Bicky's Images
虫ひとり
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bicky
新宿駅の地下道の溢れる人ごみを縫うようには歩けない。後ろから追い抜かれ私の前に出た女のパンプスの踵を踏みそうになって歩くリズムを崩すと、連鎖して対向してきた背の高い若い男に肩を撥ねられた。クルリと半回転して横を向いたとき、並んで歩いていた少女と目が合った。なんで見るの、とでも言いたげな歪んだ少女の口元から私は慌てて目を逸らす。惨めだった。ただその惨めな思いは一瞬のことでしかなかった。
私は虫だ。そう思った。蹴られ吐き出され踏み潰される虫。死なないだけマシな虫。殺されないだけマシな虫。通りを行く人々は自分以外の人間を虫だとしか思っていない。惨めさはお互い様だと感じた途端に可笑しくて堪らなくなり、ふふふと小さく笑い出した。笑い出したら止まらない。声はだんだんに大きくなり、ふうふ、ふうふ、ふうふと声が大きくなって蝉の寿命声のように、この一日をすべてと鳴きだした。だが、すれ違う虫たちには何も聴こえないのだ。まるでそこにはいないかのよう。あるいはあまりに小さな存在なので発する声すら小さいのか。