包帯で覆われた右肩、左腕に握り締められた黒い拳銃――そして、血塗れの制服。
包帯にこびり付いた血が、少女の全身を彩る紅が、否応無しにあの芙蓉楓を連想させる。
この少女も楓と同じく殺し合いに乗っているのでは無いかと、そんな疑念が沸き上がってくる。
「ク――――」
すぐさまトウカは腰に手を伸ばしたが、いつものような硬い感触は返ってこない。
つまり腰に掛けていた筈の剣は、何時の間にか奪い取られてしまったのだ。
その事実に気付いた直後、見知らぬ少女が銃を握り締めたまま語り掛けてくる。
「ああ、武器なら眠ってる間に預からせて貰ったぞ。こんな殺し合いの最中なんだ、当然だろう?」
「おのれ、卑怯な……!」
トウカは苦々しげに表情を歪めたが、状況を打開し得るような策は何も思いつかなかった。
どう考えても絶体絶命だ。
相手は肩を負傷しているようだが、こちらとしても得物が無くては満足な反撃も出来ぬ。
それに何より、ベッドに座り込んでいる今の体勢では、銃撃から逃れようが無い。
少女――坂上智代の鋭い視線が、焦りの様子を隠し切れぬトウカへと突き刺さる。
「一つ質問がある。お前は殺し合いに乗っているのか?」
「な――――莫迦な事をっ! 某は誇り高きエヴェンクルガ! 某が無差別に人を襲うなど、絶対に有り得ぬ事だ」
「……それは本当か? 」
「ああ、無論だ」
答えるトウカの瞳は一切の曇りが無い、何処までも純粋で透き通ったものだった。
智代の直感が報せる――この女の言葉は、紛れも無く真実であると。
智代は幾分か警戒を緩め、軽く頭を下げた。
尤も、万が一という事態も考えられる為、その手はまだ銃を握ったままであったが。
「そうか。疑って悪かったな……私は坂上智代という者だ。殺し合いには乗っていない」
「某はエヴェンクルガ族のトウカ。智代殿、何故このような事になっているのか聞かせてくれぬか?」
双方共に殺人遊戯を否定しているのならば、此処で戦う意味など無いだろう。
智代に合わせるようにして、トウカもまた臨戦態勢を解いていた。
そして、智代は事の経緯を簡潔に説明した。
「……成る程。では智代殿は気絶していた某を見つけ、此処で介抱してくれたのだな?」
「そうなるな。すぐ近くに山小屋があって幸いだったぞ」
「かたじけない。智代殿は命の恩人だ――この恩、いずれ必ず返させて頂こう」
すくっと立ち上がり、仰々しくお辞儀をするトウカ。
だが智代はまるで気にしていないといった風に、軽く左手を振った。
「何、礼には及ばないさ。私も右肩の治療をしなければいけなかったし、そのついでだ」
それよりも、と智代が続ける。
「トウカさん……だったか。第二回放送の内容を聞いておかなくて良いのか?
トウカさんは放送があった時、まだ眠っていただろう」
「ハッ……そうであった!」
トウカは大きく口を開け、しまったという表情を浮かべる。
この殺し合いに於いて情報の有無は生死に直結するのだから、放送の内容は絶対に把握しておかねばならない事だ。
トウカが頷くのを確認してから、智代は放送の内容を語り始めた。
語られたのは新たに追加された禁止エリア、全てを見下した鷹野の嘲笑。
そして――
「ア、アルルゥ殿が……?」
新たなる死亡者達の情報を知り、トウカの喉奥から掠れた声が絞り出される。
アルルゥが死んでしまったと云う事実は、トウカに大きな衝撃を与えていた。
「アルルゥ殿が……死んだ……」
カルラやエルルゥの時とは、決定的に違う。
自分は一度アルルゥを保護したにも関わらず、眠っている間に見失ってしまった。
アルルゥは――妹のような少女は、間違いなく自分の不始末が原因で死んだのだ。
「某の所為で……某が至らぬ所為で……アルルゥ殿が……っ」
トウカはがっくりと項垂れて、震える目蓋を力無く閉じた。
思い出の数々が、アルルゥと一緒に紡いだ記憶が、次々と頭の中に浮かんでくる。
形容し難い程の後悔と、度し難い自責の念が膨れ上がってゆく。
こんな時、エヴェンクルガ族の責任の取り方は一つ。
自刃だ。
自ら命を断つ事で、少しでも罪を償うのだ。
この島に来る前のトウカならば、迷わずそうしただろう。
だが――かつてハクオロは言った。
『罪の意識を感じるのなら、死んで償うより生きて償うべきだ』
――オボロは言った。
『頼む……お前が兄者達を……ユズハを……。そして、千影と……その姉妹達を……守ってやってくれ……!』
――ネリネは吐き捨てた。
『本当に愚かな男でしたね。これではこんな所で野垂れ死ぬのも当然です』
……死ねない。
安易な死を選び、罪の意識から逃げる事など許される筈も無い。
自分が死んだ所でアルルゥは生き返らないし、誰も救われたりしないだろう。
どれだけ罪の意識に苛まれようとも、自分は生きてオボロとの約束を果たさなければならない。
まだ生きている仲間達を、一人でも多く守り抜く事こそが贖罪に繋がるのだ。
怨敵であるネリネを討ち倒してこそ、オボロの死に報いる事が出来るのだ。
(アルルゥ殿……聖上……真に申し訳ございませぬ。ですが某に課された役目だけは、必ずや果たしてみせます……!)
心の中でそう誓いを立て、トウカは顔を上げた。
胸の内に秘めたるは、揺ぎ無い決意と戦友に託されし想い。
その瞳には深い哀しみの色と――これまで以上の、とても強い意志の光が宿っていた。
「……落ち着いたみたいだな。じゃあ、これを受け取ってくれ――預かっていた荷物だ」
トウカの動揺が収まるのを待っていたかのようなタイミングで、智代が鞄を差し出してくる。
鞄を受け取ると、その中には西洋剣や永遠神剣第七位『存在』が入れてあった。
「次はこちらが質問したいんだが、良いか?」
「勿論。某が知る範囲であれば幾らでも答えよう」
「トウカさんが気絶する前、何があったか教えてくれ。多分誰かに襲われたんだろう?
