~cloud(9%)~女「何とあたしに新能力が」男「へえ、どんな」女「まあ、見てなって」――女、右手を上げる。そしてその手で男の頬を勢い良く叩く…正に平手打ち。男「っ!!」――反射的に、顔を背ける。しかし、男の頬には風だけが当たった。男は閉じた目を開けてみる。男「お前…その腕、」――女は笑っている。右腕の肘から先が雲になっている。男「…雲?」女「そう。何かね、手とか足とか体の一部を雲に出来るようになったの」男「雲でビンタされたから痛くないって事か」女「うん。この子があたしに力を貸してるような気がするんだよねー」――女は不可解を示す表情を見せながら、雲を指の先でつついている。女の体が雲になるのに対し、雲はその分小さくなっているようだった。男「でもさ、」女「ん?」男「もっと良い活用法を見つけような」女「ほーい」
~cloud(13%)~女「この能力を何と呼ぶか。これが唯一にして最大の問題だ」男「問題にするなよ。その能力は『その能力』で良いだろ」女「それじゃあこの能力がかわいそう!」男「お前、変な所に拘わる癖がまだ治ってないのな」女「イタクナーイとか」男「ビンタ以外の用途は無いんですか」女「バニシュとか」男「FF6か、懐かしいな」女「バニシュ、デス!みたいなね」男「それだと死ぬのはお前だぞ」女「はうっ」男「馬鹿め」女「バニシュ、デス!デス!デス!男に死を!」男「お前、名前はどうしたんだよ」
~cloud(56%)~――女が雲化をする部位は日に日に広がり、増えていった。左腕、左足、恐らく制服で見えない体もそうなのだろう。 女「まあ、体が使えない訳じゃないし、時間が経てばちゃんと戻るから。大丈夫だよ」――俺は後で知る事となる。その時間が次第に長くなっていく事。女が手袋を外さなくなる事。女「大丈夫だって。しかもさ、実は雲でいる時にだっての良い事はあるんだよ?体は軽いし、タンスの角に小指をぶつけても雲だから痛くないし。べんりだよー」――雲は何も言わずに、ただ女の頭上を漂っていた。
~cloud(87%)~――女が学校を休んだ。周りに何を言われようと、誰よりも学校を楽しみにしていた女が。俺は「来ないで」という女のメールを無視しつつ、女の家に向かった。 女の母の了承を得て、部屋へと歩を進める。男「女、俺だ。入っても良いか?」女「ダメ!帰って!!」男「具合でも悪いのか?何か俺に、」女「いいから!早く帰って!!男くんの顔、見たくないの!!」男「…すまん、入るぞ」――扉を開く。閉めきったカーテン、暗い部屋、ベッド。俺は椅子をベッドの側に寄せ、座る。男「女…」――毛布で全身を覆う部屋の主。女「話しかけないで、触らないで、見ないで…お願い」――いつも笑っていた女は、一体何処へ消えてしまったんだ。
~cloud(88%)~――女を隠した毛布が、話し始めた。女「体が、戻らないの。どうしても」男「…」女「最初は雲でいる方が少なかったのに、段々戻らなくなって…もう、どうしたらいいか」男「…やっぱり周りの目が気になるか」女「また子供の頃みたいに言われちゃう…『人間じゃない、化物』って。それだけは嫌」男「俺が付いてる。絶対に守ってやる。誰にもそんな事は言わせない」女「…本当に?あたしの事、好き?」男「もちろん。大好きだよ」女「じゃあ、こんな体になっても?」――毛布の中から、少女が現れた。首から下が全て、暗い灰色の雲で出来た少女が。
~cloud(95%)~――驚愕した。雲と女は別の物のようだった。意思は別々のようだった。それが何故一つに?頭上の雲は注視しなければ分からない程小さくなり、少女は灰色になっている。女「…化物、っていうんだよね。やっぱり、こういうの」――言葉が出ない。この状況に適した言葉を知らない。ただ、男の口からはこんな言葉が溢れた。男「…好きだ」女「…え」男「さっき言ったろう?俺は女の事が大好きだ。俺は女の外見とか体とか、そういう所だけが好きなんじゃない。君の強さとか、優しさとか、純粋さとか、そんな所が一番好きなんだ。姿が変わっても、女は女。俺の大好きな女に変わりはないよ」女「男、く…」――唯一残った女の顔。その双眸から涙が降った。女「良かった…男くんは私を嫌っていなかった。味方がいてくれた。男くんが嫌いって言ったら、あたし…もう…」――女が顔に手を当てる。その手から零れ落ちるように、涙がベッドを濡らす。男は、女を抱き締めた。脆く柔らかい雲の体は、暖かかった。男「行こう、外へ。夕日でも見れば気分が晴れるかも知れない」女「…うん」
~cloud(the end:1)~――二人は、自転車に乗った。夕日を見つけに。女は首から足の爪先まで、全てを衣類で隠した。しかし、彼女の白皙の顔は笑っていた。綺麗だった。 ――夕日の中を、自転車で駆け抜ける。男「もう泣くなよな」女「うん」男「いつもみたいに無視だ、無視」女「うん」男「それでも駄目なら、俺がそいつにガッツリお仕置きするからな」女「それはダメ」男「へーい」女「…」男「…」女「…ねえ、男くん」男「ん?」――日没が近い。女「ありがとう。いつも私を助けてくれて」男「どういたしまして」女「一つ約束します」男「何でしょう」女「もし男くんが危険な状況に陥ったり、困った事があった時」男「…」女「あたしが男くんを守るから。今度はあたしが守る番」男「女…」女「わかった?」男「分かったよ」女「よし」男「…」
~cloud(the end:2)~――夕日が地平線へと消えてゆかんとしたその瞬間。女「好きだよ、男くん」――女はペダルを漕ぐ恋人にキスをした。それは、耳でも、首でも、頬でもない、非常に曖昧な場所へのキスだった。男「女…?」――ブレーキをかけ、後ろを振り返ると、少女は消え去っていた。座っていた荷台の、僅かな体温を残して。
~雲が産まれた日~――これは、後に女の両親から聞いた話になる。女は実の子ではない。不妊症であった女の母が病院の帰りに、ゴミ捨て場で泣いている赤ん坊を見つけた。頭上の雲はどうしても取れなかったが、神からの啓示だと思い彼女を育てたと。母「突然手に入れた命だもの、突然失う事は分かっていたけれど…まさかこんなにも早く…」――男は、葬式を上げる事に反対した。女は死んだのではない、居なくなったのだ。女の両親は、一年後に葬式をするという事で同意した。
~雲の無い空~男「女…」――消失から三ヶ月。女のいない生活は、世間一般的には『日常』と呼ばれる物と何ら変化は無かった。俺とごく少数を除いて。何も変わらない朝。何も変わらない昼。何も変わらない夜。眠ればまた朝になる。俺が過ごしていたのは、こんなにも暗く淀んだ世界だったのか?まるで、針の無い時計のようだ。昼休みは、学校の屋上で空を眺めるようになった。今日は快晴。雲一つ無い青だ。俺は毎日こうやって、雲を探している。強くて、優しくて、純粋な雲を。
~赤い炎、黒い雲~――もうすぐ、女が居なくなって一年が経つ。今日は曇り。厚い雲が空を遮っている。俺の生活は何も変わらない。変えてくれる人がいないから。針の無い時計は、進んでいるのか止まっているのか、戻っているのかさえ分からない。今日も屋上で空を眺めている。漆黒の雲は、あの日の女の体に似ている。――突然、耳を突き刺すようなベルの音が鳴り、俺は現実へと引き戻された。このベルは人生で何度も聞かないであろう、火災報知器の物だ。心臓の鼓動が急に加速する。危機。絶命。そんな言葉が視界に映る。柵から身を乗り出し、校舎の側面を見る。火は真下。窓を割って煙を吐く。「くそっ、家庭科室」――雨は降りそうにはなかった。
~dark cloud:1~――ベルの音の隙間から、人の悲鳴が聞こえてくる。屋上は一人。非常階段の扉を開ける。男「うおっ!?」途端、熱波が体を突き抜ける。男「出口は無し、か…」心臓の鼓動はなおペースアップを要求してくる。男は非常階段から一番遠い場所に移る。しかし熱は十分に肌で感じる。再び、柵から外を窺った。地上の生還者と目が合った。悲鳴。どうやら俺に向けられた物らしい。「さすがにやばいだろ、これは」吐き気がする。肌が痛い。俺、どうなるんだろう。女。俺はどうなるんだろう。空を見上げる。雲が、笑った気がした。
~dark cloud:2~「俺もお前の所に行けるのかな、女」男は空に手を差し出した。――雲が動いた気がした。しかし、それは錯覚…では無かった。雲が動いている。厚く空を遮っていた黒雲が、まるで雫が滴り落ちるように、伸びてきた。(生きて)――落ちてきた雲の先端に、見覚えのある白い顔があった。男「女…?」(今度は私が助ける番)――笑っていた。男「そっか…お前、雲になってたのか。心配かけやがって」――非常階段の扉が爆発で吹き飛んだ所で、俺の記憶は無くなった。
~白い雲の見える丘~「で、お前は一体何者な訳?」――男は助かった。報道的には原因不明な超常現象・謎の黒雲のお陰で。「だから、実はあたしは空が地球人類観察用に作った有機体とか何とからしいよ!キャー!こわーい!!」――事実的には、一人の少女によって。「…じゃあ何で消えたんだよ」――少女は俺を助けた後、引き連れた黒雲から暴風雨を発生。「それは有機体としての機能が暴走しちゃって、空で修理してきたの。ウイーンガチャーンギギギギって」――学校を消火。被害は家庭科室の一画で収まった。「そもそも何で戻って来たんだよ」――俺の両親とそいつの両親は大喜び。「修理が終わったから、復帰第一号の任務として消火を任された…ってこれ、前も話したじゃん」――俺が入院をしている間に宴会をしたらしい。
~雲と駆ける少女:1~「意識を取り戻した十秒後の病人に向かって、こんな事話すやつが一番悪い」――まあ、何はともあれ、日常が戻って来た訳だ。「はい、お弁当」「おう」――女は以前と同じく女の両親が面倒みてくれるし。「ハンバーグが上手すぎる!最早、現世のレベルではないぞ、これは!!」「ふふっ、良かったー」――今、自分の周りにいる人・周りにある物は、どうでもいい物じゃない。全て大事な物なんだ。みんないるから、全てあるから、今の自分がいる。全ては相互に影響し合ってるんだから。
~雲と駆ける少女:2~――あるところに「ねえ、男くん」「ん?」――雲を持った少女がいました「あたしは男くんを守ったよね」「うん、ありがとう」――憎まれ疎まれる事もあったけど「チュウもしたよね、あたしから」「うん、ありがとう」――今はみんなを愛し、みんなから愛されています「じゃあ、はい、あたしにもチュウ」「はあ!?」――あなたの周りには「…」「…好きだよ、女」――大切な人はいますか?「…えへへ、ありがと男くんっ」
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