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-前兆-

男「おはよう」
女「あ、おはよ…ケホッケホッ」
男「どうした、風邪か?」
女「んー…ちょっと調子悪い…けど、大丈夫だよ。今日昼までだし」
男「そうか…でも無理するなよ」
女「うん…実はこの子も少し、調子悪いみたいなんだけど」

もこもこ…
雲を見上げてみると、言われた通り何となくしぼんでいて、動きもいつもより鈍い気がした。

男「こいつも病気かな…」
女「…心配だけど、何にも出来ないから…ケホ」
男「…大丈夫だよ、女の風邪が治ったらこいつもきっと元気になる」
女「そうだよね…」

男(しかし…今日天気悪いな)
学校に着いてからはいつも通りだった。
けれど女はいつもよりボーッとした表情が多く、雲もたまに両端がだらんと垂れてきたりしている。
不調なのは目に見えているが、昼までだから何とかなるだろう、そう考えて男は気にしないようにしていた。

友女「女ーなんか元気無いね。どしたん?」
女「あ…友ちゃん。うん、ちょっと風邪気味なの」
友女「そりゃお大事にー。なんか雲もダラーとしちゃってるし」

友女に下敷きで撫でられても、雲は力無さ気にもこもこと友女の頭を撫で返してくるだけだった。

友女「あらら…重症だねこりゃ。今日台風来るらしいから帰り際とか気をつけてね」
女「え…そうなの?今日みんないないから、夜一人なのに…」

男(台風…か、そういや天気予報見てなかったな)

窓の外を見てみると、どんよりと薄暗い雲が空全体を不気味に覆っていた。


やっと授業が終わり、放課が近付く頃には風が強くなり始めていた。

男「女…帰ろうか、送ってくよ」
女「うん…ありがと…」
男「調子悪そうだな。熱上がってるんじゃないか?」
女「…かもしんない。でも今日誰もいないし、自分で帰んないと…」

帰り道、どうもフラフラ頼り無い足取りの女の手を取りながら一緒に歩く。
女「か、風邪うつっちゃうよ…?」
男「手繋いだくらいでうつりゃしないって。何ならおぶっても良いんだぞ?」
女「…大丈夫だよ////」

雲は風に流されることもなく、頑張って二人の上を付いて来ている。
男「お前も頑張れよ」
見上げて励ますと、雲がわずかに頷き返したように見えた。


-付きっきり-

女の家の前まで来た所で、不意に女が男の肩に頭を預けた。
男「!お、女、大丈夫か!?」
女「ん…ごめん、男君…ちょっと、きついかも」
男「大丈夫だ、すぐ中まで運んでやるからな」
鍵を預かると、うなだれる女をそっと抱き上げて玄関のドアを開けた。

部屋まで運んだ女をベッドに寝かせてやる。
女「ありがとう、男君…」
熱のため赤らんだ顔をこちらに向け、潤んだ目で礼を言った。
男は優しく微笑みながら、女に毛布を掛けてやる。
男「良いんだよ、気にすんな。ちゃんと付いててやるから」
女「え、でも…」
男「お袋にはちゃんと電話しとく。お前ら放っておけないからな」
女「…ん、本当にありがと…」

ふよふよと漂う雲を撫でながら、男は窓の外を見る。
いつの間に降り出したのか、強い風の中で雨粒が舞っていた。

男(…荒れそうだな…)
絞った手ぬぐいを額に乗せてやると、女は照れくさそうに笑った。

男「…何で笑ってんだ」
女「だって、男君に看病して貰うなんて、初めてだから…へへ」
男「確かにそうだけど…笑うようなことか?」
女「ん、結構嬉しいから」
男「…馬鹿、寝てろ////」
女「はーい」

素直に目を瞑った女の額に軽くキスを落とし、男は何か温かい物でも作ってやろうかと台所へ向かう。

男「…そうだ、雲にも何かやるかな」

以前、雲が飴を食べたと女から聞かされていた。
調子が悪い雲に何をやれば良いかは謎だが、とりあえず台所で探すことにした。

男「…梅干しは…さすがに食わねぇか」

とりあえずホットミルクとはちみつを持って部屋へ戻る。

女「わー、ホットミルクだ…ありがと、ケホッケホッ」
男「ん、冷めないうちに飲めよ…お前もはちみつ、どうだ?」

降りてきた雲にはちみつをやっていると、窓の外で轟々と風の音が鳴り響き始めた。
凄まじい勢いで降り注ぐ雨と、横殴りの暴風はまるで嵐のように止む気配は無い。

男「…すげぇな…」
女「何か、怖い…あ、雨戸閉めた方がいいかな。窓の」
男「ああ俺がやるからいいよ、寝てな」

男が窓に手をかけた、その時。
窓の外が一瞬眩しく光り、それと同時に、

ガラガラガラガラッドオオオォォォォォォン!!!!!
男「うわっ」
女「きゃあぁっ!」

家のすぐ近くに雷が落ちたらしく、轟音と共に部屋の電気が消えた。
女「てっ停電!?」
男「ち、近かったな今のは…」

突然の雷、そして停電に慌てた女は、布団から飛び出て男に抱き付いた。
女「お、男君…」
男「だ、大丈夫だよ、すぐに電気が…」

その時だった。


-笑顔が消えた-

ガシャァアンっパリイイィイン!!

暴風に飛ばされてきた看板のような物が、窓ガラスを破り部屋へと突っ込んできた。

男「!うあぁっ!!」
女「いっ…が、はっ…!」
飛び散った窓ガラスの破片が二人を襲い、更に鋭い看板の破片が女の腰に突き刺さった。

男「な…お、女っ!!!」
女「…ぁ…お、男、く…うっゲホッゲホッ!!」

全てが突然の出来事だった。
停電の所為で薄暗い部屋の床に、ポタポタと赤い雫が滴り始める。
男「しっかりしろ!…女、女ぁっ!!」

女の細い腰に突き刺さった木片。それ自体の傷は浅かった。
しかしガラスの破片による腕、肩口、太ももの傷も重なり、出血量が半端ではなかった。
男も腕などに傷を負っていたが、今は自分のことは気にしていられなかった。

男「待ってろ…すぐ、救急車呼んでやるから!!」
力無くうなだれた女をそっと横たえ、男は携帯を取り出した。
手が震えて、まともにボタンを押すことが出来なかった。


男「…すぐには、来れない…?」

電話口から聞かされた重い言葉に、男は血の気が引いた。
この台風により、病院から最も近い道で土砂崩れが起こっていた。
更に各所で事故などにより道が塞がれ、家に着くまでには最低でも一時間以上はかかると言う。
だが、女の出血はひどく、そんな悠長なことをしていたら、最悪失血死の可能性がある。

男「…女…」

男は女を玄関先まで運んできていた。
病院側からの指示に従い、何とか止血作業はしたものの相変わらず女はぐったりとしたまま動かない。
また、出血も完全に収まったわけではない。
元々風邪で弱っていた身体、一刻の猶予も許されない状況なのに。

男「…このままじゃ…女が…」

そっとドアを空けた。
嵐は止む気配も無く、轟音は残酷に男を嘲笑うかのように見える。
病院まではほんの一、二キロなのに、その距離があまりにも遠く思えた。
救急車の音は全く聞こえてはこない。

雲はただ、二人を見下ろしながら漂っているだけだった。
…どうする?
…どうすれば良い?
…俺は、何も出来ないのか?

この状況では女を担いで病院へ向かうことも出来ない。
かと言って救急車の到着を待っていたら女の命が危ない。
焦りと不安に駆り立てられ、一筋の涙が頬を伝った。

『男君に看病して貰うなんて、初めてだから…へへ』

何でこんなことになってしまったんだろう。
昨日も、今朝も、ほんの数十分前も、彼女は笑っていた。笑顔だった。
なのに今は…どうしてこんな、青い顔で…

男「女…」

無力。
今の自分を言い表すのに、最も相応しい言葉だった。

風邪なんて引いていなければ。
台風なんてやって来なければ。
停電になんてなっていなければ。
窓から何も入り込んでこなければ。
身を挺して守ってやれれば。

それならば、良かったのに。
悔やんでも、全てが遅かった。


-促されて-

もう、どうしようも無いんだろうか…そんな絶望感が頭によぎった。
けれど。

もこもこもこ
男「…お前」
もこもこもこもこ

突然降りてきた雲は男に語りかけるような仕草をとった。
それが何を意味するかはよくわからないが、何故だか雲の考えていることは伝わったような気がした。

男「…行けって?」
もこもこもこ
男「…無理だ、外はこんな嵐だぞ?」
もこもこもこもこ
男「…ただでさえ弱ってんだ。こんな中病院まで耐えられるわけ…」
もこもこもこもこもこ
男「…俺だってな!!!こんなとこでじっとしてたくねぇよ!!!!
  出来るなら女のこと助けてやりたいに決まってんだろ!!!
  …でも…でも、どうしろってんだよ!!!?」

怒鳴り散らされても、雲は引き下がろうとせずに見据えてきた。
…見据えてきたと、男にはそう見えた。

突然雲は体を伸ばし、男の頭に触れた。
男「何すん…」
振り払おうとした男の手が止まった。

男「…え…お前…」

信じられないことに、雲の意思が男に流れ込んで来た。
言葉として、ではないが雲の考えていることが何故か明確に伝わった。
女は雲と意思疎通が出来るようになっていたが、雲が男に意思を伝えるのは初めてのことだった。
そして、その意思を理解した男は、雲に向かって静かに口を開いた。

男「…本気か?」
もこもこ
男「…お前自身が、危ないんだろ?」
もこもこもこ
男「…そうまでしてでも、女を…助けたいんだな?後悔も…無いんだな?」
もこもこもこもこ
男「…わかった、俺も気持ちは一緒だ。お前の覚悟、絶対に無駄にはしない」
もこもこもこもこもこ
男「でもな…お前も無事でいるって約束しろ。女を悲しませるな」
……………
男「…約束、出来るか?」
…もこもこもこ
男「…よし、じゃあ…行こう!!」

男はレインコートを羽織り、女にもそれを着せる。
ぐったりした女を抱きかかえ、雲に向かって頷いた。
雲は大きく体を伸ばすと、二人を包み込むようにして取り囲み、ゆっくりと浮上を始める。
しかし人二人を持ち上げるのはさすがに辛いらしい、なかなか満足のいく高さには上がらない。


-二人の思い-

男「頑張れ…女の命はお前にかかってるんだ!」

男の励ましに応えるように、雲は少しずつだが確実に上昇し始めた。

男「っし、行くぞ!」

玄関のドアを出て、雲は荒れた空へと上っていく。
思った以上に凄まじい勢いの風雨は、雲の進路を妨げようとする。
それでも雲は確実に、病院への道を目指して進んでいった。

男は雲の意思を読み取った。
自分の体に二人が入れば、嵐の影響を最小限にして病院まで行ける。
女の体に負担をかけない方法はこれしか無い。
少なくとも救急車を待ち続けるよりはよほど効率が良い。
もちろん、嵐の中飛び続ける自分自身はどうなるかわからない。
けれど、男と同じで、女を守りたいから、ずっと一緒だった女を守りたいから。
自分の力を使って欲しい。女を助けて欲しい。

男「…女を一緒に守ろう。頑張れ!」

暴風は雲に容赦無く襲いかかる。
雲は負けじと荒れた空を進み続ける。

内部では女の傷の止血も同時に行われていた。
雲が患部を包み込み、血を止める。染み込んだ血液で雲は赤く染まるが、確かに効果はあった。
男(まだか…まだか…!!)

いくら効率の良い方法と言っても、やはり女の体力は少しずつ奪われていく。
時間との戦いの中、男はただ雲を励ますことしか出来なかった。

男「…そういや、お前も調子、悪かったんだよな…」

そっと雲の内側を撫でながら、男は呟いた。
男「…大丈夫か?もう少しだから…頑張ってくれ。ごめんな、俺、役立たずで」

-『そんなことない』
男「!」
-『男は役立たずじゃない。女を助けられるから』
男「…お前…」
-『僕じゃ出来ないことを、男は出来るから…女を、幸せにすること』
男「…馬鹿、俺一人じゃ駄目だ。お前も必要だからな」
-『はは…あと少し、頑張る』

男(…女、お前も聞こえるか?)

男は腕に抱えた女を、優しく抱き締めた。

男(俺達が…守ってやるからな)


-一つの命、一人の覚悟-

男「…見えた!」
雲の隙間から確かに、目指す病院が見えた。
少しずつ少しずつ、二人を包み込んだまま今度は下降し始める。

男「あと少し…頑張ってくれ!」
-『任せといて』

しかし、雲の体には徐々に異変が起きつつあった。
包み込む面積は次第に小さくなり始めた。雲自体が収縮し始めているのだ。
-『まだ…頑張れる。女の為…また、笑顔、見たいから…』

遂に雲は地面に降り立った。そこは病院の正面玄関の真ん前だった。
雲は二人から離れ、男は女を抱えて走り出した。

男「ありがとう、お前のおかげだ!」
-『喜ぶのはまだ早い。早く女を』
男「…あぁ、そうだな」

…男は気が付かなかった。
もう雲が、女の頭上に位置していないことを。
雲の大きさが、家を出る時に比べ若干縮んでいることを。
女が寝ていても、雲は自らの意思で存在し、動いていることを。

それは、雲が女の体から「孤立」したことを意味していた。

-『…もう、駄目かもしんない』
その呟きは、男にも聞こえていた。
衰弱した女は、すぐに集中治療室へ運ばれることになった。
必ず一命は取り留める。医師の言葉を信じて、男は病室の外の廊下で待つことになった。
雲は男に悟られまいと、女の体の上に付いて行くことにした。

男「女のこと、見守っててくれ」
-『うん…あと、もしもの時は』
男「…あぁ、わかってる。アレを女に渡すよ。でもそれは出来れば無しの方向で、な?」
-『はは…よろしく』

男「…またな」


治療室の中…薄れゆく意識の中で、不思議な声が聞こえた気がした。
-『女。僕はもうここには…君の「雲」でいるのは無理だ』
-『だけど、いなくなるワケじゃない。いつでも君と一緒にいるから』
-『…もう一人の僕は、僕じゃないけど…また、君なら受け入れてくれるって、信じてる』
-『だから、今までずっと、ありがとう。すごく楽しかった』

-『男と幸せにね』

女(…雲…)

女の頭上を漂っていた雲は、いつの間にかいなくなっていた。


-残されたもの-

女「…そう、だったんだ…」

翌日、無事意識を取り戻した女は一部始終を男から聞かされた。
雲が女を守るために、自身を犠牲にしたこと。その覚悟、その意思、全てを。

男「…立派だったぜ?あいつ…俺よりも、ずっと」
女「…」

何故だろう。
今までずっと側にいたのに、一心同体と言っても良かったのに。

女「…薄情かな、私」
男「…何で?」
女「あの子がいなくなったのに…お別れみたいなこと言ったのに…全然、涙が出ないの」
男「…」
女「あの子が…まだ、側にいてくれるような…一緒にいてくれるような、そんな気がして」

男「そりゃそうだよ、だってまだ側にいるんだから」
女「…へ?」

女は目を丸くして男を見た。
男は何やら手荷物をゴソゴソと探っている。

男「まあ正確に言うと、あいつはいないけど」
女「…どういう事?」
男「…お、あったあった」

男が取り出した物は、蓋が閉められた小さなビンだった。

女「…?これ…」
男「閉めたまま中をよーく見てみなさい」
女「中?」

女がビンを覗き込むと…そこには、親指ほどの小さな雲が漂っていた。
女「!え…」
男「…あいつがさ、家出る前に伝えたんだ。自分は消えるかもって…だから、自分の体を少し残しておいてくれって。
  それはあの「雲」とはまた別の意思を持った…まあ簡単に言えばあいつの子供かな?」

男はビンを女の手から取ると、蓋を開けた。
すると雲がふわりと出て来て、女の側へと漂ってきた。
男「…でも、女のことだけは、伝えたらしいな。子供にも」
女「…」
女は小さな小さな雲をそっと指で撫でてみた。
その頬には涙が伝っていた。

男「…涙が出ないんじゃなかったのか?」
女「へへ…これはまた別」
男「またでかくなるらしいぞ、時間が経てば」
女「うん…良かった、ホントに…この子がいないと、寂しいもんね」

女は目に溜まった涙を拭い、雲ににっこりと笑いかけた。
女「これからも…よろしくね」

雲が、小さく頷き返したような気がした。

男「…じゃ、俺はあいつとの約束通り、女を幸せにしようかね」
女「////うん…男君も、ずっと、よろしく」
男「…あぁ」


君が残してくれた、贈り物。

それはとても素敵なものでした。

この贈り物も、君との思い出も、全て。

私はずっと、大事にしていきます。

もちろん、一生、ね。



ありがとう…



-完-