「護りたいもの」(2007/11/03 (土) 16:31:46) の最新版変更点
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**護りたいもの ◆xnSlhy.Xp2
何がなんだかわからない。
どうしてこんなことになったのか、まるで理解できない。
ここはトゥスクルじゃない。明確な根拠はないけれど、強くそう思う。
いつもはどことなく幻想的な気分がする夜も、今この場においては自分を飲み込もうとしている闇に思えてならない。
「ハクオロさん……どこぉ?」
少女……エルルゥは、一人図書館の隅に隠れるようにしてしゃがみこんで泣いていた。
突然このような場所に放り込まれて、目の前で誰かは知らないが人が二人殺された。
血を見るのは初めてではない。まがりなりにも薬師の一人として、そのようなことで取り乱すわけにはいかない。
だが今自分が恐れているのは死体を見たことではなく、
人を殺すことを何の躊躇もなしに、まるでそれが何でもないことであるかのようにやってのけたその狂気だ。
ここが戦場ならば、人を殺そうとする際に何らかの感情……
憤怒や哀憐、または喜悦、あるいは達成感といったものが見えるはずだ。
しかし、あの時の女性はそれこそ何の感情も見せずに、初めからそんなものがないかのごとく殺してみせた。
あっけなく殺した。一瞬で殺した。特に意味もなくその人の命を、人生を、奪って捨てた。
今までそんな人は見たことがなかった。その存在を考えたことすらない。
だが、それは確実にいた。そしてそれはきっと、この世界にも。
「…………っ」
怖い。怖い。怖い。
ぎゅうっと握った両手に強く力を込める。そうすることで少しでもこの恐怖が体から抜け出ていくことを願って。
だが一向にそのような気配はない。それはきっと、込める力が弱いからだ。
なのでうっ血しそうになるくらいにまで力を入れ続ける。
出ていけ、出ていけ、お願いだから出ていって……!
「おい」
「――――ッ!?」
突如しゃがみこんでいる自分の斜め上から男の人の声がした。一瞬ハクオロかと思ったが、違う。別人だ。
びくっと体を震わせ、声の主の顔を確認しようとしたが顔を俯かせたまま首が硬直して動かない。
誰かわからない。顔を確認するのが怖い。
もしそれが、あの女の人と同類の顔だったら? あの狂気を持ちうる人だったら?
そう考えるだけで、とても顔を見る気にはなれない。
「おいって」
苛ついたかのように再度男の声が投げかけられる。
だけど動かない。動けない。このまま黙っていたら殺されるかもしれない。
でももしかしたら、諦めてどこかに行ってくれるかもしれない。
心のどこかにそんな淡い期待を抱きながら、エルルゥはただただ強く目を瞑りながら時間が過ぎ去ってくれるのを待つ。
すると。
「さっきから呼んでるだろ。あんただよ」
……男の手が。
殺人をなんとも思わない人のものかもしれない手が。
縮こまっている自分の右肩に伸ばされたのがわかった。
「きゃあああああっ!!」
「うおっ!?」
体を飛び跳ねさせ、男の手の届かないところまで一瞬で離れる。
男は驚いたようで、目をぱちくりさせながらこちらを見ている。
「ひっ、いやっ、いやあっ!」
目からは涙が溢れ、視界がぼやけている。鼻水も出ているに違いない。
ああ、きっと傍から見れば自分は今とてもハクオロには見せられないような姿を晒しているのだろう。
そんなことを思うが、そんな冷静な判断はすぐに思考の外へと消えていった。
ただ、怖い。怖い。恐ろしい。死にたくない。怖い。
「助けて! 助けてハクオロさぁん!」
「と、とりあえずあんた落ち着いてくれ!」
「いやああああ!」
「だから……」
「やだああああ! ハクオロさん、ハクオロさぁぁぁぁん!」
「 俺 は 人 殺 し じ ゃ な い ! 」
一喝。男のそれは、自分の叫び声を掻き消すほど大きなものだった。
あまりに大きなそれに驚いたため、一瞬息が詰まる。
だがそのおかげか、先ほどまで混乱していた頭が嘘のように沈静化していくのがわかった。
「……ヒック、ヒック…………ぐすっ」
嗚咽と、時折鼻水をすすりながら呼吸をゆっくりと整えようとする。
「落ち着いて、俺の姿をよく見ろ。丸腰だ」
そう言われてようやく男の方に顔を向ける。
そこにはきれいな銀色の髪をした青年がいて、両手を軽く上げてこちらに対して敵意がないことを示していた。
◇ ◇ ◇
「どうだ、もう大丈夫か?」
「は……はい。ご迷惑をおかけして申し訳ない、です……」
ようやく自身の感情の昂ぶりが収まってきた数分後。
私は今、銀髪の青年と共に先ほどの騒ぎで誰かに気づかれた恐れがあるため一旦図書館から離れ、人気のなさそうな森の中に入って大きな木の根元に座っていた。
最初はとても怖かったけれど、あらためて彼をよく見ると少しぶっきらぼうなところがありそうだけど根は悪い人のようには見えなかった……。少なくとも他人を簡単に殺すような人には。
「俺は国崎往人という。あんたは見覚えあるよ、そんなでかい耳してるからな。名前は?」
「エルルゥと申します。トゥスクル國の薬師です……一応」
「とぅすくる? なんだそりゃ?」
彼……クニサキさんというらしい青年は聞き慣れない言葉を聞いたかのように首をかしげている。
きっとトゥスクルやクッチャ・ケッチャなどといった國のどこでもないところから来たのだろう。
服装もなんとなく、自分たちのものとは趣きが違う。
「俺はそんな国は知らないが……まあ世界は広い。きっとそんなところもあるんだろうな」
「はい。クニサキさんは、どちらからいらっしゃったんですか?」
「いや、俺は……」
そんな他愛のない話をしばらく続ける。
クニサキさんの故郷。自分の故郷。仲間について。暮らしについて。
……クニサキさんの國ではずいぶんと発達しているらしい医療についても。
「へ~、そんな魔法のような薬があるんですか!」
「つってもこっちじゃ一般常識だがな。さすがに調合の仕方までは知らないが」
「ううう……なんだかとても悔しいです」
そんな話をしている内に、段々と警戒心が薄らいでいくのが自分でもわかった。
やっぱりこのクニサキさんはいい人だ。最初に取り乱していたのが申し訳なく思うくらいに。
ハクオロさんとはまた違った優しさがある。
談笑は続く。
「……それで、私にはアルルゥって妹がいて……」
(…………!)
そこで、ようやく気づいた。
「おい、どうした? エルルゥ?」
突然立ち上がった自分を、クニサキさんが座ったまま見上げている。
ああ、なんで今まで思い出さなかったんだろう。
ここにはハクオロさん以外にもトウカさんやカルラさんや……アルルゥがいるんだ。
「アルルゥが……」
「なに?」
「私の妹が、いるんです」
他のみんなは自分で自分を護れるだけの力を持っている。だけど、アルルゥには何もない。
ムックルやガチャタラもきっと連れていない。じっとしていたら、アルルゥが殺されるかもしれない。
最愛の妹が、死ぬかもしれない。
「クニサキさん。私、行かなければいけません」
「行く……って、おい待てよ」
「私があの娘を護ってやらないといけないんです。だから……」
「ちょっと待てって。俺が聞きたいことはまだ……」
「じっとなんてしていられません!」
先ほどの恐怖はどこへやら。
思い出してしまったからには手遅れとなる前に急がなければ。
たとえ自分の身が危険に晒されても、あの娘だけは護ってあげなくちゃ。何があろうとも、絶対に。
「クニサキさん、先ほどはご迷惑をおかけして申し訳ありません。そしてありがとうございました。それでは……」
そうぺこりとクニサキさんにお辞儀をして、今いるこの場から駆け出そうとしたその時。
「待て」
……底冷えのするような声がした。
「え?」
振り返ると、クニサキさんが無表情でこちらを見ていた。
元々無愛想な顔だったので一見したら何も変わっていないように見えるけれど、これは違う。
これは。この顔は。絶対にさっきまでのクニサキさんのものじゃない。
そしてその右手には、なんだかよくわからない鉄の塊が握り締められていた。
「クニサキ……さん?」
恐る恐るといった風に、そう言葉を発する。
きっと、また先ほどのようにぶっきらぼうな返事が返ってくるんだと信じて。
だけど、返事はない。その代わりに返ってきた言葉はこれ。
「そのまま動くな。動いたら、殺す」
冷たい目で、彼はそう口にするだけ。
何を言っているのか理解できなかった。
殺す? 誰が? クニサキさんが? 誰を? 私を? なんで?
「エルルゥ。これは俺が最後にお前に聞きたいことだ……神尾観鈴という女を知らないか?」
「カミオ……ミスズ?」
「金色の長い髪を一本で束ねた奴だ」
そう言うクニサキさんの表情は変わらない。ずっと無表情のまま。
「……知り、ません」
「そうか。それじゃあ……」
クニサキさんの顔には見覚えがあった。あの女の人。いとも簡単に二人の命を奪った、あの女の人と同じ――――感情のない、顔。
やっぱり、同類だった?
彼がいい人だと思ったのは自分の勘違いで、このクニサキさんもまた人の命をなんとも思わない人間だった?
「悪いが、ここで死んでくれ」
……いや、違う。
クニサキさんの顔は、感情のない顔なんかじゃなくて。
……今にも溢れ出しそうな感情を、必死に留めている顔なんだ。
◇ ◇ ◇
今、俺の目の前には先ほど自分が殺した少女の遺体が転がっていた。
自分に与えられた支給品は一丁の銃。名称は知らないが、ちゃんと全弾入っていて予備までついていた。
デイパックの中に隠しておいて、少女が駆け出そうと向こうを向いたときに取り出したのだが……
「…………」
あらためて少女……エルルゥの顔を見る。
慣れないものを扱って一発だけで正確に急所を狙う自信がなかったため、合計三発も彼女の胸あたりに見舞ってしまった。
さぞ苦しくて、痛かっただろう。
「…………」
エルルゥにも護りたいものはあった。アルルゥという名前らしい妹。
俺にとっては、観鈴にあたる存在。
俺と、このエルルゥに根本的な違いは何もない。
ただ共に護りたいものを護ろうとして、そして選んだ選択肢が違っただけ。
彼女が最期に何を思ったのかは知る由もないが、きっと俺を憎んでいったことだろう。
逆の立場なら俺だってそうなるに違いない。
「…………」
何度も、既に物言わぬ少女に謝りたい衝動に駆られた。
近寄って、せめてその遺体を晒したままにせずにこの大地に埋めてやりたかった。
だが、絶対にそれはしてはいけない。
俺は自分の意志で。明確な殺意を持って。絶対的な力をもった凶器で。
……純然たる決意で、この娘を殺したのだから。
そしてこれから、観鈴以外の全ての人間を殺すのだから。
エルルゥの護りたかった存在であるアルルゥも。
……美凪も。
そして全員を殺し終えた後で、自分も。
エルルゥの遺体から背を向けると、この全てを飲み込もうとしているかのような闇の中で第一歩を踏みしめる。
「――大丈夫だ、観鈴。俺が絶対におまえを殺させなんかしないし、おまえに誰も殺させなんてしない……」
そう、誰も聞いていないと知りつつ呟きながら。
お前の手は汚させない。俺が全部、泥を被ってやる。
たとえお前自身がそれを望まなくても。それでも。
「お前だけは、絶対に助けてみせる」
【F-3 森 /1日目 深夜】
【国崎往人@AIR】
【装備:コルトM1917(残り3/6発)】
【所持品:支給品一式×2、コルトM1917の予備弾60、木彫りのヒトデ@CLANNAD、たいやき(3/3)@Kanon】
【状態:精神的疲労小】
【思考・行動】
1:観鈴を探して護る
2:観鈴以外全員殺して最後に自害
3:相手が無害そうなら観鈴の情報を得てから殺す
【備考】
エルルゥのデイパックは国崎によって回収されました。
&COLOR(red){【エルルゥ@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄 死亡】}
[残り62人]
|010:[[戻らない日常、始まる異常]]|投下順に読む|012:[[動く者、動かざる者]]|
|010:[[戻らない日常、始まる異常]]|時系列順に読む|012:[[動く者、動かざる者]]|
||国崎往人|020:[[鉄の乙女と人形使い]]|
||エルルゥ| |
----
**護りたいもの ◆xnSlhy.Xp2
何がなんだかわからない。
どうしてこんなことになったのか、まるで理解できない。
ここはトゥスクルじゃない。明確な根拠はないけれど、強くそう思う。
いつもはどことなく幻想的な気分がする夜も、今この場においては自分を飲み込もうとしている闇に思えてならない。
「ハクオロさん……どこぉ?」
少女……エルルゥは、一人図書館の隅に隠れるようにしてしゃがみこんで泣いていた。
突然このような場所に放り込まれて、目の前で誰かは知らないが人が二人殺された。
血を見るのは初めてではない。まがりなりにも薬師の一人として、そのようなことで取り乱すわけにはいかない。
だが今自分が恐れているのは死体を見たことではなく、
人を殺すことを何の躊躇もなしに、まるでそれが何でもないことであるかのようにやってのけたその狂気だ。
ここが戦場ならば、人を殺そうとする際に何らかの感情……
憤怒や哀憐、または喜悦、あるいは達成感といったものが見えるはずだ。
しかし、あの時の女性はそれこそ何の感情も見せずに、初めからそんなものがないかのごとく殺してみせた。
あっけなく殺した。一瞬で殺した。特に意味もなくその人の命を、人生を、奪って捨てた。
今までそんな人は見たことがなかった。その存在を考えたことすらない。
だが、それは確実にいた。そしてそれはきっと、この世界にも。
「…………っ」
怖い。怖い。怖い。
ぎゅうっと握った両手に強く力を込める。そうすることで少しでもこの恐怖が体から抜け出ていくことを願って。
だが一向にそのような気配はない。それはきっと、込める力が弱いからだ。
なのでうっ血しそうになるくらいにまで力を入れ続ける。
出ていけ、出ていけ、お願いだから出ていって……!
「おい」
「――――ッ!?」
突如しゃがみこんでいる自分の斜め上から男の人の声がした。一瞬ハクオロかと思ったが、違う。別人だ。
びくっと体を震わせ、声の主の顔を確認しようとしたが顔を俯かせたまま首が硬直して動かない。
誰かわからない。顔を確認するのが怖い。
もしそれが、あの女の人と同類の顔だったら? あの狂気を持ちうる人だったら?
そう考えるだけで、とても顔を見る気にはなれない。
「おいって」
苛ついたかのように再度男の声が投げかけられる。
だけど動かない。動けない。このまま黙っていたら殺されるかもしれない。
でももしかしたら、諦めてどこかに行ってくれるかもしれない。
心のどこかにそんな淡い期待を抱きながら、エルルゥはただただ強く目を瞑りながら時間が過ぎ去ってくれるのを待つ。
すると。
「さっきから呼んでるだろ。あんただよ」
……男の手が。
殺人をなんとも思わない人のものかもしれない手が。
縮こまっている自分の右肩に伸ばされたのがわかった。
「きゃあああああっ!!」
「うおっ!?」
体を飛び跳ねさせ、男の手の届かないところまで一瞬で離れる。
男は驚いたようで、目をぱちくりさせながらこちらを見ている。
「ひっ、いやっ、いやあっ!」
目からは涙が溢れ、視界がぼやけている。鼻水も出ているに違いない。
ああ、きっと傍から見れば自分は今とてもハクオロには見せられないような姿を晒しているのだろう。
そんなことを思うが、そんな冷静な判断はすぐに思考の外へと消えていった。
ただ、怖い。怖い。恐ろしい。死にたくない。怖い。
「助けて! 助けてハクオロさぁん!」
「と、とりあえずあんた落ち着いてくれ!」
「いやああああ!」
「だから……」
「やだああああ! ハクオロさん、ハクオロさぁぁぁぁん!」
「 俺 は 人 殺 し じ ゃ な い ! 」
一喝。男のそれは、自分の叫び声を掻き消すほど大きなものだった。
あまりに大きなそれに驚いたため、一瞬息が詰まる。
だがそのおかげか、先ほどまで混乱していた頭が嘘のように沈静化していくのがわかった。
「……ヒック、ヒック…………ぐすっ」
嗚咽と、時折鼻水をすすりながら呼吸をゆっくりと整えようとする。
「落ち着いて、俺の姿をよく見ろ。丸腰だ」
そう言われてようやく男の方に顔を向ける。
そこにはきれいな銀色の髪をした青年がいて、両手を軽く上げてこちらに対して敵意がないことを示していた。
◇ ◇ ◇
「どうだ、もう大丈夫か?」
「は……はい。ご迷惑をおかけして申し訳ない、です……」
ようやく自身の感情の昂ぶりが収まってきた数分後。
私は今、銀髪の青年と共に先ほどの騒ぎで誰かに気づかれた恐れがあるため一旦図書館から離れ、人気のなさそうな森の中に入って大きな木の根元に座っていた。
最初はとても怖かったけれど、あらためて彼をよく見ると少しぶっきらぼうなところがありそうだけど根は悪い人のようには見えなかった……。少なくとも他人を簡単に殺すような人には。
「俺は国崎往人という。あんたは見覚えあるよ、そんなでかい耳してるからな。名前は?」
「エルルゥと申します。トゥスクル國の薬師です……一応」
「とぅすくる? なんだそりゃ?」
彼……クニサキさんというらしい青年は聞き慣れない言葉を聞いたかのように首をかしげている。
きっとトゥスクルやクッチャ・ケッチャなどといった國のどこでもないところから来たのだろう。
服装もなんとなく、自分たちのものとは趣きが違う。
「俺はそんな国は知らないが……まあ世界は広い。きっとそんなところもあるんだろうな」
「はい。クニサキさんは、どちらからいらっしゃったんですか?」
「いや、俺は……」
そんな他愛のない話をしばらく続ける。
クニサキさんの故郷。自分の故郷。仲間について。暮らしについて。
……クニサキさんの國ではずいぶんと発達しているらしい医療についても。
「へ~、そんな魔法のような薬があるんですか!」
「つってもこっちじゃ一般常識だがな。さすがに調合の仕方までは知らないが」
「ううう……なんだかとても悔しいです」
そんな話をしている内に、段々と警戒心が薄らいでいくのが自分でもわかった。
やっぱりこのクニサキさんはいい人だ。最初に取り乱していたのが申し訳なく思うくらいに。
ハクオロさんとはまた違った優しさがある。
談笑は続く。
「……それで、私にはアルルゥって妹がいて……」
(…………!)
そこで、ようやく気づいた。
「おい、どうした? エルルゥ?」
突然立ち上がった自分を、クニサキさんが座ったまま見上げている。
ああ、なんで今まで思い出さなかったんだろう。
ここにはハクオロさん以外にもトウカさんやカルラさんや……アルルゥがいるんだ。
「アルルゥが……」
「なに?」
「私の妹が、いるんです」
他のみんなは自分で自分を護れるだけの力を持っている。だけど、アルルゥには何もない。
ムックルやガチャタラもきっと連れていない。じっとしていたら、アルルゥが殺されるかもしれない。
最愛の妹が、死ぬかもしれない。
「クニサキさん。私、行かなければいけません」
「行く……って、おい待てよ」
「私があの娘を護ってやらないといけないんです。だから……」
「ちょっと待てって。俺が聞きたいことはまだ……」
「じっとなんてしていられません!」
先ほどの恐怖はどこへやら。
思い出してしまったからには手遅れとなる前に急がなければ。
たとえ自分の身が危険に晒されても、あの娘だけは護ってあげなくちゃ。何があろうとも、絶対に。
「クニサキさん、先ほどはご迷惑をおかけして申し訳ありません。そしてありがとうございました。それでは……」
そうぺこりとクニサキさんにお辞儀をして、今いるこの場から駆け出そうとしたその時。
「待て」
……底冷えのするような声がした。
「え?」
振り返ると、クニサキさんが無表情でこちらを見ていた。
元々無愛想な顔だったので一見したら何も変わっていないように見えるけれど、これは違う。
これは。この顔は。絶対にさっきまでのクニサキさんのものじゃない。
そしてその右手には、なんだかよくわからない鉄の塊が握り締められていた。
「クニサキ……さん?」
恐る恐るといった風に、そう言葉を発する。
きっと、また先ほどのようにぶっきらぼうな返事が返ってくるんだと信じて。
だけど、返事はない。その代わりに返ってきた言葉はこれ。
「そのまま動くな。動いたら、殺す」
冷たい目で、彼はそう口にするだけ。
何を言っているのか理解できなかった。
殺す? 誰が? クニサキさんが? 誰を? 私を? なんで?
「エルルゥ。これは俺が最後にお前に聞きたいことだ……神尾観鈴という女を知らないか?」
「カミオ……ミスズ?」
「金色の長い髪を一本で束ねた奴だ」
そう言うクニサキさんの表情は変わらない。ずっと無表情のまま。
「……知り、ません」
「そうか。それじゃあ……」
クニサキさんの顔には見覚えがあった。あの女の人。いとも簡単に二人の命を奪った、あの女の人と同じ――――感情のない、顔。
やっぱり、同類だった?
彼がいい人だと思ったのは自分の勘違いで、このクニサキさんもまた人の命をなんとも思わない人間だった?
「悪いが、ここで死んでくれ」
……いや、違う。
クニサキさんの顔は、感情のない顔なんかじゃなくて。
……今にも溢れ出しそうな感情を、必死に留めている顔なんだ。
◇ ◇ ◇
今、俺の目の前には先ほど自分が殺した少女の遺体が転がっていた。
自分に与えられた支給品は一丁の銃。名称は知らないが、ちゃんと全弾入っていて予備までついていた。
デイパックの中に隠しておいて、少女が駆け出そうと向こうを向いたときに取り出したのだが……
「…………」
あらためて少女……エルルゥの顔を見る。
慣れないものを扱って一発だけで正確に急所を狙う自信がなかったため、合計三発も彼女の胸あたりに見舞ってしまった。
さぞ苦しくて、痛かっただろう。
「…………」
エルルゥにも護りたいものはあった。アルルゥという名前らしい妹。
俺にとっては、観鈴にあたる存在。
俺と、このエルルゥに根本的な違いは何もない。
ただ共に護りたいものを護ろうとして、そして選んだ選択肢が違っただけ。
彼女が最期に何を思ったのかは知る由もないが、きっと俺を憎んでいったことだろう。
逆の立場なら俺だってそうなるに違いない。
「…………」
何度も、既に物言わぬ少女に謝りたい衝動に駆られた。
近寄って、せめてその遺体を晒したままにせずにこの大地に埋めてやりたかった。
だが、絶対にそれはしてはいけない。
俺は自分の意志で。明確な殺意を持って。絶対的な力をもった凶器で。
……純然たる決意で、この娘を殺したのだから。
そしてこれから、観鈴以外の全ての人間を殺すのだから。
エルルゥの護りたかった存在であるアルルゥも。
……美凪も。
そして全員を殺し終えた後で、自分も。
エルルゥの遺体から背を向けると、この全てを飲み込もうとしているかのような闇の中で第一歩を踏みしめる。
「――大丈夫だ、観鈴。俺が絶対におまえを殺させなんかしないし、おまえに誰も殺させなんてしない……」
そう、誰も聞いていないと知りつつ呟きながら。
お前の手は汚させない。俺が全部、泥を被ってやる。
たとえお前自身がそれを望まなくても。それでも。
「お前だけは、絶対に助けてみせる」
【F-3 森 /1日目 深夜】
【国崎往人@AIR】
【装備:コルトM1917(残り3/6発)】
【所持品:支給品一式×2、コルトM1917の予備弾60、木彫りのヒトデ@CLANNAD、たいやき(3/3)@Kanon】
【状態:精神的疲労小】
【思考・行動】
1:観鈴を探して護る
2:観鈴以外全員殺して最後に自害
3:相手が無害そうなら観鈴の情報を得てから殺す
【備考】
エルルゥのデイパックは国崎によって回収されました。
&COLOR(red){【エルルゥ@うたわれるもの 散りゆくものへの子守唄 死亡】}
[残り62人]
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