それ以外にも殺し合いに乗っている奴について知っていたら、全部教えて欲しい」
智代からすればこの質問こそが、一番重要なものであった。
まさか独りでに気絶するという事はないだろうから、トウカが何者かに襲われたのは確実。
そして復讐鬼と化した智代は、そういった襲撃者に関する情報を何よりも必要としているのだ。
「では順を追って説明しよう。某が一度目に襲撃されたのは、蟹沢きぬという娘に……」
「ああ、その事についてなら知っている。蟹沢きぬらしき奴に襲われたんだろう?」
「いかにも。レオ殿は有り得ないと言っておられたが、あの声は紛れも無く蟹沢きぬのものだ」
……それで間違いない筈だった。
エヴェンクルガ族はただ武術に秀でているだけでは無く、身体能力そのものも凄まじい。
この島に来てから体調が優れぬとはいえ、常人に倍する視聴覚能力を備えているのだから、聞き間違えたりはしないだろう。
だがトウカの言葉を否定するように、智代が一つの推論を口にした。
「そうとも限らないぞ……『声色』を真似ている奴がいる可能性もある」
「真似……でござるか?」
「そうだ。私は『対馬レオの声色』を真似た罠に嵌められたんだ」
そして智代は語り出す。
ボイスレコーダーを用いた狡猾な罠について。
用意周到に張り巡らされた罠によって、相棒であった霧夜エリカが殺されてしまった事について。
そして自分が犯してしまった取り返しのつかぬ失敗について、深い憎しみの籠もった声で語っていった。
「くっ……なんと卑劣な! 人の命を弄ぶその行為、タカノとなんら変わらぬではないか!」
話を聞き終えたトウカが、怒りのままにベッドを殴りつける。
自分がこれまで戦ってきた相手――ネリネや芙蓉楓は堂々と正面から挑んできた。
倒すべき敵ではあるものの、少なくとも彼女達は自らの手を汚して戦っていた。
だが声真似による罠を仕掛けた人物は違う。
無実の少年少女達を利用し、自身は戦わずして殺し合いを加速させたのだ。
「ああ、本当に卑怯なやり方だ……。トウカさんも、『声色』を真似た罠には気をつけた方が良いぞ」
「あい分かった……そのような悪漢の思い通りにさせる訳にはいかぬ。某も万全の注意を払おう」
「うん。では、殺人鬼に関する話の続きを聞かせてくれ」
智代に促され、トウカは神社で行った死闘の顛末を語り始めた。
殺し合いに乗っていた芙蓉楓は何とか倒したものの、戦友のオボロが犠牲になってしまい、同行者だった千影とも離れ離れになってしまった。
また頑強な意思の力を秘めたネリネや、強烈な重火器で武装している黒髪の少女は未だ健在であり、今後脅威となってくるだろう。
トウカが再戦に備え気を引き締めている最中、確認するように智代が問い掛けてくる。
「じゃあ神社の付近は今も危険かも知れないんだな?」
「左様でござる。某達の状態はとても万全とは言えぬ故、暫くは近付かぬが無難であろう」
トウカの言葉は正しい。
智代は右肩を負傷しているし、出血の影響か顔色も優れない。
トウカ自身も未だ疲労が抜けきっておらず、身体の節々に打撲跡も残っている。
そのような状態で激戦地帯に飛び込むのは、自殺行為であると言わざるを得ないだろう。
だがそんな現実を前にしているにも関わらず、智代は何の迷いも無く言い放った。
「いや、私は神社に向かう事にする。殺人鬼共が未だ居るかも知れないし、一気に殲滅する好機だ」
「なっ――無茶だ! 智代殿は肩を負傷しているではないか!」
「もう止血処置は済ませてあるし問題無いさ。まだ銃に弾は残っている……まだ戦える。
トウカさんとは此処でお別れだ」
智代はそう言い残すと、くるりと踵を返して歩き出した。
木製の扉を押し開けて、FNブローニングM1910片手に山小屋を発つ。
トウカはベッドに座り込んだまま硬直していたが、すぐに慌てて立ち上がった。
「智代殿、待たれよっ! 早まった真似は止すのだ!」
身体はまだまだ休息を欲しているが、この状況で暢気に休んでいられる筈も無い。
大急ぎで山小屋を飛び出し、智代の背中へと声を投げ掛けるトウカ。
そんなトウカに向けられたのは――
「……智代……殿?」
「頼むから邪魔をしないでくれ。じゃないと私は、トウカさんを撃たないといけなくなる」
俄かには信じ難い現実に、トウカの目が大きく見開かれる。
殺し合いに乗っていない筈の智代が、FNブローニングM1910の冷たい銃口を向けてきていたのだ。
冷たい山風が木々を揺らし、トウカの身体に吹き付ける。
「……一体どういう事でござるか?」
「私は殺人鬼共を許さない……絶対にだ。どんな代償を支払ってでも、皆殺しにしてみせる。
その邪魔をするというのなら、誰が相手でも容赦しない」
語る智代の形相は、正しく阿修羅と呼ぶに相応しいものだった。
眉は大きく吊り上がり、瞳は深い憎しみの色に染まり切っている。
全身から放たれる殺気は、数多の戦場を潜り抜けたトウカですらも圧倒される程だ。
尋常で無い智代の様子を受け、トウカが静かに問い掛ける。
「お主は戦慣れしているようには見えぬ。何がお主をそこまで駆り立てるのだ?」
「…………」
「エリカ殿か? エリカ殿が殺された所為で、お主は憎しみに囚われてしまったのか?」
エリカが殺された話をしている時、智代は憎しみを隠し切れぬ様子だった。
罠に嵌められた智代が、それを理由に復讐に走るのは十分考えられる事。
そう判断したトウカだったが、智代はゆっくりと首を横に振った。
「確かにあの出来事が発端だったが、それだけじゃない。さっきの放送で呼ばれた中に……あったんだ」
「……あったとは?」
「私の好きだった人の名前が、あったんだ」
「――――――!!」
トウカには知る由も無い事だが――第二回定時放送で、智代の想い人である岡崎朋也が呼ばれたのだ。
ただでさえ阿修羅と化しかけていた少女に、伝えられた凶報。
それは智代を暗い闇の底に突き落とし、完全なる阿修羅へと変貌させてしまうものだった。
智代は落ち着いた口調で、しかし明確な怒りの籠もった声で告げる。
「殺し合いに乗った輩がいるから、朋也は殺されてしまったんだ。そしてトウカさんを襲った連中のどちらかが、その犯人かも知れない。
だから私は今すぐ神社に行かなければいけないんだ。もう一度だけ言う――私の邪魔をするな」
それは紛れも無い最後通牒だった。
断れば、膨れ上がった殺意がトウカへと降り注ぐだろう。
殺し合いに乗ってない者同士で戦うなど、余りにも愚かな行為。
だというのに――トウカは揺るぎ無い視線を送り返した。
「断る。智代殿は命の恩人。恩人が殺されに行くのを黙って見過ごすなど、某には出来ぬ。
憎しみに囚われているというのなら、解放して差し上げねばならぬ」
「その結果、私と戦う事になってもか?」
「当然、それも覚悟の上でござる」
「そうか……なら、これ以上の会話は時間の無駄だな」
お互いに一歩も引かず、臨戦態勢へと移行する。
トウカは鞘に収めた西洋剣を腰に携え、智代は無事な左腕でFNブローニングM1910を握り締める。
十メートル程の距離を置いて睨み合ったまま、一瞬にも永遠にも思える時が流れた。
そして先手を打ったのは、智代の方だった。
トウカはFNブローニングM1910の銃口のみに注意を払っていたが、それは判断ミスだ。
「――――何っ!?」
トウカが驚愕に声を洩らす。
智代は拳銃を用いようとせず、真っ直ぐにこちらへと突っ込んできたのだ。
相手の武器は拳銃なのだから、遠距離射撃を中心に攻めてくると考えるのが普通だ。
しかしこと智代に限っては、そのような常識など適用されない。
秀でた身体能力を活かした肉弾戦こそが、智代の得意分野であり真骨頂。
虚を突かれたトウカの懷に、銀髪の阿修羅が潜り込む――!
「くぅぅぅっ!」
トウカが上体を後ろに反らすとほぼ同時、頭上の空間を凄まじい上段蹴りが切り裂いた。
耳に届く轟音が、今の蹴撃の威力を如実に物語っていた。
予想外の一撃に動揺を隠し切れぬトウカだったが、ともかく回避には成功した。
そして智代の蹴り足は未だ宙に上がったままで、大きな隙を晒している。
「フッ――――」
大振りの隙をモノにすべく、トウカは素早く腕を伸ばす。
狙いは智代の蹴り足を掴み取っての間接技だ。
上手く決まれば、智代を傷付けずに制止する事が出来る。
だがトウカの手が目標に届く寸前、智代の蹴り足がぴくりと揺れた。
咄嗟の判断で、トウカは両腕を顔面の防御へと回す。
次の瞬間、両腕に奔る衝撃。
「がっ…………!」
智代は蹴り足を引き戻さぬまま、最小限の動作で第二の蹴撃を放っていた。
トウカの反応が後一秒遅れていれば、雷光のような一撃が急所に決まっていただろう。
そして、智代の攻撃が二発程度で終わる筈も無い。
「せやあああああっ!!」
「ッ――グ、この……」
智代は矢継ぎ早に、嵐のような蹴撃を繰り出してゆく。
速度を重視した連撃である為に威力こそ低いが、トウカに反撃する猶予は与えられない。
一方的に攻め立てる智代と、それを懸命に防ぐトウカという構図が続く。
(く……どうすれば良いのだ!?)
トウカは焦りを隠せぬ面持ちで、迫る蹴撃を凌いでいた。
智代の実力は予想を大きく上回るものだった。
これでは間接技で制止するなど、ほぼ不可能だろう。
剣を用いれば倒す事は可能だが、それでは大怪我を負わせてしまうかも知れない。
どうすれば良い?
どうすれば――
良い打開策が見当たらず、激しい焦燥感に駆られるトウカ。
その焦りが決定的な隙を招く原因となる。
それまで上段蹴りを主軸としていた智代が、何の前触れも無く腰を落とした。
「そこだっ!」
「しま――――!?」
上半身の防御に集中していたトウカは、突然の智代の行動に対応し切れない。
智代の鋭い足払いが突き刺さり、トウカは後方に転倒しそうになる。
そうなる事を予測していた智代は、満を持してFNブローニングM1910の銃口を持ち上げる。
先程までのラッシュも、全てはこの瞬間の為。
銃の扱いに熟達していない自分でもモノに出来る程の、絶対的な好機を生み出す為なのだ。
「く――――まだだっ!!」
だがトウカとて拳銃の危険性は熟知しているのだから、そのまま撃ち抜かれたりはしない。
本来回避不可能な筈の体勢から、全身のバネを活かして動力を生み出す。
後方に倒れ込む勢いを後押しするように、強く地面を蹴り飛ばし、バック転の要領でその場を飛び退く。
放たれた銃弾は、誰も居なくなった空間を虚しく切り裂くにとどまった。
必殺の筈の銃撃を回避され、智代は歯軋りしながらトウカを睨み付ける。
「……よく躱したな。今のは殺すつもりで撃ったんだがな」
威圧するような、低く重苦しい声。
だがそれは同時に、何処か愉しげな音響も含んでいた――まるで強敵と出会えた事を喜んでいるかのように。
それを逃さず見て取ったトウカが、心の中に湧き上がった疑問を口にする。
「智代殿……お主は手段と目的を履き違えているのではないか?」
「……何だと?」
ぴくりと智代の眉が動き、訝しむような表情となるが、構わずトウカは言葉を続ける。
「傷付いた体で無理をして、犬死にするのがお主の目的か? 倒すべき敵以外にも銃を向けるのが、お主の目的か?」
「……何が言いたいのか分からないな」
トウカが何を言わんとしているか、まるで理解出来ていない智代。
元より回りくどい言い回しが得意でないトウカは、自身の確信をそのまま告げる。
「結論を言おう――今のお主は、『戦う事』そのものを目的としてしまっている。
大切な者を奪った悪漢共が憎くて! 救えなかった自分自身が憎くて! 悪戯に憎しみを発散しようとしているだけだ!」
「――――――ッッ!!!」
初めて智代の顔に、明らかな動揺の色が浮かび上がった。
トウカの言葉通り、今の智代には戦いそのものを求めている部分があったのだ。
ツルハシの狂人――鳴海孝之――と戦っている時に感じた高揚感が、それを証明している。
多少の差異はあるものの、自分もまた殺し合いに乗ってしまっていたのだ。
考えてみれば、制止を振り切ってまで神社に向かおうとするのが、そもそもの間違いだ。
今の身体、今の装備で死地に飛び込んでも、生還が望めぬのはほぼ確実。
死んでしまっては目的を果たせぬというのに、敵討ちを言い訳として憎しみのままに動くのは、ただの自己満足に過ぎぬ。
智代がその事実を正しく認識した瞬間、トウカの足元が爆ぜた。
トウカは凄まじい勢いで前方へと疾駆する。
一瞬で零距離にまで詰め寄り、智代の顔面に照準を定めて、鋭い正拳突きを放つ。
智代は刹那のタイミングで横に跳ねて、その一撃を空転させた。
だがすぐさまトウカは、下がる智代に追い縋る。
「ハアアアアアアァァァッッ!!」
雄叫びを上げながら、次々と拳を繰り出してゆくトウカ。
剣による戦いこそがトウカの本分であるが、武に生きるエヴェンクルガ族は、徒手空拳での戦い方も一通り身に付けている。
放たれる拳の一撃一撃が、強烈な威力と驚嘆すべき速度を兼ね備えている。
展開されるのは、先程までとは全く逆の構図。
怒涛のラッシュを受けた智代は、ただひたすらに防御を強いられる。
左腕一本で耐え凌いでいる姿は見事と言う他無いが、いかんせん限界というものは存在する。
拳打の衝撃を受け続けてきた左腕が、次第に痺れ始めてくる。
このまま受けに回り続けていれば、確実に敗れてしまうだろう。
多少被弾してでも反撃せねばならぬと判断し、智代は己が足を奔らせる。
「………………っ!」
結果は相打ち。
トウカの拳は、智代の左胸の辺りを。
智代の右膝は、トウカの腹部を正確に打ち抜いていた。
そして相打ちならば、元より重傷を負っている智代の方が被害は大きい。
胸部を痛打され、たたらを踏んで後退してゆく智代。
トウカは一気に勝負を決すべく、一足で智代の懐へと潜り込む。
続いて腰の西洋剣へと手を伸ばし――すぐにそれを中断する。
此処でのトウカの目的は、あくまで智代の制止であって、殺す事では無いのだ。
剣を用いてしまえば、些細な間違いから取り返しのつかない事態になりかねない。
だからこそ素手による拳打を放とうとしたのだが――
その寸前、智代の冷たい視線がトウカを射抜いた。
「――――吹き飛べ」
一瞬の躊躇は、智代に体勢を整える時間を与えてしまった。
トウカの拳が命中するよりも早く、智代の身体がくるりと半回転する。
次の瞬間智代の回し蹴りが、トウカの胸を蹴り飛ばしていた。
これまで多用していた速度重視の連撃とはまるで違う、正真正銘渾身の一撃。
「ぐっ――――――!」
大きく弾き飛ばされ、トウカは背中から地面に落ちた。
胸に衝撃を受けた所為で満足に呼吸出来ず、思わず咳き込んでしまいそうになる。
それでも敵は拳銃を持っているのだから、倒れている暇などあろう筈も無い。
膝に手を付き、何とか体を奮い立たせる。
そんなトウカの視界に映ったのは、冷ややかな視線を送ってくる智代の姿だった。
「トウカさん……貴女の言い分は正しいかも知れない。だが、それはどういう事だ?」
そう言って智代が指差したのは、鞘に収められたままの――未だ一度も振るわれていない西洋剣だった。
「トウカさんは私を諭したいらしいが、さっきからずっと手加減しているじゃないか。
だが生温いやり方で止められる程、私の決意は脆くないぞ。
私にとってエリカや朋也の死は……そんなに軽いものじゃないんだ!」
それが包み隠さぬ智代の本心だった。
自身の内に巣食う狂気を認識したものの、殺人鬼達に対する怒りが消えた訳では無い。
死んでしまったエリカや朋也の分まで、命を賭して戦い続けようという決意が揺らいだ訳では無いのだ。
それなのに手心を加えられてしまっては、自身の決意を軽視されているようにしか思えない。
未だ手加減されているという事実が、智代にとっては堪らなく不快だった。
トウカは暫しの間呆然としていたが、やがて凛とした面持ちとなった。
「そうだな――失礼した。全力には全力を以って答えるのが、礼儀でござるな」
仲間の死によって決意を固めたのは、トウカも同じ。
自分だってその決意を軽んじられれば、確実に激昂するだろう。
だからこそトウカは、もう躊躇わずに腰の西洋剣へと手を添えた。
それを見た智代は、満足げにFNブローニングM1910を構え直した。
二人共、薄々は気付いている筈だ。
トウカの目的――智代の制止は既に成し遂げられている。
自身が暴走していたと自覚した智代は、もう勝ち目の見出せぬまま死地へ飛び込んだりはしないだろう。
だというのに何故戦いを続けようとするのか。
それはきっと智代もトウカも、どうしようもない位に不器用だからだ。
両方共が不器用過ぎる所為で、全力で衝突せねば分かり合えないのだ。
「エヴェンクルガのトウカ――参るッ!!」
「ああ、来いっ!!」
走り寄るはエヴェンクルガ族の武人、迎え撃つは復讐者。
間合いに入ったトウカの即頭部目掛けて、智代の鋭い上段蹴りが放たれる。
トウカは一瞬の判断で左腕を上げ、迫る一撃を受け止めようとする。
だがそれは智代の目論見通り。
渾身の蹴撃であるように『見せかけて』、トウカに防御を強要させる事こそが、智代の狙い――!
「…………っ!?」
予想外の光景にトウカが困惑する。
先の蹴撃はフェイントに過ぎぬ。
智代は攻撃を途中で止め、すぐさま蹴り足を引き戻した。
両足を大地にしっかりと付け、万全の体勢でFNブローニングM1910の照準を合わせる。
狙いはトウカの左肩――その部位ならば命を奪う事無く、無力化出来る筈だった。
虚を突かれたトウカの動きは止まっている。
(…………勝った!)
智代は勝利を確信しながら、引き金に指をかける。
だが次の瞬間――閃光が奔った。
「な――――」
甲高い金属音の後、FNブローニングM1910の銃身が宙を舞う。
眼前には、初めて剣を抜き放ったトウカの姿。
その剣速、正しく彗星の如し。
最速を誇る居合い切りが、智代の銃撃よりも早く放たれて、拳銃を弾き飛ばしたのだ。
FNブローニングM1910が、数メートル程離れた地面に落ちていった。
残ったのは未だ西洋剣を携えているトウカと、得物を失った智代のみ。
熟達した剣士と徒手空拳の怪我人が戦った所で、結果は分かり切っている。
ここに、勝負は決した。
「……参ったな。ツルハシの殺人鬼は倒せなかったし、トウカさんには負けてしまうし、これじゃ格好がつかないぞ」
困ったような口調で、溜息混じりに呟く智代。
だが自身の内に蓄積していた鬱憤を、全力勝負という形で発散出来たお陰だろうか。
言葉とは裏腹に、智代の顔は何処か晴れ晴れとしていた。
「否……智代殿は強い。肩の怪我さえ無ければ、敗れていたのは某かも知れぬ」
そう言いながらトウカは、西洋剣を鞘へと仕舞いこんだ。
その頬には冷たい汗が浮かび上がっている。
勝負は何とか制したものの、何度も危ない橋を渡らなければならない程に追い詰められた。
智代の体調が万全ならば、結果が逆になっていても可笑しくは無かった。
「とにかく負けたのは私だし、怪我をしているという事実も変わらない。
トウカさんの言い分に従って、無謀な真似は出来るだけ避けるようにするよ」
「智代殿、それならば別々に動く意味も無いであろう。もし良ければ某と一緒に……」
「――悪いがそれは断る」
「む……?」
素直に負けを認め、譲歩の姿勢を見せた智代だったが、トウカの申し出はぴしゃりと撥ね付けられる。
疑問の視線を向けるトウカに対し、智代は言葉を続けてゆく。
「私は行動方針を変えるつもりは無い。この殺し合いを止める為にも、死んだ朋也やエリカの為にも、悪鬼達を倒さなければいけないんだ。
傍にトウカさんのような甘い人が居たら、目標の達成に支障をきたすかも知れない」
いざ戦闘となってしまった時、単騎よりも複数で戦った方が有利ではある。
もう少し体調が回復するまでは、トウカと共に動いた方が安全ではあるかも知れない。
しかし智代の視点に立ってみれば、いかんせんトウカは冷酷さが足りないように見えるのだ。
先程も最後の唯一度しか剣を抜こうとしなかった。
そのような事ではいくら優れた実力を持っていようとも、敵にトドメを刺す際に妨げとなるのは明白だ。
この島で敵に情けを掛ける事は即、命取りとなる。
だがトウカは、智代の不安を吹き飛ばすかのような澄んだ声で告げる。
「心配無用――先程はお主が悪人で無い故、命を奪わなかっただけの事。
殺し合いに乗った悪漢が相手ならば、容赦などせぬ」
真っ直ぐに智代を射抜く視線は、寒気を催す程に鋭い。
トウカの双眸には、幾多もの戦場を潜り抜けた者だけが持ち得る、紅蓮の炎が宿っている。
それはトウカの言葉が嘘偽りでない事を、何よりも雄弁に物語っていた。
「……分かった。貴女の技量と覚悟を信頼しよう」
そう言うと智代は肩の力を抜き、固かった表情を緩めた。
顔に浮かび上がるは、年相応の驚く程穏やかな笑顔。
山の上方より吹き付けてくる風が、智代の銀髪を揺らしている。
そんな智代の姿を目の当たりにし、トウカは自然に言葉を洩らした。
「……笑えるではないか」
「――――え?」
智代がきょとん、と目を見開く。
トウカは智代をはっきりと見据えたまま、静かに願いを伝えてゆく。
「そのような顔が出来る智代殿は、復讐だけに生きるべきではござらぬ。
願わくばご自愛下され」
「――――っ」
途端に智代の表情が、固いものへと逆戻りする。
トウカが何を求めているかは分かるが、自分の最優先目標が殺人鬼達の殲滅である以上、即答など出来る筈も無い。
仲間達を殺された無念は晴らせていないのだから、少なくとも今はまだ道を変えられない。
「…………考えておこう」
僅かばかりの逡巡の後、智代はそう答えていた。
トウカもすぐに良い返事が貰えるとは思っていなかったので、それ以上を求めたりはしない。
二人は唯只、曇りの無い瞳で見つめあう。
また風が吹いて、二人の頬を優しく撫でた。
「じゃあまずは情報交換しながら、何処か別の場所に移動しようか。
銃声は辺り一帯に響き渡っただろうし、いつまでも此処に留まっているのは不味い」
静寂を打ち破りそう切り出したのは、智代の方だった。
智代もトウカも、とても万全と言えぬ体調なのだから、もう少し山小屋で休んでゆきたい所ではある。
だが先の戦いで放った銃声は、周囲一帯に響き渡っているだろう。
この場所に留まり続ければ、予期せぬ急襲を受けてしまう可能性が高いのだ。
トウカは静かに頷いて、自らが弾き飛ばしたFNブローニングM1910を回収しようとする。
背中を丸め、地面に落ちていたFNブローニングM1910に手を伸ばす。
だがその刹那、ぴくりとトウカの動きが止まった。
「え……、あ……、う……、ななななっ……!」
「ん、どうした?」
プルプルと背中を震わせながら、訳の分からぬ声を洩らすトウカ。
その様子を不思議に思った智代が、トウカの背中越しに地面を覗き込む。
そこには――見事に銃身の折れ曲がった、FNブローニングM1910の成れの果てがあった。
それは先程の勝負を決した、居合い切りが原因。
トウカは貴重な武器である拳銃を、完膚無きまでに破壊してしまったのだ。
「――そ、某としたことがああぁぁぁっ!」
頭を抱え、己の失敗を嘆くトウカ。
その取り乱しようは尋常でない。
戦闘時のあの凛々しい武人と同一人物とは、とても思えない。
抱いていたイメージが一変するのを感じつつ、智代は苦笑した。
【FNブローニングM1910 大破確認】
【C-4 左下 森・山小屋付近 1日目 日中】
【坂上智代@CLANNAD】
【装備:無し】
【所持品①:支給品一式×3、サバイバルナイフ、トランシーバー(二台)・多機能ボイスレコーダー(ラジオ付き)・十徳工具@うたわれるもの・スタンガン、
催涙スプレー(残り4分の3)ホログラムペンダント@Ever17 -the out of infinity-】
【状態:中度の疲労・血塗れ・左胸に軽度の打撲・右肩刺し傷(動かすと激しく痛む・応急処置済み)・多少血を失っている・ゲームに乗った人間に対する深い憎悪】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いに乗っている人間を殲滅する(無謀な行為は極力避ける)。一応最終目標は主催者の打倒
0:まずはトウカと情報交換しながら移動する(移動先は後続の書き手さん任せ)
1:殺し合いに乗った人間を探し出して、殺害する。
2:体調が回復するまでは、トウカと行動を共にする(回復後は不明)
3:自身の基本方針に、僅かながら迷いがある
【備考】
※智代は赤坂達から『蟹沢きぬ』に関する情報のみを入手しました。
※赤坂を露出狂だと判断しました。
※ネリネと川澄舞(舞に関しては外見のみの情報)を危険人物として認識しました
※『声真似』の技能を持った殺人鬼がいると判断しました。
※ホログラムペンダント
普通の人にはなんでもないペンダントですが、赤外線を見ること出来る人は火にかざす事でホログラムを見ることができます。
原作では武の顔でしたが、何がホログラムされているかは次の書き手しだいです。
【トウカ@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄】
【装備:舞の剣@Kanon】
【所持品:支給品一式、永遠神剣第七位『存在』@永遠のアセリア-この大地の果てで-】
【状態:全身に軽い打撲、胸に中度の打撲、右脇腹軽傷(応急処置済み)、中度の肉体的疲労】
【思考・行動】
基本:殺し合いはしないが、襲ってくる者は容赦せず斬る
0:まずは智代と情報交換しながら移動する
1:ハクオロと千影、千影の姉妹達を探し出して守る
2:ネリネを討つ
3:命の恩人である智代を守る
4:可能ならば赤坂と合流
5:次に蟹沢きぬと出会ったら真偽を問いただす
※『声真似』の技能を持った殺人鬼がいると判断しました。
※蟹沢きぬが殺し合いに乗っていると疑っていますが、疑惑は薄れています。
※舞の剣は少々刃こぼれしています
※銃についての大まかな知識を得ました
※ネリネに対し、非常に激しい怒りを覚えています
※春原陽平を嘘吐きであると判断しました
※ネリネと川澄舞(舞に関しては外見のみの情報)を危険人物として認識しました
※第三回放送の時に神社に居るようにする(禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化)
※永遠神剣第七位"存在"
アセリア・ブルースピリットが元の持ち主。両刃の大剣。
魔力を持つ者は水の力を行使できる。
エターナル化は不可能。他のスキルの運用については不明。
ウォーターシールド…水の壁を作り出し、敵の攻撃を受け止める。
フローズンアーマー…周囲の温度を急激に低下させ、水分を凍結させ鎧とする。
|115:[[This is the Painkiller ]]|投下順に読む|116:[[ただこの願いだけが、私を走らせる力になる]]|
|115:[[This is the Painkiller ]]|時系列順に読む|116:[[ただこの願いだけが、私を走らせる力になる]]|
|109:[[阿修羅姫と夢の国の王様]]|坂上智代||
|109:[[阿修羅姫と夢の国の王様]]|トウカ||
----
**憎しみの環の中 ◆guAWf4RW62
全身を優しく包み込む、柔らかく暖かい感触。
瞼に染み込む光が視覚神経を刺激し、ゆっくりと意識を引き戻される。
目を開いたトウカが最初に見たのは、少し古ぼけた木製の天井だった。
掛けられていた布団を押しのけて、未だ疲労感の残る上半身を起こす。
首を回して辺りを眺め見ると、周囲四方は壁で囲まれていた。
それでトウカはようやく、今自分は建物の中におり、先程までベッドで眠っていたのだと理解した。
「…………此処は一体? 某は何故このような所にいるのだ?」
トウカが疑問の声を上げるのも、至極当然の事だろう。
自分は神社で謎の襲撃者に襲われてしまい、必死になって逃走していた筈なのだ。
だというのに、気付いたら見知らぬ場所で眠っていた。
逃亡中に意識を失ったのだろうという事は推測出来るが、こんな場所に辿り着いた覚えは無い。
理解し得ぬ現状に困惑している最中、突如横から聞き覚えの無い声がした。
「……やっと起きたみたいだな」
「――――!?」
半ば反射的に声のした方へ振り向くと、見知らぬ少女が部屋の片隅に座り込んでいた。
特徴的な銀髪、包帯で覆われた右肩、左腕に握り締められた黒い拳銃――そして、血塗れの制服。
包帯にこびり付いた血が、少女の全身を彩る紅が、否応無しにあの芙蓉楓を連想させる。
この少女も楓と同じく殺し合いに乗っているのでは無いかと、そんな疑念が沸き上がってくる。
「ク――――」
すぐさまトウカは腰に手を伸ばしたが、いつものような硬い感触は返ってこない。
つまり腰に掛けていた筈の剣は、何時の間にか奪い取られてしまったのだ。
その事実に気付いた直後、見知らぬ少女が銃を握り締めたまま語り掛けてくる。
「ああ、武器なら眠ってる間に預からせて貰ったぞ。こんな殺し合いの最中なんだ、当然だろう?」
「おのれ、卑怯な……!」
トウカは苦々しげに表情を歪めたが、状況を打開し得るような策は何も思いつかなかった。
どう考えても絶体絶命だ。
相手は肩を負傷しているようだが、こちらとしても得物が無くては満足な反撃も出来ぬ。
それに何より、ベッドに座り込んでいる今の体勢では、銃撃から逃れようが無い。
少女――坂上智代の鋭い視線が、焦りの様子を隠し切れぬトウカへと突き刺さる。
「一つ質問がある。お前は殺し合いに乗っているのか?」
「な――――莫迦な事をっ! 某は誇り高きエヴェンクルガ! 某が無差別に人を襲うなど、絶対に有り得ぬ事だ」
「……それは本当か? 」
「ああ、無論だ」
答えるトウカの瞳は一切の曇りが無い、何処までも純粋で透き通ったものだった。
智代の直感が報せる――この女の言葉は、紛れも無く真実であると。
智代は幾分か警戒を緩め、軽く頭を下げた。
尤も、万が一という事態も考えられる為、その手はまだ銃を握ったままであったが。
「そうか。疑って悪かったな……私は坂上智代という者だ。殺し合いには乗っていない」
「某はエヴェンクルガ族のトウカ。智代殿、何故このような事になっているのか聞かせてくれぬか?」
双方共に殺人遊戯を否定しているのならば、此処で戦う意味など無いだろう。
智代に合わせるようにして、トウカもまた臨戦態勢を解いていた。
そして、智代は事の経緯を簡潔に説明した。
「……成る程。では智代殿は気絶していた某を見つけ、此処で介抱してくれたのだな?」
「そうなるな。すぐ近くに山小屋があって幸いだったぞ」
「かたじけない。智代殿は命の恩人だ――この恩、いずれ必ず返させて頂こう」
すくっと立ち上がり、仰々しくお辞儀をするトウカ。
だが智代はまるで気にしていないといった風に、軽く左手を振った。
「何、礼には及ばないさ。私も右肩の治療をしなければいけなかったし、そのついでだ」
それよりも、と智代が続ける。
「トウカさん……だったか。第二回放送の内容を聞いておかなくて良いのか?
トウカさんは放送があった時、まだ眠っていただろう」
「ハッ……そうであった!」
トウカは大きく口を開け、しまったという表情を浮かべる。
この殺し合いに於いて情報の有無は生死に直結するのだから、放送の内容は絶対に把握しておかねばならない事だ。
トウカが頷くのを確認してから、智代は放送の内容を語り始めた。
語られたのは新たに追加された禁止エリア、全てを見下した鷹野の嘲笑。
そして――
「ア、アルルゥ殿が……?」
新たなる死亡者達の情報を知り、トウカの喉奥から掠れた声が絞り出される。
アルルゥが死んでしまったと云う事実は、トウカに大きな衝撃を与えていた。
「アルルゥ殿が……死んだ……」
カルラやエルルゥの時とは、決定的に違う。
自分は一度アルルゥを保護したにも関わらず、眠っている間に見失ってしまった。
アルルゥは――妹のような少女は、間違いなく自分の不始末が原因で死んだのだ。
「某の所為で……某が至らぬ所為で……アルルゥ殿が……っ」
トウカはがっくりと項垂れて、震える目蓋を力無く閉じた。
思い出の数々が、アルルゥと一緒に紡いだ記憶が、次々と頭の中に浮かんでくる。
形容し難い程の後悔と、度し難い自責の念が膨れ上がってゆく。
こんな時、エヴェンクルガ族の責任の取り方は一つ。
自刃だ。
自ら命を断つ事で、少しでも罪を償うのだ。
この島に来る前のトウカならば、迷わずそうしただろう。
だが――かつてハクオロは言った。
『罪の意識を感じるのなら、死んで償うより生きて償うべきだ』
――オボロは言った。
『頼む……お前が兄者達を……ユズハを……。そして、千影と……その姉妹達を……守ってやってくれ……!』
――ネリネは吐き捨てた。
『本当に愚かな男でしたね。これではこんな所で野垂れ死ぬのも当然です』
……死ねない。
安易な死を選び、罪の意識から逃げる事など許される筈も無い。
自分が死んだ所でアルルゥは生き返らないし、誰も救われたりしないだろう。
どれだけ罪の意識に苛まれようとも、自分は生きてオボロとの約束を果たさなければならない。
まだ生きている仲間達を、一人でも多く守り抜く事こそが贖罪に繋がるのだ。
怨敵であるネリネを討ち倒してこそ、オボロの死に報いる事が出来るのだ。
(アルルゥ殿……聖上……真に申し訳ございませぬ。ですが某に課された役目だけは、必ずや果たしてみせます……!)
心の中でそう誓いを立て、トウカは顔を上げた。
胸の内に秘めたるは、揺ぎ無い決意と戦友に託されし想い。
その瞳には深い哀しみの色と――これまで以上の、とても強い意志の光が宿っていた。
「……落ち着いたみたいだな。じゃあ、これを受け取ってくれ――預かっていた荷物だ」
トウカの動揺が収まるのを待っていたかのようなタイミングで、智代が鞄を差し出してくる。
鞄を受け取ると、その中には西洋剣や永遠神剣第七位『存在』が入れてあった。
「次はこちらが質問したいんだが、良いか?」
「勿論。某が知る範囲であれば幾らでも答えよう」
「トウカさんが気絶する前、何があったか教えてくれ。多分誰かに襲われたんだろう?
