『コズミック・シーのランチ・タイム』 2

ふと、風が変わる。空は明るいままなのに、突然スコールのような雨が降ってくる。
二人は慌てて浜辺の無人となっている海の家へと避難した。
「何よイキナリ~!せっかく人が楽しんでる時に!」
ちょっとプリプリしている妻の姿を愛おしく感じながら、
シンジは建物の淵にゆっくりと腰をかけ提案する。
「雨が止むまで、ここでちょっと昼食にしない?ちょうどお昼時だし。」
「そうね。おなかも空いてきたことだし…早くお弁当出して♪」
シンジはバックからサンドイッチの入ったランチパックと水筒を取り出す。
水筒から熱い紅茶を注いでアスカに手渡すと、シンジもサンドイッチを一つつまむ。
仲良く並んで、しなやかに降り注ぐ雨となだらかな海を眺めながら昼食をとる二人。
『愛するとは、お互いに見つめ合うことではなくて、同じ方向を見つめることである。』
誰かのそんな格言を、シンジは思い浮かべていた。
遠くでは雷鳴が聞こえ、波の音と相まって耳に心地よい。
頭の上では、何匹かの海鳥が雨の中、空を舞っている。
その様子を見ていたアスカが、唐突に問いかけてきた。
「ねぇ、シンジ。鳥って何で飛べるか知ってる?」
「…翼があるから、かな?」
「ううん。あんなか細い翼じゃ飛べるはずないじゃない。」
「そうかぁ…じゃあ、どうして?」
「鳥は、自分が飛べないことを知らないから飛べるのよ。」
「へぇ、そうなんだ?」
そんなやり取りを交わしながら、シンジは、芦ノ湖畔で海賊船を見ながらアスカと語り合った夏の日を思い出していた。
そういえば、あの時も突然雨が降ってきたっけ?
ぼんやりとそんなことを考えていたその時だった。

突然黒い影が背後から迫ってきたかと思うと、シンジの手からハムサンドが消えていた。
状況が呑み込めず、唖然として固まっているシンジを尻目に、アスカがおなかを抱えて笑い転げている。
先程まで上空を旋回していたトンビが、シンジのサンドイッチを奪い去ったのであった。
「アハハハ… ボケーッとしてるからよ。」
アスカは目に涙を浮かべながらまだ笑っている。
シンジは、トンビによる第二波の攻撃を警戒しながら、この後の悲惨な状況を想像する。
今日家に帰ってからはもちろんのこと、きっと、ネルフの中でも家の中でも、
しばらくの間は事あるごとにアスカにからかわれるに違いない。
「クスクス。今度はツナサンドを狙ってるわよ。」
おちょくる妻と低空飛行で迫ってくるトンビに怯えながら、シンジは思う。
でも、甘んじて受けてましょう、その攻撃を、と。
こんな不甲斐ない出来事であったにせよ、今日この日のこの瞬間が、
この先ずっといつまでもアスカの記憶に残るのであれば、と思ったからだ。
今後、また二人で海に来る度、いや、将来子供達と一緒に来た時に、
このエピソードでからかわれようとも、覚えていてくれることの方が幸せだとシンジは感じていた。

ビクビクしながらの昼食を終えた頃には、雨は止み、再び強い日差しが二人に注ぎ込んできた。
荷物をまとめると、二人は再度砂浜へと歩いていった。

「ねぇシンジ、もう一回泳ぎに行く前に日焼け止め塗ってよ。」
甘えるような緩慢な声でそう囁くと、アスカはシンジに身体をゆだねる。
「はい、終わったよアスカ。…アスカ?」
ふと気付くと、アスカはシンジに寄りかかったまま眠ってしまっていた。
午前中にはしゃぎすぎたのと、日頃の疲れが溜まっていたせいなのであろう。
シンジは、起こさないようにそっとアスカの頭に膝枕をしてあげる。
そして、焼けすぎないようにバスタオルをふわりとかける。
柔らかに微笑を浮かべながら寝息を立てている妻の寝顔を眺めながら、
シンジはほんのりと潮の香りのするアスカの髪を優しく梳いてあげた。
このまま寝かせてあげたら、後で何で起こさなかったのか叱られるだろうな、と思ったが、
こんな風にゆっくりと二人の時間を過ごすのも悪くはないな、ともシンジは思う。
アスカは今日という日を記憶に焼き付けてくれただろうか?
そして、あの頃の、遠く長い夏休みの記憶を確認出来ただろうか?
僕は、あの頃のことも今日のことも、忘れないようにしっかりと記憶の引き出しにしまっておいたよ。
来年もまた海へ行こう、また新しい思い出を作るために。
シンジはそうアスカに呟いた。

早くも暮れてきた太陽の光は、赤く二人を染めてゆく。
そんな夕陽に照らされながら、寄り添う二人のシルエットはいつまでもゆらめいていた。

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最終更新:2007年09月12日 12:15
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