「パートナー」(2007/11/03 (土) 16:33:26) の最新版変更点
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「大丈夫、双樹ちゃんは俺が守ってあげるからね」
「あはは、別に強がらなくても大丈夫ですよ」
手を繋ぐ男女の後姿は微笑ましく、その仲睦まじい様子はまるで兄妹のそれだった。
役場を出た鳴海孝之と白鐘双樹はそのまま新市街方面に進路をとり、そこから辺りの探索を始めることにした。
それぞれの知り合いを探すべく共に行動を取ることにした二人、場をリードするのはどちらかというと双樹のようであった。
それは、頼りない兄をカバーするようにも見えたかもしれない。
年齢に似合わない頼もしさを持つ彼女、やはり普段双葉恋太郎の世話を見てきたからかこのような男性に慣れているといったところなのだろうう。
市街地まで出てくると、そのどこか懐かしい商店街のような軒並みに双樹は小さく溜息を着いた。
三人一緒を誓った川辺はないけれど、大事な家族とも思える商店街の人々と過ごした大事な世界にも似た空間に胸を締め付けられる。
(沙羅ちゃん、恋太郎……)
この世で一番大切な二人、絶対に守りたい掛け替えのない存在。
「三人一緒って、約束したもんね。きっと探し出すから……」
今一度決意を口にする双樹の横顔を眺めながら、孝之も彼女の左手を握る自分の手に少し力を込め直すのだった。
さて、ここで少しだけ時間を遡る、それはまだ二人が役場で話し合っていた時のことだった。
最初に集められた場所にいた人間は決して少ない数ではないということ、それは道を歩いていてもいつ誰が現れるか分からないという状況を表していた。
護身を考え、双樹は自分に支給された二丁ある内の拳銃の一丁を、孝之に預けることにした。
「いいですか、銃のお手入れはマメにしないと駄目なんですよ。こう、分解して……」
「そ、双樹ちゃん結構詳しいんだね」
「えへっ、少々弄る機会があったもので」
双樹の教授により、孝之も銃器との付き合い方を少しは学ぶことができた。
たどたどしい手つきながらも懸命に双樹の真似事をする、初めて味わう感覚はとにかく現実感がないということに尽きた。
その重みと冷たさに対し、正直途方に暮れるような思いの方が強く出る。
孝之は、実際これを使用する自分の姿すら想像できずにいた。
だが、そんなことは考えていられない。ともかく今、この双樹という存在に巡りあえたこと事態が孝之にとって最大の幸運だったのだから。
銃器の扱いもそうだが、何せ支給品の全てがハズレだった孝之は、彼女に出会わねば身を守る術を入手できなかったことになる。
そんな孝之の支給品はと言うと。
「鍋におたま……」
「何か食糧など見つかったら、お料理するのに使えますね。火がないですけど」
「ん、いいタイミングでブロッコリーとカリフラワーが……」
「お水を張ってお鍋で煮れば、ちょうどいいですね」
「あはは……」
「あははは~」
そんな訳で。
双樹は右手にデザートイーグルを、そして孝之は彼女と手を繋いでいるため持つことが叶わなかったので、ズボンのポケットにトカレフを収めていた。
手に持っていないのでは意味ないのではないか、何故手を繋ぐ必要があるのか。孝之が問いかけると、二人が逸れないためだと双樹は答えた。
正直いざという時これで大丈夫なのかという不安は拭えなかったが、双樹がそう言うならと孝之は口を閉ざす。
……ちなみに本当は、「孝之さん、いざという時立ち往生になっちゃって動けなくなっちゃうかもしれませんから」という双樹が彼をフォローするための安全策だったが、勿論これは孝之のプライドにも関係することなので伝えられることはなかった。
今の所危険な存在に遭遇することも無く、二人はほのぼのとした時間を過ごしていた。
双樹が見覚えのあるチェーン店を見つけて指を差すと、孝之も楽しそうに笑って答える。
真っ直ぐ続く道をわざと行かず、曲がり角を見つけては横道に逸れて行き二人はこの市街地を迷路に例えて遊ぶような余裕すら持っていた。
勿論、隅々まで調べなくては行けないという名目を掲げてのことだったが。それでもこうして語り合うことは、緊張で固まっていた孝之の精神をほぐすにはちょうど良い緩和剤だったらしく。
今では孝之も、普段の落ち着きを取り戻すことができるまで精神的にも回復していた。
そんな、楽しそうに歩く双樹と孝之の後方数十メートル。そこには。
(……何で、私がこんなことを…………)
すっかり登場するタイミングを逃した二見瑛理子が、こそこそと建築物や電柱などの遮蔽物の後ろから覗いているのだった。
「うわぁ、何だか楽しそうな場所に出ましたね~」
「そうですね。ここなら、誰かいるかもしれません」
一方、新市街南部からも新たな参加者がこの地帯に足を踏み入れていた。
それぞれの知人を探すべく、朝倉音夢と倉田佐祐理が森を抜けてここまでやって来たのだ。
腹の探りあいは勿論あるが、このペアもここまで問題なく辿り着くことができていた。
周囲を見渡す音夢の真剣な様子、佐祐理はこっそりとそんな彼女の横顔を盗み見る。
オーバーとも思えるくらい、音夢は周囲への気配りを欠かさなかった。
元々神経質だったり用心深かったりという彼女自身の性質かもしれないので、佐祐理もそこはつっこもうとは思わなかった。
それこそこのような場に放り込まれたという認識を彼女がきちんとした上で、こうして安全確認を念入りにしているのであれば。
パートナーとしては、非常に心強い面がある。
……勿論、気がかりは決して消えないが。
「……佐祐理さん? どうしましたか」
「いいえ~、何でもないですー」
見つめていたのが気づかれた、音夢が不思議そうにこちらを見やってくる。
それを笑顔でかわし、佐祐理もまた市街の中へと目線を送るのだった。
ちょっとしたショッピングモール、でもどこか懐かしさも感じられる。佐祐理が感じた印象は、まずそれだった。
店のシャッターはどこも下りている、閑散とした空気は鄙びた雰囲気を彼女等に与えた。所々にある街灯が、さらにその寂しさを表していたかもしれない。
コツ、コツと。歩くたびに響く二人の靴音が、やけに目立っている気がする。
何の変哲もないコンクリートだが、今まで歩いていたのが草木や土といった比較的足音が響かない場所だったからというのもあるかもしれない。
二人は、終始無言だった。
(あ、牛丼屋さんです。舞が見たら喜びそうです……)
全国規模で有名な牛丼を扱うチェーン店の目の前を通り過ぎる、ちらっと隣を歩く音夢の様子を窺うものの彼女は無反応であった。
少し寂しく思うが、仕方ない。馴れ合いで共に行動を取っている訳ではないのだから。
それからまたしばらく、二人は無言で歩き続けた。
市街地自体はそれほど入り組んでいるわけではない。似たような風景が多くなるのでそれで戸惑うことはあるかもしれないが、基本的な店の配列は田んぼのようなきっちりとしたものだった。
曲がり角が少なくないので、下手したら迷ってしまうかもと佐祐理が危惧しかけた時だった。
それは、ちょうど和菓子屋の前を通り過ぎ、カレー屋らしき看板が目に入った所。
隣を歩いていたはずの音夢が、いつの間にか足を止めていたのだ。
「……?」
顧みる。真剣な眼差し、彼女はすぐ目の前の曲がり角を凝視していた。
何事かと、つられたように佐祐理もそちらをじっと見つめる。
特に異変はないと思った、が・・・・・・・・・その時、ほんの僅かだが。
明らかに自分達のものではない、足音のようなものが、鳴った。気がした。
「……孝之さん、ちょっと止まってください」
「え?」
双樹のいきなりの指示に、孝之が戸惑ったように声を上げる。
一端繋いでいた手を離し、双樹は左手を水平に上げ彼の進路を塞いだ。
耳を澄ませる。今、二人の目の前には三つの道があった。
ちょっとした十字路、その道の一つに双樹等はいることになる。
曲がり道の一歩手前、双樹は孝之を置いて少しだけ顔を覗かせた。
正面は、こちらからも丸見えなので確認する必要はない。無人である。
右。ちょうど二人は左端を歩いていた、なので今その場からでも容易に見渡すことはできた。誰もいない。
左。『カレーショップオアシス』と名打たれた店のシャッターから様子を窺った。
誰も――。
「っ!!」
慌てて頭を引っ込める、それと同時に硬い物がコンクリートを打つ音が双樹の耳をついてくる。
革靴か何かが奏でる規則正しいリズム。時々ずれることから、一人ではないだろう。二人……いや、もしくは三人かもしれない。
(沙羅ちゃん? でも早合点は……)
ここで慌てて道に出て、不利な状況を作ったら元も子もなかった。
双樹はひたすら待った、左側の通路から現れるであろうこのゲームに参加させられた同胞達を。
手にしたデザートイーグルを構え直す、場合によっては迎撃しなければいけないかもしれなかったからだ。
だが、ここで気づく。後方では孝之を待機させたままであった。
このままこの場で待つよりも、一端後ろに下がり彼にも連絡を取る必要があるだろう。
万が一殺し合いに乗った者が現れた場合、取り乱してしまう可能性を持つ彼が遠くにいてはカバーできないかもしれないからだ。
双樹はだんだん大きくなっている足音を気遣いながらも、静かに後方へと移動を開始しようとした。
「誰かいるの?」
「!?」
とっとっと。軽快な音が、響く。双樹の履くブーツなんかよりもっと軽い足音である。
「双樹ちゃん、どうしたの?」
いつの間にか、孝之の顔が目の前にあった。さっきまでもっと後ろにいたはずなのに。
・・・・・・何の臆面もなく、戻ろうとした双樹の元へと彼は駆けて来たのだ。勿論、その際立てた自分の足音も特に気にせず。
「どうして待っててくれなかったんですか・・・・・・」
「え、え??」
溜息をつきそうになる、しかしそこはぐっと堪え双樹はそれだけを口にした。
スニーカーとはいえ、この静かな地帯ではちょっとした物音だけでもそれなりに響いてしまうというのに。
自覚のない孝之は、ただ困ったように頭をポリポリと掻くだけだった。
「あちらも、私達がこちら側にいることに気づいているみたいですね」
和菓子屋の前で立ち止まったまま、音夢は呟いた。
例の足音らしき音がしてから数分経ったが、前方からは何の反応もなかった。
しかし人がいるという事実だけは、音夢にも佐祐理にも伝わっている。
誰かいる、しかし誰がいるかは分からない。その状態に二人の間の空気はさらに張り詰めたものになった。
「はえ~……話し合いではダメでしょうか」
「まだ殺し合いに乗った人だと判断するのは早いです、ただ……これが待ち伏せだった場合も、考えた方がいいかもしれませんね」
二人は一応、「使える武器を所持していない」という建前を持ったペアでもあった。
弾数に限りのある音夢はともかく、最終手段であるナイフを佐祐理はここで取り出す訳にはいかなかった。
どうするか。音夢も、佐祐理も答えを出すことはできず。
やはりあちら側にいる人間の、出方を待つしかなかった。
両者、沈黙。
互いに探り合う様子の中、ピリピリとした空気が場を満たす。
双樹が、音夢が。
佐祐理が、孝之が。いい加減動かない事態に苛立ちを覚えだした頃。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
その、甲高い声が突如場に響き渡った。
もしここが砂地だったら、駆ける度に砂埃が一面に舞ったであろう。
もしここに水たまりがあったら、彼女が踏みしめるたびに水滴が飛び回ったであろう。
そう思えるくらい勢いよく、その少女は現れた。
右手には包丁、それに月明かりを反射させながら竜宮レナは真っ直ぐに走りこんできた。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
笑いながら、ひたすら笑いながら息を乱すこともなく。レナは一直線に、この十字路へと向かってき来ている。
目標を目で捕らえたからだ。宇宙人に洗脳された、可哀想な人が視界に入ったからである。
彼等を救えるのは自分しかいない、だからレナは迷うことなく突っ込んでいこうとした。
「う、うわぁ! 何なんだあの子はっ!?」
そんな猛進してくる少女と目が合い、思わず孝之が声を漏らす。
レナは、双樹と孝之のいる道の正面に値する道から現れたのだ。
「孝之さん、下がっててくださいっ!」
怖気づいてしまっている孝之を守るかのごとく、双樹が彼の前に走りこむ。
そのまま手にするデザートイーグルを少女に向けて構え、強い口調で言い放った。
「止まってください! じゃないと撃ちますよっ」
「あははははは駄目だよ駄目だよ! レナを撃つ? 撃つ? 違うね、それはあなたの意志じゃなくて宇宙人が与えた指令なんだよ!
可哀想可哀想、レナが早く解放してあげる。その支配からの脱却っ、あはははは! 楽にしてあげるからね、すぐだよすぐ!」
双樹の表情が歪む、意味の分からないことをのた打ち回る少女が速度を緩めることはなかった。
いや、むしろスピードを上げているかもしれない。姿勢を低くして迫ってくる少女の手の中では、光る包丁が不気味な色を湛えていた。
薄気味悪い笑い声をあげる少女は狙いを双樹一本に定めたようで、そのまま一直線に彼女へと向かって駆けて来る。
その距離はどんどん狭められ、もうそろそろで包丁の射程距離に入ってしまうくらいにもなった。
小さく舌を打つと、双樹は少しだけ標準を外し。デザートイーグルの引き金を、躊躇なく引いた。
「ひぃっ!」
後方から悲鳴、孝之のものだろう。しかし振り返る余裕はない、牽制したにも関わらず少女はやはり走りこむ速度を落とさなかった。
「あははははははははは」
「・・・・・・っ」
一閃、胴体を狙って包丁が薙ぎ払われる。
そしてそのまま二度、三度。縦に斜めにと振るわれた。
一見めちゃくちゃに振り回しているだけにも見えるが、それは的確に双樹のいた場所を刻むかのように描かれた軌跡だった。
ステップを踏んで横にずれながら、双樹が体勢を整える。
最低限の動きで攻撃をかわし少女をスピードをいなそうとするが、追いすがるように双樹の動きについて来る少女の勢いが削がれる気配はない。
「あははははははははは」
しかも、これだけ大振りをしているにも関わらず、少女には隙がなかった。
(思ったより場慣れしてますね、これは厄介かな)
しゃがんだと同時に、頭上を切り裂く包丁の残像を双樹の瞳はしっかりと捉えた。
後ろに跳んで距離をあけた後もう一度銃弾を撃ち込んでみる、しかし動きの速い少女に対し上手くそれが掠ることはなかった。
・・・・・・本気で当てようとしないと、無理だ。しかし命を奪うほどの致命傷を与えるかと言う話になると、それはまた別になる。
だが、双樹の息が上がってきているのに対し、少女はまだまだ余裕そうであるという現実もある。
判断は早めにつけないといけない。
けれども、少女を殺すという直接的な行為に対し。
「くっ……」
双樹はまだ、覚悟が足りなかった。
その差が明確に出たのはそれからすぐのことであった。
「え、きゃっ?!」
気がついたら、宙に体が浮いていたということ。
足が払われた、そう気がついた時には双樹は地面に尻餅をついた状態であった。
「あははははははははは! レナの包丁が気になってたんでしょ、上ばっかり見てたからね!
見逃さないよ残念だったね、あははははははははは! これまでだよ宇宙人んんん!!!」
叫びと共に、包丁が頭上目掛けて垂直に構えられる。
デザートイーグルを構えている暇は・・・・・・ない。
(沙羅ちゃん……恋太郎っ……!!)
どうしようもなかった。
双樹が目の前の刃から逃げるには、ただ強く目を瞑ることくらいしかできなかった。
奇声を発しながら駆け抜けていった少女は、自分達が今まで様子を窺っていた右方に消えた。
それと同時に鳴り響いた銃声に、音夢も佐祐理も即座に顔を見合わせる。
「音夢さん!」
呼びかけると音夢も頷き返してくる、二人は少女の後を追い角の向こうの様子をすぐ見に行った。
万が一のこともあり顔だけ覗かせると、そこにはどう見ても笑い声を上げながら包丁を振り回す奇人が、いたいけな女の子を襲っている図があった。(勿論事実もそうであったのだが)
しかし一方的に包丁を振り回す少女も、よくよく見れば自分達と年代がそう変わらないことがすぐ分かる。
「な、何でこんなこと……きゃっ!」
佐祐理が呟くとともに、もう一度銃声が場に響いた。
巻き込まれる前に逃げた方がいいかもしれない、見た限りその場には二人の知り合いはいないようでもあった。
……しかし、佐祐理はそんな理由で困っている人を放っておけるような人格ではなかった。
とにかく、押されている女の子の援護をしなければいけない。
周囲を見渡し、佐祐理は何か役に立つものがないかと必死に目を動かした。
しかし目に入るものはシャッターの降りた建物ばかり、焦る気持ちばかりが先行し彼女は自分に支給されたスペツナズナイフの存在すら忘れていた。
何でもいい、何か女の子を助けられるものを。
そんな時だった。佐祐理の頭に、音夢の「あの支給品」が浮かんだのは。
「ね、音夢さん! あれ出してくださいっ」
「え? あれって……」
「あれです、あの変な重いやつですっ」
佐祐理が口にすると同時に、今までとは種の違う叫び声を彼女の聴覚が捉えた。
見ると、さっきまで互角の攻防を繰り広げていた女の子が腰をついてピンチになってしまっている状態だった。
時間はない。デイバッグを地面に置き、九十七式自動砲を両手で持ち上げる音夢からそれを急いで奪う。
ずっしりとした負荷が佐祐理の腕をしびらせた、しかし佐祐理はそんなことお構いなしに。
駆けた。それは、包丁を持った少女が高らかに勝利を宣言している時だった。
駆けた。尻餅をついた女の子が両目を硬く閉じ、包丁が振り下ろされようとするその瞬間だった。
佐祐理はいきなり足を止め、その反動に任せ。
それを。例の、九十七式自動砲を。
「てやあぁー!!」
ブン投げた。
「……ぎゃあっ!」
耳障りな悲鳴に驚き、思わず双樹は閉じていた眼を見開いた。
視界に飛び込んで来たのは肩口を押さえ呻く少女だった、その次の瞬間コンクリートの上を金属がはぜる音が響く。
そして少女が取り落としたであろう包丁が、すぐ傍に転がっていくのが目に入った。
「逃げてください、今のうちに立ってくださいっ」
前方から女性の叫び声がかけられる・・・・・・場所からして、先ほど自分達が気配を窺っていた人物であろうか。
一人は曲がり角地に存在するカレーショップの隣に、もう一人は今もこちらへ駆け寄ってくる途中で・・・・・・呼びかけを行ったのは彼女であろうか。
そんなことを考えていたお陰で、双樹はすぐの判断ができなかった。「逃げろ」という言葉を、理解するまでに間ができてしまう。
「う、宇宙人めえぇ……!!」
一方、側面からのいきなりの攻撃で右肩を負傷してしまったレナも急いで体勢を整えようとしていた。
今まで目の前の双樹しか見ていなかったので、いつの間にか近づいてきたこの新しい刺客の存在というのは彼女にとっても盲点だった。
自らの不覚を実感するしかない。でも大丈夫、駆け寄ってくる茶髪の少女との距離はまだ充分ある。
それに、随分と疲労の色が強く見える。あの少女は後に回しても問題ないであろう。
そう。彼女がこちらに辿り着く間に、せめてこの子だけは。
「こんのっ、大人しくしろおぉぉ!」
「きゃあっ!!」
武器を取ろうとせず、レナは左肩からタックルを仕掛け座り込んでいた双樹を押し倒した。
そのまま、マウントポジションを取る。
「あはははは、これで終わりだぁ!」
コンクリートの地べたに少女の頭部を押し付け、レナは動かない右腕の変わりに左腕を双樹の喉にかけ、潰すように固定した。
「たかゆき、さん……」
必死に顔を動かし、押さえつけた女の子が茶髪の少女等がいない方の道へと視線をやる。
つられてレナも目を向けた、しかしそこにいたのは。
腰が抜けたのだろうか、無様に電柱に寄りかかるだけで何もしようとしない。一人の、弱虫が、いるだけだった。
「駄目、止めてくださいっ……きゃ!!」
先ほどの茶髪の少女の声が再び響く、しかしレナが振り返ると不運にも彼女は走る途中に足を絡ませてしまったのか、そのまま前のめりに転倒してしまっていた。
……これで、レナの勝利が決まったかのように見えた。双樹の助けは、もう現れない。
「……ぁ…………」
掠れた吐息。それはつい先ほどまで声帯が醸し出していた、少女の可愛らしいものとは全く種の違うものであった。
左腕へと加える力が強くしたためだろう、きっと喉を圧迫するそれで呼吸すらままならなくなっているはずだ。
「あはははは! まず一人、まず一人だ!!!」
勝利の宣言だった。レナはこうして、宇宙人に洗脳されてしまった哀れな民間人を助けることに成功したのだ。
それは快楽だった。獲物を狩るということ事態もとにかく気持ちよかった。
弱っていく女の子を見ているのも、犠牲者を天に召す存在になるということも。全てが、レナの活力へと変換させられていくようだった。
興奮が抑えきれない、自然と漏れる笑い声に酔いそうになる。
幸せな時間だった。終わって欲しくない、しかし早く終えてまた可哀想な人たちを救いに行かなければいけない。それが定めだから。
レナの、運命だったから。
しかし邪というレベルを通り越したレナの思考は、ぶっつりと。いきなり途切れてしまうことになる。
それはまさしく、思ってもみない攻撃だった。
「いぎゃあっ!!」
「……がっ、ごほっ、ごほっ!」
いきなり外れた拘束、双樹はすぐさま空気を取り込もうと咳き込んだ。
霞む視界の中、それこそキスするくらい近い場所には自分を抑えていた少女が苦悶の表情で喘いでいて。
何が起きたのか。唯一考えられる可能性は、一つだった。
「孝之、さん……?」
ぼたぼたと垂れる血が、少女の白いワンピースを汚していた。
それは、彼女の左肩から流れている。茶髪の少女がレナを攻撃したのは右方から、それならばこれは孝之のいる方向からしか与えられない奇襲である。
「今よ! いいからそいつの動きを止めなさいっ!」
だが、それは本当に聞き覚えのない声だった。女性であることは分かる、つまり孝之でないことだけは理解できる。
……茶髪の少女の件もある、ここでいきなり知らない人間が現れたことで動揺していては埒が明かないと。
今度こそ、双樹は早急な判断を下した。
朦朧とした意識の中、手探りで武器を探し出す。この近くには包丁かデザートイーグルが、必ず落ちているはずだった。
そして、次の瞬間右手に慣れ親しんだ感触が伝わる。双樹はすぐさまそれを握り締めると、間を置くことなく。
トリガーを引いた。狙ったのは、少女の足だった。
「ぎあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
絶叫。そのまま側面に身を倒れていく少女の気配を感じながら、双樹もまたぼやけていく意識に身を任せるのだった。
(やった、やったよ沙羅ちゃん……恋太郎…………)
その表情には、微笑すら浮かんでいた。
「はえ~、よかったです……」
ペタンと、尻餅をついたまま。佐祐理は小さく呟いた。
もう駄目だと思った、急いで駆けつけようとしたものの転んでしまった彼女はそこから再び立ち上がることができないでいた。
足が、自分の意思で動かせなかったのだ。
ガクガクと膝が笑い続けるのを抑えられなかった、緊張の中で佐祐理の肉体が迎えた限界というのはこうも早かったのだ。
奇声を発する少女は、ただただ撃たれた太ももを押さえながらのた打ち回るだけだった。もう攻撃してくる気配はない。
襲われていた女の子も、気を失ってしまっているだけでもう平気だろう。
その向こう、突如現れた長いストレートの黒髪を揺らす少女が、二人が争ってる際放心していた青年の下に駆け寄り彼の体を起こしているのが目に入る。
「大丈夫ですか、佐祐理さん」
ふと気づくと、音夢も隣まで近づいてきていた。
事が終わったのを確かめたからかだろうか。黒髪の彼女がそうしたように、音夢もまた佐祐理に対し手を差し伸べてくる。
「あはは、ありがとうございます……でも、もうちょっと待って貰ってもいいですか?」
「どうかしましたか?」
「いえ、その……足に、力が入らなくって」
あはは~と、苦笑いを浮かべる。本当に格好の悪い話だった。
音夢もまた、ふふっと微笑んでいた。
恥ずかしい気持ちも勿論あったが……ここにきて佐祐理は自分が一人じゃなかったという事実に対し、非常に安心感を持つようになっていた。
それは、この襲われた少女を助けようとする際自分一人では何もできなかったかもしれないということ。
焦ってしまい支給されたナイフに対し頭が回らなかった、でも音夢がいたからあの女の子のピンチに対応することができた。
……いや、音夢自身は何もしていないが。それでも彼女と出会い、お互いの支給品を見せ合うことで佐祐理はあの行動を起こすことができたのだから。
それに、もし今へたり込んでしまっている自分の隣に誰もいなかったとしたら。それは、想像するだけで非常に心細く感じてしまう。
確かに疑っている面は勿論ある、でも今のところは全く問題なかった。
音夢というパートナーは、確かに佐祐理の人恋しく思う精神を癒す存在になっていた。
「そうですか。ではちょっと待っててください」
だが、そんな佐祐理の心理を知らないからか。
音夢は、今は起き上がれないという佐祐理を置いてそのまま倒れこむ二人の少女の元へと歩を進めたのだった。
……彼女が何をしようとするのか、佐祐理は想像できなかった。
気絶してしまった方の女の子を助けるのだろうか、それとも傷を負ったあの少女を……
とにかく意図が分からないので、何も言えなかった。
だが、それでも口にすれば良かったと思う。
何でもいいから、疑問を。「何をするんですか」と、ちゃんと聞いていれば良かったと思う。
それは、後悔だった。
「ぎ……ぎゃあああああああああああああぁぁああ!!!!!」
背筋を走り抜ける寒気、あまりのことに佐祐理は息をすることすら忘れてしまった。
ぱくぱくと、魚のように動かすだけの口からは音は漏れない。
その代わり、彼女の大きな瞳からいくつもの涙がこぼれ出してきた。
悲しいとかそういう類のものではなく、ただただ大きな感情の波が襲ってきたことに体が反応してしまっているという状態であった。
「……ぁ、あぁぁ!!」
呆然と見やるのは佐祐理だけではなかった、その向こうの男女も……あまりのことに、硬直してしまっているようだった。
周囲の人間が唖然とする中、場の中央だけが淡々と流れる時間を表していた。
そして、その中心にいるのが。他でもない、音夢だった。
彼女が今手にしているのは、奇声を上げた少女の持っていた包丁だった。
コンクリートの地面に転がっていたそれを無言で拾い上げ、音夢はそのまま寝転がる二人の少女へと向かった。こうするために。
「……!」
「…………!!」
最早、悲鳴すら聞こえなかった。いや、上げられないのだろう。
ひたすら無造作に振り下ろされるそれを、二人は受け入れるしかなかったのだから。
音夢は無言のまま、包丁を上下させる運動を繰り返し続けていた。
白いセーラーが赤く染まっていくのも、全く気にしていないようだった。
「双樹、ちゃん・・・・・・?」
孝之の目の前で、少女は肉塊へと変化させられていた。
守ると、言ったのに。結局何もできなかったけれど。
他愛もないおしゃべりの中で言った自分の一言が、孝之の頭の中でグルグルと周っていた。
そう、孝之自身は何もできなかったけれど、でも双樹は命がけの戦いに勝利したはずだった。
それがどうして。どうして、彼女は。
「ふう、これだけやっておけばもう充分でしょうね」
どうして、あのような残虐な仕打ちを、受けているのだろうか。
「何してるの、さっさと逃げないとこっちが餌食になるわよ!」
見知らぬ少女に腕を掴まれる、いつの間にこの子は現れたのだろう。
ああ、そうだ。双樹ちゃんが首を絞められている時、いきなり背後から現れたこの子が双樹ちゃんを救ったんだ。
今でも覚えている、目の前を飛んでいったナイフがあのボブカットの女の子に当たったのを。
かっこよかった、この子がいなければ双樹ちゃんは首を絞められてそのまま命を落としていたのだから。
……ああ、なら大丈夫じゃないか。問題、ないじゃないか。
「そ、双樹ちゃんを助けてくれよ……」
「はぁ?」
「もう一度、双樹ちゃんを助けてくれよ! 君ならできるだろ、さっきみたいにさ、ほらっ」
何故だろう、何故こんな、この子はこんな汚いものを見るかのような目で。俺を見るのだろう。
「いいから行くわよ、走りなさい!」
「……や、だ」
「はぁ?」
「駄目だよ、だって双樹ちゃんが、双樹ちゃんが…………」
『白鐘双樹といって、双葉探偵事務所というところで助手をやってます。所長の恋太郎は凄い人なんですよ。だから安心して任せてください 』
孝之の頭の中ではにっこりと微笑んだ双樹が、今もその優しい笑みを彼に向けていた。
強くて優しい、そして銃の扱いを教えてくれた双樹が。一緒に市街地を探索した、二人で色んな店を見て回ったあの双樹が。
「双樹ちゃん……」
「……」
瑛理子は、何も言わなかった。
ただ無言で、そのまま走り出した。孝之の腕を掴んだまま、あの場に残った人間に背を向け。
ぶつぶつと独り言を繰り返していたが、孝之もつられる形で足を動かしていた。
その歩みは決して早くないけれど、でも。
瑛理子は文句一つ言わず、ただ無言で走り続けていた。
でも、心中では。
(反吐がでるわ……)
そんな毒づいた黒い感情が、徐々に広がっていくのを実感するしかなかった。
「何故こんなことをしたか……そうとでも、言いたそうですね」
そして誰もいなくなり、場に残されたのは佐祐理と音夢だけになる。
立ち上がり包丁を投げ捨てた音夢は、そのまま周囲に落ちていた双樹のデザートイーグルと……少し離れた場所に転がっていた、佐祐理の投げた自動砲を回収しだす。
音夢は作業を続けていた。佐祐理を見ようともせず、ただ黙々と。
「これからのことを考えた上で何をすればいいか、優先順位を自分でつけてみただけなんですよ」
「どういう、ことですか……」
か細い、疲れきった声が返ってきて思わず噴出しそうになる。
「言葉の通りですが?」
笑みを湛えながら振り返ると、そこにはよろよろとしたものの何とか立ち上がっている佐祐理が目に入った。
「佐祐理さん、意外と行動力ありますよね。私びっくりしちゃいました、これなら一緒にいても頼もしいですよ」
また双樹の元へ戻り、今度は彼女のデイバッグを漁りだす。
「……へえ、予備の弾まで用意されてるんですか。私よりもいい扱いされてますね」
出てきた二種類の予備弾、音夢は特に確認をすることもなくどんどん自分のデイバッグへとそれを移していった。
「これは……」
地図やコンパスといった被っている支給品は投げ捨て、食料や水などの必需品も移し終えた後。
これが最後の荷物だろうか。それは、可愛らしい表情の描かれたマグカップだった。
いかにも女の子が好きそうなデザインだった、少し使用感のあることから元は誰かの持ち物だったのかもしれない。
「これは、いりませんね」
だが、音夢はたった一言でそれを片付けた。
そして、ぽいっと。コンクリートの地面の上にそれを。投げ捨てた。
無造作に。地図やコンパス、それに先ほど振るっていた包丁を投げ捨てたのと同じように。
その気軽さが、怖かった。
「では行きましょうか……それとも、私とも争います?」
ぞっとするような、問い。再び笑い出す膝に力を入れ直し、佐祐理は音夢と対峙し続けた。
この彼女のいきなりの変容が、何を指すのか。考えようとするものの上手く動かない思考回路が佐祐理の冷静さを奪っていく。
(どう、すれば……)
音夢に対し仲間意識を持った矢先がこれだった。
しかし幸い、隠し持つナイフの存在は気づかれていない。ならやりようがあるかもしれない。
(……でも、音夢さんは、拳銃を…………)
少し明けてきた空、薄ら寒さを今になって実感するがきっとそれは時間だけが関係しているわけではないだろう。
佐祐理に与えられた選択は二つ、頭痛が生まれる中佐祐理は懸命にどうすればいいか考えあぐねていた。
「どうぞ、好きにしていいですよ佐祐理さん。あなたに選択権を与えているのですから」
一方余裕を振りまく音夢は、そう言いながら今度はレナのデイバッグへと手を伸ばすのだった。
【B-3 新市街 1日目 黎明】
【二見瑛理子@キミキス】
【装備:無し】
【所持品:支給品一式 ノートパソコン(六時間/六時間) ハリセン】
【状態:健康、この場から逃げ去る】
【思考・行動】
1:孝之をつれて逃亡
2:殺し合いに乗らず、首輪解除とタカノの情報を集める。
【備考】
川澄舞、国崎住人、佐藤良美、杉並、園崎詩音、高嶺悠人、ハクオロ、芙蓉楓、古手梨花、宮小路瑞穂を危険人物を認識しました。
ノートパソコンのバッテリーはコンセントを使わない場合連続六時間までしか使用できません。充電によって使用時間は延ばせます。
ネット内のホームページは随時更新しています。
水澤摩央とは面識はありません。
二見瑛理子が見た物はネット上の「少年少女殺し合い、優勝者は誰だ!?」というホームページです。
現時点では何らかの制限で他のページへのアクセスは出来ません。
【鳴海孝之@君が望む永遠】
【装備:トカレフTT33 9/8+1 】
【所持品:ブロッコリー&カリフラワー@ひぐらしのなく頃に祭 空鍋&おたまセット@SHUFFLE! ON THE STAGE 支給品一式】
【状態:混乱】
【思考・行動】
1:双樹は本当に死んでしまった? いや、そんな訳あるはずない
2:死にたくない
【備考】
二人は東部へと逃げました。
【朝倉音夢@D.C】
【装備: S&W M37 エアーウェイト 弾数5/5 】
【所持品:支給品一式(水と食料×2) IMI デザートイーグル 10/7+1 IMI デザートイーグル の予備マガジン10 トカレフTT33の予備マガジン10 九十七式自動砲弾数7/7(重いので鞄の中に入れています)】
【状態:健康、佐祐理の出方を窺う、レナのデイバッグを漁る】
【思考・行動】
基本:純一と共に生き延びる
1・ことり、さくらを殺す
2・兄さん(朝倉純一)と合流する
3・殺すことでメリット(武器の入手等)があれば殺すことに躊躇は無い。
【備考】
目で見てすぐ分かるくらい、制服が血で汚れてしまっています
※S&W M37は隠し持っています。
【倉田佐祐理@Kanon】
【装備:スペツナズナイフ】
【所持品:支給品一式、だんご×30】
【状態:精神的疲弊、音夢をどうするか思案中】
【思考・行動】
基本:ゲームには乗らない。ただし、危険人物を殺すことには躊躇しない
1・舞や祐一に会いたい
【備考】
※ナイフはスカートの中に隠しています。
【備考】
レナの包丁は二人の死体傍に放置
瑛理子のコンバットナイフはレナの左肩に刺さったままです
&color(red){【白鐘双樹@フタコイ オルタナティブ 恋と少女とマシンガン 死亡】}
&color(red){【竜宮レナ@ひぐらしのなく頃に祭 死亡】}
[残り59人]
|033:[[出会いと別れ]]|投下順に読む|035:[[星空の辻]]|
|031:[[魔女]]|時系列順に読む|035:[[星空の辻]]|
|022:[[天才少女、探偵少女、ヘタレ男]]|二見瑛理子|062:[[それぞれの失敗?]]|
|022:[[天才少女、探偵少女、ヘタレ男]]|鳴海孝之|062:[[それぞれの失敗?]]|
|028:[[笑顔の向こう側で]]|朝倉音夢|037:[[兄と妹]]|
|028:[[笑顔の向こう側で]]|倉田佐祐理|037:[[兄と妹]]|
|022:[[天才少女、探偵少女、ヘタレ男]]|白鐘双樹||
|019:[[たかだか数十分]]|竜宮レナ||
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**パートナー ◆7NffU3G94s
「大丈夫、双樹ちゃんは俺が守ってあげるからね」
「あはは、別に強がらなくても大丈夫ですよ」
手を繋ぐ男女の後姿は微笑ましく、その仲睦まじい様子はまるで兄妹のそれだった。
役場を出た鳴海孝之と白鐘双樹はそのまま新市街方面に進路をとり、そこから辺りの探索を始めることにした。
それぞれの知り合いを探すべく共に行動を取ることにした二人、場をリードするのはどちらかというと双樹のようであった。
それは、頼りない兄をカバーするようにも見えたかもしれない。
年齢に似合わない頼もしさを持つ彼女、やはり普段双葉恋太郎の世話を見てきたからかこのような男性に慣れているといったところなのだろうう。
市街地まで出てくると、そのどこか懐かしい商店街のような軒並みに双樹は小さく溜息を着いた。
三人一緒を誓った川辺はないけれど、大事な家族とも思える商店街の人々と過ごした大事な世界にも似た空間に胸を締め付けられる。
(沙羅ちゃん、恋太郎……)
この世で一番大切な二人、絶対に守りたい掛け替えのない存在。
「三人一緒って、約束したもんね。きっと探し出すから……」
今一度決意を口にする双樹の横顔を眺めながら、孝之も彼女の左手を握る自分の手に少し力を込め直すのだった。
さて、ここで少しだけ時間を遡る、それはまだ二人が役場で話し合っていた時のことだった。
最初に集められた場所にいた人間は決して少ない数ではないということ、それは道を歩いていてもいつ誰が現れるか分からないという状況を表していた。
護身を考え、双樹は自分に支給された二丁ある内の拳銃の一丁を、孝之に預けることにした。
「いいですか、銃のお手入れはマメにしないと駄目なんですよ。こう、分解して……」
「そ、双樹ちゃん結構詳しいんだね」
「えへっ、少々弄る機会があったもので」
双樹の教授により、孝之も銃器との付き合い方を少しは学ぶことができた。
たどたどしい手つきながらも懸命に双樹の真似事をする、初めて味わう感覚はとにかく現実感がないということに尽きた。
その重みと冷たさに対し、正直途方に暮れるような思いの方が強く出る。
孝之は、実際これを使用する自分の姿すら想像できずにいた。
だが、そんなことは考えていられない。ともかく今、この双樹という存在に巡りあえたこと事態が孝之にとって最大の幸運だったのだから。
銃器の扱いもそうだが、何せ支給品の全てがハズレだった孝之は、彼女に出会わねば身を守る術を入手できなかったことになる。
そんな孝之の支給品はと言うと。
「鍋におたま……」
「何か食糧など見つかったら、お料理するのに使えますね。火がないですけど」
「ん、いいタイミングでブロッコリーとカリフラワーが……」
「お水を張ってお鍋で煮れば、ちょうどいいですね」
「あはは……」
「あははは~」
そんな訳で。
双樹は右手にデザートイーグルを、そして孝之は彼女と手を繋いでいるため持つことが叶わなかったので、ズボンのポケットにトカレフを収めていた。
手に持っていないのでは意味ないのではないか、何故手を繋ぐ必要があるのか。孝之が問いかけると、二人が逸れないためだと双樹は答えた。
正直いざという時これで大丈夫なのかという不安は拭えなかったが、双樹がそう言うならと孝之は口を閉ざす。
……ちなみに本当は、「孝之さん、いざという時立ち往生になっちゃって動けなくなっちゃうかもしれませんから」という双樹が彼をフォローするための安全策だったが、勿論これは孝之のプライドにも関係することなので伝えられることはなかった。
今の所危険な存在に遭遇することも無く、二人はほのぼのとした時間を過ごしていた。
双樹が見覚えのあるチェーン店を見つけて指を差すと、孝之も楽しそうに笑って答える。
真っ直ぐ続く道をわざと行かず、曲がり角を見つけては横道に逸れて行き二人はこの市街地を迷路に例えて遊ぶような余裕すら持っていた。
勿論、隅々まで調べなくては行けないという名目を掲げてのことだったが。それでもこうして語り合うことは、緊張で固まっていた孝之の精神をほぐすにはちょうど良い緩和剤だったらしく。
今では孝之も、普段の落ち着きを取り戻すことができるまで精神的にも回復していた。
そんな、楽しそうに歩く双樹と孝之の後方数十メートル。そこには。
(……何で、私がこんなことを…………)
すっかり登場するタイミングを逃した二見瑛理子が、こそこそと建築物や電柱などの遮蔽物の後ろから覗いているのだった。
「うわぁ、何だか楽しそうな場所に出ましたね~」
「そうですね。ここなら、誰かいるかもしれません」
一方、新市街南部からも新たな参加者がこの地帯に足を踏み入れていた。
それぞれの知人を探すべく、朝倉音夢と倉田佐祐理が森を抜けてここまでやって来たのだ。
腹の探りあいは勿論あるが、このペアもここまで問題なく辿り着くことができていた。
周囲を見渡す音夢の真剣な様子、佐祐理はこっそりとそんな彼女の横顔を盗み見る。
オーバーとも思えるくらい、音夢は周囲への気配りを欠かさなかった。
元々神経質だったり用心深かったりという彼女自身の性質かもしれないので、佐祐理もそこはつっこもうとは思わなかった。
それこそこのような場に放り込まれたという認識を彼女がきちんとした上で、こうして安全確認を念入りにしているのであれば。
パートナーとしては、非常に心強い面がある。
……勿論、気がかりは決して消えないが。
「……佐祐理さん? どうしましたか」
「いいえ~、何でもないですー」
見つめていたのが気づかれた、音夢が不思議そうにこちらを見やってくる。
それを笑顔でかわし、佐祐理もまた市街の中へと目線を送るのだった。
ちょっとしたショッピングモール、でもどこか懐かしさも感じられる。佐祐理が感じた印象は、まずそれだった。
店のシャッターはどこも下りている、閑散とした空気は鄙びた雰囲気を彼女等に与えた。所々にある街灯が、さらにその寂しさを表していたかもしれない。
コツ、コツと。歩くたびに響く二人の靴音が、やけに目立っている気がする。
何の変哲もないコンクリートだが、今まで歩いていたのが草木や土といった比較的足音が響かない場所だったからというのもあるかもしれない。
二人は、終始無言だった。
(あ、牛丼屋さんです。舞が見たら喜びそうです……)
全国規模で有名な牛丼を扱うチェーン店の目の前を通り過ぎる、ちらっと隣を歩く音夢の様子を窺うものの彼女は無反応であった。
少し寂しく思うが、仕方ない。馴れ合いで共に行動を取っている訳ではないのだから。
それからまたしばらく、二人は無言で歩き続けた。
市街地自体はそれほど入り組んでいるわけではない。似たような風景が多くなるのでそれで戸惑うことはあるかもしれないが、基本的な店の配列は田んぼのようなきっちりとしたものだった。
曲がり角が少なくないので、下手したら迷ってしまうかもと佐祐理が危惧しかけた時だった。
それは、ちょうど和菓子屋の前を通り過ぎ、カレー屋らしき看板が目に入った所。
隣を歩いていたはずの音夢が、いつの間にか足を止めていたのだ。
「……?」
顧みる。真剣な眼差し、彼女はすぐ目の前の曲がり角を凝視していた。
何事かと、つられたように佐祐理もそちらをじっと見つめる。
特に異変はないと思った、が・・・・・・・・・その時、ほんの僅かだが。
明らかに自分達のものではない、足音のようなものが、鳴った。気がした。
「……孝之さん、ちょっと止まってください」
「え?」
双樹のいきなりの指示に、孝之が戸惑ったように声を上げる。
一端繋いでいた手を離し、双樹は左手を水平に上げ彼の進路を塞いだ。
耳を澄ませる。今、二人の目の前には三つの道があった。
ちょっとした十字路、その道の一つに双樹等はいることになる。
曲がり道の一歩手前、双樹は孝之を置いて少しだけ顔を覗かせた。
正面は、こちらからも丸見えなので確認する必要はない。無人である。
右。ちょうど二人は左端を歩いていた、なので今その場からでも容易に見渡すことはできた。誰もいない。
左。『カレーショップオアシス』と名打たれた店のシャッターから様子を窺った。
誰も――。
「っ!!」
慌てて頭を引っ込める、それと同時に硬い物がコンクリートを打つ音が双樹の耳をついてくる。
革靴か何かが奏でる規則正しいリズム。時々ずれることから、一人ではないだろう。二人……いや、もしくは三人かもしれない。
(沙羅ちゃん? でも早合点は……)
ここで慌てて道に出て、不利な状況を作ったら元も子もなかった。
双樹はひたすら待った、左側の通路から現れるであろうこのゲームに参加させられた同胞達を。
手にしたデザートイーグルを構え直す、場合によっては迎撃しなければいけないかもしれなかったからだ。
だが、ここで気づく。後方では孝之を待機させたままであった。
このままこの場で待つよりも、一端後ろに下がり彼にも連絡を取る必要があるだろう。
万が一殺し合いに乗った者が現れた場合、取り乱してしまう可能性を持つ彼が遠くにいてはカバーできないかもしれないからだ。
双樹はだんだん大きくなっている足音を気遣いながらも、静かに後方へと移動を開始しようとした。
「誰かいるの?」
「!?」
とっとっと。軽快な音が、響く。双樹の履くブーツなんかよりもっと軽い足音である。
「双樹ちゃん、どうしたの?」
いつの間にか、孝之の顔が目の前にあった。さっきまでもっと後ろにいたはずなのに。
・・・・・・何の臆面もなく、戻ろうとした双樹の元へと彼は駆けて来たのだ。勿論、その際立てた自分の足音も特に気にせず。
「どうして待っててくれなかったんですか・・・・・・」
「え、え??」
溜息をつきそうになる、しかしそこはぐっと堪え双樹はそれだけを口にした。
スニーカーとはいえ、この静かな地帯ではちょっとした物音だけでもそれなりに響いてしまうというのに。
自覚のない孝之は、ただ困ったように頭をポリポリと掻くだけだった。
「あちらも、私達がこちら側にいることに気づいているみたいですね」
和菓子屋の前で立ち止まったまま、音夢は呟いた。
例の足音らしき音がしてから数分経ったが、前方からは何の反応もなかった。
しかし人がいるという事実だけは、音夢にも佐祐理にも伝わっている。
誰かいる、しかし誰がいるかは分からない。その状態に二人の間の空気はさらに張り詰めたものになった。
「はえ~……話し合いではダメでしょうか」
「まだ殺し合いに乗った人だと判断するのは早いです、ただ……これが待ち伏せだった場合も、考えた方がいいかもしれませんね」
二人は一応、「使える武器を所持していない」という建前を持ったペアでもあった。
弾数に限りのある音夢はともかく、最終手段であるナイフを佐祐理はここで取り出す訳にはいかなかった。
どうするか。音夢も、佐祐理も答えを出すことはできず。
やはりあちら側にいる人間の、出方を待つしかなかった。
両者、沈黙。
互いに探り合う様子の中、ピリピリとした空気が場を満たす。
双樹が、音夢が。
佐祐理が、孝之が。いい加減動かない事態に苛立ちを覚えだした頃。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
その、甲高い声が突如場に響き渡った。
もしここが砂地だったら、駆ける度に砂埃が一面に舞ったであろう。
もしここに水たまりがあったら、彼女が踏みしめるたびに水滴が飛び回ったであろう。
そう思えるくらい勢いよく、その少女は現れた。
右手には包丁、それに月明かりを反射させながら竜宮レナは真っ直ぐに走りこんできた。
「あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」
笑いながら、ひたすら笑いながら息を乱すこともなく。レナは一直線に、この十字路へと向かってき来ている。
目標を目で捕らえたからだ。宇宙人に洗脳された、可哀想な人が視界に入ったからである。
彼等を救えるのは自分しかいない、だからレナは迷うことなく突っ込んでいこうとした。
「う、うわぁ! 何なんだあの子はっ!?」
そんな猛進してくる少女と目が合い、思わず孝之が声を漏らす。
レナは、双樹と孝之のいる道の正面に値する道から現れたのだ。
「孝之さん、下がっててくださいっ!」
怖気づいてしまっている孝之を守るかのごとく、双樹が彼の前に走りこむ。
そのまま手にするデザートイーグルを少女に向けて構え、強い口調で言い放った。
「止まってください! じゃないと撃ちますよっ」
「あははははは駄目だよ駄目だよ! レナを撃つ? 撃つ? 違うね、それはあなたの意志じゃなくて宇宙人が与えた指令なんだよ!
可哀想可哀想、レナが早く解放してあげる。その支配からの脱却っ、あはははは! 楽にしてあげるからね、すぐだよすぐ!」
双樹の表情が歪む、意味の分からないことをのた打ち回る少女が速度を緩めることはなかった。
いや、むしろスピードを上げているかもしれない。姿勢を低くして迫ってくる少女の手の中では、光る包丁が不気味な色を湛えていた。
薄気味悪い笑い声をあげる少女は狙いを双樹一本に定めたようで、そのまま一直線に彼女へと向かって駆けて来る。
その距離はどんどん狭められ、もうそろそろで包丁の射程距離に入ってしまうくらいにもなった。
小さく舌を打つと、双樹は少しだけ標準を外し。デザートイーグルの引き金を、躊躇なく引いた。
「ひぃっ!」
後方から悲鳴、孝之のものだろう。しかし振り返る余裕はない、牽制したにも関わらず少女はやはり走りこむ速度を落とさなかった。
「あははははははははは」
「・・・・・・っ」
一閃、胴体を狙って包丁が薙ぎ払われる。
そしてそのまま二度、三度。縦に斜めにと振るわれた。
一見めちゃくちゃに振り回しているだけにも見えるが、それは的確に双樹のいた場所を刻むかのように描かれた軌跡だった。
ステップを踏んで横にずれながら、双樹が体勢を整える。
最低限の動きで攻撃をかわし少女をスピードをいなそうとするが、追いすがるように双樹の動きについて来る少女の勢いが削がれる気配はない。
「あははははははははは」
しかも、これだけ大振りをしているにも関わらず、少女には隙がなかった。
(思ったより場慣れしてますね、これは厄介かな)
しゃがんだと同時に、頭上を切り裂く包丁の残像を双樹の瞳はしっかりと捉えた。
後ろに跳んで距離をあけた後もう一度銃弾を撃ち込んでみる、しかし動きの速い少女に対し上手くそれが掠ることはなかった。
・・・・・・本気で当てようとしないと、無理だ。しかし命を奪うほどの致命傷を与えるかと言う話になると、それはまた別になる。
だが、双樹の息が上がってきているのに対し、少女はまだまだ余裕そうであるという現実もある。
判断は早めにつけないといけない。
けれども、少女を殺すという直接的な行為に対し。
「くっ……」
双樹はまだ、覚悟が足りなかった。
その差が明確に出たのはそれからすぐのことであった。
「え、きゃっ?!」
気がついたら、宙に体が浮いていたということ。
足が払われた、そう気がついた時には双樹は地面に尻餅をついた状態であった。
「あははははははははは! レナの包丁が気になってたんでしょ、上ばっかり見てたからね!
見逃さないよ残念だったね、あははははははははは! これまでだよ宇宙人んんん!!!」
叫びと共に、包丁が頭上目掛けて垂直に構えられる。
デザートイーグルを構えている暇は・・・・・・ない。
(沙羅ちゃん……恋太郎っ……!!)
どうしようもなかった。
双樹が目の前の刃から逃げるには、ただ強く目を瞑ることくらいしかできなかった。
奇声を発しながら駆け抜けていった少女は、自分達が今まで様子を窺っていた右方に消えた。
それと同時に鳴り響いた銃声に、音夢も佐祐理も即座に顔を見合わせる。
「音夢さん!」
呼びかけると音夢も頷き返してくる、二人は少女の後を追い角の向こうの様子をすぐ見に行った。
万が一のこともあり顔だけ覗かせると、そこにはどう見ても笑い声を上げながら包丁を振り回す奇人が、いたいけな女の子を襲っている図があった。(勿論事実もそうであったのだが)
しかし一方的に包丁を振り回す少女も、よくよく見れば自分達と年代がそう変わらないことがすぐ分かる。
「な、何でこんなこと……きゃっ!」
佐祐理が呟くとともに、もう一度銃声が場に響いた。
巻き込まれる前に逃げた方がいいかもしれない、見た限りその場には二人の知り合いはいないようでもあった。
……しかし、佐祐理はそんな理由で困っている人を放っておけるような人格ではなかった。
とにかく、押されている女の子の援護をしなければいけない。
周囲を見渡し、佐祐理は何か役に立つものがないかと必死に目を動かした。
しかし目に入るものはシャッターの降りた建物ばかり、焦る気持ちばかりが先行し彼女は自分に支給されたスペツナズナイフの存在すら忘れていた。
何でもいい、何か女の子を助けられるものを。
そんな時だった。佐祐理の頭に、音夢の「あの支給品」が浮かんだのは。
「ね、音夢さん! あれ出してくださいっ」
「え? あれって……」
「あれです、あの変な重いやつですっ」
佐祐理が口にすると同時に、今までとは種の違う叫び声を彼女の聴覚が捉えた。
見ると、さっきまで互角の攻防を繰り広げていた女の子が腰をついてピンチになってしまっている状態だった。
時間はない。デイバッグを地面に置き、九十七式自動砲を両手で持ち上げる音夢からそれを急いで奪う。
ずっしりとした負荷が佐祐理の腕をしびらせた、しかし佐祐理はそんなことお構いなしに。
駆けた。それは、包丁を持った少女が高らかに勝利を宣言している時だった。
駆けた。尻餅をついた女の子が両目を硬く閉じ、包丁が振り下ろされようとするその瞬間だった。
佐祐理はいきなり足を止め、その反動に任せ。
それを。例の、九十七式自動砲を。
「てやあぁー!!」
ブン投げた。
「……ぎゃあっ!」
耳障りな悲鳴に驚き、思わず双樹は閉じていた眼を見開いた。
視界に飛び込んで来たのは肩口を押さえ呻く少女だった、その次の瞬間コンクリートの上を金属がはぜる音が響く。
そして少女が取り落としたであろう包丁が、すぐ傍に転がっていくのが目に入った。
「逃げてください、今のうちに立ってくださいっ」
前方から女性の叫び声がかけられる・・・・・・場所からして、先ほど自分達が気配を窺っていた人物であろうか。
一人は曲がり角地に存在するカレーショップの隣に、もう一人は今もこちらへ駆け寄ってくる途中で・・・・・・呼びかけを行ったのは彼女であろうか。
そんなことを考えていたお陰で、双樹はすぐの判断ができなかった。「逃げろ」という言葉を、理解するまでに間ができてしまう。
「う、宇宙人めえぇ……!!」
一方、側面からのいきなりの攻撃で右肩を負傷してしまったレナも急いで体勢を整えようとしていた。
今まで目の前の双樹しか見ていなかったので、いつの間にか近づいてきたこの新しい刺客の存在というのは彼女にとっても盲点だった。
自らの不覚を実感するしかない。でも大丈夫、駆け寄ってくる茶髪の少女との距離はまだ充分ある。
それに、随分と疲労の色が強く見える。あの少女は後に回しても問題ないであろう。
そう。彼女がこちらに辿り着く間に、せめてこの子だけは。
「こんのっ、大人しくしろおぉぉ!」
「きゃあっ!!」
武器を取ろうとせず、レナは左肩からタックルを仕掛け座り込んでいた双樹を押し倒した。
そのまま、マウントポジションを取る。
「あはははは、これで終わりだぁ!」
コンクリートの地べたに少女の頭部を押し付け、レナは動かない右腕の変わりに左腕を双樹の喉にかけ、潰すように固定した。
「たかゆき、さん……」
必死に顔を動かし、押さえつけた女の子が茶髪の少女等がいない方の道へと視線をやる。
つられてレナも目を向けた、しかしそこにいたのは。
腰が抜けたのだろうか、無様に電柱に寄りかかるだけで何もしようとしない。一人の、弱虫が、いるだけだった。
「駄目、止めてくださいっ……きゃ!!」
先ほどの茶髪の少女の声が再び響く、しかしレナが振り返ると不運にも彼女は走る途中に足を絡ませてしまったのか、そのまま前のめりに転倒してしまっていた。
……これで、レナの勝利が決まったかのように見えた。双樹の助けは、もう現れない。
「……ぁ…………」
掠れた吐息。それはつい先ほどまで声帯が醸し出していた、少女の可愛らしいものとは全く種の違うものであった。
左腕へと加える力が強くしたためだろう、きっと喉を圧迫するそれで呼吸すらままならなくなっているはずだ。
「あはははは! まず一人、まず一人だ!!!」
勝利の宣言だった。レナはこうして、宇宙人に洗脳されてしまった哀れな民間人を助けることに成功したのだ。
それは快楽だった。獲物を狩るということ事態もとにかく気持ちよかった。
弱っていく女の子を見ているのも、犠牲者を天に召す存在になるということも。全てが、レナの活力へと変換させられていくようだった。
興奮が抑えきれない、自然と漏れる笑い声に酔いそうになる。
幸せな時間だった。終わって欲しくない、しかし早く終えてまた可哀想な人たちを救いに行かなければいけない。それが定めだから。
レナの、運命だったから。
しかし邪というレベルを通り越したレナの思考は、ぶっつりと。いきなり途切れてしまうことになる。
それはまさしく、思ってもみない攻撃だった。
「いぎゃあっ!!」
「……がっ、ごほっ、ごほっ!」
いきなり外れた拘束、双樹はすぐさま空気を取り込もうと咳き込んだ。
霞む視界の中、それこそキスするくらい近い場所には自分を抑えていた少女が苦悶の表情で喘いでいて。
何が起きたのか。唯一考えられる可能性は、一つだった。
「孝之、さん……?」
ぼたぼたと垂れる血が、少女の白いワンピースを汚していた。
それは、彼女の左肩から流れている。茶髪の少女がレナを攻撃したのは右方から、それならばこれは孝之のいる方向からしか与えられない奇襲である。
「今よ! いいからそいつの動きを止めなさいっ!」
だが、それは本当に聞き覚えのない声だった。女性であることは分かる、つまり孝之でないことだけは理解できる。
……茶髪の少女の件もある、ここでいきなり知らない人間が現れたことで動揺していては埒が明かないと。
今度こそ、双樹は早急な判断を下した。
朦朧とした意識の中、手探りで武器を探し出す。この近くには包丁かデザートイーグルが、必ず落ちているはずだった。
そして、次の瞬間右手に慣れ親しんだ感触が伝わる。双樹はすぐさまそれを握り締めると、間を置くことなく。
トリガーを引いた。狙ったのは、少女の足だった。
「ぎあああああああぁぁぁぁぁぁ!!!」
絶叫。そのまま側面に身を倒れていく少女の気配を感じながら、双樹もまたぼやけていく意識に身を任せるのだった。
(やった、やったよ沙羅ちゃん……恋太郎…………)
その表情には、微笑すら浮かんでいた。
「はえ~、よかったです……」
ペタンと、尻餅をついたまま。佐祐理は小さく呟いた。
もう駄目だと思った、急いで駆けつけようとしたものの転んでしまった彼女はそこから再び立ち上がることができないでいた。
足が、自分の意思で動かせなかったのだ。
ガクガクと膝が笑い続けるのを抑えられなかった、緊張の中で佐祐理の肉体が迎えた限界というのはこうも早かったのだ。
奇声を発する少女は、ただただ撃たれた太ももを押さえながらのた打ち回るだけだった。もう攻撃してくる気配はない。
襲われていた女の子も、気を失ってしまっているだけでもう平気だろう。
その向こう、突如現れた長いストレートの黒髪を揺らす少女が、二人が争ってる際放心していた青年の下に駆け寄り彼の体を起こしているのが目に入る。
「大丈夫ですか、佐祐理さん」
ふと気づくと、音夢も隣まで近づいてきていた。
事が終わったのを確かめたからかだろうか。黒髪の彼女がそうしたように、音夢もまた佐祐理に対し手を差し伸べてくる。
「あはは、ありがとうございます……でも、もうちょっと待って貰ってもいいですか?」
「どうかしましたか?」
「いえ、その……足に、力が入らなくって」
あはは~と、苦笑いを浮かべる。本当に格好の悪い話だった。
音夢もまた、ふふっと微笑んでいた。
恥ずかしい気持ちも勿論あったが……ここにきて佐祐理は自分が一人じゃなかったという事実に対し、非常に安心感を持つようになっていた。
それは、この襲われた少女を助けようとする際自分一人では何もできなかったかもしれないということ。
焦ってしまい支給されたナイフに対し頭が回らなかった、でも音夢がいたからあの女の子のピンチに対応することができた。
……いや、音夢自身は何もしていないが。それでも彼女と出会い、お互いの支給品を見せ合うことで佐祐理はあの行動を起こすことができたのだから。
それに、もし今へたり込んでしまっている自分の隣に誰もいなかったとしたら。それは、想像するだけで非常に心細く感じてしまう。
確かに疑っている面は勿論ある、でも今のところは全く問題なかった。
音夢というパートナーは、確かに佐祐理の人恋しく思う精神を癒す存在になっていた。
「そうですか。ではちょっと待っててください」
だが、そんな佐祐理の心理を知らないからか。
音夢は、今は起き上がれないという佐祐理を置いてそのまま倒れこむ二人の少女の元へと歩を進めたのだった。
……彼女が何をしようとするのか、佐祐理は想像できなかった。
気絶してしまった方の女の子を助けるのだろうか、それとも傷を負ったあの少女を……
とにかく意図が分からないので、何も言えなかった。
だが、それでも口にすれば良かったと思う。
何でもいいから、疑問を。「何をするんですか」と、ちゃんと聞いていれば良かったと思う。
それは、後悔だった。
「ぎ……ぎゃあああああああああああああぁぁああ!!!!!」
背筋を走り抜ける寒気、あまりのことに佐祐理は息をすることすら忘れてしまった。
ぱくぱくと、魚のように動かすだけの口からは音は漏れない。
その代わり、彼女の大きな瞳からいくつもの涙がこぼれ出してきた。
悲しいとかそういう類のものではなく、ただただ大きな感情の波が襲ってきたことに体が反応してしまっているという状態であった。
「……ぁ、あぁぁ!!」
呆然と見やるのは佐祐理だけではなかった、その向こうの男女も……あまりのことに、硬直してしまっているようだった。
周囲の人間が唖然とする中、場の中央だけが淡々と流れる時間を表していた。
そして、その中心にいるのが。他でもない、音夢だった。
彼女が今手にしているのは、奇声を上げた少女の持っていた包丁だった。
コンクリートの地面に転がっていたそれを無言で拾い上げ、音夢はそのまま寝転がる二人の少女へと向かった。こうするために。
「……!」
「…………!!」
最早、悲鳴すら聞こえなかった。いや、上げられないのだろう。
ひたすら無造作に振り下ろされるそれを、二人は受け入れるしかなかったのだから。
音夢は無言のまま、包丁を上下させる運動を繰り返し続けていた。
白いセーラーが赤く染まっていくのも、全く気にしていないようだった。
「双樹、ちゃん・・・・・・?」
孝之の目の前で、少女は肉塊へと変化させられていた。
守ると、言ったのに。結局何もできなかったけれど。
他愛もないおしゃべりの中で言った自分の一言が、孝之の頭の中でグルグルと周っていた。
そう、孝之自身は何もできなかったけれど、でも双樹は命がけの戦いに勝利したはずだった。
それがどうして。どうして、彼女は。
「ふう、これだけやっておけばもう充分でしょうね」
どうして、あのような残虐な仕打ちを、受けているのだろうか。
「何してるの、さっさと逃げないとこっちが餌食になるわよ!」
見知らぬ少女に腕を掴まれる、いつの間にこの子は現れたのだろう。
ああ、そうだ。双樹ちゃんが首を絞められている時、いきなり背後から現れたこの子が双樹ちゃんを救ったんだ。
今でも覚えている、目の前を飛んでいったナイフがあのボブカットの女の子に当たったのを。
かっこよかった、この子がいなければ双樹ちゃんは首を絞められてそのまま命を落としていたのだから。
……ああ、なら大丈夫じゃないか。問題、ないじゃないか。
「そ、双樹ちゃんを助けてくれよ……」
「はぁ?」
「もう一度、双樹ちゃんを助けてくれよ! 君ならできるだろ、さっきみたいにさ、ほらっ」
何故だろう、何故こんな、この子はこんな汚いものを見るかのような目で。俺を見るのだろう。
「いいから行くわよ、走りなさい!」
「……や、だ」
「はぁ?」
「駄目だよ、だって双樹ちゃんが、双樹ちゃんが…………」
『白鐘双樹といって、双葉探偵事務所というところで助手をやってます。所長の恋太郎は凄い人なんですよ。だから安心して任せてください 』
孝之の頭の中ではにっこりと微笑んだ双樹が、今もその優しい笑みを彼に向けていた。
強くて優しい、そして銃の扱いを教えてくれた双樹が。一緒に市街地を探索した、二人で色んな店を見て回ったあの双樹が。
「双樹ちゃん……」
「……」
瑛理子は、何も言わなかった。
ただ無言で、そのまま走り出した。孝之の腕を掴んだまま、あの場に残った人間に背を向け。
ぶつぶつと独り言を繰り返していたが、孝之もつられる形で足を動かしていた。
その歩みは決して早くないけれど、でも。
瑛理子は文句一つ言わず、ただ無言で走り続けていた。
でも、心中では。
(反吐がでるわ……)
そんな毒づいた黒い感情が、徐々に広がっていくのを実感するしかなかった。
「何故こんなことをしたか……そうとでも、言いたそうですね」
そして誰もいなくなり、場に残されたのは佐祐理と音夢だけになる。
立ち上がり包丁を投げ捨てた音夢は、そのまま周囲に落ちていた双樹のデザートイーグルと……少し離れた場所に転がっていた、佐祐理の投げた自動砲を回収しだす。
音夢は作業を続けていた。佐祐理を見ようともせず、ただ黙々と。
「これからのことを考えた上で何をすればいいか、優先順位を自分でつけてみただけなんですよ」
「どういう、ことですか……」
か細い、疲れきった声が返ってきて思わず噴出しそうになる。
「言葉の通りですが?」
笑みを湛えながら振り返ると、そこにはよろよろとしたものの何とか立ち上がっている佐祐理が目に入った。
「佐祐理さん、意外と行動力ありますよね。私びっくりしちゃいました、これなら一緒にいても頼もしいですよ」
また双樹の元へ戻り、今度は彼女のデイバッグを漁りだす。
「……へえ、予備の弾まで用意されてるんですか。私よりもいい扱いされてますね」
出てきた二種類の予備弾、音夢は特に確認をすることもなくどんどん自分のデイバッグへとそれを移していった。
「これは……」
地図やコンパスといった被っている支給品は投げ捨て、食料や水などの必需品も移し終えた後。
これが最後の荷物だろうか。それは、可愛らしい表情の描かれたマグカップだった。
いかにも女の子が好きそうなデザインだった、少し使用感のあることから元は誰かの持ち物だったのかもしれない。
「これは、いりませんね」
だが、音夢はたった一言でそれを片付けた。
そして、ぽいっと。コンクリートの地面の上にそれを。投げ捨てた。
無造作に。地図やコンパス、それに先ほど振るっていた包丁を投げ捨てたのと同じように。
その気軽さが、怖かった。
「では行きましょうか……それとも、私とも争います?」
ぞっとするような、問い。再び笑い出す膝に力を入れ直し、佐祐理は音夢と対峙し続けた。
この彼女のいきなりの変容が、何を指すのか。考えようとするものの上手く動かない思考回路が佐祐理の冷静さを奪っていく。
(どう、すれば……)
音夢に対し仲間意識を持った矢先がこれだった。
しかし幸い、隠し持つナイフの存在は気づかれていない。ならやりようがあるかもしれない。
(……でも、音夢さんは、拳銃を…………)
少し明けてきた空、薄ら寒さを今になって実感するがきっとそれは時間だけが関係しているわけではないだろう。
佐祐理に与えられた選択は二つ、頭痛が生まれる中佐祐理は懸命にどうすればいいか考えあぐねていた。
「どうぞ、好きにしていいですよ佐祐理さん。あなたに選択権を与えているのですから」
一方余裕を振りまく音夢は、そう言いながら今度はレナのデイバッグへと手を伸ばすのだった。
【B-3 新市街 1日目 黎明】
【二見瑛理子@キミキス】
【装備:無し】
【所持品:支給品一式 ノートパソコン(六時間/六時間) ハリセン】
【状態:健康、この場から逃げ去る】
【思考・行動】
1:孝之をつれて逃亡
2:殺し合いに乗らず、首輪解除とタカノの情報を集める。
【備考】
川澄舞、国崎住人、佐藤良美、杉並、園崎詩音、高嶺悠人、ハクオロ、芙蓉楓、古手梨花、宮小路瑞穂を危険人物を認識しました。
ノートパソコンのバッテリーはコンセントを使わない場合連続六時間までしか使用できません。充電によって使用時間は延ばせます。
ネット内のホームページは随時更新しています。
水澤摩央とは面識はありません。
二見瑛理子が見た物はネット上の「少年少女殺し合い、優勝者は誰だ!?」というホームページです。
現時点では何らかの制限で他のページへのアクセスは出来ません。
【鳴海孝之@君が望む永遠】
【装備:トカレフTT33 9/8+1 】
【所持品:ブロッコリー&カリフラワー@ひぐらしのなく頃に祭 空鍋&おたまセット@SHUFFLE! ON THE STAGE 支給品一式】
【状態:混乱】
【思考・行動】
1:双樹は本当に死んでしまった? いや、そんな訳あるはずない
2:死にたくない
【備考】
二人は東部へと逃げました。
【朝倉音夢@D.C】
【装備: S&W M37 エアーウェイト 弾数5/5 】
【所持品:支給品一式(水と食料×2) IMI デザートイーグル 10/7+1 IMI デザートイーグル の予備マガジン10 トカレフTT33の予備マガジン10 九十七式自動砲弾数7/7(重いので鞄の中に入れています)】
【状態:健康、佐祐理の出方を窺う、レナのデイバッグを漁る】
【思考・行動】
基本:純一と共に生き延びる
1・ことり、さくらを殺す
2・兄さん(朝倉純一)と合流する
3・殺すことでメリット(武器の入手等)があれば殺すことに躊躇は無い。
【備考】
目で見てすぐ分かるくらい、制服が血で汚れてしまっています
※S&W M37は隠し持っています。
【倉田佐祐理@Kanon】
【装備:スペツナズナイフ】
【所持品:支給品一式、だんご×30】
【状態:精神的疲弊、音夢をどうするか思案中】
【思考・行動】
基本:ゲームには乗らない。ただし、危険人物を殺すことには躊躇しない
1・舞や祐一に会いたい
【備考】
※ナイフはスカートの中に隠しています。
【備考】
レナの包丁は二人の死体傍に放置
瑛理子のコンバットナイフはレナの左肩に刺さったままです
&color(red){【白鐘双樹@フタコイ オルタナティブ 恋と少女とマシンガン 死亡】}
&color(red){【竜宮レナ@ひぐらしのなく頃に祭 死亡】}
[残り59人]
|033:[[出会いと別れ]]|投下順に読む|035:[[星空の辻]]|
|031:[[魔女]]|時系列順に読む|035:[[星空の辻]]|
|022:[[天才少女、探偵少女、ヘタレ男]]|二見瑛理子|062:[[それぞれの失敗?]]|
|022:[[天才少女、探偵少女、ヘタレ男]]|鳴海孝之|062:[[それぞれの失敗?]]|
|028:[[笑顔の向こう側で]]|朝倉音夢|037:[[兄と妹]]|
|028:[[笑顔の向こう側で]]|倉田佐祐理|037:[[兄と妹]]|
|022:[[天才少女、探偵少女、ヘタレ男]]|&color(red){白鐘双樹}||
|019:[[たかだか数十分]]|&color(red){竜宮レナ}||
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