それ以外にも殺し合いに乗っている奴について知っていたら、全部教えて欲しい」
智代からすればこの質問こそが、一番重要なものであった。
まさか独りでに気絶するという事はないだろうから、トウカが何者かに襲われたのは確実。
そして復讐鬼と化した智代は、そういった襲撃者に関する情報を何よりも必要としているのだ。
「では順を追って説明しよう。某が一度目に襲撃されたのは、蟹沢きぬという娘に……」
「ああ、その事についてなら知っている。蟹沢きぬらしき奴に襲われたんだろう?」
「いかにも。レオ殿は有り得ないと言っておられたが、あの声は紛れも無く蟹沢きぬのものだ」
……それで間違いない筈だった。
エヴェンクルガ族はただ武術に秀でているだけでは無く、身体能力そのものも凄まじい。
この島に来てから体調が優れぬとはいえ、常人に倍する視聴覚能力を備えているのだから、聞き間違えたりはしないだろう。
だがトウカの言葉を否定するように、智代が一つの推論を口にした。
「そうとも限らないぞ……『声色』を真似ている奴がいる可能性もある」
「真似……でござるか?」
「そうだ。私は『対馬レオの声色』を真似た罠に嵌められたんだ」
そして智代は語り出す。
ボイスレコーダーを用いた狡猾な罠について。
用意周到に張り巡らされた罠によって、相棒であった霧夜エリカが殺されてしまった事について。
そして自分が犯してしまった取り返しのつかぬ失敗について、深い憎しみの籠もった声で語っていった。
「くっ……なんと卑劣な! 人の命を弄ぶその行為、タカノとなんら変わらぬではないか!」
話を聞き終えたトウカが、怒りのままにベッドを殴りつける。
自分がこれまで戦ってきた相手――ネリネや芙蓉楓は堂々と正面から挑んできた。
倒すべき敵ではあるものの、少なくとも彼女達は自らの手を汚して戦っていた。
だが声真似による罠を仕掛けた人物は違う。
無実の少年少女達を利用し、自身は戦わずして殺し合いを加速させたのだ。
「ああ、本当に卑怯なやり方だ……。トウカさんも、『声色』を真似た罠には気をつけた方が良いぞ」
「あい分かった……そのような悪漢の思い通りにさせる訳にはいかぬ。某も万全の注意を払おう」
「うん。では、殺人鬼に関する話の続きを聞かせてくれ」
智代に促され、トウカは神社で行った死闘の顛末を語り始めた。
殺し合いに乗っていた芙蓉楓は何とか倒したものの、戦友のオボロが犠牲になってしまい、同行者だった千影とも離れ離れになってしまった。
また頑強な意思の力を秘めたネリネや、強烈な重火器で武装している黒髪の少女は未だ健在であり、今後脅威となってくるだろう。
トウカが再戦に備え気を引き締めている最中、確認するように智代が問い掛けてくる。
「じゃあ神社の付近は今も危険かも知れないんだな?」
「左様でござる。某達の状態はとても万全とは言えぬ故、暫くは近付かぬが無難であろう」
トウカの言葉は正しい。
智代は右肩を負傷しているし、出血の影響か顔色も優れない。
トウカ自身も未だ疲労が抜けきっておらず、身体の節々に打撲跡も残っている。
そのような状態で激戦地帯に飛び込むのは、自殺行為であると言わざるを得ないだろう。
だがそんな現実を前にしているにも関わらず、智代は何の迷いも無く言い放った。
「いや、私は神社に向かう事にする。殺人鬼共が未だ居るかも知れないし、一気に殲滅する好機だ」
「なっ――無茶だ! 智代殿は肩を負傷しているではないか!」
「もう止血処置は済ませてあるし問題無いさ。まだ銃に弾は残っている……まだ戦える。
トウカさんとは此処でお別れだ」
智代はそう言い残すと、くるりと踵を返して歩き出した。
木製の扉を押し開けて、FNブローニングM1910片手に山小屋を発つ。
トウカはベッドに座り込んだまま硬直していたが、すぐに慌てて立ち上がった。
「智代殿、待たれよっ! 早まった真似は止すのだ!」
身体はまだまだ休息を欲しているが、この状況で暢気に休んでいられる筈も無い。
大急ぎで山小屋を飛び出し、智代の背中へと声を投げ掛けるトウカ。
そんなトウカに向けられたのは――
「……智代……殿?」
「頼むから邪魔をしないでくれ。じゃないと私は、トウカさんを撃たないといけなくなる」
俄かには信じ難い現実に、トウカの目が大きく見開かれる。
殺し合いに乗っていない筈の智代が、FNブローニングM1910の冷たい銃口を向けてきていたのだ。
冷たい山風が木々を揺らし、トウカの身体に吹き付ける。
「……一体どういう事でござるか?」
「私は殺人鬼共を許さない……絶対にだ。どんな代償を支払ってでも、皆殺しにしてみせる。
その邪魔をするというのなら、誰が相手でも容赦しない」
語る智代の形相は、正しく阿修羅と呼ぶに相応しいものだった。
眉は大きく吊り上がり、瞳は深い憎しみの色に染まり切っている。
全身から放たれる殺気は、数多の戦場を潜り抜けたトウカですらも圧倒される程だ。
尋常で無い智代の様子を受け、トウカが静かに問い掛ける。
「お主は戦慣れしているようには見えぬ。何がお主をそこまで駆り立てるのだ?」
「…………」
「エリカ殿か? エリカ殿が殺された所為で、お主は憎しみに囚われてしまったのか?」
エリカが殺された話をしている時、智代は憎しみを隠し切れぬ様子だった。
罠に嵌められた智代が、それを理由に復讐に走るのは十分考えられる事。
そう判断したトウカだったが、智代はゆっくりと首を横に振った。
「確かにあの出来事が発端だったが、それだけじゃない。さっきの放送で呼ばれた中に……あったんだ」
「……あったとは?」
「私の好きだった人の名前が、あったんだ」
「――――――!!」
トウカには知る由も無い事だが――第二回定時放送で、智代の想い人である岡崎朋也が呼ばれたのだ。
ただでさえ阿修羅と化しかけていた少女に、伝えられた凶報。
それは智代を暗い闇の底に突き落とし、完全なる阿修羅へと変貌させてしまうものだった。
智代は落ち着いた口調で、しかし明確な怒りの籠もった声で告げる。
「殺し合いに乗った輩がいるから、朋也は殺されてしまったんだ。そしてトウカさんを襲った連中のどちらかが、その犯人かも知れない。
だから私は今すぐ神社に行かなければいけないんだ。もう一度だけ言う――私の邪魔をするな」
それは紛れも無い最後通牒だった。
断れば、膨れ上がった殺意がトウカへと降り注ぐだろう。
殺し合いに乗ってない者同士で戦うなど、余りにも愚かな行為。
だというのに――トウカは揺るぎ無い視線を送り返した。
「断る。智代殿は命の恩人。恩人が殺されに行くのを黙って見過ごすなど、某には出来ぬ。
憎しみに囚われているというのなら、解放して差し上げねばならぬ」
「その結果、私と戦う事になってもか?」
「当然、それも覚悟の上でござる」
「そうか……なら、これ以上の会話は時間の無駄だな」
お互いに一歩も引かず、臨戦態勢へと移行する。
トウカは鞘に収めた西洋剣を腰に携え、智代は無事な左腕でFNブローニングM1910を握り締める。
十メートル程の距離を置いて睨み合ったまま、一瞬にも永遠にも思える時が流れた。
そして先手を打ったのは、智代の方だった。
トウカはFNブローニングM1910の銃口のみに注意を払っていたが、それは判断ミスだ。
「――――何っ!?」
トウカが驚愕に声を洩らす。
智代は拳銃を用いようとせず、真っ直ぐにこちらへと突っ込んできたのだ。
相手の武器は拳銃なのだから、遠距離射撃を中心に攻めてくると考えるのが普通だ。
しかしこと智代に限っては、そのような常識など適用されない。
秀でた身体能力を活かした肉弾戦こそが、智代の得意分野であり真骨頂。
虚を突かれたトウカの懷に、銀髪の阿修羅が潜り込む――!
「くぅぅぅっ!」
トウカが上体を後ろに反らすとほぼ同時、頭上の空間を凄まじい上段蹴りが切り裂いた。
耳に届く轟音が、今の蹴撃の威力を如実に物語っていた。
予想外の一撃に動揺を隠し切れぬトウカだったが、ともかく回避には成功した。
そして智代の蹴り足は未だ宙に上がったままで、大きな隙を晒している。
「フッ――――」
大振りの隙をモノにすべく、トウカは素早く腕を伸ばす。
狙いは智代の蹴り足を掴み取っての間接技だ。
上手く決まれば、智代を傷付けずに制止する事が出来る。
だがトウカの手が目標に届く寸前、智代の蹴り足がぴくりと揺れた。
咄嗟の判断で、トウカは両腕を顔面の防御へと回す。
次の瞬間、両腕に奔る衝撃。
「がっ…………!」
智代は蹴り足を引き戻さぬまま、最小限の動作で第二の蹴撃を放っていた。
トウカの反応が後一秒遅れていれば、雷光のような一撃が急所に決まっていただろう。
そして、智代の攻撃が二発程度で終わる筈も無い。
「せやあああああっ!!」
「ッ――グ、この……」
智代は矢継ぎ早に、嵐のような蹴撃を繰り出してゆく。
速度を重視した連撃である為に威力こそ低いが、トウカに反撃する猶予は与えられない。
一方的に攻め立てる智代と、それを懸命に防ぐトウカという構図が続く。
(く……どうすれば良いのだ!?)
トウカは焦りを隠せぬ面持ちで、迫る蹴撃を凌いでいた。
智代の実力は予想を大きく上回るものだった。
これでは間接技で制止するなど、ほぼ不可能だろう。
剣を用いれば倒す事は可能だが、それでは大怪我を負わせてしまうかも知れない。
どうすれば良い?
どうすれば――
良い打開策が見当たらず、激しい焦燥感に駆られるトウカ。
その焦りが決定的な隙を招く原因となる。
それまで上段蹴りを主軸としていた智代が、何の前触れも無く腰を落とした。
「そこだっ!」
「しま――――!?」
上半身の防御に集中していたトウカは、突然の智代の行動に対応し切れない。
智代の鋭い足払いが突き刺さり、トウカは後方に転倒しそうになる。
そうなる事を予測していた智代は、満を持してFNブローニングM1910の銃口を持ち上げる。
先程までのラッシュも、全てはこの瞬間の為。
銃の扱いに熟達していない自分でもモノに出来る程の、絶対的な好機を生み出す為なのだ。
「く――――まだだっ!!」
だがトウカとて拳銃の危険性は熟知しているのだから、そのまま撃ち抜かれたりはしない。
本来回避不可能な筈の体勢から、全身のバネを活かして動力を生み出す。
後方に倒れ込む勢いを後押しするように、強く地面を蹴り飛ばし、バック転の要領でその場を飛び退く。
放たれた銃弾は、誰も居なくなった空間を虚しく切り裂くにとどまった。
必殺の筈の銃撃を回避され、智代は歯軋りしながらトウカを睨み付ける。
「……よく躱したな。今のは殺すつもりで撃ったんだがな」
威圧するような、低く重苦しい声。
だがそれは同時に、何処か愉しげな音響も含んでいた――まるで強敵と出会えた事を喜んでいるかのように。
それを逃さず見て取ったトウカが、心の中に湧き上がった疑問を口にする。
「智代殿……お主は手段と目的を履き違えているのではないか?」
「……何だと?」
ぴくりと智代の眉が動き、訝しむような表情となるが、構わずトウカは言葉を続ける。
「傷付いた体で無理をして、犬死にするのがお主の目的か? 倒すべき敵以外にも銃を向けるのが、お主の目的か?」
「……何が言いたいのか分からないな」
トウカが何を言わんとしているか、まるで理解出来ていない智代。
元より回りくどい言い回しが得意でないトウカは、自身の確信をそのまま告げる。
「結論を言おう――今のお主は、『戦う事』そのものを目的としてしまっている。
大切な者を奪った悪漢共が憎くて! 救えなかった自分自身が憎くて! 悪戯に憎しみを発散しようとしているだけだ!」
「――――――ッッ!!!」
初めて智代の顔に、明らかな動揺の色が浮かび上がった。
トウカの言葉通り、今の智代には戦いそのものを求めている部分があったのだ。
ツルハシの狂人――鳴海孝之――と戦っている時に感じた高揚感が、それを証明している。
多少の差異はあるものの、自分もまた殺し合いに乗ってしまっていたのだ。
考えてみれば、制止を振り切ってまで神社に向かおうとするのが、そもそもの間違いだ。
今の身体、今の装備で死地に飛び込んでも、生還が望めぬのはほぼ確実。
死んでしまっては目的を果たせぬというのに、敵討ちを言い訳として憎しみのままに動くのは、ただの自己満足に過ぎぬ。
智代がその事実を正しく認識した瞬間、トウカの足元が爆ぜた。
トウカは凄まじい勢いで前方へと疾駆する。
一瞬で零距離にまで詰め寄り、智代の顔面に照準を定めて、鋭い正拳突きを放つ。
智代は刹那のタイミングで横に跳ねて、その一撃を空転させた。
だがすぐさまトウカは、下がる智代に追い縋る。
「ハアアアアアアァァァッッ!!」
雄叫びを上げながら、次々と拳を繰り出してゆくトウカ。
剣による戦いこそがトウカの本分であるが、武に生きるエヴェンクルガ族は、徒手空拳での戦い方も一通り身に付けている。
放たれる拳の一撃一撃が、強烈な威力と驚嘆すべき速度を兼ね備えている。
展開されるのは、先程までとは全く逆の構図。
怒涛のラッシュを受けた智代は、ただひたすらに防御を強いられる。
左腕一本で耐え凌いでいる姿は見事と言う他無いが、いかんせん限界というものは存在する。
拳打の衝撃を受け続けてきた左腕が、次第に痺れ始めてくる。
このまま受けに回り続けていれば、確実に敗れてしまうだろう。
多少被弾してでも反撃せねばならぬと判断し、智代は己が足を奔らせる。
「………………っ!」
結果は相打ち。
トウカの拳は、智代の左胸の辺りを。
智代の右膝は、トウカの腹部を正確に打ち抜いていた。
そして相打ちならば、元より重傷を負っている智代の方が被害は大きい。
胸部を痛打され、たたらを踏んで後退してゆく智代。
トウカは一気に勝負を決すべく、一足で智代の懐へと潜り込む。
続いて腰の西洋剣へと手を伸ばし――すぐにそれを中断する。
此処でのトウカの目的は、あくまで智代の制止であって、殺す事では無いのだ。
剣を用いてしまえば、些細な間違いから取り返しのつかない事態になりかねない。
だからこそ素手による拳打を放とうとしたのだが――
その寸前、智代の冷たい視線がトウカを射抜いた。
「――――吹き飛べ」
一瞬の躊躇は、智代に体勢を整える時間を与えてしまった。
トウカの拳が命中するよりも早く、智代の身体がくるりと半回転する。
次の瞬間智代の回し蹴りが、トウカの胸を蹴り飛ばしていた。
これまで多用していた速度重視の連撃とはまるで違う、正真正銘渾身の一撃。
「ぐっ――――――!」
大きく弾き飛ばされ、トウカは背中から地面に落ちた。
胸に衝撃を受けた所為で満足に呼吸出来ず、思わず咳き込んでしまいそうになる。
それでも敵は拳銃を持っているのだから、倒れている暇などあろう筈も無い。
膝に手を付き、何とか体を奮い立たせる。
そんなトウカの視界に映ったのは、冷ややかな視線を送ってくる智代の姿だった。
「トウカさん……貴女の言い分は正しいかも知れない。だが、それはどういう事だ?」
そう言って智代が指差したのは、鞘に収められたままの――未だ一度も振るわれていない西洋剣だった。
「トウカさんは私を諭したいらしいが、さっきからずっと手加減しているじゃないか。
だが生温いやり方で止められる程、私の決意は脆くないぞ。
私にとってエリカや朋也の死は……そんなに軽いものじゃないんだ!」
それが包み隠さぬ智代の本心だった。
自身の内に巣食う狂気を認識したものの、殺人鬼達に対する怒りが消えた訳では無い。
死んでしまったエリカや朋也の分まで、命を賭して戦い続けようという決意が揺らいだ訳では無いのだ。
それなのに手心を加えられてしまっては、自身の決意を軽視されているようにしか思えない。
未だ手加減されているという事実が、智代にとっては堪らなく不快だった。
トウカは暫しの間呆然としていたが、やがて凛とした面持ちとなった。
「そうだな――失礼した。全力には全力を以って答えるのが、礼儀でござるな」
仲間の死によって決意を固めたのは、トウカも同じ。
自分だってその決意を軽んじられれば、確実に激昂するだろう。
だからこそトウカは、もう躊躇わずに腰の西洋剣へと手を添えた。
それを見た智代は、満足げにFNブローニングM1910を構え直した。
二人共、薄々は気付いている筈だ。
トウカの目的――智代の制止は既に成し遂げられている。
自身が暴走していたと自覚した智代は、もう勝ち目の見出せぬまま死地へ飛び込んだりはしないだろう。
だというのに何故戦いを続けようとするのか。
それはきっと智代もトウカも、どうしようもない位に不器用だからだ。
両方共が不器用過ぎる所為で、全力で衝突せねば分かり合えないのだ。
「エヴェンクルガのトウカ――参るッ!!」
「ああ、来いっ!!」
走り寄るはエヴェンクルガ族の武人、迎え撃つは復讐者。
間合いに入ったトウカの即頭部目掛けて、智代の鋭い上段蹴りが放たれる。
トウカは一瞬の判断で左腕を上げ、迫る一撃を受け止めようとする。
だがそれは智代の目論見通り。
渾身の蹴撃であるように『見せかけて』、トウカに防御を強要させる事こそが、智代の狙い――!
「…………っ!?」
予想外の光景にトウカが困惑する。
先の蹴撃はフェイントに過ぎぬ。
智代は攻撃を途中で止め、すぐさま蹴り足を引き戻した。
両足を大地にしっかりと付け、万全の体勢でFNブローニングM1910の照準を合わせる。
狙いはトウカの左肩――その部位ならば命を奪う事無く、無力化出来る筈だった。
虚を突かれたトウカの動きは止まっている。
(…………勝った!)
智代は勝利を確信しながら、引き金に指をかける。
だが次の瞬間――閃光が奔った。
「な――――」
甲高い金属音の後、FNブローニングM1910の銃身が宙を舞う。
眼前には、初めて剣を抜き放ったトウカの姿。
その剣速、正しく彗星の如し。
最速を誇る居合い切りが、智代の銃撃よりも早く放たれて、拳銃を弾き飛ばしたのだ。
FNブローニングM1910が、数メートル程離れた地面に落ちていった。
残ったのは未だ西洋剣を携えているトウカと、得物を失った智代のみ。
熟達した剣士と徒手空拳の怪我人が戦った所で、結果は分かり切っている。
ここに、勝負は決した。
「……参ったな。ツルハシの殺人鬼は倒せなかったし、トウカさんには負けてしまうし、これじゃ格好がつかないぞ」
困ったような口調で、溜息混じりに呟く智代。
だが自身の内に蓄積していた鬱憤を、全力勝負という形で発散出来たお陰だろうか。
言葉とは裏腹に、智代の顔は何処か晴れ晴れとしていた。
「否……智代殿は強い。肩の怪我さえ無ければ、敗れていたのは某かも知れぬ」
そう言いながらトウカは、西洋剣を鞘へと仕舞いこんだ。
その頬には冷たい汗が浮かび上がっている。
勝負は何とか制したものの、何度も危ない橋を渡らなければならない程に追い詰められた。
智代の体調が万全ならば、結果が逆になっていても可笑しくは無かった。
「とにかく負けたのは私だし、怪我をしているという事実も変わらない。
トウカさんの言い分に従って、無謀な真似は出来るだけ避けるようにするよ」
「智代殿、それならば別々に動く意味も無いであろう。もし良ければ某と一緒に……」
「――悪いがそれは断る」
「む……?」
素直に負けを認め、譲歩の姿勢を見せた智代だったが、トウカの申し出はぴしゃりと撥ね付けられる。
疑問の視線を向けるトウカに対し、智代は言葉を続けてゆく。
「私は行動方針を変えるつもりは無い。この殺し合いを止める為にも、死んだ朋也やエリカの為にも、悪鬼達を倒さなければいけないんだ。
傍にトウカさんのような甘い人が居たら、目標の達成に支障をきたすかも知れない」
いざ戦闘となってしまった時、単騎よりも複数で戦った方が有利ではある。
もう少し体調が回復するまでは、トウカと共に動いた方が安全ではあるかも知れない。
しかし智代の視点に立ってみれば、いかんせんトウカは冷酷さが足りないように見えるのだ。
先程も最後の唯一度しか剣を抜こうとしなかった。
そのような事ではいくら優れた実力を持っていようとも、敵にトドメを刺す際に妨げとなるのは明白だ。
この島で敵に情けを掛ける事は即、命取りとなる。
だがトウカは、智代の不安を吹き飛ばすかのような澄んだ声で告げる。
「心配無用――先程はお主が悪人で無い故、命を奪わなかっただけの事。
殺し合いに乗った悪漢が相手ならば、容赦などせぬ」
真っ直ぐに智代を射抜く視線は、寒気を催す程に鋭い。
トウカの双眸には、幾多もの戦場を潜り抜けた者だけが持ち得る、紅蓮の炎が宿っている。
それはトウカの言葉が嘘偽りでない事を、何よりも雄弁に物語っていた。
「……分かった。貴女の技量と覚悟を信頼しよう」
そう言うと智代は肩の力を抜き、固かった表情を緩めた。
顔に浮かび上がるは、年相応の驚く程穏やかな笑顔。
山の上方より吹き付けてくる風が、智代の銀髪を揺らしている。
そんな智代の姿を目の当たりにし、トウカは自然に言葉を洩らした。
「……笑えるではないか」
「――――え?」
智代がきょとん、と目を見開く。
トウカは智代をはっきりと見据えたまま、静かに願いを伝えてゆく。
「そのような顔が出来る智代殿は、復讐だけに生きるべきではござらぬ。
願わくばご自愛下され」
「――――っ」
途端に智代の表情が、固いものへと逆戻りする。
トウカが何を求めているかは分かるが、自分の最優先目標が殺人鬼達の殲滅である以上、即答など出来る筈も無い。
仲間達を殺された無念は晴らせていないのだから、少なくとも今はまだ道を変えられない。
「…………考えておこう」
僅かばかりの逡巡の後、智代はそう答えていた。
トウカもすぐに良い返事が貰えるとは思っていなかったので、それ以上を求めたりはしない。
二人は唯只、曇りの無い瞳で見つめあう。
また風が吹いて、二人の頬を優しく撫でた。
「じゃあまずは情報交換しながら、何処か別の場所に移動しようか。
銃声は辺り一帯に響き渡っただろうし、いつまでも此処に留まっているのは不味い」
静寂を打ち破りそう切り出したのは、智代の方だった。
智代もトウカも、とても万全と言えぬ体調なのだから、もう少し山小屋で休んでゆきたい所ではある。
だが先の戦いで放った銃声は、周囲一帯に響き渡っているだろう。
この場所に留まり続ければ、予期せぬ急襲を受けてしまう可能性が高いのだ。
トウカは静かに頷いて、自らが弾き飛ばしたFNブローニングM1910を回収しようとする。
背中を丸め、地面に落ちていたFNブローニングM1910に手を伸ばす。
だがその刹那、ぴくりとトウカの動きが止まった。
「え……、あ……、う……、ななななっ……!」
「ん、どうした?」
プルプルと背中を震わせながら、訳の分からぬ声を洩らすトウカ。
その様子を不思議に思った智代が、トウカの背中越しに地面を覗き込む。
そこには――見事に銃身の折れ曲がった、FNブローニングM1910の成れの果てがあった。
それは先程の勝負を決した、居合い切りが原因。
トウカは貴重な武器である拳銃を、完膚無きまでに破壊してしまったのだ。
「――そ、某としたことがああぁぁぁっ!」
頭を抱え、己の失敗を嘆くトウカ。
その取り乱しようは尋常でない。
戦闘時のあの凛々しい武人と同一人物とは、とても思えない。
抱いていたイメージが一変するのを感じつつ、智代は苦笑した。
【FNブローニングM1910 大破確認】
【C-4 左下 森・山小屋付近 1日目 日中】
【坂上智代@CLANNAD】
【装備:無し】
【所持品①:支給品一式×3、サバイバルナイフ、トランシーバー(二台)・多機能ボイスレコーダー(ラジオ付き)・十徳工具@うたわれるもの・スタンガン、
催涙スプレー(残り4分の3)ホログラムペンダント@Ever17 -the out of infinity-】
【状態:中度の疲労・血塗れ・左胸に軽度の打撲・右肩刺し傷(動かすと激しく痛む・応急処置済み)・多少血を失っている・ゲームに乗った人間に対する深い憎悪】
【思考・行動】
基本方針:殺し合いに乗っている人間を殲滅する(無謀な行為は極力避ける)。一応最終目標は主催者の打倒
0:まずはトウカと情報交換しながら移動する(移動先は後続の書き手さん任せ)
1:殺し合いに乗った人間を探し出して、殺害する。
2:体調が回復するまでは、トウカと行動を共にする(回復後は不明)
3:自身の基本方針に、僅かながら迷いがある
【備考】
※智代は赤坂達から『蟹沢きぬ』に関する情報のみを入手しました。
※赤坂を露出狂だと判断しました。
※ネリネと川澄舞(舞に関しては外見のみの情報)を危険人物として認識しました
※『声真似』の技能を持った殺人鬼がいると判断しました。
※ホログラムペンダント
普通の人にはなんでもないペンダントですが、赤外線を見ること出来る人は火にかざす事でホログラムを見ることができます。
原作では武の顔でしたが、何がホログラムされているかは次の書き手しだいです。
【トウカ@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄】
【装備:舞の剣@Kanon】
【所持品:支給品一式、永遠神剣第七位『存在』@永遠のアセリア-この大地の果てで-】
【状態:全身に軽い打撲、胸に中度の打撲、右脇腹軽傷(応急処置済み)、中度の肉体的疲労】
【思考・行動】
基本:殺し合いはしないが、襲ってくる者は容赦せず斬る
0:まずは智代と情報交換しながら移動する
1:ハクオロと千影、千影の姉妹達を探し出して守る
2:ネリネを討つ
3:命の恩人である智代を守る
4:可能ならば赤坂と合流
5:次に蟹沢きぬと出会ったら真偽を問いただす
※『声真似』の技能を持った殺人鬼がいると判断しました。
※蟹沢きぬが殺し合いに乗っていると疑っていますが、疑惑は薄れています。
※舞の剣は少々刃こぼれしています
※銃についての大まかな知識を得ました
※ネリネに対し、非常に激しい怒りを覚えています
※春原陽平を嘘吐きであると判断しました
※ネリネと川澄舞(舞に関しては外見のみの情報)を危険人物として認識しました
※第三回放送の時に神社に居るようにする(禁止エリアになった場合はホテル、小屋、学校、図書館、映画館の順に変化)
※永遠神剣第七位"存在"
アセリア・ブルースピリットが元の持ち主。両刃の大剣。
魔力を持つ者は水の力を行使できる。
エターナル化は不可能。他のスキルの運用については不明。
ウォーターシールド…水の壁を作り出し、敵の攻撃を受け止める。
フローズンアーマー…周囲の温度を急激に低下させ、水分を凍結させ鎧とする。
|115:[[This is the Painkiller ]]|投下順に読む|116:[[ただこの願いだけが、私を走らせる力になる]]|
|115:[[This is the Painkiller ]]|時系列順に読む|116:[[ただこの願いだけが、私を走らせる力になる]]|
|109:[[阿修羅姫と夢の国の王様]]|坂上智代|130:[[泥の川に流されてたどりついたその先に]]|
|109:[[阿修羅姫と夢の国の王様]]|トウカ|130:[[泥の川に流されてたどりついたその先に]]|
----
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: