無題(まとめに投下してくれた方連絡ください。)

二人並んで歩く影が長く伸び、
今が夕刻だということを認識させた。
汗ばんだ体を優しい風が吹き抜け、それをきっかけに
彼女は口を開いた。
「あんたとはここでさよならね。」
「そんな…」
「あんたは黙って言うとおりにすりゃぁいいの!じゃぁね」

二人の前に広がる道はもう決して交わることはなく、
それぞれの道を歩んでいく。
彼女は振り返ることもなく、駆けていった。
シンジはその背中を見つめながら小さく溜息をついた。
彼に与えられた道は長く険しい。
「…、ま、いっか。これでアスカが喜ぶなら。」
大きな荷物を抱え、歩みを進めた。

 一人には少し広すぎるリビングが、
彼女に孤独を感じさせた。
だが、これから起こる未来への期待が
それに打ち勝つことは容易かった。
 手早く支度を済ませ、部屋の電気を消す。
「これで完了。今日から新しいアタシ。
さよなら、昨日までのアタシ。」

プシュー。
「…ただいま」
漆黒に包まれた部屋に彼の声は吸い込まれ、
人気の感じられない空間に呼応する言葉もない。
いい知れぬ不安がずしりと心を沈ませ、
両のてに持つ買い物袋が指に食い込んだ。
明かりをつける気力もなく、暗がりの中奥へ進む。
リビングの扉へ手をかけたその刹那、
部屋の明かりが彼を包みこみ、突然の眩しさに顔をしかめた。

パン!パン!
乾いた音がこだまする。
「おかえり、アナタ」

クラッカーを手に微笑むのは先刻別れたばかりのアスカだ。
その笑顔は清楚な中にもすっかり大人の色香を帯び、
彼の疲れを優しく癒した。
 二人は今日、入籍を済ませささやかなお祝いをするため
買出しにでかけたのだ。
帰路の途中、アスカはシンジに遠回りを強要させ、
彼が戻る前に急いで部屋の飾りつけをし、
真新しい白のワンピースに身を包んで
暗闇のリビングで身を潜めていたのだった。

「しっかし、アンタおっそいわねー。」
「し、仕方ないだろ!アスカが遠回りして帰って来いっていうから…」
「待ちくたびれておなかペコペコよ!どうしてくれんのよ!」
「…わかったよ。」
どっさり買い込まれたアスカの好物をテーブルに置いて、
エプロンを手に夕飯の支度をするシンジ。

「だってさー、新婚初日くらい別々に帰って
『おかえりなさい、あ・な・た。ご飯にする?お風呂にする?
それとも、あ・た・し?』って迎えてみたいじゃん。」
「(…、でもそれ全部僕がやるんだよね)ハァ…、え、い、今なんて?」
「ぶぁーか!アタシに触れようなんて100万年はやいのよ!」
「…、ですよね。ハァ。。。」

結婚しても、二人の生活に変化はない。
愛もまた不変である。


おまけ

ちゃぽん。
浴槽に身を沈め、一人つぶやく。
「…、碇アスカ…か。」
新しい名前。昨日とは違う自分。
必死に自分が自分であることを守ってきた。
その自分を捨て、他人の苗字を冠する。
アタシはアタシ。でも何か違う。
この違和感、でも、それも悪くない。
それはシンジだから。シンジだけだから。
「しーんじぃ~!」
浴室から、皿洗いをしているシンジに呼びかける。
「え?何?シャンプー足りないの?」
「…、あ、アンタも一緒に入ったら?」
カシャーン。ばたっ。
スポンジを握り締めたまま倒れるシンジ。
砕け散った皿と流れる鼻血が彼の動揺を端的に表現していた。

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最終更新:2007年10月25日 13:30
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