きゃっち★The Rainbow!!(原案)

「きゃっち★The Rainbow!!(原案)」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

きゃっち★The Rainbow!!(原案)」(2009/08/14 (金) 15:06:07) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

289 名前: ◆50qY7IFXzQ [] 投稿日:2009/08/13(木) 00:34:23 ID:IAQrvjCI0 えー、途中ですが納期が来たのでアップしました パスはdainama ttp://ux.getuploader.com/daiseieroge/download/1/%E7%84%A1%E9%A1%8C.txt 324 : ◆50qY7IFXzQ :2009/08/13(木) 15:42:42 ID:IAQrvjCI0 未完部分差し替えました(pass:dainama) ttp://ux.getuploader.com/daiseieroge/download/4/Prologue+0.1.txt ******************************************************************* ●プロローグ <背景:暗闇> 僕らは、昼なお暗い森の中にいた。 【透】「ハァ・・・」 【????】「トオルちゃん、もうすぐだからちゃんと歩いてよ~」 郊外にある丘へと続く、森の中の小さな遊歩道。 普段は犬の散歩に使われるような何の変哲もないハイキングコースだが、雨上がりの後で 道はべしょべしょになっており、僕にはそれだけで次の一歩を進めるのが躊躇われた。 【透】「なあ、もう帰ろうよ・・・もうすぐ日が暮れちゃうよ」 【????】「じゃあ迷わないようにちゃんと手を掴んで!ほらほら!」 【透】「どこまで行くんだよ・・・僕、今日は遊んでいたくないんだ」 【????】「昨日もそんなこと言ってたよ。一昨日も、その前も。トオルちゃんの言うこと聞いてたら      いつまでたってもお出かけできないもん。さあ、歩こ!」 腕をグイグイと引っ張られ、僕は丘の頂上へと続く小路を無理やり登らされる。 【????】「トオルちゃん、重いよぉ。私、腕が抜けちゃう~」 【透】「僕、もう外で遊んだりしたくないんだよ。僕だけ笑ったり、喜んだり、していたくないんだ。     母さんが居なくなった、こんな世界で・・・・」 【????】「ひゃあ、雨で道の途中に池が出来てる~!トオルちゃん、ちゃんと歩かないと転んで      どろんこになっちゃうからね!」 僕の手を掴んで離さないその女の子は、僕の不平には一切耳を貸さず、ただ歩みを進めさせようとする。 かれこれ数十分もそんなことを続けた頃だろうか、女の子は正規のルートから少し脇にそれて、 獣道のような隘路の先にある藪を掻き分けだした。 【透】「え・・・?そこ、入るの・・・?」 【????】「わ~ん、しばらく来なかったら藪が茂っちゃってる~」 【透】「こんなとこ入ってどうするんだよ・・・道がないじゃんか・・・・」 【????】「あっ、あっ!毛虫!やーん、服に入った!トオルちゃん、とってぇ!!」 【透】「ハァ・・・取れたよ。なあ、もういいだろ・・・早く帰ろうよ」 【????】「あ、ありがとぉ~。んしょ・・・んしょ・・・さぁ、着いたよっ!」 <背景:暗闇(中央に光)> それまで僕らを覆っていた薄暗い闇が、すっと開ける。 次の瞬間、目の前に一面の草原が広がり、僕らは市街地を一望する小高い丘の上に立っていた。 <背景:丘から見下ろした街並み(ぼかし)> 【透】「・・・・・わぁ!!」 眼下に広がる、ミニチュアのような街並みと、そこから郊外へと伸びる雑木林。 さっきまで僕らがいたところだ。 その真上に、七色の虹がはっきりと輝いている。 だが、それは通常の虹ではなかった。 煌めくアーチの向こうにもう一つ別のアーチが重なり、さらにその奥にもぼんやりと次のアーチが見える。 虹が幾重にも連なって、まるで街全体を虹のアーケードが包んでいるかのようだった。 ずっと奥のほう、北の空にはまだ暗い雷雲が轟いていたけれど、街の上の雲は既に薄らぎはじめていて、 所々から漏れた陽の光が、虹の輝きをより鮮やかに際立たせていた。 街の中心でお城のように佇んでいる市庁舎。街を割って流れる運河の水面。高くそびえ立つ教会の鐘楼。 僕らの住む住宅街や、いつも通っている学校、毎日みんなと遊んでいる公園も見えた。 僕の母さんが入院していた、病院も・・・。 それらの全てが虹色に煌めき、次の瞬間には暗がりとなり、やがて陽の光を浴びて いつもの明るさを取り戻してゆく。 光と闇が、喜びと悲しみが、希望と絶望が等しく溢れているこの世界を、そのまま一枚の絵に 表したかのようなとても幻想的な風景。 僕はその圧倒的な存在感に、さっきまでの沈んだ気持ちも忘れ、たまらず叫びだしていた。 【透】「すごい!すごいよ!こんなの見たこと無い!」 【????】「えへへ・・・よかった。トオルちゃんが気に入ってくれて。無理やりでも連れてきてよかったぁ」 【透】「ありがとう!本当にすごいよ!とっても綺麗だ!」 【????】「ここね、私の一番お気に入りの場所なんだ」 【????】「雨が上がったすぐ後にね、ここからだけいつも虹が見えるの」 【透】「そうなんだ・・・。こんな場所があるなんて知らなかった」 【????】「トオルちゃんと私だけの秘密だからね!誰にも言っちゃダメだよ!」 【透】「ああ!」 それから僕らは、まだ湿り気の残る草原に腰を落として、虹がゆらめいて消えてゆく様をずっと眺めていた。 互いの手は、ずっと繋がったままで。 けれど、さっきまでのように渋々ではなくて、しっかりと彼女の温もりを感じられる強さで。 その温もりは、僕の壊れかけた心を、優しく包み込んでくれた。 <背景:暗闇> 僕の母は、つい2か月ほど前に死んだ。 僕を生んで8年、常に体調の優れなかった母は、医師をしている父の勧めに従い、治療環境の整った この街へ僕ら家族と共にやってきた。 父や病院関係者の弛まぬ努力によって、母はそれから2年あまりの間、比較的小康状態を保っていた。 調子の良い時には一時帰宅を許され、少し悪化するとしばらく入院生活の繰り返し。 落ち着かない日々ではあったが、僕らは幸せだった。 共に過ごせるこの時間が、少しでも長く続けばいいと思っていた。 少なくとも、僕は終わりが来るなんて考えもしなかった。 だが、2か月前のあの日。 一時帰宅していた母は夜中に突然激しい発作を起こし、そのまま病院へと運ばれ、日が明けるのを待たず あっさりと逝ってしまった。 治療の難しい難病だった、と後に聞かされたけれど、僕には何の病気だったのかよく分からないし、 聞いたところで何が変わるわけでもなかった。 僕にとっての事実は、お母さんがいなくなってしまったという、ただその一点のみだ。 大人たちは口々に「かわいそうに」「頑張ったね」と慰めの言葉をくれたが、そんなものは 何の気休めにもならない。 「母さんを、返して!」 大人たちに話しかけられる度に何度もそう叫びかけたが、それを言ってしまえば母の死を認めたも同然になる。 嫌だ。嫌だ。こんなのでお終いだなんて、絶対に嫌だ。 誰に話しかけられても口をつぐみ、ただこの辛い時間が過ぎ去ることだけを望んだ。 やがて、言葉を飲み込むのも億劫になり、次第に誰とも顔を合わせようとしなくなった。 それまで仲良くしていた友だちにも、そっけない態度で接するようになり、みんなも気分を害したのか、 程なくして一人二人と離れていった。 愛する妻を突然失って気落ちしていた父も、気丈に僕の事を励まそうとしたが、僕にはそれすら面倒に感じられた。 そして一月が過ぎ、二月が過ぎ、自分の部屋に篭って一日臥せるだけしかしなくなった僕に 話しかけてくる者は、誰もいなくなった。 息子の心の平穏だけでも守ろうと懸命に努力を続ける父と、いま僕の隣に座っている、この女の子を除いて。 彼女は、この街で最初に仲良しになった、一番の友だちだった。 そして、彼女もまた、幼くして父親を失っていた。 だからこそ、僕は彼女だけは邪険に扱えなかった。どれほど世界に絶望して、人との関わりを絶とうとしても、 同じ境遇にあってなお気丈に生きる彼女にだけは、わがままを通しきれなかった。 母の死後、彼女は2日に1度は僕の部屋を訪れ、他愛もない話を一方的に語っては帰るようになった。 僕もそれに抗えず、一言、二言と彼女と会話を続けるようになり、ここまで話が出来るくらいに盛り返したのだった。 最も、僕の話す事といえば、大事な人の欠けたこの世界に対する怨嗟と泣き言ばかりだったけれども。 それでも、彼女は諦めなかった。 そして、今日。 僕の心を映したかのように数日降り続いていた雨が止んだ夕方、僕の部屋を尋ねてきた彼女は 突然力づくで僕を外に押し出し、ここまで連行してきたのだった。 <背景:丘から見下ろした街並み(ぼかし)> 【????】「ねえ、トオルちゃん。虹の端っことてっぺんてどこに繋がってるのか知ってる?」 【透】「え?端っこと端っこじゃなくって?」 【????】「うん。端っことてっぺん」 【透】「う~ん、てっぺんかあ。ここから見てると、端っこから登っていけそうな高さだけど・・・」 【????】「前にお婆ちゃんから聞いたんだけどね、虹はお空の上の世界と繋がっているんだって」 【透】「お空の上?それって、天国ってこと?」 【????】「うん。それでね、お空の上に行っちゃった人たちがね、私たちのことを想って涙を流すと、      神様がかわいそうに思って、その涙を使ってちょっとの間だけお空と地面を繋げてくれるの」 【透】「天国の人たちの涙が、雨や虹になるの?」 【????】「そう。だからね、トオルちゃんのおばさんも、私のお父さんも、ずっと私たちのこと      見てくれてるんだよ。虹が出るときはね、私たちのお父さんやおばさんが、虹を伝って      私たちに会いに来てくれてるんだよ」 【透】「母さんが、僕に会いに・・・」 【????】「ただ会うだけじゃないよ。『トオル、元気を出して。負けないで』って、応援しに来てくれるんだよ」 【透】「でも僕には、母さんの声は聞こえないよ。僕も母さんと話がしたいよ」 【????】「うん。私にもお父さんの声は聞こえない。でもね、絶対来てくれてるの。私には分かるの」 【透】「どうして?どうしてそんなこと分かるんだよ!」 【????】「だって、私もトオルちゃんも、あの虹を見たときに、元気出たじゃない。      この世界が綺麗だなって、そんなに悪いものじゃないって、思えたじゃない」 【透】「あ・・・」 【????】「だからね、きっとお父さんたちが私たちの耳元で『強く生きて、幸せになりなさい』って      言ってくれてるんだよ。声は私たちに聞こえないけど、想いは私たちに伝わってるんだよ」 【透】「・・・」 【????】「だからね、トオルちゃん。泣いちゃダメ。私たちがいつまでも泣いてたら、おばさんたちが、      お空から励ましに来てくれた意味がなくなっちゃうもん。」 【透】「でも、でも僕は・・・」 【????】「大丈夫。私たちはひとりぼっちなんかじゃないんだよ。おばさんたちは、いつでも      お空の上から私たちのこと見守っててくれるし、私にはお母さん、トオルちゃんには      お父さんだっているんだから。私たちが悲しい時は、そばにいてくれるんだから。      トオルちゃんがそんなふうに落ち込んでたら、天国のおばさんもずっと悲しいままだよ」 【透】「・・・僕、母さんにひどい事してたのかな」 【????】「おばさんは、トオルちゃんのこと責めてなんかいないよ。だって、トオルちゃんのこと愛してるもん。      ただ、トオルちゃんの幸せを望んでいるだけ。今も、きっとそう」 【透】「・・・そうだよね。僕、母さんがいなくなってからずっとわがままを言ってたのかもしれない。     父さんだって、みんなだって、辛いなかで僕を気遣ってくれてたのに、僕は自分のことだけを     かわいそうに思って、その自分のこともどうでもいいやなんて思ってた。母さんは、『元気な透が大好きよ』     っていつも言ってくれてたのに。僕は、母さんが好きだった僕を自分で捨てちゃうところだったんだ」 そして、僕は涙を拭い、消えはじめた虹に向かって語りかけた。 【透】「僕、もう大丈夫だよ。母さんがいなくても、ちゃんと幸せになれる。強くなってみせるよ。     だから、僕の事、いつも空から見守っていてね。母さん」 このとき初めて、僕は母の死を正面から受け止めることが出来たのだと思う。 突然いなくなってしまった母さん。二度と会えなくなってしまった、僕の大好きな人。 その全てを納得する事も理解する事も出来なかったが、僕は最後まで僕を愛してくれた母さんのためにも、 強く生きていく覚悟を決めた。 そして、僕の決意を見届けて満足したかのように、合奏していた虹は空に散っていった。 それから僕らは、日が落ち、星と街の灯りが瞬きだす頃になってから、ようやく家路に着いた。 暗い小路を登ってきた時と変わらず、二人で手と手を取り合って。 <背景:暗闇> 【????】「ねえ、トオルちゃん」 【透】「ん?何?」 【????】「また雨が降ったら、二人であそこに行きたいな」 【透】「うん!また行こう!」 【????】「えへへ・・・あ、でもその時はちゃんと自分で歩いてってね?」 【透】「あ・・・ごめん。」 【????】「ううん、いいの。それより、約束だよ。またあの場所で虹を見るって」 【透】「うん。約束するよ。」 【????】「約束だよ・・・」 <10秒ほど停止> <カレンダー表示:4月9日(木)> 【PC】「ニコニーコー動ー画ー」 【透】「・・・ん、あぁ・・・?」 <背景:透の部屋(ぼかし)> スピーカーから、耳慣れた時報の音声が流れ、俺は目を覚ました。 だが、どうしたことだろう。体がまともに動かない。 このまま押し潰されてしまいそうなほどの圧迫感。一切働かない頭。 そしてなにより・・・ 【透】「・・・あ~、首痛ぇ・・・」 <背景:透の部屋> そこで俺は、自分が机の上に突っ伏しているのを自覚した。 どうやら昨日の夜、ニコ動で過去の名作アニメを見ながらそのまま眠りについてしまっていたらしい。 道理で寝てるのに疲れるはずだ。 目が醒えてくるにつれて、枕代わりにしていた腕の痺れを感じるようになり、しばらくして肩や腰の痛みも伝わってきた。 身体中の軋みが、ただでさえ気だるい起き抜けの時間をいっそう憂鬱なものにする。 なんとか頭を起こしてパソコンの脇にあった置き時計に目をやると、針はちょうど正午を指していた。 【透】「げっ、もうこんな時間かよ」 【透】「・・・・・まあいいか、今日は講義があるわけじゃないし。とりあえず飯でも食おう」 のそのそと動き出し、買い置きしていたカップラーメンに注ぐためのお湯を沸かす。 昼夜反転して食事もインスタントで済ますなんて、自堕落な生活だ。 最も、一人暮らしの学生生活なら皆こんなものかも知れないが。 俺の名は明石透(あかし・とおる)。都内の私立大学に通う大学生だ。 とはいっても、ほとんど講義には出ていないし、ゼミにもサークルにも所属していない。 大学に親しい友達もいなければ、もちろん彼女なんていやしない。 趣味はパソコン、2ch、深夜アニメ。勉強も中の下くらいにしか出来ない。 いわゆるヒキオタ、非リアの典型だ。 <背景:大学キャンパス(ぼかし)> だがこんな俺も、入学当初はもう少しやる気に溢れていた。 というのも、俺の通う私立「法慶大学」はキャンパスのオシャレさと自由度の高い校風をウリとする、 都内でも有数の超人気大学なのだ。現役の芸能人やスポーツ選手も多く通い、毎年キー局のアナウンサーも 幾人か輩出している。財界には出身者が多く、合コン相手の人気ランキングでは確実に3本の指に入るような有名校。 高校は男子校で、青春真っ盛りの頃に一切女っ気がなかった俺にしてみれば、 こんな環境で華々しい大学生活を送れることに期待しないわけはなかった。 しかし、その夢は入学数ヶ月にしてもろくも崩れ去った。 一言で言えば、大学デビュー失敗である。俺は、最初に入るべきサークルの選択を思いっきり誤ってしまったのだった。 まあ詳しい話はおいおいするとして、俺は宗教団体主催のサークルにまんまと騙されてしまい、何のご利益があるのかわからない 黄金のエル・○ンターレ像と引き換えに、大学デビューの機会と人付き合いに対する積極性、それに数十万円を失ってしまった。 それ以来、俺は大学生活に過剰な期待をしなくなり、せっかく入った有名大学のブランドも環境も生かせず終いである。 ・・・え?そもそも、何で勉強も出来ない非リアがそんな有名校に入れたのかって? それは俺のたったひとつの特技、フランス語を利用したAO入試が用意されていたからだ。 芸は身を助く、というやつである。 【透】「フランスか・・・そういえば今朝、久しぶりにあの頃の夢を見たな・・・」 俺は、小学校3年生からコレージュ(中学)を卒業するまでの約6年間をフランスで過ごした。 俺の唯一にして最大の特技は、その時習得したものである。 フランス滞留の間、俺たち家族はいくつかの都市を転々とした。 その多くはあまりいい思い出のあるものではなかったが、母さんの亡くなったあの街の事だけは、今も時々思い出す。 今朝見たあの夢。 俺が、生きる勇気をもらった、大切な時間。 【透】「あの女の子、元気かな・・・」 だが、小学生とはいえまだ幼かった時の話であり、忘れ難い思い出ではあるものの、あの時は俺も気が動転していた。 そう短くもない時間を共に過ごした筈なのに、あの女の子については、もう顔はおろか名前もよく思い出せない。 結局、俺はあの女の子との約束を果たすことなく、離れ離れとなってしまったのだった。 そう、ちょうど今朝見た夢の直後、父さんは別の街の大学病院で勤務することになり、俺達はあの街を離れたのだ。 父さんにしてみれば、愛する妻との思い出に溢れ、医師としての自らの無力さを嫌というほど感じさせられたあの街では、 男手ひとつで俺と新しい生活を送るにあたって、色々と耐え難いものがあったのだろう。 あの虹を見て俺が立ち直ったのを見届けるとすぐ、父さんは取るものも取りあえず引越しの準備を進め、 次の週には別の街で新生活をはじめようとしていた。 俺もまた、俺のことを第一に考え、励まし続けてくれた父さんをこれ以上困らせるような事はしたくなかったし、 特に異存も無かったので着いていくことを承諾した。 俺を勇気付けてくれたあの女の子に「さよなら」と言えない事だけが心残りだったが、それも詮無いことだ。 その後、俺達の辿った軌跡は消して平坦なものではなかった。 父さんは母さんを救えなかった心残りからか、寝食も忘れてそれまで以上に研究に没頭し、 俺のコレージュ卒業と同時にこの世を去った。 俺はといえば、母さんの代わりに家事全般をこなすようになり、コレージュ卒業後は身寄りのなくなった 異国での生活を諦め、帰国して一人暮らしをしながら、今、こうして大学生になっている。 それでも、自分の置かれた境遇そのものを不幸に思って、周りに当り散らすような腐った真似だけはしてこなかった。 我ながら、少しは強くなったものだと思う。 ただし、あの日母さんに誓った2つの約束のもう一方は、情けないことに全く果たせていない。 <背景:徹の部屋> 【透】「『強くなること』と『幸せになること』か・・・」 友人も彼女もおらず、昼間からパソコンのモニターの前でラーメンをすすっているようじゃ、 お世辞にも「幸せ」とは言えないだろう。 【透】「どうしてこんな風になっちゃったかな・・・」 ひとりごちたところで、慰めてくれるような相手はいない。 だが、俺自身も大して気にしているわけではない。 【透】「ま、考えてもなるようにしかならねーか。さて、今日は何をしよう」 どうせ一日中パソコンを見るか、せいぜい飯を買いにコンビニへ出かけるくらいしかしないのだけれども。 特に当てもなくだらだらとしていると、どこからかヴーヴーという振動音が聞こえてきた。 【透】「あれ・・・?携帯鳴ってる?」 家族もいなければ友人もほとんどいない俺の携帯が鳴るのは、何か月ぶりのことだろう。 それも、メールじゃなくて電話なんて。 ワン切りでもなさそうだし、一体誰が・・・? 不思議に思って携帯の画面を覗き込むと、そこに表示されていたのはある女の子の名前だった。 「赤嶺夕華(あかみね・ゆうか)」 【透】「夕華・・・?あいつが、わざわざ電話寄越してくるなんて珍しいな・・・。何だろ?」 赤嶺夕華。俺の幼馴染にして、俺と同じ法慶大学の同級生。 ついでに言えば、俺のアドレス帳に登録がある唯一の異性にして、日常的に親友だ。 彼女との関係は、単なる幼馴染というよりはもう少しだけドラマチックだ。 以前、家が隣同士だった俺たちは、フランス留学のはるか前、幼稚園の頃から家族ぐるみでお付き合いをさせてもらっていた。 だが、母さんの治療のために我が家がドタバタとフランス移住を決めた事もあって、これまたまともに別れを告げる事も出来ず、 小学校3年生を最後に彼女とは一切の交流を絶ってしまった。 留学中と帰国後の数年間はお互いどこに行ったのか分からないままの状態が続いていたが、大学の入学式で俺と夕華は 運命的な再会を果たし、また昔のようにとてもいい関係を築くまでになった。 ともすれば恋愛感情の一つも芽生えそうなものだが、実際には男女関係に発展する事はなく、気さくに付き合える 親しい間柄として、これまでごくフツーの友人関係を保っている。 ま、昔から知りすぎているのもあって、お互いそういう対象として意識できてないってことなんだろう。 人生には、こういう異性関係があっても悪くはない。 しかし、そんな関係であっても俺に直接電話してくるのはそうあることではなかった。 現在俺が住んでいるのは、かつて自宅があった場所から5分ほど離れた距離にある、ちっぽけなアパート。 つまり、夕華の家からも殆ど距離の無い、ご近所である。 それ故、何か用事があればメールで済ますか、そうでない急ぎの事なら直接うちまで来てしまうのが通常であった。 それがわざわざ電話とは・・・?何か言いにくいことでもあるのだろうか。 夕華の思惑を訝しがりつつも、俺は電話を受けた。 【透】「おーす」 【夕華】「あ、よかった。起きてたのね」 【透】「どうしたんだ、いきなり電話なんて」 【夕華】「ん、ちょっとね。それより、春休みの間はちゃんと生活してたの?」 【透】「うん、まあボチボチ。特に出かける予定も無かったし、メシだってラーメンとかカレー買い置きしてあったし」 【夕華】「え、まさかずっとインスタントで過ごしてたわけ?何やってんのよアンタ!料理できないわけでもないんでしょ?      食生活くらい、ちゃんとしなさい!」 【透】「いやぁ、そっちのほうが身体にもいいのは分かってるんだけどさ・・・」 【夕華】「分かってない!もう、そんな風なら休み中に様子見に行っとくんだったわ」 【透】「だってわざわざ通い妻させるのも悪いしさ・・・それにラーメン、美味しいし」 【夕華】「私がいいって言ってんだからいいの!とにかく、インスタントで済ませるぐらいなら私に連絡しなさいよ!      いつでもご飯持ってってあげるから」 【透】「はぁーい、とぅいまとぇーん。ドゥクドゥーン」 【夕華】「・・・こ、この野郎・・・」 電話の向こうでピキピキと青筋を立てる夕華の姿が目に浮かぶ。 だがこんなバカな掛け合いも、俺達の大事なコミュニケーションの一環だ。 それよりも、いつもはもっとはあけすけなのに、今日に限ってもったいぶっている夕華の態度が気になった。 【透】「で、本題は?」 【夕華】「あ、えーとね。ちょっと透にお願い事があったんだけど・・・。でも、いきなりだしなぁ」 【透】「何だよ、もったいぶって。話さなきゃ俺に迷惑かどうかも分かんないじゃん」 【夕華】「うーん、でも、なぁ・・・。透の負担にもなることだし」 【透】「いや、お前には普段から色々助けてもらってるしさ。俺で力になれることがあるなら、何だって喜んでやるよ」 【夕華】「な、いきなり何言っちゃってんのよ。・・・照れるじゃない」 お、口下手な俺にしてはちょっといいこと言ったかもしれん。 反応から推し量る限り、夕華も感謝されてまんざらではない様子だ。 こいつ、こういう風にデレてれば可愛いところあるんだよな。 そんなことを考えながら、俺は調子に乗って少し甘い言葉を囁いてみる。 【透】「いや、本当だって。お前には心から感謝してるんだぜ。俺、こんなヘタレだし、お前がいなかったら3年まで     進級できたかどうかもわからない。入学当初のサークルの件だって、お前すげー親身になって励ましてくれたじゃん。     お前がいたから何とか大学生を続けて来れたんだよ。その恩はちょっとやそっとで返せるもんじゃない。     なあ、俺で助けられることがあるなら何でも言ってくれ。夕華の力になりたいんだよ」 我ながら臭いセリフだとは思ったが、夕華に恩返ししたいという気持ちは嘘じゃない。 この2年間ですっかりコミュニケーション不全に陥ってしまった俺だが、そんな俺でも見捨てずに助けてくれる人たちへの 恩まで忘れてしまうほど愚図になったつもりもなかった。 特に夕華は、誰に頼まれるでもなく俺の世話を買って出てくれ、ときたま一人暮らしで自堕落な生活を満喫している俺の部屋に 訪れては、掃除をしたり料理を作ってくれたりする。大学生活でも、不登校気味な俺に発破をかけて、進級に必要な 最低限の履修計画を組んでくれたり、俺の分の講義ノートを持って出張補講にも来てくれたりもしている。 それでいて自分から恩を着せるような嫌らしい真似はしないし、俺に何かを強要する事もない。 俺が一念発起したときに生活や勉強をすぐ軌道に乗せられるようにと、あくまでサポートに徹してくれているのである。 そんな夕華に、俺は感謝しても仕切れないほどの恩義を感じていた。 こいつは、口は悪いけど、人情味に溢れたとてもいい奴なんだ。口は悪いけど。 【夕華】「っっ、バカ!ハズいこと言わないでよ!・・・そんなこと言われたら・・・私・・・」 おお、これがツンデレの真骨頂というやつか。 気の置けない幼馴染とはいえ、現実にやられると胸が甘酸っぱい気持ちで一杯になる。 くそ、俺としたことが夕華にときめいてしまうなんて。いや待てよ、この流れならときめいてるのは夕華のほうか? ここで恥じらいながら「これから、透の部屋に行ってもいい?」なーんてセリフのひとつも出れば、 俺に惚れてるフラグが立っていようものなんだけど。 だがまあ、現実はそんなイージーでもないだろう。 【夕華】「あ、あのさ、これから透の部屋にお邪魔しても・・・いいかな?」 【透】「マ、マジでフラグキタァーーーーーー!!?フヒィッ!」 ああっ!いかんっ!! 興奮しすぎて声が上擦ってしまった。というか声に出てしまった。 落ち着け、俺。落ち着いて、素数を数えるんだ・・・1、3、5・・・7、11・・・よし。 これは、期待していると考えていいんだよな?俺も期待していいんだよな?それ以外解釈できないよな? 特に意識している相手ではないはずなのに、男としての本能がムラムラと起き上がってくる。 よし、ここは一気に甘い言葉で畳みかけを・・・ 【夕華】「・・・ハァ?フラグ?あんた何言ってんの?ちょっとキモイんですけど」 あっ!俺としたことが何たる凡ミス!!時間切れ、いや選択肢ミスか!? どっちにしても素数を数えている間に夕華さんのデレモードが一気に消えてしまった!! ・・・くそう、こうなったら少しでも好感度を回復すべく平謝りする以外方法はあるまい。 【透】「ご、ごめんなさい・・・」 【夕華】「・・・やっぱり透にお願いするのはやめようかな」 【透】「ホントすいません。自重します・・・」 【夕華】「しっかりしてよね。次暴走したらもう頼むの止めにするから」 【透】「ハイ・・・。で、一体、私めに何をなさるおつもりなのでしょうか」 【夕華】「それは、そっち着いてからその場で話すわ。あなたに頼んで本当にいいのかどうかも、その場の流れで私が決める」      あ、そうだ。部屋は綺麗に片付けといてよね?」 【透】「はあ・・・よく分からないけど承知しました」 【夕華】「それじゃ、また後で」 【透】「あ、ああ・・・」 何だか要領を得ない会話だった。 結局、あいつは俺に何を求めてるんだ? ただ、ちょっと急いでるみたいだったし、それほど時間はなさそうだ。 とりあえず部屋の体裁だけでも繕っておくか。 シンクに詰まれた空の食器を片付けて、ゴミ袋も外に出して。 あ、あと万一の場合に備えてコンドームの準備も・・・フヒヒ。 邪な考えを胸に抱きながら、俺は部屋の掃除を始めることにした。 <背景:透の部屋/場面転換のエフェクト> そして、2時間後。 夕華は、俺の家にやってきた。 <立ち画:右側・夕華(通常)> 【夕華】「久しぶり」 【透】「おー、よく来たな。まあ上がって一息つけよ」 【夕華】「あ、上がる前にちょっとだけいい?」 【透】「何だ、いきなり」 【夕華】「うん・・・透、私の所属してるボランティアサークルの活動内容は理解してくれてるかしら?」 【透】「『めんへる会』の?そりゃあ、ウチの大学の看板サークルの事だし、一応は」 【夕華】「そう。なら手間が省けるわ」 『めんへる会』。正式名称は、Menter's Help Mediation Circle。 生活アドバイザー斡旋会とでも言ったところか。 法慶大学に数多あるサークルの中でも、生徒会的立場にある代表的存在だ。 ガチガチの校則に縛られていた義務教育課程の頃と違って、各人が自由な環境で「選択」の機会を得、 自己責任において決断を下していく事が当たり前な大学生活では、進路選択や友人関係などで 様々な悩みやトラブルを抱える場面が少なくない。 特にこの時期ともなると、授業の履修からサークル選び、奨学金申請や一人暮らしのノウハウにいたるまで、 新入生を中心として多くの「どうしていいのか分からず困ってしまった大学生」が生まれることになる。 通常は、大学側が教務課や医務課に専門の相談センターなどを設け、そうした相談者の対応にあたるものだが、 そこは自主性を重んじる我が大学のこと。学生に関するトラブル解決は全て学生でこなしてしまおう、 ということで立ち上げられた互助組織が、『めんへる会』だ。 『めんへる会』の活動は、主に次の2点に集約される。 1つは、メンター制度の運営。 メンター制度とは、「メンター」と呼ばれる上級生の生活アドバイザーと、下級生の相談希望者「プロテジェ」の間で 結ばれる無償のアドバイザリー契約のことだ。契約は基本的に1期単位で更新され、プロテジェは大学生活のあらゆることに 対するサポートやアドバイスを担当のメンターに求める事が出来る。 それもただ相談に乗るわけではなく、お悩み相談の内容にあわせて専門知識を持ったメンターを『めんへる会』が選抜、斡旋 してくれるというのだから、相談者にとっては至れり尽くせりだ。 もちろん、メンターとプロテジェとの間で揉め事が起きる場合もあるが、その場合の調停も全て会が行なってくれるらしい。 ちなみにこの制度、学年を問わず利用することが出来る。前期にメンターの紹介を求めてくるプロテジェの大半は新入生だが、 就活時期と重なる後期には、3年生が4年生にアドバイスを求めるというような風景もみられるようになる。 このように、メンターボランティアの登録や選抜、紹介、アフターフォローといった一連の生活サポートを一手に担うのが、 夕華たち『めんへる会』運営部の仕事なのである。 そしてもう1点が、学内の様々なイベントに関する運営補佐の仕事。 常に多くのボランティアを抱え、学生間のトラブル調停にも乗り出すといったサークル活動の性格上、 いつの頃からか『めんへる会』は法慶大学のまとめ役としてのお墨付きを与えられ、大学祭や体育祭といった 各種イベントまでも仕切るようになった。 実際、声をかければすぐ人材が集まるような状況なので、会とは別に実行委員会などを設けるよりは、 生徒にとっても大学にとっても合理的なのだろう。 だが、そのために『めんへる会』の主要メンバーは自然とリーダーシップやコミュニケーション力に優れた 傑物が集まるようになり、今では『めんへる会』運営部に所属することは一種のステータスとなっている。 夕華もまたその一人で、贔屓目に見ても美人でしっかり者、面倒見も良い彼女は、優しくも厳しい「お姉さま」として 男女問わず学内でトップクラスの人気を誇っているそうだ。 異性の幼馴染としては何とも嬉しく、むずがゆい話である。 【夕華】「でね、今年もなんとかメンターとプロテジェの振り分けを終えて、一息つこうとしていたところなんだけど・・・」 【透】「ふむ」 <立ち画:右側・夕華(困り顔)> 【夕華】「どうしても1人、最後まで適当なメンターを紹介してあげられない新入生が残っちゃって」 【透】「え、でもメンター希望者って結構いるんだろ?例年、メンターのほうが多くて人数余るって聞いてたけど」 そうなのだ。世の中にはお人好しというか物好きというか、支えたり支えられたりという人付き合いの好きな奴が結構多い。 ましてやウチの大学はミッション系ということもあって、隣人愛とやらに溢れた若者が少なくなく、結果、毎年のように メンターだけが溢れている状況が続いていた。 加えて、2年前に2年生という若さで就任した会長がかなりのやり手らしく、ここ数年の『めんへる会』の評判は鰻上りだ。 プロテジェに対する契約締結率は100%を保ち、中途解約率も0.01%以下を誇っているとか何とか。 まるでゴルゴ13のパーフェクトな仕事ぶりを見ているかのような、華々しい業績である。 【夕華】「普段ならそうなんだけどね。今回に限っては、ちょっと特殊なのよ」 【透】「特殊?とんでもなく素行の悪い問題児とか?」 【夕華】「ううん、そういうのじゃないの。本人は、礼儀正しくてすごく良さそうな子なのよ」 【透】「だったら、何が問題なんだ」 【夕華】「その子はね、フランスからの留学生なの」 【透】「留学生・・・?外人か。でも、外人への指導だって、そう珍しい話じゃないだろ?ウチの大学、留学生も多いし」 <立ち画:右側・夕華(シリアス)> 【夕華】「その子が、フランス語しか話せないとしても?」 【透】「えっ、日本語ダメなの?」 【夕華】「ええ。その子はつい1週間ほど前に親の仕事の都合で日本に来たばかりで、日本語もままならない。      しかも、こっちの生活習慣についての知識はゼロ」 【透】「そりゃまた随分急な事で。よく大学側も受け入れたな?」 【夕華】「私も詳しい話は知らないんだけど。何でも彼女の家族がウチの大学の創始者の血縁らしくて。      断りきれなかったみたいなのよね。それに、大学側にも、これから本格的に国際化を進めるにあたっての      試金石として、受け入れてみたいっていう意図があったみたい」 【透】「彼女?あ、女の子なんだ」 【夕華】「そうよ。・・・言っとくけど、変な事したらタダじゃ置かないからね」 【透】「はい、重々承知してます・・・」 下心が芽生える間もなく、真っ先に釘を刺されてしまった。 こういうときの夕華は恐い。従順な態度を見せておいたほうがよさそうだ。 <立ち画:右側・夕華(通常)> 【夕華】「と、いうわけで、あなたにはそのフランスからの留学生のメンターや、日常生活での通訳を頼みたいのよ」 【透】「頼みごとってのは、そういう話だったか・・・」 その女の子への下心はともかく、どうやら俺が先刻まで夕華に抱いていたピンク色の妄想劇もまた、 お目見えすることがないようだ。ちぇっ。 【夕華】「本当は、私達だけで何とかすべき事柄なんだけど、『めんへる会』のメンバーやメンバー登録者に      フランス語を理解できる人なんていなくって。そりゃみんな第二外国語で履修して片言くらいは話せるけど、      他人にカリキュラムの仕組みとか授業内容とか教えられるほど勉強したわけじゃないし」 【透】「まあ、そうだろうなあ」 それは俺自身、身を持って感じた事があるからよく分かる。 日本語の精通者を自負していたエコル・プリメール(小学校)の語学講師でさえ、留学当初フランス語を一切解せなかった俺に フランスの学校制度や授業の詳細を日本語で伝えるのには、相当難儀していた。 異国語で特殊なシステムや専門科目のことを語るというのは、1年、2年間座学で勉強した程度の人間にこなせる作業ではない。 【夕華】「それでね、透ならフランス語ぺらぺらだし、海外経験も長いじゃない。下手に私達がメンターに付くより、      あなたに頼んだ方が確実かなって」 【透】「なるほど」 【夕華】「でもね、これを頼むと、あなたの日常生活もかなり制限されちゃうと思うのよ。      特に今回みたいに留学生を担当する人の場合、異文化理解の促進っていうか、日常生活のサポートにも      踏み込んでいかなきゃならないことが多いし。だからこそ、私達の運営する『めんへる会』が、      それに耐えられるようなメンターを選抜して、斡旋してるわけだしね」 ああ・・・だからさっき電話をしたとき、話を切り出すの躊躇ってたのかこいつは。 そんなの気にしなきゃいいのに。 【透】「俺は別にいいぜ?」 <立ち画:右側・夕華(驚き)> 【夕華】「え、即答!?」 【透】「何驚いてんだよ」 【夕華】「いや・・・こんなあっさり受けてくれるなんて思わなくて」 まったく、妙なところで気を回す奴だ。 俺達の関係は、その程度の頼みごとで迷惑になっただの重荷をかけただのという話になるような、 昨日今日の浅いものではない。 【夕華】「でも、メンターの仕事ってみんなが考えるより結構大変なのよ。組む相手にもよるけど、会長の就任する前までは      年度途中でしんどくなって辞退しちゃう人も少なくなかったみたいだし。      ・・・それにさ、透、あなたに不必要にフランスでの事をあれこれ思い出させちゃうのも、良くないなって思って」 ・・・こいつ、そんなことまで気にしてたのか。確かに父さんや母さんのこともあるし、いい思い出ばかりではない。 けれど、今更そんなことで気分が沈むようなことは絶対にない。 だって、俺はもう何年も前にその事実を受け止めて、乗り越えることが出来てるんだから。 【透】「くくく・・・」 【夕華】「な、何よ?」 【透】「はっはっは!夕華、お前ば~っかじゃねえの?」 【夕華】「ハルパゴス!?」 【透】「おい夕華、さっき俺は言っただろ。俺はお前に感謝してるって。返しきれないほどの恩があるってさ。     俺がお前に感じてる恩は、そんな薄っぺらいもんじゃねえんだよ」 【夕華】「と、透・・・」 【透】「だから、お前はそんなこと気にせず、いつもの調子で俺に言ってくれればいいの。     『あんたのためにもなるから、やってみなさいよ』ってな。俺は、お前の頼みを断るなんてしないから」 <立ち画:右側・夕華(恥じらい)> 【夕華】「こういうときばっかり男っぽいんだから、バカ・・・」 【透】「でもまあ、気遣ってくれてありがとう。嬉しかったよ」 【夕華】「透・・・」 【透】「こんな事でもないと、お前に恩返しできる機会なんてそうそうないからな。その話、無条件に受けるよ」 【夕華】「・・・ありがとう。それじゃ、お願いするわ」 【透】「よし、じゃあ夕華の審査には合格だな!で、俺はどんな子を担当すりゃいいの?     まあ俺も落第寸前だから、大した指導できないと思うけど」 <立ち画:右側・夕華(通常)> 【夕華】「え、ああ、そうね。いつまでも玄関先で待たせたら悪かったわ。実は今日ね、その子を連れてきてるの」 【透】「何っ!いきなりか!」 【夕華】「ええ、こればっかりは当人同士の相性もあるし、まず直接会ってみるのが一番だからね。      それに、前期の履修登録の期限ももうすぐだし。カリキュラムの説明だけでも、早いとこ理解させないと」  【透】「まあ確かにな。急ぎの理由は、それだったか」 【夕華】「うん。そこにいるから、今連れて来るわ」 そう言うと、夕華は扉の向こうで、夕華の陰に隠れているであろう新入生にちょいちょいと手招きをした。 【夕華】「じゃ、紹介するわね」 【透】「ゴクリ・・・」 【夕華】「さ、シュゼットちゃん。こっちに来て。紹介するわ。彼があなたのメンター候補よ」 名前を呼ばれて、夕華の影から、ぴょこん、と小さな影が飛び出した。 <背景:シュゼ1枚画> そこにいたのは、長い銀髪をなびかせた、透きとおるような白い肌の女の子。 フランス人形がそのまま大きくなったような、小柄で華奢な可愛い女の子だった。 いや、可愛いというより・・・こりゃ・・・すげえ美少女だ。 【透】「この子が・・・俺の、プロテジェ・・・」 【夕華】「そう、この子があなたに通訳とメンターを頼む新入生。シュゼット・ノワリエルさん」 <背景:透の部屋> <立ち画:左側・シュゼ(恥じらい)、右側・夕華(通常)> 【シュゼ】「(こんにちは)」 【透】「(こ、こんにちは。俺、明石透です。)」 <立ち画:左側・シュゼ(通常)> 【シュゼ】「(トオル・・・?あなたが、私のメンターになってくれる先輩ですか?私、シュゼット・ノワリエルといいます。       よろしくお願いします)」 【透】「(あ、ああ。よろしく・・・)」 【シュゼ】「(トオル・・・あの人と、同じ名前・・・)」 何と言うか、触れれば壊れてしまいそうなその雰囲気に、俺は圧倒されっぱなしだった。 初対面の緊張だけではない。彼女の美貌や、全身から出ているオーラのようなものが、俺の口を瞑らせた。 それに、何だ・・・この感覚? 妙にほっとするというか、懐かしいというか。 この娘・・・以前・・・どこかで・・・? <立ち画:右側・夕華(ジト目)> 【夕華】「ちょっと透、なにジロジロ見てんのよ。このスケベ」 【透】「いや、何か・・・どこかで、会ったような・・・」 【夕華】「何それ。まさか運命とか言い出すんじゃないでしょうね?あんた、会って早々ナンパでもするつもりなの?      鼻の下伸ばしちゃって。シュゼちゃんも怯えてるじゃない」 【透】「シュゼ?」 <立ち画:夕華(通常)> 【夕華】「そう。シュゼットだからシュゼちゃん。フルネームじゃ、フランス慣れしてるあんたはともかく      私達には呼びにくいでしょ?」 【透】「シュゼット・・・フランス・・・・銀髪の、シュゼ・・・」 <背景:暗闇/立ち画:なし> 【????】「約束だよ。またあの場所で虹を見るって」 【透】「うん。約束するよ。」 【????】「約束だよ・・・」 今朝見た夢の最後の一幕が、フラッシュバックのように思い出される。 <背景:透の部屋> 【透】「あっ、あっ、あ~~~~~~~~~~~~っ!!!」 <立ち画:左側・シュゼ(驚き)、右側・夕華(驚き)> 【シュゼ】「!!?」 【夕華】「なっ、何よいきなり!?」 素っ頓狂な声を上げた俺に、夕華も、シュゼットと呼ばれた女の子も目を丸くして身体を硬直させた。 だが、天啓とも呼べるタイミングで肝心なことを思い出した俺は、そんなことも構わずシュゼットのほうに近寄って肩を掴む。 【夕華】「ちょっと!いきなり変な声出さないでよ!ってこら、何勝手に触ってんの!セクハラで訴えるわよ!」 【透】「(お前・・・まさか、シュゼットなのか?あの時の、シュゼなのか!?)」 【シュゼ】「(え・・・あなた・・・トオル・・・?)」 【夕華】「え?え?」 間違いない!この娘、あの時の女の子だ! 確信を得た俺に呼応するように、シュゼットもつぶらな目を大きく見開き、ひとつの答えを紡ぎ出したようだ。 エメラルドのような淡いグリーンの煌きを放つその瞳の奥には、驚きと、ほんのちょっとの戸惑いと、 そしてずっと失っていた宝物を見つけたかのような喜びを湛えていた。 【透】「(シュゼ!俺だよ!ほら、モンマルトルで一緒に虹を見た、あのトオルだ!)」 【シュゼ】「(まさか、本当にトオルちゃんなの!?私とあの丘を登った、あのトオルちゃんなの!?)」 【透】「(ああ、そのトオルだ!シュゼ、お前本人なんだな!?)」 【シュゼ】「(うそ、信じられない!こんなに早く、トオルちゃんに会えるなんて!しかも私の先輩だなんて!)」 【透】「(俺も信じられないよ!シュゼ!久しぶり!!)」 <立ち画:左側・シュゼ(笑顔)> 【シュゼ】「(わぁい!トオルちゃんだ!トオルちゃんが、帰ってきた!!)」 シュゼット・ノワリエル。そう、確かにモンマルトルの2年半を共に過ごしたあの女の子の名だ。 まさか、あの子に日本で会うことが出来るなんて!本当に、これは運命じゃないのか!? シュゼは、あの頃と変わらない屈託のない笑顔で、俺にじゃれ付いてくる。 俺は、あの頃とすっかり変わってしまった力強い腕で、シュゼを思い切り抱きしめる。 【シュゼ】「(トオルちゃん!トオルちゃん!わぁ~いっ!!)」 【透】「(シュゼ~~~~っっ!!)」 【夕華】「ちょ、ちょっと、状況が全くつかめないんですけど?私一人置いてけぼりにしないで~!!」 はるか昔、あの虹とともに止まっていたはずの俺達の時間は、今この瞬間から、再び動き出した・・・。
289 名前: ◆50qY7IFXzQ [] 投稿日:2009/08/13(木) 00:34:23 ID:IAQrvjCI0 えー、途中ですが納期が来たのでアップしました パスはdainama ttp://ux.getuploader.com/daiseieroge/download/1/%E7%84%A1%E9%A1%8C.txt 324 : ◆50qY7IFXzQ :2009/08/13(木) 15:42:42 ID:IAQrvjCI0 未完部分差し替えました(pass:dainama) ttp://ux.getuploader.com/daiseieroge/download/4/Prologue+0.1.txt ******************************************************************* ●プロローグ <背景:暗闇> 僕らは、昼なお暗い森の中にいた。 【透】「ハァ・・・」 【????】「トオルちゃん、もうすぐだからちゃんと歩いてよ~」 郊外にある丘へと続く、森の中の小さな遊歩道。 普段は犬の散歩に使われるような何の変哲もないハイキングコースだが、雨上がりの後で 道はべしょべしょになっており、僕にはそれだけで次の一歩を進めるのが躊躇われた。 【透】「なあ、もう帰ろうよ・・・もうすぐ日が暮れちゃうよ」 【????】「じゃあ迷わないようにちゃんと手を掴んで!ほらほら!」 【透】「どこまで行くんだよ・・・僕、今日は遊んでいたくないんだ」 【????】「昨日もそんなこと言ってたよ。一昨日も、その前も。トオルちゃんの言うこと聞いてたら      いつまでたってもお出かけできないもん。さあ、歩こ!」 腕をグイグイと引っ張られ、僕は丘の頂上へと続く小路を無理やり登らされる。 【????】「トオルちゃん、重いよぉ。私、腕が抜けちゃう~」 【透】「僕、もう外で遊んだりしたくないんだよ。僕だけ笑ったり、喜んだり、していたくないんだ。     母さんが居なくなった、こんな世界で・・・・」 【????】「ひゃあ、雨で道の途中に池が出来てる~!トオルちゃん、ちゃんと歩かないと転んで      どろんこになっちゃうからね!」 僕の手を掴んで離さないその女の子は、僕の不平には一切耳を貸さず、ただ歩みを進めさせようとする。 かれこれ数十分もそんなことを続けた頃だろうか、女の子は正規のルートから少し脇にそれて、 獣道のような隘路の先にある藪を掻き分けだした。 【透】「え・・・?そこ、入るの・・・?」 【????】「わ~ん、しばらく来なかったら藪が茂っちゃってる~」 【透】「こんなとこ入ってどうするんだよ・・・道がないじゃんか・・・・」 【????】「あっ、あっ!毛虫!やーん、服に入った!トオルちゃん、とってぇ!!」 【透】「ハァ・・・取れたよ。なあ、もういいだろ・・・早く帰ろうよ」 【????】「あ、ありがとぉ~。んしょ・・・んしょ・・・さぁ、着いたよっ!」 <背景:暗闇(中央に光)> それまで僕らを覆っていた薄暗い闇が、すっと開ける。 次の瞬間、目の前に一面の草原が広がり、僕らは市街地を一望する小高い丘の上に立っていた。 <背景:丘から見下ろした街並み(ぼかし)> 【透】「・・・・・わぁ!!」 眼下に広がる、ミニチュアのような街並みと、そこから郊外へと伸びる雑木林。 さっきまで僕らがいたところだ。 その真上に、七色の虹がはっきりと輝いている。 だが、それは通常の虹ではなかった。 煌めくアーチの向こうにもう一つ別のアーチが重なり、さらにその奥にもぼんやりと次のアーチが見える。 虹が幾重にも連なって、まるで街全体を虹のアーケードが包んでいるかのようだった。 ずっと奥のほう、北の空にはまだ暗い雷雲が轟いていたけれど、街の上の雲は既に薄らぎはじめていて、 所々から漏れた陽の光が、虹の輝きをより鮮やかに際立たせていた。 街の中心でお城のように佇んでいる市庁舎。街を割って流れる運河の水面。高くそびえ立つ教会の鐘楼。 僕らの住む住宅街や、いつも通っている学校、毎日みんなと遊んでいる公園も見えた。 僕の母さんが入院していた、病院も・・・。 それらの全てが虹色に煌めき、次の瞬間には暗がりとなり、やがて陽の光を浴びて いつもの明るさを取り戻してゆく。 光と闇が、喜びと悲しみが、希望と絶望が等しく溢れているこの世界を、そのまま一枚の絵に 表したかのようなとても幻想的な風景。 僕はその圧倒的な存在感に、さっきまでの沈んだ気持ちも忘れ、たまらず叫びだしていた。 【透】「すごい!すごいよ!こんなの見たこと無い!」 【????】「えへへ・・・よかった。トオルちゃんが気に入ってくれて。無理やりでも連れてきてよかったぁ」 【透】「ありがとう!本当にすごいよ!とっても綺麗だ!」 【????】「ここね、私の一番お気に入りの場所なんだ」 【????】「雨が上がったすぐ後にね、ここからだけいつも虹が見えるの」 【透】「そうなんだ・・・。こんな場所があるなんて知らなかった」 【????】「トオルちゃんと私だけの秘密だからね!誰にも言っちゃダメだよ!」 【透】「ああ!」 それから僕らは、まだ湿り気の残る草原に腰を落として、虹がゆらめいて消えてゆく様をずっと眺めていた。 互いの手は、ずっと繋がったままで。 けれど、さっきまでのように渋々ではなくて、しっかりと彼女の温もりを感じられる強さで。 その温もりは、僕の壊れかけた心を、優しく包み込んでくれた。 <背景:暗闇> 僕の母は、つい2か月ほど前に死んだ。 僕を生んで8年、常に体調の優れなかった母は、医師をしている父の勧めに従い、治療環境の整った この街へ僕ら家族と共にやってきた。 父や病院関係者の弛まぬ努力によって、母はそれから2年あまりの間、比較的小康状態を保っていた。 調子の良い時には一時帰宅を許され、少し悪化するとしばらく入院生活の繰り返し。 落ち着かない日々ではあったが、僕らは幸せだった。 共に過ごせるこの時間が、少しでも長く続けばいいと思っていた。 少なくとも、僕は終わりが来るなんて考えもしなかった。 だが、2か月前のあの日。 一時帰宅していた母は夜中に突然激しい発作を起こし、そのまま病院へと運ばれ、日が明けるのを待たず あっさりと逝ってしまった。 治療の難しい難病だった、と後に聞かされたけれど、僕には何の病気だったのかよく分からないし、 聞いたところで何が変わるわけでもなかった。 僕にとっての事実は、お母さんがいなくなってしまったという、ただその一点のみだ。 大人たちは口々に「かわいそうに」「頑張ったね」と慰めの言葉をくれたが、そんなものは 何の気休めにもならない。 「母さんを、返して!」 大人たちに話しかけられる度に何度もそう叫びかけたが、それを言ってしまえば母の死を認めたも同然になる。 嫌だ。嫌だ。こんなのでお終いだなんて、絶対に嫌だ。 誰に話しかけられても口をつぐみ、ただこの辛い時間が過ぎ去ることだけを望んだ。 やがて、言葉を飲み込むのも億劫になり、次第に誰とも顔を合わせようとしなくなった。 それまで仲良くしていた友だちにも、そっけない態度で接するようになり、みんなも気分を害したのか、 程なくして一人二人と離れていった。 愛する妻を突然失って気落ちしていた父も、気丈に僕の事を励まそうとしたが、僕にはそれすら面倒に感じられた。 そして一月が過ぎ、二月が過ぎ、自分の部屋に篭って一日臥せるだけしかしなくなった僕に 話しかけてくる者は、誰もいなくなった。 息子の心の平穏だけでも守ろうと懸命に努力を続ける父と、いま僕の隣に座っている、この女の子を除いて。 彼女は、この街で最初に仲良しになった、一番の友だちだった。 そして、彼女もまた、幼くして父親を失っていた。 だからこそ、僕は彼女だけは邪険に扱えなかった。どれほど世界に絶望して、人との関わりを絶とうとしても、 同じ境遇にあってなお気丈に生きる彼女にだけは、わがままを通しきれなかった。 母の死後、彼女は2日に1度は僕の部屋を訪れ、他愛もない話を一方的に語っては帰るようになった。 僕もそれに抗えず、一言、二言と彼女と会話を続けるようになり、ここまで話が出来るくらいに盛り返したのだった。 最も、僕の話す事といえば、大事な人の欠けたこの世界に対する怨嗟と泣き言ばかりだったけれども。 それでも、彼女は諦めなかった。 そして、今日。 僕の心を映したかのように数日降り続いていた雨が止んだ夕方、僕の部屋を尋ねてきた彼女は 突然力づくで僕を外に押し出し、ここまで連行してきたのだった。 <背景:丘から見下ろした街並み(ぼかし)> 【????】「ねえ、トオルちゃん。虹の端っことてっぺんてどこに繋がってるのか知ってる?」 【透】「え?端っこと端っこじゃなくって?」 【????】「うん。端っことてっぺん」 【透】「う~ん、てっぺんかあ。ここから見てると、端っこから登っていけそうな高さだけど・・・」 【????】「前にお婆ちゃんから聞いたんだけどね、虹はお空の上の世界と繋がっているんだって」 【透】「お空の上?それって、天国ってこと?」 【????】「うん。それでね、お空の上に行っちゃった人たちがね、私たちのことを想って涙を流すと、      神様がかわいそうに思って、その涙を使ってちょっとの間だけお空と地面を繋げてくれるの」 【透】「天国の人たちの涙が、雨や虹になるの?」 【????】「そう。だからね、トオルちゃんのおばさんも、私のお父さんも、ずっと私たちのこと      見てくれてるんだよ。虹が出るときはね、私たちのお父さんやおばさんが、虹を伝って      私たちに会いに来てくれてるんだよ」 【透】「母さんが、僕に会いに・・・」 【????】「ただ会うだけじゃないよ。『トオル、元気を出して。負けないで』って、応援しに来てくれるんだよ」 【透】「でも僕には、母さんの声は聞こえないよ。僕も母さんと話がしたいよ」 【????】「うん。私にもお父さんの声は聞こえない。でもね、絶対来てくれてるの。私には分かるの」 【透】「どうして?どうしてそんなこと分かるんだよ!」 【????】「だって、私もトオルちゃんも、あの虹を見たときに、元気出たじゃない。      この世界が綺麗だなって、そんなに悪いものじゃないって、思えたじゃない」 【透】「あ・・・」 【????】「だからね、きっとお父さんたちが私たちの耳元で『強く生きて、幸せになりなさい』って      言ってくれてるんだよ。声は私たちに聞こえないけど、想いは私たちに伝わってるんだよ」 【透】「・・・」 【????】「だからね、トオルちゃん。泣いちゃダメ。私たちがいつまでも泣いてたら、おばさんたちが、      お空から励ましに来てくれた意味がなくなっちゃうもん。」 【透】「でも、でも僕は・・・」 【????】「大丈夫。私たちはひとりぼっちなんかじゃないんだよ。おばさんたちは、いつでも      お空の上から私たちのこと見守っててくれるし、私にはお母さん、トオルちゃんには      お父さんだっているんだから。私たちが悲しい時は、そばにいてくれるんだから。      トオルちゃんがそんなふうに落ち込んでたら、天国のおばさんもずっと悲しいままだよ」 【透】「・・・僕、母さんにひどい事してたのかな」 【????】「おばさんは、トオルちゃんのこと責めてなんかいないよ。だって、トオルちゃんのこと愛してるもん。      ただ、トオルちゃんの幸せを望んでいるだけ。今も、きっとそう」 【透】「・・・そうだよね。僕、母さんがいなくなってからずっとわがままを言ってたのかもしれない。     父さんだって、みんなだって、辛いなかで僕を気遣ってくれてたのに、僕は自分のことだけを     かわいそうに思って、その自分のこともどうでもいいやなんて思ってた。母さんは、『元気な透が大好きよ』     っていつも言ってくれてたのに。僕は、母さんが好きだった僕を自分で捨てちゃうところだったんだ」 そして、僕は涙を拭い、消えはじめた虹に向かって語りかけた。 【透】「僕、もう大丈夫だよ。母さんがいなくても、ちゃんと幸せになれる。強くなってみせるよ。     だから、僕の事、いつも空から見守っていてね。母さん」 このとき初めて、僕は母の死を正面から受け止めることが出来たのだと思う。 突然いなくなってしまった母さん。二度と会えなくなってしまった、僕の大好きな人。 その全てを納得する事も理解する事も出来なかったが、僕は最後まで僕を愛してくれた母さんのためにも、 強く生きていく覚悟を決めた。 そして、僕の決意を見届けて満足したかのように、合奏していた虹は空に散っていった。 それから僕らは、日が落ち、星と街の灯りが瞬きだす頃になってから、ようやく家路に着いた。 暗い小路を登ってきた時と変わらず、二人で手と手を取り合って。 <背景:暗闇> 【????】「ねえ、トオルちゃん」 【透】「ん?何?」 【????】「また雨が降ったら、二人であそこに行きたいな」 【透】「うん!また行こう!」 【????】「えへへ・・・あ、でもその時はちゃんと自分で歩いてってね?」 【透】「あ・・・ごめん。」 【????】「ううん、いいの。それより、約束だよ。またあの場所で虹を見るって」 【透】「うん。約束するよ。」 【????】「約束だよ・・・」 <10秒ほど停止> <カレンダー表示:4月9日(木)> 【PC】「ニコニーコー動ー画ー」 【透】「・・・ん、あぁ・・・?」 <背景:透の部屋(ぼかし)> スピーカーから、耳慣れた時報の音声が流れ、俺は目を覚ました。 だが、どうしたことだろう。体がまともに動かない。 このまま押し潰されてしまいそうなほどの圧迫感。一切働かない頭。 そしてなにより・・・ 【透】「・・・あ~、首痛ぇ・・・」 <背景:透の部屋> そこで俺は、自分が机の上に突っ伏しているのを自覚した。 どうやら昨日の夜、ニコ動で過去の名作アニメを見ながらそのまま眠りについてしまっていたらしい。 道理で寝てるのに疲れるはずだ。 目が醒えてくるにつれて、枕代わりにしていた腕の痺れを感じるようになり、しばらくして肩や腰の痛みも伝わってきた。 身体中の軋みが、ただでさえ気だるい起き抜けの時間をいっそう憂鬱なものにする。 なんとか頭を起こしてパソコンの脇にあった置き時計に目をやると、針はちょうど正午を指していた。 【透】「げっ、もうこんな時間かよ」 【透】「・・・・・まあいいか、今日は講義があるわけじゃないし。とりあえず飯でも食おう」 のそのそと動き出し、買い置きしていたカップラーメンに注ぐためのお湯を沸かす。 昼夜反転して食事もインスタントで済ますなんて、自堕落な生活だ。 最も、一人暮らしの学生生活なら皆こんなものかも知れないが。 俺の名は明石透(あかし・とおる)。都内の私立大学に通う大学生だ。 とはいっても、ほとんど講義には出ていないし、ゼミにもサークルにも所属していない。 大学に親しい友達もいなければ、もちろん彼女なんていやしない。 趣味はパソコン、2ch、深夜アニメ。勉強も中の下くらいにしか出来ない。 いわゆるヒキオタ、非リアの典型だ。 <背景:大学キャンパス(ぼかし)> だがこんな俺も、入学当初はもう少しやる気に溢れていた。 というのも、俺の通う私立「法慶大学」はキャンパスのオシャレさと自由度の高い校風をウリとする、 都内でも有数の超人気大学なのだ。現役の芸能人やスポーツ選手も多く通い、毎年キー局のアナウンサーも 幾人か輩出している。財界には出身者が多く、合コン相手の人気ランキングでは確実に3本の指に入るような有名校。 高校は男子校で、青春真っ盛りの頃に一切女っ気がなかった俺にしてみれば、 こんな環境で華々しい大学生活を送れることに期待しないわけはなかった。 しかし、その夢は入学数ヶ月にしてもろくも崩れ去った。 一言で言えば、大学デビュー失敗である。俺は、最初に入るべきサークルの選択を思いっきり誤ってしまったのだった。 まあ詳しい話はおいおいするとして、俺は宗教団体主催のサークルにまんまと騙されてしまい、何のご利益があるのかわからない 黄金のエル・○ンターレ像と引き換えに、大学デビューの機会と人付き合いに対する積極性、それに数十万円を失ってしまった。 それ以来、俺は大学生活に過剰な期待をしなくなり、せっかく入った有名大学のブランドも環境も生かせず終いである。 ・・・え?そもそも、何で勉強も出来ない非リアがそんな有名校に入れたのかって? それは俺のたったひとつの特技、フランス語を利用したAO入試が用意されていたからだ。 芸は身を助く、というやつである。 【透】「フランスか・・・そういえば今朝、久しぶりにあの頃の夢を見たな・・・」 俺は、小学校3年生からコレージュ(中学)を卒業するまでの約6年間をフランスで過ごした。 俺の唯一にして最大の特技は、その時習得したものである。 フランス滞留の間、俺たち家族はいくつかの都市を転々とした。 その多くはあまりいい思い出のあるものではなかったが、母さんの亡くなったあの街の事だけは、今も時々思い出す。 今朝見たあの夢。 俺が、生きる勇気をもらった、大切な時間。 【透】「あの女の子、元気かな・・・」 だが、小学生とはいえまだ幼かった時の話であり、忘れ難い思い出ではあるものの、あの時は俺も気が動転していた。 そう短くもない時間を共に過ごした筈なのに、あの女の子については、もう顔はおろか名前もよく思い出せない。 結局、俺はあの女の子との約束を果たすことなく、離れ離れとなってしまったのだった。 そう、ちょうど今朝見た夢の直後、父さんは別の街の大学病院で勤務することになり、俺達はあの街を離れたのだ。 父さんにしてみれば、愛する妻との思い出に溢れ、医師としての自らの無力さを嫌というほど感じさせられたあの街では、 男手ひとつで俺と新しい生活を送るにあたって、色々と耐え難いものがあったのだろう。 あの虹を見て俺が立ち直ったのを見届けるとすぐ、父さんは前々から進めていたのであろう引越しの準備を終え、 次の週には別の街で新生活をはじめようとしていた。 俺もまた、俺のことを第一に考え、励まし続けてくれた父さんをこれ以上困らせるような事はしたくなかったし、 特に異存も無かったので着いていくことを承諾した。 俺を勇気付けてくれたあの女の子に「さよなら」と言えない事だけが心残りだったが、それも詮無いことだ。 その後、俺達の辿った軌跡は消して平坦なものではなかった。 父さんは母さんを救えなかった心残りからか、寝食も忘れてそれまで以上に研究に没頭し、 俺のコレージュ卒業と同時にこの世を去った。 俺はといえば、母さんの代わりに家事全般をこなすようになり、コレージュ卒業後は身寄りのなくなった 異国での生活を諦め、帰国して一人暮らしをしながら、今、こうして大学生になっている。 それでも、自分の置かれた境遇そのものを不幸に思って、周りに当り散らすような腐った真似だけはしてこなかった。 我ながら、少しは強くなったものだと思う。 ただし、あの日母さんに誓った2つの約束のもう一方は、情けないことに全く果たせていない。 <背景:徹の部屋> 【透】「『強くなること』と『幸せになること』か・・・」 友人も彼女もおらず、昼間からパソコンのモニターの前でラーメンをすすっているようじゃ、 お世辞にも「幸せ」とは言えないだろう。 【透】「どうしてこんな風になっちゃったかな・・・」 ひとりごちたところで、慰めてくれるような相手はいない。 だが、俺自身も大して気にしているわけではない。 【透】「ま、考えてもなるようにしかならねーか。さて、今日は何をしよう」 どうせ一日中パソコンを見るか、せいぜい飯を買いにコンビニへ出かけるくらいしかしないのだけれども。 特に当てもなくだらだらとしていると、どこからかヴーヴーという振動音が聞こえてきた。 【透】「あれ・・・?携帯鳴ってる?」 家族もいなければ友人もほとんどいない俺の携帯が鳴るのは、何か月ぶりのことだろう。 それも、メールじゃなくて電話なんて。 ワン切りでもなさそうだし、一体誰が・・・? 不思議に思って携帯の画面を覗き込むと、そこに表示されていたのはある女の子の名前だった。 「赤嶺夕華(あかみね・ゆうか)」 【透】「夕華・・・?あいつが、わざわざ電話寄越してくるなんて珍しいな・・・。何だろ?」 赤嶺夕華。俺の幼馴染にして、俺と同じ法慶大学の同級生。 ついでに言えば、俺のアドレス帳に登録がある唯一の異性にして、日常的に付き合いのあるただ一人の親友だ。 彼女との関係は、単なる幼馴染というよりはもう少しだけドラマチックだ。 以前、家が隣同士だった俺たちは、フランス留学のはるか前、幼稚園の頃から家族ぐるみでお付き合いをさせてもらっていた。 だが、母さんの治療のために我が家がドタバタとフランス移住を決めたため、これまたまともに別れを告げる事も出来ず、 小学校3年生を最後に一切の交流が絶たれてしまった。 留学中と帰国後の数年間はお互いどこに行ったのか分からないままの状態が続いていたが、大学の入学式で俺と夕華は 運命的な再会を果たし、また昔のようにとてもいい関係を築くまでになった。 ともすれば恋愛感情の一つも芽生えそうなものだが、どっこい男女関係に発展する気配は微塵もなく、 気さくに付き合える親しい間柄として、これまでごくフツーの友人関係を保っている。 ま、昔から知りすぎているのもあって、お互いそういう対象として意識できてないってことなんだろう。 人生には、こういう異性関係があっても悪くはない。 しかし、そんな関係であっても、俺に直接電話してくるのはそうあることではなかった。 現在俺が住んでいるのは、かつて自宅があった場所から5分ほど離れた距離にある、ちっぽけなアパート。 つまり、夕華の家からも殆ど距離の無い、ご近所である。 それ故、何か用事があればメールで済ますか、そうでない急ぎの事なら直接うちまで来てしまうのが通常であった。 それがわざわざ電話とは・・・?何か言いにくいことでもあるのだろうか。 夕華の思惑を訝しがりつつも、俺は電話を受けた。 【透】「おーす」 【夕華】「あ、よかった。起きてたのね」 【透】「どうしたんだ、いきなり電話なんて」 【夕華】「ん、ちょっとね。それより、春休みの間はちゃんと生活してたの?」 【透】「うん、まあボチボチ。特に出かける予定も無かったし、メシだってラーメンとかカレー買い置きしてあったし」 【夕華】「え、まさかずっとインスタントで過ごしてたわけ?何やってんのよアンタ!料理できないわけでもないんでしょ?      食生活くらい、ちゃんとしなさい!」 【透】「いやぁ、そっちのほうが身体にもいいのは分かってるんだけどさ・・・」 【夕華】「分かってない!もう、そんな風なら休み中に様子見に行っとくんだったわ」 【透】「だってわざわざ通い妻させるのも悪いしさ・・・それにラーメン、美味しいし」 【夕華】「私がいいって言ってんだからいいの!とにかく、インスタントで済ませるぐらいなら私に連絡しなさいよ!      いつでもご飯持ってってあげるから」 【透】「はぁーい、とぅいまとぇーん。ドゥクドゥーン」 【夕華】「・・・こ、この野郎・・・」 電話の向こうでピキピキと青筋を立てる夕華の姿が目に浮かぶ。 だがこんなバカな掛け合いも、俺達の大事なコミュニケーションのひとつだ。お互い、悪意がないのは分かっている。 それよりも、いつもはもっとはあけすけなのに、今日に限ってもったいぶっている夕華の態度が気になった。 【透】「で、本題は?」 【夕華】「あ、えーとね。ちょっと透にお願い事があったんだけど・・・。でも、いきなりだしなぁ」 【透】「何だよ、もったいぶって。話さなきゃ俺に迷惑かどうかも分かんないじゃん」 【夕華】「うーん、でも、なぁ・・・。透の負担にもなることだし」 【透】「いや、お前には普段から色々助けてもらってるしさ。俺で力になれることがあるなら、何だって喜んでやるよ」 【夕華】「な、いきなり何言っちゃってんのよ。・・・照れるじゃない」 お、口下手な俺にしてはちょっといいこと言ったかもしれん。 反応から推し量る限り、夕華も感謝されてまんざらではない様子だ。 こいつ、こういう風にデレてれば可愛いところあるんだよな。 そんなことを考えながら、俺は調子に乗って少し甘い言葉を囁いてみる。 【透】「いや、本当だって。お前には心から感謝してるんだぜ。俺、こんなヘタレだし、お前がいなかったら3年まで     進級できたかどうかもわからない。入学当初のサークルの件だって、お前すげー親身になって励ましてくれたじゃん。     お前がいたから何とか大学生を続けて来れたんだよ。その恩はちょっとやそっとで返せるもんじゃない。     なあ、俺で助けられることがあるなら何でも言ってくれ。夕華の力になりたいんだよ」 我ながら臭いセリフだとは思ったが、夕華に恩返ししたいという気持ちは嘘じゃない。 この2年間ですっかりコミュニケーション不全に陥ってしまった俺だが、そんな俺でも見捨てずに助けてくれる人たちへの 恩まで忘れてしまうほど愚図になったつもりもなかった。 特に夕華は、誰に頼まれるでもなく俺の世話を買って出てくれ、ときたま一人暮らしで自堕落な生活を満喫している俺の部屋に 訪れては、掃除をしたり料理を作ってくれたりする。大学生活でも、不登校気味な俺に発破をかけて、進級に必要な 最低限の履修計画を組んでくれたり、俺の分の講義ノートを持って出張補講にも来てくれたりもしている。 それでいて自分から恩を着せるような嫌らしい真似はしないし、俺に何かを強要する事もない。 俺が一念発起したときに生活や勉強をすぐ軌道に乗せられるようにと、あくまでサポートに徹してくれているのである。 そんな夕華に、俺は感謝しても仕切れないほどの恩義を感じていた。 こいつは、口は悪いけど、人情味に溢れたとてもいい奴なんだ。口は悪いけど。 【夕華】「っっ、バカ!ハズいこと言わないでよ!・・・そんなこと言われたら・・・私・・・」 おお、これがツンデレの真骨頂というやつか。 気の置けない幼馴染とはいえ、現実にやられると胸が甘酸っぱい気持ちで一杯になる。 くそ、俺としたことが夕華にときめいてしまうなんて。いや待てよ、この流れならときめいてるのは夕華のほうか? ここで恥じらいながら「これから、透の部屋に行ってもいい?」なーんてセリフのひとつも出れば、 俺に惚れてるフラグが立っていようものなんだけど。 だがまあ、現実はそんなイージーでもないだろう。 【夕華】「あ、あのさ、これから透の部屋にお邪魔しても・・・いいかな?」 【透】「マ、マジでフラグキタァーーーーーー!!?フヒィッ!」 ああっ!いかんっ!! 興奮しすぎて声が上擦ってしまった。というか声に出てしまった。 落ち着け、俺。落ち着いて、素数を数えるんだ・・・1、3、5・・・7、11・・・よし。 これは、期待していると考えていいんだよな?俺も期待していいんだよな?それ以外解釈できないよな? 特に意識している相手ではないはずなのに、男としての本能がムラムラと沸き上がってくる。 よし、ここは甘い言葉で一気に畳みかけを・・・ 【夕華】「・・・ハァ?フラグ?あんた何言ってんの?ちょっとキモイんですけど」 あっ!俺としたことが何たる凡ミス!!時間切れ、いや選択肢ミスか!? どっちにしても、素数を数えている間に夕華さんのデレモードが消えてしまった!! ・・・くそう、こうなったら少しでも好感度を回復すべく、平謝りする以外方法はあるまい。 【透】「ご、ごめんなさい・・・」 【夕華】「・・・やっぱり透にお願いするのはやめようかな」 【透】「ホントすいません。自重します・・・」 【夕華】「しっかりしてよね。次暴走したらもう頼むの止めにするから」 【透】「ハイ・・・。で、一体、私めに何をなさるおつもりなのでしょうか」 【夕華】「それは、そっち着いてからその場で話すわ。あなたに頼んで本当にいいのかどうかも、その場の流れで私が決める」      あ、そうだ。部屋は綺麗に片付けといてよね?」 【透】「はあ・・・よく分からないけど承知しました」 【夕華】「それじゃ、また後で」 【透】「あ、ああ・・・」 何だか要領を得ない会話だった。 結局、あいつは俺に何を求めてるんだ? ただ、ちょっと急いでるみたいだったし、それほど時間はなさそうだ。 とりあえず部屋の体裁だけでも繕っておくか。 シンクに詰まれた空の食器を片付けて、ゴミ袋も外に出して。 あ、あと万一の場合に備えてコンドームの準備も・・・フヒヒ。 邪な考えを胸に抱きながら、俺は部屋の掃除を始めることにした。 <背景:透の部屋/場面転換のエフェクト> そして、2時間後。 夕華は、俺の家にやってきた。 <立ち画:右側・夕華(通常)> 【夕華】「久しぶり」 【透】「おー、よく来たな。まあ上がって一息つけよ」 【夕華】「あ、上がる前にちょっとだけいい?」 【透】「何だ、いきなり」 【夕華】「うん・・・透、私の所属してるボランティアサークルの活動内容は理解してくれてるかしら?」 【透】「『めんへる会』の?そりゃあ、ウチの大学の看板サークルの事だし、一応は」 【夕華】「そう。なら手間が省けるわ」 『めんへる会』。正式名称は、Menter's Help Mediation Circle。 生活アドバイザー斡旋会とでも言ったところか。 法慶大学に数多あるサークルの中でも、生徒会的立場にある代表的存在だ。 ガチガチの校則に縛られていた義務教育課程の頃と違って、各人が自由な環境で「選択」の機会を得、 自己責任において決断を下していく事が当たり前な大学生活では、進路選択や友人関係などで 様々な悩みやトラブルを抱える場面が少なくない。 特にこの時期ともなると、授業の履修からサークル選び、奨学金申請や一人暮らしのノウハウにいたるまで、 新入生を中心として多くの「どうしていいのか分からず困ってしまった大学生」が生まれることになる。 通常は、大学側が教務課や医務課に専門の相談センターなどを設け、そうした相談者の対応にあたるものだが、 そこは自主性を重んじる我が大学のこと。学生に関するトラブル解決は全て学生でこなしてしまおう、 ということで立ち上げられた互助組織が、『めんへる会』だ。 『めんへる会』の活動は、主に次の2点に集約される。 1つは、メンター制度の運営。 メンター制度とは、「メンター」と呼ばれる上級生の生活アドバイザーと、下級生の相談希望者「プロテジェ」の間で 結ばれる無償のアドバイザリー契約のことだ。契約は基本的に1期単位で更新され、プロテジェは大学生活のあらゆることに 対するサポートやアドバイスを担当のメンターに求める事が出来る。 それもただ相談に乗るわけではなく、お悩み相談の内容にあわせて専門知識を持ったメンターを『めんへる会』が選抜、斡旋 してくれるというのだから、相談者にとっては至れり尽くせりだ。 もちろん、メンターとプロテジェとの間で揉め事が起きる場合もあるが、その場合の調停も全て会が行なってくれるらしい。 ちなみにこの制度、学年を問わず利用することが出来る。前期にメンターの紹介を求めてくるプロテジェの大半は新入生だが、 就活時期と重なる後期には、3年生が4年生にアドバイスを求めるというような風景もみられるようになる。 このように、メンターボランティアの登録や選抜、紹介、アフターフォローといった一連の生活サポートを一手に担うのが、 夕華たち『めんへる会』運営部の仕事なのである。 そしてもう1点が、学内の様々なイベントに関する運営補佐の仕事。 常に多くのボランティアを抱え、学生間のトラブル調停にも乗り出すといったサークル活動の性格上、 いつの頃からか『めんへる会』は法慶大学のまとめ役としてのお墨付きを与えられ、大学祭や体育祭といった 各種イベントまでも仕切るようになった。 実際、声をかければすぐ人材が集まるような状況なので、会とは別に実行委員会などを設けるよりは、 生徒にとっても大学にとっても合理的なのだろう。 だが、そのために『めんへる会』の主要メンバーは自然とリーダーシップやコミュニケーション力に優れた 傑物が集まるようになり、今では『めんへる会』運営部に所属することは一種のステータスとなっている。 夕華もまたその一人で、贔屓目に見ても美人でしっかり者、面倒見も良い彼女は、優しくも厳しい「お姉さま」として 男女問わず学内でトップクラスの人気を誇っているそうだ。 異性の幼馴染としては何とも嬉しく、むずがゆい話である。 【夕華】「でね、今年もなんとかメンターとプロテジェの振り分けを終えて、一息つこうとしていたところなんだけど・・・」 【透】「ふむ」 <立ち画:右側・夕華(困り顔)> 【夕華】「どうしても1人、最後まで適当なメンターを紹介してあげられない新入生が残っちゃって」 【透】「え、でもメンター希望者って結構いるんだろ?例年、メンターのほうが多くて人数余るって聞いてたけど」 そうなのだ。世の中にはお人好しというか物好きというか、支えたり支えられたりという人付き合いの好きな奴が結構多い。 ましてやウチの大学はミッション系ということもあって、隣人愛とやらに溢れた若者が少なくなく、結果、毎年のように メンターだけが溢れている状況が続いていた。 加えて、2年前に2年生という若さで就任した会長がかなりのやり手らしく、ここ数年の『めんへる会』の評判は鰻上りだ。 プロテジェに対する契約締結率は100%を保ち、中途解約率も0.01%以下を誇っているとか何とか。 まるでゴルゴ13のパーフェクトな仕事ぶりを見ているかのような、華々しい業績である。 【夕華】「普段ならそうなんだけどね。今回に限っては、ちょっと特殊なのよ」 【透】「特殊?とんでもなく素行の悪い問題児とか?」 【夕華】「ううん、そういうのじゃないの。本人は、礼儀正しくてすごく良さそうな子なのよ」 【透】「だったら、何が問題なんだ」 【夕華】「その子はね、フランスからの留学生なの」 【透】「留学生・・・?外人か。でも、外人への指導だって、そう珍しい話じゃないだろ?ウチの大学、留学生も多いし」 <立ち画:右側・夕華(シリアス)> 【夕華】「その子が、フランス語しか話せないとしても?」 【透】「えっ、日本語ダメなの?」 【夕華】「ええ。その子はつい1週間ほど前に親の仕事の都合で日本に来たばかりで、日本語もままならない。      しかも、こっちの生活習慣についての知識はゼロ」 【透】「そりゃまた随分急な事で。よく大学側も受け入れたな?」 【夕華】「私も詳しい話は知らないんだけど。何でも彼女の家族がウチの大学の創始者の血縁らしくて。      断りきれなかったみたいなのよね。それに、大学側にも、これから本格的に国際化を進めるにあたっての      試金石として受け入れてみたいっていう意図があったみたい」 【透】「彼女?あ、女の子なんだ」 【夕華】「そうよ。・・・言っとくけど、変な事したらタダじゃ置かないからね」 【透】「はい、重々承知してます・・・」 下心が芽生える間もなく、真っ先に釘を刺されてしまった。 こういうときの夕華は恐い。従順な態度を見せておいたほうがよさそうだ。 <立ち画:右側・夕華(通常)> 【夕華】「と、いうわけで、あなたにはそのフランスからの留学生のメンターや、日常生活での通訳を頼みたいのよ」 【透】「頼みごとってのは、そういう話だったか・・・」 その女の子への下心はともかく、どうやら俺が先刻まで夕華に抱いていたピンク色の妄想劇もまた、 お目見えすることがないようだ。ちぇっ。 【夕華】「本当は、私達だけで何とかすべき事柄なんだけど、『めんへる会』のメンバーやメンバー登録者に      フランス語を理解できる人なんていなくって。そりゃみんな第二外国語で履修して片言くらいは話せるけど、      他人にカリキュラムの仕組みとか授業内容とか教えられるほど勉強したわけじゃないし」 【透】「まあ、そうだろうなあ」 それは俺自身、身を持って感じた事があるからよく分かる。 日本語の精通者を自負していたエコル・プリメール(小学校)の語学講師でさえ、留学当初フランス語を一切解せなかった俺に フランスの学校制度や授業の詳細を日本語で伝えるのには、相当難儀していた。 異国語で特殊なシステムや専門科目のことを語るというのは、1年、2年間座学で勉強した程度の人間にこなせる作業ではない。 【夕華】「それでね、透ならフランス語ぺらぺらだし、海外経験も長いじゃない。下手に私達がメンターに付くより、      あなたに頼んだ方が確実かなって」 【透】「なるほど」 【夕華】「でもね、これを頼むと、あなたの日常生活もかなり制限されちゃうと思うのよ。      特に今回みたいに留学生を担当する人の場合、異文化理解の促進っていうか、日常生活のサポートにも      踏み込んでいかなきゃならないことが多いし。だからこそ、私達の運営する『めんへる会』が、      それに耐えられるようなメンターを選抜して、斡旋してるわけだしね」 ああ・・・だからさっき電話をしたとき、話を切り出すの躊躇ってたのかこいつは。 そんなの気にしなきゃいいのに。 【透】「俺は別にいいぜ?」 <立ち画:右側・夕華(驚き)> 【夕華】「え、即答!?」 【透】「何驚いてんだよ」 【夕華】「いや・・・こんなあっさり受けてくれるなんて思わなくて」 まったく、妙なところで気を回す奴だ。 俺達の関係は、その程度の頼みごとで迷惑になっただの重荷をかけただのという話になるような、 昨日今日の浅いものではない。 【夕華】「でも、メンターの仕事ってみんなが考えるより結構大変なのよ。組む相手にもよるけど、会長の就任する前までは      年度途中でしんどくなって辞退しちゃう人も少なくなかったみたいだし。      ・・・それにさ、透。あなたに必要以上にフランスでの事をあれこれ思い出させちゃうのも、良くないなって思って」 ・・・こいつ、そんなことまで気にしてたのか。確かに父さんや母さんのこともあるし、いい思い出ばかりではない。 けれど、今更そんなことで気分が沈むようなことは絶対にない。 だって、俺はもう何年も前にその事実を受け止めて、乗り越えることが出来てるんだから。 【透】「くくく・・・」 【夕華】「な、何よ?」 【透】「はっはっは!夕華、お前ば~っかじゃねえの?」 【夕華】「ハルパゴス!?」 【透】「おい夕華、さっき俺は言っただろ。俺はお前に感謝してるって。返しきれないほどの恩があるってさ。     俺がお前に感じてる恩は、そんな薄っぺらいもんじゃねえんだよ」 【夕華】「と、透・・・」 【透】「だから、お前はそんなこと気にせず、いつもの調子で俺に言ってくれればいいの。     『あんたのためにもなるから、やってみなさいよ』ってな。俺は、お前の頼みを断るなんてしないから」 <立ち画:右側・夕華(恥じらい)> 【夕華】「こういうときばっかり男っぽいんだから、バカ・・・」 【透】「でもまあ、気遣ってくれてありがとう。嬉しかったよ」 【夕華】「透・・・」 【透】「こんな事でもないと、お前に恩返しできる機会なんてそうそうないからな。その話、無条件に受けるよ」 【夕華】「・・・ありがとう。それじゃ、お願いするわ」 【透】「よし、じゃあ夕華の審査には合格だな!で、俺はどんな子を担当すりゃいいの?     まあ俺も落第寸前だから、大した指導できないと思うけど」 <立ち画:右側・夕華(通常)> 【夕華】「え、ああ、そうね。いつまでも玄関先で待たせたら悪かったわ。実は今日ね、その子を連れてきてるの」 【透】「何っ!いきなりか!」 【夕華】「ええ、こればっかりは当人同士の相性もあるし、まず直接会ってみるのが一番だからね。      それに、前期の履修登録の期限ももうすぐだし。カリキュラムの説明だけでも、早いとこ理解させないと」  【透】「まあ確かにな。急ぎの理由は、それだったか」 【夕華】「うん。そこにいるから、今連れて来るわ」 そう言うと、夕華は扉の向こうで、陰に隠れているであろう新入生にちょいちょいと手招きをした。 【夕華】「じゃ、紹介するわね」 【透】「ゴクリ・・・」 【夕華】「さ、シュゼットちゃん。こっちに来て。紹介するわ。彼があなたのメンター候補よ」 名前を呼ばれて、夕華の影から、ぴょこん、と小さな影が飛び出した。 <背景:シュゼ1枚画> そこにいたのは、長い銀髪をなびかせた、透きとおるような白い肌の女の子。 フランス人形がそのまま大きくなったような、小柄で華奢な可愛い女の子だった。 いや、可愛いというより・・・こりゃ・・・すげえ美少女だ。 【透】「この子が・・・俺の、プロテジェ・・・」 【夕華】「そう、この子があなたに通訳とメンターを頼む新入生。シュゼット・ノワリエルさん」 <背景:透の部屋> <立ち画:左側・シュゼ(恥じらい)、右側・夕華(通常)> 【シュゼ】「(こんにちは)」 【透】「(こ、こんにちは。俺、明石透です。)」 <立ち画:左側・シュゼ(通常)> 【シュゼ】「(トオル・・・?あなたが、私のメンターになってくれる先輩ですか?私、シュゼット・ノワリエルといいます。       よろしくお願いします)」 【透】「(あ、ああ。よろしく・・・)」 【シュゼ】「(トオル・・・あの人と、同じ名前・・・)」 何と言うか、触れれば壊れてしまいそうなその雰囲気に、俺は圧倒されっぱなしだった。 初対面の緊張だけではない。彼女の美貌や、全身から出ているオーラのようなものが、俺の口を瞑らせた。 それに、何だ・・・この感覚? 妙にほっとするというか、懐かしいというか。 この娘・・・以前・・・どこかで・・・? <立ち画:右側・夕華(ジト目)> 【夕華】「ちょっと透、なにジロジロ見てんのよ。このスケベ」 【透】「いや、何か・・・どこかで、会ったような・・・」 【夕華】「何それ。まさか運命とか言い出すんじゃないでしょうね?あんた、会って早々ナンパでもするつもりなの?      鼻の下伸ばしちゃって。シュゼちゃんも怯えてるじゃない」 【透】「シュゼ?」 <立ち画:夕華(通常)> 【夕華】「そう。シュゼットだからシュゼちゃん。フルネームじゃ、フランス慣れしてるあんたはともかく      私達には呼びにくいでしょ?」 【透】「シュゼット・・・フランス・・・・銀髪の、シュゼ・・・」 <背景:暗闇/立ち画:なし> 【????】「約束だよ。またあの場所で虹を見るって」 【透】「うん。約束するよ。」 【????】「約束だよ・・・」 今朝見た夢の最後の一幕が、フラッシュバックのように思い出される。 <背景:透の部屋> 【透】「あっ、あっ、あ~~~~~~~~~~~~っ!!!」 <立ち画:左側・シュゼ(驚き)、右側・夕華(驚き)> 【シュゼ】「!!?」 【夕華】「なっ、何よいきなり!?」 素っ頓狂な声を上げた俺に、夕華も、シュゼットと呼ばれた女の子も目を丸くして身体を硬直させた。 だが、天啓とも呼べるタイミングで肝心なことを思い出した俺は、そんなことも構わずシュゼットのほうに近寄って肩を掴む。 【夕華】「ちょっと!いきなり変な声出さないでよ!ってこら、何勝手に触ってんの!セクハラで訴えるわよ!」 【透】「(お前・・・まさか、シュゼットなのか?あの時の、シュゼなのか!?)」 【シュゼ】「(え・・・あなた・・・トオル・・・?)」 【夕華】「え?え?」 間違いない!この娘、あの時の女の子だ! 確信を得た俺に呼応するように、シュゼットもつぶらな目を大きく見開き、ひとつの答えを紡ぎ出したようだ。 エメラルドのような淡いグリーンの煌きを放つその瞳の奥には、驚きと、ほんのちょっとの戸惑いと、 そしてずっと失っていた宝物を見つけたかのような喜びがみてとれた。 【透】「(シュゼ!俺だよ!ほら、モンマルトルで一緒に虹を見た、あのトオルだ!)」 【シュゼ】「(まさか、本当にトオルちゃんなの!?私とあの街の丘を登った、あのトオルちゃんなの!?)」 【透】「(ああ、そのトオルだ!シュゼ、お前本人なんだな!?)」 【シュゼ】「(うそ、信じられない!こんなに早く、トオルちゃんに会えるなんて!しかも私の先輩だなんて!)」 【透】「(俺も信じられないよ!シュゼ!久しぶり!!)」 <立ち画:左側・シュゼ(笑顔)> 【シュゼ】「(わぁい!トオルちゃんだ!トオルちゃんが、帰ってきた!!)」 シュゼット・ノワリエル。そう、確かにモンマルトルの2年半を共に過ごしたあの女の子の名だ。 まさか、あの子に日本で会うことが出来るなんて!本当に、これは運命じゃないのか!? シュゼは、あの頃と変わらない屈託のない笑顔で、俺にじゃれ付いてくる。 俺は、あの頃とすっかり変わってしまった力強い腕で、シュゼを思い切り抱きしめる。 【シュゼ】「(トオルちゃん!トオルちゃん!わぁ~いっ!!)」 【透】「(シュゼ~~~~っっ!!)」 【夕華】「ちょ、ちょっと、状況が全くつかめないんですけど?私一人置いてけぼりにしないで~!!」 はるか昔、あの虹とともに止まっていたはずの俺達の時間は、今この瞬間から、再び動き出した・・・。 <タイトル/OP:『きゃっち☆The Rainbow!!』>

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: